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昨日明らかになった中国製餃子による薬物中毒事件が、果てしもない広がりを見せている。 日本の各企業は、製造元である天洋食品の絡んでいるものは洗いざらい自主回収する勢いである。 回収対象として発表された商品は、民間向けのものに限っても、既に20種類をゆうに超えている。 ある新聞によれば、昨年だけでも問題の天洋から、日本の19の会社が4000トンもの食品を輸入しているというのです。 しかも味の素・マルハ・グリコといった大手メーカーが出している商品の原料にも、この天洋の商品が使われているとのことで、かなり衝撃的なことです。 少し考えてみれば分かることなのですが・・・何も危ないのは「中国製」だけではなく、「中国産」の原料を基に製造された日本製だって危ないのかもしれません。 一次原料はともかく、半製品として、又は加工済み原料として輸入される二次原料には、相当程度怪しいものが混ざっている危険性があるのかもしれませんね。 そう考えて行くと、例えばウーロン茶なども「本当に大丈夫なの?」と疑ってしまいます。 この際中国製を取り扱っている企業は、少なくとも自らがそれを日本市場に出している商品については、きちんと検査をする体制を作ってほしいと思う。 そしてもし、そのような検査はコストの問題で不可能だと言うのなら、いっそうのこと潔く中国製品の使用をやめたらどうだろうか。 この諸物価高騰の折、本来なら少しでも安いものを買い求めたいと思うのは山々ですが、今回の「中毒」に至っては、我々消費者も「金で命は買えない」ということになって、中国製忌避に走ると思うのです。 各企業も回収費用やブランドイメージの失墜や顧客の喪失などのリスクを考えれば、やはり中国製品の使用には二の足を踏む感じになるのではないでしょうか? 今回は今のところ死者も重度後遺障害も発生していないのが幸いですが、このまま無定見・無思料に中国製を使い続けるなら、きっとそのうち重大・深刻な大事件・大惨事を引き起こしかねないと感じます。 BSEも怖いし、それへの対策も大事ですが、今回の如き有機リン系毒物が混入しているなど言う食品の輸出は、仮にそれが故意でも認識ある不作為でもなかったとしても、やはり絶対に許されるものではないでありましょう。 ところで・・・我が国のこの問題を管轄するのは・・・厚生労働省?経済産業省?農林水産省?外務省?・・・訳が分かりませんね。 もしかすると我が国の役人の世界も、危機管理の点からみると、かなりアブナイのかもしれませんね。
2008年01月31日
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中国の天洋食品が製造しJTの子会社やカトキチが輸入した食品に薬物が混入していた。 食べた千葉県や兵庫県の人達のうち、5歳の子供が一時期意識不明の状態に陥ったという。 今回混入していたのは、中国国内でも使用や流通が禁止されている、かなり毒性の高い薬物のようです。 結局のところ、中国と言う文化の中に「安全」等と言う概念が全く存在しないのではないでしょうか。 確かに日本でも偽装問題が社会問題になっていますが、それでも日本の場合は「偽装」であって「毒物混入」ではありません。 中国では、野菜には有毒な農薬が残留しているのが当たり前だと言わんばかりに、そうした薬物を洗い流せることを売り文句にした、野菜などを洗うための合成洗剤までもが堂々と店頭に並んでいるそうです。 中国は世界に毒を撒き散らし、自国民をも搾取抑圧し、一部の利権集団と国家の為にだけ数億の民を苦しめつつ、かつ地球全人類にとっても非常に危険な存在になりつつあるように思います。 我が家でも、こと食品に関しては「中国製」を注意深く選択から外すようにしているようです。 さすがに衣料品などの日用品全般については、中国製を外したなら殆ど選択肢が残らないようなカテゴリーも多く、なかなか徹底できるものではありません。 イデオロギーや経済的利害関係に発する不買運動なら、そのうちに熱も冷めてしまうかもしれませんが、我が身の命に関わるとなれば、これはもう理屈抜きに絶対的な「不買」に繋がって行くのは自明です。 政府高官が如何にきれいごとを並べたてようとも、現実にこうした問題が後を絶たなければ、いずれ中国製品は全世界から駆逐されることになる。 中国は大きな人口を抱えている割には、貧富の格差が大きく、かつ貧困層が圧倒的多数を占めるために、国内における消費力(購入力)は決して高くなく、つまりは輸出に頼らざるを得ないのです。 こうした経済構造にあるにもかかわらず、本当に中国製品の輸出にストップがかかれば・・・間違いなく中国経済は破綻の潮目を迎えることになるでしょう。 そうなればそうなったで、中国の経済的混乱は、これ又全世界の経済に混迷をもたらすでありましょう。 今や中国は全人類共通の「困った」奴になり下がろうとしているのでしょう。 それにしても・・・この問題に対する福田首相のインタビュー、まるで他人事のような言い方で・・・この人のことも全く信頼も信用もできない感じがします。
2008年01月30日
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霊能力者江原啓之氏の身辺が騒々しい。 フジテレビの放送した番組(私は観ていません)を巡って、放送倫理番組向上機構が苦言を呈したのがきっかけのようです。 放送倫理機構に提訴した、番組で取り上げられた女性は「望まないカウンセリングで」ショックを受けたという。 放送倫理機構は「人格を冒涜する」とまで、かなり強い口調で非難しています。 私はこの騒動を通じ、そしてこれまでの江原氏の歩みを振り返りつつ、ふと「カウンセリング」って、そもそもなんなんだろうか?と考えてしまいました。 広辞苑によれば「個人の持つ悩みや問題を解決するため、助言を与えること。(中略)身の上相談」と書かれています。 このカウンセリングには様々なアプローチの方法がありますが、一般的には臨床心理学や精神医学に基づくそれを「カウンセリング」と呼ぶのです。 しかし、誰もが臨床心理学士や精神医科医であるわけではありませんし、ごく一般人も「相談」に「乗る」行為は、頻繁に行われています。 私も人材開発部門に身を置く人間として、仕事の中で頻繁に相談を受け、かつ示唆を与えたり導いたりといったコーチングを行っていますし、日常的に親として、夫として、息子として、友人として、様々な立場で様々な人と相談を受けたり相談を持ちかけたりしています。 では江原氏の「スピリチュアル」カウンセリングって、どんなカウンセリングなのでしょうか? カウンセリングの究極の目的は、相談者の悩みや問題の解決または解消なのだと、私は考えています。 この定義が正しければ、スピリチュアルな手法で相談者の悩みや問題を解決したり解消したりする行為、だと言えるのでしょう。 ところで「スピリチュアル」って何? 語源である「スピリット」は霊や精神を指す言葉で、キリスト教世界の宗教用語が出自のようです。 ですからスピリチュアル・カウンセリングとは、霊や精神の世界からアプローチして、相談者の悩みや問題の解決や解消を図るため相談に応じる行為、と定義されます。 今回提訴女性が「望まない」のに行われたとしている点は、この定義に照らしても非常に重要なポイントです。 相談とは相談者から能動的にアクションを起こして初めて開始される、相談者と被相談者との間での双方向でのコミュニケーションを前提とするからです。 相談してもいないのに、勝手に四の五のと蘊蓄を垂れられるのは、極言すれば「余計な御世話」に過ぎないのであり、その内容如何によっては、確かに機構が口を極めるがごとく「人格への冒涜」ともなりかねないでしょう。 そもそも、カウンセリングと言うものは科学的な治験に基づく検証可能な行為でなければ、非常に危険な行為になると思うのです。 前世のことや、ご先祖様のことなどが「全く無意味」だと言うつもりはありませんし、私も時としてそのような思いが胸に去来することがあるのも事実です。 しかし時として他者の人生に踏み込むことをも不可避とするカウンセリングにおいて、霊とか精神とかといった形而上的な世界観から相談に乗ることは、本当に危険が無いのか?とても難しい問題でもあるように思うのです。 一方違う観点から考えると、カウンセリングとは本来公開の場において行われるべきものでは無いと言うことにも気づきます。 この点から、少なくともショウアップしたバラエティ形式でのカウンセリング番組は、その企画段階において既に大きな過ちを犯しているのだと考えます。 伝統的な「相談番組」は、相談者匿名が原則でした。 いつの頃からか、この本来あるべき姿さえも忘却し、視聴者を一人でも多く惹き付けることをのみ企図して、現在のこのよな番組が作られるにいたったのでしょう。 江原氏が自身の霊能力をもって相談業務を行うのは自由ですし、それを信じて相談に訪れるのも自由です。 肝心なのは「相談したい」「相談に応じます」という相互の意思の合致のもとに、原則非公開(少なくとも匿名)で行われるべきが、本来あるべきカウンセリングの姿なのではないのかと言うことです。 芸能人やタレントを相手に、合意の下行われるならばともかくも、一般市民を対象にショウアップしたカウンセリング番組などは、今すぐにでもやめるべきだと、私は思うのです。
2008年01月29日
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伊豆半島東海岸の伊東にある伊豆海洋公園で寒桜が咲きはじめたと聞き、振替休日の今日行って来ました。 あいにく曇り空でしたが、お目当ての寒桜は5分から6分咲きで、なんとも初々しい花を楽しむことができました。 園内には菜の花やアロエの花も咲いていて、その向こうには相模湾。 天気が良ければもっとキラキラした風景が楽しめるのだと思います。 これから2月上旬まで見ごろが続き、休日には三味線の生演奏もあるということです。 一足お先に!の春気分を味わうにはうってつけの場所ですね。 この寒桜、ずーっと近付いてみると・・・とても可憐で瑞々しく可愛らしいのです! 私も晴天の日にぜひもう一度訪れてみたいと思っています。 近くには名勝地「城ケ島」や、来月10日には有名な「山焼き」の行われる「大室山」など、見所いっぱいです。 お泊りには伊東地区ご自慢の伊豆高原ペンション街がお薦めです。 是非伊豆に遊びに来てくださいね。
2008年01月28日
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劇団ひとりの処女小説にして、今やミリオンセラーになんなんとするベストセラー小説の映画化。 岡田准一・宮崎あおい・伊藤淳史・塚本高史・平山あや・西田敏行・三浦友和・・・ なんとも豪華なキャスティング。 台風が接近している東京を舞台に、その一隅でそれぞれの人生を抱えながら生きている者達の群像劇である。 借金まみれで、それでもパチンコをやめられないダメ男を、あのV6のイケメン岡田が熱演。 借金取りに脅される中で「オレオレ詐欺」に手を染めるのだが、それが契機となって登場人物たちが繋がって行く・・・ 作品のテンポが少し緩すぎるように感じた。 恐らく、これだけ登場人物が多い作品だから、観る者がその頭の中を整理できるだけの時間の供給を意図して、敢えて緩い進行にしているのだろうけれど、それにしてももう少しテンポがあってもよかったと思う。 それと、所詮これだけの大人数を一本の線に結び付けるのは、元々至難の業なのであり、やはり映画として見る限り強引さを感じてしまう。 主題も「親子」に軸足があるのか「初恋」にあるのか、判然としないところがあり、今一つ深く感情移入しきれない感も否めない。 登場人物各々のエピソードは、それぞれに感動的であり、感慨も持てるだけに、全体の織り上げ方に不満が残る、とても微妙に惜しい作品だと思う。 モーゼと雷子のエピソードや、ジュピターと健一のエピソード、そしてそれらが一つの糸に繋がった、台風の夜のアパートの場面では、おもいっきり泣かされました。 因みにがっけぷちアイドルに纏わる物語は、いわばサイドストーリーなのでしょうか? どこかで本筋の物語とつながるのだと期待しながら観ていたのですが、結局は独立した別のお話だったようで・・・ 岡田准一の今までにないキャラや、相変わらず「スクリーンに愛された女優」である宮崎あおいや、西田敏行と三浦友和の大向こうをもうならす名演技と、そうした出演陣の各個性と演技の妙を楽しむ向きには、十分の力量を発揮している作品だと思う。 台風一過の朝日が全ての人の上に等しく降り注ぐラストは、「陰日向」というタイトルに込められた想いの全てが凝縮されているのだと感じました。
2008年01月27日
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山田洋次監督・吉永小百合主演。日本が日中戦争から太平洋戦争へと突き進んで行った暗黒の時代を舞台とした作品です。 原作は黒澤明監督のスタッフを務めていた、野上照代さんが自身の体験を綴ったノンフィクション。 時は昭和15年。日本は支那事変を切っ掛けに対中戦争へと踏み込み、その戦争が泥沼化していた時期。 ドイツ語学者の野上滋と妻の佳代、その間には初子と照美の二人の娘がいて、家族4人つましくも暖かな暮らしの中にいた・・・ 原作によれば、滋氏は唯物史観に関する研究を行っていたようで、滅私奉公・国を挙げての軍国主義時代にあっては、許されざる思想犯罪人と指弾された。 家族同士が父(とう)べえ・母(かあ)べえと呼び合うような、仲睦まじい家族を引き裂いたのは、治安維持法違反による滋の検挙だった。 物語は拘置所から留置所へと移りながら、拘束と転向強要を受け続ける滋、その留守宅を必死に守って行く佳代、そして二人の娘たちを軸に進んで行く。 滋の教え子の山崎は、野上一家を必死に支えようとし、滋の妹久子も、佳代の叔父も、それぞれに佳代たちに手を差し伸べて行く。 この作品は山田洋次監督が「時代劇三部作」を撮り終えた後の、最初の作品であり、ある意味で山田監督の転機を形成することが予見されていた作品でもある。 この作品を観て、私は山田監督が「初めて100%自分の意思を貫いた作品を撮り始めた」映画なのではないかと感じました。 商業ベースの思惑も、内野や外野からの様々な批評や批判にも、恐らく一切たじろぐことなく、自らの信念に基づいて撮り下ろした作品なのだと感じました。 出演者たちの演技も瞠目するばかりです。 筆頭は吉永小百合。 私はさすがに初期作品はリアルでは体験していませんが、映画「華の乱」やテレビドラマ「夢千代日記」等で、彼女の凄さに惚れて以降、映画のデビュー作「朝を呼ぶ口笛」から全作品を追体験してきました。 彼女の演技は「動乱」あたりから徐々に変化して行き、それまでの「少女」「乙女」の延長から「耐え支える女性像」の見事な体現者となって行きました。 この作品は、そんな彼女の女優人生での、ある一つの到達点を示す位置を占めるのかもしれません。 特に針仕事をしながら娘たちと会話を交わすあたり、或いは面会で夫の着替えを手伝いながら、その着衣の放つ悪臭に咽び泣く場面など、この一作品だけでも枚挙にいとまがないほど、数多くの名場面を演じ切って見せてくれています。 「武士の一分」から引き続いての山田作品となった、滋役の坂東三津五郎と檀れい。 滋が、今は自分を訴追する側に立っている、元教え子の検事と対峙する場面や、佳代が初めて山崎を伴って面会に訪れた時の場面など、鬼気迫るとはこういうことを指すのだと、そう教えてくれるような演技でした。 檀れいは「武士の一分」での和服姿も良かったけれど、つつましげな洋服姿も可憐で美しい。 二人の娘を演じた二人の「未来」、即ち志田未来と佐藤未来の二人の演技にもびっくりです。 志田は「14歳の母」で有名になりましたが、私は「椿山課長の7日間」での彼女の演技に泣かされた一人で、今後益々期待している若手女優です。 この映画のラストには賛否両論のようですが・・・ 私はこのラストがあってこその作品だと思う。 滋は獄中死・山崎は戦死・久子は原爆症で死去・叔父も戦後の混乱の中で野垂れ死に。 それらこれの全てを、結局は「赦す」ことも「清算する」ことも、或いは又「受け入れる」ことすらも出来なかったのであり、それこそがあの時代を生きて来た全ての人々の真実なのだと思うのです。 佳代が山崎の「覚悟」を叱る場面があります。 本当を口にすれば生きて行けなかった時代。だからこそ今全ての虚飾も建前もかなぐり捨てて、その思いのままの言葉で人生の最後を飾ったのだと思うのです。 反戦とは、右でも左でも無く、西も東も北も南も関係ない。 反戦とは、飾りなく、建前もなく、只真実共に生きて行きたいと願う心そのものなのだと、静かに、実に静かにこの作品は語りかけてくれます。 相変わらず山田作品らしく、見事な季節感の表現も秀逸で、特にライティングとフィルターワークには脱帽です。 是非家族でご覧頂きたい作品です。
2008年01月26日
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一昨年に秋田県で起きた児童連続殺害事件の畠山被告に対する論告求刑が、今日秋田地方裁判所で行われました。 求刑内容は「死刑」 余りにも当たり前に思える死刑の求刑であり、この事件について思うとき、改めて死刑制度の意義に思いを致し、その存続に与せざるを得ないとの想いを新たにします。 最初は、一人娘を事故で亡くした「悲劇の母親」だった。 やがて近所の男の子が他殺死体で発見されて・・・ 米山豪憲君の殺害事実から、やがてわが娘畠山彩香ちゃんの殺害事実まで露見するや「そんな母親がいるのか?」と、全国民を驚愕させました。 群がるマスコミに悪態をつき、水を掛けながら凄む彼女の瞳は、逮捕前の時点で既に常軌を逸した狂気の光を宿していたのを、今でもはっきり覚えています。 母親に冷たい川へと突き落とされて落命した彩香ちゃん。 全く訳のわからない動機の巻き添えとなって殺害された豪憲君。 幼い二人の無念さや、そのあるべきはずであった「未来」に想いを致す時、やはりこの事件の被告は万死に値する、即ち極刑に値する鬼畜なのだと思います。 判決言い渡しは3月19日。 最初の事件から2年弱での判決で、刑事裁判の長期化が問題視されている中での、かなり頑張った短期間結審だったのではないでしょうか。
2008年01月25日
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昨年一年間の販売台数で、トヨタがアメリカのGMを抜いて世界一になるのかが注目されていた。 結果は僅かに3千台余りの差で、トヨタは世界一に届きませんでした。 確かに自動車産業の世界にあって、GMは全世界的なガリバー的存在であり、そのGMを抜いて世界一になると言うのは快挙に他なりません。 しかしながら数字とは厳然たる事実を示すものであり、極めて冷静かつ冷徹ですね。 今回のこの件で気になるのは、トップを取れなかったトヨタのことではなく、フライング気味に「トヨタトップ」を速報し、結果的に大誤報をしでかしたNHKです。 NHKは23日午後11時頃に「トヨタ2007年販売台数、米GMを抜き世界一に」というニュース速報をテロップで流してしまったのです。 GMが、2007年の販売台数を発表したのは、日本時間23日午後11時頃でした。 発表された販売台数は9369524台でした。 一方トヨタは・・・1月10日に速報で937万台と発表していました。 確かにこの二つの数字を比べれば、トヨタがGMを追い抜いてトップに立ったと読めます。 ところがこのトヨタの数字、実は「千台単位を四捨五入したもの」だったのです。 実際の数字は9366418台であり、僅か3006台の差ではありますが、2位であることには変わりありません。 株の動向に直結するような情報には敏感なはずの(?)天下のNHKが、何とも無様なフライング誤報ですね。 報道機関としての基本がどこかに行ってしまっているのではないでしょうか? さて、注目のトヨタですが・・・本年はどうなるのでしょうか?
2008年01月24日
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今日未明(午前1時頃)東京都江戸川区で起きた乗用車の自爆事故に飲酒運転の疑いがあることがわかった。 そもそもこの事故、乗車定員を上回る7人が乗車しており、しかもかなりのスピードで路肩の街路樹に正面衝突している。 乗っていたのは同じマンションに住む2家族だと言う。 恐らく家族ぐるみでのお付き合いで、とても仲の良い家族同士だったのでしょう。 一行は日付が変わった頃まで、ファミリーレストランで会食をしていて、そこからの帰途だったようです。 仲良し家族同士での会食。さぞかし楽しいひと時だったのでしょう。 その楽しい時間も、一瞬にして暗転させてしまうところに、こうした事故の怖さがあります。 運転していた男性と、違う家族の長女・長男の3名が死亡。他の同乗者も大怪我をしているらしい。 亡くなった子供たちは、中学生の女の子と小学生の男の子だそうで、この構成は我が家と全く同じであり、その二人を一度に亡くすとは、何とも痛ましい事故で、胸が締め付けられるような感じです。 しかし、同乗者の証言で、どうやら運転者は飲酒していたらしいと言うのです。 一緒にファミレスで会食していたのですから(恐らく同じテーブルを囲んでいたのでしょう)運転者が飲酒していたかどうかはわかっていたはずではないでしょうか? わかっていたとしたなら、運転者は勿論ですが同乗者も、如何にも軽率であり、飲酒運転の共犯と言われても仕方がないのではないでしょうか。 結果夫や我が子を失い、自分自身も重傷を負い・・・ これでまだ歩行者や対向車など、他者を巻き込まずに済んだから「不幸中の幸い」ですが、一歩間違えればもっと凄惨な大惨事になるところです。 まだ小さな子供をつれて、深夜までファミレスで会食・・・この点も気になります。 私も仕事で遅くなり、会社を出るのが午前様になったときには、帰途ファミレス等で夕食をとって帰ることがあります。 そうした深夜の時間帯でありながら、確かにいつも何組かの子供連れがいるように思います。 個人的な考えでは、そうした時間帯に幼い子供を外食に連れまわす姿は、それが真にやむを得ない事情が無い限り、極力避けるべき好ましくない姿だと思うのです。 午前一時。深夜までの会食と、定員オーバーと、そして飲酒運転の果てに待っていたものは・・・ この事故においても、やはり責任は大人達にあり、被害者は子供達なのだと思う。 この国の大人たちは、懲りもせず愚行に走り、そして人生を決定的に狂わせる悲劇を、自らの手で手繰り寄せ続けている。
2008年01月23日
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エジプト考古学者にして、テレビ等でも御馴染である吉村作治氏を看板とする、サイバー大学が大問題に直面している。 サイバー大学は、全ての講義をインターネットを通じたウェブ上で受講する、これまでに無い全く新しい形態の大学です。 設置されているのはIT総合学部と世界遺産学部の2学部です。 ウェブ上での受講と言う形態の狙いは「教育における地域間格差の解消」であり、全国(或いは全世界?)どこにいても、インターネット接続環境さえあれば、誰でも受講可能であり、物理的制約から解き放たれることになります。 類似の発想としては放送大学があります。 故にこうした試み自体は決して問題があるとは言えず、確かにどんな地域に住んでいても、その故郷の自宅に居ながらにして大学教育が受けられるのですから、その狙い自体は悪くないと感じます。 ところが今回文部科学省から指摘されたのは「ウェブで受講している人間が本当に受講生(在学生)であるのかについて、確認をしていなかったという点です。 言うまでもなく学びとは一身専属のものであり、その学びを前提として授与される学位も又しかり。 本当にその人が受講していたのかについての確認が取れなければ、この前提が崩れてしまいます。 既に時効だから書けますが、私自身大学時代(法学部生でした)を思い起こすと・・・結構「代返(本人が出席していないのに他の誰かが代わって出席点呼の時に返事をすること)」を友人同士で「活用」していました。 実際にキャンパスへと通学する普通の大学でも、特に文系学部の大教室で行われる授業などではこのありさまなのです。 ウェブの場合、アクセス履歴は把握できても、それが本当に本人なのかを確認するのは困難です。 更に言えば・・・例えばパソコンを立ち上げ、大学にアクセスして受講を開始したのち、そのパソコンの前で居眠りをしていようが、携帯でしゃべっていようが、はたまたテレビを見ていようが、それは全く把握できないのです。 大学教育における地域間格差をなくしたい! これが大学設置者の熱き思いであり、理想なのでありましょう。 一方本当に学習の実が上がっているのか?少なくとも受講者の同一性を担保できるのか?と懐疑的に詮索するのが文部科学省の現実なのです。 肝心な受講生たちはどうでしょうか? もし設置者達の理想に共鳴し、つまり向学心に燃え、漸くその実現の場を得たと考えている受講生ならば、恐らくどの普通の大学の学生よりも熱心な学び手であるのではないでしょうか。 でも、もし受講生の目的が「学位」や「大卒」と言う結果的肩書きに集中しているのならば、多分「いかにして怠けるか」を考えるでありましょう。 自らの理想に燃えて取り組んでいる設置者達は「性善説」で受講生を見守り、管理監督官庁の文部科学省は「性悪説」で猜疑の眼を向けてくる・・・ つまりは学び手自身の問題に帰結するのですが・・・ いずれにしても、昨年春に開校したばかりのサイバー大学ですが、この問題をクリアできないと、最悪の場合存続自体が危うくなります。 エジプトで輝かしい世界的成果を挙げている吉村氏に、理想をしっかりと果たしうる、現実的な運営手腕の獲得と実行を期待したいと思います。 因みに・・・世界遺産学部って、私もなんだか興味を惹かれるのですが・・・
2008年01月22日
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今日は二十四節季の一つ「大寒」でした。その名にふさわしい、本当に寒い一日でした。 我が静岡県は太平洋に面した温暖な地域なのですが、その静岡県でも各地で雪が降りました。 県東部では富士山麓の御殿場市や富士宮市ならば雪も珍しくはないのですが、今日は平野部である沼津市でも雪混じりの寒い雨でした。 全国各地からも寒波や低気温にまつわる話題が満載です。 一方ニュースの世界でも、三田佳子の二男への求刑・東京福祉大学長の強制わいせつ罪での逮捕・全国で初めての高齢者虐待防止法での逮捕・国会で始まった代表質問の内容・下げ止まらない東京市場の株価等々 なんともお寒い話題ばかりです。 一方で梅が咲きはじめた話題もちらほらと・・・ 大寒になると、「寒」は極まったのであり、これからは春へと向かい始めると言うことでもあります。 次の二十四節季は立春で、あと2週ほど先のことです。 まさに冬来たりなば春遠からじ、ですね。 それにしてもぐずぐずした天気が続いていてウンザリです。 太平洋側の冬は、もっとスカッと晴れて「放射冷却」とやらでうんと寒くなるのが普通なのですが、このところ曇りや雨ばかりです。 立春・節分を過ぎたら・・・娘のお雛様を出して、梅や河津桜を楽しみに出かけて・・・春はもうすぐそこに・・・ テレビや新聞などでは必ず取り上げられる「二十四節季」は、現代の私達が季節感を取り戻し、再確認するための良きガイドラインになります。 今日は「大寒」。寒ここに極まれし日、これより日の長くなるの効を得て春に向かうなり。
2008年01月21日
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大河ドラマも第3回。早いもので1月も終盤に差し掛かっています。 今年の大河は「知られざる物語」パターンで、つまり誰もが知っているような英雄が主役ではありません。 このパターンの大河ドラマには意外と傑作が多いと感じており、それもあってとても期待して観ています。 さて、第3回のテーマは「誇り」でした。 誇りは「自負」や「矜持」の土台となる感情であり、信念に基づいた行動の基礎となるものですね。 強き人の誇りを傷つけることなどできない、傷つけたと思うのは思いあがりである・・・ 人の心を傷つけるのは、実はその人自身の心によるのであり、故に強き人は自らを傷つけるような弱さを持たないのだから、決して傷つくことはない。 人生の根幹に触れる教えであるように感じます。 今回のタイトルは「薩摩分裂」でしたが、ドラマとして冷静に見ると、このタイトルに相応しい対決図式の際立たせ方が足りなかったように感じます。 大久保や西郷達と斉彬自身、つまりは斉彬側の描写がほとんどで、対立側の描き方が足りなかったためだと感じます。 その後の薩摩藩の思想潮流の源流域にあたる部分で、何故そうした思想を核とする一派が主流を占めて行くことになるのかを理解する上でも、もうすこし丁寧に描いてくれてもよかったと感じます。 閑話休題。堺雅人の演技は益々ヒートアップ。 暗愚は装いなのか?それとも時として本心に復することのある心神耗弱だったのか? もはや確かめる術のないことですが・・・やがて篤姫の夫となる大事な役回りでもあり、かなり気合が入っている感じです。 今回初登場の松坂慶子は幾つになっても艶やかですね。 この人は記憶が正しければ「国盗り物語」で高橋英樹と夫婦役、つまり信長の正室濃姫をやっていました。 今回のドラマでは、後に篤姫の教育係となり、大奥へも共に入る役柄で、これも又かなり重要な役回りですね。 いよいよ次回は於一と斉彬との対面です。 歴史の胎動が始まるのです。
2008年01月20日
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今日から大学センター試験が始まり、いよいよ受験シーズンの到来ですね。 例年雪の影響が心配されるこの試験ですが、取り敢えず今日は雪の影響はあまり受けなかったようです。 少子化の影響で、全体での競争倍率は過去最低の3.0倍だそうで、共通一次試験初期世代の私たちからすれば、なんとも羨ましい様な数字です。 それでも大学受験につきものの「悲喜こもごも」は、今も昔も変わらないようでして・・・ もっとも私も他人事のようにばかり言っていられないのは、今度は娘がそう言う時期に着々と向かっているのです。 春からは娘も中学三年生。いよいよ高校受験生になる訳で、三年後には・・・三年なんてあっと言う間ですからね。 自分が受験生だった時のことを(遥か昔のことですが)思い起こしつつ、やはり受験生の皆さんにはエールを送りたい気持ちでいっぱいになります。 受験は一里塚なのだと思う。 岐路であるとの考え方もあるけれど、私は人生の各段階に自らの手で刻み込んで行く、人生行路の証としての一里塚なのだと思うのです。 その上で、できることなら望む結果を手に入れたことを、その一里塚に刻みこんで、次なる目的地を目指せたなら、これに勝る喜びはないのだと思う。 日本の受験は寒冷な時期に行われます。 受験生の諸君には、是非万全な体調で臨んでもらえるよう留意して欲しいと願います。 それにしても、今年もまた英語の聞き取りテスト用のICレコーダーの不具合で、音声が聞き取りにくいなどのトラブルが発生したと報じられています。 新方式導入初年度の予期せぬトラブルと言うのであれば、まだ許せもできますが、こう何年も同じトラブルを引き起こすようでは、もう許せない気になります。 試験する側に学習能力も改善能力もないようであれば、受験生が気の毒と言うほかはありません。 さて、他の科目は大丈夫なのかな? 試験は明日も続きますね。 受験生の皆さん頑張ってください!
2008年01月19日
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宮内庁が考古学協会に対して、神功皇后陵における調査を認めたという報道がなされました。 宮内庁が陵墓の調査を認めたのは、これが初めてで、画期的なニュースだと言えます。 陵墓とは、歴代の天皇・皇后・皇太后が埋葬されている場所を「陵」、それ以外の皇族の埋葬されている場所を「墓」と定義した上で、宮内庁が指定している墳墓地のことを指します。 直近でいえば昭和天皇陵は「陵」なのです。 そして宮内庁はこれまで、皇室の墳墓地を「暴く」ような「調査」を「安寧と静謐を守るため」一切認めてきませんでした。 確かに自分の家のお墓を掘り返されたり、その内部を写真に撮られたり、或いはその埋葬品を取り出されたりすることは、「市民感情」からも好ましいものではありません。 しかし皇室の陵墓となると、意味合いは大きく変わるようにも思います。 特に古代古墳時代のそれは、ある一族の墳墓であると同時に、我が国の、我が国民共通の歴史的財産だと思うのです。 文字による記録が豊富になる大和政権から奈良時代あたり以降であればまだしも、そうした文字情報の希少な古代文明時代の歴史探究においては、考古学的手法による発掘調査こそがほとんど唯一の手法なのです。 開化天皇より前の天皇については、いまだに実在なのか、記紀伝承上の存在なのかについての決着がついていません。 現在私達が神武天皇陵として見ている墳丘は、宮内庁が「これが神武天皇陵である」と「比定(ひてい~同質なものが無い場合、他の類似のものとくらべて、それがどういうものかと定めること)」しているのに過ぎないのです。 日本の考古学が必ずといってぶつかる壁が、この宮内庁による調査拒否だったのです。 今回初めて考古学協会に対して許された調査は、1段目の平らな部分のみの立ち入りで、撮影はOKだけれど発掘はダメなのだそうです。 それでも協会は「大きな第一歩」とコメントしています。 この一歩が、本当に最初の一歩となり、今後もっともっと積極的な調査・発掘が進んで行くことが、結局は我が国の歴史学や、延いては我が日本人の歴史観や愛国心にも関わって行く大切なことなのではないでしょうか。 かつてエジプトを旅し、ピラミッドや王家の墓やアブシンベルを巡ったとき、その学術的発掘成果に裏打ちされた歴史的事実の重さに、まさに打ちのめされたような気持ちになったのを思い出します。 昨年秋明日香を旅した折、これが神武陵だと墳丘を見上げても、それが本当にそうなのかとの疑念を知識として持ちながらでは、正直なところさほどの感慨もわきませんでした。 むしろ蘇我馬子の墳墓かと言われている石舞台古墳の方が、何ともいえぬ味わいを感じさせてくれたものです。 宮内庁は考え方を改めるべきではないのか? 陵墓とは、否古墳とは一体誰のものなのであるのかについて、今一度本気で考えなおしてもらいたいと思う。 墳墓調査について、心情的に宥恕可能であるかどうかを、もし本気で問うのであれば、その可否を問う相手は宮内庁ではなく、皇室の皆様であり、終局的には現当主たる天皇陛下なのではないのか? せめて前史時代である考古学的調査については、是非とももっと前向きに考えて頂きたいと思う。
2008年01月18日
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阪神淡路大震災から13年。 神戸中心街にその痕跡を探すのは難しくなっている。 しかしこの間にも日本各地は大きな地震に見舞われ、激甚な被害に晒されてきている。 13年前の災害の教訓から、旧建築基準法時代に建築された家屋や、老朽化した家屋に対する耐震補強工事又は建て替えが急務だと指摘されてきた。 多くの自治体では補助金制度も作って促進をはかってきた。 しかし同時に、この13年間で我が国には厳然たる経済格差が蔓延り、そして根付いてしまっている。 お金を用意できない人は、大地震に襲われたとき、その老朽化した家屋の倒壊と共に命を奪われる他はない・・・ 補助制度も、それを利用してもなお必要となる自己負担部分のお金を用意できない世帯や人にとっては何の意味もない制度なのだ。 老朽化した家屋や耐震化補強のされていない家屋が如何に危険であるのかは、昨年の能登半島沖地震や中越地震でも繰り返し証明されている。 もし大地震に襲われたなら、死の蓋然性が極めて高い環境下に暮らす人々は1000万人とも2000万人とも推計されている。 我が国に存在する住宅の、実に25%(4軒に1軒)が危険な状態にあり、人口に対して20%近くの人の生命が危険に晒されたままなのです。 学校の耐震化工事も遅々として進んでいない。 一体国や地方自治体は、この13年間何をやってきたと言うのか? 貧しいものは死ねと、死んでも構わないと、まるでそう言っているような、そんな国になってしまったように思う。 我が静岡県は東海地震発生想定域の真ん中にあります。 この静岡県では、他県よりはかなり条件の良い補助制度がありますが、それでもこの2年ほどは利用が進まなくなってしまっています。 例えば・・・我が県は今来春開港を目指しての静岡空港の建設が佳境に入っているけれど、私の考えでは「空港など必要ないから、その分耐震化促進にお金を回したらどうか」と思うのです。 国も自治体も、政策の優先順位を全く見誤ったまま政治のかじ取りをしている。 それは多分、彼らに明確なビジョンと信念が無く、それらに基づいた政治が行われていないからなのだと思う。 国家とは「領土」「国民」が存立基盤なのに、今の我が国は国民の命を余りにもないがしろにしすぎていると思う。 13年前。あの日1歳になったばかりで、やっと片言のおしゃべりを始めていたわが娘も、今では中学生です。 これだけの歳月をかけて、一体どれほどの「教訓」が活かされ、どれほどの「改善」が実現できたと言うのだろうか? 我が国は国民の命を守る気など全く無い国なのかもしれない。 この日が来るたびに私はそんなことを考えてしまいます。
2008年01月17日
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春の高校選抜野球の入場行進曲がコブクロの「蕾」に決まりました。 亡き母を想いながらつくられたこの歌は、テレビ版の「東京タワー」の主題歌にも使われ、昨年一年を通じて売れ続け、遂には年末の日本レコード大賞も受賞しました。 選抜の入場行進曲は、例えば昨年の「宙船」や近年の「青春アミーゴ」「世界に一つだけの花」など、その前年に広く愛され、かつ若者の夢舞台に相応しい曲が選ばれてきています。 その系譜からすれば、この「蕾」はかなりカラーの異なる選曲だと感じます。 曲想からして「行進曲になるのかな?」と、余計な心配をしてしまいます。 昨年一年間を通じて多くの人々に愛されたこの曲が、その意外性を纏いつつ夢舞台を飾るのは、今から待ち遠しく感じるような楽しみでもあります。 きっとプロの編曲者が腕によりをかけて、あのバラードの名曲を素晴らしい行進曲へと衣替えさせてくれるのでしょうね。 高校野球に打ち込む若者たちにとっても、この「蕾」のテーマは深く静かに染みて行くものなのだと思う。 彼らのグランドでの活躍の陰には、ご両親を始めとした、多くの方々の支援や声援があればこそなのですから・・・ なんだかんだと言いつつも、男の子(何歳になっても親から見れば男の子です)にとって母親と言うのは特別な存在であり、終局の故郷なのだと思うのです。 帰る胸を亡くしたとき、男の子は本当の意味で男になるのかもしれません。 大事な人に見て欲しい瞬間がある。 見つめていて欲しいと思う人が、そう思う瞬間にそこにいてくれる幸福を、若者たちは改めて噛みしめながら夢舞台の土を踏むのかもしれません。 この曲を選んだのは・・・凄いファインプレーだと思う。 春が待ち遠しい・・・
2008年01月16日
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上がって嬉しいものもあれば、逆に下がって嬉しいものもある。 どうも最近は全てにおいて逆の現象が続いているように思う。 株価が連日下がっている。 年初の発会以来、傾向は明らかに続落で、中長期的な下落傾向がはっきりとしてきているように読めます。 私は株をやっていませんので、直接的な損害は関係ありませんが、株価の低迷は巡り巡って私達に跳ね返って来ますから、やはり気になります。 内閣支持率も下がり続けています。 私自身同じ思いですから、この続落傾向には納得ですし、こちらはもうどうでもいい様な気分になっていますが・・・ 興味の中心はもはや解散の「時期」だけですものね・・・ 一方ガソリンに代表される諸物価の値上がりは・・・これは本当にたまりません。 給料は上がらない。社会保障関連負担は増加。原油高に起因する諸物価の高騰が追い打ちをかけ・・・この上増税などされたなら、本当にたまったものではありません。 かつて「総中流」と呼ばれたこの国ですが、このまま行ったなら「総貧乏」へと逆戻りになってしまいそうです。 世界第二位だった国民一人当たりのGDPは大きく後退して、いまや「後進国」は「新興国」となって我が国を凌駕し、その中で我が国の政治は無為無職な無能ぶり。 原油が上がれば、アメリカ経済が揺らいだなら、ひとたまりもない様な脆弱さしか持ち合わせていない、それが日本です。 なのに何もまともな仕事をしようとしていないように見える内閣が、国民からの支持を得られるはずもないでしょう。 とにかくも・・・ガソリンの高騰は何とかして欲しい。 道路特定財源の暫定税率に関しては、本当に真剣に議論し、国民はっきりと分かるように説明するべきであり、せめて例えば1リットルあたり1円でも2円でもよいから、相当分の「減税(暫定税率の縮減)」を速やかに実施してもらいたい。 もし1リットルあたり1円の減税は、内閣支持率を1%向上させるくらいの効果があるかもしれません。
2008年01月15日
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久々の午前様になってしまいました。 疲れるしお腹はすくし・・・ これから3月末まで、しばしばこんな日が出ます。 さすがに今日は何かをテーマにブログを書き込む気力がありませんですわ・・・ 新聞もろくに読んでいないし、考えてみたら・・・今日はニュースさえも見ていないぞ! とにかく早く寝なければ。 明日も明後日も、その次の日も・・・やれ接待だ、やれ出張だと、とにかくそう言う訳で今日は早く寝ます。 皆さんおやすみなさい。 そうそう、皆さんも残業は程々にしましょうね! 午前様は良くないです。体にも家庭にも・・・
2008年01月14日
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先週スタートした今年の大河ドラマ、第2回。 今週の主役は調所広郷です。 彼は幕末の辺境の地にあって、5000万両という莫大な借財に苦しむ薩摩藩を立て直した家老です。 250年ローンと言う事実上の借金棒引きや、当時禁じられていた抜荷(密貿易)や贋金鋳造など、違法無法を承知で推し進め、幕府に露見するや全責任を被って服毒自殺しました。 その手法には否定的な見解が多く、そのもたらした結果に対して全く正反対の、いわば否定的・批判的な歴史的評価の多い人物です。 当時の日本は、江戸中期から進展していた貨幣経済による職業間の貧富格差が広まり、武士階級も経済的には最下層に近い様な有様になっていました。 職業や階級が固定された封建社会では、其々の職業や階級が本来求められている価値生産を行えることが、社会成立の前提条件です。 しかしながら天下泰平の世の中で、武士階級には統治の他には価値生産手段が無く、その収奪先は専ら農民に向けられていました。 一方都市部を中心とした貨幣経済は、特に中央において著しい進展をみせ、お米よりも貨幣の方が力を持つようになって行く・・・ 構造的にもたらされた武士階級の借財体質は、ありきたりの方策をもってしては、根本的な解決にはならない。 そのことを身をもって示したのが調所広郷だったのだと思われます。 調所を演じた平幹二朗氏の演技には、本当に引き込まれてしまいました。 平幹二朗と大河ドラマで思い出すのは「樅の木は残った」での原田甲斐役と「国盗り物語」での斉藤道三役です。 原田甲斐は有名な伊達騒動の当事者で、最後はやはり非業の死を遂げます。 斉藤道三は戦国時代に策略をもって美濃一国を我が物にしながらも、息子に攻められて長良川畔に非業の死を遂げました。 善ばかりではなく、清濁併せのむ生き様ながら、しかしいずれも信念に貫かれた壮絶な生き様を感じさせる、そんな役柄ばかりです。 今回の調所広郷役も、そんな芸歴を持つ平幹二朗氏にはうってつけの役柄だったのだと感じます。 こうした味わい深い俳優さんを、映画ではなかなか見る機会が少ないのも現在の日本映画の現状であり、むしろこうした面ではテレビドラマの方が楽しめる機会が多いいですね。 来週以降は島津斉彬の高橋英樹氏がより前面に出てきます。 高橋氏は平氏が「国盗り物語」で斉藤道三を演じたときの、その娘婿でもある織田信長を演じた役者さんです。 今年の大河ドラマ、今しばらくはこうしたベテラン俳優陣の好演にも目が離せないです。
2008年01月13日
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日本語の辞典の代名詞「広辞苑」が10年振りに改訂され、第6版として昨日発売になりました。 楽天ブックスに頼んでおいたところ、今朝宅配便で届きました。 私が最初に広辞苑を買ったのは、今から24年前。 第3版が発売になった時に初めて広辞苑を買い求め、当時卒業を控えた大学生だった私は「社会人としてのたしなみ」との思いを込めて購入したのを覚えています。 爾来四半世紀に亘って愛用してきました。 今回思い立って改訂を機会に買い替えることにしました。 真新しく分厚い辞典のページをくくりつつ、インクのにおいを嗅ぎながら、久々に何やらワクワクした気分になりました。 電子辞書も購入して、職場では便利に活用していますが、やはり自分の指先でページをめくって行く感覚が好きです。 確かに大きくて重くて、とても職場の限られたスペースに鎮座させておくことは困難ですし、まして出張鞄に入れて行くなど夢にも思えないのですが・・・ この分厚さと重さこそが広辞苑本来の命なのだとも感じます。 自宅の書斎には書籍での広辞苑。 職場や鞄には電子辞書。 折角様々な情報環境が提供されているのですから、それらを上手く使い分けるのも知恵と言うものでしょう。 さて、10年振りの全面改定となった広辞苑第6版。 発売前から「こんな言葉が収録された」とか「あの言葉の収録は見送られた」とか、様々に話題になりました。 それもこれも、つまりは広辞苑が我が国における国語辞典のスタンダードだからに他ならないでしょう。 今の学生や若い社員たちは、携帯の辞書機能で漢字を調べることはしますが、その意味を調べることはしません。 だから同音異義語等、いわゆる「ワープロ誤用」が氾濫し、時には呆れさせられ、時には爆笑させられ、そして時にはシャレにならない失敗を惹起させるのです。「言葉には意味がある」という広辞苑第6版のキャッチコピーは、この点からも今一度噛みしめなおす必要のあるコピーだと思います。 因みに私は新入社員に対して「国語辞典を持って来なさい」と入社時持産物の中の一つとして指示しています。 今春の新入社員はどんな辞典・辞書を持ってくるのか・・・これも例年の楽しみの一つです。 「いけ面」を牽いてみると「・・・俗語か」と書かれています。 俗語だと言いきらず、俗語かと半疑問的な記述になっています。 この辞書の立ち位置と言うか、編纂に対する基本的な考え方がよく表れているように感じました。 7500円で我が国最高の国語に関する叡智が手に入るのです。 置き場所に・・・少し工夫が必要ですけれど・・・
2008年01月12日
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ソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)の家庭用ゲーム機「プレイステーション3(PS3)」に関して、PS2との互換性があったPS3の旧モデルの出荷を取りやめる、と発表しました。 40Gタイプの発売と旧型機の値下げを発表した、昨年11月の時点で予想された事態ですが、本当にやってくるとは・・・ 同社は理由として「PS3のソフトが充実してきたため」と説明していますが、私達の感覚では「?」です。 逆に、PS3向けに発売したソフトを、わざわざ旧世代のPS2向けに移植し直すソフトも出てくるなど、とてもPS3のソフトが充実してきているとは思えません。 今後販売が続けられるPS3の機種は、2007年11月に発売された40GBモデルで、これはPS2とのソフト互換性がありません。 従って、今後PS2ソフトで遊びたいというユーザーは、現在出回っているPS3の旧モデルを入手するか、PS2本体を新たに購入することになります。 SCEは「今後は、PS3専用ソフトウェアのさらなる開発強化とラインアップの拡充に伴い、高品質のゲームをはじめとする次世代エンタテインメントを楽しむことに特化し、新型PS3を戦略的に集中展開していく」とのコメントを発表しています。 本当に「さらなるラインナップの拡充」が見込まれるのか? 私は余りにも楽観的に過ぎる、大甘な見込みであると思います。 今子供たちが欲しがるのは・・・PSPではなくてDSであり、PS3ではなくてWiiなのです。 確かにPS2は世界累計で1億2千万とういうメガヒットを記録したけれど、PS3の約560万台に対してWiiは倍以上の出荷を記録しているのです。 しかしSCEはPS3という商品が根本的に「負け」商品なのだと、未だに認められずにいるのだと思う。 ハード的には前世代のスペックであるWiiが、なぜこれだけもてはやされているのか? 謙虚な検証なくしてSCEの捲土重来はあり得ないと思う。 私も当分はPS2を愛用しつつ、子供達に付き合わされるのはWiiでありDSという流れで行くことになりそうです。
2008年01月11日
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世界経済の鍵を握るのは・・・ 中国・インド・ロシアの動向こそが最も重要であると言われはじめて2~3年になります。 今日インドの財閥系自動車メーカーが、日本円にしてナント30万円の自動車を発売しました。 その名も「ナノ」 極小をイメージさせるネーミングですが、その名のとおり全てにおいて必要最小限を目指したパッケージングのようです。 日本には世界的にも稀な「軽自動車」という規格があり、現在はスズキとダイハツが激しい主導権争いを展開しています。 今日発売された「ナノ」は、総排気量600ccですから、日本の軽自動車(総排気量660cc)よりもコンパクトなエンジンの車になっています。 しかしながら最高速度は時速105Kmといいますから、町乗り実用域としては十分なスペックを持っています。 4名乗車定員のようですから、この点では軽自動車と変わりません。 環境問題に燃料の高騰が輪をかける形で、より燃費の良い車が求められている時代に、これはまさにぴったりの車なのでしょう。 わが国でも年々軽自動車の比率が高まり、新車の販売台数・生産台数・保有台数いずれの指標を見ても、軽自動車の存在感が高まっています。 我が国の軽自動車を見てみると(ここではとりあえず貨物用途は除くとして)・・・最も廉価な車両はスズキのアルトやダイハツのエッセなどで、一般的なオートマ車で見ると70万円前後から用意されています。 それでも70万円・・・でも、我が国の公務員の初任給と比較すると、約3~4ケ月分ですね。 さて、今日発売されたナノは30万円ですが、これはインドの公務員の初任給の約10ケ月分なのだそうです。 それでもインドの一般庶民にも何とか購入できる価格と言うことなのでしょう。 かつて60年代に我が国を蔽ったモーターリゼーションの波が、いよいよインドにも・・・ということになるのでしょうか。 インドにいち早く進出している日本企業であるスズキでも、現地で販売している最廉価車両は60万円だそうです。 我が国の基幹産業にして経済の牽引役であり続けた自動車産業。 遂にこの自動車産業にも本格的な世界的大競争の大波が押し寄せてくるのでしょう。 もしナノが日本に輸入されて、その価格が仮に現地価格の倍の60万円でも、その安全性や走行性能に問題が無いのであれば・・・これはかなりの脅威になるのではないでしょうか? それにしても・・・どうしたら30万円で車が作れるのか? その陰に「搾取」がはびこっていないことを信じたい。
2008年01月10日
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先日の新風舎に続いて、草思社も事実上の破綻。 両社とも印刷会社等の支援を仰ぎつつ、出版事業は続けながらの再建を目指す方針だそうです。 新風舎は自費出版の草分け的な存在でしたが、昨年「どの本屋でも販売されると聞いていたのに一部の本屋でしか販売されていない」などと、自費出版を行った著者たちから指弾され、一部は詐欺罪に当たる等と言う騒ぎにも発展しました。 このような騒ぎもあってか、昨年夏ごろから急激に経営状況が悪化したようです。 同社が展開していた「新風舎大賞」は、新人作家への登竜門としての地位を築きかけてもいて、このまま消滅させてしまうにはもったいないような気がします。 一方草思社は、一見すると非常にフレンドリーな、やわらかい感じの口当たりを持ちつつも、実はかなり実直な内容を軸とした書籍を出版してきている、地味ながらも気骨のある貴重な存在だと感じています。 現在「地図で読む世界情勢」がかなり売れているようですし、中国製食品の危険性や学校でのいじめ・リンチ事件など、社会の問題意識に応える出版を中心に行っています。 両社において破たん原因はそれぞれなのでしょうが、もしかすると出版界全体に通底するような「何か」があるのかもしれません。 よく言われる活字離れ。例えば情報の収集ならば、書籍よりもインターネットの方が遙かに速くて便利で、しかも格安です。 情報が溢れかえっているようなこの時代にあって、書籍が書籍であるが故に担いうる役割を、正しく見出すことができずにいるのかもしれません。 小説でさえ、任天堂のゲーム機「DS」で読むことができますし、現代のベストセラーの多くが「ケイタイ」から誕生していることを考え合わせると、益々「本」の存在意義が怪しくなって行く危機感を持たざるを得ません。 文化が文明の波の中で変容を迫られるのは、歴史の中で繰り返されてきた教訓の一つですが、今私達がリアルタイムで体験している変化は、そうした過去の教訓だけでは乗り越えられない大波なのかもしれません。 かつてアイン・シュタインは「私達は今までと同じ考え方で新しい問題を解くことはできない」という言葉を残しました。 出版界全体が、今まさにこの「今までの考え方では解くことのできない」新しい問題に直面しているのでしょう。 読書好きの一人として、どうか出版界にも頑張ってほしい。 ましてや草思社の様な良識のある版元には、何とか頑張ってほしいと願わずにはいられません。 アイン・シュタインの英知を、この私に伝えてくれたのも、他でもない「本」だったのですから。
2008年01月09日
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福岡市の3児童死亡飲酒運転事故に対する一審判決が出ました。 先月判決直前になって、裁判所が検察に対して訴因追加を命令すると言う異例の展開をみせ、その時点で予想は出来ていたものの、やはり今日の判決には納得がゆきません。 今林大被告は当夜4時間にも渡って飲酒したのち、事故現場付近を時速100kmもの速度で走行していて、この事故を起こしました。 しかも今林被告は現場から逃げて知人宅に立ち寄り、そこで大量の水を飲むなどして飲酒の隠滅を図ったのです。 この事故では幼い3人の児童が、しかも両親の目の前で死亡すると言う痛ましくも極めて重大な結果を招いたのです。 4時間にもわたって飲酒し、猛スピードで運転していて事故を起こし、現場から逃走して証拠隠滅を図った男。 そんな今林被告に適用されたのは「危険運転致死罪」ではなく「業務上過失致死罪」でした。 まず結論的にいえば、この案件に対して適用されないような「危険運転致死傷罪」など、まさに絵に描いた餅、空理空文だと断じざるを得ません。 今林被告の逃走と証拠隠滅が功を奏した格好で、つまりは「飲酒」ではなくて「酒気帯び」だと認定され、故に危険運転致死傷罪の適用はできないと言うのです。 この判決は世に蔓延る飲酒運転常習者に対して、万が一のときには「逃げ得」になるから、とにかく逃走しなさいと奨励するようなものです。 確かに警察が今林被告の身柄を確保した時点での呼気検査では酒気帯びレベルだったのかもしれないけれど、なぜそうなのかに全く思いを致していない欠陥が、この判決には内在している。 一方構成要件が非常に曖昧で、裁判所・裁判官の判断に委ねられる部分が非常に大きい、法律自体の欠陥も明らかになったのではないでしょうか。 更に言えば、飲酒だろうが酒気帯びだろうが「危険」な運転であることには変わりはないと、私はそう考えます。 一昨年夏のこの事故を切っ掛けとして、世論がこれだけ飲酒運転に対して厳しい眼を向けているというのに、この判決はそのことも全く顧慮されていない。 世に不当と思われる判決は決して少なくないものの、これ程までに憤りを感じる不当判決は、最近では記憶が無いほどだと感じます。 検察は控訴するかどうか、これから検討するのでしょう。 他の案件では一審では認められなかった危険運転致死傷罪の適用が、高裁では逆転適用判決が出ているものもあります。 今後は検察側の対応にも注目してみたい。 同時にこのような理不尽を内包している不完全な条文を、是非とも早期に改正して欲しいとも願います。 政治的(立法的)解決が図られた薬害肝炎訴訟のように、やはり立法府(国会)でなければ為し得ない仕事があるのです。 そうした仕事をしっかりとやってくれる人を、私達有権者は選ばなければならないと言うことでもあるのでしょう。 改めて亡くなられた三人のお子様たちの冥福を深くお祈り申し上げます。 ご両親の大上ご夫妻には・・・かける言葉が見つかりません。 切ないニュースです。
2008年01月08日
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年が改まり、いよいよ来春(平成21年)入社になる新卒採用活動が本格スタートです。 学生さんの側から見ると「就活」ということになります。 今日は地元新聞社主催の合同企業ガイダンスに参加してきました。 この時期はまだ4大生も3年であるし、短大や専門学校生に至ってはまだ1年生で、去年の今頃はまだ高校生だった若者たちです。 しかしながら、この早い時期から就職活動を開始している学生諸君には、非常に意識の高い者達が多く、面談をさせて頂く、こちら採用担当側もとても楽しみな時期でもあるのです。 時期が下り、年度が変わる頃になると急に様変わりしてきて「君は今日この会場へ何をしに来たのですか?」と訊ねたくなるような、そんな学生さんに出くわすことも多くなって行くのです。 就職活動に関しては、近年特に早期化と長期化が問題視されており、私も個人的にはこれ以上の早期化は好ましくないと考えています。 早い時期からの活動開始と言う指標は、あくまでも相対的な指標であって、絶対値すなわち全体としての就職活動の早期化は決して好ましいものではないとも思います。 それはさておき・・・ 今年ショックに感じるのは・・・短大や専門学校の学生さんの場合、遂に平成生まれの学生さんが私達の前に登場することです。 今年は平成「20」年なのですから、当たり前の話なのですが・・・ 昭和天皇のご危篤が続き、遂に崩御されて年号が平成にかわり、今は亡き小渕恵三さんが(当時官房長官だったかな?)「平成」と書かれた額を示すニュース画面を見たのが、なんだかついこの前のように感じてしまう自分に愕然とします。 あれから20年。 あの頃生まれた赤ちゃんたちが、今年は成人式を迎え、その中の多くの若者たちはやがて社会へと旅立って行こうとしているのですね。 二十歳前後の若者たちの未来が、どうか明るいものでありますようにと願いつつ、自分自身も我が足元を今一度しっかりと見つめなおさなければと思いなおす日でもあります。 これから5月中頃まで。いよいよ採用側も決戦の日々が始まります。
2008年01月07日
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今年のNHK大河ドラマ「篤姫」がスタートしました。 宮崎あおいのファンとして、待ってましたのスタートです。 大河ドラマとしては久し振りの幕末を舞台としたドラマです。 明治維新前後の歴史については、近年特に注目を集めており、新たな解釈や発見などもあり、新たな視点や史観での再考が進んでいます。 戦国時代が信長・秀吉・家康という圧倒的な存在感のある三英雄を中心にした時代であるならば、幕末はまさに群像の時代であったと思うのです。 そして政治的・経済的・外交的な諸断面からも非常に興味深くダイナミックな流れを学びとることのできる時代でもあります。 日本史上女性は最近の数十年を除けば、常に従属的且つ時として道具的な位置に甘んじてきた歴史があります。 政略による婚姻のもたらす悲哀は、古代藤原家と天皇家との間柄から始まり、幾多の女性の運命を大きく変えてきました。 一方今調度劇場公開されている「茶々」のヒロインのように、自らが歴史の表舞台に立ち、歴史を大きく動かした女性も、数は少ないものの確かに存在したのですね。 今年の大河ドラマの主役、篤姫もそんな女性の一人です。 大河ドラマは史実に忠実な物語を本旨としていますので、彼女の行く末も、その辿る人生も、歴史好きの私には既に「知っている」ことなのですが、知っているからこそどのように描かれるのか興味津々なのです。 ましてや主演が大好きな宮崎あおい! 2002年映画「害虫」で注目を浴び、2005年「NANA」で大ブレイク、2006年にはNHK朝ドラ「純情キラリ」の主役を演じて知名度を爆発的に高めました。 その一昨年は「ギミー・ヘブン」「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」「好きだ、」「初恋」「ただ、君を愛してる」と立て続けに出演作が続きましたが、昨年は遂に劇場で会うことができずじまいでした。 これから一年間、毎週テレビで会えるのですから、こんなに楽しみな事はありません。 第一回。まだ小娘時代を演じていますが・・・本当にこの女優さんは童顔の作り方がうまいですね。 「初恋」や「純情キラリ」で見せてくれたセーラー服姿も、多分今でも無理なくこなせるのではないでしょうか。 それにしても・・・CGやVFXの技術は映画のみならず、テレビの世界でも大活躍ですね。 桜島の手前に広がる幕末の薩摩藩の町並みなど、なんとも自然なリアリティです。 脇を固める役者さんたちも超豪華で・・・このキャスティングの豪華さは、ちょっとした映画では足元にも及ばない感じです。 大ベテランの芸達者達に囲まれて、大河ドラマ史上最年少ヒロインの活躍を、これから一年たっぷりと楽しませてもらおうと思います。
2008年01月06日
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子供達の冬休みも残り二日になり、例年連れて行っている映画も、今年は観たい映画が無いとのことで見送りになっており、せめてもう一日くらいドライブにでも出かけようと思っていました。 今日の朝刊に伊豆下田は爪木崎の水仙が咲きはじめているとの紹介記事が載っていて「よっしゃ!行こう!」ということになりました。 現地到着は11時。 子供たちは夏の海水浴で連れてきたことがありましたが、この時期の爪木崎は初めてです。 爪木崎は伊豆半島の最南端石廊崎の東側に位置する岬で、近くには皇族方の須崎御用邸もある、とても温暖で風光明媚な名所です。 灯台と海はこんな感じで・・・灯台の右側に見える島は伊豆大島です。 さて、お目当ての水仙ですが・・・ひとつ一つはとても小さくてキュートです。群生している様は圧巻なのですが、今日はまだ咲きはじめで、まばらな感じでした。 近づいて見ると・・・本当に可憐で清楚で・・・今時滅多にお目にかかれないような・・・まさに「乙女」の感じです。 見た目はつつましく清楚ですが、香りは非常に強くて、あたり一面そこはかとなく水仙の香りが漂っています。 この爪木崎は非常に温暖な土地柄のため、野生でアロエが生殖出来ています。 このアロエの、この時期に咲く独特な色と形の花も、ここ爪木崎の名物です。 アロエの花は、花屋さんなどでもなかなか目にすることが難しいのかもしれませんが、爪木崎にはたくさん自生していて私達の眼を楽しませてくれます。 アロエの花と灯台を組み合わせると・・・ 我が一行は名物「あわびラーメン(海水浴の時にも食べたのを娘は覚えていました)」をいただいて、最後に菜の花畑へ・・・ 満開です! 一足お先に春を感じさせてもらいました! 水仙にアロエに菜の花・・・ 一度で三倍おいしい爪木崎。 皆大満足の一日にでした。 爪木崎の水仙はこれからが本番・見頃を迎えます。 そうこうしている間には熱海の梅園で、次いで修善寺の梅林で、各々梅の開花が始まります。 その頃には河津桜も見頃を迎えて・・・ 伊豆半島は一足お先に観光シーズンへ突入です! そしてこの時期は、一年中でも最もきれいな富士山を見ることができる可能性が高い時期でもあります。 全国の皆さん! 是非伊豆へお越しください!
2008年01月05日
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今日から仕事再開! 初仕事は・・・今年の春入社してくる予定の内定者諸君との新年懇親会です。 売り手市場とかで、なかなか採用が思うように行かない時期になっていて、各企業とも内定辞退には神経を尖らせているようです。 当社も同様で、特に担当部門の責任者を務めている私はドキドキな毎日でもあります。 例年行っているこの新年懇親会が最後の「確認」の場になります。 つまり、入社まで3ケ月を切った、この時期での召集に応じて参加してくれる学生は、もう辞退の危険性は無いと判断されるのです。 内定辞退で一番怖いのは公務員や各種国家試験の合格発表の行われる秋の終わり頃です。 この時期を過ぎ、この新年懇親会に出て来てくれる学生はまず安心と言う訳ですね。 さて、本年の懇親会、お陰さまで内定者全員が出席してくれました。 念押しの意思確認にも、全員が入社を表明してくれましたので、担当としてはやっと肩の荷が下りた感じです。 社長を交えてホテルでのフルコース昼食会。年一回の役得でもあり、私自身全員の顔を確認するやお楽しみモードに突入です。 おいしい料理をいただいて、内定者の固めも出来て、上々の仕事始めでした。 明日・明後日はまたもやお休みで、本格稼働は月曜日からになりますが、毎年この懇親会の為の出勤は良いウォーミングアップにもなっています。 それにしても・・・久し振りにネクタイを締めてスーツを着ると・・・それだけでも、やはり少し肩がこるものですね。
2008年01月04日
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早いものでもう3日。三が日も今日で終わりですね。 我が静岡県は3日間とも穏やかな晴天に恵まれて、ずっときれいな富士山を拝むことができました。 確か去年のお正月は曇天でとても寒かったように記憶しています。 天気が良い休日はじっとしていられないのが私の取り柄?でありまして、今日もカメラを持って午前5時過ぎに起床。家族がまだ深い眠りの中にいる時刻に一人出発しました。 目的地は昨日時間が遅くなってしまい、雲に邪魔されてベストショットが切れなかった井田地区です。 その前に・・・沼津内浦湾の奥、若松地区付近で朝焼けの富士を狙うことにしました。 こんな感じです。 暗闇の中スタンバイして、寒空の下ふるえながら待ち、そしていよいよ山頂に朱が降りてくる瞬間の、あのときめきは何度経験しても素晴らしいものです(家族に言わせると・・・!?) さて、朝焼けもバッチリで気を良くしたところで、途中大瀬岬が見下ろせる展望台へ・・・ 丸太で造られた一直線の階段を延々と登って行きます。 まるで天国への階段の様だと、登るたびに思うのですが・・・今日ショックだったのは、いつもなら一気に登り詰められるのに、途中で足が・・・運動不足が深刻な状況に立ち入っているのをまざまざと痛感しました。 なんとか登りつめると・・・ とにかく気持ちイイ! 大満足で、いよいよ次は目的地井田の煌めきの丘に到着。 観光用の菜の花で描かれた「井田」の花文字が、漸く咲き始めた感じです。 今月下旬ころには見ごろになり、文字もはっきり・くっきりと浮かび上がってくると思います。 さてさて、帰り掛けに思い立って久し振りに大瀬の海岸に降りてみました。 ここは夏は海水浴で賑わい、冬はスキューバダイビングで賑わう場所で、海の中へと細長く突き出た砂州様の岬が富士の前景になっている、とても風光明媚な場所です。 帰宅すると・・・家族は誰もいません。 ゆっくりとパソコンで写真をチェックして、お気に入りを何枚かプリントアウトして・・・ かくして私の今年の三が日は過ぎて行きます。 さて、いよいよ明日からは仕事です。 今晩は早く寝て、身も心も戦闘モードに切り替えて仕事始めに備えなければなりませんね。 穏やかに、素晴らしい富士を3日間も堪能させてくれたお正月に感謝しつつ、さぁ!新年のスタートです! 今年も張り切って行きましょう!
2008年01月03日
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お正月休み、今日は伊豆の西海岸へ出かけました。 沼津市の南部、内浦湾の一番奥の辺りでは、波も穏やかで、実にのんびりとした雰囲気でお正月にはぴったりと言う感じですね。 11時を過ぎたころからは富士山に雲がかかってきてしまい、そうならばとレンズを西に振ると・・・駿河湾越しに南アルプスの山並みが白く輝いていました。 この辺りでも波は無くて、まさに「春の海」のイメージにピッタリな風景でした。 雲見でUターンして、お馴染みの井田地区に戻って夕焼けを待ちました。 富士の前には意地悪なひとかたまりの雲が居座っていて、結局最後までどいてくれませんでした。 帰途暮れきった海の向こうに、漸く雲がどいたクリアな富士が鎮座していました。 まぁ、穏やかな気候の中、勝手気儘なドライブを、丸一日存分に堪能してきました。 明日も自由に出歩けそうなので・・・もう一日気ままな放浪ドライブを楽しんでこようかなと考えています。 それにしても・・・ガソリン代の高騰はイタイですね!
2008年01月02日
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謹賀新年 お正月。元旦と言えば、やはり富士山です! 昨夜除夜の鐘も早々に床に就き、元旦早朝恒例の初富士撮影に出かけました。 残念ながら今日は一日中ピークをはっきりと望むことができませんでした。 一旦帰宅後、漸く起きて来た子供たちを連れて、恐る恐る水ケ塚へと向かいました。 幸い凍結路面にはなっておらず、無事到着です。 今日の富士山上空はかなりの荒れ模様で、水ケ塚公園から望む富士も、怖いような荒々しさでした。 寒がる娘に誘われて、お土産物屋に入ったのが運のつき・・・なんだか訳のわからないキーホルダーを買わされて・・・ 気を取り直して帰りがけにもう一枚! 皆様はどんな新年をお迎えでしょうか? 私は富士山の写真と子供達のゲームの相手と、そして年賀状の返事書きと・・・いつもと変わらぬ穏やかな元旦でした。 とにもかくにも、どうか良い一年になりますように! 改めまして、新年明けましておめでとうございます。 本年もどうか宜しくお願いいたします。
2008年01月01日
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