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2013.12.31
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今年は、鳥を追いながらウォーキングを続けることができた。翡翠、蒼鷺に心酔し、最後は珍鳥、瑞鳥、白雀に辿り着いた。この画像、今年生まれの白雀が新年の大台に飛び移ろうとしている。飛び移れたかどうかは元日の画像で公開します。
2013.12.30
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沖縄県が長寿県なのは、「シークワサーに負うところ大である。」という文句に踊らされて、4年前、シークワサーの苗木を買った。去年あたりから結実し始め、今年は本格的な果実になった。口に入れると程よい酸味、種もゴロゴロする訳でもなく美味だった。*去年の厳寒に耐えたのだからと今年も防寒準備を施さなかった。北関東の冬に慣れてきてよかった。その努力に頭が下がる。その近くでは、各種蜜柑も檸檬も何とか生き抜いている。北関東を制圧し、次いで東北まで勢力拡大を図ってほしい。
2013.12.30
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ミカン収穫時に野鳥に残しておいた木守蜜柑が未だに残っている。見ると暖冬で虫が繁殖したことを訴え木の手入れを警告している。野鳥は寒さで皮が軟らかくなり完熟するのを待って啄むのであろう。収穫の蜜柑は毎日、ジューサーハンドで絞り朝食前に夫婦で味わう。*未だ若干の残りがあるが、これは食前の私の仕事。この仕事の前に毎朝、ホームページの更新をする。昨日は建物を見てから契約を勧めたがページで見ただけで十分と入居契約を完結したお客がいた。その信頼関係はページ更新の苦労を払拭させ事業の喜びを増幅した。
2013.12.29
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軒下の山紫陽花の葉が黄色くなり、先端に滴を蓄えている。雨に濡れ寒さで震えていたのを、妻が目敏く捉えて告げてくれた。早速カメラを準備しながら、良く気づいたネと褒めながら撮った。この美をキャッチするようでは認知症はまだまだだと戯言を言った。*落ちそうで落ちないはかないものに美を感ずるのも感性だ。感性豊かな者や一木一草を慈しむ者に認知症発症はないと信じたい。木々が自らを防御するヒットンチッドで庭の主も守ってくれるから。そう信じながら「今日の写真」のネタを探すのも一興だ。
2013.12.27
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毎年、赤腹を観察できた地点を何回も往復して彼の出現を待った。赤腹は嘴で落葉を器用にひっくり返し昆虫やミミズ等を採餌する。別名「落ち葉返し」と呼ばれ愛嬌があるが肝心の落ち葉がない。偕楽園は大型のブローで枯れ葉を集めて採集してしまうからだ。*だから虫が潜む落葉がないためか決して地面に降りてこない。枝の茂みを調べると高木の枝から枝へ渡る赤腹らしい鳥を見つけた。彼も何に関心があるのかと訝しげに高い枝で観察していたのだろう。俺にとっては求めよさらば与えられんの実践の効果と気をよくした。
2013.12.27
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久しぶりに庭に目白がやってきた。どの程度、梅のつぼみが膨らんできたか様子を見に来たのであろう。つがいでいたが一羽しか撮れなかった。傍らの木には常駐の雀がつがいでその様子を見ていた。というよりも、客の目白の天敵の襲来を見張っていると考えたい。来客のもてなしは何よりも安全確保が鉄則と決めているのだろう。ちょっと離れた場所には鵯も相棒の雀の安全に気を配っている。冬至梅の蕾も膨れてきたころだ。私も探梅に出かけよう。
2013.12.26
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冬薊は、毎年、このような姿で越年を試みているーー。 しかし、寒に入ると首を垂れダウンして後続のロゼットに席を譲る。 可憐な姿で冬将軍に挑戦しているが、今年はスリム型の防寒体制だ。 細身の体に何時かは越冬してみせるという強い意志が漲っている。 * 太陽の光は細く弱弱しい。その上、単日で直ぐ陽が陰ってしまう。 寒風が荒れ狂い、それに相乗して気温が低下する。 それでも薊の花は光合成活動を断念しない。でも、今年はーー。建物の外壁を背にする工夫が奏功して凱歌を上げるかもしれない。
2013.12.25
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昨日、百舌に逢える場所へ行くと、案の定、百舌の姿が撮れた。その木の下あたりに尉鶲の陰があり丹念に探してやっとものにした。桜川の瀬音で尉鶲の鳴き声がかき消されて探すのに苦労した。その苦労があって鳴き声を発する姿を撮れて意気揚々と帰宅した。*桜川は全国各地にあり通称と思っていたが履歴は317年前に遡る。水戸二代藩主は例の水戸黄門。謡曲等に心酔し磯部の山桜に惚れた。結果、見川川の河川沿いにその山桜を数百本移植し桜川と改称した。当地を貫通する「見川川」の名称は、それ以降歴史から抹殺された。
2013.12.23
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2013.12.23
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今日は冬至。外出する際は完璧な防寒服装に着替えさせられる。白山吹は枯れ葉が実をガードしていたが、寒さで全部落葉した。実だけが露わになり一層のコウティングを施して寒を凌いでいる。野鳥も啄むのを躊躇し、結局、2月ごろまで木守り役を担っている。*自生の白山吹は絶滅の一途をたどり栽培種のみとなるらしい。白山吹は日本が中国等と陸続きであったことを立証していると云う。この実を播種して増やしアジアは一つを思い出すきっかけにしたい。しかし野鳥に愛想を尽かされている木(国)は哀れで見るに堪えない。
2013.12.22
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昨日、予定をやりくりして早朝の散策を実行した。 青鷺が何時もの薮を背にして一本足で思索に耽っている。 彼の目線の先は小さな池で採餌は不可能の場所。だからーー。 魚を狙っているのではなくまた早朝から仮眠しているわけでもない。 * 冬日は生きとし生けるものに考えるチャンスと動機を呉れている。 が、人間界ではテレビが人をして考えるチャンスと動機を剥奪した。 人間は考える葦と云ったが考える事は人間の特権と誤謬を広めた。 蒼鷺はカメラに気付いて、付合いきれないと呆れて飛び去った。
2013.12.22
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昨日公開した蝦夷鵯らしい野鳥。反り返って無花果を啄んでいる。 此処に棲んでいる鵯は頭がぼさぼさなのによく調髪されている。 背も薄茶で脱色し、腹も白さが目立っていて如何にも清潔好み。 白雀出現の様にこれもアルビノ鵯かとどきっとしたくらいだ。 * 多分、漂鳥の蝦夷鵯が、厳寒を予測してこの地まで辿り着いたのか。それとももっと南に向かい此処は単なる中継地点なのか。出来れば此処に留まってこの地の鵯と融合してくれないか。 此処の鵯は、縄張りなどを主張せずご苦労さんと歓迎しているぜ。
2013.12.20
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2013.12.20
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庭先の蝋梅が冬至前後に咲くはずなのにちっとも姿を見せない。思い余って黄葉を掻き分けるように探すと枝の頂に2輪咲いていた。黄葉が花を包むようにして、寒い風雨から花を庇護している。正月までに2分咲き程度になり、さすれば芳香も伝わるだろう。 それにしても蝋梅は、まだまだ青い葉っぱが残っている。か細い冬日を懸命に拾って光合成の一連の活動を絶やさない。だから生育良好で強剪定にも耐えその上周辺で種を発芽させている。生花用の小枝を3米の大木にしたのも弛まぬ勤労の結果か。脱帽だ。
2013.12.20
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5年ほど前に地植えした老鴉柿が赤い実をたわわにつけている。渋みが強く野鳥には敬遠されているが、啄まれた痕跡がある。このようにして突っついて寒風に晒して渋みを抜くのであろうか。道理で、毎年寒が明ける頃にはすべて平らげられている。*老鴉柿は盆栽として人の鑑賞に供するためのみに生きてはいない。野鳥の知恵を利用して大自然の備蓄食としては有効利用されている。山梔子も堅果の脇腹に穴を開け種を穿り出させて無駄にしていない。人間は賞味期限過ぎと言っては捨てることに苦労しているがーー。
2013.12.18
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例の白雀に逢えないで帰宅すると庭に目白を連れて雀が来ていた。俊敏な動きを追っていると足元に枯れあがった鬼灯が落ちていた。それを植木の枝に翳すと夕陽に映え、提灯のようにイメージした。鬼灯は提灯に見立て盆棚に飾るがその観念が染みついているゥーー。*枯れ茎についた鬼灯は皮が網目状に透けて赤い実がはっきり見える。皮を食んだ虫は中の実までは食せず、野鳥も啄もうとしない。苦みがあり毒性があるとわかっているのであろうか。弱い毒性なのにこれだけ寒気に晒されても消滅しないのであろうか。
2013.12.17
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あと、4,5日で冬至だというのに梅擬の実が真っ赤に残っている。異常気象による完熟の遅れか豊作で野鳥が採餌しないかの何れかだ。野鳥は生り物の完熟の度を的確に見極める。未熟な実には有毒のものがあるからかもしれない。*そして時期を過ぎて水分が抜けしわしわになった実は敬遠する。野鳥に敬遠されて落下する実ほど見ていて遣る瀬無いものはない。好例が棗で皺皺になって辛うじて木についたり落下したりしている。ある玄関先で梅擬に網掛けをしていたが今でも続けているのかなぁ。
2013.12.17
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冬の公園では虫えいに冒された植物が目立つ。 遠くから見ると鳩が啄んでいる様な姿もその一つ。 真ん中に出入り口があるが、かなり大きな昆虫かなぁ。 真冬なのに飴色の蟻らしい生き物も寄生しているようだ。 川辺で葦の穂先が固まっているのがあったが、虫えいに違いない。 どんな昆虫がわからないが、白い穂綿に包って快適な越冬生活だ。 一本の花穂で作った豪邸と見るか、綿飴と見るか見る人次第。 人間もこのような調子で越冬できたら優雅な生き方だけどーー。
2013.12.15
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昨日、寒風吹き荒ぶ中、几帳面に一定のコースをウォーキングした。途中で萩狩りの作業中に出会った。鋏で丹念に切り、根元を揃えてキチンと束ねる。話しかけると垣根にすると説明していた。*刈った跡も雑草を抜き残留物を始末して春の新芽に配慮していた。萩刈は刈払機で刈り車に積んで運び出し焼却処分すると思っていた。萩の垣根は別の業者が萩生産地から購入して作るのかとーー。寒風の中、機械に頼らず黙々と作業する作業員の姿に圧倒された。
2013.12.15
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昨日の白い雀は、他の健常雀ににじり寄られている図となった。この白雀は嘴が黒く、群れているから春に生まれた個体と思われる。雀が生きて行く上での最大の難関は越冬期にあると言われる。此の白雀も春の繁殖期まで生きて行けるかどうかわからない。*目視でき次第、その観察結果をブログに登場させ記録していきたい。自分の目で直に見られるのはこれが最後ではないかと考えるから。白雀も自分がマークされていることを薄々感づいている様子だ。願わくは寒冷傾向とされる今季の厳冬を上手く乗り越えることを。
2013.12.14
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昨日も白い雀に出会えた。群れから疎外されているわけではないのに単独行動が目立った。約50間を一気に飛んで群れを離れ付き纏う人間を観察したのかな?単独行動は天刑の訓えを否定する高い知恵が備わっている証左だ。*ネットによると岡山県美作国は嘗て白雀を朝廷に献上したがーー。美作国建国千三百年の節目に白雀が現れ瑞兆が話題になったとか。平安時代、白雀は瑞鳥とされその出現で元号を変えたこともあった。霊鳥の姿を見て天変地異で鬱積した世に希望を繋いだのであろう。
2013.12.13
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薮の中に赤いものを見つけ近寄ってみるとまゆみの爆ぜた姿だった。細い花茎にぶら下がり風に揺られながらひたすら野鳥を待っていた。薮の中では生きられず新天地まで運んでほしいと力んでいる様だ。だから濃紅の果皮の中に鮮烈な紅い種を顕示しているのだろうか。
2013.12.11
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徳川ミュウジアムの東崖に高木の柿があり未だに実がついている。如何な渋柿でも甘みが出たころで今季最後の柿と鵜の目鷹の目だ。多数の鴉が飛び交い目白、四十雀は近寄れず薮に身を潜めている。藩主が好む所、須らく自分のものとし領民を追出した図と似ている。
2013.12.10
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大雪が過ぎかくも隆盛を極めていた葛の葉は種も蔓も見る影もない。小川の土手で細々と生えていたタンポポが日溜りで開花していた。大きなタンポポの花に魅せられていると、そこへ蝶がやって来た。蝶は越冬の苦しみを分かち合いたいとタンポポを訪問したのかも。*薬局で93歳、耳、脚、言葉須らく健常な高齢女史に出会った。手首を一寸したことで骨折したのだと腫れた左手を見せてくれた。病院から疾走する車を避け独力で横断してきた姿に感動し讃えた。タンポポを慰問した蝶を思い出し、往時の美を髣髴とさせられた。
2013.12.10
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2013.12.09
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翡翠の姿は毎日のように見るが、動作が敏捷でなかなか撮れない。水面から飛び上がったその着地点に行くと獲物をくわえていた。獲物を悠然と冬陽に翳して宛ら天に供物を捧げている様子である。そこには、「命を頂戴します。」と敬虔な気持ちが読み取れた。*それは冬陽の巌への投影が如実に物語っていた。しかし事実はーー。橋脚の下の目立たない場所に身の安全と獲物の奪取の防いだのだ。そして獲物をブンブン振り回し弱らせて呑込みと直ぐに飛び立った。着地から呑込むまで僅かに1分。生きる事の真剣さが垣間見られた。
2013.12.08
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桜川土手を散策中、雀の群れに白雀が3羽いた。初めて見た。群れの中で仲良く戯れ日向ぼっこの雀の側で機敏に動き回っていた。群れの一部が高い樹に飛びを移ったが白雀達は植込みの薮に入った。 白いから天敵に狙われると知って薮に隠れたのかも知れないーー。 でも、自分が白いことを認知しているのかと不思議に思った。リーダーが百舌等の天敵に注意すべきことを諭したのかもしれない。来年は午年。白馬に乗れば白さが目立たない。白馬の騎士になれ。その意図はないだろうが白雀は高台に飛乗る練習を繰り返していた。
2013.12.07
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昨日、黄鶺鴒に久しぶりに出会った。彼は湧水等の澄んだ水を好み、渓流沿いに生息すると言われる。桜川は最近とみに浄化効果が進行し、鮭の遡上も話題になった。そのため黄鶺鴒が上流や湧水の豊富な逆川から散歩に来たようだ。*鶺鴒は日本固有の種と言われ黄鶺鴒のほか背黒鶺鴒、白鶺鴒がいる。生息場所が違うが領有権を巡る争いで白鶺鴒が背黒鶺鴒を圧倒し、背黒鶺鴒が絶滅している地域もあるという。しかし、ここではーー。三種が棲み分けしていて同時に観察できて嬉しい限りだ。
2013.12.06
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何時ものウォーキングコースを散策していると小鷺が飛び立った。枯れ野を飛ぶ姿に魅入っていると野にも歴史ありの想いに耽った。小鷺が眼下に見下ろす台地は徳川後期の干拓が進行し美田となった。しかし公園増設で桜川沿線の美田一帯が買収されて薮になった。*近くの丘に天明の飢饉の犠牲者を悼む地蔵が建てられている。常態的に花が手向けられ併設の猫の小屋の前には餌が置かれている。が、飢饉の轍を踏むまいとする干拓の血の汗が藪に消えて久しい。地蔵は短い歴史のひとこまとして胸に秘めているのだろうか。
2013.12.06
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1週間前に百舌に出会った場所を通ると期待通り現れた。巨木の太い枝で高鳴きをし、次第に私がいる近くの低木に移った。遊ぶ相手もなく人間に近づいて構ってもらいたいのかもしれない。人間の行動知ることは採餌にも身の安全にも必要不可欠なのかもー。*百舌も餌のみにて生きるに非ず。他との価値観の共有もしたい。しかし繁殖期以外単独行動をしていて満足感を満たせないのだろう。理由不明なハヤニエも他との関り合いを希求する手段かもしれない。百舌は鳴かずにじっと私の行動を只管観察している素振りであった。
2013.12.05
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昨日は昼食後、直ぐにウォーキングに出た。桜川には遡上鮭の果てた魚体が沈んでいたのに殆どなくなっていた。鴉や蒼鷺が進んで清掃活動したのだと思う。岸辺に無傷で小柄な鮭が泳いでいた。どうしたのだろうか。群れに居て釣られて遡上してしまったのかもしれない。そうであれば取り返しがつかない誤謬だ。もう海へは戻れない。どうせなら、留鳥みたいに此処に居座って生きていてほしい。餌はあるし天敵はいないから住めば都。此処の主になってほしい。
2013.12.04
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3年ほど前、転居した人が置き去りにした紫陽花が咲いている。13メートルの塀沿いに列植したが中に四季咲きがあったのだろう。去年も咲き返り咲かと驚いていたが、今年は別の株に花がついた。返り咲きでも師走に咲く花は殊勝であり主無き花を大切にしたい。*植生は放置されても雑草を排し養分を掻き集めて本文を全うする。却って紫陽花は生半可な管理よりも放置された方が喜ぶみたいだ。花が終われば切り詰めよの定説さえ、はた迷惑と訴えている。ルソーは自然に還れと唱えたが植生にも通ずる訓えでもある様だ。
2013.12.03
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昨日の朝は今季最低の気温。5時50分、窓の外は将に霜の花盛り。所が、鵯は梅の天辺の枝に留り緩慢な身のこなしで俺を観ていた。ぼさぼさ頭は白く輝き顎髭はふさふさで襟巻を付けている様な感じ。寒いのかと思ったが天然の頭巾を纏っているから平気なのだろう。
2013.12.01
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ウォーキング-コースに葛の葉が一面に蔓延っている場所がある。 低木も枯れあがった蔓に上から押さえつけられ、正に閉塞状態。 閉塞状態は厳寒を凌ぐ動植物にとって格好の居場所かもしれない。 現に、此処からアオジなどの野鳥が飛び出してくることもある。 * その遊歩道の側に鮮やかな赤い花が咲いていた。カタバミだ。 繁殖力旺盛で典型的な雑草。古来、耕作民を悩まし嫌悪された。 でも、この様な色鮮やかな花は原野状態の中では見たことがない。 この繁殖力でウォーキングコースを花いっぱいにしてほしいものだ。
2013.12.01
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