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イギリスは、全国的にセールの真っ最中です。クリスマスの後のセールが一番にぎわうのですが、昨日うっかり忘れて買い物に行ったら、いあやぁ駐車場に入るだけで、長い列に待たされました。さて、ここのところずっと体を通して見えてくる自分のコア・ビリーフについて書いてきた気がします。なぜ、そんなに書くのかというと、もちろんとても大切だと思うからです。例えば、深いレベルの愛の交流ができる相手が欲しいと思っても、自分の深いレベルで何を真に求め、どんな思いや感情を持っているかを知らずには、深いレベルの交流を望むのはまず不可能だと思うからです。ちょっと皮肉っぽく聞こえるかもしれませんが、私たちが深いレベルだと思っているのは、結局、欠如していたものが埋まって幸せな気分になっているだけ、ということが往々にしてあるからです。で、それのどこが悪いの?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、そうすると自分の幸せが相手次第になってしまいます。相手が自分をどう扱うかによって、自分の幸せが左右してしまう。そうすると、結局前から書いている人生の主人公の座を降りることになるからです。さて、前回の日記に頂いたコメントをちょっと例に使わせてくださいね。『彼がくれるもので、自分がもっていないものは何?』一番は、安心感。何故か、彼には心の中を何でも話せます。彼はどんな私でも受け入れてくれると思っています。二人っきりで逢ったのは、数える位しかありませんし、深い付き合いではないですが。↑逆に言えば、他の人には自分の心の中を話せないということだとしたら、それはどうしてなのか?ここをセッションであれば、さらに掘っていきます。このへんからコア・ビリーフへアクセスできます。また、彼はどんな私でも受け入れてくれるだろう(本当に受け入れてくれるかどうかは、未知数ですが)ということですが、自分はどんな自分でも受け入れているだろうか? もしそうでないとしたら、どんなところが受け入れにくい?、などいろいろお伺いしていくと、ここからもコア・ビリーフへアクセスできます。 親の期待に沿うように結婚も従い、周りの期待に沿うように子供を育て、周りから見たら、幸せに見えるのでしょうが・・・いつも「誰も本当の私を解ってくれてはいない」という一人ぼっち感と闘って生きてきまきてきました。彼に出逢って、私の魂はホッとしています。↑他の人の意向を優先してしまうことは、私たちの多くがやっていることです。しかし、これも人生の主役の座を降りてしまっているので、一見幸せに必要なものをすべて持っていても、心が満たされないんですね。誰も本当の私を分かってくれない、ましてや、ほんとうの私を受け入れてくれるなんて考えられない。人から理解されないと思っているとき、誰でもとても寂しく感じるものです。その寂しい感覚を彼が埋めてくれる、だからホッとするし、とても好きになってしまう。こういった恋愛を私たちの多くはしているのだと思います。と、ここまで書いてきましたが、コメントを例に使わせて頂いているだけで、まったくの推測で、現状がぜんぜん違うかもしれません。ただ、私たちのありがちな恋愛の心理的なしくみを説明するのに、使わせて頂いております。さて、人生の主人公の座からの恋愛はどんなものになるでしょう。まず、自分には幸せになるために必要なものはぜんぶ持っていると知っていることです。一見、今自分には欠けているように見えるけど、それを誰かに埋めてもらう必要は無いと分かっていることです。そして、例えばこのケースをそのまま使わせてもらうと、まず、どうして、自分は回りを優先してしまうのか?を見つめること。回りを優先している限り、自分をほんとうに理解してもらえることはありえないです。たいてい、親(や周り)に合わせないと自分は愛されない、受け入れられないといった思いがあったりします。そして、ほんとうに自分が望んでいることをしっかり見つめること。それがハートトークから来ているものであれば、きちんとそれを表現し、自分を理解してもらえるようになること。また、本当に望んでいることを言って、それが受け入れられなかった場合、そこで自分をまた引っ込めたり、相手を怒らせてしまったとびくびくせず、きちんと、それでもこれが私の望んでいることと、ゆるぎない強さがあること。(自己愛)わがままと自己愛の違いは、前にも書きましたが、自分の気持ちの深いところを知り、それをきちんと自分が尊重しているかどうかです。意識上の表面の気持ちだけを主張するとわがままになることがとても多いです。自分の本当の気持ちや望みを自由に正直にはっきり言えるようになったとき、はじめて私たちは、人からきちんと理解されはじめます。 そこでやっと自分の人生を創造するステップに入れますね。また、自分の気持ちを自分が誰より知っていて、それをきちんと尊重していれば、一人ぼっちな感覚はほとんどなくなっていきます。そうすると、「愛されるオーラになる~」に書きましたように、満たされたオーラになっていくんですね。そうなっとき、安定した満たされたオーラが惹きつけるものは、安定した満たされた状況です。これが、人生の主人公である状態です。誰かに埋めてもらって幸せが成り立っているのでなく、自ら幸せを呼び、創造しているんです。これは、強いですよ。状況に振り回されないですし、後戻りも絶対しませんから。難しそう~、大変そう~と思った方も多いかもしれませんが、決してそうでもないです。私の夢は、私がイギリスにいる間も日本のあちこちで、代わりにワークショップをやってくれる方々を増やすことです。一度、覚えてしまえば、そんなに難しいことではないからです。とりあえずなが~くなりました。これでも、ものすごくまとめて、ものすごくはしよって書いています。ちょっと分かりにくいところもあったかもしれませんが、とりあえず、今回はこのへんで。今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申し込みフォーム←こちらをクリック!
2006年12月29日
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さて、今回ちょっとロンドンのワークショップに参加して頂いた方からのメールをご紹介させてください。私がみなさんに、知って頂きたい、経験して頂きたいという内容が詰まっていると思ったからです。長かったので半分ぐらいに省略しました。(ご本人の了承を頂いています。)今回ワークショップに参加させて頂き、とても楽しかったです。家でもフォーカシングを続けてみて出てきたのはみぞおちに感じる「責任」でした。そして気持ちに寄り添っていたらわかったことがありました。それは「誰かが私をいつも責めるの」でした。いつも「あの時のあのトラウマ」というようなショックな出来事があったからに違いないと思い込んでいたのですが、日常的にいつも親に怒られ言われていた「あんたが悪い」と言う言葉は、私にとってあまりにも当たり前のことだったので、全くこれが原因だとは気づくことができませんでした。なので、私のコアビリーフ「自分は悪い子」によって、いつも自分を無意識のレベルで責め続けてもいました、と言うより、現在も自分を責める傾向はまだ強いです。が、これに気がついたときはやはり号泣しました。頭で自分は自分に対しても批判的な所があるとはわかっていましたが、身体が教えてくれたものにはとてもリアル感があります。その後、アファーメーションをどう作っていいかわからなかったのですが、あゆかさんの新刊を読み終わって直感的に気に入った「私は愛であり喜びだ」を選び、寝る前にそれを唱えていました。すると翌朝ものすごく凝り固まった感覚をみぞおちに感じて目が覚めたので、そのまままたフォーカシングをすると、みぞおちちゃんの声はなんと「死にたい」でした。し、死にたい?!私は死にたいなんて一度も思ったことないのにどうして?!でも恐る恐る死にたいの?と聞いてみると「だって全然私のこと愛してくれないんだもの」とみぞおちちゃんが言ったのです。もう申し訳なさでひたすら謝りました。しばらく泣きながらごめんね、と言っていると、今度は「もう、許してあげてね」と返ってきたのです。自分を責めている自分を許す。そして自分をもっと好きになっていこうとはじめて実感として気がついてわかることができました。それでも、今までの無意識の習慣は、なかなかすぐには治らないのが現状ですね。一日経った今はまた自分を批判するモードに戻っていて、またイライラや焦りを感じている私です。でも自分にたっぷりと時間をかけ、実を結んで行きたいと思います。私も色々な本を読んでは頭でっかちになっていましたが、それが今ではとっても訳に立っていることも嬉しいです。 頭では分かっていても、なかなか感情が追いつかないということは、私たちにはよくあることだと思います。で、同じところをぐるぐる回っているような気がして、苦しさがちっとも変わらない、または状況がまったく変化しないなどです。しかし、このように体の奥から出てきた自分自身のほんとうの声は、そこのレベルから変えていくパワーがあるんですね。誰かに言われたのでもなく、また本からの知識でもなく、自分の真の声だから、自分が体のレベルでストンと納得できるわけです。頭では分かっていても、感情がおいつかないのは、体に感情がたまっているからです。しかし、その感情の声を聞いてあげれば、感情レベルで変わり始めますので、ほんとうの変化がおき始めます。とはいえ、長年にわたって染み付いたコア・ビリーフは、すぐには消えてくれません。クライアントさんにいつも言うのですが、マッハのスピードで戻ってきます。ですから、この方も批判モードがすぐ戻ってきてしまうとありますが、朝気がついていても、お昼までにはすっかりいつものパターンに戻っているというのは普通です。しかし、気がつくたびに、「あっ、また私やっている。はは!」と笑い飛ばし、アファメーションをその場で繰り返していく地道な作業をしていくうちに、必ずパターンは変わりますし、苦しさもぐんと減ってきます。前回の日記に、たまたま既婚者の方を好きになってしまったという方のコメントがいくつかありました。前にも書きましたように、それが悪いといったような社会道徳的な観念は私にはないのですが、相手がシングルであろうが、既婚者であろうが、大切なのは、自分の本心が何を求めているかを知ることだと思います。コメントにどなたか「相手を奪い取ること」が人生(魂)の目的なのかもしれないと書いていらっしゃいましたが、考えて出てきた結論は、まぐれ当たりしている可能性も否定できませんが、エゴが生み出した間違った考えである可能性のほうが大です。それよりも、その状況の中で自分が一番苦しいのは何か(苦しいなら、ですが)、彼との未来が築けないこと?、会いたいときに会えないこと? 関係をおおっぴらに出来ないこと? または、彼がくれるもので、自分がもっていないものは何? 安心感?(自分ひとりでは不安)、理解?(例えば、彼ほど私を理解してくれる人はいない、と思っていたとしたら、その裏には、私は人から、または親からでさえもあまり理解されていないという感覚があったりするものです、そうなれば、ほんとうの声は、「私は理解されたい」かもしれません。)、などなど、一体なにが一番苦しいのか、何が彼からもらえるものなのかを自分の心に聞いてみると良いでしょう。そして、もし「彼との未来が築けないこと」だったり、「理解してもらうこと」だとしたら、ここでこれをテーマにフォーカシングをやると、体のどこにどんな声があるのか分かり、とても良いです。で、今回のメールを頂いた方のように、体から出てきた声(思いや感情、イメージなど、実際に声が聞こえるわけではありません。)に応えてあげ、「私は悪い子」といったような声を、愛ある声に変えていく(=自分の中に愛が増える)ことが、魂の成長でもあり、それによって人生全体に愛を感じる状況が実現されていくのです。フォーカシング自体は、とてもシンプルな方法で、誰でも簡単にできます。(ただ、瞑想などを普段まったくしていないと、初めは少し難しく感じるかもしれません。が、すぐにやり慣れていきます。)今回のセミナーとワークショップでも、フォーカシングをみなさんに体験して頂きます。また、とても楽しいエクササイズも用意しておりますので、どんより沈むワークショップやセミナーにはなりませんから、ご安心ください!今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申込みフォームへ←こちらをクリック
2006年12月27日
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クリスマス・イヴですね。昨日ロンドンの中心に出たのですが、街がけっこうすいていました。ロンドンは地方出身者や外国人が多いから、みんな帰省しているんです。東京のお正月みたいなもんですね。で、私のパートナーには16歳の息子がいるのですが、今年のクリスマスは母親(前妻)と海外旅行に行っているため、はじめて息子と過ごさないクリスマスとなりました。そのため気持ちが沈んでいるようで朝から不機嫌な顔を撒き散らしています。 で、面白いなと思うのは、ずっと前から今年は息子とクリスマスが過ごせないことは分かっていたし、昨日まで楽しく過ごしていたのに、24日の朝になったとたん不機嫌になったことです。まさに思考が苦しみを生み出すという見本のようで面白いなと思いました。(ごめん、面白いなんて言って)私が古いバージョンのHPでお薦めしていた本「Awareness」by Anthony De Melloには「知っている? クリスマスは頭の中にしか存在しないんだよ」と書いてあります。23日の土曜日と24日の日曜日には宇宙や自然の観点からみて何の違いはないのですが、私たちが23日は普通の日、24日はクリスマス・イブと意味をつけるため、急に24日だけ特別になってしまうんですね。100年前の日本人にとっては、たぶん師走の忙しい一日にすぎなかったでしょう。意味づけしますから、クリスマスにパートナーや過ごす相手がいないと、急に寂しくなったりするものですよね。私も貧乏学生をしていた頃は、クリスマスになるとみんなクリスマスショッピングにいそしみ、恋人にプレゼントなんか買っていたりするのを見て、余計貧乏と一人ぼっちが身にしみたものです。そして、クリスマス難民とか呼ばれ、カップルの友達の家によばれたりして、クリスマスを過ごしていました。(嬉しかったですが、なんかすこ~し惨めでもありました。)振り返ると、当時私の中につねにお金がないという思いと、一人ぼっちだという思いがあったのだと思います。それが普段は刺激されないのが、クリスマスということでどんと感情の表面にでてきてしまっていたのだと思います。というのは、この本のその一文からなんだか目からウロコが落ち、そして自分にワークしていったことで、状況的にはまったく変わっていないにもかかわらず、それ以降のクリスマスは、ぜんぜん平気になってしまったからです。で、そういった自分を感じるたびに、周りの状況を変えることで幸せになるより(お金持ちになるとか彼氏を見つけるなど)、なにも変わらなくても平和な心でいられることが、ほんとうの幸せなんだなとつくづく思ったのです。ちなみに私がやっていたワークは、やはり自分のほんとうに求めているものを知るということです。「運命の人と出会う~」に書いてありますが、当時の私のソウルメイトはコミットメントフォービア(親密関係恐怖症)がありました。ですから、こちらが心から愛情表現をすると、彼が怖がってしまい、距離をとられるというパターンがありました。意識上では、「なんで彼はあぁなんだ、嫌だな」という思いが圧倒的に強く、彼が変わって、一緒になれたら私は幸せになれるけど、そうでない限り不幸だと思っていました。しかし、自分に問うエクササイズをしてみると、ハートとみぞおちの間に固いものを感じました。実はそれはときどき自分でも普段感じていたものでした。そして、しばらくその固い感覚に寄り添い、尋ねてみると「制限、抑圧」という言葉が浮かんできました。そして、次にみぞおちの深いところから温かく安心なエネルギーを感じたのです。そして分かったのは、私がほんとうに求めているものは「遠慮なく、制限なく愛を注ぐこと」ということでした。彼が怖がるからといつも愛情表現に制限をかけていたことが、あまりに当たり前になっていて気がつかなかったのです。自分が一番求めているものは、彼と一緒になることではなく、遠慮なく、制限なく愛を表現することなんだと分かった瞬間、苦しい感覚がなくどこかになってしまいました。反対に言えば、私を苦しめていたのは、彼と一緒になれないということではなく、愛情を制限していたことだったのです。(これをやっていると自分の中に愛を感じなくて苦しくなります。)それが分かったとたん、頑張って制限していた固いものがふにゃと緩んでスーと落ちたという感じで、うんと楽になったのです。(だいぶ前のことですが、まだ、体で覚えているなぁ。)で、いつも書いておりますが、自分に飢えがなくなる(本当に求めているものに気がつく)と、逆に状況が良くなっていくんですね。話がだいぶずれてしまいました。クリスマスは意味が無いと言っているのではありませんからね~。いろいろ行事がある方、心の底から楽しんでください! なにも予定がない方、普通に平和にお過ごしください。で、明日には彼の機嫌も良くなっているでしょう。(*^。^*)今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申込みフォーム←こちらをクリック!
2006年12月24日
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今日は朝、霧がとても深かったです。ヒースロー空港はフライト遅延が続出で大変だったそうです。クリスマス前で混んでいる上に大変だっただろうなぁ。さて、みなさんいつもコメントありがとうございます! それぞれの方の視点が見えて面白いなと思います。(*^。^*)どなかたも書いてくださっていましたが、このブログはお悩み相談所ではないです。というか、したくてもできません。ですから基本的に、独断と偏見でこれは共通した問題かなと思ったコメントに関して、みのもんた的社会常識な観点からではなく(まだあのお昼の番組は続いているのでしょうか?)、サイコセラピーやスピリチュアルな観点から、おもに私の考えを書かせてもらっています。ある方に適切なアドバイスをするには、その方の普段の思考パターン、思いこみ、育った環境などを教えて頂き、体の声を聞いてもらうなどをしないと、まずまったくできません。また、アドバイスといっても、前回書きましたように、自発的な気づきに行くためのアドバイスで、あぁするべき、こうしましょうというのとはちょっと違います。自分の状況をちょっとだけ書いて、アドバイスを下さいという方がけっこういらっしゃいますが、それだけ逆に自分を見つめるという意味が、分からないんだろうなと思います。とはいえ、自分を見つめるということは、やはり難しいことです。私も、カウンセリングやサイコセラピーなどの勉強を始める前は、まったく分かっていなかったと思います。しかし、「難しいです」で話を終わりにするのもなんですので、ヒントを挙げさせてくださいね。(ヒント以上知りたい!という方は、ぜひセミナーへ!)自分を見つめるやり方は、たくさんあると思います。例えば、エゴトークを毎日書き出すこともそのうちの一つです。特定の誰かとの恋愛に関して、自分に関して、ある特定の状況に関して、自分がどんな思いを抱いているか。毎日書き出せば、私ってこんなこと考えていたんだなどと、もう少し自分が見えてきたりします。例えば、「間違えるのが心配」などと何度も出てきた場合、「私はなんでそんなに間違えることを心配しているんだろう?」と考えれば、一つ自分の奥に入っていけます。または、何かを欲しいと思ったとき、“どうやって”手に入れられるかではなく、“なぜ?”という問いかけを自分にすることでも、一つ自分の奥に入っていけます。私たちは何かが欲しいと願ったとき(恋愛関係、仕事、豊かさ、自分の家族、子供、何かを達成すること、などなど)、たいてい“どうやって”というHow to をすぐに考えがちです。しかし、一番大切な質問は、“なぜ?”だと私は思うのです。これは「運命の人と出会う~」にも書きましたが、なぜソウルメイトに会いたいの? なぜその人と恋愛を成就させたいの? なんで自分の家族が欲しい? なぜ豊かになりたいの? なぜ子供が欲しいの?という質問です。そしてたいてい、「魂レベルで愛することがしたい」「楽しい明るい家族にあこがれているから」「可能性を伸ばせるから」「子供がかわいくて大好きだから」などなど、その人なりの答えが出てくるでしょう。が、ここで止まっている人が非常に多いです。しかし、心の深いレベルではもっと違うものを欲しがっているということが非常に多いのです。例えば、自分にも他者にも厳しい人がいたとして、「私は正しいことをするべき、そうでないと愛されない」とというコア・ビリーフがあれば、「誰かが、間違える私もありのままに愛してくれたら、私も間違える自分を許せ、愛することができる」という声が潜んでいたりします。これが「愛されるオーラになる~」で書いた真のニーズの部分です。意識上では、「魂レベルの恋愛がしたい」と思っていても、深いレベルでは「間違える自分を愛したい」であるかもしれないのです。そして、自分自身が「間違える自分」を愛するようになると、人間関係、夫婦関係、恋愛パターンなどが変わり始めます。そして、この部分が私がいつも書くように、頭で考えているだけではなかなか分からない部分です。前回にも書きましたが、私はフォーカシングというテクニックなどもここで使います。他には質問をどんどん投げかけていく方式も使いますが、これもまた、本やブログなどに文章化するのが難しい部分です。そのうち、セッションの会話の様子、ワークショップやセミナーのビデオなどが作れたらいいなと夢想しています。恋愛にしても、仕事、お金の問題にしても、なにかがどうしてもうまく行かないときは、必ずこういったコア・ビリーフがあるものです。そうでなければ、とっくにうまく行っているでしょう。前回の日記で「同性愛についてどう思いますか?」という質問してくださった方も、これも誰かが指摘してくださっていましたが、好きになった相手が同性愛者だったということは、実は大きな問題ではないでしょう。本当に深いレベルで自分が求めているものが分からない、だからそれを与えてあげられないために、いてもたってもいられない気持ちになっているかもしれませんね。(意味が分からない方、申し訳ありません。前回の日記とコメントをご参照ください)しかし、ほんとうに自分が求めているものが分かれば、ふっと心が落ち着くものです。魂が、やっと気づいてもらえた、これでどうにかなるとほっとするからです。とりあえず、私は同性愛について少し書きたいと思っていましたので、近いうちに書かかせて頂きま~す。今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申込みフォーム←こちらをクリック
2006年12月21日
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昨日は、先月に引き続きロンドンでワークショップを行いました!本などに書いてあることを頭で理解することと、実際に自分が体験することの違いを経験して頂けたようで嬉しかったです。本を読んで理解することは、もちろんとても大切です。理解なしにはものごとは始まらないでしょう。しかし、何度も書いておりますが、自分がどんな思いや感情を潜在意識のレベルで抱いているかを知るには、いくら考えても何冊本を読んでも分からないものです。私たちが普段意識している部分は、全体の意識の約20%にしかすぎず、残りの80%はまったく気がついていないで過ごしているということです。昔から神秘思想家や宗教家などが、「目覚めること」とか「覚醒」が大切だと言っているのは、この自分自身が気がついていない残りの80%に目覚めなさいということなんですね。例えば、ある女性は子供の頃父親からひどく殴られ、またレイプされた経験もあり、男性に対して非常に憎しみを抱いていました。そして、彼女のコア・ビリーフは「男性は暴力で女性を抑圧する」というものでした。しかし、彼女が普段感じている部分は、慢性の不幸感とすぐにイライラしてしまうということだけでした。そして、もちろん良い恋愛をして、幸せになりたいと思っていました。ところが、彼女は男性とつきあい始めると、すぐに支配的な態度になり、相手をコントロールしようとしてしまうのです。ですから、いつも喧嘩が耐えなかったり、そうなると彼女の中でも自分でもコントロールできない怒りが沸いてき、また向こうも嫌になって、ひどい扱いを受けたりしていました。しかし、彼女自身、自分がそうやって男性を支配しようとしていることには何十年もまったく気がついていませんでした。私たちは自分がどうしてそうするのかなどいちいち意識したり、吟味したりしないものです。自動的にやっているんですね。さて、彼女が一つ自分は男性に対してそういう行動を取っているんだと気がつくのは大きな第一歩です。そして次に、それはなんでかな?と見ていったとき、「男性に抑圧される前に、自分が支配しないと、また昔のような痛い目に遭う」という強い思いと恐怖や不安が見えてきました。そこから上に挙げた彼女のコア・ビリーフにさらに辿り着いたわけです。こうやって書いてしまうと、いともシンプルに見えますが、このコア・ビリーフを自分で気がつくのと、本を読んで「私はそういうコア・ビリーフがきっとあるんだ」と頭で思うのとは、雲泥の差があるんですね。また、「見ていく」と書きましたが、決して考えから理論的に見えてきたのでも、または私がサイコセラピーの知識から「あなたの幼少時代の体験のせいで、きっとあなたはこういう思いを持っているはずです。」などと言ったわけでもありません。一つは、質問をどんどん投げかけることで、次第に意識の奥へ奥へと入っていく方法があり、私のセッションはそれがメインです。自分が答えているうちに、自分の思いに気づいていく方法です。これでもかなり深い部分が見えてきます。これも分析とはだいぶ違うものです。また、フォーカシングというテクニックも私はよく使います。(フォーカシングは、それだけでとても深いものなので、本などには書いておりません。省略して書いて、誤解されてしまうと良くないと思うので) これも、クライアントさん自身が自分で自分の体の声を聞くことによって、自分の内側から「あぁ、そうか」と気がつく方法です。つまり、誰かに「あなたは~~です」と言われ、そうなのかなと思ったり、または本で読んで「自分は~~に違いない」と推測するのとは違い、自分の内側から「あっ!」と気がつくのが一番良いのです。今年のワークショップ、セミナーでは、昨年以上にこの両方の方法をがんがん使っていこうと思っています。さて、ほぼすべての人がこの潜在意識の声(コア・ビリーフ)に気がついたとき、その内容自体が、ネガティブなものにも関わらず、とても嬉しくなります。なぜなら、お腹の深いところから、これで今の状況から抜け出せると感じるからです。で、下記のメッセージをいただきました。ありがとうございます!!(*^。^*)<中略>お礼が言いたくてメールしました。私は「自分自身を愛すること」を忘れていました。最近ずーっと、仕事で失敗続きで、気持ちが結構ネガティブになってました。ポジティブにいこうと思っても、なかなかうまくいかないのです。で、今日の記事を読んで改めて気づきました。私は、今好きな男性に対して、「こんな女を好きになってくれるなんて不思議だ」って思っていたんです。「こんな女・・・」自分自身を愛してませんよね。之に改めて気づいた瞬間、なぜか涙がでてきました。魂が「そうだよ。やっと気づいた?」っていってくれているように感じます。読んでしまえば大したことがないように聞こえるでしょう。しかし、自発的な内なる気づきは、この方のように魂が震えるような大きなことなんですね。80%が忘却の中にあるわけですから、私たちには、たくさんのコア・ビリーフと、またそこまで確立した信念でなくとも、たくさんの自分が気がついていない思いがあります。私も日常の中で少しづつ見つけています。見つけるたびに、私はそこから解放されます。それが嬉しくて自分を見つめることを毎日しています。コア・ビリーフに気がつかないうちは、コア・ビリーフから生まれる衝動に従って生きてしまいます。しかし、気づけばそこから開放されます。で、そこに愛が自然に流れ込んできます。私はそれが魂の成長だと思うのです。今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申込みフォーム←こちらをクリック
2006年12月17日
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昨日チャールズ皇太子主催のチャリティー番組で、ロッド・スチュワートがとりで歌っていました。いやぁ、なつかしい~。年取ったけど、変わっていな~い。ロッド・スチュワートの話す英語は、とてもイギリス英語(どっちかというと労働者階級)だった。イメージが少し私の中で変わりました。そうそう、サッカーのベッカムの話し方は、としちゃん(田村俊彦)とよく似ているんですよ。さて、前回の日記には多数のコメントが寄せられ、ありがとうございました!!(*^。^*) ちなみにセミナーやワークショップに来ていただいた際は、こういった疑問、質問、意見は大歓迎です。時間が許す限り、みなさんと取り組みたいなと思っています。今回もコメントにお答えしま~す。ちょっと省略させて頂きました。<中略>1年以上付き合っていた彼に遠距離の彼女がいたり、相手からの好意を感じ、このまま交際が始まるだろうと思っていた彼に彼女がいたり・・・。<中略>今は、最初から信頼しなければ傷つかずにすんだのに、という学習をしてしまい、自分が好きになる男性をすぐに疑ってしまいます。この人は信頼できるか否かを「判断すること」と「疑うこと」はどう違うのでしょうか?疑ってばかりだと、自分の中の嫌な妄想から、嫉妬や不安の気持ちが身体の中心(みぞおちのあたり?)にたまって苦しいです。↑もう一度、「抜け出せない理由」の回の復習をしますね。まず、コア・ビリーフが私たちの現実を創るということです。そして、繰り返すパターンは、必ず自分の中になんらかのコア・ビリーフがあるからです。ですから、二回二股をかけられたということは、どんなコア・ビリーフが自分の中にあるのか?ということですね。自分の思いが現実を創るということは、逆に言えば、現在起きている現実から、自分の思いやコア・ビリーフがある程度推測できるということでもありますね。二股をかける人は、どんな人かということも大切な要素ですが、長くなるので、とりあえず、二股をかけられるということは、「二番目扱いをされている」、もしくは「唯一の大切な人としてみてもらっていない」などなど、ほかにもあるかもしれませんが、まぁ似たようなことでしょう。そして自分を振り返ったときに、例えば、いつも他者の思いを自分より優先させている→なぜなら、自分の意見や考えなんてたいして価値がないから→コア・ビリーフ「私はたいして価値ある人間ではない」というものがあったとします。(これは単なる一例です。実際は、人によってコア・ビリーフなどは様々です。)そうすれば、恋愛においても自分が二番目にされるとか、一人の人間として価値をおいてもらえない状況になるといった現実を生み出すわけです。で、これも書きましたが、コア・ビリーフがある限り、場所や人を変えても、同じことを繰り返すということです。ですから起きている現実を変えたいのであれば、相手を判断することと疑問を持つことの違いを知るより、コア・ビリーフを見つけて、解放したり、変えることが良いでしょう。また、コア・ビリーフや不安を抱えたまま、相手を判断しようとしても、正しく相手を見ることはほぼ不可能です。どうしても過去の経験、価値観、コア・ビリーフなどから私たちは、ものごとを判断してしまうからです。しかし、自分をちゃんと愛していれば、おのずと信頼できる人とそうでない人の違いは、わかってきます。つまり、自分の深いところの感情や思いにきちんと耳を傾け、私は愛される価値があると思っていることです。自分の感情に耳を傾けるエクササイズは、セミナーでもワークショップでも行います。この質問者の方が、みぞおちが苦しくなるとおっしゃっているのは、自分の真の感情や思いを知るのに実はとても大切なポイントです。で、下記の方からのご質問です。今日、あゆかさんのお話を読んだ後で、自分には「人に利用される」というコア・ビリーフがあることに気がつきました。気がついたのはいいのですが、その後どうすればいいのでしょうか?↑すばらしい!パチパチ。(あっ、コア・ビリーフの内容ではなく、分かったということがです。)実際に、そんな経験は多いですか? さて、その後どうすれば良いか?、セミナーかワークショップに来てくださいと言いたいところなのですが、とりあえずそのコア・ビリーフのために、自分が普段どんな行動をとり、どんな思考をしているか観察してみましょう。なぜなら、その行動と思考が、自分の現実を創っているからです。また、なぜそのコア・ビリーフを抱くようになったか探せれば、なお良いです。コア・ビリーフは意識しているだけでも、だいぶ違います。もう潜在意識の中にないので、パワーとしてはだいぶ小さくなります。ので、「私は、そう思っているんだ」と日に何度も意識してみてください。とりあえず、それだけやって(って、けっこうこれだけで大変ですが)みてください。何かしらのさらなる気づきや変化を感じるかと思います。今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申込みフォーム←こちらをクリック
2006年12月13日
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今日もどんよ~り。さて、今回も良いご質問・コメントをいろいろ頂きました。回を追ってお答えしたいと思います。まずは、下記の方のコメントです。長かったのでだいぶ省略しました。<中略>私は、友達を裏切りました。友達のご主人と関係を持ってしまい、今は彼とは連絡をとっており、彼女とはとっておりません。<中略>私の中では、彼女はいい友達で、彼は当時から一番信頼している友達でした。今回あゆかさんのお話しを読んで、私は実は初めから彼女のことを大切な人と思っていなかったのかと愕然としました。<中略>彼と関係を持つことに関して、私は彼女に正直に話したかったのですが、彼が子供のことがあるので隠したいというので、それを尊重しました。<中略>彼は私達のしたことは間違っていないと言いますが、私は彼女に嘘をついたことは悪かったと思っています。いつか彼女と話し、許してもらいたいと思うのは傲慢でしょうか?私は、今何が出来るでしょうか?誰かを好きになること、愛すること自体は、裏切りだとは私は思わないです。それはこのコメントの方も後悔していないとおっしゃっていますね。ですから、この方の一番問題(罪悪感のもと)は、それを言えなかった、友達に嘘をついてしまったということでしょう。なぜ、言わなかったのか、それは、彼の考えを尊重するという選択をしたからですね。そして彼も、隠したほうがみんなにとってうまくいくと思ったわけです。これも彼の選択です。このとき、本当の意味で意識的に選択していれば、「彼女が知ってしまう」可能性もそのとき必ず見えたと思います。意識的な選択をするということは、前から書いている人生の主人公になるということで、自分が決めたことに責任を持つということですね。ですから、「私は彼の考えを尊重して、ここは隠すことにする。そしてその結果に関しては、すべて責任を負う」というのが本当の意識的な選択です。で、もし、そうしていれば、結果的に彼女が知ってしまっても、もう少し腹が座っています。罪悪感まみれになることはありません。そして彼女が知ってしまったとき、また選択がありますね。彼女に対してどうふるまうか、という選択です。「心から誠意を示してウソをついてしまったことを謝る」「彼のせいにする」「放っておく」などなどいろいろあるわけです。このとき、私がお薦めしたいのが、何をすべきかと考えるのではなく、神との対話の考え的に、 「このとき愛ならどうするか?」そして「自分はどういう人間でありたいか」を基準に選択することです。彼女への愛、自分への愛、そして自分はどういう人でありたいか。これだけを考えて、自分がどういう行動をするか決めること。これしか、することはないだろうと思いますし、これが自分で自分の人生を創造するということだと私は思います。誰かがこうするべきとアドバイスをして、それに従うのは、人生の主人公ではありませんね。ただ、そのアドバイスを本当に良いと思って、それを意識的に選択すれば、人生の主人公です。この違い分かりますよね? 実際にやってみれば、すぐに分かります。さて、どの程度意識的だったかはコメントからでは分かりませんが、彼女に言わないという選択をしたとき、おそらく彼は子供への愛を基準に、コメントの方は、彼への愛を基準にしたのだと思います。しかし、彼女への愛がこのとき抜けてしまっていたんですね。一見すべての人とって愛ある選択をするのは、不可能に見えるかもしれませんが、決してそういうことはありません。彼女に真実を語り、なおかつ子供に対して愛を示すことは必ずできます。こうするべきだったと言っているのではありませんから、誤解しないでくださいね。私たちはよくこれしか取る方法がないと思い込んでしまうことがありますが、必ず関わる人すべてに愛ある選択をすることはできると知って頂きたいと思っているだけです。その結果として、誰かが表面的に何かを失ったり、傷ついたりするかもしれません。しかし、愛をベースにした選択は、最終的に必ずポジティブな(愛ある)結果を生みます。さて、誠意をこめて謝るという選択をもしした場合、彼女がどうそれに対応するかは、今度は彼女の問題(学び)です。許して愛を選択するか、憎しみを持ち続けるかは、今度は、彼女が先ほどの二つの同じ質問を自分に投げかけ、選択することです。ただ、こういう意識的な選択をしない人の方が圧倒的に多いですが。怒りや憎しみの感情に振り回されて行動する人のほうが多いでしょう。(ですが、ある意味それもその人の選択。)しかし、意識的にすれば、はじめて私たちは本当の意味で愛を学び、体験できるのだと私は思います。無条件の愛とは、前にも書きましたが、条件をつけずに愛するということです。「あなたは私にウソをついたから嫌いです。ウソをつかないなら好きです」というのは、立派な条件つき愛ですね。でも、自分にウソをついた相手を許して、黙っているのは辛かっただろうと心から理解を示せれば、無条件の愛になるわけです。ひじょ~うに難しいですが。で、下記のコメントについでにお答えさせて頂きます。「自分の欠如感から来るものではなく、無条件の愛のままで、互いに愛を分かち合える人を求めるにはどうしたら良いのだろうか」この文章自体がすでに矛盾しているんです。相手が自分を愛してくれることが暗黙の条件になっているからです。無条件の愛とは、今見てきたように相手がひどいことを自分に言ったり、したり、愛してくれなくても、それを理解し、愛するということです。そこが私たちの目指すところではありますが、それこそ簡単にできることでは決してありません。ですから、まず自分が本当に望んでいるものは何か?をもう少し見つめてみたほうが良いでしょう。愛されている感覚?心から信頼できる感覚?深いレベルで理解しあうこと?なんでしょう?そのためには、自分を深いレベル(自分のコア・ビリーフなど)で知ることがなんといっても大切ですね。今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申込みフォーム←こちらをクリック
2006年12月10日
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連絡事項を先にさせて頂きます。セミナーご参加希望者でどうしてもメールが戻ってきてしまう方が2名いらっしゃいます。申し込んだのにまったく何も返事が無いという方は、お手数ですが、お電話番号を書いてメール送って頂けますか? さて、もうすぐクリスマスということで「secret millionaire」という番組をシリーズでやっています。毎回違うミリオネラーの人が、正体を明かさず、イギリスの貧困地域に10日間周りの人と同じように住み、助けたい人や団体を見つけ、最後に正体を明かして、どんとお金をあげるという番組です。心温まりました。(*^。^*) 寄付してもらった人、みんな泣いて喜んでいました。私ももらい泣き。さて、またコメントにお答えしたいなと思いました。1年前から、信頼してる方からの酷い裏切り行為&捨てられた事から自暴自棄の毎日で鬱状態でした・・・。<中略>心の傷・恐れ・精神的な苦痛・特定の人物に対する恐れや恨みなどの感情を開放しようにも、もう1年もなかなか開放するのが難しく苦痛に踏みとどまったままの状態で本当に困ってしまっているんですが、こういう場合に何か良いテクニックはありますか?ドキドキしながらコメントしてくれたそうで、ありがとうございます。なんだか想像して、微笑んでしまいました。このような質問は、たびたび頂きますので、なぜ踏みとどまったままになってしまうのかということを今回はご説明しようなかと思います。まず、一つは、私たちはものごとに対して一つの見方しかできないことがほとんどです。(逆に言えば、見方を変えて楽になったという経験をしたことも皆さんあるでしょう。)起きた出来事に対して、固定した一つの見方しかできないので、そこで苦しむし、まただから同じところをぐるぐる回ってしまい、抜け出せないんですね。そして、その一つの見方というのは、たいてい私たちのコア・ビリーフから生まれています。また、一つの出来事の中にいくつものコア・ビリーフ、そこから出てくる思い癖(一つの決まった思考パターン)、それに伴う感情があり、ものごとは思っている以上に複雑です。ですから、カウンセリングをしても、一回でぱっと解決できるということはまずないです。絡まった糸を一つ一つほぐしていくような作業が必要です。そのためには、その方の育った環境、起きた出来事の内容などをまずお聞きし、そこからその方のコア・ビリーフ、思い癖などを見つけていかなければいけません。で、コア・ビリーフや思い癖などは、自分では当たり前すぎていて気がつかなかったり、またはそれが正しいと思い込んでいて、それが苦しみのもとになっていると気がつかなかったりなど、なかなか自分では見つけられないことが多いです。このコメントの方は、信頼している人から裏切られたということですが、ほんとうに信頼できる人間が突然誰かを醜く裏切るということはまずないんです。その人は始めから信頼できる人じゃなかったし、そういうことをする人だったのに、自分が気がつかずに信頼してしまったというのが実際のところでしょう。では、なぜその人を信頼できると思ったのでしょう? その人は上手に猫かぶっていたり、信頼させる行為をたくみにしていたり、または状況が信頼できる環境だったのかもしれません。が、基本的には、ここにコア・ビリーフやそこから生まれる人に対する期待、またはなんらかの思い癖などいろいろあるはずなんですね。そういうものがあるとき、私たちはありのままの相手が見えなくなるからです。そしてまた、そうでなければ、ここまで苦しまないんです。ある人は、上司に手柄を取られて非常に怒っていました。それこそ「上司を信頼していたのに!」と叫んでいましたが、よくよく掘ってみると「認められないと、私はダメ人間になる」というコア・ビリーフがあり、そこから「私は仕事で認められたい」という思いが生まれ→「上司に認められたい」→「上司は私を認めてくれる存在のはずだ」→「信頼したい」→「信頼する」というプロセスが見えました。こう書くと、このプロセスに自分は当てはまらないから関係ないとか、違うとか思う人も多いのですが、「」内の内容やコア・ビリーフは、人それぞれみんな違います。ですから、この方の場合もまったく違うものでしょう。また、この方も文章から察しているだけですが、一つだけではなく、いくつかあるかなと感じます。(まぁ、私たちのほとんど全員がいくつも持っていますが)しかし、そこに気がついて、そこのレベルから変えていかないと、いつまでも同じ感情がぐるぐる回っているでしょう。また、何らかのかたちで感情を解放できても、コア・ビリーフがそのままであれば、人や場所を変えて同じことを繰り返します。そういう意味でいえば、この裏切った相手は、「あなたの中に癒されていない思いがあるよ」と教えてくれているとも言えるんですね。こういったわけで、ブログに書けるそれらの思いや感情から解放される、魔法のようなテクニックは残念ながらないんです。強いて書けば、湧いてくる感情をどうにかしようともせず、ただ受け止めてあげるのが一番良いでしょう。(抵抗がなくなり、逆に解放しやすくなるから)で、結局、いつものようにできるだけ専門家の助けを借りましょうと同じことを言うしかできないんです。(今回の日本のワークショップとセミナーでなるべくコツをつかんで頂きたいと思っています)また、将来、同じようなアプローチのカウンセリング(これは来年ロンドンでコースを開校します)、やワークショップをリードできる方を養成したいと思っています。ただ、もちろん私のアプローチの方法だけがすべてではありません。他のアプローチで良い成果を出しているのもたくさんあります。いろいろな本、セミナー、ワークショップ、セラピー、カウンセリングなんでも“ツール”として(頼るのではなく)、トライしてみましょう。(選びか方は、私のHPをご参考に)今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申込みフォーム←こちらをクリック
2006年12月07日
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すっかりイギリスらしい冬です。つまり、ど~んよ~り~。さて、今日は今までほとんど書いてこなかったヒーリングのお話です。なんで書いてこなかったかというと、理由はあまりありません。が、「すべての病気は心のレベルから始まる」と私は信じておりますので、気持ちがどうしても心の問題のほうに向かってしまうのですね。ただ、病気になることが今世の人生の計画という人々もいらっしゃいますので、そういう意味では、100%心のレベルからとは言えないでしょう。今日は、ある知り合いのアメリカ人セラピストの方のお話をご紹介したいと思いました。彼女は、かつて10年間脳腫瘍に悩まされていました。彼女自身、セラピストでもあるので、いろいろな方法を試してみましたが、腫瘍はまったくなくならなかったそうです。話は飛ぶようですが、私たちの体もエネルギーです。(細胞を分解していけば、最終的には陽子、電子、中性子というエネルギーです。)で、このエネルギーにも意識があるというのが、多くのセラピストやヒーラーの考えです。イギリスで70年代まで一年間に10万人癒したという偉大なヒーラー、ハーリー・エドワーズは、細胞には知性があると言っていました。つまり、私たちの身体(細胞)は、たんにだまって仕事をしているのではなく、私たちの思いや感情などにつねに反応しているわけです。ですから、例えばどこかが痛い場合、普通私たちはすぐに“嫌だな”と思ってしまうのですが、その嫌だなという思いは、痛い場所に対して、“お前なんか嫌いだ”と言っていることと同じなわけです。で、その痛い場所というのは、もともと健康だったのに、私たちの精神か感情のどこかのレベルでバランスを崩し、それが肉体の症状となってしまったわけです。(これに関しては、バーバラ・アン・ブレナンさんが、著書「光の手」などでとても詳しく説明しています。)ですから、痛みがある場所の細胞たちにしてみれば、自分のせいじゃないのに、お前なんか嫌いだと言われ、ふんだり蹴ったりなんですね。たぶん細胞が話したら、“痛みが出るまで放っておいて、すごく頑張っていたのに”と言うかもしれません。まっ、しゃべらないにしても、嫌だというエネルギーを受け取れば、さらに身体にとってストレスになることだけは確かです。こういったことをもちろん彼女も知っていましたので、彼女は脳腫瘍に愛のエネルギーを送ろうとI love youと語りかけたり、イメージ療法、とにかく10年近くいろいろやったわけです。ところが、脳腫瘍は悪化するばかりで、ちっとも良くなりませんでした。ところが、ある日、自分の無意識の思いの中に、確かに細胞にI love youと語りかけているけど、その思いの下に“愛してあげれば、取り除ける”という思いがあることに気がついたのです。つまり、本当の思いは“早くなくなってよ!”というものだったのですね。そこで彼女は、腫瘍に“そこにずっといてもいいよ”と言ってあげることにしました。すると、一ヶ月後の病院検診で、腫瘍がすっかりなくなっていると言われたのです。10年間何をやってもなくならなかった腫瘍ですから、彼女は絶対間違いだと思い、もう一度検査してもらったのですが、やっぱりすっかりなくなっていました。そして、それ以降再発もまったくありません。自分自身を振り返っても、彼女の話からも、私たちはよくもっとも強く思っていることに、まったく気がつかないことがあります。例えば、あるものを小さいと思って探していると、それがあまりに大きくて目に入らなかったみたいな感じです。彼女も治りたいという気持ちが大きかったので(当たり前ですが)、その気持ちには逆に盲目になっていたのです。実は、私も5年ほど前に子宮がんの一番初期と診断されたことがありました。そのとき、一番初期段階なら病院の治療をまったく受けずに、自分で治せるかもと思い、毎日セルフヒーリングをしました。細胞に“こうなるまで放っておいてごめんね”とあやまり、“耐えてくれてありがとう”と感謝を心からしていました。すると毎回、お腹のなかに誰かが手を突っ込んでいるんじゃないかというぐらい、エネルギーがぐるぐる回る感覚がしていました。そして、半年後もう一度病院へ検査に行くと、すっかり正常と言われたのです。今年も検診しましたが、やはり正常でした。振り返ってみれば、治したいという気持ちがもちろんあってセルフヒーリングをしていましたが、一番感じていたのは、体へのお詫びの気持ちと感謝の気持ちだったと思います。セルフヒーリングは、基本的に誰にでもできます。が、レイキを習っていたり、普段からヒーリングの能力を高めることをしている方のほうが、もちろん効果は高いです。ちなみに私がやっていたのは、たんにお腹に手を置いて、体に語りかけていただけです。同じようなことは皆さんもすぐにできると思います。すぐに痛みがひっこむことはないと思いますが、最低でも悪化するのをとどめることができますので、ぜひお薦めです。ですが、もちろん自分の力をあまり過信しないでくださいね。私もレイキを習ったばかりの頃だったら、自分で治そうなどとは思わなかったと思います。ときどき質問を頂くのですが、セミナー、ワークショップとも必ず瞑想は行います。 私としてはとても当たり前すぎて、わざわざ書いておりませんが、基本的に必ずやります。瞑想は体の声を聞いたり、細胞に語りかけるのにとても良いものです。自分流でも良いのですし、私のHPを参考にして頂いても良いので、ぜひ生活に取り入れてみてくださいね。今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナーへのお申し込みフォーム←こちらをクリック!
2006年12月05日
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今回もご質問にお答えしま~す!例えば、自分に幼い子供がいるとして、あるひとつのことを勉強したいとします。子供の面倒よりも、勉強したいと思う時、その人は「ハートトークに従っている!私にはこの道しかない!」と思っていても、周囲(友人の立場)から見ると、「好き放題やっている」としか見えません。また、不倫などはどうでしょうか。婚外恋愛は世間では認められていませんが、「この人こそが私の運命のひと」と感じて不倫をしてしまうひともたくさんいます。そういった場合、その人の恋愛感情はハートトークに従っている、と言えるのでしょうか。新刊のP161~162までにある文章が、こちらの答えのヒントになるんですよ。つまり、「自分への尊重」です。好き勝手やっているときは、自分のことを大切にしているつもりで、本当はまったくしていないものです。本人に意識が無いことが多いのでやっかいなのですが。自分を尊重するとは、自分のほんとうの気持ちにきちんと応えてあげているということです。表面上の気持ちではなく、本当の気持ちです。前々回に書きましたが、私たちはほんとうの気持ちを抑圧したり、批判、非難したり、または嫌だと感じたりします。(こんなふうに感じるべきではない。そんなくだらないことで怒るなんて。そう感じる自分が嫌だ。などなど)しかし、自分の正直な気持ち(それがいかにくだらなかったり、心の狭いことだったり、情けないことでも)をしっかり受け止めるということは、その気持ちを尊重したということになりますので、自分を本当に尊重したということになるんですね。(まだるっこい日本語ですみません。)自分の一部を嫌ったり、抑圧しながら、自分をちゃんと尊重することはできないですね。で、自分を本当に尊重したとき、始めて他者を本当に尊重することができるようになります。そうであれば、どんなに自分の好きなことをやっていても、家族との折り合いとか、他者とのバランスはおのずと取れてきます。子供の面倒がおろそかになるということは、まずありえません。そうではなく、例えば無意識に「勉強をして資格を取ったら、やっと私は自分が好きになれる」と思いながら突っ走っていたりすると、焦ったり、「周りの理解」を期待し始めたり、だんだん周りとの折り合いが取れなくなって、衝突してしまったり、誰かが迷惑を被ることになることが多いでしょう。「私はこうしたいの!」という他者への尊重がないただの自己主張になってしまいますね。しかし、すべては自分が始まりです。自分の本当の気持ちに気づいてあげて、きちんと受け止めてあげることです。また、不倫の場合も同じです。自分の気持ちを正直にきちんと受け止めていれば、誰に対しても真摯に向き合います。自分に偽りのない心でいれば、他者にもおのずと偽りの無い心で接します。(自分に偽りない状態で、他者を欺くというのは不可能です。)結果として、不倫という形になっていようがなかろうが、それは問題ではないでしょう。問題は、形ではなく、抑圧された気持ち、満たされない感情、偽りの思いなどなどがあるかどうかだと思います。 結婚していて不倫をしていなくても、自分を偽り、愛がなければそっちのほうが問題でしょう。私たちのいわゆる「常識」とか「道徳観念」は、形ばかりにこだわり、本質を見逃し気味です。大切なのは、そこに愛があるかどうかですね。自分の気持ちを偽らないのは、自分への愛です。私たちが目指すところは、無条件の愛だとはあちこちで書いてありますね。無条件の愛という言葉は、文字通り条件が無いということです。絶対的な愛です。誰が何をやっていても、またはしていなくても、100%愛される神の愛です。しかし、例えば、不倫としている人はダメで、していない人はOKというのは、見事な条件愛ですね。で、神様はもちろんそんな条件愛で私たちを見ませんので、やっぱり、みんな100%愛されています。(真剣に考えれば、ほんとうにありがたいですね。)また、一見よさげなこと、たとえば、彼には正直であって欲しい、自分が愛するように同じように愛して欲しい、といったことも条件愛です。~~であって欲しいというのは、みんな条件愛です。無条件の愛とは、相手が自分が思うように振舞ってくれなくても、または自分を愛してくれなくても、ありのまま受け入れ、その人を愛したときにはじめて無条件の愛となります。難しいですよ~。ちょっと話がずれました。つまり、あれが良くて、あれは悪いと考えると、どうしても条件の世界から抜け出せません。そして、多くの人が正しいほうを選ばなければと思い、混乱してしまったりします。でも、愛はどこにある?と考えれば、善悪を超えた視点でものごとが見えてくるでしょう。無条件の愛を実践するということは、ですから、そういった良し悪しを超えたところの視線を持たないといけませんね。(これももちろん簡単ではないです。日々難しさを感じています。)でも、条件愛にどっぷりつかっている自分をまるごと受け入れれば、無条件の愛になりますね。(*^。^*)次回は、少し流れを変えて、ヒーリングのお話をしたいなと思います。今回も、宜しければこちらをクリックしてください。いつも本当にありがとうございます!!↓人気Blogランキングへセミナー申し込みフォーム←こちらをクリック
2006年12月01日
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