2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全11件 (11件中 1-11件目)
1
ジャンガリアン・ハムスターのはなごろうがいなくなってもうすぐ二月になる。とてもかわいがっていたのでしばらく次のハムは飼えまいと思っていたけど毎日さみしい。でも次のを探すとしてもはなごろうよりかわいいのがいるだろうかと思うし第一はなごろうに悪い気がすると、職場のハム仲間の人に話したら「はなごろうさんとは違うかわいさを持った子が必ずいますよ」と答えてもらった。やさしい言葉にほろっとした。そこでこのところ機会のあるたびにハムを見に行っている。でもなかなかいない。気持ちに合うハムが。今日は近所のホームセンターに見に行った。これまでの経験からオスよりメスのほうが形がころんとしてかわいいと思うので飼うのはメスと決めている。そこでいまだ見ぬハムにつけている仮称が「ハムコ」。でも今日も「ハムコ」に会えなかった。めったに見ないパンダジャンガリアン、という白黒まだらのハムがいて珍しいもの見たな~という感想だけを持ちつつ帰る。元気なのがひとついてちょっと心が動いたけど、パンダは「ハムコ」じゃない気がしたのだった。手ぶらで帰ったうちには、はなごろうの写真が数枚。本人がいないのに写真が何枚もあるのは何だか滑稽だ。そう思ってさらに悲しくなる。「ハムコ」が来たら必ず紹介するので楽しみにしててね、はなごろう。
2006.11.27
コメント(8)
夕暮れの海岸。遠くの突堤に犬連れのおじさん。散歩途中の犬を見るのはかわいい。たいていみんな笑顔で、尋常ならずうきうきしている。それを心の中でこっそり「ごきげんさん」と呼んでいる。長い時間電車に乗るときは、窓の外をながめながら「ごきげんさん」数えをしてひまをつぶしたりする。突堤のごきげんさんは普通の散歩とは様子が違っていた。おじさんが海に向かって石らしきものを投げる。ごきげんさんは海に入ってくるりと一周泳いでもどってくる。戻ったらまたおじさんが石を投げる。ごきげんさんはまた海に入る。ただし非常に寒いので、ごきげんさんも無防備に水に飛び込んだりしない。石が投げられたと見るや浜辺に引き返し、そこから一歩ずつ水に入っていく。見ているだけでも寒い。もっと他に楽で楽しいおさんぽがあるのだよ、って教えてあげたくなったけどでもごきげんさんは水から上がるたびにぱたぱたとしっぽを振っている。帰り道、風邪を引かなければ良いのだけど。おじさんも。
2006.11.24
コメント(4)
京都・I珈琲店のケーキ、ラムロック。先日祖母と訪れた際の、お楽しみの一品。たっぷりラム酒を含んでずっしり重いケーキの生地がごろっ。ひとつ食べきると、お酒くさくなるんじゃないかと思うくらいにたっぷり。さらに上からチョコレートがかかっている。かなりの食べごたえ。うちの祖母は食について凝り性というか意固地というか好きなものしか食べない。嫌いなものは絶対食べない。そしてその嫌いの基準の多くがイメージからくる食わず嫌いなのであった。この祖母の近頃お気に入りの甘いものがこのラムロック。お店についてまず目当てのラムロックを確認するとウィンドウ内には4つしかなかった。私どもは3人連れであった。ぼやぼやしていてはなくなる!と思い、残りはこれだけかと確認する。待つこと数分。お店の奥から申し訳なさそうに、お姉さんが戻ってきた。残り都合6,7個なのであった。「箱にお入れしましょうか?」というお姉さんの予想を裏切りまず食事をします、という私たち。食後にひとりひとつずついただく。帰りに見るとまだウィンドウ内に残っていた。どうやらこの人気は局所的なもののようだった。好きなものは何回でも連続で食べられるとうおばあちゃんにお土産に買ってあげようかとも思ったが今度の楽しみにとっておく。この祖母は、心持ちが弱いかと思わせておいてなかなかきつい面のあるところが私も似ているような気がして、受け継いだ感が何ともうれしく大好きなのであった。このところ多忙な私。お正月は一日から二日程度と予測している休みを、この祖母と二人で過ごすつもり。その時の楽しみに、ラムロック、とっておこう。写真はそのラムロック、なのだけど真っ黒ですね。
2006.11.20
コメント(4)
割と応援している大泉洋さんが主演するというので楽しみにしていた『東京タワー』。原作を読んでいたので、絶対泣かされると思っていたが案の定であった。主人公のお母さんが死んでしまう場面はもうダメダメであった。物心ついてから今に至るまで身近な人の死を体験したことがない。ドラマの中で、主人公が、死にゆくお母さんに「待って」と呼びかける台詞があった。「待って」って言っても、待てるものではもちろんない。でも、身内や親しい人が死んでしまうとしたら待ってって、言いたくなる。その時を想像しただけでも涙が出る。とても、耐えられる気がしない。とか思いながら先日死んでしまったペットのハムスターのはなごろうの死に際を思い出す。その時はとても「待って」とは言えなかった。本当は待ってほしかったけど、死に際にとても苦しんでいたから早く死なせてあげたかった。そんな時にでも「待って」って思ってしまうとしたらそれは、そう思う対象に甘えているということかな、とか思う。家族の中で末っ子の私。いい大人なのに、家族の死に際が怖くてたまらない。
2006.11.18
コメント(6)
職場の至近距離にて、“東西狂言名人会”なる狂言の会を観劇。リンク友のゆりぞおさんに職場にお出でいただき、一緒に鑑賞する。東の狂言として野村萬斎さんで有名な野村の方々の狂言。西の狂言は京都の茂山さんの狂言である。野村さんの狂言はなんだか重々しい感じ。茂山さんの狂言は、わかりやすい狂言であるように努めるようにしている、と聞いたことがあるけどほんとにその通りで、力を抜いていてぼけっと見ていても笑わされる感じ。ゆりぞおさんも私も、今日の一番の演目は「骨皮」だった。老いた住職からお寺を任されることになった弟子のお坊さんが寺を任されるにあたり、檀家は大切にしなさいと言われるのだがその日に限って次々訪れる檀家への対応を誤ってしまう。新発意(しんぼち)と呼ばれるそのお弟子のお坊さんを演じているのは茂山宗彦さんだったのだけど何というか、ご本人はどんな方か知る由もないが非常にまじめで真剣なおももちでありながら次々に間違いを犯し、お師匠からその間違いを指摘されるまで全く気づかない、というテンネンぶりが今思い出しても笑える。。。のだった。帰りにゆりぞおさんとご飯をいただく。お互いの通う小説講座での作品を読みあったり小説とエッセイのボーダーラインについて、しばし考えたり、する(口数が少なくてスミマセン)。ゆりぞさんの今回作は続きものであった。冒頭の数ページ分を読ませていただく。この先の展開が、た・の・し・み~、な感じでゆりぞおさん風のいろいろな味付けが期待されるのであった。うれしたのしい夕べだった。ゆりぞおさん、またぜひお会いしましょうね~。
2006.11.16
コメント(10)
頼んでいたカーペットが届いたのでホットカーペットの上に広げた。ふんわり厚みのある生成りのカーペット。届けられた時は箱のあまりの大きさに驚き箱を開けてみて予想以上の厚さに驚いた。敷いてみるとホットカーペットがいらないくらいにぬくぬく。起毛の生地がやわらかい。ベッドより気持ちよさそう。すっかり気に入ってごろごろしながら思った。焼きたての食パンの上に寝てみたらきっとこんな感じ。
2006.11.11
コメント(8)
アレクサンドル・ソクーロフ監督。終戦間際の昭和天皇を描いた作品。イッセー尾形演じる昭和天皇の、当時の日常が描かれる。歴史的な知識を補う解説的要素は一切なし。例えば、マッカーサーと会い、ともに食事をする、その目的が歴史的に何であったか、ということは説明されず昭和天皇の言動を、フィクション込みではあるけれど丁寧に追うことでその場その場の昭和天皇の心情を描き出す。沖縄戦や原爆投下などの具体的な事件は背景としてほのめかされるのみ。天皇の動向を描く上でストーリー展開の山場となったはずの玉音放送の録音も映画の中で直接には描かれない。色彩の抑えられた映像ヴ、ともツともつかない、ラジオの雑音のような微細な音がずっと流れているので、つい眠くなり後悔。たぶん内容を受け取りきれなかった。ふと、その時点での昭和天皇の年齢を考えてみた。44歳。重い。その後40年余りも在位されたと思うと、さらに重い。ほとんど何も受け取れなかった気さえした。
2006.11.09
コメント(2)
文芸講座にて、前回の提出作品を添削されつつコメントをもらう。全員のコメントを聞いた結果今日は「視点」の話と「語尾」の話(現在形を使うか過去形を使うか等)と、有意義な話がふたつも聞けた。語尾の方は結局センスの問題っぽかったけど。自分の番で一体何を言われるかとどきどきしていたが割と○な感じだった。優しいのである。「…」は「・・・」ではなく「…」にして下さい や「」でくくった会話の次の行は一字下げてください とすみません、どしろうとで、というような指摘をいただく。文章はリズムがあるのでそれをそのまま殺さないようにしてもうちょっと長いのを書いてみては、とおっしゃった。2回続けて10枚くらいを書いたので10枚で書ける量と濃さの感覚が少し分かったところ。10枚なんて実は超短編なので誰だったか私の好きな作家が言っていた「ひらめきがひとつあれば短編は書ける」というようなことがほんとにそうかも、と少し納得できかけているところ。エ、ここで長さを伸ばすと破綻しそうなんですけど・・・、もとい、……。で、また次書くものを考えている。とりあえず30枚くらいかな、と思うけど30枚で書ける内容ってどの程度なのか、ピンとこない。30÷10=3で、ひらめき3つ?、じゃない。量的に中途半端な気もする。しばし考えてみよっと。
2006.11.07
コメント(6)
気のせいかもしれないけど、このごろ忙しい。とりあえず今月から年末年始にかけて仕事が山場である。仕事だけで完結する日常は絶対に送りたくないけど、疲労感の濃いこのごろ。来週は、仕事帰りに会う予定のゆりぞおさんをびびらせないようにしたいけど疲労感のあまりヒゲが生えてても許して。先月から文芸講座に通い始めたのはよいけど課題の制作は常にギリギリ。これはたぶん、ぎりぎり間に合う頃合を見計らって物事を始めるという根っからの習性が災いしていると思われる。さっきも明日に備えてなんとか仕上げたけど払った代償は大きかった。精神的なバランスがよろしくなくなったことを離れて住んでる家族に察知され姉がわざわざ上海から電話をくれた。近親者までも引くほどに周囲に迷惑をかけております。そしてずっと抱えているレポート。知人の利用している図書館で知人の名前で参考文献を借りてもらっている。知人の立場上(サテどんな立場でしょう)、普通より長い貸出期間で借りられているのに既に一度延長してもらっている。更なる延長は心苦しい、ので単に延滞になっているのであった。ばれないうちに返さなきゃ。時間に追われると途端に胃腸の具合が悪くなる。気持ちはまだまだ大丈夫なのに。胃腸が教えてくれるから、普段いかに楽々に過ごしていたのか分かると同時に自分で思っているほどには強くないんだなあと思う。常に、意識的に&無意識的に、苦手な環境を避けているんだと思う。特に最近は苦手な状況を意識して避けている。つまり、とりわけ弱っているということかもしれない。早くしなきゃ時間を有効に使わなきゃというのがだめだ。だらだら無為に過ごすことは手ばなせないのだった。弱点。
2006.11.06
コメント(12)
ここしばらくコントレックスを飲んでいる。1.5L/日。最初は大変かな、と思ったけど職場で飲み始めると、半日たたないうちに飲み切れてしまう。ミネラルを多く含んだ硬水とのことでなんとなく味があるのが私には飲みやすいと思う。ところが先週会った取引先の人が、コントレックスはカルシウムの味がして苦手、とおっしゃった。そうか、これはカルシウムの味なんだ。と思って改めて飲むとなんだか牛乳っぽい。そうか、牛乳ってカルシウムの味がしてたんだ、とにわかに思い始める。透明だけどミルキー。そしてさっきは牛乳を飲んだ。確かに、コントレックスと共通の味がする。カルシウムって、味がするのですね。おかげで飲みやすいですけど美容と健康によいと言われているこのコントレックスですがそちら方面の効果はまだよくわかりません。まあたぶん、カルシウムの味が分かるようになった(?)ことはきっとよいことだ。
2006.11.03
コメント(2)
きのうの続き。所定の4000字程度で、いちおう作品を提出したものの小説を書くなんて、ほぼ初めて、いえ、たぶんほんとに初めてなのだった。自分自身がどんなのを書くタイプかなあという予想の上ではいかにも日常的な細々したことを書きそうな気がしていた。その中では恋愛ものにも手を出すだろう、そしたら恋愛ものにありがちないろんなシーンを書くのが恥ずかしいだろうなあとか、思っていた。が、今のところ思いつくのはどこか寓話的な話ばっかり。リアリズムの小説なんて、実際に書くのは恥ずかしい感じがするのだった。恋愛もののあれやこれやを書くのが恥ずかしいとかいう以前の問題なのであった。それとは別に描きたいと思ったひとつの情景や心情を、ひたすら書き込みたいという嗜好が、どうやらあるように思う。それはそれでよいと思うけど、反面、話を動かすことを忘れて、しまいそうになる。とりあえず話を動かすことを考えなきゃなあ、と思っているこのごろ。現代社会の等身大の女性を描いたエンタテイメント、というのが今の私からは最も遠い感じだ。
2006.11.01
コメント(2)
全11件 (11件中 1-11件目)
1