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桜も満開の季節になった。今週末までもつだろうか。そういえばここ数年、ゆっくり桜を見ていないような気がする。おととしの暮れに前職の会社を辞めたので、去年の春は気分的に花見どころではなかったし。まだ長いトンネルを抜けたわけではないのだけど、そろそろ新しい風が吹くかなぁという期待感がある。夜桜が私は好きである。日の光を浴びて輝く桜も美しいが、ほの灯りに浮かぶ夜桜もまた美しい。夜桜見物のドンチャン騒ぎと酒臭さはご免蒙りたいが、人気の少ない夜桜の下の散歩は格別である。日常とは違う時間がそこには流れているから。「満開の桜の花の下には死体が埋まっている」という梶井基次郎の言葉や、「願わくは花のもとにて春死なむ その望月の如月のころ」という西行の歌がふと思い浮かぶ。桜の花の下に流れる、日常とは隔絶した永遠の時間。日が落ちるとまだ肌寒いが、冬の寒さとは明らかに違う。期待をはらんだ寒さとでも言えるかもしれない。春の宵に、その寒さの中で夜桜を愛でる。寄り添う人の手の温もりが、一際うれしく感じられる時でもある。新しい風を待ちながら、今年は久しぶりに夜桜の下を二人で歩きたい。
2004.03.31
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リスクがあっても何かに挑戦しようとする人と、リスクがあることは極力しないでおこうとする人がいる。本来どちらが良いとか悪いとかではなく、タイプの違いなのだろう。リスクを取ろうとする人は、未知の可能性に賭ける。可能性は無限である。今までの自分では想像もしなかった地平を見、まったく新しい体験ができるかもしれない。しかし一方で、今まで得たものをすべて失ってしまうかもしれない。最悪の場合、負債を背負って逃げ回ることもあり、命さえ危うくなることだってあるかもしれない。リスクをとらないタイプは、決して未知のものに賭けたりはしない。安全で堅実である。これまでに得たものを失う可能性は、比較的少ないかもしれない。ただ、どれだけリスクを取らないで堅実に生きようと思っていても、不確定な要素が多いのが現代だ。安定した企業に無事就職したと思っていても、いつリストラされるかわからないし、いつ倒産の憂き目に合うかもしれない。経済の先行きも不透明。技術は目まぐるしく進歩するものの、それについていけない人も多い。年金もどうなるかわからず、老後の生活なんか誰にもわからない。若くして生活習慣病で死ぬ人も結構多いし、感染症は次々と流行り、日本人の寿命もこれからどうなるものやらわからない。天災だっていつ自分の身にふりかかるかわからない。今や集団テロの恐怖さえ身近な時代だ。こういう時代に古き良き時代の安定だけを求めて、果たして無事に生き延びられるのだろうか。あえてリスクをとるタイプと比べて、幸せになれる=安定した生活を送れる可能性は、どれだけ高いのだろう?言うまでもなく、起業志望者はリスクを積極的に取ろうとするタイプだろう。安定を犠牲にしても、未来の可能性に賭ける。なぜなら、じっとしていればこのままジリ貧になって生き延びられないと感じるからだ。たとえリスクがあっても、勝負に出なければどうしようもないと感じている。それをリスクをとらないタイプは、なぜあえてリスクのあることをしようとするのか理解できない。起業志望の私からすれば、リスクをとらないタイプは現状把握ができていないように思う。本来、安定志向は悪いことではないと思うが、それは経済も政治も社会情勢も比較的安定している時ならば、という条件付きである。この厳しい時代、どんな商売でも「待ち」の姿勢では衰退するばかりだ。安定にしがみついていても、時代がそれを許さない。だからこそ、週末起業やベンチャーや、「手に職」志向が強まっている。たとえ就職しても、スキルアップはし続けないといけないし、サイドビジネスにもアンテナを張った方が良いだろう。自分自身の生涯を通じたキャリアの構築も意識しておいた方が良いと思う。そうした時代の変化に気づかずに、相変わらずリスクをとろうとしないのは時代遅れであり怠慢だ、というと言い過ぎだろうか。
2004.03.26
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わたしはいつでもあなたの太陽でいたい雨の日も風の日も雪の日でさえもそっとあなたの心を温める太陽でいたいあなたがどんなに辛い時も耐え切れないほどの淋しさや不安に心凍える時も絶望の淵に沈んでいる時もわたしの魂はあなたの側に寄り添っている根雪をとかす春の大地のようにわたしはあなたをそっと包みたい疲れきったあなたを抱きしめて深い眠りの中で癒してあげたいあなたが再び新しく生まれ変わるためにわたし達がまっすぐありのままに生きるために
2004.03.22
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『「卵子の数は決まっている」の定説を揺るがす新発見――不妊治療に革命も』という記事↓をこの間ネットで見かけた。http://www.hotwired.co.jp/news/news/technology/story/20040312308.htmlそれには、「長年にわたり、女性の卵細胞は出生時に一生分の数が決まっているものと信じられてきた。しかし、新たな研究成果により、この定説に疑問が投げかけられている。定説が覆された場合、不妊治療に革命的な変化をもたらすかもしれない。」とある。これは確かにすごい発見だ、と密かに興奮していた私。なぜかと言えば、女性の卵細胞の数が出生時に一生分決まっているとすれば、妊娠・出産が遅くなればなるほど、卵子はそれまでのストレスやら食物の中の添加物やら様々な化学物質で傷つき、それ故に染色体異常が増えるのだろうという話を聞いていたからである。確かに高齢出産の場合、ダウン症児の割合や早・流産の割合も高い。だけどそれが、長年胎内にあるが故の卵子の質の低下ではないかもしれないというのは、やはり朗報である。男性のように生殖細胞を補充できるのであれば、体のケアをきちんとして少しでも若い体を維持していれば、超高齢出産も必ずしも不可能ではないということになる。もしかしたら病気の子供が生まれるのでは、という不安も少なくなるというものだ。もっとも、数年間不妊治療を続けていた女性が40数歳を過ぎてしまえば、まず妊娠は難しいらしい。はるか昔に勤めていた産科婦人科研究室で聞いた話だが。
2004.03.21
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森田公一とトップギャラン(ふ、古いっ!^^;)の歌に、「♪過ぎてしまえば みな美しい~♪」というフレーズがあったが、あの歌が流行っていた当時から「えー、そうかぁ?(ーー;)」と思っていた私。よく、「若い頃はよかったなぁ」とか「高校生の頃は楽しかった。あの頃に戻りたい」なんて言う人は多い。だけど私はそんなこと、一度だって思ったことはない。確か小林秀雄が、「人が」というよりも「思い出の方が」美しいものだけを残していってくれるのだ、というようなことを書いていたように思う。嫌な思い出は忘却の彼方に消え去り、美しい思い出だけが残る。うーーーん、確かにそうなんだろうけど、もっと年をとって死ぬ間際位になったら私もそう思うのかもしれないけど、少なくともこの年になるまで、一度も「若い頃は良かった」なんて思ったことはない。だって、私にとって、若い頃は苦しみ以外の何物でもなかったから。進路問題やら実らない恋やら、生きている意味やら、友人のこと、家族関係、家の問題等々。。。ひたすら息苦しく、せつなく、もどかしく、悩みだけが大きかった。あの頃の自己イメージといえば、いつでも髪の毛振り乱して走り回っていた姿しかない。余裕も安心もなく、ほんとに筒一杯だった。ただ肉体的に若いだけだった。今思い出しても、恥ずかしいことばかりだったような気がする。「恥の多い人生を生きてきました」というようなことを書いていたのは太宰だったか?まさにそんな感じ。青春が美しいだなんて嘘っぱちだ。世を拗ねたり突っ張らがったり、振り返ればひたすら醜く恥ずかしい季節である。皮を剥かれた因幡の白兎のようなもので、いろんなものが私の赤裸の神経を突き刺すように感じていた。そんな青春時代に誰が戻りたいと思うだろう?たとえ戻れたとしても、やっぱり私は同じ悩みを抱え、同じような失敗を繰り返すことだろう。あの時はあの時で必死だったし、私はそれ以外の選択をやはりしないような気がする。今の私の経験を持って帰れるよと言われたとしても、同じ環境、同じ状況に二度と身を置きたくはない。たった一度で十分だ。「あの頃に帰りたい」と思う人は、若さ故の自由や楽しみを満喫できて、幸せな青春時代を過ごせた人なのかもしれない。いや、そういう人は苦労や問題がなかったのだろう、と言ってるわけじゃない。同じような環境であったとしても、それに縛られてしまっていたのは私自身に問題があったのだから。苦労が人より多かったという意味ではなくて、自分自身の観念に縛られてしまっていたのが、若い頃の私だったのだ。私の場合は、年を重ねるごとに少しずつ自由になり、少しずつ自分のことが好きになり、少しずつ楽になってきた。そういえば、桃井かおりも似たようなことをこの前言ってたな。30代よりも40代、40代よりも50代と生きるのが楽になってきて、今が一番楽なんだ、と。その気持ちがよーーくわかる。でも同じように年をとってきているはずなのに、どうしてこんなに人によって違うんだろうね。
2004.03.20
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ぴっこりん(^^)さん(http://plaza.rakuten.co.jp/pikkorin999/)の日記を読んでいると、お見合いのことが書かれていたので私の経験を書こうと思う。ぴっこりん(^^)さんの場合は、お見合いで無事素敵なパートナーと巡り合われたそうだが、それにはお見合いの傾向と対策のようなものがあって、読んでいてとてもおもしろかった。私の場合も数では負けていない。(…って全然胸張るようなことじゃない。^^;)50回以上もしたのだから、そう少ない数ではないだろう。(50回越えたあたりから数えなくなったので、正確な数は知らない。)だけどね、不思議とご縁のある人はいなかった。高望みばっかりしてたんだろうって?いえいえ、全然そんなことはなかったんですよ、ほんと。まだ若い頃に、ある占い師から「あなたは少なくとも15~16回はお見合いしないと本当の縁が出てこない。」と言われたので、その数だけでもさっさとこなしてしまえとばかり、選り好みせずに会ってきた。下手に学歴があるせいか、敬遠されることも多かったので、「会う」と言ってくれる人とは極力会ってきた。写真でどんなに好みじゃないと思っていても、「写りの悪い人だっているよね」と一縷の期待を抱きながら。幸か不幸か、十中八九先方は気に入ってくれるのだ、これが。なぜか?私が決して美人だからではない。相手が女慣れしてないというか、人間関係下手だからである。(と私は信じている。)お見合い相手の多くはそこそこの大学を出ており、そこそこ堅い仕事に着いており、既に新居をお持ちの方も多かった。外見はさておき、条件だけで選ぶには文句の付けようのない殿方ばかりだった。しかし、しかしである。なぜかそろいもそろって口数が少ない。別に寡黙な男が嫌いというわけじゃないけど、話題がない。皆目と言って良いほど、ない。たまに話をする人もいたが、そこから次に話が膨らむということは少なかった。あんまり沈黙が続くとしんどいので、勢い私の方からいろいろ話しかけ、相手から話を引き出すということが多くなる。そうすると、相手は多分楽なんだろうな。「明るくて積極的で、どうも僕に好意を持ってくれたみたい。」と思うんだろう。後からの先方の返事はほとんどの場合OKで、こっちが断るのに苦しむことになる。で、断ると、「贅沢だ!」と親からも仲人からも責められる。これでどれだけ何年も苦しんだことか。。。自分が播いた種なんだけどね。私はその頃、同じ男が別のお面つけて何度も登場してるんじゃないかと思う位、同じようなタイプの男性ばかりとお見合いしていた。私がなぜイヤだったか。まず、気がきかない人が多かった。何もホスト並みのサービスやらおしゃべりなんぞを期待しているわけじゃない。でも、たとえば、昼食の時間をとっくに過ぎているのに、「自分は遅めの朝食食べたので」とこっちの腹具合を全然考えていなかったり、こっちはハイヒール履いてきてるのに何時間もテクテク歩かせたり、何度かデートしただけなのに横柄な態度をし出したり(私はまだあんたの彼女やないがな)。要するに、女性とのコミュニケーション以前に、職場での人間関係すらうまくできてるのだろうか?と疑ってしまうような人が多かったのだ。多分職場では有能な人達なのだろうけど、第一、こんな人と結婚して果たして楽しいんだかどうだか。「社会的な信用もあるし、セックス付きの家政婦をここらで雇っとかなきゃな」なんて気持ちで結婚された日にゃ、私は不幸への道まっしぐらである。もっとも、「そう好きでもないけど嫌いでもないし、私もそろそろ適齢期だし、生活がこれで安定するならいいよね」と思える女性なら、結構玉の輿の相手も多かったけど。私は外的な条件なんかよりも、本当に価値観の合う人と出会いたかった。毎日の現実的なことだけではなくて、もっと内面的な気づきや感動を分かち合える人。お互いがありのままの自分でいられる人。そういう男性とは残念ながらお見合いでは出会えなかった。でもだからこそ今の自分があるのだから、それはそれで感謝である。それにしてもお見合いは疲れる。お金を使い、気を使い、エネルギーを消耗する。ああ、そういえば、お見合い写真を撮るために、写真館からロケにまで行ったことがある。車の中で何度も着替えまでして。確か撮影だけで6万円かかったな。気に入った写真を焼き増ししてもらおうとすると、確か1枚2000円位ついてたような。ただのスナップ写真なんだよ、それも。ほんとに馬鹿げた経験だったわ。あほくさ。(- -;だから、二度とお見合いなんかしたくないな。お見合いと聞いただけでゲンナリしてしまう。アレルギーと言ってもいい。もう二度としないから良いんだけどね。あ、でもぴっこりん(^^)さんのように、お見合いで幸せな結婚をされた方もたくさんいらっしゃるので、あんまり参考にはなさいませんように。
2004.03.19
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Yosujyayaさん の日記に、「太陽系に10番目の惑星が発見された」というニュースが書かれていた。冥王星の外に発見された天体で、イヌイット神話の海の女神「セドナ」と暫定的に命名されたという。西洋占星術では天体が発見された時点から、その星の影響が人間に及ぶとされている。(私はあんまり詳しい知識はないのだけど。)また、星の名前はとても偶然とは言えない位、その星の性質を現しているので、「セドナ」の意味を調べてみた。●イヌイット族(エスキモー)の神話にある、あらゆる神性を持った地母神。指の無い海の女神。昔、巨人の夫婦がいて、その間にセドナという娘が生まれた。セドナは機会があれば肉を鷲掴みにして貪り食っていた。ある夜、両親が眠っていると、セドナは両親の足を食べ始めた。両親は驚いて起き上がり、もはや娘を家においておけないと思って、小舟で海の沖合いに連れて行き、セドナを海に放り出した。放り出されたセドナは、舟の端に掴まった。父親はセドナの指を切り落として、セドナを振り落とした。切り落とされた指は鯨、アザラシ、魚となり、セドナは海底に沈んで海の支配者になった。 (http://www.pandaemonium.net/frame3.html)また、「奔放な娘が男と恋に落ち、それによって災いが起こったため、父親が娘を水底へと付き落とす」という解説もあり、「彼女は海底にある死者の国の王であり また 人間の始祖神」でもあるそうだ。「また陸にあったとき産んだセドナの子たちは,その後海を渡って最初のイヌイット(始祖)になったと言われています 」(http://www.s1.inets.jp/~potato/site/gallery/fh/fh025.htm)イヌイットとは「人」という意味だから、その始祖ということで「人間の始祖神」とされるのだろう。ところで、最近歌が流行っている「Jupiter」(ジュピター)とはローマ神話の全知全能の神々の王を指し、惑星でいうと木星のことだが、これは幸運をあらわす星である。冥王星の英語名はプルートーで、死後の世界、地獄の王を指す。核の原料であるプルトニウムの語源であることは有名だ。西洋占星術では冥王星は死と再生を司り、極限状態の時に思わぬ力を発揮すると言われる。その冥王星のまだ向こうに現れたセドナ。彼女は私達の中に眠る何を現すと言うのだろう?私達は、これからいよいよ人間としての本質に向き合うことになるのだろうか・・・・。天体といえば、先日新聞に、地球の磁気がどんどん弱まっているという記事が載っていた。南極と北極が入れ替わるのだろうか、などというコメントもあった。精神世界では「ポールシフト(地軸逆転)が起こる」と言われて久しいが。。。なんにせよ、今の社会の仕組みがあらゆる意味で行き詰っていることは間違いない。そのうち、何か劇的な変化によって、私達は突然ハッと目を覚まさせられるのかもしれない。
2004.03.15
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SoulNaviさん(http://plaza.rakuten.co.jp/soulnavi/)の今日の日記を読んで、酒鬼薔薇の内面を改めて思った。SoulNaviさんは「逆精神世界」と呼んでいるが、そういう暗部を幸いにして私は知らない。私の家にも様々な問題はあったが、大なり小なりどこの家庭でもいくつかの問題はあるわけで、そういう意味では人並みだったと言えるかもしれない。だから、特別幸せではなかったかもしれないが、特別不幸でもなかったと思う。愛情面ではまだ恵まれていた方だろう。そんな私には、多感な時期に愛情を受けたことのない人達の精神構造を、本当に理解することは難しいのかもしれない。そんな気がした。そうして、そういう心の空洞というか傷を負っている人達の内面を思うと、ただ、心が痛くなった。
2004.03.14
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先週の土曜日の夜のことだった。いつものように遅くまでパソの前に座っていて、お風呂に入った後、寝間に入った。そうしたら、なぜか体がブルブルというかガタガタというか振動する。「あれ?」と思ったのだが、その揺れが止まらない。実際に体が揺れているのではなく、どうも内部感覚らしい。以前にも似たようなことがあった気もするが、「また何が起こるんだろう?」という一抹の恐怖を感じていると、耳元でザーッというようなノイズが聴こえる。そのノイズの中に、男の声で「上がれ上がれ」と私に指示するような声が聴こえ、もう一人の男の声で「もっと…」というような言葉も聴こえた。「一体何が始まるんだろう?体の力を抜いて任せないと。でもこれからどうすればいいの?」と思いながら、やはり不安は拭えないまま横たわっていたが、すぐにノイズは消え、体の振動も消えた。あれはなんだったのだろう?満月の前夜だったせいだろうか。そういえば、前に体から抜け出た時にも似たような振動を一瞬感じたような気がするなぁ。(ただの夢だったのかもしれないけど)
2004.03.11
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今夜のニュースは、酒鬼薔薇が医療少年院を出所したと何度も伝えていた。医療少年院での彼の精神状態の移り変わりとかも説明していた。でもたった6年で更正なんてできるんだろうか。やり直しのきかない人生はないというのが私の持論だが、あんな残虐な殺人犯ともなると、こんな短期間で社会に戻すという方が危険ではないのかと思ってしまう。それに、可愛いさかりの子供を殺された親御さんの心情としてはたまらないだろう。せめて被害者家族が亡くなるまで、刑務所に入れておいてほしいくらいだ。そしてこれは噂話だが、酒鬼薔薇の母親が、私の家からわずか3つ向こうの駅に引っ越してきて暮らしているらしい。酒鬼薔薇がこの沿線を行き来することもあるんだろうか?はっきり言って気持ち悪い。子を持つ親ならもっと気持ち悪いだろう。おちおち子供を外で遊ばせることもできないだろうと思う。罪を憎んで人を憎まずという言葉があるが、一種の人格障害とも言える犯罪者の存在に、平静ではいられない。誰の中にも狂気は存在しているとはいうものの。。。
2004.03.10
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今日は友人にメンテを頼んでいたパソが帰ってきた。(^^)友人に感謝!画面の設定とかが少し違うので、まだちょっと使いにくいけど、そのうち慣れるだろう。それにしても、やっぱりパソがないと非常に不便だ。でもパソのないこの数日は、かえってゆったりした時間を過ごせたのも確かだ。ちょっと振り回されてるよね。パソ中毒というか、パソ依存症なんだろうな。・・・と反省。ところでOutlookって、OutlookExpressを使い慣れてるとどうも使いにくい。ウイルスとかには強いんだろうけど。どっち使おうかしらん。。。
2004.03.09
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2年前に買い換えたパソの調子が悪い。悪いどころではない。CD-RWが読み込まない。もちろん書き込みもできないのでバックアップが取れない。仕方がないので、昨日外付けのCD-RWを買ってきて、とりあえずデスクトップにあったデータを辛うじてバックアップ。どうも不具合の原因は、義弟がDirect-CDというソフトを入れたという線が一番アヤシイ感じである。サポートのページに似た内容のQ&Aがあったのだが、対処の手順に書いてあるアプリケーションソフトが私のパソには見当たらない。コントロールパネルの中身まで空っぽになっているという位おかしくなっているので、もしかしたら消えてしまったのかもしれないと思い、メーカーに電話して聞いてみた。そしたら、付属のアプリケーションCDの中にあると言うではないか!「やれうれしや、今度こそこれで治るかも!」と思って、夜になってからCDを開けてみたら、ない。全部のCDを見たけど、やっぱりない。なんでないねん。(;_;)おいサポート、ええくらいなこと言うなよ!(- -#T社のWindows95を7年位使って、やっとH社のMeに買い換えたんだけど、このパソはほんとにトラブルが多い。省スペースでオシャレなミニタワー型に憧れて買ったんだけど、拡張性はないしMeはしょっちゅうフリーズするしで、全然良くない。丁度1年前にもMeがデータを読み込めなくなり、マイクロソフトに何時間も電話してDOS画面で散々キーボード叩いたあげく、一旦XPを入れてやっとデータをバックアップしたということがあった。液晶も1年と少し位でおかしくなったので、これは無償で交換してくれたけど。去年のトラブルの時にメーカーに相談したら、「無理です。クリーンインストールしてもらうしかないですね。」の一点張り。諦めきれずにマイクロソフトに何回も電話して、やっとなんとかなった。「なんだ、方法はあるんじゃないの。」とH社にはその時に愛想が尽きた。DOS画面の操作まで説明してる余裕も知識もないんだろうけどね。それにしても、このままじゃクリーンインストールもできやしない。信用できないサポートだけど、明日また電話してみるか。。。
2004.03.05
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今朝見た夢である。私は何人もの人たち(いろんな国の人がいる感じ)と、山だかなんだかわからないが、階段状の細い道をひたすら登っていた。ほんとに細い険しい道で、大阪と奈良の間にある暗峠のような感じだが、地道なのでチベットの方のようでもある。一生懸命登って、頂上についたのか一休みしたのかわからないが、皆で登ってきた方を振り返って眺めると、まだまだ高い山並みが連なっており、見ているうちにそれが近づいてきたというのか、ますますそびえ立ってくるように見える。「うわぁー!」と思って見上げていると、その山々が下に後退していき、今度は自分たちの歩いてきた方向を見下ろすような格好になって、地平線がずーっと見渡せるようになった。いや、地平線というより、地球を魚眼レンズで見たような感じである。「やっぱり地球は丸いんだなぁ~!」と言いながら皆でそれを見ていたが、「このままだと後ろにひっくり返ってしまうんじゃないか?」というゾクゾクした感じを背筋に感じながら目が覚めた。エアーズロックに登った時に感じた恐怖心(?)や不安と似ている気がした。☆今からの状況を示しているような気もするが、夢の最後は成功することへの漠然とした恐怖心や不安感だろうか。成功するという感覚が、あまり自分にはなじみがないせいなのかもしれないなぁ。瞑想して、成功感覚を当たり前のことにしていきたいと思う。
2004.03.04
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昨日、友人がパソのグレードアップに来てくれていたのだけど、彼は医療関係の機器の会社に先月勤めたばかりである。初級シスアドを取っているので、機器とパソの接続業務でその会社に入ったらしい。で、そこでも社内で数人のパート雇ってテレマをやっているらしいのだが、全然成績が振るわないそうだ。数人が電話して、一日に取れるアポは1~2件(?)と聞いて、数の少なさに逆に驚いてしまった。数人で電話していてそんな調子では、全然採算が取れないだろうに。私「トークが悪すぎるんと違うの?」友人「俺もそう思う。あれではあかんわ」もちろん商材やサービス内容でもかなり成績は変わってくるので一概には比べられないが、トーク一つ、話の切り口一つで、相手の反応は非常に違ってくるものである。「テレマなんかでは全然実績が上がらない」と諦めておられる企業は、セールスポイントや売り込み先の選択はもちろんだが、トーク内容や資料内容も一から見直された方が良いかもしれない。ところで今日、「ネットのショッピングモールの話で」と某企業の営業マンから電話があった。昨年も似たような胡散臭い話があったので、そういうことか?と聞いても「そういうのとは違います」という。ではどんな内容なのか、ザッとて良いから説明してくれと言っても、「営業からご説明させていただきたいので」としか言わない。「お互い忙しいのに時間がかかるし営業の方にわざわざ来てもらうこともない。来てもらったら断りにくくなりますから。資料があるなら、とりあえず先に送ってもらったら見させていただく。ネットで内容を調べることもできるので」とここまで言うと、やっと諦めたようで「ではまた改めます」と困ったような声で電話を切った。多分、送る資料なんかなくて、とにかくアポ取れと命令されているに違いない。どんな立派なカタログを持って営業するのか知らないが、口で丸め込むだけの胡散臭い内容なのだろう。そう勘ぐられても仕方のないテレマである。大体、概要説明もできなければ送る資料もないようなええ加減な話、一体誰が聞くっちゅうねん。けど年寄りだけだとこんな電話でイエスと答えてしまうことも多いだろう。うかうかと営業マンに押しかけられて、わざわざ来てもらったのに悪いなぁなんぞという老人の良心につけ込み、サインさせられてしまうんだろうなぁ。悪徳商法がはびこる世の中。怪しい営業は水際でキッパリ断りましょう。
2004.03.01
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