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人は死んだらどこに行くのだろうか。死は恐ろしいものだろうか。
ゼンダさんによると、ブータンにはお墓がないという。人は死んだら焼かれ、その灰は川に流される。ブータンに流れるいくつもの川はすべてインド・バングラディッシュに流れガンジス川に行き着きやがてはインド洋に注ぎ込む。
死は新しい生への出発。すべての生き物は生まれ変わる。人から動物へ、動物から昆虫へ。どう生まれ変わるかは生きていた時の生き方しだいで決まる。
生まれ変わった世界の一番上は人間界。来世もまた再び人間界に生まれ変わるために人々は暇があればマニ車を回し、数珠を繰り、殺生を慎み、犬や猫に施しをする。日常においてちょっとした親切を心がける。今生は来世のためにある世界。そうやって生き物は転生を繰り返す。願うのは少しでも上の階級に生まれ変わること。農地を持った農民に、僧に、人々から崇拝される高僧に。
メモリアルチョルテンでマニを回し祈る老人達 ドチェ・ラ峠のチョルテンの前で数珠を弄る老婆
タクツアン登山の昼食の残りを犬に与える チミラカンのマニ車の下に座り続ける老婆
一番上は人間界と書いたが実はその上がある。生の繰り返し(輪廻)から開放された人は涅槃に到達する。
最もえらい聖職者は、この世に必要とされた時、生まれ変わって戻ってくるそうだ。
パロの博物館でガイドのコウタさんが言った。コウタさんのおじいさんのお兄さんもまた名の知れた高僧の生まれ変わり(化身)だったと。
1988年、ブータン国王はタシガン県に赴いた。昼食の時、その場に居た4歳にも満たない幼い僧が国王に向かって言った「タンゴ僧院を立てたのは私です」。
タンゴ僧院を建てタクツアン僧院建設指導したのは17世紀にブータンに現れた高僧、デシ・テンジン・ラプゲ。少年僧は4歳とは思えない聡明さでものを言い、普通の人が知ることが出来るはずもないことをたくさん知っていた。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・第4代国王妃著「幸福大国ブータン」より要約
ブータン4日目、プナカからティンプーに戻った私達は二手に分かれた。ハルミさん、ワキさんと案内のアサミちゃんの買い物組み、そしてお寺や歴史が好きで少しでもたくさんの場所を見学したい唯一の男性ダイヤさんと私はガイドのコウタさん、ムサシさんとソナムさんの車でティンプー郊外、山の中にあるタンゴ&チェリ僧院見学に出かけた。
またしてもの山道で酔ってしまって無口になったダイヤさんを助手席に乗せて、私はガイドの2人に日本語と英語で質問攻めにしたのだった。それはチェリ僧院を山の下から眺め、タンゴ僧院の見えるところに着いた時、コウタさんが言った一言からだった。「今、タンゴ僧院にはタクツアンを建てた化身が住んでいる」
王妃様の本で読んだデシ・テンジン・ラプゲのことではないか!ブータンに来る前、本を読んでからというもの頭から離れない「生まれ変わり」。映画のセブン・イヤーズ・イン・チベット」や「ダライ・ラマ」の世界。
今、ブータンは彼を必要としているのだろうか。人々が必要とするとき、聖職者は人間界に転生をする。
その時の少年は今、10歳だという。タンゴ僧院で国中の高僧から学び、読経し、儀式を執り行い、瞑想をしているという。たとえ許可が出たとしても1時間はがけ登りをしなければ着かないだろう山の上のタンゴ僧院を見上げながら、私は暫しの間、輪廻の不思議に感動して立ち尽くしていた。
タンゴ僧院 チミラカンの中のお坊さんの学校で見た最年少4歳のお坊さん
後日、タクツアン登山の折、登山のための助っ人ガイドのタイガさんに「今の最高位のジェ・ケンポの後継者は決まっているのですか?」と聞いたら、「次のジェ・ケンポはタンゴ僧院のデシ・テンジン・ラプゲにもう決まっている」という答えだった。
何年か後のシャプドゥンの日にブータンに戻って来たら、ジャカランタの咲くプナカ・ゾンでまた新しいジェ・ケンポに頭をなでてもらえるだろうか。
その時はそっと下からそのお顔を垣間見よう。