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2026年09月02日
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テーマ: 今、沖縄で(718)
今おきみゅー(沖縄県立博物館・美術館)で首里城正殿の御差床(うさすか=玉座)背後に掲げられる扁額が見られます。

「御差床」は拝謁する人々の前で国王が鎮座する場所。「扁額」はその場所にふさわしい看板みたいなもの、と言えばいいでしょうか。しかしこの扁額も首里城正殿の御差床に掲げられてしまうと、もうこんな間近で見ることはできなくなります。最後のチャンスだと思い、おきみゅーに行って目の前で本物を見てきました。

御差床背後の扁額の文字は「中山世土(ちゅうざんせいど)」。中山の王がこの地を治める、という意味です。


琉球王国が統一される前、沖縄では本島に大きく3つの勢力が覇権を競い合う「三山時代」がありました。それぞれ本島北部の今帰仁を中心とした北山(ほくざん)、首里や浦添を中心とした中山(ちゅうざん)、南部地域を中心とした南山(なんざん)です。その中から中山が勝利し、本島全体を治めるに至りました。中国の清王朝がそれを正式に認め、贈ったのがこの扁額です。

火災の前にも扁額は御差床でよく見ていましたが焼失しました。これがまたあそこに架けられると思うとワクワクします。

扁額を見ているうちに首里城正殿に架けられたことをもっとはっきり想像したくなって、おきみゅーを後にして首里城に向かいました。平日の昼間、しかも多少の雨模様とあって見学客はやや少なめ。それでもぽつぽつと日本や世界各地から(と思われる)人々が訪れていました。台風が来ているからか守礼門の扁額(題字「守礼之邦」)は取り外されていました。


正殿の前には2体の新しい龍柱が設置されています。見学者デッキから見た新しい龍柱はなんだか小さく「あんなに小さなものだったっけ」と思って眺めました。帰り際、焼失を免れながらも熱によってひび割れた龍柱を見ました。これらは新しい龍柱ができた今も保管され見学することができます。目の当たりにするとやはり大きなものでした。

首里城の前に龍柱が据えられると小さく見えるほど首里城は大きいと実感。ますます早くあの場に行きたくなりました。





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最終更新日  2026年09月02日 13時03分10秒
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