ラビット・アンダーグラウンド 6 話
「クソ!」
大澤垓は車のダッシュボードに拳を叩きつけた。
「なゆかの様子がおかしい……やはりこの街に来るべきじゃなかったんだ。アイツは地元で家業を手伝ってれば良かったんだ。俺が出世して迎え入れるまでな……」
垓はダッシュボードからストレス軽減効果が売り文句の硬いグミのボトルを取り出し大量に頬張り噛みしめる。
「アイツはこの街は似合わない。俺は幼いころからずっとアイツの傍にいて守り続けたんだ誰よりも理解している……昨日も大学からすぐにマンションに戻らなかった。何をしている? 心配をかけまいと俺には詳しい事は言わないからな。やはり部屋にカメラとマイクを仕掛けておくべきか……」
***
「あれ? なゆかその人は?」
大学の中庭で変装した狐理子と合流したなゆか。そこになゆかの所属するダンスクラブのメンバー鈴木真亜子、佐藤実衣、高橋夢生が現れた。
「あ、えっとこの子はね……」
「バンジョー・キリエって言うっす! よろしくっす!」
咄嗟に答える狐理子。偽名は SliME のコンキチが考えた。フォックス忍法なりきりの術でエネルギッシュな大学生になりきっている。
「あ、どうも」「よろしく」「よろしく~」
「インカレサークルのメンバーなんすよ! 藺藤さんにはちょっと聞き込みをしてたんす!」
「あ、そーなの?」「なんのサークル?」「ウチの大学サークル多いもんね」
「ミステリー系のサークルなんすけどウチは娯楽系のじゃなくて調査系の方っすね」
「あーミス研いくつかあるもんね!似たような名前で」鈴木が手を叩いて言った。
「その内の一つっすね。藺藤さんに話を聞くついでにメンバーに誘ってたんすよ。でもダンスのサークルに入ってるしアルバイトもしてるとかで難しいと……」
「そ、そうなんだ~でも面白そうだしちょっと手伝うくらいならいいかなって」
なゆかは狐理子の芝居に合わせる。
「なになに? 何するの?」食い気味に佐藤が言った。
「徳間教授に関する調査っスね……」
「あのイケオジ教授!」高橋が声を上げた。
狐理子が挙げた徳間教授とはブラックヴァリーとの繋がりがあると疑っている人物である。
「尾行とかするの?」「盗聴器仕掛けたり?」「変装とかする?」
「まぁまぁまぁ……皆さん落ち着いて、あくまでサークル活動っすから。藺藤さんを借りるね? 進展あったら皆さんにも聞かせてあげるっすから何も知らないふりして日常を過ごしてね?」
狐理子は人差し指を唇に当ててシーッっとゼスチャーをする。
「おっけー」「はーい」「楽しみにしてるね」
鈴木真亜子、佐藤実衣、高橋夢生の三人と別れるなゆかと狐理子。 SliME を活用し人気のない建物の影に移動する。
「狐理子ちゃん、徳間教授がブラックヴァリーかもしれないって?」
「うん、だから確認したいんだ。まずはなゆかに接触してもらってポポリンに解析してもらおうかと。自分が行くとその場で戦闘になりかねないし」
「えぇ~……大丈夫かなぁ」
「いくら奴らが無法者の忍者だからって他の学生の目のある所で無関係な人間を攻撃したりしないって。ポポリンには最大の警戒をしてもらえばいいし自分も物陰から様子見るから」
「う~ん……わかった。それでどうすればいいの?」
「説明するね」
狐理子があらかじめ用意した資料は徳間教授の授業に関する物。論文と自身の考えを照らし合わせて感じた疑問をぶつけて意見を聞きたいと切り出せとの事。
「勤勉な学生を装って接近して徳間教授にスキャンをかける。データさえとれればブラックヴァリーかどうか解るからね」
「……よし、やってみる」
「あ、なゆかその時に試して欲しいことがあって――」
なゆかと狐理子は徳間教授のいる研究室に向かう。
ドアを三回ノックすると中からどうぞと低い声がした。
「失礼します」
なゆかはファイルを持って研究室に入ると徳間教授は昔ながらの万年筆を使い執筆していた。
「何かな?」
「徳間教授のお言葉を頂きたくて。お時間取らせてしまい申し訳ありません」
「ふむ……まぁ 30 分程度ならいいだろう。丁度休憩したいと思ってたんだ」
徳間教授は伸びをすると足元のカバンから水筒を取り出してマグカップにコーヒーを注いだ。
「まずはこれを」
なゆかは狐理子の用意した資料を徳間教授に渡す。
「どれどれ……」
狐理子の調査から徳間教授は今時珍しいアナログ派であると判明している。
「よくまとめられている……ほうこんな所まで調べたか」
この資料には隠れた仕掛けがあり、忍びの者であれば反応する術を文字配列にしてあった。
「君、これは自分一人で書いたのかね?」
「いえ、手伝って貰った人はいます」
「そうか……」
徳間教授は立ち上がるとなゆかの前に立ちじっと目を見つめる。
「むぅ……」
なゆかは徳間教授から何か力の波動のようなものを一瞬感じた。
『なゆか、徳間教授は何か仕掛けて来たよ。でも弾き返した』
ポポリンがなゆかに報告した。
「……教授? どうしました?」
なゆかは眼鏡を付けていない状態。
「む……ぐ……」
『なゆか、質問してみて』
「徳間教授は……忍者ですか?」
「ぐ……この……」
徳間教授はジャケットの内ポケットからゴーグルを取り出して装着する。
「妙な術を……いや、サイバネか? いずれにしろお前には聞きたいことができたな」
妙な事が起きていた。徳間はなゆかに質問された後何も無い空間に向かって話している。
「え !? 何なになに?」
なゆかは状況が飲み込めない。
『サキュバスの力が働いてると思われるね』
「そうなの?」
『若干抵抗してるけど正気じゃなくなってるよ』
徳間教授はジャケットの背中から短刀を取り出して構える。
「俺は……俺は……忍の者……だが絶対に口は割らんぞ……」
『なゆかもっと確信的な質問をあの男にしてみて』
「えっとじゃあ……ブラックヴァリーの者ですか?」
なゆかの声を聞いて痙攣を始める徳間。
「ブブブブブブブブブブブブラックぅううううううううヴァリイイイイイイイッ !! 」
何も無い空間を斬りつける徳間。目は充血し鼻血を垂らしている。
「そこまででござる!」
狐面とアーマーを装着した忍者モードの狐理子が研究室に飛びこんでくる。
「離れてて!」
なゆかの前に出る狐理子、電磁警棒を持っている。
「ぬぬぬぬがあああっ!」
両拳をこめかみに叩きつける徳間、ゴーグルは粉砕され頭部から出血。頭を振って狐理子を睨みつける。
「妙な術を……当て身でなんとか解除できたか……」
「大人しくしてもらうでござるよ……ブラックヴァリー!」
「ブラックヴァリーの名前を知ってるとは……貴様ただの警備員ではなさそうだな。ここで消えてもらうか」
徳間は刀身を奇妙な動きで揺らめかせている。対する狐理子は全身に取り付けてあるブースターの点火を準備。
「チェリアアアアアッ!」
蛇のようにしなやかにそして波打った軌道で刺突を放つ徳間、狐理子はスライドするように前面のブースターで後方に回避、急ブレーキからの V 字ターンで徳間の側面から仕掛ける。
「シイイッ!」
徳間は狐理子の電磁警棒を受け止める。たたらを踏み研究室の机がひっくり返り資料が飛び散る。
「狐理子ちゃんのあの動き何……」
研究室の外に通じる扉から顔を覗かせて二人の戦闘見るなゆか。
『狐理子のあの動きは全身に取り付けたブースターを自由自在に操る【フォックス忍法噴射体術(ブースターアーツ)】だよ』
ポポリンが答える。
『足場の悪さに左右されない、立体起動で全方位からの攻防を可能にしているんだよ』
「すごい!」
狐理子は徳間の横薙ぎの刀身を空中に飛んで回避、錐もみ回転をしながら後頭部に蹴りを叩き込んだ。
「ガァッ」
「む、妙な手ごたえでござるな」
「ククク……フルカーボネイト合金の皮下装甲だ。アサルトライフルの掃射にも耐えるぞ」
狐理子に掴みかかる徳間、手を払い関節技に持っていく。徳間は側転で体勢を入れ替えて解除、狐理子はブースターで加速して更に体を入れ替え背面を取る。
「甘い!」
踵からブレードを出現させて狐理子の脛を狙う徳間、狐理子はブースターで飛び上がって徳間の頭を掴みながら正面へ移動、膝蹴りの体勢。
「(バカめ!打撃なぞ額の皮下装甲で受けきって腹抉ってやんゼ!)」
不意に前につんのめる徳間。
「何だ !? 」
背中を押される感覚、止まらない徳間に対し狐理子は膝蹴りを顎に命中させてそのまま掴んで後方に巴投げの要領で投げる。ブースターで空中加速し床と膝で挟み徳間の顎を砕いた。
「グ……」
徳間の背中には狐理子のブースターが取り付けてあった。接触した際に取り付け機を見て作動、徳間の体勢を崩して投げ技に持ち込んだのであった。
『あれはフォックス忍法噴射操躰だよ!』
狐理子の SliME コンキチから得た情報フォックス忍法の情報をなゆかに伝え続けるポポリン。
「さぁこれで止めでござる」
電磁警棒を首筋に当てる狐理子。しかし徳間は血だらけの顔面で笑みを浮かべる。
「ニィ!」
ブリッジで狐理子を撥ね飛ばす徳間。目が血走っている。
「……こんな所で奥の手を使う事になるとはな」
徳間の全身の筋肉が盛り上がる。
「逃がさんでござるよ」
「ククク……止められると思うのか? そしてお前たちは詰みだ、これより 24 時間 365 日ブラックヴァリーの恐怖に怯えるがいいいつでもどこでも狙うぞ?」
「いいのでござるか? 秘伝書の事」
「秘伝書? ああ、上の連中が騒いでるアレか。俺には関係ないな」
「……なるほど、お前は下忍か。ならばここで始末しても問題ないでござるな」
「なに? お前まさか……」
「小物に用はないでござるよ!」
狐理子は掌のブースターを向けて閃光を放つ。その隙に徳間の背後に回り電磁警棒の柄から飛び出した針を耳に刺しこんだ。
「グゲ……」
「(コンキチ! 頼むでござるよ!)」『ガッテン!』
針を伝って耳から頭に侵入するコンキチ。前頭葉にたどり着く。
「良し……これで無力化完了……」
徳間は虚ろな目で棒立ち状態。
「もう大丈夫でござるよ」
狐理子の声をきいて研究室に入るなゆか。
「それどうなってるの?」
「完全無気力状態かな……もうこの男は二度と忍者として活動できないよ」
「え!」
さらりと衝撃的な事を言う狐理子に驚くなゆか。
「そんなことして大丈夫なの?」
「これが最適じゃないかなぁ……下手に命取ると後処理の問題もあるし」
「えぇ~……」
ああ、狐理子は裏社会の人間で忍者なのだとなゆかは目の前で起きた出来事に打ちのめされる。
「コンキチを回収……っと。この徳間は残念だけどはずれだったね。上忍を釣れないと意味ないから通信機を取り付けて解放かな」
「逃げなくて大丈夫? 誰か来たら……」
「そうだねー自分一人なら何とでもなるけどなゆかはそうも行かないよね、じゃあ SliME で姿を変えて堂々と逃げよ」
「う、うん」
ランダムで生成した誰でもない人間に変装してなゆかと狐理子は研究室から立ち去る。残された徳間は虚ろな表情で研究室の片付けを始めていた。
「あの徳間下忍で何の収穫も無いと思ったけど一つだけあったね」
「そうなの?」
「薬物だよ。この街でまだ出回ってないやつ。奴の血液をコンキチに採取させて SliME ネットワークを通じてデータベースの照合をしてもらったんだ」
「あ、もしかして途中で覚醒して狐理子ちゃんを弾き飛ばした時に使った?」
「そう、奥の手とか言ってたからブラックヴァリーの間でしか使ってないのかもね。回収したこれはクリムゾン様にお渡しする」
『なゆか、心拍数上昇。眼鏡装着して』
「う、うん」
慌てて眼鏡を装着するなゆか。変装したなゆかと狐理子は大学構内から外へ。建物の影で変装を解除する。
「ここまでくればもう大丈夫かな」
狐理子は髪を結びながら言った。
「まだドキドキしてる……ねぇ狐理子ちゃん、徳間教授本当に大丈夫なの?」
「日常生活は送れるよ。ただもう忍者としては無理だね、そもそもあの男が本物の徳間教授じゃない可能性だってあるんだよ」
「そうなの !? 」
「それよりもなゆか、サキュバスハーフの力凄かったよ! 一つ分かった事もあるし」
「え、何々なに?」
「徳間は恐らく催眠術のような者をなゆかに仕掛けてきたんだ、でも跳ね返した。最初急にあの男が怯んでたでしょ?」
「そういえば!」
「なゆかのサキュバスハーフの力は精神系の術に耐性があると考える。他者に命令されない自由に欲望のまま生きる夢魔(サキュバス)の性質なんだと思う。これって結構すごいことでね、裏社会の抗争では知らない間に催眠光や催眠音で催眠術にかかってしまう事ってあるんだ。でもなゆかにはそれが効かない、そしてサキュバスハーフの力をコントロールできれば……超一流のスパイになれる可能性が! SliME も持ってるし」
「えぇースパイ! なんかカッコいい!」
「ちょっとクリムゾン様に報告するね。いや、なゆかにスパイさせたいんじゃなくてサキュバスハーフの力の事も言わなきゃいけないんだ」
「そうなんだ」
なゆかは少し不安を感じたが自身の力が覚醒しつつある事に興奮しすぐに引っ込んだ。
続く
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