全67件 (67件中 51-67件目)
大阪・あべのハルカスは、2014年3月に開業した日本一高いビルです。300mで、横浜ランドマークタワー(296m)よりも高いです。エレベーターで60階まで行き、その後ヘリポートツアーに参加して地上300mのヘリポートに立ちました。この日は小雨が降ったりしたので、遠くの景色は諦めていたところ、雲の隙間から日が射したりし、思ったよりも景色を堪能することができました。トイレも外がガラス張りで、不思議な景色でした。↑ あべのハルカスとJR天王寺駅。↑ あべのハルカス周辺地図。↑ JR大阪環状線。↑ あべのハルカス前の交差点。↑ 通天閣が見える。↑ 交差点。↑ あべのハルカス近鉄本店、大阪マリオット都ホテルが入っている。↑ 近鉄 大阪阿部野橋駅。↑ あべのハルカス近鉄百貨店。↑ あべのハルカスでクリアランスセール。↑ エレベーターで昇る。↑ エレベーターの中から見える景色。光が流れる。↑ 59階に着きました。↑ フロアに出たところ。↑ 天候が悪く、遠くがよく見えない。 北側。↑ キャラクターのあべのべあ。↑ 300mのヘリポート。↑ 記念撮影。↑ 天上回廊。↑ 300m ヘリポート。↑ 景色が良く見えるトイレ。↑ あべのべあ。
2018.01.15
コメント(0)
天王寺動物園、大阪市立美術館を進むと、大阪冬の陣、夏の陣で有名な茶臼山古戦場があります。茶臼山古墳で、26メートルの高台ですが、大阪冬の陣(1614年12月)では徳川家康の本陣となり、大阪夏の陣(1615年5月)では真田幸村が本営とし、幸村が退却後、徳川家康が入りました。司馬遼太郎さんの「城塞(上、中、下)司馬遼太郎 新潮文庫」を読むと、茶臼山の戦いについて書いてあり、当時の様子を想像することができます。これらの本で、印象的な部分を紹介します。①「城塞(中)p237~238」大阪冬の陣で、徳川家康が茶臼山に陣小屋を作り、鉄砲弾を防ぐ鉄製の盾で小屋を二重に取り巻いた。②「城塞(中)p378~386」和議をすることになり、批准のため豊臣側から木村重成が茶臼山の陣に行った。徳川家康が誓紙に血判をすると、血判が薄すぎると木村重成が言い、家康に血の印を再度要求した。③「城塞(下)P299~P303」大阪夏の陣で、真田幸村は息子と討死する決意であったが、娘だけは生き延びてほしく、徳川側の伊達政宗に娘を託す依頼をした。伊達政宗は危険を承知で承諾し、娘は伊達家先鋒隊長片倉重綱の妻になった。④「城塞(下)P354~362」真田幸村は茶臼山の本営で、豊臣秀頼が大阪城から来着するのを待っていたが、秀頼は徳川家康の和議の話を検討するため、結局茶臼山に来なかった。⑤「城塞(下)P370~395」真田幸村は徳川家康の陣に切り込み、そばまで行ったが、家康は逃げた。幸村は疲れ果て、茶臼山近くの安居天神で休んでいるところ、首を取られた。↑ 天王寺動物園。↑ 大阪市立美術館に行く階段。↑ 大阪市立美術館。 この建物の横に、茶臼山がある。↑ 大阪市立美術館から、天王寺動物園の敷地、通天閣を見る。↑ 通天閣。↑ 茶臼山、河底池、和気橋。↑ 茶臼山古墳(茶臼山古戦場)↑ 茶臼山への石階段。↑ 茶臼山山頂。真田幸村の六文銭の旗が見える。↑ 真田家の家紋。六文銭。↑ 徳川家の家紋。三つ葉葵。↑ 真田幸村の名言「関東勢百万も候へ、男は一人もいなく候」↑ 真田幸村の名言「定めなき浮世にて候へば、一日先は知らざる事に候」↑ 真田幸村の名言「十万石では不忠者にならぬが、一国では不忠者になるとお思いか」↑ 真田幸村の名言「恩義を忘れ、私欲を貪り人と呼べるか」↑一心寺は茶臼山のそばにあり、徳川家康が宿泊した。↑ 錦絵「茶臼山」。↑ 茶臼山山頂の風景。↑ 大坂の陣・茶臼山の碑。↑ 大阪夏の陣では、豊臣方の真田幸村が阿倍野の徳川家康の本陣まで切り込んたとされる。↑ 茶臼山と河底池の碑。↑ 和気橋。和気清麻呂が治水工事をしたとして、橋の名前が付いた。
2018.01.14
コメント(0)
大阪通天閣を見に行くと、今宮戎(いまみやえびす)神社の十日戎にちなみ、新世界振る舞い酒が行われました。酒樽の鏡開きの後、振る舞い酒を求めた人たちが長蛇の列でした。通天閣の中にビリケンさんの像があるのは知っていましたが、今回は登らず、新世界の店先のビリケンさんを沢山見ました。アメリカ発祥の幸福の像で、足の裏をなでると幸せが訪れると言われています。↑ 通天閣本通り。↑ 通天閣。108m。↑ 通天閣の下。↑ 通天閣の下で、新世界振る舞い酒が行われた。↑ 酒樽の鏡開きをする。↑ 酒を振る舞う。↑ 新世界のビリケン。↑ 串カツでソースの二度漬けは禁止。
2018.01.13
コメント(0)
阪堺電気軌道電鉄(阪堺電車)の恵美須町駅です。大阪と堺を結ぶ路面電車で、南海電鉄の子会社です。モ501形モ505の車両を見ることができました。↑ モ501形モ505。
2018.01.12
コメント(0)
2018年1月10日、大阪浪速区にある今宮戎(いまみやえびす)神社の十日えびすを見ました。この神社は聖徳太子が四天王寺を建立したときに、西側を守るためとしてできた神社だそうです。毎年1月9日~11日は、えべっさんと呼ばれる十日えびすのお祭りが催され、福笹授与所で笹に小判や米俵などの飾りを福むすめが付けていました。福むすめは毎年、応募者の中から選考され、50人選ばれたそうです。着物を着て、頭には金の烏帽子を被り、参拝者の注文に応じて笹に子宝を付けています。境内では「商売繁盛で笹持ってこい」というフレーズがエンドレスで流れていました。↑ 今宮戎神社付近の屋台。↑ 今宮戎境内。↑ 本殿。↑ 福笹授与所↑ 福むすめ。↑ 福むすめが福笹に米俵など飾りの子宝を付けていく。↑ 参拝者は、本殿裏の大きな銅鑼を叩いていく。↑ 飾りの福笹と福娘。
2018.01.11
コメント(0)
伊賀流忍者博物館で、忍者の方からからくり屋敷の説明を聞きました。小学生の頃に読んだ学研まんがの「忍術・手品のひみつ」を思い出し、とても懐かしい感じがしました。高校の頃は、細野不二彦さんの「さすがの猿飛」の漫画とTVシリーズを見ていました。伊藤さやかさんが「恋の呪文はスキトキメキトキス」を歌っており、耳に残るメロディでした。博物館で、伊賀忍者特殊軍団「阿修羅」のショーがあるので楽しみにしていたところ、急に中止になり残念に思っていましたが、先日、東京・上野公園でショーを見る事が出来ました。松尾芭蕉を記念して作られた俳聖殿や、上野天神祭で使用されるだんじりを展示してある「だんじり会館」を見学しました。忍者列車で伊賀上野駅まで行き、関西本線で加茂駅、木津駅で乗り換え、京都駅に戻りました。東京行きの新幹線の弁当は「近江牛弁当」にしました。↑ 伊賀流忍者博物館。↑ 忍者の人形。↑ からくり扉の説明。↑ 棚に見えるが・・・↑ はしごになっている。(写真のどこかに忍者が忍んでいる)↑ 戸が開き、外に出ることができる。↑ 扉の裏に隠れることができる。隣の部屋よりもこの部屋は屋根が低くなっており、刀を振り上げると天井に当たってしまう。↑ 床に刀を隠している。↑ 壺を隠している。↑ 水蜘蛛。沼のような堀で使うらしいが、これで本当に渡れたのだろうか?↑ はしご。↑ 隙間に入れて開ける。↑ まきびし。↑ 手裏剣、火車剣。↑ 分銅つぶて。↑ 吹き矢筒。↑ 鎖鎌。↑ 万力鎖。↑ 俳聖殿。松尾芭蕉の旅姿をイメージして造られた。芭蕉像がある。↑ だんじり会館。↑ 上野天神祭で使用されるだんじり。↑ 忍者列車で伊賀線・伊賀上野駅に到着し、関西本線に乗り換える。↑ 加茂駅。↑ 加茂駅で乗り換える。↑ 木津駅。↑ 木津駅で乗り換えて、京都駅に向かう。↑ 京都駅到着。↑ 新幹線内で、近江牛弁当を食べる。
2017.12.28
コメント(0)
室生寺を見た後、そこで知り合いになった方々と一緒に、近鉄・室生口大野駅から長谷寺駅に移動し、長谷寺を参拝しました。奈良の初瀬にある長谷寺は、真言宗豊山派の総本山です。長谷寺の牡丹は有名で、4~5月頃は満開だそうです。清少納言も紫式部もここを訪れています。本尊十一面観音像を見ました。よもぎ餅も美味しかったです。↑ 近鉄・室生口大野駅。↑ 23000系・伊勢志摩ライナー。黄色が美しい。↑ 近鉄・長谷寺駅で下車する。↑ 室生寺で知り合った人たちと、長谷寺へ行く。↑ 真言宗豊山派総本山・長谷寺(はせでら)。↑ 仁王門は修繕中。↑ 登廊(のぼりろう)。↑ 399段ある。↑ 登廊と紅葉。↑ 蔵王三鈷。蔵王権現が持つとされる。↑ 本堂。山の中腹にできた舞台作りの建物。「大悲閣」と書いてある。↑ 紅葉を見ながら歩く。曇ってきた。↑ 五重塔。↑ 有名なよもぎ餅を食べる。
2017.12.26
コメント(0)
高野山は江戸時代まで女性禁制だったので、女性たちは5代将軍・徳川義綱の生母である桂昌院が保護をしたこの室生寺に参拝しました。そのため室生寺は「女人高野」と呼ばれています。室生寺の金堂には、薬師如来立像、十一面観音像、十二神将像などがびっしりと並んでいます。バスで知り合った方々は仏像に詳しく、皆さんのうんちくを聞きながら像を見ました。五重塔はとても小さいのですが、下の石段から見上げると、自然と調和した美しさを感じます。↑ 女人高野 室生寺。↑ 室生寺の仁王門。↑ 鎧坂を登る。↑ 金堂。中は薬師如来立像、十一面観音像、十二神将像が並ぶ。 撮影禁止。↑ 金堂の横にある弥勒堂。釈迦如来坐像などがある。↑ 金堂の横にある天神社拝殿。↑ 弥勒堂と、金堂の廊下。↑ 石段を登る。↑ 室生寺の五重塔。↑ 本堂が見える。↑ 本堂。この横に桂昌院の墓がある。↑ 奥之院へ続く道。↑ 奥之院の常燈堂。↑ 石段。↑ 奥之院。↑ 奥之院の常燈堂。↑ 奥之院から帰る。↑ 仁王門。↑ 太鼓橋と室生川。
2017.12.25
コメント(0)
今回の旅の一番の目的は、奈良県宇陀市にある「室生寺(むろうじ)」を見ることでした。昭和時代、写真家の土門拳さんが京都、奈良にある寺の写真を撮り続けられましたが、私が若い頃、図書館でその写真集を見て、それらの写真の持つ力強さに驚きました。その後、「土門拳 古寺を訪ねて 奈良西ノ京から室生へ/著者 土門拳 小学館文庫」を買い、何度も読みました。この本の中に「室生寺ひとむかし」P128~p141のというエッセイ(「室生寺」美術出版社・1954年出典)があり、室生に住む人々の生活は吉凶禍福、少しずつ変化があるとして、土門拳さんが気づかれた事が記載されています。門前の橋のそばにある「橋本屋」や、もう一軒の旅館「清水屋」(どこにあったのかよく分かりませんでした)の方々、バスの若い車掌さんの事などが書いてあります。人の人生について、色々と考えさせられる文章でした。室生寺といえば、雪の室生寺を思い出します。土門拳さんは長い期間待ち、やっとのことで雪の室生寺の写真を撮りました。私がいまだに心に残っているCMは、JR東海の「いま ふたたびの奈良へ」で、冬の室生寺が紹介されていました。降る雪と、階段下から見上げる五重塔の映像は素晴らしいものでした。朝5時頃に起き、すぐに近鉄奈良駅に向かいました。6時過ぎの電車に乗り、鶴橋経由で近鉄・室生口大野駅に着きました。8時過ぎのバスには10人程度が乗車し、室生寺近くのバス停で6人が下車しました。皆、室生寺の拝観が目的という事で、すぐに打ち解けて色々話をしました。↑ 近鉄奈良駅。↑ せんとくん。↑ 近鉄の「青の交響曲」。いつか乗ってみたい。↑ ようこそ奈良へ。近鉄奈良線で、生駒山を越えて大阪へ。↑ 大阪の鶴橋駅で、近鉄大阪線に乗り換える。↑ 鶴橋駅。↑ あべのハルカスが見える。↑ 近鉄・室生口大野駅。↑ 奈良交通のバスにのり、室生寺へ向かう。↑ 近鉄・室生口大野駅。↑ 室生川に沿って進む。↑ 室生寺バス停近くの店で、よもぎ入り回転焼きを買う。↑ 寒い中、熱い回転焼きは美味しい。↑ 室生寺門前の橋。↑ 橋の横にある「お食事処橋本屋」。向かいにある「橋本屋旅館」。↑ 室生川。川下側。↑ 室生川。川上側。↑ 室生寺の表門。↑ 橋から見た「お食事処橋本屋」。↑ 橋から見た「橋本屋旅館」。
2017.12.24
コメント(0)
夜に近鉄京都駅から奈良へ移動し、猿沢池や興福寺・五重塔周辺を散策しました。毎回、奈良に来ると必ずこの辺りをぶらぶらします。↑ 近鉄京都駅。↑ 室生寺の紹介。↑ 橿原行き電車に乗る。↑ 奈良・猿沢池。↑ 猿沢池と興福寺・五重塔。↑ 興福寺・五重塔。↑ 池の周辺をぶらぶら歩く。↑ 民宿に宿泊した。
2017.12.23
コメント(0)
京都駅から歩いて清水寺に行きました。清水寺が夜にライトアップされるので、ぜひ写真を撮りたいと思っていました。紅葉と光に包まれた清水寺は、予想よりもはるかに美しく、寒さを忘れて見とれていました。
2017.12.22
コメント(0)
奈良から京都に移動しました。京都では、三十三間堂、智積院、清水寺を回って、京都駅に戻りました。時間が遅く、全て閉館でした。駆け足のような1日でした。↑ JR奈良線から宇治川と宇治橋を見る。近くには平等院鳳凰堂がある。↑ 京都タワー。↑ JR京都駅。↑ 駅から歩く。七条大橋から見た鴨川の風景。↑ 三十三間堂。すでに閉館。↑ 三十三間堂。↑ 智積院の門。↑ 清水寺。仁王門。↑ 西門。↑ 京都タワーと月。↑ 京都タワー。
2017.10.24
コメント(0)
奈良の興福寺、猿沢池です。710年の平城京遷都の時期に、藤原不比等によって山科から寺が移転され、興福寺と名付けられました。興福寺の東金堂には薬師如来像があります。近くの猿沢池は奈良時代に作られた人工池で、興福寺での放生会(ほうじょうえ)を行うための池です。殺生禁止として捕まえた生き物を池に放す儀式がありました。↑ しか注意書きの前に座るしか。↑ 興福寺・五重塔と東金堂。↑ 五重塔。↑ 東金堂。薬師如来像がある。↑ 猿沢池の亀。↑ 猿沢池の亀。↑ 五重塔と猿沢池。↑ JR奈良駅。↑ 平城宮の朱雀門。↑ 平城宮敷地に、近鉄奈良線が通っている。↑ 踏切から朱雀門を見る。↑ 平城宮の大極殿。↑ 大極殿の中。↑ 平城宮の大極殿。↑ 大極殿から朱雀門を見る。↑ せんとくん。↑ せんとくんと記念撮影。
2017.10.23
コメント(2)
春日大社は710年、奈良の平城京に遷都された時、藤原不比等が藤原氏の氏神である茨城県の鹿島神を春日神として祀ったのが始まりと言われています。境内には鹿が多く、神の使いとして大事にされていました。朱色の回廊が美しいです。↑ 春日大社。世界遺産。古都奈良の文化財。↑ 鳥居。↑ 散歩する鹿。↑ 伏鹿手水所(ふせしかのてみずしょ)。神鹿がモチーフになっている。↑ 南門。↑ 御本殿。↑ 灯籠。↑ 回廊。<↑ 鹿の注意事項。「奈良公園のシカの多くは人に慣れていますが、あくまでも野生動物です。時として人を攻撃することがありますので・・・」
2017.10.22
コメント(0)
奈良。東大寺の写真です。 東大寺南大門には、運慶、快慶の金剛力士像があります。↑ ようこそ奈良へ。 平城遷都1300年祭。 この1300年祭のキャラクターとして、せんとくんが選ばれた。↑ 東大寺南大門に続く道。↑ 鹿。↑ 南大門前。↑ 南大門左側の金剛力士像。阿形像 (運慶、快慶の作) 阿形像(あぎょうぞう)は、口を開けて怒りを表した像。↑ 南大門右側の金剛力士像。吽形像 (定覚、湛慶の作) 吽形像(うんぎょうぞう)は、口を閉めて怒りを内に秘めた像。↑ 世界遺産の東大寺。↑ 東大寺大仏殿。↑ 記念撮影。↑ 大仏殿正面。↑ 大仏殿の入り口。↑ 国宝の八角灯篭。獅子や天女の透かし彫りがある。↑ 奈良の大仏。(廬舎那仏像)聖武天皇の発願で作られた。752年にできた。↑ 高さ14.7m。↑ 広目天。↑ 多聞天。↑ 柱の穴は、大仏の鼻の穴と同じ大きさで、くぐるとご利益があるとされる。
2017.10.21
コメント(0)
奈良・法隆寺です。↑ JR法隆寺駅。↑ 日本最初の世界文化遺産 法隆寺。↑ 法隆寺・南大門。 国宝に指定されている。↑ 日本三大門の一つ。(法隆寺・南大門、東大寺・南大門、日光東照宮・陽明門)↑ 中門。国宝に指定されている。↑ 中門には日本最古の金剛力士像がある。↑ 金堂と五重の塔。両方とも国宝。金堂には釈迦三尊像がある。↑ 五重の塔。↑ 記念撮影。↑ エンタシスの柱。↑ 大宝蔵院。 有名な百済観音像がある。↑ 夢殿。
2017.10.20
コメント(0)
中学校の修学旅行は、京都と奈良でした。京都は比叡山延暦寺の宿坊に泊り、奈良は猿沢池近くの旅館だったと記憶しています。時々奈良に行き、懐かしく散策をしたりします。写真は古いのですが、2010年7月14日に撮影したものです。↑ 東京駅。東海道新幹線。↑ 東北新幹線「やまびこ」が見える。ポケモン新幹線。↑ ポケモン新幹線 E2系。↑ 東海道新幹線 N700系。↑ 富士山が見える。↑ 神奈川県平塚市の「日向岡(ひなたおか)」。車窓から見える景色として、この住宅地は大変有名。車窓の撮影スポットの一つ。↑ JR新富士近くからの富士山。↑ 京都駅でJR奈良線に乗り換える。↑ JR奈良駅着。↑ JR奈良駅。
2017.10.19
コメント(0)
全67件 (67件中 51-67件目)