再出発日記

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2006年07月06日

「知ってた？（ムーミンの）ニョロニョロは電気を食べて生きているんだって。知っているようで知らないことって多いよね。」とミドリさんは言う。サチエさんは「何か食べなくちゃ生きていけないよね。」と軽く受ける。いつも客はいない。当ての無い食材を準備するヘルシンキ「かもめ食堂」の午後。緩やかな時間が流れる。気負わない。けれども自由に生きる。

サチエさんは不思議な女性だ。一見変人みたいなミドリさん（眼をつぶって指差した所がフィンランドだった）も、マサコさん（旅の荷物が届かないといってここで働くようになった）も、観客の我々には理解できるような気がする。彼女たちも旅人。それを見る私たちもその場限りの旅人だからだ。でも、サチエさんは違う。合気道の基本のように、重心がヘソの下にある。落ち着いているのだ。フィンランド語もきちんと話せるし、開店暫くは客がひとりも来なくても動じない。食べるのは生活の基本、鮭が美味しいここでなら、両親から受け継いだ和食の「食堂」をやっているかもしれない。それはマーケットリサーチの考えではなくて、人間の理解の問題だろう。

地域雑誌「谷根千」を発行している森まゆみの半生記「抱きしめる、東京」（講談社文庫）を読むと、こんなくだりがある。彼女は東京の出版社勤務に嫌気が指して、すっぱり会社を辞めてしまう。次の当ては無い。子供も生まれたばかり。夫は職に就いていない。それでも彼女は辞めた日、プールで泳いでいるとき、自由になったぷかぷか浮かんでいる身体を感じ、「うふふ、うふふ」と笑が止まらなくなったそうである。私は「そうか、自由になった感覚というものはこんな感じなのか。ぜひ私もそういう感覚を味わいたいものだ。」とずーと思っていた。あるとき、私は自由になった、と感じたので試しにプールで泳いでみた。とんでもない。こみ上げる笑いなんて起こらない。何も感じない。周りはダイエットのために一生懸命泳いでいる人ばかりだ。その人たちの邪魔をしないようにゆっくり泳ごうとすると、もうそれだけが気になって仕方ない。まるで自由を縛られているような気になった。……長々と映画と関係ない話を書いたが、サチエさんもたびたびプールに通っている。彼女も自由にぽっかりぽっかり浮いているように見える。けれどもサチエさんの真似を安易にしてはいけない。サチエさんは人生の達人なのだ。安易にヘルシンキで和食の店を出そうなどと、間違っても思ってはいけない。

今年の９月フィンランドでの上映が決まったそうだ。反響をぜひ知りたいものである。

あの鮭の切り身の厚いこと、とんかつの豚の切り身の厚いこと、美味しく焼けた定食。じつに「いい味」の映画だった。

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