再出発日記

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2013年09月01日
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カテゴリ: 水滸伝

「史記 武帝記 2」北方謙三 ハルキ文庫

遂に司馬遷が登場する。二十歳。彼が淮水に向かい最初の旅を終えたあと、将軍になる直前の18歳の霍去病と会話する。少し長いが、書き写す。


帝が愚かだと言っているようなものだが、そういう意識は司馬遷にはないらしい。
「司馬遷殿は、匈奴をどれほど御存知なのですか?」
「深く知っているわけではありません。しかし戦をせずとも、なんとか付き合っていく方法はあるはずです。それを言う廷臣はいないのですか?」
「匈奴は、戦のために生きるような民が、作っているような国です」
「片方では、関市などやりながらですか?」
「そうなのですよ。どんなに優遇しても、無駄ですね。闘わずにいられなくなるのが、匈奴の男たちです」
「平和に暮らしていれば、そして豊かさがあれば、戦など起きない、と思いますね」
「死んだ学識で考えれば、ですよ」
「私の学識が、既に形骸となっている、と言われるのか、霍去病殿?」
「そういう答しか出てこないなら」
司馬遷の顔が、蒼白になった。怒ると、顔を紅潮させるのではなく、青ざめるようだ。そのぶん、怒りは深く暗いものに感じられた。
それ以上の言い合いにはならなかった。
霍去病が、わざわざ入ってきて、司馬遷と話そうとしたのだということが、桑弘羊にははっきりわかった。霍去病の、人への興味の持ち方が、まだ桑弘羊には掴みきれない処がある。
「失礼します」
桑弘羊だけに言い、司馬遷は部屋を出ていった。
霍去病が、低い声で笑った。
「頭で、考えたことがすべて、という人ですね。」
「馬鹿にしているのか、霍去病?」
「まさか。あの人が政事に携わったらどういうごとになるのか、考えただけです」
「で、どうなると思った?」
「理路で割り切れないものを認めなければ、政事はできません」
「なるほど。それで戦は?」
「戦もですね。たったひとりの勇猛さが、戦の流れを変えたりします。勇猛さは理路では割り切れません」
「言っている意味はわかる。司馬遷に何がたりないと、おまえが考えているかも」
「あの人の足りなさは、政事でも戦でも、ほんとうに見ようとしていない処ですよ。それだけです。役人の考えようなことは、つまらないと決めてかかっている、と俺は思いました。それならば、役人が思いつきない大きなことを、陛下に語れるのか。それも駄目ですね。細かいごとに、入り込みすぎるのでないか、と思います」
「司馬遷はもっと深いところへ行く、という気がするがな。それにしても、おまえの生意気な言い方を聞いたら、衛青は張り飛ばすだろうな」(218p)


まるで現代の尖閣諸島問答のようではある。この古典的な「武力優先か、話し合い外交優先か」論争の是非は置く。ここでは司馬遷の頭でっかちを年下の霍去病に批判させる処が面白い。確かに司馬遷は「現実」に即しては語っていなかったと思う。果たしてこれから司馬遷はどう変わってゆくのか。注目したい。

「史記 衛将軍驃騎列伝」で蘇健が戦い敗れて部下を捨てひとりだけ逃げ帰った場面が、この小説にも出て来た。衛青は処断がわからなくて、武帝に処罰を任せたのではなく、衛青自身の戦略の大きな判断ミスを蘇健の贖罪に変えてもらったことで、恩賞の代わりを受けたという形にしていた。判断は武帝にあったのではなく、衛青にあったのである。つまり、司馬遷の史記では武帝が(李陵と違い)蘇健の罪を減じたと描いたが、北方版では大将軍の判断だったとなったのである。

解説に於いて、この北方謙三「史記」執筆の動機が「高校の時に読んだ「李陵」を再現したい」ということにあったことを明らかにしていた。だとすれば、このあとの展開は司馬遷の見た「史記」とは全く違ったものになるだろう。

2013年8月11日読了





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最終更新日  2014年02月04日 16時17分58秒
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