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人間には人それぞれに恪がある。相撲の番付に序の口から横綱まであるように、人間ひとり一人が恪を持っている。これを品性と言う。力士は勝てば当然番付が上がり負け越せば番付は下がる。それてせは、人間はどうであろうか、その人が意で思うところ、口で言うところ、身で行うところに品性ができる。そして、その品性は次の品性を生む因となる。だから私たちはよきことを思い・よき言葉を使い・よき行いをすべきである。お嫁さんが姑さんの肩を叩いていればその行為は素晴らしいものであるが、肩を叩きながらお嫁さんの心はどうであるかが問題である。身口意が善いほうに一致しなければ人間の恪は上がらないのであり、いつまでたっても幸せになれないのである。 (=∩_∩=) 今日もお越しいただき有難うございます。素晴らしき人生でありますようにV(=∩_∩=)
March 31, 2004
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「世の中を見回してみると、遊んで何もせずにいるのに出世したり、人に喜ばれたりする人がある。多くの人々は身を粉にして、やっていても、出世に遅れ、人から悪く言われる。しかしそれは人間世界のことであって、神仏から見ればどちらが正しいか分からない」 と高田好胤師はその著書で述べられている。 「友が皆我より偉く見ゆる時花を買いきて妻と楽しむ」という短歌があるが、このようなときには「自分には、よほど徳が足りないのだ。しかし仏さんは見てくれてはる。と自分に言い聞かせよ」と師は言っておられる。日常生活において、自分の身・口・意をもって徳を積む努力をして人より遅れる事はあっても神仏は見てくれてはる。と自分に言い聞かせて日々徳を積む努力をしたい。V(=∩_∩=) 本日もお越しいただき有難うございました。素晴らしい人生でありますように
March 30, 2004
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1 人間関係の基本は感情である。2 叱られやすい人になれ……叱られたら「すみません。以後気をつ けます」と言え3 誰とでもあわせよ4 厳しさの中に優しさをもて……見舞いは欠かすな5 ガミガミ親分になるな……どうせ教えるなら優しく教えよ6 下のときは実力・上に行ったら政治力7 物事は善意に解釈せよ 善意に解釈すれば感謝・悪意に解釈すれば憎しみとなる。 と教えられている。使いやすい人間にならなくては、二度と使ってもらえないのが世の中である。自分が自分ガと言う我を張っているから実力があっても伸びない人も多くいるのである。無我の心良果を生ずるのである。 今日もお越しくださいまして有難うございます。よき人生でありますように
March 29, 2004
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法演禅師と言う方が3人の弟子を連れて夜道を歩いていたときに手に持った灯火が消えた。このとき禅師が3人に向かって一転語を述べよと言われた。仏果というお弟子さんが「看脚下」足元を見よといわれた。至極当然のことである。足元をともす灯火が消えたのだから転んだり怪我をしないように足元を見よといわれたのである。しかし私たちは、ややもするとこの足元をおろそかにしがちである。毎日の生活の中で、欲惚け・色惚けで身を照らす灯明で身を焼いている場合がある。私たちは、それぞれの心の中に自らの灯明を持っているのである。徳というか本来の心というかこれを消してはならないのである。V(=∩_∩=) おいでくださいまして有難うございました。素敵な人生でありますように
March 28, 2004
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少欲……多くの利を求めない寂静……静かなところに住する精進……進んで努力する不忘念……法を守り忘れない禅定……心を乱さない修智慧……智慧を修める認識……正しく考える知足……足ることを知る これを八大人覚と教えられている。日々の生活の中で一体どれだけできるだろうか?ξ\(^。^ ))))) 本日もお越しくだされ有難うございました。よき人生でありますように ξ\(^。^ )))))
March 27, 2004
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「お富士さん会いたさ見たさに千里も一里野を越え山越えやって来た」「お富士さん霞みの衣脱がしゃんせ雪のお肌が見とうござんす」富士山を見たさに千里の山や野を越えてやってきたが、富士山は霞みが罹っていてその有志を見せてくれなかったという、ジャレ歌である。幸いにして私は十数回富士山を見る機会があったが一度として雨が降ったり霞みが罹っていたことはなかった。しかし登ってみたいとは一度も思わない。富士山は登るものではなく仰ぎ見るものだと漠然とした思いがある。人間はこの霞みを自分の心につけていないか?食欲・色欲・睡眠欲・名誉欲・金銭欲という霞みを付けすぎて失敗する人が多いのである。金銭欲にしても、名誉欲にしてもそれが過ぎると失敗する。食欲・色欲・睡眠欲が過ぎると病気になる。幸福になる手段を不幸の原因にしているのである。心したいものである。本来の富士山は素晴らしい勇姿である。V(=∩_∩=) 今日もお越しくだされ有難うございました。素敵な人生でありますようにV(=∩_∩=)
March 26, 2004
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「朝々日は東より出で、夜々月は西に沈ム雲収まって山骨露われ、雨過ぎて四山低し畢竟如何」 と道元禅師は言われた。私たちが一生懸命働き、働き働きぬいても、病気で寝ていても、朝になれば日は東から昇り月は沈むのである。雲が無くなれば間は現れ雨の後は四方の山は近くに見えるのである。大自然の理というものはすべてにおいて定まっているのである。どなたが定めたものかは分からないが一定不変の法則は大自然に現前するのである。 その中で生かされている人間としてはこの法則に則って生きなければ退化するのである。この法則に則り慈悲の心で生きていけば進化するということも自然の法則のひとつである。 V(=∩_∩=) 今日もお越しくだされ有難うございました。素敵な人生でありますようにV(=∩_∩=)
March 25, 2004
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般若心経という、大般若経を短くしたお経がある。全文265文字からなる。観自在菩薩で般若心経で終るこのお経で言われていることは「偏らない心・拘らない心・とらわれないこころ」である。高田好胤師は、これを 「偏らない心・拘らない心・とらわれないこころ・ひろくひろくもっとひろく、これが般若心経空の心なり」と教えられた。生前の師の講演を聞いたことがあるが、当日会場に詰め掛けた500人ほどの観衆が一斉にこれを唱えるのである。あれから数十年この中の何人の人が、この空の心を持って偏らず・拘らず・とらわれない心で生活できたであろうか?孔子の人格は意毋必毋固毋我毋であると言われているがこうなりたいものである。V(=∩_∩=) 今日もお越しくだされ有難うございました。素敵な人生でありますようにV(=∩_∩=)
March 24, 2004
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自分が自分を自分することだという言葉は、鈴木大拙先生の言葉である。釈迦も「自らを法とせよ」と言われた。この教えは2000年の時空を越え今日まで綿々と伝わってきている。人間は価値判断の連続である。朝から晩まで、何千回何万回と自ら答えを出し右に行き、左に行っている。いまここにこれを読まれているあなたも、価値判断の結果ここに来られたのである。しかし、ややもすると私たちは、自分が自分を自分する自分が間違っている場合が多い。人間は安につきやすいといわれている。苦か楽かであれば楽をとり、高いか安いかであれば安を採るのは人間の性である。これが間違いを起すときが多い。色に惑わされ、物に惑わされ金に惑わされ人の言に騙される人が古今東西後を絶たないのである。私たちは静かな心で自分が自分を自分しなければならないのである。惑わされるなよ。はい。騙されるなよ。はい。V (=∩_∩=) 今日もお越しくだされ有難うございました。素敵な人生でありますようにV(=∩_∩=)
March 23, 2004
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また死すると見るに、かりにより、あいたる水はなれば、身にうるおいはなく火はなるれば 身すくみてはたらかず 埋めもせよ ついに土に返す 是れを迷いて死すると見る これこの時 かりにその身につれし 心もつれてなしされどまことに死するにあらず ただ父母の縁によりて 見まえ かりにし 縁つくれば もとの如くなるまで也…… 実には生まれも死にもせず 生まれるとても来るものなし 死するとても去るものなし」 「とは夢窓国師の言葉である。縁と言うものは不思議なものである。「縁は奇なもの味なもの山坂越えて野を越えてわさびゃ刺身のつまとなる」という。縁と言うものは不思議なものである。時空を越え、何十億分の一でそれぞれが縁を得ているのである。この縁を大切にする努力が必要なのである。V(=∩_∩=) 本日もお越しくださいまして有難うございました。素敵な人生でありますようにV(=∩_∩=)
March 21, 2004
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日本にレントゲンが入った頃、この機械を購入した開業医の奥さんがこの機械を壊したという。何故でしょう?この奥さんは、レントゲンは人間の心の中を映すものだと思ったとのことです。私たちが心の中を写されたときどのようなものが映し出されるでしょうか?妬み・謗り・好き・嫌い・恨み・怒り・欲望・利己主義その他諸々 「心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。だれがこれをよく知ることができようか」エレミヤ書17章9節 心のレントゲンを写して見ませんか?V(=∩_∩=) 今日もお越しいただき有難うございました。素晴らしい人生でありますようにV(=∩_∩=)
March 20, 2004
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少欲……多くの利を求めない寂静……静かなところに住する精進……進んで努力する不忘念……法を守り忘れない禅定……心を乱さない修智慧……智慧を修める認識……正しく考える知足……足ることを知る これを八大人覚と教えられている。日々の生活の中で一体どれだけできるだろうか? ξ\(^。^ ))))) 本日もお越しくだされ有難うございました。よき人生でありますように ξ\(^。^ )))))
March 19, 2004
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農夫が牛を曳いて行くと新品の靴が片方落ちていた。いくら新品でも片方では使い物にならないと思いそのままにして、暫く行くともう片方が落ちていた。納富は牛を木にくくり付けて先ほどの靴を拾い戻ってきたら、牛が盗まれていた。という。これを読んだとき、小学校で習ったイソップ物語の橋の上の犬を思い出した。犬が骨を咥えて橋の上から川を見ると骨を咥えた犬がいたため吠えたところ骨を川に落としたというものだ、目先の欲にかられると、こういう目に遭う。ご用心ご用心 「落ちていく奈落の底を覗き見んいかほど深き欲の穴ぞと」 ξ\(^。^ ))))) 本日もお越しくだされ有難うございました。よき人生でありますように ξ\(^。^ )))))。
March 18, 2004
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「風が吹けば桶屋が儲かる」という言葉がある。風が吹くというのが原因であり、その結果が桶屋が儲かるのである。私の友人にある地方都市の市会議員をしている男がいるが、本会議で風が吹くと何故桶屋が儲かるのかという論法を延々と述べていたが、風が吹くと埃が多くなる。埃が多くなると目に埃が入り目が悪い人が多くなる。目が悪い人が多くなると三味線引きが多くなる。三味線引きが多くなると三味線が多く必要となり猫が居なくなる。猫が居なくなると鼠が増える。鼠が増えると桶が齧られる。そこで桶屋が儲かるという。これが風が吹けば桶屋が儲かる因果であるが、人間の因果は、このような単純なものではない。日々一瞬一瞬の心遣いと行いが因を作り果が因となり果となって運命を作っているのである。善因善果・悪因悪果・自因自果なのである。 前世の因を知らんと欲すれば、現世の果を見よ。後世の因を知らんと欲すれば現世の因を見よ。 ξ\(^。^ ))))) 本日もお越しくだされ有難うございました。よき人生でありますように ξ\(^。^ )))))
March 17, 2004
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強盗に入られているときに巡査が来たら、脅されている方は巡査が仏に見えるし、強盗は巡査が鬼に見えるだろう。一休禅師は 「今日誉めて明日悪く言う人の口泣くも笑うも嘘の世の中」 と言わたれ。自分が自分で自分していれば、或は、しっかりしたバックボーンを持っていれば、他人の自分に対する評価に一喜一憂しなくてもいいのである。 泰然自若自分は自分以上でも自分以下でもないのである。ξ\(^。^ ))))) 本日もお越しくだされ有難うございました。よき人生でありますように ξ\(^。^ )))))
March 16, 2004
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ある親子が驢馬ともに行商をしていた。あるところにいくと「一人が驢馬に乗れば楽になるのに」と言われたため、子が乗っていくと「なぜ、年老いた親を乗せてやらないのだ」と言われたため、親が乗っていくと「二人とも乗れば楽になるのに」と言われたため、ふたりで乗っていくと「驢馬がかわいそうに」と言われたため二人は驢馬を担いで行ったという。 人の話に右往左往した結果の本末転倒である。私たちの日常にも起りうる事である。人の言葉が正しいか、間違っているかの判断がつくバックボーンを身に付けるべきだ。 ξ\(^。^ ))))) 本日もお越しくだされ有難うございました。よき人生でありますように ξ\(^。^ )))))
March 15, 2004
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十少十多の健康釧1少食多噛 腹八分目に医者いらずという2少乗多歩 20分歩けば一日の余分な脂肪が燃焼されるという3少着多浴 頭寒足熱とも半身浴がよいともいう4少悶多動 悶々としているぐらいなら動いてみよとも言う5少怠多学 怠らずいかば千里の道も踏破できるともいう6少語多聞 口はひとつで耳はふたつある語る2倍は聞くためだ という7少怒多笑 笑う門には福が来るとも言う8少言多行 言葉は少なく行いは多く。しかし今は有言実行とも 言う9少取多与 出さなければ入ってこないとも言う10少責多誉 植物も動物も誉めればよく育つという このうちで、どれだけ一日に実行できるか。今日から自分自身統計をしてみよう。うん。V(=∩_∩=) 今日も読んで頂きまして有難うございました。素敵な出会いでありますように V(=∩_∩=)
March 14, 2004
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合掌の意義1尊いものに頭を下げる。畏敬の念と少しでもそれに近づこうという、向上心(菩提心)が、合掌を通じて養われる。2尊いものに接することによって、己の恥ずかしい心が養われる。3合掌の姿は、今日あることの幸せを感謝し、おかげさまと喜ぶ姿でもある。 と教えられています。反省と感謝の姿である訳です。皺と皺以前の日記に/皺と皺を合わせるから幸せだと書きましたが、両手を合わせていれば喧嘩も出来ないのです。V(=∩_∩=) 今日も読んで頂きまして有難うございました。素敵な出会いでありますように V(=∩_∩=)
March 13, 2004
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我汝らに告ぐ。何を食わんと生命のことを思い煩い。何を着んと体のことを思い煩うなかれ。生命は糧にまさり、体は衣に勝るなり。鴉を思い見よ。播かず、刈らず、納屋も倉もない。しかるに神はこれを養い給う。汝ら鳥にすぐるること幾許ぞや。汝らのうち誰か思い煩いて身の尺一尺を加え得んや。さすれば最小さきことすら能わぬに、何ぞ他のことを思い煩うか。百合を見よ。紡かず織らざるなり。されど我汝らに告ぐ、栄華を極めたるソロモンだに、その服装この花のひとつにも及かざりき……ルカ伝12章22-27 人間は、大いなる力に生かされているのである。その力を神と言うか、仏と言うか、自然の法則と言うか、どういおうとそれはひとつのものである。(宗教的には違うと思われる方もあろうかと思いますが)如何せん人間の力では、どうしょうもない大いなる力がこの自然界には働いているのです。空気の窒素と酸素の比率が少し違っても人間は生きていけないのです。この力に逆行した我見を持った人は淘汰されていくのが自然の摂理です。V(=∩_∩=) 今日も読んで頂きまして有難うございました。素敵な出会いでありますように V(=∩_∩=)
March 12, 2004
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心が変われば態度が変わる 態度が変われば習慣が変わる 習慣が変われば人格が変わる 人格が変われば人生が変わる アミエルの日記 どのように心を変えていけばいいのか?自分中心の心で生活していないか。 親を大切にしているか?他人の立場を考えているか?怒り・愚痴・妬み・謗りは無いか 心を惑わす煩悩は、無限大に有るが、むさぼり・怒り・愚痴・疑い・我慢増・我見(私が私がと自分のことばかり)等があると教えられている。 少しでも、これらを浄化する心遣いをしたいと考えている。 とらわれないこころ こだわらないこころかたよらないこころ ひろくひろくもっとひろくそれが般若心経「空」のこころなり
March 11, 2004
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死中有活 時には死んだつもりで頑張り苦中有楽 苦労の無いところには楽しみは無い 忙中有閑 忙しい中にも余裕を持ち壷中有天 現実の中に夢を持ち 意中有人 私淑する人あるいは、理想的人間像をもち腹中書有り しっかりした哲学を持て 六中観 安岡正篤青く 今まで、死んだつもりで仕事をしたことがあっただろうか? 苦労をしたことがあっただろうか? 忙しさに忙殺されていなかっただろうか?忙しいとは、心が亡ぶと書く 現実の中に夢を持っているだろうか? 私の理想的な人間像とは、具体的にどのようなものであろうか? しっかりした人生哲学を持っているだろうか?
March 10, 2004
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天真爛漫な心……朗らかな心……無我Greater lave hath me man.怒りの心・憂いの心・悲しい心・急ぐ心を持たないのが無我である。どうしたらなれるか?いつも、その時その事に全身を打ち込んで生活する。無我とは、木鶏の如くだと思う。 木鶏とは、闘鶏に出すときのひとつの基準になるものだと聞いたことがある。1空威張りして、気が荒い悪い癖2他の鶏の姿を見たり泣き声を聞くと興奮する3倣然と構えて客気が盛んすぎる4丁度いいのが、ちょっと見ると木で作った鶏に見える。 昭和の横綱の双葉山が70連勝を逃したときに「我木鶏になり得ず」「と言ったという。
March 9, 2004
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生かし切った一日は楽しい一日である順境も逆境も生かせば一日が感謝できる生かした一日から芽も出る葉も出る枝も出る と教えられている。道元禅師は「いたづらに過ごす月日は多けれど道を求める時ぞ少なき」と言われた。私は無為に過ごす日々が多い。一瞬一瞬の積み重ねが1時間になり1時間の積み重ねが1日になり1日の積み重ねが1ヶ月となり1ヶ月の積み重ねが1年となり1年の積み重ねが私の一生である。今を空しく生きてはならないのである。 一日一日を充実させるには1今日のうちに、明日の計画と準備をする。2人より30分早くスタートする。3今日の仕事の優先順位をつける。4今日の仕事の重要順位をつける。5一番嫌な仕事から始める。6一日人より30分余分に仕事をする。7一日に少なくとも30分は自己啓発の時間を持つ8一日にひとつ改善策やアイデアを生み出す9一日の終わりに、今日一日の反省をする。
March 8, 2004
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決心 とは1 タイミングを外さないこと2 ためらわないこと3 周到な思慮を持つこと4 決心は明確であること5 臨機応変であること と教えられている。優柔不断な性格の私には頭の痛いことばかりであるが、周到な思慮を持ち、明確な決心であればためらわず前向きに何事にも取り組みたいものである。
March 7, 2004
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幹部の心構え1気持を大きく持ち、ふくよかで颯爽たる精神を忘れるな2旺盛なる責任感の中に生きよ3犠牲的精神を発揮せよ4常に研究心を持て5慢心を起すな6不平を言う前に己を省みよ7意見があったら、陰でブツブツ言わず、順序だてて意見具申せよ8仕事に振り回されるな!仕事をリードせよ!9裏表があってはならぬ。常に正々堂々とせよ10我を張るな11功は部下に譲り、部下の誤りは自ら負え12ショートサーキットを慎め13率先躬行14悪しきところがあれば叱責せよ15人の長所のみを見よ16他人の忠言に耳を傾けよ17部下よりも能力知力が必要である。これが部下の信頼を得る。18理屈に拘泥するな19その労を労え20危険なとき以外は、部下に任せた仕事に口出しするな21事になすに当たって早合点するな22服装・容儀はその人の品性を表わす23談話は語気温恭にして、言語明晰に態度を優雅にせよ24挨拶を欠かすな25上下の区別をはっきりせよ
March 6, 2004
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真民さんの詩に「六魚庵 独語」と題して よい本を読め よい本によって己を作れ< 心に美しい火を燃やし 人生は尊かったと 叫ばしめよ 世の終り 息の極みに私は若いときに恩師から「本の無い家は灯りが無い家より暗い」と教えられた。当時自慢ではないが、私の家には教科書以外の本は一切無かった。この言葉を聞いて、徐々に本を買い求め読んだ。これからは、今までに蓄積したものを実行に移さなくてはならないと考える。私たちは、識字があるだけでもありがたいのである。世界には識字率が低い国が多いと聞く。カンボジアのある村で識字教室を4年間行った結果、性病の罹患率や出産時の幼児の死亡率が8割も減ったという。読書もただ読むだけではなく、それをいかに生きるべきかに活かして、初めて読書をしたといえるのである。
March 5, 2004
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真民さんの詩に「六魚庵 鎮魂歌」と題してころころするのでこころとは何とかなしいことである 朝に美を抱き 夕に悪に堕つ中略仏陀の飯 基督のパン 美しい心ほど 食卓を飾るものはない<中略昨日悪に堕ち 今日善に生くころころするので こころとは 何とまた美しいことだろう私の心は朝に善に起き30秒いやもっと早く悪に堕ちている。そして長い時間をかけなければ、悪から善へと、醜さから美へと私の心は変わらないのである。仏教の教えでは、六道を輪廻していると教えられ、「心猿飛び交う五欲の枝 意馬馳走する六塵の境」という。だからこそ人間であるのでもあろうが、ひとつでも美ことを思い。ひとつでも善いことを思って、一瞬一瞬の心遣いをしたいと考える。
March 4, 2004
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人間の心は1 自由に使える2 無限大に使える3 使う心が増大する と教えられています。どのように使おうとも、大いに使えます。自分の好き嫌いを中心に使うか?自分に都合がいいか悪いかに使うか?。自分にとって得か損かに使うか?。使い方は自由であり、どれだけでも使えます。しかし、注意しなければならないことは、使う心が増大するということです。好きか嫌いか損か得か都合がいいか悪いか。自分中心に物事を考えていれば、心は増大し自己中心の自己が出来上がってしまうということです。ここに注意して生きていきたいと思います。
March 3, 2004
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昨日まで3日間沖縄に行ってきました朱礼の門・ビオスの丘・万座毛・今帰仁城跡・美ら海水族館・おきなわワールドと廻って来ました。ぞぞれの所でそれぞれの感激がありましたが、印象に残ったのは、おきなわワールドで20歳前後の若者の一糸乱れぬ太鼓の演技でした。10人ぐらいの若者が全く動きも音も統一されたものでした。彼らはどれだけ涙を流し・血を流し怪我をしたりしてここまで出来上がったのだと思います。ひとりでも乱れれば、すべてが水の泡です。あの激しい動きを一日に4回も行うのは若さと練習の賜物だ、自己変革も何回もの練習だ。いつまでも若々しい心だと感激して帰って来ました 弦が強けりゃ 強くて切れる弦が弱けりゃ 弱くて鳴らぬ緩急正しく 調子を合わせ手振り足振り リズムに踊れ
March 2, 2004
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諸々の悪を作すことなく 衆の善を奉行し自ら其の意を浄うする是れ諸仏の教えである 諸々の悪はなさず 多くの善を施し 自らの心を浄する これすべての仏の教えなりなかなかむつかしい。是が基であるが うーーーむ むつかしい
March 1, 2004
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