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「最近面白いゲームないっすねえ」と、会社の同僚が呟いていたので「ここ最近で何買った?」と問いただしたところ「いや・・・そういえばここ2年ぐらいソフト買ってないや。面倒くさくて」と・・・ これってある意味怖い発言ですね。つまり彼はここ2年近くゲームソフトを買わない、買う意欲が沸くほどの魅力を感じなかった、ということは、実際にある面白いソフトを片っ端から見逃していた訳で。 で、だったらコレをやれ!と、Wiiのレギンレイヴを貸しました。そしたら翌日、モーションプラスを買いに走ったとの事。やっぱり。やれば面白いゲームなんていっぱいあるのにね・・・ 結局、アンテナの感度の問題なんです。たとえどんなにファミ通やネットで業界情報を集めたとしても、ゲーム情報を頭の中でこねくり回して評論していると、いつの間にか自分がゲーム通になった気がして、本来のゲームの感想とは別の部分でしかゲームが楽しめなくなる。で、なぜか業界に失望したり、憂いたり・・・ 仮にもゲーム業界人でありながらゲームを遊ぶ事を放棄した上で「今のゲームはつまらない」と思うようになったらおしまいです。それは去勢されたようなもの。面白いかどうかなんて他人の感想を聞いても自分と一致するかなんてわからない。まずは期待をして、お金を払い、ソフトを立ち上げてパットを握る。そこまではやりましょうよ。 数ある中から面白いゲームを自分の嗅覚で探す事も、立派なゲームの楽しみの一つですから。本当に「今のゲームはつまらない」と言えるほどゲームを買ったのか?あの枝のブドウは酸っぱいに違いない、で、座り込んでしまわないように、作り手である以上、常にアンテナを張り巡らしておかねば・・・
2010.04.30
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ずっと気になっていて、でも結局上映館の少なさと短さで機会を逃していた「マイマイ新子と千年の魔法」が吉祥寺で期間限定で上映!ということで、ようやく見ることが出来ました。 この作品は、その上映館の少なさからもわかるようにほとんど話題にならなかった、でも、見た人がことごとく薦めるという、知る人ぞ知る、というタイプのアニメなのですが、そこで疑問に思ったのが、これだけネットが普及した現在、たとえば「時をかける少女」もあの当時、ジブリの「ゲド戦記」に押されて都内上映館がわずかであったにもかかわらず、口コミで大ヒットロングランを記録した事からもわかるように、そんなに面白ければ必ず人気がでるはず・・・なのですが・・・ でも、今回リバイバル上映ということは、確かにそれを求めるお客さんが多い(上映時間が9時からというにもかかわらず、座席はほぼいっぱいでしたし)、これはどんな人気なんだろうと。 で、感想「これは・・・非常に70点の作品だ」という。あ、でもこの70点というのが「物足りない」という意味でなく、これは非常にすばらしい70点の作品、というか・・・ え~と・・・これ、難しいのです!作品の魅力を伝えにくい!たとえば「となりのトトロ」ほど懐かしさと郷愁を感じさせる描写でもない、「時をかける少女」ほどハッとするような展開もない、「エヴァンゲリオン」ほど画面にのめりこませる描写もない、「劇場版ハルヒ」ほどのストーリー構成の魅力もない、「サマーウォーズ」ほどの見た後の心地よい爽快感もない・・・ でも、なんかいいんですよ!うわあ・・・これほど感想が人に説明しにくい映画も珍しいですが・・・この辺が微妙な人気である理由かもしれません。 とにかくもうすぐDVD発売も決定したようなので、ぜひ皆さんもこの「本気の70点」というこの映画を見てください。きっと意味がわかります。
2010.04.29
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「けいおん!!」のOP,EDの売り上げがオリコンの1位2位をしかも、3位以下に大差をつけて独占したようで。 さすがに日本の音楽市場もアニソンをいい加減、無視できなくなったでしょう・・・この状況は昨今の邦楽CD離れとあいまって、CD売り上げから売り上げの人気カウントダウンを根拠にしている以上、受け止めなきゃいけない現実でしょうね。 というか、CDという商品を買う層が完全にオタ層が上回っているという結果かもしれません。ダウンロード販売とか、そっちを目安にした方が正しいかもしれませんが。 「思い出の曲」なんて個人の感覚のもの。アニソンだからくらだない、ということはまったくない。それが青春時代に自分が嵌ったアニメであれば、その人にとって青春の一曲になりますし。 日本の邦楽がパワーを失った、という言葉の中に「あれ?なんで邦楽の枠にアニソンが入ってないの?」と大きな疑問を感じる昨今。 私の大好きな歌手、さだまさしさんのコンサートトーク「音楽とは、音楽家が音楽の神様に差し上げる供物みたいなもの。そこにジャンルの隔たりはありません」
2010.04.29
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数年前、週刊少年マガジンでシリーズ連載していた「ゲームクリエイター列伝:○○を作った男たち」というマンガがありまして。いわゆる大ヒットゲームの製作裏話をドキュメント風に描いた作品なのですが。 その中であるゲーム製作の際、ある程度までゲームが完成した段階でディレクターが「これではダメだ!」と全てをやり直し、そのおかげですごいゲームが出来て大ヒットした、というエピソードが美談として語られています。 ・・・それって、思いっきりそのディレクターの能力不足だよな・・・ なんだか結果OKだから許されているようなものですけど、よく考えたら、そんなの初期段階でわかったはず。その完成予想図が見えていないものを作らされたのかよ、と。 こういうのは意外とこの業界ではよくあって、製作途中で「やばい、このゲーム全然面白くない・・・」と気が付く、という。そうなると悲惨です。面白くないものを無理やり「面白くする」ために仕様変更、追加要素の嵐。でも、やはり芯になる部分がグズグズだと、どんなにデコレーションを積み重ねてもどうにもならない。これで大幅に開発期間を延期した挙句、たいして売れなかったソフトの方が山とある訳で。 仕様変更とか、ちゃぶ台返しは「ある程度建築した家の土台を変えるようなもの」です。それが出来るのを「勇気」と読むか「単なる見込み不足」と読むかで人によって感想が変わるかと思いますが、個人的には「美談にしちゃいけない」と思ってます。「そういうことがあったから売れた」のではなくて「それをしなかったら売れなかった」というマイナス的な修正ですから。
2010.04.28
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Blogを始めてだいたい2年ぐらいになりますが、なにやら妙な事にほぼ同じタイミングで2つの文筆依頼的なものを受けました。 片方に関しましてはとんでもない光栄、といいますか、「何で私がそんなものを?」と冷や汗を流すような、自分にとって名誉な場所で・・・まだ正式に書かせていただけるかどうかわからないので(ボツになるかもしれないし)でもとにかく憧れの存在だけに微力ながら精一杯書かせていただきます!というキモチでいっぱいです。上手くいきましたらご報告させていただきます。 で、もう片方に関しましては・・・「受け入れればアクセス数が格段に伸びるかもしれない・・・カリスマブロガーの仲間入りになれるチャンス?・・・だが断る!この管理人が最も好きな事のひとつは、自分で強いと思ってるやつに「NO」と断ってやる事だ(by 岸辺露伴)」と! 正直言って、過去にもエントリーで書きましたが、その媒体のやり方が大嫌いなので。無責任にネット上で話題になっている事柄を裏取りもせず、取材もせず、責任も持たず、噂にも満たないゴシップ記事を垂れ流し、アクセス数さえ稼げばいい、それで広告収入を得ているような輩の媒体に協力する筋合いはない!というか、はっきりいって迷惑だ!真面目にやっている人間を馬鹿にして傷つけたり、根も葉もないデマを広めて煽るだけ煽って高みの見物を決め込むような、そんな卑怯な手段で大きくなったネットメディアの先棒を担ぐ気なんて、さらさらありません。 今回の寄稿依頼だって、前に書いた記事がたまたま最近アクセス数が多い、ってだけで目を付けたんだろ?普段、私のBlogを読んでいれば、オタクらを私がどう見ているかわかるだろうに。結局、表面的な話題だけでアクセス数を稼いで、責任はコッチに押し付けるのが見え見えです。 というか、アクセス数なんて増えたところで一銭の得にもならないどころか、今の閲覧数すら多すぎて恐怖感を感じる事がありますので。これ以上増えるのはマジで望みません。 と、いうわけで上の方には誠心誠意。下の野郎には「ブブ漬けくって帰りなはれ」な対応を取らせて頂きます。趣味でやっているんだもん。このぐらい我侭でいいよね。
2010.04.26
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やる気がある、やる気がない、のお話です。 先日のゲーム専門学校のお話。以前にその手の学校の就職課の先生とお話をした事があるのですが、「入学して3ヶ月ほどするとクラスはだいたい3つのグループに分かれる。ひとつは向上心があり、ゲームを作るのが楽しくて仕方ない連中が集まるグループ。二つ目がただ漫然とあくび半分で授業を受けるグループ。そして、もう一つは授業内容を無視して授業とは別のことを独学で始めるグループ」 で、この場合、一番困るのが2のグループだとか。何しろやる気がない。ということは、何を教えていいのかわからない。ゲーム作りは自動車教習所と違って、「○○すれば××になる、ここを覚えておけば合格できる」という類のものじゃなく「○○したい!それに対しては××を△△して~」という工程を考えながら実践するのが勉強。目的を明確に自分で設定できない以上、先生の側でも教えようがない、という・・・ このキモチ、わかる。ゲーム作りって特にそういう部分があって、目的のために手段を勉強する、というのが、一番効率もよく、成果も出しやすい。必要に迫られるから各種アプリケーションの使い方を覚えたり、表現手法の勉強をする訳ですから。 大学に行かずゲームの専門学校に入った、という時点で、将来の選択肢を大幅に限定したようなもの。かなり退路は断たれている。しかし、それは自分が選んだ道だから、失敗しても誰の責任でもない。椅子に座って課題を右から左にこなしているだけで自分の作りたいゲームが作れるのであれば、私だってぜひその授業を受けたい。 授業にやる気が起きなかった、なんてのは言い訳として成り立たない。そんな人間と一緒に仕事は出来ない。「やる気」の有り無しで仕事をするな。すげえ迷惑だ。 ちなみに、現実のお話をしましょう。 昨年、私の会社にデザイナーとして就職希望した新卒者は、作品を送ってきた人だけで200人を超えます。そのうち、作品審査が通って一次面接までこぎつけたのが40人程度。実際に就職できたのが不況の影響もあって3人。 ここからが大事なのですが、選ばれた3人は皆「ウチだけでなく複数会社に内定をもらった」という。技術屋の世界とは、こんなものです。
2010.04.25
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先日のゲーム専門学校の生徒に関してのお話の関連です。 私は、自分には絶対にそんな立場ではないと思いつつ、それでも仕事の都合上(年齢上?)時折、新卒者の面接管にお呼ばれしたり、作品審査に加わらせていただいたりということがあるのですが・・・ そこで感じるのは「後世畏るべし」という危機感ばかりです。何しろ私が入社した当時といえばSFC末期のドット絵が主流の時代ですから、あの頃から考えてすごい技術やテクニックを学生で使いこなす人が多い。一応、プロとして仕事をしている自分としても、こんな学生さんには教えられる事が何もない、むしろ教えてくれ!と叫び出したくなるような人でいっぱいです。 で、昨日のコメントの中で「ゲーム専門学校の生徒にやる気がないのが問題だ」という方が随分いらっしゃいましたが、私はこれはこれでかまわないと思っています。と、いうのは義務教育でない以上、自分でこの道を選んだくせに、授業にやる気を出さないのは、完全に生徒個人の問題です。そりゃ、学校の先生側にとっては辛いかもしれませんが、授業にやる気を出さず、2年間の学生生活でのんべんだらりと生きていた学生が、この業界に入れる訳がない。親の金で4年間、いい大学でダラダラ暮らすのとまったく同じです。 これは私みたいな技術職にとっては、提出される作品が全てであって、本当のところ作品を見て「お?」と思った方の履歴書を初めて見る、というスタイルなので、逆に言えば学歴とか成績は、あまり考慮に入らない。仮にもゲーム専門学校に在籍しているのはゲームを作る技術を身につけるためであって、別に業界斡旋所じゃないし、私達もそこの卒業生はみんな優秀だ、なんて思っていませんから。使える、使えないはそれこそ人それぞれ。 同じ専門学校の生徒さんでも「この人すげえ!」という人も「コイツ、絶対間に合わせでこんな作品作ったろう・・・」という人といます(真面目にポリゴンで丸と四角、△を並べただけの3Dレンダ動画とか)。それはあくまで個人の資質。中には「専門学校の授業内容が低レベル過ぎて知っている事ばかりだったので、授業中ずっと自分のゲームを独学で作ってコミケなんかに出していました」という、同人ソフトを持ってくる学生さんもいましたが、そういう人は本当にすごいものを作っています。 私の日本舞踊の師匠の言葉を最後に・・・「上手く教えられない、伝えられないのは私達教える側の問題。やる気はキミ達、生徒の問題」
2010.04.25
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専門学校ゲーム科新入生が誰も堀井雄二の名を知らなかった これは・・・問題なのか? と、いうのは「ゲーム作りの知識を手に入れる専門学校であってゲームの歴史を学ぶための学校じゃない」と思うので。 確かにスーパーマリオの宮本さんやメタルギアの小島さん、そしてドラクエの堀井さんは、自分みたいな一開発者にとっては尊敬の対象です。 が、彼らの名前が有名なのは、あくまで「作ったゲームで評価されている」こと。だから、堀井雄二さんの名前を知らなくても「ドラクエを作った人」ということで「ああ!あのゲームの人ね」と思ってもらえれば、それは何より作り手の名誉だと思います。 というか、同じ業界人でも「じゃあ、あなたはあれだけ世界で売れている「GTA」シリーズのディレクターの名前を言えますか?300万本以上売れている「ともだちコレクション」は? コーエーのシブサワコウ氏の本名は?YK-2って知ってる?と、カルトクイズの様相を呈してきます。 ちなみに、どれも知っていても知らなくてもゲームは作れます。要は自分の好きになったゲームの延長線上の知識の先に開発者の名前があるだけだし、そのゲームもその開発者一人で作ったわけじゃない。 むしろ、これから将来同業を目指す学生なら「そんなマメ知識よりゲーム作ろうぜ」ぐらいの意気込みで自分のゲーム開発に集中していただければ。 ろくに技術もなく、ゲームをしないで業界裏話やゲームの知識ばかり溜め込んだ業界評論家になるよりは、よほど「現場で使える人間」です。
2010.04.24
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何気なく、あるTPSゲームをやっていたのですが、ハッとしたこと。コントロール方法は標準的なアナログスティック2本で片方を移動、片方を視点変更に使い、R2ボタンで銃を発射、R1でリロード、そして残った方向ボタンで武器の選択、L1でダッシュ・・・これ、冷静に考えたら操作が複雑すぎじゃん・・・ この手のゲームに慣れてしまったから、私のような人間はこの配置が「効率がいい」のはわかるのですが、コレを一から覚えるのってまったくの初心者にとっては厳しいよな・・・しかも、体験版とかデモで数度遊んで買うか買わないかを決めるとしたら? この辺に日本市場でなかなかTPSやFPSが普及しない理由もある気がしますが。 コレだけじゃなくて、例えばゲームに深みを与えるために、コマンド選択式のRPGでも戦闘中にメニューから選べる項目がズラっと出てきたり。格闘ゲームでもインストカードに入りきらないほどのシステムやコマンドがあったり。 考えたら今のゲームって複雑でついていけない、という層がゲーム離れしてもおかしくはないなあと。これは作り手の考える「面白さ」が「選択肢の多さ、奥深さ」に偏り気味なのかもしれませんが。 昔は家族や友達と気軽に遊べたTVゲームが、対戦は出来てもある程度知っている同士じゃないとゲームにならない。 知らず知らずのうちにゲームの敷居がどんどん高くなっている、とは思います。
2010.04.23
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「脳トレ」に効果なし:英国での大規模な疫学的調査がもたらした結論と今後の展望(追記あり) 記事を読んでいて「おや?」と思ったのは、この大規模調査のやり方が「一日10分、一週間に3日程度を6週間続けた結果」ということ。 これってほとんと意味がないほどの短い時間だよね・・・それこそ新聞の片隅に載っているクロスワードパズルや間違い探しを毎日やっていれば脳が鍛えられる、というようなぐらいで。なんだか一日10回の腹筋を一週間に3日、6週間続けたら腹筋が割れるのを期待するような、何ともいえない微妙な数字です。しかも、大規模調査でありつつ閉鎖環境下での同条件調査ではない、というのも首を傾げることろで。あと、5万人が応募してきてそのうち残ったのが1万人程度ってのも、サンプルとして問題がないのかなあ? もっとも、「脳を鍛える」という言葉さえ曖昧で、ゲームのスコアが上がったからといって日常の記憶力や認識力が上がったか?というのも疑問。社会学と一緒で、脳の分野というのは未だに一部学者の思い込みとそれを証明する都合のいい資料がまかり通る世界でもありますし(ゲーム脳というのが学会では認められないにもかかわらず、マスコミで広く伝えられたように)。 元々、脳トレの優れていたのは当時「コロンブスの卵」なところです。その手の本やアイデアは昔からいくらでもあったけど、ダレも「本気でやらなかった」ことに価値がある。実際にゲームとして、老人にもわかりやすいタッチペン、ゲームは悪という概念を一種の「勉強、教材」というオブラートにくるむ事によって批判的な知識層にも買わせる戦略、莫大なCMを投入して、それが見事に嵌った、というわけで。任天堂が目指していた「ゲーム機のもっと大きな普及」というものにはすさまじい貢献があったと思います。 脳のトレーニング、というのであれば、老人向けには指先を忙しく使うアクションゲームのほうがボケ防止に役に立つ、なんて考え方も出来ますし。 いずれにせよ「過剰な期待をするな」というのが正しいのでしょうね。ゲームでそう簡単に頭が良くなる訳がない、と。
2010.04.22
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モノを作るに当たって、作り手の「妥協なきこだわり」というのは喝采の対象になりますが、場合によってはそれが空回りして最悪の妥協を生み出すケースも往々にしてあります。 昔、あるゲームのデザイナーのチーフディレクター、本人も実力がある方なのですが、とにかくこだわりを持ちすぎて、部下の作るものをリテイクの嵐。その結果、どんどん期間が延びていって、開発期間の2/3を消費した段階なのにまだゲームの序盤しか出来ていない、締め切りは迫る、でも本人は「一切の妥協は認めない」とガンとしてやり方を変えない。結局、事実上の更迭扱いとなり、別のディレクターが後始末をさせられる形になりましたが、残り期間で一気に全てを作らなくてはならないから細部を直す余裕などなく、締め切りをだいぶ超過しつつ、それでも完成にはこぎつけましたが、不満の残る結果となりました。 その時に思ったのが「ああ、あのディレクターがこだわりをもっと抑えていたら、もっといいモノが作れたのに」と。彼の妥協なきこだわりが、結局最悪の妥協である「最後は間に合わせの突貫工事」ということをさせてしまったという。ペース配分が出来ないと、どんなこだわりも意味がないのです。 趣味で作っているものじゃない限り、仕事には期間も、資金も、人も限界があります。我々ゲーム屋はソフトの売り上げでお給料をもらっている以上、完成品を作る、というのがまず最低ラインの仕事のはずです。売り物にならなければ評価もされない。100点の答案でも提出しなければ0点と同じ、というのと一緒で。 と、いうわけで私の考え方としては「まず全体を完成させよう。それから細部を磨こう」と思うのですが。我々はゲームを作っているのであって、パーツを作っているのではない、ということは常に意識したいです。 かといって妥協の産物で作っただけのゲームは売れないですけどね。どこかにこだわりをもたないと。
2010.04.21
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80年代のパソコン少年にとっては有名な古代祐三さんの率いる会社「エインシャント」の新作360インディーズゲーム「守って騎士(ナイト)」の公式HPです。 ・・・やられた!こいつは一本取られた! ドット絵&内蔵音源テイストでレトロな雰囲気を醸し出す手法は、携帯ゲーム市場が隆起している今の時代では珍しくない。 が・・・まさかイメージイラストまで80年代風のキャラタッチで来るとは・・・そうそう!この時代、女性キャラといえばビキニアーマーだったよね!とPC88,98世代にはハート直撃の懐かしさ。思わず体験版をDLしてしまいました!面白かったよ! いやあ・・・これって非常に狭いターゲットにしか心に届かないグラフィックなのかもしれません。とてもじゃないけど世界相手に何百万本も売るような、超絶リアルなグラフィックとはまったく違う、けど、元々がそういうコンセプトで徹底的に尖った方向性を突き詰めているのはすごく好感が持てますし、中途半端にリアルな作品より目立つな・・・ また、これが同じことが出来るから、という理由で携帯ゲームとか携帯電話コンテンツになったら、急に魅力が色あせるんだろうなと。無意味に最新鋭のハードでやるこの違和感も含めて魅力です。 案外「すごいグラフィック」というのは、リアル志向のこの時代にこういう作品を思い切って出せるメーカーの度胸とセンスかもしれない、と思ったり。採算分岐も低いでしょうしね。 ベーマガ世代の自分を思い出しまして、ぜひご紹介したいと。販売はまだかな~
2010.04.19
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ヤングアニマルで絶賛連載中の将棋マンガ「3月のライオン」羽海野チカ 新刊が出ました。 いやあ・・・すごいとしか言いようがない。連載中も読んでいたのですが、単行本になると圧倒的です。特に今回は主人公より、その周りの「大人の戦い」に焦点が当てられているのですが、とにかく読んでいて吐きそうになるほどの、ヒリヒリしたプロ棋士の生き様、それを取り巻く世界に、将棋に興味のない私ものめり込んでしまいます。 で、このシリーズですが、実は友人のマンガ好きN氏にも薦めたんです。が、彼は一巻を読んで「もういい、俺にはあわない・・・」と、ギブアップ宣言。理由を聞いたら「めちゃくちゃ面白いんだけど、この作者さん特有の不安定な世界がもう見続けられない」と。 ・・・たしかに。羽海野チカ先生の代表作でもある「ハチミツとクローバー」を読んだ時もそうでしたが、とにかく日常パートでギャグが多い。笑えるのです・・・が、そのギャグで醸成される愉快な世界が、常に「こんなあったかい、幸せな時間はもうすぐ終わるんだろうな」という、不安が付きまとう・・・そこがたまらなくやるせない。 だからこそ、ハッピーなマンガ好きのN氏には耐えられなかったのだろうと(ちなみに彼は「ぼくらの。」など終末系マンガもダメでした)。人それぞれの嗜好の違いですなあ。 一見甘口に魅せて、実は恐ろしいまで苦味も、酸味も、そして旨みも凝縮しているこのマンガ、ぜひご一読いただいて、各自でご判断いただければ。
2010.04.19
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自分の中でのポリシーに「自分の思考を通した時点で、完全な客観性などというものは失われる、だから、自分を中立だと思わない心、他人に都合のいい中立性を求めない心が肝心だ」と言うのがありまして。 例えば、ゲームに対する意見でも、自分がまず開発者である、という立場にいる以上、どうしても完全なお客さんにはなれない。視点が開発者寄りになってしまう。これは仕事をすることによって本来お客さんには必要のない知識を知ってしまったり、自分も苦労をしているから、他のゲームの多少の粗や発売延期なども許せるようになってしまった、のだけど、本来、それはお客さんの立場になると「関係のない、コッチの勝手な都合」でしかない。その時点で中立性などは完全に失われる訳で。 昔、歌手:さだまさしさんはある楽曲で「右翼的」と言われ、別の楽曲で「左翼」、関白宣言と言う歌で「女性蔑視論者」その後に書いた曲で「女々しい軟弱者」と、出す歌の歌詞で勝手に立場を断定され、いわれのない批評された、とコンサートで語られたことがあります。 その際にさださんはこう語りました「人間に左も右も上も下もない。その時の自分の目から見て、相手が右側にいるか、左側にいるか?上にいるか下にいるか、だけの違い。本当に中立という言葉があるとしたら、それは単なる「無関心」か「無関係」という人だけ」 人間が何か意見を発する以上、中立ということは考えられないのですよね。「数字は中立だ」という言葉がありますが、数字も例えば100万本売れたソフトを「採算分岐を超えて大成功」と見る人も「前作は半分の期間で開発して200万本売ったから失敗」と見る人もいる。同じ数字でも立ち位置によって変わったりもします。 だから、私のBlogの意見もあくまで「私の意見」です。ヘンな中立性とか、公平さを他人に求めないでください。たくさんの人の意見があるからこそ、多様性が生まれる訳ですから。そして、他人を批評する際に「自分は中立だから正しい意見」と、胸を張って言える様な恥ずかしい勘違いはしたくない。そう思います。
2010.04.18
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一昔前にクソゲーブームというのが、サブカル界隈でちょっとした人気になった時期がありまして。 いわゆるつまらないゲーム、ひどいゲームをあえて突っ込みを入れつつ面白おかしく紹介する「クソゲー本」というのも何冊も発売され、それなりに売れていた頃の話ですが。 がっぷ獅子丸 という方が書かれた「悪趣味ゲーム紀行」という本の中に、自分がゲームの企画者であった頃(本人は自己紹介の内容から察するに今はなきKANEKOの社員であったと推測できる)の懺悔話として、「あの当時、歌舞伎やらサムライの格好をして殴りあう実写格闘ゲームを作るに当たって、衣装をさがして、松竹芸能やらいろんな衣装会社を探したけどどうしてもみつからない、結局、歌舞伎の本家を滅茶苦茶な言い訳して騙すように鬘と般若の能面を借りた。その際、当主に「この般若の面はナントカ時代のもので国宝級のものだから~」とウンチクたれられたが、こっちは若さもあって知ったこっちゃない。で、撮影の日に遊びで被っていたら床に落として真っ二つ。真っ青になって、瞬間接着剤とタミヤカラーで勝手に補修し、速攻で返して知らん振りをした、今だから言えるごめんなさい話だ」 というコラムを面白おかしく書いています。 ・・・最低だな・・・ これって、笑い話に出来ないですよ。というか、これを何年もたったから時効だと勝手に判断して笑っていられるその精神がまずどこかおかしいのですが。 実話系の笑い話ってそういうところが多分にあるのですが、笑っていられるのは片側だけだったり、実際には笑えない話を、自分に被害がなかった、という理由だけでいい思い出に摩り替えたり。記憶は曖昧なものです。 上のコラムでなぜ私が腹を立てたか?といいますと、私が趣味で日本舞踊をやっていて、この手の小道具とか舞台衣装を師匠方々がどれだけ大切にしているかをよく知っているからです。単に骨董的価値というのではなく、その家の先祖伝来の、師匠の父親、祖父、曽祖父~と繋がり、そして自分の子供にバトンタッチする「血の系譜」の証でもある、だから大切だし、それでも壊れた時は専門の補修をしてくれる職人にお願いして丹念に直してもらう。それも含めて「大切なもの」なのです。 骨董的価値とは、なんでも鑑定団ででる金額の事じゃありません。 上のコラムを笑い話に出来るのは「単に知識も想像力もないから」だけなのでしょう。
2010.04.17
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昨日の自分の書いたBlogを読み直して、おや?と思ってこのデジタルマガジンの記事などを読み漁ってみまして。そこで肩の力がガクリと落ちました。 なんだ、最近ネットでよくある「話題にさえなればいい」類の人かと。 例えば「広島の原爆被害は捏造だ!」と言います。本人もそんなのはマトモだと思っていない。歴史的な新発見や確固たる証拠があるわけでもない。 ただ、他人と違う事をやって目立とうとする。そうして集まった注目で「俺は世論の中心にいる」人物であるという自意識を持つ。 そして、こういう文章の書き方は大概共通している。タイトルでは「広島の原爆被害は捏造だ!」とセンセーショナルに書きつつ、文章の中では「実際には原爆と言うのは定義が曖昧で、広島に落とされたものは原爆の中でも~」の逃げ口上に終始し、最後には「このような悲劇を筆者は肯定するわけではない」という世論の攻撃を避けるような落しどころ。 結局、タブーに触れたつもりで単にクソをぶっ掛けただけの腰の引けっぷりです。 タブーに触れるな、というのではない。単に根拠も証拠もなく、安易に遊び半分、目立とう精神でタブーに触れるな、と言いたい。それは、その行為によって怒り、傷つき、悲しむ人が本当にいるから。そういうものの重圧を知りつつ、あえてタブーに触れるのか? タイトルが読者の興味を引き付けないと文筆業はやっていかれない、という気持ちはわかる。が、羊頭狗肉であったとしたら、それはもっと安易で信用をなくす行為。 同ライターがまたマジコンに関して書いているが、これが見事に上のような記事。しかも、ツイッターで「自分の意見が伝わっていない読者が多い」と言い訳まで始める始末。当たり前だ。もともと伝わるような意見が書けていない、ってだけだ。 これでアクセス数が増える事を「計算どうり」とニヤついているとしたら、なんとも小学生レベルの計算、いやさんすうのレベルだよ。 「話題にさえなればいい」類の人は考え方も悲しいな・・・
2010.04.16
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実に腹が立った記事を『マジコン』の被害総額が数兆円という嘘 ・・・あのさあ・・・計算の仕方が間違っているだろう? ゲームはスーパーで売っている食料品のように「美味しかったから何個も買う」という類のものじゃない。しかも、基本、一人が一つの需要。ということは、コピーされた数だけ「お客さん(購買者)が減る」ということ。しかも、デジタルデータは完全な複製が可能。それも含めた被害総額です。 百歩譲ってこのライターの言うように「ゲームが高すぎる」としましょう。じゃあ、ゲームが今の半額になったらマジコンがなくなるか?答えはNO!マジコンでの違法ソフト利用者は「タダでソフトが欲しい」連中。1000円だろうが100円だろうが、結局タダで手に入るならそっちを使うし、そもそもデジタルデータに代金を払う事を馬鹿馬鹿しいと思う思考で固まった人間を子供の頃から育てて、それが大人になって子供にどんな教育をするか?現実問題として、親が子供にマジコンを買い与える時代。他にも著作権意識の低さはエロゲ方面ではP2P被害の大きさが尋常ではなくなっている状況にも表れているのです。 なんだか追記で「マジコンを肯定するわけではない」と大慌てで言い訳しているけど、どこをどう解釈したら上の記事がマジコンを肯定していない話なんだと。被害総額のトンチンカンな考え方で、すでに我々のようなゲーム開発者を敵に回す発言です。店先にあるソフトを「このゲームは売れないから万引きしてもかまわないよね?」とでも言いたいのか? いい加減、悲しくなりますよ。こんなのがデジタルマガジンのライターなんて。この人は自分のコラムの給料を「こんな記事、コピーすれば価値がないから原稿料はなしね」と振り込まれずにいても平気なのかなあ?うちらみたいなメーカーの被害ってのは、そういうことなんだよ?*訂正:コメントで指摘がありましたが、単なるライターかと思ったらこの人、「デジタルマガジン」の編集長(主宰者)かよ!もっとひでえな・・・
2010.04.14
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ふと思ったのですが、川崎市で行われる「かなまら祭」はなぜ、法的に規制されないのでしょうかね? 何しろ伝統的な男根崇拝のお祭りですから、神輿のオブジェはモロにあの形だし、露天の飴細工ではあの形の飴が平然と売られている。老いも若きも男根神輿を担いで天下の往来でわっしょいわっしょいしても、わいせつ物陳列罪にならない・・・ コミケのようにけしからん!とは言われませんよねえ? これはひとえに「伝統的な祭り」だからであって。そういう意味ではコミケも100年続いたら「日本の伝統的奇祭」として認められる日がくる・・・のかなあ?
2010.04.14
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他人の価値観に外野が口を突っ込むのは怖い、という事はよく知っています。が、少なくとも私の中では無許可の公道レースは「悪」と思っています。 いや、私も「イニシャルD」「湾岸ミッドナイト」「カウンタック」といった、カーレースマンガは大好きです。まちがいなく面白い。ただ、それはあくまで「マンガの中という安全な場所から見ているから」であって。 実際、私の親戚がつい先月、この手の本当に公道バトルする連中からのもらい事故を受けまして。 元々、その峠は深夜に地元の走り屋が集まって「イニシャルD」もどきの世界になっていたそうですが、対向車線を越えた車に親戚のおじさん(軽トラ)がナナメに追突され・・・という顛末。車はガードレールに突っ込んで全治3ヶ月の重症。事故を起こしたバカ(と、あえて言わせてもらう)は車は大破したものの、軽症だったようですが。 これねえ・・・シャレにならない。てめえらはスピードの向こう側のセカイに酔って、ポエムでもぶっこいてるかも知れないけど、交通事故なんてマジで悲惨以外の何者でもない。 しかも、自分で勝手に事故って死ぬのでさえ迷惑なのに、他人を巻き込む危険行為を肯定する事は、どんな趣味嗜好の差があれど、公道を無許可で突っ走る時点でどう考えても出来ない。 交通事故の悲惨なところは「誰も起こしたくて起こすものじゃない」「あっ!と思ったその瞬間まで、自分が被害者(加害者)になると誰も思わない」そして何より「公道バトルマンガには事故で生涯をかけて償いきれない償いをする加害者は描かれない」ということ。当たり前ですが。 公道バトルは2次元女子への性的暴力と同じく、ファンタジーの世界にして欲しいです。
2010.04.12
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最近まで必死に作っていたゲームが無事発売になりまして。おかげさまで売り上げ的にも、ネットなどで見るお客さんの感想的にも好評のようで、作り手としてはほっとしています。 このソフト、私は途中からヘルプで入ったのですが(別の仕事と掛け持ち)、元々の実開発期間も半年で一気に仕上げた、というソフトですが、案外作りやすかったのは「コンセプトがはっきりしていた」という一点。 ここが売り!というのが明確であったので、作る側としてもスケジュール配分や方向性の迷いがない上に、マーケティングも明確で、しかも、特化した作りに出来るので余計な試行錯誤がなかった、だから短期間でもいいゲームが作れたんだろうなと。 よく、発売日が発表されてから延期を重ねて1年とか2年とか、一体どうなっているんだ?という他社のソフトもありますが、アレは大概「売り物にならない」という、元々の素材の悪さをいろんな付加価値やら余計な装飾をごてごてと塗り固めてデコレーションをしていった結果、なんだかボリュームばかり増えてしまい、人件費はかさむ。最終的に何を作りたいのかが曖昧で、ゴールが見えずに迷走するパターンですな。 前もBlogで書きましたが、私はゲーム作りは「一点豪華主義」の方が結果としていいものが作れるような気がしてます。また、あれもこれも、なんてやっていたらいつまでたっても完成しない。どこかでばっさり切る判断が出来ないと。 というか、ユーザーが遊び手である以上、完璧な作品など出来ないのだから(ユーザーの遊び方によっては評価が変わるのがゲームであるから)発売した上でユーザーの評価を次回作に生かす、ということしか出来ないんじゃないかと。 ゲームはお客さんに遊ばれて初めて完成するものです。
2010.04.11
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ふと思ったのですが、RPGのようなプレイヤーキャラの成長の要素のないアクションゲームって、最初のプレイからエンディングまで何時間ぐらいが妥当なんでしょうかね? 個人的には20時間ぐらいで一通りのクリアが出来るぐらいがダレずに済むのですが。 最近はムダにボリューム過多なゲームもありますが、ゲームの奥深さによる「やりこみ要素」と、水増しのために同じ内容を何周もさせてレアアイテムをGETさせるような無理やり作った「やりこませ要素」は違うと思うのです。 ゲームは遊びである以上、つまらない作業になったらおしまいだなと。本と同じで、ページ数や巻数が多ければいい、ってモノじゃありません。
2010.04.09
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日本のゲーム市場は特殊でよくガラパゴスに例えられますが。このままだと世界との競争に負けてしまう、日本のゲームが世界一だった頃を思い出せ!と・・・ え~~~・・・でもどうして「世界」を「欧米」にばかりもとめるのですかね?特にこれからますます市場が隆起する事が確実視されている、アジアやアフリカ、ロシア、中東、南米という市場はそれに含まれていないことが大半です。 例えば、うちの会社でアジア向けのPCネットゲ事業があるのですが、ここ通年して大幅な黒字です。それこそパッケージソフトより安定している、という意味では優秀なコンテンツですし。 もちろん、ネットゲーム市場も中国、韓国のメーカーがたくさんあり、また、国の壁、文化の壁という難しさがありますが、世界市場というのはどこでもいいからきっちりお金を稼げることじゃないかと。 また、国内を見回してもDS市場が出来るまでまったく未開の地だった女性層、老人層といったお客さんを無視して、なんで最先端をいかなければならないのか?ここ数年だけでファミ通でほとんど取り上げられなかったミリオンソフトが何本あったか? 結局、雑誌のライターや読者層が、私のようなオタクになってしまっているから、たんに視野が最先端=いいゲーム になりがちなのでしょう。 最近「斬撃のレギンレイヴ」「GOW3」「北斗無双」など、ど派手なアクションばかりやっていたので、Wiiのスーパーマリオを買いました。日本でも世界でも馬鹿馬鹿しいほど売れているゲームの実力とやらをじっくり見てやろうと・・・ プレイした感想は「うーん・・・なんか普通。あんまり変わり映えしないなあ・・・確かに面白いけど、これがどうしてあんなに売れるんだろう?」・・・って考えながら。 気がついたら休日ぶっ通し6時間もやっていたよ!こえええ! 訳がわからん・・・
2010.04.09
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画質を上げても、ソフト売上げ向上には繋がらない コレは同意。と、いいますか、個人的には「そもそもグラフィックがキレイ、というのはゲームにおいて個性だったはず」じゃないかと。他社との差別化、という意味において、グラフィックが抜きん出ていることが淘汰の激しいこの業界を勝ち抜く唯一の道だ、と・・・そう思っていた。 ただ、その「キレイ」を「リアル」の方向に突き詰めれば、いずれどれも同じような画面になる。そりゃそうだ。リアルなカーレースゲームを作ればGTもForzaもリッジレーサーも素人目には同じゲームに見える。 最近のJRPGでもアクションでも、美形の顔のモデリングがほとんど区別がつかないほど似通っているのには、ちょっと恐怖感さえ覚えます。成分抽出の上澄みを集めすぎた結果が没個性になるのかよ!という感じで。 当然、没個性な作品は元々ブランドのある作品と競り合って勝てるわけがない。昔、FF開発者がスクエアを飛び出してアルゼの傘下で「FFっぽいRPG」を作りました。画面もきれいだし、ゲームとしてもよく出来ている。けど・・・な感じで。 現場でのハードのグラフィック競争は、すでに次の戦いに移っています。それは「いかに効率よく、しかもすごいものを作るか」という。今まで10人で1年かかって作ってきたモデリングをライブラリの駆使で5人で半年で終わらせる技術や技法、アニメーションも全ての人体モーションを作るのではなく、自動化できるところは自動化する、使いまわせるところはどんどん使いまわす、など・・・ これは、ようやくゲームが文化として次のステップに進んだ結果なのかもしれません。 かといってここで余裕が出るかというと、それもまたNOで・・・結局儲けが出たらその全てをまた別のゲーム開発に突っ込むのがこの業界。いずれにせよ単にグラフィックがリアル、というのは、見栄えのしない、没個性になるような気がします。 GOW3がすごいゲームなのは、別に岩の質感がリアル、とか、龍のウロコの質感が・・・というのではありません。派手で個性的な画面作りをして、かつ、アクションゲームとしてのパッドを握った気持ちよさを兼ね備えている。だからすごい。けど、あんな膨大なお金はない大多数のメーカーが、張り合って岩の質感にばかりこだわりはじめたら・・・
2010.04.08
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任天堂の3DSの話題を今だ見ぬうちからよく聞きます。私も大変気になっているのですが。 DSの時もそうですが、恐らく任天堂の事なので単に3D映像だけ、という事はしないと思います。(確かDSの時もタッチペン機能が公開されたのは最初の発表より後だったので) で、ユーザーとしての期待もありますが、それ以上に開発者としては「できるだけ最初に開発しやすい環境を整えてくれ」という要望があります。 ハードの世代交代期というのは、これまでのノウハウを一旦リセットさせられる事が多かっただけに、正直私のようなデザイナーはともかく、プログラマーさんが一番苦労させられる訳でもあり。 特にPS>PS2>PS3 は同じハードメーカーとは思えないぐらい苦労した(ローンチ開発の段階でライブラリの充実がまったくされておらず、各社また一から開発するしかなかった)だけに・・・ 新しいハードになった事で過去になかった表現をするための新しい開発の苦労はドンとこい!です。が、過去に出来た事を再現するのにまた改めて同じ苦労をするのは、正直「徒労」に近いので。 もっとも、任天堂も過去64時代には異常な苦労をさせられたハードでの失敗からか、(私もアレには苦労させられた・・・)その後は新規ハードでも毎回、初期段階でかなり扱いやすいものになっていますが。(サードは逆にその目立つ機能に振り回されて使いこなせないところもあります) 最初の開発のしやすさ、というのはコスト削減にもつながるので、開発費の高騰を抑える意味でも、ぜひ充実させて欲しいです。 あと、高性能=画面がきれい の時代はさすがに表現力より以前に「コスト的な限界」が近いと思ってますので。
2010.04.07
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今シーズンからはじまりましたアニメの中で、私が注目していたのが「荒川アンダー ザ ブリッジ」と「ジャイアントキリング」 どちらも癖が強いけど確実に面白いマンガ原作だけに、放送前はかなり不安でした。が・・・OK!どっちもいいよいいよ! 荒川~に関してはシャフト特有の絶望先生のノリでカットを細切れに大量にぶち込む事によって非常にテンポいいギャグアニメに、ジャイアント~はそれこそOPから原作の絵を上手い具合に動かして魅力的なサッカー描写がたまりません! つくづく思うのですが、やはり日本はマンガの国であり、それを上手くアニメ化するアニメーターの方々がいるからこそ、世界に類を見ない独特の文化が花開いているんだなと。 また、昔はアニメ化といえばメジャー作品だけでしたが、昨今は「え?それってどの雑誌に連載しているの?」と、マンガ好きですら見落としがちな良作がアニメ効果で人気になったり。相乗効果とでもいうのでしょうか。マイナーでも良い作品に良い形で光が当てられるのは嬉しい限り。 不景気の影響でアニメの本数が減りましたが、こんな時こそいいアニメには注目したいです。
2010.04.06
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週刊少年サンデーで「神のみぞ知る世界」を執筆中の若木民喜 先生のBlogを読んで考えさせられましたが(3/24のエントリーです) この中で先生は>ボクはもちろん法律での規制には大反対でありますが、少年誌作家はそれ以前に表現の自由なんかありゃしない訳で、ストーリーも表現も一杯描いちゃいけないことがあって、それに対して無批判に、何か言われたら「はいはい」と2つ返事で直してますよ。そもそも何年もの矯正のおかげで、規制にかかりそうなもの入れなくても描けるようになっちゃったよ。そのくせ、条例ともなると出版社と肩組み合って「表現を守れ!」なんつって一緒に反対してるんだから、何か面白いというか何というか。読者の方々のメールのまっすぐな意見を見るにつけ、自分自身が十分不純でねぇ。 と、お漏らしになっている。確かに。 たしか若木先生はサンデーでの前作が打ち切りにあった際もずいぶん辛い目にあったはずですが。基本、同人誌でもない限り、作家が自由に書いてそのまま通るなんてのは、相当の大御所作家か、あるいはやる気のない無能な編集者ぐらいで。 ただし、都が行おうといっている2次元表現の規制より、元々その雑誌の社風とか、客層人気、親御さんもみているという暗黙のタブーは今回の騒ぎ前からいくらでもあった訳で。昨今はコンビニに並ぶ、それこそ誰でも目に入る雑誌の性表現が過激になり、せっかく作った業界自主規制(成年コミックマーク)の枠を大きく超えている。その垣根を越えてきたら、見たくない人(PTAや親御さん、宗教関係者)の目にも入るのは当然です。 個人的には国のおかしな倫理審査機構を通さないと出版できない、なんてことにされないようコントロールするのが、本来、出版社の役割のはずでしたが。ちなみに若木先生の同Blog内のご意見。先生は私と同じく伊集院光氏のラジオが大好きなのですが。>伊集院さんのラジオ番組では「童貞」というものの力や、モテなくて何が悪い!と大いに謳い上げている訳ではあるが、伊集院氏自身は童貞でも何でもなく、アイドルと結婚して、若くしてラジオ番組を持つぐらいの話術があり、お金持ちでもある訳で、自分のなかのネガティブな一部分をキャラ化しているだけでね。しかし、リスナーのなかには強力に影響を受けて、一生童貞でいた方がいい、と思ってしまったり、ネガティブでいる方が勝ち、みたいな伊集院さんの1部分を全体として受け取ってしまう人もいるかも知れない。オトナは魅力的に、子供をどこへでも連れていくのですよ。 確かに、自分も含めて大人は自分の都合のいいように子供(次世代)を育てようとします。洗脳とは違うけど、価値観の相違はどこにでもあるもので。都が行おうとしている青少年健全育成、というのも、彼らなりの正義の元に行われる、なんだ、我々オタクの主張と大差ない意見の対立です。
2010.04.06
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週末のバラエティーでたまたま世界の面白映像を集める番組があったのですが。 そんな中でなんだか不快に思った映像が一つ。海外の動画で親にゲームのセーブデータを消されて半狂乱になる男の子の映像なんですが、いわゆるベッドをバンバン叩いたり、暴れまくったり。その様子をスタジオの芸能人が「ナニやってんだか」と大笑いする、そんな構図だったのです。 ・・・えっと、これって笑えるのかなあ? いや、これは以前Blogでも書きました価値観の違いだと思うのですが、その少年がどれだけそのセーブデータを大切にしていたか?なんてわからないし、現実問題、本人にとっては半狂乱になるぐらい大切なものだったのでしょう。 他人から見たら「たかがセーブデータ」と思うのかもしれませんが、何百時間もかけて育て上げたキャラだったりしたら、それは何者にも代え難い、大切な宝物です。 仮に、これがセーブデータじゃなくて自分の大切にしているものに置き換えてみれば判ると思うのですが、そんな簡単な想像力もなく、単に表面的に行動がこっけいだとゲラゲラ笑えるほど無神経ではないので・・・ 何年か経って、本人が「あの頃は・・・」と笑い話にするなら別ですが、現実に起こるこの手の笑える事件、なんていうのは、大概当人にとっては「シャレにならない」現実であります。交通事故で車に吹っ飛ばされる人の映像だって、スチャラカな音楽と珍妙な効果音を付ければ「笑える動画」になる。たとえそれが死亡事故であったとしても。 だからこそ余計にネタとして作られた「お笑い番組」とは違って、素直に笑えないんですよね。
2010.04.05
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昨日のエントリーを読み直して「あれ?これだとまるでGOW3をグラフィックだけのゲームとしてしか見てないような書き方になっている」と慌てまして。 私はこの作品を日本の開発者もすごく見習うべきだと思っています。と、いうのは、見習うところはグラフィックより、その操作感の心地よさや、リアクションの多彩さ、そしてプレイヤーを飽きさせないギミックの数々など、とにかく「パットを握っていて気持ちがいい」非常に丁寧に調整されているゲームな点です。 どうにも派手な演出やバイオレンス描写、作りこまれた背景美術にばかり注目されがちですが、このGOW3というのは、とにかくキャラを動かしていて楽しいという、アクションゲームの基本をしっかり守っている、これ、本当に大変だったろうなと思うのです。 つい数週間前にクリアしました「斬撃のレギンレイヴ」もそうですが、やはりアクションゲームでプレイヤーの操作に対する画面の反応は本当に重要です。ここでゲームの面白さの8割は決定する。逆に考えると、ここが疎かなゲームはそれこそ出来の悪いLDゲームと同じで操作させられている感が出てしまう。 かといって、この部分の調整はグラフィックのすごさと違い、トライ&エラーの繰り返しで地道にいじって納得できるように作るしかない。目立たない部分ですがゲームの評判という土台となるだけに、むしろ昨今の日本のゲーム作りで画面を優先するあまり、あやうく忘れがちな部分をきっちり作りこむ、40億とも聞かれる莫大な開発費は伊達じゃない、と思うことしきり。 このゲームのグラフィックのすごさを真似できる日本のメーカーは少ない(というか、そんな予算はない)と思います。が、しかし、操作性とかそういうアクションゲームの根幹になる部分の調整をしっかりすることは、本来日本のゲームのお家芸のはずです。 GOW3の派手な画面にばかり気を取られていると足元を掬われるよ、という自戒も込めて。
2010.04.03
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同業の方のご意見で深くうなずくBlogをゲームの美麗グラフィックはやはり癌かもな あ~・・・キモチわかるわ。特にデザイナーという職種の自分にとっても、これはかなり厳しい話で。 いわゆるグラフィックの向上というのは、私は「癌、というより麻薬」みたいなものだと思っています。最初は驚きや興奮をもって受け入れるけど、しばらくすると慣れてしまって刺激が足りなく感じて、さらに使用量が増える。もちろん、それによってお金はどんどんかさむ。 しかし体はグラフィックによってがんじがらめになる事によって縛られ、自由に動けない(修正がやりにくい)。結果、パラメーター調整やコマンド目押しタイプのアクションが多くなる。 デザイナーの現場でも「もっとリアルに!」という指示は出せても「もっと手を抜いて」という指示は出しにくい。この場合の「手抜き」を、単に楽をするためと捉えられると困るのですが。*本来、手抜きとは合気道の言葉で、ふっと力を抜く事によって相手の攻撃を受け流す高等技術なんですが 一瞬しか表示されない壁の質感にこだわったり、遠くに見えるだけのキャラのモデリングに時間をかけたりする結果、人件費がかさむ。しかし、ソフトを一本20000円で売るわけにはいかないから、相場で売れば利益は減る。 この業界「他社がやっているからウチもやらないと売れないのでは」という雰囲気で同じように開発費が上がっていることが多い気がします。 GOW3ショック、とでもいいましょうか。うちの会社でも早速あのゲームには衝撃を受け「これからのグラフィックはこうなる!」と早合点する人も多いです。が、あれって開発費40億かかっているんですよ?ウチの開発費とは桁が違う。どんなにがんばっても最初のステージ作っただけで終わってしまう。FFぐらいのグラフィックを作らないとこの業界は生き残れない、と言っているようなものですが、正直、そこまでいかなくてもちゃんと売れるグラフィックのゲームは作れます。 自分の仕事でも思ったのですが、前世代のPSから今、開発しているHD機に移った際に何が変わったか?というと、基本は変わりません。単に作業の工程数が増えただけで。ただ、その増えた数が尋常じゃない上で、売り上げ的には下がるという、まずいスパイラルに陥りがちです。 自分のようなデザイナー職が上を目指すのは向上心として正しいですが、その向上心って本当に「リアルに作る事だけなのか?」という疑問はしばしば考えているのですよね。お客さんに気がつかれないようなレベルの、それこそ靴の裏のテクスチャーにこだわるような真似が求められているのか? どこかで線引きをしないと、本当に麻薬と同じで自我崩壊すると思うのですよね・・・
2010.04.02
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北斗無双をやっていて、どうしても違和感を感じる部分に「効果音」がありまして。 これはやはり自分がアニメの「北斗の拳」をリアルタイムで見た世代だけに、声優が違うこと以上に攻撃の際の効果音やBGMが・・・こう・・・しっくりこない。 アニメの「バシ!」「キュピーン!」「たわば!」という独特の効果音や「愛を取り戻せ!」に代表される楽曲など、北斗の世界のかなりの部分が「音」で構成されていたんだなあ、と感じるところでもあるのですが。 同じように例えばガンダムゲームを作った際、絵がリアル、というだけでは再現性は50%で、残りは独特のビーム音とか、モビルスーツの動作音といったところにかなり依存する形になると思います。 逆に言いますと、多少ゲーム性がアレであっても、この部分をしっかり再現しているだけで、キャラゲーとして買ったユーザーの満足度は違いますので。 例えば昔に出たパチスロ「北斗の拳」は画面は初代PS並みのしょぼさですが、この部分をしっかり押さえているだけに「北斗らしさ」というのは大変よく再現されている。 今回、どういう理由で声優まで総取替えしたのかわかりませんが、リアルなグラフィックにかける予算より比較的格安で満足度の高い、SEやBGMに注力するという作り方をするべきかもしれません。
2010.04.02
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奇しくも同じタイミングで発売になりました「北斗無双」と「GOW3」。会社でやってみました。 方向性は違うとはいえ、どちらもバイオレンスアクションに分類されるZ指定作品ですが、いやはや、ここにも国民性が出ているな、と。 北斗無双はおなじみマンガ「北斗の拳」のゲーム化なのですが、敵を倒した時のリアクションも血は出る、とはいえかなり抑えてある(一瞬で消し飛ぶ)感じです。 GOW3では敵の内臓を引きずり出すとか、首をもぎ取る、とか、本当にすさまじい描写を隠すことなくやっているのですよね。これは、日本で例えるとゼルダやFFぐらいメジャーな作品でそこまでのバイオレンス描写をするようなもので。国内メーカーであればまず、作り手側が表現の自由とか言う前に「それはちょっと・・・」とブレーキをかけてしまう。 しかし、北米では別で、以前アメリカに輸出したゲームの北米クライアントから「もっと血をいっぱい出せ、死体にも攻撃できるようにしてくれ、腕や体がバラバラになるようにしてくれ、でないと売れない」と言われたことがあります。 かといって日本ではそこまでのバイオレンス作品が求められるか?というとグロ=不快と感じるお客さんが多いようで。 もっとも、昔々の北斗の拳がテレビアニメ放送された当時も、PTAから「残酷すぎる」と横槍が入って、以後、体が弾け飛ぶ描写がシルエットになった、という経緯もありますので、今回の北斗無双に関してはこれが正しいのかもしれません。 残酷描写ひとつあげてもここまでの温度差がある。そりゃ、洋ゲーが日本でなかなか売れない訳だ・・・
2010.04.01
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