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【番外編<上>】から続く5.ギムレットは当初、超甘口カクテルだった ギムレットは現代においては、辛口ショート・カクテルの代表格と思われています。しかし、英国で誕生した当初(1900~1910年代頃)のギムレットは、「プリマス・ジン(若干甘口のジン)+ライム・コーディアル(甘口のライム・ジュース=ローズ社製が一般的だった)」という材料でつくられていました。 ライム・コーディアルはかなり甘口なので、生のライム・ジュースとは似て非なるものです。以前、僕はとあるBarで、実際にこの材料を使って“元祖”ギムレットを再現してもらったことがありますが、現代のギムレットのイメージとはかけ離れた味わいでした。 しかし時代が進み、Barで生ライムが手に入りやすくなると、ギムレットは辛口傾向になります。ジンも、プリマス以外の様々なジンが使われるようになりました。結果、生き残ったのは辛口のギムレット。甘口の“元祖”ギムレットはいつしか忘れ去られていきました。 欧米でも今ではギムレットといえば、辛口です。日本にギムレットが伝わったのは第二次大戦後と言われています(戦前は、味わえたとしても海外駐在の邦人、すなわち商社マンや外交官くらいだったでしょう)。 戦後も長い間、生ライムがとても高価で希少だったため、普通のBarでは生のライム・ジュースを使うことなどはとても望めず、もっぱら合成ライム・ジュースが使われていました。僕自身も、Barで初めてギムレットを飲んだ時は、明治屋かサントリーの合成ライムだったと記憶しています。 今日のように、ほぼどこのBarでも生ライムが扱え、きりっと辛口で爽やかなギムレットが楽しめるようになったのは、1980年代後半からです。かつては1個500円前後もした生ライムは現在では、スーパーでも一年中安定供給され、100円台で買えるようになりました。カクテル好きには、ほんとに良い時代になりました。 6.レッド・アイはほぼ間違いなく日本発のカクテル レッド・アイは、ご存知トム・クルーズ主演の映画「カクテル」(1988年公開=日本では89年公開)でブレイクしたカクテルです。しかし、映画でのレッド・アイは今日の日本で飲まれている標準的なレッド・アイ(ビール&トマト・ジュース)とは違い、生卵も加えるという驚くべきカクテルとして描かれていました(出典:Wikipediaほか多数)。 実は、日本では、映画公開以前からBarで「レッド・アイ(生卵はなし)」というカクテルが飲まれていたという事実はあまり知られていません。この映画が発信源だと思っているBar業界の方も意外と多いのです。 映画の原作はヘイウッド・グールド(Heywood Gould)という方の同名の小説ですが、これが発表されたのは1984年です。しかし日本では、1982年に出版されたカクテルブック(福西英三著「カクテル入門」)にすでにレッド・アイは登場しています。 僕自身の記憶でも、日本のBarでは、70年代後半にはレッド・アイの名は結構知られ始めていたと思います。少なくとも、本土返還前の沖縄では「トマト・ビール」という名前でこのカクテルは飲まれてたという証言もあります(出典:http://webcache.googleusercontent.com/ )。 映画や原作では、トム演じる主人公フラナガンの友人で、バー・マスターのダグが、フラナガンのために生卵入りのレッド・アイをつくる有名なシーンがあります。 ダグがこう言います。「卵を入れずにこれ(レッド・アイ)をつくるアホが世間にはごまんといる。アホどもは、このドリンクの名前の由来は、赤い眼をしている時に飲むことが多いからだという。が、真相はつねに単純で、名は体を表すのだ。こいつ、赤い眼に見えるだろ」。(出典:文春文庫「カクテル」53頁=芝山幹郎訳 ※生卵を落とし込んだトマト・ジュースのビアカクテルを底から見れば、確かに赤い眼ぽく見えます)。 しかし、上記の時期的な理由からしても、これは映画&小説のために考案された「オリジナルなレッド・アイ」であって、今日私たちが味わっているレッド・アイとは基本的に別物であると考えるべきでしょう(WEB情報では、「原作者のヘイウッドが東京のBarで飲んだレッド・アイが忘れられなくて、小説のなかの小道具として使ったらしい」との話もありましたが、真偽のほどは未確認です)。映画は、専門家から酷評されたこともあって、この生卵入りのレッド・アイも、その後米国内でもほとんど忘れ去られてしまいました。 実際、欧米のBarやPubで「レッド・アイをください」と言っても、まず99%通じないそうです。「ロンドンのPubでレッド・アイを頼んだら、『何ソレ?聞いたことないよ』と言われ、『ビールとトマト・ジュースのカクテルだ』と説明したら、ラガー・ビールとトマト・ジュースと空グラスを出され、仕方なく自分でつくった。店員さんは不思議そうな顔をしていた」というエピソードを掲示板で紹介する人もいました(出典:http://www.misichan.com/cocktail/d/cocktail134.html )。 米国でもレッド・アイがさほど知名度がないことの裏付けとしては、ヤフー米国版のQ&Aのページ「Is there a name for tomato juice with beer? 」(http://answers.yahoo.com/question/index?qid=20080905163600AA3Wwim )が面白いです。ほとんど誰も名前を知りません(写真右=映画「カクテル」(C)ワーナー・ブラザーズ)。 日本のカクテルブック等では、レッド・アイを欧米発のカクテルと紹介しているケースが目立ちますが、僕がリサーチした結論としては、レッド・アイはほぼ間違いなく日本生まれのカクテルで、「二日酔いの血走った目」というイメージから名付けられたのが正解ではないでしょうか。それが何らかのルートで「カクテル」の原作者グールドに伝わり、アレンジされて映画にも登場したのではないかと僕は想像しています。 こうした見解を裏付けるかのように、70年代以降の欧米のカクテルブックで、この「レッド・アイ」というカクテルを紹介している文献は調べた限りでは、まったくありません。「Red Eye Cocktail」と打ってグーグルで検索しても、欧米のサイトではほとんどヒットしません。英国の専門サイトが唯一、日本とほぼ同じレシピのレッド・アイを紹介していましたが、面白いのは、そのページの掲示板に、「生卵を入れないとレッド・アイにはならないよ!」というユーザーのコメントがあったことです(出典:http://www.cocktail.uk.com/Cocktail-Recipe/Red-eye.htm )。 欧米のWEBサイトでは、映画の「レッド・アイ」をそのまま紹介していたり、生卵入りレッド・アイを「レッド・アイ・ア・ラ・カクテル(Red Eye a la Cocktail)」という別名で紹介したり、日本版レッド・アイのレシピにさらにウオッカを加えたレシピ(日本では「レッド・バード」という名のカクテル)にしたり、日本でレッド・アイを飲んだ外国人が母国でその驚きを紹介していたり、アサヒビールが2012年6月に売り出した缶入りのレッド・アイを話題にしていたりと様々ですが、まぁその程度のレベルです(出典:Google「Red Eye Cocktail」)。 ちなみにWeb上でみる限り、欧米でのビールとトマト・ジュースだけのカクテルの呼び方は「レッド・ビア(Red Beer)」「トマト・ビア(Tomato Beer)」「レッド・ルースター(Red Rooster)」「ブラッディ・ビア(Bloody Beer)」など様々です(「レッド・ビア」が多数派という)が、どれをとってもさほど有名ではありません(出典:Yahoo! Answers英語版、Wikipedia英語版)。 7.昔のカクテルはぬるいのが普通だった Barにも製氷機が当たり前にある今日、私たちはどこのBarへ行っても冷たいカクテルが楽しめますが、1920年代以前は、カクテルといえばそう冷たい飲物ではありませんでした(欧米では今も、英国のPubのように、氷を少ししか入れないぬるいカクテルを出すところもありますが…)。 近代カクテルが誕生したと言われる1850~60年代、欧米では簡単な仕組みの製氷機が登場したばかりで、高価なこともあって小さなBarやPubで備えているところはほとんどありませんでした。ドイツのカール・リンデ(Carl von Linde)=写真左((C)The Linde Group)=が初めて本格的な業務用製氷機を発売したのが1879年で、欧米の飲食業の現場で製氷機が普及したのは1910~20年代以降と言われています。 それまでは、冬場に凍結した川や湖から切り出した氷を氷室(ひむろ)で保管し、BarやPubでは木製の冷蔵庫を使って保管していたようで、もちろん量も限られ高価なため、カクテルに好きなだけ使うなどはとてもできませんでした。したがって、マティーニやマンハッタン、ロブロイ、ギムレットなど、現代でも人気の古典的カクテルと言えども、誕生当初は、かなりぬるい状態で味わっていたのが実態だったと思われます。 1920年以前のカクテルに生卵(卵白や卵黄)を使うカクテルが多かったのは、キリっと冷えたカクテルを楽しむなど簡単には叶わなかった時代に、カクテルを飲みやすくするために、まろやかな味わいを演出しようとしたバーテンダーならでは工夫だったのでしょう。 ちなみに、1860年(万延元年)、日本で始めて誕生した横浜ホテルのBarでは当然、天然氷を使っていて、木製の保冷箱のようなもので保管していたようですが、どのくらいの時間溶けずにもったかは想像に難くありません。街場にBarができた明治末期~大正時代でも事情はそう変わりませんでした。大きな氷を入れて冷やす木製冷蔵庫は登場していましたが、氷が貴重品であったことには変わりはありません。 日本に米国製製氷機が初めて輸入されたのは1920年代末ですが、家が一軒買えるほどの値段だったため、当初は一流ホテルか一部の金持ちしか持つことができませんでした。国産の業務用製氷機が普及し始めるのは1950年代後半です。現代では「ぬるいカクテルなんてカクテルじゃない」と思いがちですが、1920~30年代に生きていた人たちがもし現代のBarにタイムスリップしたら、「カクテルが冷たすぎる!」と驚くに違いありません。 <完>【御礼】昨年6月以来続けてきた「【全面改訂版】カクテル--その誕生にまつわる逸話」は今回で終わります。成田一徹さんの急逝や偲ぶ会開催に伴う繁忙のため、途中中断を余儀なくさせられましたが、バー関係も含む友人の励ましもあって、ゴールにたどり着くことができました。この場を借りて厚く御礼を申し上げます。この連載がバー業界に働く皆さんのお役に立てば、これに勝る幸せはありません。
2013/05/28
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久しぶりの横浜。そして恥ずかしながら、初めて生で見た氷川丸。 横浜のBarには、アンクルトリスが良く似合う(@Bar Three Martini)。 成田一徹さんの切り絵にも出会った。港町が好きな人だったなぁ…。 神戸も好きだが、横浜も好きだ。二つの街には、どこか同じような素敵な空気が流れている。 もう1軒立ち寄ったBarでも、一徹さんと出会った。「きょうも、どこかのBarで飲んでいるんだろうなぁ…」。マスターとはそんな話になった。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2013/05/26
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ライフワークの一つとして、古い時代のカクテルのことをあれこれ調べていると、自分でも思わず、「そうだったのかぁー」「へぇー、知らなかった」と驚くことがあります。現代のBarでは「そんなの常識」と思われていることが、調べてみれば意外と(いや、まったく)違っているのです。当然、現代のバーテンダーの皆さんでも、古い時代のカクテルに格別詳しい方以外は、そんな「常識を覆す事実」を存じておられません。 先般出版された石垣憲一さんの名著「カクテル ほんとのウンチク話」(柴田書店、2008年刊)を読んで、驚かれた方(実は僕もその一人)も多いと思いますが、あのマルガリータの有名な「流れ弾伝説」に代表されるように、後世の「つくり話」を「常識」と信じ込まされていることさえあります。 今回は、連載中の「全面改訂版:カクテル――その誕生にまつわる逸話」でも取り上げたカクテルのなかから改めて、「常識のウソ」と歴史的事実のいくつかを、出来る限り詳しく紹介したいと思います(連載内容との若干の重複はご容赦あれ)。 1.マティーニは当初、ジンとドライ・ベルモットではなかった 「マティーニ」という名前が初めて本に登場したのは、石垣氏の著書によれば、1906年、ルイス・マッケンストゥラム(Louis Muckenstrum)氏が出版したカクテルブックと言われています(「パリで1904年に出版されたフランク・ニューマン(Frank Newman)氏の著書『アメリカン・バー』の方が早い」=出典:PBOのHPや欧米の複数の専門サイト=という主張もあるが、後者の本については1907年刊行説もあり、今なお決着は付いていません)。 しかし、古い時代のカクテルブックを見ていると現代とは違って、1930年以前のマティーニは、ほとんどがジンとスイート(イタリアン)・ベルモットでつくられているのです(おそらくは、マティーニがスイート・ベルモットを使ったマルチネス・カクテルにルーツを持つことがその大きな理由でしょうが…)。 1930年代になると、ジン+スイート・ベルモット+ドライ・ベルモット、あるいはジン+ドライ・ベルモットという組み合わせのマティーニ(バリエーション)も誕生していきますが、主流はまだまだジン+スイート・ベルモットでした。ちなみにサヴォイ・カクテルブック(1930年刊)では、マティーニ・ドライ、ミディアム、スイートの3種を同等に紹介していますが、マティーニ・ドライで「ジン3分の2、ドライ・ベルモット3分の1」です。 ジン+ドライ・ベルモットのマティーニが主流になるのは、1930年代後半~40年代以降です。そのきっかけは何だったのかは、僕はまだ正確には把握していませんが、今ではマティーニ材料の定番とも言えるノイリー社のドライ・ベルモットの米国への輸出が本格的に始まったことが大きいようです(このテーマについては、別の機会に改めて考察したいと思います)。 当初はジンとドライ・ベルモットの割合は1:1くらいでしたが、近年は、ますますドライ化の傾向が強まっているのは、ご承知の通りです。最近では、ベルモットは5ml程度しか入れないBarがほとんどです。氷やグラスをベルモットでリンスするだけというBarも結構あります。しかし、個人的にはベルモットの存在感があってこそのマティーニと思います。ジンばかりが自己主張しすぎる極端なドライ・マティーニは、「マティーニであってマティーニでない」と思うのは僕だけでしょうか。 2.アレクザンダーやソルティ・ドッグ、ベースの関する意外な話 これも意外と「プロ」にも知られていない事実です。アレクザンダーと言えば、「1901年に英国のエドワード7世の即位式、あるいは1902年のアレキサンドラ王妃の戴冠式の際に献上されたカクテル」というのが、近年最も信憑性ある説です(出典:上記・石垣氏の著書)で、現代では「ブランデー+クレーム・デ・カカオ+生クリーム」という組み合わせで、女性にとても人気のあるショート・カクテルです。 しかし、1940年以前の欧米のカクテルブックに「アレクザンダー」が登場していれば、ジン・ベースになっていることが意外と多いのです。なかには、「アレクザンダーNo.1、No.2」という形でブランデー・ベースと併記している文献もありますが、それでもNo.1はジン・ベースです。ブランデー・ベースが主流となるのは40年代以降です(主に欧州ではブランデー・ベースが、米国ではジン・ベースが発展していきました)。 ソルティ・ドッグも現代ではウオッカ・ベースが当然ですが、1940年代後半の誕生当初はジン・ベースでした(欧米のカクテルブックでの初出は現時点で調べた限りでは、1953年刊の「ミスター・ボストン・バーテンダーズ・ガイド」です)。 面白いことに、現代ではグラスの縁をスノー・スタイルにしますが、当時は、塩をそのまま放り込んで、グレープフルーツ・ジュースと一緒にステアしていました。 ジン・ベースのソルティ・ドッグはその後、70年代前半まで幅をきかせます。ウオッカ・ベースが登場するのは、手元にある欧米のカクテルブックでは、70年代に入ってからです(このきっかけもまだよく分かりませんが、当時、ブラディー・マリーやチチ、スクリュー・ドライバーなど、ウオッカ・ベースのトロピカルカクテル・ブームが始まっていたことにも影響されたのではないかと推察しています)。 3.ハイボールは必ずしもソーダ割りではなかった Barでハイボールと言えば、日本では通常、(ブレンディド・スコッチ)ウイスキーのソーダ割りを指します。しかし、欧米では、昔から「****・ハイボール」というカクテルは必ずしもソーダ(炭酸水)ではありませんでした。 実際、古い1890~1930年代くらいのカクテルブックでは、ベースの酒はウイスキーにこだわらず(もちろんウイスキーが一番多いですが)、また、水やジンジャー・エールなどで割っても「****・ハイボール」と呼んでいます。 しばしば「ハイボール」の語源として、「ソーダの泡がプクプクと上へ立ち上がる様から」と記しているカクテルブックがありますが、水を使ってもハイボールと呼んでいたことからも、この語源解説はまったく根拠がないことになります(ハイボールの語源については、「カクテルの逸話連載(45)」ご参照を)。 日本でも1950年代までのカクテルブックには、水で割っても、ジンジャー・エールで割っても「****・ハイボール」と呼んでいたのは、欧米の影響の名残でしょう。しかし時代が進むにつれて、「****・ハイボール」という呼称はソーダで割ったロング・カクテルに限定的に使われるようになり、今日に至っています。 4.誕生時のマイタイには、パイナップル・ジュースは入れなかった マイタイと言えば、「トロピカル・カクテルの女王」とも称され、暑い季節の人気カクテルです。1944年に、サンフランシスコのレストラン・オーナー、ビクター・J・バージェロン(Victor J. Bergeron)が考案したと伝わっています(出典:Wikipedia英語版ほか)。 現代の標準レシピは、「ラム+オレンジ・キュラソー+パイナップル・ジュース+ライム・ジュース+シロップ、最後にダーク・ラムをフロート」(出典:NBAオフィシャル・カクテルブックなど)で、シェイクしてクラッシュド・アイスを詰めたサワー・グラス等で供されることが一般的です。 しかし、当初バージェロンが考案したレシピは「ラム+オレンジ・キュラソー+オルジェート・シロップ+ライム・ジュース(シェイクしてロック・スタイル)」で、パイナップル・ジュースやダーク・ラムはありませんでした。 いつ頃、誰がパイナップル・ジュースやダーク・ラムを加えるレシピを考案したのかは、よく分かっていません(なおリサーチ中です)が、現代ではこのレシピが定着してしまいました。パイナップル・ジュースを入れるか入れないかは、好みの問題もあるのでどちらが正解とも思いませんが、バージェロンのオリジナルを味わってみたければ、やはりパイナップル・ジュース抜きで味わってみてほしいと思います。 【下】へ続く。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2013/05/24
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【おことわり】レシピやスタイルは標準的なもので、絶対的なものではありません。文献やバーテンダーによっては違う割合、材料、スタイルでつくっていることもあります/レシピの丸カッコ内の数字(単位)はmlです。 ◆カクテル ―― その誕生にまつわる逸話(2012年版:ABC順)(49) 【ノン・アルコール編】 145.シンデレラ(Cinderella)【レシピ】オレンジ・ジュース(50)、レモン・ジュース(50)、パイナップル・ジュース(50)、氷【スタイル】ビルド 【グラス】ワイングラス カクテル名は当然、欧州で昔から伝わる童話の「シンデレラ姫」に由来すると思われるが、誕生の経緯等はまったく不明。シンデレラの話の原題でもある「サンドリオン(Cendrillon)」という別名も持つ。 カフェロイヤル・カクテルブック(1937年刊)で紹介されており、欧州では少なくとも1930年代には登場していたと思われる。このため、ディズニーのアニメ映画の「シンデレラ」公開(1940年)を記念して考案されたものではない(欧州では、19世紀前半に登場した「グリム童話」やフランスの文学者による「サンドリオン」によって、シンデレラのストーリーは知られていた)。 【確認できる日本初出資料】現時点では不明(現行NBAガイドブックには収録) ************************************ 146. フロリダ(Florida) 【レシピ】オレンジ・ジュース(60)、レモン・ジュース(30)、アンゴスチュラ・ビターズ2dash、シュガー・シロップ1tsp【スタイル】シェイク 【グラス】ラージ・カクテルグラス 米国の禁酒法時代(1920~1933)に誕生したと言われる歴史の古いカクテル(出典:欧米の複数のWEB専門サイト)。「シャーリー・テンプル」と並んで、ノン・アルコールの代表格。日本にもいち早く1930年代に伝わっている。 同名のカクテルで、オレンジ・ジュース(30)、グレープフルーツ・ジュース(20)、クランベリー・ジュース(20)、レモン・ジュース(10)、グレナディン・シロップ1tsp、アンゴスチュラ・ビターズ1dash、氷というレシピもある。 禁酒法廃止以後は、ジンを加えるレシピも生まれた。そうなれば当然、ノン・アルコールには分類されない(現行NBAガイドブックにも収録)。 【確認できる日本初出資料】スタンダード・カクテルブック(村井洋著、1936年刊)。 ************************************ 147. パーソンズ・スペシャル(Parson’s Special)【レシピ】オレンジ・ジュース(80)、グレナディン・シロップ4dash、卵黄(1個分)、ソーダ(適量)、氷 【スタイル】シェイク(強めに) 【グラス】トール・グラス 「Parson」とはプロテスタントの牧師のことを指すが、カクテル誕生の経緯や名前の由来は不明。サヴォイ・カクテルブック(1930年刊)にもその名が見られることから、1920年代にはすでに飲まれていたカクテルと思われる。パーソンズの綴りを「Person’s」とか「Personz」とかしている文献もあるが、これは誤記だろう。 【確認できる日本初出資料】現時点では不明(現行NBAガイドブックにも収録)。 ************************************ 148. プッシー・フット(Pussy Foot)【レシピ】オレンジ・ジュース(20)、レモン・ジュース(20)、卵黄(1個分)、グレナディン・シロップ1tsp、氷、飾り=オレンジ・スライス&チェリー 【スタイル】シェイク(強めに) 【グラス】トール・グラス 1920年頃、ロンドンの「エンバシー・クラブ(The Embassy Club)」のバーテンダー、ロバート・ヴァーマイア(Robert Vermeire)が考案したと伝わる(出典:欧米の複数のWeb専門サイト、PBOのHPほか)。 「プッシー・フット」とは「子猫の足」「こっそり歩く」という意味で、米国の禁酒運動家だったウイリアム・ジョンソンのあだ名でもあった。ただし、ヴァーマイアによる命名の由来は伝わっていない(現行NBAガイドブックにも収録)。 【確認できる日本初出資料】カクテール(堀井浩一著、1971年刊)。 ************************************ 149. シャーリー・テンプル(Shirley Temple)【レシピ】ジンジャー・エール(またはレモネード)(150)、グレナディン・シロップ(15)、氷、飾り=レモン・スライス、チェリー、ミントチェリー【スタイル】ビルド 【グラス】ワイングラスまたはトール・グラス 最も代表的なノンアルコール・カクテル。1930年代に、米カリフォルニア州ビバリーヒルズのレストラン「チェイスンズ(Chasen’s)」に勤めるバーテンダー(名前は不詳)が、当時人気子役俳優だったシャーリー・テンプルのために考案し、その名をカクテル名にしたという(出典:Wikipedia英語版)。 1933年の禁酒法が廃止後は、お酒が堂々と飲めるようになり、親が酒を飲んでいる時に子どもたちも一緒に飲めるカクテルとして普及していったと伝わる(出典:複数のWEB専門サイト)。 シャーリー・テンプルは1928年4月23日生まれで、2012年6月現在、84歳で健在。米カリフォルニア州サンフランシスコ郊外で暮らしている。テンプルは1950年、22歳で海軍大佐と再婚すると同時に、映画界から引退。その後は、駐ガーナ大使、駐チェコスロバキア大使を勤めるなど外交官としても活躍したことで知られている(出典:Wikipedia英語版&日本語版)。 ウオッカを加えると当然、アルコール飲料となり、名前も「ダーティー・シャーリー」と変わる。 【確認できる日本初出資料】さらに古い文献もあるかもしれないが、現時点ではカクテル入門(福西英三著、1982年刊)。
2013/05/17
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少し前の話で恐縮ですが、久しぶりにがっつり肉が食べたいと思い、前から一度行ってみたかった大阪・北新地の「やまがた屋・焼肉のやまちゃん」に、連れ合いと一緒に行って参りました。 「やまちゃん」はいろんな方がブログ等で書いていますが、上質で、かつレアな部位の肉をシンプルに焼いて食べさせてくれる店として有名です。 一品で頼む食べ方もありますが、初めてのうらんかんろとしては、人気の一押しメニューがまんべんなく楽しめるという「おまかせコース(5500円)」をお願いしました。 以前、別の場所で営んでいた際は、「焼き方や焼き時間などをいちいち指図されるのがうっとおしい」など、いまいちの評判も聞かれましたが、今回我々が行った際は、最初に簡単に焼き方、食べ方の説明があっただけで、うるさいという感じはまったくありませんでした。 で、コースに何が入っていたのかと言うと、すみません! 食べるのに忙しくて正確には覚えていないのですが、特上ハラミ、シャトーブリアン、上タン、テール、イチボ、アゴスジ、小腸、すい臓、ミノサンド、ウルテという感じ。どれもこれも新鮮で、肉本来の旨さがしっかり味わえました。 お勘定は、コースにキムチや焼き野菜を少し頼んで、お酒は3杯ずつ飲んで1人8500円くらい。お値段も普通の焼肉屋さんよりはワンランク上ですが、お値段に見合った、いやお値段以上の満足感が得られた店でした。普段、簡単には行けないお値段ですが、何かの記念日にはもってこいの店だと思います。 唯一の不満は、一品焼くたびにアミ(使い捨ての金属製)を替えるやり方です。おそらく金属業者が回収してリサイクルはするのでしょうが、少ししか使わずきれいなアミを一品ごとに替えるやり方には、うっとおしいし、しっくりきません。そこさえ改善してもらったら、もう言うことなしですが…。お金がたまったら、また行きた~い。【やまがた屋・焼肉やまちゃん】大阪市北区曽根崎新地1-9-12 大雅ビル4F 電話06-6341-8929 午後6時~午前3時(土祝 ~午前零時) 日休こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2013/05/15
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本日は、新生フェスティバルホール(大阪)でキース・ジャレット・トリオ公演でした。トリオは結成30年ですが、今回が最後の日本公演だということです。ベースのゲイリー・ピーコックも78歳。さすがに老けたし、衰えもあります。トリオ休止はやむを得ない選択だったのでしょう(ちなみに、ドラムのジャック・ディジョネットは70歳、キースは68歳)。 今回も、アップテンポの曲やバラードからブルースまで、バラエティに富んだセットでとても楽しませてくれました。トリオとしては最後の日本ということで、アンコールも3回演奏するなど、キースは大サービスでした。 それはそうと、ステージでキースの生のMC(声)を初めて聞きました。イントロを弾き始めたと同時に拍手が聞こえたので、突然、演奏を中止。「How do you know what song is ?」=「(弾き始めたばかりなのに)曲を知ってるんかい?」と、客席に向かって話しかけました。キースは、有名なスタンダード・ナンバーでも即興で、まったく違う感じに弾き始めることが多いので有名で、そういう意味も込めた彼なりのジョークなんですが、こんなお茶目なキースも初めて見ました。 キース、貴方と出会って僕は幸せでした。貴方とビル・エバンスと出会わなければ、僕は、(無謀にも)ジャズ・ピアノを弾くことはありませんでした。キース、貴方に心から感謝です。30年間、本当に有難う! 【追記】昨夜のキース・ジャレット・トリオの大阪公演(2013.5.12.)での演奏曲目が何だったのか、プロモーターである「鯉沼ミュージック」のHPで、次の通り、公表されました。 All of You、Django、The Bitter End、The Old Country、Straight No Chaser、Last Night When We Were Young、Conception、I Thought About You、One For Majid、I Fall In Love Too Easily <アンコール>Bye Bye Blackbird、Answer Me, My Love、Things Ain't What They Used To Be の計13曲でした。 このトリオのCDはすべて持っていて、半分くらいの曲は聴いたことがある僕ですが、曲を聴いてすぐ曲名が浮かんだのは、恥ずかしながら2~3曲しかありませんでした(笑)。レパートリーがめちゃ多いキースだから、仕方がないのかも…。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2013/05/12
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【おことわり】レシピやスタイルは標準的なもので、絶対的なものではありません。文献やバーテンダーによっては違う割合、材料、スタイルでつくっていることもあります/レシピの丸カッコ内の数字(単位)はmlです。 ◆カクテル ―― その誕生にまつわる逸話(2012年版:ABC順)(48) 142. 横 浜 (Yokohama) 143. 雪 国(Yukiguni) ※いずれも【2016~19年改訂新版】で記述内容を更新しています。そちらをご覧ください。 ************************************144.楊貴妃(Yang Kuei Fei)【レシピ】桂花陳酒(30)、ライチ・リキュール(10)、グレープフルーツ・ジュース(20)、ブルー・キュラソー1tsp【スタイル】シェイク 【グラス】カクテルグラス 1990年代半ば、フォーシーズンズ・ホテル椿山荘(東京)のメイン・バー「ル・マーキー(Le Marquis)」で誕生したオリジナル・カクテル(出典:同ホテルのHP)。現在でも同バーの人気カクテルの一つである。名前は、唐の玄宗皇帝の寵愛を受け、南国の果物ライチが大好物であったという傾国の美女、楊貴妃(719~756)にちなむ。 ライチ・リキュールの代表的銘柄である「DITA」の輸入業者によるキャンペーンの効果もあって、比較的近年に生まれた日本の創作カクテルにしては、知名度は高い。ただし、国外でどの程度知られているかは不明。 【確認できる日本初出資料】リキュールとカクテルの事典(成美堂出版、2001年刊)。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2013/05/09
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店の創業以来、ずっと通い続けている大阪・北新地の馴染みのBar・Kの25周年記念の4Days(3~6日)に、うらんかんろは本日、連れ合いと一緒にお邪魔してきました。午後4時のオープンと同時に行ったのに、店はすでに9割がた満席。あぁ、電話しておいて良かった! 口八丁手八丁の松葉マスターは、僕がこれまで最も親しく付き合い続けてきたオーナー・バーテンダーの1人です。Bar・Kとは、おそらく、終生の付き合いとなるでしょう。松葉マスター、今後ともよろしくお願いいたしまーす! こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2013/05/04
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【おことわり】レシピやスタイルは標準的なもので、絶対的なものではありません。文献やバーテンダーによっては違う割合、材料、スタイルでつくっていることもあります/レシピの丸カッコ内の数字(単位)はmlです。 ◆カクテル ―― その誕生にまつわる逸話(2012年版:ABC順)(47) 139.ホワイト・レディ(White Lady)【2016~19年改訂新版】で記述内容を更新しています。そちらをご覧ください。 ************************************ 140. ワイン・クーラー(Wine Cooler)【レシピ】ワイン(赤、白、ロゼどれでも可)(90)、オレンジ・ジュース(30)、オレンジ・キュラソー(15)、グレナディン・シロップ(10)、クラッシュド・アイス、飾り=オレンジ・スライス【スタイル】ビルド 【グラス】トール・グラスまたはワイン・グラス 誕生の由来は不明だが、1950年代には欧米ですでに定着していたという。「クーラー(Cooler)」とは、主にワインをベースに、冒頭のようなレシピで作るカクテルのこと。 ワインは赤、白、ロゼどれでも構わないが、赤が一番きれいな色目に仕上がる。ソーダやジンジャー・エールを加えることもある。知名度はそこそこあるカクテルだが、欧米のカクテルブックでは紹介例がきわめて少ない。 【確認できる日本初出資料】カクテル入門(福西英三著、1982年刊)。 ************************************ 141. X・Y・Z【2016~19年改訂新版】で記述内容を更新しています。そちらをご覧ください。 こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2013/05/04
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観たいと思っていた映画を最近、相次いで2本観ました。どちらの映画も、ひと言で言えば、とても見応えがあったし、内容もよく出来ていました。払った値段以上の満足感がありました。 その映画とは、「リンカーン」と「ヒッチコック」。どちらの映画も、米国大統領と映画監督という実在の人物による実際の出来事にもとづいたストーリーです。 前者は南北戦争と奴隷制度廃止への戦いをめぐるリンカーンと家族の人間ドラマ、後者は、ミステリー映画の巨匠の名作「サイコ」制作をめぐる、これまたヒッチコックと妻の人間ドラマです。 前者でリンカーンを演じたダニエル・デル・ルイスは今年のアカデミー主演男優賞を受けました。夫人役はサリー・フィールド。後者で夫婦役を演じているのも、これまたアカデミー俳優のアンソニー・ホプキンスとヘレン・ミレン。いずれも実在の人物を見事に演じ切っています。 お時間があれば、二人の生涯や業績について、ネットや本で少し予習してから行かれることをおすすめします。 ※転載写真((C)20世紀フォックス)は、芸術作品論評のための小さな画像(サイズは約220ピクセル)の引用なので、著作権法違反ではありません。念のため。 こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2013/05/03
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ことしもサクランボの季節。我が家の「暖地桜桃」も色づいてきました。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2013/05/03
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ことし二番目に咲いたのは「チャールストン」。なんと去年と1日違いの開花。植物の季節を感じ取る能力は凄いです。花の色はこれから徐々に変化していく、見た目も楽しい品種です。 【ご参考:先日(4.29.)アップした日記を再録】2006年から始めたバラ栽培(現在ツルバラ系も含めて11種類を栽培)。今年の一番花は「ルイ14世」でした。その名通り、ノーブルでビロードのような雰囲気です。こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2013/05/02
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