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おひさしぶりです。皆様はどのような年末を送っているのでしょうか。田舎でも、PCと電話線があればネットにつなげる、わが実家にもインターネットがつながりそうです。ただ、片付けないとパソコンを置く場所が、、、、忙しい親(と片付け下手な母)に代わって掃除をしなきゃなあ。。。独身や結婚当初は、年末を実家で過ごすなんて時間がもったいないなんて思っていましたが、実家で、親や兄弟が娘と遊んでくれる姿に癒されています。それに、子供と遊ばなくてもいいのがたまにはいいですねオムツかえとか、世話をするのは気にならないのですが、遊んでとねだられるのがねえ、、、、たまには休みたいから、喜んで遊んでくれる親たちに感謝。
2005年12月30日
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アメリカの友達から電話をもらいました。お互いの近況から、共通の友達の話に発展して会話がとまりませんでした。その中で、とても信じられない話がありました。友達夫婦に赤ちゃんが生まれるのです。これだけだと、とても喜ばしいことですが、彼女:ブラジル人でアメリカの短大(コミュニティカレッジ)を出て 職業は家政婦さん彼 :彼女と同じ短大出身、 職業 ゲーマー(といっても、ゲームをしているだけでそこから収入 はない) 収入は、グランマ(祖母)の遺産この夫婦と友達なのも、ひとえに彼女の人望のなせる業なのです。スポーツ観戦が趣味のこの夫婦と一緒に、バスケットボールの試合を見に行ったことがあります。・・・・いや、この夫婦と行く予定でしたが急遽、彼女と彼女の友達と行くことになりました。私たちが夫婦のアパートについたとき、彼女は声を潜めて「彼、持病の頭痛がひどくて、一緒に行けないの」彼を怒らさないように、そっと部屋を出た事を覚えています。彼のよいところといったら、外国人と話をすることをいとわないこと、(多くのアメリカ人は、外国人のまどろっこしい英語を嫌がる)英語の発音がきれいなこと、くらいかなあ、私が思うに。面倒見のよい彼女は、彼の面倒をみるのを喜んでやっているのだとおもうのですが、それと、彼が父親になることは別の問題だと思うんですね。彼が一言「俺、父親になるんだ」と、うれしそうに私の友達に話したんだそうです。・・・・・・・・どんな父親になるんだか。唯一の救いは、彼の両親が、彼ら家族のために実家の近くに家を建ててくれていて出産後、引っ越すんだそうです。生まれてくる赤ちゃんが無事成人することを祈るのみです。
2005年12月25日
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我が家でクリスマスらしいことをした、というのは鳥の丸焼きをつくったことと、クリスマスケーキを食べたことでしょうか。鳥の丸焼きは、アメリカでは七面鳥なのですが、Thanksgivingに続いて、クリスマスでもテーブルを飾ります。ローストチキン用の 1キロちょっとの丸鳥が売られていたのでそれを使って作りました。でも、そのまま焼いてたれにつけて食べるんだったら、七面鳥のように、おなかに詰め物をして焼いたほうが断然おいしいですよ。私が調べたレシピには、食パン(耳なし)、玉ねぎ、人参、セロリ、マッシュルーム、セージ、鳥の内臓、を細かくして詰めると書いてあったのですが、私は、ご飯(給水させて)と野菜たちを刻んでつめました。皮にバターをたっぷり塗って、オーブンで焼くだけ~鳥の胸肉部分には、たっぷりグレービーをかけてあげるとおいしいですよ。ほうれん草をゆでて付け合せたら、華やかな食事になりました。旦那はあんまり感動してくれなかったので、来年はないだろうけどこんなクリスマス料理もいいかな。そして、24日の晩は早々に眠ってしまった私。疲れました、デパートでぶらぶらしてケーキ買って帰ってきただけだけど、人は多いし、姫君はとうとう風邪をもらってきてしまったし、サンタさんはそこらじゅうにいて、子供たちを喜ばせていたし。・・・・・・・・・24日の晩にしか、来ないんじゃないの?今年は、サンタを怖がっていた娘も、来年はどうなることやら。さて、明日から帰省します。飛行機が飛ぶことを祈って。
2005年12月24日
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サンタクロースに手紙を書いたのを今でも覚えています。日本語は読めないかもしれないからと、絵つきの手紙。その頃のわくわく、どきどきは忘れられない思い出です。サンタを怖がっている姫君、来年にはなんと言ってくるのか楽しみでもあります。さて、先日のクリスマス会のなかでクリスマスってどんな日?って絵本を読んでもらいました。イエス様が生まれた日。そうですね。クリスチャンでない私は、クリスマスを祝うなら23日の天皇誕生日だってお祝いしなきゃ、不公平だって思ってしまう。じゃあ、サンタさんって?それはイエス様とはまた違うお話。アメリカに来るサンタさんは、よい子にはプレゼントを持ってきて、悪い子にはCoal(石炭)をあげるんだって。メキシコでは、子供たちにプレゼントを持ってくるのは天使で、ミギー(Migi)って呼ばれていて、1月6日に届けてくれるんだ。サンタさん、お疲れ様でした。
2005年12月23日
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昨日、日本向けの年賀状を出し、今日海外向けを出し終えました。後はメール年賀状を作るだけだけれども、これは数もそんなにないし、何とかなりそう。そう、私は海外向けは別に準備しています。家族の写真のあるはがきを海外向けに出すのが抵抗あって。例えばアメリカの郵便職員なんて、ご配達は多いし宅配便の中身を開けられて中身を取られる、という話もよく耳にしました。ちなみに、アメリカ人もクリスマスカードを送ります。写真屋でも、写真つきのカードを作ってくれます。普通郵便サイズの封筒にぴったり入るカードでつくってくれますよ。封書で送っても37セント。(はがきは今、21セントかな)その値段なら許容範囲だと思いません?そのうち手紙を送るのに、メールで原稿を送って海外から日本にエアメールで送ったほうが安いからそういうサービスができたりしてね。アメリカは、エアメールがそんなに安くないのですがそれでも80セントです。日本の110円に比べたら安いです。しかし、最近めっきり手紙を書かなくなりました。メール、便利ですよね。
2005年12月21日
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昨日はあれだけ寒空の中薄着でがんばってサッカー眺めていた姫。今日は厚手のダウンジャケットを自分で選んで着たにもかかわらず、あたたかい室内に私を誘導して、遊んでいました。なんだかなあ。。。そういえば、そのサッカーしていた子供たち。よく見かけるのですが、一人、女の子がいるのです。詳しい男の子が2人、初心者っぽい男の子が一人の4人。フリースローの場面で、女の子が詳しい男の子に「どうすればいいの?」「うん、自分の好きなように投げればいいんだよ」といいつつ、女の子が投げて片足が地面から離れていたのをみて「反則~!」って叫んでる。。。。。お前最初に言えよ。いやな顔ひとつせず、次からちゃんとルールを守る彼女は偉いわ。ふと思い出したこと。アメリカでは、サッカーは「女子のスポーツ」という世界ではまれな国。だから女子サッカーが圧倒的な強さを誇るのだけれども、夏になると、近所の公園では小学生くらいの女子たちがサッカーに汗を流しているのをよく見かけました。ちなみに、ヨーロッパや南米系の留学生たちがその講師アルバイトをしていたりするんですが。プロのサッカーの試合には圧倒的にパパに連れられた娘たちが黄色い声援を送っているのが目立つ。息子と行くのは野球、娘と行くのはサッカーの試合典型的な休日の過ごし方です。アメフトは危険な大人のスポーツのようです。サンフランシスコ49ersのような紳士的なチームの試合には子供もいますがオークランドレイダーズのような荒っぽいチームの試合には子供はほとんど姿を見せません。ちなみに、首都圏近郊で子供にサッカーをみせるなら柏レイソルがお勧めなんだそうです。紳士的なんだって。横浜マリノスは、女性が多くて観客席の雰囲気がよい。サッカーは地元密着型とはいえ、そんなうわさを聞いたらFC東京に子供づれでいけないですよ。姫君、サッカーが好きなようですから一度、季節がよくなってから家族で観戦してみたいものです。
2005年12月20日
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寒い、この寒いのに外では元気に子供たちがサッカーしていまして、姫君それを飽きずにずっと見ていたのよ。この寒空の中、薄着で。30分くらいいたのかなあ、最後は私が耐えられなくなって強行帰宅。遊んでくれればいいのですが、じっと見ているだけ。めちゃめちゃ近づいて見てるから、子供たちも気にしながらプレイしているし、まあ、迷惑なわけ。これが限界ーーーーーーーーーー子供を待ってあげるのも大事だけれども切り上げることも必要。今日はおせっかいおばちゃん3人がランチしました。まあ、私が始めたグループのスタッフ3人なんだけれども年齢が10ずつくらい違うのでしょうか。おせっかい度合いも10倍ずつ?まあ、無償でそこまでするかというくらい、地域のために働いている方々です。こういう人たちがいるから地域活動が維持できるのでしょうが、相変わらずやる人が少なくて、激務なんだそうです。そういう人たちだけにさせておくのって、どうなんでしょう?みんなが少しずつ分担すればたいした量じゃないんでしょうけど、数人でやるには、大仕事ですよね。アメリカでも、私はそんなおせっかいな人たちと交流をしてきました。その人たちの好意で、私は充実した海外生活を送れたといっても過言ではありません。ありがたいことです。この人たちから学んだ教訓は、自分のできる範囲で地域貢献でしょうか。決して無理はせず、無理なときは人の手を借りてできる範囲で楽しみながらやるのが、長続きのコツなのでしょうね。続ける事に意味があるものですからね、わたしも周りに流されることなく、やりたいものです。明日は、その恩師から電話がある(予定)そのときの話などもここで紹介できれば。
2005年12月19日
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今日は風が冷たくて、さすがの薄着好きの姫君にも厚いジャケットを着てもらいました。いつものごとく、午前中と夕方買い物がてらお散歩して昼間は日のあたる我が家の居間でのんびり。あまりにも楽しかったからなのか、姫君お昼ねすることなく、夕方はやめの夕食中にこっくりこっくり・・・・・話には聞いていたけれども、食事中に我慢できなくて眠る子供。というわけで、夜まるまる夫婦の時間になりました。そんな中で出てきた話。旦那、このところ毎日飲み歩いています。アメリカから会社の人が来ていて、情報交換がてら付き合っているんだとか。食事に関する好奇心もあり、食べ歩きが趣味の旦那は、いろんなところに連れて行ったようです。そのアメリカ人も、いろんなことを知っているし話をしていても楽しかったよう。でも、よく飲むし元気だから、30ぐらいかなあ、と思っていたようだけれども、実は26歳だったんだって。アメリカの20代は大人びてるなあ。そういってました。一回り違ってても、ぜんぜん話ができる。何が違うんでしょうね。小さいころから、大人の大人な話をよく聞いているからかな。私もよく、大人びていると言われたことがあります。父の取引先に同行したり、政治や経済の話をしているのを隣で聞いていましたから。中学生の頃日曜の朝に、竹村健一の対談番組(今では立派な番組になっていますが)を父と見るのが日課でした。そういう時間って大事なんじゃないかな。アメリカでは、ホームパーティがよく行われていて大人の出入りが激しい。話をしなくても、そばで大人の話を聴くチャンスが子供にはたくさんある。そんな家庭環境が、子供に社会を教えるよいきっかけになっているのではないでしょうか。我が家にも取り入れて生きたいものです。
2005年12月18日
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とても身近な言葉です。。。。今朝、スーパーのトイレでオムツ替えをしていたとき、ちょうど子供の手の届くところに、緊急用の連絡ボタンがあり、ボタンを押すのにはまっている姫君、もちろん押してしまってじりりりりり~あちゃぁ~「用事がないのに押したら迷惑でしょ!」動転して出てきたその言葉。姫君、みるみる顔がゆがんでいく。「あ~、解除できないね。これはね、人の助けが必要なときに押すボタンなのよ。係りの人がきたら謝るしかないね」娘に言っているのか自分に言い聞かせているのか、泣きそうな姫君をあやしながら、そういう私。そして数分後。「どうしました?」スーパーの人が来てしまいました。「ごめんなさい、子供がいたずらで押してしまいまして」「そうですか、何事もなくてよかったです」親切に対応していただきました。しかし、そのお兄さんの顔を見るなり「わぁ~~~~ん」姫、泣き出してしまいました。「今度から、用事のないときには押しちゃだめだよ」その言葉に反応は薄いけれども、この年齢の子、意外と大人の言葉が理解できるので、説明はしてみる。そんなことがあって、午後児童館で遊んでいると、幼稚園生がお母さんに連れられてやってきた。ピンポーン物騒な昨今からか、入り口にはカメラつきインターホンがあってそれを押すと職員がドアを放錠してくれる。がちゃん、鍵が開いてお母さんがドアを開けるのだが、子供がドアを閉めてしまう。「なにやってるのよ!」「僕がそのボタンおしたかったんだよ!」「だって、そんなこといわなかったじゃない。」「押す?って聞いてくれればいいじゃない。ドアの前でちょっと待ってくれれば、押したいっていえたんだよ。」いやあ、子供といえどもいっぱしの口をききます。「でも、また開けてもらうなんて迷惑でしょ!」「僕がやるの!」結局彼の要望通り、もう一度ドアを開けて入ってきました。親子は双方気まずい雰囲気が流れ、ぶつぶつ。。。。その不穏な空気、こちらにも伝染しそうでした。そのお母さんの気持ち、痛いほどわかる。子供のかけた迷惑って、親に跳ね返ってくるからね。でも、経験しなけりゃ身につかないでしょ。できる範囲でやらせる、親は子供の尻拭いをするのが役目なのかなあ。(つらいなあ、その役目。)そういえば、有名な人の伝記を読んでいて、よく出てくる言葉が、「お母さんがいつも菓子包みをもって学校(友達の家)に謝りに行っていた」あまり聞かないのが、「親の言うことを聞くとてもよい子で」というくだりですから、子供というのは、人に迷惑をかけ、人と喧嘩をしながら成長していくものなのでしょう。そのためには、親が大人にならなきゃね。子供からの売り言葉はなるべく買わないように。。。。衝動買いしてしまいがちなんだけどね。
2005年12月16日
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子供を生んで、悩むことがあります。理想のお母さん像と現実の自分が大きく違うことまあ、理想というのは、世の中が求めているお母さん像です。日本では、どんなことがあっても子供の面倒と家事には手を抜かないかしら。アメリカではどちらかというと、個々を大事にして子供には過干渉にならないようにしますね。子供がおっぱいを飲んでいても、一緒に寝るなんて考えられない世界です。だから、国際結婚をしている人で、その国のやり方と母国に残した親の意見とが対立して、とても苦労しているという話を聴きます。「こうあるべきだ」という概念は所詮こんなもので、最終的には「私」がどうしたいか、が重要になりますよね。うん、
2005年12月15日
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私、とにかくおしゃべりで相手が聞いている聞いてないにかかわらず、ひたすらしゃべっていたので「人の話聞けよ~」って言われたこともあります。人の話が聞ける人間になりたい、そう思っています。でも、この話を聞いて驚きました。話す能力は、聴くことで磨かれる。よく考えてみたら、英語を勉強するときでも、耳のよい人は上達が早い。(たとえば音楽をやっている人)耳のまったく聞こえない人は話せない。(かすかでも聞こえる人は、補聴器をつけて赤ちゃんのころにたくさんの音、言葉を聞かせるという訓練をして会話を身につけるんだそうです)ふ~ん私はなんで話がしたくてたまらないんだろう。。。 話すことで、気持ちの整理ができるから。 私の話すことを聞き手に肯定して欲しいから。じゃあ、なんで人の話を聞ける人になりたいんだろう。。。。 。。。。 なんでだろう? 人の話を聞ける人ってかっこいい。それもあるな。 人の話を聴くのっておもしろいんだな。なんで人の話は面白いの? 私が経験し得ないことを聴くのって、わくわくするでしょ。 そして、話に相槌うったり、「私はこう思うのよ~」って伝えたり そうしていくうちに、「参加」した気分になれるの。それが、今楽しいのね。そして私の最大のテーマ。
2005年12月15日
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最近、悲しい事件が連発しています。親として、とても不安を掻き立てられますし、どうやって子供を守っていくか、再考しなければいけません。子供に警報機を携帯させ、身の守り方を教えなければいけない時代何ですね。塾の講師の事件、とうとう起こってしまったのか、と思いました。塾の先生って結構厳しい世界なんですよね。生徒からの評価がすべてです。事実、先生の評価アンケートの時に「なるべくよい評価にしてくれ」と懇願する先生もいましたから。そんな先生に限って、実力はいまいちなんですけれどもね、生徒の評価によっては、首が飛んでしまいかねませんから一部の先生は、生徒の反応にいちいち敏感になってしまうんでしょうね。だからといって、あの事件はとうてい許されない行為です。でも、塾ってそんなとこなんですよ。そこまでして、子供をいい学校に行かせたいですか?塾に行って、実力以上の力を発揮するためにテクニックを手に入れて、入学できたとしても、その実力差に愕然としてしまうだけです。
2005年12月14日
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姫君、やっと寝ました。最近よくなかせてしまいます。今日はパソコンのキーボードを壊され(打ちにくいよお)昨日は、朝服を着ることを拒んで裸でおしっこを撒き散らしながらなかれました。こういう日に限って、パソコンが必要だったりするわけ。「もう勝手に泣いて」とやけになると、泣き方はさらに激しくなりまして、収集がつかなくなってしまいました。「もう絶対許せない」と思っても、ママに怒られているのにママに泣きつく娘を抱きしめていると、許さざるを得ないじゃないですか。。。。明日は何を仕出かしてくれるか。。。。まだ楽しみにできるほど、余裕はありませんが。
2005年12月14日
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こんなページを見つけたので、私も紹介します。アメリカにあって日本でなかなか見つけられないもの、それが、子供に対する障害者教育の教材。私の友達の子供が耳が聞こえないこともあり、娘にも障害を持つことがどういうことかを教えたい。でも、そのことを当たり前に、前向きに表現している絵本、イベント、サークルがありません。アメリカでは、身近に車椅子の人がいました。私が所属していたゴスペルのサークルにもいました。普通に。日本では、障害を持つと内にこもる傾向があります。足が悪くなり、家にこもって毎日数十年前に分かれた旦那の悪口を延々いっていた祖母。それまでは、頻繁にハイキングに行く活動的なひとだったのに。昨日まで5体満足で生きていた人が、一瞬にして歩けなくなってしまう。その他の部分は昨日となんら変わらないのに、あなたの人生は突如として日の当たる世界から「かわいそう」といわれる世界に突き落とされる。いいの?それで?このコンサートの画期的なことは、障害者のためのコンサートではなく、いろんな人に来てもらいたいコンサートであること。手取り足取り助けが必要なのは赤ちゃんだけ。障害がある人には、ちょっとした手助けが必要なだけ。そうしたら、みんなと同じように楽しめるんだよ。アメリカで見た「Little Bill]というアニメの中でLittle Billは車椅子の友達を他の友達に紹介したあと、車椅子をずっと押して歩いたり、自分の友達に彼の趣味を説明したりと、ずっと世話を焼いていました。車椅子の子は激怒して、「僕は一人で車椅子が押せるし、自分のことだって説明できる」っていって二人がけんかしてしまうシーンがあります。Little Billはその後、僕はBig Helperだったのに、、、と落ち込んでしまします。そこで、おばあちゃんAlice The Greatがでてきて、「この前、あなたがパジャマを着ようとしたときに、私が代わりに着せてあげたわよね、そのときどんな気持ちだった?」「自分でもできるのに、赤ちゃん扱いされたのがいやだった」そうやって、親切とおせっかいの違いを説明していました。さまざまな人と同じホールの中でゴスペル、聞いてみませんか?車椅子がちょっとだけ身近になるかも!(ところで画像にリンクをどうやって張るのかしら。あ、でも姫君が騒ぎ始めたので、これで。。。。)
2005年12月13日
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先週末、旦那がふとつぶやいた。「世の中の父親はどうやって子育てをしているんだろう」姫君まだパパと楽しく遊ぶには幼すぎ、ママべったりなため、娘はかわいいのですが、なついてくれない。彼は結婚が遅かったこともあり、友達の子供たちはもう大きい。「もう少し待ては、子供もパパと遊ぶようになるよ」それが、友達の意見。でも、彼が欲しいのはきっと、「そうそう、大変だよね」って言葉。父親もストレスがたまっているようです。
2005年12月13日
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私のお気に入りのアニメーションです。こてこてのアメリカちっくなものなので、私も最初は拒否反応を示したものの、一度最後まで見てしまうとすっかりとりこになってしまって、数え切れないくらい見てきました。英語の勉強にもなります。アメリカで友達からコピーを貰ったCDが壊れてしまい、先日DVDを買ってみたのですが、英語の字幕をみながら、「ここは、こういってたんだ!!」と、あんなに何度も見たにもかかわらず、ちゃんと聞き取れてなかったことが判明。特に、ドンキーの英語は(エディ・マーフィだからか)早口でまくし立てるので、なかなか聞き取れない。。。。難しいよお。でも、簡単だけれども日常でもよく使う表現がちりばめられているので、勉強になります。おすすめ。
2005年12月11日
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今日は歯医者に行ってきました。といっても、定期健診。虫歯との付き合いの長い私は、アメリカで検診とクリーニング代が保険でカバーされるのを知ってから虫歯とは縁がありません。年に一度、虫歯を治すために通っていたことを考えると、費用も時間も節約できている用に思います。さて、その間姫君はパパと二人で遊んでいたわけですが、いつもの土曜日の朝のように、私のそばを離れない姫。三人でいつもの散歩コースを歩いていて、私が「ママね、あっちに行きたいの」といっても、散歩コースを外れるのを嫌がる姫。パパと二人で強行突破してしまった。それをいいことに、私は逆方向に。本当は子供に、私がいなくなる旨を説明したほうがいいといいますが、「じゃあ、後でね」とすっぱり別れるほうが今の娘には良いようです。パパに関して言うと、私が帰るころにはすっかりパパっ子になっています。朝は一緒にいるのをあんなに嫌がっていたのに。。。夕食までパパに作ってもらってパパ大活躍の一日でした。今は久しぶりにマッサージに行っています。
2005年12月10日
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最近、娘と就寝してしまうものですから、更新がはかどりませんでした。(あ、きた~姫様)先日の晩のこと。「旦那に話をしなきゃ」と思っていると、珍しく早く帰ってくる。「あのね、悲しいお知らせがあるの」そういうと、「え?(姫に)パソコン壊された?」さすがにそれは違う。。。そうだったら、もっと途方にくれているわ。「靴を片方落としてしまったの」「そっか~、また買えばいいよ」そうね、かい直せるだけの金額だからね。でも、買ったばかりでしかも、「次買い換えるならこの靴にしよう」と成長を心待ちにしていたのよね。ただね、一緒に探してくれたこの方、その間にいろんな話ができたのは、とても貴重でした。もしかして、そのために靴がどっかいっちゃったのかなあ。うん、きっとそう!そんなお話をこの瞬間に聞けたなんて、わたしにとって すばらしいタイミングだったもの。というわけで、週末の楽しみが増えました。
2005年12月10日
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育児サークルに参加していると、ふと思うことがあります。娘はこれに参加することが、とても嫌い。そこには、与えられるものはたくさんあるけれども、自分からやろうとするものは何もないからかもしれません。娘をじっと見ていると実にいろいろな遊びをするものです。携帯用の歯ブラシを手に取っていたかと思うと、そのキャップを取り出して、笛代わりに吹いたり台所の缶詰を積み上げて積み木代わりに遊んだり、最近は、野菜をちぎるのが楽しいみたいで喜んでやっています。この子はきっと、音楽に合わせてみんなと同じダンスをするのが楽しくないんだな、でも、一人でいるより、たくさんの友達がいるほうがいい。私もそのほうが楽しいと思うな。私の小さい頃の話。私は、放任主義の中育てられました。でも、親が私にひとつだけ望んだことがあります。「大学に行って欲しい」母は家庭の事情で大学に進学できず、やりたい仕事を見つけたのに学歴が足らなくて断念せざるを得なかったので、子供には、そんな思いをして欲しくなかったそうです。それは、正しい。でも、それは母のやりたかったことなのよ。母になって、ふと思うのです。よく親から、「ご飯と納豆しかあげないなんて、子供がかわいそう」とか、「こんな寒い日に外出するなんて、子供がかわいそう」って言われます。「なんで子供がかわいそうって思うの?」本当は、そう聞き返したい。納豆って栄養があるし、今娘は納豆が好きで好きでしょうがないわけ。そして、娘は寒い日であろうが、外に出たいわけ。娘が「したい」ことがわかるから、やらせてあげている。納豆にねぎや鰹節を混ぜたり、外出時には暖かい格好をさせるってことはするけれども、やっぱり、子供がやりたいことをやらせるのが、親の役目だと思うのです。でも、私がやって欲しくないこともちゃんと子供に伝える。そうして私は育ってきたから、親がいやなことはやらなかったよ。「親は私のことをわかってくれない」ってよく聞く言葉ですが、それは親が良いと思うものを子供に押し付けているからなんじゃないかな。私、今でも親に反抗していることがあります。「お母さんは、いい大学出たら良いところに就職できるっていったのに」その当時、20歳を越えてましたからね、家を出ていたので、家出とは言いませんでしたけれども15才でやってたら家出と変わりないことをやりましたよ。大学を出たことは、とても感謝している。だって、たくさんのことを学べたから。でもね、就職活動で失敗してしまったとき、自分の責任として処理できない。私がアメリカにホームステイしたときすべて自分で手はずを整えた。だから、行ってみて思っていたのとは違ったことに気づいたとき、自分の準備の足りなさを責めた。でも、自分で何とか実りある時間にしようとがんばった。(今では、あのときの経験がなかったら今の自分はないと思う)きっと、親がすこしでもかかわっていたら親のせいにして、いまだに引きずっていたと思う。自分で選択しよう。親は、子供の選択権まで奪わないで。
2005年12月08日
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昔のベストセラーを図書館で見つけたので、読んでみました。母になって読み直してみると、また違った発見がありますね。トットちゃんをはじめとする、トモエ学園卒業生の活躍ぶりを見てもどれだけすばらしい学校だったか、小学校教育がいかに大切かを思うには充分すぎる本です。これを今現実にするには、教育委員会が許さないのでしょうね。娘が小学校に入学する頃には、どうなっているのか、楽しみ半分、不安半分。ところで、本のなかでリトミックの話がありました。幼児向けのリトミックのクラス、たくさんありますよね。私もそのうちのひとつに参加していますが、リトミック=音楽の時間って勘違いしてました。確かに、アメリカで体験したリトミックは、ひたすら打楽器を鳴らす、クラス。リードの人が作るリズムにみんながあわせていくの。決して童謡を歌ったりするようなクラスじゃない。体全体を使って、リズムと音を感じるクラス、なんですよね。他のリトミッククラス、探してみようかしら。
2005年12月07日
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私、よく思うのが「日本の妊婦はよく働くわ」アメリカの妊婦生活って大変だったでしょ、なんてよく聞かれるんだけれども、日本の妊婦さんこそ、すごいなあって感心しますよ。例えば、バスに乗ってても必ず席を譲ってくれるし(友達は、バス代を無料にしてもらったらしいし)スーパーで買い物をすると、必ず車まで買い物袋を持って行ってくれる。友達と一緒にいるときに、旦那が私に少しでも無理をさせようならば、「妊婦にやらせずに、自分でやりなさい!」って怒られる始末。どうしてだろう、って思ったんです。みんな、妊婦の大変さと、妊婦が無理をするのは危険なことを知っているんです。出生率の高さでしょうか。妊婦のときにも、たくさんの出会いがあり、みんな優しくしてくれました。独身の人も多いのですよ。でもね、みんな子育てに関心があるの。将来子供が欲しいと思っているから、関心があるのか、または、身近にそんな人がいるから関心があるのか、日本みたいに、独身者と子持ちとの心の断絶は感じませんでした。日本は、そんな意味で子育てに無関心な人が多いような気がします。寂しいな。どうしたらいいのかなあ。
2005年12月07日
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東京は天気がよかった一日。でも、私の実家では大雪だったらしい。雪がちらつく、というものではなくどんどんふって、積もっていた、というのだからすごいものです。同じ日本でも、地域によってはこんなに違うものなんですね。年末年始、実家に帰るのが恐ろしい私でした。
2005年12月05日
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今日の話は、尊敬する人について。きっと会社勤めしていると、「こういう人になりたい」っていう上司やら年上の人に出会うことがあるのかもしれません。でも、専業主婦してて子育てをしながら、「こういうお母さんになりたい」とは思っても、「私が、こういう人になりたい」って人になかなか出会えないと思います。社会との接点が少ない私にも、そんな人と出会う機会に恵まれました。同じように主婦としてアメリカ生活と出産を経験している人。彼女は、アメリカで大学院に進学して学位を取っているところが大きく違いますけどね。でも、「思い」のベクトルが似ているんです。だから、とてもわくわくする。彼女との出会いまでの道のりは長かったの。いや、勝手に私が長くしただけなんだけれども、旦那に背中を押され、初めて参加したサークルイベント。(初めてのことをなかなか始められない意気地なしです)コーチに宣言して、スタッフとして活動することを決めて、私の思いを考えるだけ考えて臨んだ初会議。具体案を考えるだけ考えて臨んだ二回目。なんか私の勢いに、はじめからいる皆さんを巻き込んでしまったって感じで、私の思うように動き出した3回目。今は、来月のイベントに向けて走り始めています。尊敬する人がいるって、とても大事だと思います。私は、子供の鏡になれる親になりたいから、私自身を大事にしていきたい。子供にも自身を大事にしてほしいから。とはいえ、子供にはふりまわされっぱなしの私。もっと要領よくこなしていかないと、自分のことはできないわね。
2005年12月05日
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私はタイトルほど疲れていませんが、今日、別の方のブログを読んでいて、「片付けもしないお母さんが増えて、マナーが悪くなった」って話があって、ふと思ったのです。マナーを守りたいんだけれども、忘れてしまうの。子供って、散らかしの天才じゃない。それに、こっちで散らかしてそれに飽きたら向こうに行って、他の子にちょっかい出しに行って、、、と、下手すると子供に一日中振り回されてしまう。そうやって、子供しか見えてないから片付けも後回しになってしまう。そして、子供を追いかけるように(もしくはなだめながら)足早に会場を去っていく。私も、何度も片付け忘れたものです。(ごめんなさい。。。。)でも、そんなある日児童館であったお母さんは、とてもゆったりしている。子供はすごいんです。兄弟で棚からケースからどんどんおもちゃを出していく。それをゆったりと眺めながら、一緒に遊びながらそして、子供といっしょに遊びながら片付けていく。上手だな。それと同時に、「私に余裕がなかったんだな」って思ったの。こんなにゆったり構えていられなかったもの、子供を遊ばせているとき。子供の行動が逐一心配で、迷惑かけそうだと飛んでいって。。。周りが見えない。子供が散らかした端から片づけをしていくと、最後には片付けにウンザリしてしまうんですね。ウンザリだから、無意識のうちにやりたくないと思って忘れてしまう。私がすさんでいるときは、我が家も荒れ放題です、確かに。ママはお疲れだったんです。ふと、そこに気づいて姫君を旦那に押し付けて気分転換、ふ~っと一息、そうすると随分楽になったものです。余裕がでてきました。だから、私は片づけをしないお母さんを見ると、「お疲れなのね~、ゆっくり休んでね」って思うの。自然発生的に片づけを始めるお母さんのグループはとてもイキイキしていますものね。私もそんなお母さん、目指してます。
2005年12月03日
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最近旦那の帰りが早くて、更新できませんでした。公園での話でもあったけれども、いつも午前様の旦那に早く帰ってきて欲しいのはやまやまだけれども、今となっては、突然8時に帰ってこられても、子供が寝付いてやっと自分の時間がもてる、と思った矢先だけに複雑。という心境です。旦那様方、知っているのでしょうか?うちの旦那は毎日ぼやいています。「どぉーせ、いないほうがいいんでしょ」そう頻繁に言われると、いないほうがいいんだって暗示がかかってしまいますよね。さて、本題は変えます。「言葉よりも見た目」一対一で会話をしたときに、印象に残る物の半数は視覚からはいる相手の表情や姿勢なんだそうです。言葉は10パーセントにも満たない。だから見た目って重要なんですね。30パーセントは聴覚からの印象なんですって。わかっていても、気づかない自分の悪い癖があるから一度自分の声を録音したり、映像を見たりするのがいいのでしょうが、それは、嫌いちょっとずつやっているけれども、でも誰か気がついたら率直に教えて欲しいな。いじめっ子だった昔を恥じて、「魅力的な人になりたいな」と思ってきました。最初は「いろんな話ができる人が魅力的」だと思っていたので、雑学、勉強しました。でも、コーチングに出会ってから「知らなくても、相槌が打てる」という事実に気がつきました。私がいろんなことを知らなくても、会話は盛り上がる。そんな人だって、魅力的よね。そんな人になりたいわ~
2005年12月01日
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