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成田空港の、ラウンジにいます。もうじき、上海へ向って、出発です。JALグローバル会員なので、ラウンジが無料で使えます。ビール飲み放題!ウイスキー飲み放題!寿司食べ放題!その他食べ放題!なのですが、アルコールに弱いので、たった1杯。そして、貧乏食生活しているので、寿司たったの4カンで終了。あっちゃー! ですが、 あ! いかん、もう出発の時間です!それでは、次は、蘇州から、お送りしま~す!
2008.06.09
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日本へ帰って数日。万札が、信じられないように、飛ぶように財布から出て行ってます。飛ぶようにとは、うまいこと言ったものです。札に、羽根が生えているのか、つくづく、調べて見ましたが、見つかりませんでした。しかし、飛んで行きます。極、微小な小さい精巧な、羽根が生えてんのかなー?サウジでは、運転手付車支給なので、交通費はタダです。しかし、日本では、ちょっと動くと、どんどこ、お金が出て行きます。バスは一区間210円也。電車は、最低区間130円也。1回行って帰れば、750円ほど必要です。3日で5000円也。サウジでは、食費は、昼:300円、朝と夜は、週1回の買物、1500円程度で済みます。しかし、ニッポン。いくら安いものをコンビニで買っても、1日、1000円では、栄養失調で死にます。ラーメン1杯だって、600円、700円。カラオケも行ったので、数日で、10000円。サウジでは、医者代は、全て会社負担でゼロ。しかし、歯医者、A型肝炎予防注射、うつ病診断で、18000円也。サウジでは、家から家具、調理器具、お皿まで、会社負担。しかし、帰国したら、ガステーブルが使えず、購入。何の機能もついてない、一番安いのを購入して、13800円也。そして、これは、ちょっと贅沢ですが、サングラス買って、27000円也。〆て、アッヒョー! な、なんと、73,800円なりー!うわぁー! サウジの生活費、2か月分が、たった3日間でぶっ飛んで行きましたー!こりゃー、ニッポンで生きて行くのは難しいー!明日から、中国へ脱出しま~す!
2008.06.08
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日本へ帰ってから、最初に食べたのが、これ。豚肉生姜焼き定食。ニッポンは、どこも日本食レストランだらけ。何を食べて良いか、迷います。どうですか? この豚肉? サウジでは、イスラムが滅びない限り、食べることは、不可能です。そして、ラーメン。やはり昼食は、ラーメンです。色々と、調べものしていたら、もう1時半、チャリで出かけました。大森駅近辺の、会津ラーメン(だったかな?)を食べようとおもったのに、腹が減りすぎ、大森駅までたどり着かず、ふる~いお店らしき、札幌ラーメンに入りました。味噌味が濃すぎますが、紛れもなき、味噌ラーメンです。アブラがこびりついたようなカウンターで汁をすすりました。夜は、寿司。しかし、豪華寿司屋に行くには、出稼ぎ代が不足。出稼ぎでの収入は、今後の旅の貴重な原資です。散財する訳にはいきませぬ。100円寿司へ行きました。 しっかし、おっどろいたのが、これ!食べたい写真に、タッチするだけで、握りたての寿司が、廻って来ます。回転寿司は、いちいち注文しなくても良い所が、僕のような面倒臭がりにはとっても、いい面です。しかし、何回、まわってるのよー! と言うようなのは、食べたくないよな、って所が、悪い面です。でも、いちいち、注文するなら、その良い面が、半減します。ところが、この優れもの。う~ん、素晴らしい! お触りするだけで、握りたて。日本人は、考えますねー。日々進歩。さて、腹も膨れたところで、馴染みのスナックへ。1年も経つと、客層も変ります。常連さんも、相変わらずですが・・・。ママさんも、1年年とったはずなのに、若くなっているような印象。女は、化けるのがうまいから怖い。久しぶりに唄って、発散しました。
2008.06.07
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早速、築地で会食しました。「市場の厨房」です。昨年10月。「エジプト16日間一人旅」で、何泊か共にした方々と、東京で再会です。サウジでは、日本食に飢えており、特に大好きな刺身が食べたい! とメールして、そしたら、築地を予約してくれたのです。いやー、嬉しいですねー! 7ヶ月ぶりの再会です。夜行列車で一緒になり、その後、行動を共にした、E君。そして、E君のお陰で、知り合いになれた、Oさん。Oさんと旅してた、Kさんは、残念ながら、仕事の都合で会えませんでした。東京ステーションクリニックで、A型肝炎の予防注射をしてから、時間が余りすぎてしましました。で、新橋から、歩いて築地まで行きましたが、それでも、待ち合わせまで、2時間もあまり、ほとんど、誰もいない、築地市場と近辺を散策。調度、お祭りをやってました。築地市場駅で待ち合わせしましたが、バックパッカー姿と、スーツ姿の違いに、E君見間違えてしまいそうでした。 まずは、再開を、生ビールでカンパイ!そして! そして! 刺身です!全部、マグロ。 中トロ、マグロ、頬肉、下あご、もひとつ何だったかな?ショウガに、わさびに、ニンニクに、タレも、3種類です。料理もさることながら、あちこちの国における、「バックパックーの旅」の出来事に、話がはずみ、もう時間があっと言う間に過ぎて行きます。サウジ時間の過ぎ方と、大差があります。まぁ、ざっと、10倍は早く過ぎ去る時間と申しましょうか?料理も、海ものばかりです。 そして、バックパッカーの出来事の、圧巻は、タイでのトラブル。僕の、モロッコでの8万円盗難事件など、ぶっ飛んでしまうほどの詐欺事件に、巻き込まれていたのです。Oさんの体験です。外務省のトラブルに巻き込まれないように、と警告が出されている詐欺に、似ています。仲良くなって、食事をご馳走になり、家に招待されて、兄弟姉妹が現れて、金持ちから、金を巻き上げようと、トランプに誘われる詐欺です。それに、うまい事、やられて30万円、とられてしまったと言うのです。いやはや、知らない人が、そう言う話を聞くと、何を、アホは詐欺に引っ掛かって! と思うでしょうが、僕には、その雰囲気が分かります。詐欺のプロですから、純真な旅行者を騙す手口に長けているのです。コロッと、騙されてしまいますよ。ですから、海外で、知らない人の家に行くのは、勇気がいるのですね。モロッコで、「謎の奥様」の家に行った時も、いつ、怖いお兄さん達が出ては来ないか、オドオド、オタオタしてました。そんなこんなで、色んな旅の話に、聞きほれてしまい、はっと、気がついたら、ラストオーダーの時間です。満席であった、レストラン内も、もう、半分以上、空席になっていました。全く早く、時間が過ぎるものであります。ラストは、雑炊にしました。築地は、早い閉店のようで、22時で、おしまい。でも、うまい海鮮に、最高の旅の話。 良い時間を過ごしました。 又、機会があれば、是非、お会いしましょう! と、新橋駅で、お別れしたのであります。
2008.06.06
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ニッポンに帰って参りました。1年ぶりです。成田から東京駅に高速バスで着きました。乗り換え乗り換え、およそ、24時間の空の旅により、疲れがたまり、高速バスでぐっすり睡眠を貪りました。気がついたら、東京駅。東京駅から、京浜東北に乗りますと、次の駅が有楽町。おおー! 有楽町だーーー! そして、次の駅が、新橋駅。おおー! 新橋駅だーーー! そして、次の駅が、浜松町駅。おおー! 浜松町だーーー! さらに、次の駅が、田町駅。おおー! 田町駅だーーー!当たり前です。有楽町駅がなくなったら、織田有楽が怒ります。新橋駅が、なくなったら、汽車のある、待ち合わせ場所が無くなってしまいます。こんな当たり前の駅が、ある事に、感動的になるのであります。なにせ、1年ぶりのニッポンなのであります。う~むむむ、日本じゃ!日本人だらけじゃ! 当たり前ですが。
2008.06.05
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僕は、ご飯党、党員でありまして、朝は、必ずご飯です。そして、味噌汁に納豆か、目玉焼き、それにおしんこ。どうです? 純粋な、ニッポン人! どうじゃ! 毛唐!と言ったところでありますな。しかし、最近の朝食は、この写真の通りであります。な、なんじゃ? パンに、牛乳に、目玉焼きに、くるくるっと廻ったロール何とかと、それに、なんじゃ? その左上の、箱に入ったのは?実は、この箱の中身は、ジャムであります。山梨県で、果樹園を経営されている、「トラさん」、より、送って頂きました。新鮮な果樹から作ったジャム。ジャムにご飯は合いません。いくら、ご飯党とは言え、ちと無理です。で、パンを購入、チーズも購入、牛乳も購入、その結果、写真のような朝食に、あい成り申したのでござりまする。なんじゃー、君は! 簡単に、毛唐に変身か! と言うなかれ。パンにジャム。これもうまいのでござりまする。トラさん! おいしいジャム、ありがとうございました。そして、さらに、下記も送って貰いました。桔梗信玄餅であります。中を開けてみますると、おー! 10個も入っています。このように、一つ一つ、信玄餅が包まれております。1人では、食べきれないし、こんな丁寧に、美しく、包んだおいしい物は、中東にも、欧州にもないだろう、と、一緒に働く、毛唐さん達にも、別けてあげる事にしたのです。皆さん、喜びましたよー。どうやって、食べるんじゃな? と聞かれましたでござる。中にタレまで入っておりましてな、結構、食べ方もむずかしい。で、このように、包みをほどき、包みは、このようにタタミ、ふたは、左手で本体を押さえ、右手で、かように開ける、そして、中のタレを、かように取り出し、蓋も、このように開けて、中にたらすのじゃ。それで、こうやって、ああやって、黄な粉をこぼさず、口も汚さず、かように食べるのが、ニッポンの食べ方でござる。と、適当に教えてあげました。おー、すごい! すごい!とか、毛唐の皆さん、言っておりました。彼ら、本気にしたかなー? 拙かったかなー? こんな教え方。(これが、伝統ある、歴史ある、ニッポンの食べ方だと覚えられたら。)しかし、姿勢を正し、美しい手さばきで教えましたので、ニッポンの印象を良くしたのは、間違いないと確信いたします。 適当な作法のようなことを、教えてしまったこと、お許し願いたい。
2008.06.02
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モロッコの旅から、サウジに帰って以来、毎日ゴルフしています。そして、本日、な、なんと、50日間連続プレイと言う、驚異的な記録を達成しました。もう、途中から、惰性でやっているようなもので、スコアは気にはするものの、思考能力が低下してますから、スコアもよくなりません。連続でプレイしなかった月の方が、平均スコアが良いのです。毎日やってんだから、うまくなるだろう!と思われるでしょうが、ところが、そうでもない事が判明したのであります。ゴルフは、反復練習が、もっとも向いている練習でしょう。如何に、同じように打つか? ですから。しかしながら、コースに毎日出てプレイしても、毎回打つクラブが異なりますので、反復練習にはなりません。コース戦略には長けるでしょうが、スイングがうまくなるとは限らないのです。ま、それでも、ゴルフクラブのコンペに、7回出場しましたが、 優勝 2回 2位 2回 3位 1回と、7回中、5回も入賞しています。これは、ゴルフが、うまいと言うのでしょうか?これは、ツキがあると、言うのでしょうか?これは、戦略に優れていると言うのでしょうか?言い換えれば、頭脳が優秀であるとでも言うのでしょうか?(えへへ) 先週は、2位で、これを貰いました。おまけに、ニアピンまで勝ち取り、これも貰いました。もうーーー、ゴルフは、しなくても良いですねー!毎日、毎日で、結構、疲れました。ハーフ廻って、6500歩、ワンラウンド廻って、13000歩、ほど、歩きます。ですから、健康には、とっても良いのですけどねー。「もう、ゴルフは止めじゃ!」、と運転手兼キャディのフセインに言ったら、ゴルフは、良いよー!運動になるしー!健康に良いしー!廻りながら話も出来るしー!などと、続けることを薦めます。そりゃー、そうですな。僕が、ゴルフすれば、残業代は増えるし、キャディフィは貰えるし、彼にとっては、いい事だらけなのです。大体、キャディフィだけで、フセイン家族の食費代を負担していた見たいなものですから。そう言うことも踏まえて、完全に、止めてしまう訳にも行かないなー、などと、50日間連続のゴルフを振り返りながら、考えています。
2008.06.01
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本来であれば、もう、サウジ出稼ぎが完了しているはずなのですが、まだいつ帰国できるのか、はっきり決まっていません。サウジで稼いで貯めたお金で、色んな国へ行こうと、歩き方は揃えてあります。まずは、中国。 西安・敦煌・ウルムチ シルクロードの道 成都・九寨溝・麗江 チベット7月から8月にかけて、留学先の調査も兼ねて、成都から、ウルムチの方まで、行く予定にしておりました。キャンセル出来ないエアーチケットも購入済みなのです。しかしながら、行けそうもありません。航空券が勿体無いですが、仕方ありません。そして、9月から、 インド、ネパール、バングラデシュ、行ければ、パキスタンを予定し、これも、エアーチケット購入済です。これも、いつ行けるか分かっていないのです。出来れば、9月から年末までかけて、ゆっくり廻ろうとしていたのです。今年中に帰国しなければいけないエアーチケットなので、仮に行けたとしても、大幅な変更、期間短縮となるかも知れませぬ。それから、ずっと以前から行きたかった中南米アルゼンチン、チリ、ウルグアイ、パラグアイペルー、ボリビア、エクアドル、コロンビアグアテマラ、コスタリカ、ベリーズ、エルサルバドル、ホンジュラス、ニカラグア、パナマカリブの島々バハマ、キューバ、ジャマイカ、ドミニカ、バージン諸島、プエルト・ルコ、ケイマン諸島、セント・マーチン、マルチニーク、バルバドス、バミューダ、アンティグア、バブーダ、アルバ、キュラソー、トリニダード、トバゴ沢山の国々ですねー!素晴らしい世界遺産も沢山あります。日本から、最も遠い国々。ずっと遠い昔の祖先を辿ると、日本とも似ている人々の住む中南米。出来たら、来年行きたいなー、と願っています。
2008.05.31
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「モロッコ16日間一人旅」、暇なので、実際に幾ら、掛かったのか項目別に費用を纏めて見ました。宿泊費 28、000円 食費 22、800円交通費 16、600円通信費 2、400円観光費 600円雑費 900円合計 71、300円1日当たり、4500円ほど、使っています。結構、高いですねー! もっと安く旅しているつもりでした。これは、モロッコに着いてから、出発するまでの、16日間の費用で、この他に、飛行機代がかかっているのです。飛行機代は、バハレーン→ドバイ→カサブランカの往復で、2100サウジリアル=63、000円です。ですから、合計で、134、300円を、必要としました。飛行機代も、結構高いですねー。さらに、盗難にあった、8万円あります。21万円強かかりました。これなら、日本からのツアーとあまり変らないのじゃーないですか?因みに、昨年集めた、パンフですと、32万円~39万円 阪神航空フレンドツアー幻想のサハラ エキゾチック・モロッコ10日間32万円~42万円 ルックJTBサハラ砂漠と迷宮都市 モロッコ幻想気候10やっぱり、盗難費用を含めても、バックパッカーの旅の方が、圧倒的に安いですね。バックパッカー続けましょう!
2008.05.30
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モロッコの旅も、完結してしまったし、やる事もないので、古い週刊誌を、時間があれば読んでいます。週刊文春、週刊朝日、週刊新潮が、毎週、日本から送られてくるのです。週刊文春に、「もう止めて欲しい」、テレビの長寿番組は何か? と全国1000人に聞いた結果を、載せていました。これが、その結果です。1位 笑っていいとも! 177票2位 おもいっきりイイ!!テレビ 83票3位 徹子の部屋 47票4位 アッコにおまかせ! 46票5位 笑点 38票6位 水戸黄門 37票「笑っていいとも!」 は、タモリに気を使う人を見る為の番組のようだ、なんて、意見もあった模様。僕も、タモリの驕り高ぶったような態度が、好きでなく、ずっと前から見てません。タモリを好きな人がいたら、スイマセン!「おもいっきりイイ!!テレビ」は、見ていないので、何とも言えません。しかし、昨年頃から、みのもんた叩き的な記事が氾濫してます。僕は、みのもんたの番組は好きでした。と言っても、丸2年、ニッポンに居ませんので、その間の番組は分かりませんが。「徹子の部屋」も、見てないので、意見を持ってません。「アッコにおまかせ!」 和田アキ子が好きでないので、見てません。彼女の出る、髪の毛のCMが流れても、チャンネルを変えます。何様のつもりなんでしょうねー? あの人は。和田アキ子ファンの人がいたら、スイマセン!笑点中止には、絶対反対です!中止反対署名運動に参加して、率先して署名します!中止反対デモに参加します! わっせ!わっせ! 中止! 反対!サウジでは、JSTVが見られますが、日曜夕方に放送される、笑点を楽しみにしています。マンネリだっていいじゃーないですか!「水戸黄門」は、里見浩太郎になってから、僕のイメージの黄門様らしさがなくなり、面白くないです。偉大なるマンネリは良いと思いますが、配役に気を配って欲しいなー、と思います。里見浩太郎ファンの方がおりましたら、スイマセン!その他、NHK紅白歌合戦、渡る世間は鬼ばかり、ロンドンハーツ、ずばり言うわよ!、めちゃ×2イケるッ!、報道ステーション、サザエさん、などなどと、続きます。僕としては、下記のような意見です。渡鬼 は、○ロンドンハーツ は、××ずばり言うわよ は、×××めちゃ×2イケるッ は、×報道ステーション は、×サザエさん は、△皆さんは、どのように思いますか?
2008.05.29
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昼休み、外を歩いていたら、温風というよりも、熱風と言うが吹き付けて来ます。ほんとに、あっついなー!と、温度計を見ると、なんと、48℃でございます。私目の体温は、36度を少し超える程度。私目の貯金は、36万円。(これは関係なかった。スイマセン)じゃによって、な、なんと、気温は、体温を12度も上回っておりまする。これは、暑いはずです。これから、このような極暑が続きます。6月、7月、8月。う~ん、キツイ時期、到来です。昨年は、53℃と言う、信じがたい温度を体感しました。外に出ると、それはそれは、ムッとする。僕がムッとするのではありません。僕は、いつも、ちょっとのことで、ムッとしますが、僕のムッとする程度は、たかが知れています。まぁ、一晩寝れば、ムッとした事さえ忘れてしまいます。しかし、この53℃の気温。ムッとすると言っても、すごいですぞ! このムッは。何と言ったら良いのでしょうか?日本の夏の暑い日、ラーメン横丁かどっかへ行った路地裏。ラーメン茹でたり、野菜炒めたりするその炎の熱をファンで外へ出します。そこから、熱風が出てきて、それにあたるとムッとします。その熱風が、辺り一面、吹いている感じです。そのラーメン屋さんの、ファンの熱風に、5分間、耐えられたら、サウジアラビアで、エアコンなしで、生きていけるでしょう。(たぶん)試して見て下さいませ。どうですか?暑さが実感出来たでしょうか?
2008.05.28
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すいません、為替、間違って計算してしまいました。修正します。==================================我が専属運転手、フセイン君。今日も元気です。そして、今日も、ボケェーっとしています。しかし、ボケェーっとしていますが、性格は、とっても良いのですよ。そのフセイン君を、キャディに仕立てて、既に、1ヶ月以上になります。ハーフラウンド、10サウジリアル、キャディフィーとして渡しています。1ヶ月、300リアルになります。日本円で、4500 9000円です。彼は、英語は、片言程度しか話せません。僕も、英語は、片言+α程度しか話せません。片言同士なので、結構、単語だけで通じています。で、彼が言うには、彼の故郷、インドのケララで暮らしている家族の食費が、1ヶ月、300リアルだと言うのです。 「ほ、ほんとかよー!」、と驚きましたです。何故なら、毎日ゴルフやって、毎日10リアル支払っていますから、僕の支払うキャディフィで、フセインの家族を養っているようなものなのです。驚きますですよねー! いつの間にか、家族を養っていたのです。で、彼が、もっと言うには、1ヶ月、1000リアルあれば、家を借りて、インドで、充分暮らせるって言うのです。まず、借家は大きいのを借りて、300リアル(4500 9000円)食費は、200リアル(3000 6000円)光熱費は全て含めて100リアル(1500 3000円)これで、合計600リアル(9000 18000円) 「おいおい、まだ、400リアルも余るじゃないか?」「さー! お、お手伝いさんは、い、いるか?」「おー、ええなー、いるいる。」 注:さー、と言うのは、僕のことです。どうも、イエス・サーの さー、を、使っているようです。「さー! わ、若いのがええか? ばあさんがええか?」「あほ! どっちが良いかって聞かれれば、ババアを選ばんじゃろが!」「さー! じゃ、わ、若いのがええんじゃの?」「しつっこいな、どっちでもいいけど、どっちが良いかって聞かれれば、若い方がいいじゃろ? フセインも、そうじーないのか?」「えへへへー、そ、そうじゃ、若い方がええ。」「じゃろ? で、1ヶ月いくら払えば来てくれる?」「食事つくるか?」「あぁ、食事は、3食作って貰うとええのー。」「掃除は、どうじゃ?」「掃除も、全部してくれるとええのー。」「洗濯は、どうじゃ?」「どうじゃ、どうじゃって、ぜ~んぶ、やって貰うのがええ。」「じゃー、夜も、一緒に寝るか?」「な、なにを? 何を言っておる! そ、そんなこと出来るんか?」 この辺り、ドギマギしました。が、威厳を損なわず会話を続けました。「で、できる」「う~ん、そりゃー、悩むがの、部屋は別じゃ。一部屋与える。」「えへへへ、さー! それで、ええんじゃの?」「ええ、ええ、それで、ええ。とりあえず、別じゃ。」「さー! それなら、200リアルで、充分だす。」と言う事で、住み込みの若いお手伝いさんを雇っても、1ヶ月、800リアル。雑費+予備費を含めても、1000リアル。なんと、15000 30000円で、全ての生活が賄えると言う事です。インドに住もう!日本円を持って、インドに住もう!1年住んでも、18 36万円で生活出来ます。180 360万円貯めて行けば、10年間住めます。1800 3600万円貯めて行けば、100年間住めます。(そんなに生きられねー!)でも、これ、ほんとですかねー?
2008.05.27
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既に、記載しましたが、モロッコからサウジへの帰りは、大変な目にあいました。何と、カサブランカのホテルを出発し、サウジの我が家まで、43.5時間もかかったのです。にっくきエミュレーツのカサブランカ空港の事務所です。機内で5時間も待ったあげく、本日は飛びません! とアナウンスがあり、ぞろぞろと、入国手続きをして、引き返してきたのであります。担当者の説明が未熟で、ここでも、乗客は大混乱でした。2時間ほど待って、ようやくホテル行きのバスに乗ることが出来たのであります。ホテルへ到着後、チェックインも大混乱し、1時間以上かかって、ようやくこの部屋にたどり着くことが出来ました。その後、夕食ですが、このスープが出て来るまで、何と1時間。このディッシュが出て来るまで、さらに、15分。夕食食べ終わったら、もう夜の22時であります。そして、その後も、すったもんだの末、ようやく明日のスケシュールが決まりました。朝4時半起床、5時半ホテル出発です、寝る暇ないよ。カサブランカを飛び立って、およそ、11時間、ようやくドバイ空港に着陸です。そして、ドバイから、バハレーン経由、サウジアラビアの、ジュベールへ帰って来たのでした。ヒィー、疲れた!4月12日(土)の朝、サウジに帰り着きまして、その後も長々と、モロッコの旅を、アップして参りました。しかしながら、これで、全日程、完了であります。秘密事項は、秘密でありまして、書く事は出来ませんが・・・。(あんのかー? そんな秘密って?)さて、これにて、「モロッコ16日間一人旅」の報告完了致します。
2008.05.26
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スペインへ行けなかったので、1日余りました。カサブランカで、ボォーっとしていようかとも思いましたが、何せ、普段から、ボォーっとしております。ここで、ボォーっとしたら、ボォー×2となってしまいます。別に、ボォー×2となっても、何ら問題ないのですが、何だか、損するような気になってしまって、どっかへ出かける事にしたのです。ガイドブックを、つらつら見ていたら、カサブランカの南西、およそ100キロに、アル・ジャディーダと言う町を発見しました。善は急げ!思い立ったが吉日!行くっきゃない!早く行こ!ってことで、早速出かけました。やはりバスで行きます。車窓からの眺めは、タンジェからカサブランカとあまり代わり映えしません。約2時間で、着きました。風が強い日です。雲も風に飛ばされているって感じです。ここは、CTM乗り場の前の、道路です。海岸沿いに出て歩く事にしました。白い家に椰子の木。良い絵ですなー。 地中海に近い国らしいです。大西洋です。真ん中にポツンと見えるゴミ見たいなのは、ウインドサ-フィンやっている人です。海の色は、汚いですよ、土色で。ちょっと残念。一応、海の家もありますが、お客さんは、まばらです。まばらな人の海って、何だか寂しいですね。雲が、うわぁーって勢いで、襲いかかって来そうな雰囲気です。アル・ジャディーダは、1502年から1769年の間、ポルトガルの支配下にあったそうです。そう言えば、ポルトガルの雰囲気、らしさが、ありますねー。(行った事ないのに?)ここは、ビーチリゾートの町のようで、本日は、閑散としていますが、シーズンには、モロッコ人や、ヨーロッパ人が押し寄せ賑わうそうです。町の見所は、ポルトガル占領時代に作られた、貯水槽だけのようです。で、旧市街の中にあるので、行って見ました。こんな所を歩きます。入り口は、「歩き方」に記載通り、普通の家のようで、看板が出ていないと全く分かりません。中へ入ると、広いですよ。1514年に作られたと言う事ですから、日本では、室町時代です。まだ、織田信長が生まれる、20年前です。信長と言えば、世界の話を好んで聞き、面白がっていたらしいですが、モロッコとか知っていたのでしょうか?もし、あの時代に行けたら、信長に教えて上げたいですね。写真も、パソコンも持って。褒美くれるだろうなー! 信長さん。だけど、色々と、聞かれて、答えに窮して、死刑! 何て事にも?信長に説明しに行くの、やっぱり、止めときます。水に映る、天井の穴から入る景色が綺麗って言うので、撮って見ました。確かに!
2008.05.25
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モロッコの北の端、タンジェからカサブランカまで、1等の列車に乗り、ホテルも、バックパッカーに似合わぬ、二つ星のホテルに決めてしまいました。何だか、バックパッカーの誇りが、消えてなくなってしまったようで、反省仕切りです。ちょっと落ち込んでいます。あの、気分良さは、どこへ行ってしまったのでしょうか? はぁー。こんな風に、ああじゃ、こうじゃ、と大した事柄でもないのに、考えてしまう所に、うつ病患者特有の、素質があるのでしょうなー。で、夕食は、質素にしました。これです。小麦粉らしきものをコネて、アブラらしきものをたっぷり付けて、焼いたものです。こんなのは、どこにでもありますね。ここで、おばはんが、焼いてました。写真撮ろうとしたら、おばはんは恥ずかしがって、写らない方へ移動しました。可愛い素振りです。ミントティは、おかわり自由です。一般庶民で、大混雑なほど、繁盛している、お店であります。これで、たったの5DH(約70円)です。よし! やった!バックパッカーの誇りを取り戻したぞ!と、気負って見たのですが、これでは、主食になりませぬ。おやつ程度です。もっと食べたいです。しかし、あれですね、中途半端に食べてしまうと、その後、又、本格的な夕食は食べられないし、かと言ってこれだけでは、腹減って眠れなくなると思うし、困ったもんですね。何か、調度、手頃な食べ物はないかなー? と、カサブランカ中心街、歩行者天国のような、ちょっと洒落た道路を歩いておりました。そうしたら、「東京楼」とか言う、看板が見えて来ました。うん、これじゃー! ラーメンじゃ! 食いたい!ってんで、2階へ上がって行きました。表の雰囲気と異なり、内部は、パブのような感じで、中華屋さんって感じではありません。そして食べたかった、ラーメンもなし。残念! と思いましたが、小腹が空いている状況でもあるし、ワンタンスープってのを見つけたので、それにしました。薄暗い店内で、ワンタン探しながら、食べました。結構、いけますねー! これを日本とか、中国とかで食べたら、同じように言えるか自信ありませんが、この日は、うまいと思いました。このレストランの名刺です。トンキンと読むのですねー。トウキョーでもなし、トンジンでもないし。大体、中華料理なのに、東京って名前付けないで欲しいですよ。こんな事するから、アジア情報に疎いこっちの方の人たちは、日本は中国の一部だと思ってしまうのではないですか?まぁ、それはそれとして、ラーメンを食いたくなりました。そして、翌日、探しましたら、別のお店ですが、麺がありました。帰国前日に、ラーメン食ってどうするんじゃ、と我ながら思いますが、食いたいもんは、食いたいのです。
2008.05.24
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ジュベール、ウィスパーリングゴルフクラブの、月例大会がありました。そして、我が「アジアの星一番」、満を持して優勝すべく出場しました。 結果 →→→ じゃじゃ~ん! じゃじゃじゃじゃ~ん! 予想通り、優勝を勝ち得ました! すごいですねー! 優勝しようと出場して、優勝なんて、仲々、出来るものではありません。その出来ない事が出来てしまう、我が、「アジアの星一番」さんです。ツキがありますねー。 しかも、最初のホールが、いつも難関でして、この日もそうでした。それでは、優勝までの道のりを振り返って見ましょう。え? 振り返らんでもいい? そんな暇ない?まぁ、そう言わないで下さい、お忙しい方は、パスして下さいね。何しろ、本日は、日本ならば、日曜の午後にあたる訳でして、僕としてはかなり暇があるのです。で、本日のプレイですが、最初のホール。落ち着き払って打ったボールは、右の色杭をはるかに超えて、OB。OBとは、Old Boy ではありませんぞ。OUT OF BOUNDS、と申しましてな、「境界の外でっせ」、と言う意味です。この「境界の外」へボールが飛んで行ってしまいますと、同じところから罰1打加えて打ち直しなのです。で、罰1打加えて、3打目となる、ティーショット。左に引っ掛けて、砂漠の中へ。それでも、残り、140ヤード。4打目は、挽回すべく、小さな「砂漠丘」越えを狙ったもの、砂漠を叩いて、わずか3メートル前進したのみ。5打目は、直接ブラウン狙いは諦めて、フェアウェイへボールを出そうと試みたものの、コレマタ、砂漠を叩き、2メートルの前進のみ。ボールは、まだ、砂漠の中。6打目は、もうどうとでもなれ! と、直接ブラウンを狙ったのです。ナイスショットだったものの、ブラウンを大幅にオーバー。7打でブラウンに乗せて、8打が入らず、何と、この最初のミドルホールで、5オーバーも叩いてしまいました。 あーぁ、もう帰って寝たい、なんじゃ今日のゴルフは・・・、しょんぼり、ぼり、ぼり、がっくり、がく、がく、あーぁ、あーぁの大連発。しょぼくれて、打った、2番目のミドルホールも、もう気分そのまんま、しょぼくれた飛び方で、シャクトリムシ風。ダブルボギー。 たったの2ホール終わって、もう既に、7オーバー。あとの7ホール全部、パーで廻っても、ハーフ43です。まぁ、やる気、失くしますよねー! しかし、そこは、アジアの星一番、気を入れなおして、その後は、乱れたショットも、手堅い寄せで、パーを拾い、ボギーをとって行きました。 1ラウンド終わって、チンケなクラブハウスへ。アンダーパーで廻れなかったので、今回は優勝、無理だよなー、と賞品も賞金もないだろうから、食えるだけ食え、飲めるだけ飲め! とスポンサーの準備した昼食をぱくついておりました。 次々に、名前を呼ばれて、賞金を貰っていますが、こっちは「そんなの、かんけぇーねぇー」、とむしゃむしゃ、食っていました。チキンを、手で掴んで丸ごと、むしゃぶりついていたら、廻りが僕の方を向いています。な、なぬ? なんかあったか? ときょときょとしていると、司会者が僕の名前を呼んでいます。なんだよー、このチキン、食べ難いんじゃよ、うっさいなー!と言う目で、睨みつけました所、イギリス人の司会者、ニコニコして「1ST PRIZE!」とか言っております。で、この私目が、優勝であると知ったのでありました。優勝賞金、400リアルを貰いました。ゴルフ場のコンペに出場しだしてから、優勝、着外、3位、着外、2位、優勝、と、上位入賞の確立、6割程度と、賞金泥棒のような結果になっています。しかしながら、メンバーから、あまり文句らしき意見は出ていません。と言いますのは、なんと、40日間連続で、ゴルフ場へ通っています。まぁ、うまくなって、当たり前じゃわな。と言う、雰囲気なのであります。毎日、行っても、うまくなるもんでもありませんがね。と言う訳でありまして、気分上々の、お休みでした。 お疲れ様でした!
2008.05.23
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「モロッコ16日間一人旅」も、残すところ、あと2泊。懐には、スペイン行きを断念したフェリー代金がたんまりあります。その他にも、財布の中には、まだまだごっそり。札があります。ん? しかし、これは、Oさんにフェズで借りた金じゃろ?そうだった、そうだった。返さねばならぬお金ではあります。さらに、盗難にあった、8万円の件、どうするんじゃ!しかし、じゃが、現金があるのは、嬉しいもので、その上、1等の列車に乗った心地よい余韻も残っております。気分は上々。良いホテルに泊まる事にしましただ。見て下せー! これが、部屋への入り口の扉だどー。これが、ベッドルームですだ。だ、だんなー!ベッドルームの他に、こんな部屋までついているだどー!いかん、いかん、いつの間にか、下男言葉になっていました。貴賓室に泊まるお大尽言葉に、せねばなりませぬな。バスタブも付いています。たっぷり、お湯も、どんどんでます。2週間以上振りに、バスタブにお湯をたっぷり入れて、どっぷりと浸りました。週刊誌持ち込んで、バスタブに浸りながら、読んでいたら、汗で文字が読めなくなりました。気持ちいいー!これで、わずか250DH。3500円相当です。これなら、ケチって、「財布から8万円も掠め取って行く、チンケなバックパッカー宿」より、こう言うホテルの方が良いなー!部屋の電気も明るいし、心も明るくなったような気がします。でもですね、思うのですが、インターコンチだとか、リッツだとかそう言うホテルばっかりに泊まっていたら、この部屋も、たぶん、「なんじゃー、こんな部屋かよー!」と、文句の一つも言いたくなるでしょう。その程度の差は当然ながらあるのです。たったの二つ星ですから。でも、最高な至福の気分にさせて貰えるのは、貧乏ったらしい旅を続けて来ているからこそ、思えるのですね。そう言うことです。人生、上を見りゃー切がなく、下を見たって切がない。普通は、大体、上ばっかり、見たがるもんじゃがの。下を歩いていりゃー、ちょっと上に上がっただけで、喜びも満足感も味わえる。ま、その辺りで満足してちゃー、向上心がねーのか! とか、実際に、向上もしない可能性も高いので、難しい問題ではありまするが、ま、そう言うこと。そう言うことですな。応接間のような、部屋でゆったりと、そう言うことを考えてました。
2008.05.21
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タンジェで2泊する予定を、急遽切り上げ、カサブランカへ移動することにしました。荒天とか言う理由により、高速船が出なかったからです。使ったと思った、596DHの高速船代が返って来ました。何だか、金持ちになった気分です。自分の、お金なのに・・・。その気分のまんま、汽車は、一般庶民の乗る2等席ではなく、お金持ちさんが乗る、お大尽様が乗る、1等席に致しましたでござる。1等の上はないので、1等が最上級クラスなのであります。切符をお見せしましょう。なんじゃ、なんじゃ、切符は、2等とおんなじやな。薄っぺらのチケットじゃわい。列車が来るまでの、待ち時間。最上級のお客である故、一般庶民の待つ、大広間の待合室にて待つには、似合わぬ。よって、別室のサロンへ。サロンと言ったほどの所ではなく、喫茶店です、カフェでした。カフェオーレを、ゆったりと飲みましたでござる。因みに、コーヒー下さい、と言っても、カフェオーレしかくれません。どうも、コーヒーは、ないようです。これは、ここタンジェだけでなく、モロッコのどこでも同じでした。これは、牛乳を飲んで健康維持しなさいって言う、モロッコの政策でしょうか?(そんな話、聞いたことねー!)そんなこんなで、時間をつぶしていると、列車がやって来ました。ワァオオォー! 1等席です!仲々、良い席でしょう? コンパートメントって言うのでしょうか?仕切られています。コンパートメントは有り難いのですが、先客が3人おりましてな、これが、又、しゃべる、しゃべる、うるさい、うるさい。おじさん、おばさん、青年の3人なのですが、おしゃべりのはずのおばさんが聞き役で、青年が速射砲の如くしゃべくりまくりです。少し経ったら、大人しくなるだろうと思ったものの、30分経っても、静かになる気配なし。うるさい!って怒鳴る訳にもいかず、誰も客のいないコンパートメント(あったのです)に移りました。しかし、モロッコ人、良くしゃべりますわ。独り占めの1等コンパートメントにて、車窓の外を眺むれば、おぉー! 海です! 大西洋かなー!しばし、走ると、海から離れ、又々、緑豊かな風景です。こんな光景が、ずっと5時間も、カサブランカまで続きました。アトラス山脈を越えた地方にはいなかった牛も放牧されています。羊やヤギが圧倒的に多いのでありますが・・・。
2008.05.20
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スペインのタリファ行き、高速船は、朝の7時から2時間置きに出航しています。出航の1時間前には、船着場に着いているようにと言われました。7時出航だと、6時に着かねばなりません。5時前に起きなければ、間に合わず、日帰りなので、早めに出かけたいとしても、早すぎです。で、次の9時出航で行く事にしました。朝、雨です。憎らしき雨です。でも小雨です。傘はないし、買うのも面倒なので、小雨に濡れながら、フェリー乗り場へトットコトットコと、急ぎました。ようやく着いたら、大勢の人たちが待っております。大混雑を掻い潜り、インフォーメーションの美しい女性にどこが乗り場か確認しました。 すると、な、なんと、欠航ですと!そな、アホなー! な、なんでやー!荒天だからだそうです。荒天つっても、小雨じゃーないですか?この程度は、荒れるって言いませんです! 単なる曇りの天候に、水滴が、ちょこっと落ちて来ているだけです!こんなのを荒天って言ったら、中の上、若しくは、上の下辺りの美人を、大ブス!って言ってるのと、おんなじです。そしたら、日本全国、大ブスだらけになって、大問題発生です!モロッコなんて、大々ブス、超ドブスだらけになってしまいます。あんただって、大ブスじゃぞ!しかし、残念ながら、この私目には、これを案内係りのお嬢様に説明するだけの語学力は持ち合わせておりません。よって、単にそう思っただけで、対処のしようがありませぬ。いつも通り、すごすごと引き下がるしかないのでありまする。ほんとに、こんなのが荒天かよ・・・。だけど、660DHのところ、596DHに値切り倒して購入した、往復チケットがあります。こいつを払い戻ししてくれるのだろうなー?と、そっちが心配になりました。何しろ。8500円相当の大金です。残念だなー! ジブラルタル海峡を渡って見たかったなー!別に特に変った海でもあるまいが、そこを通って見たかったなー!小雨に、ちょっと濡れながら、小型ボートのある帰り道を急ぎました。チケットを購入した、会社の事務所へ行き、事情を話したら、欠航であることは知っており、すんなり払い戻しをしてくれました。話を聞くと、2時間半かかる船は、予定通り出港なので、スペイン往復しようと思えば行ける時間です。まだ8時を過ぎたばかりですから。次の、出航が11時。2時間半の往復で、5時間だと、何もしないで帰っても、16時。向こうで、3時間もブラブラしたら、帰って来るのが、19時。やっぱり止めとこ。 一旦、行こうとしていた心が萎えると、立て直すのは難しいです。そして、小雨の、タンジェの町を、歩いてホテルに帰ったのであります。
2008.05.19
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マラケシュからの移動時、ワルザザードに泊まらず、ティネリールまで直行したので、日程に余裕が出来ました。カサブランカが、名前からの印象に似ず、あまり見るべき所もないようなので、その宿泊も短縮し、ジブラルタル海峡を渡って見たいと考えましたです。で、モロッコの再北端、タンジェの町へ向いました。汽車です。2等席を確保しました。車窓からは、豊かな緑が見えます。黄色い花も、満開模様ですが、見えますでしょうか?これが、タンジェの駅です。面倒なのは、この駅、市内の中心にあるのではなく、市内から、6キロも離れているのです。しかも、移動方法が、タクシーしかないのですねー。全く、こう言う不便を、市民は許しているのでしょうか?タクシーの客引きも、駅に屯しています。ホテルの客引きもいます。市内に着いて、街を歩いていると、ホテルの客引きが多いです。そんな奴らに、引っ掛かりはしません。自力で、何軒か見て、フェリー乗り場に近いホテルにしました。天候不順で、タンジェに近づいた頃より、雲行きが怪しくなり、ポツポツ降り出していました。雨のことは、ほぼ1年忘れていたので、何の準備もありません。困ったなー!もし買ったとしても、ここでしか使い道がないし・・・。と思っていたら、夕食の外出時には、雨は止んでいました。普段からの心がけが、こう言う時に活きてきます。町の風景です。タジン以外の、料理はないかなー? とブラブラ、町をあるいていたら、ご飯のような、炒飯のような物が見えました。早速、頼んでみます。味は、チャーハンと似ても似つかぬ味ですが、タジンではない料理なので、あまりうまくないけど、無理して食べましたよ。明日は、スペインのタリファへ、スピード船で行くことでチケット買いました。何と、35分で、モロッコのタンジェからスペインのタリファまで、行ってしまうと言う事です。ジブラルタル海峡を、高速船で渡ります。楽しみだなー!タリファから、アルヘシラスの町まで、無料のバスも出ているし、普通の速度の船より、安いので、高速船にしたのです。何で、安くて速いこの高速船に、全員が乗らないのかなー?と不思議に思ったものであります。
2008.05.18
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ムーレイ・イドリスからメクネスに戻りました。世界遺産のヴォルビリスの遺跡には行かないで、戻りました。何故かと言いますと、交通手段がないのです。ムーレイ・イドリスからわずか3キロなので、歩いて行って戻れば良いと思うのですが、疲れているのです。何だか、旅の疲れが出ているようで、ちょっと丘を登るだけで、ひぃーふぃーはぁーはぁー、と息が上がってしまいます。腰も痛いし・・・。んじゃー、タクシーに乗ればいいじゃん!と思いますよね? そうなんです。そうなんです。そうなんですが、そのー、何と言いましょうか、バックパッカーをやっている時は、性格が変わってしまうのです。ケチになってしまうのです。タクシーなんぞに乗るのは、超贅沢でありまして、バックパッカーの風上にも置けない! って気持ちになってしまうのであります。え? なに? いつもケチだろう? ですと!あ、いや、そうではあるのですが、もっと、そうなるのですよ。分かって下さいな、と言っても解らないでしょうなー。世界遺産のヴォルビリスの遺跡とは、モロッコに現存する最大の古代ローマ遺跡なのです。ローマ遺跡って奴は、あちこちで沢山見たし、まぁ、ええじゃろ!ってな、気持ちでした。はてさて、グランタクシーで、メクネスへ戻ろうと思いますが、これが又、仲々、発車するタクシーがありません。乗り場はあるのですが、行先が皆、違うんです。僕は待ちます。10分、20分、30分・・・。でも、平気です。バックパッカーとは、「無駄に待つ」とも読みます。その間、100DH出せば、タクシー世話してたるぞ、とか、いや、60DHで良いだの、銭を儲けたい輩が、近づいて来ます。しかし、無視。その内、彼らも、「あいつはケチ、ダメだ、貧乏な奴だ、声かけるな!」と仲間内で話したのか、逆に、僕が無視され始めましたです。内心、ビクビク、帰れなかったらどうしよう、30キロも歩けないしなー、などと、心配はしておりました。声も掛けられず、さらに、10分、20分、30分・・・。平気でありません。焦ってきました。かなり焦って来ました。仏頂面を、ちぃっと、笑顔に戻して、係員らしき人に近づきます。「あのさー、メクネスに行きたいの。しかし、10DHしか払わないの。ダメ?」僕の方をチラッとみますが、無視されています。でも、僕は、彼のそばにウツムキ加減で、ずっと無言で立っていました。しばらくして、又、同じ質問をしました。そしたら。「あっちに来る車が、メクネスに戻るよ。」、と教えてくれたのであります。「早く言えよ!」 ってか、僕が彼らを無視していたのでしたが・・・。そうしたら、頻繁ではないですが、客を乗せて来ては、降ろし、満席になると出発しております。ようやく、メクネスに帰れる事になったのでありました。めでたし! めでたし!無事メクネスに戻れたので、ケーキを買って、無事帰還祝いを、行いました。4DHでしたから、60円しません。ケーキ屋さんが2軒あったのですが、1軒は、ケーキが入っている、ガラスケースの中に、どでかいハエが、わんさかわんさか、飛んでいたり、ガラスの壁に止まって休んでいたりしてます。あのケーキ屋さんから、買って行く客も沢山いるのですよ。驚きました。ハエの足から、おいしいネバネバとか出てるのでしょうか?それとも、ハエのウンチが、良い味付け加減になるのでしょうか?まぁ、モロッコの、メクネスの人たちは、鷹揚です。無論のこと、このケーキは、ハエ1匹飛んでいない、ガラスケースに入ったのを買ったものであります。夕食は、高級パスタ屋さん、ル・フールで食べました。久しぶりにビールです。イスラムの国なのに現地産がありました。主食のパスタです。ボローニャのスパゲッティです。茹で過ぎのようで、麺が柔らかいですが、いつも、タジンばっかりなので、うまく感じました。しかし、レストラン内は、薄暗く本も読めないし、料理が出て来るのに時間はかかるし(多分30分以上待った)、家族や、カップルばかりのお店だったので、まぁ、退屈しました。時間を持て余しました。宿への帰り、中東、イスラムでは見かけないネオンを見ました。近づいて、みましょう。パブって書いてあります。大っぴらに、飲めるお店があるのですねー!サウジとは、全く違うので、驚くばかりです。入って見たかったのですが、ビール1本で、良い頃加減のほろ酔い状態であり、残念ながら、偵察出来ずでした。
2008.05.16
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謎の奥様の家を出て、「聖者の町」、ムーレイ・イドリスを一望出来る、左手の丘(西側)に登る事にしました。二つの丘の真ん中に、モスクがあります。ムスリム以外の人は、入場出来ないようです。まぁ、当然でしょうね。この街全体が、聖域として、非イスラム教徒に閉ざされた町であって、敬虔なムスリムによって造られ、その心が継承されて来たと言う、この街ですから。このような細い道を登って行きます。おー! 見えて来ました!「聖者の町」 ムーレー・イドリス「神秘な町」 ムーレイ・イドリス789年、モロッコ最初のイスラム王朝、イドリス朝が開かれた町です。あれー? あそこに見える、街のてっぺんの、ちょっと下の家が、謎の奥様の家じゃーないかい? あの辺りですよ! きっと! たぶん。いやー、謎ですねー。謎のご家族でありました。撮った写真は、必ず送りましょう。近所の子供も、可愛いものです。
2008.05.16
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昨日は、バハレーンまで繰り出しました。(又々と言うべきか?)いつもは、和食なのですが、昨夜は、タイレストランです。結構、高級感があるお店でしょう? 午後7時開店。まずは生ビールです。 タイ料理と言えば、トムヤンクン。クリーミーな奴と、クリアな奴があるけど、どうしましょう? って、ウエイトレスさんに聞かれました。そんな種類があったのですねー。いつもは、たぶん、クリアな奴を頼んでいると思うので、クリーミーなのを頼みました。味は濃く大変おいしかったです。ですが、僕は、クリーミーじゃなくて、クリアな方が好きかなー?中に入っていた、とんがらしを、思いっきり噛んでしまい、暫く、ヒーヒーハーハー、とやってました。これは、春巻きみたいな奴ですが、中身は、生の葉っぱが入っています。見えますか? さっぱりして、これも、おいしいです。さつま揚げ見たいな物です。(向こう側に見える奴)ま、普通の味でした。そして、これが、タイなんとかって言う、野菜サラダです。ちょっぴり辛い味付けです。さらに、ここには、刺身もあり、刺身大好き人間としては、注文しました。シーフードと、刺身が、メインコースです。レストランの次は、カラオケ。フィリピン人従業員が、熱唱しています。フィリピーナは唄がうまいですねー。日本の曲は、少ないし、新しいのはないので、演歌程度しか選べません。バハレーンに泊まりました。カールトン・ホテルです。リッツ・カールトンとは、別物で、安いですよ。たった、200SR=概ね6000円です。ちょっと設備が古いですが、部屋は広いし、バスタブもあり、石鹸、タオルも準備されているので、バックパッカーの僕としては、充分です。リッツ・カールトンの、2~3割の価格ですからねー。バハレーンからの帰り道、アル・コバールの町に、ダイソーが開店(前からあったのか?)していると言うので、行って見ました。フセインに調べておけ、と指示していたのですが、案の定、行き着けません。初めての場所にすんなり行けた例がありません。気は良いので、許してますが、困ったもんです。
2008.05.15
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世界遺産の街、メクネスから26キロほど北へ行った所に、「聖者の町」、と言われる、ムーレイ・イドリスがあります。その北西3キロの所に、これ又、世界遺産の、ヴォルビリス遺跡があります。それを見る為に、メクネスを出発しました。この辺りは、交通の便が悪く、グランタクシーと言う、乗合タクシーを利用せざるを得ません。イエメンなら、どこの町にでもある、庶民の足ダッバーブと同じで、普通車の前列に3名、後列に4名乗ります。満席になるまで、出発しません。これは、まだ、そのグランタクシー乗り場へ行くまでの、メクネスの町です。メクネスを出発して、30分程で着きました。ここが、ムーレー・イドリスの広場です。ここで、世界遺産に登録したいような、謎の奥様に出会いました。それは、後述するとして、観光地には、どこにでもいる似非ガイドがここにもいます。「僕はガイドではない、学生です」、とか言って案内しようとする輩です。後で、金くれって言われて、揉めるに決まっています。それで、本当は、左手へ登れば、ムーレイ・イドリスの全貌が見られると分かっていたのですが、右手方面へ登りました。この町には、二つの丘があるのです。そしたら、右手の丘からは、案の定、見るに耐える場所がありません。こんな所しか見えないのです。戻ろうとして、このような道を引き返しました。そしたら、現地の奥様に声を掛けられたのであります。この女性は、一枚の封筒を持っていました。見ると、差出人は、神奈川県の方であります。手真似で、色々と何かやっておりまして、中身を読んで欲しいと言っているのかと思い、封筒の中を見ると、何もありません。はてさて、なんじゃいなー?と、考え込んでおりますと、「とにかく、来て頂戴よー!」、と言う素振りです。ムーレイ・イドリスの詐欺師で、善良な旅行者から、お金を巻き上げる手法かいな? と怪しんでは見たものの、そんな様子もないので、着いて行きました。「家に上がって下さいませ」と言います。中に、怖いお兄さん達が、屯していて、荷物を全部巻き上げられはしないか、ドキドキであります。しかし、バックパックは宿に置いて来たし、お金は既に、ほぼ全額盗まれてしまって、持ち合わせは少ないし、盗られるなら、命しかないよなー? と考えました。しかし、僕の命、この人たちにとって、超安価で価値はないし、盗ってしまった方が、荷が重くなるだろうなー? と一瞬の内に考え、家に上がらせて貰う事にしたのであります。さて、結果は如何に? 以下、次号に続く!いやいや、続けます。そんな暇はありません。奥様の依頼は、封筒の宛名を書いて欲しいと言う事でありました。そんな事なら、喜んで書きまっせ! と汚い字ではありますが、神奈川県の遠藤さんと言う方の宛先を書きました。そうしたら、その次に、名古屋の山下さん宛にも書いて欲しいと言うのです。手帳を持っていまして、住所が書いてあります。中に、「又、是非来て欲しい、お父さんもお母さんも一緒に来て欲しい」、と書いてくれと言います。はいはい、書きます、書きます、その程度のご依頼ならば、チョチョイノチョイです。簡単に書きあがりました。その間に、お茶は出してくれるし、お菓子は出してくれるし、サービス満点です。おばあちゃんもニコニコしておりました。そして、写真を撮りました。この方です。そしたら、胸にカードを付けて来て、もう一枚撮ってくれと言います。意味が分かりません。この時も、まだ、この後、何があるのか、何かを要求されるのか、心配はしておりました。あまり長居しない方が良いよな、との内なる警告も発せられております。僕の写真も撮れってんで、撮ってくれました。アジアの星一番さん、ちょっと、背中こごめて、怯え顔じゃーありませんか?もう帰ろうと、思ったら、娘さんが出て来ました。むむ、むむむ、引き留め作戦かいな? と怪しみました。しかし、そのような、素振りも雰囲気もありません。でも、何だか、長居するのも、いけないような気がして、お暇したのであります。帰り際に、刺繍のあるハンケチをくれました。これは、怪しんで悪かったですよね?単純に、外国人好きな方ですよね?もし、そうだったならば、暇は余るほどあったので、ゆったりして、豪華な応接で、昼寝でもさせて貰って、地元の昼食でも食べさせて貰って、お嬢様とも話をさせて貰って、ついでに、さらにゆっくりして、シャワーなんぞも、浴びさせて貰って、夕食まで、ご馳走になって・・・、などと友好を深めれば良かったかいな、などとも思ったのであります。今でも、謎であります。神奈川の遠藤さん!名古屋の山下さん!手紙が届きましたら、どう言う関係の方か、教えて下さい!
2008.05.13
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ここメクネス、古都であるとはガイドブックで読んでいたものの、見所はどこなの?と問いたくなるようであります。まずは、旧市街、メディナの中心にあるエディム広場へ行って見ました。右手に見える、マンスール門を潜り、どんどん歩きます。そして、ムーレイ・イスマイル廟を左手に見て、「風の道」、と呼ばれる道を歩きました。右手が王宮で、左手がメディナの外壁です。 風は? そんな名前が付くほどの、風は吹いていなかったですね。 王宮の前に来ました。ここも入場は許可されません。貯水池ですが、向こう側に見える建物が、穀物貯蔵庫のあとだそうです。人間の食料を保存した他、1万2千頭の馬の餌も備蓄したと言う、巨大なものであります。ハイビスカスですか? 花が咲いてました。ぐるっと廻って、又、エディム広場に戻りましたが、結構、疲れます。夕食は、ちょっと高級そうなレストランへ1人で行きました。食後に、ミントティが出されましたが、葉っぱそのものが入っていました。確かに、ミントの味です。
2008.05.13
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先日、イエメンで、日本人女性が二人、拉致されました。ししぃさんから、その拉致のコメント貰いました。そして、昨日、エジプトでお会いし、その後、時々、メール交換している方から、「イエメンへ行きたいと思っていたけど、家族から、今回の事件で、渡航禁止令が出されてしまって、残念だ。」、とメールを頂きました。昨年末、イエメンへ行きました。このブログでも紹介させて貰いましたが、危険を感じるどころか、イエメン人の、親切さや、親しさ、その他諸々、良い国だなー、と思ったものでありました。しかし、「シバの女王」で、有名な、今回の事件のあったと言う、マーリブには行けませんでした。その顛末は、下記です。ツーリストポリスでパーミット取得マーリブ行きたい人募集マーリブ行き断念普通、ビザ取得すれば、その国内は、どこでも行けるはずですが、イエメンの場合、ビザの他に、各都市へ行く、パーミットが必要です。僕の場合、イードホリディで、ツーリストポリスが休みだったもので、パーミットなしで、サナアから、ホディダ、ザビード、タイズ、アデン、ジブラ、イッブを廻りました。特に、何の問題もなく、現地の人と交流しながら廻りました。そして、パーミットを取得して行った、シバーム、コーカバンでは、そのパーミットを見せろとも言われず、「必要ねぇー!」、とガックリしたものでした。しかしながら、今回のような事件が起きると、ビザの他にパーミットをとり、且つ、現地観光業者付き添いのツアーに参加する意味が判ります。拉致された、日本人女性二人は、何の怪我もなく、解放されたとのことで、本当に良かったと思います。こう言う事件があると、イエメンは危険だと、思われるでしょうが、マーリブなど、サウジアラビアに近い、内陸部などは、政府の治安が及ばず、少数部族が支配しているような地域があり、そこは、危ないと言う事のようです。僕が廻った地域は、問題ないと思います。高級ホテルに立ち寄って、聞いた時も、そのような事を言っておりました。それで、パーミットなしでの移動を決意したのでした。拉致事件に関連し、「イエメンの旅」を思い起こし、記しました。
2008.05.11
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現金盗難と言う目に会い、無一文に近い苦境にたたされた危機を救ってくれたOさん。何とか、心だけのお礼でなく、形のあるお礼をしたいと思って、立派なレストランに、招待する事にしました。バックパッカーなど、入れない、普段の10倍はする値段の所です。そうです? あっしも、単なるケチとは違うでしょう?使う時は、使うのです。取り合えず、写真を並べますね。食べ始める前に、写真を撮るのを忘れてしまったんで、食べ残りのようなお皿になってしまいました。豆です。トマトと茄子ですねー。トマトのサラダです。ジャガイモです。これが、パスティラって言うのでしょうか?ハト肉や鳥肉が入っていて、パイ皮で包んで焼き、上にアーモンドやシュガーパウダーをかけるって聞きました。そして、これが、タジンです。今まで食べたタジンと別物のように、味が異なり、おいしいです。タジンは、もういらないよ! と思っていました。しかし、非常においしくて、そして、タジン以外も、ここの、それぞれの料理は、今までの旅で食べた、同じモロッコ料理とは思えないほど、おいしいものでした。やはり、ケチったら、おいしいものは食べられませんねー。食事の途中、午後9時を過ぎた頃から、ショーがはじまりました。ベリーダンスもありました。僕は初めて見るのですよ、このダンス。背中も艶かしいです。Oさんも、飛び入り参加を強いられ、でも、結構楽しそうに踊ってました。デザートです。食べきれません。さらに、イチゴとリンゴ。 ショーは延々、午後11時近くなっても行われています。ダンスあり、お客参加のダンスあり、太鼓や弦楽器の音楽あり、手品もあり、などなど、飽きさせない趣向でした。最後は、シンプルですが、打楽器と踊りながらの演奏で、盛り上がり、完了です。料理と言い、ショーと良い、仲々、良かったです。Oさんも、旅に出て以来、こんなおいしい食事と、楽しいショーは初めてだと喜んでくれました。(東欧とかエジプトとか、廻って2ヶ月経った所らしいです。)良いレストランを探す為、日中、太陽の下を歩き回り、ヘトヘトに疲れて座り込んでいたら、おじいさんが水をくれて、元気を取り戻したのでした。苦労して、探したレストランで、Oさんに喜んで貰って良かったです。ほんのお礼のお食事会でした。
2008.05.10
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お金を借りられることになって、まだ、心穏やかな気持ちにまで、復活はしておりませんが、安心して、古都フェズの散策に出かけました。フェズの旧市街メディナ、フェズ・エル・バリは、世界遺産です。9世紀初め、モロッコ最初のイスラム王朝、イドリス朝の都になったそうです。この時に造られた街が、今、そのまま残って、且つ、生活に供されているのが、すごいって事なのでしょう。ここの道は、細いです。メイン道路でも、この程度です。メイン道路をどんどん歩いて行きますと、「なめし皮! なめし皮!」と、日本語で声を掛けて来る人が多くなりました。それで、「あー、ここが、皮染色 職人街だな。」、と理解出来ます。これが、中世そのままと言われる、染色の手作業工場です。ここには、案内して小銭を稼ごうって言う輩多いので、注意要です。色付けされた皮は、このように干されます。さらに歩きますと、門やモスクは、飽きるほどあります。 マリーン朝の墓地にも登って見ました。フェズの街が一望出来ます。ホテルに戻ろうと歩きましたが、迷路です。こんな所を歩きます。どっちへ向っているのか、分からなくなります。暑さと、現金盗難事件による、寝不足により、意識朦朧。とある場所で、ハァーハァー、ヒィーヒィー、と座って、下を向き、息を整えておりました。そうしたら、近くに座っていた、ご老人が、その息子が孫か使用人か、知りませんが、彼に何やら指示したのです。若い彼は、コップに水を持って来ました。これは飲んでもいいものか? と、しばし、眺めていると、顔を洗え、と言っているようでした。 コップから少量の水を、手の平に乗せ、顔に当てます。「おー、気持ちいい!」生き返るようです。こんなに気持ち良いもんか、とその動作を繰り返したら、あっと言う間に、水はなくなりました。そしたら、今度は、ペットボトルの大きいのを持って来て、頭にもかけろ、って言う仕草をします。そりゃー、気持ち良いか知らないが、頭にかけると、面倒なので、首筋にかけました。「おー! これも気持ちいい!」そんなこんなで、クッタクタであった身体に、多少の元気が戻り、散策を再開です。おじいちゃんには、心より手を合わせて感謝しました。ようやく、ホテル近くのブー・ジュルード門に帰って来ました。これが、フェズ最大の門だそうです。
2008.05.09
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朝6時半出発。夜23時帰着。こう言う、ハードスケジュールにて、バハレーンへゴルフに行って来ました。今、バハレーンには、緑の芝生のゴルフ場がありません。土漠ゴルフ場です。しかし、そこはバハレーン。サウジにはない、ビールが、しかも、生ビールが飲めるのです。日ごろの成果を、ほんの少々発揮して、優勝しました。同率優勝ですけど、優勝に間違いありません。その後、日本食レストランで、日ごろ食べられない、トンカツや、豚肉生姜焼きをつまみに、ビール、ワインなど飲んで、酔っ払いました。そして、さらに、足のマッサージへ行って、ようやく、先ほど帰って来ました。イミグレが大混雑で、3時間もかかりました。寝ます!
2008.05.09
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昨夜、あまり眠れず、ボォーっとした冴えない頭で、起きました。現金盗難事件の、対策を取らねばなりません。注:昨夜とは、4月3日(木)の事です。昨夜、ベッドの中で悶々としておりましたが、Oさんに借りるしかないな、との結論に至り、寝付けたのです。しかし、Oさんが、出かける前に、頼まねばならないし、あまり早く行って起こしても悪いし、遅く行って、出かけていなかったら、それこそ対策不能となってしまいます。Oさんとは、昨日、メルヅーガからフェズまで、同じバスで移動し、夕食も一緒に食べ、同じ安宿に宿泊している、バックパッカーさんです。全く、見ず知らずと同じなのですが、こう言う時こそ、同胞、日本人。普段考えない、同胞などと言う、虫の良い思いに至りながらも、貸してくれなかったら、どうしようとドキドキしながら、部屋をノックしたのであります。ちょっと、話したら、すぐに財布を取り出し、「いくらですか?」、と。ありがたいですねー! 余裕も含めれば、日本円で、5万円弱、必要で、Oさんも、そんな大金の持ち合わせはありません。キャッシングしてくれて、夜、落ち合う事になりました。と言う事で、旅を続けられることになり、一安心です。ふー、良かった! 良かった!一安心すると、盗られた、失った、8万円強は、だんだん惜しくなって来ます。不思議なものです。大きな心配が去ると、次の問題が、気になってくるのですねー!モロッコへ来て、9日目。8日間で、使用したお金は、宿も、バスも、食事も、水も、ネット費も、自転車借用も、砂漠ツアーも、一切合財、ぜ~ん部含めて、3万2千円です。1日、4千円で、過ごして来ました。安宿探しに、2時間もかけたりして、節約に努めた結果です。8万円と言えば、20日分の旅が出来ます。うわー! あったま来るなー! うわーー! グジャグジャグジャっと、何かをぶち壊したい気持ちです。まぁ、しかし、いくら考えても、腹立てても、お金は戻って来ないし、考えれば考えるほど、腹立ってく来るし、うつ病にも良い影響はありません。僕よりもっと馬鹿な、僕よりもっと貧しい、何とも憐れな奴に、恵んであげたと、諦めるしかないのです。しかし、良く良く考えて見れば、 Oさんと昨日、バスで出会ってなければ、 そして、一緒の安宿に宿泊してなければ、 さらに、一緒に粗末な食事に行ってなければ、本当に、困ったことになっている所だったのであります。どうするのでしょうねー? 海外で現金がなくなってしまったら?今後、対策として考えねばならない事は、1.現金の保管場所。2.キャッシング可能な、カード。3.パスポートの保管場所。これらですねー。サウジ出稼ぎ完了後、あちこちへ長期の旅に出るつもりですから、今回のことなど、おきないよう、充分な対策が必要です。そう言えば、Oさん、その後、スペインを廻って、明日、5月8日だったと思うから、明日、帰国ですねー。お借りした現金、送付したけど、届いているだろうなー?
2008.05.07
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最近の生活は、ゴルフ三昧であること、既に記載しました。それから、さらに楽しみは、半身浴です。ゴルフから帰ったら、バスタブにお湯を満たし、週刊誌を読みながら、30分以上、お湯に浸ります。肩は、若干寒いのに、しばらく入っていると、顔から、ジトォーっと汗が湧いてきます。そのまま、じっとしていますと、汗がタラ~っと、顔面を伝って、流れ落ちてきます。気持ち良いですねー!これは、「ししぃの館」さんの影響を受けたものです。ししぃの館さんは、2時間とか、桁外れの長湯なのです。僕は、最大、38分で、汗が出切ってしまいます。もっとも、いつも、仕事や、言動、行動で、冷や汗かいてますので、汗が少ししか、残ってないかも知れませんが。この半身浴の話をしたら、例のほとんど98%中国人と見間違えられる、アドミ部長さんが、ひのきの香りの入浴剤を1袋くれました。1袋と言っても10回分位、入れる奴です。そしたら、さらに気持ちよくなり、血圧も下がり、体調も悪くならないし、最高です。生きているのが、楽しくなって来ます。ゴルフ+半身浴現在の健康法は、これですね。 サウジに合った健康法。間違いない!で、バハレーンへ行って、入浴剤シリーズを買って来ました。薬用入浴剤 温泉シリーズ 鬼怒川温泉 菖蒲の香り、お湯の色グリーン 道後温泉 バラの香り オレンジのにごり湯 ラベンダーの香り お湯の色バイオレット クールミントの香り アロエの香りこれです!ゴルフ + 温泉付き半身浴 = 心身の健康こう言う図式が成り立つと、証明されつつあります。証明されたら、ノーベル症、じゃなかった、ノーベル賞もらえるかなー?
2008.05.06
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700US$、及び、200サウジリアルを盗られて、手持ちの100ドルと、何故か、泥棒さんが残して言った、7US$と、168サウジリアルしか、残金がありませぬ。弱った、困った、どうしよう?弱った、困った、どうしよう?弱った、困った、どうしよう?考えても、考えても、切がありません。そうしたら、元スッチーさんで、世界を駆け巡り、世界の隅々まで知り尽くした、シュロールさんて方が、ご自分のブログで、僕の今後の対策を取り上げてくれました。1.お金 すっからかんになる前に心の準備始めよ!2.現地で働いて帰る資金稼ぐか、モロッコ人として 生涯を終えよ!3.100ドルでラクダ買って砂漠で タクシー始めよ!4.100ドルでラクダ買って、それに乗ってサウジ帰れ!5.さもなければ100ドルでラクダ買って、ラクダ引っ張って歩き途中で 出会った人に、牛と交換してもらい最後には、牛でサウジアラビア 到着するまで歩け!6.今持っている100ドルを元手に 派手に 商売始めよ!何れも、的を得た、貴重なアドバイスであります。さすが、元スッチー! トラブル対策は、万全であります。と感心しました。と、思ったのでありまするが、心の準備は出来るにしても、それ以外の、項目は、自信がありませぬ。ラクダに乗ってサウジに帰るってのは、おー! 良い案だなー! と、納得しました。しかし、どっちへ行って良いか、分からんもんね。ダメです、この案。シュロールさん、有名ブロガー(たぶん)です。読んで下さい!シュロールさんの日記僕は、この方に会ったことありません。従いまして、現在、何をしている方かも知りません。ま、しかし、元スッチーを名乗っているだけあって、きっと容姿端麗であることは、間違いないでしょう。そして、これだけのアドバイスを、咄嗟に書いてくれるのですから、頭脳明晰であるに違いありません。そして年齢は、如何ほどでしょうか?元スッチーさんですから、義務教育は卒業しているはずです。ですから、15歳以上。いや、かな以前から、実態として、義務教育は高校までですから、18歳以上であると、睨みます。そして、上限は?スッチーと言う名は、既に、古典辞典に載るような名称になっています。ジェンダーフリーとか言われた時代に名称かわりましたね。結構、古い話です。今は、キャビア・アテンダントでしたね。ん? 違う? あ~、そうでした。キャビン・アテンダントでした。カビンでもなく、キャビンでした。ケビンとも読むらしいですが。でもですね、スッチーのように略すと、キャビン・アテンダント、キャビアなんですよ! ま、どっちも高価ですから、似たようなもんです。話が飛びました。年齢でしたね?良く分かりません。従いまして、100歳未満と睨んでおきます。結論が出ました。シュロールさんの年齢、18歳以上100歳未満。えーー! ありゃー? それでは、僕と同級生じゃーないですか?奇遇ですねー!と言った回り道しましたが、依然として、どうやって、この困難を克服するのか、結論が出ておりません。従って、まだ、安眠できずです。
2008.05.05
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書いた文章、消失、消滅。ただ今、気力喪失中。意外と、尾を引く性格か?やっぱり、気力喪失中。
2008.05.04
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昨夜、せっかく書いた、ブログを送信したら、メンテ中で、データが消失しました。ガックリ。も一回書けば良いだろう、とおっしゃる方もいるでしょうが、簡単にそうは、行かないのです。思いつくことを、そのまま書いているのです。思いつくことは、その時によって変ってしまいます。それに何しろ、ない知恵搾り出して書いた原稿が、無くなってしまうって事に、寂寞感、無念感が湧き出て来て、気力喪失するのです。喪失。 あぁ~、 うぅ~・・・、いてぇー。(痛くねぇだろ!)それにしても、楽天さん、何とかして貰えませんかねー?こう言う喪失感を味わったのは、一度や二度でないのですよ!何故なら、日本との時差が6時間。日本のメンテは夜中に行われます。メンテは、やって頂いて結構、全く問題ありません。しかし、日本の夜中の3時は、こちらの午後9時。ブログ書き頃時間なのです。書いたデータが残っていれば、別に問題ありません。ですから、メンテを始めたら、画面に、「ただ今メンテ中!」とか、でかでかと出れば、途中で止めるなり、コピーを残して置くなり、対策が取れます。しかし、やっと書き終わって、送信して、寝よう! とクリックしたら、「メンテ中」などと出てきたら、ガックリしてしまうのです。眠れなくなります。うつ病がひどくなります。これが原因で、不眠症になったら、楽天を訴えまするぞ!ふ~ん、困ったもんです。
2008.05.04
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モロッコの旅から、サウジへ帰って以来、毎日ゴルフをしています。4月は、日が長くなったので、勤務終了後、ハーフラウンドは廻れます。本日で、20日間、連続プレイ記録を更新中です。これまでの、連続記録は、たった2日間でしょうか?それが、20日間連続ですから、大幅な新記録更新中です。この記録は、日本にいたならば、絶対にと言って良いほど難しい。サウジならではの、達成可能な記録であります。プロ以外の誰にも抜けない記録、そうですねー? 50日間連続記録に挑戦して見ましょう。さて、そう言った過程の中で、ゴルフコンペに3回参加しました。2回は、土漠ゴルフ場のコンペです。そして、1回は優勝。これが、1回目の賞金であります。この内、10%は、日ごろキャディをしている、運転手フセインへ祝儀として上げました。2回目は、第3位。賞金はなく、商品です。ROYAL SCOT CRYSTAL とか言うものです。貰っても、僕には、使い道がありません。これでビール飲める訳じゃーないし、金魚も飼えないし。コンペには、スポンサーがいて、先週(今週も)は、参加者全員に、帽子とシャツが配られました。赤と白がありましたが、僕は白を貰いました。さらに、クジ引きで商品が当たります。7名分ほど、景品がありました。いつもながら、僕は、ついておりまして、当地では仲々、買えるお店がないので、欲しかったゴルフ用手袋が当たりました。そして、昼食は、ブッフェ。写真は撮りませんでしたが、野菜から、肉は、ビーフ、チキン、マトンと全てあり、果物も、ミカン、リンゴ、バナナ、そして、アップルパイのようなものまでありました。これで、参加費40SR(約1200円)ですから、安いものです。そして、もう1回は、同じ会社に勤める日本人で行うコンペです。立派なトロフィを購入し、6回の大会を行ったら、優勝者だけで、そのトロフィの争奪コンペを行います。既に、1個のトロフィは、優勝者大会で優勝した方に贈呈されました。2個目の、トロフィも、既に5回大会です。もう1回終わったら、争奪コンペとなります。で、問題は、ハンディキャップです。僕が幹事で、参加者全員の皆さんに抜けなく優勝して貰い、楽しみの少ない、サウジの良い想い出にして欲しいと、気を配っているのです。先々週の大会で、全員が優勝を経験しました。しかしですよ、その幹事の僕のハンディキャップが、多すぎる!ずるい! なんじゃそれ! 減らせ! 減らせ! とか、文句が出ているのです。きちんとしたルールで、決められた通りに、運用しているのにです。何故か? と言うと、わざと、悪いスコアで廻っているのではないか? との疑惑があるのです。この私のことです。正直者の、この僕を、疑惑人間だと言うのであります。わざと悪くプレイする人、いないでしょう? ね? いますか?いないでしょうよ。推定するに、僕はもっとうまいと思われているのですね。で、コンペで、悪いスコアで廻ると、わざとだろう、と思われるのです。ま、それはそれで、そう思って貰っていればいいのですけどね。ルールを曲げて、ハンディを減らされては、堪りません。ゴルフには、色んな楽しみ方があります。常に、何にも考えず(?)に、全力投球の人。 →こう言う人が多いです。で、突拍子もない好スコアで廻ってしまい、ハンディキャップをごっそり減らされます。それで、ハンディが良すぎる、と、見直せ! とかの要望が出て来ます。僕の場合は、常に全力投球ではありません。その日の、目標スコアを設定します。その目標に沿ってプレイするのです。ただ目標に対して、良すぎると、目標に合致しないので、ちょっと、別の方向に打ったりします。ほんのちょっとだけです。え? それが、わざと悪くしてるんだろ? ですと?いやいや、それは、目標設定に対する、調整であって、わざとではありません。どんなスポーツでも、常に全力投球などと言うことは、ないのです。アスリートの鉄則です。頭を使わん人は、勝者にはなれません。ここぞ、と言うときにこそ、全力を出すのです。予選、予選、準々決勝、準決勝、決勝、などと試合が行われる場合、最初の予選から、全力で試合する人は、決勝には行けません。勝ち進んで行くべく、力を配分するのが、普通のやり方です。ある一定期間を想定して、ここは自重しておく、ここは全力を出す、ここは、フォームを試す、ここは、スライスの練習、ここは、フックを打つ練習とか、色んな事も試しながら、プレイしますよね?そう言うことです。そう言うことなんです。ですから、あがったスコアが、その実力なのであります。そう言えば、「ハンディ下げろコール」にあってから、スコアがガタッっと落ちました。ハーフ、43、44、45程度、41の時もあったのに、今週は、53、47、51、47、程度と、ひどいゴルフです。ハンディキャップに見合った、ゴルファーになっております。やはり、うつ病になる程、繊細な心を持っていると、噂話程度でも、プレイに影響するのですねー! ったく、ヤワな心でありまする。しかし、ハーフで、6500歩くらい、歩きますので、良い運動になります。20日間連続ゴルフの、お陰さまで、体調は、極めて良好です。
2008.05.02
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くっそ! やられました!隠し財布の中から、700US$と、200サウジリアルが、見事になし。僕を嫌って、どっかへ歩いて行ったかとも思いましたが、そんな訳ない。ほんな、アホなー! そんな話ある訳ないやろ! 考えたなー!チッチキチー! 漫才の真似している場合ではありません。事は深刻です。現金なしで、どうやって、旅を続けるか? いや、どうやって、サウジへ帰れるのかを、心配せねばなりませぬ。旅に出るときは、財布は二つ持って行きます。ア:その国のお金を入れておく財布と、イ:サウジやUS$など、しょっちゅうは使わないお金を入れておく財布。アは、尻ポケットに入れておきます。イは、バックパックの3室ある真ん中に入れておき、鍵を掛けています。万が一、バックパックを持ち去られた時の為に、US$は、ショルダーバッグに分けて持っています。今回の場合、1200US$を持ち、700US$を、バックパックに保管。500US$をショルダーバッグに入れて、必要に応じて、100US$づつ、現地通貨に換金しておりました。ショルダーバッグの、US$が残り、100US$しかないので、バックパックの方から、移そうと思って、調べた所、現金がない事に気が付きました。驚きました。始めは、入れる所を間違えたかなー?などと、ぜ~んぶ、お金を保管しそうな場所を調べて見ました。しかし、ありません。もう夜の12時頃です。参ったなー!何度も、ないのは知りながらも、探しましたが、ある訳ありません。どこで盗られたのだろうか?考えて見ると、宿しかありません。移動中は、衣類も含めて、ギシギシに詰まっていますし、おまけに、必ず鍵を掛けています。その状態で、財布の中の、お金だけ盗るのは、不可能です。宿では、一旦、中身を全部、外に出しています。財布だけが残っています。中身を外に出したあと、鍵をかけるようにしているのですが、たぶん、かけたのは、半分位で、残りは、鍵をかけないで、室内に置きっぱなしにしたのです。宿ですねー!間違いありません。しかし、どこの宿か分かりません。マラケシュでは、夕食に外に出ただけ。ティネリールが怪しい。サイクリングで、丸1日、部屋を空けたし、おまけに、洗面の水はけが悪いって、クレームいれたら、良い部屋に移動して良いと言うのです。その時、広げていた中身を、バッグに仕舞わず、バラで移動して、鍵も掛けなかったのです。残念ですが、仕方ありません。100円程度をケチって、8万円もの大金を盗られていては、アホもアホ、大アホ、超アホです。しかし、今回の場合、騙されたより、腹も立ちません。お金は惜しいですが、鍵もかかっていないバッグが置いてあったら、中を見たくなるのが心情です。それを忘れて油断した僕が悪いと思う次第です。今まで、そう言う目に合ったことがないので、油断してしまいました。しかし、どうするんだ?残金、100ドルしかないぞ!諦めて、ベッドの潜り込みましたが、どうしよう? ばっかり、頭を駆け巡り、仲々、寝付くことが出来ません。
2008.05.02
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名残惜しいのですが、サハラ砂漠、メルヅーガとも、お別れです。メルヅーガから、リッサニと言う長距離バスの出発する街までは、ベルベルと呼ばれる、乗り合い車で行きます。こう言う車です。一番後ろの席に乗ったら、座席が床に固定されてなくて、動いたり、止まったりすると、その床がズズッー、と動くので困りました。そして、コトコトと、音がします。その音が止みません。おまけに、何やら、臭いもします。なんやねん? と後ろの荷物席を覗いて見ました。な、なんじゃー! これは! 超毛深いモロッコ人か?はたまた、原始人が生きていたのか?コトコトする音の主は分かりました。耳がついています。なんだー! ヤギさんでした。ヤギさんも、乗り合いバスに乗るとは、知りませんでした。因みに、ヤギさんの乗車料金はいくらなんでしょうねー?さて、リッサニに着きました。所要時間は、30分です。出発まで、2時間もあります。10時出発、古都フェズに着くのが、午後7時と言っていました。この区間は、国営のCTM路線はなく、民営のバスのみです。予定より、20分遅れて、10時20分にバスは出発。道中、オアシスと、不思議な形をした岩などが、見られます。珍しく、こんな川も流れています。アトラスの山々からの、雪解け水でしょうか?バスは、何度も何度も止まります。おまけに満席に近くなるまで、出発しなかったりします。リッサニ → エルフード 15分待ちエルフード → エルラシデア 45分待ちエルラシデア →○○○○ 25分待ち○○○○ → ミデルト 15分待ちミデルト → チムハドイット 10分待ちチムハドイット → アズルー 15分待ちアズルー → フェズ待ち時間だけで、2時間ほどありました。バスには、色んな人が乗ったり降りたりで、最初から最後まで、乗っている乗客は少ないようです。庶民の移動手段なのですね。この可愛い娘は、3歳くらいでしょうか?懐いてきて、しょっちゅう、僕の席に来ていました。子供はどこの国の子供でも、可愛いでちゅねー。この雪のあるアトラスも、見えなくなると、もう景色は一変し、緑豊かな景色と、街並ばかりとなります。結局、フェズに着いたのは、午後9時前。11時間かかりました。
2008.04.30
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メガネが行方不明になりました。絶対になくならないはずなのにありません。神隠しに遭ったようです。事件発生です。私の場合、近視に乱視、より目にたれ目、よって、目が悪い。従って、顔も悪い。(関係ある?) 胴が長い、足が短い。(関係ある?)で、メガネが必要です。メガネは、度入りサングラス、発色退色メガネ、普通のメガネと3ヶ持っております。(自慢しているのではありません。)用途により、使い分けております。ですが、これは、事件に関係ありません。問題の発生時を思い出してみますると、会社帰りにゴルフをして家に帰りました。そして、炊飯器を設定して、すぐに風呂に入ります。その時に、当然ですが、メガネを外して、入ります。どこにメガネを置くか?ほとんど、決まっていまして、 1.キッチンとダイニングの間にある、仕切りテーブルの上か、 2.リビングのテレビの前のテーブルか、 3.ごく、たまに、ベッドルームのテーブルにおく。この、3箇所しかありません。しかし、無くなったのです。3日前の夜です。当日の夜と翌日の朝、30分+30分=合計1時間探しました。ありません。どこにもありません!摩訶不思議! ビックリ仰天! 神隠し?どっかに、間違えて置き忘れたか? 頭の上にないか?などなど、その後、2回家捜しを、しました。しかし、ありません。どこにも、ありません。まぁ、メガネは3ヶあるし、探し物は、探すのを止めた時に、出て来ることは良くある話で、云々と、言う唄もあったし、まぁ、良いか、と思っていたら、今朝、パソコンの横に、ひょっこりあったのです。不思議です。全く持って、意味不明です。その場所は、10回以上探しました。しかし、無かった場所です。100円玉程度の大きさなら、見逃すことは、ありえますが、メガネの大きさを、しかも、それを探したのですから、見逃すことはあり得ません。何故?どうして?散歩にいったの?家出してたの?ほんまに、神隠し?なんだか、考えて見ると、怖い実際の、話なのです。
2008.04.29
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朝日を見て、砂山を降り、ミントティを1杯、飲んだらキャンプ地を出発です。慌しいです。朝日が、又、オマルと、ラクダと、アジアの星一番を砂漠に映します。帰りは、バックパックをラクダの背中の入れ物に詰めてくれました。おいおい、そんなら、昨日もそうしてくれよー!って言いたかったです。だって、かなり、「蟻の門渡り」辺りへの負担が異なります。昨日は、20分もしたら、サバク歩きは、もうええです、遠慮します!状態であったのですが、今朝は、快調です。しばし、砂漠の風景をごらん下さい。この砂漠の中に、何がいるでしょうか?昨夜の強風で、今までの、足跡は、全て消され、風紋が出来ました。鳥の鶏冠みたいに見えるのは、風下の砂です。風に吹き飛ばされて、小山のてっぺんの風下に、飛ばされやすい砂が溜まるのです。ラクダの大群が現れました。1時間半も、歩いた頃、メルヅーガの家並みが見えて来ました。歩くと、あそこまででも、結構、時間がかかります。う~ん、20分はかかったでしょうか?ラクダさん、ご苦労様でした。ゆっくり休んでください。 ホテルへ帰り、気になっていた、砂漠ツアーの代金を聞きました。一旦、約束したのだから、300DHで良い。と、オーナーさんが、胸を張って言いました。当たり前だとは、思うものの、嬉しく感じた次第であります。で、このホテルに、もう1泊する事にしたのであります。丸1日、な~んにもすることないので、ほんと、ゆったり出来ました。いや、でも、ネットカフェに行きましたね。ぜ~んぶ、洗濯もしました。そうだ、その帰りに、「のり子さん」、に会ったのでした。
2008.04.28
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5時に目が覚めました。外は、真っ暗です。しかしながら、朝の気配はするのですね。キャンプの北側にそびえる、砂漠の山に登ります。かなりきついです。手も冷たい。20歩程歩いては、息を整える、そんな登り方です。山の三分の一ほど、登った頃、朝の光が洩れて来ました。この砂の山の頂上目指して登っています。ほら、こんな所を登っているのです。高所恐怖症ですが、砂の為なのか、恐怖を感じません。これが、土か岩だったら、足が強張って、絶対に登れないはず。もう太陽が、砂の山から姿を現し始めました。アジアの星一番さんも、姿を現しました。朝だけに、すっきり顔ですねー! 今朝は、お化粧のノリが良いようです。さらに、砂山の頂上を目指して登ります。美しいですねー! 全くの砂の世界。朝日を浴びる側、影の側、両者とも演技を心得ているような景色です。この写真の下の真ん中辺に見えるのが、キャンプ地です。見え難いでしょうか?こんなに高い砂山の頂上へ登ったのです。もう少し、拡大して見ましょう。見えましたでしょう?山を降りて行くときは、ものすごく楽です。スースー、とスキーを楽しむように降りられます。途中、こんな可憐な花が咲いていました。
2008.04.28
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夕食は、タジンです。ちょっと食べ飽きました。食事後、外へ出てきましたら、もう、辺りは、ほとんど夜です。空を見上げれば、星々、キラキラ輝いています。ですが、まだ、太陽の残り灯りが、西の方にあり、空全体が、暗くはなっていません。オマル、アリ、ユセフの3名と談笑し、と言っても、片言の単語を並べて、想像するしかないのですが、それでも、楽しい一時を過ごしました。ヨルダンのワディラムでも、エジプトの白サバクでも、ガイド達が唄を唄ったり、もてなす素振りがありました。しかし、ここは、全く何にもありません。それはそれで良いのですが・・・。空も星明りだけになった、21時。僕は、マットと寝袋と、毛布3枚を、テントから持ち出し、宇宙の下へ準備しました。そう、宇宙の下です。そのように表現したい程、美しい夜空です。今は、もう春。しかし、夜の9時ですと、冬の星が威張っています。そう、オリオンと、シリウスです。西の空に傾きかけていますが、やはり星座の王様、威風堂々、星空で光っています。寝袋は、オリオンに沿うよう、頭を北東に向けて敷きました。全くの素晴らしい夜空を、独り占めです。若干、頭を北側に振れば、北斗七星が、見えました。これも、分かり易いです。カシオペア座は、既にサバクの中に、降りたのか、見えません。流れ星も、シューっと流れます。結構長く光っているのに、仲々、願いは、完全に言えないものです。風がさわさわと、吹いています。頬に当たると冷たい程です。寝袋の裾を、頬まで引き上げました。それでも、星を見ていたいのです。流れ星、二つ、三つ。四つ、五つ。うとうとしつつ、いつの間にか眠ってしまいました。寒いなー!と、目が覚めてみると、すごい風です。ビュービュー、と言う音が聞こえます。砂も、ぶっ飛んで来ます。寝袋の上に掛けた毛布が、風で飛ばされていました。寒いはずです。空は、相変わらず、満天の星です。オリオンの左足は、サバクの山に、埋もれていました。あー、そんなに時間は経っていないのだなー、と気が付きました。毛布を、寝袋の上に掛けなおしました。すっぽり包まれば、寒くはありません。このまま、星空の下で寝られる。そう思いましたが、無理です。砂が、びしびし、頬に当たります。髪の毛の中は、砂だらけ。毛布も、飛ばされてしまいます。無理です。外に寝るのは。オリオンの剣が、サバクに埋もれる頃まで、我慢しましたが、テントの中に、非難する事にしました。オマルも起き出して来て、ラクダを僕のテントの東側(風下)に移動させていました。ラクダにさえきつい、風なのです。サンドストームです。テントに入っても、風の音は強く、怖いほどです。移動の疲れ? ラクダに乗った疲れ? 風はビュービューと騒いでいるのに、又、深い睡魔に襲われ、夢の中へ陥りました。ふと、目が覚めると、クシャクシャ、ピュルルルールーとか、そんな音が聞こえます。なんじゃいなー?ラクダが何かやっている音です。いつの間に風はすっかり治まり、無音に近い状況です。外に出てみました。シリウスも、もう見えず、さそり座が、姿を現ていました。今夜も、月は全くなく、星明りだけの空です。眠いのですが、そして、若干寒いのですが、しばし、夜空を見上げていました。それから、朝起きるまで、ラクダの、クシャクシャ、と言う音に、付き合っていたのです。牛のように反芻するんでしょうか?ラクダは、寝ないのかなー?気が付いている限り、ずっーっと、その音がしていました。
2008.04.27
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シャック、シャッ、シャック、シャッ。オマルの足音を聞きながら、サハラ砂漠を歩いて、1時間半。サバクの風景は変りません。さらに、歩いて行きますと、夕焼け模様になって来ました。時計を見ると、もう、18時38分です。ラクダの乗り心地って、どんなものか、分かるでしょうか?足を乗せるところもないし、結構、不安定です。手でつかまる場所も、低い位置にあり、両手で持つと背筋を伸ばせません。ラクダさん、登り坂は、強いようで、安定した歩き方なのですが、下り坂は、ガクッ、ガクッと、降りるので、最も緊張します。尻が痛いです。尻というか、「蟻の門渡り」って言う場所でしょうか?そこが、モロにラクダの背中に当たり続けて、痛くなって来ます。おまけに、バックパック背負ったまま、ラクダに乗ってますから、その重みまで、肩から、「蟻の門渡り」に重量がかかるのです。男の場合、そこには、大量にあそこへ血液を送る為の道があります。それを圧迫されるのですから、痛いです。しかし、女性の場合は、そこには何にもないし、凹んでいるのだから、痛くもないはず。ラクダに乗るのは、男より、女性に適しているのかも知れませんねー。などと、考えていたら、キャンプ地に着きました。メルズーガを出発して、1時間と50分でした。すぐに、ミントティを振る舞ってくれます。料理してる、オマルさんです。ユセフさん、40歳。アリさん、70歳。二人とも、ここに泊まっているようです。一緒にサバクキャンプする予定であった、モロッコ人4人は、結局、来ませんでした。この3人と僕だけの、小さなキャンプです。
2008.04.26
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ホテルに行ったものの、砂漠1泊ツアーは、午後4時出発とのこと。ホテルに泊まらず、早速申し込んで、砂漠へ出かけることにしました。1人で行くなら、400DH。2名以上参加なら、一人300DH。この日、モロッコ人4名が行くと言うので、300DHで参加です。しかし、午後4時を過ぎても、モロッコ人は、やって来ません。午後5時になっても、まだ来ないし、キャンプ地まで、2時間かかると言うので、痺れを切らして、オーナーに文句。しぶしぶ、オーナーは案内人を紹介してくれました。オマールさん、34歳です。ようやく出発です。15分も歩くと、もう、そこは幻想の世界。サバク、サバク、サバク、サバク、サバク・・・砂 砂 砂 砂 砂 砂 ・・・ ほらほら、砂ばっかし!オマルさんが、ラクダを引っ張って歩きます。驚くことに、無風。従って、無音。全く音がありません。どこの国へ行っても、あり得ない現象です。オマルさんの、足音が、シャック、シャッ、シャック、シャッ、と聞こえるだけ。ラクダの足音は聞こえません。この地上に、オマルさんと、ラクダと、アジアの星一番だけです。地球を独り占め! って感じです!お! ラクダに乗ってる姿が見えます。もう、夕方です。影が良く見えるのですよ。アジアの星一番さん、ラクダに乗って敬礼! してます?いえ、写真撮ってるので、敬礼しているように見えるだけです。サハラ砂漠を歩く、ラクダと、アジアの星一番さんです。サングラスしているので、顔がおかしいですねー?トッコトッコと、サバクを歩いて、1時間。キャンプサイトは、まだまだ、先であります。
2008.04.23
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サハラ砂漠の麓、メルズーガには、最近も増え続けると言う、宿が結構多くあります。ティネリールで紹介して貰った、ロアジスは、感じが良くなかったので、行ったものの、すぐに引き返し、ロンドン留学中の学生さんに教えて貰った、サハラホテルに行きました。プールもある、ホテルです。ホテルの裏は、もう、すぐ砂漠です。この空の青さ! 感動ですねー!ムスリムの国らしい食堂です。ミントティは、挨拶代わりなのか、すぐに出て来ます。昼も1時を廻っており、お腹も空いていたので、昼食を頼みました。野菜と、卵焼きと、ポテトです。これにパンがついて、40DH(550円)。これが、部屋です。全く話は異なりますが、このメルズーガにて、日本人女性が働いているホテルがあります。WILDERNESS LODGE と言います。ひょんな事で、30分ほど、お話させて貰いました。何でも、パリに住んでいて、時々、このメルズーガに来ていたらしいですが、気に行って、移り住んだと聞きました。本名は知りませんが、「のりこさん」、と皆さんから呼ばれている、と言ってました。部屋も見せて貰いましたが、僕のいるサハラホテルより、部屋は広いです。食事込みの値段とか、砂漠ツアーとか、ホテルにより若干異なるようですが、大体、どこも同じようです。せっかくの海外旅行なので、地元の人たちだけと、過ごしたいと思われる方には、お奨め出来ませんが、安心して旅をしたいって方は、メルフードからの車の手配もしてくれるし、よろしいかも知れません。ホテル名のMIXIもやっていると言ってましたから、興味ある方は、覗いて見て下さい。この項、WILDERNESS LODGEの、コマーシャルでした。(宣伝費は、全く貰ってませんが。)
2008.04.22
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最高の時を過ごした、ティネリールを後にし、カスバ街道を北へ。エルフードを目指します。ここも、ワルザザードから、ティネリールの道と同様、土漠とオアシスの繰り返しです。上の写真が、土漠。下の写真が、オアシスの村です。エルフードに着きました。ここから、サハラ砂漠まで、50キロほどあるのですが、何故か、エルフードから砂漠の麓、メルズーガまでの、国営バスも、民営バスもありません。止む無く、150DH(約2100円)も支払って、タクシーに乗りました。リッサニと言う街を通り抜けます。土漠の向こうに、ピンクがかった山が見えます。あれが、サハラ砂漠の西端のようです。さらに近づいて見ましょう。見えて来ました! サハラ砂漠です!サハラ砂漠と言えば、砂だらけの砂漠かとばかり、思い込んでいましたが、その直前まで、土漠なのですねー。何だか、サハラ砂漠と言うより、茶色っぽい小山見たいですよ。これで、ようやく、サラサラの砂漠にやって来たことになります。
2008.04.21
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モロッコでの食事ですが、まだ5日間しか滞在していませんが、食事は、クスクス、タジン、ブロシェット、この程度しかありません。これに、アラビアパンを食べるのです。モロッコ風サラダとか、ハリラと言ったスープもありますが、どこでも、同じで、少々飽きて来ました。それで、ティネリールでは、別物を食べて見ようと思いました。朝食です。卵焼きとパンとお茶です。まぁ、ご飯に海苔と卵程度の、日本の朝食みたいなものでしょう。食堂で、食べてる人がいたので、同じのを頼んだのです。全部で、11DH(150円)でした。そして、昼食。トドラ峡谷のホテルのレストランでメニューを見たら、90DHで、やはり、クスクス、タジン、などのセット料理のみ。価格も、街の3倍はするので、食べるのを諦めました。持参のクッキー食べて、水飲んで、ティネリールまで帰ろうと思いましたが、チャリ漕いで、結構な運動量なので、腹が減ります。途中、ベルベル人が、真っ青な空を見上げていたので、チャリを止めて、挨拶すると、そこは、お土産屋と、食堂も兼ねていました。何が作れるか? って聞くと、卵、20DH、との答え。朝も、卵だったけど、まぁ、いっか、と注文しました。これに、パンにコーラで、26DH(360円)でした。コーラ1本が、6DH(85円)ですから、安くはないです。朝のと違って、野菜も入ってて、美味かったですよ。そして、夕食。クスクス、タジン、ブロシェット以外の食べ物、何かないかなー?と、プラプラ歩いていたら、スパゲッティがあるって言う食堂に入りました。これに、パンとミントティで、30DH(420円)です。まぁ、味は、お奨め出来ませんが、たまには、食べたいです。外で、客引きしているウェイターさんです。そう言えば、人物写真は、今回で始めてです。イエメンなど、撮ってくれ、撮ってくれ、とうるさいほどでしたが、モロッコ人は、全く言いませんね。本日の、貧乏バックパッカー、粗末な食事の紹介でした。
2008.04.20
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カスバ街道の一つのオアシスである、ティネリール。小さな、街です。村落と言うべきか迷うほどです。これが、メイン道路です。そして、ここが街の中心の広場で、色んな安い物が売られています。トドラ峡谷がなかったら、外国人は立ち寄らないオアシスでしょう。しかし、何とも良いなー、と思える佇まいの街なのです。日本人二人と会いました。二人とも男の学生さん。1人は、東京からで、モロッコへ卒業旅行。1人は、ロンドンへ1年間の交換留学中で、スペインとモロッコへ。二人とも、本格的なバックパッカーの旅は、初めてだそうです。しかし、しっかりした、お二人でありました。まだ、21歳、22歳ですぞ!あっしにも、そんな時期があったのかいな? と言うほど、思い出すのに苦労するほどでありまする。二人とも、スペインからジブラルタル海峡を渡って、タンジェへ入ったとのことで、1人は、時計回り、もう1人は、僕と同じ、反時計廻りです。メルズーガ砂漠行きの、貴重な情報も教えて貰いました。日本の将来を担う、若き青年。頑張って欲しいものです。さて、モロッコのインタネーット状況ですが、カサブランカでは、ネット屋を探す暇がなかったので、分かりませんでした。が、ここは、進んでいます。かなり早いです。サウジでは、遅くて、遅くて、イライラしますが、ここは、画面が、シュッっと変ります。気持ちいいほどです。日本語が使えないネット屋もありますが、探せば、あるようです。何しろ、トドラ峡谷の、誰も使わんだろうってな、田舎の村落にもネット屋はありましたから。しかも、1時間、7DH。100円程度。高くても、100数十円です。便利です。
2008.04.19
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本日、一通のメールを受信しました。とても、悲しく、切ない、やり切れない、映画のラストシーンのようです。「僕の彼女が天国へ旅立ちました。」 と言うメールです。「約7年間の闘病生活の末、息を引き取りました。」 と言う内容です。「付き合って9年の二人の時間も終わりました。」 と言うメールです。2年ほど前、「ミャンマー一人旅」の途中、出会って、幾日か道中を共にした方です。もうその時に、彼女は助からないと言ってました。だから、旅行にも出られなくて、こんな風に旅に出るのは、初めてです。と言ってました。たった、数日間を共に過ごしただけでしたが、その後も、時々、メールの交換程度のお付き合いは、していました。旅先で親身に話を聞いてくれたアジアの星一番さんに、二人で会えたらと思っていましたが、叶わず残念です。とメールは、結ばれています。何とも、切ないですよね。何とも、やるせないですよね。気持ちは痛いほど分かると、自分では思うけど、本人の痛み、悲しみ、空しさ、虚ろさ、どんな言葉でも、言い知れないでしょう。何と、返信したら良いのか・・・
2008.04.18
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2008年3月31日(月)本日は、丸々1日、ティネリールに滞在予定。チャリを1日、チャーターしました。 ん? なんだか、大層な言い方ですな。自転車借りるのに、チャーターとは言わないでしょうよ。まず銀行を目指しました。既に、200US$を換金していますが、5日目にして、残りがわずかになってしまっているのです。1日、4000円相当、使っています。バックパッカーとしては、少し使いすぎでしょうか? 節約せねば・・・。さて、銀行です。多くの人が並んでいます。整然と並んでいるのを見ると、どこやらの国と違うなー、と思います。係員の手続きも、ゆったりゆったりです。でも、だれーも、文句言わず。じーっと待っています。僕はイライラして来ました。20分ほど、待っても、まだ2人しか終わっていないし、僕の前に、6人も待っているのです。結局、別の両替屋を探しに行き、見つからず、別の銀行へ行って、両替しました。ホテルを9時に出発したのに、朝食食べて、明日のバスのチケット買って、両替したら、もう11時です。さてさて、ようやく、トドラ峡谷へ出発です。こんなトドラ川を遡って、チャリを飛ばします。川沿いには、美しい緑が豊かです。峠越えです。この坂は、きつかったです。チャリを漕いで登れず、押して登りました。途中、白人のご夫妻に抜かれました。あいつらは、強い、元気だ。こんな道路、自転車漕いで、登れますか?峠の頂上から見た、トドラ川沿いの村落です。水が如何に貴重か、この景色を見れば、明々白々、きっちり、かっきり、明らかですね。水は大切にしましょう! 日本の皆さん!宇宙人が、降りて来そうな、岩場を見つけましたので、パチリ。こんな光景、確か、トルコのカッパドキアでも見ましたぞ?そう言えば、何かの映画、何だったかなー? 未知との遭遇だったか?カッパドキアと、モロッコで撮ったとか、聞いたような?川を遡っているので、ずっと登り坂ですよね? 行くときは、それに、気付いていませんでした。車で走る時もそうですが、走っている時って、意外と、多少の登り坂には、気付かなくないですか?トップで走っているのに、スピードが落ちて来て、登り坂に気付くとか?帰りは、チャリを漕がなくても、走るので、何だー、下り坂かよ!と気付いたのです。え? そんなの気がつかないって、頭が悪い? そうなのかなー?トドラ川を渡ります。右端に見えるのが、愛車チャリ、「トドラ星一番号」です。真中で、澄まして写真に納まっているのが、アジアの星一番さんです。サングラスかけていますねー。この辺りで、既に1時間半を経過。いい加減疲れて来ております。大型観光バスは、狭い道路を、ビュンビュン通るし、車も多いです。その度に、舗装の道路から、荒れた路側帯にはみ出なければ行けないので、さらに疲れを増します。しかし、「車で来る奴らには、気に行った所で、ゆったり歩いたり、パノラマを心行くまで、見つめたり、出来んだろ、へっへっへぇーのへー!」 と、自分を慰めるのでありました。そして、ティネリールを出発して、調度、2時間。岸壁がそそり立つ、トドラ峡谷に着きました。この岩に挟まれた所が、そうですねー? 500m程度続くでしょうか?ここが、峡谷の出口です。ここは、ここで、素晴らしいのですが、この峡谷に来るまでの、トドラ川沿いにある、村落と、緑と、色んな形の山肌、そして、土漠などが、より、心に残ります。そそり立つ、岩と岩の間は、ヨルダンのペトラを見たら、大したこと、ないじゃん! と思ってしまいます。ベルベル人が、彼らの伝統的な織物を売ってました。行きは、2時間もかかったのに、帰りは、たったの1時間。途中、2箇所、チャリを降りて、押さねばならない峠はありましたが、気持ち良かったです。ここは、自転車で行くのが、お奨めです。最高! トドラ峡谷!
2008.04.17
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ワルザザードで、再び、同じバスに乗りました。日本人女性達に、「あら、又、来たわ、この日本人」、と言うような目つきで、見られました。ああ、恥ずかしい。バスを降りて、乗るまで、わずか10分でしたから、結構、手際よくチケット買えたなー、などと、僕は、1人で感心していたのでありました。僕の今度の席は、37番です。行って、見ると、可愛い女の子が、既に座っています。「そこどけー! わしの席じゃ!」などと言う気はおこりません。可愛らしい女の子なのです。一番、後ろの席が空いていたので、そこへ座りました。この子ですよー! 日本人の僕が気になるのか、時々、後ろを振り返り、ニコっと微笑みます。見えませんか?僕はと言えば、ベロを出して、ベロベ~ロとか、やったり、顔面を両手で外側へ引っ張って見たり、笑わせるべく、努力をしたのです。何の為に? 15年後の為と言うことにしておきましょう。(何じゃそれ?)さぁ、カスバ街道を突っ走ります。しかし、何にもないがな?いやいや、ここはカスバ街道です。土漠ばっかりと思いきや、こんなオアシスが出て来ます。この繰り返しです。かなり、オアシスは多いですね。土漠 →オアシス →土漠 →オアシス →土漠 →オアシスこんな感じです。ナイル川の両岸にしか、緑がないエジプトとは違います。この道路が出来る前は、ラクダに乗った、キャラバンが行き来したそうです。それも、良いなー、と思いますが、昔は帰って来ません。ティネリールに向う、カスバ街道は、左手にずっとアトラス山脈が見えるのです。仲々の風景ですぞ。ワルザザードで、泊まる予定を変更したので、お昼食べずじまいでした。腹減ったなー、パンも買ってないし、今日は、昼飯抜きかいな・・・、と思っていたら、こんな所にバスは泊まりました。カフェレストラン 東京って、書いてありますよ!おー! やった!こんなカスバ街道で、日本食が食べられるとは、かぁー、いいもんじゃ!と中に入ってみると、東京とは似ても似つかぬ、普通の地元のお店。とんがり帽子の、タジンの煮込みが、沢山あるだけでした。日本女性グループは、アラビア語が話せるようで、テキパキと、タジンを注文していました。僕はと言えば、1から10までしか、アラビア語が出来ないので、それも時々、4と7を忘れてしまっているので、皆が一通り注文して、誰もいなくなっていから、注文しました。指さして、これくれ! って言うだけです。だから、羊なのか、チキンなのかも、分かりません。腹へっているし、何でも良かったのですけどね。帰りに、トイレに行きましたら、一つしかなく、中国のトイレ模様です。日本人女性、そこでするのは、嫌らしく、木の陰へ向いました。きっと、そこで、用を足したのでしょう。因みに、僕は覗いてなんかいませんです。全くそう言う姿に興味薄いです。(本当ですよ)さすが、バックパッカー、若い女性とは言え、逞しいです。さてさて、話が飛びました。この東京レストランから、走ること、2時間。16時に、ティネリールに到着しました。日本人女性グループも降りました。そしたら、アラビア語ペラペラの、その女性が、一緒にトドラ渓谷へ行きませんか? と声を掛けて来ました。「はい! 行きます!」、と、声が出そうになりました。しかし、若い女性の誘いに対する、この素早い反射神経が、時々、困難を強いるって言う、事態に何度も直面しております。昨日だって、欧州系の高校生美尻集団に、付いて言ってしまって、マラケシュでは、ずいぶん遠廻りをし、無駄な時間を過ごしてしまったのでありました。僕は、ここに2泊して、トドラ渓谷へは、自転車で行くつもりだったのです。その女性グループは、タクシーか何かで、トドラ渓谷へ、行って、そして、ここに帰り、さらに、本日、エル・ラシディアまで行くと言うのです。そりゃーきついっすよ。それに、エル・ラシディア行きのバスは、もうありません。考えた末、悩んだ末、やはり、一人旅を続行する事に致しました。そして、彼女に対して、力なく、首を横に振ったのであります。お姉さん達、そんなに急いで、どこ行くの!もっと、ゆっくり廻ろうよ! って言おうとしたら、もうタクシーの運ちゃんと、値段交渉してました。そうです、僕は既に無視されています。単なる割り勘要員として声を掛けられたのでした。 ガックリ。今夜と、明日の、お泊りホテルです。1泊77DHと言ってましたが、2泊するからマケテよ! って言ったら、60DHにしてくれました。1泊850円です、安いですねー。机もあるし、洗面もあるし、トイレ、シャワーは、共同ですが、まぁまぁ、使い易いです。「ホテル トドラ」って言いまして、CTMの着いた、通りにあります。しかし、このホテルのせい:80%の確立で、大変な困難な目に遭遇するとは、この時は、まさかのま、とも考えていませんでした。
2008.04.16
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