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アクセス数が100万回を越えたと書いたのが8月7日。そして今日は8月27日。4日のうち3日は書いてた僕からすると長い長いお休みだった。実はその前、7月末くらいから体調を崩していた。ハッと気がつくとビックリするような時間になっていた。午前2時とか2時半とか、何かやっててそんな時間になってたと思い込んでたがそうじゃなかった。どうもうたた寝していたらしい。エアコンをつけて扇風機も回してうたた寝、どう考えても体に良い訳ないそんな日々が続いたこともあって、大事な用を結果としてすっぽかしたりすることもあって市の総合検診の結果も併せてますます自分の健康が気になってきた。そうこうするうちに子や孫が帰ってきて、一度話しておこうと思っていた。残念ながらみんな揃ったのは13日だけで残念ながら長男夫婦がいない所で長女と次男夫婦に現状を話した。たぶん丁寧には話せてなくて、ただこの間の経緯については順を追って話立つ檻だ。逆に心配させる事になってしまった。15日にはみんな帰ったのだが、しっかり者の長女が18日に病院に行こうと提案、あまり乗り気でなかったがこの盆の間娘は掃除から食事作りまで動き回ってもらった。盆に限らず正月もそうだから娘には頭が上がらない。娘は僕の義姉にもそんな話をして、その義姉は僕が懇意にしている乖離栄養士さんから僕がいつもと違う様子を聞いていてそれを聞いた娘は放っておけなくなったようだ。ということで18日は娘と一緒に病院へ行った。気になっていることも担当の先生にきちんと聞いていた。たぶんこの結果をきょうだいに伝えている。それを受けて次男が来週仕事休めるし病院行こう、と。1週間後の9月1日に予約してるし、それはいいとやんわり断った。断ったのだが、24日の夜こういうことに詳しい人と電話していて「脳梗塞」の心配を説明してくれた。それを聞くとまた不安になって、息子の同伴はいいけど25日の朝になって行こうと決めた。神経内科の受診を勧められたのだが、最初からかかっている総合診療科の先生の指示がないと難しいらしい。この先生もきちんと聞いてくれて、来週予約している先生はもともと神経内科の先生だし、来週来てもらったときにいろんな不安や心配を話してもらってその結果新たな検査をするかどうか決めてもらいましょう、ということになった。僕の中では一件落着であった。来週は次男が付き添ってくれる。長男も心配して珍しくラインで連絡をくれた。子どもたちだけでなく、周りの親戚や知人たちも気にしてくれている。生活をちゃんとして食事もきちんととってよく寝て運動もしてという前の生活リズムを取り戻し、心配されないようにしなくちゃなあ!
2026.08.27
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ブログのアクセス数がいつのまにか100万回を超えた。このブログを始めたのは2006年 6月15日。開設がもう21年前になる。父の入院がきっかけだった。その父の様子や少し不安になってきた母の様子を京都周辺に住んでいるきょうだいや子どもたちに知ってもらおうと思ったのがきっかけ。息子が開設に向けていろいろ動いてくれた。「ふーかたの日記」がブログのタイトル。味も素っ気もないタイトルでそんなにアクセスされてはいないのだが、総数が先日100万回を越えた。だいたい50~60回くらいだろうと思うのだが、時々ぐっと折れ線グラフが急角度で上がる(アクセス数が増える)ことがある。99万回を越えたあたりで、ああもうすぐ100万回だと思ったが1日50回のアクセスとして1万回を達成するのは200日かかる。だから100万回突破は早くて10月とか11月以降だと思っていた。ところが2日前だったか、何気なくアクセスの数字を観ると100万回を超えている。組織票が入るほどの組織も持たないし、????まったくの謎だがとにかくその日の折れ線グラフは何と何とその日は6000回を越えていた。何かの間違いだろうと思ったが、100万回を越えるその数字が変更されることはなかった。何かのからくりがあるのかなと思うが、そのからくりを解明するほどの力量はない。21年間は365×21=7665日。ブログを書いたのは7358日。記入率は76.1%。我ながら結構書いてるなと思う。コメントもそんなに多い訳でなく、どこの誰なのかたいてい分かる。より多くの人に発信したいならフェイスブックの方がいいよ、と何度か言われた。不特定多数より特定少数の方がいいと思っているのでいまの「路線」で続けられたらいいかなと思っている。フェイスブックはスマホの小さな画面で書くというイメージがあって、あの画面では書きたいことが表現しにくいのが僕の実感。だからパソコンを開いて一行40字くらいの字数で書くのが一番落ち着く。自分が読む立場だったら、長文はスマホよりパソコン画面の方が読みやすいとも思うからそれもパソコンでブログを書く理由。それにしてもよく続いたな。時々コメントをくれる知り合いたち、スマホに感想をくれる姉妹たち、子どもたちがいることも続けられる理由の一つだ。100万回を超えたブログだが、たぶん基本は変わらずその時々にあったこと、思ったことを書くどうって事ないブログ。このペースで行くと200万回になるのは20年後、生きてるかなあ・・・・・・
2026.08.07
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10時頃には布団に入り、5時頃には起床するというリズムが崩れてきている。本を読んでいたり録画していた番組を観たりしてふっと時計を見ると夜中の2時とか3時だったりすることが増えている。そのためか、先日の墓道掃除も7時の集合時間に間に合わなかったり、一緒に作業するメンバーから入った電話にも気がつかずに、心配させてしまったこと。もう一人のメンバーが家まで来てインタホンを鳴らして無事を確認させてしまうことになってしまった。確かに一人で暮らす老人が電話に出ないとなるとこの暑さの中、家で倒れてるんじゃないかと心配されるのも無理はない、そういう心配される太陽の年齢になっていることをここでも突きつけられたような気がする。大切な友人の命日に約束していた場所・時間に行けなかったのもダメなできごとの一つ。昨日は彼の家に行って線香をあげさせてもらった。彼が大事にしていてよく話してくれたお孫さんと話せたのも嬉しかった。今朝は久し振りに5時過ぎに起き出した。畑仕事もそういう時間帯にやれるといいのだが。そのためにも夜更かしをしないでしっかり睡眠を確保するようにしないと。今日も遅くならないように早めに布団に入ろう、ぐっすり眠れるといいんだが。
2026.08.03
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前回の熊本地震、報道番組を見てたらもう10年前になるんだそうだ。何人かで声か掛け合って車で熊本まで行った。カリタスにお世話になって2泊くらい泊めてもらった。益城町の片づけやブロック塀を壊して運び出す作業をした。もちろんこんなに暑くはなかった、と思う。行ったとしてもあまり動けないかなとも思う。ボランティアで知り合った東京の方からラインが入った。「仙台で飲みませんか」というもの。実は2年前、ボランティア仲間と「みやぎ復興マラソン」に出て完走、その東京の方と居酒屋で飲んだ。楽しい時間だった。その方が言うにはSさん夫妻と一緒に飲もうというお誘い。Sさん夫妻は僕らが東北へ行ったとき、何度も千年希望の丘での草取り作業を紹介して下さった方。宮脇方式で植えた丘が津波の威力を弱め、命をつなぐ有力な方途であることをその後の活動を通じて訴え続けてきた方、その中心となってる方でもある。岩沼市で津波を体験、そのリアルな話を高校生や僕らに話してもらったこともある。マラソンがあったその前の年だったと思うのだが、僕は一人で仙台や岩沼市を訪ね、夜、ご夫妻と美味しい魚をいただきながら飲んだものだった。特に御主人は日本酒が大好きな方で僕はつきあえなかったのだが、一緒に飲むならお酒大好きな仲間と一緒に行けば交流もできるし、あの丘がどんなに繁茂しているか今の様子を見てもらうことで、宮脇方式の素晴らしさを実感できる機会でもあると思い、何人かに声をかけた。仙台まで遠いので交替の運転手を頼むという思惑もある。三人が三人とも「いいね」と賛同してくれた。9月くらいに計画しようかと考えている。電話した一人は10年前、熊本のボランティアにもご一緒した方、「最初熊本ボランティアに行こうというお誘いかと思った」と反応。そうだ、行けるといいなとも思った。でもまあ無理はしないでおこう。35度を超す猛暑の中での活動は今の僕には絶対無理。もう少し落ち着いたらまた考えよう。
2026.08.01
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今日は大切な友人の命日だった。毎年何人かで墓参りをして故人を偲んだ。彼のお墓がある近くのお寺に9時集合の連絡をしたり、せんっこうを持って行くことや「範や心経を書いたコピーを僕が持って行くと打ち合わせていたのだが、珍しく寝過ごしてしまい、目が覚めたのはもう10時頃だった。アラームをかけなくても5時とか6時には目が覚め起き出すので今日も大丈夫だろうとアラームもセットしなかった。」昨晩もあつかった。早く布団には入ったのだがなかなか眠れなかった。眠れずにぐずぐずしていた。寝入ったのは2時を回っていたかもしれない。で目が覚めたのは10時。すぐに車を出せば9時をちょっと回るくらいでみんなと合流できたのかもしれないのだが起きたときはすっかり墓参りのことは僕の中では抜けていた。全く忘れていた。11時頃だったか、約束していたメンバーから来ないし連絡もないし心配してたとのこと。「ごめん」を繰り返すしかなかった。もう一人は電話がかかってきた。明日は行こう、そして彼の奥さんとも話そう、そう思って電話を切った。
2026.08.01
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もう僕には徹夜なんて考えられないと思っていた。昨日は晩ご飯を作るのがめんどうで、夜買い物に行き、半額の値札のついた弁当を買ってきた。味の濃いこと!ビールもここんとこ控えているので、もっぱらお茶や水でのどを潤した。食べ終わったのは9時頃だったか、それから延々と熊本地震のニュース番組を気にしながらパソコンに向かったり、豊岡演劇祭のスケジュールを確認したりしていると、2時になり3時になり、気がつくと5時を回っていた。外も明るいし、朝刊が配られていた。徹夜したのだ。あまりいい感じではないが、少しでも布団に入ろうと2階に上がった。涼しくもないが暑くもない、布団に横になるだけでいい気分になった。1時間くらいは眠れたろうか、やっぱり寝ないとダメだ。大リーグ中継をやっててドジャースの相手はマリナーズ。調子は下降気味かなと思っていた大谷、今日はホームランも打ってるしヒットも打ってる。他のチームの日本人選手の活躍にも触れている。ホワイトソックスの村上は熊本出身、10年前の熊本地震も経験していて「応援しています」「元気にいてほしい」とメッセージを送っていた。被災地の子どもたちもきっと喜んでいる。昨日は久し振りのスタメンでホームランも2本打っている。両親が見てる前での5打点の大活躍、現地の人たちもこれからの復旧・復興の後押しをしてもらってるようで元気が出る。東北の地震の時、モーニング娘。が来てたが、ずいぶん盛り上がってたようだ。こういう人たちの現地入りは被災者たちをほんとに元気にする、そう思う。「売名行為だ」と言う批判もあるがそれでも「出来ることを出来る人がする」のがボランティアの神髄だとすると、それで被災地が元気になるのならそれでもいい。僕ら何の技術を持たない人が行くより、重機を扱えたり、炊き出しをやれる人が現地に入った方が喜ばれるに決まってる、と思う。何十年ぶりかの徹夜だったが、いろんなことを思い出した。前回の徹夜はいつだったか思い出せないけど学生時代?それとも20代後半の頃?高校の時の同級生が集まって麻雀をやったあの頃?徹夜もたまにならいいが、やっぱり睡眠と食事はちゃんと確保しないと、絶対ツケが回ってくる。今日は早く寝よう。どうであれ僕にとっての徹夜は50年以上前のこと!また集まっても、徹夜なんて何人ができるだろうか。ふっと顔を思い浮かべるが4人揃うかどうか、となるとあまりよく分かってない僕がメンバーに誘われるかもしれない。
2026.07.29
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もう僕には徹夜なんて考えられないと思っていた。昨日は晩ご飯を作るのがめんどうで、夜買い物に行き、半額の値札のついた弁当を買ってきた。味の濃いこと!ビールもここんとこ控えているので、もっぱらお茶や水でのどを潤した。食べ終わったのは9時頃だったか、それから延々と熊本地震のニュース番組を気にしながらパソコンに向かったり、豊岡演劇祭のスケジュールを確認したりしていると、2時になり3時になり、気がつくと5時を回っていた。外も明るいし、朝刊が配られていた。徹夜したのだ。当然、体調はあまりいい感じではないが、少しでも布団に入ろうと2階に上がった。涼しくもないが暑くもない、布団に横になるだけでいい気分になった。1時間くらいは眠れたろうか、やっぱり寝ないとダメだ。大リーグ中継をやっててドジャースの相手はマリナーズ。調子は下降気味かなと思っていた大谷、今日はホームランも打ってるしヒットも打ってる。他のチームの日本人選手の活躍にも触れている。ホワイトソックスの村上は熊本出身、10年前の熊本地震も経験していて「応援しています」「元気にいてほしい」とメッセージを送っていた。被災地の子どもたちもきっと喜んでいる。昨日は久し振りのスタメンでホームランも2本打っている。両親が見てる前での5打点の大活躍、現地の人たちもこれからの復旧・復興の後押しをしてもらってるようで元気が出る。東北の地震の時、モーニング娘。が来てたが、会場はずいぶん盛り上がってたようだ。こういう人たちの現地入りは被災者たちをほんとに元気にする、そう思う。何十年ぶりかの徹夜だったが、いろんなことを思い出した。たまにはいいが、やっぱり睡眠と食事はちゃんと確保しないと、絶対ツケが回ってくる。今日は早く寝よう。
2026.07.29
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豊岡演劇祭第1回の前年、城崎国際アートセンターで高橋源一郎の『日本文学盛衰史』を原作として平田オリザが作・演出を手がけた舞台が公開された。二葉亭四迷や漱石・鴎外や樋口一葉や啄木等、教科書に出て来るような作家たちが次々に登場して来る面白さ、最後は原作者の高橋源一郎役の役者も登場、たくさんの出演者を自撮りするような場面もあり、それぞれの激しいダンスで終わる、僕の中ではめちゃくちゃ面白くて大興奮した舞台だった。あれから何年経つのだろう。翌年からたくさんの演目が豊岡市を中心に上演され、初めて観る様々なパフォーマンスに驚かされ、自分を振り返るきっかけをくれる場面にもたびたび出会った。そうして今年も9月18日-27日までの10日間開催される。先日、プログラムを書いたチラシを手に入れた。公式プログラムが載っているのだが、それ以外の演目もたくさんあり、それも見ないとどの演目を、どの日に、どの順番に観ていくか決められないので、その後決まったものをホームページで確かめ、予定を組んでみた。チケット販売も始まっているので、パソコンやスマホを使って一つ一つ予約していった。まだだいぶ先だし、余裕で予約できるだろうと思っていたら、6日間も公演するのにすでに完売となっていた演目が一つ。3回の公演のうち1回は売り切れ、というものもあった。とりあえず、予定したモノ(観たいと思った演目は)mitaito mitaito は一つを除き、予約できた。演劇三昧の9月が楽しみだ。
2026.07.28
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今日も夕方涼しくなってから2時間ほど動いた。もうずうっと放置状態だったから、庭木だけでなくその周辺の草木(セイタカアワダチソウやドクダミ、笹、ススキ)等、木の根元周辺の整備もやっている。それがまた大変で、伐ったり抜いたりした草木が大量に出て来る。剪定はまずは届く所からやり始めた。自分でやろうというのは初めてだ。混んでいる枝や根元から伸びている枝は地面ぎりぎりで伐ってしまう。ところが巣作り最中のハチを発見、伐ろうとした枝に作りかけていた。去年軒下に巣を作っていたスズメバチを駆除しようと梯子を使い、降りるとき踏み外してしまいアキレス腱を切った苦いできごとが浮かんできた。やる場所はたくさんあるので、そうっとその場を離れた。サルスベリの木は分かるが、樹木の名前はさっぱり分からない。ムラサキシキブはムラサキの実がなるので覚えやすいが、畑の方の溝の側の木が思い出せない。父が「これはええ匂いがする」と言ってたことは覚えている。高い所は無理だが、やれる所はいっぱいある。もうしばらく夕方の時間を利用してすっきりした庭にしたい。梅の木もあちこちに枝が伸びている。これもさわりたい。
2026.07.27
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2年に1回、シルバー人材センターに頼んで庭木の剪定をしてもらってる。以前は毎年やってもらっていたのだが、早めに依頼しないと盆には間に合わない。うっかり忘れていると、あちこちからの依頼があるようで放ったまま状態が続いている。伸び放題に伸びて、手入れをしない、荒れた印象の庭になってしまってる。※人が住まないと(人の手が入らないと)庭も自然も荒れ放題になるってことがよくわかる。一昨日から、夕方少し涼しくなった頃から庭木の剪定作業を始めている。まずは生け垣の伸びた部分をちょっとした機械で刈り取っていく。もっと早い時期に刈り取っていったらこんなに伸びないのにと思いながら、刈り残した部分を剪定ハサミでパチンパチンと伐っていく。たったこれだけに少なくない時間がかかる。サルスベリや梅の木等、ネットにやり方が載っていたのでそれを見ながら、明日からは個別の樹木にかかろうかなと思う。足場をちゃんと確保して、明日からは梯子も使って見よう見まねで剪定ばさみを使おうかなと思う。庭の草取りも併せてやっていくのだが、選定作業、なかなか面白い。もう少し涼しければ言うことないんだが。
2026.07.26
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昨日は豊岡からの帰り、2年ぶりくらいになるだろうか、長いことご無沙汰していた知人宅を訪問した。1時間くらいと思っていたが話してるうちにどんどん多岐にわたる話題が次々と出てきて、夕食までいただいて帰ってきた。はっと気がつくと9時を回っていた。以前我が家で『1/10 Fukushimaをきいてみる』の上映会をしたとき一緒に来ていた中学生は大学3回生と1回生。へえーっとビックリ。「その娘たちがもうすぐ帰ってくる」と嬉しそうだった。しばらくして、一緒に暮らしているパートナーの方も帰ってきて話はさらに盛り上がる。両方ともよく知ってる方、僕は車で来てるので飲めないが二人はビールの後は日本酒や焼酎を飲んで会話はますますヒートアップ。「若い頃バックパッカーであちこち回った」「南インドはよかった」等々僕には想像もつかない世界を経験している人だと初めて分かった。「泊まっていったら」と言ってもらったが、着替えもないしと帰った。運転しながら楽しかったなあとあれこれ思い出し、幸せな気分で帰ってきた。
2026.07.25
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9月18日(金)~27日(日)豊岡演劇祭が行われる。毎年僕は何演目か観ている。今年も何を観ようか、そう考えるとワクワクする。公式プログラムの内容が書いてあるチラシ?ができていて、今日豊岡に用があってそのチラシをもらってきた。この公式プログラム以外に公募によるプログラムも準備される。どんな内容の演目になるかまだ決まってなくて、日時、時間、会場を見ながら観劇スケジュールを決めるのだが、これがなかなか難しい。欲張らないのが一番なのだが、普段は観られない演目が目白押しなので欲張って1日2演目以上に予約してしまうこともある。今日から予約もできる。すぐに満席になることはないのだが、公募の演目が決まるのを待っていると公式プログラムの演目が観られないこともありうる。だから可能な演目から少しずつ予約して行こう。あまり欲張らずにある程度絞り込みたい。
2026.07.24
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笑うと免疫力が上がる、とよく聞く。うちの奥さんもそんなことをよく言ってた。前からよく笑いよく食べる人だったが、病気が見つかってからは余計にその気持ちに拍車がかかってきたように思える。その時々にはそんなことを思わなかったが、そうだったんだと思い出す場面がいくつもある。ぼくは多くを語ったり大笑いするタイプの人間ではなかった。どっかで書いた気もするが、何回目かの僕の誕生日の時料理が得意だった奥さんに「何かして(作って)ほしいものある?」と聞かれた。僕は全く覚えてないのだが、奥さんのおしゃべり仲間の人たちが線香をあげに来てくれたときその人たちが言ってたこと。僕はこう言ったそうだ。「静かに(黙ってて)していてほしい」だったそうだ。そこにいたみんなは大笑い、聞いた僕もエッとビックリして大笑い。直接笑わせるような機転は利かないが、笑いの種のようなものは蒔いていたんだと思ってホッとした。それでも何かの番組で「お父さんの笑いの免疫力で」というような話を聞くと、「笑いを提供できるような」自分であれば、奥さんももう少し長く生きられたんじゃないかと思ってしまう。
2026.07.23
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総合検診の結果を受けて、病院に行き、さらにデータを元に食生活の改善について聞いて、ぼくなりに意識した生活を送っている。今日は管理栄養士さんに話をしてもらった。一度お会いしてる方だったが、専門的な所から具体的な話が聞けてよかった。塩分を取り過ぎないように、少し意識してもらうだけでだいぶ違ってくるとのこと。蒸し野菜や、海藻類もいいですよと近くのスーパーに売ってることも教えてもらった。「塵も積もれば山となる」ちょっとした積み重ねが大きな変化をもたらすので、そのちょっとを意識してがんばって下さい、と励ましてもらった。ランに関する余分の話も楽しかった。9月、病院で血液検査をするが、数値がどれだけよい方向に変化してるか楽しみになってきた。とにかく塩分糖分のことなどまるで考えてこなかった生活が、変わりつつある。ちょっと意識して食生活を変えていこう。この猛暑で運動(ランニング)ができてない。歩くことからまた始めよう。
2026.07.22
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電話で予約していて今日1回目の帯状疱疹ワクチン接種があった。コロナワクチンの是非が未だに話題になり、その問題点を描いたドキュメンタリーが豊岡劇場でもあった。ぼくは観ることができなかったが、いろんな意見があることを改めて痛感した。そのことがあって、ワクチンというと構える所がある。以前お腹のあたりに発症して赤く腫れたことがあった。痛かったのも覚えている。その時は薬を処方してもらって1週間くらいで治った(と思う)。それからは何ともない。ただ去年だったか今年になってからだったか、懇意にしてる方が帯状疱疹になったと聞いた。後で聞いてみると顔というか頭にできたという。お腹の周りにできるものだと思い込んでいたので、ビックリした。ひどいときには視力低下や難聴などの合併症を引き起こす事もあるというので怖くなった。そのこともあってとりあえずワクチンは重症化を防ぐというので受けることにした。京丹後市の場合1回7000円、2ヶ月後くらいに2回目の接種がある。高いなあと思っていたら京都市は1回16000円だという。そんなに高かったら、受けたくても受けられない人もいるだろうな。市民・住民の健康を支えていくのが行政だと思うのだが、どうなってるんだろう。体温や血圧を測ってからワクチン接種。痛かったし、打ってもらった左腕の上腕部がだるい。今日明日はシャワーで、と言われた。
2026.07.21
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朝、早い時間帯に畑に出てトウモロコシの“安否”を確認し、大丈夫なら収穫しようと考えていた。ところがワールドカップの決勝が行われていて、ついつい目が離せなくなり、スペインが優勝したその結果を見てから外に出た。明け方カラスが騒いでいるような気がして、昨年はカラスにやられた記憶があったのでそれも心配だったが、無事だった。周囲に草が生えていてので見つかりにくかったのかもしれない。シカはそばの枝豆も食べてたようで、トウモロコシをよく見逃してくれたもんだと、その幸運に胸をなで下ろした。すぐ側のピーマンやシシトウの葉っぱや枝先も食べられただけにほんとよかった。幸いトウモロコシは順調に育ったようでひげが黒っぽくなってたのでもう収穫して大丈夫。早速1本をレンジに皮付きのまま5分、食べてみた。実もぎっしり詰まっていて、しかも甘い!ここ数年で一番旨かった。大・満・足!たくさんはないが、盆に帰ってくる子や孫のために冷凍保存か冷蔵保存でもしておこう。
2026.07.20
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少しだけ畑に出た。先日(たぶん)シカにサツマイモの葉っぱをかじられた。その後は来てないと思っていたが、対策もせずに何も起こらないはずがない。今日夕方みてみるとまだ残っていた葉っぱや、よく見るとトマトやピーマンの葉もかじられている。おそらく山側から侵入してくるのだろう、山側に高い杭を打って網をかけたりしないと侵入は防げないだろうが、この暑さの中の作業を考えると、もういいやという気にもなってくる。ところがトウモロコシも収穫時期になってるのだが、なぜか無事だ。早朝に収穫すると美味しく食べられるそうなので、心配だが明日の朝まで待とうと思う。今晩、来ませんように。大丈夫でありますように。
2026.07.19
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朝晩、少し涼しいかなと思う日もあったのだが、もわっとした暑さが続く。すかっとした暑さなら乗り切れそうだが、こんな暑さだとほんとに参ってしまう。総合検診で結果についての相談をしてから以前と変わったことの一つは、水分をかなりとっていること。それと糖分、塩分を控えてること。特にお菓子とか菓子パン等をあまり買わないようにしている。それと野菜をとること。その上で朝晩の血圧を記録すること。これまでも結果を見て、同じような話をしてもらってるのだが、今回は自分の年齢を意識するようになったことやこのままでは・・・というびびってしまう未来を指摘されたこともある。何よりも離れて暮らす子どもたちに心配してもらわなくていい健康、元気をこれまで以上に意識している。今日は宮津の図書館で本を探したり、涼しい館内で本を読んだりした。またエスカレーターの先にスーツケースやカバンの店があって店の人の話を聞いたりした。ボランティア仲間が近くで店をやってるのでそこで食事をと思ったが、あいにく休業。少し離れてはいるが時々食べに行くそば屋さんで美味しいそばをいただいた。ふくしま子どもキャンプの中心メンバーの方で厨房に挨拶に行くと、むっとしたという言葉以上の暑さ、天ぷらを揚げておられた。ぼくより少し年上の方だが頑張るなあと頭が下がる。午後はサークル。時々行ってるサークル。現役の先生方が話す今どきの教育現場の窮屈さにもうとても勤まらないなと思う。「靖国神社」についての授業書をみんなでやった。一人で読んでも楽しくないだろうが、みんなであれこれ言いながら進めていくのはやっぱり楽しい。さて、今日は奥さんの月命日。最後に食べたキュウリもみを作って仏壇に供えよう。
2026.07.18
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新日本風土記には幾つかの人やできごとが描かれるのだが、先日の放送ではこんなエピソードもあった。紫陽花がたくさん植えられてる一角にいろんな文字が刻まれている場所がある。二人で散歩していた老夫婦の男性が私の書いてもらったものもそこにあるんです、と穏やかな表情で話された。 二人出会って恋を知り 共に歩んで愛を知る結婚30周年の記念にそう刻んで、今年は50周年(金婚式)を迎えるんだそうだ。お見合いで結婚してそれから恋愛に・・・と話す男性を静かに微笑んで見つめる女性。子どものことはこの人に任せっぱなしで、と男性。そうしてさらに散歩を続けるご夫婦だったが、手をつないでゆっくり歩くその姿に胸を衝かれる思いがした。明日は奥さんが亡くなって2年と4ヶ月、28回目の月命日だ。腕を組むことも手をつなぐこともあまりなかった事をよく想う。悔やむという言葉は正確ではないかな、ぴったりの言葉が見つからない。存命であればこんなふうに想うこともなかっただろうが、今はそんなことをよく想う。
2026.07.17
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日本各地の暮らしや祭りを丁寧に追う番組で、これも録画して見ることが多い。録画した作品がたくさんあって、暑くて外に出るのを控えてるこの頃はよく見るのだが、今日見たのは昨年8月に放送されたものだ。NHKにはこういった再放送のものが多いのだが以前見たときとは違った受けとめ方をしてることに気がつく。再放送であっても、当時見てないものもありとにかく録画していて「あっこれ見たことがある」と気づいて消去してしまうこともある。これもそういう類いのものだが最後まで見た。すぐに消してしまわなくてよかった。いろんな人が出て来る。太宰治の「桜桃忌」にちなんで彼の眠る墓を訪れる人たちや、その近くに喫茶店を営む太宰ファンの店主やその店に集う人たちの様子もカメラは映していた。そのテーマの最後に、太宰の一文が朗読と友に画面に出た。「かけがえのない人との別れについて」という前置きがあっての文だ。 雨が降っていた。 みどり色のさびしさは、夢のまま、 あたり一面にただよっていた。 太宰治『斜陽』雨に濡れた緑を背景にした文、その画面がきれいで、朗読はたぶんアナウンサーの井上二郎さんの声、これもかっこよかったし、胸に響いた。
2026.07.16
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録画していた番組を観た。NHKの〈こころの時代 宗教・人生〉という番組で2週続けて宮沢賢治のことや作品が扱われていた。一つは宮沢賢治生誕130年アンコール放送(初回放送2023年9月24日)。 宮沢賢治 久遠の宇宙に生きる 「デクノボー」として生きる最初に秋のお祭りの山車の映像が流れる。亡くなったのはその二日後で、賢治は家の前に出てこの山車を見たという。その年花巻はまれにみる豊作だったという。 ヒデリノトキハナミダヲナガシ サムサノナツハオロオロアルキこのイメージが強い賢治だけに、病に伏せっていたこの時に喜びに沸く祭りの行列や熱気を目の当たりにできたのは良かったなあと思う。弟の宮沢清六さんやその孫の和樹さんも登場してきて、興味深い話が次々に出てきた。その中で印象に残ったのは、何かの絵本の解説で清六さんが強調してたことを思い出すのだが、孫の和樹さんがよく聞かされたと言ってる場面。それは「行ッテ」の精神。 東二病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西二ツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヺ負ヒ 南二死二サウナ人アレバ」 行ッテコハガラナクテモイイトイヒ 北二ケンクワヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ北だけ「行ッテ」がないが、手帳には赤いペンで「行ッテ」と書いてあったそうだ。法華経の精神、賢治の根っこにある考え方だったという。大いにそこに共感するのは、ボランティアに現地に行くことの意味と結びつけているからだろう。もっともっと賢治のことを知りたくなった。作品に触れたくなった。
2026.07.15
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さすがに食材が少なくなってきて、午前中買い物に出た。スマホに買い物メモを書いて、それだけを買おうと出たのだが、なぜかそのメモが消えてしまった。うろ覚えで、今日のメニューをスマホで引っ張り出して事なきを得た。昨日涼しくなってきてからやったナスの世話、周りの草を抜いたり刈ったりしてから周囲2ヶ所をスコップを挿してナスの根っこを切った。ほんとは1ヶ月くらい早いのだが、放ったらかしで葉が枯れ実も硬くなってきてたので少し休ませて更新させるという方法らしい。他の野菜も順次、手入れをやっていこうと思い、今朝はオクラ、シシトウ、トマトの周囲の手入れをやった。台所で出る生ゴミはコンポストにいれ、土をかぶせて虫が湧かないようにする。こんなふうにしていると、一人暮らしだから週2回ある「燃えるゴミ」もほぼ週1回で十分だ。1ヶ月すると盆を迎えるから、庭の手入れや部屋やトイレ・風呂場の掃除などもやっていく必要がある。昨日は走れなかったが、夕方少し体を動かしたせいか、暑い夜だったが一度も目が覚めなかった。4時半には起きたのだが・・・。そうそう夜洗濯物を干した時、涼しくはなかったのだが空を見上げるとたくさんの星が出ていた。しばし見とれていた。
2026.07.14
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ほんとに暑い。夜も寝苦しい。全然涼しくならないが、エアコンはあまり好きじゃないので網戸にして眠るのだが、何度も起きてしまう。たぶん睡眠も切れ切れで睡眠時間そのものも少ないんじゃないかと思う。その分、昼間ちょっと横になる回数も増えてきたようだ。トレイルランから1週間、まるで走ってない。そう言えば、走ってたときは多少暑くても朝までひと寝入りのことが多かった。だったら今日は走ってみようかと外の軒下の温度計を見ると33度。もわっとする空気が周りを取り囲む。日も差しているしせめて30度を切らないと無理かなと思い、また部屋に戻った。これだけ暑いと昼間はエアコンも入れて涼しい部屋で過ごす時間が増える。溜まったテレビの録画番組を観て、それはそれでいいのだが、やっぱり外に出たい。そうだ、朝、畑に出たときサツマイモの葉が見事にかじられていた。イノシシなら掘り起こすけど、これはシカの仕業に違いない。せっかく珍しく順調に育っていたのに残念だ。ナスが枯れかけたり、ピーマンやシシトウは草に埋もれている。畑仕事もしばらくできてない。九州の方は梅雨明けだとか、近畿も間近かもしれない。もう少し過ごしやすい暑さであってほしいのだが、無理な相談か。
2026.07.13
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昨日は京都からボランティア仲間がやってきた。遠野で出会って以来いろんな場所で行動を共にした方が、後を任せたいと期待する方を連れてやってきた。僕は用があり、遅れての参加だったが会場となる個人宅に出向いた。すでに彼らは飲んでたが、家主にヨガを教えてもらったり、台所で家主が作ってくれる熱々の料理をいただきながら「遠野まごころネット」でお世話になった日々を振り返った。今日初めて会った人は、そのまごころネットのスタッフとして活動してた人、ひょっとしたら同じ場所で出会ってたかもしれない。僕は帰るつもりだったからお茶で我慢したが、彼らはビールやお酒でほろ酔い気分。あの頃のメンバーのその後や、まごころネットの代表をしてた方が今、遠野市長になってることとか、とにかく百戦錬磨の彼らの話を聞くのは楽しい。災害ボランティアの現在地のようなことも含めて話は尽きなかった。家主の料理の手伝いもちょびっとしながら、作り方も教えてもらった。こんなに手際よくはできないが、自分でも作れそうだと思いながら11時前に帰ってきた
2026.07.12
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黒メダカ2匹とヒメダカ5匹を春先買って来て、玄関先に鉢を置いて飼っていた。人が近づくとさっと水草の中に隠れるのだが、エサをやると1匹2匹と出てきて食べていた。そのうちお腹の膨らんだメダカも出てきて、ひょっとしたら赤ちゃんメダカが見られるかもと期待してた。ところがある日黒メダカが死んじゃって、さらにしばらくしてヒメダカが消えてしまった。黒メダカは白い腹を見せて鉢の中で見つかったが、ヒメダカは忽然と姿を消してしまった。水草ばかりが増えて、黒メダカ1匹になってしまい、だんだんと鉢を覗く回数も減ってしまった。ところが今日家を訪ねてきたお客さんが「いいですねえ、赤ちゃんメダカがいて」と教えてくれた。まさかまさか1cmあるかないかの赤ちゃんメダカが泳いでいた。確認できたのは1匹だけ。ピッピッと動くその様子が面白くて何回か見に出た。目を凝らさないと見逃してしまいそうな小ささ、でもちゃんと生きてる!見つけてくれたお客さんに感謝、大人のメダカになるまでちゃんと世話しなくちゃなあ。
2026.07.10
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最近は寝る時間が遅くなっても、だいたい5時前には目が覚める。もう外は明るい。だんだん日が短くなると目が覚めるのも遅くなる。ただその分、午前中に1回、午後に1回睡魔が襲ってくる。何かやってると大丈夫なのだが、もう開かん、と思うと10分~15分横になる。そうするとスッキリする。家ではそれでいいのだが、運転中となると迷う。もう少しもう少しと運転してると、いつか事故を起こしそうで怖い。特に高速道路はパーキングが限られているし、そこを過ぎると次のパーキングやサービスエリアまでかなりの距離になることがある。だから早め早めの休憩を意識している。今日は京都までの往復、往路で1回、復路で1回シートを倒して休んだ。10分であっても疲れや睡魔から逃れられる。安全第一でないとなあ。
2026.07.09
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「一人暮らし、慣れました?」ある場所でそんなことを聞かれた。一人暮らしになって2年と4ヶ月になろうとするが、どうなんだろう、慣れたんだろうか。あれこれ思うことはあっても2年以上が過ぎて、奥さんがいない生活が当たり前にはなった。でも慣れた、と言うのでもないように思う。奥さんとの距離はむしろ近くなっているような気さえする。そばに置いている写真に見守られているような気もする。生身の声は聞けないが、ふとしたタイミングで一気にたくさんの「あの日」「あの時」に戻ることもある。・ビスケット噛む音だけがする孤独 周南 夏 休 み・妻よろけ「重く受け止め」ましたオレ 福岡 朝川 渡こんな孤独は感じないけど、元気な時は「重く受け止め」たろうなと思い出す。
2026.07.08
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5月に行った総合検診の結果が送られてきた。血圧が高めであるのは、ここ数年続いていて、またかという感じ。その結果票を持って病院に行った。予約でないのだが、9:10~9:20の診察予定ですと言われてホッとしてたのだが、なかなか声をかけてもらえない。こういう時、いろんなことを気にかけてしまうのが僕のダメなところ。結果票を見て「う~ん」とうなってるのではないかと思っていたら、やっと診察室に入れた。10時を回っていた。他の項目でCTをとります、と言われてまたびくっ。CTはすぐに終わってまた診察室の前で待つ。そんなに時間は経ってないかもしれないけど、待つ身には長く感じられる。中の待合室に入るが画像を見て、やっぱり気になるところがあるなあとお医者さんが判断して・・・とまあそんな妄想まで浮かんでくる。結果、異常なし。でもまあ、別の項目ではあるが9月1日に予約を取った。薬は出さないが食生活等気をつけて経過を見ましょうと言うことで終わった。
2026.07.07
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今回僕が出たのは「第14回 姫ボタル・瀞川トレイルラン」。その第2回の大会に出場している。その時の完走証が出てきて「4:40:50」の時間が書かれている。平成26年だから2014年、12年前になる。たぶんこの時は「えりゃあコース28km」だったと思う。翌年第3回は「山賊どえりゃあコース32km」に出ている。この時は「6:30:12」で完走している。苦しかったのは覚えていて、鉢伏の頂上で息も絶え絶えで、でも最高の眺めに見とれていた。昨年は久し振りに「えりゃあコース28km」に応募したが、体力・気力とも全くだめで早々とリタイアしてしまったのだった。その反省を生かして距離としてはその半分の「なんだいや13」に参加、何とか完走できたのだった。途中、近い年齢の方に声をかけられた。僕より2歳くらい年下だったが、彼もまた、今年から楽なコースにしたということだった。その彼を抜いて、たぶん先にゴールしたと思う。この大会を作ってきた方とたまたま知り合いで、少し話した。「ハイキングのつもりで歩いたらいいんですよ」との助言も後押ししてくれた。制限時間が6時間だから、確かに歩き続ければゴールできる計算にはなる。参加賞とは別に完走賞があり地元の野菜、ピーマンとニンニクをもらって帰途についた。都会のマラソンと違って、このローカルなあったかいおもてなしは嬉しい。来年も出るぞ!
2026.07.06
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トレイルラン本番。「歩くように走る」と言い聞かせてスタートラインに立った。あいにくの雨模様。去年は強い日差しが照りつけていた。でも奥さんがよく言ってた「暑さに弱い」僕には雨であってもその方が好都合。スタート直後、みんな決して速いペースではなかったが、自重してゆっくりと歩くように走った。少ししてすぐに山道に入った。この雨でぬかるんだ道だ。上り坂になると歩くことを心がけた。去年は何度も何度も立ち止まって休んだ。今年はほぼ休まずに動き続けた。これでもかこれでもかというように上り坂が出て来る。下り坂はできるだけ走るのだが、とにかく滑りやすい。目の前で3回くらい転んだ人を見た。距離の長いコースを走る人が、僕らを追い抜く際に泥の付いたお尻や脚の人をいっぱい見た。ほんとうなら下界が見渡せるスポットがあるのだが、残念ながら今日は無理だった。折り返して走っているとジェラードをふるまうエイドがあった。美味しかった。こんなに美味しいモノにありつけるとは・・・あちこちの大会に出たが間違いなくベスト1だ。脚が疲れてくると踏ん張れなかったり滑りそうになって危なっかしい走り方になる。でも「のこり5km」「のこり3km」の表示が嬉しい。ここで休まずに走ってたら3時間を切れてたと思うのだが、ついつい脚がだるくて歩いてしまう。ゴールしたのは「3時間41秒」。今度は3時間を切る、という目標ができた。ゴールできたから言えるのかもしれないが、今回は山道を走る気持ちよさも感じることができた。
2026.07.05
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一日中雨だった。買い物に出るつもりだったが、焼きそばを作るとビールが飲みたくなり、ついつい飲んでしまった。だからどこにも出かけず、本を読んだり、録画してあった番組を観たりしてたら一日が過ぎてしまった。こんな時こそ、あちこちの整理整頓や掃除をやればよかったと一瞬は思うがついだらだらと。夜は村の会議。8月14日に行われる納涼祭の相談。前回欠席していたので、初めて見る顔もある。僕の前に座っていたのがシャキシャキして声もよく通る若者。子どもたちが小さい頃、通学班の親子行事があり、どっかに出かけたり公民館で食事会をしたり、賑やかに交流していたのだが、その時一緒に遊んだ目のくりくりした可愛い男の子、目の前の立派な若者がその子だった。納涼祭は地元の住民だけでなく、都会や遠くにいる子どもも参加するから毎年賑やかだ。そのちょっとしたお手伝いをするのだが、やぐらを建てたり提灯を飾ったり、焼き鳥やかき氷、輪投げ等いろんなコーナーの当番もあり、なかなか忙しい。僕はいろんな役が今年が最後になるだろう。来年以降は免除される、と思う。そういうお年頃なのである。
2026.07.04
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明後日はトレイルラン本番。全く自信なんて無いし不安ばかりが募る。天候も心配だ。大会前日の明日は休養日にしてるので、今日は最後の練習。去年は山の中のたくさんの上り坂に足もだるく、心臓もばくばくしてた。ひと山越えて、次の山に向かう気力がすっかり失せて早々とリタイアした。スタートから飛ばす、ほどではないが山に入るまでの道でかなり消耗したことを覚えている。ゆっくり走り出しペースを一定にすると疲れが出にくいことをこの間の練習で実感している。体が慣れてくるまで、ゆっくりゆっくり走ることが、僕の場合、合ってると思う。特に今回はとにかく完走したいので、スタートから自重した走りを意識したい。今日はとにかくゆっくりゆっくり走った。傍から見たら歩いてるようにしか見えないかもしれない。でもそれでいいのだ。それがよかったのか、今日は2時間弱走り続けられた。歩くように走る、それが完走への作戦であり近道かもしれない。
2026.07.03
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村に住む同級生は2人だけ。小学生の頃は10人以上いた。結婚して村を離れたり、亡くなった人もいる。大学のときは帰省するたびに、高校のときの他町の同級生が集まり、鍋をしたり焼肉をしたり、麻雀をやったりした。麻雀は僕はあまり分からずに時々加わるくらいだったが、夜中の2時~3時はざらだった。年をとると食べる量も飲む量も減ってきた。その日のうちにお開きになるのが当たり前になってきた。そのうち集まること自体無くなってきた。同じ村に住む彼とは村の役員で一緒に動いた時期もあった。時々訪ねていって話をするのだが、今日は久し振りに立ち寄った。サッカーを見ていた。その中継をBGMにしながらいろいろしゃべった。スッキリと片づいている。奥さんは不在だがその奥さんがきれいにしているのだろう。我が家の乱雑ぶりが際立つ、といっても彼は知らないが。彼は数年前から体調を崩していて、村の草刈り作業にも顔を出さなくなっている。でも相変わらずの話しっぷりであっという間に時間が過ぎる。彼の亡くなったお父さんの話も出てきた。小さい頃、彼の家の庭でゴム球で野球をした。近所の屋根まで飛んだらホームラン、と決めて暗くなるまで遊んだことも思い出した。共通の時間を過ごしてきたから話しているとさらにいろんな話題に広がり面白い。
2026.07.02
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少し前、新聞の下の欄に本『僕は、そして僕たちは どう生きるか』が紹介されていた。原作の梨木香歩さんはずいぶん前から知っている作家。32年前に『西の魔女が死んだ』を出版していてその後も活躍している。その本はジャンルで言えばコミック本「樹村みのり 漫画」となっている。ずいぶん前にこの人の漫画を読んだ記憶がある。悪い印象は持ってなかったから、まず文庫になっている原作を読んでみようと図書館で借りた。少しずつ読み始めた。後半、一気に読んだ。引き込まれた。吉野源三郎『君たちはどう生きるか』の主人公と同じのコペル君を語り手に話は進んでいく。学校に行かなくなったユージンとのやりとりの中でコペル君はたくさんの大切なことを学んでいく。もしかしたら僕はーーいや、もしかしたらじゃないーーあの屋根裏部屋で戦時中の雑誌を読んでいたとき、距離を感じた愛国少年少女たちと本当はおなじだったんじゃないか。つまり、大勢の側の論理に簡単に操られてしまう、という。「非常時」という大義名分の威力に負けて、自ら進んで思考停止スイッチを押し、個を捨ててしまう。もっとひどいかもしれない。これはまさに僕だ、僕もそうだったし今もそういう危うさを抱えていると思うのだ。漫画は注文した。どう描かれているか興味津々だ。
2026.07.01
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夜中「日本 対 ブラジル」の試合があった。見ようかなと思ったが眠気の方が勝った。途中目が覚めてテレビをつけると開始早々だった。また布団へ。気になってたんだろうか、もう一度起きてテレビをつけると「1対1」だった。また布団に戻った。4時半頃目が覚めた。スマホを見ると「1対2」で日本は負けていた。朝の番組は軒並みその対戦についてだった。大リーグもドジャース戦をBSで放送していた。大谷がホームランを打った。サッカーほどの熱狂はないが大谷中心のテレビ中継だ。それにしてもサッカーの熱狂ぶりはすごい。少し前「映像の世紀」でナチスに熱狂するドイツ国民の様子を見たから、ちょっと重なって見えた。だから怖くなった。今日の川柳にこんなのがあった。うんうんそうだよねえ、とホッとする。 ・ごめんなさい嵐オオタニ興味なし (小平 ト音記号)
2026.06.30
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ジャガイモの葉っぱが枯れてきてから随分日が過ぎた。早く掘らなきゃと思いながら、雨が降り続いて掘れなかった。昨日の午後から日差しが強烈になり、この機を逃しちゃダメだと、午後、日が陰ってからジャガイモを掘った。小さな畝が3畝、違う種類のジャガイモを植えていて、真ん中の畝のダンシャクは少しずつ掘っていて食べている。今日はダンシャクの残りとキタアカリの畝を掘った。今年は葉っぱがあまり元気なく、イモも大きいのはそんなに無い。まあこんなもんかと思っている。腐らせてしまうことが多いから、まあこれで良しとしよう。新ジャガはやっぱり旨い。掘り起こすとアリの巣が出て来ることがある。今日は3箇所も巣を壊してしまった。ごめん。明日、もう一畝を掘り起こす。ほんの少し鍬をふりおろしただけだが、腰が痛い。
2026.06.29
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久し振りの晴れ間。ここんとこ雨や曇り空が多く比較的涼しい日が続いた。午前中、3回目の村の草刈り。3班に分かれての作業。見知った顔ばかりで作業開始。いくつかある溜池の斜面や農道の草刈りだ。先週は朝から暑かったが、今日は曇り空でじっとしてたら風もあり涼しいくらいだ。最後は足場を確保しにくい急斜面のある場所。平坦な場所と違って、足もとが不安定になり指に力を入れて踏ん張らないと滑ってしまう。その頃になって太陽が出てきて、汗も出て来る。でも予定通り11時半には無事終了。午後、今日に気温が上がってきた。涼しい時間帯でよかった。※何回か休憩するのだが、溜池の堤防の上をびっくりするような大量のトンボ。アキアカネを見るのは9月~10月頃だから別の種類のトンボなんだろうか。これまでこの時期見たことなかったから、ちょっと不気味に感じた。※草刈り機を2~3時間使ってたから、腕がだるいし、パソコンに文章を打ち込んでいても指がぴくぴくしてふるえている。いつものことだが、明日は大丈夫なはず。
2026.06.28
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英語を勉強しようと聞き始めたNHKのラジル☆ラジル、英語は続かなかったがパソコンでラジオをよく聴くようになった。その中で昨日全40回の最終回が終わったのが『川あかり』(葉室麟 作)、講談師の田辺いちかさんの朗読による。いろんな作品が取り上げられたが、僕の中ではこの作品に最も魅せられた。講談師の力量もあるだろうが、葉室麟の描く小説世界の面白さ、藩で一番の臆病者と言われる若者が様々な事情を持つ貧しい人々との交流を通して成長していく姿を描いている。特に最後の週は続きが待ち遠しくてたまらなかった。図書館にこの本があるので、是非読みたい。来週からは林芙美子の『浮雲』を全70回かけて放送するようだ。映画で観たこともあるこの作品も楽しみだ。これらは「朗読の時間」という時間帯があり月から金まで毎日15分の放送だ。「聴き逃し配信」があるので、一度聴き逃しても一週間は聴けるのでそれもありがたい。朗読だけでなくジャズやクラシックからロック・民謡・歌謡曲・民族音楽等、たくさんあるし、語学、古典、落語。ゲストを呼んでのトーク番組もある。実にバラエティーに富んだ内容。それは嬉しいが、読書もしたいし映画もテレビも観たい、畑やランニングもある。時間がいくらあっても足りない気がする。
2026.06.27
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一昨日素晴らしい映画を2本観た。そのうちの1本がこれ『私たちの話し方』。予告編を何度か観ていて、絶対観るぞと思ってた映画。チラシにはこんな言葉が書いてある。 異なる環境で育った20代の3人のろう者。 ありのままの自分で生きようと模索する、若者たちの青春群像劇。日本のろう教育でも手話でなく口話が主流を占めていた時期があったと聞いたことがある。主人公のソフィーは3歳で聴覚を失い、人工内耳で“普通”を求めてきた。彼女の学校では手話は否定され、母親も口話で生きることが“普通”に近づくことだと信じ(ようとし)ている。一方アランは10歳で人工内耳を装着、口話と手話を使う。アランと幼なじみで親友のジーソンは母語として香港手話を使うことに誇りを持つ。この3人を中心に物語は進んでいく。 ※3人の紹介はチラシによる この映画で僕が一番引きつけられたのは手話の世界の豊かさだ。アランとジーソンの少年時代を演じた子どもの手話の動きや感情表現のキレと自在さに驚かされた。手話を知らなかったソフィーが手話を覚えていくことで「自分の言葉」を取り戻していくその葛藤と、前へと進んでいく姿が美しい。補聴器もそうだが、人工内耳をつけてるからと言ってはっきり聴こえている訳でもないこと、ゆがんで聞こえたり雑音が入ってきたりとなかなか一筋縄ではいかないこと、また聴こえないとはどういうことなのかが、この映画の中では字幕があったり音響効果で示したりしていてよく分かった。圧巻の映像と音響。でも何よりも主人公たち3人の演技、3人が織りなすドラマに感動。こんな世界を作り上げるスタッフたちに大拍手、だ。
2026.06.26
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大雨ではないが連日の雨。草は大喜び、勢いを増している。カボチャやスイカが草の中に埋もれてしまいそうだ。サツマイモの葉の間にも草がたくさん生えているのが分かる。さすがにほっとけなくて、雨が止んだ時をねらって草取りをする。「ぐうたら農法」では刈ってその草を野菜の合間に置くと、肥料にもなっていい。理屈はそうだが、この時期はそうも言っておられない。刈ることもやるが、サツマイモやスイカの辺りは草を抜く。ピーマンやシシトウやナス、ミニトマトを少しずつ収穫して食べている。ジャガイモはもう掘り出さなきゃならないのだが、この雨で放った状態だ。今度雨が止んだら掘り出さないと土の中で腐ることもある。インゲンマメもどこかに蒔いていこう。畑でやることも結構あるのである。
2026.06.25
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前はえんどうを11月頃に蒔き、冬を越して春に収穫することが多かったが、春先になって苗のエンドウを買ってきて植えることが多くなった。それもスナップエンドウが多くなる。スナップエンドウは皮ごと食べられると言うが、確かにこれまで育ててきたえんどうとは皮の厚さも違うような気がする。父が元気だった頃の中心はえんどうだった。今年もスナップエンドウの苗を買ってきて植えたが、時期が遅かったこともあってたくさん収穫はできなかった。でもまだあまり膨らんでないエンドウを収穫してさっと湯がくだけで十分に美味しかった。5回くらいエンドウご飯にして食べた。豆が甘くてやっぱり美味しい。それを食べさせたくて子どもたちのところに運んだり宅急便で送ったこともあるが、ここんとこそれができてない。えんどうご飯で思い出すのは母のこと。記憶は曖昧だが、入院生活がたびたびありその何回目かの退院の日だったか、縁側に座ってえんどうの皮むきをしてもらった場面が浮かんでくる。穏やかな日が差し込む縁側でにこにこしながら皮をむく母の姿が鮮やかに刻まれている。「これがおばあちゃんの仕事だで」といってやってもらった。確かあれは前年に蒔いて育てたえんどうだった。まだ元気だった父が畑に出ていろんな野菜を作っていた頃のこと。昨日は母の月命日。エンドウご飯を作って供えた。
2026.06.24
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前回から高齢者講習なるものが入ってきた。今回から「認知機能検査」なるものが入ってきた。僕は10月が誕生日だからもっと後で連絡が来るものと思っていた。ところが何と5月には「運転免許更新手続きのご案内」なるハガキが届いた。電話で申し込んでおいたが、今日その講習があった。9時前に自動車学校に行き、同じような誕生月の6人で検査と実際に自動車学校のコースを運転する実習があった。ビデオで高齢者による死亡事故の被害に遭われた人の証言を聞き、その加害責任の重さを改めて自覚した。高齢者の陥りやすい違反についても学んだ。動体視力や夜間視力、視野角度等の検査もあった。一番気になってたのは「認知機能検査」だ。特に図を見せておいて、他の課題をやった後そこに出てきたものを書かせるというもの。他の検査はまあまあできるが、どうもこれが自信ない。案の定、思い出せなかったり出かかってるのに出てこないものがあると焦って万事休す。できた、という実感はないがとりあえず不合格は免れた。これだけが認知症検査ではなく、別の検査はほぼほぼ自信はあるがこれはイヤだなあ。
2026.06.23
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午前中郵便の配達があり。職員の方が一通の手紙を渡してくれた。住所の番地が違っていて、宛名は父の名前。小豆島のお寺の名前が書いてある封筒。元気な頃は毎年小豆島にお参りに行ってた時のお寺だ。5年前に父は亡くなっていて、そう言えば別のお寺から似たような封筒が届いたことがある。今回も前回同様、直接お寺に電話して亡くなった旨を伝えた。名前を聞かれたので名前を言うと、○○さんとよく一緒に来ておられました、とパッと返答があった。小豆島参りの幹事のようなことをしていたとは言え、即座に名前が出てきたので、ほんとにびっくりした。仏壇には小豆島にお参りした時の札のようなものもある。うんと若い頃は母も一緒に行った時もあったような。信心もあるが、観光の要素もあった小豆島へのお参りだった。明日は母の月命日、19日は父の月命日だった。あの世があるのなら、父や母はどうしてるんだろう。
2026.06.22
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今年2回目の草刈り。来週は3回目の草刈りが待っている。8時に公民館に集合して、それから軽トラ等に分乗して活動開始。2週間前の1回目は曇り空で風もありやりやすかったが、今日は朝から強い日差し。参加者は24人。グループに分けそれぞれ指定された場所をやったら、最後は沈砂池に集まって周囲の草を刈る。1時間やったら休憩をとり、お茶を飲む。でも日陰になるような場所がなく、十分に休めない。傾斜地の草刈りもあるので足の踏ん張りが必要で余計に疲れる。2回目の休憩、3回目の休憩は少し早めにとった。最後みんなで沈砂池の周囲を刈るのだが、これだけ人がいるとみるみるうちに草が倒れていく。5年後といわず来年再来年、この場所にいることが出来るかどうか、そんなことをよく考えるようになった。僕より年配の人も参加しているが、若い人が出てきてくれるかどうか、どこの区もこういう悩みや課題が出てきている。こうした協働作業で初めて言葉を交わす人もいる。休憩時に出る話も興味深い。農地を守り、区の土地や財産を残す大事な活動だと思う。
2026.06.21
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2011年7月、初めて東北に行きボランティアをした。そのボランティアが忘れられず、「ゆるボラ丹後の会」を立ち上げ、当初は年4回丹後発のボランティアバスをや車を出してきた。昨年の能登ボランティアを含め、瓦礫撤去や家の片づけのような仕事が中心だった。仮設の集会所で丹後のばら寿司をふるまったり、住民の方と話すこともあったが個人個人の方の話を聞かせてもらった感覚はない。今回一軒一軒を訪問し話したり、サロン活動で何人かの方と話したり、被災された方でもありサロン活動にボランティアとして参加されてる地元の方とこれだけ話したりできたのは初めてだったように思う。個別に話すのに苦手意識があり、だから体を動かす活動を選んでいた部分もある。でも今回、たくさん話して(もちろんカリタスの方々の継続的な活動があってのことだ)楽しかったし、またこんな機会があればと思ったのも事実。8月は学生さんたちがたくさんボランティアに来るらしい。9月にはカフェもオープンしてるだろうし、次行くのは9月頃?
2026.06.20
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カリタスはカトリックの世界的な団体で、信仰を持たない(と思ってる)自分にとって、ボランティアに便宜をはかり、結果として被災された方々に貢献する団体だった。一番最初に利用させてもらったのは、大槌でのボランティア活動。長崎教会が運営する大槌ベースを何度も利用させてもらった。普通の民家を使ってボランティアの経費が少なくて済むよう宿泊させてもらった。若者を何度も連れて行った。福島の原町ベースにも何度かお世話になった。さらに各地で地震や豪雨災害が相次ぎ、広島でも熊本でもカリタスにはお世話になった。広島では朝のミサに参加させてもらったが、お祈りを強制されることもなく、ミサもボランティアの個々人に任された。今回の輪島ベース、僕以外のボランティア参加者5人はみなさん信者の方だった。もちろんベース長も。朝のミサ、食事の前食事の後、活動前活動後、一日の振り返りの前後等に必ず唱える文言があり、それが書かれたカードが渡された。十字を切る所作や「アーメン」は遠慮させてもらったが真剣に唱えるみなさんに圧倒されていた。信仰するに至った経緯をぶしつけに聞いた。東京の方が丁寧に話してくれた。もともと東北は石巻の方、お兄さんを津波で亡くされていた。それまでは仏教で、でも四十九日とか一周忌とか三回忌とかめんどくさかったと軽い調子で話されたが、分かったような分からないような・・・・・・もう一人は同じく東京から来られた若い女性。「私は両親が信者で、幼くして洗礼を受けてそれが当たり前だった」と。でも日々の生活に神様がいてあの場面は神様がそう導いてくださった・・・・・・僕の周りにクリスチャンを名乗る人はいないから余計にそう思ったが、信仰を語る人に初めて会ったような気がした。僕はこれからも信者にはならないと思うが、ここで出会った信者の方々は真摯で信頼に値する方々ばかりだった。
2026.06.19
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僕の場合で言うと10時就寝5時起床が基本。その基本から逸脱すると、どっか変調をきたす。昨日は録画した番組を観たり本を読んでいると12時を越えてしまった。睡眠時間を少しは増やそうと6時のアラームを設定したのだが、いつもより早く4時40分ぐらいに目が覚めた。大谷が投げてるドジャースの試合中継もしてたのでテレビも時々観ながら片づけ仕事をする。畑にも出る。この前赤らんでいたミニトマトがさらに色がつき、明日の朝には収穫できそうだ。今日は奥さんの月命日、仏壇に供える花を買い、夕食に作る酢の物の材料(キュウリ)も買って来た。何となく体がだるいので2~3回横になる。午後はボランティア先で走れたら、と思ってランニングシューズ靴を車に入れていたのだが走れてない。1週間走っていないことになる。とにかく走ろう、走れなくても少なくとも歩こうと思って外に出た。走り続けるのがしんどい。休み休みのランになった。今日は木で焚こうと水を張った。それから夕食準備、キュウリもみを供え、般若心経を拝んだ。あっという間に8時9時になる。食事を済ませ、洗濯機を回しパソコンに向かっているとあっという間に10時を回った。干すのは朝にまわして、とにかくもう寝よう。生活リズム崩れると、いろんなことがしんどくなる。
2026.06.18
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翌日の活動は仮設住宅や公営住宅に移り住んでいる人たちに向けてのサロン。一人でいるような人や、みんなの中に入りにくそうにしている人がいたら、声をかけたり誘ったりしてみてと言われていた。僕にとっては前日以上に難しそうな仕事になる。出発前に持って行く物(お菓子、飲み物、コップ、受付名簿、来てもらった人のカードに押すハンコ、カフェの幟等々)を確認し、車への積み込む。今日は輪島ベースの施設長さんと東京から何度も来ている若い方と一緒に活動する。10時開場だが、30分以上前からみなさんやってくる。受付を済ませ、自分たちのグループでかたまっておしゃべりが始まる。1ヶ月に1回のこの場所でのサロンだが、ここでのおしゃべりを楽しみにしてる方も多いそうだ。後からやってきた女性は前に座っておられる方とは距離を置いてなかなか話そうとしない、少し歩くのも不自由らしく、手を引いて席まで案内した手前、その方と話した。コーヒーや紅茶、お茶等の飲み物を選んでもらってお菓子をつまみながら話を聞く。ただ耳が遠く、声も小さいのでぐっと近づいて一生懸命聞く。そうすると前に座っていたおばあちゃんが、この方を知っているらしく「編み物や書が上手なんですよ」と教えてくれた。「京丹後市から来ました」と言っても分からなかったけど「海を泳いでいたクマが現れた天橋立の近くです」と話すと分かってくれた、僕が話したもう一人の方は男性、門前町で被災して公営住宅に息子さんと住んでるという、元瓦職人さん。ここに来るまで、家で大リーグを見てたそうだ。お医者さんから歩け歩けと言われてるけど、ついつい歩かずにテレビばかり見てるとのこと。でも元気そうで顔色もいい。90歳を超えてると聞いてびっくり。こんなサロン活動。地元のボランティアの方も2人参加しておられた。いい時間だった。
2026.06.17
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カリタスの輪島ベースは昨年秋に開設された。それ以前は、七尾ベースから輪島に通って活動していた。以前、七尾ベースからこの活動に参加したボランティア仲間は個に寄りそうこの取り組みを感激して話してくれた。東北で知り合った東京のボランティアさんもこの配布作業に参加、その時のことを熱く語ってくれた。だから今回かなりこの活動に期待して申し込んだ。午前中は輪島市の中心部からかなり離れたお宅を訪問した。午後は比較的中心部に近いお家。カリタスベースの運営責任者の一人に運転してもらい、僕と愛知県から来た方と3人で一軒一軒訪ねて、物資を渡し暮らしの様子を訪ねながら話す。そのお家の状況について車の中でいろいろ聞いて、僕らも自己紹介から始めて、この村のこと、地震の時のこと等聞く。野菜作りをしてる方もいて、話が弾んだ。家で野菜を作っていてよかった、と思った。最初は水道が使えなくなり、水を配布しながら安否確認をしていくことからのスタートだったそうだ。以前あった家(現在は公費解体されて更地になっている)の側の畑に、仮設住宅や公営住宅から通っているおばあちゃんもいた。たくましいなあと思う。そこを支えてきたカリタスの活動をすごいなと素直に思う。ただ、この活動の意義は認めるものの初めて会う人に話なんかできるだろうか、と僕には不安しかなかったしドキドキしたが、すぐに慣れた。どこのお家でも、お話をいっぱいしてくださった。隣近所もなく、話を聞いてほしいという面もあるのかもしれない。よかった、楽しかったと思う。またこの活動に参加できたら「お久しぶりです」と笑顔で話せるかもしれない。それもまた楽しみだ。
2026.06.16
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輪島市にはお昼頃着いた。道の駅で食事をして、一角にある案内所で「千枚田」や「間垣の里」のことを聞いた。「千枚田」の方は行けるけど「間垣の里」はこれまでの道が通れなくなっていて、地元の人が通る道路はあるが、狭くてまた誰も住んでなくてお勧めはしない、と言われた。テレビで紹介された「間垣の里のしさのばあちゃん」を観たこともあって行きたかったのだが、断念した。よく取り上げられる「千枚田」に行った。そこにも道の駅があったのだが開いてなかった。そこの駐車場から千枚田が見えた。でも何枚かは地震で作れなくなったそうだ。途中の道路もそうだったが、千枚田のさらに海ぎわには多くの重機や工事車両が動いていた。「間垣の里」に行けないので、前は立ち寄っただけだった「総持寺」を訪ねることにした。前回は山門や境内を入って右側にあった壊れていた建物を観ただけで、参拝はしなかったので今日は建物の中にも入って参拝するつもりだった。灯籠が倒れたり大きな柱にひびが入ったりしていた状況は全く変わってなかった。莫大な修理費用を工面しないと復旧は難しいのだろう。お堂の中の絢爛豪華な仏像やきらびやかな「飾り物」に圧倒される。今回宿泊させていただく教会に入ったのは午後5時。ホッとした。
2026.06.15
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