全11件 (11件中 1-11件目)
1

金髪・栗毛・赤毛の話のつづきを書こうと思ったのだが、昨晩YouTubeをサーフィンしていてたまたまThe Breedersのさいきんのビデオを発見したので、Kim Dealと双子の姉のKelly Dealの話に予定を変更する。Kim Dealというのは、前にもここに何度か書いたが、ワタシがかつて偏愛していたPixiesという20年近い前に流行ったアメリカのバンドのベーシストだった女性で、ちなみに髪の色は茶色である。間違っても女優やモデルになれるような美人ではなく、ノーメークで格好はぜんぜん気にしないような男みたいな女性なのだが、不思議な魅力があって、根強い男性ファンは世界に数多い。ヘビースモーカーでかつアル中というオッサンみたいな悪癖のせいでややハスキーがかった声ながらもその不思議な甘さのある歌声は、聴く男性を骨抜きにしてしまう。90年代前半にPixiesが解散した後、ボーカルのブラック・フランシスのソロ・プロジェクトが鳴かず飛ばずだった一方、Kim Dealが元々ソロ・プロジェクトとしてやっていたBreedersというギャル・バンドは、双子の姉のKelly Dealを招き入れてリリースしたセカンドLP『Last Splash』が大ヒットする。しかしその後、姉のKelly Dealがドラッグでタイホされ更生施設(いわゆるリハブ)に入れられてBreedersは活動休止、その後KimもKellyも各自いろいろなサイド・プロジェクトのバンドをやるも、結局鳴かず飛ばず。やがて2004年にPixiesが一時的に再結成し世界ツアーした際にKimは40路に掛かる姿を公に現したものの、その後Kimの名もKellyの名もメディアで耳にすることはなかった。しかし、YouTubeでこの姉妹の姿を久々に発見した。まずは5年前のオランダのドキュメンタリー番組である。キムはPixies当時結婚していてボストン近郊に住んでいたが、やがて離婚し、90 年代末にバンド(Fear)仲間を追って姉のケリーとLAのメキシコ系移民の集まる地区に引越してその日暮らしをしていたらしい。当時はLPを出しても売れず、たぶんPixiesとBreedersのCD等の印税でなんとか喰っていたに違いないが、このドキュメンタリーを見るとすごい荒んだ生活をしている様子がよく分かる。トイモイ氏の部屋ほどではないが、キムの部屋はワタシの部屋などよりはるかに荒れた不衛生な部屋である。ケリーは中毒者の更生施設を出てからはタイマはおろか酒にさえ手を出さないようになったらしい。しじゅう編み物をしているのはドラッグの代償であろう。ただ、キム同様コンスタントにタバコを吹かしていて、あとヘロインだけはいまだに手を引けずにいるという。キムはタイマを常用しアル中で、このドキュメンタリーでも禁断症状らしき様子を見せている。ただ、このドキュメンタリーの後、Pixiesの再結成前までの期間、彼女も更生施設に入っていたらしい(笑)。このドキュメンタリーでは双子でもケリーの方が太っているが、以下にリンクを貼った2004~2005年のPixiesの再結成当時のYouTubeビデオを見ると、キムも同じくらい太っている。ちゃんとまともな食事で栄養を摂るようになったからであろうか。再結成当時のビデオ。上はブラック・フランシスの弟であるそれにしても、このビデオで見るこの双子の姉妹愛にはちょっとしんみりさせられる。Breeders結成当時のギャルたちが次々とバンドを抜けた後も、姉妹だけは絆を保ち、お互いに補完し合いながら音楽活動を続けているわけだ。演奏している2人の姿を見ると、ホントにバンド演るのが好きなんだなあ、と思う。一番最新のビデオは今年の3月のイギリスでのインタビューだが、前述のビデオから5年しか経っていないというのに、姉のケリーのすっかり老け込んでいる様子に驚かされる。キムはPixiesの再結成以降人前に出ることが多かったからだろうか、5年前とあまり変わりない。2008年のインタビュー・ビデオ。上はDeal姉妹ではなくケイト・ブッシュである4月だか5月についにBreedersとしての新譜をリリースしたらしい。Pixies当時に見せていたKimの輝くような笑顔の陰に、前述のドキュメンタリーで見た「“過剰”の犠牲者」としての暗黒の一面を見た今となっては、どんな素晴らしい新譜であっても「苦悩の産物」を聞かされるような気がしてしまい、あまり積極的に聞こうという気にならない、40を過ぎたカタギのサラリーマンのワタシである。
2008.06.30
コメント(2)

土: 自転車 130キロ (4時間40分) ランニング 5キロ (27分)日: 水泳 3キロ(1時間10分) ランニング 20.5キロ (1時間52分)今週末はたくさん運動しすぎてクタクタである。130キロって、東京-水戸間とか、沖縄本島の北端から南端の距離じゃん!クタクタとは関係ないが、さいきんのイギリスのある研究によると、赤毛は2100年までに“絶滅”する可能性が高いそうである。赤毛というのは劣勢遺伝なので、交配が続けば確率的に減り続ける運命にある。これだけ異種間・異文化間の交配が進んだ現代では、そのプロセスが加速しているわけであろう。前職のアメリカ・ミシガン州で働いていた時、赤毛の女性は何人かいたはずだが、あまり数は多くなく目立たなかった。しかし、カナダのオンタリオ州北部はあまり異種間・異文化間の交配が進んでいないのか(笑)、赤毛の女性が比較的多いような気がする。さすが赤毛のアンを産んだ国だけある。そういえば、今の職場に転職してきてからというもの、赤毛の女性がやたら気になるようになった。…というか、気のせいか、赤毛の女性にやたらと愛想をよくされることが多いような気がして、その結果、赤毛の女性が気になるようになったようである。たとえばワタシが先月まで宿泊していたホテルであるが、フロントの赤毛のオネーちゃんはとても親切で、何かというと話し掛けてくれた。あんまり愛想がいいし独身ぽかったのでデートに誘おうかと思ったくらいである。今の職場にいる数少ない女性のエンジニアのネーちゃんも派手な赤毛なのだが、どこですれ違ってもたかが通訳のワタシに笑顔であいさつしてくれる。ほかにも仕事で接触のあるカナダ人の女性社員はいるが、笑顔で声を掛けてくれるのはこの人だけである。…で、先日あるコメディ番組を見ていて、登場人物が「赤毛の人は自分に赤毛の子供が生まれないように、東洋人と結婚するといい」とかいうセリフを口にしたのを聞いて、「オヤ?」と思った。赤毛は劣勢遺伝で皮膚の色素も乏しいためオバケのような白い肌にソバカスとセットになっていることが多く、クラスでからかわれたりして劣等感を持っていることが多いらしいのだが、冗談だとはいえ、赤毛の遺伝を絶つために東洋人と交接するという発想が存在すること自体、興味深いと思ったのである。つまり、この「オヤ?」というのは、赤毛の女性がワタシに愛想がいいのは気のせいではなく、彼女たち赤毛族の意識の中に、東洋人男性に対する希求があるのではないか?…とふと思ったわけである。その希求というのは、劣勢遺伝を克服しようという本能的なものかも知れないし、あるいは前述のコメディ番組のような文化的な影響による刷り込みの可能性もあるし、まあ、その両方かも知れない。ボクは金髪とも栗毛とも交際というか交接したことがあるが、そういえば赤毛の女性とは交際したことがない。なので、ボクの赤毛の女性に対するさいきんの関心の中には、「赤毛とじっくり接してみたい」という好奇心にもとづく興味がたしかにある(笑)。たとえば、栗毛は陰部の感じは東洋人とあんまり変わり映えしないなあと思ったが、一方で金髪はインモウは茶色っぽいのだが、毛がそれほど目立たないため陰部の色が強調され、エッチだなあと思った記憶がある。要するに、ワタシの関心というのは「アソコも赤毛なのだろうか」という点と、インモウが赤毛だった場合に陰部に対しどのような視覚的心理的効果があるだろうか…という学術的な探求心に基づいている。まあ、実際はそんな体力もヒマもないのでそのような機会が訪れるかどうかは甚だ疑問ではあるとはいえ、赤毛の女性の接近があった場合には積極的に対応しようと考えている今日この頃なのである。 カナダのキャンディのCM。この栗毛のワンピースのネーちゃんはワタシのお気に入りである。
2008.06.29
コメント(3)
コンピューターの終了の話ではない。工場の操業停止休暇の話である。製造業で働いたことがなかったのでこの会社に転職するまで知らなかったのだが、北米ではカナダの建国記念日(7月1日)&アメリカの独立記念日(7月4日)の週はまるまる1週間工場を操業停止して一斉有給休暇とするところが多く、この操業停止休暇期間のことを「Shut-down」と呼ぶのである。カナダの場合、学校もこの週から夏季休暇に入るところが多く、この週は家族みんなで旅行に出掛けたりしている。日本でいうとゴールデン・ウィークに近いか。うちの職場でも、日ごろあれだけ仕事にこだわりを見せている勤勉なカナダ人たちも、この週に入る前の最後の金曜日は、終業時間が来るとまるで卒業式で角帽を放り投げる卒業生のような開放感に満ちた表情で職場を去っていく。やっぱり管理の厳しい職場で日ごろ窮屈に感じているのだなあ…と改めて思い知る瞬間である。ちなみに設備関係の社員はこの期間中に設備の入れ替えや大きな改修をしたりするので、誰もいないガランとした工場に出勤するらしい。ただし、この期間中の給与は規定で1.5倍になるので、あまり文句は言わないようである。ワタシは契約社員なので、実はシャットダウンの期間中は給与の対象にはならず、いわば単なる無給の強制休暇期間に過ぎない。むしろ、給与が1.5倍になるこの期間に稼ぎたいくらいなので、設備関係の社員の通訳の需要でもないものかと思っていたが、何かがあったときに呼び出されたりしかねないことを懸念したか、上司が出勤を認めてくれないのであった。シャットダウン期間中のワタシの唯一の予定は、来週末のハーフ・アイアンマンである。まあ、残りの1週間は部屋の整理とか住所変更の手続きとかレース前の調整トレーニングとかをしておとなしく過ごそうと思っている。
2008.06.27
コメント(2)
新しい職場である日系カナダ企業でカルチャー・ショックを受けたあの日から今日でちょうど4ヶ月経ちましたが、アメリカ企業の日本部門で働いていた半年前と比べ、自分の生活パターンが大きく変わってしまったことに気づきます。こんな感じです。起床時刻: 午前7時(プールの日は6時) → 午前5時50分(プールの日は4時50分)アメリカの会社で働いていた頃、12時過ぎまで深夜テレビ番組を見てから寝るのがボクの日課でした。今は夜10時、翌朝出勤前にプールに寄る日はなんと9時半に就寝しています。夏場のカナダの9時半というと、まだ外はうっすらと明るい時間です。前の勤務先だった頃は、会社からようやく帰宅して、ジョギングに出る時刻でした。そもそも、これまでの人生で午前4時台に起床するような生活なんてしたことありません。目覚し時計を見ながら「あと10分…」「あと5分…」とギリギリになるまでネバっていたこれまでの社会人生活がウソのようです。帰宅時刻: 平均 午後7時半~8時 → 平均 午後4時半アメリカの会社で働いていた頃は、定時は午後5時だったにも関わらず、日本支社に電話するために日本の始業時間、つまりアメリカの午後7時半(サマータイムの間は6時半)まで会社に残るが常でした。今は契約社員の身なので、時給が1.5倍になる残業時間は厳しく管理されていて、本当に必要ない限りは定時で帰らざるを得ません。ちなみに、今の会社では駐在の日本人はやっぱりあの頃のボクのように、日本に電話するために夜7時くらいまで残業しているようです。現地のカナダ人社員も必要であればちゃんと残業しています。ちなみに前職のアメリカの会社ではよほど追い詰められない限り残業するアメリカ人社員はいませんでした。たまに残業したら、そのことをイバって日本人社員に自慢していたのを思い出します(笑)。仕事への集中度: 70% → 90%正直いって、アメリカの会社で働いていた頃はラクでした。働く時間こそ長かったものの、実際は集中してやれば定時で完了できる仕事量でした。何かの期限があったり、何か問題が発生した場合のような“非常時”こそ午前様になったり徹夜することがよくありましたが、平常時は、どうせ日本の始業時間まで会社にいなきゃいけなかったので、実にタラタラと仕事をしていました。今の職場では同時通訳の仕事をしている時は集中度120%、これほど意識を集中させて脳みそをフル回転させるような精神活動がこの世にほかにあるだろうか…と思うくらい集中しています。翻訳をしている時は少し気を緩めて出力80%くらいでやってますが、平均したら90%以上の出力というか、密度で仕事をしていると思います。会社への誇り度: 65% → 90%契約社員とは言え、「この会社に入ってよかった!」と思っています。あのままあのアメリカの会社にいたら「会社なんてこんなテキトウでいいのかあ...」と思い込んだまま死んでいたのかと思うと、ホントに辞めてよかった。とにかく、この会社に入って驚いたのは、社員たちの仕事へのこだわりぶりです。妥協がないのです。製造業はサービス業と違って、手を抜けばそれが製品にそのまま現われる世界ですから、「テキトウに済ましておく」という姿勢が社員たちに見られないのです。前の職場はコンサルティング業の一種でしたが、目に見えない商品だったのでいくらでもゴマカシが利きました。たとえば、まだ検討さえしていない「商品」を営業が売ってきた後で、慌ててその商品の設計開発を始めていたり、ぜんぜん未経験のコンサルタントを“その道のエキスパート”という触れ込みで客先に送り込んだり、それで苦情が出ても営業社員が“接待”でなんとか丸め込んだり、まあ、そんなドロナワ式のやり方でした。社長自身が「まあ、患者の容態を見たりジェット機を製造しているわけじゃなんだし、問題が発生したからといってそれで客が死ぬわけじゃないんだから…」とか言っていたくらいです(笑)。ましてや、下で働く社員の態度は察してしかるべしです。今の会社は何年、何百億円という資本を設計・開発に掛け、不良品が出れば徹底してその原因を究明し、顧客に誠心誠意対応しています。日本人だろうがカナダ人だろうが「テキトウにゴマカしておこう」という態度は微塵も見られません。「モノを作って売る」という製造業の世界は、透明で正直でいい世界だなあと感じます。なぜ「誇り度」が100%じゃないかというと、正社員にしてくれなかったからです。家計の緊縮度: 0% → 30%新しい生活の欠点の1つは生計のラクさの低減です。前の仕事ではいちおう管理職として自分の収入だけでも(なんとか)妻子を養える程度の収入を得ていたので、銀行の残高を気にせずに突然キリマンジャロに行ったり北極圏に行ったりトライアスロンを始めたりできました。今は管理職から技能職のヒラになって収入が減っただけでなく、2~3割も物価の高いカナダ国内ですべての買い物をしなければいけません。だから、収入と支出を総合すると、生活がいきなり3割分くらい厳しくなった感じです。バカ高いトライアスロンのギアを衝動買いしたり、ヨーロッパで開催されるアイアンマンに申し込んだりする前に、いったん銀行の残高をチェックしなければいけない身になってしまいました。日本等への国外出張: 年3~4回 → ゼロ今の会社に入ってしばらく経つまで気づかなかったのですが、前職のインセンティブとして「会社のカネによる国外旅行」というのが結構大きかったことを最近感じています。前職では日本への出張は例年年2回くらいあって、日本での仕事自体は忙しかったけど、毎回必ず実家に帰省できました。また、仕事なので自由時間は限りなく少なかったとはいえ、毎年ヨーロッパやアジア各国に出張の機会がありました。今の職場では通訳なんてどこの国の海外法人にもいるので、出張の必要性がありません。なので、日本に帰省しようと思ったら自腹で20万円程度の出費は覚悟しなければなりません。まあ、そういうわけで、今回の転職&引越はプラス面が8に対しマイナス面が2といったところでしょうか。全般的に見れば生活がずっと充実しているし、心身の健康度でいえば 70% → 90% への向上といったところです。走る鬼畜ブログが爽やかトライアスリート通訳ブログになり、ついにホウロウさんやトイモイさんがコメントを止める日がくるのも時間の問題なのでしょうか。
2008.06.26
コメント(8)
『私と英語』他界した私の4人の兄のうち、すぐ上の兄は子供の頃進駐米軍のボーイをしていた。マイクだかジョンだかいうアメリカン・ネームを付けられ、買い物だの靴磨きだのといった雑用を仰せつかってはお小遣いをもらっていたのである。チョコだのキャンディなどをもらって帰ってくる兄が、とても羨ましかった。はっきりとした記憶はないものの、ちょっとした英語で米兵たちと会話をしていたはずである。兄は決して兄弟の中で特に利口だったわけではなく、むしろその逆であったが、彼がボーイに雇われたのはきっと日本人離れした顔が米兵たちに違和感を与えなかったからに違いない。そんな兄に競争心があったからかどうかは分からないが、学生時代、英語は本気で勉強した。社会人になってから英会話学校に通っていた時期もある。何万円したか覚えていないが、旺文社のカセットLLも全セット購入したし、小林克也の『アメリ缶』も持っていた。海運関係の仕事をしていた関係で、外国人と仕事でちょっとした英会話をする機会はたびたびあった。しかし、40歳を過ぎて初めて北米に海外出張した際、自分の英語が現地人に通じないことを知った。これまで仕事で会話が成立していたのは、相手が主に英米以外の外国人で、お互いに外国語としての英語を喋っていたからだったのである。アメリカ人やカナダ人のようなネイティブが相手になると、相手の喋っていることも分からなければ、私の東北訛りの英語も通じないのであった。それまで履歴書の得意科目欄に「英語」などと堂々と書いていたことは、通訳者の長男には口が裂けても言えない。上記は、宮城福祉協議会だかが運営している二年制『宮城いきいき学園』を、70歳になるボクの鬼畜パパが来春卒業するにあたり、卒業文集を今週中に提出しなければいけないのですが、文才に乏しいパパはたかだか600字の作文が書けず、息子に作文を依頼してきたので、30分くらいでデッチ上げて書いたものです。『外国人と日本人とか、ある外国人に接してとか、何日か外国で暮らして(定年後、何ヶ月か暮らしたことにして)とか、外国と日本の違いとか、つくり話で結構です。』とのことで、どうやらガイコクにこだわりがあるみたいなので、『私と英語』というテーマでパパになりきって書いてみました。卒業おめでとうパパ(笑)!
2008.06.24
コメント(3)

土曜: バイク:38.5キロ(1時間10分) ラン:5キロ(25分)日曜: ラン:20キロ(1時間50分) スイム:2.5キロ(1時間)この週末、はじめて地元トライアスロン・チームの週末練習に参加したのだが、自転車で40キロ近く走って脚がパンパンになっている状態で400mトラックを高速で何周も走ったり、高校生以来25年ぶりに筋トレまでするハメになった。おかげで今日は腕から脚からケツから腹筋まで全身の筋肉がキリキリと痛んで、少しだけ心地よい。さて、先週1週間は激しい下痢と疲労で日記の更新どころではなかったのだが、世の中ではいろいろ興味深いニュースがあった。以下はぼくがちょっとだけショックを受けたアメリカのニュースである。ミスター・カトウ、白人男性と同性愛結婚さいきんマサチューセッツ州に次いで、カリフォルニア州も同性愛婚を法的に認めることになったのだが、スタートレックのMr.カトウ役で知られるジョージ・タケイ(71)がこれを機に同性の愛人(54)と結婚したらしい。このオッサンは最近アメリカの人気ドラマ『Hero』に日本人ビジネスマンの役で出ていたのだが、これだけ大々的に同性愛婚が報道されてホモ爺のイメージが強くなると、この番組にはもう復帰できないに違いない。ところでこのオッサンはオイラの父親とほぼ同じ年なのだが、この写真のMr.カトウを自分の父親と入れ替えて想像してみると、「もう勝手にしてくれや」と言いたくなる。『Meet the Press』の司会で知られるTim Russert、心臓マヒで突然死1週間ほど前、アメリカの政治に関するオイラの貴重な情報源であった生放送の長老政治番組『Meet the Press』の司会であり、政治ジャーナリストとして知られるTim Russert(58)が番組のクリップの録音中に突然心臓マヒを起こし死んでしまった。日本ではあまり馴染みのないオッサンだが、大統領をも含め、有力政治家を番組に招いてその施策や方針の矛盾を突く鋭いインタビューで知られるだけでなく、私生活でもその人間性を賞賛され皆に愛されたたリッパなオッサンであった。別の人が『Meet the Press』の司会になると思うと、日曜の朝に早起きする意欲が半減しようというものである。女子高生17人、集団妊娠マサチューセッツのある高校で、16歳以下の女子高生が17人が「いっせのせ」で集団妊娠して、話題になっている。先週ブリトニー・スピアーズの妹(タレント)が17歳で出産し未婚の母となったり、映画『ジュノー』がヒットしたり、最近アメリカの10代のガキの間では「子供を産む」のが一種のファッション・ステートメントにさえなりつつあることがメディアで取り上げられていたが、どうもこれらの17人は「いっせのせ」で妊娠して共同で子供を育てる約束をした上で、ボーイフレンドや一部はホームレスの若者などを相手にして計画的に妊娠したそうである。まあ、アメリカだから何があってももう驚かないが、せっかくだからこの17人とその子供たちの行く末をきちんと追跡して報道してもらいたいと思う野次馬根性のオイラである。
2008.06.23
コメント(4)

スタート前のトランジション・エリアでの準備風景見てのとおり、白人ばっかりですスイムのコースとなる湖ですね先頭のスイマーたちの水しぶきが見えますトップのスイマーから30分近く遅れてぼくが陸上に上がってきたところ なぜか笑っています55キロのバイク・コースを終えてトランジション・エリアに帰ってきたところ なぜかすごくうれしそうな顔ですゴール付近の写真、ボクが完走する2時間近く前です1位の人はこの20分後くらいにはゴールしていますボクのゴール写真です、余裕の笑顔ですゴール直前で抜かした走者を完全にカメラからブロックしています(終わり)
2008.06.16
コメント(4)
水泳 2.0km (56分)自転車 55km (1時間51分)ラン 15キロ(1時間25分)(トランジションに計11分)ゴール4時間24分 順位 完走者777人中593位40代前半男性93名中81位トロントの北に自動車で3時間ほどのところにある国立公園に近いなかなか風光明媚なコースであったが、デジカメを忘れたので画像はなしである。今年初めてのトライアスロンレースはほぼ予定どおりのタイムでゴールしたが、順位が(男女総合で)下位25%という点がやや不服である。スイムは去年のハーフアイアンマンの1.9キロのタイムと同じなので、まあ2~3分のタイム向上があったが、完走した40代前半の男性93名中87位である。バイク(自転車)では55キロのコース中1人にしか追い抜かれていない(一方50~100人くらいは追い抜いたと思う)が、それでも40代前半男性93名中59位だそうだ。ランはフルマラソンを4時間で完走するペースで走ったのだが、それでも93名中76位だそうである。相変わらず水泳が遅いのはまあ仕方ないとして、トランジションに10分以上掛かってるのは問題だなあ。みんなの記録を見ると、スイムからバイクへのトランジションが2~3分、バイクからランへのトランジションが1~2分程度、計3分程度である。一方でオイラは自転車用の服に着替えたり足を洗って拭いたり日焼け止めを塗ったりするのに余計な時間を使っているんだなあ。疲労度はフルマラソン程度だった。水泳が思ったより疲れたなあ。1年間みっちり練習した割には後半のフォームが乱れたし。キツ過ぎて体型に合わないウェットスーツが敗因の1つだなあ。バイクは一番軽いギアにしてギリギリで登り切れるような急坂が10回くらい登場し、太ももとふくらはぎが攣りそうになった。下り坂では一時時速69キロまで達したよ。そういえばエアロバー(トライアスロン自転車用の平行ハンドル)を握る右手が攣りそうになったのは驚いた。ランは最初から最後まで一定のペースを保てたのは良かったけど、自転車を降りてランに移ってから最初の1~2キロはかなりツラかったなあ。いきなり急な上り坂の連続だもんなあ。それにしても、過去のマラソン歴に照らすと、もう少し速く走れてもいいよなあ。最近スピード練習のたぐいは全然してないしなあ。気温は27度くらいまで上がったはずだけど、マメに塩分&水分補給をしていたのでバテなかった。そういえば今回はショウベンを1度もしなかった。尿意を感じても最後までレースに集中できた自分を褒めてあげたい(笑)。それにしても、レース前から帰宅してまでずっと激しい下痢が続いているのだが、これは脱水症状の1つなのか、それとも前の晩に食べた中華料理の油がマズかったのか。3週間後はハーフ・アイアンマン(スイム1.9キロ、バイク90キロ、ハーフマラソン21.2キロ)なのだが、調整を間違えなければ昨年の記録は更新できそうである。
2008.06.15
コメント(2)

金曜: 自転車:36キロ土曜: ランニング:15.2キロ 水泳:2.85キロ日曜: 自転車68.5キロ今日トロント付近は最高気温が32℃まで上昇しました。これは、マイアミやバンコクの今日の最高気温より高いのです。直射日光の下を自転車で2~3時間走りましたが、750ccのボトル2本がすぐに空っぽになり、腕から顔から脚まで真っ黒になりました。来週末もこれくらいまで気温が上昇するらしいので、レースに向けていいトレーニングです。ちなみに引越した地下室の室温は常時20℃くらいです。この家の主はロシア出身なので寒さには滅法強いものの暑さに弱く、冷房をガンガンに効かせているのですが、地下室は地上階よりもさらに室温が低くなりがちなのです。ところで、今日少しだけ掃除をしました。実は、先週に前のマンションを出る際、掃除機を置いてきてしまったので、ハンドクリーナーと雑巾で掃除しました。どうせ新しい掃除機を買うからいいか…と思って、最後の最後で置いていくことにしたのです。実は、前のマンションを出る際、掃除機以外にも便利なものをいろいろ処分したり置いてきてしまいました。たとえば、大きなものでは2台あったうちのテレビを1台処分しました。引越しもそろそろ終わるかという早朝、2台も持っていても仕方ないか…と思っていたら、たまたま廊下ですれ違った掃除婦のオバちゃんに「捨てようと思ったんだけど、要る?」と聞いたら「要る要る!」というので、あげたのです。CDプレーヤーも捨てました。10年以上前にアメリカに住んでいたときに買ったヤツと、カナダに来てから買ったヤツの2台あったので、2台あっても邪魔なだけだと思い、ちょっとだけ罪悪感を感じながら古いほうを捨てたのです。ベッドと衣類のたぐいを大量に捨てたのは先日の日記に書いたとおりです。考えてみると、アメリカやカナダではどこの町にもサルベーション・アーミーがあって、このような不要な衣類だの電化製品だのの寄付を喜んで受け付けてくれるので、事前に要るものと要らないものを選別して寄付していれば、これらのものを喜んで使ってくれる人がいたに違いありません。…というより、何につけ新しいものを買った時点で古いものを処分するようにするか、あるいは古いものを捨ててから新しいものを買うようにすべきであることに気づきました。かつて日記にも書いたことがありますが、所有物でホントに継続的に使うものなんてせいぜい1割程度で、残りは部屋の隅や物置でホコリをかぶっているものばかりではないでしょうか。「また後で使うかも知れないから…」などと思って「とっておく」ものの9割9分は、人生の日々の9割9分と一緒で、二度と日の目を見ることもないまま忘れ去られてしまうのが常です。ぼくは、いつかこの寒い地下室を出て行く日には、ここに引越してきたときよりも持ち物が少なくなっている状態で出て行こう、と思いました。(終)
2008.06.08
コメント(9)

金曜: 自転車:36キロ土曜: ランニング:15.2キロ 水泳:2.85キロ来週末、水泳2キロ、自転車55キロ、ラン15キロ という不規則に長い距離のトライアスロン・レースに出るので、引越しで忙しくてもちゃんと練習しているのである。ところで、ガソリン代が高騰したせいで、週末に道路を走っている自動車が激減してぼくはうれしい。みんなガソリン代のためにバカ高いカネを払ってまで遠出する気がしないらしい。ご近所の家の前も軒並み一日中自動車が駐車されたままだ。たぶん自宅でビデオでも見て過ごしているのだろう。カナダのスバルCM (元ネタはこのヘンのCFか)ぼくはもともと自動車がキライで、北米に引越してさえ来なければ一生自動車など乗るまい、と思っていたくらいだ。アメリカでは自動車がないと生活できないので仕方なく免許を取ったが、日本では免許を持っていない。よほどの田舎にでも住んでいない限り、日本では公共の交通機関で用が足りるよう都市設計されているはずなのだ。どうして自動車がキライかというと、排ガスを撒き散らすし、うるさいし、天然資源を浪費するからだ。いちばんキライな理由は、歩行者や自転車に乗っている人にとってキケンだからだ。いちいち自動車を気にしないと往来の道さえ歩けないというのはまったく以って不自由である。このところ、駐車代がバカ高い大都市トロントあたりでは目に見えて自転車通勤者が増加したらしい。みんな自転車で通える範囲に住んでいるクセに怠慢こいて自動車通勤してやがったのだ。気候が暖かいうちにせいぜい毎日自転車でもこいで、冬が来て地下鉄やバスに乗るようになっても他人の迷惑にならないよう、贅肉を落としやがればいいのだ。自転車に乗る連中が増えれば、自転車を気にしながら街中で自動車を走らせるのがイヤになって、自分たちも自転車派に転向しようと思うドライバーも出てくるに違いない。相乗効果である。それにしても、世界中どこも原油高で大パニックだ。各国の弱小航空会社は相次いで倒産。でも、便数が減ったおかげで、世界中の空の大気汚染が緩和されている。トラック輸送会社も然り。ガソリン節約ために、どの会社も運転手に軒並み「時速5マイル(あるいは5キロ)減速」を命じているらしい。ぼくみたいな制限速度遵守ドライバーをあおるトラック野郎が少なくなって、いいことである。漁船も漁に出れなくなって困ってるらしい。おかげで乱獲されて絶滅の危機に瀕していた魚介類たちが復活できるいい機会ができたではないか。これを機にみんな石油に依存しないエネルギー技術やライフスタイルを真剣に考えるようになればいい。週末ごとに馬鹿デカイSUVのエンジンをふかして湖に乗りつけモーターボートで静寂を破っていた家族は、今後みんなで自転車で湖畔にサイクリングして、鳥のさえずりを鑑賞するようになればいい。四輪駆動だとかいって自然の中に自動車を乗り入れ排ガスと騒音を撒き散らしていた若いカップルも、おとなしく家で読書やボードゲームでもしやがればいい。もう少しすると、「大きいことはイイことだ」「消費は美徳」みたいな発想も時代遅れになって、「コンパクト=環境にやさしい」「消費=あとさきを考えないバカ」という考えがすぐに定着するに違いない。石油価格の高騰はスローライフ到来の序章なのだ。
2008.06.07
コメント(6)

訪問者のみなさん、お元気ですか、ぼくは元気ですぼくは先週の土曜日、レンタカーでカルゴ・バン(↓こんなやつ)を借りて、7年近く住んだ500キロ離れた国境の町のマンションから引越しをしました。ところでカルゴ・バンを借りるのは2日間で250カナダドルくらいなのですが、ガソリンを入れたらメーターが100ドルになっても満タンになりませんでした、結局ガソリン代だけで往復150ドル以上も掛かりました。さて、ぼくは先々週このマンションに帰ってある程度荷物をまとめていたので、2~3時間もあれば引越しが終わると考えていましたが、実際には荷物をまとめてバンに詰めて掃除をして要らないものを処分するのに朝まで掛かりました、つまり徹夜で引越しをしたのです。たしかに主な荷物をバンに詰めるには2~3時間しか掛かりませんでした、しかし問題は主な荷物を運び終わった後の雑多な荷物です、こんなものを持っていたとは忘れていたようなものが次から次へと出てくるのです。具体的に言うと、もう何年も着ていない衣類とか、もうほとんど使っていないカバン類とか、あとで必要になると思って保管していた書類とか、引越すときが来たら使うだろうと思ってとっておいた電化製品やシューズ類の空箱とかです。これらのものを「捨てるもの」と「運ぶもの」に選別するのが本当に大変で、結局何時間も掛けて選別した後で大量のシャツやジャケット類や書類や箱類を捨てることになりました。どうせ使わないのならとっとと捨てるべきだったのでしょうが、吝嗇なぼくは、本当に使えなくなるまではモノを捨てるということができない性質なので仕方がありません。ちなみに最後の最後に部屋に残ったのは、筆記用具とかシャンプー・洗剤類とか電源・コード類、飾り物や時計でした。時計やインテリア類はすでに背景の一部と化しているのでその存在を忘れがちなものです。捨てたといえば、ぼくはベッドを捨てました。訪問者の多くの方はご存知のとおりぼくのベッドは南京虫に侵されています、しかし南京虫が生息しているらしいのはスプリングボックスのほうで、マットレスは無事のようなので、ほんとはスプリングボックスだけ捨てて、マットレスは持っていこうと思っていたのです、しかし実際15階から1人で苦労してマットレスをバンを駐車したところまで持ってきてみると、クイーンサイズのマットレスはなかなかバンに入りません、それで、なんとかバンに入れようと工夫しているうちに面倒臭くなってきて、捨てることにしたのです。ところで引越しのために持ち物を取捨選択しながら思い出したのは、過去の引越しのこと、とくに、20年近い昔、5年以上住んだ京都の下宿を引き払って渡米したときのことでした。あの時もほんとうにたくさんのものを捨てました。もう日本に帰ってくるつもりがなかったので、アメリカでは使うことがないだろうと思われるものは思い切って全部捨てたのです。あの時は迷った末に山岸涼子の『日出処の天子』全巻を捨てたけど、今思えば惜しいことをしたなあ、とか思い出しました。日曜の朝9時過ぎに部屋のカギをマンションのオーナーに引渡し、500キロ来た道を引き返しましたが、徹夜明けの上に、たった1人で家具や多量の段ボール箱を運んで疲れていたので、何度もハンドルを握りながら眠ってしまいました。大声を出して眠らないようにしましたが、大声を出しながらも眠り掛けている自分に気づき、途中であきらめて2回くらい休憩所で20分ずつくらい仮眠しました。もう夕方近くになって新しい住処に到着し、地下室に荷物を運び入れました。運び入れる作業は、運び出し作業に比べるとラクで、2時間くらいで終わりました。しかし、1人で引越しをするのは大変です、こういうときは友人がいないのは不便だと思いますが、逆に、ぼくは友達がいないのだから、自分1人では運べないようなものを所有するのはやめよう、とつくづく思いました。地下室の新しい住居は4日経った今でも段ボール箱などでゴタゴタしています。前の住人がちゃんと掃除をしてなかったのでゆっくり掃除をしてから家具などを設置したいのですが、仕事が忙しくてなかなかできないのです。昨日は夜になってようやくインターネットがつながったので、ちょっとだけEメールを書きました。今日は小雨が降っているのでジョギングに出る代わりに楽天日記を更新することにしました。(とりあえず終わり)
2008.06.05
コメント(5)
全11件 (11件中 1-11件目)
1


