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うらんかんろは古い時代の欧米や日本のカクテルブックの研究をライフワークの一つとしていますが、先日、神戸で懇意なバーテンダーMさん(彼も、師匠ゆずりで、昔のカクテルブックが大好きなコレクターです)が、「**さん、す、すごい本が手に入りましたよー!」と興奮気味に連絡してきました。 な、なんとそれは、僕も国内外の古書市場でもずっと探しいた伝説のバーテンダー、ハリー・マッケルホーン(Harry MacElhone)の名著「Harry's ABC Of Mixing Cocktails」の、おそらく初版本(1919年刊)と思われる本です! この「Harry's ABC…」は、世界で最初の体系的なカクテルブックと言われています。 「おそらく」と書いた理由は、本のどこを見ても「出版年」がいっさい記されていない一方で、著者名については、「Harry of Ciro's」となっているからです。「Ciro's(シローズ)」というのは、マッケルホーンが1923年、パリで「ニューヨーク・バー」を買い取って自ら経営に乗り出す直前まで働いていたロンドンの社交クラブ「The Ciro's Club」のことです。マッケルホーンはここで1918年から22年まで、約4年間勤めました。そして、この「The Ciro's Club」にいた際、まさにこの歴史的名著を書きあげたのです。 この本が次に改訂されたのは、マッケルホーンがパリで「ニューヨーク・バー」のオーナーとなり、店の名を「ハリーズ・ニューヨーク・バー」と変えた1923年で、本のタイトルも「Harry's ABC Of…」と変わっています。従って、Mさんが手に入れた「Harry's Of Ciro's」という名前がクレジットされている本は、たとえ初版本でなくても、内容はほぼ間違いなく初版本に近いものだと思われます。 しかし、現在我々が手にできる「Harry's ABC…」の本は1986年、Harryの息子アンドリューと孫のダンカンが改訂した復刻版です。この復刻改訂版には、60年代以降のカクテルも数多く追加収録されているため、どれが初版当時の収録カクテルなのかがよくわからないのです。 すなわち、現行の「Harry's ABC…」の本では、1910年代の欧州では、どういうカクテルが登場していたのか判然としないという大きな問題がありました。だから、私もずっとずっと探し続けてきたのが初版本でした。 Mさんは自分がまだ全部読んでいないのに、「先に使ってください」と快く貸してくれました。さぁこれから、これまで謎のままだったいくつかのカクテルの由来が、きっと判明すると思います。 すでにパラパラと呼んだだけでも、定説とは違う驚きの発見がいくつもありました。近いうちにその新発見のすべてをこのブログ上で紹介いたします。ご興味のある方は必見ですよ。・こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2013/06/30
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ギャラリー・バー「PAVONI」(@大阪・北新地)での川口紘平展の最終日、作家本人にもお会いできました。奔放な才能にあふれるこの若き奇才(1979~)を、うらんかんろは勝手に「21世紀の佐伯祐三」と呼んでいます。川口さんも「僕も、佐伯は僕の師匠だと一方的に思っています」とのこと。やはり…。 今回の出品作の中から、僕も小品を一つ購入しました。絵のタイトルは「Piano Roll 2」。ニューオーリンズ・ソウル、R&Bのピアニスト&歌手、アラン・トゥーサン(Allen Toussaint 1938~)の「St. James」という曲を聴きながら、インスピレーションを得て描いたという作品ということです。おしゃれなセンスが光ります。いずれ、Bar・UKの壁に飾ることにいたしましょう(笑)
2013/06/29
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切り絵作家の故・成田一徹さん(昨年10月急逝)が、約20年余暮らした東京で最後に3年間ほど居を構えたのは、墨田区の向島という場所でした。その向島には、一徹さんが転居以前、谷中に住んでいた頃からとてもお気に入りだったバーがありました。うらんかんろにもそのバーの話をよくしてくれました。 「あそこはいいよ、**ちゃん、ぜひ一度行ったらいいよ」という言葉を、何度も聞きました。しかし、とても残念なことに向島というロケーションもあって、生前お邪魔するのは叶いませんでした。そのバーの名前は「BEE(ビー)」。 このバーが紹介されたサンデー毎日版「to the Bar」(第47回)によれば、「(マスターの)父は中華料理店を営んでいた。店名はその頃の屋号『丸八』の八を英語の蜂(ビー)にひっかけた。先代への敬意と地元への愛がうかがえる」とあります。 少し付け加えれば、バーはその中華料理店の跡地に誕生しました。その「BEE」にようやく先日、念願叶ってお邪魔できました。気さくで物腰柔らかいYマスターから、一徹さんの「最後の日々」をあれこれ聞きました。 マスターは2月に銀座で開かれた一徹さんを偲ぶ会にも来てくれていました。お店には、「to the Bar」に登場した「BEE」の切り絵原画も飾られていました。 「せっかく向島に越されてきたので、もっと、もっと長く付き合いたかったです」とマスターはしみじみと語りました。「それでも、東京で最後に、このBEEのそばで暮せて、一徹さんもきっと幸せだったと思いますよ」と僕も応えました。その言葉は、社交辞令でも何でもなく、Yマスターと出会った僕の、素直な気持ちでした。 マスターの父のDNAなのかどうか、「BEE」では、フードのなかでも中華が絶品です。ぜひ、おなかをすかせて訪れて味わっていただきたいと思います。そう言う僕は、晩飯の後だったので、失敗してしまいました(笑)。【Bar・BEE】東京都墨田区東向島2-20-6 03-3610-5508 午後7時~午前3時 日休(月曜が祝日の場合は日曜営業) 東武曳舟駅から歩5分こちらもクリックして見てねー!→【人気ブログランキング】
2013/06/24
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NBA(日本バーテンダー協会)全国バーテンバー技能競技大会が2日、26年ぶりに大阪で開催され、うらんかんろも観戦&選手の応援に行って参りました(@中之島・グランキューブ大阪)。 全国から数多くのバーテンダーらバー関係者が集い、僕も会場では、懐かしいバーテンダーの皆さんと久しぶりに出会えました。また、会場ロビーではたくさんのメーカーがブースをつくり、無料試飲・試食ができるなど楽しい半日が過ごせました。 さて、うらんかんろが応援していた神戸の懇意なバーテンダーMさん(「カクテルの逸話」連載でもアドバイザーをつとめてくれました)は、残念ながら、総合成績では上位入賞はできませんでしたが、創作カクテル部門の味覚審査では2位だったそうです。素晴らしい!(もとよりコンペの順位にはほとんど興味はありませんでしたが、出場するからにはMさんの上位入賞を願っていました)。 大会終了後、Mさんから届いたメールには「普段のギャグを封印して大会に挑みました。ダジャレ部門があれば上位入賞できましたかね?(笑)。自己研鑽のためコンクール挑んでいますが、なかなか深いものがあります。それを楽しんでいるうちは頑張ってみます!お客様に楽しんで頂く事、僕のモットーです(笑)。今後もよろしくお願いします」とありました。 壇上のMさんは髪型も含めて、いつも店で見ている姿とは違って(失礼!)、めちゃカッコ良かったです。結果は厳粛に受け止めるしかありませんが、。トーク部門があれば、彼は軽妙な話術のセンスで間違なく1位を取れたと思います。 日本全国で数多くのバー巡りをしている僕ですが、Mさんの世代(30代半ば)で、彼ほどトークや“返し”が上手いバーテンダーはまだ会ったことがありません(少し上の世代では、大阪キタのバー・KのMさんが彼と同じくらいトークが凄いですが…)。 次元や中身は違いますが、ソムリエ試験では、お客さんに、ワインの味わい等を上手く表現できるできる話術も審査対象になっています。バーテンダー・コンクールにも、そうした接客話術の評価もあるべきだというのが僕の持論で、以前からも言い続けていますが、旧世代の業界人にはなかなか通じません。 ただ、以前にも書いたかもしれませんが、(うらんかんろが)特定のバーに通い続ける理由に、コンペの順位などまったく関係ありません。マスターの人柄・接客がほとんどすべてです。また、そもそもこの全国大会に出場する選手の技術的なレベルなどほとんど紙一重で、そんな差はカウンターに座る客には意味ないものです。 彼の順位が何位であろうとも、Mさんのバーへの愛は変わりません。Mさん、本当にお疲れ様! そしていつも有難う!
2013/06/04
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