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由来などあらうはずなき雛飾る 好幹 ゆらいなどあろうはずなきひなかざる 四十年ほど前に長女の初節句に五段の雛人形を買った。子供が小さいころはそれを飾っていたが今はもう箱に入れられたままだ。 よくテレビのお宝鑑定を見るがこのような雛であるので由来などはるはずはない。 しかし大事な雛であるので大切にしていきたい。 この宿の廊下も畳雛祭 鷹羽狩行
February 28, 2018
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あまたたび箱を覗きて雛飾る 好幹 あまたたびはこをのぞきてひなかざる 雛飾りも子供が大きくなってからやらなくなったもう何十年もお雛様は日の目を見ない孫もふたりとも男の子であるためまた飾らないだろう雛飾りをしているときにはこれで道具は全部揃っているのかと心配になり何回もはこの中を覗き込んだものであるひな祭我がたのしみを飾りけり 林田加杜子
February 27, 2018
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春愁や電話の声の途切れがち 好幹しゅんしゅうやでんわのこえのとぎれがち 電話で悩みを告げてきた人がいる。その電話の声は途切れがちで慰めだけで精一杯だった。憂いを出来るだけなくして毎日明るく楽しく朗らかに生きたいものだ。春愁や御髪の長き観世音 梶田敬子
February 26, 2018
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春の夜のそだねそだねと銅メダル 好幹女子カーリング大活躍である。メダルの獲得数も長野開催のときを抜いて過去最高になった。カーリングは知らなかったが彼女たちのお陰で少しはわかるようになった。スポーツの活躍は多くの人に感動を与えてくれる。勇気がもらえる。わたしはスポーツは苦手であるがこれだけの感動を与えることができるのはやってもいいと思う。が年齢が年齢だから種目が決まってくる。毎月やっているボーリングかほぼ毎日通っているスポーツセンターでの運動か いづれにせよ彼女たちの活躍と感動をもらったことと笑顔と「そだねーそだねー」の言葉がすばらしかった。オリンピックはやはり平和の祭典である。夜半の春思ひ浮びし塵事かな 松藤夏山
February 25, 2018
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かのをみな京の都で頬被 好幹 かのをみなきょうのみやこでほほかむりいつも一緒にあちこちに出かける女性が余りの寒さに頭からすっぽりと覆いがある帽子で顔のほとんどを隠している。何しろ寒い。二条城の門をくぐったときの光景である。見かけよりぬくきものなり頬被 右城暮石
February 24, 2018
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お前立ち拝みし大地凍てしかな 好幹 おまえだちおがみしだいちいてしかな国宝や重要文化財旧の本尊は秘仏でありそれとそっくりな仏像が秘仏の厨子の前に置かれる。それをお前立ちと言う。私たちはそれを通して本尊を拝むのである。京都の冬は厳しい。盆地ゆえである。その上お寺は一層冷え冷えとする。そこで一心に拝むのである。青蓮寺お前立ち
February 23, 2018
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皸の手より受け取る小銭かな 好幹 あかぎれのてよりうけとるこぜにかな 家事がきついのかパートのおばさんがレジでつり銭を渡すときに皸ていた手であったこのやうな大衆のところでも生活観がにじみ出ているのも田舎ならではの光景であるあかぎれの子のみ仏に合掌す 佐藤和子
February 22, 2018
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有耶無耶の話で終わる懐手 好幹 うやむやのはなしでおわるふところて 話の内容によってはしっかりと決着をつけておくべきものとあやふやにしておくべきものがある.キッチリと話しをつけたがために色々なところに迷惑をかける場合もある ここはしっかりと懐手で有耶無耶にしておこう。ふところ手こころ見られしごとほどく 中村汀女
February 21, 2018
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一邑の後光のごとく冬の虹 好幹 いっそんのごこうのごとくふゆのにじ虹は夏の季語である。ですから春の虹とか秋の虹冬の虹と言うような言い方をする。あるとき雨上がりに大きな虹が出てひとつの集落の端から橋へと懸かっていた。まるで仏さんの後光のようであった。私たちはその中で生かされて生きているのだということを再確認した。ゆく舟や堅田へ架かる冬の虹 廣畑忠明
February 20, 2018
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美しきもののひとつに冬銀河 好幹 うつくしきもののひとつにふゆぎんが天体のことばかりを俳句にしておられたおばあさんがおられた。80前後の一人暮らしでいつもキャリーバックをひいておられた。大切なものを家に置かずに持ち歩いておられたのだろう。この人の句に「星をつけ雪嶺いよいよ孤独なり」というのがある。孤独との戦いであったのだろうか憎からず想ふ人あり冬銀河 高畑信子
February 19, 2018
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初時雨世の中所詮こんなもの 好幹 はつしぐれよのなかしょせんこんなもの所詮世の中こんなものと達観して世渡りが出来れば良いが浮世の世の中そう甘くは無い。次から次と問題が出てくる。人生は問題を解決することだと達観したところで初時雨は否応なしに降り続くのである。旅人とわが名呼ばれんはつしぐれ 芭蕉
February 18, 2018
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毛糸編む手足に夕日受けながら 好幹けいとあむてあしにゆうひうけながら高校時代の思い出である。図書室で女生徒が夕日を浴びながら暖かい日が当たる場所で毛糸を編んでいた。毛糸編むが季語だがそんなことよりあの編んだ毛糸の製品はどこのどなたに行ったのだろう。未だに気になる。細かいことが気になるのですよって杉下右京か隣席を一切無視し毛糸編む 右城暮石
February 17, 2018
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冬の夜の遅くに響く電話かな 好幹ふゆのよのおそくにひびくでんわかな夜遅くや朝早くなる電話の内容は得てして悪い。死亡の連絡や緊急入院などである。そのために着信音を穏やかな音色にしてあるがそれでもこのような時間に鳴り出すのは嫌なものである。木偶の眼のかたりとねむる寒夜かな 郡司正勝
February 16, 2018
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菜の花や山をそびらに道祖神 好幹なのはなややまをそびらにどうそしん 菜の花の中に道祖神が祀られている。その遠景には山が聳えている。のどかな田舎の風景である。菜の花や月は東に日は西に 与謝蕪村
February 15, 2018
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口癖のそれはそれはと日向ぼこ 好幹先日の句会である。5選句をし隣に座っている91歳の人の選句を見ていた。選句用紙に揚句が書かれていた。「よし一票入った」と思ったときだった。その人が辞典を取り出した。お年寄り用だから大きな字であるので隣からも見える。日向と言う字を見られていた。するとやおらに揚句を選句用紙から消された。「うん」と思って清記用紙を見てみるとなんと「口癖のそれはそれはと日和ぼこ」になっていた。清記用紙には誤字脱字はそのまま書くようになっている。「これこれの句は誤字です」と自分でも言えないので黙っていた。痛恨の誤字であるが仕方がない。順番に自分が選んだ句を発表するときになった。主宰の順番になったとき「5番 口癖のそれはそれはと日向ぼこ」といわれた。すると91歳の老人が「これは日和で日向とは読めませんよ。季語の無い俳句です」と言われた。主宰も初めて誤字に気がつき「そうですね。しかし日向ぼことして採ります」と言われた。後二人が採ってくれて3点句になった。推敲が苦手であるがしっかりとしなくてはいけないという経験をした。
February 14, 2018
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もうよしと思ふころなる余寒かな 好幹もうよしとおもうころなるよかんかなもう大丈夫春が来た 野にも山にも春が来た 自分にも春が来た とおもって上着を少し薄手に変え ぶ厚い上着をクリーニングに出すとまた寒波がぶち返してくるのである
February 13, 2018
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冴へ返る中のふたりや立噺 さえかえるなかのふたりやたちばなしこの寒い時期に道で人に会うと話し込まなければならないこともある。お互いの家もし等間隔で離れている。家にもいけず別れることも出来ず寒い中での立ち話になる。これが田舎の風景である。
February 12, 2018
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蒼天に人のまばらや梅三分 好幹 そうてんにひとのまばらやうめさんぶ 津市の結城神社は、梅で有名である。結城神社は、三重県津市にある神社である。白河結城氏の結城宗広を祀る建武中興十五社の一社にあたる。 毎年梅の写真を撮りに行くが今年は少し早かった。蒼天だったがやはり人はよく知っている。境内は疎らで、梅は三分咲きであった
February 11, 2018
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闇汁に何を入れたる黒さかな 好幹闇汁とは灯火を消した暗やみの中で,めいめいが持ちよった一品ずつの材料を大なべに煮立てた汁の中に投じ,ころあいをはかって暗中模索してすくい上げて食べるという飲食遊戯。 暗いところで行うがそれでも少しの明かりを頼りに鍋を覗き込んだら真っ黒である。不気味な上に不気味さが加わったという趣意である。
February 10, 2018
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三津といへし港の水温む 好幹 さんしんといへしみなとのみずぬるむ古く、内外航路の重要な港であった筑前の博多津、薩摩の坊の津、伊勢の安濃津の三つの港を三津というと現役の頃教わりました。このうち津の港は京都に近く大きな港として発展していたが1498年9月11日に発生した明応地震の津波によって廃れたという。それでも海岸線としては残っていてそろそろ水も温むころである。
February 9, 2018
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白き手を豆腐に集め針供養今日は針供養の日である。日ごろ針仕事をされている方がこんにゃくやとうふに針を刺してお寺などで供養してもらういい習慣であるがこのごろこのこのような風景も見られない。洋服も既製品で済ませ和服にいたっては着る人も少なくなってきた。日本人自体が減少している由々しき問題でふる。
February 8, 2018
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わあ寒いそれだけのこと今朝の声 好幹句会への出句作である。受けを狙ったもので詩的要素は全くないが俳句はこっけいさも必要といわれているがもっとこっけいでもよいと思う。
February 7, 2018
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木曽路来てすべての山の眠りけり 「木曾路すべて山の中である。あるところは岨そばづたいに行く崖がけの道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道かいどうはこの深い森林地帯を貫いていた。」島崎藤村の『夜明け前』の書き出しである。 この山がすべて眠っているという自分にしては大胆な発想の俳句で気に入っている句のひとつである。
February 6, 2018
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寒風に塔の揺らげり法隆寺 好幹 法隆寺には三回ぐらいおまいりしている。『日本書紀』によれば、聖徳太子こと厩戸皇子(用明天皇の皇子)は推古9年(601年)、飛鳥からこの地に移ることを決意し、宮室(斑鳩宮)の建造に着手、推古13年(605年)に斑鳩宮に移り住んだという。法隆寺の東院の所在地が斑鳩宮の故地である。 西院に五重塔がある。見上げればゆらゆらとしている感じがした。冬の昼であった。
February 5, 2018
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ふたつみつ追儺の豆を拾ひ食ふ 追儺の儀式は、『論語』の郷党篇にも記述があり、中国の行事がルーツである。日本においては天皇や親王が行う宮廷の年中行事となった。その後、変遷があり、現在の節分の元となった。 我家でも豆まきを行うが座敷に転がっている豆を拾い食いしたという月並み俳句である
February 4, 2018
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いくたびも冬を迎えし如来かな 好幹 よく奈良や京都には行く。 1000年や1500年の仏たちがずらっと並んでおられる。人間の60歳や80歳なんてほんの短いものだ。
February 3, 2018
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のんのんと指さす先の朧かな 好幹一昨日は皆既月食であった・グループラインによれば60うん才のおばあさんたちが天体ショーを最後まで見ていたという。感激したのであろう。 こちらも寒い中最後までラインをやり取りしながら天体ショーを見ていたおばあさんたちに感動した私が幼児のころは祖父母から月のことを「のんのんさん」と教えられた。抱かれながら指差しをして「のんのんさん」と言っていた。おばあさんたちも今は自分たちも天体ショーを楽しみ孫や曾孫に「のんのんさんが隠れた」と教えていたのであろうか
February 2, 2018
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60路まだ若造なりし初句会 好幹 二つの句会に参加している。あとひとつ私を主として立ち上げの予定である。二つの句会は20人前後の会であるが、二つとも私が一番若い。上は90を出た人も見える。 皆さん達者である。60台はまだまだ若造である。
February 1, 2018
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