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やっと終わりました。 月曜日の朝、父が突然亡くなったという電話を受けて、 すぐに外事弁に連絡を取り、飛行機のチケットを予約して、 北京―関西空港経由で、自宅に着いたのが火曜日の夜。 水曜日に通夜をして、本日、朝から葬儀と告別式、火葬まで 喪主としての務めも、無事に滞りなくすませました。 海外で働いている以上、いつかはこういうことが、と覚悟だけはしていましたが、 あまりにも突然だったため、悲しみよりも呆然とした感じが強いまま、 飛行機に飛び乗ったものです。 日本の会社を辞めて、中国に行く時も、 自分がやりたいようにやるのが一番いい、と何も言わずに賛成してくた父でした。 結婚の時も、進学の時も、いつも私の意志を尊重してくれました。 私の前では何も言いませんでしたが、近所の人には、 私が中国で教師をやっていることを、自慢そうに話していたそうです。 前日、近所のスーパーに買い物に行って、 近所の人たちに顔を合わせ、また家族とも夜9時まで話をしていたところが、 翌日の朝には既に息を引き取った後だったとのことです。 肺を病んで、間質性肺炎だったので、死因は呼吸不全だったようですが、 苦しんだ様子もなく、穏やかな顔をしていました。 2、3日ほど細かい後片付けをしてから、 日曜日にはまた関空から中国に帰ります。
2009年05月28日
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月曜日の夜に行われた、2年生たちの日本語ドラマ発表会『日本語大好き』。 どうしようもない理由で、日本に帰らなければならず、 私は、それを見ることができなかった。 だが、月曜日は学生たちからのメールや電話が相次いだ。 ドラマに出演した2年生、それを見に来ていた1年生などから、 「素晴らしかった」「先生のおかげです」「必ず帰ってきてください」「先生を待っています」 など、嬉しくて感動的なメールをたくさん受け取った。 ある学生は、発表会が終わるや、すぐに私に電話をかけてきた。 「先生~! 会いたい!」 発表会の前、私の部屋で何度も発音を直したり、 授業の空き時間に教室で練習したりして、本人もきっと心配していたのだろう。 それが、自分でも満点をつけられるほど、完璧な演技ができて、 その嬉しさを、私に伝えたかったのだと思う。 何よりも嬉しかったのは、その発表会を見に行っていた多数の1年生から、 「来年はわたしたちもやりたいです」 とたくさんメールをもらったこと。 去年もそうだった。 先輩の熱演を見て、下級生たちが「次は自分たち!」とモチベーションを高めてくれる。 先輩から後輩へと、「やる気」と「挑戦」が引き継がれていく。 この大学に来て3年。 よくやく、ここまで来た、という感じがする。 この流れが、これからずっと続いていけばいい。 これからも、ずっと。
2009年05月26日
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今夜は2年生たちの日本語発表会『日本語大好き』が開かれます。 みんな準備に頑張って、そして楽しみにしてきました。 私もそうです。 ですが、突然、本当に突然ですが……。 私、どうしても日本に帰らなければならなくなりました。 ですから今夜、2年生たちの熱演を見ることができません。 本当に残念ですが、どうしようもありません。 でも、きっと素晴らしいイベントにしてくれるでしょう。 大丈夫、信じています。 では、日本に向けて出発します。
2009年05月25日
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昨夜は、学生たちに誘われて、歩いて30分の公園に行って夕涼みをした。 と言っても、賑やかな学生たちばかりだから、ロマンチックな雰囲気とは程遠く、 バカ話ばかりして笑っていた。 日中は30度を超える暑さだが、夜は涼しくて過ごしやすい。 2日前の夜、校内を散歩していた時、どこからか日本語が聞こえてきた。 近づくと、向こう側が私に気が付いて、 「先~生~!」と声をかけてきた。 2年生たちが歌の練習をしていたのだ。 こんな光景に、最近、よく行き当たる。 月曜日の夜、2年生の学生たちによる『日本語交歓会:日本語大好き』が行なわれる。 去年、一昨年と続けてやってきた日本語ドラマ発表会の本年版である。 去年までと違うところは、今年は2年生がやるということ。 そして、もう一つ違うところは、番組が豊富になったということ。 去年までは「日本語ドラマ(喜劇・悲劇)」「スピーチ」「ディベート」という ちょっと硬い内容だった。 それはそれで素晴らしかったのだが、 今年は文化祭のように賑やかなイベントにすることにした。 メインは私の自作の「日本語ドラマ(悲劇・喜劇)」だが、 それ以外に、学生たちが自分たちで作った「ミニ・ドラマ」も3本やる。 ドラマだけでなく、日本語の歌のメドレーや、中国の伝統芸能の披露、 太極拳と踊りのコラボなど、盛りだくさんの内容になった。 出演者は日本語の上手、下手などは考慮せず、 やりたい人がそれぞれ申し込んで、配役や担当を決めた。 中には「これまでの消極的な自分を変えたい」と言って、出演を決めた学生もいる。 不安はある。 だが、2年生たちは、忙しい授業の間を縫って、一生懸命に練習しているから、 後は、信頼して本番を待つだけだ。 明日の夜が本番。 頑張れ! きっと、大丈夫だ。 見に来た人たちみんながきっと、感動するはずだ。
2009年05月24日
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学生が自殺した。 朝、誰もいない校舎に入って、その6階から身を投げた。 彼女は法律学部の4年生で、もうすぐ卒業という時に、自ら命を絶った。 理由はあれこれと噂されているが、本当のところは本人にしかわからない。 恋愛に破れただとか、院生試験に失敗したことを苦にしてだとか、 家庭の経済状況に悩んでなど、どれも今年の4年生たちには当てはまることばかり。 沿岸部ならまだしも、内陸の農村部の出身者たちは、 生まれた時からハンデを背負っている。 良い職業に就くためには、学校で良い成績を取ることしか方法はなく、 同じ大学を受けるにしても、都市部出身者より高得点を取らなければ入学は認められない。 だから、異常なほど、勉強に身を入れている。 今日は、警察が来て、現場検証をしていた。 そこに老いた女の人が地面に突っ伏せるようにして泣き崩れていた。 傍らでは、年配の男性が顔を真っ赤にして、涙をこらえていた。 貧しい家計をやりくりして、娘を大学に出し、 卒業間際に、変わり果てた娘の姿を見た両親の気持ちは思って余りある。 そして、その日の早朝、誰もいない教室楼の階段を一人で登っていただろう、 その彼女の気持ちも、なんとなく理解できるような気がする。 なんとなく……だけど。。
2009年05月21日
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そろそろ学年末試験について考える時期になった。 1年生の『発音』の授業では、去年に続いて「3分間スピーチ」をしようと思っている。 テーマは何でも良いが、自分で原稿を書いて、それを暗記し、 人前で3分間、日本語で話す。 1年生たちは、4月の校内スピーチ・コンテストに、20人ほど参加したが、 その時、ある日本人教師から、コンテストの前とコンテストの後に、 「1年生と2年生は下手だから、参加するな」 と繰り返し言われ、随分悔しい思いをしたり、やる気に水を差されたりした。 それとは直接的な関係はないが、今回の試験は、 それぞれのクラスから飛び出して、全員が一斉に、 『1年生だけのスピーチ・コンテスト』という形でやろうかと思っている。 クラスの中だけで、こじんまりやるのではなく、 大勢の前でスピーチをし、自分も大勢の友達のスピーチを聞く。 それはきっと良い経験になるはずだ。 そして、それを1年生だけでなく、全学年に広げたい。 つまり、スピーチの審査員を2年生、3年生、4年生などに務めてもらうのだ。 上級生たちには、1年生たちのスピーチを聞きながら、 初心に帰って、自分の会話能力や発音も振り返ってもらう。 この『1年生だけのスピーチ・コンテスト』では、優秀者5人に、 私が日本から持ってきたお土産を賞品としてプレゼントしたいと思っている。 日本のチョコレートや団扇、シールなど些細なものだが、 学生たちの励みになってもらえばいい。 「下手だから参加するな」ではなく、 「下手でも上手でも、みんなどんどん参加しようよ」 というのが、私の考え方で、 学生に参加してもらうために、積極性を養ったり、いろいろな指導をするなど、 私ができることは全部やる。 まあ、今回は試験だから、全員が参加するのだけど。。
2009年05月20日
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昨日は朝8時から、2年生の日本語発表会に出演するミニ・ドラマの指導をした。 授業や学生との会話の練習をいくつかこなした後、夜は4年生たちと歌の練習をした。 来月の卒業パーティで合唱する『夢をあきらめないで』の練習だった。 こういうイベントが近づくと、学年末間近という雰囲気が濃くなってくる。 あと1か月で日本に帰る。 毎年そうなのだが、この1か月が長い。 特に冬休みに日本に帰っていないので、尚更待ち遠しく感じる。 でも、今年は新型インフルエンザの影響でどうなるか、ちょっと不透明。 海外からの帰国者への徹底的な検査はまだのようだが、 1か月後に今より、もっと拡大していたら、検査も厳しくなるだろう。 昨年まで一緒にこの大学で教鞭を取っていたT先生が、4年生たちと交流するために、 来月、訪中する予定だったが、同行する予定のT先生の友達が、不安にかられて、 訪中中止を言い始めたそうだ。 今、私が住んでいるところは、普段と何も変わらない日常が続いている。 マスクをしている人を見たことはないし、病気の話も聞かない。 油断しているとか、無防備というのではなく、 何もないのに、何かをする必要がないというところ。 ああ、あと1か月。 どうなるかなあ?
2009年05月19日
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2年生たちの日本語ドラマ発表会『日本語大好き』が1週間後に迫ってきた。 去年までは、私は2年続けて3年生の担当だったことから、 3年生たちとこのイベントをやってきた。 しかし、今年は2年生たちと一緒に頑張る。 ドラマは悲劇と喜劇の2本の脚本を書いたが、 今年はそれ以外に、学生たちの自作によるミニドラマも数本上演する予定。 3年生とやった時も心配したが、 2年生となれば、もっと不安が大きい。 大きな原因は、2年生の3つのクラスのうち、 私が『会話』を担当していないクラスが2つあること。 そのクラスの学生は比較的おとなしく、レベルもよくわからない。 実はこれまで、心のどこかに「上手で、完璧なイベントにしたい」という思いがあった。 だが、そういう気持ちは全然なくなった。 「上手」で「完璧」なイベントではなく、 学生たちが「楽しむ」ことが一番重要だということに気が付いたからだ。 今週、ドラマの練習風景を見た時、誰もが楽しそうに演じていた。 そして、授業の空き時間や夜、みんなで集まって、何度も練習をしているという。 そういう学生たちの姿勢が何より素晴らしいことだ。 あと1週間、私自身も楽しみにしている。
2009年05月16日
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四川省の大地震から1年。 去年のあの日、中国にいながら、地震の発生にまるで気づかず、 日本にいる家族から突然、電話がかかってきて、四川省の大惨事を知ったのだった。 地震が起きた後、この大学でも募金活動や被災地へ送る援助品などが集められ、 被災地にエールを送る活動が頻繁に行なわれた。 我々、日本人教師も3人が義援金を出し、 日ごろ、中国の人々にお世話になっていることへの恩返しをした。 地震の3日後ぐらいには、地元のテレビ局が突然、取材に来た。 外国人に、大地震について思っていることを聞きたいという趣旨だった。 そのインタビューの相手に、なぜか私が選ばれ、 テレビカメラが回っている前で、インタビューに答えた。 「私は日本人で、日本では地震が頻繁に発生している。 だから、地震の怖さはよくわかっているし、今回の地震被害も他人事とは思えない。 中国人だから、日本人だからということではなく、 命の尊さは誰でも同じだ。 特に、私たち日本人教師が、毎日、楽しく有意義に生活できているのも、 中国人の皆さんのおかげである。 それに対する感謝の気持ちと、被災地の一日でも早い復興を祈って、 ささやかではあるが、義援金も払わせていただいた。 今は、ただただ多くの人命が救われて、復興が早く進むように祈っている」 こんな話をした(勿論、学生が通訳してくれた)。 四川省大地震では、日本では考えられないほどのドラマ(という言い方は良くないが)が あって、それを目にしたり、耳にしたりするたびに、胸が塞がれる思いがしたものだ。 学年末の「作文」の授業で、自由テーマで書かせたところ、 地震について書いた学生が圧倒的に多かった。 それほど、学生たちに与えた影響も大きかった。 今まで、そのような災難に遭うことなく、生きてこれたことを感謝したい。
2009年05月12日
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4年生から電話がかかってきた。 卒業パーティに、4年生全員で日本語の歌を歌いたいのだという。 選んだ歌は岡村孝子の『夢をあきらめないで』 去年、3年生の時に、私が教えた歌だ。 卒業していく学生たちに相応しい歌だと思う。 「♪苦しいことにつまずく時も、 きっと上手に超えてゆける あなたの夢を諦めないで 遠くにいて、信じている」 私が初めてこの大学に赴任した時、彼女らはまだ2年生になったばかりだった。 表情も幼く、会話もままならなかった時のことが、懐かしい。 今、ある者は、経済危機の中で、一生懸命に仕事を探し、 またある者は、院生試験に合格して、洋々たる未来に歩き出そうとしている。 ♪遠くにいて、信じている 今、まさにそんな気持ちだ。
2009年05月11日
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最近、学内でいろいろな工事が行なわれているせいか、時々、断水する。 予め、断水の時間を知らせてもらえる時もあるが、突然、水が出なくなることもある。 中国の水は硬水でカルシウム塩をたくさん含んでいるため、洗濯や飲用には適さない。 だから、蛇口の周りなどは、硬く結晶化したカルシウムがこびりついていることもある。 こちらの生活は宿舎の家賃も電気代も、水道代、インターネットの接続料金など すべて無料。 食事はそれぞれの自己負担で、飲用の水も自分で注文して、お金を払う。 この水タンクは18.9リットル入っていて、値段は10元。 他に8元のものもあるが、特に理由もなく、いつも10元の水を買っている。 これでだいたい2週間分。 この国では水は貴重品なのだ。
2009年05月08日
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最近ずっと最高気温が30度を超えて、気分はもう真夏。 例年、この時期になると、店先にトマトが並び始める。 中国ではトマトはいろいろな料理に使われていて、食べる機会も多い。 私は冬の間は、朝食はバナナとりんご、そして豆乳だったが、 夏が近づくにつれてバナナとトマトへと、メニューも変わった。 何といっても安いから嬉しい。 上の写真のトマト、20個で4元(60円) 果物や野菜をたくさん食べているのも、体調が維持できている理由だろう。
2009年05月07日
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中国のゴールデンウィークが終わって、学生たちが学校に戻ってきた。 こちらの学生は、まとまった休みがあれば、ほとんどは家に帰る。 「家が恋しい」「お母さんに会いたい」「故郷に帰りたい」 学生と話している時、こういう言葉をよく聞く。 私は連休中はずっと学校にいて、学校に残っている学生たちと会話の練習をしていた。 朝から夜まで、毎日、ひっきりなしに学生がやってくる。 自分の時間は、寝る時ぐらい。 忙しいといえば、忙しいのだが、特に1年生にとっては、 この時期の会話練習はとても大事だと思う。 発音を直す。 単語や文法の使い方を覚える。 それは当たり前だが、何より大事なことは、 外国人との会話に臆さないこと。 会話を楽しめるようになること。 この二つだ。 大学に入って、日本語の勉強を始めた学生たちが、 日本語を話すことを楽しむようになれば、 会話能力は飛躍的に伸びる。 発音も1年生のうちに直したほうがいい。 3年生になってから発音を直すことは、ほぼ不可能に近いからだ。 わかりやすい単語と文法を使って話せば、1年生たちは、日本人の話は理解できる。 日本人の日本語を聞き取れた喜び、 自分の日本語が日本人に通じた喜び、 そういう喜びが、日本語に対する興味を意欲を育ててくれる。 私はそう思っている。 だが、そう思わない教師は多い。 1年生たちが他の日本人教師に会話の練習を申し込むと、 「無理、無理、あなたたちには無理だね!」 「忙しいから、他の先生のところに行きなさい」 などと言われるそうだ。 「会話の練習は3年生になってから」 「あなたは私の学生ではない」 と言われた学生もいる。 緊張しながらも勇気を持って、日本人教師の部屋をノックし、 門前払いで追い返された1年生たちの気持ちを考えると胸が痛む。
2009年05月04日
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嬉しいニュース。 4年生が受験した上海外大の院生試験(第2次試験)が終わり、 2次試験に駒を進めた2人が、ともに合格した。 しかも「公費」入学だ! 中国の大学受験は、地方出身者にとって、不利がある。 例えば上海の大学に入学するためには、 地方の大学の出身者は、上海の学生より相当高い点数を取らなければならない。 地方から沿岸部への人口の流入を抑制するという意味合いもあるのだが、 やはり不公平感があることは否めない。 だから、地方の大学の学生たちは、信じられないぐらい勉強に身を入れている。 そういう状況の中での、今回の「公費」生合格は、快挙と言っていい。 思えば、この2人とは、なんども面接の練習をしたものだ。 面接で問われそうな質問をいくつも考えて、 その答を作り、修正し、発音も矯正した。 部屋に来れない時は、電話を通じて、練習をした。 そんな苦労があっただけに、尚更嬉しい! そして、このニュースを聞いた1年生たちも、とても喜んでいた。 こういう先輩の後姿を見て、後輩も意欲を掻き立てる。 とにかく、嬉しい!
2009年05月01日
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