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お前が誰だか知らんけど他の奴に教えてもらうっていったんだろ?それを直前になってやっぱ俺にってのはどういう了見だ!?はっきり物事を言わない奴は嫌い。イライラする。特に無言で察してくれみたいな奴は大嫌い。状況にもよるがお願いするんだったら目的と理由をハッキリ相手に伝えろや!久しぶりに今日のふじてんは最高のコンディションだった。明後日からのスノボもできるだけ楽しく行きたい。それなのに前前日になってこんなにイラつかせるとは。そもそも「誰が行くんですか~?」って言う奴は好きじゃない。誰が行くかじゃなくてお前が行きたいかどうかだろ!?主体性って機能が22にもなってお前にはついてないのか!報告ブログになる予定が愚痴ブログになってしまった。マイミクにいるからあっちでは書きにくいのでこっちでかいた。王様の耳はロバの耳!!!!!!!!!!!!!!!!
2007年01月10日
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久~~~~~~~~しぶりにこっちの日記にきてみると………おい。マコ。最終更新から4ヶ月近くなんもしてないのに未だにこっち見に来てんのかよ!!!!とりあえず前回の日記でなにやら激怒してる俺ですが。。。。何があったんだろ??日記の醍醐味ですな~。今読み返してみるとほろ苦い内容もちらほら。次こっちを更新する時は。人生初成功か四度目の失敗かのどちらかです★
2007年01月08日
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お前がコメントしたからそれに対してリアクションしただけだろうが!こういうスタイルが嫌なら二度と書き込むな!ってか見にくるな。わざわざお前の為に色々用意してやったってのにその言い草はどういうわけだ。もういい。何もしない。もし何か書いてきてもテキトウな返しかしない。お前が自分で3だって言ったんだろうが。その通りだよ。何も成長してないわ。うんざりだその程度の奴が通用するならイギリスなんてその程度なんだろうし、それを見破れないなら早稲田つったってその程度だ。どっちが本性かなんてしらね~。俺にとってはそのリアクションが全てだ。もう何もしない
2006年09月16日
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結論を出すのが目的の話し合いとコンセンサスを得るための話し合いは全く違う。「理」が正しくても相手が納得するとは限らない。第一「理」自体に個人差があることが多い。残念ながら今まで後者の話し合いをする機会があまりなかった。勿論自分自身が求めてこなかったことが主たる原因だが最近弟も交えて話す機会がよくあるのだが、ちょっと偉そうに言わせてもらえば弟は大学四年間で本当に成長したと思う。大きな大学の自治会に所属し、そこで真剣に仕事をしてきたことが最も大きな理由だろう。あれだけ大きな組織は「理」だけでは通らない。むしろ主が「妥協と協力」、「理」は従なのではないだろうか。親父と話すといつもお互いヒートアップする。その理由は「いつまでも俺を『子供』と考えて話すから」。俺はこれに対して違和感しか持てなかったが弟からすれば「子供はいつまでたっても子供にしか見えないということもある」そうだ。なるほど、それは俺の「理」からすれば正しくは無い。が、現実にそういうことはそこここで見られる。そういったことを飲み込みながらどう考えていくかが大事。下に兄弟がいる男性の多くには分かってもらえると思うが弟には「絶対負けたくない」。だが、むしろそう思うこと自体が既に「負けている」のではないだろうか。学生のように一律の基準で人間を計ることからはもう卒業だ。これからは「器」という不定形で不明瞭なものでお互いを見ることになる「過ちを改むるに危ぶむことなかれ」好きな言葉の一つ。俺は基本的にこれを相互的なものとして捉えてきた。だからこそ相手を指摘し、相手に指摘されることを求めてきた。だが、「これはもしかしたら自分にだけ向けて使う言葉なのかもしれない。」そう考えたら一つ面白くなっただがトンがった部分も懐に隠してはいたい。多分これが俺の本質であり、本音であり、本性だから。つまりは開放する相手をもっと鋭く限定していこうってこと
2006年08月16日
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どうでしょ?まだわかりません。とりあえず、もう少し近づいてみます。その後決めればよいでしょう。そんだけ
2006年08月11日
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最近ミクシーばっかりだったんだけど、親族やら地元友人やら、面倒な後輩やらが増えてきたんでこれからはちょこちょここっちも書こうかと思う。まぁ本音が喋れるのは今はここくらいかなにしても女ってなんでこんなに口が軽いんだ?まぁ女性に限ったことではないのかもしれないけど、あんだけ俺が直接話すって言ったことを普通に話したのが理解できない。とりあえず二人とは距離おこう。ってか最近毎週毎週会うのが普通だと思ってしまってたけど、別段俺が行かなくても大きな問題にはならんだろう。勉強だとかいっておけばどうにでもなるしね。またまた読み違えたわけだが、どうして俺の周りにはトップに担ぎたくなるような人材が出てこないんだ?ってか器が小さい上に無能なんて使いようが無い。友達が多いだけじゃあ何の意味も無い。囲い込むだけならあっちのアホと同じだろ??それに執着せずにいられるかどうかが重要なんだよ!まぁ彼女に言っても無駄かな何で勝手に言うんですか?じゃねえってんだよ!テメーがその話をしたからそれを基準に進めたんだよ。未定ならそう初めに言えや!んでもう片方!!お前にはもう一切中身の話はしね~よ
2006年06月26日
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色々企画を立てたは立てたが正直面倒になってきた。第一目的自体にも変化が生じたみたい(実は薄々気がついてたが)だし、そろそろ手を引こう。俺の器は一集団まで、一つの行動対に複数集団があるとやりにくい。ってかそれだったら元から別行動にすればいいのであって無理して一緒に行く必要ってあんのか??ショックで少し凹んだが上手く誤魔化せただろうか。この辺の技術は歳経るごとに上手くなっていっている気がする。嬉しくないがとはいってもやることにはなるだろう。だって他にしたいことがあるわけでもないし。時間が解決してくれる部分もあるさ。まぁちょこっと休憩って感じな☆
2006年06月25日
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人それぞれ持ってる空気ってのがあるたとえばヤナは何をやっても許される。マサなら後輩に慕われるなどなどそれは勿論生まれ持ったものだけじゃなく、個人個人が半生で努力して勝ち得たもの、偶然の中で皆からキャラ付けされたものでもあるがそれぞれが何かの空気を持っている昨日(今日)はそんな話をした。で、俺はどんな空気かというと「先輩だけど先輩じゃない」らしい。確かに以前話し易いってのは言われたことがある。自分的には器量の狭い先輩だと思ってた。どちらかというと後輩が敬語とか使わないとイラっときたり、予定を狂わされるとムカっときたりするのは器が小さい証拠だと思ってた。でも昨日話した娘達の中では違う認識らしい。でもそこでもやはり出た「いとこのにいちゃん」お父さんキャラとお兄さんキャラはもう満腹です。むしろ食あたり気味です。それでも親しみを抱いてくれてると思えばそれはそれで嬉しいことなのかも。自分の持ってる空気。それを活かしていけばもっと人生楽になるかも
2006年04月22日
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先日あまりにも時間をもてあましていたのでmixiの国旗国家強制反対のコミュで賛成派相手に議論してみました。W先生の教えで賛成なら反対派の反対はら賛成派の意見をこそ聞くべしというのがあります。本当にその通りだと思う。違う意見の人を排除して、独善に陥る人間には議論する資格がありません。その時は結構面白い意見を言う人と議論してたんだけど途中で「…一介の教師が判断できることではない…」ということを言ったのでさすがに我慢できず「『一介の』はあまりに失礼なんではありませんか?」といったが結局撤回しなかった。自分と異なる意見の持ち主にも敬意を払うのは議論をする際の最低限持つべき意識である。それすらない人間とは議論してもしかたがない。右も左も相手の意見を聞き、良いところを取り入れ、悪いところを質問し建設的な方向へ社会を持っていく。左右ともに社会を改善したいという意識は共通である。違いは方法なのだから
2006年04月21日
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無い。でも興味はある。なぜ右の人はこれを強調するのか。でも彼らは結構勉強している。俺個人は国なんてなくなっても今の生活が確保され、人権さえ守られるなら形なんてどうなってもいい。でも何故か彼らは国という形に、そして愛国心という形に固執する。なぜ??アホだからという切り方はしたくない。それは彼らが我々を同じように切るのをも許すことになるから。何事も話し合いを進めるのが重要。教師を目指す人間として逆をいかに説得するかは逆をどれだけ知っているかにかかわる。
2006年04月19日
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先日一昨年からお世話になっている東京の大学の大学院に参加させていただいてきました。今までは学部だったんだけど今年は最後の学生生活ということもあり「今年はぜひ大学院の方に」って先生にお願いしましたら「いいよ」と二つ返事でOKしてもらいました。さすがこの先生は器が違うで参加してきたんですが…なるほど、これが大学院の本当の姿なんですな。ゼミの参加人数が20人弱で年齢構成はバラバラで明らかに先生より年上な人もいました。しかも半分以上が博士課程なんです。再来週から授業が始まるけど学部時代とは一味違う議論が聞けそうで楽しみだ。今回は今期読む本と論文の発表者を決めるだけだったんだけど、その水準がすごい。学部は先生が決めてきた本をただ読むだけだったんだけど院はむしろ学生から「先生、この本を皆で読みたい」と言ってくる。こんな積極性こそ大学院のあるべき姿ではないか。ただぼーっと座って先生の指定した本を読んできたりじゃあ院の意味が無いただ、調子こいて7/7に修士論文の途中経過の発表をお願いしてしまった><今から準備しないと笑いものになっちゃう。こうやってプレッシャーをかけないと一向にやらない自分。逆に言えばかけさえすればやる。夏休みと年末遊ぶために今頑張れ!俺!!
2006年04月15日
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ちょっと嫌なことがありました。でもこれも自分の未熟さといえばそうです。もう24です。もう少し社会ズレしなければなりません。俺は「無防備すぎる」そうです。本音で喋れる友人だけを求めてきた罰なんでしょうか。もう少しズルさというか、上手さというかそういうものを手に入れていかないといけません。
2006年04月12日
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去年は学外留学、一昨年は四年生だったということもあり実に二年ぶりの担当教官の授業。はっきり言って教授をなめていた。他大学の先生とその先生の違いを優劣の関係においてしまっていたのは一重に俺の未熟さだったと思う。その先生と担当教官との違いは「現実を所与とするかどうか」だということを昨日知った。確かに自分の論文に違和感を感じてはいた。現実社会の中でいかにうまく立ち回るかを追求するあまりこの現実社会そのものへの批判的な精神が欠落していた。両者をいかに調和させるかがこの論文のもっとも大きな焦点となっていく気がする。
2006年04月12日
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奢るって容易な事に見えて実は結構難しい問題だったりする。後輩といるときは「奢るべきだ」と考えてる人は多いと思うが俺はそうじゃない。勿論手持ちに余裕があったり、余裕が無くてもその後輩が困ってたりしたら奢ってやるべきだと思うけど、自分が厳しくて相手に余裕があるときは奢らない。自分に余裕が無いときに奢ると相手に見返りを求めてしまうから。これは自分の弱さといえば弱さだけど今のところそうなのでこの状況で奢ると相手にも自分にも良いこと無いのでやらないことにしている。次に奢る奢られるの関係を常態化することで金銭に基づいた人間関係ができあがるのが嫌。金の切れ目が縁の切れ目なんて関係は寂しすぎる。逆にいうと奢ってくれないから嫌っていうような人だったら俺は一緒にいたくない。奢る奢られるの関係が無くても先輩、後輩という関係をもってくれるそういう関係の方が望ましい。先輩が奢ってくれなくても簡単に蔑視したりするのではなくてそのときその金がその人にとってどういう意味を持つものなのか、同じ一万円であっても金持ちと普通の人にとっては価値が全然違う。その辺を見極める必要があるんじゃないか。
2006年04月11日
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ちょっとしゃべりすぎだ。知らない間に人を傷つけてる状況が多すぎる。はっきり認識した。俺にはユーモアのセンスは無い。人が笑ってられるぎりぎりのラインを見切って笑いを取るのがユーモア。やるなら自虐ネタを中心にしないといつの間にか友達減るぞもう少し落ち着いた生活を心がけていこう。なにも寡黙になる必要はないし、話すことを怖がることも無いけど俺にはセンスが欠けている。このことだけは認識しよう。そういえば以前友人に言われたことがある「もう少し気を使え!」忠告してくれる友人はありがたい
2006年04月10日
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先輩、同輩ときて最後が後輩なんだけど、ひょっとしたらこの辺の内容は以前に書いたことあるかも知れない。日記の量が増え過ぎてちょっと確認が困難だったので重複してたらすんません。現在ここで友人と言える人間は後輩にしかいない。ってか地元を除いて友人は後輩だけだといっても過言じゃない。じゃあなぜ後輩だけなのか。合う人がたまたま後輩にしかいなかったというのはあまりにも雑な思考。多くの同輩、先輩と話してきて全員が全員合わなかったってのはちょっと無理がある。理由は二つある。一つ目は高校時代に遡る。高校三年生の夏前、当時サッカー部に所属していたが全然上手くなかった俺は当然ベンチにもは入れず、外から応援するしかなかった。俺らの代は始めて地区予選を首位で突破し、県大会まで進んだのだが試合がテスト週間と重なり、おおっぴらに練習するのは難しくなった。そこでレギュラーメンバーとあと少しだけでやるということになったのだがその時俺の名前が呼ばれることは無かった。ショックだった。ボール拾いだけでもいいから参加させてほしかった。他にも呼ばれなかった三年はいたが、そいつは練習にもまともに参加しなかった奴。一緒の扱いだと知って愕然とした。二つ目が大学時代。2年の春休み中にある同輩が酔っ払って家まで連れていけないという理由で俺の家に置いていかれた。だが酔っていたこともあって俺のトイレの前で用を足してしまった。その時謝る彼に対して「ホントウに悪いと思うのであれば少なくとも春休み中は禁酒しろ」と言った。しかし彼はそれを守らなかった。それ以来長い間口もきかなかったが他の同輩の仲立ちで一度話しをすることに、その同輩がいうには「悪かったって言ってる」とのことだったのだが実際あってみるとそんな気配はまるでない。肩透かしをくらったようで気持ち悪かったが後々その件を仲立ちをした同輩に聞いてみると「あ~友達1人減っちまった~」程度にしか考えていなかったそうだ。こいつは他の同輩からは友人を大切にする奴だと思われている奴。そいつですらその程度の友情論しか持っていないならもうこいつらと語るべきことは何もないと思った。 それ以来どこかの組織に所属する時にどうしてもウェイトがおけなくなった。先輩や同輩といるとき、どうしても誰が頭なのか探りあいになる。そのときどうしても張り合ってしまう。そうするとどうしても居心地が悪くなってしまう。ひょっとしたらこれは俺の勘違いでそんな風には考えてないのかもしれないけど少なくとも俺はそう感じるのだからしょうがない。冷静に考えると後輩、しかもアクがあまり強くない後輩とばかり仲良くしているのかもしれない。それは現実から逃げていると言われてもしょうがないがお互いに得るものが無い争いはしない方がいい。俺はよっぽどでない限り同輩や先輩を認めないし、彼らが俺を受け入れることも難しいだろう。もうこれは俺の個性だと考えた方がいいのかもしれない。他大学だとか全く違う分野の人なら同輩でも仲良くできるかもだが、近い人とはまあ無理だ。でもその分と言っていいか分からないが幾人かの後輩とは仲良くやっていけているつもりだ。勿論全員じゃないかが、それはまあしょがない。これからも友人として色々忠告し合える間柄でいけたらいい
2006年04月07日
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先月末同輩が「先輩に卒業のプレゼントをあげようと思うんだけど協力してくれないか?」といってきた。ほとんど関係してないけどまあそれくらいはいいかなっておもって了承した。でもそれ以降何を買ったのか、いつあげるのかの連絡が無い。そのままいつの間にか忘れてて卒業式の前日に「明日送る会をやるから来て」との連絡が。あまりのテキトウさに頭にきてた俺は「用事があるから行けそうにない」と言って断った。卒業式の後で研究室にいってみるとなにやら色々やった残骸が残っている。まあ彼らは彼らでやってけばいいんでないかい?と思った。去年のドタキャンの件でもう愛想は尽きてるので別段何も感じなかったんだが一昨日更に無責任なメールが「先日の費用を集めます。プレゼント代、パーティー代を4/7に回収(「回収」である)したいと思います。ついては一人2800円…」冗談なのかなって思った。了承をとったプレゼントはまだしも何で君達の呑み会の費用までこっちが負担しなきゃならないんだ?しかもそのパーティーの連絡自体来たのは前日。でも企画自体はもっと以前から決まっていたはず。意図的なのか、そうじゃないのかしらないけどそんなズサンなことやっといて費用だけ割り勘なんて都合よすぎるだろ。以前なら感情のままにメールしていただろうけど流石にニ周り目を超えると若干の分別ができてきたので丁重に「それは難しいと思うので再度検討ねがえませんか?」と送った。で、了解してもらって、他の参加者と話してみてくれるとの返事が来たのだがその返答が来ない。え~、明日欲しいんだよね?ってか相談したのか??何故か同輩とは馬が合わない。ちょっと上とも。すっごい上か下は結構好きなのに。まあ後一年だけだし、別段参考にしたいと思うような人材もいないので俺は俺でアウトローに生きていきます。去年の卒業旅行で学んだのは「無理やり行ってもお互い良い事無い」ってこと。嫌ならただ嫌って言うじゃなく、例えば敢えて電話に出ないだとか、納得するような嘘をついてやるだとか相手が諦めるような方向へ話をもっていくような技術さえあればもう少しもめる回数が減るような気がする
2006年04月06日
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先日、都留で唯一と言って良い世話になった先輩から電話があった。この先輩どうしようもない人です。文大に八年いて結局卒業せず、一度は田舎(九州)に戻るも大学当時付き合っていた彼女(俺とタメです)といるために半年せず東京に出戻る。日野自動車に臨時で雇われるもクビになり現在雀荘でバイトがてら働きつつ彼女の家でヒモ生活のもうすぐ32歳。そんな先輩から彼女から別れ話をされたとの相談の電話が。本当は言いたくなかったけどハッキリ言いました。「先輩は結局今後どういう方向に行くつもりですか?」って。後輩の分を超えてるかもしれんけど誰かが言わなければならないこと。そういしたら「実はな…」と今まであったことを話てくれました。色々聞くうちに「あ~、この先輩俺と似てる」って思うようになった。この人は「どうにかなる」で今まで生きてきた。そして現に今まではどうにかなってきた。でもそれは今までの話であって十年後は?二十年後は??と聞かれると返答に困る。俺もそう。今でこそ学生という身分を使って自由な暮らしをしているがじゃあ来年はと言われると自信はあっても確信はない。根拠の無い確信なんて妄信と同じで何の説得力も無い。口で言うのは簡単だ。そんな現在に先輩も納得してるはずがなく、何とかしなければと新しい職場を探しているそうだ。雀荘じゃ胸張って周りには言えないだろ?って言ってたけどそれは違うと思う。どんな分野だろうがそれに真剣なら「〇〇やってます」って言えるはず。俺も以前はどこの大学?って言われて正直返答にこまった頃もあったが今は胸はって都留でNGO研究やってるって言える。それは去年一年間で培った自信と成果だと思う。でも先輩は麻雀にはそれが無いらしい。地元に帰ることも考えているらしいが、どうやら親が問題らしい。いや折り合いが悪いとかじゃなくて今まで親の期待を裏切り続けたのに今更…ってのが理由らしい。でも親からすればどんな形であれ息子が帰ってきてくれて嬉しくないはずがない。今まで世話になった分これから親孝行すればいい最後に先輩が「俺もこれから一年かけて引越し資金貯めたり頑張るからお前も就職頑張れ。んで月に一回くらいあって近況報告をし合おう。そうすれば相手に恥ずかしくないよう生活するだろう。」って言った。良き先輩は良き後輩と同じ位大事だ
2006年04月03日
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「人の過去にこだわるな、問題は現在と未来だ」って言う人がいる。…正気か?人は過去があって現在があり、その積み重ねから未来を作っていく。過去無き現在なんか存在しないし、未来の行動はどうしたって過去、現在の影響をうける。その人が以前にどのような行動をとったかは非常に重要な要素だ。口先だけで「これから変わる」なんて言われてもはっきり言って信用できない。それならまず過去の行動を帳消しにするくらい現在を積み重ねていかないと。相手の謝罪を受け入れるかどうかは被害者の専権事項だ。被害者と加害者は同等ではない。加害者に許されるのははただひたすら被害者に謝罪し続けることだけだ。「いつまで」なんてナンセンス。それが加害者が追うべき十字架だ。
2006年04月01日
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今日で2005年度が終わります。っということで来年度の目標を設定しようかと。いろいろ考えたんだけど「説教しない」に決まりました。いや別に説教することが悪いことだとは全然思わないんだけど世間ではやはり評価うけにくようです。よってとりあえずこの一年は「説教しないヴァージョン」でいってみようかとおもいます。
2006年03月31日
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結構頑張って作ったんだけどな~。確かに本当なら卒業式の日に渡せればよかったんだけど俺の手違いで一昨日渡すことになったのは悪かったけどそんな風に扱われたら悲しい。一昨日研修で都留に2人してきたのでそん時渡しました。でも昨日居間を見たらそのDVDが無造作に机の上に置いてあった……その時点で割ったろうかともおもったけどひょっとしたら研修所に持っていくのをはばかったのかも(んでも都留に残る彼女に渡しとけばいいもんだとも思ったが)と思い、とりあえず保管。んでさっき家に帰ってきて荷物を持って東京にもどったんだけど見事にDVDに関しては触れなかった。あ~、そうか~。彼らにとってはこんなDVD荷物でしかなかったんだな~。それでも俺はいいけどせめて他の人のコメントも入ってるんだから持っていって一度でいいから見てやって欲しかった。残念な関係しか築けなかった自分に反省。来年の今こんな思いをしなくて済むような一年にしよう。
2006年03月30日
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たまにはミクシーの方にもマジメな内容を書いてみようとこっちで書こうと思ってた内容を向こうに書いてみました。文章は易しくしたけどそれなりに深い内容だと思うんで考えてみてくれぃ。
2006年03月29日
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今手持ちの情報の中で判断することはそれなりに重要なこと。判断すべき時にいつも保留しては何も得られない。だが俺はそれにこだわり過ぎなのではないだろうか。状況で判断することは大事だがそれと平行して新たな情報を獲得しようとすること、自分の判断を疑いつつ行動することをやってきたか。誰かの行動を手持ちだけで判断し、切ったりしてきた。だが裏面に様々な状況があってやむをえない場合もあったりする。そこら辺をどうやって考慮していくかは難しいがやらねばならぬこと。論理的整合性があれば必ず正しいのではない。グローバリゼイションと同じで情報の完全性がこの世の中では担保できない。ならばそれを考慮したうえで判断していくことが必要なんだと昨日気づいた。
2006年03月25日
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昔からちょっと体調が悪かったり、体が筋肉痛だったりするとよく手を抜いていた。高校の時に筋肉痛で部活を休もうとしたら先生に不思議そうな顔で「本気か?」と聞かれたり、大学でも靴づれで見学にしようとしたら同輩に「正気か?」と言われたりしてきた。本気も本気だし、正気も正気だ。体が万全じゃない時に勉強したり、部活をやることに何の魅力も感じなかった。でも今日車の中で考えていたらどうやらこの考え方には問題があるようだ。なにせ気分屋なもんで今回の旅行でも色々、ってか多大に、というより甚大に迷惑をかけてしまった。そのときも「しょうがないやりたくないんだから」、だとか「しょうがない腹が痛いから」だとか思っていた。だがよく考えると「じゃあ万全な時なんて人生でどれだけあるんだろう」という疑問に行き着いた。人生の中には50でも60でもやらなければいけないことなんていくらでもあるし100な時なんてほとんどないんじゃないか。じゃあもう少し頑張る時を増やすべきなのである。まあこんなことは世間の人は皆知っているだろうけど俺からすれば新鮮な発見だった。まずは知ること、そして実行すること、最後に反省すること。
2006年03月23日
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昨日、今日とビデオの撮影をやってきた。大学の中を撮り、駅を撮り、今日は富士吉田の方まで足を伸ばした。何人かにはアポをとり家まで行って個人メッセージも撮った。なんでここまでやるのだろう。二人は結局俺には応えてくれなかったのに。以前の俺なら考えられない。皆が楽しそうにコメントしてる時、何だか理解できないイライラが胸をよぎる。おそらくこれは「やってあげてる」のに応えない彼らに向いているのだろうけど俺としてはできるだけ「やってあげる」という気持ちにはなりたくない。ならそもそもこういったことをやらなければいい。「価値観が違う」のなら違う道を選べばお互いに苦労しなくてすむのは分かっている。全ての人に好かれるのを諦めればもっと楽な気持ちになれるのも知っている。でも心のどこかでこれを貰ったらひょっとしたら価値観が変わってくれるんじゃないか、俺のことをもっと見てくれるんじゃないかと思っているからこういうことをやろうとするんだろう。だがおそらくそれはない。多分メッセージを貰った奴に対しては何らかの感情を抱くだろうけど、製作した人間に対して感謝したりはしないだろう。そういう人達だし俺としても縁の下の力持ちは功績を誇ってはいけないと思う。でもさみしい。いっそのこと「撮れてなかった」と言って全部なくしてしまった方が俺はスッキリするだろう。カチャも言ってたけど彼らは人も気持ちを察する能力に欠ける。本当は皆で今日からスノボに行く予定だった。それはあいつらとの最後の思い出にしたかったから。でも…俺は必要じゃないんだって。何か書いてるうちに分からなくなってきた。疑問に目を瞑って「ただやる」ってのは俺のスタイルじゃない。もし当日までに納得のいく説明が俺の中に成立しなかったら素直に渡すのをやめよう。それはそれでしょうがないことだ
2006年03月19日
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明日はスノボである。「かわいい後輩」H田の卒業祝い的なのりだから目一杯楽しんでこよう。昨日も夜話してたんだけど、誰かを好きで、でもあんまり向こうからのリアクションが芳しくない時どうするかって話になった。彼は「多分告白せずにフェードアウトしてくと思う。それ以上その人に嫌われたくないから。」まあ一理あるでも俺は「最後の1%にかけて告白する。だって好きなのは俺であって向こうじゃない」夜中の一時にそんなことをあつく議論しちゃってました。ほんとにこいつとは一生付き合っていきたい。
2006年03月19日
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俺は幸いにも他大学で、しかも日本有数の大先生の下で研究をする機会を得ている。勿論それは進学を許してくれた両親、紹介してくれたゼミの先生のかげもあるがやはり受け入れてくれた先生に感謝しなければならないだろう。この先生の凄いところは言い出したらきりが無いし、俺の知らないもっと凄い点もあるだろうがいい機会なので書き出してみたいと思う。1 理解力「難しいことを分かりやすく説明するのは難しい」これは先生の言葉のなかで最も心に残った言葉。物知り顔で専門用語で説明してきた自分が心底から恥ずかしくなった。この先生の本は本当に読みやすい。中学生でも理解できる文章でしかも専門家も納得できる内容が書かれている。そのためにはその事に対する深い理解が必要。上っ面だけの理解では人に説明することはできない。2 寛容さ俺を受け入れてくれたこともそうだが先日の合宿では更にその凄さをみせつけられた。合宿は15.16日に本郷で行われたのだがどうやら場所の連絡が前日まで来なかったらしい。もしこれがうちの大学教授だったら「責任感が足りない!」だとか言って激怒しているだろう。いや、間違いなく激怒して「もうお前らの面倒はみない」とまでいいそうだ。しかし先生はそれを笑いながら話していた。なかなかできることではない。怒ることも、怒らないことも簡単だが、怒ってもいいところで怒らないことは凡人にできることではない。3 熱心さ呑み会の時の話。先生が「俺最近寝るのが四時なんだよ。四時前に寝れれば次の日大丈夫なんだが超えると辛いな」と言っていた。この先生は現在某大学の研究課長に「なっちゃった」ので以前よりも数段忙しくなったそうだ。大学から帰るのが大体八時になる。夕食を食べるなどして自由な時間は十一時くらいからなのだがそれから『勉強』するそうだ。論文の執筆などの作業もあるが『勉強』である。因みに大先生である、この人をまともに批判できる人間なんか日本に五人いない。その先生が『朝の四時』まで『勉強』するのである。因みに来年で60歳。同世代は仕事もピークを過ぎ、引退後の生活を色々考えているだろうが『朝の四時』まで『勉強』するのである。一方で学生への指導も怠らない。外部の俺にまで本を貸してくれた。この先生は東大の研究所で助教授までいったが生徒に伝えたいという気持ちから今の大学に移ったという経歴の先生だ。 4 自己犠牲この先生の頭の良さは半端ではない。一部の特殊な分野を除いて間違いなくあらゆる場所で一流になれただろう。国家一種など簡単に通過できたに違いない。だが大学教師という社会的地位はあっても給料はとてもそれに見合わない場所で全力で研究をしている。それは「俺が日本を変える」という使命感に基づいているが、若い何も知らない人間ならまだしもそれを現実的な手段を用いてやっている人間がどれだけいるだろうか。極端な表現をすれば「正論」をいうのは簡単である。勿論何が「正論」なのかなぜそれが「正論」と言いうるかを知るのは簡単なことではない。しかし、それが分かった上で「正論」を超えた「現実論」を展開するのは並大抵の苦労ではないはずだ。以上大まかに先生の凄さを述べてみた。人生の目標にするに足る人物に違いない。勿論俺には同じように生きることはできない。俺にも「日本は今のままでは良くない」という気持ちはあるが先生ほど徹底していく自信がないからである。でも気持ちが折れそうな時、自分のやっていることに悩んだ時先生のことを思い出すことで迷いながらも今の自分の考えを貫ければと思う。
2006年03月17日
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ダメかもと言って諦めてきた。どうせやっても一緒だと言って避けてきた。でもそれって正しいのか?やってみてダメなときはいくらでもある。頑張れば何だってできるなんて陳腐な台詞をはく気は毛頭ない。でも最近は逆にやってみようっていう気になるようになった。それは「やらなくてダメでもやってみたら良い場合はあるが、やってダメならやらんでもダメ」ということに気がついたから。何でもかんでもってわけじゃないけど取りあえずやりたいな~って思ったら無理だと思ってもやってみよう。ダメ元じゃないけどその方がすっきりするさ
2006年03月13日
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以前からこの話になるとほとんどネタ感覚で「副室長」みたいな娘っていってきたけどいつもこの発言にしっくり来なかった。今まで好きになった娘で副室長なんか一人もいないし。んでよく考えると俺って「よく笑う娘」が好きだって気がついた。とてもじゃないけど24のおっさんが言う言葉じゃないような気がするけどまあ事実だけにしょうがないと言えばしょうがない。女の子の笑ってる顔って何故かかわいいって思う。別にその内容がアホなことでもそういう場合は許せちゃう。十年遅いって?まあ更に十年遅かったかもしれないこと考えれば良かった。
2006年03月12日
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俺は元々は乗っかり系の人間。何かを企画するってことは無いことは無いけど誰かにやってって言われたときくらいしかやらなかった。でも大学三年の時に「お前は結局ここ以外居場所が無いから戻ってくると思った」って言われたことをきっかけに一念発起。色々考えてみるようになった。当初はタメが卒業の年だったんでそいつとそいつの友達を中心に温泉やらギョーザやらやってみたがそこで企画の面白さにはまってそれ以来都留でもちょこちょこやるようになった。でも俺の企画は自分でやってても何か息苦しい部分がある。時間に来なかったり、ドタキャンされたりと思う通りにいかなかったりするとイライラしている自分がいた。当時同じ企画屋だった友人がいた。そいつはそういったことには拘らない奴だった。そいつを見て気がついたのが「俺は自分の企画を『やってあげてる』と思ってる」ってことだった。そいつは何より自分が楽しむためにやってた。だから誰も来てくれなければ別だろうけど誰かが来てくれれば時間とかはあまり拘らない。でも俺は参加者のためにやってる。そうすると誰かが来なかったり遅れたりすると「お前の為にやってやってるのに遅れるってどういうことだ」って感じになってしまう。しかし参加している側からすれば俺の企画はあくまでone of them なわけで、それなのに窮屈に縛る俺がいるって所に問題があったって気づいた。でもこの発見は同時に「俺にとって人間関係は『友人』か『他人』かの二者択一」に軋みを生じさせた。俺にとって友人は簡単な存在ではない。ある意味では自分より大事な存在だ。でもそんな奴らの行動に注意したりすることが、要求したりすることが「俺のため」になってる場合それは単なるエゴに過ぎない。そこで『友人』の上に『かわいい後輩』(今友人はほとんど後輩だから)を作って「何かを要求するのはここに限ろう」って思った。と同時に「『かわいい後輩』であっても価値観が違う場合はお互い不幸にしかならないから『友人』に変えよう、そうしないと一気に『他人』にまで落ちてしまう」と思った。それ以来色々楽にはなったが、やっぱり『かわいい後輩』を『友人』に変える時はすっごい悲しい。こいつとはもう色々話したりしないようになるんだな~って思うと残念でしょうがない。全ての人間を「友人」と捉えることができたらこんな苦労は無いのだろうか。
2006年03月11日
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そっか。しょうがねーか.付きあいかたのタイプが違うってことで
2006年03月10日
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「最高ですか?」「最高です!!!」な~んてちょっと古いネタも余裕で出ちゃうほど今日は最高の一日だった。朝四時に実家を出て一路都留へ。最近都留に来るのを「帰る」って言うようになりました。まあ五年目だしね。前日に十二時からフジテンに行く約束をしてたんですが帰ってくる途中にフジテンの前を通ったんだけど雪が降ってるんですよ!静岡や都留は雨だったけどそこは流石に富士山。しっかり周りを白く染めてらっしゃいました。それを見て我慢が効かず出発時間を30分早めちゃいました。着いたら雪はパラパラで下には2cmくらいの深雪が…最高でした。こけても痛くないし、しかもその下はしっかりしてるから滑りやすい。グラテクとかパイプとかやったっけどやっぱりキッカーが一番好きだってことを認識しました。にしても行くなら同じくらいの技術の人が一番だね★競争し合えるし、同じくらい疲れるから休憩のタイミングも同じだし。12月の時も思ったけど滑りに行くならやっぱ気心の知れた奴と行くのがいいね。
2006年03月10日
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先日ヤングと呑んだときの話です。初恋の時の話になり俺の番。ヤングの無茶フリで結局去年の話をすることに。…でも何故か自分がフッたのに本人聞いてない。まあそんな奴です☆でその流れでどういう人と付き合いたいかって話になりました。俺はいつもの掃除と選択の好きな人って言ってたんだけどヤングがその後で突如「女の子は自分を好きでいてくれる人と付き合う方がいい」って言い出した。」当然「何で?」って聞いたら、「女の子は男と比べて辛い事が多い。だからせめて付き合うことで苦労させたくない」…染みたね。彼は全く表に出さないけど複雑な家庭環境であったりもしたみたい。だからこその言葉なんだろうけどさ。彼は彼女をすごい大事にする奴。そいうところが女の子は分かるんだろうな。もし誰か見つけたら絶対悲しませたり、不安に思わせたりしない。俺はカッコよくも、オシャレでも無い。だからせめて誠実な男ではありたいと思う。
2006年03月09日
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卒論が終わった俺は当然フラストレイションが溜まりまくり。まあ、自分で選んだ道だし、自分なりの結論と今後の課題が見つかったからこれはこれで大事なものだったことは確かかも。でも遊びたい!!!っということでいつもの後輩ヤングに声をかけました。最近彼女ができた彼ですが、前の彼女の時は全くと言っていいほど遊びの場に顔を出さなくなったんだけど「今回は引きこもらない」との約束をまもり延々と俺に付き合ってくれました。ヤングとその彼女と後他に2人という組み合わせで彼の彼女の家で十時から二時まで呑み会。んでその途中朝日を海で見たいとの話があがり、「んじゃ沼津だろ」ってなノリとなり、若干のアルコールもあったんですがF-MARCHで一路139号線を疾走。しかしいつものことですが急激な眠気が襲います。しょうがなくヤングでない後輩(ヤングは無面)に運転を任せ仮眠を取ります。沼津についたのが五時。徐々に明るくなってはくるんですが一向に朝日が上がってこない。「なぜ?」→「まさか」→「携帯のコンパス機能を1オン」⇒「………西だ」太平洋なら当然東向きだという勘違いに気づいたのはもう周りが全く明るくなったあとでした。その後沼津市場で朝飯を食って、帰ってきたんだけどそのままノリでイッチャンうどんを食べてやっと解散。四人はその後用事があったみたいだけど俺は帰って爆睡して起きたら五時。体育館に軽く走りに行ってそれからバイトだったんで今はすこぶる体調いいっす。こんな自分勝手な先輩に嫌な顔一つせず付き合ってくれる後輩がいる。拙い俺との勉強会に参加してくれる後輩もいる。ダメなときははっきり言ってくれる後輩だっている。俺は幸せ者だ。あとは…努力!
2006年03月08日
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まあ、こんな自分にも親っちゅうもんは存在するわけで、今まで二十四年と八ヶ月面倒を見てきてもらったわけです。そんな親にもやっぱり親がいるわけですが年齢から換算するともうそろそろという域に達しています。母方の祖父は残念ながら癌らしい。しかも体力的に手術は難しいらしくどうやら完治を目指さない方向にするみたい。そのことをいう母の声は気丈に聞こえるけどやっぱり悲しそう。今もし自分の親がということを考えるとどうだろうか。「親孝行したいときには親は無し」なんて言葉があるように自分はどれだけ親に恩返ししてるだろうか、いやしようとしているだろうか。よく親に金を返すといって頑張っている人がいる。かくいう自分の姉もそうなのだがそれって根本的に間違ってるんじゃないかな。暇をみつけて電話する。誕生日に何かを贈る。盆か正月には少なくとも顔を出して皆で飯を食べる。そういったことこそが恩返しであり、親孝行だ。明日バイトの後すぐ実家へ向かう。ホントは明後日の予定だったけど何か親戚が来てるから帰ってこないかって親父が言うから。友達も大事だが同じくらい親兄弟も大事にしたい。そんなことを思った今日という日でした。
2006年03月07日
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今日、やっと卒論が終了しました。別に書かなきゃいけないものではないんだけどやっぱり大学院生なんでやるべきことはやらないと。ということでずっと日記を封印してました。明日からまたつらつらと書き溜めて生きたいと思います。今日は休ませてくれ!!
2006年03月07日
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今日は卒論の提出日。そのために最近はめっきり皆と飯だの遊びだのやってない。昨日もバイトギリまで図書館でやってました。バイトが終わったのが九時。帰ってきて「さあ、最後の追い込み!」と思ったら「…USBがない」最近買った持ち運びが大変便利なあいつがポッケを探してもどこにもいない。「……さては図書館に置き忘れたか。」あれがないと何にもできない。ってか可能性は低いがどっかに落としたとなると今日一日分の作業がパーだ。どきどきしつつ朝九時に開く図書館に行くために車にいくと。「ん?助手席のドア開いてない?まさかね。」車に乗ってキーを差込み、廻してみると…ウンともスンとも言わない。結局二階の住人を起こしてバッテリーを繋いでもらうことに。んで図書館いって見つかったのはいいんだけどそれ持って急いで車に戻ると…あれ、バッテリーって一度上がったら当分エンジンかけとかなきゃいかんです。また動かない。しかも左右車に挟まれてるから横付けできない。結局なんとかなったんだけど、災難ないちにちでした。
2006年03月02日
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いっちゃんうどんが一ヶ月強ぶりに再開。待ちに待ってただけに昨日からウキウキだった。トイレの修理に来てくれた業者さんにも「すいません。ちょっと用事あるんで後お願いしてもいいですか?」っていってヤングと一緒に朝一ならびに行きました。十時半ちょい前に着いたのにすでに暖簾が出ており他に車は無かったんで。「お~、俺らが一番だ♪」ってな感じでさっそく入って「キムチ大二つ、ドンブリで」といつものコール。ちょっと待つと出てきました愛しのいっちゃんうどんが若干感動しつつ食べてみると。「あ~、都留に来て良かった~」と心から思える。そんな昼ごはんでした。
2006年03月01日
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なんで直前になってから良い資料に出会ってしまうんだろう。知らなければそのまま過ぎることができたのに。出会ってしまったら読まざるをえないじゃないか。これはっきり研究者の発言じゃないですわな。とかかんがえつつ「クワガタはさみ」と「やわらか戦車」なるフラッシュアニメを見つけて遊んでます。ん~4Uだね。
2006年02月28日
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嘘じゃないけど真実じゃない。真実じゃなけど嘘でもない嘘は二つ種類がある。一つは自分のための嘘。もう一つは他人のための嘘。真実にも二つの種類がある。一つは客観的真実。もう一つは主観的真実。 客観的真実と主観的真実の間には優劣は無い。なぜなら主観的真実であることの方が客観的真実よりも大事な時がある。人間は理論だけで生きていけるほど丈夫にはできていない。だが自分のための嘘と他人のための嘘の間には明確な優劣が存在する。 嘘は社会生活を営む上で許されることでは基本的にない。特に自分のための嘘は虚構によって自己の正当性を主張することであり、これを認めてしまうと社会一般の中で「信用」というものが存在しなくなる。だが他人のためにつく嘘は時に肯定的な評価をうける時がある。例えば「…君は今日風邪だそうです。」それが嘘たとえ嘘であってもこれは時に嘘をつかれる方にとっても良いことである場合がある。もしこれを「…君は今日東京に遊びに行ってます」 などと言われれば教師の側からすれば不満に思わざるを得ない。ならばたとえ心の奥で疑っても病気といってもらった方が気が楽になれる。 だが時にそれは的を外す場合がある。同じように「…君は今日風邪だそうです」と言っても教師の側が真に事実を知りたかった場合、つまりこの生徒に対する指導をどの様にしていくかについて悩んでいる時にそういう中途半端な嘘は迷惑なだけである。もしこのとき「東京に遊びにいってます」といわれたなら教師の側はそれなりの対応をとることができた場合は決して肯定的な評価は受けれない。
2006年02月26日
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マウス光のやつ今欲しい今すぐ欲しいいい加減にこのマウスにはうんざりだ下に行かない上に行かないマットをひかない俺も悪いけど何回いっても言うとおりに動かないお前にもはらがたつ取り合えず2日までは我慢だけど早々に買いにいこう
2006年02月26日
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今日後輩のHと久方ぶりに東京で買い物。高尾山口に車を止めて、いざ京王線で一路新宿へ。御茶ノ水でスノボ用品と本を探したかったんでJRに乗り換えるためキップの列に並んでたら後ろから俺の名を呼ぶ声が。そこに立ってたのは…何と昨日大学院の合格が決まった後輩K。そういや今日東京行くって言ってたっけか。んじゃ一緒にこりゃよかったな~って話をしつつ三人で中央線へ。相変わらず初対面に弱いHは静かでしたが後々聞くと「とっつきやすそうでいい人ですね」とのこと。よかったよかった。できれば「かわいい後輩」同士は仲良くなって欲しいしね。最後に彼の名言を「最もカッコイイ男は一人の女性を好きでい続けられる男」
2006年02月25日
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気分よく後輩の合格を聞いて一杯やってるところにヤフーの新着ニュースが。何と!荒川さんがフィギュアで金メダルを獲ったんだって!!スゲー、今回のオリンピックはイマイチの成績だったからカーリング以外全然興味がもてなかったけど俺もフィギュア見とけばよかった!!!んで詳しい内容を見ようとそのニュースをクリック。読み進めていくと時事通信の最後の段に「浅田真央は金メダルを取れるとおもいますか?」の質問がっっ!てめー、どこのどいつだ!金メダルとった人間に対して失礼にもほどがある。血のにじむ努力を重ねてオリンピックの大舞台で金メダルを獲った人間へのインタヴューで他の選手の将来を聞く奴がどこにいるんだ!確かに浅田選手は今注目の的なのは分かる。気になるのも分かるけどTPOをわきまえろ。ホントに日本のマスコミは話題づくりにしか興味がない。程度の低さに辟易する。っつーかがっかりだ久しぶりに1人で切れてました
2006年02月24日
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2人の後輩が大学院の試験に合格し、来年から同じ院生室で学ぶことになった。おめでとう。面倒見たなんてとても言えない。むしろ2人に来てもらうことで俺がどれだけ勉強になったか。分かってるつもりのことが質問されただけで支離滅裂に、レジュメを作っても説明の時に「コレ何いってんの?」と本を調べなおしたり。よくもまあ勉強会なんて言えたもんです。2人は能力的には俺よりかなり上をいっている。俺の方がすぐれてるのは(変な)自信だけ。片方の頭の回転の速さは実測で俺の1.5倍。同じ分野に来られたら劣等感を感じてしまうことうけあい。もう1人は頑張りやサンってか気違い(笑)普通の人間は一週間で三万字もかけません。ん~このどちらかでも今の俺にあればこんなに卒論にテンパらずにすんだのに。今まで努力した分社会人のやつらがうらやむくらい精一杯遊んでくれ、そして俺とも遊んでくれ!!
2006年02月24日
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今二重の意味でウェイトコントロールがテーマだ。一つは体重。ランニングを再開して以来現在のところ一進一退を繰り返しているが何とかこの一ヶ月で2~3キロはいきたいと思う。もう一つが心のウェイト。以前こっぴどい目にあってるから正直ウェイトを乗せるのが怖い。前回は両足もって行かれたから立ち上がるのに二ヶ月近くかかってしまった。だが、だからといって今軽いわけじゃない。何だか最近はあのイージーさにマジで惹かれてる自分がいる。何でもかんでも難しく考えるのは俺の悪い癖。ただダラダラと悩んでいても良い答えはでない。上手くも無いバランスのとりかた練習をするくらいならいっそ骨が折れるまで倒れつづけようか。今日はレミオロメンのアカシアより「勇気が足りないかい?それなら僕も同じだ。」
2006年02月23日
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明後日東京行ってきます。まあHに付き合ってって感じなんだけど俺も欲しい本あるし。ってかインドシナ難民に関する本が一個もないってうちの図書館はなめてんのか!!
2006年02月23日
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って後輩Mに言われました。確かにこの一年は自分にとって人間的に最も大きな変化のあった一年だったんではないだろうか。(つってもまだ半年あるけど。)去年の11月からの4ヶ月は大学四年間と同じくらいの重さを持つ4ヶ月だったと思う。理解できなかったこと、納得いかなかったことが理解、納得できるようになった。その過程では色々辛いこともあったけど、この過程は自分にとって必要なものだったんじゃないかなって思う。もしそれが善意ならば、そこに嘘があっても、そこにほんの少しでも嬉しかった時間があったならばその分だけでも感謝できる人間が俺は好きだな。勿論俺は他人を切ることは否定しない。でもその人のことを話す時、悪口ばかりになったとしたらそれはその人といることを選んだ自分を否定することと同じなんじゃないかな。否定すべきところは否定し、肯定するべきところは肯定する。おべんちゃらが必要な時もあるけど基本的には本音で生きて行きたい。葬式で本気で悼んでくれる友人を持ちたい。まだ一年間の猶予がある。これを与えてくれた両親と社会に感謝しつつ研究に、色んなことに、今しかできないことに励んでいこう。と思う昼下がりでした。
2006年02月22日
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酒と音楽と踊りの存在しない文化は無いと言い切れるほど世界各地には色々な酒がある。しかし果たして「酒」とは人間にとってどういう存在なのだろうか。良い面から考えると酒は人間関係を円滑にする。日本ではノミニケーションなる言葉が生まれてしまう始末だし、イスラム文化圏以外では食事やその後の団欒では酒は必要不可欠なものだといえる。では悪い面。今述べたがイスラム文化圏では酒を禁止している。細かい戒律は分からないので省略するがそこには酒のもつ理性への攻撃性が問題視された部分があるのではないかと思う。酔った上でのケンカなどよくある話で、およそ酒を飲むと気持ちが大きくなってしまう。普段気が小さい人間が酔っ払うとどうにも手に負えなくなることなんてよくある話だ。総じて酒はどっちに分類されるべきか。『時に野蛮な薬物と化す場合もあるけど酒によって回避できたことも揉め事も数知れない。よって両方!』いや、ご批判はごもっとも。「その結論でOKならそもそも考える必要なんてあったのか?」って声が聞こえそうですが、自分からすればむしろ単一の要因で物事が成り立っていると考える方が危険なんではないかと思う。どんな事象にも二面性、もしくは多面性がある。それを如何に表現するか。どの部分は省略してよくてどの部分は強調すべきか。それによって読者にいかに全体像を把握してもらうかってのが研究者の仕事なんではないでしょうか。昨今の単純化にアンチテーゼを掲げつつ今日は締めます。語録「現状分析と現状肯定と現状利用はそれぞれ別のことである。」
2006年02月21日
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隊長と相談の結果三月の諸企画は以下の通りになりました。因みに皆の就職活動状況によって多少変化します三日 ひな祭り祭り~筋肉痛が痛い~十五日 ギョーザパーティー~四年間の思い出を包んで~二十~二十三日 スノーボード~ラストメモリーin白馬~ですそれぞれに副題がついてるのは何か普通のじゃ面白くないからです。大概スベリますが、企画を考えるってのはそれだけでもオモロイもんでして。皆忙しいだろうけど四、五人位は集まってくれるといいな~なんとこと考えてます。話は変わってひょっとして俺寂しがりやなんでしょうか?一日に携帯の着信が無いかを見る回数を寂しがり屋度数と命名してみましたが0~5…アウトロー5~10…アウトロー気取り10~15…実は寂しがりや15~…携帯依存症のうち第三の部類に入ってました「独りでも大丈夫。」ってのはどうやら強がりみたい。冷静にみると無理やり用事作ってメールしてる自分を発見しました。雪ですな~。スノボ行きたい。
2006年02月20日
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ついに…ミクシーに手を出してしまいました。やるまいやるまい、やりたいやりたい。などと考えていたんですが紹介をいただき即登録。そのせいでこっちが疎かになるのも違うかなって思います。毎度毎度駄文に付き合ってくれる気さくな人が5,6人いるようなので。書き込んで、一日のアクセスが十人を切ったら、そん時は向こうを切ります。本命あっての浮気なんで。なんてことを考えつつ胃が、そして咽頭部がねちゃねちゃします。「ひょっとして十秒?」ストップWATCH押し間違えた「ヒョットシテ重病?」どうしよう。財前教授は総回診に出ちゃったし、ブラックジャック先生は無免許で心もとない。しょうがないブラックコーヒーでこの場はしのごう。なんてわけの分からない文を書きつつ、自分の胃におさまった鳥たちの一生に思いをはせつつ寝ます。
2006年02月19日
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