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スクーリング最終日。午前中、渡辺えり子氏の『月夜の道化師』を鑑賞する。これは、同氏の「昭和3部作」の2作目に当たる、とのこと。昭和から平成に渡る3世代の戦後史が描かれている。今回のスクーリングでは戦争、とりわけ第2次大戦という教科書でしか知らなかった歴史的事項について真剣に考えてもいいのだということがつくづく身にしみた。以前、村上春樹さんが『ねじまき鳥クロニクル』を書いた時のインタビューでそろそろ戦争について書いてもいい(または書かねばらならないという気になった)、みたいなコメントをされていたのを思い出す。今回は先生がドイツ演劇を専門とされていた(らしい)こともあり以前観た映画「ヒトラー最期の12日間」について言及された。現在のドイツの人が、あの大戦時の出来事をどのように受け止めて、どのように考えようとされているのかそれに対して日本の人たちはどういう風に考えているのか、そもそもはたして考えているのか、その映画を観た時はずいぶん考えた。日本のいわゆる‘若い人'は、もっとあの戦争について考えた方がいいのではないかと思ったが私としては、考えるきっかけが遠いように思われた。でも、今回のスクーリングに出て本気で考えている人が、たぶん私の知らないところには、いくらでもいるのだろうとわかった。すでに亡き祖父は大戦中、旧満州に職を得ていた。祖母と、幼い母と叔父は終戦直後、満州から大変な苦労をして引き上げてきたらしい。今度おばあちゃんに会ったらほんとにその頃の話を聞いてみたいと思った。父も母も、たぶん本当には戦争を語れない。急がないといけない。本気で、メモを持って、行こう。いえ、その前に次の戯曲スクーリングに備え、戯曲第2課題・戯曲本文を書かねば。今日から書こうと思いながらだらだらしている今。
2006.07.30
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戯曲演習スクーリング2日目。先日出席したマネジメント研究のスクーリング時の模様がNHKで放送されていたのをリンク友のあーごんさんがビデオにとっておられ、それをお借りする。カメラを向けられても、同じくリンク友のゆりぞおさんと一緒に避けていたりしたのでまさか映っていると思っていなかったのだが映っていた。ウウム。隠し撮りされた気分だ。別にいいけど。公共電波に乗った映像に映っている自分を見るのは初めてだ。控えめな照明のもと、黒々した服を着て黒々した髪がうっとおしい感じであった。こんなにうっとおしい人物であったとは。まあそれもいいのだけど。私ってこんな人なのねえ、と非常に新鮮だった。鏡で見るのとも写真で見るのともずいぶん違う、というのが発見だった。夜は夜とてそのマネジメント研究のためのレポートを作成する。課題の意図がもひとつつかめないのだが書いた内容は「どのような芸術活動を行いたいか」。よくわからないけどとりあえず、先生に対する営業活動として書いてみる。「ですます調」がいいらしいのでそれで。でも「ですます調」は苦手だ。選挙公約みたいになってしまったが。。。明日の提出期限になんとか間に合いそうだ。(戯曲演習全く関係なし)
2006.07.29
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スクーリング初日。劇作家・演出家のブレヒトについて先生が熱く語られる。ものすごく楽しそうに。この先生、事前情報により、もしかするとかなり辛口?と恐れていたものだが優しい先生だった。どことなくうちのおとーさんと似ている気がする。髪型か?ほっぺたのぽちゃーんとした感じか?おとーさんと年齢もほぼ同じ。おとーさんも人前で話すときはこんな感じなんだろうかと想像したりする。それはさておき昼から事前提出課題にさらりコメントをいただく。コメントに厳しいことを書いた場合は、「少し厳しいことを書きましたね」とあったかくおっしゃる。細々した指導は、求めない限り(というのも曲者だが)なされない。私の場合、とりあえず書いてみたら、みたいなことだったので、できるだけ早くとりかかろう。締め切りは約2週間先だ。問題は書いてみないと長さがわからないところだ(だめじゃん)。まだひとことも書いていないので単に途方にくれている今。しかしながら今日いちばん印象に残ったことは「ドイツ人はハダカが好き」ということだった。授業の途中で先生が何回も何回も何回も何回も、おっしゃった。
2006.07.28
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あしたから3日間、戯曲のスクーリング。去年シナリオのスクーリングで書いたものがしっとりした感じのドラマだったので今回はコメディにしようと決めていた。そこでいくつか思いついた可笑しいシチュエーションを生かすべく構想を練り事前課題として提出。、、、なんだか漫才台本を書いたときに似ているが、、、戯曲である。舞台はこじんまりした中華料理のレストラン。おもしろおかしくでもちょっと考えさせられるような三谷幸喜風の舞台がイメージ。。。あくまでも、イメージ。イメージを描くのは自由だ!ところがさっきまでその次のスクーリング、放送脚本演習のための課題としてパソコンから印刷したものを原稿用紙に手書きでせっせと清書していたために頭が全く戯曲でない。事前提出としていったい何を書いてたんだか思い出そうと思うけど、まあいいやあしたの朝、電車の中で思い出そう。明日からの私はしばらく多忙だ。戯曲のスクーリングを受けながら、マネジメント研究のレポートを書き、しあさってに提出。そのあとスクーリングの結果を受けて戯曲の本文を書きながら放送脚本のスクーリング。それからもう1回戯曲のスクーリング。はたしてやりとげられるのか、かなり心配だ。…仕事に行くのを忘れそうだ。
2006.07.27
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今年初めて間近に蝉の声を聞いた。降り続けた雨もようやくひと段落。朝玄関を出た瞬間に湿った熱気にひるむのも今年初めて。こんな日は「今まで汗なんかかいたことありません。だいいち汗ってなに?」という風情を心がけて乗り切ろうとするのだが職場に着く頃にはすでに「ええ。そうです。あなたが汗です。よく存じてますとも」という心持になっているのであった。帰りにモスバーガーに寄る。テイクアウトの待ち時間に、店員さんが冷たいお茶を出してくれる。ガラスのコップにたっぷりの氷と、麦茶。麦茶なんて口にするのはいつ以来だろうか。ひとくち飲んでふぅっと息を吐くと白く濁ってそうなくらいに冷たい。氷がからからと音を立てる。ちょっと、夏休みの子どもみたいでなごむ。 It was very hot today. To make matters worse, an air-conditioner was out of order.
2006.07.26
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このごろ気づくと茶色い服ばっかり買っている。茶色、とりわけ赤みがかった系統の、しかも白を含んだ、それでいて暗い、、、小豆色にチャコールグレーを混ぜたような感じの色である。気がつくとあれもこれもあれもこれも、と次々集まってくるのでもうしばらく買い物はするまい、と決意する。そういえば色のマイブームは2、3ヵ月ごとにやってくる。茶色の前は青系の色。その前はピンク。その前はモスグリーン。去年の今ごろは紫がかった色が気になってしょうがなかった。そしてその底流に黒か白かのブームが潜んでいる。昨日などは通りかかった店で母御によさそうなスカートがあったので数色から吟味して選んで買って帰ったらまた、茶色であった。ブロンズがかって少し光沢がある。やはり赤味の茶色だ。またやってしまった。ふと横を見ると先々週、某芸大にてもらった紙袋の色に似ていた。その紙袋に倣って、ターコイズっぽいブルーを合わせてみる。悪くない感じだったので、今日はそのままそれを着て出かけたのであった(母御の・・・?)。しばらく茶色のことは忘れたい。
2006.07.25
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『ハチミツとクローバー』最初に読んだ時は、何で登場する女子がみんなこんなに可憐で華奢なのか!?と驚いたけど先日発売された9巻まで読み進めてきてすっかり好きになってしまった。主人公は美大に通う学生たち。みんなが誰かに恋していて、しかもずうっと片思い。と、書くとほにゃらけのあまーい話にも思えるけど、けっこう重く心に響く台詞があったりする。登場人物の中に、山田さんという女の子がいる。彼女は同級生の男の子に長らく片思いをしているのだけどすでに失恋しているのがわかっている。彼には他に好きな人がいるのだ。この彼女を取り巻くエピソードが私は大好きだ。彼女があまりに長い間ひとりの人を想っているのでどうしてもつらい話が多くなってしまうのだが単に悲しくて暗い話にはならない。片思いの自己満足がしかと描かれている。失恋ということを考える時、好意を断られる側よりも断る側の方がつらいのでは、と思うことがある。だって、傷ついた方は泣いて怒って落ち込むことができるから。傷つけた方はそれができない。泣かれても恨まれても、自分で選んだことなので。傷つける方も無傷であるとは限らない。一方、断られた側の人にとっては、壊れてしまったその恋を持ちつづけることが、何よりの自己救済であったりする。好きであればあるほど、その気持ちを捨てられない。捨てられないその気持ちは、もはや誰にも関係ないものだけど、好きであればあるほど、それを捨てることは自己否定につながるから。けっこうリアルである。山田さんという人物の周りにはいつもこんな考えてしまう状況が生まれていて目が離せない。このまま片思いのままに終わってほしいくらい共感するのであった。(しかしどうやらこの山田さんも次の一歩を踏み出せるらしい…)このところ、映画にもなっているハチクロ。あんまりおもしろくなさそうなのだけど、もしかしたらついつい見に行ってしまうかも。ハチクロ中毒により、ふらふら~っと。。
2006.07.24
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しばらく帰りが遅く自宅近辺によりつけなかったため行けなかった近所の洋服屋さんのセールにようやく赴く。海外にて買い付けてこられたらしき洋服が、ちんまりとしたスペースに並べられている。主として西洋。とりわけフレンチな感じがする物々。以前から気になっていたワンピースと花柄プリントのトップスとスカートをいただく。スカートは全く買う予定がなかったけどつい。だいたい、花柄のプリントは好きだ。以前、長らく身につけていたため、あまりにイメージが固定してしまったことが鬱陶しくなってしばらく遠ざけていたものだ。柄もの自体少なくなっていた。そんな中、依然として好きだったのはウィリアム・モリス的なプリント。この人はイギリスの作家だ。今回いただいた花柄のスカートはどことなくフレンチだ。ウィリアム・モリスでイメージする柄ものがどこか重厚でノーブルな雰囲気を醸し出すのに対し仏蘭西的プリントは軽やかでそれでいてノスタルジックだ(個人的イメージかもしれないけど)。新品であるにもかかわらずすでにして色あせた雰囲気。さらに、パステルなピンクとパステルなみずいろが上手に混在しているのがお気に入りだ。
2006.07.22
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スクーリング最終日。今日はいつもの芸大ではなく、梅田の専門学校で授業が行われた。雨の中、阪急中津から徒歩10分程度の会場へ向かうが改札を出たとたん右も左もわからなくなり通りすがりのサラリーマンらしき人に救ってもらう。そうしてあたふたと始まった午前中は、アートのプレス・リリースの方法について、実践的講義。お昼からピアニスト・広田祐子さんの演奏を聴く。演奏のほとんどは普通のピアノではなく、ピアノでも弦をじかに叩いたりこすったり植木蜂やボウルを叩いて音を出したりトライアングルを鳴らしつつ、その音を風船で増幅させたり。身近にあるものが奏でる音を味わう。途中からずっと、「音」と「音楽」の違いについて考えていた。「音」と「音」とがつながったものは「音楽」と呼べるのかも知れないが単体の「音」が音楽と呼べるのかどうか。今日の広田さんの演奏では、植木蜂には音階があったのでそれを連続して鳴らしたものは「曲」と感じられた。しかしもっと小さな単位、たったひとつの「音」も「音楽」?すぐには答えが出なかった。そうしたら演奏の後に広田さんのご友人の方が述べられた言葉に「静寂の中にあって体の中から湧き出る感覚を音にして表す」というものがあった。発言のご真意を正確に再現できないのだけど静寂も要素に数えるなら、単体の「音」も「音楽」といえるのでは、と思った。「音楽」って何?と、しばし思考に沈んだものの終了後にみんなで食事に行った際、リンク友のゆりぞおさんの「4時間」発言があまりに鮮烈でもはや演奏会が遥か昔のことであるように感じられるのであった。結局、今日は「4時間」がぐるぐる頭を回っている。(内輪ネタですみません)
2006.07.17
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スクーリングの一環として午後から大阪港にある“CASO”=Contemporary Art Space Osaka へ。現代美術作家の方々(ほとんどが若い人たちみたい)の作品を鑑賞する。中で気に入ったのが、加藤茜さんという人の絵。深い青や黒を基調とした作品。画面には白い色も使われているが、基調となる色自体にはけっして白が混じりこまない。僅かにざらっとした質感。それがなんとなく温かい印象になっていると思う。描かれた世界は幻想的。静まり返って音はないがかすかに光がさしている、そんな印象。同学のメグミちゃんと、いつか本を出すことがあったらこの人に装丁してもらいたいねえ、など話す。帰ってもう少しこの人について調べてみようと思ったがネット上にあんまり情報なし。また見たいのになあ。
2006.07.16
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スクーリング、マネジメント研究初日。約半年ぶりにリンク友の方々と再会。授業はリラックスムードで進む。実際のイベントマネジメントについて、ビデオで見ながら解説いただくという授業。外部から招待されたイベントプランナーの講師の方が話し始めるときにしょっちゅうマイクを持ち忘れ、その度に芸大の先生から「マイク、マイク」と小声で指摘されていてビデオが終わるたびにハラハラと注目してしまうのであった。この夏、他に戯曲と放送脚本1のスクーリングを予定している。放送脚本1はリンク友のゆりぞおさんと一緒だと思っていたのに1は冬に受けて、夏は2の方を受けるご予定とのこと。ゆりぞおはんも水臭いお人どすなあ。なんでも、その日は殿とのお誕生日デートをしはるんやて~まあ、お誕生日は確かに年に1回。そうかて、ゆりぞおはんはこのスクーリングを冬に受けるときにはクリスマスをあきらめると言わはりますやんかほなうちとしては、お誕生日の方をあきらめてくれはったらよろしいやんか、と言いとなってしまうんどす~もちろん冗談どす~でもゆりぞおはんと放送脚本ご一緒したかったんどす~(そんならアンタが2を夏に受けたらよろしかろうとゆりぞおはんには言われそうですが)今日はあーごんさんのだんな様との馴れ初めをうかがった。よかお話でした。。。やはりあーごんさんはかわいらしいお方であった。という、スクーリングでございました。ちゃんと勉強しているのか?
2006.07.15
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ここ数日、大の苦手の論理思考に仕事上やむなく取り組んでいる。効率的にやらねば!と、一生懸命論理思考を試みるもののうねうね~と、どこへとも知れない方向へ思考が進んでいき収拾がつかない。苦手なのだ。交通整理してくれる人がほしい、けど誰もそんなに暇ではないので仕方なく取引先のSEさんと“さし”で3時間あまりぶっとおしで話をしたのが昨日(ほとんど無理やりであるし、相手にもきっと迷惑である)。結局頭痛を抱えて帰宅する。もう何のためにも頭が働かない。おもたーい石臼を、ちっちゃーい取っ手でぎりぎりぎりと回そうとするくらいに頭が回らない。または、とことん錆び付いたちっちゃーいねじを、サイズの合わないドライバーでもってまわそうとするくらいに頭が回らない。または、、、(めんどくさいもういいや)。使いすぎると頭痛くなるんだねえ、と知る、というかふだん、感覚よりの発言を旨としているせいだきっと。アイスノンで頭を冷やしつつ、言葉がうざったいのでそういうのの入ってない音楽をかけながら真っ暗にして寝る。お疲れさんだったのでした。でも明日からは芸大(通信教育)のスクーリングだ。全部リセットして行こう~~。マネジメント研究。アートのマネジメントだろうけれども事前に見るよう言われているサイトもまだ見ておらず、持ち物チェックもしておらず、さらに今洗濯をしている(あ、今終わった。干さなきゃ)。明日何時に出るんだったかな~、大学までは結構遠いので早起きである。経路も再確認せねば。
2006.07.14
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ジャンガリアンハムスターの“はな”(愛称「はなごろう」)。しばらく目を悪くしていて掻いては腫らしを繰り返す日々。目薬をいれると余計に掻くので控えていたら、少しきれいになってきた。ところが今度は耳の下にハゲが。どうやら掻き掻きして作ってしまったらしい。ストレスで掻いてしまうんだろうか。はなごろうのご機嫌がこのごろ斜めだ。暑いせいかとも思うが、少し前に部屋の中での置き場所を変えて比較的人気の薄いところに移動させたのがよくなかったんだろうか、とこどものころ飼ってた小さいカメを、よかれと思って涼しくて暗いところに放置した結果すっかり忘れてしまい死なせた、という苦い記憶がよみがえる。ハムスターがさみしくて機嫌が悪いとはあんまり考えにくいけど。。。まあとりあえずこれまで置いていた至近距離に再び持ってきてはなちゃーん、はなごろうちゃーん、と呼びかける。相変わらず愛想の良い反応はないが。途中、語呂がぴったりであったためについつい「はげごろうちゃーん」と呼んでしまい、反省。女の子にハゲ。笑い事ではないのであった。
2006.07.12
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今朝、近頃の常で異様に早く目が覚めたのでワールドカップの決勝が見られるのでは?とテレビをつけたらまさに延長戦の途中。気持ちとしてはフランスを応援するつもりだったけど睡魔に勝てなかった、にわかサッカー観戦者の私。せめてジダン最後の活躍を見とこうと、うとうとしながら何とか観戦を始める。ところが、ジダンがイタリアの選手に何を言われたのか頭突きという暴力行為で退場処分になった。ジダンといえば、すでに8年前にもなろうか今や疎遠になってしまった当時の友人からフランス代表チームについて「ジダンとその仲間たち」と言われているらしいと聞き内山田洋とクール・ファイブ、みたいやな、と思ったことが最も印象的(失礼)だったのだが今回その姿を見ていて、ほんとにすごい選手だったんだなあと思った。まなざしも憂いを含んでいて、抑制の効いた魅力がある。なのに頭突きとは。いったい何を言われたのか。深刻な何かを言われたとしても逆にどうでもいいほどくだらないことを言われたとしてもどちらにしても咄嗟に衝動をおさえられないところがある種のスポーツ選手らしくて良いような気がするのであった。ドイツの3位決定戦でキーパーをつとめたカーンは4年前非常に印象的なパフォーマンスで注目を集めた。初めて見たときはあまりのその熱さに呆然とし当時の巷ではそのユニフォームを「兄貴の勝負服」と称して売られていて笑った。今回は控えとしてワールドカップに参加していたカーン。ようやく回ってきた出番での大活躍を最後に、やはり代表を引退するらしい。この試合、今思えば見ておけばよかった。アニキの晴れ舞台、見とけばよかった。アニキ、さようなら~。と、先日書いたアン・ジョンファンも含め私にとってのおなじみさんが次々と舞台を去っていくのであった。4年後に新たなおなじみさんができていたらきっとまた楽しいな。。。
2006.07.10
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もう限界になってた頭を何とかしにようやく美容院へ。阪急沿線の“Hair Make Powder”。ずいぶん長いこと、ここに通っている。前回、いつも担当してもらうお姉さんと、通いは始めてどのくらいになるかの話をしたところ丁度10年でした、との葉書を後日いただいた。年に数回とはいえ、10年もひとつところに通っているとスタッフの方々の変遷が懐かしく思い出される。美容院って結構上下関係が厳しいようだ。新人さんらしき人はひたすらシャンプー。ちょっと慣れてくるとカラーリングやパーマの補助にも入る。ベテランの‘スタイリスト’と呼ばれる人がカット後の髪の毛を掃除していればそんな新人さんたちに目配せが走り、すかさず交代に行かねばならない。そういった下積みの時期に私もずいぶん頭を洗ってもらった女の子が今では指名を取って一人前の美容師として立派に働いているのを見るとほんのりうれしくなって挨拶を交わす顔がほころんだりする。時には下積みのままに消えてしまう人もいる。そこはほとんどのスタッフさんが継続で働いていて人が育っていくのが客の目にもわかる。そのうち老舗と呼ばれる名店になっていくのでは?とひそかに思っているのだが残念ながら消えてしまう人はやめるんだろうか、引き抜かれるんだろうか。しばらく前にシャンプーしてもらっていた男の人をここ半年ほど見ない。その人はパパイヤ鈴木風の頭をしていて恰幅がちょっとよくてふっくらした手でわしわしと洗ってくれるのが格別に気持ちよかったのに切ってる姿を見る前にいなくなってしまいさみしい。そのあとに何回かシャンプーをしてくれた女の子は若い人らしい明るい雰囲気でありつつ抑制の効いたアルトボイスが魅力的な人だ。今日はカラーリングの手伝いもしていた。この人がひとりの美容師として、お客さんの指名を受けてる姿を見られたらいいなあと思う。いつも担当してもらう人はたぶん同世代だけど少し年上のお姉さんだ。とてもきれいで、同じく接客業に携わる者としては、仕事中にお手本としてイメージしたいと思うほどに感じのよい人なのだけど10年来の付き合いともなればいやいやお互い年をとりましたな、という気は否めないのであった。
2006.07.08
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めずらしくめまいがする。倒れこんだりは全然しないけど何をするにもいつもの数倍の時間がかかる。睡眠不足かと思われたので昨晩は早めにふとんに入ったところ今朝5時40分に目が覚めたのでお、これはサッカーでも見ようかと思ってテレビをつけたらドイツとイタリアが0-0で後半戦を終了しようとしていた。ああ、延長戦だな、と思いながら再び寝て寝過ごして遅刻した夢など見ながらどうにか起きたところテレビは北朝鮮のミサイルの話をしていた。サッカーはどうなったのか、朝のニュースで目にすることができず相変わらずくらくらするためにあれは夢だったんだろうかとか思いながらぼけーっと1日を過ごす。帰宅後にテレビにて、サッカーがほんとに延長戦だったこととイタリアが勝ったことを知り北朝鮮の7発目も知る。いったい何のために?意味が分からないけどミサイルって危ないはずやんね、とぼけぼけ考えていや今日はきっと栄養が足りないんだと、しっかり食べる。ついでに飲んだビタミン剤が合わず、自分が薬くさい。そしていまだにちょっとくらくら。くらくらもなんだか楽しくなってきたけど何にもできなさそうなので寝よう。めまいって、「目がもうた」とうちの祖母がよく表現する。それって「目が舞うた」だろうか。目が舞ひ舞ひだ。
2006.07.05
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ご利用できます、という言い回しが頭から離れない。正しくはご利用になれます、または、ご利用いただけます、だと思うのだが昨日あるところで目にしたこの言い回ししばらく前から世間に溢れているがどうしても違和感がある。名詞+できる、の組み合わせだから、想像できる、走破できる等とおんなじように文法的には誤りでないのだろうと思う。でもものすごく違和感がある。「ご」がいけないんだと思う。利用できる、なら問題ないので。仮にも「ご」をつけて相手を尊敬しようとした気分とそのあとに続く「できます」といったわりあいぞんざいな物言いがミスマッチだと思う。ひと針3ミリで縫い取りをしようと決心したにもかかわらず実際は8ミリで縫ってました、というような精神の怠慢を感じる。決して1センチではないのが中途半端感を増幅する。それならいっそ「使えますよ」とかキッパリ言い切ってほしい。ずうっと「ご利用できます」について考えている。そんなこんなするうちに「ご利用できます」とつい口走ってしまいそうなところが言葉の変遷の恐ろしいところだ。「ご利用できます」言葉として美しくない。文法的に許容されたとしても絶対使わない。個人的に絶対。
2006.07.03
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