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スポーツをやっていた方ならわかると思うが自分のフォームをビデオに録ってチェックする事が上達の秘訣だ。僕は高校時代まで野球をやっていたし、大学時代はテニスをやっていた。ビデオで観る自分のフォームが想像よりも違っていてショックを受けた事がある。「自分ではもっと華麗なフォームのつもりだったのに…。」と!スポーツの世界なら簡単にビデオでチェックして修正は可能だが僕らの生活やビジネスの世界ではなかなか自分自身を何かに映し出してチェックするのは困難だ。「~しているつもりの自分」と「周囲に映っている自分」とのギャップを見つける機会は少ない。では、どうすれば良いのだろう?生活の中やビジネスの世界でのビデオの役割は「自分の周囲の人」だと思う。僕の場合で言うと登録スタッフであったりクライアント企業の担当者がそうだ。また家庭では妻がその役割をしてくれている。誠意ある対応をする事によりスタッフは時に僕を助けてくれるし企業担当者は仕事を依頼してくれる。時には仕事の紹介までも!いい加減な対応や仕事に手を抜けばスタッフは別の会社に登録し、クライアントからは仕事も減ってくるだろう。そう言えば妻も最近、僕に影響されたのかオヤジギャグを連発するようになった。人は知らず知らずのうちに自己中心的な判断や態度を繰り返してしまうが周囲の人から映し出される自分を冷静に見つめ自己認識能力を高めることは大切な事だ。自分の姿を素直に受け入れることで必ず色々な気づきがあるはずだ。何よりも周囲の人を理解する事にもつながる。世の中には…「場の空気が読めない」「自分自身のことを勘違いしている」「あの人には何を言っても無駄だ」と言われる人が意外に多い。そうなった時にその人の成長は止まってしまうのだ。周囲の人は何も言わなくなり、いわゆる「裸の王様」になってしまう。そんな僕も最近、誰かから怒られる又は指摘を受ける事が少なくなった。会社勤めをしている頃は上司からのアドバイスや忠告、時には叱られることもあったが自分で会社を経営するようになってからはそういった機会が少ない…と言うか限りなくゼロに近い。これは僕が成長していくにあたって由々しきことだと思う。常にオープンな姿勢で周囲からの指摘、要望、批判を受け入れる!そんな心のゆとりを持ち合わせていくということは対人センスを磨くと共に僕が人間として成長していくためにとても重要な事だと思う。セルフチェックを心掛けていきたい。
2005.03.31
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相手にものごとを伝える時には大きく分けて2通りある。1つは分析的論理的に伝える方法と、もう1つはストーリー仕立てで伝える方法。コミュニケーションの成果は「何を伝えたか」ではなく「何が伝わったか」が重要だ。この観点で言うと後者の方がより相手の心に残る方法だと言える。起承転結で展開されるストーリーは論理的なアプローチと違って相手を集中させる効果もあるのだ。(もちろん会社の会議など場によっては論理的なアプローチでなければならない時もあるが…。)ストーリーでメッセージを伝える時には5W1Hが最低限の構成要素となる。When(いつ)、Where(どこで)、Who(誰が)、What(何を)、Why(なぜ)、How(どうした)これは中学の時に習った事と記憶しているがこの5W1Hをしっかり盛り込んで話すって案外出来ていない。長々と話しをされて「When」が抜けていていたために「結局いつの話し?」と突っ込んでしまう事も多い。僕は人と接することが多い仕事上、このことを注意して話を進める。これはプライベートでも同様で5W1Hを盛り込むと会話のキャッチボールは上手くいく。しかし、5H1Hを盛り込んで相手にうまく「伝えた」としても、結果的に心に残らずうまく「伝わってない」場合もある。この場合さらに工夫が必要だ。例えば…「俺さぁ~昨日、電車の中で恥ずかしいことしちゃってね…」と話す。ここには「Why」と「How」が抜けてる。当然、相手は「えっ!何で?何をしたの?」と聴いてくる。これはあえて、「Why」と「How」を抜かして話すことで相手の関心をひきつけるのだ。「実は、コートの背中のベルトにハンガーが引っ掛かってたの気づかなくてそのままだったんだ」…と話しは続く(実話)「When」を抜かせば「それっていつの話し?」となるし「Where」を抜かせば「それはどこで?」となる。もちろん、僕や僕の話しに魅力や興味がなければ元も子もないが…。またストーリーに装飾を加えることでも更に相手はイメージをしやすくなる。例えば「昨日は寒くて久々にコートを着てったんだけどね…」とか「電車の中は結構人が多くてさぁ~」という具合に!僕はこれからカウンセラーとしてやっていきたいのでどちらかと言うと「話す」よりも「聴く」ことが多くなると思うが「相手とコミュニケーションをとる」ということでは変わりないと思う。いかに自分の話しを「伝えたか」ではなく「伝わったか」を心がけていきたい。
2005.03.30
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昨日のメンタルの講座は「脱出カウンセリング」何からの脱出か?…それは「破壊的カルトからの脱出」では「破壊的カルト」とは?よく「カルト」という言葉がある。これは元々「異教・異端」から生まれた言葉だ。現在では「特定の組織・人物・教え・商品に熱狂する集団」という意味で使われている。だとすると…東京ドームでオレンジのメガホンを振って「GIANTS」に熱狂してたあの頃の僕は確実にカルトだったかも知れない。しかし、これ自体は悪いわけではない。「破壊的カルト」とは「集団の目的のために本人を利用する集団」でありその人から「財産・人間関係・人格」を奪っていく。「カルト」と「破壊的カルト」とはそこが違う。講座では、これらの集団がいかにして勧誘していくか。また勧誘されやすい人はどんな人か。予防策や巻き込まれないためにはどうするか…などを学んだ。そして、僕としては最も興味のあったこと!救出カウンセリングはどのようにするか…ということだ。講座内容の詳細は割愛するがとても興味深い内容満載だ。自分自身、縁遠い話と思ってはいけない。誰しもが被害者、または加害者になる可能性はあるのだ。破壊的カルトではないが、僕は大学時代ある団体に電話で呼び出され旅行や映画が格安で利用できるという何とも怪しい契約書にハンコを押した事がある。後日、運良くキャンセルできたが「自分だけは大丈夫!」という人は特に用心した方が良い。僕は「話し合いなら相手を絶対に論破してやる」というところがある。普段は決して好戦的ではないが、いったんスイッチが入ってしまうと止まらない。きっとその時もからかい半分で話しを聞きに行き「逆に言い包めてやろう」とでも思っていたのかも知れない。でも相手は勧誘のプロなのである。大学生の僕ごときがチョロチョロ出かけて歯の立つ相手ではないのだ。(…でも、まぁ~今なら。。。あっ!またこんな事を考えてしまう(^-^;。。。)相手の思うツボにはまらないためには「NO!」とはっきり言うべきだと思った。特に日本人は「NO!」の場合も笑顔で言ってしまうことが多い。「いえ!結構です!」と言いながら顔は笑っている。表情も含めて態度で「NO!」を表すのも勧誘されない大事なことなのかも知れない。経済成長をした国が行き詰まった時に「破壊的カルト」は増えるらしい。僕ら一人一人が他人事だと考えるのではなく自分自身、そして身近な人がそのようなことに巻き込まれないように思うことが「破壊的カルト」から身を守る術なのだと思う。
2005.03.29
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1960年代の中頃、アメリカのラッセルという哲学者は近代の価値観を塗り替えた最重要項目として次の4つをあげた。1.アインシュタインによる相対性理論の発見2.ダーウィンによる進化論の確立3.レーニンによる共産主義国家の建設4.フロイトによる潜在意識の証明最初の3つは教科書にも載っていて学校でも習うことだ。アインシュタインが相対性理論を発見したからこそ物理学が飛躍的に進歩をとげたしダーウィンが進化論を唱えたおかげで生物淘汰の謎も解明された。レーニンが打ち立てた共産主義国家の構想はもろくも崩壊したが20世紀を代表する政治革命であることには変わりない。4番目の潜在意識になると学校でもなかなか教えてくれない。しかしラッセルが指摘した4つの項目の中で最も重要だと思う。最初の3つは人間からすればあくまでも外的な問題に対して潜在意識は人間に直接関わる内的な問題だから。学者や研究者でもない限り最初の3つは知らなくても不自由しないが潜在意識は知る、知らないで人生に大きく違いが出てくる思う。人間には「顕在意識(意識)」と「潜在意識(無意識)」があり潜在意識は全体の90~95%を占めていると言われる。この潜在意識によって人はコントロールされているのだ。例えば…「人前に出ると緊張してあがってしまう」「牛乳を飲むと決まってお腹をこわす」これはその人の潜在意識の作用だ。「こういう事態に遭遇したらこうなった」という苦い経験が悪い記録として潜在意識の中に植えつけられてその行為を繰り返すと潜在意識の指令により再び同じ症状が出てしまう。サバのアレルギーの人がサバをイワシと勘違いして食べた。実はサバだったと後で聞いたとたんにジンマシンが出てきたという例もあるらしい。マーフィーによると潜在意識は心で描いたことをそっくりそのまま実現してしまうらしい。アメリカで実際にあった殺人事件では夫を殺して莫大な財産を手に入れようとした妻が医師の愛人と結託し軽い胃潰瘍なのに末期のガンとウソの告知をして栄養剤を抗がん剤と言って連日打ち続け実際に夫は1ヶ月もしないうちに衰弱して死んでしまったと言う話しがある。またバナナを毒物として恐れているアフリカ奥地に住む原住民の一人があやまってバナナを口にしてしまった。何日かしてから仲間が「君が食べた料理にはバナナが入っていた」と言ったとたんに痙攣を起こして死んでしまったというシュバイツァー博士の報告もあると言う。潜在意識が人の心をコントロールしていると言う事例のように「潜在意識には事の善悪を判断したり選択する能力はなく、 間違った暗示を与えれば時として毒と化してしまう」と言うことだ。では、それを逆手にとってみれば良いのではないかと思う。常にプラスの暗示をかけることで潜在意識はどんな薬をも超える「良薬」になるはずだ。悩みや不安を抱えたときには強引にでも何とかプラスの事を考えてこの潜在意識をうまく利用しちゃえば良いのではないだろうか。「悪いことを思えば悪いことが起こるし、良い事を思えば良いことが起こる。」潜在意識とうまくつきあって行くことは人生を明るく生きるヒントになる。松下幸之助も運良い、悪いの質問に対して「運が良いとは“自分を運が良いと思う人” 運が悪いとは“自分を運が悪いと思う人”…ただそれだけ」…と言っている。意外とシンプルな事なのかも知れない。
2005.03.28
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僕は現在、メンタルの講座を中心にカウンセリングを学んでいる。もちろん個人的にも書籍やネット、先輩からの話しなど様々な角度から知識としての基礎を学んでいる。それはカウンセラーになる為の最低限身に付けていたい知識を得るというここと同時に自分がこれから生きていく上でもとても参考になるし何と言っても勉強していて面白いから。しかし常に頭にあるのは「頭でっかちのカウンセラーにはなりたくない」…と言うこと。先輩カウンセラーの話しでも「机の上の知識は基礎的なものであり実践はまた違う」と言われた。確かにそうだと思う。現在カウンセリングとか心理療法と言われているものは400種類を越えているらしい。それだけの技法が開発されたのはカウンセリングが持つ難しさゆえであろう。頭でっかちになりこの技法を暗記したり無理にクライアントに技法をマッチさせるようなカウンセラーにはなりたくない。例えば「○○と言う症状には○○と言う療法でアプローチするべき」のような。。。どのようなアプローチが最適かはカウンセリングを始めてみなければ分からないものだと思う。それをパッケージ商品のように「○○療法ありき」では後々カウンセリングに無理が生じる。僕はカール・ロジャースが好きだ。(俗に言うロジャリアン)基本は彼の提唱する「来談者中心療法」だと思う。しかしクライアントのすべてにそれに当てはめようとは思わない。すべてのクライアントに「来談者中心療法」で接しようと思った時点でそれは「カウンセラー中心療法」にでもなってしまうと思うから。。。カウンセリングを学んでいるある友人から心理学問答を押し付けられることがある。(ちなみにメンタル関係者ではありません。。。)「心理学とは、あるいはカウンセラーとはこうあるべきだ」…と投げかけてきて一方的に自分の考えを述べている。たぶん相手を論破し満足気な顔をしたいのであろう。それぞれが知らないことをシェアし合い、共に学び、気づき合う!それなら大歓迎だが、それとはちょっと違う。。。まったくのナンセンスだ。答えのないものに答えを無理に求め「こうあるべきだ」を押し付ける態度に淋しささえ覚える。カウンセリングを学んでいるから!…と言うことで自分のカウンセリング観を相手に押し付ける態度を見ると「この人はきっとクライアントにも自分の考えを押し付けているんだろうな」と思う。…僕は僕だしあなたはあなた。。。「ゲシュタルトの祈り」が頭の中を駆け巡る。。。
2005.03.27
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僕の中の3つの輪とは…「やりたいこと」=欲求「やるべきこと」=義務、責任「やれること」=能力僕は常々この3つの輪を意識している。この3つの輪が重なり合ってその重なり合った部分が大きければ大きい程、モチベーションは高まる。その3つの輪がリンクしていないで離れている時は重なり合う部分は小さいしどれか一つでもその輪が小さいとまた重なり合う部分も小さくなってしまう。今、僕の中での中心の重なり合っている部分は「僕にしかできないカウンセラーになる」という言葉が入る。そのために僕の中での「やりたいこと」=欲求は…「心に重いものを持っている人に対してカウンセラーとして役に立ちたい」という事だ。余談だがカウンセリングルームの名前はこのブログのタイトルでもある「Wing Heart」に決めている。「クライアントの心の翼になりたい&心に翼をつけて気持ちが軽くなって欲しい!」…という想いからこのネーミングにした。そのための「やるべきこと」=義務、責任は…今、継続しているメンタルの講座で心理学やカウンセリングを学ぶことは大前提。日本メンタルヘルス協会認定のカウンセラーとして活動をしていきたい。また知識だけではなくカウンセリングマインドも身に付けクライアントに接していくため準備をする。そのためには講座だけに限らず様々なものから学びを吸収することも大切だ。だから心理学関連の書物はもちろんの事、それ以外の書物からも学びを吸収する。また書物に限らず、すべての出会いは気づきを与えてくれる。この楽天もそのための大切な場となっている。そのために「やれること」=能力は…やはり今までの僕の経験を活かすということだろう。能力は経験から養われると思うから。求人広告の営業マン&営業マネージャー、人事採用担当、会社の経営者。または夫として、長男として…etcすべての経験をカウンセラーとして活かしていきたい。だから当面はカウンセリングルーム開業後も今の事業も平行して継続する。年齢の離れた若いスタッフたちは僕の知らないものを持っていて多くの気づきを与えてくれる。少し前まではカウンセリングルーム開業後は現在の仕事(会社)をどうするか迷っていた。結論がでないままウジウジしていたが3つの輪を考えた時に明確になった。今の会社を続けていく事が「僕にしかできないカウンセラーになる」ための「やれること」だと思う。そしてこのように夢を言語化することで行動が明確になり夢は現実にまた一歩近づくのだ。
2005.03.26
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「イマジン」と言っても僕の大好きなジョン・レノンの歌ではない。モチベーションを上げるためのイメージトレーニングだ。常にイキイキとし、高いモチベーションを保つためには思考イメージを高く持つことが大切だ。僕は以前、求人広告会社に勤めていて営業マネージャーをしていた。その際に部下にどうイメージをさせて高いモチベーションを保たせたるかを大切に思っていた。求人の広告を取る際に一番最初にやる仕事は…「飛び込み」や「テレアポ」といったどちらかと言うと辛くて大変な作業から始まる。入社したばかりの新人はそこで壁にぶち当たる。僕が入社したての時代は「四の五の言わずに名刺100枚もらって来い!」「アポイントを10件取るまで受話器を置くな!」…の大号令でマネージメントは済んでいた。それでも部下である僕らはやっていたから。でも今の若い人にそれをやっても人は動かない。今の業務は何のためにやっているのか?その業務はどんなことにつながっていくのか?…それをイメージさせてあげることが必要だ。「飛び込みやテレアポは何のためにやっているのか?」「そもそも求人広告とは何のためにあるのか?」その理由づけとして「企業を世の中に紹介することで世間の人たちに就職の選択肢を増やす仕事」「求人広告を見た人が希望の仕事に就けるため、その人の人生をも変える仕事」…と言って今のキツイ仕事も魅力があり、使命感があふれた仕事にイメージさせる。僕は同時に人事担当者もやっていたのだが会社訪問に来る学生に対しても同じことが言えた。いかに魅力的かを説明する時に「当社の仕事は毎日、飛び込みやテレアポで企業を訪問し仕事をもらいます」…では魅力を感じない。その業務は何につながっていてどんな意味があるのかをイメージさせる。例えば建築物を作る為に石を積み上げている人に「何をやっているのですか?」と聞いて。「石を積み上げてる」と答える人と「教会を作っているんです」と答える人ではモチベーションは違うのと同じだ。カウンセラーもクライアントに対して今を見つめ直すきっかけ作りの一つとしてこのようなイメージをさせてあげることが大切だと思う。言い替えればクライアントの目線を移してあげること。そうする事で、今の悩みの意味や理由を明確にしてあげる。そしてその悩みは未来のためには必要なのかも知れないと言うことを理解してもらう。それが未来を魅力的に感じ、今の悩みを乗り越えてくれる原動力になるかも知れない。モチベーションを上げるためのイメージトレーニングは未来を魅力的にする特効薬だと確信している。PS.ジョン・レノンは「イマジン」の中でイメージすることは決して難しくないと唄っている。世界中にジョンの祈りが伝わりますように。。。(タイトルとつじつまが合ったかな?)
2005.03.25
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「過去と他人は変えられない。変えられるのは未来と自分。」…という心理学の基本理念がある。僕が好きな言葉だ。自分が変われば未来は自ずと変わって行く。では自分を変える為にはどうするべきか?まず自分の中にも変えられるものと変えられないものがあることを認識すべきだと思う。この二つを分類してみると…自分の中の変えられるもの→「思考」「行動」自分の中の変えられないもの→「感情」「生理的反応」…に区別できる。例えば今、この日記を読んでる方に「1+1は?」と聞いたら「2」と答えるだろうし、「PCに向かいながら首を回して」と言ったらそのようにできるだろう。このように「思考」や「行動」はインストラクションがあればすぐに変えられる。ところが「電車に乗り合わせた見知らぬ人を好きになって」と言ってもいきなり好きにはなれないし、「胃液を通常の5倍出して」と言っても自分ではコントロールできないものだ。「感情」や「生理的反応」はダイレクトに変えられないものだ。自分を変えようと思ったら「思考」と「行動」を変えるしかないのだ。…でもこれが難しい。ホームで電車を待っているとする。ちょっと急いでる時に限って遅れる。僕なら電車が来るべき方向を覗き込みイライラしてしまうだろう。しかし、いくら覗き込んでも電車が来る時間は変えられない。…にも関わらず覗き込んでしまう。変えられないものに一生懸命イライラを募らせる。だから電車が到着する時間が変わらないのであれば待ってる時間に新聞や本を読むとか調べものをするとかした方が時間を有効に使い、自分にもプラスだ。このように日常の良くあるケースから徐々に「思考」や「行動」を変えていくクセをつける。これが自分を変える近道であり、その先に未来を変えていけるヒントがあるのだと思う。もしかしたら「過去の事実」は変えられないにしても「過去の形」くらいは変えられるかも知れない。きっと、ストレスを溜め込んでしまう人は自分が変えられないことに焦点を当てて責任を感じたりイライラしてしまうのだろう。そして次に「他人は変えられない」につながると思う。例えば、好きな異性に振り向いて欲しいがなかなか振り向いてもらえないとする。異性の好みや性格などは変えられるものではない。だから異性へのアプローチ方法を色々と変えてアタック(死語)したり自分のファッションや髪型を変えてみるのだろう。これは異性に対してだけではなく会社の上司、部下の関係や顧客とのの関係にも同様のことが言えると思う。そして僕が目指すカウンセラーとクライアントとの関係もそうだ。自分が変えられないものに考えや意識を向けるよりも、自分が変えられるものに集中して、考えるクセをつけてもらうお手伝いをする。(カウンセラーは決して結論を出さないのが鉄則)そしてカウンセラーはどんどん焦点を絞りこみ今やるべきこと、当面やるべきことをクライアントの「思考」と「行動」に集中して明確化してあげることが大切なのだ。そしてクライアントの方向性を変えてあげ、解決する能力を引き出すお手伝いをする。まずは自分がそのクセをつけることがカウンセラーとしての一歩なのだろうしカウンセリングマインドを身に付けるということなのだろう。
2005.03.24
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ふと気づくとこの日記も今日で50件目!2月2日に開設して50日、一日も欠かさず書き続けてきた。我ながらよく続いてるなぁ~と思う。最初は毎日書く事を目標にしながら面倒な日もあったけど、いまではそれも苦痛じゃなくなっている。開設した時、この日記をどんな場にしたいか考えた。カウンセラーを目指す僕はカウンセラーになるまでの心の葛藤や気づきをそこはかとなく書き、また書くことによって自分の気持ちの整理が出来ればと思った。だからここはカウンセラーになった暁には閉鎖する予定だった。期限を決めていたから毎日書けたというところもある。…しかしまだまだ続けよう。どうやらここは僕にとってとても大切な場になっている。カウンセリングルーム開業宣言や禁煙宣言もこの場を借りて出来た。書くことによって夢や思いは現実に近づいていく!日記のネタを考えるために過去の自分と向き合えて今の自分を成長させる事もできる。日記のネタをもとに妻との会話が弾んだりメンタルの仲間と学びをシェアし会えたり音信不通だった友人・知人がここを知って書き込みをしてくれたり。。。会う人会う人にここを知らせているので僕の今の思いが伝わることもある。そして顔も声も分からない仲間との出会いもここでの貴重な宝物だ。ネット社会の弊害としてこのような無機質なコミュニケーションを危惧する声もある。…でも僕は違うと思う。出会ったこともなければ顔も声も知らない相手だからこそ「心」の部分で繋がっているのだと思う。そしてその「心の繋がり」を大事に思う気持ちが文面を通して伝わる。相手のことを真剣に考えていかなければ心だけで対話は出来ないから。50件と言う区切りはあまりにも短いけどそんな事を思いながらこれからも書き綴っていきたいと改めて思う。開設当初の方向性とは違う部分もあるけどこれはこれでご愛敬だ。カウンセラーになるまで&なってから僕はどんな日記を書いていくのか!自分自身楽しみだしワクワクしている。デザインやテーマは多少リニューアルするかも知れないがこれからも僕の大切な場として今の僕を、そして心の葛藤を書き綴っていきたい。
2005.03.23
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僕は現在カウンセラーを目指して勉強中。プロフにも「カウンセラーのタマゴ」と書いてある通りカウンセラーになるのが夢だ。 以前の日記にも書いたが夏にはカウンセリングルームを開業したいと思っていた。…なぜ夏にしたか?それはいま通っている日本メンタルヘルス協会の認定が取得できるから。今の研究コースの講座を休まず出席し、修了レポート等の提出物もちゃんと期限通り出し、認められれば順調に行って8月には「日本メンタルヘルス協会認定 心理カウンセラー」となる。今は基礎コースを修了しているので協会認定の「基礎心理カウンセラー」の認定者だ。前置きが長くなったが夏の認定を待たずにカウンセリングルームを開業したいと思う。もちろん講座には通いつつ勉強も平行して!だから研究コースを修了して認定をもらえるまでは僕の身分は「基礎心理カウンセラー」だ。「日本メンタルヘルス協会認定 基礎心理カウンセラー」として開業する。協会の看板を背負う以上、協会のルールは遵守していくのは言うまでもない。なぜこう思ったのか?カウンセリングって一人でも多くの人に会っていくことが大切だって実感したから。講座で受けた学びや気づきを多くの人に伝えたい。それで少しでも早く役に立ちたい。僕の通うメンタルの講座はロールプレイングをやらない。クライアントの悩みは千差万別。受講生同士ロープレをしても実践の場で活かせることは少ないからなのだと思う。だからカウンセラーとしてクライアントと接する際の「心」に重点を置いている。研究コースでのガイダンスで「カウンセリングテクニックではなくカウンセリングマインドを吸収して下さい」といわれたのはとても納得できる。色々と考えて至った結論だが決して時期尚早ではないと思う。…とは言え今日、明日の話ではない。僕の計画だと5月の連休前後になると思う。遅くとも6月には…と思っている。それまでにやらなければいけないことは山積みだ。でも必ず実現する。当然「基礎心理カウンセラー」だからと言って手抜きはしない。僕の決意はダイアモンドより固い!
2005.03.22
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昨日は妻の実家に遊びに行った。妻の実家は横浜にあるので車なら道が混んでいなければ1時間掛からないで行ける。僕は今、駅前に越してきてから車の必要性がなくなったので現在車がない。僕の実家から車を借りて久々のプチドライブ!3連休と言うこともありちょっと渋滞にはまったけど道中「尾崎豊」を熱唱しながらだったので渋滞も気にならず。。。妻の兄さんが下の子を連れて遊びに来ていたので久々に酒を酌み交わし楽しい時間を過ごせた。妻と結婚したのは昨年の末だけど妻とは学生の頃に付き合っていたと言う事もあり彼女の親も兄さんも古くからの知り合い。当時はしょっちゅう彼女の家に泊まりご馳走になっていた。あの頃もそうだが良い意味で気を使わない。それはご両親や兄さんが気を使ってくれているのかも知れない。僕としては有難いことだ。昨日も楽しくリラックスして美味しく酒が飲めた。あの頃と変わった事といえば酒の量が多少減った事?あの頃は夜中まで止めどもなく飲んでいた気がする。みんな少し歳をとったのかな?…それともう一つ劇的に変わったことは僕と兄さんの腹があの頃と比べてとても出てきたことだろう(^-^;昨日もどっちの腹が出てるかが酒の肴になった。。。ふふふっ!ホント、気を使わなくて良い。こんな素敵な出会いも妻と結婚したからこそ!人の出会いや縁って良いなぁ~って思った。
2005.03.21
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先日、春の選抜大会の組み合わせが決まった。今年も春の甲子園大会の季節がやってくる。何度か触れたが僕は甲子園を夢みる高校球児だった。しかし夢半ばで退部している。野球を始めたのは小学生の低学年だった。僕の父は高校時代に甲子園に出場している。しかも初出場校ながらその甲子園で優勝している。父はその時のキャッチャーだ。小さい頃から甲子園の話しを聞いていた僕は当たり前のように甲子園を夢見ていた。当時は長野県で暮らしていたのだが県下の強豪校に入学して野球部に入り甲子園で優勝する。そして巨人に入って活躍する!!巨人が無理ならせめて六大学野球で野球をやり神宮のスターだ!!…というのが小学生の時の夢。今のようにサッカーが盛んではなかったので僕たちの遊びと言えば野球!そして毎日ボールが見えなくなるまで遊んでいた。寝る時もグローブを抱いて寝るくらい野球しか頭になかった。中学生になり僕の野球人生は本格的になってきた。そして高校では憧れの強豪校…と思っていたら中学卒業と同時に父の仕事の都合で東京の高校に進学する事に…。ここでちょっとだけ人生設計から狂いが生じる。僕はその高校に行きたくなかった。理由は2つ!野球部の実績がない。そして…男子校!僕は野球をやりながら「あだち充」の漫画のような高校生活も夢見ていたのだ。だから男子校ではダメだった。話しがそれたが結局その高校に入学し即野球部に入部。そこで当時の僕を襲うカルチャーショックが訪れた。みんな野球が上手すぎる。野球にはある程度の自信があったのだがレベルが違う。大いに凹んだ。そして色々の理由も重なり野球部を失意のもと退部。。。当時は今よりも高校野球人気は高かった。マスコミに取り扱われる機会も多いので嫌でも目に飛び込んでくる。辞めた直後はあれだけ好きだった甲子園大会やプロ野球ですら観たくなかった。子供の頃、グローブを抱いて寝ていたくらい野球が好きだった少年は心から野球が嫌いになった。退部後、残されたのは男だらけの男子校生活と慣れない東京の暮らし。本当に嫌だった。誰でもいいから先生を殴って退学にでもなれば再度、別の高校に入れるかも知れないと本気で考えた事もある。まっ!いま振り返ればあの男だらけの3年間…あれはあれで楽しかったんだけど。。。いまだに甲子園大会が近づくと当時の高校時代を思い出す。今では平気で観れるから不思議だ。それどころはいつかは甲子園でナマの野球を観戦したいって思ってる。あの思い出があるから「夢は簡単に諦めたくない」って思える僕がいるんだと思う。※明日の夜までのっぴきならない用があり出かけま~す。 お返事はそれ以降になってしまいますが、良かったらコメントを残して下さい。
2005.03.20
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今日、一年前に亡くなった父方の伯父の一周忌法要があった。一年前、伯父が亡くなった時は本当に悲しかった。あんなに声を張り上げて泣いたのはここ最近では記憶にない。伯父とは普段はあまり会うこともなかった。親戚の集まりで1年に1回会うか会わないか…。でも伯父の存在は僕ら身内の精神的な支柱だった。葬儀の日、伯父が亡くなったことと、残された家族のこと、そして自分の兄を亡くした親父の気持ちを思い、とてつもなく悲しく切ない気持ちになった。親父は5人兄弟の真ん中。長男の伯父を亡くして兄弟は親父を入れて二人だけになってしまった。自分の親や兄弟を見送るのは本当に辛い事だったろう。伯父はいつも僕らの事を気にかけてくれていた。その仲でも特に僕は会社を独立後、ゴタゴタがあり本格的に独りで会社を始めプライベートでは離婚もしていたため、伯父にしてみれば気がかりだったのだろう。亡くなる直前まで「k@-zuのことが気がかりだ」と心配してくれていたそうだ。亡くなる前の年の年末に久々に伯父の一家と僕の家で飲み会があった。とても楽しそうな伯父の顔は今でも忘れない。「久々に楽しく飲めたよ。これは定期的にやっていこうなぁ~」と上機嫌だった。…その直後病気が発見し去年の3月に亡くなった。後に伯父の手帳が出てきた。自分の人生設計を75歳としていたらしい。これは伯父の父親(僕のおじいさん)の亡くなった歳でもある。そして「70歳…病気発覚。頑張るぞ!」と書いてあった。自分の人生設計よりも5歳も若く亡くなってしまったのだ。生きたいと思っても叶えられなかった。だから残された僕らは伯父の分まで精一杯生きなければいけないのだ。伯父が僕を気にかけていた事の一つに僕の住まい(兼オフィス)のことがあった。自宅で仕事をしている僕は当時その狭さと交通の不便さからどこか良い場所に引っ越そうと考えていた。そんな事を伯父に言った。叔父は覚えていてくれてその口利きをしてくれたのだ。おかげで今までとは違い広くて駅から徒歩1分の場所に物件を見つけられた。物件が決まった時、伯父は既に入院していて病院にその事を報告しに行った。「そうかぁ~。良かったなぁ~。お前はグズグズしてたからなぁ~」と笑顔で喜んでくれた。だからこの場所は伯父の魂が込められている…そう簡単には手放す訳にはいかない。この場所で今の仕事とカウンセリングの仕事を成功させ妻とも幸せに暮らしていくんだ。そして想う…僕は今、伯父に恥ずかしくない生き方が出来ているだろうか?いつの日か僕もこの世を去るだろう。天国で伯父に胸を張って会えるような生き方をしたいと誓う。
2005.03.19
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僕は今の仕事で面接やスタッフとの面談をする機会がとても多い。独立して以来平均して、1年の3分の1は面接・面談をしている。しかしマンションの一室からこんなヒゲが出てくるとアヤシイ&怖い(たぶん。。。)そこから始める面接・面談は最初の5分が勝負だと思っている。(だいたい所要時間は30分位だから…)特に初回面接の場合…「な~んか、ヤバイところに面接に来ちゃったなぁ~」と言う顔をしている応募者と、いかに打ち解けることが出来るか!応募者と信頼関係を結ぶ面接を行わなくてはいけない。この信頼関係をラポール関係と言う。これはカウンセラーとしても重要なコミュニケーション技術だ。ラポール関係を築くためにはまず面接者(僕)の態度が重要。コミュニケーションには…バーバル(言語的)とノンバーバル(非言語的)の二種類がある。この二種類でいうと最初はノンバーバルコミュニケーションに注意を払う。表情・態度・姿勢・身振り手振り・視線・服装・声の大きさ・リズム・座る位置・室内環境…etc質問は極力オープンクエスチョン=「~はどう思いますか?」等の相手がどう答えても良いような質問だ。これは…自由に話せる→安心感→ラポール関係へとつながって行く。(ちなみにこの反対はクローズドクエスチョン=答えが限定されたり、「ハイ」「いいえ」で終わる質問。)また一度面接が済んでいる登録スタッフとの面談に関しては「聴く」と言う事に注意を払う。「聴こう」という意志を持って聴く。…これを「傾聴」という。耳で聞く物理的な反応の「聞く」や、色々と問いただす「訊く」ではなく「聴く」!「心」の文字が入っているように相手の言わんとすることを心で受け止めて心で返す。派遣会社は他にも条件の良いところや管理体制が充実しているところは他にも数多くある。個人でやっている僕としては条件や管理体制は敵わない。登録スタッフとのラポール関係のみが売りでしかない。だからスタッフとの面談の場はラポール関係を築く大切な場なのだ。傾聴に関しては…「沈黙・あいづち・思いを引き出す」といったパッシブ・リスニング(受動的な聴き方)と「繰り返す・話をまとめる・気持ちを汲む」といったアクティブ・リスニング(能動的な聴き方)を駆使していく。「傾聴」はこれからカウンセラーとしてやっていく時に大いに役立つはずだ。カウンセリングの語源は「待つ」「共に考慮する」である。決して「カウンセリング=相談に乗る」ではないのだ。クライアントの人間としての成長を援助するのがカウンセラーの役割。悩みを乗り越えるというのはクライアントの財産になる。それを奪うわけにはいかない。だから助言や指導は行わない。「心で聴く」傾聴の姿勢を崩さず、あとは人間としての魅力をこれからいかに付けていくか!「人間としての魅力」…これは結構難しい。これでOKという到達点はないから!ただ、いくつになろうが諦めず追求していきたいと思う。
2005.03.18
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僕はものごとを比較的パッパと決めてしまうタチだ。「迷っている時は進め!」…と言い聞かせて。良く言えば「決断力が早い」 悪く言えば「計画性が無い」ただ僕はその時その時の直感や感情を大切にしている。例えば…就職を決めた時!大学4年の夏にある大手医療機器メーカーの内定をもらった。今後の高齢化社会に向けて医療は社会に対して大切な意義があると考えたから!…と言うのは建て前!早く内定もらって遊びたい…が本音だ。当時バブル経済の真っ只中!学生にとっては超売手市場だったので会社訪問をすればだいたい内定はもらえた時期だ。友人たちが次々と内定をもらいのんびり遊んでる、その仲間に早く入りたかったから。いま考えると何ともバカげている。卒業間近になって「自分の一生を決める就職をあんな安易に決めて良かったのか?」…という疑問が湧いてきた。「迷ったらまず行動!」そう思った瞬間、再度就職活動を始めていた。卒業式の3週間前だ。結局夏の時点で「興味はあったんだけど内定もらったから説明会に行くの止めた」…って思ってた企業のグループ会社に就職!最後の社長面接で「君の就職活動はやっと今、終わったんだね」と言われた。またある時…「この車買おうと思ってるんだけどお前どう思う?」と友人に相談した事がある。友人曰く「お前の場合、相談に来た時点で決まってるんだろ?だから俺が何を言っても買うんでしょ?」と言われた。さすが友人!分かっていらっしゃる。就職・転職・マンション購入・独立・結婚・離婚・再婚…etcこのように今まで自分の人生を左右する決断や大きな買い物をあまり悩まずに決めてきた。(あっ!でもまったく悩みの無い人間でもないんだけど。。。)その結果、思い通りにならなかったことも何度かあるが全然気にしない。それもまたいい勉強だ。そこから何を学んだか…が僕にとっては重要だから!「迷っている時は進め!」今現在の僕の迷い…。「カウンセリングルームの開設は夏を目標にしてたけど早めようかなぁ~」だ。…きっとここにこう書いた時点で腹は決まってるのだろうけど…(^^ゞ
2005.03.17
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「運・根・鈍」僕が以前勤めていた会社の尊敬する上司から教えられた言葉だ。大学を出て某求人広告の代理店に営業職として就職した頃の事だがいまだに鮮明に覚えている。この解釈は様々な本でも紹介されているが上司の説明によると…。運…運も実力のうち。その運を掴むためには日々の絶え間ない努力が必要。根…粘り強く根気が大切。つまらないと思う仕事にこそ意味がある。鈍…時には鈍感と思われる素振りも必要。相手に可愛がられる術はここにある。入社当時は毎日毎日与えられたテリトリーを回り、名刺を配りまくっていた。新入社員はクライアントを与えられるのではなくすべて自分で顧客を開拓していく。今でこそ、そのことは忘れ去られているが僕が入社した頃のそのグループは悪名高き汚職事件の渦中だった。新聞・ニュースでその名前を見ない時がない。胸の社章を電車の中でジロジロ見られる。飲み屋では社章は外すように会社から通達が出ていたくらいだ。飛び込み営業をして名刺を渡した瞬間に目の前で破り捨てられるのは日常茶飯事。社名を言っただけで嫌~~な顔をされる。それが毎日毎日続くとさすがに嫌になる。「何で俺がこんな扱いをされなきゃいけないんだ!」「大学時代の同期はそれぞれ違う会社で活き活き仕事をしている」…とふてくされてよくサボっていた。もちろんそんな事をしていれば営業成績なんで上がらない。そんな時に上司に聞いた言葉。不思議と心に染み渡った記憶がある。特に3つ目の「鈍」はいまでも僕の専売特許だ。クライアントの前で知ったかぶりをして何でもかんでも「あっ!それ知ってます。これこれこういう事ですよね」と言うよりも「勉強になります!僕はてっきりこれこれだと思ってましたよ~。」と言って鈍感な「フリ」をする。もちろん本当に鈍感な人間に仕事なんてくれないからあくまでも「フリ」なのだが。。。お互いに気持ちが良いしクライアントは更に色々と話をしてくれる。特に僕が相手をするのは人事系の方だったり、小さい企業ではトップの方とも話しをする。往々にしてそんな方は話し好きだ。気持ちよく話しをしてもらって聴くことも大切なのだ。話しが盛り上がればビジネスチャンスは自ずとやってくる。そのワンチャンスは逃さない!友人との会話も多少自分を落として笑いが取れるなら喜んで!…みたいなところもある。もともとそんな人間なのだろう。ただこれは相手にもよる。相手を見て対応をしていかないとドツボにはまってしまう。こちらを頼りきっているクライアントに対して鈍感なフリは逆効果だから。。。その相手のタイプを知るのは「ソーシャル・スタイル理論」と言って徹底的に研修で学んだ。この「ソーシャル・スタイル理論」は自分の振り返りも含めて後日、日記で書くとして・・・。今、独立をして会社を経営してそのクライアントに対してや登録スタッフの面接ではとても役立っている。そしてこれからカウンセラーになるにあたって僕を大きく助けてくれるだろう。あの時の辛い経験は今、やっと開花したのかなぁ~。辛い経験から何を学ぶか!を思い出させてくれる上司の言葉だ。
2005.03.16
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昨日のメンタルの講座は「文章完成法テスト=SCT(Sentence Completion Test)」数ある心理テストの中の一つだ。数値で判断する質問紙法とその人自身を浮き彫りにする投影法に分かれる心理テストの中でSCTは投影法に属する。このSCTで何がわかるか…現在の環境(人間関係、仕事、家族構成…etc)アイデンティティー(自分はどんなことが出来るのか?したいのか?)性格(持って生まれた先天的なもの)人格(環境の中で作られた後天的もの)その方法として…「私は○○である」の文章の○○をうめて10通りの文章を完成させる。次に「私は○○とき楽しい」「私は○○のとき悲しい」など17通りの文章を完成させる。しかしこの投影法は明確なマニュアルがないので受け取る側の技量が問われる。数多くの臨床経験が必要なのだ。昨日の講座でも、いつもの「講義を聴く」…というパターンではなくグループでのワークにそのほとんどを費やした。カウンセラーとして注意するべき点は決してこの文章を見て断言してはいけないという事。断言することによりクライアントを傷つける場合もあるからだ。あくまでも予測、推測のスタンスで分析する。大切なのはクライアントを少しでも理解し深く関わることが目的なのだ。その根拠は何なのかを考えて分析しないと誤解を生じてしまう。これは日々の暮らしの中でも言えることだろう。例えば…一日の中で「部長に怒られた」「友人に嫌味を言われた」「ドンくさい後輩に困らされた」…この人たちがたまたま関西人だったとすると「やっぱり関西人はダメだ!」となりがちだが決して関西人がダメなのではない。カウンセラーとしてクライアントと接する時にこの「間違った思い込み」をしないためにも「常にその根拠は何なのか?」を頭に入れるクセをつけるべきだと思った。ワークでは自分自身もこの文章を完成させてランダムに同期が分析しコメントしてくれる。「大きな問題も抱えていない状況で家族を大事にし、時に厳しく、時に優しく安定した日常を過ごしているように思われる。カウンセラーになりたいのはそうした自分の状況を踏まえて家族を越えて他者も幸せにしたいからでしょうか?頑張っていただければと思います」研究コースまでくると「さすが!」と思わせる僕への分析だった。僕も同期のみんなに負けないように頑張ろう!!
2005.03.15
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僕はいま心理学・カウンセリングの講座に通っている。その目的は心理カウンセラーの認定を取得しカウンセラーとして開業するためだ。しかしもう一つの目的は「学んだ事を即実践し自分の生活に役立てる」という事がある。実際に僕の通っている講座は様々な人が来ている。僕と同様にカウンセラーを目指す人、職場で役立てようとする人、家庭で活かそうとする人…etc。学ぶ目的は人それぞれ違うが自分自身の生活に活かそうとするベースの部分は同じなのだろう。ではどう活かしていくのが良いのか?どうすれば活かせるのだろうか?やはり即実践しそれを継続していくことが大切だと思う。僕が以前勤めていた会社は他の企業に比べ研修や勉強会が多かった。時には会社の命令で嫌々受講した研修もあるが中にはいまだに心の残っている研修もある。そのひとつに「フロムエーマスター研修」というものがあった。ある一定の営業成績をクリアした者が対象でいくつかの研修を受け最後に筆記試験がありそれに合格すると「フロムエーマスター」という認定を与えられる。僕はその認定第一期生だ。噂ではその認定取得者には報奨金が出たらしいが僕は取得してすぐに退職し独立してしまったのでもらってない。。。でも僕はその報奨金の金額以上に大きなものを得た気がする。その研修で学んだ事はいまだに実践しているしそのおかげでその報奨金の何百倍の売上も上げているのだから。もちろん金額だけではなく僕の人生に大いに役立つエッセンスが満載だ。今の講座で取得する認定も取得後にどう活かすか?ということに重きを置きたい。学んだ事を活かせなければ意味がない。知識だけのカウンセラーにはなりたくない。往々にして研修を受けた直後はモチベーションも高いのだが何日かすると以前と変わらなくなってしまう。「良かったなぁ」で終わってしまって後に残らないのはもったいない。今、経営者になって思うことだが会社の金で研修を受けられてただで自己を啓発できる。そんな機会は今は無いから…。今、僕が通っている講座はまさに「明日から簡単に実践でき、継続できる内容」なのでモチベーションは下がらない。「すぐやってみるクセ」というのをつけやすい。これはとても大切な事だと思う。「学ぶ+実践+継続」がセットになって始めて「本当に学んだ」ことになるのだろう。資格や認定を得てそれを活かすにはこのことが大切だと思う。…ということで今日もメンタルの講座があるのだがどんな新しい学びが出来るか楽しみだ。
2005.03.14
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「あいつ、元気かなぁ~~?」…ふっと奴の事を思い出した。“奴”とは以前勤めていた会社の後輩くん。僕と彼との関係は営業部の「上司と部下」。人当たりがよく営業成績もトップクラスだった。とても謙虚なところが彼の長所でもあり短所でもある。謙虚過ぎる彼に悪意を抱く人間はいなかったが僕は物足りなさを感じていた。若い社員が多くどちらかといえば調子に乗りすぎてしまう者が多い中で彼は特異な存在だ。営業会社の営業部隊はいわゆる花形部隊。よい結果を出せたならその時は胸を張って時には自慢しても良いのではないかと思った。もっと自分をアピールして欲しかった。そんな姿に憧れて更にその後輩たちが彼を目指す!…そんな組織にしたかったから。大型の受注が決まって「良かったなぁ~。その受注にいたるまでの経緯をもっとみんなに話してくれよ」と言っても「いやぁ~たまたまです。みんなにお話しできる事なんてありませんよ」と言う具合だ。僕は彼がどれだけ頑張ってその大型受注をしたか知っているだけに彼のその謙虚過ぎる態度は淋しさを覚えた。「お前、もっと天狗になってもいいんじゃないの?」「いやぁ~天狗になりすぎて嫌われたくないですから」確かに周囲に嫌味な態度はよくないけど、彼にはひと回り大きくなって欲しかったのであえて…「天狗になってもいいんだよ。その高くなった鼻はいつか折られるから。…って言うか、逆にポキポキ折られちゃうくらいの方が良いよ。でも何度も何度も折られていくうちにちょっとやそっとじゃ折れない鼻になるからさ」もっと上を目指す為に時には挫折も必要だと思ったのでそう言ってみた。時には天狗になる事もあって良いと思う。彼ならその挫折を味わったとしても必ず乗り越えてくれると思ったから…。もちろん上司としてその時こそ彼のフォローをするつもりで…!しかし彼はその後もその謙虚過ぎる態度は変わらなかった。お互いその会社は辞めて今は音信不通だけど、どうしているかなぁ?先日メンタルでの交流分析の中で「欲しいと思っていたストロークが来たら喜んで受けること」という事を学んだ。これは「I’m ok You are ok」という人生の構えに大切なストロークプランだ。ストロークとは、要するに存在を認めてもらって他の人から与えられるあらゆる働きかけのこと。簡単に言えば人から人へ伝えるメッセージ。そのメッセージを与えた時に過剰に謙遜されると誉めた方も「喜んでもらえないんじゃこれからは誉めなくてもいいや」ってなってしまう。彼のことだから今頃は相変わらず優秀な営業マン…もしかしたら素晴らしい上司になっていることだろうが久々に彼を思い出して今の彼と酒でも飲みながらあの頃の話でもしてみたいとふっと思った。
2005.03.13
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「人間力」…よく使われる言葉だ。色々な人がこの言葉を使い、色々な本が出ている。僕はこの言葉を聞くと、真っ先に思い出される人物がいる。「明治大学野球部元監督の島岡吉郎」だ。明治大学の野球部監督であった島岡吉郎は学生から「御大(おんたい)」と慕われていた。その門下生は多数いるがで有名な人物としては前阪神タイガース監督の星野仙一がいる。この「御大」がよく言った言葉が「人間力」である。「野球の神様に謝れ。野球の神様に喜ばれろ。野球の神様に愛されろ。」「1球のストライク、1本のヒット、1つのファインプレーのために全力を尽くす」僕はこの御大には会ったこともない。野球部でもなかったし。。。でも野球殿堂入りもしていて、野球をやっていた人なら知らない人はいない位の人物だ。しかし僕としては歴史上の人物に近い。実際に僕が大学時代に亡くなっている。何故、島岡御大を知っているか。それは僕の父が島岡門下生だからだ。父は大学2年生の時から選手を諦めマネージャーに転向した。マネージャーと監督は話をする機会も多く他の選手よりも島岡イズムを叩き込まれたのだろう。そのため御大のことは幼い頃からよく聞かされていた。とにかくスパルタ。選手を殴る蹴るは日常茶飯事。御大が黒と言えば白いものも黒くなる。消灯時間過ぎに合宿所でテレビをみていたという理由で僕の父は御大に日本刀を持って追っかけられたらしい。ただ、この御大を悪く言う選手、OBは一人もいない。スパルタ教育の反面、徹底的に選手を愛する。それはレギュラー、補欠の区別はない。明治大学の野球部合宿所の便所掃除は上級生がやる。これは御大の方針だ。就職活動の時は補欠の選手のために御大自ら企業を回って頭を下げる。「4年間、島岡の下で鍛えられた男です。御社の役に立たないはずがない」と!今年で69歳になる父は御大の名の下に当時の仲間と会うときがいまだに一番楽しいみたいだ。今の時勢でこの御大の方針は時代錯誤かも知れない。多分、若い人はついてこれないだろう。しかしベースに流れているものは変わらないはずだ。人を愛し実践し率先垂範していくことは時代が変わっても大切なことだ。御大の言う「野球の神様に謝れ。野球の神様に喜ばれろ。野球の神様に愛されろ」の「野球の神様」を自分の身近な人、顧客に当てはめて考えるとうなずける。「1球のストライク、1本のヒット、1つのファインプレーのために全力を尽くす」とは「今ここに、この瞬間に全精力を傾けろ」ということだろう。カウンセラーを目指すものとしてこの「徹底的に人を愛し、からだ全体で接していく姿勢」や「一瞬一瞬を大切にする心」は学ぶべきものがある。「人間力」はこれからも僕の大きなテーマでありそれを追求していく姿勢こそが「人間力」を高める近道なのかも知れない。
2005.03.12
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「エンプティチェアー」とは…まず自分の向かいに「空の椅子」を置いく。そこに自分の話したい相手が座っていると想定して「対話」をする。相手が話す番になると、自分が向かいの椅子に座り直し、相手の気持ちになって話をする。この行動を繰り返すことで相手の気持ちを共感的に理解することになる。問題解決を導くための心理学的手法のひとつだ。僕は時々これをやる。さすがに椅子を二つ置いて行ったり来たりはしないのだが心の中でやってみる。例えば…日記のプロフィールでも書いたが僕は以前、勤めていた会社を辞めイトコと二人で会社を始めた。イトコの中では最も気が合う中の良い二人で必ず成功するって思っていた。しかし1年足らずでケンカして別れた。会社を運営していく中であまりにも意見が食い違いすぎた。その後、お互いに別々の会社を興して今に至る。残ったのは会社の借金と彼に対する怒りの感情。このエンプティチェアを自分と彼でやってみる。最初は彼に対しては共感するところなんてない。それどころかあの頃の怒りが再び湧き起こって気分が悪くなる。でもやっているうちに段々分かってくる。相手の気持ちになるということは自分の事も客観的に見えてくる。僕にも足りないところはあり彼にもあった。喧嘩両成敗の気持ちになれる。これを自分対自分でもやってみる。過去の自分と今の自分。最初は滑稽だが過去の自分が色々な事を今の自分に教えてくれる。腹の立つことや腹の立つ相手にはこれをやると不思議と「スーッ」っとした気持ちになれる。まぁ~いつもいつもではないが心の持ち方次第ってことだろうか?要するに「完成された円」と「一部が欠けた未完成な円」の二つを見比べた時未完成の円の欠けた部分に焦点を当ててしまうような考えでは無く足りている部分に感謝する心を持つことで心に余裕ができ、広い視野で物事を見ていくことが出来るのだろう。「足らで事たる身こそ安けれ」…今ないものを求め、気を揉むよりも 今足りているもので満たされる事ほど安らかなものはない…カタチから入るクセのある僕。。。こんなカタチひとつで心が変われる…結構、単純な人間なのかも知れない。
2005.03.11
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「♪僕が僕であるためにぃ~、勝ち続けなきゃならない~♪」尾崎豊の唄だ。先日はビートルズについて書いたが今日は尾崎豊!僕はビートルズ世代ではないが尾崎はまさにストライク世代。年齢も尾崎のひとつ下だ。彼が若者の教祖として君臨していた頃、僕はまさに信者だった。今でも時々口ずさんでしまう。不思議なくらい歌詞を覚えている。…でも最近思う。勝ち続けることが「僕であるため」に必要なんだろうか?僕はこの日記ではあえてプラス思考な事を心掛けて書いている。または「良い人」を演じて書いている。いくつかある僕のペルソナの一面だけを出している。これはこれで僕なんだけど。。。でも「心」の大切さを学び「心」の大切さを日記に書きながら経営してる会社の金儲けの事を考えてる僕もいる。また日記では「前向きな人」を前面に出している。それはカウンセラーを目指し勉強しているものとして「そうあるべきだ」という考えからだ。でも、こんな考えは正しいんだろうか?そもそも「~でなければならない」「~であるべきだ」という考えにとらわれてはダメだ。きっと将来、カウンセラーとしての僕はクライアントにそう語りかけるだろう。人はそんなに強くないし僕も同じだ。僕だって弱い部分もあるし泣き言を言いたい。時には「後ろ向き」にもなる。僕は自分が思っているほど強くない。本当は不安で不安で仕方ないんだ。カウンセラーとしてやっていきたいが本当にやっていけるのだろうか?そもそも僕はカウンセラーなんて大それたことができるのだろうか?人の心を扱う仕事に見合った人物なのか?カウンセラーを始めたらあれだけ苦労して立ち上げたいまのビジネスは?不安や焦りは尽きない。「勝ち続けること」なんて僕には出来ない。どこかで気持ちをぶちまけたい。日記でまで無理する必要はないんじゃないか?時には弱音も書いちゃおうか…?でも書いてしまうとドンドン深みにハマッテ行きそうで。もし尾崎が生きていたら…あの頃の若者の教祖は、あの頃の若者にいったいどんなメッセージを唄ってくれるのだろう。でも、もう尾崎はいないし僕も歳をとった。答えは僕が決めなきゃ。ひとつ言えるのは「勝ち続けなくても僕は僕」なんだ…ということ。あの頃の若者はちょっとだけ尾崎の呪縛から解き放たれたのかな?…ふぅ~!なんかスッキリした。
2005.03.10
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昨日に引き続き「夢分析」二日連続で恐縮です。講座の振り返りとしてこの日記を僕の「復習ノート」に貼り付けているのですいませんがお付き合い頂ければ幸いです。「夢分析」の講座でもう一つ書き留めておきたい内容がある。本来はとても深く幅広い内容のものなので簡単なまとめになってしまうのだが。。。夢分析で有名なユングの理論がある。「元型/アーキタイプ」というものだ。「人の無意識が夢や物語の中で形をあらわす時、各個人が見るものを分類・整理すると共通の型がある」…ということだが???要するに…「心の中に自己の意識と異なる部分を象徴したもの、根本的に形のないものだが色々なイメージとなって夢に現れるもの」…だ。そのパターンは6種類1.シャドウ 自分でも気付かない影の部分。 夢の中では見知らぬ人や友人などの形態で現れる。 同性のイメージで登場するのが特徴的。 未発達な心の表れとして愚鈍な動物や人物として現れる場合もある。 2.ペルソナ 現実の世界で見せている顔(仮面)。たてまえのようなもの。 夢の中では身分や趣味、身につける物や衣服の形で現れる。 例えばちぐはぐな服装が現れたら「もう少しペルソナの付け方を考えた方が良いんじゃないの」と警告になる。3.アニマ 男性が無意識の中に秘めている女性原理。 情熱、優しさ、感情、感性を表す。 大きく見れば男性の夢に登場する女性はすべてアニマ。 昆虫や動物、未知なる生物などの形態でも登場する。 ほっと一息ついた時に表れて人恋しくなったり、情緒的な気分になる。4.アニムス 女性が無意識の中に秘めている未熟な男性原理。 行動力・判断力・理論的な面を表す。 教会、国家、社会、制度、学問、芸術と言った創造的なものに関わってくる。 鳥、動物、昆虫の姿で登場することもある。 また見知らぬ人物として現れることも多い。5.グレート・マザー 母親のイメージ。 包み込んでくれるもの、生み出すもの、受け入れてくれるもの。 マイナスな面もあり強く抱きしめすぎてがんじがらめにしてしまう。 肯定的なイメージとして母親、聖母、女神、マリア、観音の姿で現れる。 否定的なイメージでは魔女、ドラゴン、老婆。 母の胎内を思わせる空洞、容器、鍋や自然の森、沼、海、月なども象徴として現れる。6.オールド・ワイズ・マン 父親のイメージ。 男性の理想像であり倫理観、道徳観、他人を動かす力、正義を重んじる心。 父親、祖父、伯父、上司、社長、校長、先生、警官、王様等権威を持った人。 こうありたいという向上心。以上6つの元型(アーキタイプ)は人格と行動を自己(セルフ)へ近づける上で重要なものである。夢分析の講座の前に僕ら受講生は自分の夢を描いて提出する…という宿題があった。これを講師の先生が一人一人分析し返却してくれるのだが、その宿題が先日の講座で返って来た。僕の夢は…場面は学校(…っぽい)周りの人は以前勤めていた会社の同僚。電話が鳴り同僚の一人が電話に出ている。どうやら僕が大きな仕事を受注したらしい。自分も周りも喜んでいる。その得意先に行こうとしてその場所を出発するが得意先までの道は一本の坂道。急な坂道でなかなか辿り着けない。急に場面が変わり喫茶店の店内。僕は何故か中学の時の野球部のキャプテンと一緒にコーヒーを飲み談笑している。そうやらキャプテンは僕の仕事をサポートしてくれるらしい。ここで夢終了。。。僕の現状を考えて自分なりに分析し提出した宿題の応えは自分が思っていたよりも悪くなかった。要するに「自分がどうとらえるか」がやはり大切なのだろう。ふぅ~~~っ、疲れた。。。文章を書くは好きで長文を書くのは苦にならないがもう少し短くまとめられればもっと良いのだが。。。
2005.03.09
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昨日のメンタルの講座は「夢分析」個人的にとても興味があり、楽しみにしていた講座だ。眠りは浅い眠りの「レム睡眠」と深い眠りの「ノンレム睡眠」に分かれる。夢は「レム睡眠」の時に見ると言われている。この「レム睡眠」は90分サイクルで一晩に3~4回訪れる。8時間睡眠とすると2時間はレム睡眠になり夢を見ていることになる。ちなみに一生を75年とすると睡眠期間は25年で、夢を見ている期間は10年となる。人はこのレム睡眠時に必ず夢を見ているらしい。覚えてないのは起きた瞬間の衝撃により忘れてしまうのだ。…「夢ははかない」と言うことだろう。この2時間の夢を人は全部覚えていない。だから夢は2度訪れる。2度目の夢はその晩の夢のダイジェスト版。だから脈絡がなかったり突然場面が変わったりする。人には「意識」と「無意識」があり起きている時は意識が無意識を抑え、寝ている時には意識が休むため無意識が活動を始める。夢はこの「無意識」の部分で見る。講座の中で最も興味深かったのは…「夢は見ているのではなく、誰かに見せられている」と言うこと。その「誰か」のことを「セルフ」と言うらしい。…そう夢は「セルフ=自分自身」によって見せられているのだ。言い換えれば「夢は自分自身からのメッセージでありラブレター」である。何度も同じ夢を見るのは…「セルフ=自分自身」にある無意識が意識的にそのメッセージをキャッチするまで何度も何度も出てくる。だからその問題が解決するともうその夢は見なくなる。一度しか見ていないのに強烈に覚えている夢もその人にとって意味あることだからかも知れない。また同じ夢でも人により解釈の仕方も様々である。例えば「人前で裸になっている夢」いつも突っ張って生きている人には「もっと心の鎧を脱ぎ捨てていいんだよ」と言う意味になるし人によっては「無防備過ぎるからもう少し慎重に…。」と言う意味になる。「死んでしまう夢」も一見不吉だが今の自分に不満を持っている人は「生まれ変わりたい」という意識が強くセルフからのメッセージで「死」というかたちで夢を見ることがある。「夢は化粧をして出てくる」とも言われる。無意識は意識で抑圧してると言う事はあえて見たくないということなのでそのままの姿で出てくるとびっくりしてしまうから。だから見た夢をそのまま受け止めてはいけないのだ。加工された夢をどう判断するかは自分のとらえ方次第である。我々の中には「内なる神」がいて、それが「セルフ」となり自分の中に答えを求めてくる。本来の自分になるためにたくさんの情報を持っている、いわば「宝石箱」だ。「夢」は完全なる自分に近づくための近道なのだ。
2005.03.08
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節煙・断煙生活も数日経った。最初はイライラもしたけど確実にタバコの本数は減ってきている。この調子でいけば4月8日の完全禁煙も出来そうな感じ(o^-’)bそこで力を発揮してるのが「禁煙パイポ」だ~~いぶ前に買った事はあるが最近は種類も豊富だ。色々な「味」があって楽しみながら(?)禁煙に進めそうだ。僕が選んだのが「うめ味」う~~~ん、確かにうめの味がする。一本目は既に味も無くなり今はおしゃぶり状態だがこれは優れものだわ。1箱3本入り!次は「グレープフルーツ味」にチャレンジしてみようかな?おっと!こんな時間だ。今日はメンタルの講座があるのだがその前に寄らなきゃいけない所ややらなきゃいけない事がいっぱいあったんだっけ!!…という訳で今日はシンプルな日記!たまにはいいかっ!さっ!出かけようっと!今日の講座は「夢分析」…詳細は後日アップしま~~す!
2005.03.07
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先日、テレビで放映された映画「I am Sam」を録画しておいたまま今日観た。上映された時に観たい観たいと思って見逃していた映画だ。映画の感想は後日。。。純粋に「よかったぁ~!」って思ったけどこの映画を観たいと思った理由は…ビートルズの曲が全編に渡って流れているから。僕はとにかくビートルズが好き!!…とは言えビートルズ世代ではないんだけど。。。僕がビートルズを好きになった時には既にジョン・レノンは銃弾に倒れた後…ということになる。高校時代の友人に教えてもらって大好きになりそれ以来のファン。長野から東京に出てきた高校時代。甲子園を夢見て多少の自信を胸に野球部に入部したものの自分と周りのレベルの違いに愕然とし退部。。。野球少年から野球を取ったら何にも残らず塞ぎ込んでいる時に知ったビートルズにはまった。名曲「Let it be 」…。「♪~悩み苦しんでいるとき、母メアリーが僕を訪れ智恵ある言葉をかれてくれる、なすがままに…」…で始まる歌詞はとても僕を癒してくれた。とにかく暇さえあれば聴いていた。ビートルズ論を語りだすとこの日記はエンドレスになってしまうので止めておくがとにかく「おたく」に近いくらい好き!そんな大好きなビートルズも最近は聴いてなくて今日、久々に聴いた。今も聴きながらこの日記を書いている。やっぱり良いなぁ~。僕が生まれる前の楽曲も古さを感じさせなくて、あんなに何度も聴いている曲も新鮮に聞こえる。今日は久々にのんびりとビートルズを聴きながら何も考えず過ごしたい。…そんな気分になった。しかも今は少しお酒も入っていて気分が良い。最近忙しかったから好きな音楽を聴いて、好きなお酒を飲んでのんびりと過ごす。心の休養かも知れない。名曲「Let it be」は今も僕を癒してくれる最高の薬だ。。。
2005.03.06
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昨日は先週に引き続きメンタルのビデオ補講だった。テーマは「流行の心理学」研究コースでは衛藤先生の講座は少ないのだが久々に見る「動く衛藤先生」そして久々に聴く「衛藤節」だ。(…樹くん、ごめん!このセリフ、ぱくっちゃった(^^ゞ…)「流行」といってもファッションや音楽ではなく「心の流行」の部分に焦点をあてた内容だった。情報が氾濫している現代、その情報(流行)に流されず「いかに自分の目で見聞きしたもので判断していかなければならないか」を感じた。例えば僕の育った松本で起こった「松本サリン事件」第一発見者の男性が犯人としてマスコミに扱われたことからも言えるように…情報(流行)は作られるものだから!そういった意味で言うと「戦争」もある種の「情報操作」だと思う。第二次世界大戦時には疑うことなくお国のために戦争に向かってしまう。「人道支援」という大義名分のもと、イラクへの自衛隊派遣が行われた。「人道支援」とは「相手が心から感謝して意味のあるもの」だ。またイラクでの日本人人質事件も「自己責任」という言葉で3人の若者がバッシングされた。情報・マスコミ報道の影響力が大きいことを物語っている。これらの情報に振り回されないためには自分で勉強をし、他者の色々な意見を真摯に聴く姿勢も大切なのだ。マインドコントロールされない方法の一つのヒントかもしれない。他者の意見を聴くという点では「全能感」ということもある。「全能感」とは自分が能力を持ったような錯覚をしてしまうこと。例えば子供や幼児は親が何でもやってくれるので自分が能力を持ったように感じてしまうことや車の機能・能力が優れているのに自分のテクニックが優れていると錯覚することだ。特に経営者や会社の幹部はこの「全能感」を持ちやすい。周りが何でもやってくれるから「自分には能力がある、人望がある」と錯覚してしまうのだろう。人気球団の前オーナーや、某公共放送の前会長もそうかも知れない。そういった人に限ってその役職や肩書きが無くなったとたんに人が離れていくんだろう。錯覚…という意味では現代社会において僕らは皆「全能感」を持った子供なのだ。人工的な環境に守られて何でもできると思っているのかも知れない。科学技術の発達を否定しているわけではないが「全能感」という錯覚をしないためには「素の自分・真なる自己」を知る事は大切なことだ。人口的な環境が発達していない頃は「ひきこもり」などはなかった。自室にテレビ・ラジオ・携帯・パソコンがあり冷暖房も完備されて無い頃は生活の為には外に出ざるを得ないからひきこもってはいられないのだ。テレビを見たければ嫌でも茶の間に行かなくてはテレビが見れない。それが度を過ぎると人は我がままになる。テレビやラジオなどは自分が見たいときにスイッチを入れればつけたり消したりできるから気を使わなくていいから。我がままな人間関係を心理学では「1.5の人間関係」と言うらしい。通常は1対1の「2の人間関係」という。現代社会の犯罪はこの我がままさから来ている。一方的な恋愛感情がストーカーとなり、遊ぶ金欲しさに人を殺す。すべて我がままな感情から起こることだ。また「過去に見る社会の崩壊」というテーマではローマ帝国の崩壊と今の日本が似ていると感じた。古代ローマの高官や大地主たちの晩餐は現代社会の高級レストランや高級料亭のように華やかだったらしい。だから肥満や胃腸病、肝臓病、心臓病が蔓延していた。皇帝たちの年代記によると官僚制だったために平民の親は子供に夢を託し受験地獄で家庭は崩壊していたとも言われている。文化の面でもローマ末期には剣闘士やレスラーの血みどろの戦いが流行り、貧しい人、異人種、老人、格好の悪い人を舞台にあげ漫才師が観客の前で徹底的にあざけ、物まねをする。現代のK-1等に見られる格闘ブームやお笑いブームに共通しているかも知れない。この講座は衛藤先生があえて自分が担当したいと名乗り出ていただいたらしい。それだけ今の社会に危機を感じ、何かを伝えたいと思われたのだろう。この講座を受けたものとしては講座の内容を丸ごと受け止めるのではなく自分自身で考え、感じ、判断していかなければならないと思った。そして自分で感じたことに対していかに行動していくべきかを考え実行する。そんなことを強く感じる講座だった。今日の日記は講座の振り返りのための自分自身の復習です。よって個人的な主観が多く入っていますが、決して戦争の是非を問うたり現代社会を批判したりしているものではなく「自分をしっかり持って流行や情報に流されない」…ということを趣旨で書きました。読んでいる方に不快な気持ちを与えらとしたらその事を是非、ご理解いただきたいと思います。
2005.03.05
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昨日の日記「禁煙への道」には数多くの書き込みをいただいた。まだ始めて間もない日記だけど今までで一番多く書き込みをしていただいた。有難いし嬉しいことだ。読んでもらってる…って思うとやっぱり嬉しい(^O^)♪訪問していただいた方、そして書き込みしていただいた方…本当にありがとうございますm(_ _)m日記のテーマがなくて何気なく書いたテーマだがこれだけのコメントをいただくと言うことは「そろそろタバコ止めなさい」っていうお告げかな?…なぁ~んて思う。仕事から帰った妻が日記を読んで喜んでいた。「超嫌煙家」の妻はみなさんの書き込みを見て一気に味方を得た心境だったのだろう。コメントのひとつひとつにキャッキャと喜んでいた。本当は「40歳で禁煙」と決めていたことだが軌道修正が必要みたいだ。今日から節煙、断煙を開始して(いきなり禁煙としないのはご愛敬(^^ゞ…)4月8日(お釈迦様の生まれた日)の39歳の誕生日からは完全に禁煙をしたいと思う。予定よりも1年も早い。超ヘビースモーカーの僕にしてみれば大・大・大決断だ。(あ~~~~~っ、言っちゃったよ&書いちゃったよ(ToT)。。。)…という事で昨日の日記への書き込みの「御礼と誓い」でした。今日は先週に引き続きメンタルのビデオ補講!「流行心理学」について学んできます。
2005.03.04
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僕はタバコを吸う。しかもかなりのヘビースモーカーだ。今でこそ多少減ってきたが最近まで1日に軽く2箱は吸っていた。以前住んでいたマンションから現在のマンションに越してくる時に部屋の壁がヤニで黄色くなってて敷金がほとんど返ってこなかった。それで今の新しいマンションでは「換気扇の下でだけ吸う」って決めてから多少減った。タバコの害が体に悪いと言うことは充分承知してるのだがなかなか止められない。最近は友人たちもタバコを吸う人は少なくなった。メンタルの仲間でも何人か最近タバコを止めた人がいる。それも無理無理じゃなくて自然と。。。衛藤先生によると「その人にはタバコが、もはや必要ではなくなったから」…とのことだ。心理学的にいうと「口唇欲求」と言うらしい。…要するに「赤ちゃん返り」…そう言えば幼少の頃、掛け布団のフチを唇にあてて寝ていたとうっすら記憶にある。。。イライラしたり淋しかったりすると人は口に何かを入れることによってそれらを紛らわすらしい。タバコに限らずお菓子やコーヒーなどもそうだ。確かに仕事でイライラしたりしてるし、自宅での独りの仕事は淋しい。じゃ~イライラしたり淋しかったりしなければタバコは止められるか…?…でもそうじゃない時もタバコを吸うんだけどなぁ~。ある本によると「タバコの害」と「タバコの快感」…この矛盾した2つを感じた時どちらかを考えるらしい。タバコを吸う人はタバコの快感が強い為に「タバコの害なんて大したことない」って考えてしまうらしい。そしてついつい吸い続ける…心理学では「認知的不協和理論」という。だからそれを逆手にとって「タバコの害」をひたすら強いものだと考えれば「タバコの快感なんて大したことない」って思えるはず。。。…しかし、それに失敗すると「タバコの害はすごいのに自分はタバコを吸ってる」となってストレスが溜まりまたタバコを吸うというスパイラルにはまってしまう。なんだか僕はこのパターンになりそうだ。。。「タバコを吸いたい」って思って3分間だけ我慢するとその欲求は大幅に減少するって報告もあるらしい。実際試してみたがその3分後のタバコがまた何とも言えない。。。ダメだこりゃ!…って自分でも思う。これはメンタルの友人のように「自然に吸わなくなる」のを待つしかないのだろうか?妻には「40歳になったら禁煙する」と宣言しているためどちらにしてもタバコ生活もあと1年ちょい。(…かも?)タバコに関してはとても、とても意思薄弱な自分に笑うしかない。。。
2005.03.03
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先日、電報が届いた。クマのプーさんのぬいぐるみ電報。「さて?誰からの電報だろう?俺は心当たりがないけど妻宛かな?」そう思って見てみると確かに僕宛の電報だ。送り主は中学の時の友人。「遅くなりました。結婚おめでとう。お互いプーさん体型にならないようにしよう」嬉しかった。結婚2度目ということもあり式や披露宴は大々的にやらず友人には昨年末に入籍したことだけをハガキで知らせていただけだったから。結婚祝いの電報だとは思っても見なかったからだ。中学を卒業して高校から東京の学校に進学した僕は育った信州の松本にはずっと帰っていなかった。父親の転勤と言う事で住んでいた家は人に貸している為、松本に帰っても泊まるところがなかったから・・・。ひょんなことから中学時代の友人と連絡が取れ「じゃ~松本でみんなと会おう」と言う事になり一昨年久々に同級生と再会した。約20年ぶりの再会はとても嬉しかったことを覚えている。その間、同級会は何度か開催されていたみたいだが一度も参加していなかった。「自分は嫌われているんじゃないか」「もう忘れられているかも」と思っていた。以前と変わらず接してくれた友人に感激した。電報をくれた友人は僕が育った松本でコンビニエンス&パン屋を経営してる。会社を立ち上げて色々な問題に直面し落ち込んでいる時だったのだが僕と同じく一人でお店を経営している彼の姿を見て頼もしく思い「僕も彼に負けないように頑張らねば」と勇気付けられた。同級会後、松本から帰る日、彼に一言あいさつでもと思い店に立ち寄った。朝から忙しく店を仕切る彼をみて更に「俺は甘えていた」と思った。「帰りに食っていけよ」と渡されたパンの味は今でも覚えている。高速道路を運転しながらそのパンを食べ、何故か涙が出てきた。彼の優しさに対する嬉し涙?自分の甘えに対する悔し涙?ずっと帰っていなかった僕を温かく迎えてくれた友人たちは僕の宝物だ。一昨年の20年ぶりの再会以来、メールなどで旧交を温めているが久々に松本に帰って彼らの顔を見たくなった。
2005.03.02
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う~~っ!二日酔い(@_@)昨日は久々に調子に乗って飲みすぎてしまった。メンタルの講座後の飲み会…普段は1件で帰るのだが昨日は2件目も!尽きる事ない話題が翌日の事も考えずに。。。ちょっとシンドイけど有意義な会話を楽しめた。さて!その昨日のメンタルの講座のテーマは「子育ての心理学」僕は子供がまだいないからこれからのためにとても参考になった。講師の林先生によると今、子育てに関するカウンセリングが大半を占めているらしい。それだけ今、「子育て」に悩んでいる人が多いということだろう。そしてその子育てのカウンセリングでは「子供」よりも「親」や「夫婦のコミュニケーション」が問題であり大切との事だ。親が子供の「秩序感覚」「自己規律」をいかにしつけるか。数多くある「育児情報誌」にとらわれすぎてヘトヘトになってはいけない。その「しつけ」は家族のコミュニケーションを大切にすること…から始まる。基本は「Iメッセージ」褒める時や叱る時も批評したり評価することなく子供がやったことで、どう効果があったかを褒め、どう困ったかを叱る。親の気持ちを感情的にならず素直に伝えると効果的ということだ。感情的に恐怖を与えることは決して「しつけ」ではないのだ。また「親の思いを子供に伝えていく」「継承していく」ことも子育ての目的の一つだと思う。それは僕が自分の親から教えられたことを「伝えていきたい」って思った時に出来ることだと思った。幼い頃、親から教えられた事をいまだに覚えていて心に深く刻み込まれているのはきっと僕がこれから出会いであろう子供たちに「伝えたい」って思っていることなのだろう。僕の父はあまり口うるさい方ではなかったが一つ覚えていることがある。幼稚園か小学校の低学年の頃、友達をいじめた事を親に話した。幼い頃だからあまりよくは覚えていないがきっと軽い気持ちで自慢げにはなしたのだろう。父が…「お前が生まれてきた時にお父さんもお母さんはすごく嬉しかった。 きっとその友達のお父さんやお母さんも同じ思いだっただろう。 そんな大切な子供がいじめられているって知ったらすごく悲しいはず。 お父さんはお前がいじめられたらとても悲しい。 その友達の親を悲しませていることをお前はしてしまったのか?」…子供ながらにすごく罪悪感を感じたのを覚えている。そして以来、そんなことはしなくなり、いじめをしている友達を注意する側になれた。…きっと子育てに「これが正解」なんてないのだろうけど今後、僕が子育てに悩んだ時にひとつのヒントとして心理学を学ぶことは大きな道標になる。また「子育て」だけではなく同時に「夫婦」「親子」「友人」「社会」といった人間関係においてもとても参考になる気づきが出来た。子供を育てる…ということは同時に僕自身も「親として」「人間として」成長していくことなのだろう。
2005.03.01
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