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2019.06.22
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カテゴリ: 独生女考
​​ ​​ ​​​​​​以下も「真の父母様の生涯路程10」からのものであり、ご聖婚後の21年路程では 最初の一次・二次路程は崔元福先生がレアの立場、長成期完成級まで復帰しなければならない堕落した母の型で お父様に侍られていたが、 第三次は完成時代なので「お母様が全体の責任を持たなければ」 、とお父様が語られていたものだ。

ここにおいてもサンクの姜賢實女史ではなかった。
子が父母を勝手に決めては祝福式をするといったことはあり得ないことだ。
サンクのそれが原理的に見ても何ら正統性(正しい系統・血統)を発見することは出来ない。

二代王は、お父様と姜賢實女史から生まれた?
流れから見ても、 ​神様 → 真の父母様(完成したアダム・エバ)→ 子女(祝福家庭)​  二代王 → 偽りの父母 → 堕落人間  ではない。


以下引用:



「真の父母様の生涯路程10」引用は以下。

惠進様の昇華

​​ 真の御父母様の五番目の御子女様であり、次女であられる惠進様が、一九六四年七月二十八日(陰暦六・二〇)に誕生され、誕生されてから八日目の八月四日(陰暦六・二七)午前四時十五分に昇華された。真の御父母様は、青坡洞前本部教会において、惠進様の昇華後十日目である八月十四日(陰暦七・七)午前七時、「霊的サタンを打つ式」を挙行され、その七日のちの八月二十一日(陰暦七・一四)午前十一時、「肉的サタンを打つ式」を挙行された。そのようにして、アベル子女の犠牲を条件として霊肉間におけるすべてのサタンを打ち、攻勢的立場の摂理を進めることができる基盤がつくられた。​​

 六月、七月は、七年路程の三年半を越える峠なので、祝福を受けた老人たちと惠進が亡くなったことには大きな意味があります。死去した四日、ベトミン(ベトナム独立同盟会)の問題が発生しました。

 皆さんが、先生に最も近い存在が死ぬことを経験するということには大きな意義があります。皆さんが行く所には何かしら危険が存在するようになります。以前のサタン世界とは違います。皆さんは、モーセとアロンとホルの前に立ったヨシュアのような信念をもたなければなりません。

 以前は、サタンが祈祷中に現れれば外部から問題が発生しました。しかし、今年からは、そのような時には家庭から問題が発生します。今後、蕩減の供え物がもっとあるはずです。

 神様は、アベルが供え物だったので、アベルを打ってカインを許してくださいました。これを条件として、神様はサタン世界を打つことができたのです。今からは、み旨に反対する人は打たれることでしょう。私たちは、誰が何と言おうと、神様のみ旨だけを見つめて進んでいかなければなりません。

 私は、惠進の死を通してイエス様を失った神様の心情を体恤し、まだ死を免れるほど神様の前に忠誠を尽くすことができていなかったということを悟りました。

 先生の蕩減路程は、キリスト教の蕩減路程を経て、統一教会で再蕩減路程を歩んでいるのです。それで、先生の家庭において、子女たちを供え物として捧げるという歴史的な事件が起きるのです。

​​​​ 七年間でこのすべての世界的蕩減路程を歩まなくてはなりません。先生はこの勝利的基盤を築いたのですが、 ​​​お母様 ​​は築くことができていなかったので、それを築いて越えていくことができる道をすべてつくってこそ、天の中心女性として堂々と立つことができるのです。それゆえに、七年の間、個人として三年の闘い、それから四年間の家庭的闘いをなしてきたのです。​​​​​

​​​​ 母子、兄弟、前妻後妻関係において、愛の闘いが今までの人類歴史の闘いでした。 崔元福先生 は、マリヤとイエス様の夫人格であると同時に、レアの立場です。したがって、先生のみ言に絶対服従しなければなりません。また、長成期完成級まで復帰しなければならない堕落した母の型です。完成期は堕落人間の心情では通過できないので、完成期に到達しようとすれば、 ​お母様​ が絶対的に必要です。それゆえに、 ​お母様​ が苦しんだのであり、先生の家庭において惠進が蕩減を受けたのです。​​​​

 一九六四年度に入ってくると同時に、協会長に教会を任せました。今、私が経ていかなければならない道は個人の道ではありません。家庭的時代を迎えて歴史的な悲運の家庭的環境を喜びとして消化し、氏族的悲しみ圏を迎えていかなければならない責任をもっているので、その因縁を整理するために、誰も知らない内情的心情を中心として独りで闘ってきたのです。皆さんには分からないはずです。これは、協会長も分からなかったはずです。近くにいる誰もが知らない心情をもって歩んできたということを、この時間、皆さんの前に話すということを知らなければなりません。

 私たちの家庭、私たちの部落において、千人、万人が犠牲になることがあったとしても、あるいは子供たちが死んでいくことがあったとしても悲しんではいけません。そのような時、逆に先生は、人類のために歴史的な恨みを食い止めることができる家庭として立つことができなくなるのではないかと思い、むしろそのことを心配したということを、皆さんは知らなければなりません。

……

総解怨式

​​​​ 公式路程を始められた一九四五年からは三十年、協会を建てられた一九五四年からは二十一年になる一九七丘年五月一日、真の御父母様は、清平修練所において紐解怨式を挙行なさった。この解怨式は、堕落世界の母の代表格である 崔元福先生 を中心として、天使世界と宗教人、善王、忠臣、良心的人士、哲人たち、先に他界された真の御子女様方と統一教会の人物たちはもちろん、ルーシェルから歴史上の代表的な悪側の中心人物たちまで、全体を解放し、新しい道を開かれ、その基盤で神様と真の御父母様が解放を受けられるという、総体的解怨儀式であった。​​​​

 きょうは、二十一年になる協会創立記念日であり、また第二次七年路程の最後の期間となります。また、先生自身の一代をおいて見れば、三十年(一九四五~一九七五)を越えていく時だというのです。

 このような時代なので、この全体の解怨成就、蕩減式をしなければなりません。この式を行う時は、最初に神様の前に解怨式をしてさしあげなければなりません。その次には何かというと、真の父母の解怨式をしてさしあげなければなりません。

​​​​​  崔元福先生 がきょう還暦だということですが、還暦という言葉は何かというと、再び帰っていくという意味です。言い換えれば、復帰して帰っていくということです。 崔先生 の還暦も還暦ですが、これは、 崔先生 を中心として、堕落した世界の真の婦人として一人の母のような立場に立ち、新しい復帰歴史のすべてのものを蕩減するという、そのような式にもなるのです。今からは、 崔先生 を中心として、すべてが変わっていきます。今までの堕落した世界、霊的世界全体は、 崔先生 を中心として蕩減しなければならないというのです。本来の父母を中心として蕩減するのではありません。​​​​​

​ もちろん先生がすべて築いてきたのですが、結局、女性が失敗したので、そのような条件を中心として、これをすべて一度に追い込んで蕩減しなければならないのです。そのようにしようとすれば、どのようにしなければならないのでしょうか。 崔先生 は、完全に蕩減して峠を越えていくにおいて、一人で越えていくのではないというのです。ここでは、キリスト教や、それからイスラム教や仏教や儒教など、今までの数多くの宗教をすべて糾合しなければなりません。それから、今までの歴史時代において、善君がいたのであり、忠臣たちがいました。忠臣の中には、文官がいて武官がいました。一つ一つの国を中心として、善君と忠臣たちがみな一つになって越えていくのです。​

​ それから、今までの歴史時代において、宗教は信仰しなかったけれども良心的な立場に立った、そのような人々を糾合しなければなりません。天は証したけれども神様のみ旨に侍らなかった人々です。哲人、哲学者や、良心的な系統の人々です。そのような人々をすべて糾合しなければなりません。また、その次には、カイン的世界です。それはルーシェルから、イスカリオテのユダ、皇帝ネロ、今の共産党世界に至るまで連結されているカイン的世界をすべて一つにして、蕩減条件の道を開いておくのです。共産党までも救うことのできる道を開いておき、一つにまとめて、きょうこの日にすべて屈服させ、今からはすべてが天倫に従っていこうという、そのような式を行って屈服させなければなりません。そのようにして、ここに 崔先生 を中心として連結させて、すべて解怨成就しなければなりません。そのような基盤のもとで、真の御父母様の解放と神様の解放が成されるのです。​

 ここに膳を整えましたが、この膳は何を意味するのでしょうか。私たち統一教会が今まで歩んでくるにおいて、統一教会を信仰したのちに霊界に行った霊たちがいるのです。そのような統一教会の教会員たちもまた解怨してあげなければならないというのです。そこには、喜進もいて、惠進もいて、先に逝った人々がいるのです。また、協会長をはじめとする統一教会を信仰したのちに霊界に行った人々をすべて霊的に解怨してあげると同時に、地上の解怨もしてあげなければなりません。統一教会を信仰している途中で流れていってしまった人々がたくさんいるのです。その人々まで連結して、すべて蕩減してあげなければなりません。

 キリスト教を中心とした宗教人を東側にし、天使世界は西側にして、それから南側には善君、愛国烈士、北側にはカイン型のサタン世界、このようにして解怨成就しなければなりません。それで、きょうは何の日かというと、総解怨をする日です。歴史における総解怨を行う日です。この日が現れることによって越えていくのです。


崔元福先生の使命完了

​​​​ 第二次七年路程を越えたので、今からの第三次七年路程は、父と母を中心として越えていかなければなりません。今まで 崔先生 が、皆さんの知らない中で、 お母様 の基盤を築くためにどれほど多くの苦労をしたか分かりません。そのような功労の基盤によって第二次七年路程を無事に突破したのだということを、皆さんは知らなければなりません。しかし、これからは、誰よりも真心を尽くして孝行する孝女の立場に立ち、 お母様 に侍って天の法度を立てるにおいて再度困難な道を歩んでいかなければならないであろうと思っています。​​​​

 このような意味で、心的に、あるいは外的に、皆さんがよく慰労してあげ、声援してあげることを願ってやみません。もちろん先生自身も導いていかなければなりませんが、ここに何よりも、個人の事情も事情であり、個人の立場も立場かもしれませんが、私たちは、み旨のために公的な立場を立てなければならないので、個人が悲しいことに遭ったとしても、公的な喜ばしいことのために決断を下していかなければならないのです。これが、今まで先生の歩んできた道であり、また復帰摂理路程なのです。

​ そのように知って、皆さんは、今までの 崔先生 の功労を通して、このような位置に越えてきたのだということを知って、そこに感謝し、今後、より一層力強く歩んでいくことを願いながら歓迎してあげるよう願ってやみません。拍手で歓迎しましょう。(拍手)​

​ 今までは、 崔先生 が世界舞台に立ってすべて先頭で行ってきたのですが、今からは、そのような時代は過ぎ去っていきます。 ​​第三次七年路程は、そのような時代ではありません。完成時代なので、 ​お母様​ が全体の責任をもたなければなりません。今までは 崔先生 が前に出てきたのですが、今からは後ろに下がっていかなければなりません。そのような時だというのです。先生が行く道は、原理を立てる道です。原理世界を立てなければならない責任があるのです。そのようにすべて収拾して、ずっと原理的に行かなければなりません。​​

​​ 本当は、お母さんという言葉をむやみに使うのではありません。 崔先生 に対しても「お母さん」と言い、誰かに対しても「お母さん」と言っていますが、それは違うというのです。今後は、 崔先生には「崔先生」と言わなければなりません。 そのような時になってくるのです。​​






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Last updated  2019.06.23 10:09:17
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