全39件 (39件中 1-39件目)
1
・・・歳のお誕生日ですみずがめ座、B型。というと「やっぱりね!」ともいわれる私。この1年は自分の道を太くしていきたいと思います。日曜日にお誕生日だと家族がそろうので嬉しいです。長い間生きているような氣もまだまだという氣もしますがこれからの20年くらいでしっかりと仕上げをしていきたいものです。
2010年01月31日
コメント(14)
ドクターショッピングという言葉があります。あちこちの名医や医療者などをたずね診察を受け病気がよくなることよりも他のことにつかまってしまって、けれどもその状態に意識がむけられない、ということが多いと感じます。薬を処方されれば「副作用で飲めませんでした。」何かをアドバイスしても何らかの理由があって行動に結びつかない。他の専門家に協力を仰ごうとしても、なかなか動きが鈍い。けれども「どうしてこうなっているんでしょう?」「何が悪いんでしょう?」という原因追求の姿勢が緩むことはありません。原因は多岐にわたり、それこそ食べるもの、水、空気、ストレス全般、遺伝などが挙げられて「自分ではどうしようもないこと」に罪をきせています。Aさんはドクターショッピングの一環で私のところにお見えになりました。自然療法なら私を治してくれるのではないか?信頼できそうな先生だし。そう感じたのではないかと思います。でも、お話を重ねるうちに感じていったのは「治れない、治りたくない」という深い氣持ち。そこには怒りと復讐が付随していました。「カラダの状態が改善してしまったら、復讐にならない」し、「私はよくなるに値しない」ですから、おそらく何をやってもはじめのうちは「すごくいいです」ということもあるでしょうが、そのうちに期待している効果がみえなくなってくるのです。「治ったら困る」のです。もちろん、Aさん本人がそのような氣持ちに氣がついているのではありません。指摘しても「そうかもしれませんね」とさも理解したような、他人事のようでもある反応を見せますが無意識のエネルギーは強力です。そもそも自分ではなかなか氣がつかないから「無意識」なんです。Aさんに何回かお会いしてそのたびに感じることを「私のうけた印象ですが」とお話しています。私もそこから学びを得てAさんもいつか自分のエネルギーすべてに向き合うことを自分で選択することでしょう。それが今でなくても、はるか未来でも私もそうやってプロセスしてきているのですから心配はしていません。エネルギーは必要なときその人(のハイヤーセルフ)が自由に使うことができるのだと信じています。でも、チャンスがきたら飛んでみると視界はグッとひろがり自由の中にいる喜びを感じることができると思います。(私自身へも、ね)
2010年01月30日
コメント(0)
今日の学びから。ようやく見方を広げ、症状の中に見つけた性質をすぐに捨てようとしてしまう?自分のなかに隠れた怒りや攻撃性を見い出し、それ(その存在感)を「知る」ことが健康への道でもあるように思います。そもそも危険な性質というのはなくて意識しないで自動操縦にしているからこそ危険だと感じることがおこるのです。少なくともそこにあることを知っていればソレは孤立する危険も減っていくように思います。ひとたび力がアンバランスになると中庸をめざしてカラダもココロも自然発生的に揺り動こうとするものです。自分の中に闇や洞窟があると知っていると「またきたか!今回はその手にはのらないぞ」または「そうやってやりすごすか・・・」ということもできるし結局は自由度が増していくのです。バランスをとるには・・・・がんばりすぎないこと、考えすぎないこと、自分に優しくあたること、楽しさをみつけ生きている今に感謝する姿勢をめざすこと。病気があるひとは病人ではなく、私達人間は病気が顕在していてもいなくてもすべてまるごとそのままなんだ、と思うのです。
2010年01月30日
コメント(0)
<・・・・私は治す方法を持っていない。私のもっている知識とか技術とかで治るような簡単な人は、めったに来られません。つまり、私は治す方法をもっていない。 それでも治るのは、その人が自分で治るんです。 そんな状態ですから、追い詰められてくると、だんだん苦しまぎれになって、たまらんようになる。そういうときに、おにぎりで人を救った人(森のイスキアの初女さんのこと)のところをたずねてみたりすると、またこっちも元気が出るんですね。・・・・>河合隼雄先生のお言葉。心を伝えるのに、言葉は時として限界があるし受け取れないときもあります。そのようなとき、心を具象化する<何か>の介在で人間の関係性が生まれてくる、という隙間があるのではないでしょうか。その隙間はふとした瞬間に視界にはいってくるように感じます。その状態では流れがおきているように感じます。それで人間が生かされてもいるのかな・・・・。
2010年01月29日
コメント(0)
今日は朝からいろいろと考え込んだり感じ入ることが多くそれを咀嚼しきれていないので(そもそも咀嚼の必要すらないのか?)なんとなくここにあらず・・・・・日常の家事に精を出して思考を抜けたいと思います。。。。。内面をうつす湖が澄んでいることは確かです。
2010年01月28日
コメント(0)
私が研修しているアンジェリックエッセンスは花や自然界の生物のバイブレーションとはすこし違い、天使やスピリットとの共同創造によって創られています。作り手のルースさんが来日され、3月にプラクテイショナーコース(2回目)もまた開催されるそうです。ご興味ある方は是非ご覧ください。頭で考えている以上の変容がおこってくるように感じています。私はひき続きセッションを行い、レポートを提出しその後、認定コースに出てルースさんやお仲間とシェアリングをしてプラクテイショナー認定を受けられるように準備をしています。正式代理店のIプランニングのHPに詳細が掲載されました。こちらから「Classes」へどうぞ。アンジェリックエッセンス春のワークショップ
2010年01月27日
コメント(0)
私ってどうしてこうちんまりしてしまうのか?笑思いっきり触れ幅大きくガツンとすることに困難を覚えている感じです。ちょっと川をながめて緑に触れて・・・ハイ、自然タイム終わりね、ということでは済まされない心のパワフルさ。行くならガンジス川、アマゾン川、ナイル川・・・・??というダイナミックさを本当は求めているのでしょうか。やらねばならないリストは自分だけの思い込みだろうけれど、家事全般をまかせて旅に出るなんて数日は絶対居心地が悪くなってしまうだろうと思います。それでもできてしまう自分に本当はなりたいのかも。40ではじけることが課題だなんて!なんか笑えるんですけど。関連して、ダンス、動き+音楽、あたりでただ今情報募集中です~アジア系神聖舞踏に近い(?)日本の踊りではない巫女さんっぽいネパール、タイ?の踊りか?私にしっくりくる踊りのクラスをご存知の方、情報をお待ちしております。(フラでもいいんですが、どうもフラではないのかも・・)どうぞよろしくお願いします!
2010年01月26日
コメント(4)
私達のクリニックの場で開催をお願いしています「グリーンエンジェルカフェ」。http://ameblo.jp/true-chiharu/こばやしちはるさんにリーデイングセッションをお願いしています。いらしてくださる方には、クリニック待合のちはるさん創作のオリジナル<花鏡>ヒーリングアートなどもみていただけるし神聖なセッションの場を、と心がけています。今日ちはるさんとお話していて彼女の言葉に胸が熱くなりました。「霊能者であるより、人格者たれ、と思っている」確かに私達は自分の未来を夢みたり人生の分かれ目に居合わせるとAかBかなど悩みます。人間ですから!そのとき人の心にそっと寄り添う、そして自分の手で生きる道をすすんでいく、そのあり方には答えをすべて丸暗記させるというマニュアルはないのですね。人の内側に秘めている神聖なパワーを尊重している姿勢はみていて氣持ちがいいです。友人としての彼女は、人並みに悩み(?)、考え、丁寧に今を生きる女性です。自分をより深く知り、愛を感じるために時にセッションで考えすぎる思考をクリアにしてもいいのかもしれません。医療の面からいっても、病気になってからの局面で霊的な情報を受け取るよりも健康な状態のときからエネルギーをスキャンしてもらうと予防の1つになるだろうな、とか(究極の健診なるか?)より自分を知り、自分を尊重するためにも時にリーデイングセッションを利用するのは有意義だと思っています。ご興味ある方是非ご利用くださいね、おすすめ致します。
2010年01月25日
コメント(0)
競技者、運動に命をかけている(いた)人、運動が生きがいである人たちにとって体が思うように動かなくなることはおそれに近いものでしょう。診療でも多くのこのような方にお会いします。負荷の大きい運動や競技、体の使い方などで当たり前にできていたことができなくなると人は打ちのめされて体を以前のように「元通り」に治せ、という氣もちになるのです。残念なことに、運動をよしとする指導者たちの中にも、またそのプログラムも体を若々しく磨き上げること、すぐ先の頂点をめざすものに主眼をおくものが多いと思います。からだの感受性を高め、生きていることを感じる体であることを目標にするのではなく、ひたすら頂点をめざすあり方に偏っているように思います。人生を生き延びる競争に適した人種がここでもよしとされる風潮があるように感じます。このような中で、十分に生き生きとからだとつながっている、ということを今私達はいったいどこで学ぶのでしょう?生活が土、大地に根ざしていない私の生活様式ではその答えはただの議論になってしまいそうです。でも、あり方を考えていくと土への回帰だけではなくても生きる質に価値をおく、丁寧さと多様性がその基盤にあって、いまここで私ができることをしていこうとも思うのです。近い将来に森の中に滞在できるコミュニテイを創造し人生をもっと謳歌するスペースをもちたいな、と思っています♪夢は大きく、思い描いて~♪
2010年01月24日
コメント(0)
ただ今私が研修しているアンジェリックエッセンスの2回目のレポート提出を終え、ルースさんからフィードバックのコメントメールを頂戴しました。(ご協力いただいた方々には、本当に感謝しています。この場をおかりして感謝を申し上げます)その中で、やはり!と思ったことも多く、また、改めてエッセンスの素晴らしさを引き出せるセッションを提供するぞ、と決意しました。創始者本人(ルースさん)からのコメントというのは重みがあります。私のもっていたある質問に対するルースさんのお返事をここでシェアしたいと思います。エッセンス(バイブレーショナルエッセンス)について興味をもたれる方も多いと思いますので。私はセッション中、時に今回以外の生(一般的には過去生とか前世とか言われますが、この名称は誤解を伴うので私は好みません、あえていうなら、別の生)を感じること、画像がイメージとして観えることがあります。もちろんプロとしてそういうスキルを学習したりということはありませんしあくまでも私とクライアントさん双方に必要であるからこそ、情報が提供されるのだ、と理解しています。このような別の生のインフォメーションを受け取った時、それを口に出して告げることにまず私自身の中に葛藤があります。はたして何なのか?伝えることが最善につながるのか?観えることが本当だといえない(証明しにくい)などなどおそれをベースにした私の葛藤です。これを超えて感じたことを正直に伝えるときも私のあり方がジャッジするようなものであればインフォメーションが澄んでいたとしてもクライアントさんが受け取るときにはイヤな気持ちになることでしょう。さまざまなケースをレポートしていく中で私はこの点をルースさんに聞いてみたのです。別の生での出来事を感じたり観たりした場合それをどう扱うのか?アドバイスをお願いします、と書いたのです。ルースさんのアドバイスとコメントは私にはとてもしっくりくるものでした。以下、ルースさんのコメントを友人のHこさんに訳していただいたものをシェアしたいと思います。<ヒーリングの中で過去生の出来事はよく出てくるものです。エッセンスは過去生の問題にも作用します。例えば「HealingTheHeartofTheSoul」(エッセンス名)はさまざまな過去生を通じてハートの癒しを行うためのエッセンスです。 自信をもっていえますが、エッセンスの解説として記載されていなくてもそのような過去生の癒しをもたらしてくれるエッセンスはたくさんあります。 私自身(ルースさん)は過去生回帰のセラピストをすすめることはありません。それは単に私自身その分野のセラピストのもとへいくことによってどれほどの恩恵があるかを知りませんし、その種のセラピーを受けた経験がないからです。 エッセンスでも過去生を解消することができます。私は又意図する行為を通して過去生を解消した経験もあります。私が今生での何かを解消するときに、それに関わる過去生も解消するように意図するのです。この方法は私にはうまくいっています。あなたも私が書いたようにフォーカスしてみることをクライアントにすすめてみてもよいでしょう。もしくは、あなた自身が、クライアントのエッセンスを作るときにそのように意図してみるとか、それだけでも十分な効果があります。>セッションを始める前の意図の設定は非常に重要だというのは私の認識もルースさんと同様です。なぜなら、セッションの後に「これはこうしたほうがよかったかな」などと考え悩むことがあったとしてもはじめに自分とクライアント、そのほか関わるすべての存在の最高の善になるように意図していればこれでよかった、とエネルギー的にも終了できるからです。エッセンスを作るときに今以上に意図を明確にしてエッセンスの最善を引き出すように最善をつくしたいと思いました。
2010年01月23日
コメント(0)
非常に神経質だったり、物質主義しか知らずに生きてきている場合(かつての私のように)に多いようですが、フラワーエッセンスの効果があまり高く感じられない、という感想を耳にすることがあります。私もこの人生ではじめてフラワーエッセンスを飲んだのはエッセンスを深くまた広く学んだセラピストさんからの処方でしたが(注・・日本ではエッセンスは薬扱いではなく処方とも言ってはいけないんだった・面倒だ)ん??これきいてるのかな?というあやふやであいまいな感想をもったものです。だからこそ!私がバイブレーショナルエッセンスを扱うとき氣にとめていることはエッセンスを飲む、それ以外の、サポートを強める方法を私の知る範囲でおすすめ、話します、という態度です。感じがわからない、物質主義に生きてきた、などなど多くの方におすすめしたいのは、エッセンスを飲むのと同時進行で、お身体全体のマッサージを受けることです。さらにいえば、肉体だけをみてのマッサージよりもエネルギーフィールドに働きかけるようなトリートメントをおこなっているセラピストをぜひとも探し出しそういう方からマッサージを受けることを断然おすすめしたいです!ひろく考えると、ヒーリング、ということにもなると思うので自分がピンときたヒーリングもいいでしょう。なぜなら、フラワーエッセンスは肉体とサトルボデイの特定の領域に作用しますが、この通り道にエネルギーブロックがあることが多くこのブロックは考えすぎたりする想念や思い込みや感情パターンからなっているのではじめのころは、ここでエッセンスの効果が弱まってしまうことがあるからです。でも、作用していない、ということはほとんどの場合ありません。感じられない、ということはあると思いますが。私自身は、お身体(含むエネルギーフィールド一部)のトリートメントにエッセンスを組み合わせています。とってもおもしろいですよ~ワクワクします!1例1例が異なり、多様性を感じますしそれぞれの中にある輝きをみると人間の素晴らしさを実感します。幸せな瞬間です。肉体に働きかける職種の方、医療者、指圧やマッサージセラピストなどなど・・・興味があれば、ぜひバイブレーショナルエッセンスを併用してみてください。技術や成果より、自分のフィーリングを目印に新しい発見や視点がやってくることでしょう。
2010年01月23日
コメント(0)
開かずの部屋には先祖代々受け継いでいたいろいろな宝やガラクタが今となっては乱雑に積み重ねられ崩れかけてもいる、そしてその部屋には明かりがなく空気も入れ替えられずいつしか誰もあけようとはしなくなった。扉を開けても、あまりのとりかかることの莫大さを目にしておそれをなしてしまい、また閉じてしまうこともあった。開かないでそのままで、別に誰も困らないからね、今までもずっとこうだったしね、と。でも、部屋を開けて整理し、本当に人が住み「使える部屋」にする必要が出てきたのだ。中に積もっているものを捨てたり、整理したり、明かりをつけ、空気を入れて綺麗にしていく作業。暗闇からコウモリや洞窟や爬虫類やいろいろと見たくないものも存在していた。でも、どうして辞めなかったんだろう?辞められない切羽つまった理由があった。そこに、赤ちゃんが入ることになっていたから。綺麗な部屋にどうしてもしなくちゃ、と。それにはじめはつらい、汚い、面倒、できない、だけの作業だったけど、いつしか途中から綺麗になっていくことそのものが楽しかったんだ。いつからだろう?振り返るとそれは、扉を開けよう、掃除をしようかな、と思いがたったそのときからだった。あのとき、まだ洞窟そのもののようだったこの部屋に、見違えるほど綺麗になって風が通り、輝く赤ちゃんがいるヴィジョンをみたのだ。それをはっきりと認識していたわけではないけれどあの神々しさを私はいつもおいかけていたように思う。そこにいたくて、掃除を続けてきたように思う。思っていた以上に部屋は広く、美しくなりつつあるこの部屋に光をいれ風を通すのはこの私。掃除の最中は今思うとすべてが美しい愛おしい行動だった。きっと神様は私のことをそうやってみてくれているのだろう。
2010年01月22日
コメント(0)
「ソース」ワークショップを私が受講したのはこちらです。kalokaloトレーナーの村上リエさんはアロマセラピストでもあり、ご自身のアロマサロンでのワークショップは日当たりもよく私のときは女3人でお菓子をいただきお茶をのみながらまったり、しっかりとワーク♪アロマも登場していました。お昼は両日とも代々木上原のお店でおいしいランチ。追い立てられない、ゆるい感じが私好みでした。女性限定だとのことですが、平日の開催というのはありがたいです。時間も相談にのってくれますし2日でなくても規定の中なら分割のワークも受けてくださるとのこと。女性にはありがたい心配りを感じました。彼女のブログ(1/20)に私達のソース発見編受講の感想があげてあります。ご興味ある方はご覧くださいね。
2010年01月21日
コメント(10)
1月生まれなので、運転免許の更新のお知らせがきました。 私は大学生のとき、友達の多くが運転免許をとりにいくのをみてなんとなく同じように運転免許をとりにいこうと思い高校時代の仲良しに話してみると都内の通いやすい教習所を紹介してくれました。その同級生は所長さんとご縁が深く私は今から思うとコネで、毎回同じ指導員の先生が教習をしてくださいました。私は運転自体がこわくてへっぴりだったのでノロノロおそるおそる練習していたように思いますがコネ扱いなので(?)落第なしである程度まで進みいよいよ仮のテスト?みたいなときにははじめてのまったく知らない指導員が試験監督でした。坂道発進という状態にまったく氣がつかずエンストし試験を1回落ちたりしました。そんな様子ですから、車の運転免許を取得したものの以降一回も運転したことがない・・というかしたくない、する必要もないという状態で長い間(10年以上)ペーパードライバーをしていました。そんなスピード苦手、地図がうまく読めない、方向感覚がちょっと不安・・の私がペーパーを返上しようと決心したのは子どものあちこちへの送迎にとっても不便を感じてからでした。まず上の息子が小学校に入学しその学校の徒歩圏内に一軒家を借りて家族4人で住んだのですが下の娘の保育園は変えたくなかったので大田区の雪谷大塚あたりから多摩川を越えて川崎市の武蔵小杉まで保育園の送迎の必要性が出てきました。はじめはバスや電車利用でしたが、次第にとても負担で大変だと思い走る道も安全で、ルートがわかりやすい、ということから車で送迎をしよう、と決心したのです。タクシーでは10分ちょっとで、わかりやすい渋滞なしの道だった、ということも大きなあと押しになりました。自宅と保育園だけを行き来できればもう満足、と思っていたので出張してくれる個人のペーパードライバー専用教習、というのを選択しました。自宅にサニー(先生の車)であらわれた先生に助手席にのってもらい、おそるおそる自宅近辺を走り、駐車(停める)を練習し、慣れていき、とびとびでしたが3日間6時間で自宅から武蔵小杉の保育園まで走ることができるようになりました。だいたい車で15分以内のドライブです。すごくホッとしたし、やった!という達成感が伴いました。次に自分の小回りのきく車を購入しようと決意して(夫のクラウンを運転するのは怖かった)トヨタに家族ででかけ、私が運転しやすいだろうということでヴィッツを買いました。そして無事に娘は保育園をかわることなく卒園まで車送迎を楽しむまでになりました。往復の車内では、娘と歌を歌ったりおしゃべりをしたり思い出もたくさん作りました。今ではもう少し運転しておでかけできる場所も増えて家族ででかけても、夫が飲酒したときなどは、私がドライバーとなるまでに(ただしナビは必要で夫はうとうとはできない)成長。車の運転をとてもおそれていたのに1つずつステップを踏んで、楽しむまでいきついたことは私自身の中で大きな自信になったのです。これからもこうして、やりたいことをできることに変換していく、という歩みを景色をながめながら楽しんでいきたいと思っています。
2010年01月21日
コメント(4)
昨日と今日は自分ワクワクを発見する、ということをしていました。ソースというプログラムの発見編、というのを受講しました。もう取り掛かっていることもあればやりたいと頭をよぎっているのに時間がないとかdutyにおわれているとかで実行できていないこともありました。時間をくぎって小さなことにくだいてからワクワクを感じながらとりかかる、ということをますます大切にしていきます。私は本(「ソース」)は何回か読んでいましたがワークショップを今のタイミングで、受講してよかったです。ナビゲートしてくれたトレーナーさんとお仲間に感謝します。帰宅してみると嬉しい知らせも舞い込んできました。医療の現場の中で、エッセンスが浸透していく感じを受けました。いろいろ楽しみです。
2010年01月20日
コメント(2)
年末に患者さんからいただいた手作り味噌で毎朝味噌汁をいただいています。この方はもうご年配で歩いたり移動も少々不具合を感じておられるのですが手先が器用でお庭にたくさんの珍しい多種にわたるお花を育て散歩の人々を楽しませ和ませる奉仕精神にあふれた方。ここ2年間、完成したという手作り味噌をありがたく頂戴してきました。豆の感じも心地よく味わいもまろやかで朝から味噌汁作るのがおっくうではなくなる味です。愛と思いやりにあふれたものは形があってもなくても必ず受け取る人につたわると知っていますがおしつけでない、また、臨機応変というか柔軟性があるというか過度に主張しないさりげなさは私にはとっても居心地がいいものです。初回は、手間をかけ時間をかけてつくられた味噌を頂戴するなんて、と恐縮しごくでしたがこの前は飛び上がって喜んで頂戴しました。笑私は一度も味噌を手作りしたことがないけれど一度はしなくては!
2010年01月19日
コメント(0)
賛成できない意見をもつ他人を許容し、ありのままを少なくとも認める、ということは比較的たやすいことですが感情的に近しい人の例えば苦悩や病気やつらい心の状態をありのまま認め許容する、ということが私にはとても難しく感じられます。それは自分自身のそういう状態を常に呼び覚ますからなのでしょうか。他人であれば物理的にもみたり聞いたりしない選択もありますし。テレビもつけなければ放映はされないのと同じでしょうか。感情的に近しい人や愛情をもつ人に対してもありのままを許容するという私なりの心地よいあり方を模索している日々です。試行錯誤しながらも、いま自分がよかれと感じることを丁寧にしていく、ということになり自分が何者であるかを忘れないで無力な存在であるようには自分に対して振舞わない(威張るということではありません)、自分の内側に入って答えを探していく、という作業に価値を見出しています。
2010年01月18日
コメント(2)
昨日、今日とセミナーで得たことは出会いに大きな癒しをいただいたということが1つ。それから自分でやってきたことにOKが出せることを確認できたことがもう1つ。3つめは、さらにクオリテイーをあげるためのツールを教えてもらったこと。時に習うということもいいですね。自分のものに定着するように慣れていくには少し時間と経験が必要ですが やっていきます。
2010年01月17日
コメント(0)
今日明日と貴重な週末を学びにひらくことにしています。シンクロを感じ取って申し込んだセミナーですがその後1カ月以上、あまり氣のりしないままこの日が近づいてきていました。セッションやワーク中、漠然とやっていることに私自身の中で説明がつく(納得できる)、という期待をもってしまっているのですがどうなのでしょう・・・・いずれにしても私にとってすべてが学びですからすごす時間を有意義にしたいと思います!
2010年01月16日
コメント(0)
落ち着いて感じてみました。今回私が自分の中の暗黒面「黒魔術師・呪術師in暗い洞窟withコウモリ」をみたきっかけはなんだったのだろう??と。すぐ思ったのは「息子の存在」。私の息子は思春期ということもありますが、もってうまれた質に共感力があると思います。本人はそれが自分なので氣がついていないと思いますが他者の感情や想念を無言でも読み取っていて自分ではまだ境界を確立していないしざったな中でスポンジのようにすべてを吸い取り状態ですが、それを何とかしようと抑圧したり強くみせようとしたり本人はおそらく氣もちがなかなか安泰ではないのではないか、と私は思います。そしてそれは私のかつての姿なのでしょう。私はそんな私に瓜二つの息子を鏡に彼を心配するあまり、コントロールしようと懸命だったのだと思います。でも今の私はその状態に「嫌な感じ」をもって葛藤していました。息子におこったり腹をたてていることもあっても真の姿はかつての自分へ「そんなんじゃ傷ついてぼろぼろになるよ」と警告しているようなものでした。傍から見ると、息子は誰もが通るただの反抗期の男児ですが私は息子を通して認めてあげることができていない自分を観ていたのです。「そのままじゃいきてゆけないよ」でもそういう私のあり方は、彼にとって必要な経験をとりあげることにもつながります。つまり私はおそらく先祖代々受け継いでいた念をまたしても息子に引き継がせようとしてしまっていました。めがねをはずしたつもりだったけどいつの間にかまためがねをかけていたのです。でも!私は絶対にここで立ち止まります。根深い念であっても私にお鉢がまわってきたのは私がクリアできるからで、クレンジングできないものはないからです。でも、お手本が欲しい(切なる願いです)しくじけそうなときや心や弱くなっているときに応援したり励ましあう仲間が欲しい。スピリット達のサポートも必須。これらすべてをしっかり両手両足全身で受け入れる私でありたい!で、クレンジングにあたりさしあたって私がセレクトした方法は・祈る祈る・そしてエッセンスね(アンジェリックエッセンス飲んでます)・ホメオパシーもちょっと使ってます・アファメーションもときどきね・そして心強くくじけないように教科書をあれこれ読んで書写するこれから(の予定)は・明日あさってと予定に入れていたエネルギーワークのツールを学んでみる、そしてもっと本当の自分にむかう・私がパッションをもっと感じて表現することを自分に許可するために「ソース」を受ける(これは来週に)・体を動かす(フラ?または・・・なんだろうか?)・植物に頻繁に触れる・自然にもっと触れる・ボデイワークを受ける・そのほかいいと感じたものを~必ずできる!私自身の問題だと認めて責任転嫁をしません。私は立ち止まります。スピリットにとどまらず、人間のお手本、仲間につながりたいな~スピリットガイド達、どうぞよろしくお願いします。
2010年01月15日
コメント(0)
昨日タスマニアからジュデイス・カーペンターさんが来日されたとのこと。昨年は、ジュデイスさんと専属通訳の伊藤仁彦さんにクリニックにいらしていただいたり患者さんをセッションでみていただいたりということがありましたし、大変親近感を持っています。昨年いらした時にお二人のご好意で、医療のことをうかがう時間を持つことができました。そのとき、夫は数種類の骨粗しょう症の内服薬に対して日ごろ臨床で彼自身が感じていることをジュデイスに話し、ジュデイスがそれらの薬を手にもって、読み取ったバイブレーションを教えてもらったり合成薬ではない手法についてアイデアを出し合ったりしました。来日中のジュデイスのお忙しいスケジュールの中、いろいろお話をうかがって夫と私はとてもインスパイアされたのでした。面白かったのは、このとき滞在中ジュデイスにお会いしたのはそれきりだったのに通訳の伊藤さんが連絡をくださったには、「ジュデイスがご主人(夫のこと)があれからきています。いろいろアイデアをみせています。」とのこと。夫や夫の関係するスピリット達が自分達のもつインフォメーションを通訳してもらおうとジュデイスにいろいろとコンタクトをとりさまざまなことをみせてくれているようなのだ、というのです。それを聞いて夫自体は目をあんぐりしていました。笑そりゃそうですよね~ ここにいる自分はまったくそんなことは知らないわけですから! 真面目だけど、笑い話です。今回の来日では東京、大阪でワークショップやセッションが予定されています。ご興味のある方は以下でインフォメーションが得られます。http://ibokjapan.com/
2010年01月15日
コメント(0)
いまここで人間どっぷりつかっている私がもっとも美しい。・・・・という想いがふってきたときがありました。私は輝き優しくいつもニコニコスマイルしているポジテイブ人間じゃない。悪態もつくし怒りに任せて脚蹴りすることもあるし腹がたってなぐり書きすることもある。自己嫌悪にも陥るし罪悪感も山ほどかかえているしお腹もすくし排泄もするしごみもたくさん出す。でも、生きているんだからしょうがないでしょ?そういうことをすべて満喫するためにパッションをもってやってきたんだから。全うしよう。「ひとりでやりたい!やらせろ!それでダメだったらフォローして!はじめから手取り足取り口出し教えるな!」黒魔術師の心に感謝です。大切なことをまたしっかりと思い出してきました。
2010年01月14日
コメント(4)
ひたすら自分の中にある、心地よく、ぶれない答を探す毎日。葛藤は私自身・自分から生じている、人のせいにしないで正しく見ようと決心すると観えてくる、家族や他人がみせてくれる私の内面の想い。見つめ(あ、でもジャッジはなしね)、対話し現実で私が納得する行動に昇華させられますように!からんでくるのは、ここでも「学び」「手本」「教育」自分の中での新しいアイデアを具現化するってその前のごった煮状態があるんでしょうね、おそらく。澄んだスープになるもよし、具沢山のスープになるもよし、私がどうしたいのかをみつめていこう・・・・・と思っています。
2010年01月14日
コメント(0)
2010年という年がもつエネルギーもあるのでしょう、私の周りで多くの人が新しい道を自分で探し歩き出すことを決断しています。私たちのクリニックでもスタッフは非常勤もあわせると30名弱という大所帯ですがこの1月と3月で入れ替わりがかなりあります。昔だったら院長(主人)と2人で「辞めちゃうんだ、残念・・・」とどうしてだろうかとか考えたり不安になったりしましたし退職する人も、○○が氣にいらないから、とは口に出していわないがでもそういう理由で辞めていく人もいましたしそういう人に対しても不安を持ったものでした。今回かなり人が退職するのですが「○○をするので、したいので」辞めます、というエネルギーを感じています。私たちのクリニックでともに働いたことで給料をもらうだけでなく自分の道を生きていいんだ、と自分に許可することができた、と言ってくれた人がいて心から残念だけど、でも、本当によかった、と思うことができました。多くの人の生まれ変わりにエールと感謝をおくります!みんな、ありがとね~
2010年01月13日
コメント(0)
つい先日発見した私の暗黒面(だと思っていた)黒魔術師・呪術師存在ですが祈りゆだねた結果、ここでの時間軸ではその翌日にはハイヤーセルフ化したと感じました。その後私の心身の状態ですが、数日便秘だったのが流れたこと、それから重い夢で浄化を示唆するワークをしているよう、なのです。今朝本棚の1冊の本が私をよんでいて(おいでおいで~と)あけてパラパラしていると眼に入ってきたのは次の文章:「何かと戦うことは、それに現実性を与えること。あなたは何かと戦っているとき、それと自分を同一視しています。そして自分と同一視するものを、あなたは出現させます。自分を小さいと感じたり、寂しいと感じたりすることを、怖れないことです。あなたの最大の強さは、あなたの最大の弱さの中から生まれてくるのですから。」<アカシャ光の叡智> ゲリー・ボーネル著 徳間書店 より私はこれまでの経験を通して今回の暗黒面、黒魔術師を排除したり忌み嫌うことをしませんでした。彼女に私をひらき私のガイドやハイヤーセルフにサポートを心から願いました。そこにおそらく打算はなく黒魔術師存在という私自身をそのまま受け止めたい、そういう私でありたい、どうかそうあらせてください、できないところはサポートしてください、という切なる祈りだったと思うのです。私は戦わなかった。私はあきらめたり無視したり無気力に道を譲らなかった。私はそこにい続けたのです。それが今回の私の暗黒面変容ストーリーの大きなキーだった、と教えてもらっているようでした。ゲリー・ボーネルさんの2冊の著書、「ビュイック・ドライバー」「アカシャ光の叡智」はゲリーさんのガイド・イーライとゲリー少年の対話から学ぶことが多い本です。
2010年01月12日
コメント(2)
自分を尊ぶことができていないと認識して生きている人は多くはないけれどたくさん存在しています。自分を愛するというアイデアや概念を知っていても実際にそうはあれない自分だと信じているのです。またはそれ自体にも無意識か。過去の大きな事故の後遺症状を主訴にもう数ヶ月来院されているAさん。自分のことをさしおいても人の世話にくれる「ノーと言えない症候群」でもあり、「痛いから触れて欲しくない」けれど心は「このまま認めて愛して包んで」と訴えている・・・ように私には感じられます。丁寧にお話をうかがっていくと、ここにいたるまでに何回かサインがあったのです。実は今回の事故は3回目でした。そして回を重ねるごとに大きな後遺症状が伴ってきています。事故自体が、「自分を尊重する、ということを後回しにしている」シンボルのようだと指摘するとAさんは泣き出し「そうなんです・・・ずっと実はそのことが氣にかかってはいたんですけど・・・」とやっとはじめて自分の本音を自分自身で認めてあげることができました。「でも、自分を尊重するなんて実際のところできません。悪いっていう氣になっていたたまれなくなるんです。どうしたらいいのかわからないです、そんなふうに今まで生きてきていなんですから。」と泣きじゃくっていました。この状態から自分自身を取り戻し、本当の自分と信頼関係を修復するのには時間がかかります。Aさんは50代です、もう長い長い間、自分の真のあり方をないがしろにして生きてきてそれ以外の生き方を提示されてもとまどいばかりでどうしたらいいのかお先が見えないのです。本人自体に大きな決意が必要でしょう。誰かが無理やり生き方を変えることはできないしまたその必要はなく、生きていくのはAさん本人です。軌道修正のときは小さなことから取り組みましょう、と助言をしました。本当に疲れて不調の体を鞭打って、痛いとか不平不満を口にせずに心にきっちりしまいこみ家族の食事の世話をしてかつ何もしない夫に怒りをもってもそれを口に出さずにますますそういう自分を責める、だったら「今日はとっても体調が悪いから、出前をとります」と宣言していいんです、少しずつ心痛まない範囲で自分を尊重して優しくしてあげましょうね、とAさんの手を握りしめました。それでも、同じ日常にもどれば選択権は当然のことながらAさんの手にあります。私としては、Aさんの最善を祈り、Aさんを尊重し私自身が私の日常で私を尊ぶ姿勢で存在して、かつ、それを楽しんでいることです。私のJOYエネルギーを一層ひろげ、ひらくための「ソース・ベーシック」受講も来週に迫っています!たのしみじゃ~はじけるぞ!
2010年01月12日
コメント(0)
本日1月11日から新たに調合したアンジェリックエッセンスをとっています。光と闇のバランスセットの2種他、全部で5種のエッセンスを選択しました。どんなことがおきようと「経験や状況」を「問題」「大問題」にすりかえて自分をまっとうしないあり方にはもどらない、という決断をしていますがそれをサポートしてもらい片時も忘れずにわたしでいることができるように祈りながらのんでいます。祈り、ということについても考えています。祈りについての本にもめぐり合いこれから読み進めることも楽しみ。変化がやってくるぞ~というささやきが聴こえてきています・・・・それをもらくらくと波乗りするぞ!いたみとはもう手をつながないように!
2010年01月11日
コメント(0)
ポストに今日とどいていたチベット人の里子、ワンモちゃんからのお手紙にレインボーカラーの蓮の花とともにスマイルマークの絵、その上と下には「Don`t Worry,Be Happy」と書いてありました。タイミングよく届けられた励まし、素直に嬉しいです。明日からのむエッセンス(アンジェリック)、考えどころです・・・・ゆっくりリラックスした時間をとって考えたいものです。何になるでしょうか・・・・ちょっと楽しみです。
2010年01月10日
コメント(0)
実は多くの方から応援いただいた私の暗黒面ストーリーですが、「黒魔術師」はあっさりと結界とかれ(といて?)女神のような腰までのヴェールのあるブロンド+真珠色の衣の存在にあいなりました。そもそも、洞窟にいた黒魔術師・呪術師は数日前私がみた存在であったのですが、ガイダンスによれば、私は、めがねをかけていたし、そのめがねが汚れで曇っていた、というのが真相だと言われました。洞窟の黒魔術師の本来の姿はその女神のような存在。私はそれをともに一生懸命隠してきたのです。結界をといたのは洞窟の黒魔術師がまったくサレンダーしたからでその相手とは例の濃いすみれ色のエネルギー。これがマグダラのマリアと関係があるのかどうかはっきりわかりませんが目下私の関心があるところです~情報をお持ちの方はいましたらぜひ!黒魔術師は、人間界で生きたことがあったので人の思いやりや愛、優しさをどこかで覚えていてそれこそ宇宙的な、本当の無条件の愛のエネルギーで取り囲まれ私が暗黒面に氣がついた翌日にはあっさりとすみれ色と膝をあわせてなにやらコミュニケーションをとっていました。すみれ色に包まれて教えをこうていた、という方がいいかもしれません。私はこの様子に拍子抜けして(だって私はほぼ何もしていないに等しい!)また、こんな速攻でいいのか?これは本当?と少しわからなくなりしばらく様子見でいました。いま思っていることは、これから先、私自身の言動に何らかの変化と意識の高まりなどがあって実際の行動にその選択を行使することができるようになればよろしい、ということです。ここからここにいる私の本当の出番。ここで意思をしっかりともち続けめがねをはずし続けることをする、ということです。しばらく私はこの新しいエネルギーが十分定着し活性化するように意識して過ごしたいと思っています。ちょっと疑心暗鬼な私が今日目にしたゾロメは「222」ドリーン・バーチェ著の「エンジェル・ヒーリング」の解釈によると222は以下の意味を有するとのこと。あなたが新たに植えたアイディアが現実になるよう育ち始めています。そうすればじきに、それは土を突き抜けて育ち、現実化しているという証拠を見ることができるでしょう。言い換えるなら、奇跡が起こる五分前にそれを止めてはいけません。それが実現しているのが、じきにあなたにもはっきりと目に見えてきます。ですからそのままがんばり続けてください。肯定的な思考を持ち続け、アファーメーションを言い続けビジュアライゼーションを続けてください。・・・ということなのでエッセンスをとり、思考を意識して意思の力をここで使いたいと思います。
2010年01月09日
コメント(2)
暗黒面などという大きなネーミングを聞いてしまうとどうしてそんなことしているの?と思われる方もいるかもしれません。私、好きなんです、暗黒面(ネーミングは何といってもいいですね、分裂した人格でもいいし、私の一部でもいいし、何でも)自体がすきなんです。愛おしいっていう言葉が近いかもしれません。好きなことに取り組んでいるとそこに愛が流れて喜びがあふれてくるんです。それは大きな波のあるドキドキとか激しさはないのですがそれでも私にとってとても輝きのあることです。私のワクワクの1つといってもいいです。だから暗黒面をおそれるとか嫌うとか選択肢にありません。「暗黒面」って過去の自分ですから。自分を嫌がっていても本当の自分にはなれないです。そして本当の自分の目線で物事を見守るということはとても言葉にするのが難しいくらい美しい光景です。ただいま私の「黒魔術師・呪術師」ストーリーは大展開をみせております・・・いいですよ~
2010年01月08日
コメント(0)
私の暗黒面に存在していた存在で有名なのは(?笑)チャイルド女児。この少女はだいぶ笑顔を取り戻し今はたいてい壮大な草原の中にあるブランコに乗っていて私とコミュニケーションをとることができます。何かあるとブランコの横にある家のガラス窓をたたき教えてもらう合図も決めていて。彼女は自由度を得たのでときどき天に羽ばたきます。そう、前に羽がはえたんです。今ここに生きている「私」に彼女なりの方法で協力してくれます。すべてが「私」になるんじゃなくって、お互いに調和して協調してやっていくのが目標です。そして昨日発見したのは・・・・んーーーーん、書くのにためらわれます~黒いマントやヴェールに覆われた呪術師?黒魔術師?にみえます。暗い洞窟の中で結界をはっている・・・年齢はおそらく高齢(おばあちゃん)、霊的なツールに長けているけどそれを自分のためだけに使いこなす・・・・言いたいことはなんだろう?「私のいうことを聞かずにおろかものめ!」独断・狭い視野、でもこれが最上だと思っている。そして行き場のないエネルギーが鬱積して自分より弱くあるものに強く出る、わずかなさみしさ・・・きゃーーー!大丈夫か?私!コンタクトをとるためのヒントを探す私に昨日だけで何回もやってきたイメージや記事、写真、フィーリングは「マグダラのマリア」ん?不勉強で名前くらいしか知らないのですがアンジェリックエッセンスにも「マグダラのマリア」というエッセンスがあります。これは、天使との共同創造者、ルースさんにとってもスペシャルなエッセンスというメモが書いてありますね~。手元にないのでさっそくおとりよせ~昨日から暗黒呪術師の洞窟を囲み、私と助けてくださいという私の祈りにかけつけてくれた「チベット高僧」(たぶんわたしの別の生で今はガイド?)とマグダラのマリアの象徴なんでしょうか?「濃いすみれ色のエネルギー」で洞窟周囲を繭のように囲んでいます。結界があるし私の話にもまったく耳を傾けることなくいるのでしばらくはなれずに私はセルフアイデンテイテイホ・オ・ポノポノの言葉を繰り返しています。コミュニケーションをとりたい。高僧ガイドは何か唱えて祈祷してくれておりすみれ色エネルギーは周囲をしっかりと、優しく囲んでいます。現実の私の状態は今のところ安定。身体としてはお腹だと思うんです・・・・腸?かな。今のところ特に症状はわかりません。エッセンス、ガイド、ホ・オ・ポノポノ、家族、すべての存在、それから身体症状があってもホメオパシーもあるし、とか・・・心の支えがたくさんたくさんあると思うだけでとっても心強いものです。今の私の暗黒面、実況中継でした。・・・・スミマセン、こういう話は渦中は書くものではないかもしれないデス。
2010年01月07日
コメント(5)
暗黒面が意識に浮上してくるときはなんとなくソワソワしてなんかくるぞ~という気配があります。今朝やってきました。すごーーく重い感じのグレーの人格。洞窟奥深くで一緒にこうもりが見えた・・・・。引いてしまうよ~涙。この存在の言いたいことは「ふん!ただ黙って私の言うことを聞いていればいいのに」という欲求不満や恨み、怒りが主体のようです。あ、私にあったことがある方はおわかりと思いますが私は決してオカルトちっくな人じゃありません。見た目もごく普通の人ですし、人によっては「優しいイメージ」とも言われます。笑でも、私の中には多くの方と同様、醜いというか私の「暗黒面」と名付けるところのダークサイドがあってもちろん普通の意識ではこんなもんはみません。みたくないでしょ?自分のいやな、もっともいやなところなんて。でも、あらゆる自分を発見して引き受けていくことは今の私の大きなテーマですから好む好まざるに関わらず私のハイヤーセルフの設定したペースで暗黒面が意識に入ってくるのです。これからはしばらくこのエネルギーに取り組みます。今まで以上にサポートがいると思います。
2010年01月06日
コメント(0)
さわやかな風にふれた~い!自然にふれたい~!山、森に行きたい~!ので、取り急ぎ本屋さんで雑誌を購入してきました。「リゾート」「田舎暮らしの本」「自休自足」写真がいっぱいで次第にワクワクウキウキしてきます。あ~こういうところいいなとか畑が大きすぎるな~とかもう少し街に近くてもいいね、など妄想が膨らみ楽しい~♪ぜひとも見ているだけではなく近場でもよいので自然に触れるところに行きたいです。さきほど、親切なK子さんからタイミングよくメールをいただき(本当にありがとうございます)私の希望(女性トレーナー、平日開催、近く、1月中に受けたい)をブログで読んで下さり、おすすめのソーストレーナーさんをご紹介くださいました。それが、私がピンときたトレーナーさんだった、というシンクロ♪もうこれは受けなさい、でしょう。申し込みしました。受理されるといいな!エネルギーあがってきましたよ。たくさんのサポートに感謝です。
2010年01月05日
コメント(0)
休み期間になるといつも思うのは私は子どもたちに過干渉の傾向がある~ということ。それほど氣にしていないつもりでも(こういう言い方はなんか変だけど)氣にしないっていうことはありえないのです。そのためか、まあ、他のこともあるのですが昨夕、浮遊感がちょっとあって、おなかもぜんぜん空かなくて早めにお風呂に入りました。清め塩をたっぷり入れてね。お風呂でポケーとしていると心身緩んできて、寝る前にアンジェリックエッセンスのもう、とふと思いいつものドーセージボトルではなくて今回だけのチョイスをしました。・Freedom From Fear文字通り恐れからの解放、自分が自覚しているものも、自覚できていないものも含めて、サポートしてくれるエッセンス・DNA Clearingなぜこれを選んだか詳細不明。たぶん先祖代々の癖もあるからかな?・Solid Center/Peaceful Heart周りで何が起こっていても自分の静かな中心を保つことができるように。・Archangel Michael大天使シリーズ「ミカエル」。私の中では、「キャンセル」のエッセンス。今までの癖や信念体系にキャンセルをしたいとき、私はこれをとって「キャンセルでお任せします」と依頼するのです。・Healing The Father父との関係を癒すエッセンス。これもなぜだかMotherじゃなくFatherだという氣がして。自分の想念で重くなったエネルギーがこれら(入浴・エッセンス飲用)で少し改善しました。そして今朝、お日様にむかって静かな時間をもっていたら息子に対しても「神の国からきた留学生と思え」と。私「そうはいいますけど!留学生だとしても地球では80年くらいは生きるでしょう?勉強しなくていいんですか?大人になって食べていくのに困らないでしょうか?」答「神の国からの留学生として、必要なときに必要な食べ物や衣服、住などはすべて神から与えられるから心配無用。あなたはあなたの仕事に専念してよろしい(しなさい・・・というかむしろそのほうがよりよい、という感覚)。」私「留学生ねえ・・・・」(ため息)。私のエネルギーが変わると子どももそれに伴い変わっていくのですし私の幸せ感は私自身が創造し感じるもので子どもといえども彼(息子)が私を幸せにしてくれるわけではないし私が彼の経験をかわりに創造していくこともできないのですから明らかに私は彼(子ども)に私の安心するように変われ、といっているに等しくそれ自体に私自身がイヤ(葛藤)なんですよね。留学生だと思ったところで何かがすぐかわるかどうかはわからないですが神の国からの留学生として彼をも尊重して必要なものはすべて与えられるそうなので過度な干渉や心配をキャンセルして私を生きていたいと思いました。昨日、スタッフが借りていった本「ソース」あなたの人生の源は、ワクワクすることにある マイク・マクマナス著 VOICE社が返ってきて、ふと「あ、私いまソース受講したい・・・」という気分になりました。最近とっても森林、樹木、自然あふれるところに惹かれてどうにも仕方が無いので私のワクワクはこれも関係しているかも。ソースプログラムを受けて私の中のワクワクの泉をもっともっと開拓したいと思います。さっそくソーストレーナーさんを探します!女性トレーナー、平日開催、近いところ、1月中受講したい・・・です。
2010年01月05日
コメント(4)
昨日子どもとの約束で昼間ドッチボールをしました。といっても私と子ども2人の3人でやる「はさみドッチ」というもので、中の1人が外の2人から挟まれる、というもの。息子のもつ小学生用公式ドッチボールのボールで1時間くらいやったのですが、30分くらいから右腕が重くだるい・・・・。「もう腕が痛くて投げられないよ」と言うと2人から「筋肉痛?」「がまんして」とあっけない言葉。野球選手のピッチャーってこんな感じ?と一人同情。笑終了後すぐさまホメオパシーレメデイ、アーニカを飲みました。昨日計2粒、今朝さらに1粒飲んで、もう回復しています。急性期に使いこなせるレメデイやエッセンスの知識があれば多くの家庭で、個人で、かなり重宝だろうなあ~・・・ホメオパシーやフラワーエッセンスなども(他のものも)これまで以上に多くの方が興味を示し、それぞれ学びを深めていくのではないでしょうか?まず存在を知って、使ってみて、それで選択していく、ということが広がりをみせていくことでしょう。楽しみです。思うに、学ぶということは生涯続いていくあり方で、習うということとはかなり違いがあると思うのです。誰かに何かを習うことが大切な時期もありますが、それだけにそって永遠に丁寧に反復していくものではないしそうはできないのではないでしょうか。習ったことを「私」という1人の人を通して表現していくときには、エッセンスはそこなわず、でも、そこに「私」が少なからず関与していくと思っています。私の診療やセッションと他の方のものは、使うツールが同じでも、まったく同じではありえません。その「私」の関与が、願わくば多くの存在にも繁栄発展のエネルギーとなるように!と思います。その微調整をしていくところに最近は面白さを感じています。私としてはプラスを加えているつもりが、大きな目で見ればマイナスだったりすることもあるでしょうしできるだけ無になっておこなうことがとってもプラスをもたらしているかも知れず。ただはじめの出だしは、わずか~な、精妙な差である、ということは実感としてあります。初めのころの変化や出来事や氣付きやいろいろは、多くの場合「そんなによくわからない」または「なんてこと、もっとひどくなっている」のです。そこで引き返していく人のなんと多くもったいないことか~それは風邪をひいたときの発熱のようにプロセスとして必要な変化ではあるのですが奥にある深い本質はあまりに精妙で、また私たちがあまりに鈍感で氣がつきにくかったり、溜めていたものを排出したりもとにもどっていくための出来事としてとらえられず、急なまぶしい光に目がくらんですぐ目を閉じてしまう反応、というだけなのです。その後、再び目を開けることを選択しないで、見えないね、と引き返してしなわないようにふんばりどころでサポートしたり伴走したりする役回りの人、経験者がいると心強いものです。私自身は、はじめの精妙な、わずかな変化や違いがとってもとっても大切だと思っています。それが波及していくとはじめは思いもよらないことにつながっていくんですよね!人でもものでも、ここでの出会いに光をあてています。「習う」行為は数回でよくてそれを自分の体験や氣付きとしてどこまで咀嚼して私なりのまき方で(豆まきか?笑)拡げていけるか、そこにある「学び」はずっと続いていきます。数年前にくらべ私自身も変容してきました。行動したり表現したりすることに恐怖や足踏みが減ってきています。それだけ、私がスピリットを信頼してきているということだと思います。まだまだ学びは続いていくのです。楽しい♪です。
2010年01月04日
コメント(0)
夫は以前は読書は苦手と公言していましたがここ2年ほどはなかなか本を読んでいて「今がこれまでの一生で一番本読んでるよ!」と言うくらい。本棚にたくさん本があるし、回転もなかなかはやいし、私もいつも何冊も併読しているし環境に洗脳されたかな。その夫が、昨日の夕方からふと目に入って~と読んでいた本、本田健さんの「ユダヤ人大富豪の教え」文庫本。さきほど読み終わって「これ読んだの2回目だと思うけど、今回すっごく心に響くね!」と共感モードの様子。続編でしょ?「スイス人銀行家の教え」もある?と聞かれたけど申し訳ないことに年末に本棚整理に勢いがついてしまいブックオ○に連れて行ってしまったよ、トホホ・・・。スイマセン。でも私も再読してみよっと。明日書店で再び「スイス人・・・」は購入しますよ。
2010年01月03日
コメント(0)
私の中での感覚として3年前くらいから、同じ2つ3つから1つを選択するとき人が何を基準に選択するか、というある線の変化が少しわかりやすくなってきている、と思っています。例えば同じ野菜を購入するならどういう生産者がどういう心で育てているか、が物語としてわかってそれに共感して購入するほうが少々値がはっていても嬉しい、とか。私たち関係で言うとクリニック診療でも、日本では通常は保険診療です。つまり、どこにかかってもある病名であればおおかた差の少ない診療と支払い代価です。でも、だからこそ、ここが大きく照明があたってくる場所になります。同じ診療でも提供できるもの、みせる姿勢、あり方、サービス、これらのすべてで人を少しでも幸せにできるのです。そしてそれには提供する私たちが幸せで生き生きとしたエネルギーを持っていることが大きなポイントになってきます。今年は後半からこの変化はますます大きくわかりやすく、加速したものになると思います。ですから、同じサービスを提供するならそれに自分のストーリー、自分のワクワクや楽しさ、愛、優しさが付加価値として加わっているものにますます人はラグジュアリーさを見出すようになっていきます。さあ、私の提供できる付加価値とはなんでしょうか?サービスしたくてたまらないものってなんでしょうか?・・・・多くの人に無条件に愛と感謝をおくること、暗黒面を引き受けること、他にもあるかな?現実をクリエートする年になります。
2010年01月03日
コメント(0)
1月2日。今日も富士山はくっきりと綺麗に観えていました。私は今朝の夢を覚えていました。リアルなシンボリックな夢でした。今年は、だいぶもう小さくなっている私自身の暗黒面のますますのクリアリングを・・・そういうシンボルの夢でした。今日はランチはホテルの中華の個室でいとこ家族、両親など親子合わせて親戚20名が集合しました。子ども10名のうち、「魔の2歳児」が4人もいましたが人様の子どもは2歳児でもかわゆいねえ~綺麗な瞳と触れ合って幸せ時間でした♪だっこしてもポニョポニョ、泣いてもすねてもかわいいです~昨日の元旦からエッセンスも新しくドーセージボトルを調合したので本年は(も?)私は自分のペースでクリアリングをすすめていきます!
2010年01月02日
コメント(0)
あけましておめでとうございます。近くの神社に家族で初詣に行きました。ちょっと並びましたけどお天気に恵まれて温かでした。富士山よく見えた、多摩川キラキラ輝いて綺麗、お天気~ありがとう♪でした。感謝の気持ちを述べていつものお礼をささげました。私のお氣に入りの樹も緑が光ってとっても美しかったです。子どもたちは恒例のおみくじ。ここ数年ずっと大吉をひいている息子。大吉なのに「おおきち」と本気でのたまう・・・中1なのに、4月からは中2だよ、大丈夫か?!
2010年01月01日
コメント(0)
全39件 (39件中 1-39件目)
1