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昨日、奈良の我が家から沖縄の我が家に移動してきた私。奈良は少し秋の気配。沖縄にも期待しましたが・・・。沖縄では暑さが続いていました。最寄りのモノレールの駅から自宅までの18分、そろそろ汗もかかずに歩けるかなぁと淡い期待をしていましたが何のことはなくいつも通りの汗だくに。ま、仕方ないか。天気予報では今日の那覇の最高気温32度、最低気温27度の予想。日差しも強いし、大気中の湿気もあって蒸し暑い。普通に夏です。今朝のジョギングでも大汗をかきました。奈良でも運動後のシャツはぐっしょりなのですが、かき方が違います。朝の気温、奈良では23度、沖縄では28度。沖縄では走り始めて5分もしないうちに腕や顔から汗が吹き出します。ほどなくシャツもぐっしょり。奈良では、走り始めて10~20分はみぞおちや脇の下など部分的にしか汗をかきません。しかし30分過ぎあたりからどんどん汗が出て最終的には汗でシャツがぐっしょりになります。奈良では汗シャツランキングで言うとレベル3、沖縄は優にレベル4となり、シャツが含む水分量がかなり違います。今回沖縄の家を留守にしていた1週間あまりの間、一番心配していたのがプランターの野菜でした。水やりができないことに関しては台風25号が沖縄に来るとの予想があったのであまり心配はしていませんでした(実際は進路がそれて沖縄は晴天続きになって当て外れでしたが)。それより家を出るときにできかけていた実が大きくなりすぎるのではないかと、そちらの心配をしていました。実際は野菜類は枯れかけてましたが生きていました。オクラの実は大きくなりキュウリはヒネていましたが食べられます。長く世話をせずに放っておいたのによく耐えていてくれました。今後はしっかり水やりしよう(台風も来るけど)。
2026年09月26日
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今日は移動日。奈良→関空に新しいルートを使ってみました。以前はいつも車でしたが、最近は公共交通機関ばかり。その理由はやはりお金。沖縄の家に滞在する期間が1~2週間までのときは関空までは車でした。駐車場代が1日1,000円ほど、10日なら1万円かかりますが、家から1時間で行けるのが魅力でした。それに安いフライトを選べば1万円のロスは取り戻せます。何より、公共交通機関がまだ動いていない早朝便の飛行機にも乗れるのが車使用の大きなメリットでした。しかし最近は沖縄滞在が長くなっていて8~9月は1カ月近くいました。もし関空に駐車しておくと料金は3万円です。こうした事情から最近は奈良から関西空港までバスや電車を使っています。慣れないうちは電車で大阪難波に出てそこから南海特急などを使っていましたが、大阪から空港に直行するリムジンバスを使う手があることに気がつきました。そこで先日は近鉄なんばからO-CAT(バスターミナル)まで歩き、そこから関空行きリムジンに乗りました。なかなか便利でしたが、今日はまた違う方法を取って近鉄上本町から関空行きリムジンに乗ってみました。所要時間は難波からでも変わらないのですが、上本町駅は難波より奈良から見て手前ですし、電車を降りてバス乗り場に行く距離が上本町駅の方が短いのです。ま、トータルで見て難波でも上本町でも大きくは変わらないので、時刻表を見て飛行機の時間にうまく合う方を選べばいいと思います。選択肢は多い方がいいですからね。奈良→関空のバス路線もあるのですが、家の近くを通っていたのがなくなって不便になり、それ以来使っていません。いずれにしろ一番簡単なのは家から1時間で行ける自家用車で行くこと。でもそれだと長期の滞在になると駐車場代がかさみます。電車やバスはグンとお得です。今日使ったルートだと最寄りのバス停から最寄り駅までの路線バス代が100円(シニア割引)+近鉄上本町までの電車代が530円+関空までのリムジンバス代が1,800円。合計2,430円。往復だと4,860円です。車を使うなら4~5日分の駐車場代です。車はガソリン代や高速代もあるし、これからもやっぱり電車とバスかな~。
2026年09月25日
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「94歳、自撮りおばあちゃん やりたい放題のひとり暮らし」(西本喜美子、宝島社)を読みました。表紙にある、この「物干し竿に吊り下げられた老婆」の写真を見たことがある人は多いと思います。これが本書の著者「自虐写真家」の西本喜美子さんの代表作のひとつ.この写真が最初、美術展で発表された時には来場者から「老人虐待ではないか」との声が上がったとか。それで次の日に「この写真は自撮りです」との説明がつけられました。著者の作品には、これ以外にもゴミ袋に入れられたり車にひかれたり、たくさんの自虐的な自撮りが多数あります。本書発行時で94歳の著者は精力的に現役カメラマンとして活躍されましたが本書発行から2年後の昨年亡くなりました。彼女が写真を撮り始めたのは72歳のとき。それまで一眼レフカメラやADOBEフォトショップを触ったことはありませんでした。しかし、ちょっとしたきっかけで写真を撮り始めると、いずれも道具として使いこなしすようになったスーパー老人。結婚後は長く専業主婦としてカメラを持ったこともなかった彼女ですが、どんなことにも喜びを見つけ人生を楽しむワクワク感は若い頃から持ち合わせていたのは彼女がたどった人生にも現れています。友だちに誘われ「面白そう」と美容師になったかと思えば、「面白そう」とプロの競輪選手になったりした彼女。若い頃からその好奇心はとどまるところを知らず、面白そうと思ったことはやってみる、やってうまくいかなかったら諦める、とのポジティブな性格はずっと同じでした。80歳あまりでご主人を亡くしひとり暮らしになっても写真仲間に囲まれて孤独を感じる暇がなかったのは、このサバサバした彼女の人柄によるものでしょう。しかも自分が楽しむだけでなく、人を楽しませることも大好き。それが自虐写真にも表れています。多数の写真が掲載され、著者の楽しい人生が聞けて、写真の加工の仕方まで教えてくれるオトクな本です。
2026年09月24日
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今日は秋分の日、いわゆる彼岸の中日です。今朝、奈良でジョギングをしていると田んぼの畔に彼岸花を発見しました。毎年、本当に名前の通りにこの時期に律儀に咲くなぁと感心します。というか、毎年この時期に咲くので「彼岸花」と命名した昔の人の炯眼に感心です。でも逆にジョギングをしながら花を楽しめるのはこの時期に限られます。去年はちょうどこの時期、沖縄の方の家にいたので彼岸花を見る機会がありませんでした。それで去年のブログを見ると「彼岸花を見損ねた」とさんざん書いています(結局はちょこっと見られたのですが)。本土にはどこにでも生えている彼岸花ですが、沖縄では本当に見かけることがありません。本土では毎年見るともなく見ているのに、去年はそのチャンスを逸しました。見られないと思うと見たくなるのが人情で、那覇の福州園にあるとの情報を得て行ってもみました。が、結局は見つけられず検索をかけてみると、沖縄でも彼岸花は咲くそうです。が、たいてい花壇に植えられていてどこにもかしこにも生えているわけではないようです。今年はたまたま奈良にいたので野生の花が見られました。沖縄では墓地つながり*でハイビスカスでも見るのがいいかな。*ハイビスカスは仏桑華(ぶっそうげ)とも言われ、彼岸花同様墓地に咲き死者とつながる花として忌み嫌う人もいます。
2026年09月23日
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「老いる自分をゆるしてあげる。」(上大岡トメ著、幻冬舎)を読みました。レコード、CDのジャケ買いではありませんが、私はこの本をほぼ表紙だけ見て買いました。著者が上大岡トメさんということで中身が漫画だということだけは分かっていましたが、まさかこんな内容だとは思っていません。予想外でした。いま話題のトピックやものごとの仕組みを、漫画や挿絵を使って説明する本はよくありますが、ここまで専門的な内容を扱った本にはこれまで出会ったことはなかったように思います。絵で埋め尽くされている本ですが、漫画ファーストというより内容ファースト。絵は解説のための挿絵といった感じ。内容は第1章が「『齢をとる』ってどういうこと?」、第2章が「骨も齢をとる」、以下「筋肉も齢をとる」、「感情も齢をとる」ときて、最終第5章は「さぁ、50歳からの人生を作ろう!」となっています。プロローグで著者が50歳にさしかかるタイミングで喘息になったり、50歳で突然病気になった人の話が出てきます。それが老化の入口50歳の話につながるのだと思います。本書は漫画仕立てではあるものの、内容としては老化や骨、筋肉、脳などの専門知識がバシバシ出てきてかなり難解。同じ内容のことを文字だけで読むと、私なら早々に投げ出してしまっています。主人公トメさんが元医者の不思議な老婆アンさんから講義を受けるという形式になっていて、それなりに分かったつもりで読み進めましたが、読んだ後どれだけ理解したのだろうと考えると自分でもよく分かりません。あとがきに、本書は骨や筋肉、脳、老化などの研究者たちから聞いた話だとありました。なるほど、それでこれだけ専門的になるはずです。逆にこの専門的な難しい話をよくここまで一般向けにできたものです。それでも私には難しかったけど。
2026年09月22日
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昨日は恒例、3府県またぎの美容室訪問でした。奈良の家から大阪府を経由して兵庫県の美容室まで片道2時間。カットしてもらうのはいつも夕方。現役の頃は仕事終わりに行き6時の最終が多く、リタイヤしてからもたいてい4~6時が普通でした。しかし昨日は美容室が開く朝イチの10時の予約でした。普段予約を取るのは10日から2週間ほど前なのですが、2か月前の前回はカットが終わって何となく早々と予約をとる気になりました。しかもいつもとは違う時間を試してみたくなり朝10時を予約。この私の気まぐれがちょっとした悲劇を引き起こすとは、そのときは知りませんでした。兵庫県尼崎市に10時に着くには奈良の家を出るのは8時前。電車の乗り換えがうまく行き、お店に着いたのは9時半ぐらいでした。まだ早すぎると、ご近所をぶらぶらして9:45にお店に行くとお店の人が掃除の真っ最中でした。美容師さんはまだ来ていません。店内の待合でしばらく待っていると70前後の女性が入ってきました。お店の人と何やらやりとりをしています。それを聞いているとこの方、予約時間を間違えて早く来すぎたようでした。その後カットを始めるとまた一人来客が。この方も予約時間を間違えて来店されたのだそうです。美容師さんの話によると、お二人は予約を取る時間がいつも日曜日の朝10時とからしく、今回も習慣でつい「いつもの時間」に来てしまったとのこと。いつも通りに予約を取ろうとした時間が埋まっていたので(私が入っていた)やむなく別の時間に取ったのだけれど、それを忘れて同じ時間に来られたようです。普段は2ヶ月も前に予約を取ることもないし朝の時間を予約することもないのに、気まぐれで日曜10時に予約したばかりに。何かお二人の方に迷惑をかけてしまったような気持ちになりました。そう話すと美容師さんはもちろん私は悪くない、あの人達もいつもの時間帯ではない別の時間に予約をしていたのだからちょっと間違えただけですよと言ってくれました。あのあと、お二人はちゃんと自分の予約時間に来店し直し、カットしてもらえたかな。次の訪問予定は2か月後ですが「この次の予約日時はまた電話で」と言い残して、早期予約はしませんでした。
2026年09月21日
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「令和妊婦、孤高のさけび! 頼りになるのはスマホだけ?!」(真船佳奈、OVERLAP)を読みました。私は妊婦でも妊婦の配偶者でもありません。しかしテレビ局のADにして漫画家の真船佳奈さんのデビュー作「オンエアできない」とその続編「オンエアできないDeep」を面白く読んだ経験があり、その著者が自らの妊娠、出産を描くとどんな話になるのか興味がありました。自分自身を猫の姿に描くのも相変わらずでしたし、「オンエア~」の続編みたいなものかと思ったのです。しかし、ADの仕事は茶化して描けても、自身の出産、妊娠は茶化せなかったようです。印象がまったく違う本でした。彼女の描くキャラクターのがさつなタッチ(失礼)とは違い、妊婦としてまた新米母としての著者は、私が思っていたよりもずっと繊細な方でした。「オンエア~」の印象から、出産や育児もきっと笑い飛ばしながら行なっているのかと思いきや。コロナ禍の出産ということもあって著者の妊娠、分娩、そして育児は壮絶を極めました。そういうことをあけすけに描いている本だったのにはちょっと驚きました。よく言われていますが、最近は地域で子どもを育てるという風潮が少なくなりました。育児の負担は親、とくに母親にかかることがかつてよりもずっと増えています。近所の面倒見のいいおばちゃんや物知りのおばあちゃんとの交流もありません。そのなかで「頼りになるのはスマホだけ」になってしまい、スマートフォンで心配ごとや悩みを検索しまくっているのは著者だけではないのでしょう。さらに今ならAIに相談ということになっていそうです。令和の妊婦はずっと孤独。でも本書には役に立つ機関や情報が満載されています。「思ったのと違う」本でしたが、孤独な妊婦や母親を癒し助けてくれ、頼りになる一冊になっています。
2026年09月20日
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脚の痛みで歩行にも困難をきたしていた私が手術を決断したのが2年前。診断は脊柱菅狭窄症でした。手術は成功し間もなく2年になりますが、今ではすっかり元気になって毎朝ジョギングを欠かしません。テレビを見ると高齢者の多くが膝や腰の痛みに悩まされていると聞こえてきます。その他にも夜間頻尿だ、老人性うつだ、サルコペニアだ、フレイルだ、とかしましいこと。もちろんこれは薬やサプリメントのCMだったりするわけですが、周りを見ても実際に多いのは事実でしょう。しかし、今の私にはそれらの「症状」が一切なく元気そのもの。現役で働いていたころよりも元気なくらいです。ときどき現在の悩みなどを問うアンケートに答えることがありますが、当てはまるところにつけるチェックが一つもありません。肉体的にも精神的にも安定していて、もしかすると私のこれまでの人生の中で今が最も幸せな時期だと言っても過言ではないと思っていました。しかし、それは同時に何かを失っていることなのだと気づきました。2年前、私は杖をつき休みながらトボトボと歩いていました。同じような人を見るとその気持はとても良く分かりました。しかしたった2年しか経っていなのに、私はそういう人の気持ちを忘れかけているような気がします。それ以前に、そういう人の存在が見えなくなっているような気がします。以前はよく目についていたゆっくりゆっくり階段を降りている人たちを、いま私は一瞬のうちに抜き去り、視野の外にしてしまっています。昨日、バスを待っているときにバス停の前の方にバッグに「ヘルプマーク」をぶら下げた若い女性がいました。一見する限り何かの障害があるようには見えませんがヘルプマークを見てちょっとドキッとしました。自分が健康だと、無意識のうちに周りの人も健康な人ばかりなのではないかと思ってしまっている自分がいました。しかし外から見える障害、見えない障害を抱えて生きている人はたぶん私が思っているよりずっと多くいるのでしょう。自分が元気になった今こそ肉体的、精神的に障害を負っている人たちを意識して考えることが大事だと思いました。
2026年09月19日
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3週間ぶりの奈良の庭。思った通り草ぼうぼうです。ま、この時期ですからやむを得ません。雨もよく降ったみたいですし。草の高さはせいぜい6~7センチ程度で、ススキみたいな背の高い草はあまり生えていません。遠くから見ると緑が生い茂っていて芝生に見えるかも?いや、相当遠くからでないとそうは見えません。そんなわけで、奈良に帰ってきて最初の仕事が草刈り。写真で分かる通り、すっかり刈り取りスッキリしました。これで冬までいける、かな?ステップストーンなどかなり草の中に潜ってしまっていてどこにあるのか分からないほど。草刈りに使用したリョービの電動草刈り機も相当長く頑張ってくれていますが衰える気配はなく、今回も元気で働いてくれました。ただし、長く使っていると縁石に当たったりして刃はどんどん削られ丸くなって、切れ味が落ちてきます。昨日はこれまでの丸くなった刃で大まかに刈り取りましたが、もうちょっときれいにしたいと今日は刃を替えて仕上げをしました。Midwayが昨日段階、Afterが今日の結果です。やはり刃で切れ味が全然ちがうのは一目瞭然でした。
2026年09月18日
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「涼しい!」が、関空で飛行機を出たときの私の第一声(いや、心の声ですが)。那覇空港に向かって家を出たときが31度、関空でタラップをおりた時が22度だったので、そう感じたのも当然なのですが、屋内ではない自然環境のなかで涼しいと感じたのはいつ以来か忘れるほどです。沖縄では7月以降、夜になっても25度を下回らない熱帯夜が続いていました。8月に5日ほど奈良に戻ったときもエアコンなしでは寝られませんでした。昨日は関西でもとくに気温が下がった日のようで、今日はまた30度近くになるらしいですがまだエアコンは要りません。沖縄でモノレールの駅に向かいながら汗をだらだらかいていたときには、関西がこんなに涼しいとは思ってもいませんでした。関西空港からリムジンで難波に出、難波から近鉄電車で奈良に向かいましたが、車内を見渡してみると長袖の人が大半。私のようにTシャツ一枚の人はあまりいません。半袖半ズボンの人は沖縄から来た人ぐらいかも。長袖が普通で中には毛糸のセーターを着た人も。それに電車ではマスクを着けた人が半数以上いたのには驚きました。沖縄では今の時期、マスクを着けた人をみかける確率はほとんどゼロ。関西でこれほど着用率が高いのは急に寒くなったからなのか、インフルエンザが早くから流行しているからなのか。そう思いAIに聞いてみると、たしかに奈良県では平年より1ヶ月早くすでにインフルエンザの流行期に入っているとの回答がありました。しかし、沖縄県ではさらに流行規模が大きく他県よりも早く感染拡大が進んでいるとのこと!なのに沖縄の人はマスクを着けていません。そこまで流行拡大していない関西の人の方が多くマスクを着けているという事実はどうみましょうか。ここには蒸し暑い沖縄の気候とウチナーンチュの県民性みたいなものがあるような気がします。コロナのときも沖縄県民はマスクを着け始めるのが他県よりも遅く、流行が下火になったときにマスクを外すのが早かった、という統計もあります。感染予防にマスクは大事なのですが、ちょっとよそよそしく感じます。なので余計ウチナーンチュが親しく思えるのかも。
2026年09月17日
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「かんぽ生命びくびく日記」(半沢直助著、三五館シンシャ発行)を読みました。色々な仕事の内情が知れるこの三五館シンシャの「日記シリーズ」、これまでに出た20冊前後のほとんどを読んでいます。本書が他と違うのは、著者は彼自身が「告発」しているこの仕事に就いていたのは1年だけだったという事実です。そのため本書の最初の3分の1は著者のそれまでの経歴が詳細に述べられています。著者は新卒で大手都市銀行に就職しそれなりに活躍していたものの諸事情で退職し地銀に移ります。さらに信金、乗合保険代理店と転職を続け郵便局のかんぽに。妻子のいる身でそれぞれが長続きしなかったのは、ある意味彼の正義感のゆえでした。都銀の場合だけは会社の方針変更が理由でしたが、それ以降の仕事で彼は本当の意味の「お客さん本位」の仕事がしたかった。しかし、結局はどこも会社中心の経営をしており、そこで働く社員は自分が得し、結果会社が得するようなやり方をすることにならざるを得なかった。彼はそれなりに能力もあったのですが、こうした経営方針になじめなかったのです。そこで郵便局ならと期待をしましたが、現実は厳しくここも「自分が買わない商品を売る」ような詐欺まがいの仕事でした。彼が郵便局を去った後、実際かんぽは「大規模不適切販売」で処分を受けることになります。彼自身、かんぽの事件が表沙汰になる前に匿名の形でNHKのクローズアップ現代+に出演し、かんぽ生命の職員待遇や保険勧誘の非正常な姿を告発しています。それでも「朱に交わり」ながら彼は1年目から「ルーキー賞」を取るほどの働きをしていました。しかし「次期エース」候補も正義感から仕事を続けることを許さず結局は退職。不正とは無縁の協同組合に「終の棲家」を見つけたという話です。どの日記シリーズも多少内部告発が描かれていますが、本書はその最たるもの。かんぽ事件が報道され、さらに実感します。
2026年09月16日
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明日は移動日。沖縄と奈良の2拠点生活をして、行ったり来たりしている私。奈良に帰るのは3週間ぶりです。沖縄はこのところまた夏が戻ってきて暑い日が続いていますが、奈良は涼しいかな。週間予報をみると気温は下がっているみたいですが雨が続いているようで、早朝ジョギングを日課にしている私には困ったこと。それはともかく、毎回移動の前になると注意しなくてはならないのがゴミと食材の処理です。2、3日家をあけるのと違い、何週間か留守にするので生ごみや生鮮食品を置いてはおけません。移動日がちょうどゴミの収集日だといいのですが、そうでないときは移動の数日前からなるべく生ごみが出ないような食事にします。どうしても出てしまうゴミは庭に埋めたり冷凍したりして、それでも少量出てしまうものはモノレールの駅や空港のゴミ箱に捨てさせてもらいます。生鮮食品も移動当日までにすべて使い切るような献立を考えます。それでも何もかもピッタリ使い切るようにはいかず残ったものがあればキャリーケースに入れ、移動先に持っていきます。空港の保安検査でX線スキャンをすると私の荷物にトマトやキュウリが映ります。検査員はそれをどんな気持ちで眺めるのでしょう。学生の頃、伊丹空港でカナダに向かう私の荷物に入っていたフルートを見つけた検査員が「ちょっと吹いてみて」と私に言いました。フルートに仕掛けがあるとでも思ったのでしょうか。でもこちらは国内線、キュウリの中に覚せい剤を隠しているとは思わないでしょう。キュウリと言えばプランター栽培のキュウリとオクラ、10日も留守するとオバケみたいになっちゃうだろうなぁ。(写真は今日現在のキュウリとオクラ)目下の心配はそちらです。
2026年09月15日
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最近またフルートを吹き始めました。最初にフルートを吹いたのは半世紀以上前の高校生のとき。周りでギターがブームになっている中、ひねくれ者の私は他の人とは違う楽器をやりたいと、フルートを買ってもらいました。かといって管弦楽部に入るとかでもなく、個人で好きに吹いていました。しかも高校の文化祭には同類の仲間と何人かでステージに上がって演奏もしました。高校を卒業してからも数年は吹いていましたが、いつの間にかご無沙汰になり次に吹いたのは20年前の息子の結婚式。長く吹いていなかった私に向かって息子が「お父さん、昔フルートを吹いていたよね。僕たちの式でも吹いてくれない?」と言いました。新しいフルートも買ってくれました。そこまで言われると仕方ありません。何十年ぶりにフルートを練習し、なんと音大を出た人たちと一緒にフルートのクインテットで「アルルの女」を披露するという暴挙に出ました。結果は・・・言うまい。そのときの失敗(!)に懲りその後フルートを封印していましたが、最近あることをきっかけにフルートを取り出しました。毎朝ジョギングをしていている運動公園で、コース横のベンチで悠々と横笛を吹いている老齢の女性を見かけるようになったのです。周りでジョギングやウォーキング、ラジオ体操をしているなか、彼女はひとり黙々と横笛を吹いています。その姿に刺激された私は「そうだ、自分にはフルートがあった」と、久々に吹いてみる気になりました。息子の結婚式のために練習したときよりさらに腹筋や肺活量がなくなり、なかなか音が出ません。息も続きません。以前は出せたはずの音が全然出なくなっていて、これではいけないと我流のドローインなどをしながら腹筋と肺活量の復活に努め、最近ようやく少し音が出るようになってきました。音が出るようになってくると楽しくなってきました。練習曲ばかりではつまらないと、このごろは昔の映画音楽や沖縄民謡、NHKの朝ドラの主題歌などにも挑戦しています。まだまだ息が続きませんが徐々に曲らしくなってきたので、近所の人には私が何を吹いているか分かってもらえてるかな?
2026年09月14日
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台風が去ってこの方、内地は秋雨前線の影響で長雨が続いているようですが、沖縄には真夏が戻ってきました。ということで昨日は海水浴に行ってきました。行き先はいつもの「波の上ビーチ」です。那覇唯一のビーチには、土曜日の午後とあって想像以上にたくさんの海水浴客が来ていました。内地では海水浴が定番の夏のレジャーからはずれていると言いますが、ここ沖縄ではご覧の通りまだまだビーチで遊ぶ人はたくさんいます。泳ぎながら人数をざっと数えてみました。海に入っている人が80人、砂浜には120人。計200人(午後4時頃の状況)。日本人以外にも欧米系、アジア系、アフリカ系などさまざまな顔ぶれがいます。ウチナーンチュかそれとも旅行者や移住者か、その区別はラッシュガードを着ているかどうかでだいたい分かります。沖縄の太陽は殺人的なので地元の人は(あんまり泳がないのもありますが)日焼けによる弊害を避けるためラッシュガードやTシャツを着て海に入り素肌はあまり出しません。見ると地元民以外の男性は上半身裸で女性はビキニ。面積が超少ない人もいて目の保養にはなりますが、心配にもなります。私はもちろんラッシュガードを着用し、頭にはフードもかぶりました。髪の毛がふさふさの人は気にならないかもしれませんが、この歳になると太陽光線は容赦なく地肌に差し込んできますからね・・・そんな完全装備をしていたつもりの私ですが、帰ってシャワーを浴びていると両方の腕がピリピリしてきました。長袖のラッシュガードの袖を通して光線が入ってきたようです。太陽光線、すごい。一日経てマシになりましたがラッシュガード越しにこれですから、裸の人たちのことがますます心配になりました。
2026年09月13日
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みかんどころ和歌山育ちの私はみかんと言えば温州みかん、沖縄のスーパーで見るまでタンカンを知りませんでした。初めて見た印象は、ちょっと武骨で温州みかんほどきれいではないというもの。つるつるでツヤがある、洗練された温州みかんとはずいぶん違います。「こんなのが美味しいんだろうか。温州には負けるのでは」とずっと思っていました。そのためとくに食指が動くこともなく購入する機会もありませんでした。ところがあるときタンカンをもらうことがあり食べてみるとそのおいしさに感激。見た目と違う濃厚で上品な甘さがあります。タンカンを庭に植えよう!即決しました。奈良の家ではキンカンが実を一杯つけるので柑橘類は簡単と考えたのです。苗を買ってきて植えたのが3年前。1年ほどして実がひとつだけつきました。が、実が色づくことも木が大きくなることもなく、実も苗も同じサイズのまま1年がたちました。「これはきっと実があるから木が大きくならないのだろう」と考え1個だけついていた実をもいで食べました。しかしその後も、木は一向に大きくなりません。次に考えたのは隣のバナナが栄養を吸い取ってタンカンの成長を妨げているということ。バナナを切り倒すことにしました。バナナの木は「木」とは言うものの本来は大きな「草」。ある程度の太さまでは剪定ばさみやノコギリで切れます。しかし、タンカンの横にあるバナナは剪定ばさみやノコギリで切るにはちょっと大変になっていました。そこで薪割りに使う斧を探しましたが沖縄で薪割り用の斧はあまり需要がないのか、あちこち探しても見つかりません。最終的に購入したのはキャンプ用品のハンド・アックス(手斧)です。ハンド・アックスは薪割り斧ほど大きくないので何度か振り下ろすことが必要でしたが、ちゃんとバナナは切れました。これでタンカンは伸び伸びと成長してくれるはずです。日々庭を見る楽しみがまた増えました。
2026年09月12日
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「ママ、死にたいなら死んでもいいよ」(岸田ひろ美著、致知出版社)を読みました。「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」の作者、岸田奈美さんのお母さんが初めて著わした実話です。私は「家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった」に初めて接したのはNHKテレビで放送された同名のプレミアドラマ。主人公の岸田奈美さん役を演じいていた河合優実さんの出世作、と私は勝手に思っています。その後は「家族だから~」の原作だけでなく岸田奈美さんの本は出版されるたびに読んできました。岸田奈美さんのお母さんも本を出していることは知っていましたが、娘の奈美さんが書かれていることから内容はだいたい想像できるのでどうしても買って読みたいとまでは思っていませんでした。が、最近この本が古本屋で242円(定価1,400円)で売られているのを見つけ、それならと読んでみることにしましたがこれが「当たり」でした。本書は2部構成になっていて、第1部は自らの生い立ちからダウン症の息子の誕生、夫の急逝、自分が大病にかかるまで。著者の小さい頃のことは別として、家族に起きたことはある程度、娘奈美さんの本を通して知っていました。奈美さんの本で読んだ弟良太君のダウン症のこと、父親との突然の別れ、そして母親が大動脈解離となり車いす生活になったことなど、娘の視点で見たこれらのことが本書では母親の視点から描かれていて、何となく既視感をもちました。著者が本当に伝えたかったのは第2部ではなかったかと思います。もちろん、第1部を下敷きにして、です。第2部は、車いす生活になり一度は絶望の淵に立たされた著者の、復活劇の物語です。著者は一時はもう自分にはできることは何もないとまで思い詰めます。が、そこから再び立ち直り、立ち上がる自分の様子を詳細に記録しています。次々と起こる試練を「不幸」と捉えずに、人生の転機だと思えるようになるには時間がかかり、容易なことではなかったでしょう。しかし著者はそれを成し遂げ、さらに講演活動などを通して周囲をも感化していきます。本書の最後に著者と娘の往復書簡があります。いつも笑顔を絶やさない著者が暗い病室のなかで人知れず涙を流していた。それを目撃してしまった娘は自分が医者に手術をしてと頼んだために母を死ぬよりつらい状況に追い込んだと思い、苦しみます。そしてあるとき母親がふともらした「もう死にたい」という言葉を受けて自然に「ママ、死にたいなら死んでもいいよ」という言葉を発したのです。岸田親子の著書はどちらも壮絶な内容でありながら、さわやかな読後感があります。新本を買ってもよかったな。
2026年09月11日
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キッチンとリビングを分けている突っ張り壁パネルにセットしていたティッシュボックスが半落ち状態に。必要な時すぐに使えるよう、私はティッシュボックスを長めの輪ゴム2本でパネルに取りつけています。シンプルにティッシュの取り出し口両側を輪ゴムでくくり付けているだけですが、割と便利に使っていました。うち左側のゴムが切れて残った右側だけでだらーんと下がっている状態になりました。左側に新たに輪ゴムを取りつけようと思い、ちょっと考えました。最近の輪ゴムは切れやすい。いま輪ゴムを交換してもまたしばらくするうちに切れるだろう。それなら、別の方法でティッシュボックスをセットした方がいいのではないか。思い当たったのがパネルに取りつけられるティッシュボックスケース。ティッシュボックスケースっていくらぐらいするんだろう。これまで輪ゴムでやっていたので、あんまりお金はかけたくないなぁ。100円ショップSeriaに行って、適当なものはないか探しました。どこにあるか分からずあちこちのコーナーをまわり大きさ的によさそうなものを見つけました。「伸縮収納トレー」です。うたい文句は「散らかりがちな引出しの整理整頓に!」となっていますが、これを見て私はピンときました。これはティッシュボックスケースになる。ポイントは伸縮する構造になっているので、そのためのスリット穴があいている点です。このスリットは角型の「S字フック」を通してパネルに引っかけるのに最適ではなかろうか。やってみるとピッタシ!輪ゴム2本よりは高いけど今後交換する必要がなくなったのでむしろ安くつくはず。ヤッタね。
2026年09月10日
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「棚からつぶ貝」(イモトアヤコ著、株式会社 文藝春秋)を読みました。タイトルを見て本を買うことが多い私は、タレント本コーナーのこのユニークなタイトルが前から気になっていました。ただ、イモトアヤコさんのことも眉毛を太く書いてセーラー服を着ている人としか知らないし、彼女が出演している「世界の果てまでイッテQ!」という番組もほとんど見たことがありません。そのため買って読むにまでは至っていませんでしたが古本屋でこの本が220円で売られているのを見て(定価1,400円)、申し訳ないけれどそれなら、と買う気になりました。このタイトルがどういう意味なのか。本書を読んでいけば分かるだろうと思いながら読み始めました。「棚から」というのだから「棚からぼたもち」が元になっているとは予想していました。「棚ぼた」と言えば思いもかけない僥倖を得ること。イモトさんは自分がテレビに出てやっていることを謙虚にそう言っているのだろうという推測はできました。でも「つぶ貝」が分かりません。なぜつぶ貝なのか。つぶ貝に込められたメタファーとは?こたえは「あとがき」の中にありました。何の才能もない自分が芸能界でやれているのは周りの人に助けられた結果なので棚ぼたみたいなものだ、という意味のことが書かれていました。ただ私も努力はしている。ぼたもちが落ちてくる棚の下までは行っていた、のだそうです(何かそこまで書いていた謙虚さが台無しのような気も)。そして「つぶ貝」の方は「落ちてきたら一番嬉しいもの」だからだとか。ちょっとあっけにとられました。それだけ?この中途半端感は本書全体にも漂っていました。本書はイモトさんが仕事で関わった人たちとの30編ほどの話で構成されています。元は雑誌の連載なのでページの制約があるのでしょうが、それぞれの話がみな浅いのです。小ネタ的な話はちょっとした時間つぶしに読むのにはいいのかもしれません。ただ私はイモトさんのこともイッテQ!のこともほとんど知らないので、本書に出てくる裏話的な話にはほとんど興味をそそられませんでした。イモトさん自身の家族のことも、私が彼女に興味がないのでどこかの他人の話としか思いませんでした。イモトさんやイッテQ!のファンなら、本書に出てくる一つ一つの話はきっと親身になって読めるのでしょう。しかし、そのどちらにも興味のない私のような人までの気を引く話はありませんでした。「棚からつぶ貝」という一見哲学的でもありそうなタイトルを深読みし、もしかしたらイモトアヤコという人の人生観なども垣間見られるかもと期待した私の選書ミスでした。イモトさんやイッテQ!を貶める意図は何もありません。私にはちょっと合わなかった、というだけですのであしからず。
2026年09月09日
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「昨日山本さんの家を訪ねました。山本さんの家族は4人です。お父さん、お母さん、高校生の双子です。」ここで問題です。「山本家は何人家族でしょう?」・・・そんなの決まっている。家族は4人と書いているから4人でしょ。日本人は100%そう考えます。疑う人はいないと思います。ところが、10年以上日本に居住し今では外国人に日本語を教えている、アジアからの元留学生が私にこんな疑問を呈してきたのです。「私は山本家は5人家族だと理解しました。お父さん、お母さん、山本さん、そして双子の高校生の5人。そうではないのですか」。そう聞いて私はびっくり。そんな受け取り方があるのか、と。「山本さんの家族は4人」と言ったとき、山本さんが「所有する」家族が4人いると解釈したのでしょうか。山本さんが「お父さん」だった場合、英語では I have a wife and twin high-school-aged daughters.のように所有のhaveという動詞を使うことがあるので、それと同じように解釈して Mr. Yamamoto has a family of four people. と、山本さんを除外して数えたのでしょうか。日本語を母国語として育った日本人は「山本さんの家族は」と聞くと「山本家の家族構成は」としか解釈しません。そう答えると、今度は「ではここで言っている山本さんは誰ですか?」と再質問されました。それはこの文からでは分かりません。お父さんかもしれないし、お母さんかもしれない。双子の高校生のどちらかかもしれない。というか、ここで言っているのは山本家の家族全体を言っているだけで、「山本さんの家を訪ねました」というのは特定の誰かが所有する家を訪ねたのではなく、山本さん家族が住んでいる家を訪ねたということだと答えました。こう聞かれて分かりました。「山本さん」を誰か一人に特定しようとしたことが混乱の素だったのですね。
2026年09月08日
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私はスポーツ観戦が好きで、ルールがわかるスポーツならほとんど楽しく見ます。なかでもリアルタイムで見るのが大好きです。生で試合を見るのはネタバレしていない映画を見るみたいなもの。生中継があるスポーツはアメフト、ラグビー、野球、サッカー、陸上、水泳、バレー、バスケ、バドミントン、テニス・・・列挙すると終わらないことになってしまいます。そして生中継よりも好きなのが試合会場で実際に生で見ること。昨日はそんな生観戦をしてきました。種目は男子の卓球Tリーグ。沖縄にはプロのチームがあります。チーム名は琉球アスティーダ。張本智和も昨シーズンまで属しており、張本退団後も常に上位で戦っていて、今年は目下首位を走っています。昨日はアスティーダのホームゲームが沖縄でありました。場所はサンエー浦添西海岸パルコシティ。私は那覇市民体育館で行われた試合には行ったことがありますが、パルコシティでの観戦は初めて。パルコシティと言えばショッピングモール。買い物でよく行きますが、そこで卓球をやるのは知りませんでした。最初に浮かんだ疑問がパルコシティのどこでやるんだろう?ネットで見ると「2F特設会場」とあります。たしかに2Fには休憩ができる広場みたいな場所があり、各種催し物が行われるときはそこが会場になりますが、そこで卓球の試合をすることがイメージできません。競技スペースと客席はとれたとしても、そこは広々とした解放空間。チケットを買わなくても周りどこからでも見えるのでは?試合のときだけ何か囲いでもつけるのだろうか?頭がはてなだらけになりましたが、行ってみて謎が解けました。試合会場はたしかにあのオープンスペースです。そこに卓球台を置いて選手やコーチのベンチを置き、そして周りに客席を置いてあります。そして、その周りは普段の買い物空間そのまま。客席と普段の空間はロープで隔てられているだけ。四方八方から試合はいくらでも見えます。エスカレーターからも3Fや4Fの通路からも。これでいいの?チケットを買う意味があるの?そう思いましたが、客席はちゃんと埋まっていました。客席の後ろの空間はタダで観戦しているお客さんたちで埋まっていました(私もそのうちの一人)。スターバックスの客席にも、3Fや4Fの通路にも客はいっぱい。買い物のついでにちょっとだけ見るというのではなくちゃんと応援し拍手している人もたくさんいました。それが全部タダなんです。有料観客席、無料観客席合わせての応援で試合は琉球アスティーダの快勝。Tリーグ首位を守りました。今シーズンパルコシティで行われる試合はこれで終わりです。それにしてもTリーグ(パルコシティ?)太っ腹~。
2026年09月07日
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ひゃー!昨夕は交通渋滞地獄の「沖縄の洗礼」を受けてしまいました。いえ、道路でではありません。ビルの中の話です。昨日はちょっと用があって珍しく夕方から出かけ、那覇市おもろまちにあるショッピングモール、サンエー那覇メインプレイスに行きました。家を出たのが17時半ごろ。10分ほどでメインプレイスに到着。ここは1階と2階がショッピングフロア、3階から5階および屋上が駐車フロアです。入り口の表示をみると3階が満車、4階以上が空車のマーク。私は5階にとめることにしました。5階に入ってみてびっくり!出口に向かう車がたくさん並んでいてピクリとも動きません。こちらは出ようとしているのではないのでその合間を縫って進み、たくさん空いているスペースのうちお客様出入口に近いところにとめました。とめている間にも横目で見ると、出口に向かう車は全く動いていません。土曜日の夕方6時前という時間帯はみんなが家路につく時間帯なのでしょうか。「こりゃ出るのが大変。でも私が出るのは1時間半後だし、それまでには出口渋滞もなくなっていることだろう」そう考えたのが甘かった。買い物を終えて駐車場に戻ったのが19:15。渋滞は解消するどころかますますのびています。戦々恐々、とりあえず車に乗りこみ列の最後尾につけました。そこから、全く動きません。何かトラブルでもあったのかと思うほど。出口は二つ。それぞれに各セクションから合流し、下り階段でも各階から合流し、すごいことになっています。結局駐車場を出たのが19:45。出るだけで30分かかりました。ビルを出た道路は普通にスイスイ。出口渋滞はメインプレイスの駐車場内だけの問題だったようです。ケーキのクリームを絞り出すみたいに、たくさんの車が1カ所に集中する構造になっているのがダメなの?おかげで久しぶりに 夜間の雨の中のドライブを強いられ 家に着いたのは20時でした。いつもならとっくに 晩御飯が済んでいる時間なのでお腹が空きまくりましたとさ。
2026年09月06日
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「東大教授がおしえる!超やばい日本史」(本郷和人監修、ダイヤモンド社)を読みました。私はこのシリーズ(「やばい日本史」「さらに!やばい日本史」「やばい世界史」ときて本書が4冊目)が大好きです。「東大教授がおしえる やばい日本史」を読んですっかりハマってしまった私は続編の「さらに!やばい日本史」や兄弟編?の「やばい世界史」も欠かさずフォロー。同工異曲の漫画の歴史解説書はありますが、このシリーズがとくに好きなのは、このシリーズに表れたセンスの部分です。それを再び味わいたくて今回の「超やばい」を書店で見つけた私は即買ってしまいました。とくに歴史上の人物や出来事を現代的な視点でみているところがたまらなく好きです。平安時代に女性文学のブームが起きたことを表す漫画では登場人物のセリフが「『枕草子』いとウケる~」だったり、藤原道綱母が息子の恋文を『蜻蛉日記』に載せてしてしまったことを表す場面では藤原道綱母に「SNSにあげちゃえ」と言わせてみたり。確かに彼らの行動を現代風に表現するなら、そういうことかと納得できます。中学校や高校で習った日本史を、こうした面白い形で復習できるのは楽しくてしようがありません。監修の「東大教授」本郷さんがこうした表現にどれだけ関わっているのか分かりません。私がこの本を気に入っているのは執筆担当の滝乃みわこさんやイラスト担当の和田ラヂヲさん、マンガ担当の横山了一さんの手柄なのかもしれません。でもそんなことはどうでもよく、本郷さんの下にみんなの連携がよくできているからこそ面白い作品が出来上がったのでしょう。学校で習った日本史は試験が終わるとすぐに忘れてしまいましたが、本書で学んでいたらしっかりと記憶に残ったかも。
2026年09月05日
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沖縄で、南国らしさを思わせる花と言えば・・・ハイビスカス、ブーゲンビリア、サンダンカ、と私は思っています。もちろんデイゴも沖縄を代表する花ですが、こちらは3月~5月限定。季節を問わず内地からやってくる家族や友人たちを花でもてなすため庭にブーゲンビリアを植えたのが5年ほど前のことです。が、この花、どんどん庭中に広がって手に負えなくなります。棘もたくさんあって扱いにくいので引っこ抜いてしまいました。サンダンカは住み始めてすぐ、いつの間にか勝手に庭に生えてきていて、花はずっと咲いていますが内地の人にはあまりなじみがないせいかウケがイマイチです。あるとき私の家を訪ねてくれた内地の友人は、近所の家の生け垣に咲いているハイビスカスを見つけ、足を止めて写真を撮っていました(我が家のサンダンカには目もくれないのに)。そんなこともあり、沖縄を代表するのはやはりハイビスカスか、と3年前、庭にハイビスカスを植えました。ハイビスカスは毎年順調に枝を延ばし、すぐにきれいな花をつけるようになりました。しかしひとつ問題があります。ハイビスカスは枝の先端に花のつぼみがつくのですが、我が家のハイビスカスはまだ小ぶりなためどんどん伸びる枝は、自分の重さで地面の方にしなってしまい、その先端につく花は地面につきそうなんです。垣根くらい大きく成長すれば問題は解消するのですが・・・。そこで枝を持ち上げるために、ホームセンターでメッシュパネルとパネルを留めるスパイクを買ってきました。パネルを支えにして枝を持ち上げれば枝は上を向き、つぼみがその先につくはず。つぼみが先につけば花が開いた時にはよく見えるはず。そう考えて私は昨日、台風の雨のやみ間を待ってパネルを設置しました。そして今日、台風がどっかに行ってしまっている間に(また戻ってくるそうですが)パネルをチェック。地を這っていた枝がちゃんと上を向いています(写真が下手くそで分かりにくいですが)。枝の先にはつぼみがいくつか・・・これらのつぼみが開くとよく見えるようになるでしょう。もう楽しみしかないんですけど。
2026年09月04日
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私は割とよく本を読みます。人に趣味を聞かれると「晴耕雨読」とこたえるほどです(ほかにすることがない)。でも家の書斎で落ち着いてじっくりと本を広げることはほとんどしていません。書斎にいるとついパソコンを起動してしまうし、リビングにいるとテレビをつけてしまいます。どこで本を読んでいるのかというと、車の中。車に本を持ち込み赤信号で信号待ちをしているときに読書。これが読書時間の大半です。しかし信号待ち読書ではせいぜい読めて1ページ。興が乗ってきてもう少し続けて読みたいと思うときもあります。そこでスーパーに買い物に行ったときは駐車場に着いてもすぐに車から降りず、読みかけていた本をそのまま読み続けることがあります。また敢えて本を読むために公園の駐車場に行ったり海の見える埠頭に行ったりして、そこで読書をすることもあります。車をとめて本を読んでいると、今の季節は車の中が暑くなりエアコンをかけます。読書のためにエアコンの効いた車内にいるのもばかばかしく、読書できる冷房の効いた施設はないかと探しまわりました。ありました。図書館です。何を当たり前のことをと言われそうですが、私は図書館というところを本を借りる場所だとしか認識していませんでした。それ以外では、せいぜい受験勉強をしている受験生が放課後や長期休暇のときに勉強をする場所ぐらいにしか考えていませんでした。そこに自分が持ち込んだ本を読んでもいいじゃないかと思いました。那覇市の図書館や県立図書館は駐車場が少なくすぐ満車になったり有料だったりします。それを解決する図書館がありました。浦添市立図書館です。ここは十分に無料の駐車スペースがあり、家からも遠くありません。ここには以前、和歌山から我が家に遊びに来た友人を連れて行ったことがあります。彼女は地元で司書をしており、沖縄に来た時に県立図書館や那覇市立の近隣の図書館巡りをしたいということで、浦添市立図書館にも連れて行きました。今回はその時以来の訪問。中に入るとよく冷房が効いて座席の数も十分余裕があります。お仲間の高齢者の姿もちらほらあり、本を読んだり新聞を読んだりしています。図書館こそ読書するのに最適の場所という当たり前のことになぜ今まで気がつかなかったのか。図書館詣でが増えそうです。
2026年09月03日
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今おきみゅー(沖縄県立博物館・美術館)で首里城正殿の御差床(うさすか=玉座)背後に掲げられる扁額が見られます。「御差床」は拝謁する人々の前で国王が鎮座する場所。「扁額」はその場所にふさわしい看板みたいなもの、と言えばいいでしょうか。しかしこの扁額も首里城正殿の御差床に掲げられてしまうと、もうこんな間近で見ることはできなくなります。最後のチャンスだと思い、おきみゅーに行って目の前で本物を見てきました。御差床背後の扁額の文字は「中山世土(ちゅうざんせいど)」。中山の王がこの地を治める、という意味です。琉球王国が統一される前、沖縄では本島に大きく3つの勢力が覇権を競い合う「三山時代」がありました。それぞれ本島北部の今帰仁を中心とした北山(ほくざん)、首里や浦添を中心とした中山(ちゅうざん)、南部地域を中心とした南山(なんざん)です。その中から中山が勝利し、本島全体を治めるに至りました。中国の清王朝がそれを正式に認め、贈ったのがこの扁額です。火災の前にも扁額は御差床でよく見ていましたが焼失しました。これがまたあそこに架けられると思うとワクワクします。扁額を見ているうちに首里城正殿に架けられたことをもっとはっきり想像したくなって、おきみゅーを後にして首里城に向かいました。平日の昼間、しかも多少の雨模様とあって見学客はやや少なめ。それでもぽつぽつと日本や世界各地から(と思われる)人々が訪れていました。台風が来ているからか守礼門の扁額(題字「守礼之邦」)は取り外されていました。正殿の前には2体の新しい龍柱が設置されています。見学者デッキから見た新しい龍柱はなんだか小さく「あんなに小さなものだったっけ」と思って眺めました。帰り際、焼失を免れながらも熱によってひび割れた龍柱を見ました。これらは新しい龍柱ができた今も保管され見学することができます。目の当たりにするとやはり大きなものでした。首里城の前に龍柱が据えられると小さく見えるほど首里城は大きいと実感。ますます早くあの場に行きたくなりました。
2026年09月02日
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プランター菜園を始めたものの、いろいろと失敗ばかり。夏の沖縄では1週間水やりをしないと枯らすことを学びました。これまで地植えの野菜作りしかしてこなかったので、プランターの苗は水やりを怠るとすぐに萎えてしまうことを今回初めて知りました。とくに沖縄の強烈な太陽光線の下ではそうみたい。ただ台風18号の来襲以降は、沖縄もようやく曇りがちの日が増え、ときおりにわか雨もあったりして野菜の生育環境が良くなってきました。リベンジする時が来た!と昨日ホームセンターに行き、枯らしてしまったトマトとピーマンの苗を購入。今度こそうまく育てないとな。これ以外にも、植え直したキュウリが少しずつ大きくなり、もうすぐ実をつけそうになってきました。オクラは少し前からきれいな花を咲かせ、実をつけてくれています。放っておくと大きくなり固くなってしまうので連日収穫。ナスも食べごろの実をつけていますが、すぐしわしわになるので水やりが欠かせません。水をもらうとすぐつやつやになるナスってほとんど水分なんだなと実感します。私ひとりが食べる分を提供してくれればいいので多種少量栽培。手をかけた分だけ応えてくれる野菜作り、結構好きかも。
2026年09月01日
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「阪神に勝ってもらいたい。これがジャイアンツファンの切なる思い」(徳光和夫)Yahoo!ニュースで見た見出しに頭の中でクエスチョンマークがいくつも浮かびました。徳光さんと言えば元日本テレビのアナウンサーで筋金入りの巨人ファン。その徳光さんが阪神を応援するような発言を?ゲーム差1.5で迎えた阪神対巨人の天王山3連戦。その第1戦で阪神に完敗した後の徳光さんがラジオで発した言葉だそうです。阪神の優勝を願っているなんて、あの徳光さんもとうとう常勝タイガースの軍門に下ったのかと一瞬思いました。でもこれ私の誤解でした。記事を読んでみるとあまりにも阪神戦に弱いジャイアンツを叱咤激励した言葉でした。「阪神に勝ってもらいたい」とは「巨人が阪神に勝つことを望む」という意味だったようです。私は「他の球団ではなく阪神が勝つのなら許せる。阪神に優勝してもらいたい」という意味で言ったのだと解釈してしまいました。英語で言うとこういうことです。○ I hope the Yomiuri Giants will beat the Hanshin Tigers.× I hope the Hanshin Tigers will win the pennant race.つまり「阪神に勝ってもらいたい」=「阪神を打ち負かしてもらいたい」≠「阪神に優勝してもらいたい」。徳光さんが阪神の優勝を願うわけなかったですね。でも正反対の意味にもなりうる表現。ニホンゴオモシロイデース。
2026年08月31日
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「ほどよく忘れて生きていく」(藤井英子著、サンマーク出版)を読みました。著者は現役の漢方心療内科医院の院長さん。1931年生まれの現役医師です。最近、書店でよく見かけるこの本がちょっと気になっていましたが購入するまでには至っていませんでした。すると、古本屋さんで242円の本書を見つけました(定価1400円)。発行後まだ2年で書店の棚にも並んでいるのになぜ?とも思わず即購入。読んでみて最初に思ったのは「THE 正論」という印象。とりわけ第1章「『人間関係』はほどよく忘れる」がそうです。人間関係は考え過ぎないこと。誰かに嫌われてしまったらその人から距離を置く。距離をとれなければ、その人のことは考えない時間をつくる。それぞれごもっとも。そうしたことをほどよく忘れられるといいのですが、でもそれができないから悩んでいる人が多いと思うのです。ちょっとこれはどうなんだろうと思いました。しかし、読み進めていくうちにだんだんと印象が変わります。本書は徹頭徹尾、そういうスタンスなんです。自己肯定感を持ちなさいとわざわざ言うほどでもなく、一番大事なのは自分だと常に語り続ける著者。読んでいるうちに段々と著者の考え方が私の頭を染めていきます。著者は30代で産婦人科で働いていた病院を辞め育児に専念します。しかしその後勉強を続けて心療内科医として50代で復職。さらに89歳で自分で医院を開院して院長になりました。そんな本人の生きざまを含めて著者の言葉を咀嚼していくと、「正論」が説得力を持ってきます。書かれていることを最初は「おっしゃることはいちいちごもっともです。でもそれ誰でも実践できますか?」と若干懐疑的に読んでいた私ですが、だんだん「ひーこ先生」の色に染まっていきました。何しろ本人が90代半ばで「ほどよく忘れて生きていく」ことを目の前で実践してくれています。その人の言葉は何物より胸にしみこんできす。内容は人間関係の解決から人生、とりわけ後半人生をどう生きるかのヒント。私は最後、素直に「ごもっとも」と言いました。
2026年08月30日
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「認知症の人、その本当の気持ち」(たっつん著、株式会社KADOKAWA)を読みました。先日読んだ、認知症患者を介護する現役ヘルパー漫画家の描いた本があまりに絶望的だったので、正反対の本を選びました。介護施設で働く介護士たっつんには認知症の人の「意味わからん行動」の中には必ず本人なりの「理由がある」という信念があります。理由があるところまでは先日読んだ『消えていく家族の顔』でも同じなのですが、この本が違うのはそこには必ず解決策があり、実際にどうやって「意味わからん行動」を収めさせたか、その具体例が満載されていることです。第1章では帰宅願望のある患者、夜間徘徊する患者、うんちを手渡してくる患者・・・などがこれでもかと出てきます。でも一人一人の行動の背景を見ていくとそれぞれの行動には合理的な意味がちゃんとあり、それがわかると解決策もある、とたっつんは言います。しかしそれは口で言うほど簡単なものではありません。帰宅願望のある患者と2時間も「散歩」につきあったり、手袋越しではいやがるので患者のうんちを素手で受け取ったりしなければなりません。こうした患者の「意味わからん」行動の本人なりの理由に徐々に近づき、解決に結びつける事例がたくさん出てきます。私も認知症の両親の介助をした経験がありますが、ここに載せられたような「問題行動」はあまりありませんでした。それは他人ではなく家族がみていたことや施設ではなく自宅だったことも理由なのかもしれません。それでも、認知症患者の世話をするのはそれなりに大変なことでした。しかし、たっつんはそんな介護の仕事を嬉々としてやっています。介護士は重労働だけれど認知症本人にしか見えない世界の核心に近づけたとき、これほどやりがいのある仕事はないと言います。**********************************************本人にしか見えてないであろう世界に触れられることもあります。そうしたときに何を感じるのか。それが楽しいといえば語弊があるかも知れないけれど、ぼくからすればすごく楽しい!だからこそぼくはこの仕事を辞めたいとはおもいません。**********************************************(p.9「はじめに」から引用)認知症の両親とともに過ごしていた私にはこの言葉がよく分かります。私もたっつん同様、介護を楽しんでいたからです。1時間以上かけて父の着替えを手伝ったり、下の世話をしたり、同じ話を何度もする母に対して毎回初めての顔をして聞いたり。そこには大変ながら、楽しむ要素もたくさんあると感じていました。そのあたりのことはこのブログの、私のカテゴリー「エンジョイ認知症」で綴っています。ときには私を認知してもらえないこともありましたが、認知症のおかげで実家に帰りしばらく彼らと過ごせたのは幸せでした。先日の本があまりにも絶望的だったので、この本を読んで前向きな明るい介護士さんの話を読み、ホッとしました。
2026年08月29日
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昨日はウークイ。と言っても、沖縄以外の地方の人には何のことかさっぱり分かりませんね。沖縄では今も重要な行事は旧暦で行うことが多く、お盆もそのひとつです。今年は陰暦の8月15日が昨日でした。本土では新暦で祝うお盆の8月13日が「お迎え」14日が「中日」15日が「お送り」です。沖縄では旧暦8月13日がウンケー(お迎え)、14日がナカヌヒー(中の日)、15日がウークイ(お送り)です。沖縄では学校が休みになるくらい大事な日です。お盆には親族が集まり先祖供養をするなど本土と同様のものもありますが沖縄独特の風習もあり、その一つがエイサーです。昨晩お風呂に入っているとどこからともなく太鼓の音が聞こえてきました。「あ、このリズムはエイサーだ。」これまでも何度かエイサーは見ていますが、「沖縄全島エイサー祭り」だったり「おきなわワールド」でショー化されたエイサーだったりが多く、いわゆるお盆のエイサーはこれまで数度しか見たことがありません。しかもいま住んでいる地域、いわゆる「地元のエイサー」は見たことがありませんでした。太鼓の音が聞こえてきたので、あわててお風呂から飛び出し家を出ました(服は着ましたよ)。このあたりは市街地でエイサーを踊れる広場なんかないのになと思いながら、太鼓の音を頼りに歩いていきました。ほかにも数人、ご近所さんが同じ方向に歩いています。行きついた先は何と、家から徒歩3分もかからないファミリーマートの駐車場。ここを借り切り交通誘導員も入れて、エイサーが行われていました。こんな近くなら太鼓の音もよく聞こえるわけです。のぼり旗に書かれているのは地域名を冠した青年会の名前。この辺は集合住宅が立ち並び独身の若い勤め人が多く、自治会の加入率も1割そこそこの地域です。が、ちゃんと青年会もあるんですね。ウフデーク(大太鼓)やパーランクー(片面太鼓)を叩く男性(女性も何人かいました)やミニの浴衣風の着物を着た女性数十名が踊っていました。中には「まだ青年会には入れないだろう」と思われる小さな子もいて、可愛すぎます。そんなに広くない駐車場ですが、踊る人と見物する人で超満員。このあたりでは見たことがないくらいたくさんの家族連れで埋まっていました。普段見かけるのは通勤する若者や中年の男女ばかり。あとは小学校から高校までの、登校する子どもをときおり見かけるぐらい。こんなに集まっているということは、実際はこのあたりも人が一杯いたのですね。見知らぬご近所さんと一緒に笑い、拍手をしていると、自分も地域の一員になった気がしました。
2026年08月28日
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台風が去ったので今朝は近くの運動公園に、早朝ジョギングに出かけました。台風は沖縄本島から離れていったはずですが、台風一過とはならず空はまだ曇っていてほとんど日差しがありません。さらにときおり名残の強風が吹いたりして、今朝は涼しい中で気持ちよく走れました。いつもジョギングを始めるとすぐ汗びっしょりになりますが、今日は着ていたシャツの汗もレベル4まではいかずほどほどという感じ(写真では全く分かりませんが…)。お昼になっても気温はそれほど上がらず、現在の気温はエアコンなしで28.1度。湿度51%。やや蒸し暑い程度です。昨日は台風の真っただ中だったのでジョギングは当然できませんでした。毎朝の日課になっているジョギングをしなかったら昨日は一日中どうも調子が出ませんでした。大した距離を走るわけではありませんが、小一時間ほど走って汗びっしょりになって初めて私の一日が始まる感じがしています。それがないとどうにもシャキッとしません。沖縄でも奈良でも、起きると必ずアップをしてジョギングに出かけています。8月に走ったグラフを確認しました。このグラフによると、今日までにジョギングをしなかったのは8月では7日、8日、23日、そして昨日26日。7日、8日は台風13号が沖縄を直撃していた日。23日は奈良→沖縄の移動日だったので、朝から奈良の家を出る必要があり、走る機会がありませんでした。そして昨日は台風18号。それ以外の日はすべて走れているということは、雨も降らなかったようです。私はおととし腰椎の手術をしたため、それまで続けていたジョギングをしばらく休んでいましたが、またこうして毎日走れるようになりました。今さら記録更新にチャレンジするといった気持ちはありませんが、走れることに感謝し精進を続けていきます。
2026年08月27日
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そんなわけで今回も我が家にはとりわけ被害らしい被害もなく、台風は去りつつあります。台風18号は沖縄本島に近づいたタイミングでやや進路を北にとり、先日の13号と同じように沖縄本島と奄美大島の間を通っていきました。それで我が家のある本島中南部は雨、風ともにたいしたことはありませんでした。台風が通り過ぎた朝になって吹き返しの風がこれまでで一番強く吹き、雨も台風が遠ざかりつつある今朝が一番強かったようです(夜中は寝ていたので知りません)。庭に置いてある野菜のプランターが一つも飛ばされていなかったことで、13号ほどではなかったことが分かります。バナナの葉も13号のときは切れ切れに裂けてしまって見るも無残な姿になっていましたが、今回はそれもありません。ときおり強い風が吹くとしなってはいますが、裂けることはありません。今年は台風の当たり年で沖縄に接近する台風は多いのですが私にとっては幸いなことに皆、先島諸島の方に行ったり奄美の方に行ったりしてくれて、本島中南部は直撃から免れています。そんなこんなで台風被害に備えて準備した非常用食料も飲料水もトイレ用の水も、今回は不要になりました。購入した炭酸水は本来の用途である、泡盛のソーダ割りに使います。多分こんなことだろうと、飲料水を買う時普通の水を買わずに炭酸水を買っておいて正解でした。45リットルポリバケツに貯めた。トイレ用の水はあと半日ほどしたら捨てましょうか。せっかくですからこの次いつか断水したときのシミュレーションとして、トイレの水を流すことに使ってみようかな。想定していた最悪のことは何も起きず、なんだかちょっと拍子抜けの気もしますが、何もないのが一番です。何もなかったからよかったようなものの、これでもし何も準備をせずにいて、実際に断水や停電になっていたら、たちまち困ったはずです。「オオカミ少年」の声を信じて準備をし、何度空振りになってもいいではないですか。「備えあれば憂いなし」の言葉通り。今回も準備をしていたからこそ「断水になったらトイレ、どうしよう」という不安はありませんでしたからね。青空駐車の愛車はどうなったかな。また窓やボンネットにちぎれた葉っぱが一杯ついているかな。あとで見てきます。
2026年08月26日
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台風18号、今夕から沖縄本島地方も暴風圏に入る予想です。今はときおり強い風さっと吹く程度で空は晴れています。台風に備えて非常食を色々と買ってきました。常温保存できるご飯やおかずもの、カップ麺のたぐいなど。普段あまり買ったことがないものが多いので、何もなかった場合は新しい味を試してみることになります。それが案外美味しかったりしたら普段買いのレパートリーが増えることになり、それも楽しいかなと。心配の一番は断水ですが、水は一人1日1~2リットルが必要とのことで1リットルの水のボトルを3本買いました。実はこれ、炭酸水。断水がなかった場合は泡盛を割って飲むのに使おうかなというセコい計算です。でも断水になったら炭酸水でご飯を炊くのかな。どんな味になるのか、何も考えていません。たぶん断水にはならないだろうという甘い考えです。トイレ用の水は先日の台風直撃の際にも活躍した(何もなかったので全部捨てましたけど…安心代です)45リットル入りのポリバケツに貯めます。別に汚くないので炭酸水で味がおかしかったらこっちの水を料理に使えばいいし。停電になる可能性もあるので冷蔵庫に入れるものは控えました。と言いながら「ガリガリ君」買っちゃったな。断水や停電よりもガスが停止になったらどうするのよ?という考えもありますが、それは可能性が低いだろうと高をくくっています。沖縄の我が家はプロパンガスを使用しています。庭の隅にボンベが2本置かれていて、そこから屋内にガス管が引き込まれている(はず…見えません)ので、ガスが強風で供給停止になることは多分ないと思うのです。これで準備OK、のはずが明日買い物しない前提で考えると足りないものが出てきました。今のうちに買い物に行ってこよ。
2026年08月25日
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「いじわるばあさん」1巻、2巻(長谷川町子、朝日文庫)を読みました。「いじわるばあさん」はこれまでにも読んだことがあります。というか、ほぼリアルタイムで読んでいました。青島幸男が演ずる実写ドラマも好んで見ていた記憶があります。先日読んだ大塚ひかりの「くそじじいとくそばばあの日本史」の冒頭で私とほぼ同年代の著者が「いじわるばあさんが大好きだった」と書いているのを見て、また読みたくなりました。そして、3日ほど前に奈良の古本屋でこの2冊を偶然見つけたので早速購入。沖縄に戻る飛行機の中で完読しました。やっぱり文句なく面白い。もちろん時代が違うので、現代の読者には理解が難しいものも多々ありますが逆に言うとそれだけ時事性に富んだネタを長谷川町子が描いていたということでしょう。朝日新聞には毎週末の土曜版「be」に「サザエさんをさがして」というコーナーがあり、サザエさんに描かれている時代を通して当時の風俗を掘り起こしていくという企画があります。つまり、長谷川町子の漫画はどれにも時代の空気が反映されているのです。それも面白おかしく。「いじわるばあさん」が連載されたりテレビ化されたりした当時、私はこどもでしたがどちらかというと「サザエさん」よりもこちらが好きでした。今読んでも4コマに凝縮されたネタにはどれも当たり外れがなく、レベルの高さには驚きます。2つほど拾い上げてみるとこんな感じです。第1巻p.40(1コマ目)水泳をしている数名の男性(2コマ目)水から出てたき火に当たっている男性たち(横には「寒中水泳大会」の看板)(3コマ目)たき火が一気に「消火」されてしまう(4コマ目)「最近出没する消火魔ってあれか」(消火器をもって逃げていくいじわるばあさん)第2巻p.78(1コマ目)いじわるばあさんの家の軒下で雨宿り中の男性(2コマ目)傘を貸すいじわるばあさん(「お持ちなさい」「たすかります!!すぐにお返しします」)(3コマ目)返しに来た男性にいじわるばあさん「じゃ、借りたカサですからここに」と住所を渡す)(4コマ目)田舎道を歩く男性の手には「茨城県日立市○○丘団地」と住所を書いた紙)上の話は「放火魔」に対する逆説としての消火魔。下の話は一見親切と見せかけて行った意地悪。どちらもちょっと毒の入ったユーモアがいじわるばあさんらしさを醸し出しています。所収された話の中には今やれば(その当時からも)犯罪だろうというものも多々ありますが、たいていは毒のない痛快な意地悪が多くて素直に笑えます。なかには意地悪が自分に返ってきたり反省したりするものもあり、気がつくと読者はいじわるばあさんの立場に立って読んでしまっています。どれを読んでもよくそんなことを考えるものと感心しますが、いまだに長谷川作品が老若男女に好かれているのも分かります。
2026年08月24日
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先日大幅値引きの札を見て思わず買ってしまったネックファン。暑いときに外を歩く機会があれば試そうと思っていましたが、全然使うことがありませんでした。暑すぎてまったく外を歩こうという気にならず、外出はいつも車でしたから。しかし、2拠点生活をしている私には使用する機会が必ずあります。それは拠点間を行き来するときです。奈良ではバス停まで5分足らず歩くだけなので試すのは沖縄のみになります。家から空港に行く(あるいはその逆)ためには家と最寄り駅の間を20分間歩く必要があります。20分ぐらいならタクシーなど使わずに歩きますよね。しかしこれがこれまで大変でした。夏場(沖縄は1年の半分以上が夏場ですが)にこの距離を歩くと汗がどんどん噴き出して汗びっしょりになります。駅から家までならすぐにシャワーも浴びれますが、汗だくでモノレールに乗るのは周りの人たちのことを考えるとちょっと気が引けます。それで前からハンディファンがあったらいいかなと思っていたところにネックファンの安売りをみつけたのです。何しろ通常価格唖5千円のところが売り尽くしセールで1千円弱。飛びつきました。で、使用結果はどうだったか?うーん。ハッキリ言ってあまり役に立ちませんでした。5日前に家から駅に歩いた時も、今日駅から家まで歩いた時も、どちらも汗はびっしょりかきました。この製品は直接肌に当てないでタオルを挟むのですが、普通に汗を拭くものとしてタオルが役に立っただけでした。これならハンディファンの方がよかったのかなぁ。ただ未経験の私はハンディファンも役に立つかどうか分かりません。今後これを首に巻いて外出する気は失せました。安いと思って買ったけど結局高い買い物になってしまったようです。8割引きになってたわけだ。ただし、これは寒いとき首を暖めてくれる機能もついています。最終的な判定は、冬の暖房用として使えるかどうかを試すまでもう少し先に伸ばしましょう。
2026年08月23日
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「前しか見ない ミキティ語録」(藤本美貴、CCCメディアハウス)を読みました。最近、なんとなくミキティこと藤本美貴さんのことが気になっていたので、前から本屋さんで見かけていたこの本を読んでみました。と言っても歌手時代のミキティのことはよく知らないし、所属がAKBだったのかもモーニング娘。だったのかもよく分かっていません。ただ横澤夏子さんといっしょに司会をしている「夫が寝た後に」は毎週欠かさず見てます。深夜番組なので夫どころか私も寝た後に放送されているため、TVerで「お気に入り」登録をして見ています。藤本さんにしても横澤さんにしても、どちらも特別に好きなタレントというわけでもないのに、この番組だけは好きで見てしまいます。私自身、彼女たちのような子育て世代ではないどころか孫が彼女たちの子どもの世代で、現在子育ての苦労をしているわけでもありません。なのに毎週楽しくゲストとの会話を見入ってしまうのはなぜでしょう。本書を読むと藤本さんの「語録」には共感することばかりでした。なるほどこれが魅力で「夫が~」も見ていたのですね。副題に「前しか見ない」とありますが、そこが読者やこの本のもとになったTouTubeのフォロワーたちが彼女に魅力を感じているところなのでしょう。常に前向き、くよくよしない、いつも正直に自分をさらけ出し、後悔しない生き方が見ていて気持ちいい。「基本何でも楽しめる。どこでも楽しめます」(p.208)と言っているのは「人生は遊びだ」をモットーにしている私と気が合うところです。本書の「語録」はすべて共感の連続ですが、反論じゃないけれどひとつだけ藤本さんに言いたいことがあります。「泣いても何も前に進まない。だから泣かないの、絶対に」(p.216)について。ここで言っている「泣く」のは悔し泣きのことだと思うのですが、人生には誰かと戦い、負けてなく涙だけではなく、永遠に手の届かなくなってしまったものを前にして静かに涙を流して別れることもあるわけで、そのときの涙は自分の気持ちを浄化してくれる涙であるかも知れません。今後、「前に進める」ためでない涙を流すこともきっと出てきます。そんなときはたっぷり泣いてください。
2026年08月22日
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奈良に帰ってきている間にやらなければならない必須のお仕事のひとつ。草刈りが終わりました。写真が下手なのと、今回は思ったよりも雑草が伸びていなかったのとで草刈り前後の違いがあまり分かりませんがとにかく前庭はきれいになりました。前庭よりひどかったのがブドウがある横のフェンス側です。こちらはブドウも繁っていたけど雑草も繁りたい放題でした。ブドウの葉っぱに覆いかぶさるようにヘクソカズラがびっしり。覆いかぶさったヘクソカズラを取り除くと、ブドウの房がいっぱい顔を出しました。今年は種無し化処理にチャレンジしたのですが、初めてのことであまりうまくいかなかったようで、ときどき種が入っているものがありました。でも濃厚な甘さがあって味はなかなか悪くありません。夕方、涼しくなったら収穫して東京にいる子どもに送ってやりましょう。3歳の孫はうまく種が出せないかも、ですけど。
2026年08月21日
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「『わかってもらいたい』という病」(香山リカ、廣済堂新書)を読みました。最近「AIに悩みを相談している」という人の話をよく聞きます。「とにかくAIは否定しない」「AIは自分の『自己肯定感』を上げてくれる」という話を聞くと、そんな予定調和みたいな会話が本当に頼りになるのかなと疑問でした。でも、この本を読んで人がAIに頼る気持ちがよく分かりました。「わかってもらいたい」と願う人々は理解してもらいたいというより、受け入れてもらいたいのです。精神医学者で臨床の経験も多い著者によると「わかってもらいたい」と言う人が求めているのは性格や人となりをことこまかく理解してほしいということではなく、とにかく自分の気持ちを相手に肯定してもらいたいということだそうです。疲れている人、つらい状況にある人を「わかってあげる」のはその状況を理解することよりも、その気持を受け止めて受け入れること。なるほど。決して否定しないAIが相談相手として好まれる理由が分かりました。この本は初版が2018年発行と、現在からすればAIに関して少し古い知見も見られますが、その頃から香山はAIが相談相手になりうるし、「理想の恋人」にもなると考えていました。なぜならAIの恋人は自分が作り上げた、最も自分に都合のよい存在だからで結局それが「わかってもらえる」ということになるからです。しかし「わかってもらいたい」はときに病気や犯罪につながります。「わかってもらってない」人には本書の一読を勧めます。
2026年08月20日
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久しぶりの奈良。通常は2~3週間も奈良の家を空けることはないのですが今月は沖縄滞在が長くなりました。理由はまず、美容院や病院などの予約がなかったこと。これまではそれらの予約にあわせて奈良に帰ってくるようにしていました。次にお盆シーズンだったため航空運賃が高騰していたこと。いつも使うピーチでは、安いときの関空ー那覇の料金は5~8千円ですが、お盆期間は2~3万になることがザラで、それ以上になることもあり私には手が出ません。お盆が終わってようやく1万円そこそこになったので帰ることにしました。放置している庭のことも気になりますし。帰ってきてすぐに庭をみましたが、思ったほど草ぼうぼうではありません。7月に帰ったときは高さが40cmぐらいまで雑草が伸びていたのに今回はせいぜい7~10cmほど。それでも草刈りはしますが、この程度なら「荒れ放題の空き家」には見えません。1か月前と何が違うのか、雨降りが少なかったのか高温すぎたのか。理由は分かりませんが、これなら草刈りにかける時間も短くて済み助かります。というわけで今回は奈良にいる間、草刈りをして、奈良でいつも買っているコーヒー豆を買って・・・そうそう。ぶどう狩りを忘れてはいけません。フェンスに絡ませたデラウエアが今年は豊作でかなりの収穫になりそうです。これまでは食べてくれる人もあまりいないので自分で消費する以外は朽ちていくのをただ見ているだけでした。でも最近、東京にいる息子が「デラウエアが果物の中で一番好き」みたいなことを言っていたので(初めて聞きました)今年は送ってやります。沖縄からマンゴーが届き奈良からはぶどう。孫たちはじぃじって何者?と思っているかも。とにかく明日から忙しいぞ。
2026年08月19日
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「消えていく家族の顔 現役ヘルパーが描く認知症患者の生活」(吉田美紀子著、竹書房)を読みました。最近亡くなった両親が認知症だったこともあり、この種の本は興味を持って読んできました。認知症患者がなぜ不規則な行動をとるのか、彼らの頭の中はどんな思いなのか。それが知りたくていろんな本を読んできました。そのなかで本書はこれまで読んだ中で最悪の読後感を抱いた本でした。著者は現役の介護ヘルパーと二足のわらじを履く漫画家の方とのこと。ここに描かれていることは確かに現実としてあるのでしょう。しかし本書に出てくる19の話は2、3を除いてどれもこれも認知症患者は絶望の中で生きているとして描かれています。これまで読んできた認知症関連の本では奇行に見える認知症患者の行動にも本人にとってはれっきとした理由があり、行動には独特の論理があると説明されていました。そして、そこを理解したうえで認知症患者にはどう対していけばいいかが示されていました。本書でも「なぜ」の部分までは描かれていますが、その先の「どうすれば」までは踏み込みません。現役ヘルパーだから踏み込めないのかもしれません。しかし、読者はそこで見放されるとつらくなってしまいます。本書を読むと認知症患者の行動パターンやその行動をとる理由はある程度分かりますが、そこでつきはなされると認知症患者は苦しさの中で生きている、ということしか残りません。家族や介護者には理解できなくて当たり前、耐えて世話をしていくしかない、ということなのだと捉えてしまいます。認知症でもそれなりに、本人も周りも楽しく生きられるということが一切描かれていません。身近に患者がいて、いま現在そのお世話に従事している人にはあまりお勧めしたくない本です。
2026年08月18日
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自他ともに認めるおケチなヨッサンです。スーパーに行っても事前の買い物メモ以外のものはまず買いません。お金のかかるサブスクには何も入っておらず、テレビなら無料で見られる地上波しか見ません。それ以外は無料のTVerで見逃し番組を見るくらい。YouTubeはいくらか払えばコンテンツの頭に流れるCMがなしになるとか聞きますが、5秒から数十秒待てばいいのでスキップできるまで待っています。どうせ暇でダラダラ見ているだけですから。おケチなのでYouTubeの番組前、スキップできるまでに出てきたCMの製品は買わないぞと決めていたのですが。ひとつ気になったものがありとうとう禁を冒して買ってしまいました。それがブルーレット「さぼったリング黒ズミ対策」。どういうわけか沖縄の我が家のトイレはいくら掃除しても黒ずみがとれません。決してさぼっているわけではなく、ブルーレットドボンも使ってますし、日々気をつけて掃除もしています。それでも「リング」は消えません。そこまでやってもリングが残るのは便器の品質か長年の使用による経年劣化なのか、悩んでいました。リングは取れないものともうほとんど諦めていたのですが、「さぼったリング黒ズミ対策」のCMを見て、つい心が動かされてしまいました。「もしかして、これをやればあの頑固なリングも消えるかも?」と淡い期待をかけて昨日、スーパーで当該の製品を探してしまいました。すぐに見つかり早速購入。単に便器にふりかけ30分から1時間待つだけ。こすったりは一切なし。指示通りにやったところ、見事にリングはなくなりました!これまで、いくらこすろうがしつこく残っていた黒ズミリングが跡形もなく消えていました。効果抜群じゃないですか。使用前と使用後の比較写真を載せたいところですが、使用前に撮っておかなかったので残念ながらそれはパス。使用後の写真だけ載せてもただの便器の写真になってしまいますし、人の家の便器を誰も見たくありません。YouTubeの番組前に流れるCMも少しは信用してみようという気になりました。ただよほどのことがない限り買わんけど。
2026年08月17日
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北谷町立博物館で開かれている「佐藤健寿展 奇界/沖縄」を見てきました。QAB(琉球朝日放送)が繰り返し流すスポットCMにつられて、とくに前知識なしで「面白そう」と思い行ってきました。博物館の駐車場は空きスペースを探すのに苦労するほど車が一杯、中に入ると大人も子供も人が一杯です。夏休み中の土曜日とあって、なかなかの盛況。わくわくしながら入場料1,500円を払って中に入りました。「写真はきれいだったけど、展示内容はイマイチつまらなかった」というのが私の率直な感想です。「人類が生んだ奇妙で美しく、時に摩訶不思議な風景や信仰、建築、宇宙開発まで」(沖縄タイムスの説明)を撮り下ろした作品が並んでいますが、内容に一貫性が見られません。写真の共通点は「ほら、奇妙だろ」ということです。小さな文字で説明文はありますがそれを読んでも理解が深まる訳ではありません(しかも客が多くて読みづらかった)。社会、文化、歴史は横に置いた「奇妙」をキーワードにした写真を提供しているだけのように見えます。これでふと思い出したのが20世紀初頭に大阪で行われた博覧会での「人類館事件」です。この博覧会では琉球人、アイヌ、台湾原住民、朝鮮人らを動物園の動物であるかのように各パビリオンに「展示」して、入場者に生身の人間を「観察」させました。当時の日本では「野蛮」で「劣った」人々を見世物にしているという意識が薄かったために起こったことですが、これは「人類館事件」として後々大問題となりました。「奇界/沖縄」にそうした差別意識はないと信じますが、奇妙で不思議なものというキーワードだけでまとめていくと、人々はものごとの本質を見ずに単に自分にとって珍しい、自分とは違うものを見たという感覚を覚えるだけで終わってしまいます。「奇妙」と見えるものにもそれぞれ、必ず合理的な理由はあります。当事者には奇妙でも何でもありません。なのに、奇妙や違いという部分を強調するだけで、「我々にとって奇妙と見えるもの」が彼らにはどのような意味があるのか、どのような論理のもとに提示されているのかをこの展示会では掘り下げて見せてくれません。そのためこの展示会は、私には人類館事件同様、自分たちとは異なるものを好奇心の対象にしているだけに思えました。見学者たちは「変わったものを見た」で終わらせず、その背景の人間の生に思いをはせてもらいたいと思いました。
2026年08月16日
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「メーター検針員テゲテゲ日記」(川島徹著、三五館シンシャ発行)を読みました。三五館シンシャから20冊ほど出ているこの職業日記シリーズは、そのうちの半数以上をこれまでに読みました。外部からはわからないそれぞれの仕事の内幕がわかるだけでなく、実際その職に就いていた著者の人生が垣間見られるのが魅力でもあります。公務員などを除いて、このシリーズの著者は最初からではなく途中からその仕事に従事するパターンが多いように思います。本書の著者、川島さんもそんな途中入社をした一人。年収850万円の東京の外資系企業に勤めていた彼ですが、若いときから文筆業になるのが夢だったこともあり、あるとき文筆業を兼ねるには多忙すぎると職をすっぱり辞めてしまいます。検針員になって月に10日ほど働きさえすれば、あとは自由に好きな執筆ができると考え故郷の鹿児島にUターンし、検針員として雇用されました。検針員を最近はあまり見ません。かつてはオペラグラスのようなものでメーターを除いたりしているのを見たものでした。それもそのはず。メーターが進化し、以前は手書きだった連絡票がプリントアウトになり、さらに手渡しの連絡票もなくなるといった形で技術が進んでいるようなのです。そのため本の帯にもある通り「あと数年でなくなる仕事」なのだそうです。検針員が各戸をまわって人の目で使用電気量を確認しなくてもデータが各戸のスマートメータから電力会社に自動的に送られるようになってきているとか。他の仕事同様、外回り中心の検針員は暑い日、寒い日、犬にほえられ、泥棒と間違えられ、苦労してきました。ただ、実際にその仕事ぶりを見かけていたこともあったからか、これまで日記シリーズで読んできた様々な仕事と比べると、ここに書かれた検針員の仕事はそれほど予想からは外れていませんでした。外勤中心の検針員の大変さはそのようなものだろうなと思っていたのです。ただそこに描かれていたのは業務そのものより電力会社という大企業の下請けの検針会社の、さらにそこにパートとして雇われたパート従業員の悲哀でした。検針員の実態を考えてくれていない上から押し付けられる理不尽な要求、威圧的な上司との軋轢など。不当なことにもできるだけ我慢して耐えながらも言うべきところでは物を言う著者。でもそれが原因で上司ににらまれた彼は定年より5年早く雇用契約を切られてしまいます。その後は年金を受給しながら介護職などを転々としますが、ひょんなことから自分が書いた本を出版するという長年の夢が、本書の出版によってかなったのは幸いでした。今度、電気や水道、ガスのメーター検針員を見かけたら「ご苦労様です」と声をかけようかな。あんまり見ないけど。
2026年08月15日
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前日に続いてマンゴーの剪定をしました。前日は雨に阻まれましたが、昨日は雨の邪魔もなく青空の下、無事完了。上に伸びていた枝は大胆にカット。私の背より伸びている枝はほとんどなくなりました。去年はあんまり剪定をしていなかったので枝がかなり入り組んでいたのですが、それをすっぱりバッサリ。空がよく見えるようになって日が当たるようになりました。来年は実にもしっかり陽が当たり、サンキストマンゴー(sun-kissed mango)になるかな。上から見おろすと、かなり風通しがよくなったのが分かります。今年は確かにちょっと混みすぎでしたね。切った枝が山のように積みあがりました。乾いた枝は細かくカットしてごみの日に出します。でもこんなに生き生きとしているので、これが乾くのはまだまだ先。剪定第2弾を行う方が先かもしれません。剪定はあんまり強くやりすぎると樹勢が衰えるらしいので、今回はこれでも剪定を控えめにしました。本当はまだまだもっと切り詰めたいところです。とりあえず今回はこの程度にし第2弾は10月かな。「実をありがとう&お疲れさん」と肥料と水をたっぷりやりました。
2026年08月14日
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我が家のお庭果樹園でマンゴーの収穫が終わりました。成果は40個ほど。そこで昨日は剪定をやることに。枝が伸び散らかっています。写真では分かりにくいですが2mぐらいにはなり枝も込み合っていて剪定必須です。剪定の前に先ずマンゴーの実を吊り上げるために屋根の上からわたしてあったロープを外します。農家さんはちゃんとハウスを建てて、マンゴーの木の上にパイプを渡してそこからマンゴーを吊り下げますが、素人栽培者はそこまではできないので、屋根の上にブロックを置き、そのブロックと下のブロック塀の間にロープをかけています。作業の最初に、屋根に上ってまずそのロープを外しました。次に、実を入れてあったネット袋の残骸がいくつも残っていたのでそれを外しました(手前ロープ、奥ネット残骸)。さぁ、ここから本格的な剪定作業を開始!のはずが、昨日できたことはそこまででした。ここまででそんなに時間がかかったわけではないのですが、そこまでやったときに空模様があやしくなり、小雨がパラつきだしたので中断せざるを得ませんでした。多少の雨なら続けようかなと思っていたのですが、雨脚はどんどん強くなり思いもかけず(天気予報でも予想していなかった)大雨になりました。やめてよかった。今日もいま現在微妙な天気です。切り口に薬を塗ったりするのでできれば晴れたときにやりたいし。どうしよっか。悩み中。
2026年08月13日
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「あのSFはどこまで実現できるのか テクノロジー名作劇場」(米持幸寿著、インターナショナル新書)を読みました。読みました、と書きましたが正確には読み流しました、です。あまりにもヲタッキーな内容なので技術的な部分などについていけず、眺めましたと言った方がいいくらいかもしれません。著者は映画やテレビドラマ、漫画などに登場する「未来テクノロジー」を取り上げ、それらを現代(執筆時)のテクノロジーはどれほど実現させられるかを検証しました。私より少し若い著者ですが、パンチカードから始まり最初のパソコンがPC8801mkⅡだったりは共通する部分です。私はそこから一般ユーザーとしてコンピュータを利用する立場になりましたが、著者は「2001年宇宙の旅」に出てくるHALにあこがれ、実際HALのモデルになったIBM(日本アイ・ビー・エム)に入社し、そこからは本格的にシステムの研究や開発の側にまわりました。その彼が本書で「ナイトライダー」のドリームカーや「火の鳥」の人工頭脳の実現可能性を考えていきます。100年前に予想された未来の姿が現在どれだけ実現できているか、などがよくマスコミに取り上げられます。現代のコンピュータやスマートフォン、空飛ぶ車、電子レンジ、MRI装置などを思わせるような空想など、それなりに当たっているものもありますが、戦争がなくなっているとか月に人が住んでいるなどは予想が外れているものも多くあります。そうした過去の予想とその実現の具合を見るのが好きな私は本書もそういった興味で読み始めました。しかし著者はSFに登場する「装置」がどこまで現代の技術で実現できるかをあくまで冷静に技術者の立場から評価します。興味本位の浮かれた気持ちで読んでいる私にはついて行けない点が多く、上に書いたように結局は分からないところは分からないままに読み流し、読み飛ばしていったというところが本当のところです。分かる人にはとても面白い本なのかもしれませんが、残念ながら私には猫に小判のような本でした。また取り上げられているものに知らないものも多く、そこもまた彼との視点の違いを感じました。
2026年08月12日
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天気予報をみると那覇の今週のマークは雲と傘が並んでいます。台風13号のあと少し季節が進んだみたい。よし、今度こそプランター園芸のリベンジだ!と昨日苗を買いに行ってきました。今年から始めたプランター野菜作り。沖縄で初めて果樹以外に作ってみたのが今年の4月でしたが、地植えと違ってなかなか難しい面があります。地植えでの野菜作りはほとんど失敗したことがなかったのに、プランターは失敗だらけです。1週間ほど沖縄を留守にし水やりが途絶えて、苗が大きくなれなかったりすでに大きくなっていたものを枯らしたり。沖縄での最初の挑戦が4月。その頃はまだ日差しが強くなかったのでしょう。5月に3週間沖縄を留守にしましたが、野菜たちは主のいない間に枯れるどころか順調に成長し、帰ってきてみるとキュウリやバジルは見違えるほど大きくなっていました。その後も順調に育っていた野菜たちでしたが、6月に6日間留守にした間に、トマトやナスが大ピンチに。そしてキュウリは亡くなってしまっていました。夏の野菜作りは日々の世話が欠かせないことを再認識。ナスは持ち直しましたが、トマトは復活できませんでした。その後は台風が続いたり暑い日が復活したりしたので、何とか生き残ったナス、バジル、オクラを除いて野菜作りは小休止していました。今年こそ自家製の野菜が色々食べられると思っていたのですが、口に入ったのはミニトマトとナスとキュウリ、オクラがほんのちょっぴり。ただしバジルだけは夏の暑さに負けずバンバン成長しています。ハーブは強いな。バナナやマンゴーは何の問題もなくできるのに、野菜作りって案外難しいものだったんですね。
2026年08月11日
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私は奈良と沖縄の2拠点生活をしています。毎月1~2度ずつ行ったり来たり。ある人に「災害が起きたとき、ヨッサンみたいなのが一番いいのかも」と言われました。地震や台風などで被害を受けても被害のないもう1拠点に移動すれば普通の生活ができるからです。たしかに奈良と沖縄だと同時に災害に遭遇する確率はほとんどないでしょう。1カ所が被災しても、もう一カ所に移動すれば通常通りの生活ができます。熊本地震から十日あまり。断水している地域はまだたくさんあり、避難所で暮らす避難民も多くいます。以前から考えていたことですが、姉妹都市制度を拡大して全国の自治体がそれぞれ相互扶助姉妹都市をもつことはできないでしょうか。同時に災害を受ける可能性の低い、ある程度離れた地域に姉妹都市を持つのです。日ごろから交流を深め、一方が大きな災害に遭ったとき、もう一方が避難先として受け入れるようにしておく。現在、自宅に住めなくなった被災者は自分の市町村の中に作られた避難所に避難するのが原則です。しかし避難所自体が被災していることも多く、避難所として十分機能していないように見えます。今回も最初の数日は停電のためエアコンが使えなかったりトイレが十分でない避難所がありました。車中避難をしたり、倒壊する危険を顧みず崩れかけた家や軒先に避難をしたりするケースが多く見られます。そこでは電気、水道、トイレなど問題が多く、睡眠や運動が十分にできず「災害関連死」を引き起こしてしまう原因になります。「相互扶助姉妹都市」があれば、2次災害におびえず姉妹都市に設置された宿泊所で落ち着いた暮らしができます。先日、元大津市長の越直美さんがテレビで「10年前の熊本地震のとき、熊本県大津町という名前を聞いて、同じ名前だと思い、すぐに援助をするよう指示しました」と言っていました。そんなことが特定の地域に援助をするきっかけになることだってあるのです。まして、姉妹都市として提携協定を結び、日ごろから互いに交流を深めていれば避難先としてすぐに名前が浮かびます。被災者は安心して避難生活ができ、受け入れ側も日ごろからなじみのある地域、人たちの援助を喜んでするでしょう。現在も姉妹都市提携をしている自治体の中には相互扶助の考え方が少しずつ出てきているようです。しかし最初から「相互扶助」が目的であると明確にし、かつ全国すべての市町村(ときには区も)が相互扶助姉妹都市を持たなければいけないとしておけば、それぞれの自治体が自発的に行うものとは違い、災害時によりスムーズに被災者の支援ができるのではないでしょうか。政府は公助と自助の間に「共助」を強調しますが、今後はそれらに加えて拡大共助が必要になってくると思います。
2026年08月10日
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台風によるまる2日のヤーグマイから解放されました。2日間一度も外に出なかったので今日のジョギングは3日ぶり。今回の台風は今年来た3つのうち数字上は一番激しいものでしたが、それほどではなかったというのが私の感覚です。6号のときの方が雨音はすごかったし、庭ではプランターもひっくり返されましたが、さっき見るとオクラは花も飛ばされず実がついています。ハイビスカスは花が咲いていました。「被害」があったふうに見えるのは月桃(サンニン)ぐらい。今回も我が家付近では停電も断水も起きませんでした。一応、断水に備えて45リットルのポリバケツにトイレ用の水をためておきましたが、今回も空振り。でも、やっぱり断水で一番困るのはトイレだ、と多くの被災者の感想を聞きますから次も忘れずに備えなければいけません。さて、備えたこの45リットルの水、どうやって捨てようか考えました。抱えて捨てるのも重いので子どもの頃金魚の水槽の水を取り替えるときにやっていたサイホン方式を採用しました。我が家(沖縄)のトイレはシャワーと兼用の昔ながらのタイル張り。そのまま流すと床が水浸しになってしまうので床を濡らさないように大量の水を捨てないといけません。そこでホースに水を充たして一方はポリバケツに、もう一方は排水口にセット。ちょろちょろと水は流れ出ていきます。どれぐらいかかるかな。ただじっと待っていても仕方がないのでその間に別のところにあるもう一つのお風呂に入り20分後戻ってみるとポリバケツは空っぽ。細いホースのわりに意外と早かったな。とにかく、これで台風の「後始末」はおしまい。次はもうないように願います。
2026年08月09日
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前々からハンディファンが欲しいと思っていました。JKから流行が始まり、今は老若男女にかかわらず使っています。私はそんなに炎天下を歩くわけではありませんが、ときたまバスや電車を使うことがあり、停留所や駅と目的地の間は徒歩になります。いずれも10分~20分のことですがこれが暑い。耐えられないほど暑いんです。奈良では玄関を出たとたんムッとする暑さが下からやってきて息がしづらいし、沖縄では上から殺人的な太陽光線が降り注いできて、汗がだらだら出ます。それでハンディファンはどうかなと考えたのです。でもハンディファンって必ず片手で持つもの。それがネックでした。私は暑い日の外出には必ず片手に日傘を持っています。右手に日傘、左手にハンディファンとなると両手がふさがってしまいます。そこで日傘に取りつけられるハンディファンはないかと考え、近くのbig oneに行ってみました。そこにはハンディファンのコーナーがあって様々なものが展示されています。が、取り付け式は見当たりません。ハンディファンと並べて置いてあったのがネックファン。「これなら手がふさがらなくて便利」と思いましたが高い。ハンディファンなら安くて980円から売れ筋は2000円前後ですが、ネックファンは3000円~6000円もします。帯に短したすきに長しと思い、どちらも買うのをためらっていましたが、先日ホームセンターさくもとで目を疑うような値段のついたネックファンを見つけました。ペルティエクール& ウォーム デュオ。店舗での通常価格4,980円(税別)が売り尽くしのため980円(税別)とのこと。よほど評判が悪いのかと心配しましたが、ネットで見た消費者の評判は悪くなく、残り2台だったので即購入しました。そしてただいま、初使用中。台風のために外に出て使えないので家の中で首に巻いています(エアコンは使用していません)。15分ほど使用しましたが、効いているのかいないのか、よく分かりません。ネックファンと書きましたが、ファンというより熱伝導が中心の「ひんやり感」を前面に押し出している製品のようです。ウォームモードもあるので冬も使えるとか。暑熱の屋外でこれをつけて数分~数十分ほど歩いてみないことには効果が分かりません。千円だったしダメ元かな。
2026年08月08日
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