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第32話

赤水豊隆(セキスイホウリュウ)は西炎瑲玹(セイエンソウゲン)がなぜ禺彊(グウキョウ)を何度も見逃したのか分からなかった。
しかし瑲玹はもう襲われることはないと自信を見せる。
「小夭(ショウヨウ)の命を狙った者には容赦ないのに、己を狙う刺客には寛容だな」
「私が苦難を受け入れるのは小夭に苦痛も屈辱も味わせないためだ」
「ふっ、自分は後回しか、皆が忠義を尽くすわけだ」
すると豊隆は自分もその1人だと言った。

一方、海底で療養する小夭は相柳(ソウリュウ)のおかげでゆっくりと快方に向かっていた。

元神の小夭にはその意味が分からなかったが、相柳は退屈そうな小夭のため海上へ出てくれる。
小夭の治療のため満月の時は海底から離れられず、相柳も満月を見るのは久しぶりだった。
しかし急に暗雲がたれこめ、穏やかだった海が荒れて巨大な渦ができる。
相柳は眠っている小夭に怖くないと声をかけ、珍しく自分の過去を明かした。
あれはまだ辰栄(シンエイ)国が滅ぶ前のこと。
相柳は闘技場から逃げ出し、渦の中で死にかけたところを大将軍の義父に救われた。
義父は相柳に傷を癒す術を教え、辰栄王に治療させるとまで言ってくれたが、相柳は逃げてしまう。
極北の地へたどり着いた相柳は思いがけず雪に救われ、結局、100年以上も隠れ住んだ。
雪に気づきを得た相柳は義父から学んだ功法から修練法を編み出し、そのため霊力を使う時には雪が降るのだという。
実は白い衣を好むのも保身の術のなごりだった。

相柳の話はそこで終わった。

西炎との戦の末に辰栄は滅び、洪江(コウコウ)も凋落、恐らく相柳は恩返しのため養子になったのだ。
奇しくも軍師となり、従兄と敵同士人なってしまった相柳。
その時、肉体の小夭が悲しそうな表情になり、相柳は困惑した。
「どうした?…幻術でも見るか?」
そこで相柳は雪を降らせた。

すると肉体の小夭の顔も穏やかになり、それを見た相柳は安心した。



小夭が襲撃されてから37年が経った。
今や辰栄山にも見事な鳳凰樹林が広がり、瑲玹は母から受け取った若木(ジャクボク)花を眺めながら小夭の帰りを今か今かと待っている。
…いつか愛する人にこの若木花を贈りなさい…
しかし一方で紫金(シキン)宮の資金繰りは苦しくなっていた。
塗山璟(トザンケイ)が倒れて以来、帳簿の管理が塗山篌(トザンコウ)に代わり、銭をごまかすことができない。
実はその頃、辰栄府では塗山璟が死の淵をさまよっていた。

塗山璟はいよいよ薬もまともに飲めなくなった。
静夜(セイヤ)は王姫が回復すれば主人も助かるはずだと期待したが、王姫の消息が分からぬまま、ついに命灯(メイトウ)の炎が消えかかり、揺れ始める。
赤水豊隆は中原の神医を連れて駆けつけたが、あと数日の命だと宣告された。

鳳凰樹が大きく育ち、瑲玹は朝雲峰と同じ鞦韆(シュウセン)を掛けた。
その時、毛球(ケダマ)の鳴き声が響き渡り、相柳が来たことに気づく。
相柳は峰で瑲玹を待っていた。
「私の条件をのめば小夭を帰らせる」
相柳は辰栄山の峰のひとつを要求した。
瑲玹が西炎王となった暁には放浪の末に亡くなった反乱軍の兵士を故郷で眠らせ、その峰を禁地にして欲しいという。
「約束しよう、だが私が王になれずとも、そのことで小夭を煩わせるな」
「いいだろう」
その頃、小夭は暇を持て余していた。
この十数年、瑲玹は何かと贈り物をくれたが、塗山璟からはなしのつぶて。
もしや防風意映(ボウフウイエイ)を娶ったのかもしれない。
疑心暗鬼になる小夭だったが、貝殻に戻ってきた相柳から耳を疑うような話を聞いた。
実は自分が昏睡してから塗山璟も眠ったまま意識が戻らず、命は残りわずかだという。
驚いた小夭は塗山璟を助けたい一心で懸命に相柳に語りかけたが、突然、自分の身体に引き戻された。

元神が肉体へ戻り、小夭はついに目を覚ました。
しかし相柳の姿はなく、後ろ髪を引かれる思いで毛球の背中に乗る。
相柳は密かに小夭が無事に飛び立つ様子を見守ると、誰もいなくなった貝殻に戻った。
すると寝台の上に小夭がこぼした涙がある。
相柳は小夭が名残惜しんでいたことに気づき、思わず涙を集めて大事そうに握りしめた。

紫月宮に小夭が戻ると知らせが届いた。
喜んだ瑲玹は小夭の寝殿を掃除させ、調度品を全て対にするよう命じる。
しかし小夭が真っ先に向かったのは辰栄府だった。

辰栄馨悦(ケイエツ)は小夭が訪ねてきたと聞いて慌てて正門に駆けつけた。
「小夭!本当にあなたなのね!」
馨悦は思わず小夭に抱きついて涙したが、小夭がまだ瑲玹に会っていないと聞いて困惑する。
「璟が重病だと聞いたわ、青丘へ見舞いに行きたいの、一緒に来てくれる?」
「先に辰栄府に来て正解よ、璟哥哥はここにいるの」

馨悦は小夭を木樨(モクセイ)園に案内した。
しかし塗山璟の命灯が燃え尽きたと知り、馨悦は慌てて兄を探しに向かう。
悲しみに暮れていた静夜だったが、王姫の姿に気づき、一縷の望みに懸けた。
「少主は悲嘆のあまり気が散じ、五臓を傷つけて自ら死を選ばれました
 王姫!どうかお助けください!」
「死を選んだ?一体、何があったの?生きる気力を失うなんて…」
「お分かりにならないのですか?!
 梅林で少主は息絶えた王姫を抱き、燃え盛る陣の中に座っておいででした
 陣法に精通する少主なら怪我をしていなければ逃げられないはずありません
 自ら逃げなかったのです!猛火に焼かれても王姫と離れまいとしたのです!
 そのお気持ちが分からぬのですか?!少主は死んでも王姫と共にと願われたのです!」

瑲玹は小夭の寝殿の出来栄えに満足していた。
しかし鈞亦(キンエキ)が駆けつけ、王姫が辰栄府にいると知る。
「無事に戻ったのならいい」
憮然としながらもあからさまに嫉妬できない瑲玹。
一方、小夭は塗山璟に自分の血を飲ませるため、ひとまず胡珍(コチン)と静夜を下げていた。
もはや薬も受け付けない塗山璟だったが、小夭は自分の血を入れた薬湯を口移しで飲ませてみる。
その時、命灯に小さな炎が戻った。
「早く目を覚まして」
小夭は塗山璟の胸に顔をうずめた。
すると主人が息を吹き返したことで式神が現れ、仲睦まじい2人の様子を見て照れてしまう。



辰栄府に瑲玹が到着した。
静夜は主人の寝殿に王孫が入ることをためらったが、瑲玹は無視して入ってしまう。
すると看病で疲れた小夭が寝台にもたれて居眠りしていた。
「…小夭」

つづく


( ๑≧ꇴ≦)さすが17!あざと過ぎるw
これは夢見る乙女の心を鷲づかみだわ~





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最終更新日  2024.10.02 11:47:37
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