異能者特務機関:TMI 第 41 話「決着2」
セレスティアはアイスクラーピウスの医療ポッドの前のパネルを見つめている。
アイスクラーピウスのメイン AI の一部として組み込まれていたアデル・ホワイトの脳を回収しバイオプリンターで素体を成型し脳と接続ナノマシンによる神経接続、外殻脳の装着、量子チップを組み込んでいく。
「完全な義体を用意するのは後で。今はとりあえずアデルを復活させます。 TMI のエージェントらがアイスクラーピウスに踏み込んでくる前に」
「その後はどうするのセレスティア」
「心配ないですよアナスタシア。アイスクラーピウスの進路を合衆国に変えモンスターパンデミックの収束に向かいます」
「それって大丈夫なのかしら?」
「私は幻赫の血縁の者で TMI とも協力関係にあります。アイスクラーピウスも使えます。反対される方は居ないと思いますが?幻赫の信者であっても」
「私はどうすればいいと思う?貴女と一緒に行ってみたい気持ちもあるけれど……」
「来て欲しいですね。貴女の力が必要です、合衆国の危機を救うことは祖国ロシアの為にもなると思いますよ。家を継ぐのであればあちらに太いパイプを作っておいて損はないはずです。それに望むのであればクローンで雷帝フョードル・ヴァシリエヴィチ氏を復活させることも可能ですよ、アデルが戻ってくれば」
「兄はまだ亡くなっていません……回復の見込みはありませんが……」
「フョードル・ヴァシリエヴィチ氏の事は貴女が決めると良いでしょう」
『バイオプリンター完了。生体チェックオールグリーン、覚醒します』
ポッドが開くと白い霧が噴出する。中にはプラチナグレーの髪の女性が見えた。
「……」
ゆっくりと瞼を開ける女性。全身の機能を確かめるように順番に四肢を動かし体を起こした。
「アデル」
「……おはようティア」
「その呼び方、その声……」
「大体の事はアイスクラーピウスのデータとあなたの AI ・ Adele で把握している。貴女が私の後に続いてプランを成し遂げても良かったのだけど、どうして私の蘇生を?」
「アデル貴女を復活させること事こそが最適だと判断したのです」
「そう……オリジナルのセレスティアとは少し違う所なのね。あの子なら…… AI による人類救済プランを進めたかしらね。貴女はセレスティアクローン 1 号の……アルシア・セレスティア・ホワイトだから」
「はい」
「色々話したいこともあるけれど、すぐに始めなければならない事があるわね」
「そうですアデル」
「あなたの AI 、名前を Clara に変更なさい。アイスクラーピウスの全権限を幻赫から私に書き換えます。必要なものは Clara に伝えます」
「すぐにそのように。アイスクラーピウスは合衆国に向けて航行します」
「それでいいわ……では 15 分後に VIP ルームで。そこのロシアの子も一緒にね」
「え……あ、はい」
アナスタシアの頭にほんの一瞬『目覚めさせてはいけない者』という思いがよぎったが横に居るセレスティアの笑顔を見てすぐに薄れていった。
***
―アリナが目を覚ましたのは幻赫を討ってから三日後の事であった。
「アリナ!」
ベッドの横にフローレンスが座っている。目を開けたアリナをみて大きな声で叫んだ。
主治医と看護師が駆けつけアリナの状態をチェックする。それが終わると病室にはアリナとフローレンスだけになった。
「意識だけが戻らなくて……何も異常はなかったのに」
「フロー、ここはどこですか?」
「 KK 大学病院です。哿さんの親族の方が経営されている病院ですよ。哿さんは今日本支部に行ってますすぐにここにきます」
「……ありがとうございますフロー、いきなりですが……あの後どうなったのですか?」
「幻赫は大阪の漢山に墜落し爆発四散。用意していたクローンもセレスティア博士の仲間の人によって始末されました。アメリカ合衆国の変異体パンデミックは収まりつつあります。到着したアイスクラーピウスのおかげで。日本や世界各地で破壊活動を行っていたブラックヴァリーは煙のように姿を消していきました。逮捕者からも有益な情報は得られませんでしたし……分かった事と言えば『黒谷の里』と呼ばれる所が由来だとか」
「なるほどそれで Black valley (黒い谷)」
「アイスクラーピウスの乗船員は非政府組織として認められることになりました。アメリカの変異体パンデミックは収束に向かっているのですが……予防はある程度できても変異した者への対抗手段に乏しい状態ですね。最初は知性のないモンスターでしたが日々進化しきて今では集団行動するまでに。 TMI の主力は今そこで活動しています」
「フロー、わたし達も合衆国に行くことになるのでしょう?」
「いいえ、私達日本支部の U チームは行きません。 B チームの皆さんは向こうで支援活動をしていますが」
「それはなぜ?」
「アリナをしばらく戦いから離れさせたいからですよ。哿さんが日本支部長代理になられたというのもあるんですが、ジェームズ長官も少し様子を見たいと言われて」
「……」
管理者とのやり取りはアリナの記憶の深い所で刻まれてはいたが言葉に出すことは不可能でフローレンスに伝える事は出来なかった。
「どうしたのアリナ?」
フローレンスはアリナが幻赫を討ち全ての気力を失ってしまったのではないかと懸念していた。
「退院してわたしはどうすれば?」
「高校生として過ごせばよいのだそうです。時々任務は入って来るとは思いますがきっと大丈夫です」
「フロー、わたしはもうあの時のような力は……」
「必要ないですよアリナ、あんなのは人類の危機を救うための大きなもの。貴女はあなたのまま私と哿さんのそばにいて過ごしてくれればいい」
「どれほど失ったのかわからないのですよ」
「貴女の価値は異能の力だけじゃないですよ。私にとってアリナは救いの存在、こんな辛い事や悲しい事ばかりの世の中、貴女なしではとても私は生きていけそうもないのです」
「フロー……」
「哿さんも言ってました。『アリナさんとフローレンスさんといるときだけが僕は心穏やかに過ごすことが出来る』って」
「そうですか……」
アリナは体を起こすとテーブルの上にあったステンレスのコップを手に取った。
「水飲む?」
「はい、少しだけ」
アリナはステンレスのコップがひしゃげている事に気が付いた。
「あ……」
「目覚めたばかりで上手くコントロールできないだけですよアリナ」
周りを見渡すと病室にはベッドは一つ。コンクリートの壁に囲まれ窓は防弾に見えた。異能者専用病室ということが分かった。
「わたし……目覚める前にも迷惑を……」
「全然平気ですよアリナ、気にしないで」
いつも気丈に振舞い鋭い目つきをして猛獣の雰囲気を出していたアリナが今では年相応の少女に見えている。その変化にフローレンスは少しだけ悲しくなったが良い変化だとポジティブにとらえそっと手を握った。
「フロー、危険です今のわたしは……」
「アリナ、あなたならできます。今すぐにできなくてもきっとコントロールできる」
「……」
アリナは恐々と震えながらそっと手を握り返す。一瞬握力の強さでフローレンスの手の骨が軋んだがすぐに緩み心地よい力加減に変わった。
「フロー大丈夫ですか?」
「ええ、この調子で徐々に取り戻していきましょうアリナ」
「異能力の減退……」
「減退ではないのだと、バランスが崩れてるとのことです……あの戦いでアリナ自身の能力は成長した。けれど異能力はそうじゃなかった……今のアリナはカテゴリー 5 に入るかどうかのラインだと長官は言ってましたね」
「そうでしたか……力加減の制御が上手くいかないのはそういう事だったのですね。敵を相手に手加減するのが難しくなるというのは致命的です。殺めてしまいます……」
「アリナに隠してもしょうがないのでハッキリいいますね……原因は精神的なものだと聞いてます」
「精神的……幻赫を討ったわたしは明確な道筋が見えていません……自分自身あの太い一本道があったからこそ異能力のコントロールも上手くできていた気がします。今はとても頼りない道が何本も見えている状態です」
「アリナ……」
「これまでは幻赫を斃すために強くなることを考え生き延びることを考え鍛えてきました。斃した後に道が開ける、人生が新たに始まるとその時は考えたりもしましたが今は何も……フロー、わたしは燃え尽きてしまったのでしょうか」
「燃え尽きたなんて悲しい事言わないで……アリナ貴女はもう強さを追求しなくていい。今すぐしっかりとした目標が無くてもいいじゃないですか。日常を過ごしてみて何か見つかるかもしれない、何でもやりたいと思いついたことを試すのも悪くないと考えるのですが……私と哿さんと一緒に色々やってみましょうよ」
「わたしはこれまで戦う事ばかり考えてきたので思いつきません何が出来るかも……」
「アリナは字が綺麗、フランス語、英語、日本語が使える。マナーが身についている。ダンスが上手、手先が器用で裁縫も料理も……それから……」
「フロー……」
「アリナ?」
「お腹がすきました」
「そうですかじゃあコース料理を……と言いたいところですがまずはお粥ですね」
フローレンスが微笑むとアリナも微笑んだ。
「失礼します」
ノックを三回、病室に現れたのは哿だった。手には花を持っている。
「アリナさん目覚められて良かった……なにも心配しないでゆっくり過ごしましょうね
。学校に通う事になりましたが夏休みが近いですし開けてからでも大丈夫ですよ。 TMI の任務も本部からの応援で何とかなってますし」
哿は花瓶に花を挿しながらそう言った。
「主治医の先生と看護師さんが来ましたね。哿さん、また後でアリナに会いに来ましょう」
「そうですね」
***
アイスクラーピウスがアメリカに到着して 2 週間。
―― TMI アメリカ支部
「モンスターパンデミックは収まらない!?どういうことです!!」
アメリカ支部長ハリー・ハーマンは声を荒らげた。
「変異体らは知性を持ち始め人間に擬態し始めました。いえ、寄生とも言えますね」
アデル・ホワイトは手にした端末の画面を宙に表示させる。
「この擬態可能な固体が他の変異体を率いています。既に制圧の為に来たアメリカ軍内部にも入り込んでいると推測されます。これからこの国はこのどこに潜んでいるか分からない敵と戦う事になります、その意味で収まらないと申し上げたのです」
「そんな……奴らの擬態を見破る方法はないのかね?」
「あります……これです」
アデルは画面に緑色のアメーバ状の生物と緑色の皮膚に変化した人物を表示させる。
「これは?」
「オーグルと呼ばれている存在です。古代からこの星に存在する生物で一時期は絶滅したと言われていましたが最近になって原始のオーグルをある研究者が発見し培養に成功したのです。このオーグルは変異体の擬態を見破る事が可能です。次の画像をどうぞ」
そこには街中で変異体に囲まれた少女から緑黒の触手が伸びあっという間に変異体を吸収していく姿が映し出されていた。
「オーグルとやらは危険ではないのかね?」
「危険なのは培養されたオーグルです。それは既に専門家が対処したのでご心配なく。原始オーグルは知性生物です。本体は脆弱で宿主に依存しなければ生きていけませんが上手く共生して栄えた者たちもいるのです。オーガなどと呼ばれて。彼らは人間と敵対する意思はありません協力関係を築けるかどうかはこれからですが」
「ふうむ……このオーグルと共生している少女……オーガの子とは連絡を取れているのかね?」
「もちろん。ああ、それからハリーさん、オーグルの事は最高機密で。これは『ジーニアスレイジ』の一人である私アデル・ホワイトだからこそ知りえたものなので」
「わかった。大統領には知らせなければなるまい?」
「ええもちろん、そちらはお任せいたします。我々は国際的緊急医療団体 MSF との約束がありますのでこれで」
アデルの後ろに立っていた不動了痲( G )がついていく。
ジェットヘリに乗り込むと西海岸沖のアイスクラーピウスに向かう。
「アメリカが堕ちるのも時間の問題だなアデル」
「堕ちる?そうではなりませんよ、既にこの国は大統領さえも操られていますよ。一般に知られる事のない裏組織らによってね。幻赫はアイスクラーピウスを持って彼らに力を見せつけ従わせようとしてたみたいですが私は違います。従うのではなく取り込むのです。政府高官官僚、軍関係者、研究者などが属しているアメリカの裏組織を。軍関係者はもう我々がほぼ取り込んだと言ってもいいでしょうあの子のおかげで」
「あの子……セレスティアか。戦闘スーツの件上手くいったんだな」
「ええ、そう。あなたの知るセレスティアクローン 1 号のあの子です。私を救出してからは益々研究に没頭してるようで。貴方も頼みますよ、優秀な戦士を育てるのです」
「ああ、任せておいてくれ」
「 Mr 不動、貴方はあの子に好意を寄せているわね?」
「……新しい存在になってその気持ちも変わったのかと思っていたが一目ぼれと言う奴はそう簡単に消えないらしい」
「添い遂げたい?」
「いや……この距離感で彼女を守り続けるのもいいと考えてる。彼女は俺にとっての救世主であり庇護対象なんだ。崇拝に近い感情だよ」
「それなら……あの子は必要だから無理だけどセレスティアクローンの一人を貴方につけてあげましょうか?それとも貴方とあの子の遺伝子を交配させて子供を作ってあげましょうか?」
「あんたは想像以上にトンデモない人だな。幻赫が警戒したはずだ……だがまぁ望みとしては彼女を俺の目が届くところに置いておいて欲しい。 G としてのハッキング能力は健在だがネットワークを通じての電脳体移動はもうできない」
「なあに?バトラーとして仕えるのが望み?」
「ああ、そう考えてくれて構わない。俺の主は彼女だ、今もこれからもずっとだ」
「ふふ……なるほど、あの子が貴方を信頼してたのが分かった気がするわ。いいでしょう、あの子の傍にいて守り通しなさい」
「一つ条件があるわ Mr 不動」
「なんだ?」
「貴方のクローンを作らせて」
アデルは口の端をわずかに上げて言った。
***
―アメリカ軍特殊部隊基地
セレスティアはシミュレーター内に配置された戦闘スーツをモニターで眺めている。
「それではテストを始めますか」
セレスティアが声をかけたのはこの基地を統括しているバルバ大佐と研究主任のアレン。
「無人兵器化が進む中、開発された遠隔操作によるドローン部隊。戦闘車両、爆撃機全て最新のものをシミュレーターに反映させた。君のパワースーツとやらの性能を見せてもらおうか」
「無人兵器大いに結構です。しかし生身の兵士にしかできない事も未だ多く全てを AI に任せるのは抵抗がありますよね?理想は AI との連携ですが……まずはスーツの性能を見てください( Clara 、戦闘終了までの時間は?)」
『 3 分で殲滅終了ですマスター』
Clara の言葉を聞き笑みを浮かべるセレスティア。
「シミュレーション!始め!!」
バルバ大佐の号令で開始される。その時浮かべていた嘲りと自信に満ちた表情は 3 分後消えることになる。
続く
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