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2008年01月21日
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カテゴリ: クラシック
 オーチャードホール  15:00~
 3階左側

 747か..............どうせなら、380とかの方が...........(謎)

 ブラームス:交響曲第3番
       交響曲第1番
 <アンコール>
 ブラームス:悲劇的序曲

 うーん..........
 まず、一般的に言えば、いい演奏、だったのかも知れません。


 かつて、東フィルの良さ、というのは、音色にありました。今でもそうですが、日本のオーケストラで、独自の音色というのを確立出来ているところはない、と言っていいでしょう。要するに、曲により、指揮者により、色々に演奏出来るのだけれど、○○トーンとか、そこまではっきりせずとも、そのオーケストラが基本に持っている音、というものがない。
 東フィルは、少なくとも、そういうものの萌芽を持ち始めていたオーケストラでした。決して「上手い」オーケストラではなかったけれど、このオーケストラには他の日本のオケが持ち得なかった「自分達の音」というのが出来かかっていた。金管が弱いとか、アインザッツが揃わないとか、そういうことはあったけど、その代わり、綺麗に嵌った弦セクションの均質で溶け合った音色は、ゾクゾクするような魅力があったのです。それがあるから、このオーケストラは、ここ一番での底力があった。ほんの数年前までそうだったんですけどね。

 ところが、この二年ばかり定期演奏会など聞いて、どうもおかしい、と思っていました。ある意味、「上手」にはなったのだけど、音色が、他所のオーケストラと変わらないのです。弦の音がくすんでいる。均質に溶け合うということがない。「合って」はいるのです。でも、個別の音が聞こえはするけれど、溶け合わない。
 それぞれの声部が対立するような音楽にあっては、各々の声部がバラけて聞こえるのは重要なことです。でも、そういう音楽はポリフォニックな音楽には有効だけれど、19世紀の、ホモフォニックとは言わずとも、ハーモニーを重視する傾向の強い音楽では、必ずしもそれだけではやっていけません。ロマン派以降の、合奏による和声の積み重ねと推移を重視する音楽、必ずしも声部の対比が中心に据えられている訳ではない音楽の場合、合奏「団」としては、溶け合わすことが出来ることというのは重要なことなのです。特に、均質に整えることが出来る弦合奏というのは、音楽の礎石を築く上で基本中の基本。

 残念ながら、それが崩れてしまっているのです。今の東フィル。これが、東フィルがつまらなくなった理由。
 今の方が「上手」になりました。音は大きくなった。「弦五部の各部が何をやっているか」「分かる」ようになった。でも、有り体に言えば、音楽としての魅力は明らかに減退しているのです。

 このブラームスで言えば、全体に、音楽に潤いがないのです。ブラームスは意外といい旋律を紡ぐ人です。だから、ほっておいてもきちんと合奏すれば自然と歌い出す旋律が結構仕込まれているし、かつての東フィルなら、渾然一体とした溶け合った音色で悩殺してくれそうなところが全然だめなのです。無駄に各部が聞こえて来るばかり。昔以上にお互いを聞いていないのではないかしらん。
 困ったことに、この辺何か勘違いが蔓延しているのですよね、最近。そもそも、各声部がバラけて聞こえるなんてのは、上手くハーモニーが和していないということだし、個々の楽器が聞こえるよう、なんてのはダメダメなのです。何の為に沢山の同じ楽器を使うのか。

 そういえば、今回のプログラムで、交響曲1番のアルプホルンを模した旋律について、「CDでしか聴いていない方がよく誤解されるが、このホルン旋律は独奏ではなく「2人」で交互に吹くように書かれているのでご注意を。」(東京フィルハーモニー交響楽団2008年1月定期演奏会プログラム16p、筆者:野本由紀夫)などと書いているのだけど、これなど勘違いも甚だしいのである。
 あのねぇ、この旋律、アルプホルンのメロディーを借りているのだけど、その元の曲は、ちゃんとアルプホルン一発で吹いているのですよ。これは、ClavesからCDで出ている録音があります。(Claves CD50-500) で、それを転用する際に、恐らくは安全を考えて(この旋律、この楽章の中で重要なポイントですし。ブラームスはナチュラルホルンが好きだったし。)2本で吹かせたのだろうけれど、その意図は決して「2人で吹いていると分からせること」なんぞには無い訳です。むしろアルプホルン一発で朗々と吹き上げる、そのイメージを考えれば、ここは2人でやるけど綺麗に分からないように演奏すべきなのです。
 「御注意を」? 何を寝惚けているのか。ここは真っ当な音楽家なら、必死になって2人でやっているとは分からないようにやるべき箇所です。で、東フィルは?ハイ。見るまでもなく吹き繋いでいるのが丸分かり。それじゃいけないんだって。


 演奏としては、今時としては立派なもんなんだろうと思います。でも、これは、かつて東フィルが持っていた音色の残滓でしかない。
 今、東フィルに必要なのは、もう一度オーケストラの音を作り上げてくれる、オーケストラビルダー。N響みたいな名指揮者シリーズじゃ実力はつきませんよ.......






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最終更新日  2008年01月22日 01時12分26秒
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