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今日は一週間ぶりの公私OFF日。 郵便局から以前電話がかかってきて、「定期預金・定額預金自動継続の方に局にお越しいただくと粗品があります。」とのことで、何かもらえることに弱い私は今日の朝アポをとっていました。散歩を兼ねていそいそと最寄りの局に出かけると「うちでは何もキャンペーンやってませんよ。洛西局ではないですか。」とのこと。そういえば最寄り局と思い込んでいて、何局か確認していませんでした。 スゴスゴと家に戻って洛西局に電話すると「はい、うちでやってますよ。」とのこと。家内がテニスで車を使っていて、歩いて洛西局までは行けないし、仮に車があってもわざわざそのために行きたくはありません。そうこうするうちに「係の者が、ご自宅に伺います。」とのこと。それなら話は別。で、しばらくしたら局の方が来られました。「定期・定額にしても金利低いですから、投資信託などどうですか?」というのが、本来の目的だったようです。「他にも母から引き継いだ証券会社の口座が複数あって、むしろリスクの高い投資信託は減らしたいと思っている。」というと、「私どもは、比較的変動の小さなものを中心に扱っていますので。」とのことでしたが、景品だけいただきました。 以前はここまでした勧誘することなかったと思います。やはり低金利の影響で、お金の貸し借りで儲けられなくなっていることの表れなのでしょう。 先日、津軽三味線の附属品を色々購入しました。ネットの「和楽器市場」さんで購入しました。・先骨紅木駒 1個 税込2,025円 まず「駒」。三味線の胴側の支点です。この前また1つ割れてしまいました。しかし、割れたまま駒を外すことなく使えばいけたので、そうしていたのですが、さらに細かく割れてしまいました。それで予備の1つを使い、新たに1つ購入しました。前回買ったのが「先骨竹駒」(税込1,782円)でしたが、今回は割れにくそうに見える「先骨紅木駒」にしました。・指掛け(津軽用特大)1個 1,215円 前回買ったこの特大品がしっくりきたので、予備に色違いで購入しました。・新撥皮シール・厚手(津軽用・5枚入り)378円 以前5枚入りを買いましたが、結構消耗が激しく追加購入です。・新撥皮シール・厚手(半月型・1枚) 75円 上記のシールが私には幅が狭くて、三の糸側が引っ掛かってめくれてくるので、以前レンタルで借りていた三味線に貼ってあった幅広だけど長さが短い半月型のを1枚試しに買ってみました。しかし、到着品を見たら幅は少し長いだけなので、これでは意味がありません。・ふじ糸 津軽(太口)-1 1枚 582円 前回のレッスン時、一の糸が切れてしまい先生にいただいたので次回のレッスンでお返しするつもりです。そのため1本補充です。以前購入したのは「ふじ糸30-1」(532円)でしたが、少しだけ高価ですが、太口というのを買ってみました。弾き比べてみたいと思います。・ハード音緒 1個 6,912円 弦を取り換えたとき、音緒(胴で弦を巻きつけるところ)が弦で締まるまでは音の高さが変化するので、調弦を頻繁にしなければなりません。こもハード音緒にすれば、それが軽減されると同時に、音も少し明瞭になるようなので、ちょっと高価ですが買ってみました。・津軽三味線 現代曲集 第一集(改訂版)1冊 1,944円・(CD)津軽三味線 現代曲集 「打擦奏Vol.1」 1枚 2,700円 レッスンではまだ4曲しか課題曲をいただいていません。もっと色んな曲を弾きたくて購入しました。楽譜とCDには同じ曲が入っています。合計 15,831円。 これで三味線本体を含め、ハードへの投資は累計、216,473円。レッスン料も含めると約30万円くらいでしょうか。投資に見合うようにするためにも上達しなければなりません。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村-------------------------------------------------------------------津軽三味線練習カテゴリー投稿一覧http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=33
2017/11/30
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【2017年11月29日(水)】 「がん」治療復帰後、第33回目のゴルフラウンド。日本に帰ってきてからは通算136回目、今年(2017年)第16回目のラウンドでした。 C会の例会です。いつも1組か2組ですが、初参加の方が二人いらして3組10人でのラウンドと賑やかでした。本当は、森さん佐輝さんも参加予定でしたが、それぞれ骨折の癒しが不十分、奥様がぎっくり腰で動けずで不参加でした。 場所は、前さんがメンバーの滋賀カントリーです。お天気は、雨が時々降り、半分はレインコートを着てのプレーでしたが、大降りになることはなく、プレーへの影響も僅少でした。ミニ・コース紹介11番ホール パー3 White128ヤード このホールはパーでした。グリーンは右(写真では下側)。池が怖くて、ユーティリティーで打ったのですが、トップ気味に当たって距離がさらに延びてしまい、一番奥まで行ってしまいました。長いパットが残りましたが、2パットで沈めてパーでした。ホームページからGoogle Mapから 同じ組は近さんと北ウさん。近さんは初めていっしょにプレーさせていただきましたが、お上手でした。北ウさんは、絶不調でグロスは120越えでした。 さて私ですが、ここ2回パットが43、45と絶不調。脱したはずのイップスに陥ってしまっています。今日のラウンドを迎えるまでに頭の中で色々考えました。 私のパットは、インパクトするときに、トゥー寄りに当たります。インサイドに引くのに、真っすぐヘッドを振り出すからではないかと思います。真ん中に当たらないので、面が揺れて方向がずれたり、距離感が出にくくなるようです。真ん中に当てるために、引いた軌道で振りだそうとすると、今度は面が傾いたりします。真っすぐ引くと、振り出すとき、変な力が入って面がずれてしまうようです。 それならということで、いっそのことアウトに引いてみたらどうかと発想しました。以前ですと、思いついたことを練習場で試してみたのですが、このごろ練習も行かなくなりましたし、練習場でOKでも本番で全然ダメなことが多いので、ラウンド前の練習で試してみていい感じなら、ぶっつけ本番でやっています。今日、この方法をラウンド前に試してみて、そこそこ感じよかったので、本番でもやってみました。今までの打ち方 自然にインサイドに引き、インパクトでトゥー側に当たる。 今回の打ち方 わざとアウトサイドに引き、インパクトでセンターに真っすぐ当たる(期待)。 今回の構え クロスハンド。左肘は打球方向に張り出す。右肘は脇に付ける。 結果は、スコア 50+52=102ストローク 35+31=66パット 15+21=36 パットはいい感じでした。真ん中に当たるので、方向性もよくなるし、距離感も出しやすい感じです。短い距離も「外すんじゃないか」という嫌な感じも少なくなり、中間距離では、今まで近くに寄ればいいという感じだったのが、カップインを狙う感じで打っていました。後半21と崩れたのが、心配の種ではありますが、ひょっとするとイップスを脱しただけではなく、開眼したのかもしれません。 ストロークは、アイアンも含めて、そこそこよかったです。ここ4回は70以下と好調で、今回の66は復帰後最高です。OBや池ポチャもゼロでした。復帰後初バーディーも出ました。 コンペは残念ながら4位で賞品無しでした。【スコア】【コンペ結果】【費用】ラウンド代(昼食付き):8,554円(コンペ会費1,500円込み)高速代:1,150円X2よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________「日本でのゴルフ」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=7「ゴルフ他@米国」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=3
2017/11/29
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【2017年11月28日(火)】 大徳寺塔頭興臨院でのガイド第12日でした。 庫裏前の紅葉が落ち始めましたが、方丈北庭の紅葉が最も綺麗な時期を迎えたようです。天気良く、暖かな一日でした。●興臨院案内#11 興臨院#7 方丈西の庭園 方丈西の庭園には石碑と石塔があります。 左手のの石碑には「琴 爪塚」と彫られています。これは先代の山口大痴(だいち)和尚の奥様がお琴の先生でしたので、使い古した琴の爪を供養するために昭和57年に建てられたものです。爪塚 右手のの石塔「琴心塔(きんしんとう)」は、お琴の演奏者のご分骨が納められています。 琴心塔(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。) -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/28
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【2017年11月27日(月)】 今日は、特別公開中の寺院訪問と、年賀状用の寺社門の撮影で京都をありきました。→(こちら)、 その途中、二条城近くで昼食時間となったので、修学旅行昼食処の下見を兼ねて「更科」という麺類・丼物のお店で昼食をとりました、以前、外観だけを確認したことはありますが、中に入るのは初めてです。 お値段リーズナブルです。「きつねそば」を頼みましたが、とても美味しかったです。場所は大宮姉小路角で、少し二条城から離れていますが(約500m)、修学旅行で時間に余裕がある場合は昼食処の候補です。2019/7/3 追記 今日、初めて修学旅行でここを使いました。店の席も空いていたのですが、畳+掘りごたつの別室に通されました。6人は座れるテーブルです。修学旅行生はここに通されることが多いようで、この部屋に置かれている「思い出ノート」に色んな学校の修学旅行生が書き込みをしていました。他のお客さんに気兼ねすることないので、いいかも知れません。 生徒さんたちは、暑い盛りなので、やはり「冷やしうどん」「冷やしそうめん」でしたが、私は「京風たぬきうどん」(800円)をいただきました。写真のように私のお盆にポチ袋が置かれていて、ガイドや運転手への謝礼として500円が入っていました。京風たぬきうどん-----------------------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/27
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【2017年11月27日(月)】 来年の年賀状には京都の寺社の門の写真を並べようと思っています。昨日のN社仲間の京都案内の前に西本願寺唐門、京都御所建礼門を撮影し、案内の途中に金戒光明寺山門も撮影し候補に加えました(こちら)。 今日は我がガイド会が案内をしている秋の特別拝観の寺社を巡るついでに、いくつかの門を撮影しようと企てました(こちら)。 今日のルートは下記でした。浄住寺(見学)→広隆寺山門(写真撮影)→「更科」(修学旅行昼食処調査)→二条城東大手門(写真撮影)→東寺塔頭観智院(見学)→東寺南大門(写真撮影) 時間があれば、その後、東福寺、清水寺、八坂神社、知恩院も廻りたかったのですが、時間がなく後日に設定することにしました。広隆寺山門 嵐電が前を走るのが特徴なので、嵐電を待って撮りました。二条城東大手門東寺南大門 五重塔とのコンビで撮影しました。 これで候補は、西本願寺唐門、京都御所建礼門、金戒光明寺山門、広隆寺山門、二条城東大手門、東大寺南大門の6つになりました。後日、興臨院勤務の際に大徳寺金毛閣を撮影し、別の日に東福寺、清水寺、八坂神社、知恩院、南禅寺、下鴨神社、上賀茂神社、仁和寺を撮影したいと思います。これで合計15ヶ所になります。年賀状には12枚の井写真を使いますので、ここから写り具合やバランスを考えて選択することになると思います。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/27
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【2017年11月27日(月)】 今日は、我がガイド協会が案内を担当している2つの特別公開寺院を見学するのと、来年の年賀状に使う寺社の門の写真を撮影するために、京都に出かけました。 特別公開のうちの1つは、「秋の特別公開」(京都市観光協会主催)の浄住寺、もう一つは東寺塔頭観智院です。年賀状の写真撮影も含め、次のルートで廻りました。浄住寺(見学)→広隆寺山門(写真撮影)→二条城東大手門(写真撮影)→東寺塔頭観智院(見学)→東寺南大門(写真撮影)本当は、門の写真撮影のため、東福寺、清水寺、八坂神社、知恩院も廻りたかったのですが、全く時間が足りませんでした。 門の写真撮影は、後刻投稿することとし(こちら)、ここでは浄住寺・観智院の見学について投稿します。 浄住寺は初めての特別公開です。このお寺の前を通ったことはありますが、境内に入るのは初めてです。西山の苔寺の南にあり、私が住む桂坂から東海自然歩道で下りたところにあるので、交通費節約のためにも徒歩で向かいました。 私の自宅から東に向かい、東海自然歩道の下り口から竹藪の中の道を下ります。 嵐山の「竹林の道」にも負けないような竹林が続きます。 山を下りたところを山沿いに北のほうに進むと浄住寺があります。浄住寺本堂。案内がありました。木根観音像パンフレットから方丈案内がありました。方丈は、仙台藩主・伊達綱村の早逝の子(扇千代丸)の居館が寄進されたものです。この幼子を何かのときに助けるための抜け穴が床の間の掛け軸の後ろに隠されていました。雲龍図パンフレットから方丈庭園 開山・鐡牛禅師の遺偈亀甲竹四方竹の説明(切り口が菱形の竹) 浄住寺の少し北にある地蔵院。以前二度参拝したことがあります。今日は中に入らず、紅葉を門の外から撮影させていただきました。「竹の寺」として有名なお寺ですが、紅葉も素晴らしいです。地蔵院 苔寺参道のバス停から、京都バスで太秦広隆寺へ。その後、やはり京都バスで四条大宮へ向かい、北に歩いて姉小路大宮の「更科」さんで修学旅行昼食処の下見を兼ねて昼食をとりました。以前、二条城近くの昼食処の下見で外観だけを確認したことはありますが、中に入るのは初めてです。→こちら 昼食後、二条城の東大手門で写真を撮り、市バスを乗り継いで東寺へ。東寺塔頭の観智院へ。観智院 改修工事が終わっての特別拝観です。我がガイド会のメンバーの案内を聴きました。 観智院は東寺一山の勧学院で、所蔵する密教聖教の量と質では我が国最高といわれます。中世、後宇多法皇が徳治3年(1308)に東寺に帰依され、西院(御影堂)にこもって真言教学の研鑽につとめられ東寺興隆を発願されました。この頃、東寺は西院の弘法大師像を中心に、新しい出発をしており、頼宝、杲宝、亮禅という真言界でも傑出した学僧が輩出しました。中でも杲宝は随一といわれ、晩年、観智院を創建して東寺教学の基礎を築きました。江戸時代の宗教政策の中で、徳川家康は黒印状をもって観智院を真言一宗の勧学院と定めましたが、それはひとえにこの寺の伝統とその厖大な聖教経典の価値が、広く認められたためです。 客殿は慶長10年(1605)に再建されたもので、桃山時代書院造りの一典型で、国宝に指定されています。また宮本武蔵筆の「鷲の図」が残されています。客殿(国宝)パンフレットから鷲の図 宮本武蔵筆パンフレットから長者の庭(涅槃禄の庭) 以前「五大の庭」があったところを今回改修したそうです。 御本尊は五大虚空蔵菩薩で重要文化財に指定されています。唐の都長安の青龍寺金堂の本尊であったもので、847年入唐僧恵運が請来したものです。その面貌、姿態のすらりとした特徴は宋時代彫刻にみられる傾向で、これらの像の造られた晩唐期の彫刻様式を偲ばせるものがあります。五大虚空蔵菩薩パンフレットから 愛染明王(江戸時代) 縁むずび、開運、子宝の本尊として多くの信仰を集めます。パンフレットから書院 浜田泰介画伯の「四季図」パンフレットから茶室「楓泉観」パンフレットからパンフレットから茶室「楓泉観」からの眺め中庭 南大門をカメラに収めたところで、暗くなってきました。東福寺、清水寺、八坂神社、知恩院の門撮影は後日設定することにして、帰途に就きました。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/27
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【2017年11月26日(日)】 再就職したN社同時期入社仲間(西西朋友会)での紅葉狩りを昼間案内した後(こちら)、夕刻「がんこ二条苑」で宴をもちました。 決してコスパがいい店ではありません。しかし由緒のあるところにあるお店です。角倉了以の別邸のあった場所で、小堀遠州が作った茶庭が現存します。また、その後、山県有朋が建設した第二無鄰菴を建て、小川治兵衛が庭園を改修しました。以降は、日本銀行総裁川田小一郎らが当地に別邸を構えていました。ですので一度はここでと思っていたので、今回ここを使いました。 始まるまで時間があったので、まず店の前の高瀬川一之舟入を案内。角倉了以が高瀬川を開拓したこと、店内の庭園を流れる水流が鴨川から引いた高瀬川の源流であることなどを説明させていただいたうえ、店に入って席に就く前にお庭も拝見しました。 いつものように、皆さんのお仕事、プライベートのこと、会社のこと、昔の仲間のこと、時間を忘れれ楽しくお話をさせていただくことができました。 お酒は飲み放題にしなかったけど、結構いただいたこともあり、お代は一人7000円強。ロケーションを考えると止むを得ないでしょう。次回は、柴さんが2月に城崎温泉への「日帰りカニ食い旅行」を設定いただくことになりました。 宴が終わって外に出たら雨が降っていました。昼間の紅葉見物で雨に降られることがなくラッキーでした。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/26
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【2017年11月26日(日)】 再就職で2013年4月にN社に入社しましたが、「がん」を患って2年で辞めました。しかし、在職中に開始した、同時期入社仲間との日帰り旅行「N社四人会」は今も続いています。 過去の行き先です。 第1回 2014年2月 北陸 山代温泉 第2回 2014年4月 京都 岡崎近辺(花見) 私の病気で中断。 第3回 2015年5月 京都 東山 六道珍皇寺など 第4回 2015年11月 京都 源光庵・大徳寺高桐院(紅葉) 第5回 2016年4月 京都 醍醐寺(花見) 第6回 2016年7月 京都 鞍馬・貴船+川床料理 第7回 2016年11月 京都 嵐山(紅葉) 第8回 2017年4月 京都 京おどり+清水寺・高台寺(花見) 第9回 2017年7月 京都 上賀茂・下鴨神社・旧三井家下鴨別邸+鴨川納涼床 そして、今日、紅葉狩りで、銀閣寺をスタートして、法然院、霊鑑寺、真如堂、金戒光明寺と歩きました。メンバーはいつもの柴さん、北さん、丸さんです。 この集まりの前に、私は西本願寺、京都御所を訪れました。何のためかというと、来年の年賀状に載せる写真を撮るためです。ここ数年、年賀状は京都で撮った小さな写真をたくさん並べた作りにしています。今年の年賀状は、老舗の暖簾の写真を並べました(こちら)。 来年の年賀状は「橋」の写真を並べようとずっと考えていたのですが、ここにきて思いついて、「門」の写真を並べることにしました。それで、まず今日第一段として、西本願寺の唐門、御所の建礼門をカメラに収めに行きました。途中、借りていた図書館の本を阪急烏丸駅にある返却ポストに反しに行ったりしたので、N社仲間との集合時間ギリギリになってしまいました。時間がないので、昼食はコンビニでお握りを買って、店の前でほおばって地下鉄今出川に向かいました。いつもは私が一番最初に着いて待っているので、皆さん集合場所を間違えたのではないかとウロウロされていました。申し訳ないことをしました。西本願寺唐門京都御所建礼門 まず市バスで銀閣寺へ。皆さん、修学旅行で来られたこともないそうで、初めての銀閣寺でした。国宝の東求堂は追加料金1000円で見学できましたが、見学時間が決まっていて待たなければならなかったのであきらめました。紅葉の色付きはイマイチの感がありました。 続いて「哲学の道」を歩いて法然院へ。茅葺の門とそれをくぐったところにある白砂壇(びゃくさだん)が美しいお寺です。モミジの色付きはもう一歩でした。この法然院の門も来年の年賀状用の写真の題材候補の一つです。 通常は堂内は非公開ですが、11月24日(金)~26日(日)の3日間、東北大震災の被災者支援のための「第14回 悲願会」が行われており、お茶席がありました。入ってみましょうということになり入らせていただきました。お茶席は素人でも参加できるものですが、けっこう厳粛なお茶席でした。雰囲気を味わえ、お菓子、お茶とも美味しかったと皆さん喜んでいただけました。 帰りかけたところで係の方から「お庭は観ていただきましたか。」と問われ、お庭も観ることができると気が付き、お庭も拝見させていただきました。 さらに哲学の道を南下して「霊鑑寺(れいかんじ)」へ。秋の特別公開中で我がガイド会が案内しているところです。本堂ではAさん(N10F)、樹齢350年の巨大なタカオカエデの下ではMさん(C8M),書院ではTさん(S9F)の案内を聞かせていただきました。さすが紅葉の名所。色付きの良いモミジも多かったです。書院では円山応挙作と伝わる墨絵の襖絵も観ることができ、SKY大学講師の参考にもなりました。 続いて吉田山の裏を急坂を登って「真如堂」に向かいました。ここは、モミジの密度が高く、本数も多くて、モミジのジャングルという感じで、皆さん驚いておられました。本数が多いだけあって、色付きの良いモミジもたくさんありました。日当たりが良い関係もあるかも知れません。本堂内・庭園の拝観はせず、本堂での参拝だけさせていただきました。あとでネットで調べたら、団体客は境内だけの見学は禁止されており、本堂内。庭園の拝観が必要(つまり有料)のようです。昔はマイナーなお寺でしたが、今では紅葉時期に混雑するメジャーなお寺になりました。 次に金戒光明寺に向かう途中に金戒光明寺の塔頭「栄摂院(えいしょうん)」に立ち寄りました。我がガイド会の仲間から、紅葉が素晴らしいと聞いていた場所です。残念ながら法要か何かのため午後3時で庭園などの拝観は終わっていましたが、中門の外からでも、赤く染まったモミジを堪能することができました。来年は是非拝観したいと思います。 そして金戒光明寺へ。ここもも秋の特別拝観は我がガイド会が担当しています。ところが受付には見慣れないお二人が。会に入って1年と少しが経過していて、修学旅行などで全員の方のお顔は見覚えがあるはず。会員証を提示して、「XXガイド会のものです。」と名乗って入れていただきましたが、あとで我がガイド会の方に確認したら、受付だけ別の団体に委託されているとのことでした。 山門を先に見学。八木邸のとき責任者だったNさん(S9M)、下鴨神社のとき責任者だったSさん(N10M)の案内を聴かせていただきました。この山門も来年の年賀状掲載の写真の候補にしてもいいのかもしれません。 続いて御影堂・大方丈・庭園「紫雲の庭」を見学しました。ここでは、「群鶏図屏風」など伊藤若冲筆のいくつかの絵画を見学することができ、スカイ大学講師の参考にもなりました。大方丈の中央の間では、興臨院でごいっしょさせていただいている同期のNさん(E11M)、「虎の間」ではEさん(E9M)に案内いただきました。庭園のモミジが鮮やかでした。 時間があれば永観道堂も訪問するつもりだったのですが、夜の宴席の時間にちょうどの時間になったので、河原町二条の「がんこ二条苑」に向かいました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/26
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【2017年11月25日(土)】 興臨院勤務終了後(こちら)、急いで大江能楽堂(押小路通柳馬場東入ル)に地下鉄で向かいました。Kさんの能の発表会を見学するためです。Kさんは、私のM社子会社時代の取引先の方で、退職後能を習っておられ、毎年その発表会にお誘いいただいています。一昨年始めて拝見させていただき(こちら)今回2回目です。 朝9時から始まって夕刻6時過ぎまでのプログラムですが、Kさんの出番は午後5時半頃。興臨院の勤めを終えて、急ぎ足で向かえばギリギリ間に合いそうなのでトライしました。今夕は次女が友人にベビーシャワーのお祝いで外出なので、家内も誘い少し先に行っておいてもらいました。 大江能楽堂に着いたら、予定通りの午後5時半ちょい前。ちょうどKさんの出番に間に合いました。Kさんの舞囃子「松虫」を拝見させていただきました。その後、素謡の発表があり、最後に番外仕舞。大江又三郎さん、片山九郎右衛門さん、古橋正邦さんの仕舞を拝見することができました。終わってからKさんにもご挨拶できました。*舞囃子(まいばやし)は、能のある曲の中の舞所だけを取り出し、シテ一人が面・装束をつけず、紋服・袴のままで、地謡と囃子を従えて舞うものを指す。最も面白い部分だけを演じるため、能のダイジェスト版と言える。*仕舞とは一般的には囃子を伴わず、舞事・働事などの部分を略した短い素舞をいう。 入場無料で大江能楽堂に始めて入ることができましたし、普段見られない一流プロの仕舞も拝見できました。やはり、一流プロは素人が見ても見入ってしまいます。(中略) 帰りがけに、家内と三条河原町のアサヒビアレストランで夕食をとりました。ビールたくさんいただき、お腹いっぱい。この頃忙しくて、家内と外出できてないので、久しぶりの家内サービスにもなりました。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/25
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【2017年11月25日(土)】 大徳寺塔頭興臨院でのガイド第11日でした。 紅葉がピークの土曜日で、お天気も良く、思ったほど寒くなくなく、多くのお客様に来ていただきました。●興臨院案内#10 興臨院#6 方丈前の庭園 方丈前の庭園は「檀那の間」に座って見るのが一番きれいに見えるように作庭されてるといわれます。「檀那の間」にはお寺にとってVIPの檀家さんをお通しする部屋だからです。ですので、他のお寺の方丈定庭園に行ったら、檀那の間がどこかを特定して、そこから庭を眺めるのが一つのコツです。 興臨院では、昭和50年に解体修理した本堂が完成した昭和53年に、過去の資料も調べたうえで、中根金作という「昭和の小堀遠州」とも呼ばれた作庭家によって方丈前庭園が作庭されました。中根金作は、京都であれば、妙心寺塔頭の胎蔵院の余香苑、城南宮の楽水苑、そして一番有名なのが、島根県の足立美術館の庭園を作庭しています。中根金作氏はボストン美術館の日本庭園の策定も手掛けています。 この庭園は蓬莱山形式の枯山水庭園です。右奥の築山が蓬莱山の神仙境を表しています。蓬莱山は秦の始皇帝や漢の武帝の頃、海のかたに仙人の住む神仙島があり、そこに不老長寿の薬があるという伝説上の山です。理想郷です。その左の大きな石の間の石橋が、檀那の間に描かれた寒山、拾得が住んだといわれる国清寺(こくせいじ)の石橋(しゃっきょう)です。 蓬莱山に発した水が渓流となって石橋の下をくぐり、大きな川の流れになり、やがて大海に広がるさまを石組と白砂でうまく表しています。禅の教えは祖から発して未来永劫脈々と拡がっていくという「水源一滴」の考え方を表したお庭でもあります。 敷かれているのは白川砂。人口の照明がない時代、太陽や月の反射をを多くして、少しでも部屋の中を明るくしようと白い砂が枯山水庭園に敷かれることが多かったのです。 今日の紅葉 終了後、知人の能発表会を観に大江能楽堂に向かいました(こちら)。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/25
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【2017年11月24日(金)】 昨日に続き、今日も公私完全OFF日。家内はテニスでしたが、私は一歩も外に出ませんでした。ブログも追い付きました。津軽三味線も練習できました。 写真は、シロバナツワブキ(白花石蕗)@京都天龍寺(11月13日)です。 通常黄色の花ですが、白い花のツワブキなので、シロバナツワブキ。咲き始めはレモンイエローですが、開花とともに白花になります。 ツワブキ(石蕗)はキク科ツワブキ属。開花期は10月~12月。原産地は日本列島(東北地方南部以南の本州、四国、九州)、朝鮮半島南部、中国東部~南部、台湾。 葉は蕗(ふき)に似ていて、”つや”があるので”つやぶき”。それが変化して「つわぶき」になりました。また、岩や石などの間に生えていることから、漢字で石蕗と書かれます。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/24
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【2017年11月23日(木)(祭日)】 今日、明日と公私完全OFF日。 自宅のインターホンが押してもないのに鳴ったり、押してるのに鳴らなかったりと具合が悪くなっていました。そこで、その修理をお願いするついでに、だいぶ前から(もう2年くらいか)洗浄便座の洗浄洗剤が流れなくなっているのを治してもらうことにしました。両方とも10年前にパナホームで建ててもらった家で、インターホンも洗浄便座もパナソニック製。インターホンについては、修理も可能なようでしたが、修理しても10年経っていると他の部分が悪くなって、結局高くつく可能性もあるので、新品と置きかえることにしました。で、洗浄便座のみ修理をお願いしました。 もともとは明日の予定でしたが、キャンセルが多くあって、今日でもOKとのことで、今日の午前中にサービスのい方に来ていただきました。1時間くらい見ていただいて修理完了しました。ポンプの弁が傷んでいたようです。費用は約1万1千円。止むを得ません。それにしても「アラウーノ」は良いネーミングです。TOTOの「ウォシュレット」もいいですが。間寛平ちゃんの「かいーの」から来ていると思うのですが、このネーミングを考えた方に勲章あげたいです。 家内と次女はスーパーとユニクロに買い物に行きましたが、私は一日家で、ブログの後付け投稿したり、三味線練習したりしました。 写真は、リンドウ(竜胆)@京都天龍寺(11月13日)です。 リンドウ科 / リンドウ属。開花期:9月下旬~10月中旬。原産地:本州、四国、九州。 リンドウの名は、中国で「葉は竜葵(りゅうき)に似ており、味は胆(きも)のように苦い」という意味で竜胆(りゅうたん)と名づけたのが語源となり、日本で国語化してリンドウと呼ばれるようになったといわれます。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/23
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【2017年11月22日(水)】 大徳寺塔頭興臨院でのガイド第10日でした。 前回のここの勤務は11月12日でしたので10日前。そのときは紅葉はまだまだだったのですが、今朝、表門から覗いたらビックリ。素晴らしい紅葉になっていました。方丈の周りの紅葉は、緑も残っていてグラデーッションが綺麗でした。次第に紅葉していくところを見れるのはガイドの役得です。 平日にも拘わらず、やはり紅葉本番、それから飛石連休の前日ということもあり、多くのお客様に来ていただきました。ここでは初めて予約の団体さんの案内もさせていただきましたが、北側の部屋は縁が狭く、お茶室も一度に全員入れないことなどなど、多人数の案内の場合、特別な工夫が必要なことが分かりました。 午後から雨の予報でしたが、拝観時間中は何とか持ちこたえ、我々が帰る頃になって雨が降り出しました。 昨日から我々の持ち時間終了後(16:30)のライトアップも始めたようです。ガイドはなしで、拝観料は昼間と同じとのことです。去年から始められたようです。ネットを見てもライトアップのことは載っていませんので、積極的には宣伝していないようですが、部屋の中も照明され昼間の拝観よりも、襖絵やお軸がはっきりと観賞できるので、これはこれでお薦めです。●興臨院案内#9 興臨院#6 本堂(方丈)礼の間、檀那の間 興臨院の本堂について続きです。 南側の東側の部屋(向かって右)は「礼の間(らいのま)」です。玄関に一番近い部屋で、今の時代で言えば、応接間にあたるところです。この部屋の襖絵も村石氏によるもので、「葡萄図」です。葡萄の葉や実が描かれていますが、向かって左側の奥から2枚目にはイタチ、奥の右から2枚目の下の方にはメジロも描かれています。葡萄の葉が鳥が飛んでいるようにも見えるので、たくさんの鳥がいっせいに飛び立ちそうな姿にも見えます。 掛かっている興臨院の額は、縁どりが非常に鮮やかです。このオリジナルは室中の間の外に掛かっている扁額です。右に「為日本国天啓和尚」と書かれ、左に「大明梅がい方伯行書」(「がい」は崖の山がない字)と書かれています。天啓和尚は開祖小渓和尚の一番の弟子で、興臨院の2代目の住職です。左側に書かれた中国の僧によって、この額が天啓和尚に贈られたことを示しています。縁の飾りにわずかに色彩が残っていますが、これをX線分析をするなどして、オリジナルの色彩が割り出されました。それが礼の間の額の縁の部分です。中国から贈られたものなので、中国的なデザインです。 西側(向かって左)の部屋は、「檀那の間」です。檀那とは檀家さんのことです。檀家さんをここへお通しします。お寺にとっては経済的な支えでもあります。ですのでいわばVIPルームです。「檀那」は、「布施」を意味するサンスクリット語(梵語)の「ダーナ」から来ています。英語の"donation(ドネーション)"、"donor(ドナー)"も同じような起源と意味を持つ単語です。日本では、奉公人がその主人を呼ぶ場合などの敬称にも使われ、家庭内で奥さんがご主人を呼ぶ場合にも使われています。語源からすると、稼ぎの悪いご主人は「檀那」と呼んではいけなのかもしれません。 この部屋の襖絵も村石氏によるもので、「寒山拾得図」です。巻物を手にしているのが「寒山」で文殊菩薩の生まれ代わりともいわれます。箒(ほうき)を持っているのが「拾得」で普賢菩薩の生まれ代わりともいわれます。唐代の脱俗的な人物で、宋代以後、彼らの生き方に憧れる禅僧や文人によって格好の画題とされてきました。ですので、禅宗のお寺に行くと、達磨大師同様、よく絵の題材になっています。 家内はSさんと京都でランチでした。Sさんはドイツ時代に家族ぐるみでおつきあさせていただきました。久しぶりの再会で、おしゃべりも長くなったようです。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/22
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【2017年11月21日(火)】 今日は、夕刻から津軽三味線の月イチのレッスンの日。歴彩館に寄ってから(こちら)河原町御池の十字屋フォーラムに向かいました。津軽三味線を始めて、1年10ヵ月、22回目のレッスンになります。 この前のレッスンから、小学生の女の子がお母様の送り迎えの都合で別の先生に移られたので、生徒は3人です。この頃最後に先生と生徒3人の合奏をして終わります。最初は合奏とはいえなかったけど、私も含めて上手くなってきたので、次第に様になってきました。合奏も楽しいです。 以前、「べっ甲調バチ」を買って、それがなかなか引きやすくて良い音が出ると書きましたが(こちら)、弾きこんでいくと、扱いが難しいことが分かってきました。腰がプラスチック製のものに比べて柔らかいので、しっかりと押し引きができないと弦を弾かないのです。良い音が出ますが、初心者には向いてないようです。結局、プラスチック撥を継続です。「べっ甲調バチ」は上手くなるまでお預けです。 7月のレッスンでいただいた4つ目の課題曲、「よされ節」の歌部分です。左手の指運びがむつかしいところがあって、なかなかスムーズに弾けません。 そろそろ次の課題曲をいただきたいところですが、今回はいただけませんでした。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村-------------------------------------------------------------------津軽三味線練習カテゴリー投稿一覧http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=33
2017/11/21
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【2017年11月21日(火)】 今日は夕刻に津軽三味線のレッスンがあるので(こちら)、その前に客員研究員の研究のため京都歴彩館に午後から出かけました。これで歴彩館訪問は6回目になります。三味線をレッスン会場の十字屋さんに預けるとよかったのですが、時間が惜しいので持ち歩きました。歴彩館でコインロッカーがないか探したのですが見つからず、止むを得ず三味線を図書閲覧場所に持ち込み。大きな荷物の持ち込みは困ると言われるかもと思いましたが、何も言われませんでした。 さて、持ってきたノートを開いて、間違ったノートを持ってきたことに気付きました。いつも図書閲覧時に持ってくるノートには、何という本の、何号あるいは何章まで読んだという記録が書いてあるのですが、それがないため前回何号まで読んだか分かりません。止むを得ず、重複してもいいからということで、若い目の10号から30号を書庫から出していただきました。そしてこの日は10号から14号まで読みました。帰宅後調べたら前回(こちら)、9号から13号まで読んでいるので、結局新たに読んだのは14号だけということになりました。スマホを持っていれば、ブログをチェックできるのですが、ガラケーなのでそれもできませんでした。 重複部分の新たな気付きも含め、気になるところをピックアップしました。第10号 稲荷山の経塚 三宅敏之 法性寺御領山指図の地図に、稲荷山の麓に「天龍寺」「天龍寺小山」とあります。裏参道にたくさんの寺社が建つエリアがありますが、ここは神仏分離で廃寺になった愛染寺の寺領だった場所と推定していたのですが、ここ最近の文献閲読で、愛染寺は本殿の近くにあったようで、どうもそうではなさそうだということが分かってきました。ひょおとすると、この天龍寺の寺領だったところかもしれません。なぜ、ここの天龍寺の寺領があったのかもよく分かりませんが。第11号 好去好来 宮司対談 キツネ=命婦(Wikipedia:稲荷狐には朝廷に出入りすることができる「命婦」の格が授けられた)第12号 お塚の信仰 上田正昭 お塚数 昭和14年 2500基、 昭和40年 7762基第13号 稲荷信仰序説 イナリ信仰覚書・10 近藤善博 ・・・そうした低い動物霊の活動による陰うつな伝搬と、一方国民のそうしたものを信じようとする共感的な基盤の存在は、狐をしてイナリの専有化を強めることとなるのでありますが、これをかくならしめたものは、仏教者やヒジリの参加による神仏習合や、ダキニや弁財天などの合揉による点も多かったのです。またそうした上での命婦や霊媒がイナリにはいたのであります。第14号 伏見稲荷山信仰の特殊性 岡本吉二郎 日本人は元来理論を好まない。最初日本に渡った仏教が理論的だったので、日本人僧侶の中には、不満に感じ、釈迦の体験を体得し、真実地に到達しようとするものが出る。彼らが峻山峻嶽に入った。吉野の金峯山などが山伏の起源。熊野も代表的で、修験道の旺盛を極めた。 次第に低い山まで神祠が設けられるようになった。これが、山から山への巡礼旅行者を生ぜしめ、民衆の間で強固となった。しかも仏教との握手で仏教とともに発展した。 過去における稲荷山も山嶽信仰の一つとして認めることができる。大山の山嶽信仰と同じく、山嶺に神霊を認め、中腹を中院とし、山麓に拝殿を設けた。しかし他の山嶽信仰が山麓の本宮のみ繁栄して、山嶺が忘却せられたのに対し、稲荷山は双方繁栄した。これが稲荷山の特殊性。稲荷山が低いので、登攀が容易だったという以外に、稲荷信仰の教義も影響している。山は低いが、峯あり、谷あり、滝ありで一応山嶽信仰の形態を備えていたし、冬季でも登ることができたし、女人でも自由に入山できた。 この稲荷山の普遍性に先ず第一番に着目したのが空海。空海の山嶽信仰的入山により急激に開発され、稲荷神道は発展した。僧侶や山伏からなる修験者たちは、空海の例にならって手近で登山の容易な稲荷山に頻度高く入山した。空海や浄蔵貴所は稲荷山に住居し、また他の行者たちも稲荷講をつくって、女子子供にいたるまで従えて、稲荷山に群参し、寒中滝に打たれ禊祓をあげて苦修するものが続出した。 これらの行者たちが稲荷信仰を高めていったのは事実だが、その中の僧侶一派の代表的人物が空海であり、壺満上人。山伏一派の代表的人物が浄蔵貴所。稲荷山は空海の入山で、仏教的形態を一層深め、神山混合の信仰形態へと移行していったので、稲荷山はその多くを仏教的に塗り替えかれ本地垂迹説*の本拠の感があった。 そして稲荷山の特殊形態である「塚」への信仰へ漸次向かっていった。「塚」は、古来の磐境が原拠であるが、稲荷山の塚は碑面に「大吉良大神」「お福大神」など、庶民性を露呈しているのが特徴。このような塚の信仰をもつところは他にない。 稲荷山はその後、応仁の乱で一時衰退し、僧侶はほとんど去り、秦氏一系の社家のみとなり、本領所は空虚だったという。文禄年間に至って無縁の僧が来て、本領所の住職となって幕末に至った。明治維新の神仏分離令で、現在の稲荷山には仏教遺跡は皆無となった。*ほんじすいじゃくせつ【本地垂迹説】 本地である仏・菩薩が、救済する衆生しゆじようの能力に合わせた形態をとってこの世に出現してくるという説。 日本では神道の諸神を垂迹と考える神仏習合思想が鎌倉時代に整備されたが、その発生は平安以前にさかのぼる。 垂迹である神と、本地である仏・菩薩との対応は必ずしも一定していない。 一番興味を持つのが、最後の文献。稲荷山での空海から「お塚」に繋がる過程、稲荷山の山嶽信仰の特殊性もよくわかります、時代順に書かれているとすると、講ができて女子子供にいたるまで滝修行をしたのは、結構古い時代になることになりますが、この論文の特徴として、時代があっち行ったり、こっちに行ったりしているところがあるので、そこは?です。また、修験道が釈迦の体験を再体験するところから出発点になっているというのも、なるほどという感じです。応仁の乱以前も多くの僧がいたということも書かれていて興味があります。「伏見稲荷大社御鎮座1300年史」の平安時代~室町時代のところはもう一度読み直してみる必要があるでしょう。 「京の冬の旅」で伏見稲荷大社お茶屋を担当するので、「朱」の中でそれについて書かれた文献も一部コピーしました。 津軽三味線の河原町御池のレッスン会場へ急ぎました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/21
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【2017年11月20日(月)】 9月1日に某講座の二条城現地研修の講師を担当しましたが(こちら)、その体験記をガイド会の機関誌に載せるというので、作成のうえ9月下旬に編集責任者の方にFAXしました。そのときいっしょに載せる写真は私の顔写真だと伝えて、10月の地区組月例会でその顔写真を同じエリア会の編集委員さん経由で編集責任者に渡しました。ところが11月の地区組月例会で、その写真は返却されました。別の写真があるようなので要らないとのこと。入会のときに出した顔写真が事務所にあるので、それを使うのかなぁと思っていました。 ところが、地区組の編集委員さんから先日電話があり、「編集責任者から次のような話があった。二条城ガイドのとき、研修責任者のSさんが、XXさん(私)がガイドをしているときの写真を撮っていると聞いたので、それを使おうと思っていた。しかし実際には撮っていなかった。顔写真はダメなので、XXさんが写っていない二条城だけの写真でもいいから送って欲しい。」とのこと。二条城の写真はたくさん撮ってはいますが、機関誌に載せることを想定して撮ったものではないし、ネットから持ってくるのも著作権がややこしい。 色々考えたあげく、二条城をバックに私の写真を撮ることにしました。幸い今日は家内も出かけず車があるので、朝、車で二条城に行き、入場料を払わなくても済む東大手門の前で、三脚を立てて撮影しました。帰ってきて、プリントアウトして編集責任者の方に郵送しました。もし、顔写真ではダメということが、もっと早く分かっていれば、修学旅行の案内のとき、生徒にお願いして撮ってもらったのですが・・・。 写真は、アシズリノジギク(足摺野路菊)@京都嵐山天龍寺(11月13日撮影)です。 キク科キク属の多年草。本種は日本固有種。野路菊(ノジギク)の変種で、四国の足摺岬から佐田岬にかけた海岸に分布するので、この名があります。 葉や茎に白毛が密生するので、全体に白っぽく見え、葉は幅広い卵形で、3つに中裂します。開花時期は10月から12月。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/20
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【2017年11月18日(土)】 昼間は公私OFF。夕刻、大阪中之島に飲み会にでかけました。今日の飲み会は、M社OBの「誤算の会」。もともとはM社本社に勤める同期入社の集まりでしたが、今は、勤務場所の縛りはなく、同時入社であればOKです。 本社に転勤して1年に一度か二度の会があり何度か出席した後、2012年末の早期退職のときも集まりました。退職後も続けようということになりましたが、2年半の空白があり、次に開かれたのが2015年5月23日。天満橋CREAで集まりがありましたが、このときは「がん」の粒子線治療を終えた直後で不参加。その次が2015年12月に京都祇園「翠雲苑」でありましたが、翌日が京都検定受検でしたのでこれも不参加。そうしてようやく今年1月の天満橋「錦城閣」での集まりに参加できました(こちら)。 前回の集まりで私とTさんが幹事をすることに決まりましたので、Tさんに会場予約と当日進行をやっていただき、私が出席・欠席確認と皆さんの近況報告のまとめを担当してきました。我々幹事は開始30分前に会場集合しました。 場所は大阪中之島の「響 中之島フェスティバルプラザ店」。名前が示すようにサントリー系列のお店です。 食べログから 参加予定は10人でしたが、一人は体調不良で当日ドタキャン。キャンセルポリシーでは当日キャンセルはキャンセル料をとられるのですが、良心的なお店で不要となりました。ところが一人分席を減らしてもらったところで、出席予定になっていなかったSさんが到着。結局席を復活させてもらいました。帰宅して確認したところ、私のミスで出席をカウントしていませんでした。10人でギリギリの部屋でしたので、ドタキャンが怪我の功名になった感じです。Sさん申訳なかったです。 幹事のTさんの乾杯でスタート。歓談の後、各人の近況報告。私からは、早期退職後のN社への再就職、2回目のがん発症、粒子線治療で腎臓を温存できたこと、そしてN社を辞め、京都で観光ガイドの仕事をしていること、今年、京都産業大学の特別客員研究員(ただし、こちらは無給)のひと通りのお話をさせていただきました。この波乱万丈の退職後の話、皆さんも感激していただきました。そして、いつものように、セカンドオピニオンの重要性と医療保険の先進医療特約加入の説法しました。 皆さんの近況報告では、現役時代とよく似たお仕事をフルタイムでされている方、再就職先を辞めて職探し中である方、大学で就職活動サポートをしておられる方、週に1日大学で教えておられる方、現役時代とは異なる幅広いお仕事を週4日でやっておられる方などなど、皆さんからも元気をいただきました。 出席メンバーは固定されてきました。同期と言っても何百人と入社しているので、仕事で懇意だった方は、今回のメンバーではお一人だけ。あと仕事や飲み会の機会に少しコンタクトがあった方が4、5名いるだけです。ですので少し距離感があったのですが、退職後2回目で、ようやく常連になった感じです。 次回の日程(ほぼ1年後)と幹事も決まりました。来年の会まで、健康で元気でいたいものです。 梅田でラーメンいただきました。店名は「神座(かむくら)」。味、値段OKですが、店員さんに覇気がないのが残念。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/18
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【2017年11月17日(金)】 昨日の嵐山ガイドが終わり(こちら)、ほっと一息。今日は公私OFF日です。15日もOFF日でしたが、嵐山ガイドの前日でテンパっていましたので、実質的には8日ぶりのOFF日です。とはいっても、嵐山のガイドは責任者でしたので、終了報告書を作成しFAXしなければなりませんでしたし、明日の飲み会で皆さんに渡す近況報告作成も必要でしたので、ブログの追っかけ書きはあまり進みませんでした。 11月15日の読売新聞朝刊からです。10月のF1鈴鹿グランプリの観客数は13万7000人で過去最少だったとのこと。 私は鈴鹿でF1をやっていることさえも知りませんでした。この頃そういえば、BSだってF1やっていないような気がします。露出度が減りました。昔は、モータースポーツファンでなかった私でさえF1をテレビで観てました。 記事に書いてあるような、日本人ドライバーの不在、日本関係チームの不振だけでなく、若者に限らない車離れ、余暇の多様化、色んな要因があるのでしょう。しかしながら、2006年のピークの後の減り方があまりにも急です。富士で2年やったのでブランクがありますが、それにしても急な減り方です。この急な減り方は、他にも要因があるような気がします。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/17
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【2017年11月16日(木)】 嵐山の公募ガイドがは12時で終了でしたので、その日のガイド仲間と嵐山で昼食した後(こちら)、京都市中央図書館に行き、客員研究員の研究のため、「伏見稲荷大社御鎮座千三百年史」の続きを閲読をしました。(前回の閲読はこちら) 「お塚」や「お滝」に関係すると思われる部分を、第1部第5章から閲読しました。 参考になるところを列挙します。●第1部 第5章 近・現代の伏見稲荷大社 第1節 官幣大社への軌路・徳川将軍と愛染寺(P259~) 将軍家茂の上洛時、稲荷社本願所「愛染寺」に「小休」すること5度、一橋慶喜が「小休」すること7度あった。 「稲荷社本願所 愛染寺」にいつ頃なったかは不明だが、寛永10年(1633)に天阿が愛染寺に入っている。明治元年に廃絶された「愛染寺」の名称が定着、継続されるのは元禄期(1688~1704)頃であった。●>第2節 あらたな歩み・上地と神仏分離(P268) 愛染寺の堂塔が神仏分離でなくなるやいなや、「稲荷山巡拝者、私に訳け無き拝所、且つ紛らわしき神号を信じ、石を持ちこみ、神蹟破壊に及ぶおそれ」、それらの停止、取り払いの旨の制札が3か所に立てられた。・稲荷山のお塚と経塚(P267~) しかし、個々人の「私の」お稲荷様は制札を立てて収まるような、魅力のない神様ではない。明治7年~8年にかけて、神社側から、稲荷山へ向けた正統な信仰の仕方の標識として、いくつかの神蹟が一段高いところに築かれた。しかし、これが却って呼び水となって、「お塚」がさらに増えた。大正年間の中ごろには好景気を後ろ立てに、登る人より登る石のほうが多かったと言われれる。・工事・祭儀・奉納などの推移昭和9年8月 清明滝改修 地鎮祭(P292)●>第6章 稲荷信仰と行事 第3節 稲荷信仰の流布・農業神としての稲荷信仰 中世期の稲荷社には、真言宗関係の堂塔があり、修験僧が稲荷山で修行していた痕跡もあるから、熊野信仰などと同じように、稲荷信仰を奉じる修験者の存在した可能性は否定できない。彼らが中世後期の農民のなかに稲荷信仰をひろめたに違いないのだが、確実な資料のない現在では、あくまでも想像の域を出ない。(P349) 江戸の流行神としての稲荷信仰が庶民の話題となり・・・(中略)・・・これら突然に起こり、流行する信仰には、必ず修験・山伏・法印・巫女など、さまざまな下級宗教者が仕掛け人として存在しており、彼らが政情不安などに乗じて、都市民を煽っていたはずである。(P350-351)・愛染寺と御師(十穀聖) 「愛染寺の十穀聖(勧進聖)が、中世末期から近世を通じて、稲荷信仰の布教や配札に活躍していた」とあるが、彼らが修験者や山伏であったりとか、稲荷山で修行をしたなどの記述はなし。(P351)●>第4節 稲荷山の信仰と民俗・雨乞いと膝下の村々 農民たちが稲荷山で雨乞いを行った。社務の「日記一一冊」(万治2年(1659))に、滝壺を浚えで雨が降ったとある。(P356)●>第7章 稲荷山の社叢 第2節 近代の社叢の管理と現状・明治から昭和初期の変遷 上地令で境内地を失い、知らず知らずの間に多くのお塚が建ち、茶店が出店し、信者の登拝でにぎわい、責任体制の明確化が必要となり、神蹟巡拝に必要な土地の復旧が明治35年に許可された。大正13年には、神社境内、官有地併せて2336基のお塚を数えた。お塚の多さは稲荷山の社叢を大きく変えるとともに、多くの人が登拝するお山へと変貌した。(P383)・戦後の社叢管理 戦後、神社が国の管理を離れ、宗教法人としての法人格を保有した結果、昭和25年に、上地した土地は元の所有者に無償譲与されることになった。 しかしその面積は、かつて上地した半分にも満たなかった。神域を保全し、尊厳を高めるためにも奥山は必要であるので、境内地周囲の国有林と等値交換を行い、その後も境内地隣接地を買収した。(P385)●第2部 伏見稲荷大社の建築と美術 第3章 稲荷山の景観 第2節 近代の境内景観・お塚の新設と茶屋>新拝所と鳥居の出現(P527,528) 稲荷山の朱の鳥居とお塚は、そのほとんどが明治以降に奉納されたり、つくられたもの。お塚の信仰は中世にさかのぼるとされ、三ヶ峰と荒神峰も明治に入るまでは、上ノ塚、中ノ塚、下ノ塚、荒神ヶ塚と称された。 こうした古くからの神蹟地の拝所のほかに、人々の信仰による新たな拝所がつくられたことが史料に確認されるのは明治2年頃。この時期、参拝者のなかに私設の拝所をつくったり、石を持ち込む者があり、これに対して神社側は神蹟を破壊する恐れがあるとして、こうした行為の停止と取り払いを示した、制札を参道の上り口や四ツ辻に立てている。参拝者によって鳥居が建て始められたのもこの頃。明治2年鳴滝に建てられた鳥居を、命婦谷へ引き移すかどうかが検討されている。このことは、以前には、山中のい参道に信者が寄進した鳥居が立ち並ぶことはなかったことを示している。近世の絵図や明治初期の境内図にも、命婦谷(奥社奉拝所)以外は、こうした鳥居は確認できない。新拝所や鳥居の出現は、山上の信仰が新たな性格を帯びていったことを物語る。あわせて山上に参拝する人々も増加していたようで、参拝者を相手にした茶屋を山内に出店することを願い出るものも増えている。 新拝所に対して、神社側は強硬な態度をとっており、新造を禁止するとともに再三撤去作業を行っている。しかし、明治4年の上知によって、稲荷山のうち七神蹟とそれらを巡る参道以外が官有地となったことで、神社の管理・監督が徹底したのは七神蹟の周辺に限られた。官有地は明治19年までは京都府の管理下におかれたが、管理体制が確立していないなか、新しく官林に編入された面積は広大で、なかば放置された状態の山林が少なくなかった。そのため官有地となった場所では、新拝所が次々と築かれるという状況を招いた。国の対応は遅く、明治21年にようやく付近に出店していた茶屋に取り払いを申しつけている。新拝所がお塚と呼ばれ始めるのは、明治20年前後とされる。鳥居についても同様の経過をたどったと考えれられる。・>お塚の方針転換と茶屋の役割(P529,530) 神社におるお塚の規制にもかかわらずお塚は増える。明治35年の大規模な官有地の境内地への編入があった。編入後の境内地に存在した標石の数は633基。この標石は認めるが、新造は禁止。 茶屋も境内地に含まれることになった。山内に茶屋がつくられた時期は明らかでない。四ツ辻に建てた家に西村氏を常駐させ、そこに茶屋を開いたのが最初とされる。明治41年から44年の修理記録によると、この当時山茶屋があった場所として、青木谷、栗木谷(2)、グワラ(3)、御膳谷、新池ノ向(4)、小灯籠、間之峰があげられている。これらは現在の茶屋と大きく違わない。神社は茶屋に神蹟近辺の清掃を義務付けている。 お塚新造は禁止したが、実際には増え続ける。最も盛んだったのは大正期前半とされる。昭和7年の「お塚台帳」では2254基。明治35年から3.5倍。 戦後昭和37年の境内地の拡大を機に、お塚建設を許可。昭和41年調査で、境内3322基、境外4440基。 お塚が増えたもう一つの要因は、昭和2年に結成された稲荷講社。この講社の信仰活動で重要な位置を占めたのが、お塚や滝などの稲荷山の施設を巡ることだった。彼らは茶屋に滞在した。・近代化のなかの稲荷神社>鉄道の開通と参詣道の変化(P535~537)*明治10年 国有鉄道東海道線 京都~大津 営業開始*明治28年 京都電気鉄道 塩小路東洞院~伏見油掛 開通 第4回内国勧業博覧会・遷都1100年記念祭 稲荷新道完成 稲荷神社~稲荷道停留所(のちの勧進橋駅)*明治37年 京都電気鉄道支線 勧進橋~伏見稲荷間 開通*明治43年 京阪電車 大阪天満~五条 開通>観光旅行の流行のなかで(P538~540) 参拝者が大幅に増加するのは大正期後半以降。旅行や観光が全国的に流行する。京都では明治28年の第4回内国勧業博覧会をピークに多くの観光案内書が刊行され、市も観光を産業の柱の一つにした。大きな盛り上がりは、大正期後半から昭和初期。 吉田初三郎が大正14年に「伏見稲荷全境内名所図絵」を発行。鉄道路線や駅を正確に書いたのは、全国からの観光客を意識したもの。山上風景が詳しく描かれ、「御山めぐり」の解説がある。発行者は稲荷神社ではなく、茶屋経営者の西村秀孝、蜂須賀伊三郎。 今回の閲読で分かったこと、確認できたことのうち特記事項。・愛染寺の僧が修験僧だったり、山伏だったりということは記載がない。・中世期の稲荷社には、真言宗関係の堂塔があり、修験僧が稲荷山で修行していた痕跡がある。修験者の存在した可能性は否定できない。しかし肯定もされていない。・私的な「お塚」は明治2年頃が最初。明治2年鳴滝に建てられた鳥居を、命婦谷へ引き移すかどうかが検討されている。・明治35年のお塚数は633。昭和7年2254。昭和41年3322、4440。・境内地の国有化、返還、交換が行われており、これらが谷間のお塚や新しい寺社群の登場に関係しているかもしれない。・昭和9年に清滝の修理が記録として記載されている。・昭和2年に結成された稲荷講社。その信仰活動で重要な位置を占めたのが、お塚や滝などの稲荷山の施設を巡ることだった。・国鉄の開通だけでなく、京都電気鉄道、京阪電車開通も参拝者増加に寄与している。大正時代の好景気が後押し。・吉田初三郎の俯瞰図は茶屋経営者による発行。「伏見稲荷大社御鎮座千三百年史」伏見稲荷大社HPから-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村大
2017/11/16
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【2017年11月16日(水)】 嵐山公募ガイドの本番でした。 公募ガイドは、これで6回目。過去の各本番を振り返ると、次のようになります。1.2016年11月21日 三尾・嵐山2・2016年11月27日 鞍馬・貴船3・2017年5月24日 大原4.2017年5月30日 御所4.2017年7月11日 祇園祭鉾建て 今回、初めて公募ガイドの当日責任者を担当しました。4人での案内です。 下見は11月13日に行いました。 「紙芝居」が完成していなかったので、今朝早く起きて、完成を目指しましが、一部間に合わなかったものもありました。 お客様は10時前の阪急電車で到着。約50人のお客様です。 予定通り10時過ぎに出発。各班あまり離れることなく天龍寺に到着できました。その後、天龍寺堂内と庭園、竹の道、野宮神社と廻り、目標の13時少し前には、各班ほぼ同時に天龍寺総門に到着しました。各班ごとにお客様と最後のご挨拶をして、各班ごとの解散となりました。 各班とも時間通りうまくガイドでき、お天気もそこそこよく(午後からは暑いくらいでした)、お客様にも喜んでいただけたのではないかと思います。他のガイドの皆さんに深謝。当日責任者の大役も含め、大仕事が一つ終わりました。 私の作成した「紙芝居」です。全部を使った訳ではありません。 解散後、ガイド4人で「レストラン嵐山」で昼食。フランクな反省会&情報交換&おしゃべり。昨日作った班番号カード(こちら)は好評でした。 私は、伏見稲荷の文献を閲読するため、JR嵯峨野線に乗って、京都市中央図書館に向かいました(こちら)。 東京に住む次女が出産のため、今日、里帰りしました、。予定日は12月26日。長女のように順調にいきますように。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/16
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【2017年11月15日(水)】 明日は嵐山での公募ガイドですので、今日はフルでその準備です。 お客様は関西の某市のシニア大学の生徒さんたちの、歴史探訪の同好会の方々。年齢は65歳~70歳くらいとのこと。 先方からの要望があり、班が4つあり、歩行時交錯して班を間違わないように班番号が分かるようにして欲しいとのこと。色々考えて、パステルカラーの画用紙を百円ショップで買ってきて、それに番号を印刷し、ラミネートし(自宅にラミネート機があります)、会の旗にリングとクリップで取り付けることにしました。 下のような具合に作り上げました。我ながら、うまくできたと思っています。 いつもように紙芝居も作りましたが、時間切れで全部できていません。明朝早く起きて、足らない分を完成させます。 明日は、天気は良さそうです。 家内はテニスでした。次女が里帰り出産で今日東京から着く予定でしたが、準備ができていないとのことで明日に延期になりました。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/15
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【2017年11月14日(火)】 月イチのガイド会エリア会議がありました(こちら。夕刻からの会議で、終わったのは午後7時を過ぎていたと思いますが、いつもように自由参加の軽懇親会がありました。翌日勤務ではないし、家内がテニスの祝勝会で晩御飯が一人になるので、「外で食べてきてもいいよ。」と言われていたので参加しました。 場所は、近くの「魚民・丸太町駅前店」。私がここに入るのは初めてです。間口は狭いですが、京都特有の鰻の寝床で、奥に掘りごたつ式の細長いスペースがあり、そこに陣取りました。GoogleMapから 参加された方々とは、会議やお仕事で次第に親しくなっており、だんだんと打ち解けてこういう懇親会に参加できるようになりました。 ビールのジョッキが上一杯まで注げてない、料理が出てくるのが遅い、一瞥で冷凍を解凍したものだと分かるなど、文句たらたらでしたが、ブラックで話題になった企業が経営する店なので皆さんあきらめ顔。 そういう不満はものともせず、小一時間、情報交換したり、楽しくしゃべったりしてお開きでした。今回も楽しい会でした。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/14
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【2017年11月14日(火)】 今日は昼間M社子会社製造事業部門のOB会に出席後(こちら)、京都に向かい、月イチのガイド会エリア会議に出席しました。開始まで時間があるので、重いですがPCを持っていって、近くのマクドで16日の嵐山ガイドの「紙芝居」を作成しました。 今日の私のトピックスは、1~3月の固定点と「京の冬の旅」の勤務場所が決まったことです。 固定点は「梅小路公園」、冬の旅は「伏見稲荷大社お茶屋」となりました。客員研究員の研究は伏見稲荷大社を対象にしているので、より伏見稲荷のことを知ることができたり、神社の方と話できる機会もあったりするのではないかとの期待があります。「梅小路公園」は土日祝の勤務で、観光ガイドというよりは、質問への対応が主体のようです。いずれも今後事前説明会があります。「京の冬の旅」パンフレットから 終了後、いつも有志で簡単な懇親会がありますが、今回も参加しました。→こちら (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/14
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【2017年11月14日(火)】 高槻でM社子会社の製造事業部門のOB会があり参加しました。 私は2012年の12月に57歳でM社を早期退職したので、60歳を待たずにOBになりました。ですので、これが5回目のOB会になりますが、 2013年参加、2014年がん治療中で不参加、2015年参加、2016年参加ですので、参加は4回目ということになります。 場所は、一昨年、昨年同様、高槻芸術劇場文化ホールで、昼間の開催です。会場の高槻芸術劇場http://www.city.takatsuki.osaka.jp/bunka/theater/facility/index.html 参加者数は約110人。昨年と同じくらいです。ただ最初に物故者への黙祷がありましたが、こちらの方は数が増えています。去年のOB会から15人の方が亡くなられました。 会の冒頭、世話役のお一人Yさんの奥さまのグループによる大正琴の演奏がありました。 乾杯、懇談と会が進みます。M社本社関係のOBの集まりも楽しいですが、やはり一番長く在籍し、多くの喜怒哀楽を共にした方々とのこの集まりは、やはり高揚感が違います。 今回も何人かの方とお話させていただきました。 生産技術部門にいらしたMさん。Facebook仲間で盛り上がり。 技術部門の先輩Eさん。病気の話題で盛り上がり。両腎臓ありながらクレアチニン値が高いとのこと。翻訳の仕事をされています。 海外支援部門だったOさん。他の事業場から来られて不慣れな中、真摯にお仕事されていました。 技術部門でいっしょに仕事させていただいたKさん。測定はKさんにとてもお世話になりました。 軟式テニス部でいっしょだったKさん。 品質部門出身で今でもゴルフをごいっしょいただくSさん。 私のドイツ時代一時期事業部門長だったSさん。退職後も色々心配いただきました。 ドイツに出張来ていただいたFさん。お話していて、お姉様が私の所属するガイド会の同じエリアグループの先輩であるTさんの奥様ということが判明。世の中狭いです。 品質部門で評価でお世話になったTさん、本当に久しぶりでした。学校で用務員されて、楽しくお仕事されているとのこと。 アメリカに長期出張に来ていただいたNさん、ゴルフをよくいっしょにしました。やはり久しぶり。 技術部門で業務をやっておられたHさん。お顔の艶よくお元気そうでした。 一番驚いたのは、営業のMさん。かなりのご高齢ですが、ずっと現役でがんばって来られました。しかし、ようやく一線を退き、英語力を世の中のために役に立てようと、京都のボランティアガイド養成講座の英語部門を受講されたとのこと。私がガイド会に入っていて、日本語部門の講師を務めたと知って、色々とお話をさせていただきました。講座は終わったものの、どうやってボランティア活動をしていくかが課題で、受講生の世話役もしていて、色々考えているので、また色々話を聞かせて欲しいとのこと。私と話できたのが、今日の最大の収穫だったと喜んでおられました。現役のときだけでなく、こうやって卒業してからも助け合えるというのは嬉しいことです。OB会大切です。 他にもなつかしい方がたくさん来ておられましたが、時間がなく、お話できなかったのが残念です。 今日は、夕刻からガイド会のエリア会議があるので、この会に参加するかどうか迷ったのですが、参加してよかったです。次回からも極力参加するようにします。 ガイド会の地区組月例会出席のため(こちら)、京都に向かいました。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/14
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【2017年11月13日(月)】 嵐山公募ガイドの下見が終わった後(こちら)、昼食を兼ねて、修学旅行昼食処を一つ下見しました。「めん処 こばやし」というお店です。メインの土産物屋通りの渡月橋の少し北で道路東側です。麺類・丼類の昔ながらのお店です。私は、「きつねうどん定食」を頼みましたが、単品であれば1000円以下で、嵐山にしてはコスパいいです。お味は甘いめの濃厚なお出汁で、美味しかったです。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/13
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【2017年11月13日(金)】 嵐山同行ガイドの下見(こちら)の後、京都市中央図書館に寄って客員研究員研究のため文献を閲読し(こちら)、午後2時半から京都YWCAでの某講座企画委員会に出席しました。 全体テーマが決まり、私が講師を担当する部分についても議論がありました。種々図書を読んだ内容に基づいて作成した「叩き台」に基づいて討議していただきました。 テーマは私提案のままでOK。サブテーマは若干変更になりましたが、私の案がほぼ認められた状況です。 フィールドワークについては、上記「叩き台」に色々候補を書きましたが、討議により、ここから一か所に絞り込まれました(先方のご都合や承諾可否もあるので、決定ではありませんが)。 勉強のために見学すればよいスポットなどアドバイスもいただきました。 私が講師をするのは、平成31年(新しい年号になっていると思いますが)4月で1年以上先ですが、来年3月にはセンターに概略説明資料を提出する必要があるので、その案をまずは固める必要があります。今まで読んできた図書などをさらに読み込み、咀嚼をして作成していきたいと思います。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/13
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【2017年11月13日(月)】 嵐山の公募ガイド下見の後、午後からガイド会の企画委員会でしたが、時間があったので、京都市中央図書館に立ち寄って、客員研究員研究のため「伏見稲荷大社御鎮座千三百年史」の閲読をしました。 今までの続きではないと思いますが、「お塚」の隆盛に繋がると思われる、「第1部 第4章 近世の権力と稲荷社」を閲読しました。 参考になるところを列挙します。●第5節 稲荷社の組織(P228) 中世後期から大きな社寺には、その社堂の修理・造営のための勧進を行う本願と呼ばれる僧侶があらわれた。稲荷社でも、応仁の乱以前にその存在が確認される。その後、近世には「本願所」また愛染寺として、稲荷社のなかに位置づけられる。●第7節 社領稲荷村>雨乞い(P245) 万治2年(1659)7月19日、干ばつにさいし、稲荷村から祈雨を願って伏見稲荷大社で雨乞いの踊りが奉納され、御山の滝壺を浚う(さらう)と雨が降り出し、翌20日にも夕立があった。 短時間であまり収穫はありませんでしたが、幕末頃、御山に滝壺はあったようだというのは分かりました。それが詳しくはどこなのかは分かりませんが。 伏見稲荷大社HPから 某講座の企画委員会(こちら)出席のため、室町出水上ルの京都YWCAに歩いて向かいました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村大
2017/11/13
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【2017年11月13日(月)】 16日の嵐山での公募ガイドを担当します。プラス当日責任者も担当します。公募ガイドはこれで6回目になりますが、当日責任者は初めてです。 助かったのは、当該の団体の世話役の方が以前下見に来られ、同期のガイド仲間が同じコースで案内していて、そのときの打ち合わ内容を詳しく教えてくださったことです。ですので、私とお客様とのやり取りもスムーズにできました。今日午後からガイド会の企画委員会があるので、午前中に嵐山に下見に行きました。 当日のコースは、我がガイド協会のホームページに載っているモデルコースの一つです。 阪急嵐山駅→渡月橋→宝厳院(外からのみ)→天龍寺(法堂は外から。諸堂・庭園は有料拝観)→竹の道→野宮神社→天龍寺総門 全体2時間。 嵐山は公募ガイドでは、化野念仏寺、常寂光寺を案内したことはありますが、今回の訪問先のいくつかは修学旅行では案内したことがあるものの、公募ガイドでは初めて案内するところばかりです。天龍寺にいたっては修学旅行でも案内したことがありません。しかし、これらの案内要旨も前出の同期の方が作成されたものを参考にすることで、あまり時間をかけずに準備をすることができました。この点でもこの同期さんに深謝です。 今日は朝は冷え込みましたが、昼間は暑いくらいの天気になりました。 阪急嵐山駅出発ですが、嵐山線乗車中に写真を1枚。この線路はもともと複線でしたが、第二次世界大戦の物資供出で単線になり、戦後も単線のまま。架線塔は複線分のままなので、線路が片方に寄っています。皆さん阪急電車で来られるので、これを「つかみ」で説明したら面白いかも。駅前のモダンな碑。 中ノ島に向かいます。正面のコブのような山は愛宕山。見える山々は川べりでまとめて説明しよう。 途中の新しくできた温泉。これも、中之島で説明するか。 東海自然歩道の一部になっています。 中之島からは鳥居形の曼荼羅山も見えます。中之島での説明位置を特定することができました。 渡月橋からの上流の眺め。亀山公園入口の紅葉がきれい。渡月橋は上流側を歩いたほうが景色がよい。 左岸岸下流からの渡月橋。人出がすごいと思うので、河原に下りて法輪寺の説明などしたほうがよいだろう。琴きき橋跡碑もある。琴きき橋は要勉強。 事前の勉強で、西高瀬川が嵐山から取水していることを知ったので、当日は行かないが、下流に向かい、西高瀬川に分かれるところまで行ってみた。 この細い流れが西高瀬川。サイホン式で他の川と交差しているようだ。 渡月橋の約500メートル下流。ここで桂川と分かれて、三条通沿いに流れていく。 当日に関係ないが、偶然見つけた「花の家」の前の石碑。 「花の家」のホームページによると、保津川を開削した角倉了以が舟番所を設けたところ。その当時のものといわれる離れ座敷「關鳩楼」は「ごてんの間」として、今も皆利用している。狩野派の杉戸絵や書院に展示の雪見灯籠(銘 天正元年 与次郎)、枯山水の中庭園(伝小堀遠州作)や、織部好みの切支丹灯籠等がある。なかなか由緒あるお宿。 再び渡月橋に戻る。 車折神社頓宮。ここにも琴きき橋が。 西高瀬川取り込み口。小電力の発電をして沿道のライトの電力を賄っている。 老舗料亭「小督庵」の跡地で建設工事中。用途は美術館となっている。ネットで調べると、近現代日本画を中心とする民営美術館らしい。そういえば新聞に載っていた。「ホテル嵐山」の跡地は、新たにホテルが建つようで、やはり工事中。 少し北に入ったところに「小督塚」があることを知った。 嵐山吉兆。 休館中の「時雨殿」のところを北に上がる。この角にトイレあり。ただし狭い。可能なら天龍寺までは我慢いただく。 桓武天皇の大堰離宮(おおいのりきゅう)跡候補地。 天龍寺塔頭宝厳院。紅葉の名所。中には入らないが、解散後訪問される方もいると思うので、説明だけする。10月の天候不順の影響か、紅葉はやはりあまりキレイではないようだ。 天龍寺法堂。別に拝観料500円かかるので外からの説明のみ。お賽銭をあげるところから中を覗いて加山又造画伯の天井雲龍図を見ることは可能だが、暗いために見にくい。多人数で交代で見るのも時間がかかるので、私の班は覗かないことにする。 団体の拝観売場確認。安くなるわけではないが、混雑時に待たずに拝観券が買える。ご朱印をいただいた。紅葉の季節は、日付まで入れた書き置きだけだそうなので待ち時間なしでいただけそう。他のガイドに要情報提供。 大方丈で曹源池庭園の説明をするのがよい。ただし各班が重ならないようにするのが望ましい。 若狭物外画伯の雲龍図。 大方丈東側から部屋越しで見る庭園も趣がある。 小方丈(書院)のお軸。スペースがあるので、小方丈で天龍寺全体の説明をしてもよい。 天龍寺年表を情報源として撮影。トイレは庫裏を入ったところにある。ここから解散場所の天龍寺総門近くまでトイレはないので、ここでトイレに行ってもらう。曹源池の南にもあるが、歩くルート上にはないので、そこは利用しない方向。 お堂を出て曹源池べりを多宝殿に向かう。スペースがあまりないので、ここでは説明はしない。 多宝殿。小方丈から廊下伝いに行けるが、時間もかかり外からも見学できるので、他のガイドには外からだけの見学を推奨する。 「百花苑」など境内には美しい花が咲いている。足摺野路菊(アシズリノジギク)竜胆(りんどう)白花艶蕗(シロバナツワブキ) 「望京の丘」。結構急な階段を上る。足に自信のない人には、直接北門に向かっていただく。ここから見えるのは、天龍寺伽藍の屋根、比叡山、京都タワー。下りたところにある大きな「硯石」もここで説明。平和観音。当日は前を通らない予定。大きな「硯石」。鈴木松年が法堂の雲龍図(現在は加山又造氏によるもの)を描いたときに使ったもの。 北門から天龍寺を出る。「竹の道」は狭くて混雑しているので、北門内で「竹の道」の説明はしてしまうのがよさそう。 北門から西の竹林が美しいので、少し西に行って引き返して野宮神社に向かう。 野宮神社は境内狭く混雑しているので、野宮神社前の少し広くなったところか、野宮神社内の神輿?前のスペースで説明するのがよさそう。天龍寺総門で、各班ごとに解散する。 下見が終わった後、昼食を兼ねて、修学旅行昼食処を一つ下見しました。「こばやし」というお店です。→こちら 午後から、ガイド会の企画委員会(こちら)でしたが、時間があったので、客員研究員の研究で伏見稲荷関係の図書を閲覧するため、バスで京都市中央図書館に向かいました(こちら)。 今日の下見で色んなことを再確認できましたし、新しい発見もありました。帰宅後、下見の結果とそれに基づいた当日の案内指針をまとめました。明日のエリア会議の際に、他のガイドに配布し、当日朝もう一度説明する予定です。ご朱印 天龍寺ご朱印 野宮神社(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/13
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【2017年11月12日(日)】 大徳寺塔頭興臨院でのガイド第9日でした。 そして、今日は思いがけないことがありました。ガイドの案内中に誰か知った人に会うこともあるのではないかと思っていたのですが、始めて1年になりますが、今まではありませんでした。ところが今日朝早い時間に、M社子会社時代の先輩Nさんにバッタリお会いしました。 私はいつかは知っている方にお会いするのではと気をつけているのですが、Nさんは私がガイドをしていることをご存知ないので、目を合わせても私に気付いていません。私から「Nさんですよね。」と声をかけました。向こうは名前まで思い出したかどうかは分かりませんが、私だと気が付きビックリ。こんなところで会おうとはまさか思っていないわけです。残念ながら私の案内の時間ではなかったので、ペアの方に案内していただきましたが、拝観が終わってから少しだけお話することができました。これからも、こういうことが時々起るのでしょう。 最高気温14.6度と少し寒かったですが、お天気は良く、多くのお客様にお越しいただきました。●興臨院案内#8 興臨院#5 本堂(方丈)室中 興臨院の本堂について続きです。 南側の部屋の中央は「室中の間」です。仏事を執り行う方丈の中で最も大切な部屋です。中央に祀られているのが、開祖の小渓紹ふ(付の下に心)(しょうけいじょうふ)禅師です。幕に隠れて見にくいですが、その向かって左に祀られているのが、ご本尊の釈迦如来です。普通はご本尊が中央に安置されますが、大徳寺の塔頭では開祖を非常に大切にしますので、他の塔頭寺院でも、このように開祖が中央に祀られていることが多いです。 その左にお位牌が多く安置されています。向かって右側に畠山家代々のお位牌、左側が前田家のお位牌です。中央の一番大きなお位牌が前田利家公、その右側が畠山義総公のものです。 この部屋の上部が響き天井になっていて、天井の下で手を叩くとよく響きますが、人が余り多く天井の下に集まると少しも鳴りません。パンフレットにこのように記載されていますが、残念ながら拝観では室中の間は入っていただけないので、この現象は体験できません。実は私も体験したことがありません。 襖絵は村石米齋氏による水墨画で、向かって左側が、山口県青海島を描いた夏山水、右側の絵は、中国北京郊外にある頤和園(いわえん)の風景を描いたもので、冬山水ともいわれます。頤和園は代々の皇帝の離宮になった景勝地で、世界遺産に指定されています。 村石画伯の画風は、繊細かつ緻密である点においては他の追随を許さず、岩や山の配色バランス、線の描き方に非常に神経が使われていることが分かり、簡素ながらも主題の追及に無駄がないところが高い評価を得ています。 中央の扉のにある彫刻の唐草模様が、室町期の特徴である左右対象式から、少し乱れ始めたものになっています。所々の装飾に用いてある唐草模様の円曲線が、何れも同様の曲線を表しています。中央扉の唐草模様の彫刻中央扉の最下部の彫刻(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/12
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【2017年11月11日(土)】 竜王ゴルフコースでのゴルフラウンド(こちら)から帰宅し、家内に阪急桂駅まで送ってもらって、高槻に向かいました。 M社子会社同期配属遊び仲間の飲み会でした。前回は4月でした(こちら)。タナユさん、タナシさん、オカさん、セキさん、オオさん、私の6人が集まりました。オモさんが今回は奥さま、ワンちゃんとの旅行と重なって不参加。 場所は、いつもは阪急沿いの「たご作」ですが、今日はいっぱいだったようで、「贔屓屋高槻店」。M社子会社の現役の頃、よく利用しましたが、久しぶりです。前回に続いて、タナユさんが幹事をしてくださいました。 変化点は、オオさんの娘さんが結婚したこと。私に孫ができ、京産大日本文化研究所の研究員に就任したことなどなど。他にも変化点あったかもしれませんが、よく憶えていません。タナユさんの、内容は忘れましたが、超理系の話も面白かったです。 いつものように、盛り上がりぱなしで時間が過ぎました。次回の幹事を結局どうしたのか、記憶が定かではありません。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/11
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【2017年11月11日(土)】 「がん」治療復帰後、第32回目のゴルフラウンド。日本に帰ってきてからは通算135回目、今年(2017年)第15回目のラウンドでした。 風邪が完全には治っていませんでしたが、朝の体温は平熱範囲で、脈拍も70台半ばでしたので出かけました。 M社最後の仕事の関係の泉会ゴルフ。シカさんが現役なので土曜日のラウンド。タケさんがご都合が悪く、私とオギさんとシカさんの3バッグでのラウンドでした。 場所は、今日不参加のタケさんがメンバーの竜王ゴルフコース。2回目のラウンドです。大雨も覚悟しましたが、そんなに大降りになることもなく、私は傘を差すこともなかったです。結果は、スコア 57+56=113ストローク 33+35=68パット 24+21=45 前回同様、パットがガタガタで45。これは復帰後最悪。前回が43で復帰後最悪だったのですが、それを更新してしまいました。帰日後全体でも3番目に悪いパット数です。3パット11は帰日後最悪です。前回、パットが悪かったので、帰る前にゴルフ場でパット練習をしてから帰りました。少し持ち上げて引いて重みで打ってみてよかったので、それを今日試してみたのですがダメでした。後半、クロスハンドにして少しましになりました。アメリカでクロスハンドに変えて、イップスがましになった経験があるので、クロスハンドに戻して改良していったほうがいいのかもしれません。 ストロークは68と悪くはありません。パット数が36と普通だったら、トータルは104と100台前半なので、私にとっては結構良いスコアです。やはり喫緊の課題はパットです。本当になんとかしなければ、ゴルフが厭になってしまいます。 夕刻から高槻で飲み会があるし(こちら)、風邪も治りきってないので、お風呂も入らずに帰ろうと思っていたのですが、思いのほか早く終わったので、お風呂に入ってから帰りました。 クラブハウス玄関クラブハウスレセプション【スコア】【費用】ラウンド代(昼食付き):18,419円(ハイシーズンの土曜なので、超高額)高速代:1,510円X2よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________「日本でのゴルフ」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=7「ゴルフとアメリカ生活」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=3
2017/11/11
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【2017年11月10日(金)】 大徳寺塔頭興臨院でのガイド第8日でした。 今日は、往きに中央図書館に寄って、今日が期限の若冲・応挙関係の本を一旦返しました。 雲一つない良いお天気で、暑くもなく寒くもなくで、最高の旅行日和でした。土日に続く金曜日とうこともあって、多くのお客様にご来訪いただきました。楽しくガイドをさせていただくことができました。●興臨院案内#7 興臨院#4 本堂(方丈)襖絵 興臨院の本堂について続きです。 本堂の襖絵についてですが、昔は狩野元信、土佐光信などによる襖絵があったと、大徳寺誌や都林泉名勝図絵などに記されています。しかし、今はありません。これは、明治維新後の廃仏毀釈の影響で海外に流失したためです。近年ボストン美術館で興臨院のものと思われる絵が発見されたりしています。 ですので明治維新以降は、襖には何も描かれていなかったのですが、平成6年に久留米出身の日本画家・村石米齋(べいさい)氏に襖絵を描いていただきました。厳密には「描いていただいています。」です。50面襖がありますが、時間をかけて順次描いていただいているところです。ところどころ白いままの襖があるのはそのためです。村石米齋氏は1949年生まれで、書道家でもあります。興臨院の襖絵について記された「都名勝林泉図絵」の部分 帰りにも京都市中央図書館に寄り、再度、若冲・応挙関係の図書を借りました。朝、返却ポストに返した本を、職員の方が戻しているところでしたので、最初に借りた本のうち2冊を再度借り、新たに2冊借りました。2回目に借りた本2冊は延長しましたので、現在6冊借りていることになります。・(新規)若冲 その尽きせぬ魅力 狩野博幸監修 ペン編集部編 CCCメディアハウス・(新規)若冲 ワンダフルワールド 辻惟雄・小林忠・狩野博幸・太田彩・池澤一郎・岡田秀之 新潮社・(再)もっと知りたい円山応挙 樋口一貴 東京美術・(再)応挙・呉春・蘆雪 山川武 東京藝術大学出版会・(延長)すぐわかる 画家別 近世日本絵画の見かた 安藤敏信 東京美術・(延長)別冊太陽 江戸絵画入門 河野元昭監修 平凡社・(返却)別冊太陽 若冲百図 小林忠監修 平凡社 ・(返却)別冊太陽 円山応挙 金子信久監修 平凡社 ・(返却)若冲への招待 朝日新聞出版編・(返却)若冲 狩野博幸 角川ソフィア文庫延長した2冊新たに借りた2冊(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/10
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【2017年10月9日(木)】 今日は公私OFF日。といっても、16日の嵐山の公募ガイドと、13日の平成30年度スカイ大学の第2回企画委員会の準備があるので、津軽三味線練習以外は、ほとんどそれらに時間を費やしました。 嵐山ガイドの準備については、まず、事前下見の方々を案内した同期Nさんからいただいた情報を昨日他の3人のガイドメンバーに配信しました。そして今日、お客様の幹事役の方と、FAXや電話で何度もやりとりをして、その情報を他のガイドメンバーに伝えました。これで、当日のガイドの進め方はほぼFIXすることができ、ガイドメンバーにも徹底できました。あとは、「紙芝居」の作成と、「しゃべり」の組み立てです。Nさんが、素晴らしい参考資料を同期のメーリングリストで配信してくれていりので、それらを参考にして「しゃべり」を組み立て、「紙芝居」を作成していきます。本番前日の15日は、終日「紙芝居」作成に充てたいので、13日の企画委員会がある午前中に下見に行ければと思います。 企画委員会のほうは、結局資料を作り始めることができなかった。明日10日の帰宅後、12日の帰宅後の時間で検討、作成の必要があります。 ところで10月の気候は異常でした。雨が多くて、日が照らず、寒かったです。気象庁のデータで追ってみました。 まず気温です。10月の日々の最高気温と、過去1年間の最高気温月平均です。それぞれ平年値と比べています。月平均にすると、この10月は平年値マイナス1.2度ですが、日々データを見ると、平年値より2度以上低い日が11日あります。やはり寒い日が多かったようです。 次に雨量。10月の日々の雨量と、過去1年間の月間降雨量合計です。やはり平年値と比較しています。3月、5月が大幅に少なく、10月が大幅に多くなっています。10月の雨量はニュースでもやってましたが、平年の約3倍です。日々データを見ても、平年の倍以上の日が12日もあります。 最後に日照時間。雨量の裏返しのようなものですが、月間では10月の日照時間は平年の62%です。10月の日々データでは、日照時間2時間以下の日が14日もあります。 紅葉の美しさには日照時間が影響するようですので、観光への影響が心配です。とはいっても、紅葉が多少鮮やかでなくても関係なしに、京都はいっぱい人を集めるでしょうが・・・。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/09
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【2017年11月8日(水)】 大徳寺塔頭興臨院でのガイド第7日でした。 風邪のほうは、体温は少し高めながら平熱、脈拍も少し高めながら正常範囲。そして、まだ鼻声なのと、喉が少しいがらっぽいなど、症状は残っていますが、ガイド勤務は支障なくできました。 一日中、雨がしとしと降る生憎のお天気でした。 今日は、ご案内に対するお客様の反応が良かったなという印象です。こういうお天気が悪い日でも来られる方は、もともと積極的に色んなことを知りたいという方が多いのかもしれません。 それから、今日で7日目になりますが、今まで振り返って、外国人の比率は清水寺随求堂ほど高くはないですが、下鴨神社に比べるとかなり高いと思われます。そして、西洋人の比率が高いと感じます。大徳寺内で団体の西洋人のツアーもよく見かけます。禅とかに興味を持つ西洋人が多いということかも知れません。 ●興臨院案内#6 興臨院#3 本堂(方丈)全体 興臨院の本堂についてです。 本堂は「方丈」とも「客殿」とも称します。 「方丈」はもともと1丈四方の建物という意味で、鴨長明の「方丈記」は、そんな小さな庵で書いたということからの書名です。 また『維摩経』には、昔インドで在家ながら仏教を深く信じていたという、維摩居士(ゆいまこじ・維摩詰)の方丈を訪れた文殊菩薩とその一行が、その狭い空間に全員収ることができたという逸話が書かれています。そのことから、仏教においては方丈に全宇宙が内在しているという考え方が生まれ、そこから寺院の住職が生活する建物を特に方丈と呼ぶようになりました。形も正方形ではなく、5、6室を持つ長方形の簡素な建物として発展し、それぞれの部屋の役割も決まってきました。室町時代中期以降は仏像や祖師像が安置されるようになり、本堂の役割を担う建物となりました。 この興臨院の方丈も、典型的な部屋の配置になっています。 南側(下図の下半分)が公的な部屋、北側(下図の上半分)がプライベート的な部屋となっています。 帰宅後、月イチの高血圧診察で近所のO医院に行きました。いつものように血圧測定のグラフを見せて説明しました。「冬場に入って血圧が高めになっているのに加え、直近はさらに高くなっているが、これは風邪をひいた特殊要因によるもので、それがなければ朝晩平均で140/90以下である」と説明しました。珍しく聴診器で診ていただいたうえ、いつものアムロジピン1ヵ月分を処方してもらいました。 医者から戻ったら、家内がテニスから帰っていました。「合宿」とカレンダーの予定には書いてあるのに、日帰りだと言って出かけたのでおかしいなぁと思って聞いてみたら、滋賀県土山のダイヤモンド滋賀というリゾート地で、やはり泊りがけだったようですが、この前長崎に2泊3日で旅行に行っているし、他にも泊り無しの人もいるので、私に悪いと思い、泊りは止めたとのこと。そこまで気を遣わなくてもいいのに。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/08
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【2017年11月7日(火)】 この前の土曜日から風邪で、日曜日の晩は体温が38度超でした。しかし、昨日回復に転じ、今朝は鼻は引き続きグジュグジュするものの36.3度と平熱で、脈拍も74と平常だったので、予定通りゴルフに出かけることにしました。 「がん」治療復帰後、第31回目のゴルフラウンド。日本に帰ってきてからは通算134回目、今年(2017年)第14回目のラウンド。 毎月第1火曜日の京阪会です。メンバーはいつもの谷さん、前さん、藤さん。暑いくらいの天気でした。風邪が治りきった訳ではないので、ちょっと体力的にはしんどいラウンドになりました。結果は、スコア 57+56=113ストローク 35+35=70パット 22+21=43 前回、復帰後、最高スコアを出したのに、またまた110超えです。しかし、今日の110超えはストロークの不調が主因ではなく、パットの不調が主因です。 ここ13回連続で40パットを超えることはなかったのに、ついに43と40をまた超えてしまいました。ここしばらく40を超えないというものの、イップスの傾向は残っていて、短いのを外すことがあるので、未だに打ち方を色々試しています。今日も、色々試したのがよくなかったのでしょう。わけが分からなくなり、ことごとく短いのを外し、距離感も失くしてしまいました。 反面、ドライバーにほとんどミスショットがなく、フェアウェイウッドは、ときどきチョロやダフリがあったものの、そこそこ良かったです。 アイアンはシャンクがあったり、引っかけがあったりで、安定しませんでした。 アプローチはあまりよくありませんでしたが、完全なミスショットは1つくらいでした。 バンカーショットは1つトップがありましたが、ラッキーで外に出せ、それ以外も1回で出せたので、まあまあでした。 このように総体的にはストロークはあまり調子がいいとは言えませんでしたが、合計で70とそこそこのレベル。パターが普通だったら、105近辺のスコアだったことになります。課題はパターです。 今日は、風邪が治りきってないので湯冷めをしないように、ゴルフ場でお風呂に入らなかったので、皆さんと別れたあと、練習グリーンでパターの練習を少ししました。真っすぐ引いたり、真っすぐ出したりを意識せず、バックスイングで少し持ち上げて、重さを利用して、コツンと当てる打ち方がいい感じでした。次回トライです。 あまりよくないスコアながら嬉しかったことが一つ。今日の最終ホールは、曾束コースの9番。パー5で左右あるグリーンの左のグリーンだと、グリーン乗せの第3打が左に打つと左下がり急斜面のOB、右に打つと池で、安全な角度がほとんどない非常に難しい名物ホール。だいたいが左のグリーンで、今日も左でした。 たいがいは、ティーショットか、2ndショットのどちらかが短くなって、3rdショットでグリーンが狙える距離まで行けずに、もう一打、左OBの危険が少ない池右側に打って刻むのですが、今日はティーショットも2ndショットも最高の当たりで第3打でグリーンが狙える距離。残り160ヤード。一瞬迷いましたが、どうせスコア悪いので、思い切ってフェアウェイウッドで3オンを狙いました。これもいい当たりで、3オンに成功。このホールでパーオンできたのは初めてではないかと思います。しかし、結局パット不調で3パットでボギーでしたが。 【コースちょこちょこ紹介】上記に書いた曾束コース第9ホール 528ヤード Par5今日の打球軌跡Google Mapに記入HPから【スコア】【費用】ラウンド代(昼食付き):7,550円高速代:1,150円X2よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________「日本でのゴルフ」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=7「ゴルフ他@米国」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=3
2017/11/07
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【2017年11月6日(月)】 今日は、修学旅行ガイドの通算25回目、今年24回目でした。この秋としては6回目です。 昨晩38度を超える熱が出たので、どうなることかと思いましたが、朝起きて熱を計ったら36.8度。高めですが、37度未満だし、多少身体が楽になった気もするし、誰かに急に代わってもらうこともなかなか難しいので、予定通り出かけました。 今日は東海地方の公立小学校。 下鴨神社がコースに入っていました。下鴨神社案内は初めてですが、「京の夏の旅」特別拝観でガイドをしたことがあるので、そのときの資料+αで対応することができました。子供たちはここでお守りを買っていました。 今日の学校は、お土産は清水寺集合後時間をとるので、それまでの時間はお土産禁止。でも、「お守り」はOK。昼食以外の飲食もダメでした。このほうが、ガイドとしては、時間が読めるので、楽にはなりますが。下鴨神社 お守り売り場 子供たちの予定にはありまでんでしたが、レスポンスレターで提案していた、鴨川デルタの「飛石渡り」へ。喜んでくれました。 子供たちの行動計画書では、「二条城付近で昼食」となっていただけでしたので、途中で何か食べたいものがないかと確認。特に希望はないとのこと。「麺類・丼物」でいいかと聞いたら、「それでいい。」というので、以前、外から下見をしたことのある「更科屋」というお蕎麦やさん(こちら)に行くことに。しかし、堀川御池でバス停を降りて、「ラーメンがいいのら、目の前に見えてる、『七福神ラーメン』に入るけど。」と言ったら「ラーメンがいい。」というので、このラーメン屋さんに入りました。以前下見もしているので(こちら)味は問題ないはずです。 すでに同じ学校の2班が前に入ってちょうど食べ終わるところだったので、まとまって座ることができました。私の班も皆、「おいしい。おいしい。」を連発しながら食べていました。よかったです。 普段歩かないような距離を歩いたので、皆疲れていたようですが、皆さん楽しめたようですので、風邪で身体はしんどかったですが報われました。私も楽しくガイドできました。 先日の興臨院ガイドのときに、ごいっしょいただいた先輩ガイドの方から、東福寺の三門の特別公開が今日までと聞いていました。風邪の具合も回復傾向のように感じたので、行ってみました。ところが特別公開は終わっていました。昨日までだったようです。先輩ガイドの方が一昨日に「明日まで」と言われたのを、私が今日までと早合点してしまったようです。くたびれ儲けになってしまいまい、すごすごと帰宅しました。 就寝前も、鼻はグジュグジュしていますが、身体はだいぶ楽になり、脈拍も70くらいまで下がりました。明日のゴルフは何とか行けるでしょう。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/06
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【2017年11月5日(日)】 10月30日読売新聞朝刊(だったと思います)から。 「正露丸」はもともと「征露丸」だったとのこと。記事を読んで「なるほど。」 朝、昨日同様、身体がだるくて、火照った感じ。鼻もグジュグジュで、昨日朝からの風邪気味継続です。家内が留守をいいことに夜更かしして、睡眠不足になったのがよくなかったのでしょう。熱は36.5度で少し高めではありますが、大したことはありません。しかし、脈拍が80~90と高かったです。普通は、朝であれば、65~75くらいなのですが。 一日家でしたが、昼間はそれほどしんどくはなかったので、ワンちゃんのトリミングで、2往復アッシーをしました。 昨日飲み会だったので、脈拍が高いのはそのせいもあるかも。一日家にいるので様子を見ましたが、午後になっても、脈拍は高いまま何も大きく変わらずです。ネットで調べると、風邪をひいたとき脈は速くなるようです。夕方に体温計ったら、37.0度でした。本格的に風邪をひいてしまったようです。 それとやたらとトイレが近いです。ネットで調べてみました。風邪を引くというのは身体の粘膜からウイルスが入り、免疫組織がウイルスと戦う結果身体の不調が出てきます。その際に身体にたまっている悪いものを洗い流すためにどうやらトイレが近くなるようです。 そして、夕食後体温を測ったらなんと38.1度、脈拍も90超。ちょっと大変なことになってきました。これからの予定は、 6日 修学旅行 7日 ゴルフ 8日 興臨院 9日 OFF 10日 興臨院 11日 ゴルフ 12日 興臨院 13日 企画委員会 14日 昼間飲み会+夜エリア会 15日 公募ガイド下見 16日 公募ガイド本番 17日 OFF 18日 飲み会(幹事) 19日 お宮参りと予定びっしり。早く何とか治さなければ。 若冲・応挙関係の資料を少しだけでも準備して、寝る前にお風呂入って寝るつもりでしたが、38度もあるとお風呂は入らないほうがいいでしょうから、今日はおとなしく早めに寝ます。 正直ピンチです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/05
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【2017年11月3日(金)】 興臨院でのガイドの後(こちら)、飲み会出席のため、地下鉄+JRで大阪に向かいました。 今日の集まりはM社時代の最後の職場の仲間、「泉朋友会」の集まりです。年に2、3回の集まりです。前回は6月でした(こちら)。 今日の場所は北新地「咲くら 北新地店」。少し探すのに苦労しましたが、なんとか開始時間5分前に到着。すでに皆さんお集まりでした。 大さん、モーさん、夏さん、落さん、金さん、私の6人。前回は、金さんが時間がとれず(再就職先を退職され、再々就職活動中ということでしたが、今日のお話では引き続き同じところに勤められているようです)で欠席でしたが、今回はフルメンバー出席でした。今回も、モーさんが幹事を引き受けてくださり、お店の設定もしてくださいました。いつもながら深謝。 皆さん立ち位置に大きな変化はないようでししたが、健康上は一点変化点がありました。大さんは、尿酸値を下げる薬を長年飲んで来たけれども、腎臓に負担がかかるので、お酒をやめて、尿酸値を下げて薬を止めるように医者に言われて、断酒中とのことで、終始ソフトドリンクでした。 いつものように、お仕事のこと、プライベートのこと、時間が経つのを忘れて語り、飲み、気が付いたら3時間経っていました。ただ、私は昨日の飲み会(こちら)と連チャンになるのと、風邪気味なので、最後のほうは少しセーブしました。 次回は、来年4月頃集まることになりました。またモーさん、よろしくお願いします。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/04
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【2017年11月4日(土)】 大徳寺塔頭興臨院でのガイド第6日でした。 昨日までどうもなかったのに、朝起きたら鼻グジュグジュ。身体がソクゾク。熱は36.8度。平熱は36.3度で、普通の状態で高くても36.6度なのでやはり高め。ついに風邪をひいてしまったのかも。粒子線治療が終わって2年半、風邪一つひかなったのですが。休むほどではないので出勤しました。 3連休の中日で、多くの方にお越しいただきました。 ここしばらく暖かったのであまり厚着をしていかなったのですが、風邪気味ということもあったのでしょう、思いのほか寒かったです。これからしっかり防寒をしていかねばなりません。 ご案内した女性のお一人から、「大変よく分かり勉強になりました。社会の先生か何かやられたのですか?」と声をかけれらました。「分かりやすい案内」、これが私のモットーですから嬉しかったです。●興臨院案内#5 興臨院#2 建造物 興臨院の建物についてです。◆表門(重文) 左右の横が唐破風になっている平唐門(ひらからもん)と呼ばれる構造の門です。桧皮葺の優美な姿をしています。一間一戸で、2本の門柱の頭が高く出て、蟇股を左右から挟んでいます。細部を見ると懸魚の唐草模様の中が透彫りになっているなど優れた工作が施されており、大徳寺山内でも有数の古い門です。表門◆唐門(重文) 方丈の玄関になっている唐門は正面が唐破風になっているので、向かい唐門といいます。やはり桧皮葺で、室町時代の特徴をよく表し、波形の連子窓、客待の花頭窓等は禅宗の建築様式をよく表しています。奥が唐門波形の連子窓花頭窓本堂(重文) 一重入母屋造。方丈あるいは客殿ともいいます。創建直後に焼失しましたが、すぐ再建され、現在の建物は1540年頃に再建されたものです。しかし、年月とともに痛みが激しくなってきましたので、昭和50年に解体修理し、再建当時の姿に復旧されました。従って、室町当時の特徴をよく表しています。桧皮葺の屋根は、近代の寺院より低く、優美で安定感があり、静寂と落着きを表しています。建物内部も簡素で、素朴であり、さほど寺院らしくなく、現在の日本の民家住宅へ移る過渡期のものといわれます。 本堂(方丈) 終了後、大阪での飲み会に出席のため(こちら)、北大路駅まで歩いて地下鉄で京都駅へ。JRに乗り換えて大阪に向かいました。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/04
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【2017年11月3日(金)】 特別客員研究員の10月度報告書をメールで提出し(こちら)、三味線練習し、若冲・応挙関係の本のコピーをしたりしているうちに、飲み会に行く時間になりました。 ところがバスが時間通り来ず遅刻してしまいました。京都駅往復のバスで、遅れが累積していたようです。待ち合わせ場所に皆さんを10分弱お待たせすることになってしまいました。そういえば、前も3連休の土曜日の夕刻に飲み会があって、バスが来ずに遅刻したことがありました。要注意です。 今日は、M社時代のISマネジメント関係の有志の集まり。私は「オーイ会」と呼んでいます。年に4回程度集まっています。前回は長女の出産でドタキャンでしたので(こちら)、半年ぶりの参加。 今日のお店は、「浜焼き居酒屋 海横丁 烏丸店」。大丸の東側、四条通に面したビルの2階です。 メンバーは私を入れて9名。関東からも2人参加でSさんは初参加。現役さんも2人。 いつものように会の途中で、各人近況報告。特記点としては、初参加のSさんは外国語を話せる日本人、日本語を話せる外国人の人材紹介会社に勤務しておられるとのこと。現役Dさんが、職場異動になられたこと、Oさんの娘さんが結婚などなど。関東からのYさんは、別の集まりで使うドローンを持って来られていて見せていただきました。結構コンパクトに収納できるのに驚きです。 いつものように盛り上がり、ワイワイガヤガヤと4時間ほど飲りました。ちょっと焼酎のお湯割りを飲みすぎました。 このお店、海鮮焼きの食べ放題ですが、接客がイマイチでした。刺身出すのに、わさびや醤油がなかったりとか。でも3時間制なのですが、延長料金は取られず良心的でした。80種食べ放+飲み放で3,999+税とコスパはよかったです。 ホットペッパーから 帰宅したら、家内が2泊3日の長崎旅行から無事帰っていました。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/03
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【2017年11月3日(金)】 特別客員研究員の10月度報告を昨日、下記のように提出しました。歴彩館や京都市中央図書館に出向いたり、図書を借りたりして、文献を読んだ内容を列挙して、考察を加えました。8ページに及んでしまいました。読み飛ばしてください。 明治時代より前に、修験道の修行の場であったのは確かなようですが、明治以降は、色んな立場の人々が「お滝場」を利用した(している)ようです。しかし、現存の「お滝場」が、修験道の行場だった時代からあったものかどうか、歴史的な繋がりは以前不明です。 夕刻から、M社時代のISマネジメント関係有志による飲み会が京都でありましたので(こちら)、若冲・応挙の次回打ち合わせの内容の検討を少しだけして出かけました。あとフルで、この準備に充てることができるのが、5日と9日の2日だけです。何とかしなければ。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/03
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【2017年11月2日(木)】 10月27日に、M病院で経過観察受診があったので(こちら)、その結果を「マイカルテ」にファイルし、兵庫県粒子線医療センターに送付しました。今回から3ヵ月に一度の血液検査になり、書くことが少なくなったので、多少短時間で記入できるようになりました。●前回マイカルテ送付以降の診断結果●問診票●連絡票これ以外に、・主治医レター・CT画像データ(CD)・血液検査結果・照射部皮膚写真・特定位置CT画像まとめと、腫瘍径グラフ・クレアチニン、尿素窒素、尿酸値グラフ・血圧、脈拍グラフ・体重、体脂肪率グラフ・一日尿量、一日飲水量グラフを添付しました。最後5つは、要求されていませんが、私が勝手に付けているものです。 今回の報告のポイントは下記。 ・腫瘍の大きさは小さくなったまま大きな変化なく順調。 ・腎機能指標のクレアチニンは上限値以上に変わりはないが、 今回は1.36とここしばらくの1.5~1.7から下がった。 ・尿酸値はフェブリク服用後、上限以下で安定。 ・膀胱鏡検査も問題なし。 ・主治医が交代。主治医からのレターが添付されるようになった。 ここ3日間本当に良いお天気です。10月の悪天候が嘘のようです。 家内は昨日から明日まで友人と4人グループで長崎旅行ですが、超ラッキーです。 私は、京産大研究員の月度報告書を書きました。結構時間がかかって、若冲・応挙関係の次回打ち合わせ用資料検討までは行き着きませんでした。ほぼフルで時間をとれるのは、明日(3日)、5日、9日のみです。少々焦ってきました。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________過去の治療履歴は下記を参考にしてください。がん治療日記:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=10がん治療振り返り:http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=11
2017/11/02
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【2017年11月1日(水)】 本日、ブログのアクセス数が、1,500,000回に到達しました。 直近の100,000回到達の日数は58日でした。110万時52日、120万時60日、130万時62日、140万時58日ですので、120万時以降はほとんど変動がありません。 皆さんにはお立ち寄りいただき感謝いたします。仕事の関係で即日あるいは翌日投稿がなかなか難しく、後付けも時々ありますが、1日1記事確保でがんばっています。どうかこれからも引き続きお立ち寄りください。 今日はほぼ終日在宅で溜まったブログ作成・投稿や、粒子線治療のマイカルテ作成をしました。津軽三味線の練習も。 家内が友人4人グループで、今日から2泊3日で長崎に旅行です。老犬ワンちゃんの面倒を見ないといけないので、ガイドは入れないようにしました。今日から3日間は、家は私とワンちゃんだけです。今日は、買い物だけは出かけました。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/11/01
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