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今年(2017年)の私の主な出来事を、振り返っています。 昨日、「京都市内全寺社巡り」は、今年は一日もできなかったと投稿しましたが、全然「京都歩き」ができていない訳ではありません。そのリストです。◆がガイドの仕事に関係したもので、大部分を占めています。止むをえないでしょう。修学旅行の昼食場所の下見や私の担当ではないが当ガイド会担当してる場所の見学なども多くあります。1月1日 初詣 梅宮大社(家内・次女と)1月13日 ◆金戒光明寺・西翁院見学1月24日 ◆大雄院・妙心寺 庫裏・経蔵見学2月10日 ◆聖護院・知恩院・久昌院見学2月18日 ◆北野天満宮 宝物殿見学2月26日 承天閣美術館(招待券)(家内と)3月10日 ◆妙法院・角屋・壬生寺見学3月12日 戦国時代展(京都文化博物館)、邦楽舞踏名流会(先斗町歌舞練場)(家内と)3月25日 ◆櫻谷文庫見学3月31日 ◆旧三井家下鴨別邸下見4月7日 ◆霊鑑寺見学4月9日 京おどり、清水寺、高台寺(西西朋友会)4月10日 ◆三十三間堂修学旅行下見4月12日 ◆北野天満宮近く「四恩」修学旅行食事処下見 ◆考古博物館・白峯神宮西本願寺(書院・飛雲閣も)修学旅行下見他4月13日 米国T市一行案内 東山5月10日 ◆嵐山「SAGANOYU」修学旅行食事処下見5月12日 ◆下鴨神社ボランティアガイド養成講座見学 ◆秀穂舎(固定点)、御蔭祭5月13日 大田の沢 カキツバタ群落(家内と)5月16日 ◆祇園近辺修学旅行食事処下見5月22日 ◆大原公募ガイド下見5月26日 ◆伏見稲荷ウェルカムサポーター養成講座見学 ◆京都御所公募ガイド下見5月29日 ◆京大学食・同志社大学「寒梅館」修学旅行食事処下見 ◆京都御苑公募ガイド下見6月1日 「能の世界へおこしやす」(ロームシアター・家内と)6月4日 ◆京都駅・三十三間堂周辺「手作りの洋食屋さん里」修学旅行食事処下見6月7日 ◆二条城周辺「ごはんや菜の花」修学旅行食事処下見6月9日 ◆北野天満宮近く「たわらや」修学旅行食事処下見 ◆北野天満宮→金閣寺徒歩(修学旅行下見)6月14日 ◆二条城ウェルカムサポーター養成講座下見#1 ◆二条城近く「ラーメン七福神」修学旅行食事処下見 ◆三井家ゆかりの地巡り#16月16日 ◆三井家ゆかりの地巡り#26月19日 ◆北野天満宮近く「ふたば」修学旅行食事処下見 ◆三井家ゆかりの地巡り#36月23日 ◆立命館大学衣笠キャンパス学食修学旅行食事処下見 ◆三井家ゆかりの地巡り#46月27日 ◆京都駅近く「カフェ鴨川」修学旅行食事処下見6月28日 ◆随求堂下見6月30日 ◆北野天満宮近く「弥兵衛」修学旅行食事処下見7月10日 ◆鉾建て下見7月15日 ◆下鴨神社下見7月27日 ◆岡崎エリア「浮船」修学旅行食事処下見7月30日 上賀茂神社、下鴨神社、旧三井家下鴨別邸(西西朋友会)8月13日 千本ゑんま堂・石像寺(次女旦那・家内と)8月21日 ◆二条城ウェルカムサポーター養成講座下見#28月22日 ◆四条河原町近辺「更科」修学旅行食事処下見9月25日 ◆興臨院(臨時固定点下見) ◆金閣寺近く「Cafe Zip」修学旅行食事処下見 ◆本野精吾邸見学9月27日 ◆花山天文台、蘆庵見学9月30日 ◆大雲院見学(家内と)10月13日 ◆三条寺町東入ル「本家田毎」修学旅行食事処下見11月13日 ◆嵐山公募ガイド下見11月26日 年賀状用写真撮影#1(西本願寺唐門、京都御所建礼門) 銀閣寺・法然院・真如堂・金戒光明寺(西西朋友会)11月27日 ◆浄住寺、観智院見学 年賀状用写撮影#2(広隆寺、二条城東大手門、東寺南大門) ◆二条城近く「更科」修学旅行食事処下見12月14日 年賀状用写真撮影#3(東福寺、清水寺、八坂神社、知恩院) ◆京都駅ポルタ「ハゲ天」修学旅行昼食処下見12月21日 年賀状用写真撮影#4(仁和寺、上賀茂神社、下鴨神社、平安神宮、南禅寺)6月30日に入った上七軒「彌兵衛」 日替わりランチ1200円。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー→こちら
2017/12/31
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今年(2017年)の私の主な出来事を、振り返っています。 現役時代2006年に米国から帰任した直後に京都の寺社巡りを始めました。最初は京都検定の公式テキストに掲載されている寺社を一通り巡り、その後、「京都の寺社505を歩く」という本に書かれている寺社も含め、2巡めを開始しました。その途中で、M社をリストラで早期退職。「サンデー毎日」となった2013年1月に「京都市内全寺社巡り」を始めました。 以降次のように京都市内の全寺社、石碑を巡り歩きました。 ・2013年 上京区16日間 中京区8日間 下京区11日間 南区5日間、 伏見区3日間 2013年合計43日間 ・2014年 伏見区17日間 ここで「がん」に罹病し、2014年6月を最後に中断。2016年2月に伏見区第21日目から再開しました。 ・2016年 伏見区4日間(伏見区合計24日間) 山科区13日間 東山区3日間 2016年合計20日間 2016年8月にガイドの仕事を始めて忙しくなったため、2016年9月を最後に中断状態になっていました。 去年の出来事の振り返りの書き込みで「来年は、以前のようなペースでは回れないと思いますが、観光ガイドの仕事の合間を縫って続けたいと思います。年間20日間くらいは歩ければと思います。」と書いていますが、ガイドの仕事が想像以上に忙しく、一日も「全寺社巡り」はできず仕舞いで、中断状態のままになっています。 来年は、慣れによってガイドの忙しさは軽減すると思いますが、シニア大学の講師なども加わるので、結局、「全寺社巡り」をする時間はとれなのではないかと思います。できたら少しでも進めたいと思いますが、ガイドの定年75歳以降の楽しみという程度に考えておいたほうがいいのでしょう。中断前の最後の日、東山区3日目のルート(2016年9月8日) よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/12/30
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【2017年12月29日(金)】 お正月の準備は、今日は年賀状作成に終始しました。 まず、家内分の宛名面、通信面を印刷して家内に渡しました。以前の投稿に書いたように、京都の寺社などの門の写真を並べたデザインですが、「ワンちゃんの写真を載せて欲しかった。」と文句を言われてしまいました。昔はワンちゃんの写真を使っていたこともあったのですが、京都の神社物仏閣巡りをするようになってから、ここ10年くらいは、京都で撮った写真を使うようになり、ワンちゃんの写真は載せなくなっていました。今まで、あまり抗議を受けたことはなかったのですが、我が家のワンちゃんも老犬で年賀状に載せるのも今回が最後かもという思いがあったのかもしれません。時間があれば、通信面の空白スペースに小さくなってしまいますが、家内分だけでもワンちゃんの写真を印刷したいと思います。 その後、私の分の通信面を印刷開始。ここ2、3年は、個人別のコメントもパソコンで書いて印刷しています。私は字が下手だし、個人別といっても、例えば、同じ職場だった方々には同じコメントになることもあるので、パソコンでの記入が重宝します。 半分くらい印刷したところで時間切れ。夕刻、今年最後の飲み会のため高槻に向かいました。 毎年この時期になると、私の設計部門時代の部下有志の集まりがあり、煙たい存在だったとは思いますが、律儀に私も呼んでくれるのです。会に名前があるわけではありませんが、私は「扇会」と自分で名付けています。場所は、「おだいどこ」という居酒屋さん。去年のこの会もここでした。おだいどこ高槻店 食べログから 今年も15人くらいのメンバーが集まりました。私の担当していた事業そのものが製品の世代交代で無くなってしまったので、皆さん、色んな職場に移って活躍されています。部下といっても、当時の課長連中は一部しか来ていないので、ほとんどが私より一回り近く若い。同じ製品を担当した若い人たちと語り合えるのは楽しいものです。あっという間の2時間でした。 明日、三重にお墓参りに行く予定だったので、真っすぐ帰るつもりで駅に向かいましたが、後ろを振り返ると何人かが「2次会に行きましょう。」というので、つきあってスナックに行ってしまいました。すでにかなり飲んでいたのに、さらに深酒をすることに。小一時間過ごし、年末特別料金のためか、非常に高額なのに驚きながらお開き。帰りのバスを終点近くまで乗り過ごして、20分くらい歩いて帰宅。階段を上る時、ふらついたので、家内と娘に「お父さん、そんなに飲んだらあかんやん。」と怒られてしまいました。いつも始まる前には飲み過ぎないようにと思うのですが、ついつい飲んでしまう、アルコールに関しては意志の弱い私です。来年に向けての反省事項です。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/29
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今年(2017年)の私の主な出来事を、振り返っています。 今日はブログへの投稿についてです。 去年(2016年)の1月から津軽三味線を始めたり、去年の8月から観光ガイドを始めたりして忙しくなったので、去年は段階的に投稿記事数を減らしてきました。しかし、それでも回っていかなかったので、去年12月で「がん」に関する新聞記事も、京都に関する新聞記事も、週1回の京都の行事・祭案内の投稿も最終回にしました。そして、今年1月からは1日1記事基本まで減らして投稿してきました。 月間、年間の記事数は次のグラフのようになりました。今年は、1ヵ月40~50記事で推移しています。 しかし、1つの記事の濃さは結構濃いですから、1つ書きあげるのに時間がかかっています。ガイド関連の仕事や行事が忙しくなると、後付けで後日投稿することも多発しました。特に6月は修学旅行のピークで、3週間くらい投稿ができないこともありました。来年も同じようなペースになるので、対処の方法を考えねばなりません。簡単な記事にするか、濃厚な記事は日をまたがって投稿するとか。 投稿数を激減させたので、アクセス数も激減するかと思いましたが、年間アクセス数はほとんど変化しませんでした。アクセス記録を見ると、「がん」に関する新聞記事、私の「がん」闘病記、退職時の手続き、京都についての新聞記事、「京都歩き」紀行などへの、コンスタントなアクセスがあるので、そのためにアクセス件数が維持できているのだと思います。 月別に見てみると、今年11月下旬くらいから、コンスタントに1日2000アクセスを超えるようになり、12月の月間アクセス数が増えています。増えた理由は分かりません。今まで件数が増えても長続きしなったのですが、今回は長続きしていますので、来年は年間アクセス数が増えるかもしれません。 ブログの整備もした1年でした。「がん」についての新聞記事などの目次と、草花についての記事の索引をフリーページに掲載しました。前者は一旦完了、後者は進行中です。過去の記事を検索しやすいように、毎日少しずつ、タイトルとカテゴリーを見直し、更新しています。毎日8記事ずつの更新ですが、過去の書きこみ数が厖大なので、来年中には終わらないかもしれません。 記事を書くことが、頭の中の整理や新しい発見の場にもなっています。ボケ防止にもなっているでしょう。他の方に読んでいただくのも喜びでです。忙しい中ですが、来年も1日1記事を死守したいと思います。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/12/29
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今年(2017年)の私の主な出来事を、振り返っています。 今年は飲み会が多かったように思い、回数を去年と比較してみました。何の関係の飲み会かも分類してみました。 回数は去年が33日、今年は46日。13日も増えました。ほぼ一週間に一度というペースです。 去年の8月にガイド会に正式入会して、ガイド会の公式、準公式の飲み会(グラフの(5))が入り、それが今年は通年になったのと、修学旅行やガイド会の会議の後に、臨時でちょと一杯という機会(グラフの(6))が増えたのが原因です。M社事業部門関連(1)が少し減っているのは、個人的によく盃を酌み交わしていたM氏も私も忙しくなって、会う機会が減ったためです。 因みに再就職をしたN社に勤務していた2013年の飲み会の回数を調べてみたら、18日でした。それと比べたら2.5倍です。現役時代のように無理はしないようにしていますが、飲み会での酒量が増えているのは間違いないです。昨年2月頃から休肝日を週2日とるようにしたのは、そういう面でも正解だったと思います。 こういう飲み会は、色んな意味で有意義ですので、誘われればできるだけ参加したいと思いますし、自分でもできるだけ誘いたいと思います(忙しくて、こちらから誘うことは最近できていませんが)。しかし、年齢のことを考えると、量をセーブしなけてばなりません。そうはいってもなかなか難しいですが。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/12/28
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今年(2017年)の私の主な出来事を、振り返っています。今日は、ゴルフについてです。 次のグラフは2006年10月の日本帰任後の年間ラウンド回数です。家内の体調不良や私の「がん」治療とともに凸凹していますが、今年は去年と同じ17回でした。 このラウンド回数で見ると、去年と同じようなゴルフ環境のように見えます。次のグラフは、練習に行った日数です。2010年から2011年に減っているのは、家内の体調不良によるものです。2012年から本格復帰しましたが、2014年急激に再びヘ激減し、2015年はゼロになっています。これは私自身の「がん」闘病のためです。2016年に復帰し、練習日数は30日を数えました。ところが今年は1日だけです。激減です。 今年、練習日数が激減したのは、ガイドの仕事で忙しくて、時間的に厳しくなったのと、ガイドの仕事は酷暑下、酷寒下ですることも多く、わざわざ暑い時や寒い時にゴルフの練習に行かなくてもという心理的ブレーキがかかったためです。それと今まで散々練習してきたのに、ちっともスコアが良くならないので、お金と時間の無駄という思いもあります。 今年のスコアです。去年の平均に比べ、トータルで2打よくなっています。ストロークは1打悪くなっていますが、パットが3打よくなっているのが効いています。パット数はまだまだ40を超えることもありますが、去年苦労したイップス感はだいぶ軽くなりました。しかし、「がん」を発病する前の20回のラウンドの平均が、ストローク69、パット37、合計106ですので、ストロークで5打、パットで2打、合計で7もスコアを落としています。来年もどうせ、練習にはいけないと思います。練習なしでのスコア向上を図り、来年は平均108以下、一度は100切りを目指したいと思います。 今年は、C&C会にも参加することができましたし、新たにガイド会の先輩・同期の仲間GT会も発足し、ゴルフでのお付き合いが広がりました。また、宇治カントリー、東城陽の2つのゴルフ場を新たにラウンドしました。 また今年は、消耗品以外、ゴルフ用具の大きな買い物はありませんでした。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/12/27
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今年(2017年)の私の主な出来事を、振り返っています。 去年の1月に始めた津軽三味線。ガイド業が忙しくなる中、以前のようには時間がとれなくなりましたが、何とか時間を捻出し、練習を積み重ねました。 下のグラフは月別の練習日数です。当然といえば当然ですが、先日アップしたガイド関係の日数が多い月の練習日数が少なくなっています。年間139日ですので、2日に一度は練習していることになります。去年はガイドの仕事が本格的に始まる9月くらいまでは毎日のように練習していたはずですから、練習日数は去年より少なくなった思います。 月イチのレッスンにも休まず通いました。四条河原町の十字屋カルチャーセンターの入っていたビルが耐震で建て替えか何かになり、9月からは河原町御池の十字屋フォーラムでの練習になり、往復により時間がかかるようになってしまいましたが、散歩を兼ねて通ってます。 課題曲の履歴です。2016年1月 津軽曲弾き2016年4月 津軽じょんがら節2016年6月 さくらさくら変奏曲2016年12月 津軽よされ節(イントロ)2017年7月 津軽よされ節(歌部分) 中竿の三味線をレンタルで借りていましたが、1月に太竿の中級品マイ三味線を買いました。重いので左指をスライドさせる「コキ」もしやすくなり、太竿による津軽らしい音色で演奏できるようになりました。それ以外にもグッズを色々買いました。三味線本体が約15万円、それ以外のグッズが約5万円、合計20万円強になりました。家内よ、許せ。 上記のように、今年になってからは新規の課題曲は1つだけです。レパートリーを増やしたいので、グッズ購入で楽譜付きCDを買って、「雪月歌」という曲を12月から練習開始しました。 人前で弾いてもそれほど恥ずかしくはないレベルになったかなと思い、ガイド会の先輩Tさんが出演する11月の小ライブに出ようと思い立ちましたが、初孫のお宮参りと重なって実現しませんでした。来年は、ガイド同期茶話会でデビューし、その後、M社事業部門OB会、T先輩出演小ライブ、教室発表会などで演奏したいと思います。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/12/26
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今年(2017年)の私の主な出来事を、振り返っています。 京都検定1級は2008年から一年を除き、ずっとチャレンジしてきて、昨年(2016年)12月が8回目のチャレンジでした。今年1月に合格証が届き、念願の1級合格を果たしました。 1級合格の特典として、京都産業大学日本文化研究所の特別客員研究員就任の資格が得られるというのがあります。合格したら是非応募したいと思っていました。 しかし、観光ガイドを始めて多忙になり、研究員として活動する時間がとれるかどうかが気がかりでした。一度合格すれば、いつでも応募できるので、もう少し落ち着いてから応募しようかとも思ったのですが、一度先延ばしするとズルズルと応募しないままで、後悔するかもと思い、思い切って応募しました。 幸い書類審査を経て採用される運びとなり、6月に京都産業大学日本文化研究所の特別客員研究員に就任しました。1年間自分で決めたテーマについて研究をして、来年の4月の発表会で研究成果を発表しなければなりません。 私の設定したテーマは「伏見稲荷大社とその周辺の不思議研究」で、担当の宮川康子教授にアドバイスをいただきながら研究をしています。色々興味深いことがあるなか、「お滝場」の成立過程についての研究をしています。正直、新米観光ガイドとの両立はきついですが、何とか時間をやりくりして、少しずつ研究を進めている状況です。 京都市中央図書館、京都府歴彩館、京産大図書館、国際日本文化研究所などに足を運んで文献を閲読したり、借りたりし、ネットでも情報検索をしています。図書館などには20回近く足を運びました。途中、私と同じようなアプローチの先行研究があることが判明して愕然としましたが、気を取り直し、先行研究の不明箇所を研究したり、古い時代との関連を研究するという方向で進めています。来年1、2月で何とか研究を形になるものに仕上げないといけませんので、年明けに、文献閲読を加速させ、フィールドワークもさらに進めなければなりません。ガイドの仕事もいっぱい詰まっているので、忙しい年明けになりそうです。 下の図は、研究の過程で発見した絵図です。1925年に吉田初三郎が描いた伏見稲荷大社境内名所図会の一部です。。私が青枠で囲ったのが「お滝場」です。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/12/25
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今年(2017年)の私の主な出来事を、振り返っています。 去年、京都のシニア観光ガイド団体の募集に応募し、書類選考、面接を経て合格しました。3ヵ月の有償研修を受けたうえで、8月に正式入会をして、ガイドとしての仕事を開始しました。今年は2年目になり、初めて通年の活動を経験しました。 次のグラフは、1年を通してガイドとして公の活動をした日数を示しています。「1.固定点・臨時固定点」 固定点は毎年年間を通じて依頼があるもの、 臨時固定点はやはり毎年依頼がありますが、時期を限って依頼があるものです。「2.観光協会主催」 京都市の観光協会から依頼があるもので、「京の冬の旅」「京の夏の旅」 「秋の特別拝観」などです。「3.修学旅行」 旅行社を通しての依頼です。「4.公募ガイド」 旅行社を通じて、あるいはお客様から直接申し込みによる単発のガイドです。 ここまでが報酬のいただけるものです。「5.会議・研修・説明会・ボランティア」 月イチのエリアグループの会議、年イチの総会、年数回ある研修会(非強制)、固定点ガイドの事前説明会、ボランティア(募集式が多い)などの、報酬のない活動です。 年間159日ですので、45%はガイドとしての公の活動で外出していることになります。うち有給は128日で35%です。 月別に見てみます(次のグラフ)。固定点・臨時固定点は年間を通じて入っています。観光協会分は、1~3月の「冬旅」、7~8月の「夏旅」は担当件数が多いので、割り当てがありますが、「秋の特別拝観」は件数が少ないので、私への割り当てはありませんでした。従って、10~12月は入っていません。修学旅行は、4~7月、9~12月に入っていますが、ピークが6月、次いで5月になっています。観光協会分がないときに修学旅行のピーク時期が入るかたちになっています。 これを見ると有給の日数で多いのが、5月、6月、9月、そして少ないのが4月、10月、12月ということになります。ただし、実際の忙しさは日数だけでなく、準備のための時間も関わってきます。固定点、臨時固定点、観光協会関連は、始まる前の準備は必要ですが、始まってしまえば、手間はかかりません。ところが修学旅行は都度班別行動計画が送られてきて、その妥当性を確認し、多くの場合、学校への返信をしなければなりません。また公募ガイドは、ベテランになれば別ですが、我々新人は、それぞれが公募ガイドとして新規の場所であることが多く、下見に行くことも必要ですし、詳しく調べて話をする原稿を作成したりすることも必要で、準備のための時間が半端ではありません。ですので、5、6月の忙しさは日数以上に大変なものでした。 具体的な固定点、臨時固定点の担当は下記でした。1月 臨時固定点 清水寺正月勤務・・・・・・・・1日1~3月 固定点 八木邸・・・・・・・・・・・・・・17日1~3月 「京の冬の旅」 妙心寺塔頭・養徳院・・・・16日4~6月 固定点 旧三井家下鴨別邸・・・・・・・・・16日7~9月 固定点 清水寺随求堂・・・・・・・・・・・21日7~9月 「京の夏の旅」 下鴨神社 本殿・大炊殿・・11日10~12月 臨時固定点 大徳寺塔頭・興臨院・・・・・・16日 合計98日 色々失敗やハプニングがありました。 養徳院の受付の締めに時間がかかってしまったこと。 旧三井家下鴨別邸の勤務で昼食を鴨川縁でとったとき、トンビに昼食を食べられてしまったこと。 下鴨神社で、ガイド不在の時間帯にお客様を案内してしまったこと。 随求堂で冷蔵庫に忘れ物をしてしまったこと。 興臨院でご朱印の日付記入の字がガタガタになってしまったこと。などなど色々ありました。 修学旅行25校の内訳は下記でした。小学校 4校中学校 20校(うち私立1校)高校 1校学校の所在地としては、埼玉県が断トツで10校でした。合計128人の生徒さんを案内させていただきました。副責任者を2回担当しましたが、2回目でよかれと思ってとった行動が混乱を招くという失敗をしてしまいました。今年を通じて、一番大きな失敗となりました。 公募ガイドは下記でした。5月 大原5月 京都御所7月 祇園祭 山鉾組立9月 二条城(ウェルカムサポーター養成講座現地研修)11月 嵐山(責任者) 研修は下記でした。1月 「知っているようで知らない『応仁の乱』」京都市考古資料館 副館長山本雅和氏3月 「和歌に詠まれた四季」冷泉家時雨亭文庫常務理事 冷泉貴実子氏3月 京都迎賓館見学3月 「もう一つの150年 新選組の4大事件の2つを訪ねて」(フィールドワーク)8月 「ここまでわかった幕末 『薩長同盟』論のいま 京都女子大非常勤講師 中村武生氏10月 花山天文台 観望会 花山天文台 台長 柴田一成氏12月 シニア大学 座学「後水尾天皇と東福門院」、フィールドワーク「光雲寺」12月 「ここでわかった幕末 『大政奉還の場所』という創作-幕末二条城と徳川将軍 京都女子大非常勤講師 中村武生氏 ボランティアの関係では、4月に京都国際会館で行われた、「国際アルツハイマー病協会国際会議」に、説明会も含め4日間協力させていただきました。 そして、秋には来年度のシニア大学の講師を指名され、そのための会議もありました。 これら公の活動以外に、固定点ガイドや公募ガイドの下見、修学旅行の昼食場所の下見、自分担当以外の固定点などの見学などもあり、それらを含めると、さらに拘束日数は増えますし、知識吸収のための読書やガイドのための資料作成も含めると、相当の時間になります。 「平均月に13日の勤務」と言われてガイド会に入りましたが、それ以外の拘束日や活動があるので、想像を遥かに超える忙しさだと感じています。現役時代より忙しいとさえ思います。さらに連続の長い休みがほとんどないこと、時期によって忙しさが異なること、5日働いて2日休みというような規則的な勤務ではないことなどなど、現役時代には経験のない勤務形態もなかなか慣れないところです。 しかし、正直、楽しいです。報酬は安いですが、現役時代より、うんとやりがいを感じます。きっと、こういう慣れない勤務形態が、年月とともに、逆に生活のリズムになっていくのでしょう。来年もさらに高みを目指して、一生懸命努めたいと思います。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリー⇒こちら
2017/12/24
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【2017年12月23日(土)】 今日は月イチの最寄り小学校への寄付のための古紙回収の日。三重の実家から持ってきた亡き母の旅行関係の古本を出しました。そのまま捨てるのが忍びないので、古本屋に持って行こうと思っていましたが、そんな時間もとれそうにないので、結局は廃棄することに。まぁ、少しは地元の小学校に貢献することになるので、よしとしましょう。 古着も持っていってくれます。昨日ユニクロで1つコートを買ったので(こちら)、1つ捨てることに。買わないが基本ですが、買ったら、捨てるが「断捨離」の鉄則。サラリーマン時代に買った、これぞ通勤着というコートが、少々くたびれていたので、それを出しました。長い間、寒さから守ってくれて、ご苦労さんでした。 あと別のリサイクル業者の回収もあったので、ポータブルブルーレイDVDプレーヤーを1台持っていってもらいました。 私が2回目の「がん」で入院したときに、録画した京都関係の番組を病室で視聴するために買ったもので、まだ、3年強しか経っていません。ところが、この前、特に落したり、手荒な扱いしたわけでもないのに、全然動かなくなってしまったのです。S社製です。私はP社製の製品をよく買いますが、S社の製品は全く買いません。しかし、ポータブルのブルーレイDVDをネットで買おうとしたときに、S社製しかなく(もう需要がない商品だったからでしょう)、このS社製を買いました。巷の噂では、S社の製品は壊れやすと言います。それを自分自身が体験することになってしまいました。 なかなか録画した番組を自宅で見る時間がないので、ガイドの行き帰りに見るのに使ったりして助かっていました。それができなくなってしまいました。さて、どうするか。 たくさん番組見せてもらって、ありがとう。もう少し元気でがんばって欲しかった!!!! よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/23
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今年(2017年)の私の主な出来事を振り返っています。 2012年に腎盂がんで左の腎臓を摘出した後、2014年に残った腎臓の後ろに後腹膜悪性腫瘍を発症しました。幸い抗癌剤治療で腫瘍は小さくなり、透析ができるようにしたうえで残った腎臓ごと切除する手術を受けることを主治医から提案されました。ダメ元でセカンドオピニオンを2ヶ所受けました。その一つで、腎臓を温存できる方法として粒子線治療を紹介いただき、その治療を受けました。 一昨年(2015年)5月に1ヵ月半の重粒子線治療を終え、経過観察に入りました。心配されるのは、腫瘍の再増悪と副作用としての腎不全です。 腫瘍径は経過観察をしてもらっているM病院からCT撮影データをいただいて、粒子線治療を受けた兵庫県立粒子線医療センターに送るので、私自身もPCで画像確認しています。そのある特定場所の腫瘍径を計ったデータが下記です。去年の10月まで小さくなり続け、その後ほぼ大きさは変化していません。腫瘍が全く消えてしまう場合もありますが、小さくなったままで壊死して治癒という場合もあるそうなので、この状態は良好な状態です。再発の心配が非常に小さくなったとの判断から、再発時のために残しておいた、抗癌剤点滴用のCVポートを抜去する手術を、今年7月に行いました。 腎不全は、血液検査のクレアチニン値で判断します。腎機能が低下するとクレアチニン値が上昇します。下記のグラフのように、粒子線治療後、去年の年末まで徐々に上がり続けましたが、今年に入ってほぼ安定しています。正常値範囲を超えてはいますが、片腎としては問題ないレベルです。上記のように、CVポートを抜去したので、1ヵ月に一度のポートフラッシュ(カテーテルが詰らないように、液を流して掃除する)をしてもらう必要がなくなりましたので、血液検査も以降はCTと同じ3ヵ月に一度となり、通院の時間的負担も経済的負担も軽くなりました。 重粒子線照射部の皮下が硬くなったり、時々痺れたりすることがありますが、生活には全く支障がありません。このように、腫瘍の状況、副作用とも順調に推移しており、去年始めた京都での観光ガイドや、今年新たに始めた京都産業大学の特別客員研究員の活動など、忙しくはありますが、健康面の問題なく行うことができています。幸せなことです。(「2017年の主な出来事」続きます)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=12
2017/12/23
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今年(2017年)の私の主な出来事を、振り返っていきたいと思います。 何といっても第一番は2人の孫のおじいちゃんになったこと。長女が8月12日に男児を、次女が12月19日に女児を出産しました。いずれも体重少くてICUでのスタートでした。次女の場合は保育器にも入りました。しかし、どちらも母子ともに健康で、ほっとしています。とても可愛くてジジ馬鹿しています。長女の子はお宮詣りも無事済ませました。長女のベビー(誕生時)長女のベビーのお宮詣り(11月19日@熱田神宮)次女のベビー(誕生時)(「2017年の主な出来事」続きます)よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村_________________________________私の十大ニュースカテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=12
2017/12/22
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【2017年12月22日(金)】 今日は、午後、まず家内とユニクロで買い物でした。私は、来年1月からは本格的な冬場のガイドとなります。サラリーマンのときは、寒いところで長時間仕事をすることはほとんどありませんでしたが、冬場のガイドは、ほぼ一日中暖房がきいていない場所で仕事をすることも多くなります。今回2シーズン目になりますが、去年シモヤケができたりして困りました。でうので、寒さ対策に念を入れるため、防寒に重きを置いて買い物をしました。長めのダウンコート(税抜\14,900) ブレザーの上にコートを着てガイドをすることも多いので、 ブレザーの裾が出ないような長めのダウンコートハイネックのフリースセーター(\1,500) インナーがタートルでないとき用タートルネックの極暖ヒートテックインナー(\1,500) タートルネックの枚数増 買い物が終わったら、その足で三菱京都病院へ。次女とベビーに面会。誕生後3日目です。赤ちゃんの点滴は外れましたが、まだICUの中ですので、窓越しの面会でした。母子ともに健康です。明日は、東京から次女の旦那が来てくれますよろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/22
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【2017年12月21日(木)】 「光雲寺」でのフィールドワークのお手伝い(こちら)の後、反省会兼懇親会がありました。私はお手伝いですから、今回はほとんど負荷なかったですが、中心で準備されてきた皆さんは本当にご苦労様です。 事務所に一旦戻って、備品などを置いた後、いつも地区組月例会の後のミニ飲み会でよく使う事務所近くのファミレスに入りました。私は飲み会でここに入るのは初めてです。というのは、ここでやろうというときに、席が離ればなれになったり、結構いっぱいだったりして、結局別のところにしたことが二度ほどあって使ったことがなかったからです。事務所近くのファミレス 先輩方からガイドのこと、ガイド会のことを色々お話しをお聞きし、中には初めて聞くようなことも多く、色々参考になりました。 このファミレスの魅力の一つは平日午後3時から午後6時までのハッピーアワーです。 ビール中ジョッキや角ハイボール\449が\299(税抜)と超お安くなることです。ワインはハッピーアワーでなくても\99ともともと超安値。おつまみ的な料理も、決して美味しくはないですが、お安いです。今日も、皆さん平均、中ジョッキ3杯+α飲んで、そこそこお腹満たされて、一人1500円とお安かったです。ハッピーアワー(ワインはいつもこの値段) これで今年の飲み会はあと1回だけです。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/21
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【2017年12月21日(木)】 来年の年賀状用の寺社等の門の写真を撮影した後(こちら)、哲学の道沿いの「光雲寺」に向かいました。午後ここで、シニア講座のフィールドワークがあり、そのお手伝いをするためです。12月14日に「菊と葵~後水尾天皇と東福門院」と題した講義があり、それに関連してのフィールドワークです。 このプログラムを担当している人に加え、私含め数人がお手伝させていただきました。全体で70名程度の受講者数でした。光雲寺に集まった受講生の方々 最初、本堂でご住職から、光雲寺の由緒と本堂内の寺宝について説明いただき、その後3班に分かれて、客殿、方丈、本堂前庭をご案内し、最後に顕子内親王の陵墓を見学いただくという流れでした。 私の担当は、客殿、方丈、前庭見学の後に、皆さんがもう一度本堂を見学に来られるので、その監視と質問への対応という役割でした。やはり、多くの方が最後もう一度本堂に戻られ、寺宝を近くでご覧になり、質問も多く受けました。12月7日にエリアグループの研修で座学も受け、ここも見学させていただいていますし(こちら)、追加の資料も色々いただいていて事前勉強もしましので、一部は資料を見ながらですが、お答えすることができました。唯一困ったのは、「資料に仏殿は『桁行六間、梁間七間』て書いてありますが、どのことですか?」という質問。梁間は見えない部分もあって分かりませんが、確かに桁行は柱の数からは六間ありません。「何故でしょう。分かりません。」とお答えせざるを得ませんでした。 お天気もよく、風もなく、それほど寒くもなく、通常非公開で特別公開もほとんどないお寺でご住職からお話を聞くことができて、多数の寺宝をご覧いただけて、参加者の皆様の満足度は高かったのではないかと思います。 我がエリアグループは後期の4月に、「徳川幕府と京都の寺社・公家・朝廷」というテーマで講義・フィールドワークをすることになっています。 今年の有給でのガイドのお仕事は12月17日の修学旅行(こちら)で最終だったのですが、今日のお手伝いで無給も含めお仕事がすべて終わりました(ひょっとすると今日の分、多少お手当が出るかもしれませんが)。 後片づけをして、ご住職にご挨拶を申し上げて、反省会兼懇親会(こちら)に向かいました。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/21
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【2017年12月21日(木)】 来年の年賀状には京都の寺社の門の写真を並べようと思い、寺社などの門を何度かに分けて撮影してきました。今日は、午後から東山の「光雲寺」でシニア大学のフィールドワークのお手伝いがありますので、午前中の時間を利用して、最後の撮影をしました。 市バス1日乗車券を使って、西から北へ、そして東へと歩き回りました。 仁和寺、上賀茂神社、下鴨神社と移動し、門の撮影を終えた時点で、京都市立中央図書館に寄る時間があると判断し、少し戻るような格好になりますが、中央図書館に立ち寄りました。来年度のシニア大学で座学の講師をする若冲・応挙関係の本を借りるためです。今までも借りて準備してきましたが。一旦中断していました。しかし、3月には講義内容概略を提出しなければならないので、年末年始のガイドのない時期にある程度形しようと思い本を借りることにしました。荷物にもなるし、一気にたくさんは読めないので、以前も借りたことのある本を4冊だけ借りました。 その後、岡崎エリアへ。ロームシアターのコンビニで弁当を買って、天気もよかったので、その前のテーブルで急いで昼食。その後、平安神宮の応天門、南禅寺三門の写真を撮影して、光雲寺へ。集合時間の12時30分の15分前には到着しました(シニア大学フィールドワークの様子はこちら)。 これで、16の寺社等の門の写真が撮影できました。これで撮影は完了です。撮影した門は、次のようになります。●11月26日 西本願寺唐門・京都御所建礼門・法然院山門・金戒光明寺山門→こちら●11月27日 広隆寺山門・二条城東大手門・東寺南大門→こちら●12月14日 東福寺三門・清水寺仁王門・八坂神社楼門・知恩院山門→こちら●12月21日(本日) 仁和寺二王門・上賀茂神社楼門・下鴨神社楼門・平安神宮応天門・南禅寺三門 毎年12枚の写真を並べます。16の候補がありますので、写り具合や、例えばよく似た門は外すなどして12の門を選択します。 今日、撮影した主な写真です。仁和寺二王門上賀茂神社楼門 楼門の向かって左が工事中なのが残念下鴨神社楼門平安神宮応天門南禅寺三門-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/21
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【2017年12月19日(火)】 今日は、夕刻から津軽三味線の月イチのレッスンの日。津軽三味線始めて1年と11ヵ月になります。いつもなら京都に出るついでに他のこともするのですが、次女に赤ちゃんが誕生し、面会に行ったりもしたので(こちら)、レッスン単独で行きました。 今日は、女性陣2人がお休みで、私一人のマンツーマン・レッスンとなり、緊張感連続の1時間でした。しかし、その分、先生に間違った譜面の読み方や、悪い癖を指摘していただいたり、より高度な引き方を教えていただいたりと、いつも以上に収穫大きなレッスンになりました。 下記の演奏は最初の課題曲「津軽曲弾き」の最近の録音です。その下は、今年の1月に録音した同じ曲です。これに比べて最近の録音はあまり進歩していないようで、悲しいです。音もポコポコという音が気になります。胴皮が緩んだりしているのかもしれません。直近の録音今年の1月に録音した同じ曲よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村-------------------------------------------------------------------津軽三味線練習カテゴリー投稿一覧http://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=33
2017/12/19
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【2017年12月18日(月)】 「がん」治療復帰後、第34回目のゴルフラウンド。日本に帰ってきてからは通算137回目、今年(2017年)第17回目のラウンドでした。 ガイド仲間10期+11期の会「GT1011会」の2回目です。同期だけの会も含めると4回目になります。 今まで濱さん、浦さんがメンバーの宇治カントリーでしたが、今回は新さんがメンバーの東城陽ゴルフクラブでした。私は初めてのコース。 高速を大原野ICから乗って、京滋バイパス久御山ICで降りて、あとは地道を走って約1時間。距離は27km。経験したゴルフ場の中では、宇治カントリーに次いで2番目に近いゴルフ場になります。 ナビの通り行ったら、対面通行のできない未舗装の狭いガタガタ道を走らされたのました。それで、帰りはその道を避けつつ、一つ手前の宇治西ICで京滋バイパスに乗ったのですが、往きと同じ久御山から乗っても時間はそんなに変わらないと思うので、次回からはガタガタ道を避けつつ往きも帰りも久御山ICを利用することにします。ルート(往路)クラブハウス レストランHPからスコアカード この会のフルメンバーは8人ですが、グチさんが都合で不参加なので7人でのプレーでした。朝すごく寒かったですが、雲一つないお天気で次第に暖かくなり、午後遅い時間以外は風もなく、冬場ですがプレーしやすくその点は助かりました。結果は、スコア 56+59=116ストローク 34+37=71パット 23+22=45OB・池ポチャ=0 ストロークは、アイアンも含めて、よくもなく悪くもなくですが、FWやUTのチョロがいくつかあったのと、アプローチがザックリしたりしたりのミスが目立ちました。ドライバーは比較的安定していました。またバンカーに多く入りましたが、すべて1回で出せたのでストローク数が大崩れすることはありませんでした。 ストロークは、力を抜き、腰をしっかるい回すのは意識できていましたが、ゆっくり引いて、ボールを最後まで見て、ヘッドアップしないようにという点が不十分だったような気がします。次回改善です。 問題はパターです。45と最悪でした。今までスコアが悪かったのは、イップスで短い距離を外していたのが主な原因でした、。しかし、今日は前回と同じような引き方をしてイップス感はなく、短い距離を外すことは少なかったのですが、長いパットが距離感が出ず、セカンドパットで長い距離が残って、3パットや4パットが多くなってしまいました。グリーンが難しかったせいもあると思いますが、パットもゆっくり引くという意識が欠けていたように思います。 最後、お風呂に入るのが、ロッカールームで脱衣してお風呂に向かうという方式で、少々戸惑いました。【スコア】【コンペ結果】 ブービーですが、賞品はなしでした。【費用】ラウンド代(昼食付き):8,880円 コンペ+表彰式費用:1,800円高速代:680円+840円【ミニ・コース紹介】 右90度のドッグレッグで印象に残りました。私は第1打が短く、第2打グリーン方向が狙えず、刻みましたが、この刻みがうまく打てて、何とかダボに抑えることができました。 ゴルフ場を出るとき、家内に電話しました。 里帰り出産のため帰省している次女の出産予定日はこの26日だったのですが、陣痛が始まったので今日病院へ行きました。私が車を使っているので、家内とタクシーで行ってもらったので、その様子を聞くためです。まだ出産には時間がかかるとの診察で一旦帰宅していました。 しかし、すぐにまた病院に行かなければならない可能性もあるとのことで、予約していた歯医者をキャンセルして直接帰宅しました。 そして午後7時ごろ病院にもう一度行くとのことで、家内といっしょに連れていきました。診察の結果、もう少し時間がかかるかもしれないが、このまま入院してもらいましょうということになり入院しました。 無事出産を祈るばかりです。よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村___________________________________「日本でのゴルフ」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=7「ゴルフ他s7@米国」カテゴリーhttp://plaza.rakuten.co.jp/saaikuzo/diary/ctgylist/?ctgy=3
2017/12/18
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【2017年12月17日(日)】 今日は、修学旅行ガイドの通算26回目、今年25回目でした。この秋としては7回目です。今年最後の修学旅行。そして今年最後の有給勤務でした。 今日の学校は、関東の私立中学校。私にとっては初めて私立学校です。今日のは「修学旅行」ではなく「校外研修」で、正式な修学旅行は3年生のときに海外に行くようです。 ルートは生徒たちの計画した通りで回りました。 昼食は京都駅近辺でとることに。事前レターで「何か京都の食材を使ったもの」という希望があったのですが、途中で「昼食で、何か食べたいものある?」と聞いたら「特にない」と言っていたので、結局特に拘りはないんだと思い、時間が押していることもあって、京都タワー地下のフードコート形式の「サンド」で昼食にしました。「サンド」でお店を探すとき、男子はすぐに「鳥せい」で注文したものの、女子は迷っているようで、結局「何か京都らしいものありますか?」と聞かれてドキリ。「特に食べたいものはないけど、京都の食材を使ったものが食べたい。」ということだったようです。店内マップで調べて、京粥を提供する「VEGE DELI かんな」や、蕎麦の「草庵」を紹介し、結局「草庵」でお蕎麦を注文したようですが、ちょっと残念そうでした。私立の場合は、値段をあまり気にしなくていい場合もあるので、本格的な「おばんざい」の店を探しておくべきでした。 二条城の後、四条高倉でバスを降りて錦市場へ。錦市場を端から端まで歩きましたが、男子が途中でスイーツを食べたのに対して、結局女子は何も食べず仕舞い。「どうしたの」と聞くと、どうも、ちゃんとしたお店で食べたかったようです。寺町商店街に井筒八ッ橋のスイーツ店(イヅツ・カフェ)があったので、女子が「ここでいいやん。ここにしよう。」ということで一件落着。私は外で待たせてもらいました。イヅツ・カフェ 「食べログ」から 時間通り宿舎に送り届けました。いつものように最後の挨拶で、京都の年表を見せ、「奈良のお寺は創建が奈良時代や白鳳時代と古い物が多く建物も古い。しかし、京都はずっと都だったこともあり、寺社の創建は色んな時代のものがある。そして建物は応仁の乱でほとんど焼けているので、奈良に比べると新しいものが多い。しかし、京都・奈良とも第二次世界大戦で空襲を受けなかったので、それらが残っている。そういう点からも平和は大切。皆さんの世代も平和な世の中を是非創っていって欲しい」と締めくくり。気に入ったのか、この年表を全員が一生懸命写真に収めていました。そういえば、途中でも私の説明をメモっている生徒さんもいました。小学校では帰ってからレポートを書くために一生懸命メモをとる学校もありますが、中学校では珍しいです。やはり進学校だからでしょうか。今日の年表 途中一部不満もあったでしょうが、最後は大満足、笑顔でお別れすることができました。よかったです。 反省事項がいくつかあります。もっと生徒の希望を具体的に聞き出すことが必要。「おばんざい」やスイーツ店の把握が必要。まだまだ引き出しが少ない。忘れ物防止係を今回設定しましたが、一人にさせるのではなく、例えば、交通機関は誰々、食事処は誰々、お土産屋は誰々、トイレは誰々など決めて、バスを降りるときなど「XXさん、皆に忘れ物ないか聞いて」と声掛けするのがいいのかも。錦市場など非常に混雑した通りでは先頭を歩く、あるいは、「はぐれないように時々後ろを振り返って」との注意喚起などが必要。 また、資料を生徒達に渡すのは班の間に不公平が生じるのでやってはいけないのですが、「紙芝居」を生徒たちが持っているカメラで撮るのは構わないでしょう。カメラ持参の学校の場合は、「紙芝居」撮ってもいいよと言ってあげるのがいいかも。それでメモする負担も軽くなり、より楽しめるでしょう。 来年以降の修学旅行に活かしていきましょう。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/17
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【2017年12月15日(金)】 梅小路公園の勤務事前説明会と遅い昼食後(こちら)、ガイド会同期の忘年会に向かいました。 我々同期は、去年の8月に正式入会し、この11月末で1年4ヵ月が経過しました。エリア会持ち回りで幹事をして懇親会をしており、昨年8月(こちら)、12月(こちら)、今年8月(こちら)に次いで、今回が4回目の懇親会になります。 今回は私の所属するエリアグル―プが幹事を担当です。役割分担を決め、私は会の途中で行うクイズ大会を担当しました。問題は時間をかけて考えてきましたが、色々忙しくて、今日の午前中に問題をプリントアウトするという、非常に慌ただしい準備になりました。 今回の会場は四条烏丸南西角地下1階にある「輝庭」(かがやきてい)というお店。我がエリア部のメンバーが、スタート1時間前の午後5時に集まって、席順を決めるクジを作ったり準備しました。いずれも「食べログ」から 会は午後6時からスタート。33人中29人参加ですので、高出席率です。会が始まって1時間で、いよいよクイズ大会。私の出番です。 会場は大部屋にはなっていますが貸し切りではなく、机の配置はコの字型で、入り口に近いところには別のお客様が入っておられます。従って、大きな声で問題を出すことができません。それで、問題集をプリントアウトして、各テーブルに1つずつ配置することにしたわけです。そして、我がエリア部のメンバーに各テーブルに座ってもらって問題集をめくりながら進めました。答えが分かった人から手を挙げてもらって答えてもらってのテーブル対抗です。青の四角のテーブルを使用。他のお客様もいらっしゃりクイズ大会はやりにくい。 結構盛り上がり、私もヒントを出したり、手を挙げた人を指名したりするとき、酔いもあってついつい大きな声を出してしまいました。答えるほうも大きな声を出したりで、途中二度お店の方に「他のお客様もいらっしゃるので、もう少し声を小さくしてください。」と注意を受けました。でもシステムは考えていた通りうまく機能して準備した13問すべて出題して興奮のうちに終了し、ポイントの高いテーブルから準備した商品を選んでもらいました。 最後は、我がエリアグループメンバーの締めの挨拶でお開きとなりました。 私は2次会はカラオケに参加。8人参加でちょっと寂しかったですが、かえってこんじまりとして濃密に盛り上がりました。 出題した全13問です。いずれも京都に関する問題です。京都ファンの方は是非いっしょにお考えください。超難問はヒントも書きました。正解は明日の日記に書きこみます。クイズ大会 京都クイズ【第1問】【第2問】【第3問】【第4問】数え歌に使う文字はこの通りですが・・・【第5問】交通機関と関係あります。【第6問】月日を表しています。【第7問】12個の平仮名が並んでいます。【第8問】東西南北上下左右山伏 何かの最初の一字です。【第9問】京都に関係する都市の国名です。【第10問】【第11問】京都はお酒はどこで造られる?【第12問】超メジャーじゃない寺院が1つ、施設が2つです。1つは外国人ならではの場所。【第13問】2位は見学は申し込みが必要。4位はホテルのお庭。11位、12位は世界遺産内ですが、寺社ではありません。7位、19位は岡崎エリアのお庭。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/15
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【2017年12月15日(金)】 午前中は夕刻からあるガイド会同期の飲み会のクイズ大会の準備をフルスロットルで行い、午後からは、1月から3ヶ月間勤務する梅小路公園の事前説明に出席しました。 梅小路公園は「京の冬の旅」と併行しての勤務になりますが、梅小路公園は土日祝日のみの勤務となり、月3~4日の勤務です。 午後1時半から梅小路公園の「緑の館」の茶室で、梅小路公園を管理する(公財)京都市緑化協会の係の方から勤務要領、Q&Aなどのお話をお聞きしました。 我々が勤務するのは、梅小路公園内の七条案内所と大宮案内所で、いずれも引退した京都市電を利用した案内所です。土日祝のみオープンです。 通常、七条案内所が2人で大宮案内所が1人ですが、現在、七条案内所の前が新駅の工事中で、お客様が少ないので、七条案内所が1人で、大宮案内所が2人勤務になっています。英語対応のメンバー1人が2人体制の方に入り、私は英語対応ですので大宮案内所が勤務場所になります。勤務内容は、通常の観光ガイドではなく、お客様からの梅小路公園や京都観光についての質問にお答えするという内容です。例えば他の観光地への交通機関についての質問にお答えするといった内容です。私の勤務する大宮案内所では、障害者の方の作られたグッズの販売もします。 説明を受けた後、「朱雀の庭」「いのちの森」を案内いただいた後、2つの勤務場所を案内していただき、全体責任者のJさんから、より具体的な勤務内容について説明を受けました。大宮案内所(私の勤務場所) 市電の中が案内所になっています。七条案内所 やはり市電の中が案内所になっています。 午後3時には終了すると思ったのですが、皆さんとても熱心で終わったは午後4時ごろになりました。終了後、ガイド同期による忘年会の会場に向かいました(こちら)。 しかし、説明会に出発する前に、この望年会で行うクイズ大会の準備に時間を費やしてしまったのと、所望のバスに乗れなかったため、説明会前に昼食をとることができませんでした。それで、説明会終了後、飲み会の会場に向かう前に、明日の修学旅行の昼食の下見を兼ねて、京都タワー地下のダイニングスペース「サンド」に立ち寄って、腹ごしらえをしました。時間もあまりないし、1時間半後には飲み会が始まるので、「ニコット・アンド・マム」というドーナツ屋さんで、ドーナツ2個とコーヒーを求めて簡単に済ませました。 単価200円と、ミスドと比べるとずいぶん高価ですが、美味しかったです。ゆっくり味わって食べたかったですが、飲み会前の準備の集合時間が迫っていたので、慌ててかき込まざるを得ませんでした。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/15
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【2017年12月14日(木)】 午前中の研修の後(こちら)、21日のフィールドワーク「光雲寺」の参考資料をコピーしていただくために事務所に寄って、京都駅のポルタで修学旅行昼食処の下見を兼ねて昼食をとりました。 17日の修学旅行は三十三間堂から二条城に向かう途中、京都駅ポルタか京都タワー地下のサンドで昼食をとろうと考えています。ポルタでは過去、修学旅行の昼食はとったことがなかったので、まずはレストラン街をざっと回ってみました。1000円以下ではなかなかないのかなと想像していましたが、そこそこありそうで、チョイスも幅は広そうです。サンドのカフェテリア方式は各人ごとに店が選べるというメリットもあり、価格も手ごろです。当日生徒たちに希望をきいて、どちらにするか決めたいと思います。 今日は、「ハゲ天」という天ぷら屋さんい入ってみました。東京のお店のようですし、注文があってから揚げるようで、出てくるまで時間がかかったし、天ぷらの揚げ方もイマイチ(好みの問題もあるでしょうが)なので、「お薦めは?」と聞かれたときに、この店は推さないようにします。ポルタは市バス1日券(当日使用分)を持っていれば5%引きになることも発見しました。特性海老天丼(税込1080円) 午後から、年賀状の写真に使う、寺社などの門の写真撮影で京都を回りました(こちら)。にほんブログ村
2017/12/14
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【2017年12月14日(木)】 来年の年賀状には京都の寺社の門の写真を並べようと思い、寺社などの門を何度かに分けて撮影しています。 11月26日 西本願寺唐門・京都御所建礼門・法然院・戒光明寺山門→こちら 11月27日 広隆寺山門・二条城東大手門・東寺南大門→こちら 我がガイド会の全体研修に出席の後、京都駅ポルタで昼食処下見兼昼食のあと、東山の社寺の門の写真を撮りました。 ルートは下記でした。市バス1日乗車券を利用して移動しました。京都駅→(バス+徒歩)→東福寺三門(徒歩+バス+徒歩)→清水寺仁王門→(徒歩)→八坂神社→(徒歩)→知恩院山門→(徒歩)→阪急河原町 東福寺に行く途中、日赤病院の駐車場内に、過去の京都歩きで発見できていなかった「日本赤十字社京都支部病院開院紀念碑」を発見しました。 日本赤十字社京都支部病院は昭和9年11月に開院しました。この碑は開院に至る経緯を述べるとともに,日本赤十字社総裁閑院宮載仁親王の指導力により開院に至ったと親王を顕彰するために建てられました。京都支部病院は昭和18年に京都第一赤十字病院と改称し,同時に明治45年以来の歴史を持つ京都支部中御門病院は京都第二赤十字病院と改称しました。京都市内には二つの赤十字病院が並存して現在に至っています。 碑の前には、昭和12年「皇太后陛下御展望所」の石造プレートが建てかけられているが、由緒はネットで調べたがよく分かりませんでした。東福寺三門清水寺仁王門八坂神社 南楼門(こちらが正門)八坂神社 西楼門知恩院 山門 南禅寺、平安神宮も撮影したかったのですが、暗くなり始めたので断念し今後にしました。 どの写真を採用するかはこれからです。 これで、10ヶ所の門の写真が撮れました。毎年12枚の写真を使っています。あと2ヶ所ですが、南禅寺、平安神宮、下鴨神社、上賀茂神社、仁和寺の門を撮って、バランスも考えて12ヶ所の門を選択します。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/14
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【2017年12月14日(木)】 今日はガイド会の全体研修の今年度第2回があり出席しました。 「ここまでわかった幕末 第2回 大政奉還」というお題で、京都女子大学非常勤講師 中村武生先生にお話しいただきました。前回8月22日の「第1回 薩長同盟」(こちら)に次ぐ2回目です。 9時30分から開始の予定でしたが、あるトラブルがあって、約30分遅れでのスタートになりました。その30分をある先輩が、大政奉還のテーマで色々お話をして繋がれました。この方といい、先日の、後水尾天皇・東福門院のお話を、急きょピンチヒッターで話された先輩といい、すごい先輩がたくさんいらっしゃいます。 さて、お話の要点です。 ●誤解されてきた「大政奉還」 坂本龍馬が土佐参政の後藤象二郎に。後藤から老公山内容堂に。さらに将軍徳川慶喜に。これは龍馬の驚天動地の無血革命論として評価されることが多い。しかし、実は司馬遼太郎先生の「龍馬が行く」の小説上のお話。実際は、先立つ5年前、徳川の役人大久保忠寛(一翁)の発案による。・大久保忠寛が、政事総裁職(事実上の大老)の松平春嶽や勝海舟に大政奉還を働きかける。 「攘夷の勅諭を受けてはダメです。過去朝廷から重大な件の沙汰ある時はいつも『後々は何とかなるので、一応は請けよ』と内々にお達しがあったが、口頭なので、後日に困っても何の証拠にもなりません。」 「今度はどこまでも攘夷は国家のためには得策ではないと進言し、それでも朝廷がお聞き入れならず、攘夷を断行すべきと仰れば、政権を朝廷に奉還し、徳川家は神祖の旧領、駿遠三の三州を請い受けて単なる一諸侯に降りるべきです。政権を奉還すれば、世の中がどうなるか分からないが、徳川家の美名は千歳に伝わります。攘夷をして、見識のない失敗をし笑いの種になるよりは、よほどの得策です。」 勝海舟のもとでその使いをしていたのが龍馬。だから龍馬は大政奉還のアイデアは知りえた。しかし徳川慶喜も山内容堂も大政奉還のアイデアはすでに知っていた。ただ現実化しなかった。それどころか、松平春嶽はその後もたびたび将軍家茂や後継者慶喜に訴えつづけたが、無視された。龍馬の意義といえば、タイムリーなときに再発言したことに過ぎない。決して龍馬主導の驚天動地に無血革命ではない。●具体的な大政奉還への過程・慶応3年10月3日、山内容堂が将軍慶喜へ上書・同年10月11日、慶喜が在京の諸侯重役に、13日の二条登城を命ず。・12日、慶喜が二条城黒書院で、守護職、所司代、大目付、目付、禁裏付、町奉行などの 公辺役に大政奉還の意志を伝える。・13日、紀州・尾張・加賀・阿波・仙台・薩摩・土佐・安芸・備前・宇和島など50人ほどが集合。 大目付戸川伊豆守安愛が諸侯宛の書付を渡す。重役らにもみせる。・老中板倉勝静が将軍に何か申し述べる希望者がいないか問う。 薩摩家老小松帯刀、土佐参政後藤象二郎・福岡藤次、安芸家老辻将曹、備前牧野権六郎、 宇和島都築荘蔵が希望・いったん控室に下がる。あらためて6人以外が大広間に。 主君宛の書付が渡され、上洛が命じられる。・6人大広間へ。将軍慶喜の謁見。小松がそばの板倉にすみやかな朝廷への奏聞を力説。・小松・福岡ら摂政二条斉敬を訪ね、すみやかな上表の受理をするよう要求。・小松「王政復古の義、十分に相立ち、実に意外の事」・福岡「土州抔にても意表に出、驚愕」・翌14日、慶喜が二条摂政へ大政奉還建白を差し出す。15日慶喜参内、受理。●「二条城で大政奉還」の虚構・「奉還」は書類が二条摂政へ渡った時点。二条城ではない。 受理が「奉還」としても、場所は禁裏御所(小御所)。二条城ではない。・ニノ丸大広間の人形陳列/二条城が発行している案内紙の説明/ 聖徳記念館の村田丹陵筆の絵なども誤解を招いている原因の一つ。村田丹陵の大政奉還の絵。これは黒書院。従って12日の将軍が幕臣に大政奉還の意志を伝えている場面ところが上の図と同じような場面の人形展示しているのは大広間。そして以前は大政奉還の場面として説明されていました。以前の二条城パンフレットから これが、「大広間にて将軍から直接諸藩重臣に大政奉還が伝えられた」との誤解を招く原因になりました。慶喜は、大広間で直接諸藩重役には会っていないし、大政奉還はこの場で成立していません。あくまで大政奉還の意志を伝えただけです。 村田丹陵の絵は、明治神宮の依頼によるもので、聖徳記念絵画館(せいとくきねんかいがかん)に収められた幕末から明治時代までの明治天皇の生涯の事績を描いた絵群の一つです。丹陵は当初、13日の将軍が大広間で小松らに謁見している場面を描き完成させる予定だったようで、下記のような下書き残っています。ところが、徳川慶光公爵と旧幕家臣団から新政府側の人物ではなく、幕府の人物を描くよう変更を求められ、明治神宮においても了解が得られたため、上記の現在の画になったといいます。 ここまでのところは、この9月の二条城ガイドの準備で勉強してきたところですが、曖昧なところも多かったので、今回頭の中がしっかり整理されてよかったです。 その後、「家康が征夷大将軍に任じられた場所は二条城」は間違い、「二代秀志の将軍宣下は、この二条城で行われた」は間違い、正確な「二条城ものがたり」の構築が必要などのお話が続きましたが、これらの部分は私も頭の中が整理できていたので、特に新規に知ったことはなかったです。 今回にしても前回にしても、相当の予備知識を持っている観光ガイドが対象ということで、いつも話す内容より濃くして、レジメもパワポ資料も一から作っていただいての熱弁で、とても参考になったし、面白かったです。 最終回(第3回)は新選組をテーマにしたお話です。 21日の「光雲寺」の参考資料をコピーしていただくために事務所に寄って、京都駅のポルタで修学旅行昼食処の下見を兼ねて昼食をとりました。→こちら その後、年賀状の写真に使う、寺社などの門の写真撮影で京都を回りました(こちら)。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/14
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【2017年12月13日(水)】 昨日、ブログのアクセス数が、1,600,000回に到達しました。 直近の100,000回到達の日数は41日でした。110万時52日、120万時60日、130万時62日、140万時58日、150万時58日でしたので、急にアクセス数が増えたことになります。過去最短は50万達成時の44日ですので最短記録です。グラフを見ると11月末頃から増えています。書き込み数を増やした訳でもないし、書き込み内容も以前と同じなので、何故増えたかはよく分かりません。 皆さんにはお立ち寄りいただき感謝いたします。仕事の関係で即日あるいは翌日投稿がなかなか難しく、後付けも時々ありますが、1日1記事確保でがんばっています。どうかこれからも引き続きお立ち寄りください。 今日は終日在宅で少しだけ溜まったブログ作成・投稿や、三味線練習、15日のガイド同期忘年会で行うクイズの作成などを行いました。 家内はテニスの関係の忘年会で、次女と2人での夕食でした。 よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/13
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【2017年12月12日(火)】 ガイド会の地区組月例会後、有志の忘年会がありましたので、風邪が完治していませんが参加しました。普通ならキャンセルするところですが、12月の固定点のガイドがこの前終わり、あと17日の修学旅行を残すのみで、それまでには治るだろうからと踏んで参加しました。 会議が終わって時間があったので、ドトールで同期メンバーと時間潰しして、四条御幸町下ルの「空庵」というお店へ。幹事さん行きつけのお店です。狭いお店なので貸し切りでした。狭い分、席を移動しにくくて、隣に座っておられた先輩と、ほぼずっとおしゃべりさせていただきました。空庵 2階にあり、入口が分かりにくいです。 食べログから 美味しいお料理と飲み放題で4500円。楽しませていただきました。 カラオケ2次会誘われましたが、さすがにこちらは自重しました。阪急で桂駅を乗り過ごしてしまい、気付いたのが長岡天神。しかしドアは閉まってしまい高槻でユーターン。久しぶりにやっちゃいました。桂麵房でラーメン+生中で小腹満たして帰りました。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/12
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【2017年12月12日(火)】 今日は午後からガイド会の地区組月例会でした。 午後からなので午前中、年賀状に載せる寺社などの門の写真を撮って回る心づもりでいましたが、風邪が完治していなので自重しました。 会議では私にとって新しいことは特にありませんでした。2月に修学旅行が少数ありますが、私には割り振られませんでした。1月、2月は修学旅行担当はなしです。 急に寒くなって風邪が流行っているようで、欠席の方もいらっしゃいました。急病で入院されたり、仕事中に倒れられたり、骨折されたりという方もいらっしゃると聞いています。気を付けなければなりません。 来年1月6日から始まる「京の冬の旅」は今年は、下記の15ヶ所+平安神宮尚美館で16ヶ所。我がガイド会も担当します。去年より今回のほうが勤務日数が多くなりそうです。より忙しくなるので、より体調を崩しやすいですが、全体で忙しいわけですから、休みたい時にピンチヒッターを見つけにくいということでもあります。そういう点からも体調管理がより重要になります。 風邪が完治していませんが、会議後の有志飲み会に参加しました(こちら)。残る仕事は17日の修学旅行だけで、それまでに治るだろうから今回はいいでしょうが、「冬の旅」が始まれば自重しなければなりません。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/12
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【2017年12月11日(月)】 「京の冬の旅」伏見稲荷御茶屋の説明会(こちら)が終わってから、同期の方二人と、「道八」というお店で昼食をとりながら情報交換させていただきました。 「道八」は伏見稲荷の京阪駅とJR駅の間の参道を南に入ったところにある、麺類・丼物中心のお店です。ちょっと見つけにくいロケーションです。低価格とお味が魅力ですので、修学旅行の昼食処としては適切ですが、満席のことも多いようです。わらび餅も有名なようです。道八 昼食後、風邪が治っていませんが、客員研究員の研究のフィールドワークのため、伏見稲荷大社の「お滝場」をいくつか巡りました(こちら)。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/11
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【2017年12月11日(月)】 午前中に「京の冬の旅」伏見稲荷大社御茶屋の事前説明会があり参加しました(こちら)。この勤務箇所はエリア会で希望調査があったとき第1希望にしたところです。なぜ第1希望にしたかというと、朝早めに出勤すれば、客員研究員の研究のフィールドワークができたり、コネクションができて神社に色々お聞きすることもできるかもという期待からです。 そして今日は、事前説明会が終わったら、今までできていなかったフィールドワークをする予定でいました。まずは、研究目線で「お塚」とその中の「お滝場」の現場確認をすることを考えました。もちろん関係者への聞き取りも必要ですが、現場確認が不十分なままでは的外れの聞き取りになってしまう可能性も大きいので、まずは現場確認と考えました。軽症ながら風邪をひいてしまいましたので、体調と相談しながら「お滝場」を巡ることにしました。 昼食後、千本鳥居すぐ南側の細道を通って奥社南側へ。道標があり、「命婦滝 是ヨリ一丁半」と彫られ、裏面には「大正十?年六月」と彫られています。今日、これから訪れる命婦滝への道標です。 この道標の少し東を南に入ると、「清メ滝」があります。この南への入り口には何も道案内は立っていませんので一般の方がこの「清メ滝」に気付かれることはまずないでしょう。かなり荒廃していて、滝には水は流れていませんが、管理人の方の住居があり、表札もかかり住んでおられるようなので、管理はされているようです。頼めば水流を流して、滝行をすることは可能かもしれません。滝の上に上がると、パイプが設置されていて、下から延びていました。 祠があり、「昭和初期に大峯山から不動明王尊を勧請したが、お堂が破損したので、昭和50年に京都信誠会の入山50年を記念して修理した。」というような旨が記されています。すなわち最初お堂ができたのは、大正末期か昭和初期ということになります。 個々のお塚には建立年月が書かれていることは稀ですが、書かれている中で一番古いものを探したら、「大正十三年」(写真ではちょっと読みにくいですが)と彫られたものがありました。 東に進み、次は「八嶋滝」です。管理者が住んでおられるだけでなく、整備がしっかりとされていて、滝の水流も流れていました。やはりお塚の最も古い年代は大正10年代でした。 さらに東に進み「命婦滝」です。やはり管理者が住んでおられ、整備もされていて、滝の水流も流れていました。パイプは斜面を利用して、上流のほうから流れていましたので、ここは落差を利用して流しているのかも知れません。 次が「弘法滝」。管理者がおられ、整備もされ、滝の水流も流れていました。お塚の掘られた年代で最も古かったのは写真に撮影した大正14年でした。石が新しいので、作り直したけれども建立年代は古いままにしたのではないかと思います。 鳥居に「お塚建立三十五周年祈念」と彫ってあり、やはり彫ってあった鳥居建築年代(写真に撮影しましたが、うまく写っていません)から逆算すると、大正10年代だったとの記憶があります。 「お塚場」には、「教師」と彫られている鳥居やお塚が多くあります。講社の教師のようです。このような方やこの教師についた信者の方々が「お滝場」で修行をされたのでしょう。 「弘法滝」の上にも「お滝場」はたくさんありますが、風邪を悪化させてもいけないので、ここで引き返しました。途中で「伏見神寶(かんだから)神社」に立ち寄りました。この神社は伏見稲荷境内にあるように見えますが、実は伏見稲荷境外にあり、伏見稲荷とは別の神社です。伏見稲荷のような朱塗りのお社ではありません。 社務所の方に伺ったところ、再建されたのは昭和時代だが、創建は平安時代と古く、今は竹藪で見えないが、昔は三ヶ峰を遙拝する場所だったとのこと。そのための鳥居もありました。稲荷三ヶ峰遙拝所由緒を記した石碑 今回のフィールドワークで、お塚や鳥居の建立年代が彫られたもので、最も年代の古い物は、どのお塚でも大正10年代であることが分かりました。文献閲読で、大正年間の中頃にお塚が急増したとありましたので、今日回った「お塚場」は、その頃にできたとも考えられます。 ではそのときに「お滝場」もできたのでしょうか。今日回った4つのお滝場は、1つの谷の小川沿いにあります。水流をポンプで揚げているところがありましたので、ポンプが世に出てからお滝場が作られたのかとも考えましたが、上流に溜め池を作って落差を利用して流せば滝を作れるので、ポンプがなかった時代であっても、これらの場所にお滝場がすでに存在していて、そこに「お塚」ができたという可能性もあります。 逆に、昭和2年に結成された稲荷講社の信仰生活の重要な位置を占めたのが、お塚や滝などを巡ることだったとの文献もあり、お塚場ができてから、そこに「お滝場」が追加で設置されたという可能性もあります。 京阪で祇園四条まで行き、この15日にガイド会同期の飲み会で使う烏丸四条の「輝庭」というお店に寄りました。人数1名追加のお願いと当日の行うクイズ大会に備え机の配置を確認しました。 それほどハードではなかったですが、動き回って風邪を悪化させたかもしれません。 -------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/11
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【2017年12月11日(月)】 大徳寺塔頭興臨院でのガイドの私の担当分が一昨日終了しました。 来年1月から次の3ヵ月周期に入り、私は「京の冬の旅」の伏見稲荷大社御茶屋と通常固定点の梅小路公園を担当することになっています。 今日は、その伏見稲荷大社御茶屋の事前説明会がありましたので出席しました。 通勤するときは、ヤサカバスでJR桂川駅に出て、そこからJRで京都乗換で稲荷駅に行くのが最短・最安になるので、それで行こうと思いましたが、そのバスに乗り遅れて、少し遠回りするバスになりました。このルートでドア・トゥ・ドアで1時間5分でした。もともとのバスであれば片道1時間程度の通勤時間でしょう。運動のためと交通費節約のために、京都駅行きバス+徒歩にすれば、片道1時間半程度と推定しています。 10時過ぎから、市の観光協会の方2名も来ていただいて神職の方に勤務場所を案内していただきました。場所は本殿に上がる階段の手前の右手です。 「松の下屋」とその庭園、「御茶屋」が見学場所になります。ガイドすべき内容は事前資料に書かれていますので、現場現物の確認と朝夕の準備・片付けの仕方、各点での注意点、トイレ、控室などを中心に案内いただきました。展示される棟方志功氏の絵も拝見させていただきました。松の下屋 その後、儀式殿のロビーをお借りして、内部の打ち合わせがあり、詳細事項の連絡・調整がありました。今回の全体責任者は、今年1~3月の八木邸の際に全体責任者をしていただいた方です。またお世話になります。 終わってから、同期の方二人と、「道八」というお店で昼食をとりながら情報交換させていただきました。「道八」は低価格が魅力なので、修学旅行の昼食処としてもいいです。ただ、満席のことも多いようです。→こちら 昼食後、風邪が治っていませんが、客員研究員の研究のフィールドワークのため、伏見稲荷大社の「お滝場」をいくつか巡りました(こちら)。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/11
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【2017年12月9日(土)】 大徳寺塔頭興臨院でのガイド第16日でした。特別拝観は12月17日までですが、私の勤務は今日が最終日でした。 12月に入りましたが、天気もよく、土曜日ということもあって、多くのお客様にお越しいただきました。今年は紅葉が例年より早く、庭のモミジもほとんど散ってしまいましたが、真っ赤な散りモミジはまだまだキレイです。 ただ、私の勤務日のなかでは最も寒いと感じました。足は厚手の靴下を2枚はき、間に使い捨てカイロを入れ、手も白の手袋を2枚重ねで着けて、やはり間に使い捨てカイロを入れて寒さ対策をしました。手のほうはそうでもなかったですが、外気に触れている本堂の縁が冷たく感じました。日差しが強かったので、次第に冷たさは緩和されましたが。 京都の最低気温を調べてみると、この前の勤務日の6日が0.2度、今日が1.3度なので、こ前の方が気温が低かったのですが、今日のほうが足が冷たく感じました。おかしいなぁと思ってガイドを始める午前10時の気温を比較してみると、6日が5.7度に対して、今日が3.9度でした。今日のほうが気温の上がり方が緩やかだったようです。 今日も無事に楽しくガイドを終えることができました。全期間を通じても、大きなトラブルなく、チームを組んでいただいた皆さんとも和やかにいっしょに仕事をさせていただくことができました。お客様にも喜んでいただけたと思います。ガイド仲間の皆さん、お客様に感謝です。 12月はお仕事としては、あと修学旅行を1回残すのみです。その他では、エリア会議が1回、研修が1回、1月からの仕事の説明会が2回、フィールドワークのお手伝いが1回と、ガイド以外のイベントが結構あるので忙しいですが、22日以降はお仕事なく、新年も少なくとも5日まではお仕事ないので、久しぶりにのんびりできそうです。 最後に今まで紹介できていなかった興臨院のことを書いておきます。●興臨院案内#15 興臨院#10 補足◆檀那の間の北側中央に掛けられている絵 故渡瀬凌雲氏(1980年没)筆。氏が中国の「雲崗石窟」にスケッチ旅行に行かれた時のものを絵にされたもの。渡瀬氏は先代の和尚とは知りあいである故。渡瀬凌雲 わたせ-りょううん 1904-1980 大正-昭和時代の日本画家。明治37年7月9日生まれ。小平小洲,福田浩湖らにまなぶ。日本南宗画会展,帝展などで入選。昭和35年日本南画院の再興に参加,41年「飛瀑朝宗」で文部大臣賞。48年日本南画院副理事長。昭和55年5月17日死去。75歳。長野県出身。本名は幸成。作品に「残照グランド・キャニオン」など。(デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説)◆檀那の間の屏風 湯川松堂(しょうどう)筆「金彩四季花鳥図」屏風六曲一双。 湯川松堂 明治元年六月、日高郡印南町に生まれる。名を愛之助といい、松堂のほかに晩年楽寿の号をもちいた。幼児より画才にめぐまれていた。 明治十一年大阪に出て三谷貞広に師事して日本画をまなび、同二十四年さらに京都にのぼって絵画を近代京都画壇の中心人物だった鈴木松年に学ぶ。花鳥、山水、人物をよく描いた。明治期の京都画壇は、円山応挙を祖とするいわゆる円山四条派が本流。この中には楽寿館の装飾絵画の作者の幸野楳嶺や望月玉泉も入る。 同三十六年、第五回内国勧業博覧会に「秋津洲」を出品して入選。その後小松宮家の殊遇をうけ、同三十九年宮内省の委嘱により「岩倉公一代絵巻」を描いた。昭和四年、天皇の大阪行幸のみぎり、御在所の屏風に「群鶴図」を揮毫した。同十五年には紀元二六〇〇年記念として「神武天皇東征図」を明治神宮に、「神武天皇望霊鳥図」を橿原神宮にそれぞれ奉納した。昭和三十年十一月大阪府八尾市で八十七才の天寿を終えた。(https://textream.yahoo.co.jp/message/552018638/bdbdbfm4sa4la4pbdbd9qa4nbct/1/16360)◆書院床の間の掛け軸「慈眼視衆生(じげんじしゅじょう)」 観音経にある言葉で、「観音様は何時もやさしい、思いやりの眼をもって私たち生きとし生ける衆生を見てくださる。」という意味◆うさぎ 興臨院では、ウサギを飼っておられます。そのウサちゃんは、時々お庭や表に出て来てきます。お客様の人気者になります。私も何度か見かけました。11月8日撮影 今日、明日と次女の旦那が東京から来てくれています。家内の手料理で、酒を酌み交わしました。家族が増えるとというのは嬉しいことです。年末にはもう一人家族が増える予定です。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/09
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【2017年12月8日(金)】 特別客員研究員の11月度報告を本日、下記のように提出しました。前月同様、歴彩館や京都市中央図書館に出向いたり、図書を借りたりして、文献を読んだ内容を列挙して、考察を加えました。 「滝場」の成立過程について、まだまだ分からないことだらけですが、明治以前は修験者が滝修行 ↓明治以降お塚場隆盛。修験者を受け入れる滝場を併設 ↓稲荷講の修行の場へと変遷こんな仮説が成り立つのかなとおぼろげながら考えています。今後、いよいよフィールドワークも開始です。 私は月イチの高血圧診察で近所の病院に行く以外は在宅でしたが、今日は家内は湖西マキノへ友人と「紅葉狩り」と称して「メタセコイア」の並木道を見に出かけました。次女は友人とランチでした。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/08
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【2017年12月7日(木)】 今日はガイド会地区組の研修会でした。 当ガイド会担当の某講座のうち、当エリア会が担当する講座の前半部分の座学とフィールドワークの予行を兼ねた内容でした。 午前中の座学のテーマが「後水尾天皇と東福門院」、午後がそのゆかりの寺院である光雲寺の見学でした。 座学の講師は、急きょ予定以外の他の方が講師を務められました。昨日依頼されて、自分で作ったものではない資料での講義だったのですが、しっかりと講義されたのはさすがです。 この9月1日に二条城での詳細なガイドを担当し、後水尾天皇や東福門院のことはある程度勉強したので結構知識はありましたが、今回の講義で新たな色んなことを知ることができました。猪熊事件、奈良時代以来の女帝明正天皇誕生の理由、豊臣秀頼の寺社諸堂建築・修復は徳川家康が豊臣家の財力を低下させるためだと思っていたが秀頼にはそれなりのメリットがあったことなどなど。 午後は午前の講義と関連して、東福門院の菩提寺「光雲寺」を見学させていただきました。南禅寺の境外塔頭で、もとは摂津国天王寺にあった寺院で、開山は南禅寺開山大明(だいみん)国師(無関普門禅師)。通常非公開で、以前特別公開があったとき、我がガイド会が担当したようです。光雲寺のロケーションパンフレットから光雲寺仏殿 ご住職自ら長時間にわたって説明してくださいました。仏殿では須弥壇の上まで上がらせていただいて、東北門院から贈られた御本尊「釈迦如来坐像」、脇侍「迦葉(かそう)尊者」(釈迦十大弟子の一人。執着がなく、頭陀(ずだ)第一とされた。阿難尊者は修復中)、厨子内に納められた「聖観音菩薩坐像」(東福門院の念持仏で伝・運慶作)、「木造東福門院坐像」(東福門院没直後に造られたもの)、「金銅仏舎利塔」(東福門院ゆかりで、菊と葵の紋が刻まれている)などを拝見することができました。本尊 釈迦如来坐像。脇侍 迦葉尊者像、阿難尊者像パンフレットから聖観音菩薩坐像パンフレットから木造東福門院坐像パンフレットから その他、須弥壇左では「大明国師像」、中興の祖「英中玄賢禅師像」などを拝見することができました。 また、「東福門院自筆過去帳」、東福門院の遺髪も見せていただきました。 その後、第7代小川治兵衛による池泉式庭園、加藤清正公が朝鮮出兵の際に招来した瑪瑙の手水鉢(東福門院寄進)などを見学させていただきました。おまけに立派なガイドブックも全員にいただきました。ありがたいことです。庭園パンフレットからパンフレットから瑪瑙の手水鉢いただいたガイドブック 最後にお寺を出て、裏の哲学の道に上がり、後水尾天皇第四皇女・顕子内親王(女三宮)のお墓を俯瞰しました。 21日には本番の講座があり、この光雲寺でお手伝いをすることになっているので、しっかりと務めさせていただきます。 もともとはもっと早く終わるだろうと予測し、中央図書館または歴彩館に寄る予定でしたが、ご住職が一生懸命時間をかけて説明してくだいましたので、その時間はなくなり直接帰宅しました。 今日は次女が定期的な健診で、家内が三菱病院に連れて行ってくれました。順調で予定通り26日付近の出産のようです。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/07
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【2017年12月6日(水)】 今日は興臨院勤務(こちら)の後、京都産業大学日本文化研究所の月例研究会に参加しました。 この7月に日本文化研究所の特別客員研究員に就任しましたが、その特典の一つとして、日本文化研究所の研究会にオブザーバー参加できるというのがあります。今まで案内が来たのは2度。7月の月例研究会と、11月のミニシンポジウムですが、いずれも都合が悪く欠席でした。今回が初参加となりました。 大徳寺から歩いて北大路バスターミナルへ。そこから市バスで京都産業大学へ。夕食は、ここに来たらいつも使うリブレという学食で食べました。味噌汁付きふじかつ定食 450円 このボリュームはすごいですし、注文してから揚げてくれて美味しかったです。あとでネットで調べたら、名物の人気メニューのようです。「ふじかつ」の名前の由来は不明です。 18:30から3号研究棟会議室で研究会でした。小林所長はじめ、全部で20人くらいが参加されました。客員研究員の方が3分の2くらい、先生方が3分の1くらいという感じでしょうか。現在、特別客員研究員として活動されている方もお一人来られていました。 発表会は「近世京都における皇室ゆかりの寺社を巡って」というテーマで文学部教授の若松正志先生による発表でした。 1.近世京都寺社研究入門2.京都の皇室ゆかりの寺社概観3.いくつかの寺院・神社の資料からという章建てでの発表でした。 1.は、寺社を研究するうえでどんな文献やネット情報があるかというお話で、私が伏見稲荷の研究を進めるうえでも参考になるお話でした。 3では泉涌寺の出開帳のお話や上賀茂神社の触穢の賀茂祭(葵祭)への影響など、今まで聞いたことのない内容で、興味をもって聞きました。皇族が亡くなったときには、賀茂祭が中止や延期になったりしたことがあるようです。また、乱世の際には、勅使派遣を中断したときも、世襲の社家の人々だけで、本殿祭と社頭の儀を行っていたようです。 次回開催は1月10日だそうです。ということは「月例」の名の通り、毎月行われてきたのでしょうか。でも私に案内があったのは、上記のように、月例研究会は過去1回だけでした。事務局の案内漏れかもしれません。これからこちらかも問い合わせるようにしないといけないのかもしれません。-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/06
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【2017年12月6日(水)】 大徳寺塔頭興臨院でのガイド第15日でした。 12月に入っての平日ですが、お天気が良かったこともあり、多くのお客様にお越しいただきました。●興臨院案内#14 興臨院#9 茶室 方丈の東北には茶室「涵虚亭(かんきょてい) 」があります。「大徳寺の茶面」と呼ばれてように、茶道との関係が深い大徳寺ですが、実際にお茶室はたくさんあって、全部で47ものお茶室があります。塔頭寺院は22ですから、1つの塔頭寺院で複数持っているところも多いということです。 「涵虚亭」という名は、11世紀頃の中国宋代時代の政治家で詩人であった蘇東坡(そとうば)が書いた漢詩から付けられたもの。蘇東坡の本名は蘇軾(そしょく)ですが、号の東坡居士から蘇東坡と呼ばれることが多いです。唐宋八大家のひとりに数えられ、父の蘇洵、弟の蘇轍とともに三蘇とも称されます。その作である「赤壁賦」は傑作として有名です。 この茶室の命名の由来になった詩「涵虚亭」は次のような詩です。 水軒花榭両争妍 すいけんかしゃふたつながらけんをあらそう 秋月春風各自偏 秋月春風おのおのみずから偏す 惟有比亭無一物 ただこのていあって一物なし 坐観萬景得天全 ざしてみるばんけいの天全をうるを 意味は、 水軒と花樹と、いずれも美を争っている。 従って秋月と春風は各々自ら偏っている。 軒は水の傍にあり、榭(うてな)は花の上にある。 見るところのものは、水の景であり、また花の景である。 故に秋月と春風とにあって、偏っているわけである。 もし虚(きょ)を涵(ひた)せば、すなわち一物をつけないのであるから、 天全の景でなくて何であろうか。 虚を涵すという名を帯びた此の涵虚亭、 見ると所ただ一の亭があるのみで、他に一物もない。 座して萬景の天全を得るを観るのである。 この詩は蘇東坡が41歳の時、洋州(現在の陝西省(せんせいしょう)洋県)の文同という友人の詩に応えて作った「和文與可洋川園池三十首」の中の一首で、その地方の園や池を詠じたもの。涵虚亭、「虚(うつろであることに)に満たされている」という名の庵を題材に、「もし花園の中や水辺に建てられていたなら、他に気をとられてしまうが、何もないところにあるので、偏らず全ての風情を得られる」と賞賛しています。 さて、このお茶室は山口玄洞という篤志家によって、昭和3年に寄進されたものです。山口玄洞氏は、広島県尾道市出身で、大阪で洋反物のブローカーを開始、合資会社山口綿花商店を創設、屈指の綿花商となりました。また三十四銀行、共同火災海上保険、尼崎紡績等の重役、貴族院議員も務めました。茶道を趣味とし、表千家の後援者としても知られます。 山口玄洞氏は、資産の多くを寄付に使いました。その一環として、この涵虚亭も寄進されたわけですが、日本全国の100棟に近い堂塔を各地の名刹に寄進しています。京都およびその周辺では、醍醐寺の大講堂、神護寺の金堂、延暦寺の阿弥陀堂などがそうです。京都がお世話になった方の一人です。 お茶室の南面に正方形に近い潜り戸がありますが、これは「躙口 (にじりぐち)」です。千利休が考案したものといわれ、誰もが頭を下げて入らねければならず、一旦自分の立場を捨てて茶室の中では対等な人間関係を持つ、そんな意味があるとされます。 そうはいっても身分の高い方にそこまでしていただくのはということで、立ったまま入れるようにしたのが、西面の障子の入った貴人口(きにんぐち)です。古田織部が考案したものといわれ、このお茶室は他の造りも含め、織部好みのお茶室になっています。 茶室の前に紐が十文字に結んである小石が置いてありますが、これは関守石(せきもりいし)といい、「これより中に入ることは遠慮されたし」の意味があります。これから先、客の出入りを遠慮してもらうための印として関守の役をもたせたためにこの名があります。 次にお茶室の中ですが、入ってすぐが流しの備えられた四畳半の水屋です。奥が茶席になっており、四畳+隅板の茶室と入ってすぐ左の台目畳の手前座からなります。台目畳は4分の3畳の畳のことです(一畳の畳は丸畳)。作りとしては、「四畳台目隅板付き」となります。点前座の前に炉が切られていますので、出炉の形式で、点前座が床の間と離れたところにあるので、下座床になります。 隅板は4分の1畳で、ここにはお茶を運ぶなど亭主を補佐する半東と呼ばれる人が座り、給仕口を使って出入りします。隅板を入れることで、茶室内の動きがスムーズになり、使い勝手がよくなっています。その隅板の位置に袖壁があり、床の間が部分的に隠されています。こういう床の間を「洞床(ほらどこ)」といいます。 天井は貴人畳(床の間の前の畳。主客が座る)の上の平天井、連子窓の上の駆け込み天井(化粧屋根裏天井)、そして亭主の上の落ち天井と3つに分かれています。高さ角度が異なると同時に、使っている材料や作りも三者三様です。また躙口上の障子には外の連子窓の影が写って風情があります。 お茶の心は「和敬静寂」といわれます。千利休の茶道の精神・境地を表した言葉で、主人と客が互いの心を和らげてつつしみ敬い、茶室の品々や雰囲気を清浄な状態に保つという意味です。 また、禅の心と茶の心は一致するといわれ、茶禅一味といいますが、大徳寺全体としては、特に茶の湯そのものを大切にしています。そして、28日が千利休の月命日ですので、大徳寺のいくつかの塔頭寺院では、28日に月例のお茶会「月釜」が行われます。興臨院でも「月釜」が行われます。この涵虚亭ではなく、庫裏の広間で行われますが、興臨院は事前申し込みがなくても参加可能なようなので、そういう機会に来ていただくのもよいかと思います。 お寺で販売している大徳寺全体のガイドブックを買いました。全塔頭寺院がそこそこ詳しく書かれています。 興臨院のガイド終了後、京都産業大学の月例研究会参加のため京都産業大学に向かいました(こちら)。(内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/06
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【2017年12月5日(火)】 12月2日の読売朝刊で、「2017年流行語大賞」発表のニュースを見ました。 観光ガイド業や研究員を始めて超多忙となり、テレビを見る機会がますます減ったためでしょうか、知らない言葉がたくさんありました。 それをネットで調べてみました。【35億】男はガムと一緒。味がしなくなったら、また新しいガムを食べればいい。だって、地球上に男は何人いると思ってんの?35億。あと5000万人。「35億」とは、女性芸人「ブルゾンちえみ」のギャグで使われる言葉。主にオチの言葉として使われている。キャリアウーマンになりきってギャグを披露し、最後に上の文を言って締めるのがいつもの流れ。【魔の2回生】 衆議院選挙において2回目の当選を果たして「2回生議員」となり、何かしらの醜聞や不祥事で取り沙汰された議員(とりわけ自民党所属の議員)を総称した言い方。よくマスメディア等で用いられた表現。【睡眠負債】 睡眠不足が蓄積されて、心身に悪影響を及ぼすことを意味する。もともと欧米の研究者が提唱していたが、6月にNHKの報道番組で取り上げられて広まったとされる。睡眠不足を感じていなくても、わずかに足りない睡眠時間が積み重なることで、病気のリスクが高まるという。【うつヌケ】 「うつヌケ」とは、「うつ」を「ぬけた」という意味。うつ病から脱出したサラリーマン兼業の漫画家・田中圭一さん(55)が、苦悩の日々を振り返り、柔らかいタッチで描いたドキュメンタリーコミックのタイトル。【アウフヘーベン】 今年、総選挙などいろいろと話題になった小池百合子都知事が引用した語。ドイツの哲学者・ヘーゲルが弁証法の中で提唱した概念で、「止揚」と訳される。小池氏が自身の政策を説明する際に「いったん立ち止まって、より上の次元に」という意味で多用した。【けものフレンズ】 1月から3月までテレビ東京などで放送されたアニメ作品のタイトル。舞台は動物を擬人化した「フレンズ」という少女たちが暮らす架空の動物園「ジャパリパーク」。そこに迷い込んだ少女が仲間の居場所を知るために冒険する様子を描いた。【ちーがーうーだーろー】 前衆議院議員の豊田真由子氏が、車を運転する秘書に「ちーがーうーだーろー!」「このハゲーっ!」などと暴言を吐き暴行を加える音声が週刊誌などで報じられ、話題となった。【ポスト真実】 英・オックスフォード英語辞書が2016年を表す言葉として選んだ言葉。事実が軽視され、嘘がまかり通る政治やメディアの状況を表す。特に2016年はイギリスのEU離脱の国民投票やアメリカ大統領選があったため、現地で多用された。【GINZA SIX】 銀座6丁目の松坂屋銀座店などがあった跡地にできた複合商業施設。銀座エリア最大の商業施設で、地下6階地上13階建て。高級ブランドが揃い、7階から12階はオフィスフロアで、オフィスとしても銀座エリアでは最大級の面積を誇る。【空前絶後の】 今年大ブレイクを果たした、お笑い芸人のサンシャイン池崎さんの自己紹介ネタ「空前絶後の超絶怒涛のピン芸人。笑いを愛し、笑いに愛された男」の頭部分。 さて、今日の日記です。 午前中にアポのあった大阪ガスの点検でした。特に異常なし。終日在宅で、ブログの追っかけ投稿や三味線練習など、のんびりしました。にほんブログ村
2017/12/05
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【2017年12月4日(月)】 大徳寺塔頭興臨院でのガイド第14日でした。 12月に入り、だいぶ寒くなり、今日始めて使い捨てカイロを使いました。早く暗くなりますので、予定通り今日から最終入場時間が16時半から16時になりました。●興臨院案内#13 興臨院#8 方丈北側の各部屋 方丈南側の3部屋が公式の部屋だったのに対し、北側の3部屋は私的な部屋になります。 まず、北西隅の部屋が「衣鉢の間(えはつのま)」といいます。ご住職が着替えをされる衣装部屋でもあり、師匠から弟子に禅の教えを伝えていく場所でもあります。 この部屋に置かれている漢詩の屏風は、祇園南海によるものです。祇園南海(1677~1751)は、江戸時代の中期の儒学者であり、漢詩人、文人画家。江戸生まれで、木下順庵の門人で特に詩文にすぐれました。さらに服部南郭、柳沢淇園、彭城百川とともに日本文人画の祖とされます。また『八種画譜』『芥子園画伝』などを通じて,中国明,清の絵画を慕い、日本南画の先駆者ともいわれ、池大雅らに影響を与えました。紀州藩に仕え、野呂介石、桑山玉州とともに紀州三大南画家と呼ばれています。 その隣の部屋を「眠蔵(みんぞう、めんぞう)」と呼びます。室中の間から見えていた仏間がありますので、少し北側に出っ張ってはいますが、細長い部屋になります。仏間の真裏で、火事があったときには、ご本尊など大切なものをすぐ持ち出せるように、昔はこの部屋でご住職が就寝されました。 東北隅の部屋が「書院」です。ご住職が執務をされる部屋です。この書院には「日本最初の床の間」と称する床の間がありますが、実際に日本で最初にできたというのではなく、日本の最初の床の間はこういう造りだったということです。下の木を框(かまち)といいますが、二重框になっていて、下の框は欅で、足で蹴ったような形をしているので蹴込式(けこみしき)といわれます。創建当初のものを再現したものですが、蹴込式の床で畳を入れたものは珍しいです。また、床の壁は土壁ではなく当初は襖張りであたということで、今も襖張りのままにしてあります。襖と同じような縁が施されています。パンフレットより この部屋には、谷文晁、河鍋暁齋のお軸も掛けられています。 谷文晁(たに ぶんちょう、1763-1841)は、江戸時代後期の日本画家。江戸下谷根岸の生まれ。12歳の頃 父の友人で狩野派の加藤文麗に学び、18歳の頃 中山高陽の弟子 渡辺玄対に師事しました。20歳のとき文麗が歿したので北山寒巌 につき北宋画を修めました。その後も狩野光定から狩野派を学び、大和絵では古土佐、琳派、円山派、四条派などを、さらに朝鮮画、西洋画も学びました。26歳の時長崎旅行を企て、 大坂の木村兼葭堂に立ち寄り、釧雲泉より正式な南画の指南を受けます。古画の模写と写生を基礎にし、諸派を折衷し南北合体の画風を目指しました。その画域は山水画、花鳥画、人物画、仏画にまで及び画様の幅も広く「八宗兼学」とまでいわれる独自の画風を確立し、後に 関東南画壇の泰斗となりました。 文晁は鷹揚な性格であり、弟子などに求められると自分の作品でなくとも落款を認めました。また画塾 写山楼では講義中、本物の文晁印を誰もが利用できる状況にあり、自作を文晁作品だと偽って売り、糊口をしのぐ弟子が相当数いたといわれます。購入した者から苦情を受けても「自分の落款があるのだから本物でしょう」と、意に介さなかったといいます。これらのことから当時から夥しい数の偽物が市中に出回っていたと推察でき、鑑定に当たっては落款・印章の真偽だけでは充分ではないといわれます。 河鍋 暁斎(かわなべ きょうさい、1831-1889)は、幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師、日本画家。号は「ぎょうさい」とは読まず「きょうさい」。狩野派の流れを受けているが、他の流派・画法も貪欲に取り入れ、自らを「画鬼」と称しました。その筆力・写生力は群を抜いており、海外でも高く評価されています。 またこの部屋には、徳美友僊(とくびゆうせん)の描いた屏風「鷹猿図(たかさるのず)」も置かれています。徳美友僊は1841年京都生まれの日本画家で、鈴木松年に師事しました。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/04
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【2017年12月1日(金)】 大徳寺塔頭興臨院でのガイド第13日でした。 今日はこの興臨院では初めての当日責任者を担当させていただきました。結界を越えて入られるお客様に気付かなかったといようなことはありましたが、無事、当日責任者を務めることができました。 お天気は曇り時々晴れ。散り紅葉が綺麗でした。●興臨院案内#13 興臨院#7 多羅葉の木 方丈の北西隅の庭園には多羅葉(たらよう)の木が一本植えられています。この名は葉の裏に傷をつけると貝多羅樹(ばいたらじゅ)の葉のように文字を書くことができるために付けられました。 貝多羅樹は、ヤシ科のオウギヤシ(別名ウチワヤシ)で、その掌状の葉の裏に竹筆や鉄筆などの先の尖ったもので文字を書くと、その跡が黒く残るので、古代インドで写経をするのに用いました。日本の法隆寺にも伝来されています。 ですので、寺院にはこの貝多羅樹と同じ性質を持つ多羅葉の木がよく植えられています。ただこの多羅葉の木は希少な樹木ではなく、公園などに植えられていることも多くあります。私の住む京都桂坂の緑道にも植わっていますので、何枚かいただいて先の尖ったもので傷をつけてみました。黒く跡が残ります。「葉書」はこの多羅葉が由来といわれています。そして実際に葉書としてこの多羅葉の葉を使うことができます。郵便局が公式に認めています。ただし、郵便局で確認したところ、不定形で120円切手を貼ることが必要で、切手を剥がれないようにしっかりと貼ってくださいとのことでした。そして実際に自宅宛で投函してみますと、ちゃんと届きました。 郵便局のシンボルツリーにもなっていますので、全国の大きな郵便局には写真のように多羅葉の木が植えられているところが多くあります。 興臨院のパンフレットでは、貝多羅樹となっています。多羅葉を貝多羅樹と呼ぶこともあるようです。 (内容再考版。原文は非公開日記に移動済み。)-------------------------------------------------------------------よろしかったらぽちっとお願いします。にほんブログ村
2017/12/01
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