2005.09.17
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 助手席に《ミミ》を乗せたキューブは、中央道の渋滞にハマりなかなか東京を抜け出せずにいた。3連休の初日。渋滞を避ける目的で出発時刻を昼にしたがあまり効果はなかったようだ。彼女は渋滞に苛立った風でもなく、自動的にしゃべり続けていて、私はリズムよく相槌をうっていたが、途中から完全に沈黙しても、ミミの話はやむことがなかった。
「そういえばもう2年になるね」
 ミミと初めて会ったのは2年前の夏だった。あるブログサイトで知り合ったミミを旅行に誘った。会ったこともない男の旅行に乗るとは思えなかったが、京都の友人に会いに行く旅行だといったら、すぐに彼女は行くことを決めて私を驚かせた。
 あれから2年経った。学生だったミミは就職して社会人になったが、なにも変わっていないようだった。
「カラコと会うのこれで2回目なんだよね。2回じゃなくてもっと会ってるような気がする。」
 ミミは他の誰もなく、カラコに会うのが楽しみだということを強調して語った。数えてみれば最初の京都以来、確かに2回目なのは間違いなかった。最初に会ったときに、初めて会ったような気がしないということを言っていたことを思い出した。私もたまに、もっと近いところにいるような錯覚をしてしまうことがある。

 この日9月17日に、2年ぶりに彼らに会えることが決まった日ミミは、まっさきにカラコに連絡して会える喜びを伝えた。どこで行われるかとか、他に誰が来るのかとかそういうことは、あまり気にしていないようだった。とにかくカラコや、仲間たちに会えることだけを楽しみにしていた。
 前日は興奮して眠れなかったらしく、4時に寝て5時に起きてしまったという。1時間しか寝ていないにもかかわらず、レンタカーで借りたキューブの中で、眠たそうなそぶりを見せるどころか、クルマの中で彼女の一人しゃべりがやむ事がないほどだった。

「うっちゃん熱出しちゃってさぁ。」

 うっちゃんは熱を出してこられなくなった。2年前と同じ、また2人旅になってしまった。ミミも私も、あの時となにも変わっていないように思えた。新幹線が、レンタカーになっただけだと思っていた。

 《ジャージ》は2年前、大阪から長野へ移り住んだ。
 山に囲まれた土地で暮らしたいというただそれだけで、大阪の仕事を辞め、長野で仕事に就いた。週末には、自転車で山に登ったり、スキーを担いで雪山に登り、新雪を滑り降りたり、日本アルプスを制覇したりしている。
 北アルプスの山稜を一望する水郷、安曇野に暮らすジャージが、温泉地帯に別荘を借りた。信州は安曇野穂高町に、大阪と東京から、それぞれ集まることになった。
 別荘の広大な敷地でバーベキューをするかもしれないこと以外、ほとんど何も決まっていなかったが、それでもよかった。もっと奇跡的な何かが起こるかもしれない期待が、どこかにあったからかもしれなかった。

 東京を背にして神奈川をショートカットし、山梨に入る頃になると徐々に渋滞は解消されていった。青く高く透明な空を見上げ、スピードを上げはじめたキューブの全開の窓からは、からっと乾いた風が入ってきてミミの髪の毛を巻き上げた。オレンジのような香水の香りが舞って鼻腔を刺激した。横目で助手席を盗み見た。シートに深く身を埋めたミミは視線に気付かないようなふりで、乱れた髪を直そうともしなかった。
「カラコたちは何時ごろに着くの」
 我々の乗るキューブが何時に着くのか気にするより前に、カラコたち大阪から来る連中の到着時間をミミは気にした。
「さあたしか、夜中の3時か4時かそれぐらいっていってたかな」
「えーそんなに遅いの?あたしそれまで起きてられるかな、飲んだらすぐにねちゃいそう、もっと早くこないかな、ねえ、もっと速くきてってゆって」
「祈ってろよ、速くこいって。真剣に願ったことはさ、なんでも叶うんだよ、知ってた?」

 祈り方が足りないんだよ、とはいわなかった。

 大阪からは《カラコ》と、カラコの夫の《こすりつけ最高》と、こすりつけの自転車仲間の《PCB》、そしてカラコが「にいちゃん」と呼んでいる《おおフランス》の4人が来ることになっていた。
 彼らとは最初、自転車の話をするネット掲示板で知り合った。
 本来自転車の話をすることが目的の掲示板で、我々はほとんど自転車の話をしなかった。中でも《おおフランス》は、掲示板の空気を壊し、機能不全に陥らせる「荒らし」として登場した。閉鎖的で巨大なネットコミュニティーでは、過剰な自己防衛機能が働くことがある。フランスはすぐに「敵」とみなされ、一斉に攻撃が始まった。しかしフランスがそういった攻撃に屈することはなく、アレルギー性の過剰反応は増大するばかりだった。煽られたフランスもますますチカラを蓄えてゆき、もはや戦場と化した掲示板サイトは、無差別的な爆撃や集中砲火が飛び交う焦土寸前となっていった。
 フランスへの徹底抗戦機運が高まるその一方で、カウンターとしてのシンパのような一群も台頭してきた。フランス反対派とそのカウンターが対立・衝突することで、フランスをめぐる戦争は、政治へと視点をシフトさせてゆくことになった。

 以来フランスの魅力に取り付かれたようになった我々は、たびたび彼をとりまいて集まるようになっていった。その中においても彼は持ち前のリーダーシップと求心力を発揮して、皇帝か暴君のように振舞っている。
 祭りには、神輿が必要だ。

 岡谷JCから長野道へ分かれた。遠くの空がオレンジがかっていた。ミミの話すことの中には仕事の話題が加わっていた。ミミの普段のしゃべり方やメールの文面から、彼女がオフィスで働く様子はまるで感じられない。そういえば、これから集まる友人の中で誰一人として仕事をしているときのイメージが浮かんでくる奴はいないことに気付いた。バカ騒ぎしてるところしか見たことがないからかもしれない。きっと明日もそうなるに違いない。仕事のことなんか、すっかり忘れてしまうだろう。

 松本ICを降りて市街地へ出た。直線的な幹線道路の周囲には大型のチェーン店がデタラメな色使いの看板を掲げて景観を台無しにしていた。松本城へ向かった。細い道には屋根の低い古ぼけた店が立ち並んでいた。観光客にとっては、古い店のたたずまいを大切にしてほしい期待はあるがそれはエゴで、住民には郊外の大型店のほうが便利に違いないのだろう。
 ライトアップされた松本城二の丸に入ると、笛や弦楽器の奏でる調べが仲秋の名月を彩っていた。天守閣の前の芝生に寝転んで、フルートの演奏をきいた。月がまぶしくて、夜は深い蒼だった。





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最終更新日  2005.10.09 00:06:29
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