ラビット・アンダーグラウンド 5 話
なゆかと別れた後白鳥エリーナは 3 階のレッスン場に向かう。体に纏わせた SliME のジゼルに命じレオタードとトゥシューズに変形させる。他の MGM 歌劇団メンバーの姿はない。フロアー管理の丹羽家の者だけである。
『スワン、あの子が気になるのですか?』
柔軟体操をする白鳥エリーナに SliME のジゼルが語りかける。
「少しだけ。クリムゾン様には何かお考えがあるのでしょう。 MGM 歌劇団に入るのなら挨拶しようと思っただけです」
『あの子は藺藤なゆか。紅星女学院大学 1 年生。所持している SliME はポポリンです。ポポリンと情報共有しました』
「……あなた達 SliME の間では普通の事なのでしょうけど慣れませんわね。ナチュラル(完全生身)でバレエ一筋だったからあまりテクノロジーに詳しく無くて……」
『スワンは今でもあまりジゼルに頼らないですね。クリムゾン様から貴女のサポートを仰せつかっているのにあまり活躍できていないかも』
「そんな事ないです。クリムゾン様にもあなたにも言い尽くせない恩があります。私はただ自分で出来る事はやりたいですし限界までは頑張りたいのです」
柔軟を終えるとエリーナは壁一面の鏡に映る自分の見ながら動きの確認を始める。ジゼルには今の自分と前日の自分と最高のコンディションの自分を比べさせる。
『右足に疲れが少し残っています』
「そうですか……夕食のメニューは変える必要ありますか?」
『スープを疲労回復重視のものに変えてもいいかもしれません。今日の練習の疲れを残さない事も大事です』
「来週の舞台の初日をベストコンディションで迎えたいですものね」
MGM 歌劇団の舞台は週に 2 回。間の日は団員個人のショーやゲストを呼んでの公演となっている。スワン事、白鳥エリーナは舞台に心血を注ぎ、間の日は全て練習に当てている。
白鳥エリーナはバレエダンサーだった頃よりも練習に明け暮れそして充実していると感じている。ストイックに自分を磨き続けるそんなスワンの姿を歌劇団のメンバーは尊敬と羨望のまなざしで見ている。
アドバイスを求められれば真摯に答え、舞台のミーティングではメンバー全員の事を考え演出家に歯に衣着せぬ物言いで意見を出した。
やさしいが決して甘くない。それが歌劇団メンバー全員のスワンの印象だった。
「ハァハァハァ……」
いつもより熱の入った練習に息が上がる白鳥エリーナ。
『らしくないですよスワン。何か気になる事でも?』
「……雑念を振り払おうと少しペースを上げ過ぎました」
『藺藤なゆかの事ですか?』
「そうです。あの子……やはりクリムゾン様に見染められただけはあります。数秒接触しただけでそう思いました。あの顔、声、雰囲気……只者じゃないです」
『気になってしまったのですね』
「あの子はカフェのスタッフで歌劇団ではないのに……」
『クリムゾン様に直接聞けばどうですか?』
「そんな……他愛もない事であの方の時間を取らせるわけにはいきません」
『ジゼルはスワンが充実して過ごせるようにサポートしたいのです。クリムゾン様と直接話をしなくてもあの方の SliME の来夢にメッセージを送るのはどうですか?』
「……それならまぁ。来夢さんならきっと上手く対応してくれるはずですし」
『了解。来夢から返事が来たらスワンに知らせますね』
「ええ」
***
カフェの仕事のそつなくこなし休憩に入るなゆか。歌劇団の舞台ショーの会員限定アーカイブを見る事にする。
「えっと……あの人は……」
スワンの個人パフォーマンスの動画を選択する。
「バレエ……白鳥の湖だ」
チャイコフスキー【白鳥の湖】を鼻歌で口ずさむ。
「綺麗……でもそれだけじゃない強さを感じる。妖艶な表情仕草……重量を感じさせない舞い……」
バレエは祖母に連れられて毎年公演を見に行っていた。なゆかは過去の記憶をからこれまで見たバレエの最高位プリマの舞いとスワンを比べる。
「スワンはプリマと比べても遜色ない……間違いなく超一流。でもそれなら何故 LavaGerden に?」
『知ってるけど勝手になゆかに教えられないよ』とポポリンが言った。
「だよね、きっと何か事情があるんだと思うしそんな質問は嫌って程されてるんだろうね」
なゆかはスワンと次に会った時何を話そうか考える。
「憧れていた時期もあったなぁ……バレリーナ。ウチの近くにはレッスン教室も無かったし練習の大変さについていける自身も無かったよ」
なゆかの祖母は若い頃バレエを習っていた。才能ある子たちに打ちのめされ趣味程度で終わったと話していたが嬉しそうだった。バレエを嫌いにならなくて良かったと。
祖母の話やバレエに関するコミックやドラマに映画を見てきたなゆか、スワンの姿はそれらの主人公に見えた。
「ねぇポポリン、スワンの SliME ジゼルとはやりとりしてるんでしょ?」
『してるよ』
「じゃあさ……スワンが私に聞きたい事とか解るよね?」
『勿論』
「スワンが LavaGerden に入った経緯を聞きたいんだけど大丈夫そうかな?」
『なゆかがクリムゾン様に SliME を持たされた理由を話せば聞けるんじゃないかな』
「なるほどね、お互いの身の上を話し合うって事だ」
なゆかはスワンが知りたがっている事は SliME ポポリンをクリムゾンから持たされた理由であると。そこから自分のサキュバスハーフの話をして広げようと考える。
『なんでスワンの事をそんなに知りたいの?』
「だって……気になるじゃん。私にとってはこの街の事も LavaGerden の事もクリムゾンさんの事もポポリンの事も刺激だらけでさ、知的好奇心がめちゃくちゃ高まってるんだよ」
『好奇心は猫を殺すと言うよ』
「にゃんにゃん! 猫じゃないにゃん!」
『なゆか、サキュバスハーフの力が高まっているよ』
「え、高まってる? うぅ~ん……そっかぁ。スワンが羨ましいのかもね」
『そうなの?』
「だって表現者じゃん? 私は力が暴走するからそういうの絶対駄目だし禁じられてるし。もしバレエを習ってたら……大勢の人の前で思いっきり踊れたら……って考えちゃうよ」
『なゆかはサキュバスハーフの力を解放したいんだ』
「思いっきりやってみたい願望はある。駄目駄目駄目で抑圧されてコントロールもままならないし。おばあちゃんのように力を上手く扱えるようになりたいよ」
『ポポはまだなゆかのサキュバスハーフの力を把握できてないから万全なサポートもできないごめんね』
「ううん、せっかくさぁポポリンもいる事だしどこかのタイミングで思いっきり解放してみたいよね。クリムゾンさんに相談が無理ならあの人の SliME の来夢とかに相談できるかな?」
『一応来夢には相談してみるね……そもそもなゆかが MGM 歌劇団に入れば良いと思う』
「えぇー? 私が MGM 歌劇団に? 入れるかなぁ」
『クリムゾン様はなゆかを気にいってるし仮入団ならいけそう。 SliME も持っているし。でも舞台やショーの練習についていけないと正式入団は無理かもね』
「練習に付いて行けるかなぁ~……」
『やってみないと解らないね』
休憩時間が終わりカフェの業務に戻るなゆか。
カフェの業務をこなしながら手が空いた時間に歌劇団に入った自分を想像する。
「(歌劇団に入れたとしても見に来る人の需要が大事だよね。 10 人皆個性的だし綺麗だし可愛いし……埋もれないような何かがないとクリムゾンさんは喜んでくれないと思うし……えぇ~私が出来る事って……バスケと歌と創作ダンス……かなぁ。でもどれも歌劇団員より突出してるとは思えないなぁ。サキュバスハーフの力を持っていてもそれだけじゃ駄目だよね)」
トラブルも無くカフェの業務を終えるなゆか。丹羽省羅に退勤の挨拶をする。
「お疲れさまでした。本当は最後まで残りたいのですけど明日も大学がありまして」
「いいのですよ、学生なのですからそちらを優先してください。気を付けて帰って下さい」
更衣室から出てバックヤードを歩いていると坂東狐理子に出くわした。
「あ、狐理子ちゃん」
「やぁなゆか……」
浮かない顔の狐理子になゆかは首をかしげる。
「どうしたの?」
「えっと……送って行こうか? でも今日はマンションまでじゃなくて近くのコンビニまでで良い? 自分の買いたいものあるから」
「え、いいの? じゃあお言葉に甘えちゃおっかな」
昨日とは違う車を店の前に回してくる狐理子、 SliME のコンキチを使い少し顔を変えて変装している。
「さ、行こ」
「うん」
なゆかは狐理子が何か話したいことがあるように感じたのでその場では敢えて突っ込まなかった。
車は高速環状線に入る。なゆかのマンションに向かうのには必要ないルートだった。
「ごめん今日はこっち通らせて」
「うん」
車の流れに合流し半自動運転に切り替える狐理子、ここで大きくため息をついた。
「はぁ~……」
「どうしたの狐理子ちゃん?」
「えっと……何から話したらいいかな……そうだ、これから自分はなゆかと多くの時間を過ごす事になる」
「え? どういう事?」
「クリムゾン様の命令もあるんだけど、 SliME の事とか……ある男の事とか……自分の事情とか……色々あってね、本当に勝手だけど……」
「えぇ~何なになに? ちゃんと説明して? あわてないでいいからじっくり聞くから」
「自分はこの前のゴーグル男のようなのに狙われているんだ。その理由は暮葉一族の秘伝書の解読の為でね……」
狐理子は突然身の上話を始めた。忍者の里の暮葉一族の秘伝書は院瀬見が従えているブラックヴァリーと呼ばれる忍者集団に奪われ里の人間は狐理子を除いて全員殺された事。そして秘伝書は暮葉一族のみが解読できると知られブラックヴァリーに狙われていると。
「そんな! めちゃくちゃ大変じゃん!」
「そう、でもねクリムゾン様に貰った SliME と組織のバックアップのおかげで何とかやっていけてる。秘伝書を奴らから取り戻したい。命の恩人であり居場所をくれて自分を必要としてくれている恩返しがしたい。歌劇団のメンバーにもなれるなんて思わなかったし」
「うん」
「それでえっと……ううんと……なゆかの力が必要なんだ!」
「え?」
「ゴメン説明不足だよね……自分はクリムゾン様の秘密組織( LOKI )のメンバーなの。忍者としての任務をこなしながらなゆかを秘密組織のメンバーに育てられないかと言われてね。だからその……サキュバスハーフの力を鍛える? 為に忍者任務の手伝いをしてもらいたくて……なゆかがサキュバスハーフの力を使いこなせるようになれば秘伝書の奪還も簡単になるしクリムゾン様の大きな計画も進む事になるって」
「ちょっと待って……頭整理させて……ポポリンサポートお願い」
『了解だよ!』
「……ふむふむ、ほうほう……」
ポポリンが情報をまとめ、なゆかだけに見えるようにまぶたの裏側に映す。片目を瞑りながら確認するなゆか。
「クリムゾン様は私のサキュバスハーフの力に期待して育てたいって事だね。いいよやる! サキュバスハーフの力自在に使いこなしたいと思ってたんだ」
なゆかはここで狐理子からの申し出を断るという選択肢もあった。その場合クリムゾン秋馬昊菜から離れ SliME ポポリンとは二度と接触出来ずに LavaGerden に関しての一切の記憶を失いサキュバスハーフの力を覚醒させる手段も失くすことになる。代わりに得るものはこれまでと同じ平穏……とポポリンから説明された。
「(私は……)」
なゆかは平穏よりももっと自分らしく生きてみたいと考える。
「いいの !? 本当に !? 」
「うん、大丈夫。狐理子ちゃんから言われて良かったなって思う。他の人ならもうちょっと考えたかな~?」
「え、なゆか……それってどういう事?」
「えへへ、宜しくね狐ニンジャの狐理子ちゃん! ニンニン!」
「ニンニンは言わないよ!」
車は高速環状線を半周して下道に降りる。
「早速任務が明日あるんだけどなゆかはいつも通り大学に通ってね。なゆかの大学内での任務だから」
「そーなの !? 」
「フォックス忍法なりきりの術で大学生に化けて潜入する。なゆかには SliME を通じて連絡するから」
「う、うん……なにすればいいの?」
「明日は大した事しなくていいよ、自分と知り合いだって証明してくれれば大丈夫。既にいて問題の無い学生の知り合いという事なら自分も動きやすくなるし」
「ふぅ~ん…… OK 。任務の詳細は教えてくれないの?」
「ある学生と教授の調査だよ。まぁ探偵みたいなもの」
「えー面白そう!」
「クリムゾン様にちゃんと報告しなきゃいけないからなゆかは自分の指示に従ってね?」
「わかった!」
この時 SliME 通信でコンキチはポポリンに任務の詳細を伝えていたがポポリンはなゆかの性格を考え今は黙っておいた。 2 日目にしてポポリンはなゆかの好奇心の強さと若干の無鉄砲さを把握し彼女を守るためにそう判断した。
マンション近くのコンビニで車を降りるなゆか。狐理子は駐車場に車を止め店内へ。
「じゃあまた明日」「うん、また明日ね」
なゆかがマンションに入って行くのをコンビニ店内から確認する狐理子。コンキチに大澤垓が近くに居ないか確認する。
『大丈夫ダヨ! あの警官はいない!』
「今日はもう大丈夫かな……なゆかが覚醒してくれればサキュバスハーフの力で警官を操ってくれるかなぁ」
『狐理子のフォックス忍法で何とかできないの?』
「いや~……自分のフォックス忍法の真髄は暗殺だからね。人心掌握はどっちかって言うとくノ一の房中術に通じる方だから……」
『じゃあ覚醒させてなゆかに房中術してもらうの?』
「はぁ? ちちちちがうよ! ほらサキュバスって言葉とか目線とかで惑わすんでしょ? やらしい事する前に誑かしていいように操るんじゃないの?」
『わかんないヨ。 SliME のデータにサキュバスは存在しないもの』
「例えでくノ一って言っただけでなゆかにくノ一になって欲しいって意味じゃないの!」
『そうなんだ。じゃあフォックス忍法で警官を何とかする?』
「だからフォックス忍法は……ああ、コンキチはあの警官を排除すればって言いたいのか」
『そうだよ。殺さなくても半死半生にすれば SliME で操れるんじゃない?』
「勝手にそんな風に SliME を使えないよ。クリムゾン様の許可が無きゃ無理」
『狐理子はあの警官に危害を加える事に躊躇は無いよね』
「まぁね……でも警官を攻撃すると厄介な事になるしクリムゾン様も警察と揉めるのは避けたいでしょうし」
『狐理子が心配するような事は既に起きてるし今更ダヨ。クリムゾン様は何人かの警察官を SliME で支配しているよ』
「あ、そうなんだ……じゃあクリムゾン様の許可があればあの警官を排除できるんだ」
『無意味な排除は許可が降りないと思うよ。だから本当に必要な時に即実行できるように提案しておくのはどうかな狐理子』
「ありだね! じゃあコンキチ提案しておいて! 自分はクリムゾン様に直接言う度胸は無いので……」
『了解、来夢からクリムゾン様に伝えてもらうね』
続く
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