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3泊4日で奈良のじいじのところに来ていた次男一家。ようやく昨日の朝、帰りました。5歳と2歳の孫娘は可愛く、さよならするときは二人と目いっぱいハグ。それはいいのですが、やはり普段勝手気ままに独り暮らしをしている私は他人がいるとそれなりに窮屈さを感じます。血のつながった子どもであっても孫であっても別々のところで日常生活をしていると、それぞれ生活パターンも違うのでお互い気を使う部分はあります。まさに「来て嬉し 帰って嬉し 孫の顔」です。どこの誰も同じように思っているのですね。その次男一家が昨日帰り「さぁ、これからマイペースでのんびり過ごそう」と思っていた矢先、夕方になって長男から連絡が入りました。「今日は下の子(小学生)がキャンプに行っていていないし◯◯(奥さん)は帰りが遅くなるので、上の子(高校生)と二人でじいじのところに行って、酒盛りをしよう」それはいいけど、「お酒を飲んだら帰れなくなるのでは?」と問うと、「泊りがけでいく」と。彼は弟一家がその日の朝まで私のところにいたことを知らず、ちょうど入れ替わりになりました。私は次男一家を送り出した後に彼らが使ったシーツを洗濯し布団を天日干ししておいたのですが、それらをまた取り出して、今度は長男と孫の、男二人のために再び準備。昨夜はさんざん飲み食べ、早めに就寝。今朝は彼らが寝ている間にルーティーンのジョギングと入浴をすませ、その後彼らの朝食を準備して起こしました。まるで次男一家の滞在が1日延びたようなものです。二人は先ほど帰っていきました。これでようやく一人になれるかな。子どもたちがいつまでもお父さんを頼ってくれるのはうれしくもありますが。ふぅ
2026年05月06日
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昨夜、寝ている最中に喉の奥に痛みを覚えました。熱っぽさもあって久しぶりに風邪を引いたみたいです。今日は奈良の我が家に遊びに来ている次男一家が帰京する日。朝のうちに最寄り駅まで車で送っていかなければならず、風邪だなんだといっている場合ではありません。扁桃腺も腫れているのか唾を飲み込むと痛くて早めに薬を飲みたいものの、薬を置いてある部屋には次男が寝てるし起こしてはいけないと、悶悶としているうちに朝になりました。症状は何とか落ち着いています。痰も切れて唾を飲み込んでも夜中ほど痛くはありません。多分夜にはあった熱も引いてます。思えば昨夏、長男の子ども達二人(高校生と小学生の男子)が沖縄の我が家に来たときも私は39度の熱を出しました。普段めったに風邪を引かないのに誰かが来ているときの私の弱さが分かりました。でも弱い一方、速効で治してしまう強さもあって昨夏も今回も一気に憔悴し一気に回復のパターンは一緒です。昨夏など39度の熱を出した翌日、ケロッとして海で泳いでいましたからね。にしても何でこんな時に限って・・・人はこれを孫熱(造語)と呼んでいます。さて、そろそろ彼らを送る準備をしなくては。
2026年05月05日
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久しぶりにコーヒー豆を買いました。奈良の老舗のお店で500gを2袋。奈良用に1袋、沖縄用に1袋。独り暮らしですから、毎日飲んでいてもそうそうは減りません。奈良町にあるこのコーヒー豆専門店に前回行ったのはいつだったか。おそらく3ヶ月ほど前だったでしょうか。もう何十年も通っていますが、今回豆を受け取り何か違和感を持ちました。これまでは豆を量って入れてくれていた袋は薄茶色の専用のプラスチック袋でした。それが紙袋になっていたのです。そこにお店の名前が印刷されています。これもイラン情勢の影響でしょうか。こんなところにも小さな変化が起こっているように、身の回りでも少しずつ変わっていっていることがあります。たいていのことはほとんど気がつかないまま、自分の方がいつの間にかそれに慣れてしまっているのでしょう。しかしこう、なし崩し的に憲法9条の解釈が変わっていって日本が戦争の出来る国になっていっていることへの違和感は強いものがあります。憲法第9条第1項:戦争の放棄国際紛争を解決する手段として、国権の発動たる戦争、武力による威嚇、武力の行使を永久に放棄する。第2項:戦力不保持・交戦権の否認前項の目的を達するため、陸海空軍その他の「戦力」は保持しない。国の「交戦権」(戦争を行う権利)は認めない。・・・自衛隊の存在、的基地攻撃能力の獲得、殺傷能力のある武器の輸出、どれも第9条とは相容れないものにしか見えません。それが分かっているからこそ、ちゃんと憲法を変えて現実と矛盾しないものにしたい人がいるのは理解できます。しかし、そうやって国際問題の解決を武力行使によって行おうとする姿勢は私には理解しがたいものがあります。昨日は憲法記念日。知らないうちに戦争に巻き込まれる(また加担する)ことがないよう一人ひとりが考える日でした。
2026年05月04日
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東京より次男とその子ども達(私の孫)が来襲、ではなく来寧。ゴールデンウィークに奈良の我が家にやって来ました。本当は沖縄の我が家の方に来たかったらしいけど、じいじ(私)が諸般の都合で今年のGWは奈良にいるもので、それではと奈良の方に目的地を変更。奈良の家は1年半ぶり。孫のうち5歳の姉はじいじの家を覚えていたけれど、2歳の妹が覚えていないのはやむなし。でも、じいじのことは昨年末に沖縄で会ったので覚えていてくれました。沖縄では那覇空港に迎えに行ったら逃げた妹も、さすがに今回はちゃんと覚えていて「じいじ、じいじ」と寄ってきました。東京からのお客さんに加えて、京都府に住む長男一家も加わり昨夜は近所の居酒屋で私の誕生祝い。とは言っても「誕生祝い」らしかったのは最初の乾杯のみ。あとはドライバーの私以外が全員で酒宴(もちろん大人だけ)。「誕生祝い」が終わったら会計は私。次男一家を私の家に送り、長男一家を彼らの家に送る、ドライバーも私。主賓の大役を相務めさせていただきました。さて今日は奈良公園をはじめ、あちこちに孫を連れて行きます。どこもかしこも混んでいるんでしょうね。
2026年05月03日
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先日行った、トレッドミル検査(ランニングベルトの上を走る負荷心電図検査)の結果を聞いてきました。今回も担当医から「完治しています」の答えはもらえず、無罪放免とはなりませんでした。残念。心電図を見ると負荷をかけた後の(ベルトの上を走った後の)血流が微妙に落ちているそうです。これは心臓の血管の一部にまだつまり気味の部分があるからだとか。そんなわけで、服薬による治療は続けることになりました。本人にはまったく自覚症状がありません。グラフの表示も「正常とほとんど変わらないけれど完全とは言えない」程度。「血管のつまりがもっとひどくなると、どんな症状が出るのですか?」と尋ねたところ「胸痛と言えるような、刺すような痛みはほとんどありませんが、何か胸がもやもやするといった不快感がでることがあります」との返事。「人によっては胃が悪いと思って受診する人もいます」とのこと。いずれにしても何か症状が出ればすぐに診察を受けるように言われました。同時に「運動も続けてください」とのことでしたので、ということは日常生活に支障はないのだろうとひと安心。もう終わりかなと思っていた服薬をこれからも続けることになったのはちょっと面倒くさい。とは言え、薬さえ飲み続けていれば日常的にあまり心配せずにいられるので大変結構なことです。「1年後にまたトレッドミル検査をしてみましょう」と言われたので、1年間は受診もないのかと思いましたが、「薬の切れ目が縁のつなぎ目」、7月下旬に診察の予約が入りました。その頃はマンゴーが気になる時期。沖縄にいたいけどガーデニングができるのも健康があってこそ。一病息災と捉えます。
2026年05月02日
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「老活の愉しみ 心と身体を100歳まで活躍させる」(帚木蓬生、朝日新書)を読みました。帯に書いてあるとおりの内容です。長年の精神科医としての経験と作家としての人間観察に裏打ちされた、高齢者向けの健康指南書と言っていいでしょう。著者が高齢者に言いたいのは高齢者としての長い期間を健康に過ごすためにはどうすればいいか考えましょう、終活よりも老活です、ということ。心や体の鍛え方、食事をはじめとした生活全般にわたる「老活」の具体的な極意が書かれています。今「ろうかつ」と入れるとちゃんと「老活」と変換され少し驚きました。この言葉、筆者の創作でもなかったんですね。ただ、本書の内容はこれまで高齢者向けに唱えられてきた健康法と変わるところはなく、従来のそれらをまとめて一冊にしたような感じです。私には既知のことも多く、それほど目から鱗のような箇所には行きあたりませんでした。巻末にちゃんと参考文献が上げられているのは親切ですが、逆に言うとそれらをつまみ食いして本書にまとめているようにも思えました。気になったのが、独特の正義感や倫理観をもった自信家の部分。有り体に言うと少し鼻につきました。自分の生活や過去の経験を例に上げ「私がこういうことをしてきたから健康な今がある」という書き方が何となく気になります。間違ったことを言っているわけではなくて、私の僻みもあるのだと思いますが「地中海料理が健康にいい」と言われてもなぁ、などと感じてしまいます。酒もタバコも「百害あって一利なし」みたいなことを言いながら、お酒はたまの嗜みならいいでしょう、この私を見てくだされば分かります、みたいな言い方をするのも自分に都合のいい方に話を引き寄せているように思いました。そんなことを思いつつ読んでいたところ、ニュースに帚木さんの名前が出てきました。彼の書いた小説が回収されたそうです。ニュースによると実在する人物を小説の中で実名で取り上げて、現在もご存命なのに亡くなった設定にしたとか。しかも本人には何の連絡もなく、だそうです。なぜそんなことをしたかの理由を帚木さんは「尊敬する人物なので実名にして世間に知ってほしかった」「亡くなった設定にしたのはコロナの怖さを描きたかったから」と言っています。本人に謝罪もし、本も回収し問題の部分は書き換えるそうです。ただ、この彼独特の理由に何となく本書に流れている雰囲気に似たものを感じてしまいました。
2026年05月01日
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昨日、奈良市内を運転していたとき前の車が沖縄ナンバーでした。これ、初めて見たかも。沖縄で他府県ナンバーに出くわすよりも珍しい。沖縄では走っている車の99%が沖縄ナンバーです(多分)。なので、他府県ナンバーの車が走っているとめったに見られないものを見て何となく得をしたような気分になります。そしてつい遠いところを旅してきた、その車の来し方を想像してしまいます。奈良は観光地なので他府県ナンバーを見ることはしょっちゅうでとくに隣接する京都のナンバーは5~10台に1台以上。東日本や九州、四国となると割と珍しく東北、北海道ナンバーの車はそんなには見ませんが、たまに室蘭ナンバーや苫小牧ナンバー、熊本ナンバーなどは見ることがあります。しかし、沖縄ナンバーは初めて見たかも知れません(記憶にないだけという可能性はありますが)。そのため他府県ナンバーを見ても何も覚えない感慨を覚え、つい写真におさめてしまいました。昨日は私のすぐ前を走っている姫路ナンバーの乗用車も見ました。あまり珍しいことではありません。ゴールデンウィークで観光に来ているのかな。こっちから姫路に行くこともあるので、その逆も当然あるんだろうと思っていました。そう深く考えてみていたわけではありません。ところが、信号待ちで止まったときに車の後ろに貼ってあるステッカーが目に入りました。そこにはこんな文字が。「奈良に住んでいます。I LIVE IN NARA.」文字の横には奈良県の県の形をかたどった絵も。そうなんだ。姫路から観光に来たわけじゃなかったのね。しかしなぜそんなステッカーを貼っている?奈良愛かなぁ。
2026年04月30日
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奈良の家を留守にして2週間。庭の雑草もさすがに2週間ではそれほど勢力を拡大していませんでした。芝刈り、というか雑草刈りは1時間足らずで終了。庭がきれいになるとますます金柑が目立ちます。先日、奈良を発つ前にたくさん摘んだはずなのに、全然減った感じがありません。私も含めて好んで食べる人がいないなか、一人だけありがたいことに「欲しい」と言ってくれた人がいたので1kgほど採ってクロネコヤマトで送りました。先月に続いて今年2回めです。召し上がってくれるなら何度でも送りますよ。写真は1kgの収穫後ですが全然減っているように見えません。週末にやってくる孫に摘ませます。食べるかどうかは別。沖縄からリモートカメラで見ていた満開の牡丹は、来てみると残念ながら3輪とも散ってしまっていました。代わりにというわけではありませんが、芍薬がきれいな花をいくつも咲かせています。芍薬は苗や種を買った覚えはありません。牡丹を購入した時、その苗が芍薬の株への接ぎ木だったので牡丹とともに庭に根付き、牡丹が終わる頃に毎年こうして芍薬が咲いてくれます。1粒で2度おいしい感じ?帰寧に際してもうひとつ楽しみにしていたブルーベリー。実はたくさんあるものの残念ながらまだ熟していませんでした。これでは孫たちにも摘ませられません。というか私が奈良にいる間に熟してくれるといいのですが。あと、フェンスにつるをからませたデラウエア(ブドウ)に花のつぼみができていました。去年は大豊作でしたが、今年は裏年なのかあまり数が多くありません。今年はジベレリン処理をして種無しにしようと、すでに薬を用意しています。物の本によるとそろそろ1回めを行うタイミングみたいなので、ワクワク。以上、奈良のお庭果樹園(+花園)報告でした。沖縄ではバナナやマンゴーが待っています。そっちも気になる~。
2026年04月29日
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病院でトレッドミルの上を走ってきました。トレッドミル、すなわちランニングベルトを走る負荷心電図検査です。私は1年半前に脊柱菅狭窄症の手術を受けたのですが、その術前検査で心臓の冠状動脈にややつまりかけの部分があるとの診断を受けました。自覚症状はまったくなく手術には支障がない程度だったのですが、念のために外科手術の1ヶ月後に心臓カテーテルでステントを入れる処置を施してもらいました。それから数ヶ月に一度ずつ経過を調べてもらっています。3か月前の診察で心電図を見て主治医はまだちょっと気になったらしく、負荷心電図検査をすることになりました。そういうものがあることは知っていましたが、経験をするのは初めて。でもトレッドミルなら家にもあります。雨が降って外でジョギングできないときはランニングベルトに乗って走っています。なので、初めての体験と言ってもそれほど心配はしていませんでした。ま、うちのトレッドミルみたいな簡易なものではなくてもっとちゃんとしたものだろう、ぐらいに捉えていました。そして当日。検査技師に付き添われて検査室に入ると、あったのはジムにあるような立派なトレッドミル。部屋に入ってベルトに乗る前にまずベッドに横たえられました。そして腕や胸、お腹に電極を装着されます。これが時間がかかります。最初は神妙な顔をしてまだ若い技師さんになすがままにされていましたが、10分以上かかったでしょうか。そろそろ終わる頃に「ずいぶん準備に時間がかかりますね」と話しかけると「そうなんです。これで半分ぐらい時間をとります」との返事。そこからは何となく打ち解けて、いろいろと会話がはずみました。私が毎朝ジョギングをしていることや家にもトレッドミルがあることを話し、なので検査もそれほど支障なく受けられると思うと告げました。「検査を受ける人の中には日頃運動をしていない人も多くて、転倒の危険がある場合は後ろから背中を支えたりすることもあります」とのこと。自分で歩ける人でもベルトに慣れてないと、いきなり動きだすのは慣れないと難しいかも知れません。「少しずつ速度を上げ、坂道のように角度も上げていき、ある一定のところまで心拍数が上がるとそれで終わりです」「この検査は始めてどれぐらいの時間かかりますか」と尋ねると、「普段あまり運動をしていない人はすぐにその数値まで心拍数が上がり、1~2分で終わります。でも鍛えている人は多少スピードを速くしても角度をつけてもなかなか上がらないことがあります」とのこと。「最後まで目標値に達しなくて、打ち切る場合も」あるとか。私はどうかな。時間がかかりそうかも。と思いつつ検査を開始。最初はゆっくり、徐々に速度を上げていきます。計器を見ていると100m、200mと進んでいき500mほど進んだところで「はい終了です」。時間経過はものの数分だったでしょうか。案外早く終わっちゃいました。「早かったですね。あんまり鍛えていないということでしょうか(笑)」と尋ねると「いや、そんなことはないです」と慰めてくれました。「この検査で汗びっしょりになる人もいます」とのことでしたが、検査着はうっすらと汗をかいた程度。検査着を脱ぎ、着てきた私服のTシャツを着ようとするとそちらの方が検査着より濡れていました。「検査室に入るまでの方が汗をかいていたみたいです」と技師さんに見せて二人で笑い合いました。念のためにと持ってきていた着替えのTシャツ(検査着に着替える話は聞いていなかった)の方を着て、技師さんにサヨナラをして部屋を出たのでした。検査室の滞在時間28分。電極をつけたり外したりの時間が20分以上でした。結果は後日わかるそうです。
2026年04月28日
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「90歳、男のひとり暮らし」(阿刀田高著、新潮選書)を読みました。まことに申し訳ないことに阿刀田さんの本はこれまで読んだ記憶がないのですが、新聞のコラムで見た彼の話が面白かったのとNHKニュースーンに出ていた彼の言葉に賛同できる点が多かったので「これは読んでみなければ」と思い、買ってみました。そして、私の勘に狂いはありませんでした。今では彼の小説を読んでみようかという気になっています。昨日の那覇ー関空の2時間のフライトの間に、それまで半分読んでいた本書の残り半分を一気に読んでしまいました。内容はタイトルの通り、90歳を過ぎてひとり暮らしをしている作家、阿刀田高の日記や思うところを綴ったエッセイ集。表紙にある言葉「今日もまあまあ。それでいい」と日々考えている筆者が示す「機嫌よく暮らす老年のヒント」がまさに私の人生哲学(というほど立派なものではありませんが)とぴったり一致していて、共感できる部分が大いにありました。年齢はずいぶんと違うものの、私もひとり暮らしを実践して20年あまり。男の単身生活を機嫌よく過ごしている一人です。いい加減ながらも料理をし、落語や映画を楽しみ、言葉についてあれこれ無駄な思索(暇つぶしとも言います)を楽しんだりするところなど、彼には共感するところが少なくありません。なかでも死とは無に還るという考え方はよく分かります。私の妻や私の両親も彼の妻と同様、クリスチャンでしたので死に際しての儀式はキリスト教式で行いました。それはそれで良かったと思います。でも私自身は宗教をもたず、死ねばどこにも行かないし先に亡くなった人に会えるとも思っていません。故郷には私の先祖をはじめ、両親や妻、娘の骨が入った墓があり、漠然と私もそこに埋められるのかなあとは思っていますが、そこは子どもが現在住んでいる京都や東京から車や列車で行くには相当な時間がかかる場所。わざわざ遠くまで墓参りのために行かなくてもいいのではないかと思っています。ただしそれは私ではなく、子どもたちが決めること。そのあたりも氏と意見が一致します。「私にとって“死は無なのだ”と今は固く信じている。(中略)90歳の私は無を選ぶ。無を信じている。ーそれでいいのだー今のところの結論である。」(p.198)「今日もまあまあ。それでいい」と、何ごとにも煩わされず生きている老翁の心境に近づきたいものです。
2026年04月27日
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浦添市美術館で開催中の「YUMEJI TAKEHISA展」を見てきました。岡山にある夢二郷土美術館の作品から130点ほどが出展されていましたが、ゆっくりと見て回っているとあっという間に1時間半ほどが経っていました。私は、実は岡山にある郷土美術館には行ったことがあります。瀬戸大橋ができて間もなくの頃、兵庫県に住む妻の両親を車に乗せて橋の見物がてら行った記憶があるのでもう40年近く前の話です。改めて再見し、私は岡山で一体なにを見てきたのだろうと情けなくなりました。夢二はただの美人画家ではなかったんです。もちろん夢二は画家、アーティストです。でも単なる人物画、とくに日本女性を「夢二式」で美人画として描いただけの人ではなかったのだとよく分かりました。晩年の欧米滞在中に描いている西洋人女性などは全くタッチが違いますし、風景画や静物画など印象派的なタッチの絵も描いています。しかも、彼の才能は絵だけにとどまりません。彼は自分が描いた絵をいかに世に知らしめるか、何をどう生み出せばよいかを熟知していたように見えます。出展されている作品にはいわゆる絵画以外にも、楽譜のジャケットや雑誌の表紙、葉書、版画、染色、グラフィックデザインといった分野のものもありました。しかもそれらは頼まれたものを引き受けたというより夢二が企画段階から主体的にかかわったものばかり。夢二はプロデューサーであり、ディレクターであり、それらをすべてそつなくこなす天才マルチクリエイターでした。夢二は単なる美人画の画家ではない、稀代の鬼才であり奇才だったのです。それを私は、今まで夢二=美人画と思い込んでいました。岡山の美術館に行ったはずなのに。美術館の入り口にチケットの絵【アネモネ】が「顔出し看板」になっていました。どんな沖縄美人が顔を出してくれるかな。
2026年04月26日
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男性の皆さんは小用のとき、家の洋式トイレに立ってする派ですか座ってする派ですか。私も以前は立ってしていました。20年ほど前の話になりますが、長男の結婚式のとき「新婦から新郎へのお願い」の一つに「新郎にはトイレで座ってして欲しい」というのがあり、笑いました。そのときは立ってするのを当然視していたので「女性は便座が倒れている方がやりやすいけど、男性は上がっている方がすぐに使えるので、これはどっちが強いかの争いかな」くらいに考えていました。しかしその後社会情勢は変化し、現在では座る男性は優に50%を超えています。そう言う私も今は座ってする派。立ってすると、気をつけていてもどうしても便器の外にもハネが飛んでしまいます。そのため便器の周囲や便器の外側を常に掃除して清潔にする必要が出てきます。私は20年ほど前から一人暮らしをしておりトイレの掃除係は私なのですが、昔からの習慣で当たり前に便座を上げて用を足していました。しかしある時ふと思い立って座ってするようになり、それからは掃除がグンと楽になりました。というか、便器の周辺や便器の外側がほとんど汚れません。匂いもしなくなりました。ところが先日長男のところの孫が二人(どちらも男性)我が家に泊りがけでやってきたとき2日目ぐらいからにおいが目立つようになってきたのです。「これは、きっと立ってやってるな」。彼らは自宅では母親に言われて座ってしているはず。でもじぃじのところでは解放的な気分になってつい立ってやっていたのかもしれません。そう思い口頭で「すわってしてね」とお願いし、その後は匂わなくなりました。友人知人が来た時にもトイレは使います。そこで上のような張り紙を作り、奈良と沖縄のトイレに貼り出しました。
2026年04月25日
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「誰も書かなかった 玉城デニーの青春 もう一つの沖縄戦後史」(藤井誠二、光文社)を読みました。知っての通り、玉城デニーは現沖縄県知事。本書は玉城デニーに焦点を当て、彼が子どもの頃から関わってきた多くの人へのインタビューを通して彼の生きてきた足跡をたどるパーソナル・ヒストリーです。しかし、そこから我々が知るのは統計資料や概括的な説明では実感することが難しい具体的な沖縄の戦後史。それがデニーの生い立ちとともに鮮やかに描かれています。デニーは1959年生まれ。当時は米政権下にあり、1972年の本土復帰時は中学生でした。その名前や風貌が表す通りデニーは米軍人と日本人の母の間に生まれたアメラジアン(Amerasian=アメリカン・アジアン)です。彼は「ハーフ」や、より差別的ニュアンスを含んだ「混血児」と呼ばれて育ってきました。彼は父親の顔を知らず、また産みの親と育ての親という二人の母を持つ、ある意味「フクザツな」家庭環境で育ちました。背景には、子だくさんの沖縄では昔から親類や友人に預けられた人も多く、ましてまだ戦後の混乱が十分に収まっていない時代というのもあったのでしょう。米政権下の沖縄、コザ暴動や本土復帰、米軍関連の事故や事件が多発していた時代に生きていたのがデニーでした。そうした時代背景や家庭環境のなかで当時のウチナーンチュ、なかでも「混血児」は自らのアイデンティティをしっかりと持つことが非常に難しく「自分はいったい何者なのか」と悩む人がたくさんいました。戦前は日本人としての教育を受けた沖縄県民。しかし戦争では「日本の捨て石」とされ、アメリカ軍に家族や親せき、友人らを多数殺され、他方日本軍にもひどい目を合わされてきました。アメリカ人は悲惨な戦争から「開放」してくれましたが同時に、戦後アメリカ軍は沖縄を去らず、犯罪や事故など住民との間に多くの摩擦を生じさせることにもなりました。そのアメリカ人と日本人の間に生まれた子供は多くいましたが、「混血児」はひどい差別やいじめを受けることもしばしばでした。そこにアイデンティティ・クライシスが起こります。「自分は日本人なのかアメリカ人なのか、それとも沖縄人なのか」。デニーも自分が何者なのかについて深く考えていました。しかしそんな境遇にいても悩んだりぐれたりすることもなく持ち前の明るさと前向きな気持ちで自ら未来を切り開き、福祉関係の仕事をし、高校時代からのめりこんだロック音楽に没頭し、プロに混じってバンド活動をしたりしています。それがきっかけでラジオのDJになって人気者になり、政治への道にも進んでいくことになります。政治家への道のりはあまり本書で触れられていませんが、沖縄がデニーを県知事にしたのはすごいことだったようです。アイデンティティもはっきりしない、どちらかというと陰の存在のような「混血児」が沖縄を代表する政治家になったのです。保革の壁を越えた「オール沖縄」を率いた故翁長雄志知事に後継指名されたとはいえ、デニーのようなある意味「正当なウチナーンチュ」ではない人が一県の代表になる選択を沖縄県民はしました。ハーフの都道府県知事はデニーが初で今でも唯一です。外国人政策で分断が進んでいます。アイデンティティ問題を自分ごとと捉えられる政治家の活躍を期待したいものです。
2026年04月24日
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今日から雨だというので、昨日我が家から車で10分あまりの波の上ビーチに行ってきました。今年の初泳ぎです。気温は30度にわずかに届きませんでしたが、4月5日にすでに海開きしているビーチにはたくさんの河童たち。最初水に入るときには「寒っ」と感じましたが、一旦入ってしまえばもう何ともありません。水温のせいか海に入っている人は波打ち際で遊んでいる人を含めて20人程度。浜には甲羅干しの人がその10倍ぐらいはいましたので、ちょっと寂しく感じました。でも泳いでいる人が少ない分、ちょっと沖の方に行けば誰にも邪魔されずスイスイと泳げます。私の場合はスイスイというよりプカプカ浮かんでいるのですが、本気で泳いでいるオジさんがいて、ぶつかられました。こんなに空いているのにぶつかってくんなよ、と思いましたがまあ私もふわーっと浮いているので彼からすれば邪魔は邪魔だったのでしょう。とちょっと反省しました。その後もまったく周りを見ていない様子の彼からは、何度かぶつかられそうになりました。そんな彼、あらら他の人にもぶつかっているではありませんか。こんなのんびりしたビーチでそんなに本気で泳ぐかなぁ。ただの困った人だったみたい。私は反省を取り消しました。などということがありつつも、楽しい時間でした。駐車場入場→スイミング→シャワー→出場で1時間足らず。駐車料金は200円でしたが、去年まで3分100円だったシャワーが200円に値上がりしていました。それでも合計400円。安いレジャーです。シャワーは1分半残ったので、外で待っていた知らないお兄ちゃんに「まだ1分半残ってるから使って」と声をかけました。「いいんっすかぁ」と言いながらお兄ちゃん、いそいそとシャワー室に消えていきました。うん、いいことしたな(満足)。
2026年04月23日
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しばらくやめていた野菜作りをしたい気持ちが高まって、プランターを買ったのがつい数日前のことです。2拠点生活をしているために散水の問題があるのに、それを解決する前に苗を買っちゃいました。今週はまだ沖縄にいるからいいのですが、来週になると2週間ほど奈良の家に滞在予定なのです。ホームセンターで見たタイマー散水機は長くてせいぜい2日の間隔をあけて自動的に散水されるらしい。それじゃちょっと間隔が短過ぎです。私の畑づくりの感覚では散水は土が乾いたときにたっぷりと行い、そして乾くまで放置。2日ごとでは早すぎます。そんなわけで散水問題がまだ解決していないのに買ってしまった苗。植えないわけにはいきません。とにかく留守の間に土が乾かないようにマルチを敷くことにしました。これで多少いい天気が続いてもすぐには土が乾かないでしょう。マルチに穴をあけ水が表面に浮いてくるぐらいたっぷり水を入れ、それから苗を植えました。左からキュウリ、オクラ、バジル。水が多すぎて植えた苗が倒れ気味(笑)ですが数時間後にはちゃんと起きました。プランターの中で、苗を挟んで上下にあるのは角材です。マルチを押さえるのにどうしようかと考えていた時ホームセンターで見つけた1個50円の端材。何かの工作に使った木材の切れ端がまとめて売られていたので、これを「押さえ」に使うことにしました。ただちょっとデカかったので、苗を3本ずつ植えるはずが2本しか植えられなかったのは誤算。さぁこれで留守の間も、しおれたり枯れたりせずに育ってくれるでしょうか。ま、枯れても50円の苗、植え直します。P.S. 奈良の家の庭をリモートカメラで見ると、牡丹の花が3輪、風に揺れていました。帰寧するまで散らないでいて欲しいな。
2026年04月22日
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今日は私の誕生日。朝、さっそく長男から「おめでとう」LINEが届きました。私は二人の子供(長男と次男)および彼らの連れ合いを含めて5人で家族LINEグループを作っています(最近は長男の高校生の息子=私の孫=も「読むだけメンバー」として加わっています)。このLINEグループは普段はバラバラな土地に住む家族が、家の行事や休暇で集まったりするときの事務連絡用。それに加えてお互いの誕生日にメッセージを交換するのに使っています。誰かの誕生日になると私が最初に誕生日おめでとうメッセージを送り、それを皮切りにメッセージが飛び交います。今日は私がメッセージを受け取る番でした。まず朝の7時過ぎに長男から私にあてたメッセージが届き、私がそれに返事をしました。するとほどなく次男の嫁と長男の嫁からメッセージが届き、最後は次男からのメッセージが。次男からのメッセージは言葉ではなく彼の二人の娘(5歳と2歳の私の孫)が映った動画でした。上の孫娘「じぃじ、たんじょうびおめでとう」。つづいて下の孫娘「じぃじ、たんじょびおめれと」。そして下の孫娘がカメラの方に向かって走り出し何かわめいていますが、何が何やら分かりません。数秒の短い動画でしたが気持ちをほっこりさせる幼い子どもの力はすごいもの。おかげで今日は一日気分よく過ごせそうです。次男一家はゴールデンウィークになったら東京から奈良にやってきて、そのうちの一日は京都府に住む長男一家とも合流し、会食を予定しています。つまりじぃじとしては散財の機会なのですが、こんな大きな活力と腹いっぱいの笑顔がもらえるなら安いものと思いました。
2026年04月21日
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沖縄に一戸建ての家を借り、奈良の自宅と沖縄で2拠点生活を始めて7年ほどになります。以前は親の介護や自分の病気などで奈良に戻ることも多かったのですが、最近はそうした用事も少なくなって沖縄の家にいることが多くなりました。それでもどちらか一方にずっといるわけではなく、半月ほどで行ったり来たりする生活をしています。そのため以前はよくやっていた野菜作りを最近は諦め、もっぱらあまり手間の要らない果樹づくりにシフトしています。失敗もありますがバナナ、マンゴー、パパイヤは沖縄で、キンカン、ブドウ、ブルーベリーなどは奈良でよく育っています。それはそれで楽しいのですが、最近やっぱり再び野菜も作りたいなあと思うようになってきました。最初はアメリカで畑を借りて、キュウリやトマト、ナスなど、アメリカにもあるけれど日本のとは品種が違うものを作っていました。トマトはともかくアメリカのキュウリやナスなどはバカでかくて味も違います。それで日本から種を取り寄せて栽培をしていました。それに味をしめ、日本に帰ってからも引っ越しのたびに必ず一戸建ての家に住み、庭の一部に畑を作ってきました。でも今は野菜は十分な世話ができないと考え果樹を育てるのみになってしまいました。が、だんだんと「また野菜が作りたいなあ」「採りたての美味しい野菜が食べたいなあ」と思うようになりました。特に最近はスーパーに行くとびっくりするような値段がついていて「自分で作ればもっと安くておいしいのが食べられるのに」と思います。そして昨日ついに決断。まずは手始めに60㎝ほどのプランターと土を買ってきました。あと、鶏糞ペレットも。帰宅してさっそくまず鶏糞ペレットをプランターに敷き、その上に培養土を掛けました。ただし苗はまだ。今日は何を植えるかゆっくりと考えます。やっぱりトマトやキュウリ、シシトウなどは定番かな。ナスやスイカもいいけど、このプランターはちょっとせまいな。ピーマンやオクラも作りたい。これでうまくいけばプランターをもっと増やして。そのうち掃き出し窓の下にはゴーヤーも植えて日よけにするかな。などなど楽しい妄想は尽きません。留守中の課題は水やり。自動で水やりができる散水装置を探さなくては。そんなことに考えをめぐらすのも楽しいものです。
2026年04月20日
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「言えないコトバ」(益田ミリ、集英社文庫)を読みました。ここで言う「言えないコトバ」とは、流行が過ぎ去ってしまった言葉や、ちょっと気恥ずかしさがあって口に出すのがはばかられる言葉などのこと。前者では表紙にもなってる「なんちゃって」や「チャリ(自転車)」、後者には「チェイサー(水)」や「カフェ(喫茶店)」などがある、と著者は言います。それ以外にも「ひとりごはん」や「孤独死」など定義がはっきりしない言葉なども口にしにくいとか。古本屋で見つけたこの本は2012年第1刷発行とあり、扱っている言葉も多少古くなってしまっているものもあります。著者の言葉に対する感性は鋭く「あるある」と思わせられるものも数多く見られます。アラフォーの著者はいわゆる同棲をしていますが、その相手のことを「彼氏」と呼ぶのはいいかどうか、躊躇します。「彼氏」というのはもっと若い人が使う言葉なのではとか、それではと「恋人」と言えばロマンチックすぎるし、「パートナー」と言えば何らかの主義主張を感じさせてしまうのでは、などと思い悩んでしまうのです。そんなの気にしなくていいのにと最初思っても「言い分」を聞いていると妙に納得してしまうものがいくつもあります。たとえば「元気だけが取り柄です」なんて私もつい言っちゃいそうですが、著者は自分が歯痛に悩まされていた時にはマクドナルドでむしゃむしゃハンバーガーを食べる、普通に生活している人を見ては「痛くないんだなぁ、いいなあ」と思ってしまったりしてしまい「健康とは、元気とは、なんとありがたいものだったのだ~」と思ったとき、「元気だけが取り柄」は軽々に言えないコトバだと思う。と、そういわれると「確かにそうだよなぁ」と共感してしまいます。でも半分照れ隠し気味に言っちゃいそうですけどね。当時ズボンのことを「パンツ」と言えなかった著者、その十数年後の現代でもジーンズを「デニム」と言うのは無理そう。
2026年04月19日
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私は大きなショッピングモールなど、駐車場に車をとめると必ずと言っていいほど、とめた位置を忘れます。そのことは1か月前のブログにも書きました。忘れ物防止のスマートタグを買ったけれど、なぜか私のスマホではタグが認識されない顛末の話です。いまだにその原因が分からず、同じことが起こりそうなので別のタグで試してみることはしていません。人に相談したら車のダッシュボードに人形を置くとか「子どもが乗ってます」みたいなシールを貼るとかを提案されました。せっかくの提案ですが、申し訳ないけれどそれでは役に立ちません。私の車は奈良のも沖縄のも、同じある特徴的な番号をナンバープレートにつけています。したがってナンバープレートさえ見れば自分の車だと分かります。そのプレートと同じ側面にシールやら何やらが見えたとしても先にナンバープレートが目につきます。目印をつけるとすると、ナンバープレートが見えないところにつける必要があります。そうなるともう屋根しかありません。と言って、ルーフキャリアーは大げさだしなぁと悩んでいました(お金もかかります)。そこで一つ思い当たりました。屋根の上には折り曲げ式のアンテナがついています。あれを使って何かできないだろうか。車から降りるときアンテナに旗でもしばりつけたらどうだろう。その程度なら違反にはならないと思うし。というわけで百円ショップにしばりつけられるものを探しに行きました。条件は濡れても大丈夫で遠くからでもよく見えるもの。ただ旗だと風がないとペタンとなってしまってあまり見えないかも。そこで見つけたのがこれ、ペット用おもちゃ。これを降車時にアンテナにひっかければどうかな。右の写真が実際に取りつけてみた絵ですが、ふーむ微妙。さいわい私の車は車高がやや高めなので他の軽自動車よりは上に出ていることが多いかもしれません。でも暗かったり間に遮蔽物があるとやっぱり見えないだろうな。このおもちゃ、音が出ます。でも私にはまったく無用の長物。光りでもすれば見える確率も上がりますが、そうなると値段が上がったり電池代がかかったりします。今は110円以上お金をかけようと思っていません。ダメもとダメもと。どの程度役に立つか一度試してみます。
2026年04月18日
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裏庭のマンゴーの木、花が終わり実が育ち始めました。3週間前はイクラ大だったのがドングリほどに成長しています。屋根に上って、マンゴーの木を眺めると今年も立派に育っていることが分かります。実が大きくなってくると、一つ一つ袋掛けが必要になってきますがそのためには袋をぶら下げるための装置が必要。プロはハウスの中に骨組みを作ってそこに袋をぶら下げますが、こちらは素人。ハウスもない「自然農法」(笑)なので毎年、高いところにロープを張りそこに袋をぶら下げることにしています。仕掛けは単純。庭の横にある風呂場の屋根にブロックを上げそこからロープを垂らして端をブロック塀に縛りつけるだけ。袋掛けが必要になってくるのは1~2ヶ月後。まだドングリサイズのマンゴーですが、これがビワぐらいのサイズになってきたら、このロープに袋をぶら下げマンゴーの実を守ります。袋掛けまでには摘果が必要ですが、いつ・どれぐらい摘果をするかはマンゴーの実の成長具合と相談ということになります。今年もたくさん実がついています。おいしいマンゴーが収穫できるのは約4か月後。「ゴール」まで楽しい準備が続きます。
2026年04月17日
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古本市で見つけた司馬遼太郎の「街道をゆく6 沖縄・先島への道」(朝日学芸文庫)を読みました。初出は週刊朝日1974年6月21日号~同年11月5日号、単行本は1975年5月に刊行され、文庫本は1978年12月初版発行です。司馬の紀行文はときどき週刊朝日をリアルタイムで読んでいましたが、「沖縄・先島」に関しては読んだ記憶がありません。文章は紀行文の体なので司馬が行った旅行体験を述べているのですが、そこにその土地の歴史に関する知識が深く盛り込まれています。しかも隣のおじさんから話を聞いていると錯覚を覚えるような、軽やかな筆致で描かれているので内容がスイスイと頭に入ってきます。初出が半世紀以上前ですから、司馬が見た沖縄本島も先島も現代とは全く違った様子になっているのではないかと思います。しかし読んでいると、そこに流れる沖縄の社会思潮というか人々の考え方に大きな変化は感じられません。沖縄の本土復帰が1972年で司馬がこのとき訪ねたのは本土復帰後の沖縄ですから、それより前だとまた違った雰囲気だったのかもしれませんが、彼の描く50年前の沖縄と現代の沖縄には通じるところがたくさんあるように思いました。司馬の「今回」の沖縄訪問の目的は先島でした。石垣島、竹富島、与那国島を訪問しましたが西表には行っていません。首里王府が治めていた沖縄の本島を中心とした歴史はある程度一般にも知られていますが、先島に関しては歴史や地理、民俗は50年後の現代どこまで知られているでしょう。本書に登場する赤蜂、すなわち石垣島の英雄オヤケアカハチのことはかろうじて知っていましたが、与那国の女酋長(巫女)サンアイイソバの名前を私は初めて知りました。与那国島には今でも(50年前の話ですが)、サンアイイソバが寝そべった岩陰があり住民はそこで宴を催します。そうしたいまも息づいている歴史を、司馬は紀行のなかではつい昨日のことのように話してくれるので、いかにも歴史を学んでいるという風情ではなく近所のできごとを楽しく聞くように読者の耳に入ってきます。最近司馬遼太郎の本をしばらく読んでいなかったけれど、こうしてあらためて目にするとその面白さを再確認しました。また別の本も探して読んでみねば。まずは奈良からそんなに遠くない司馬遼太郎記念館を訪ねようかな。
2026年04月16日
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1週間ぶりに奈良から沖縄に戻ってきました。1週間では何も変わっていません。と言いたいところですが、ひとつ大きな変化がありました。それは関西空港第2ターミナルの搭乗ロビーです。もっとも1週間前に関空に行ったときは到着ロビーしか通っていないので搭乗者のロビーはその前に沖縄に来た3週間あまり前、つまりここは3週間ぶりということになります。ロビーだけでなく保安検査と荷物預け入れも3週間前とは全く変わっていて、どこに行けばよいか一瞬戸惑いました。システムもいろいろと変化があり、これまで人間が搭乗券などをチェックしていたりしていたのが自動改札みたいになっていました。セキュリティ・チェックの手荷物を入れる通函みたいな入れ物もちょっとだけオートマチックになっていて、人の手を煩わせるところが少なくなりました。その分(なのかどうなのか分かりませんが)、X線チェックを終えて通函が出てくる時間が長くなりました。セキュリティチェックを終え、搭乗者ロビーに入るとそこの空間はこれまでより広々とし、新しいお店も入っていました。新たに入ったのは「かごの屋」と「あずさ珈琲」。改装前のあの大きな番号札と大きな声で番号を読んでくれる、田舎の食堂風のちょっと鄙びた感じのレストランも好きだったんですが、あそこで働いていた人たちは新店舗に雇ってもらっているのでしょうか。「かごの屋」側の壁面にはコテコテの大阪弁が書かれていて「らしさ」をアピールしていました。私はKIXカードを使って駐車場の利用料を割り引いてもらったり、レストランで料金をオマケしてもらったりと、いろいろと得をしていますが、昨日は搭乗ロビーが新しくなったために登場利用登録の機械がどこに行ったのかわからずうろうろしてしまいました。結局は同じ場所にあったのですが、動線が変わったために奥まったところに取り残された感じでした。利用しやすくなった搭乗ロビーですが、一つだけ残念なのは書店がなくなったこと。毎回寄っていたんだけどな。
2026年04月15日
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大阪歴史博物館で開かれている「特別展 小泉八雲 怪談とフォークロリストのまなざし」を見てきました。会場を入ったところに八雲の大きな肖像写真。それを撮っているとちょうど前を横切った人がいて、何となく「怪談」で知られる八雲らしい絵になりました。「ばけばけ」の余韻もあってか展覧会にはそこそこの人数が入場していましたが、平日昼間のせいか窮屈なほどの入場者でもなく、ゆったりと見ていられるちょうどいい感じの「混み」具合でした。この特別展は6月8日まで開催されていますがやはり「ばけばけ」ロスの気持ちがあるうちにと開催3日めに訪れました。展示内容としては以前に読んだ「小泉八雲の妖怪図鑑」で知ったことがらが多く紹介されていましたが、もちろん本とは違います。単なる写真ではなく眼の前に八雲が使った道具や書いた本、描いた絵などの実物があるのですから。八雲がギリシアで生まれアイルランドに渡った頃からアメリカでの生活が紹介される第一章から「ばけばけ」でもおなじみの松江の生活、その後の熊本や東京での生活などの様子が生き生きと展示されています。ドラマでも扱われず、とりわけ興味を持ったのは来日以前の八雲の前半生です。日本人なら小泉八雲といえば「怪談」をすぐに連想しますが、展覧会の副題にもあるように彼は各地の幽霊譚にだけ関心を抱いていたのではなく、フォークロリストすなわち民俗学の研究者でもあったようです。進化生物学者ダーウィンの影響を受け「社会の進化」を唱えたヒューバート・スペンサーの説にも興味を持っていた彼はカリブ海の島でも参与観察を行い、民俗研究の成果を発表しています。とは言え、やはり展覧会の中心になるのは松江での生活。そしてそれ以降の「怪談」執筆に至る後半生。こんな地図を見るとすぐにでも、八雲や妻セツの足跡をたどりに松江に行きたくなってしまいました。そして非常に数多く展示されたもののなかにはこんなものも。左は八雲自身が描いた「雪女」のイメージ画像。八雲の筆によるこんな作品がたくさん見られるのもこの展覧会の魅力の一つです。そして、右は家族で作った「狢(むじな)」の渋団扇掛額。立体的な人形は物語冒頭の池のほとりで泣いている女性(実はのっぺらぼう)の姿です。大阪歴史博物館といえばちょっと苦い思い出があり、1年ほど前、大阪・関西万博の開催に伴って、エクスポ70(大阪万博)の企画を見に行ったものの期待外れでした。それで「歴博の展示はちゃっちい」という気持ちが頭にこびりついていましたが、今回は逆の意味で期待外れでした。つまり期待以上の素晴らしさでした。特別展は6月まであるし、また見に行こうかな。
2026年04月14日
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3ヶ月ぶりに隣市の大和民俗公園に行ってきました。車で15分ほどで行ける、自然いっぱいの公園です。前回ここに行ったのは1月のこと。季節は確実に移り変わっていて、あのころどこにでも咲いていたサザンカの花はすっかりなくなり、つぼみだった梅もとっくに花の時期を通り越していました。芝生広場の桜もソメイヨシノが花吹雪の時期になり、代わって八重桜がたくさん咲いていて、3か月の時の流れを感じました。何十種(百種以上?)と植えられている「しょうぶ園」の菖蒲も葉っぱが伸びてきています。もうすぐ花も咲きそう。公園の中に遠くから見るとソメイヨシノのように白っぽいピンク色をしている桜があり、近づいてみると八重の花をつけている桜がありました。八重桜といえば濃いピンク色と思っていた私は「これは珍しい」と写真をパチリ。調べてみると、普賢象(ふげんぞう)という種類の桜で、室町時代から親しまれているものだとか。ここでもまた私の無知がバレてしまいました。明日は沖縄に戻ります。その前に、花いっぱいの公園でくつろぐ人々とともにゆったりした一日が過ごせました。
2026年04月13日
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「これがそうなのか」(永井玲衣著、集英社)を読みました。今年はじめに沖縄タイムスで永井さんの記事*を読み、おっしゃっていることに共感できる部分が多かったので彼女の名前は記憶していました。それで最近、あるとき本屋に入ったところふとこの本が目に入ったので、何気なく手にとってパラパラッと読み、「読みやすそうだな」と思い購入することにしました。* 身近な問いで「対話」を 年始論壇インタビュー 作家の永井玲衣さん 手のひらサイズの哲学 提唱(沖縄タイムス2026年1月7日)記事にもある通り、永井さんは身近な問いを大切にした「哲学対話」というものを各地で開いている作家で哲学者です。あとがきを含めて300ページ以上ある本ですが、読み始めるとどんどん読み進めたくなる本で、ボリュームの割に比較的短時間で読み終えることができました。しかし、感想を書こうとすると、なかなかまとめることができません。読んで理解するのはそれほど難しいとは思わなかったのですが、「何を書いてあったのか」と問われるとさっと適確な返事ができません。「これがそうなのか」というタイトルは何を表しているのでしょう。著者が幼いときに自らの経験から得た知識が目の前で説明されたり再現されたりしたとき、過去に学んだことを思い出し「これが(あのときに知った)そうなのか」ということでしょうか。また逆に、理論や通説として「頭で」理解していたことが目の前で実際に起ったときに「これがそうなのか」と納得する、そういった意味でつけられているのでしょうか。そんなふうにこじつけてみようとするのですが、それもまた間違った解釈のような気もします。「哲学」という言葉を聞くと難解な理論などを想像する場合もありますが、本書に書かれているのはそういうものからはかけ離れた、とても身近な具体的なことなので著者の話の流れを追いかけるのに苦労することはありません。しかし、読後にさて何を書いてあったのかと問われるとなかなかうまく説明できません。何か具体例に遭遇したとき、私も本書で得た知識や理解を思い出し「これがそうなのか」と思う、ということでしょうか。
2026年04月12日
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なにこれ?楽しすぎるんですけど、阪神タイガースの試合。いつも夜は9時に就寝の私。タイガースも負けているし、そろそろテレビを消して寝るかなと思っていたところにじわじわと反撃を開始して寝られなくなりました。9回ツーアウト、中日ドラゴンズからすれば「あと一人」。そして高寺も追い込まれ「あと1球」にまでなりました。が、中日守護神松山はボールを続けて最後の一球はキャッチャーのサインに首を振ってストレートが外れました。昨日の松山は首を振るたびにストレートを投げていたので、素人の私でも配球が読めました。この、高寺へのフォアボールが命取りになりました。代打で出た阪神前川が1球目を一振りしてライト線へ痛打。3塁走者だった植田がホームイン、ライトのエラーもあって1塁走者まで帰ってきて大逆転となりました。その後も阪神はさらに1点を加えて「あと1球」まで1対3と追い込まれていたのに、9回だけで4点取って5対3と大逆転。最後は岩崎が締めてくれました。そして翌朝の今日、ケーブルテレビ(J-Sports2)でまたその試合をまるまる再放送しています。全部ではなくてときどきチャンネルを変えながらも、最後の9回の大逆転の場面はもう一度じっくりと味わわせてもらいました。そうそう。サトテルと大山の連打で1点を返し、大山の代走に植田が出て、盗塁成功。木浪のボテボテのゴロで植田が3塁に行き、高寺がフォアボールを選んだところが大きかった。そして前川のタイムリーから・・・。うーむ。やっぱり生のスポーツ中継は面白いですね。ましてや応援チームが勝つと最高。これ、ケーブルテレビと契約している奈良の家だからできること。いつも言って(書いて)いることですが沖縄の家だと地上波の5チャンネルしか選択肢がないので生で見られるスポーツ中継は本当に限られています。奈良でこうして楽しい経験をしてしまうと、沖縄でも生中継が見られるネットチャンネルを契約したいなあと思ってしまいます。でも、そんなことをすると毎日毎晩テレビ漬けになり夜9時になんか寝ていられなくなりそう。やっぱりやめとくか。
2026年04月11日
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2月に受けた心臓内科の検査を受けて4月末に負荷心電図(トレッドミル)検査を受けることになった私。自覚的には何ともないし、毎朝ジョギングもしていて今日のように雨の日には自宅室内でトレッドミル(ランニングベルト)で走っています。なので、トレッドミルによる心電図測定は全然平気なのですが、中にはこの検査で体調に変化をきたす人もたまにいるとか。そのため、本人プラス親族の同意書への署名・捺印が必要と言われました。ああ、面倒くさい。月日は流れて2ヶ月後。もう4月です。検査は今月末。来週からは沖縄だし仕方ないと、息子に連絡しました。「こうこう、こういった検査をすることになったので前の手術のときと同じく同意書に住所氏名を書いてくれない?あとはんこも」とLiNEしました。昨日はたまたま近くまで行く用事があったので、用紙をもって彼らの留守宅へ。合鍵で入って食卓の上に用紙を置き「夜に取りに行くからそれまでに書いておいてね」と連絡しました(息子の家は奈良の自宅から車で20分程度です)。しばらくして息子から「置いておいてくれたら書いておくよ」と返事。ありがたい。持つべきものは息子。それに付け加えて「久しぶりに今夜は一緒にご飯食べる?」「いいね。」とやり取り。しばらくして息子とその嫁、二人の子どもたちも都合がつくことが分かりました。最初はおうちでごちそうしてくれるのかなと勝手に想像していましたが息子から「外で食べるのもありかな」と。ははぁ、そういうことか。ま、仕方ない。「お寿司でも食べに行くか?」とLINEすると、即座に返事がありました。「いやっふー!」そんなこんなで息子の住所氏名をかいてもらい、回る寿司屋(でも、皿によって値段が違うところ)に私を含めて5人がそろい久しぶりの会食とあいなりました。男子高校生と男子小学生の孫たちもですが、息子も食欲はなかなかのもの。少しも遠慮はありません。お会計は5人の合計1万7千円あまりの、ちょっと高い同意書代となりました。2ヶ月の間親族蘭が空白だった同意書が無事、埋まりました。ありがたい。持つべきものは近くに住む息子。なのか?
2026年04月10日
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おとといの夜3週間ぶりに奈良の我が家に帰宅し草ぼうぼうの庭を見てがっくりした話は昨日のブログに書きました。私には沖縄にもう一軒家があって2拠点生活をしていることを近所の人は知っていますが、知らない人が荒れ放題になっている庭を見ると「誰も住んでいないんだろうか」とか「手入れがなっていない家だ」と思うことでしょう。寒い季節はさいわいなことに雑草も伸びなかったのですが、こう暖かくなってくるともうダメ。草刈り隊(私だけですが)出動です。今日は夕方から雨が降るというのでお昼すぎから草刈りを始めさっきようやく終わりました。ぼうぼうだった庭がすっきり。たくさん実をつけている金柑まわりの草も刈ったので、実がもっと大きくなるかも(誰も食べてくれないけど)。バスケットボールのゴールの周りとブルーベリーの木が2本あるあたりが一番草が茂っていましたが、こちらもスッキリ。電動草刈り機で1時間半ほどかかりましたが、終わった途端に近所の小学5年生(推定)がやってきて、「バスケットゴールを使わせてください」。「ちょうど今草刈りが終わったところやねん。めちゃタイミングええやん」と言いましたが、2軒ほど先の家なので草刈り機の音が聞こえていて、やんだタイミングをはかっていたのかも知れません。「ゴールの高さもう一段、高くしてください」このゴールは可動式で高さを5段階替えられます。ただし子どもがやると危ないし多分無理なので(私がやるのも結構大変)私が沖縄から戻ってきた頃合いを見て「あ、車がある」と気がついた彼は「ゴールの高さを変えてもらえるチャーンス」とばかり、耳を澄ましていたのかも知れません。すごくいいタイミングでしたからね。いいよ、どんどん使ってね。草も刈ったし、君たちが遊んでいると留守宅だとバレずに泥棒よけになるんだからね。
2026年04月09日
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昨夜沖縄から奈良の我が家に戻ってきました。帰宅が日付が変わる時刻だったのでそのときは気づきませんでした。今朝あらためて庭に出てみると、雑草がびっしりと生えています。本土も春めき最高気温が20度前後まで上がってきているという話は聞いていたので、まあ覚悟というか心の準備はしていましたが、実際に見てみると「ここまで」という思いはありました。3週間前にここを出るとき咲き始めていたレンギョウはすでに終わり周りにはカラスノエンドウ(かな?)が。芝生の上にも同じく。今回の奈良での滞在は一週間ほど。その間いくつかの用事を済ませながらの草刈り作業になります。しかし、うれしいこともありました。(1)牡丹に大きな蕾 (2)ブルーベリーの花が鈴なり (3)金柑の実も鈴なり我が家の牡丹、花は毎年ゴールデンウィークの頃に咲きます。私の次の奈良滞在は4月末から5月半ば。ちょうどその頃に咲いてくれるといいのですが、何だかもう、すぐにでも咲きそうな気配。ブルーベリーは今が満開ですが、実の収穫はもう少し後かな。こっちは次々となってくれるので口に入るチャンスはありそうです。そして金柑ですが、これはもう去年の秋からどんどん実がつきながら放置されているもの(笑)。ゴールデンウィークに東京から遊びに来る孫たちに摘んでもらいましょうね。食べるかどうかは知らんけど。
2026年04月08日
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今日は3週間ぶりに内地に移動する日。その前に現在の復興の様子を見ておこうと久しぶりに首里城に出かけてみました。平日、しかも雨模様でしたが訪問客は引きを切らず、とりわけヨーロッパ系の観光客が多く目立ちました(容姿と聞こえてくる言葉からの推測です)。私は裏手にあたる上の毛(うぃーぬもう)側から上っていきましたが、途中で台湾から来たらしい若いカップルに呼び止められ、道を聞かれました。というかスマホを見せられました。日本語も英語も理解されませんでしたがスマホに向かってしゃべりかけるとちゃんと簡体字が出て無事案内ができました。首里城は再建が決まって以来「見せる復興」を旨としていて、正殿が建てられているときはその周りに見学者用の仮設建物が作られエレベーターも用意されて、屋根瓦を葺く様子や龍頭棟飾が取り付けられる様子が間近に見られました。正殿の外側が完全に出来上がってからは見学者用仮設棟は取り外されましたが、見学者用デッキは残りました。昨日、そのデッキが新たにより高い位置に架け変えられる工事が行われていました。よりよく見せる復興は続いています。また、正殿の真裏、世誇殿(よほこりでん)の前でも工事が始まっていて、そこには正殿が裏から間近に見られる仮設の建物の建築が進んでいました。こちらには以前あった、正殿の横から復興段階が見られる仮設棟のようにエレベータも取り付けられるとのこと。車いすでも正殿を裏側の高い位置から見学できるようになります。仮設階段棟の設置のため現在は世誇殿側からは正殿が隠れてしまっていますが、仮設棟が完成すればより近くで正殿が見学できます。この秋に完成する正殿に続き、南殿、北殿が完成したときには仮設棟も撤去され、そのときは何者にも邪魔されないで元の首里城全体の姿が見られるようになるはずです。つい先日まであった正殿の前の御庭(うなー)に置かれたクレーンなども昨日はなくなり、焼け残った御庭の紅白の縞模様も見ることができました。秋の正殿完成に向け「見せる復興」は続きます。赤ちゃん誕生を待つ親のような気分で復興を見守っていきます。
2026年04月07日
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土曜ドラマ「お別れホスピタル」。シーズン2が始まりました。番宣を見て前から興味はありましたが流していました。先日、「チコちゃんに叱られる」に出演していた岸井ゆきのさんの、天然気味のチャーミングな雰囲気を知ってちょっと興味がわき見てみようかなと思いました。シーズン2の前にまずはシーズン1だと、NHK ONE(NHKプラス・・・ま、どっちでもいいんですが)で再度見逃し配信されている2回分を見ることにしました。岸井さんが演じるのは死を間近に控えた高齢者が入院する療養病棟の看護師。毎回、様々な患者が登場します。見始めは少々シリアスなドラマだと思って真剣に見ていたのですが、老患者を演ずる俳優陣たちの演技力もあって、だんだんと「これはコメディか」と思えてきました。取り上げられているテーマはシリアスなものばかりです。しかし一人一人の患者にまつわるエピソードがあまりにも典型的過ぎ、それに対処する医療関係者たちの演技がまたクサいほど深刻ぶっていて、だんだん漫画チックに思えてきました。原作は沖田×華。たしかに漫画です。彼女は看護師経験もあり、それなりに経験に基づく話ではあるのでしょう。しかし、全体にストーリーが収まるところに収まりすぎです。物語は意外性があってこそ面白いのですが、このお話は予想とは全く違う展開というものがありません。それにあんなにいかにも深刻ぶらなくていいのにな、と思ってしまうのです。私の母も昨年5月に亡くなるまで、同様の療養病棟に入っていました。でも病院の関係者はもっと淡々としていましたよ。もちろん外部からではわからない内側の葛藤などもあるのでしょう。でももっとそれをさりげなく出して欲しい。悲喜劇(tragicomedy)というジャンルがあります。本人にとっては悲劇だけど周りから見ると喜劇にしか映らないというものです。このドラマはその逆の喜悲劇(comic tragedy)ではないかと感じます。結末はほぼ「死」ということになり悲劇かもしれないけれど、そこに至る登場人物は喜劇を演じている、少なくとも我々視聴者には喜劇に映ります。制作者もそれを狙っていると思います。死や医療を冒涜しているとまでは言いませんが、何か軽く扱っているような印象を受けました。海女
2026年04月06日
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昨日の沖縄は午後から雨。退屈しのぎに何かないかとTV欄を見たら珍しくバスケットボールの中継があるじゃないですか。シーズンも終盤に入り、チャンピオンシップシリーズ進出をめざして厳しい戦いを強いられている琉球ゴールデンキングスと、こちらも東地区で当落線上にあるレバンガ北海道との一戦。地上波のテレビで放送されるのはめったにないことなのでこれは見ねば。しっかりテレビにかじりつき、最後の最後までハラハラドキドキしましたがキングスが見事勝利!スポーツ生中継が大好物の私。奈良ではケーブルテレビの何十とあるチャンネルのどこかでいつもスポーツ放送があります。しかし沖縄の我が家にはCSはおろかBSとの契約もありません。しかも民放の日テレ系や東テレ系がないのでNHK2波と民放3波の計5チャンネルしかない生活です。それでTVerやYouTubeでどこか奇特な放送局が生中継をやってないかなと探すのですが見られることはめったになく、テレビっ子(とくにスポーツ生中継っ子)としてはちょっとつらいところです。そんなおり契約なしでも日本の地上波やBS、CSをはじめ世界中のテレビが見られる方法があるとの夢のような話が。それはテレビボックスというものらしいです。奈良の我が家は契約しているケーブルテレビのセットトップボックスをテレビ受像機につないで見ています。テレビボックスとは、このセットトップボックスのような機械をネットにつなぎ、かつテレビにつなげるもの。そうすれば契約なしで多くのチャンネルの放送が楽しめるのだとか。WBCを独占放送したネトフリなんかも契約なしで見られるそうです*。 * 市販されているすべてのテレビボックスではありません。このような製品もあるということです。ネットで検索してみると確かにそんな仕組みのよう。YouTubeでもおすすめしているチャンネルがたくさん出てきます。大リーグの試合もすべての中継が見られますよとか、ヨーロッパサッカーも各国の物が見られますよ、本来なら契約が必要な番組も含めて世界中の何百の番組が無料で見られますよ、と声高に宣伝しています。これは垂涎ものではないですか。これさえあれば5局というごく少ない選択肢で我慢していた沖縄のテレビ生活が劇的に変化すること間違いなし。と、最初は思いました。しかしよく考えてみると契約が必要なものを無契約で見るって違法ではない?AIに聞いてみると、当然ですが違法性で言うとグレーなものらしい。というか、真っ黒ですよね。先日沖縄のテレビに登録していた、息子の嫁のIDでNetFlixを見てしまったことを書きました。そのときは、これは契約違反に該当するだろうとあわてて見るのをやめ、その後ももちろん見ていません。テレビボックスで無契約のままに各国の番組を視聴するのはこれよりもっとひどい違反だと思います。ではなぜAmazonをはじめ通販で製品が売られYouTubeにお勧めサイトが一杯あるのでしょう。見た人だけが違法なの?
2026年04月05日
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「バスドライバーのろのろ日記」(須畑寅夫著、三五館シンシャ発行)を読みました。各職業の内幕を暴く三五館シンシャの日記シリーズ。バスドライバーはお坊さんや電通マンほどそんなに特殊な職業でもないかと、書店の本棚で見つけてもそれほど食指が動かなかった(この場合、食指ではなくて読指かな?)のですが、たまたま古本屋で見つけたので(ゲンキン)読んでみることにしました。なので、本の帯はありません。読んでみた内容は、やはりまぁまぁ普通の職業だと思いましたが、著者の経歴が異色でした。元高校教師だったのです。高校の専任講師を務めていた著者は、結婚し二人の子どもがいたにも関わらず小さいころからの憧れの職業であるバスドライバーをあきらめることができず、40歳近くになってから教職を捨ててバスドライバーに転向した経歴の持ち主。抱いていた夢は実現できたのですが、その道のりは平坦ではなく、通勤時にバイクで事故ったり病気になったりなどがありました。バスドライバー自体の内容は、他のシリーズの職業とは違い外部の人間が想像できる範囲の仕事のように思いました。本書に出てくるおかしな上司、また逆に立派な上司、一風変わった同僚などとの出逢いはどんな職場にもあることです。泥酔したお客さんとのやりとり、新人ドライバー君の迷子騒動などはこの職業に独特のものですが、そういうこともあるだろうと想像はできました。ただ、バス停のうっかり通過やそうした過失の営業所への報告遅れに対する厳しさは想像以上でした。が、それがあってこその公共交通機関への信頼なので厳しいのは当たり前なのかもしれません。転職して15年、最後はちょっと悲しい結末を迎えますが、著者には新しい人生に向かって進んでいって欲しと思いました。
2026年04月04日
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先日、タクシー代わりの運搬接待のシミュレーションをしたゲスト、昨日が本番でした。当初はホテルに9時半に迎えに行く予定でしたが、30分早まって9時に拾いに行くことに。シミュレーションでは50分ぐらいの所要時間だったので8時には出ないといけないと考えましたが、諸々あって出発時刻は8時4分。「ま、先日と同じ所要時間ならそれでも9時までには着くはず」と考えましたが、ラッキーなことに40分後に到着。久しぶりの友人と旧交をあたため、初対面のお孫さん(21歳、女性)も連れて、次なる目的は近くの観光スポット。近くの観光スポット、前回はとくにどことも書きませんでしたが瀬長島です。何度も沖縄を訪れている彼女ですが瀬長島には一度も行ったことがなかったそうで、「レンタカーで那覇から名護に行ったりするとき高速に乗る前に必ず通る交差点に『瀬長島』と書いてあるけど、どんなとこだろう、どれぐらい遠いんだろう」と思いながらこれまでついぞ行くことがなかったとか。昨日は穏やかな瀬長島観光日和。まずは展望台のある高いところに連れていき那覇空港で発着する飛行機をしばし眺めます。高いところからの眺めを満喫した後は下に降りて、海岸ちかくの芝生広場へ。「ピクニックシートを持ってきたらゆっくりできそう」と言うので「今は時間が早いからまだそういう人は見ないけど地元の人もたくさん来てピクニックをしているのをよく見ますよ」とお伝えしました。ピクニック家族はまだいませんでしたが、平日の朝のわりに人出は少なくありません。ひとしきり島の自然を堪能した後は「うみかじテラス」。昨日はまさにうみかじ(海風)が心地よく吹いていました。20代の孫にも負けない健脚なばぁば、階段をのぼったりおりたりしながらうみかじテラスの端から端まで、ほとんどすべての店を巡ること1時間前後。海岸や芝生などの自然、観光スポットのうみかじテラス、空港の見える展望台、などなど瀬長島のすべてを把握したご一行(二人ですが)を連れ、飛行機の時間もあるのでお昼前、瀬長島を後にしました。空港に送り届けミッションを完了したあとに届いたLINEに「瀬長島に行ってよかったー」と。連れて行ってよかった。
2026年04月03日
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「マンガ ぼけ日和」(矢部太郎著、原案 長谷川嘉哉、かんき出版)を読みました。矢部太郎さんの漫画は大ヒットした「大家さんと僕」シリーズや「僕のお父さん」など、ほのぼのした雰囲気に引き込まれて読んできました。本書はそれらの作品とは違って、原案が認知症専門の医師、長谷川嘉哉さん、それを漫画に起こしたのが矢部さんです。そのため矢部さん自身の体験からくるものとは違う感じがして、これまではとくに読みたいと思っていませんでした。でも古本屋で半額以下になっているのを見つけた私は、手のひらを返したように何の躊躇もなく購入(ゲンキン)。本書を読み進めながら自分自身の経験を思い出し「そういうこともあったな」「うちの母はこうだった」「父のときは」・・・と思い出に浸ることもできました。しかし、私の両親が例外だったのか彼らはここに書かれているいわゆる認知症患者ではありませんでした。親族の欲目もあるのかもしれませんが、性格が悪くなるとか妄想で介護者を困らせたりするとかはあまりありませんでした。認知症患者の中には性格が変わって怒りっぽくなったとか「物盗られ妄想」が出てきたとかの話をよく聞きます。しかし私の両親は最期まで機嫌よく過ごしていました。たしかに物忘れはしょっちゅうで薬を飲むのを忘れたり財布の置き場所を忘れたり、また訪ねてきた相手が誰なのか分からなくなったり。私のことを姉の息子(私の甥)と取り違えたりしたこともありました。が、本書に出てくるような介護者を困らせるようなことはほぼありませんでした。認知症患者にもいろいろいるのだろうとは思います。でも本書に登場するのはよくある例なのか希少例なのかが分かりません。やはり矢部さん自身の体験ではないので、どうしても「物語」に深みが出ません。もちろん「大家さんと僕」のエピソードもすべてが真実だとは思いませんが、少なくとも「真実をベースにした創作」ではあると思うのです。認知症患者との生活はほのぼのばかりではないでしょうし、丸く収まる話ばかりではないでしょう。その辺がもし矢部さん自身の体験だったらどう描いたかな、と想像してしまうのです。原案者と著者がちがうために、どこか一段階フィルターがかかった感じはぬぐえませんでした。
2026年04月02日
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私は9時ー5時の生活をしています。仕事の話ではなく睡眠です。夜9時に寝て朝5時前後(アラームなし)に起きる生活。しかし、今朝はちょっと事情が違います。午前3時半からNHKでサッカーの日本代表対イングランド戦がありました。先日のスコットランド戦は放送が2時半開始だったので最初からあきらめていつも通りに寝たらいつも通りの5時に目が覚めました。「もしかしてまだやってないかな」とテレビをつけましたが、NHKではすでにニュースが流れていました。今日のイングランド戦は1時間遅い3時半放送開始。なら、普段通り5時に起きるとまだやってるかもしれない。3時半放送開始ということはキックオフは4時くらいかもしれず、それなら5時に起きても半分くらい見られるかな・・・などと考えていて昨夜ふと思いました。「1時間早く寝れば1時間早く4時頃に起き、もっとたくさん見られるのでは?」「9時に寝るのを8時にすれば4時に目が覚めるんじゃないかな」と。昨夜は実際8時に床に就きました。でも興奮していたのか実際の就寝時刻は8時半(スマートウォッチの記録による)。アラームは掛けずにぐっすりと寝、自然に目が覚めたのが3時28分。いつもは8時間睡眠ですが、今日は7時間。まあそれくらいは誤差だろうと心得てスパッと起き、すぐにテレビをつけましたがNHKは違う番組をやっています。「あれ?」と番組表を見直すと今日はNHK-Eの方だったんですね。チャンネルを回すと(回しませんね.切り替えると)ちょうど放送開始。キックオフは3時45分くらいで結果は歴史的な勝利。試合後ジョギングに出たら気分がよかったのかいつもよりたくさん走れました。
2026年04月01日
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「変な心理学-バズっているアレの正体」(山田祐樹、ちくま新書)を読みました。著者は大学で教鞭をとる科学者。彼には気になっていることがあります。それが変な心理学。啓蒙書などによく出てくる「しぐさにこんな癖のある人の心の中はこうなっている」みたいな「心理学」です。それはよく「行動心理学」と呼ばれますが、実はアカデミックな心理学には「行動心理学」という分野はないと著者は主張します。そしてアカデミックでないものを著者は「大衆の心理学」と名づけ、そこでよく知られている現象をいくつか取り上げます。たとえば「カラーバス効果」。「今日のラッキーカラーはピンク」と言われると街中のピンクのものがやたらと気になるというものです。また第三者が発している情報の方が、直接的利害関係がある人から得た情報よりも信頼できる「ウィンザー効果」。昔からよく聞く「サブリミナル効果」。また最近よく耳にする「蛙化現象」。著者はこれらがいつ、どこで言われだしたのかを詳細に文献に当たって調べ、同時にアカデミックな心理学のなかにはそれらの「現象」を直接扱っているものがないことも証明します。ただし彼は「大衆の心理学」をけっして胡散臭いものとして排除しようとしているのではないと言います。彼の関心は、いわば都市伝説のようなこれらの「心理学」がなぜここまで人口に膾炙しているのか。しかもそれらが決して証明された科学的知見ではないはずなのにアカデミックな心理学よりももてはやされるのか。また、一般の人はどうしてここまでアカデミックな心理学と大衆心理学がごっちゃになっているのか。彼はその解明のカギは心理民俗学といった領域の出現ではないかと言います。結論としてはややあっさりしている気がしますが、本書に一貫した緻密な取り組みとユーモアのセンスには感心しました。
2026年03月31日
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録画してあった「片想い」(NHK-G 3月26~7日)を見ました。基本私は、放映時間の午後10時にはすでに床に就いているのでこの時間帯の番組は録画して見るしかありません。なぜこれを録画しようと思ったかというと、番宣を見たから。番宣を見たところで録画することのほとんどない私ですが、番宣の短い時間の中にも芦田愛菜の魅力があふれていて珍しく「これは見たい」という気になりました。感想はひとこと「録画しておいてよかった」。ストーリーは盛岡を舞台にした、昔からよくある隣同士に住む幼なじみのほんわかとした恋物語(ネタバレはしません)。この番組の魅力は芦田愛菜と相手役の岡山天音の演技です。私は別に両人のファンというわけではないのですが、芦田愛菜のほんのりと可愛くてほんのりとぶさいく(失礼)なところ、岡山天音のこちらもどこかぶさいくさがあるたたずまいと、それを思わせない(?)演技力。大河ドラマ「べらぼう」で見た鯉川春町先生役の岡山とは全くの別人でした。何にでもなれる役者ってすごい。どこにでもありそうと思わせるドラマでした。NHK盛岡で開催中の「片想い」展に行ってみたくなりました(行かないけど)。
2026年03月30日
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「めんそーれ! 化学ーおばあと学んだ理科授業」(盛口満著、岩波ジュニア新書)を読みました。タイトルを見て分かる通り、これは沖縄と化学に関する本です。よく知られている「めんそーれ」は沖縄方言で「ようこそ」「いらっしゃい」のような意味です。つまりこのタイトルは「化学(の学び)にようこそ」という意味。内容は素人に向けた「化学」という科目の解説です。ではなぜ沖縄方言の「めんそーれ」なのでしょうか。それは本書が沖縄の珊瑚舎スコーレというフリースクールの夜間中学で著者が実践した教育をまとめたものだからです。珊瑚舎スコーレは沖縄本島南部の南城市にあり、その一環として夜間中学があります。そこで学ぶ生徒の多くは戦前、戦後の時期に学校に行けなかったり、学校でまともに教育を受けられなかったりした人たち(とくにおばあ)、そして外国からやってきて日本で教育を学ぶ機会がなかった人たちだそうです。ただし、彼らは学問的知識は乏しくても日常生活の経験は豊富です。著者はそんな彼らの生活経験に結びつくような実験を行いながら、世の中の化学現象を説明をする授業を行います。世の中の物質は何でできているか、化学反応とは何か、金属にはどのような性質があるか、電気を通すものと通さないものにはどのようなものがあるかなどなど、一般の学校の理科の時間には無機質な実験や化学式を通して学ぶことがらを、できるだけ難しい概念を用いずに料理などの実験を通して生徒たちの興味をひき、理解させていく授業です。生徒たちは自らの経験を通して授業を理解するので「ああ」(生活の中で起こっていることが腑に落ちた)と反応します。生活経験に乏しい小中学生に同様の授業を施すと、反応は「ああ」ではなく「へぇー」(初めて知った)だそうです。現在は珊瑚舎スコーレを離れ、教師を目指して学んでいる大学生を教える、教育学部の先生になった著者ですが、教え子たちにはこのようなメッセージをするそうです。「みんなも学校の先生になったら、❝へぇー❞じゃなくて❝ああ❞と言われる授業ができたらいいな」。(p.214)化学とは難しいお勉強ではなくて、日常生活の色々な現象を「ああ」と理解する手段なのだということが分かりました。
2026年03月29日
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ガソリン価格が厳しい状況です。イラン情勢で大きく値上がりする前から給油を控えていますがそれもそろそろ限界。先日の全国のガソリン価格の発表によると各都道府県ともに値が下がりしだしましたが、沖縄だけは値上がりが続いているとのこと。民間や国家の備蓄を放出すると政府が発表した後も、他の都道府県と違って離島県である沖縄だけは燃料輸送費かかるとかなんとか理由をつけて価格が下がらず、むしろ上がっています。値上げ時はすぐに「便乗値上げ」するのに下げるときは「仕入れたものがなくなったら」などと値下げを渋っている様子。私は沖縄と奈良で1台ずつ車を所有し使用していますが、どちらもちょっと離れたガソリンスタンドのカード会員になっています。どちらのスタンドも他のスタンドより圧倒的に安いので少しくらい離れていても元が取れます。それでも往復にそれなりにガソリン代はかかるので、できるだけタンク残量が減ってきてから入れに行くようにしています。ところが現在その状況が変化しています。奈良、沖縄のどちらのスタンドも必ずしも他に比べて安くないようなのです。「ようなのです」というのは、以前はネットを見ると、利用者の投稿などに基づいて現在のガソリン価格をほぼリアルタイムで知ることができました。ところが最近は、ネットを見ても値上がり前の安いころの価格しか出てこなかったり、値下げが起こっているのに高いままの金額だったりと新しい情報に欠けていて、いまいちネットの情報が当てにならない状況が続いています。そこで現在価格を確かめるにはスタンドに行くしかないのですが、それが遠いところにあるというジレンマ。遠くまで行って高価格を確認してそのまま引き返せば、その分単にガソリンを消費するだけ。近くのスタンドに安値がついていると、後悔も残ります。私は奈良と沖縄の2拠点間を移動する直前にいつも満タン給油をするようにしています。奈良の方の車は関空まで行った後、80%ガソリンが残っています。沖縄に来てからは1週間たちましたが、遠出しないようにしているので残量計はまだ60%を指しています。そろそろ値下げ情報も出始めましたが、私が会員のスタンドの情報はまだ。行ってみるべきか待つか、悩みどころです。
2026年03月28日
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今年も行きました、ANA ARENAで年に一度開催される沖展。沖縄で活躍する芸術家たちの作品が一堂に会します。展示されている作品は絵画、彫刻、版画などの美術部門をはじめ書芸、陶芸、漆芸、木工芸、グラフィックデザインなどなど。アートの心得のない私もいくつか心惹かれるものもあり、逆に「なんじゃこりゃ」とさっぱりわからないゲージツもあり、数百点におよぶ作品を2時間ほどかけてみて回ってきました。お気に入りを3点選んで投票すると入場者によるランキングが後ほど発表されます。私も投票用紙片手に会場をまわりましたが、とにかく絵画でも彫刻でも具象的なものは分かりますが抽象的な作品になると何がいいかわるいかさっぱり分かりません。書芸などはどれもミミズがのたくったような(失礼)文字が立派に表装された条幅に掲げてあるのですが、さっぱり読めません。たまに読めるのがあるとうれしかったり。そんなわけで、私が心に残った3点は絵画部門、写真部門、グラフィックデザイン部門の3作品になりました。1点目は絵画部門のなかから選びました。これは去年の続きというか、老人と子どもをテーマにした同じ作者が描いた作品です。一目見て「あ、去年の続きだ」と分かりました。去年はタイトルが「トゥスイとワラビぬイサトゥばなし(年寄りと童のカマキリ話)」でしたが、今年は「トゥスイとワラビぬシグトゥ(年寄りと童の仕事)」。モデルも同じ人物かと思われます。2点目は写真部門から、宮古島の行事バーントゥを題材にしたもの。ナマハゲや鬼にまつわる、怖がらせて子どもに道徳を教えたり無病息災を願ったりする行事は全国にありますが、これもその一つ。被写体としては珍しいものでなく誰もがカメラを向けたくなるものですが、この作品はなかでも子どもの一瞬の表情を的確にとらえていて雰囲気が伝わってくると思ったので一票を入れました。3点目はグラフィックデザイン部門から。犬や猫の殺処分をゼロにしようとの趣旨で作られたポスターです。この部門にはいくつか選びたいものがあったのですが、やはりひと目で趣旨が伝わるものということで、こちらを選びました。中に書かれた文もじっくりと味わえて(実話かどうか知りませんが)心に残るものでした。毎年「沖展」に行くと、才能がない私ですが自分でも何か作りたくなってきます。まずは畑でも作りますか。
2026年03月27日
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沖縄と奈良の2拠点生活をしている私。最近は沖縄にいる方が長くなってきました。そのせいか、最近は本土にいるときに違和感を憶えることが増えてきました。今月初めに奈良に帰っていた時に抱いた違和感が二つあります。ひとつは電車に乗ったり買い物に行ったりしたときに見かける、マスクをしている人の多さ。もうひとつは猫も杓子も「さくら、さくら」とその開花をめぐって大騒ぎしていること。コロナ禍以来、日常的にマスクをしている人は一定数います。徐々に減ってきてはいますが、なくなりません。とりわけ年齢が高い層に多いように思います。もちろん、沖縄でもマスクをしている人はいますが、最近はかなり減ってきました。とくに若者が公の場所でマスクをしているのは1割にも満たないでしょう。本土でも沖縄でもコロナ禍の前から若者でマスクをしている人は少数ながらいました。沖縄ではその頃に戻ったというところでしょう。ところが、先日本土で乗った電車では半数以上がマスクをしていました。老若男女を問いません。最初は「なんでこんなにいるの?」と疑問でしたが、思い当たりました。花粉症だ!花粉症は沖縄にないので忘れていました。沖縄に見当たらないことのもう一つがマスメディアに「桜の開花」に関する情報があふれていることです。以前から花見好きでお祭り好きの東京の人が騒いでいるのは目にしていました。でもそれは東京だからだろうと思っていました。しかし奈良でテレビを見ると東京キー局だけでなく、関西キー局や奈良ローカルでも「標準木だ」の「つぼみが膨らんだ」のと毎日のように流しています。以前からこうだったっけ?沖縄では1月にカンヒザクラが満開になりますが、「いまは三分咲き」とか「満開になりました」程度の情報が多くて、今か今かと待ち構えているような報道はありません。いつの間にか咲いて、いつの間にか散っていた程度のことです。ここでも思い当たりました。沖縄は桜以外にも冬から春に咲いている花はいくらでもあります。別に桜を待ちわびているわけでもないんです。本土における桜は暖かさを伴うようにやってきて、冬の終わりと春の訪れを告げる大切な花なんだと改めて感じた次第。
2026年03月26日
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「葬式坊主なむなむ日記」(松谷真純著、三五館シンシャ発行)を読みました。様々な職業の内幕を暴露する「日記シリーズ」の最新刊(多分)です。タイトルを見て、お寺さん(僧侶)の実態が分かると期待して読み始めましたが、著者の松谷さんは初めて聞く、派遣僧侶というご身分の方。「思っていたのと違う」というのが最初の印象です。しかし、派遣僧侶の話もそれはそれで面白く読めました。著者は東北地方に自分が住職を務めるお寺は一応ありますが現在は東京の安アパートを「分院」にする派遣葬式坊主。私の家は祖父の代からクリスチャン(私自身は無宗教)で教会の葬儀には数多く参列した経験がありますが、仏式はまれ。ただ日本に住んでいる限り時々は仏式のお葬式に参列することもあり焼香の経験もあります。しかし、そこでお経を唱えているお坊さんが派遣会社から依頼されている「葬式坊主」の可能性があるなど、全く考えたことがありませんでした。世の中にはそんな「職業」もあると本書で初めて知りました。しかし著者はお金第一で仕事をしているのではありません。元々サラリーマンだった彼は仏教に関心を持ち、自ら望んで仏門に入るべく苦しい修行(僧侶になるための講習)を経て晴れて僧侶になった人です。しかし継いだ寺は檀家も少なく葬式や法事の数もあまりないために安定した収入は期待できず、やむなく「派遣僧侶」でやっていくことになりました。それも最近はだんだんと依頼が減り、宅配業のアルバイトをしながら何とか糊口をしのいでいる始末。ただ経済的には苦しくても仏の教えをあれこれ考える松谷さんに精神的な充実感が見えるのが救いです。日記シリーズの著者たちはどうもお金に困っている人が多い感じ。本がたくさん売れて少しでも潤えばいいですね。
2026年03月25日
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来週、旧知の友人に会います。10年ぶりになるかな。前回は奈良に会いに来てくれました。今回は沖縄に来てくれます。お孫さんを連れて石垣に行った帰りに、那覇で一泊して乗り換えるので、短時間ですが会えることになりました。彼女たちは空港の近くのホテルで一泊して昼前の便で本土に戻るそうです。それで私がホテルまで迎えに行き、少しの間いっしょに過ごして、その後空港に送っていきます。言うなれば私がタクシー代わりを務めるわけですが、そうやって頼ってくれることがまたうれしい。昨日、粗相があってはいけないと当日の足取りをなぞってみました。まず、私の家からホテルまではどれくらいかかるでしょう。実際に走ってみると、距離的には遠くありませんが間に繁華街を通るので50分弱かかりました。朝の9時半に迎えに行くことになっているのでラッシュ時ということを考えると、8時半出発はマストです。次にホテルから彼女が希望する観光スポットまで。こちらは10分弱。そしてそこから空港までも10分強。ホテルで彼女たちをゲットさえしてしまえば後は渋滞など気にしなくてもよさそうです。まずは予定通りの時刻にホテルに着くことに気をつけておけばいい感じ。それにしてもお孫さんがもう大学4年生とは。高校入学の相談に乗ったり、進学のための各種レポートの添削をしたりしたのがつい昨日のよう。次はエントリーシートの添削かな(笑)。十年ぶりの彼女はどうなっているでしょう。今回初対面のお孫さんはどんなお嬢さんでしょう。あと一週間、楽しみ楽しみ。
2026年03月24日
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昨日の沖縄、最高気温26度。日差しがあると暑くて陰に入りたい陽気でしたが、やはりこんなときは外出したくなります。そして今は春の大潮の時期。となればやはり大好きな浦添西海岸(通称「てぃだ結の浜」)に行くしかないと思い立ちました。実際に行ってみると「おー、こんなに潮が引いている海岸は見たことがない」とびっくりするくらい、ずっと向こうの先の先まで岩場が海から出て広がっていました。広~くなった浜には水遊びをする親子、犬を散歩させる女性、そして海の中に入ってはしゃぐ人などが。私も行ける限り陸から離れた遠くまで行って、ふと思いました。「何も考えてなかったけど、潮が満ちてきたら濡れずに帰れるだろうか」。浦添西海岸の潮見表をチェック。この日の満潮は午後3時30分と書かれており、時計を見ると午後3時27分。ちょうど一番潮が引いたときに海岸に来ていたようです。そりゃぁこれだけ広がっているわけだと納得しながら、すぐには満ち潮にならないことに安心してゆっくりと面白い形のサンゴや潮だまりなどを観察しました。帰宅すると靴が砂だらけでした。
2026年03月23日
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二日前。奈良の最高気温が16度、沖縄(中南部)の最高気温が22度。そう変わらなくなってきた・・・と思っていたけど、実際に沖縄に帰ってきてみると大違いなのは毎朝のジョギングで分かります。最高気温は確かに近づいてきていますが最低気温が、奈良は1~2度、沖縄が18~20度。日較差(にっかくさ=私の辞書では変換されません…もう死語かな)が奈良15度、沖縄では4度。この早朝と日中の気温の差が大きく違うんです。なので奈良ではジョギングのときは長ズボンに長袖シャツまたは腕カバー、手袋が必須。対して沖縄では半袖短パン。夜明けが遅い沖縄では朝の6時になってもまだ薄暗さが残ってます。奈良だとこの時期、5時半にはすっかり明るくなっているので、足先を照らすライトは必要ありません。もっとも沖縄ではランニングトラックを走っているのでライトは使いませんが、横を走っている人の顔はよく見えません。にも拘わらず汗はしっかりかきます。奈良だと小一時間走っていると若干の汗はかきますが、それでもせいぜいレベル1。奈良では朝夕や昼間も使うことのある暖房が不要で、今も半袖。沖縄に住んでいてよかった~と思う瞬間です。
2026年03月22日
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ブルーベリーのつぼみに続きレンギョウも咲き始めた奈良の庭。牡丹も3つほどつぼみがついている、そのタイミングで奈良から沖縄に戻ってきました。十日ぶりに帰ってきて気になるのはやっぱり庭のこと。家に帰り早速お庭果樹園のフルーツたちをチェック。ほんの十日ですから大した変化はないかなと、庭を見てみると・・・。やはり大した変化はない・・・ようにも見えますが、私にはこれでも変化がうれしいのです。1か月前に久しぶりに植えたパパイヤは小さいなりに葉っぱの面積が(枚数も)倍ぐらいに増えています。ということは、しっかり根付いてくれたということ。パパイヤは成長が早いのでもしかすると今年中にも実をつけるかもしれません。一方バナナは見た目がそれほど変わっていませんが、少し全体に反ってきた感じ。そろそろ雄花をカットする時期です。大きな変化があったのがマンゴー。あっちこっち一斉に若い枝を伸ばして、たくさんつぼみをつけています。十日前にも、緑の葉っぱの中にひときわ目立つ赤っぽい色をした若い枝と、そこについたつぼみは多少見えていましたが、今は新しい枝がつぼみだらけ。これから、ここにあのマンゴーの小さな赤ちゃん粒ができてくると思うとワクワクします。パパイヤやバナナもいいけど、やっぱりマンゴーがトロピカルフルーツの王様(我が家の庭の、狭い範囲の中でのお話です)。今回は4月上旬にまた奈良で用事があるので半月ほどしかいられません。その間にできる限りの世話を楽しまなくては。
2026年03月21日
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今日は車の定期点検。待っている間に「憤怒の人:母・佐藤愛子のカケラ」(杉山響子、小学館)を読みました。去年の11月に102歳になった作家の佐藤愛子さん。本書はその実の娘、杉山響子さんが母親のことをつづったエッセイです(初出は女性セブン)。杉山響子さんの娘、杉山桃子さんの「佐藤愛子の孫は今日も振り回される」を読んだときも思いましたが、文豪の家族というのはどうしてこうも面白おかしく書くことができるのでしょうか。家族として文豪に文章を鍛えられているからか、文豪という名の変人がおもしろネタをいくらでも提供してくれるからか。著者の杉山響子さんはこれまで、依頼を受けてもお母さんのことを書きたくなかったそうです。それは、お母さんである佐藤愛子が娘の文章を見て容赦なくツッコミ、添削し、しまいには自分の文章とは似ても似つかぬものにしてしまうから。「困ったおかあさん」というタイトルで杉山響子名で書いたものが完全に母親の文章になってしまったのには本当に困ったとか。その母が百歳を過ぎ認知症に冒されだし、そこでようやく娘は元気だった頃の母を書き残しておきたいと思いました。その結果できたのがこの本です。いかに母親の認知症が進んで行っているかの記録であると同時に、元気だった頃の母親がどんな人だったのか、自分との関係を通じた思い出を残しておくことにしました。ただ、たくさんの優しかった思い出もある一方、元気だった頃の佐藤愛子はタイトル通り、まさに「憤怒の人」で、すぐに火山が爆発する人だったようです。孫より娘はもっと振り回されていたことが本書では赤裸々に描かれます。笑える話、笑えない話。困った話、怖い話。佐藤愛子の周りにはいくらでもネタが転がっています。読者にしてみれば面白いエピソードが満載のこの本、ただ楽しんでいればいいのですが、家族はどうだったのでしょうね。文章を読む限り、娘の杉山響子さんにしても孫の杉山桃子さんにしても佐藤愛子とは違って、ごく普通の人のよう。普通の人が佐藤愛子のようなモンスターと日常的に接するのは大変だったろうと案ずるばかりです。そんなモンスター愛子さんですが、家族や周りの人には愛されているのが分かります。余生が楽しいものでありますように。
2026年03月20日
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「おかあさんの扉15」(伊藤理佐著、株式会社オレンジページ発行)を読みました。著者の伊藤理佐が「おかあさん」になって始まった年1回発行のこのシリーズ、前回読んで感想を書いてから1年経ちました。著者の実の娘で、本書の主役「あーこ」も1つ年を重ねて15歳になりました。前回の感想にも書きましたが、うちの孫はあーこより1歳年上の16歳。その孫、私立の高校に通っていましたが進路を変更し現在通信制の高校に通って受験勉強をしています。そしてあーこにも大きな変化がありました。第12巻にあった通り、あーこは私立の中高一貫校を受験して入り、高校受験も大学受験も(推薦があるので)ないエスカレーターに乗ったはずだったのですが・・・何の心境の変化か、あーこは公立の高校を受験したいと言い出したのです。今回の第15巻はその半分以上があーこの受験にまつわる伊藤家のドタバタ日記です。もう受験が終わったと思っていたお気楽母さんは、まずどうやって娘を心変わりさせ、受験を取りやめさせるかに腐心します。しかし、それが無理となると一転、娘が新しい目標に向かう姿勢に寄り添いながらも、模擬試験の申込みを忘れて足を引っ張ったり、やはりドタバタは免れません。その結果、果たしてあーこは第一志望に入れたのか。いま、どのようなJKになっているのか。読んだり観たりする前に他人からネタをバラされるのが嫌いな私は、あーこの現在をここには書きません。宣伝をする義理はないのですが、気になる方は是非「おかあさんの扉15」を読んでください。受験騒動以外にも相変わらず波乱万丈が続く伊藤家の1年は一読の価値があります。しかしこれだけネタが尽きないのは漫画家夫婦だから?それともネタにするのがうまい著者だから?
2026年03月19日
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久しぶりに奈良の家に戻ってみると、庭のブルベリーがたくさんつぼみをつけていました。実になるのが楽しみです。ただ、心配なことがひとつ。このブルーベリーの木(受粉を促すため2本植えています)からそれほど遠くないところにバスケットボールのゴールがあるんです。去年の12月に近所の子どもが来て「バスケットゴールで遊んでもいいですか」と言ってきたので、私が留守の時に人影があれば泥棒よけにもなると思い「どうぞどうぞ」と許可しました。2本の木は1本がまだ4~50cmほど、もう1本が7~80cmほどでそんなに大きくありません。もしボールが飛んできたら…完全に折れてしまうということはないと思いますが、つぼみや花が落ちてしまったりして何らかの被害は免れません。そこで、ボールから防御するためにオベリスクで囲うことを考えました。ホームセンターに見に行きましたがそこそこいい値段です。おケチな私は第2のより安価な方法を考え、以前畑に使ったプラスチックの支柱を使うことにしました。ただしこの支柱、固い地面に力任せに差しただけなので土の中に10cmも埋まっていません。そこで考えたのが防草シートを止める金属製のピン(10本で280円)。これで軽く刺さっているだけの支柱を支える(なにか変ですが)ことにしました。下がそのアップ画像です。これで多分支柱は抜けなくなったと思います。こんなスカスカの支柱でボールが完全に防げることはありませんが、遊ぶ子どもに少しでも警告になれば、それでOK。
2026年03月18日
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