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「見てごらん、渉。怪奇月食が始まる」 言って夕凪が指差す先には、少しずつ欠けて行く真紅の月が浮かんでいる。「そうか、今夜は月食だったんだ」 二人して瞳を輝かせ、暫し自然の神秘に見とれる。いつもとは違うガーネット色した満月は、徐々にその姿を弓なりへと変えて行き、一度闇に飲まれた後、再び元の大きさへと戻って行った。「渉、君と一緒に見られて本当に良かったよ」笑顔を向けて夕凪が言う。群青の天に浮かんだ満月は、もうすっかり普段と同じ淡い金の輝きを取り戻し、二人のことを見下ろしている。「あぁ、僕もだ。また次の月食も一緒に見よう。もちろん、この海で」 そう言って渉が夕凪の方へと向き直ると、彼は小さく首を横に振って静かに言葉を紡いだ。「これが最後なんだよ。僕はもう、行かないとならないから」 一瞬、彼が何を伝えたいのかその真意が理解できず、渉は息を呑んで彼を見つめた。夕凪は先程と同じ柔和な笑顔のまま、静かな眼差しを向けている。「行く……って、どこへ!?」ようやく渉がそう問い返すと、僅かな逡巡の後彼は「とても、遠いところだよ。だから……もう、会うことはできない」ついに訪れてしまった。この日が。自分はずっと、この瞬間を恐れていたのかもしれない。彼が、夕凪が自分の前からいなくなる、その時が来るのではないかと、心の片隅でいつだって怯えていたのだ。渉はようやく今更ながら、その事実に気が付いた。どうして、どうして。せっかく親友になれたのに、何故今ここで離れなければならない? 渉は一度大きく首を左右に振って、語気を荒げた。「なんだよ、それ! 冗談はやめてくれよ。君にあげるために、絵だって完成させたんだ。明日渡そうと思って、僕は!」咄嗟に手を伸ばし、夕凪の肩を掴む。触れた部位から伝わるひんやりとした感触に、渉の指先がピクリと跳ねる。確かに夕凪は華奢だけれど、こんなにも細かっただろうか。潮風ですっかり冷え切ってしまったのか、彼の肩からは温もり一つ伝わってはこなかった。「ありがとう。見せてもらったよ。海だけじゃなく、僕のことも描いてくれたんだね。とても良く描けてた。君は、きっと立派な画家になれるよ」言い終わると、夕凪は穏やかに微笑んで渉の頬に片手で触れた。柔らかな掌は冷たいのに心地良く、渉の心を安堵させる。そうだ。夕凪が遠くへ行くなんてこと、あるはずがない。だって、今この頬に触れているのは紛れもない、彼自身の掌なのだから。信じない。信じたくない。「なぁ、嘘だろ? 遠くへ行くなんてさ。どうせまた、僕のことからかってるだけなんだろ?」その問いに答えることはせず、夕凪はゆっくりと首を横に振った。茶の瞳が微かに揺らぐ。やはり彼の話したことは、嘘ではなかったのだ。「どう言うことだよ! 夕凪! 僕は君と同じ夢を追いかけて、一緒に大人になるって、ずっとそう思ってたのに! 何で急にそんなこと言い出すんだよ!」語気を荒げて彼へと詰め寄る。頬に触れている彼の掌の感触が徐々に薄れて行くのに頭では気づいていながらも、なんとかしてそれを否定したくて、渉は何度も何度も同じ問いを繰り返した。「ごめん、渉……。僕は、君と一緒に大人になることはできないんだ」そう言った夕凪の表情は、笑顔だけれどとても哀しげで、今夜が本当に最後であることを改めて渉へと感じさせた。 徐々に透き通って行く夕凪の身体の周囲には、銀の光の粒子が無数にきらめいている。夕凪は真剣な瞳で言葉を続けた。「一緒に大人になることはできないけど、僕は見てるから。君が大人になって、夢を叶えるその瞬間も、ちゃんと見てるから……。僕は、この地球の一部になる。そして大気となって、渉、君を包むよ……」夕凪の瞳が揺らぐ。「夕凪!」頬に触れていた夕凪の手が遠ざかり、咄嗟にその手を取ろうと渉が手を伸ばすも、今や実体のない彼に触れることは叶わず、その手は虚しく空を切った。 銀のベールの向こうで夕凪が微笑む。「ありがとう」もう夕凪の声が渉に届くことはなかったが、彼の唇は最後にそう動いたようだった。 やがて彼を包んでいた銀の光は、一際明るさを増し、弾けるようにして背後で揺らめく群青の海と溶け合い、水晶の粒を散らして夜気と同化した。 翌朝、夕凪に渡すはずだった絵を縁側でぼんやりと眺めていた渉に、アイロン掛けをしていた母の真紀子がこんなことを離し始めた。「昨夜ね、渉と同い年の男の子が亡くなったの。小さい頃から身体が弱くて、空気の良いこの街に引っ越してきたらしいんだけど、八月になって病気が悪化しちゃってね。夕凪君って言うんだけど、渉と同じで、絵を描くのが大好きな子だったわ」悲しげな表情で話し終えると、真紀子は渉の手にしていた絵に気づくことなく、和室を出て行った。 絵の中の少年が渉に優しく微笑みかける。木々を揺らす風に門の方へと視線を向けるけれど、灰白色の道と街路灯の鉄柱が朝陽を反射する他に、待ち人を見つけることはできなかった。視界に映る眩しい朝の景色が、ゆらゆらと乱反射して霞んで行く。いつのまにか、もうほとんど蝉の声もしなくなっていた。秋を間近に控えた風が渉の前髪をさらい、穏やかに通り過ぎた。~了~ もしもお話をお気に召して頂けたなら、下の拍手をポチっと押してやってくださいませ☆
2007/09/05
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夕方、相変わらずの大雨の中帰宅した渉を、心配顔の母が玄関で出迎えた頃には、もうすっかり陽も暮れてしまっていた。「随分と遅かったのね。裏の路地で土砂崩れがあったから、まさか渉が巻き込まれてるんじゃないかって、お母さんとっても心配してたのよ」 和室の箪笥の中からバスタオルを取り出して渉へと手渡しながら、でも良かったわ無事で、とようやく安堵の笑みを浮かべて母 真紀子が言った。 母は近所の総合病院に勤務する看護婦で、父が他界してからは女手一つで渉を育ててくれていた。今日が日勤のため、早めに帰宅していた彼女は、帰宅するなりテレビで土砂崩れのニュースを目にし、それからは息子の安否が気がかりでならなかったのだと言う。 土砂崩れの起きた時刻は十三時頃。それはちょうど渉達が美術館へと向かっていた頃の時間帯だった。もしもあの時、普段通りに近道を通っていたら。きっと渉も夕凪も、ここには存在していなかったかもしれないのだ。そう考えただけで、身体中の皮膚が泡立つような恐怖感に襲われ、渉は顔をこわばらせた。 翌日から渉は暇を見つけては海へ行き、夕凪に渡すための絵を描くことに励んだ。木陰で絵を描いていると、打ち寄せる波の音や蝉達の声が一つの音楽のように耳に響き、とても心地良い気分になった。 絵が完成に近づくと、それを受け取った時、夕凪がどのような顔をするかが楽しみで、自然と笑顔が零れた。「できた!」 八月末。ようやくそれは完成した。碧海を背に佇む少年は、栗色の髪を風になびかせ穏やかに微笑む。水面には銀の陽光がきらめき、空の淡い水色と海の鮮やかな紺碧が少年の姿を余計に清廉で美しく浮かび上がらせる。 渉自身全力で取り組んだので、今回の絵には意外と自信があった。明日これを彼に渡すんだ。そう考えているところへ、母から庭の水遣りを頼まれ、渉は二階の自室から降りて玄関の外へ出た。水遣りをしている途中も、明日夕凪に描いたばかりの絵を渡す瞬間が楽しみで、どうにも落ち着かずそわそわした気持ちだった。続く もしもお話をお気に召して頂けたなら、下の拍手をポチっと押してやってくださいませ☆
2007/09/05
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いつもならば美術館へは最短距離で辿り着ける裏の細い路地を通るのだが、この日はどうしても大通りを歩きたいからと言う夕凪に従い、あえて遠回りをした。 大通りは、買い物帰りの家族連れや老婦人達が行きかっていて、渉と夕凪も色とりどりの傘とすれ違った。「どうして急に、大通りを歩きたいだなんて言ったんだ?」 ショーウィンドウに映る傘の花を横目で追いながら渉が尋ねると「別に。何となくだよ」と何でもないように夕凪は答えた。そして暫く歩んだ辺りで「アイスキャンディーだ。食べて行かないか?」そんな風に言う夕凪の視線の先には、アイスキャンディーの看板を軒先に掲げた小さな商店がある。渉が頷くのを確認すると、夕凪は足早に商店の方へと歩んで行き、硝子戸を開けて店内へと入る。一足遅れて渉も足を踏み入れた。狭い店内は僅かに蒸し暑く、古ぼけた木製の棚の上ではところどころ錆びかけた扇風機が、しきりに首を動かしていた。その生温い風が何度も二人の頬を撫でては通り過ぎる中、店の奥から出てきた小柄な老婆が「いらっしゃい、どれにするかね?」と愛想良く尋ねてきた。「じゃぁ僕はソーダで。渉は?」「僕はメロンにしようかな」二人の注文を聞き終えると、老婆は手早く冷凍陳列棚からアイスキャンディーを取り出し、水色の方を夕凪、黄緑の方を渉へと手渡してくれた。二人は支払いを済ませて老婆に礼を言った後、一旦店の外へ出てから、軒下でアイスをかじった。雨は宣告よりも強さを増し、低く垂れ込めた灰色の雲が上空を急速に流れて行く。軒を叩く雨音が、何となく寂しげだった。「アイス食べるのなんて、もう随分と久しぶりだ」そう瞳を細めて言う夕凪の隣でメロンアイスをかじりながら「久しぶりってどれくらい?」と遊び半分で渉が尋ねる。すると彼は、そうだなと少し考えた後、数年ぶりかなと答えて渉と視線を合わせた。 ゆっくりと水色が減って行き、やがて薄茶色の平たい棒だけが現れると、それに書いてあった文字を見て夕凪が嬉しそうに口元を綻ばせた。「あたりだ。もう一本もらえる。渉にあげるよ。何がいい?」「えっ? すごいな、あたったんだ? 僕なんて思い切りはずれなのに」 夕凪の手の中の棒をしげしげと眺めながら渉が言う。「せっかくあたったんだから、夕凪が食べるといいよ。アイスキャンディー食べるのなんて数年ぶりなんだろ?」くすっと笑いを零しつつ言う渉へと夕凪は「僕はもういいんだ。だから、もらってくれないか?」そう返して商店の方へと視線を向けた。そしてもう一度「本当にいいの?」と尋ねる渉に、夕凪が笑顔で頷く。「じゃぁ、ありがたく。今度は柚子で」はずれの棒を傍らのくずかごへと投げ入れて、渉も店内の陳列棚へと視線を向けた。「よし。じゃぁ、ちょっと行って来る」にこっと微笑み、あたりの棒を軽く振った後、夕凪は再び硝子戸の向こうへと入って行った。続く もしもお話をお気に召して頂けたなら、下の拍手をポチっと押してやってくださいませ☆
2007/09/05
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八月十日。その日は珍しく土砂降りの雨で、暇を持て余していた渉は、縁側から庭をぼんやりと眺めながら大きな溜息を落とした。突風が雨粒をさらい庭の木々を激しく揺らす。 視線を門の方へと滑らせた時、藤色の傘を差して佇む夕凪を見つけた。彼は渉と目が合うと静かに微笑し、こっちへ来ないかと手招きをする。もちろん声は雨音にかき消され届くことはなかったが、彼の唇は確かにそう動いた。渉は首を縦に振った後、急いで玄関へと向い、スニーカーを履き、傘縦から黒い傘を手にして戸を開けた。「それじゃぁ行こうか」 言うが早いか、夕凪は渉へと背を向けて歩き出す。渉も慌てて彼の後を追った。「ねぇ、一体どこへ行くんだ?」 渉が夕凪に追いついて尋ねると、彼は美術館だよと答え、シャツのポケットから二枚の入場券を取り出して渉へと見せた。それは四日から一週間に渡り開催されていた印象派絵画展のチケットで、美術館の館長を勤めている父からもらったのだと彼はそう付け加えた。夕凪の父親が美術館の館長だなんて全く知りもしなかった渉は、思わず驚嘆の声を漏らした。「あの絵画展、是非行ってみたいと思っていたんだ。だけど、小遣いだけじゃとても足りなくてさ」「渉の家って、お母さんと二人暮しだったっけ?」「うん。父が亡くなってもう五年になる」「そっか、五年……。今から五年後の君は、一体どんな風に成長してるんだろうね?」そう独り言のように言って、雨で霞む景色よりももっと遠くを見つめる夕凪の横顔はどこか儚げで、何故かこのまま彼が消えてしまうのではないかと言う妙な不安感に駆られた渉は「五年後か。君と同じ、東京の美大へ行ってるかもな」と不自然なくらい明るい笑顔で返す。けれど、それに対する彼からの返答はなく、渉は僅かな気まずさを覚えて瞳を伏せた。 突然、夕凪が足を止め、渉の方へと顔を向ける。急いで渉も足を止め、彼と視線を合わせた。聞えるのは傘を叩く雨音のみで、他には何の音もない。風が吹き、夕凪の前髪を揺らした。頬に掛かった水滴が光っている。「今度、海の絵を描いてくれないか? 僕の部屋に飾りたいんだ」 藤色の傘の上でいくつもの雨雫が弾ける。「いいけど、僕なんかが描くよりも、夕凪の方が上手いんじゃないのか?」「君の描く海が見たいんだ」「分かった。じゃぁ、この夏が終わるまでに描きあげるよ」また一つ風が吹き、二人の前髪を揺らして通り過ぎる。夕凪の頬に光る雨雫が、涙のように見えた。「ありがとう」 夕凪が微笑む。何故だろう。彼の笑みはいつだってどこか哀しげで、その度に不安になる。儚げで翳りのある彼の微笑みには、繊細な硝子にも似た危うさを感じずにはいられない。例え、また明日、と夕暮れの中 手を振って別れる、ただそれだけだとしても、もう次はないのではないかと言う不安感がいつだって心のどこかに存在していた。 目前の夕凪は温和な笑みを湛えたまま、ゆっくりと前方へと向き直り歩み始める。再び、二人肩を並べて道を歩いた。続く もしもお話をお気に召して頂けたなら、下の拍手をポチっと押してやってくださいませ☆
2007/09/05
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突き当りを右に折れ、浅い石段を五十段ほど下ればもうそこは一面の砂浜で、すっかり群青に染まった空と碧海の境界線からは金の満月が顔を覗かせつつあった。「渉、月だ!」 とたんに笑顔を輝かせると、夕凪は浜を駆けて行き、波打ち際で履いていた茶色のサンダルを脱ぎ捨て、波に両足を浸した。渉も彼に倣い裸足で彼の隣に立つ。夜の波はことのほか素足に心地良く、足首を撫でる細かい砂ごと、ゆっくり押しては返す。 巨大な満月が二人を照らしながら、徐々に上空へと吸い込まれて行く。それはこれまでに目にしたことのないほどに壮観で、思わず瞬きさえ忘れて見入った。ふと何気なく夕凪へと視線を向ければ、彼はその透き通った瞳に今見た全てを焼き付けるかのごとく、昇り行く満月を身動き一つせず見つめているのだった。 暫くの後、綺麗だったねと夕凪が嬉しそうに瞳を細めた。月明かりに照らされた彼の肌は陶磁器のように滑らかで白く、その美麗さはどこか精巧な作り物めいて見え、渉の心に得体の知れぬ不安感を生ませた。 渉が夕凪と初めて出会ったのは、八月の上旬、夏期講習が終わった日の午後のことだった。通学路の途中にある空き地の木陰で一休みしていた渉が、夏風にざわめく六本杉の方へと何気なく目をやったところに彼はいたのである。 背丈は渉よりも高めだったが、その体つきは驚くほどに華奢で、栗色の髪と目鼻立ちの整った色白の顔が大変印象深い少年だった。真っ白なシャツに濃紺のジーンズ姿のその少年は、淡く微笑して渉の隣へと腰を降ろした。 見たところ制服を着ていないところからも、彼が同じ中学ではないことくらいは容易に推測できたし、とりあえず渉は自分の名だけ名乗っておいた。 彼はとても不思議な少年だった。夕凪と名乗った以外特に何かを話すわけではなかったが、彼の隣に座っているだけで渉は不思議な安堵感に包まれた。渉自身、初対面の人間にこのような親しみを覚えるのは初めてのことで、正直戸惑ってしまった。しかしそれは最初だけで、一度口を開いてしまうと、驚くほど互いの趣味や価値観の一致に気づくこととなった。 二人とも絵を描くことが好きであることや、海や山など自然の中にいるとすごく落ち着くと言うこと。他にも理数系よりは文系であることまで、一致する点は数知れなかった。 それからは毎日のように夕凪と時を過ごした。一緒に山や海へも行ったし、夜などは川原で花火もした。線香花火が落ちる瞬間に見せた夕凪の哀しげな表情が、今でも心に焼き付いて離れない。続く もしもお話をお気に召して頂けたなら、下の拍手をポチっと押してやってくださいませ☆
2007/09/04
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夕暮れだと言うのに、8月末の風はまだまだ蒸し暑い。ただでさえ今年の夏は猛暑で、庭の草花も、たった1日水遣りを忘れるだけで元気を無くすと言うのに、今日の暑さはいつにも増して厳しかった。 母に頼まれ、先刻から庭の鉢植えに水遣りをしていた渉(ワタル)の額にもジットリと汗がにじみ、残暑の厳しさを物語る。 青いバケツに並々と注がれた温い水を、金属製の柄杓(ヒシャク)で掬って鉢の中や葉などにゆっくりと掛けて行く。朝は元気よく開いていた朝顔の花も、今ではすっかり花びらを閉じ、その淡紫色を内に秘め眠りに投じている。バケツの中で、橙(ダイダイ)と薄紅を混ぜたような夕焼け空が揺れる。生暖かい風が吹いて、庭の木々をざわめかせた。その西から東へと流れるさざなみのような音に何気なく門の方を見やれば、いつの間に来ていたのか、夕凪(ユウナギ)がこちらを窺い佇んでいるのだった。「やぁ」 柄杓をバケツの中に入れ、渉が片手を上げて会釈すると、夕凪も柔和な笑みを返してくる。「どうかした? もう家に帰ってるとばかり思ってたから」言いながら夕凪のもとまで足早に歩む。彼はその問いには答えず、静かに微笑んで、海へ行こうと言った。 この街は海辺に位置しているので、容易に美しい砂浜へも行くことができる。それはもちろん渉の家からでも例外ではなく、十五分も歩けば、綺麗に整備された真っ白な砂浜と透き通る海を望むことができた。 二人で手早く水遣りを済ませて、浜まで続く道のりを歩み始める。汗で額に貼り付いた前髪を払いのけ天(そら)を仰ぎ見れば、西の残照は今や碧藍(ヘキラン)に飲まれようとしていた。街路灯が数度の明滅を繰り返した後、ほの白い光を灯す。それは隣を歩む夕凪の横顔をくっきりと浮かび上がらせた。長い睫に縁取られた茶の瞳は、ただ真直ぐに向けられ、彼が今何を考えているのか、その表情から窺い知ることはできない。何故夕凪は、このような夕暮れ時に海へ行こうなどと誘ってきたのか。元より掴み所のない彼なので、今回もただ単に突然思いついただけなのかもしれないが、今日はもう既に昼間にも山へ出かけたばかりなのだ。意外と体力には自信のあった渉とて今日の猛暑にはまいっているのだから、彼より華奢な夕凪が疲れていないはずがないと渉自身そう踏んでいたのだが、その予想は全く持って外れていた。 夕方、空き地の六本杉の前で別れた時と同じく、空色の半袖シャツに黒のハーフパンツと言う出で立ちで歩く夕凪は、その細い身体のどこにそれほどまでの体力が余っているのかと関心するほどに軽快な足取りで歩を進めて行く。「疲れてないのか? あの山、結構な急斜面だったのに」 いぶかしげな瞳を向けて問う渉に「別に」と夕凪は返し、それから、楽しさの方が上回ってて、疲れを感じる暇がなかったのかも、とその端麗な顔に笑みを咲かせた。続く もしもお話をお気に召して頂けたなら、下の拍手をポチっと押してやってくださいませ☆
2007/09/04
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管理人、急性胃腸炎のため、暫くサイトの方をお休みすることに致しました。こんな辺境の地までわざわざ私のような者の書く拙い小説を読みに来てくださる方々には、いつも心より感謝致しております。病気が治り次第、サイトの法は再開させて頂く予定ですので、その時はまた宜しくお願い致します。それでは短いですが、今回はお知らせのみで失礼致します。11月に入り、冷え込む日も増えてまいりましたので、皆様もお風邪など引かれませんようどうかお気をつけくださいね(^^)
2006/11/02
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食後俺は、アリスに言われた通りに食べ終わった食器を軽く水洗いしてから、シンクの隣にあるカウンターに置かれている食器洗い乾燥機へと並べていた。ふーん…食洗機ねぇ…。 電気店などではよく見かけるが、こうして自ら使うのは初めてのことで、思わずまじまじと眺めてしまう。 食洗機のドアを閉じ、スタートボタンを押すと、中で勢いよく水が噴射され始めた。「うお、すんげぇ!!」 驚嘆のあまり、そんなことを声に出して言っていると「君、食洗機見るのも初めてなの?」と言う笑いを含んだ声がして、俺は慌てて声のした方を見やる。するといつの間に着替えたのか、Tシャツにハーフパンツと言うラフな出で立ちのアリスが俺へとからかうような笑みを向けていた。「なっ、なんだよ! あんた寝に行ったんじゃなかったのかよ!?」 食洗機ごときで感動するような、お子様な奴だと思われたくなくて、俺は咄嗟に突っかかるようなものの言い方をしていた。「寝る前に、ちょっと読書でもと思ってね」 そんな俺の心を全て見透かしたみたいにクスっと笑うと、アリスはそう言ってリビングへと入って行った。 ちっ。なんだよ、あいつ。一々気にくわねぇ…。 背後でシャパシャパと水音を立てている食洗機なんか、もう二度と振り返ることなく、俺は不愉快な気分を抱えたままキッチンを後にした。 スタスタスタ。早足で廊下を歩く。全く、なんて長い廊下なんだ。だいたい、ここってマンションのはずなのに。なんでこんな無駄にだだっ広いんだ! 廊下の突き当たり。すこぶる不愉快な気分を持て余していた俺の目にはたと目に飛び込んできたのは、青地に赤い文字で『湯』と書かれた暖簾。 は?? 湯!?? って、銭湯でもあるまいし。いくらあいつが金持ちだからと言っても、家の中に銭湯はありえないだろう。 しかし、俺の好奇心があの暖簾の向こうをしきりに見たがっている。 スタスタスタ。先程よりも明らかに歩む速度の増している俺の足。もうすぐそこに『湯』と書かれた暖簾が迫っている。 ファサッ! 暖簾をくぐり抜けた先には木製の格子戸があり、そのすりガラスの向こうを俺はそっと窺った。どうやら戸の向こう側は板の間で、その向こうにも何やら部屋らしきものが見えている。 恐る恐る格子戸に手を掛け、それからガラリと一気に開くと、中からモワっと蒸し暑い空気が溢れ、それが俺の身体を包み込んだ。 目をしばたかせながら、きょろきょろと中を伺う。そこは通常の銭湯よりもずっと広く綺麗な脱衣所で、入り口の右脇にはご丁寧にジュースの自動販売機まで設置されている。 俺はすぐさま脱衣所の奥へと走って行き、すりガラスの戸を開けてみた。「…すっげぇ!!」 そこに広がっていたのは、とても一個人の家の風呂とは思えぬ程、完璧なまでにデザインされた広い岩風呂だった。その全長は十メートルくらいだろうか。中央二メートル程上から流れ落ちてくる滝はミルク色の湯気を上げ、滝から落ちる湯を受け止める湯船はいくつもの波紋を広げながら窓の向こうの青空を映している。 その光景に驚嘆し暫しの間、呆然とその場に立ち尽くしていた俺だったが、岩風呂を眺めていてふと思い出した。昨夜は突然ここに引っ越すことになったために、風呂に入り忘れていたのである。 こんな立派な風呂があるのだから入らない手はない。いや寧ろ、絶対に入ってやる!!そんな風に勝手に決意した俺は、着替えを取りに向かうべく、脱衣所から駆け出した。 全速力で廊下を走り、自室へと駆け込む。「あれ!?」 てっきり自室だと思って飛び込んだはずが、そこは見たことのない和室だった。全く、いくつ部屋があるんだよ…。 舌打ちをしつつ、踵を返そうとしたその時。視界の隅の押し入れの隙間から何やら妙なものがはみ出ているのに気が付いた。「なんだ、一体…?」 ゆっくりと押し入れへと歩み寄り、はみ出ているものをまじまじと観察する。びろんと伸びた黒いそれはコードで、どうやら押し入れ内から出ていることが分かった。--なんで押し入れからコードが…?--まっ、まさか、押し入れの中にコードで首を絞められたご遺体なんかがあるんじゃないだろうな…!!?? そこまで考えて、我ながら何とも恐ろしいことを想像したものだと半袖の腕に鳥肌が立つのを感じる。 そんなことを想像したせいで、押し入れを開けるのが心底怖くなってしまった。けれどもしも、そう、もしもだ。この中にご遺体があるとして、やはりそのまま放置しておくのはまずいだろう。ここはなんとか俺が勇気を振り絞って押し入れを開けなければ! 震える手を伸ばして、押し入れの戸へと触れる。いやおうなしに速まる鼓動。ごくり、と生唾を飲み込み、俺は意を決して押し入れの戸を開けた。 ピッカリ--。 スタンドの灯りの中、うつ伏せの状態で本を読んでいるアリスの姿。「…!?」 唖然として立ち尽くす俺に、アリスが本から顔を上げて「あぁ、彰君。何か用?」と冷静に問うてくる。 俺は数回瞬きを繰り返した後「あ、アリスさん、あんた、こんなとこで何してんですか!?」と、半ばどもりながら尋ねた。「あぁ、話してなかったっけ? ここ、僕の寝床。落ち着くんだよねぇ、押し入れってさ。なぁんか、暗くてじめじめしてて。やっぱハーフとは言え僕も一応吸血鬼の血を受け継いでるからなのかなぁ。ここに居ると、石の棺を思い出して心が安らぐんだよねぇ」 さらりとすごいことを言って、穏やかな笑みを浮かべるアリスへと次の瞬間俺は「あんたはド○えもんかぁっ!!」と鋭いツッコミを入れていた。「やだなぁ、僕のことをあんな青狸と一緒になんてしないでよね」「寝床が押し入れなんだから似たようなもんだ」「ちょっと、君、何も用ないんだったらそろそろ出てってくれる? 僕これから寝るんだからさ」「分かってますよ! さっさと出てけばいいんでしょ? はいはい。お休み、ド○えもん」 バターン!! 思いっきり押し入れの戸を閉めて歩き出す。「ちょっと! 押し入れの戸はもっと優しく閉めてよね! スタンドのコードが切れたらどうしてくれるのさ。それから僕はあんな青狸とは違うからね!」 アリスの言葉が背中に飛んできたけれど、素手シカト決め込んでやった。相変わらず口の減らない奴だ。 その後俺は無事に着替えを取ることができ、でっかい岩風呂で思い切りくつろいだ一時を過ごした。 内湯だけでなく、露天風呂まで併設されていたので、元より温泉好きな俺は地上三十回からの絶景に感嘆の溜息を漏らしつつ、貸切露天風呂をも満喫したのだった。「あぁ…いい湯だ…!ここにあのド○えもん野郎が居なくて本当に良かった」 雲一つない青空を仰いでそんな素直な気持ちを言葉にした俺の耳に「だから、あんな青狸と一緒にしないでよね」と言うアリスの甘い声が聞こえた気がした。~続く…かもしれない~ 面白かったら、ポチっとお願い致します(*^_^*)
2006/10/13
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リビングへと通じるドアは開け放たれ、そこからニンニクを炒めたような何とも香ばしい香りが流れ出してくる。けれど良い香りではあったが、それはこのすがすがしい初秋の朝にはどうにも似つかわしくない気がして、俺は密かに眉根を寄せた。「なぁんだ、来てたんなら早く座ってよ。せっかく作ったのに料理が冷めちゃうじゃない?」 ドアのところでぼんやりと立っていた俺に、キッチンから焼きたてのトーストとアイスティーをトレイに乗せてやってきたアリスがすかさず声を掛けて、立ち止まりもせずにスタスタと俺の前を通り過ぎた。 俺は「あ、あぁ…」と気のない返事を返すと、渋々アリスの歩んで行った方向へと重い足を進める。 リビングに入ると、先程の香ばしい匂いは一層強さを増し、起き抜けの俺の鼻腔を鋭く刺激した。 フワフワ。リビングの中央に敷かれた毛足の長いブルーのラグマットの上を歩いて行き、アリスの向い側の籐の椅子にどかっと腰を下ろす。すると俺の目前のテーブルに置かれている真っ白な皿に盛られた、優に厚さ三センチはありそうな程のでっかいステーキと、その脇に盛られたポテトサラダだの蛸さんウィンナーだの目玉焼きだのが一斉に視界に飛び込んでくる。その朝食にしては見るからに蛋白質過剰なメニューに、俺はまだ何一つ口にしていないにも関わらず既に胸焼けがする思いだった。「げっ!! 何これ!??」「何これ? って…君、食べたことないの? ステーキ」 グラスに掛けていたレモンの薄切りをアイスティーに絞りながらアリスがひょうひょうと返す。「いや、そんなの見りゃ分かる! 俺が言いたいのは、何でこんな朝っぱらからヘビーなメニューなんだよっ! ってことだ」 憮然として言い放つ俺に、アリスはまたもひょうひょうとした口調で「これから君は僕の専属血液提供者になるんだから、しっかり栄養摂っといてもらわないとね」とのたまった。 ぷつん、と俺の頭の中で何かが切れた。「朝っぱらから、こんな重いもん食えるかぁ!!」 怒りに任せてテーブルを掴んで、向かいに座るアリスをにらみつける。「あぁ、ちゃぶ台返し? 君は朝から元気だね。やっぱり若さかな?」 俺の怒号などお構いなしに、奴はそうあっさり言ってのけると、アイスティーの入ったグラスをストローでかき混ぜた。グラスの中で氷が回る。カランカラン。そのやけに澄み切った音が怒りで沸騰した俺の頭を更に沸き立たせた。「だいたい何で、俺だけステーキであんたは胃に優しいトーストとアイスティーなんです!? いくら専属血液提供者だか何だか知んないけど、俺にだって選ぶ権利はあるはずだ!ってか、専属血液提供者だって、アリスさん、あんたが勝手に決めたことじゃないか! 本当は俺には何の関係もないはずなのに…!」 一気にまくしたてた反動で、酸欠気味に陥った俺は、テーブルに両手を突いてぜーはーと肩で息をする。「言いたいことはそれだけ?」 からかうように言って、アリスが瞳を細める。それからクスっと笑うと、爪の綺麗に整えられた掌を、テーブルに突いている俺の手にそっと重ねて「ま、とりあえず落ち着こうよ。君だってこんな朝っぱらからそんなに怒ったりしたら疲れるでしょ?」と、まるで小さな子供でも宥めすかすみたいな優しげな声音で言う。 ちくしょ!! 俺はガキじゃねぇっつの!! ドスっと大きな音をさせて椅子に腰掛けなおす。それと入れ替わりに、アリスが椅子から立ち上がる。そしてサイドボードの隣にある白い小型冷蔵庫から牛乳を取り出してグラスに並々と注いだ。テーブルに戻ってきたアリスは、牛乳の入ったグラスを俺の前に置くと、再び椅子に腰を下ろす。「まぁ、それでも飲んで落ち着いて。彰君、多分カルシウムが不足してるからそんなにカリカリするんだよ」 笑顔で言いながらアリスがトーストをかじる。香ばしいバターの匂いが俺の鼻腔をもくすぐる。「さ、早く食べて。それ美味しいよ。だって、松阪牛だからね」 くそっ!! このブルジョアめ! こいつには何を言っても通用しねぇ!『暖簾に腕押し』 『糠に釘』そんな諺が俺の脳裏を虚しく掠めた。 とりあえず目前にあった牛乳の入ったグラスを荒々しく引っ掴んで一気に飲み干す。するとアリスが「そっか、喉乾いてたんだね。もしかして二日酔い?」と、またも人の神経を逆撫でするような発言をしてくる。「別に。俺、そんなに酒に弱くありませんから」 皿いっぱいに広がったでっかいステーキをホークでぶっ差して、ナイフでガシガシ切り分けながら仏頂面決め込んで俺が答えると「そう。それじゃ今度、君と僕、どちらが酒に強いか試してみようか?」とアリスは言っていたずらっぽく唇の端を持ち上げて見せた。そんなの、ホストのあんたに俺が適う訳ないだろ!! そう思ったが、それをあっさり口にするのはあまりにも腹立たしく思えて、例え強がりであったとしても「いいですよ。翌日、二日酔いで泣かないようにしてくださいね」とせめてもの悪態をつく。 クスっとまたアリスが笑う。その度に俺の神経はピリピリと逆撫でされ、不愉快なことこの上なかった。 ガツガツガツ。切り分けた肉を口へと放り込み、黙々と噛み砕く。味は意外と美味かったが、こいつと向き合っていると言うだけで、その美味しさも十分の一くらいまで激減している気がした。「君さぁ、確かさっき妙なこと言ってたよね? 殺さないで…とか」 アリスがトーストの最後の一口を食べ終えて、そんなことを言ってきたので、俺が見た明け方の夢について詳細に話して聞かせると「へぇ…蚊になった夢ねぇ…。だからさっきあんなにもキンチ○ール見ておびえてた訳か」と納得したように言って楽しげに笑った。 そんなに笑わなくてもいいだろうに。俺は憮然としたまま再び分厚い肉を頬張る。そしてそれを飲み込んだ瞬間、俺の脳裏にふとした疑問が浮上した。--確か吸血鬼に血を吸われた人間も、また同じように吸血鬼になるって話を昔どこかで聞いたことがあったような…。と言うことは、もしやもう俺も吸血鬼仲間!? 俺は俄かに焦燥と不安に駆られ、手元に視線を落としたまま無言で思考を巡らしていた。「ん? どうかした?」 その声に俺がはっとして目を上げると、アリスがいぶかるような眼差しをこちらへと向けていた。「あの…ちょっと聞いていいですか?」「どうしたの? 急に改まったりして」 突然俺が真面目に切り出したもんだから、アリスは少し驚いたようにその紫の瞳を大きくした。「吸血鬼に血を吸われた人間って、やっぱり同じように吸血鬼になっちゃうんですか?」 人がせっかく真剣に尋ねてるってのに、アリスときたら俺の言葉を聞くなり声を出して笑い出した。「あはは、君、そんなこと気にしてたの? バカだな。そんなの迷信に決まってるのに」 ケタケタ笑う目前のバンパイアが憎らしくて、俺が奴をきつくにらみつけると、奴は「ごめんごめん、ちょっと笑いすぎた」と言ってアイスティーを一口飲んだ。それからゆっくりと話し始める。「バンパイアに血を吸われたら、その人もバンパイアになるって言うのは、真っ赤な迷信。だって考えてもごらんよ。僕らが血を吸う度に一々みんなバンパイアになってたら、それこそ地球上の全ての人間がバンパイアになっちゃって大変なことになるじゃない。昔の妙な言い伝えが今でもそうやって根付いちゃってるみたいだけど、実際のところはそんなこと全くないのでご心配なく」 言い終わるとアリスは柔らかく微笑んで、アイスティーの最後の一口を口に含んだ。そして「ご馳走様。お先に」と言って皿とグラスをトレイに乗せて椅子から立ち上がる。 俺は何も答えずに蛸さんウィンナーをがっついていた。 数歩歩んだ辺りで「あ」と何事か思い出したと言うようにアリスが肩越しに俺を見やる。俺は相変わらず大量に盛られた蛸さんを頬張りながら奴と目を合わせた。「食器はざっと水洗いしてから食洗機に入れておいて。僕はこれから昼まで寝るから」 それだけ付け加えると、アリスは再びキッチンへと向かって歩き出した。俺は奴の背に「はーい」と何とも気乗りしない返事を返して、黄身だけ残った今ではもう目玉焼きとも呼べないそれをフォークでぶっ刺して口へと放り込んだ。~後編へ続く~ 面白かったら、ポチっとお願い致します(*^_^*)
2006/10/13
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その時俺は無性に腹が減っていた。何故かは分からないが、やたらと腹が減って仕方がなかったのである。 とにかく今はこの空腹をなんとかして満たさなければ! そう思った俺は、どこかも分からないその部屋の隅々まで頭と視線を最大限に動かして見回してみる。 そこは、ざっと二十畳はありそうな程の洋室で、毛足の長い淡いブルーのラグマットの上にはいかにも高級そうな猫足のテーブルと、それを挟むようにして置かれた籐の椅子が目に入った。そしてその向こう側、白い壁を背にして木製のラックに鎮座する五十インチ程もありそうなプラズマテレビが存在を誇示している。 向かって左側の壁には、濃い紫色の花をいくつか咲かせた植物の絵が、これまた立派な額に収められ飾られてある。--この部屋…確かどこかで見たような…? そんな思いが脳裏を掠めたが、激しい空腹感には勝てない。再び食料はないものかと辺りを見回す。けれど、周囲をどれだけ見回そうとも、俺の求めていた食料などどこにも見当たらなかった。 グルグルと首を動かしている際、時折視界の隅にチラチラと高速でうごめく薄汚れた黒い羽のような物が見えた気がしたけれど、とりあえず気にしないことにして、俺は更に食料を探すべくその部屋を出ようと身体の向きを変えた。向こうに茶色のドアが見える。ここから出ればきっと何か食物に出会えるはずだ。 妙な確信にも似た思いに突き動かされるままに、俺はドアへと向かう。あぁ、やはり歩かなくて良いと言うのは素晴らしい! 実に楽だ。--おや?? 俺っていつから空飛べるようになったんだっけ?? ふとそんな疑問が脳裏に浮かび、俺は何気なく自分の背に目をやる。薄汚れた黒い羽が高速で羽ばたき、それが激しい高音を立てていた。 ブーーーン!!--これはかなりの周波数だ! もしかしたら俺、すんげぇご近所迷惑になってるんじゃないか!? そんなことを心配しながらも、先程よりも一層増した空腹感を耐えることはできず、俺はドアノブに手を掛けた。 カチャリ。ドアは案外あっさりと開き、その向こうには闇に覆われた広い廊下が続いている。そして廊下の一番突き当たりのドアの隙間から、柔らかな灯りが漏れているのを見てとると、俺は勢いよく部屋から飛び出し、おそらくはご近所迷惑であろう己の羽音のことなどすっかり忘れて、灯り目掛けて一目散に空を翔けた。 向こうの部屋からは何とも美味しそうな香りが漂い、今や全身胃袋と化した俺のことを甘く誘惑する。 ドアはもうすぐそこに迫っていた。もうすぐだ。やっと、やっと食いもんにありつける! 反射的にドアノブまでの距離を目測する。すっと右手を伸ばすと、ひんやりとした金属の感覚が掌に伝わった。 ドアノブを回し、一気に室内へと飛び込む。 スタンドの灯りの中、ベッドの上で本を読んでいた男がこちらへと顔を向ける。視線が交わる。--艶のある茶の髪にアメジストの瞳--アリス!! えぇい!! この際誰だって構いはするものか!!俺は腹が減ってんだよ!! 猫だろうが犬だろうが、不思議の国のアリスだろうが、この空腹を満たしてくれるのなら何だって厭わない! 俺は欲望のままに、アリスの首筋へと頭から突進して行く。すると奴は、その綺麗なアメジストを細めてにこりと微笑んだ。とろけるように柔らかく、優しげな微笑。けれど、俺にはその笑みが悪魔の微笑みのように恐ろしく映った。 アリスが枕元のテーブルへと手を伸ばす。奴が手に取ったのは、二重センチ程の金属製のスプレー缶だった。 瞬間、俺の脳内に緊急警報がけたたましく鳴り響き始める。けれど、欲望のままに空を切る俺の羽の勢いはもう止まらない。 満面の笑顔のアリスが、スプレー缶を俺へと構える。--キンチ○ール!! 「蚊の分際で、この僕の血を吸おうなんて一億年早いよ」 声音は蜂蜜のように甘かったけれど、その穏やかな笑みは地獄の果てを目にするよりも恐ろしかった。 シューーーッ!! 噴射された霧に包まれ、俺は激しくむせた。苦しい…目が…喉が痛い!! 身体の自由がきかなくなり、無惨にも重力のままにフロアへとまっ逆さまに落ちて行く。--いやだ! こんな死に方!! いやだぁ--!! ガバッ!! 飛び起きて肩で息をつく。いまだ鼓動はうるさく鳴り響き、汗まみれの肌にパジャマ代わりのTシャツがじっとりと貼り付いている。「ゆ…め……」 実にいやな夢を見たものである。俺は先程見た一連の出来事を思い返して、ぶるっと大きく一つ身震いすると布団から立ち上がる。そして乾ききった喉を潤すため、台所へ行って水でも飲もうと足を一歩踏み出した。けれど、そこにあるはずの床の感触はどこにもなく--ここがアリスのマンションの一室に設置されたロフトだと言う事実を今更ながらに思い出したところで時既に遅く--。バランスを崩した俺に待っていたのは、約二メートル下に控えたフローリングと仲良くなること、ただそれだけだった。 ドッシーン!!「ってぇ!!」 派手に転落したため、これほどまでにないというくらい尻を床に打ち付けた俺が、必死に痛みと戦っているところへ部屋のドアがガチャっと開き、バンパイア アリスが姿を現した。「おはよ。朝っぱらから元気だね」 言って涼しげな笑みを浮かべる彼の手には、何故だか見覚えのあるスプレー缶が握られている。そして、その缶には紛れもなく『キンチ○ール』の文字が!!「うわぁぁぁぁ!! ちょっ、やめ! やめてっ!! 助けてっ!! こここ、殺さないでぇっ!!!」 咄嗟に先程のリアルな夢のことを思い出し動転した俺は、激しく狼狽しつつそれだけ早口で叫ぶと慌てて立ち上がり後ずさった。「助けて、って…何?」 いぶかるような目で俺を見ると、アリスはこちらへと向かって歩んでくる。「やだっ!! 来んなってば!! やめっ!!」 ゴンッ!! 急いで後ろへ下がったは良いものの、ロフトに備え付けてあった梯子で後頭部を強打してしまった俺は、痛む頭を片手で抑えながらその場に力なくへなへなと座り込んだ。「あっ、いたいた!」 頭の痛みが少し治まったところで、アリスのそんな声が聞こえてくる。恐る恐る目を開けて俺が彼の方を見やると、彼の視線の先には室内を我が物顔で飛び回る一匹の蚊の姿があるのだった。「今度こそ、外さない!」 何かのゲームでも楽しむかのように紫の瞳が細まる。それはまるで、獲物を追い詰めた時の狼さながら冷徹だった。 シューーーッ!! スプレー孔から霧が勢いよく噴射され、それを浴びた蚊は全ての力を失いフローリングへと落ちた。 アリスがふっと微笑する。「蚊の分際で、僕の血を吸おうなんて一億年早いよ」 その彼の笑みは、先程夢に出てきた彼の姿とピッタリと重なり合い、それはそれは恐ろしく見えた。 アリスは踵を返してドアのもとまで歩んで行くと、相変わらず呆然と座り込んでいる俺を肩越しに振り返ってこう言った。「いつまで寝ぼけてるつもり? 早く来ないと、朝ご飯片付けちゃうよ」 俺はこくんと首だけ縦に振って返すと、彼は「じゃ、早くしてね」ともう一度念を押してから部屋を出て行った。 これから毎日、あんな恐ろしい男と顔を突き合わせながら暮らして行かなければならないのか…。本当に大丈夫なのか、俺!? 先程アリスにやられてフローリングに落ちている蚊の死骸をぼんやりと見つめる。そうしていると、何となく未来の自分を見ているような気がしてきて、朝っぱらから酷く気分が萎えた。 呆然と座り続ける俺のもとに、リビングからと思しき朝食の良い香りが、開け放たれた部屋の入り口から流れ込んでくる。その途端、俺の腹がグーっと間抜けな音を立てた。こんな時でも腹は空く。人間とはよくできたものだ。 俺はよろよろと立ち上がると、先程ロフトから落ちた際にフローリングで打ち付けてズキズキと痛む尻を片手でさすりながら部屋を後にした。~またしても続く…かもしれない~ 面白かったら、ポチっとお願い致します(*^_^*)
2006/10/05
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「着いたよ、すみれ」 言って貴子を玄関へと上がらせると、入江医師は嬉しそうにその顔に笑みを浮かべた。「さぁ、入江君、あなたはもうそろそろ寝ないと。私は明日休日だからいいけど、あなたは明日夜勤なんだから」「やだなぁ、大丈夫だって。こう見えても僕は案外タフなんだから」 玄関から上がった廊下で、美和子と入江医師がそんなことを話している傍ら、貴子は彼にしっかりと手を取られているために二人から離れることさえできずにいた。「まぁ、いいじゃない。せっかくすみれも居るんだしさ、もう一度三人で飲みなおそうよ」「こら! 聡一郎! いい加減にしなさいよ!」 先ほどとは打って変わってハイテンションな彼を厳格な口調で一喝すると、「それに…すみれ、だって…」と彼女は話を続けようとする。けれど、一度だけ戸惑いがちに貴子を窺うと、静かに息を呑む。「すみれ…だって、早くその手を離してあげないと…困ってる、わよ」 言って悲しげに目を伏せる美和子。 彼女の言葉と態度に、それまで明るかった彼の表情は一瞬にして暗く曇り、俄かに不安の色をにじませる。そしてゆっくりと貴子と視線を合わせると、その不安の色を宿した瞳で彼女の瞳の奥を静かに窺う。 「すみれ…だよね…?」 彼の唇から静かに紡がれる言葉。その瞳はあまりにも真直ぐで、貴子自身 視線を逸らすことはおろか、身動きするのさえはばかられる思いだった。「先生…わ…私は…私は…」 彼を傷つけぬよう、頭の中で色んな言葉を選び出し組み合わせて、それでも適切な言葉は見つけられず、それらの言葉を胸の奥へと呑み込む。--私は、すみれじゃない。今ここではっきりとそう伝えなければ、夢から覚めた時にこの人は、もっともっと傷つくことになる。けれど、その言葉を聞いた後の彼の悲愴を思うと、どうしても簡単にその言葉を口にすることは躊躇われた。--私は、すみれじゃない。 きしむ心。戸惑いがちに口を開くと、彼と瞳を合わせたまま、小さく言った。「私は…すみれさんでは」 けれど、やっとの思いで紡ぎだした貴子の言葉も、彼の「いやだな、すみれ。家ではいつも聡一郎ってちゃんと名前で呼んでくれてたじゃないか」と言う寂しさをおびた言葉によって遮られた。 どう答えるべきか困惑の表情を浮かべる貴子を前に、彼--入江聡一郎--の瞳が彼女を映して悲しげに揺らぐ。 沈黙が続く。天井の電球から注がれる温かな光とは対照的に、3人の立つこの空間には悲哀に満ちた空気が重々しく漂っていた。 聡一郎の真直ぐな視線から貴子は未だ逃れることもできず、ただただ凍り付いてしまったかのように彼の前で立ち尽くす他はなかった。 大して長い間そうして居た訳ではないはずなのに、彼と向かい合っていると言うただそれだけで、一秒一秒が酷く長く感じられ、その上 彼女は胸底から込み上げてくる痛ましさとやるせなさで心が張り裂けんばかりだった。 その永久とも思える暗澹たる沈黙を破るように、立ち尽くす貴子のもとへと美和子はゆっくりと歩み寄ると、彼女の耳元でそっと囁いた。「お願い、相田さん。今夜だけ、彼の側に居てあげて。酔いが覚めるまでの間だけでいいの。もう少しだけ…彼に、夢を見させてあげて…」 柔らかで寂しげな美和子の声。彼女は言い終えると、聡一郎へと慈愛に満ちた眼差しを向けた。そして、再び貴子へと視線を戻す。貴子の瞳が一瞬当惑気味に彼女を見つめ、その後静かにうなづくのを確認すると「ありがとう」そう言って美和子は花の綻ぶような笑みを浮かべた。それはとても、悲しげな微笑みだった。~To be continued~ 面白かったら、ポチっとお願い致します(*^_^*)
2006/10/03
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タクシーが立派な二十回建てのマンションのエントランス前に停車し、その後部ドアを開く。美和子が支払いを済ませている間に、急いで貴子は隣で眠り込んでいる入江医師へと声を掛けた。「先生、起きてください。着きましたよ」 貴子の肩に寄りかかって眠っていた彼が、ゆっくりと重い瞼を開く。数度瞬きを繰り返した後、彼は貴子の瞳を静かに見つめた。「良かった、すみれ…居てくれたんだね」 彼の酔いは、タクシーで僅か30分走った程度では、どうやら全く覚めなかったようだ。手早く支払いを済ませた美和子が車から降りるのに続いて、貴子も「さぁ、降りますよ」と彼に手を差し伸べる。「ありがとう」 言って彼女の手お取り、柔らかな笑みを浮かべる彼は、まるで今にも消えてしまいそうなほどに弱々しく儚げに見えた。 エントランスをくぐる美和子に続いて、貴子も彼を脇から支えたままゆっくりと足を踏み入れる。 昼光色の電灯に照らされたエントランスホールは、ガラス製の二重扉となっており、その横の壁には白いインターフォンが設置されていた。「さ、入江君」 言うと美和子が入江医師の背をそっと後押しする。彼は酔っているために瞳こそ茫漠として虚ろだったが、インターフォンの前に立つやいなや、ものすごいスピードで暗証番号を入力し、その後シャツのポケットからICカードを取り出すと、インターフォン下部にあるセンサーへとそれをかざした。その泥酔している割には機敏な彼の動作に、貴子は驚いて目をしばたかせながら静かに見守る。 センサーが反応し、ガラスの自動ドアが低い電子音を立てて、緩やかに両側に開く。彼は一度貴子に淡い笑みを送ってから、彼女の手を取りマンション内へと入る。どうやら隣に居る女性がすみれであると、完全に信じて疑わない様子だった。 三人の背後で自動ドアの閉まる音が低く聞こえる。美和子は再び二人の前に立って歩き出すと、広いエレベーターホールに設置されている四台のエレベーターのうち、向かって一番左のエレベーターの前に立った。 程なくしてエレベーターが一階へと降りてきて、ドアが開く。美和子の後について二人がエレベーター内に乗り込むと、彼女はドアを閉めて三階のボタンを押した。 ふわり、僅かな無重力間。エアコンの風は頬に心地良かったが、それは夏独特の湿気の匂いを含んでいて、小さかった頃いたずらをして母に叱られた時に罰として閉じ込められた納戸の匂いとよく似ていた。 三階。エレベーターのドアが開く。美和子の後について、コンクリートの廊下に足を踏み出す。「ここよ」 エレベーターから一番近い角部屋。そのドアの前で立ち止まると、美和子は貴子に言った。 その部屋の隣にも、ドアが五つも並んでいる。 301。そう書かれたドアの前で入江医師は再びシャツのポケットからICカードを取り出すと、ドアの脇に設置されている銀色のセンサーにそれをかざした。かちゃり、ドアの向こうからそんな音が聞こえる。 入江医師が手を伸ばしドアを引くと、それは見事に開いた。 最近のマンションのセキュリティーシステムは進歩しているんだなと、ここでも貴子は呆け顔で立ち尽くしていた。~To be continued~ 面白かったら、ポチっとお願い致します(*^_^*)
2006/10/01
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「でもね入江君、この子はすみれではないのよ。さぁ、もう帰りましょう?」 言うと女性は彼の腕を貴子の身体から解かせ、そのふらつく身体を脇から支えた。「ごめんなさいね。ご迷惑をお掛けして…」 もう一度だけ謝ると、女性は「さ、行きましょう?」と、入江医師を促して歩き出そうとする。けれど彼は貴子の手を取ると「駄目だよ。すみれも連れて帰らないと。こんなところに一人で置き去りになんてできない!」と女性へと抗議の言葉を投げつける。女性は一瞬だけ当惑の表情を浮かべたが、またすぐに元の凛然たる表情へと戻ると「この子は、あなたが以前私に話してくれた相田貴子さんでしょ!? 入江すみれ、あなたの妻ではないわ」そうきっぱりと告げた。「離せよ! 美和子! すみれは僕と一緒に帰るんだ! 彼女は僕が守るんだ!!」「やめなさい! 大人気ない! 彼女はすみれじゃないの! 彼女はもう居ないのよ!!」「嘘だ! ここにちゃんと居るじゃないか!」 美和子と呼ばれた女性からの言葉に、半狂乱に陥った入江医師は、彼女の腕を振り解くと、貴子を引き寄せ再びその腕の中に閉じ込めた。 貴子が戸惑いがちに美和子の顔を見上げると、彼女は諦めたように一つ大きな嘆息を逃がして「本当にごめんなさいね」と、貴子に申し訳なさそうに謝る。それから、「この人どうやら酔いが覚めるまであなたを離しそうにないから、悪いんだけど私と一緒にこの人のマンションまで来てくれるかしら? 詳しいことはそこで話します」そう言葉を次いで、貴子が「はい」と頷くのを確認すると、彼女はコツっとパンプスのヒールを鳴らして二人に背を向けた。 歩き出す美和子について貴子も足を踏み出した。泥酔しきっているために足元のおぼつかない入江医師を支えながら、ゆっくり、ゆっくりと前に歩んで行く。 橋を渡りきり大通りに出た辺りで、やってきたタクシーを美和子が片手を上げて制止する。タクシーの後部ドアが開くと「さぁ、乗って?」と、二人を促し先に乗せてから、美和子も次に開いた助手席側のドアから身を滑り込ませる。 その後ドアが閉まり、タクシーが走り出すと、美和子は行き先を運転手へと的確に伝えた。 唐突な一連の出来事に、貴子は今更ながら胸底から動揺と緊張感が湧き上がってくるのを感じていた。 タクシーが走り始めて数分も経たないうちに、入江医師は貴子にもたれかかって静かな寝息を立てている。その寝顔はやはり先ほどと同じでとても悲しげで。同時に酷くやつれて見えた。けれど彼の口元に微かに浮かぶ笑みは、きっと今彼の隣に居る女性が貴子ではなく、彼が大切に思う女性--すみれ--だと信じて疑わないからなのだろう。それは酔いが覚めれば、まるで儚い夢のように全てが跡形もなく消え去り、彼を再び悲しみの淵へと引き戻すのだ。それを思うと、貴子は悲哀と切なさで、胸が苦しくなった。~To be continued~ 面白かったら、ポチっとお願い致します(*^_^*)
2006/09/25
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す、すみません。。またしてもこんな駄文をUPしてしまいまして。。(^^;;何か、たまには思いっきりギャグを書いてみたくなったんですよね。それがこれかよ! って感じですが。。 最初ホラーのように書いておきながら、この展開は何なんだよ!! と言うツッコミはご勘弁くださいませ。そして、ホラーを期待された方々、ほんとごめんなさいっ!!(土下座)私にはホラーなどとても無理です。書けません。。(^^;; ですが、これを書くのはとても楽しかったです!(^O^)アリス・シルフィード。吸血鬼らしくない吸血鬼を書きたくて書き進めて行くうちに、気づいたらこんな奴になってました(笑)実際にこんな奴いたら怖いですね。現実世界なら、不法侵入してる時点で、既にギャグではなくなってますから。。時々短編で、この二人のちょっと奇妙な友情関係を書いて行けたらいいなと思っています。ここまでお読みくださった方々、誠にありがとうございました。
2006/09/19
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次に俺が目を覚ました時、そこには見慣れた自室の天井が広がっていた。--夢…だったのか……。 蛍光灯の白い輪を呆然と見詰めながら、随分と悪い夢を見たものだとぼんやり考える。先ほど見たリアルな夢を思い返すだけで、体中の皮膚が恐怖で泡立つようだった。「良かった。やっと気がついたみたいだね」 甘い声…脳味噌まで溶かしそうなほどのこの声音はもしや……!!?? 恐る恐る視線だけベッドサイドの方へと動かして見ると--。「やぁ、気分はどう?」 爽やかなまでににっこりとした微笑を浮かべるナンバーワンホスト アリスの姿が!! 驚愕して飛び起きるやいなや、錯乱した俺は一気に言葉をまくし立てた。「うわぁぁぁぁぁぁ!! あ、あ、あ、あんた何でこんなとこに居るんだよ!! 第一さっきのは夢のはず!! 夢の中であんたに殺されそうになって、確か首筋にがぶりっって噛み付かれて血吸われて、そう、死んだんだよ。俺は!! いや、生きてるけど。あぁ、でも確かに俺あんたが吸血鬼って言う夢を!!」「ね? ちょっと」「なのにあんた何でこんなとこ居るんだよ! だいたいここ俺のアパートなのに! あぁ、これはまだ悪い夢の続きなんだな。そうだ。きっとそうに違いない!! でないと吸血鬼が現実に居る訳」「ちょっと、おち」「夢ならもう一回寝ないと。あぁ、そうだそうだ。うん、早く寝ないと寝ないと。なんか貧血気味で頭がフラフラするのだってきっと気のせい。ってかこれは夢なんだし」「落ち着け!!」 ゴンッ!! アリスはベッドサイドの椅子から立ち上がると、酷く錯乱している俺の頭にエルボーを食らわした。「いって……!!」 咄嗟に頭に触れると、頭頂部に若干だがコブのような膨らみができている。「これで落ち着いた?」 まるで何事もなかったかのように爽やかな笑顔と甘い声音で問うてくる目前の男に俺は内心で怒りをほとばしらせながら、憮然として彼をにらみつけた。「まあまあ、そう怒らないでよ。確かに血を分けてもらったことに関しては、すごく感謝してるんだ」「それが人に感謝している時の態度かよ!?」 怒り心頭してしまい、思わずそんな言葉が俺の口を突いて出た。「ありがとう。本当に感謝してるんだよ。近頃は貧血続きで、すごく辛い日々を過ごしてたからね」 突然真剣な表情を見せると、アリスは静かにそう紡いだ。「いや、感謝してくれてるんだったら まぁいいけどな。とりあえず俺、生きてるみたいだし」 いきなり真面目顔で礼など言われたものだから、俺は少し戸惑いがちに視線を泳がせる。「でもさぁ…」 目の前のそいつが吸血鬼だなんて未だに信じられなくて、俺は再び口を開く。「アリスさん、あんたって本当に吸血鬼なの? なんか今でも信じられないんだよね。しっかりと血吸われてるのにな。それにあんた、なんでここにいんのさ? 不法侵入じゃん!」 俺の言葉に、アリスは深い紫を細めてクスっと笑う。「あぁ、そのことね。手加減したつもりだったんだけど、僕も貧血続きだったこともあって、つい吸いすぎちゃったみたいなんだよね。そしたら君、いきなり倒れるんだもん。驚いたよ」 笑いを含んだ声音で言う彼を前に、本当に驚いたのは俺の方だと内心で毒突く。そんな俺の思いなど余所に、アリスは話し続けた。「この部屋に入るのなんて簡単なもんだったよ。だって君、アパートの鍵、シャツのポケットに入れてるんだもん。もう少し分かりにくい場所に仕舞っとかないと、君危険だよ。今度からはちゃんと気をつけてね」 こっ、こいつはぁ!! 人の家に勝手に侵入しておきながら、何が気をつけてね。だ!!本当なら俺が訴えれば、刑法百三十条 住居侵入罪で罰せられるんだぞ!! 分かってんのか、こんちくしょう!! 俺は込み上げる怒りに両手をきつく握り締めた。おそらく今の俺の顔は、相当すごい形相を呈していることだろう。 そんな俺の様子にも気づいていないのか、アリスの話は続いた。「厳密に言えば、僕は純血のバンパイアではないんだ。バンパイアの父親と人間の母親から生まれた、いわゆるハーフってヤツでね」 ハーフ…。そう憮然として俺が呟くと、彼は真剣な表情で頷いた。「この目も本当はカラコンなんかじゃないんだ。生まれつきこう言う色なんだよ。まぁ、こう言う職についてるから全く気にせずにいられるんだけどね」 そう言って彼は笑ったが、それがどことなく寂しげに見えて、それまでの俺の怒りもどこかへ消えうせてしまった。それどころか奴に僅かながら同情さえ抱いてしまっている。「だけどさぁ」 ゆっくりと口を開く。アリスの瞳と視線を合わせた。「なんでわざわざ男の血なんて吸ったりしたんだ? 普通吸血鬼って言えば、綺麗な女の人の血を欲しがるものなんじゃないのか?」 俺の問いに、アリスは苦笑を浮かべると再び話し出す。「僕だって、何も好き好んで男の血ばっかり吸ってる訳じゃないんだよ。アレルギー…なんだ。生理的に女性の血が受け付けられない体質みたいでね…。」 女性血液アレルギー--。「はぁ…なるほど」と得心する俺の前で、彼は相変わらず苦い笑みを浮かべている。「じゃぁ、あんたも色々と大変だった訳か…」 ついつい同情の言葉さえ掛けてしまう。すると目前のアリスの顔が、急に満面の笑顔に変わった。「そうなんだ。もう昔と違って、バンパイアも暮らして行くのに困難な世の中になったんだよ。そんな訳で、今日から僕の専属血液提供者として宜しくね。今坂彰君」「は!!??」 我ながら間抜けな声を出したものだと思う。けれど、奴のあまりにも自己中心的な発言に、俺はただただ絶句するしかなかった。「今日から僕のマンションに越してきてもらうから。いいよね? あ、それと、君の荷物は君が気絶してる間に僕のマンションの方に運ばせてもらったから」「えぇっ!!??」 慌てて周囲を見回せば、確かに本来はあったはずの家財道具一式が全て綺麗さっぱり消えうせてしまっている。--な、何なんだよ、この男は…!!俺は既に怒りを通り越して、呆れかえっていた。 ぽかんと口を開けたまま呆然とベッドに座り込んでいる俺に、バンパイア アリスは「さぁ、立って? 早くうちへ帰らないとね」と、紫玉の瞳を細めて艶やかに微笑んだ。 アリス・シルフィード--こんな自己中な奴に一生血液を提供しながら生きて行かなくてはならないのか!? そう考えると、再び血の気が引いて行くような感覚に囚われた。--近い将来、俺は出血性ショックで死亡するかもしれない…。 漠然とそんなことを思いながら、俺は笑顔のままのアリスに半ば引きずられるようにしてアパートを後にした。~続く…かもしれない~ 面白かったら、ポチっとお願い致します(*^_^*)
2006/09/19
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街のネオンが瞬く中、俺の友人である白鳥真里菜は午後十時きっかりに迎えに来たリムジンに乗り込むと、華やかな笑顔で俺達へと手を振りながら帰って行った。俺達は先に帰る彼女を見送るべく、店の前に出ていたのだった。 今夜は友人の真里菜から、どうしてもホストクラブと言うのに行ってみたいので付き合ってほしいと頼まれて、七時頃から俺は彼女と共にこのクラブ ライムライトで飲んでいたのである。 俺はあと二ヶ月ほどで二十歳を迎える、しがない大学生だ。本来ならば、こんな単なる学生の俺が、ホストクラブだなんてしゃれたところで飲める訳絶対にないのだが、友人である真里菜は有名企業の社長令嬢と言うこともあり、普段から金に困ると言うこともない。もちろん今夜の代金も全て彼女もちと言うことで、ほぼ無理やりに俺は付き合わされた。 最初こそホスト相手に飲む酒など大して美味くもないだろうと思っていたのだが、徐々に酔いが回ってくるに連れて俺のテンションも高くなって行った。やはり何と言っても、おごりの酒は格別なのだ。 それに、真里菜が気に入って指名したナンバーワンホストのアリスと言う青年が、なかなかにユーモア溢れる饒舌家だったと言うことも手伝って、俺達の約三時間はあっと言う間に過ぎ去ってしまった。 黒のリムジンが排気ガスを残して、闇が小さくなって行くその姿を覆い隠した頃、俺は静かに踵を返す。そして再び、ライムライトの入り口へと歩みだそうとしていた俺に、さっきまで俺の隣で真里菜に甘い笑顔で手を振っていたナンバーワンホストのアリスが、突然こちらへと顔を向けて笑みを刻んだ。 何か言いたいことでもあるのかと思い、俺が彼へと視線を向けると、彼はカラーコンタクトを入れていると言っていた深いアメジストの瞳を細めて「少し君に話したいことがあるんだ。ここじゃ何だから、ちょっとついてきてくれるかな?」と、独特の甘い声音と、おそらくこれまでに何人もの女性を落としてきたであろう妖艶な微笑でそう告げた。 男の俺なんかに、わざわざ何の用があるって言うんだ?そう怪訝に思いながらも、とりあえずは彼の後に従う。 クラブから数メートル進んだ辺りで、俺よりも数歩先を歩いていたアリスは曲がり角を折れ、人気の全くない細い路地へと足を進めて行く。「あの…一体どこまで行くんですか?」 自然と敬語で尋ねていた。何故なら、さっき飲んでいた時、真里菜からの質問に彼が二十三になったばかりだと答えていたのを覚えていたからである。「この辺りまで来れば、もう平気かな?」 彼は相変わらずのひょうひょうとした態度と甘い口調でそう言うと、立ち止まってくるりと俺の方に向き直った。 ぽつねんと、たった一つだけ寂しげに佇む街灯。その淡くほのかな光を受けたアリスの姿は、御伽噺から抜け出してきた王子様さながら幻想的に映った。 線の細い茶色の髪とコンタクトの深い紫が彼の色素の少ない陶磁器のような滑らかな肌にくっきりと映えていて、男の俺から見ても怖いくらいに美麗に見えた。「あの…話って何なんですか?」 俺よりも十センチ程背の高い彼を見上げて改めて尋ねると、「実はね」そう言って突然片手を取られて引き寄せられた。--なっ、何なんだよ、こいつ!! まさかホストやってるくせに、男に気があるなんてことないよな!!? 驚愕のため瞳を見開き、アリスを凝視する。そんな俺の態度にアリスはその優しげなアメジストの瞳をより一層和らげると「やだな。そんな怯えなくても大丈夫だって。あぁ、一応言っとくけど、別に僕、男性に興味がある訳じゃないから」と、今しがた俺の考えていたことをきっぱりと否定した。--こ、こいつ何!? 読心術でも会得してる訳!!?? 俄かに狼狽する俺。俺の内心を読み取ったのか、アリスが妖艶な笑みを浮かべて顔を寄せてきた。綺麗なアメジストの瞳に俺が映り込む。--やめろっ!! 叫びたかったが、どうしたことか声が出ない。まるで喉元が凍り付いてしまったような恐ろしい圧迫感を覚える。彼が俺の背に腕を回してくる。逃れたいのに指一本自力で動かすことさえ叶わない。まるで金縛りにでもあったかのように、俺はその場に立ち尽くしたままなすすべのない己を激しく憎悪していた。--やめろ!! やめてくれ!! アリスが艶然と微笑む。背中をいやな汗が伝う。 「大丈夫だよ。痛みなんて感じないから。いい子だから怖がらないで…」 アリスの甘い声が毒みたいに俺の脳を侵食して、五感の全てを徐々に剥奪して行く。--…殺される…!! 瞬間的に俺がそう考えるのと、アリスが「大丈夫。殺したりなんてしないから」と耳元でそう囁いたのはほぼ同時だった。 俺の首筋に彼が顔をうずめる。鼻腔をくすぐる微かなフローラルの香り--首筋に鋭い何かが刺さる感覚、だが痛みはない。けれど次の瞬間、全身の血の気が一気に引いて行くような、例えようのない脱力感に襲われた。視界が霞む。体中の感覚が失われ、考えることさえままならない。そして激しい眩暈と脱力感から、俺はついに意識を手放した--。~続く~ 面白かったら、ポチっとお願い致します(*^_^*)
2006/09/19
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入江医師。貴子が駅の階段で捻挫した際、診察してもらうべく訪れた病院で出会った誠実そうで柔和な青年医師。けれど姿は同じであっても、今この場所で貴子を抱きしめ涙を流す彼と、あの時の凛とした彼とは、何故かどうしてもイメージが一致しなかった。「逝かないで…すみれ…! お願いだから、一人で逝ったりしないで…! 今度こそ、ずっと…ずっと…側に…居るから……!」 はらはらと貴子の肩に零れ落ちる彼の涙に、突然抱きしめられたことに対する驚愕から、一旦は止まったものと思われた彼女の涙が誘発され、再び溢れ出す。--…可愛そうな人…。何故、泣いているの…? 涙で潤んだ瞳で入江医師を見上げる。彼の瞳もまた、涙で濡れていた。「すみれ…」 視線が交わると、彼は震える唇で細く呟く。街灯の灯りに照らされた彼の肌は青白く、酷く憔悴しきっているように見えた。「入江君! その子は、すみれじゃないわ!」 落ち着いたベージュのスーツ姿の二十代後半と思しき美しい女性が、そう言いながら二人のもとまで駆けて来る。彼女の足取りに合わせて揺れる柔らかなウェーブが、その女性を一層淑やかに女性らしく見せていた。彼女は二人の傍らで足を止めると「ごめんなさいね。この人、私の友人なんだけど、お酒に弱い人で…今かなり泥酔してるの」と、丁寧に詫びてから頭を下げた。「いえ、そうだったんですか」 そう返している途中で自分が泣いていたことに狼狽した貴子は、急いで手の甲で涙を拭う。「ご、ごめんなさい。私も、見ず知らずの方にお恥ずかしいところをお見せしちゃって…」 貴子が薄っすらと笑みを浮かべて女性に言うと、彼女は改めて貴子の顔を静かに中止して「本当によく似てるわね…! 彼が間違える気持ちも分かるわ…」と独白めいた言葉を呟く。 彼女の言葉の意味が理解できない貴子は、呆然としている入江医師の腕の中、怪訝顔で女性を見ていた。~To be continued~ 面白かったら、ポチっとお願い致します(*^_^*)
2006/09/16
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気づけば貴子は、流れ行く川面を見つめたまま、一人泣いていた。寂しくて、悲しくて、涙だけが止めどなく落ちて行く。純の笑顔が脳裏に過ぎる。分かっている。あの笑顔を、優しい声を、遠ざけたのは他でもない自分自身なのだと。なのに、それなのに、どうしてこんなにも寂しいのか。自分で選んだ道のはずなのに。たまらなく苦しい。 耐えられず嗚咽が漏れる。涙は未だ止まることなく、視界を歪ませる。「駄目だ! すみれ!!」 誰かの呼ぶ声--涙の混じる、悲しい声。刹那--ふわり、と身体が欄干から離れ、背中から誰かの腕によって抱きすくめられた。「駄目だ、すみれ…逝っちゃ駄目だ……!」 悲しげな男性の声。温かな雫が貴子の肩に触れた。--泣いている…! この人も、泣いている…! 伏せていた瞳を上げて、顔を傾ける。自分を後ろから抱きしめる人物の顔を確認すると、途端に貴子の瞳は大きく見開かれた。息を呑む。「入江…先生……!!」~To be continued~ 面白かったら、ポチっと押してやってください。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/15
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六畳和室の片隅で、背中を丸めて本を読む貴子の瞳は、文字の上を辿りながらもどこか寂しげで、沈んでいるように見える。 実際、本の内容など頭には入ってこなかったし、脳裏に過ぎるのは純のことばかりだった。 心にぽっかりと大きな穴が開いたみたいに、空虚で寂しい思いだけが胸中を支配している。彼と別れたことはもう後悔しないと、あれだけ誓ったはずなのに、この例えようのない虚無感と寂寥感は何なのだろう。 彼女は読んでいた本を閉じると立ち上がり、机の上に置いていた鍵だけを手に部屋を出た。私室の蛍光灯がつけっぱなしなのもそのままに、玄関にあった白いサンダルを履くと、駆け出すようにドアを飛び出す。鍵を閉める際、鍵にぶら下げていたキーホルダーの小さな銀の鈴がチリンと高い音を立てた。 髪をなびかせて、その場から駆け出す。エレベーターがあることも忘れて、螺旋階段を駆け降りた。 アパートを出ると、車のライトの川が視界いっぱいに広がる。それを横目に、ただひたすらに暗い歩道を走って行く。こんな空虚な寂しさなど、全て打ち消してしまいたかった。 気が付けばそこは橋の上で。蒸し暑い中、がむしゃらに走ってきたために額からは汗が流れ、鼓動が早鐘のように脈打っていた。暑い。あたかも全身の血液が、ものすごい速さで体中を駆け巡っているかのようにさえ思える。 橋の欄干に前のめりに身を預けて瞳を閉じると、乱れた呼吸を整える。激しい鼓動が欄干に伝わりそれが振動となって、再び彼女の身体に伝わる。その振動が徐々に落ち着きを取り戻し始めると、貴子はゆっくりと瞼を開いて穏やかに流れる川面を見下ろした。 緩やかに流れる川の水は、お世辞にも綺麗とは言えない濁り方を呈しており、この場所が都会の一部であることを如実に現していた。--帰りたい…。 ふと貴子の脳裏に、中学時代まで毎年 夏になる度に亜紀と一緒に行った美しい海の風景が鮮明に浮かび上がる。 昼間は白い砂浜、深いグリーンの海。空と海面、そして砂浜とのコントラストと降り注ぐ陽光が眩しくて、いつも目を細めた。それが夕暮れともなれば、何もかも一斉に鮮やかなオレンジ色へと色を変えるのだ。夕焼けをそのまま溶かしたみたいな海水は、足を浸せばほのかに温かく、夏の匂いを含んだ潮風は、心まで至福で満たしてくれた。泳いだ後の心地良い疲労感、そして亜紀や彼の祖父達の温かな優しさが大好きだった。懐かしい…とても懐かしい、あの夏--。 欄干に乗せていた腕に温かな雫が落ちる。瞬きをすると、それはキラキラといくつもの水晶の粒となり睫から散った。~To be continued~ 面白かったら、ポチっと押してやってください。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/15
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いつも私のブログをお読みくださっている方々、誠にありがとうございます。ランキングの方も、皆様がクリックしてくださるお陰で、50位以内をキープすることができています。 このブログを始めた当時は何と269位でした。でも、この程度の文章力だし、300位以内に入れただけでも奇跡的なのでは? と思っていました。それがまさか100位以内に入ることができるとは!!クリックしてくださっている皆様には、感謝の気持ちでいっぱいです(*^_^*) 本当にありがとうございます!これからも文章の向上に努めてまいりますので、皆様どうぞ宜しくお願い致します。 ★ ちょこっと予告 第5章がめちゃくちゃ長くなりつつあります「きっと、二人なら…」ですが、あと数回程度でやっとこさ第5章が終わる予定です。 主人公の貴子は、元彼である純との距離を改めて思い知らされ、寂しさに打ちひしがれていますが、今後それさえも吹っ飛ばしてしまうような出来事が待ち受けています。それを彼女がどう切り抜けて行くのか、彼女を取り巻く登場人物達の心の葛藤などとも合わせて、できるだけ繊細に描いて行けたらと思っています。 もう少してきぱきと更新できたら良いのですが、いかんせんシーンごとに要する時間が長すぎて…。。書きなれてきたら、描写も早くできるようになるのでしょうか…?私がそんな風になるまでには、まだまだ文章を書いて書いて書きまくって、そしてプロの方々の小説も読んで読んで読みまくらないといけませんね。 よっしゃ! 頑張りますっ(*^_^*)
2006/09/15
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「二人とも!」 その声にはっとして純と亜紀が声の方に目をやると、早くもアパートの前に立って手を振る貴子の姿が視界に映った。「今夜の失言は許してあげる! それに、色気が零なことも認める」ってか、それに関しては自分でも気づいてたけど。。「その代わり、今度ケーキおごってね~! じゃ、また明日。お休み~」言って一際大きく手を振ると、貴子は建物へと入って行った。「あぁ、また明日! おやすみ」彼女の背に向かって純が声を掛ける。亜紀は先ほどの純からの発言に未だ動揺していて、彼女に言葉を掛けることさえできなかった。彼女の住むアパートの隣。レンガ色の建物まで黙って歩く。神妙な顔つきで沈黙を守る亜紀の隣で、純は涼しげな表情のまま遠くを見つめている。「確か早川、お前のアパートここだよな?」一旦、亜紀の住むアパートの前で足を止めて純が言った。亜紀がうなづくと「じゃ、またな」とクールな笑みを残して歩き出そうとする。そんな彼を「ちょっと、桜井!」と思わず語気を強めて亜紀が制すると、彼は肩越しに振り向いて亜紀のことを見やった。「何があった? どうして、別れたりなんてしたんだ?」亜紀の問いに、純は隣の建物--貴子の住む五階建てのアパート--をさっと一瞥した後「彼女にとっての俺は、ただの憧れでしかなかったんだ」 そう静かな声で答える。「なんだよ、それ!? そんなの嘘に決まって!」「嘘じゃない。嘘なんかじゃないんだ。貴子自身、そうはっきりと俺に言ったんだ」だけど、それは彼女の本心じゃない!亜紀は口を開きかけたが、既に純は彼に背を向けた後で。「じゃあな」それだけ言い残すと、もう再び振り向くことなく彼は歩き出した。 純への想いはただの憧れだった--そんなこと、彼女の本心であるはずがない。おそらく彼女は自ら身をひいたのだ。純のことをずっと想い続けてきたあの友人のために。小さい頃から、ずっと貴子のことを見守ってきた亜紀がそのことに気づくまでに、それほどの時間はかからなかった。何故、同情で身をひいたりなどしたのか。亜紀は今すぐにでも貴子を問いただしたい心境に駆られたが、ずっと彼女の近くにいて見守ってきた自分だからこそ、その時彼女がどれほど悩み、苦しんだのか手に取るように分かる気がして…きつく瞳を閉じると、忙しなく車の行き交う車道に背を向けた。悔しかった。どうして、彼女が苦しんでいる時に気づいてやれなかったのか。--きっと、あの夜。足を捻挫して自分の腕の中、細く泣いた彼女…。あの夜こそが、彼女が純に別れを告げた日に違いなかったのだ。唇を噛み締める。鉄錆の味が口内に広がる。瞼を開いてアパートの中へと駆け込み、自分の部屋のある三階まで一気に階段を駆け上がる。ほの明るい蛍光灯に照らされたレンガ色の階段に、彼の靴音だけが高く響いた。廊下を走り、角部屋のドアに鍵を差し入れて荒々しくドアを開く。中に入るとすぐさまドアをロックしてから、私室へと飛び込んだ。 暗闇に覆われた室内は昼間の熱気の名残を漂わせ、彼自身をも闇の中へと包み込む。「なんで、桜井なんだよ! なんで…!」 胸底から溢れる激情と共に、かすれた声でそう搾り出すように言って、亜紀はベッドに突っ伏した。きっと今だって、貴子は純のことだけを想っているのだ。純と別れたことだって、絶対に後悔しているはずだ。彼女が最近バイトの勤務時間を増やしたのだって、できるだけ純のことを考えずに済むようにとの理由からだろう。「どうして…どうして、俺を見てくれないの…!?」彼女の近くに居るのは、他の誰でもない、この自分なのに! ベッドに拳を叩きつける。やるせない思い。固く握られた拳が、溢れ出す激情に耐え切れず小刻みに震えていた。ずっと、ずっと昔から貴子のことだけを想って、かのじょだけを見守ってきたのに。どんなに深く、強く想ってみても、決してその想いが届くことはなく…彼女との距離は開く一方で…。こんなにも近くに居て、手を伸ばせばその指は簡単に彼女に触れられるほどの距離に居るはずなのに、けれども心は遠く…決して届かない。「…ごめんね…ごめんね…」 あの夜、腕の中、泣きながらそう何度も、何度も繰り返した彼女の姿が亜紀の脳裏に鮮明によみがえる。--結局、何もしてやれなかった…。彼女はあんなにも苦しんでいたと言うのに。あの日、ずっと傍に居ながら、彼女の苦しみに気づいてやることさえできなかった。そのくせ、彼女を一番近くで見守ってきたのは自分なのにと、ずっと前から彼女のことだけを想ってきたのにと、髪を振り乱し、拳を叩きつけ、純に嫉妬心を剥き出しにする自分の何と醜いことか。こんな姿、貴子には見せられない。絶対に見せたくはない。 次に彼が顔を上げた時、その瞳には確かな決意の色が静かに宿っていた。~To be continued~ 面白かったら、ポチっと押してやってください。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/14
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さすがに深夜ともなると、道路際に建ち並ぶ家やマンションの窓にもカーテンが引かれ、ところどころカーテン越しに白い蛍光灯の灯りが漏れている程度で、他は闇に閉ざされている。「早川、お前もこっち来いよ!」 尚吾と別れてからもなお、数メートル前方を歩き続ける亜紀へと純が声を掛けた。亜紀は肩越しにうなづいて足早に貴子達の側まで歩み寄ると、純よりも数歩右斜め前に立って歩き出した。そうしなければ、いくら広い歩道でもさすがに大人三人が並んで歩けるほどの余裕まではなかったからである。「俺、来週長崎帰るから、早川と相田さんも良かったら遊びに来てよ」 歩きながら肩越しに二人の方へと顔を向けて、亜紀がにこやかに言う。すると純がすぐさま「早川、貴子とは幼馴染なんだろ? いいよ、無理に堅苦しい呼び方しなくてもさ」と笑顔で返す。「なぁんだ、知ってたのか。三坂から聞いたの?」前方に向き直りながら亜紀が尋ねる。「うん」と純がうなづいた。「いいな、幼馴染とかって。俺、そう言うの居ないから、ちょっと羨ましいかも」「そう? 兄弟みたいな感じだよ。よくドラマや漫画で見るような、ロマンチックさなんて皆無に等しいし」「何それ? そんなに色気ないの? 貴子って」亜紀の話を聞いた純が、そう言ってあははと笑い出した。「あまりにも近すぎるとね、色気とかって全くわかんないもんなんだよ。まぁ、それに相手がたかちゃんだしね」「早川、ひでぇ! その言い方」純はお腹を押さえながら、必死で笑いをこらえるも、ついクククと笑いが漏れてしまう。「ちょっとー! あっちゃん! 人がおとなしくしてるからって、好き放題言わないでよね!私のどこが色気がないってのよ!? 私もう十九なのよ。あっちゃんより四ヶ月もお姉さんなんですからね!」「たかちゃん、そう言うのを俗になんて言うと思う?」肩越しに貴子を見やる亜紀の顔を、きょとんと首を傾げて見上げる貴子。「そう言うのをね、ドングリの背比べ、って言うんだよ。ま、童顔同士頑張ろう? いいじゃない、色気なんか零でもさ」にこり、と亜紀から思いっきり爽やかに微笑され、貴子の何かがぷつっと切れた。「なんば言うとね! 私は童顔ばいっちばん気にしとると! こないだだってバイト先で、お客様から小学生と間違われたとばい!ねぇ、どげん思うよ、小学生ばい 小学生! ちょっとひどすぎん!?こげんセクシーな十九の娘ば捕まえてから、小学生はなかやろう」 いきなりの方言丸出し。貴子のその豹変ぶりに、純はまるで珍獣にでも遭遇してしまったかのように、驚き顔で唖然として彼女を凝視している。「確かに小学生は言いすぎかもしれんけど、中学生なら充分通る! よかことたい。若う見られとるとやけん。そのちょうしでバス代やら電車代、はたまた映画のチケットに至るまでぜ~んぶ子供料金にできたら、えらい生活費削減することのできるばい」「そいじゃ犯罪やろがぁ!!」「そうとも言う」二人の方言丸出しの会話を聞いているうちに、徐々に胸底から笑いが込み上げてきて、ついに純は吹き出してしまった。「ふはは、お前ら二人、ほんっと面白いよな? もう、さいっこう! 二人でお笑いコンビでも結成すれば?」そう言いながら、内心では亜紀と貴子の関係がとても羨ましくてたまらなかった。有りのままの貴子を引き出せるのは自分ではなく、この右斜め前を歩く童顔の友人だけなのだ。分かっている。二人が一緒に居るのを見たあの日から、ずっと気づいていた。けれど純はその事実から目を逸らし続けてきた。怖かったから…それを認めてしまえば、彼女はすぐにでも自分の手の届かないところへ離れて行ってしまいそうで…それが、どうしようもなく怖かった。けれど結局、どんなに純が二人から目を逸らしたとしても、別れは自然に訪れた。それは偶然などではなく、きっと必然だったのだろう。「見た? 桜井。これが本来のたかちゃんの姿だよ。ね? 色気も何もあったもんじゃないでしょ?」 少しブルーになりかけていた純のことなど気づく由もなく、あははと楽しげに笑いながら亜紀が言う。そんな彼に「確かに色気零だな。何しろ既にその九州弁が笑いを誘う」と、純も笑いを含んだ声でそう答えた。「全く失礼かねぇ、二人とも。なぁんで九州弁は都会で使うと笑われるとやろう? じゃぁさぁ、九州の女性達はみーんな色気のなかってこと?」ふてくされて唇を尖らせる貴子へと「いや、そいはちょっと違うごたる。さっきのはあくまでも、たかちゃんの話であって、九州の女性全員に当てはまる訳じゃなか。って、こげんこと普通説明せんでも分かるやろう!?」と、慌てて亜紀が返すも、それは全くもってフォローになっておらず、より一層貴子をすねさせる結果となった。「ふんっ、もうよか! あっちゃんも桜井君ももう知らん! どうせ私なんかコンニャクイモたい!」言い終わらないうちに貴子は歩む速度を上げた。ぐんぐんと遠ざかって行く小さな背中。時折吹く生温い夜風が彼女の髪をサラリと持ち上げては、街灯に照らされたカットソーの白を更に明るく見せる。「ちょっ、たかちゃん!」咄嗟に彼女を追いかけようとした亜紀だったが、隣の純へと視線を向けると「ねぇ桜井! 桜井はたかちゃんの彼氏なんだから、ちゃんと責任持ってたかちゃんの機嫌直してよ」と、顔は笑ったまま、からかい半分に言う。一瞬--純の顔が曇ったことに、彼が気づくことはなかった。「無理だよ。だいたい元はと言えば、早川が怒らせたんじゃないか、貴子のこと」「たかちゃん今はちょこーっとすねてるけど、桜井が甘い言葉吹き込んだらすぐに機嫌よくなるって」「あぁ、無理無理。俺もう…貴子の彼氏じゃないし」「え…!?」 一瞬、亜紀は自分の耳を疑った。彼氏じゃない。彼氏じゃない…ってことは--。「別れたんだ、俺達」亜紀が尋ねるよりも先に告げられた純からのその言葉は、彼の心を激しく波立たせ大いに動揺させた。~To be continued~ 面白かったら、ポチっと押してやってください。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/14
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これまでこちらのブログでは、安倍川餅きなこと言うHNを使ってきましたが、このほどHNを変更致しました。厳密に言えば、変更ではなく元に戻したと言う方が正しいかもしれませんが。。 本館の方でも仲良くしてくださっていた方ならお分かりだと思いますが、私は辛い現実から少しの間逃避すべく、このブログを立ち上げました。少しでもその現実から目を逸らしたくて、ただひたすらに毎日毎日、下手な文章を書き続けました。書いている時だけは、辛いことも忘れられたし、少しの間だけでも夢を見ていられたから…。このブログのタイトルも、私と同じように辛い日々を過ごしている人達に、少しでも温かな夢を見て頂けたなら…そんな思いを込めて夢色ノートと名づけました。まだまだ文章も稚拙だし、人様に夢を見て頂こうなんておこがましいかもしれませんが、皆様と少しでもほんわかとした温かな夢を共有できるよう、これからも書き続けて行きたいと思っています。 このブログを開設して、早いもので約2ヶ月と言う時間が流れました。今では精神的にも安定し、やっと現実を受け入れられるようにもなりました。そこでこれを機に、HNを元の瑠梨へと戻したと言う訳です。HNは変わりましたが、どうか皆様、今後とも宜しくお願い致します。 以上、ご報告でした(*^_^*)
2006/09/13
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「早川もさぁ、いつも俺に気 遣ってくれるんだよな…」「え?」「あいつ、俺が貴子のこと好きだって知ってるから、いつも気きかせてくれてさ。もう気なんて遣わなくてもいいのにな。俺と貴子はもう…友達に戻ったんだから」 夜風が貴子の髪をさらい、街路樹の葉をザワザワと鳴らす。彼の口から出た『友達』と言う言葉が小さな棘となり、彼女の心の奥深くに突き刺さる。--あぁ、そうなんだ。私達は友達…。 心が…痛い。分かっていたはずなのに、どうしてこんなにも切ない気持ちになるのだろう…。どうして、どうしてこんなにも、彼が遠くに思えるのだろう…。「早川に伝えておいてくれるかな? もう気は遣わなくていいからってさ」 そう言うと純は爽やかに微笑んだ。「うん。伝えておくね」 貴子も何とか笑って見せたけれど、本当は泣いてしまいそうだった。--バイト先でドジをしてしまった自分を助けてくれた彼。初めて二人で行った水族館。両想いに気づいたあの夜。時の記念日に生まれた彼--。幸せだった。心から幸せだった。彼と出会ってからと言うもの、何もかも至福に満たされていて…周りの景色全てがきらめいて見えた。けれど今は全て遠く--時の彼方(かなた)で、静かに輝いている。 彼の優しい笑顔も、耳に心地良い涼しげな声も、この切ない想いさえも、いつか時が経てば…全て思い出に変わるのだろうか…。「桜井君…?」 細い声で彼の名を呼ぶ。彼がこちらへと顔を向けた。ありがとう。幸せだった…。そう伝えたかったけれど、切なさと寂しさで喉の奥が詰まり、結局開きかけた唇を再び閉ざした。 交差点に差し掛かると「そんじゃ、また明日な!」と、尚吾が振り返って手を振ってきた。彼の自宅の方向は、貴子達三人とは全く逆の方向なのだ。「あぁ、また明日な。言い出しっぺが忘れんなよ!」 からかうように唇の端を持ち上げて見せると、純はそう言って彼へと手を振りかえした。「気をつけて帰ってね。また明日!」 貴子も笑顔で手を振る。数メートル先の方で、亜紀も同じように尚吾へと手を振っていた。 歩行者信号が青へと変わると、尚吾は早足で横断歩道を渡りきり、もう一度だけ振り向いて軽く手を振った。「三坂くーん、明日お見舞いの帰りにバナナパフェよろしくー!」 亜紀が満面の笑顔で、道路を挟んだ向こう側に立つ尚吾へと甘えたような口調でそう言うと「あぁ、分かってるって。その代わり、夜はたのんだからな」と、尚吾もまた笑みを浮かべる。「任せといて」亜紀のVサインを確認すると「んじゃまた」と言って、尚吾はヒラヒラと手を振った後歩き出す。彼が曲がり角を左に折れて、その背が夜の闇に消えた頃、三人も再び歩き出した。~To be continued~ 面白かったら、ポチっと押してやってください。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/13
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最近駄目です。「きっと、二人なら…」を書くのに、かなり飽きてきてます。。やばいです。。。(苦笑)元より飽きっぽいわたくし。ここまでなんとか続けて来られたのも、きっとブログのお陰だと思います。ネット公開せずに、自分の趣味だけで書いていたら、おそらくはとうの昔に放り出していたはず。。(^^;けれど今、この中途半端な状態でまたしても放り出してしまいそうな予感…。あぁ、いかんっ! 今回はちゃんとラストまで書き上げなくては!ラストまで書き上げることこそ、物書き超初心者としての私の目標なのだから。 皆様にはヘッポコ文章を晒してしまい、大変申し訳ないです!m(__)m 土下座 あぁ、高速で描写する能力がほすぃ~!プロットだけは最後まで完成しているのですが、実際に書き始めると、どうもだらだらと長くなりがちで、そのくせちっともおもろくない!(滝汗)終わってるよ、私。ってか、もともと始まってもいないけど。。(^^; ついでにキャラが薄っぺらくてこれまた最悪!登場人物は、より人間らしく書くのが目標だったはずなのに、気が付けば個性も何もあったもんじゃないキャラばかりになっていると言う始末。。あぁ、本当に難しい…。 小説を書き続けることって、自分との戦いなのですね。現在、それが深~く身にしみております…。 きちんとラストまで書き上げてらっしゃる方々は、本当に素晴らしいと思います。私も皆様を見習って頑張らなくては!
2006/09/12
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貴子と純に気を遣っているのか、亜紀と尚吾は二人より数メートル先を談笑しながら歩いていた。「三坂さぁ、しばらくはその眼鏡でいるの?」「あぁ、もちろんだとも。気に入ってるんだ、この黒縁眼鏡☆」「ごめん。正直に言う。ださいよ、それ」「なっ、何を~!?!? だったらお前も掛けてみろ~! きっとこの眼鏡の素晴らしさに気づくはずだ」 ちゃっ、と眼鏡を外すと間髪入れずに亜紀に掛けさせる。「うわ、度が合わないから歩きにくい!」 いやそうに言っているが、亜紀の顔は明らかに笑っている。「似合うぞ、早川! 君は童顔だから、眼鏡を掛けた方が大人っぽく見えるんだ」「えっ? それほんと? 俺、大人っぽく見える?」 亜紀、満面の笑顔!「あぁ、とても大人っぽいぞ! 素敵な大人の男性だ!」「そ、そう? 三坂君、この眼鏡もらってもいい?」「うわぁ、駄目駄目駄目! ぜ~ったいに駄目っ!!」「いいじゃん、けちぃ」「他の物はよくても、これだけは駄目なのぉ!」「いいじゃん、そう言わずに、ねっ?」 亜紀は片目を閉じてにこっと笑った。女性から見れば、それはもう可愛い笑顔で。けれど、ださい黒縁眼鏡がそれを打ち砕いていた。 ださい眼鏡の取り合い合戦を繰り広げる彼らを前に「あいつら、仲いいよなぁ」と純が笑う。「ほんと、楽しそう。さしづめ桜井君は、あの二人の頼りになる保護者ってとこかな?」言って貴子もにっこりと笑った。意外と自然体で話せることに嬉しさを覚えて、貴子の足取りも軽くなる。「あいつらさぁ、普段は少し子供っぽく見えるかもしれないけど、案外そうでもないんだよなぁ…」 まるで遠くを見るような瞳で、ゆっくりと純が話し始める。車の騒音の中、その言葉のたった一つでも聞き逃すまいと、貴子は彼の話に真剣に耳を傾けた。「三坂さぁ…八つの頃、事故で両親と妹を一度に亡くしてるんだよ。それであいつ、父方のおじいさんに引き取られて暮らしてたんだって。でも…」純の瞳が悲しげに曇る。彼の話に貴子は言葉も出ないくらい、驚きで胸がいっぱいだった。普段あんなにも明るい彼が、まさか事故で家族を失っていただなんて--。「でも…」再び純が口を開いた。「そのおじいさんも、あいつが十六の頃亡くなって…。あの眼鏡はさぁ、あいつの大好きだったおじいさんの形見の品なんだよ。レンズだけ換えて、あいつ大事に使ってるんだ。前に尚吾、こう言ってた。何かあって落ち込んだ時は、いつもあの眼鏡掛けるんだって…。そうすると、自然と今自分が一番やらなきゃいけないことが見えてくるんだって。じいちゃんのお陰かな、って あいつ…笑ってた」 数メートル前方から、尚吾と亜紀の明るい笑い声が響いてくる。胸が、苦しくなった。貴子には想像もできないほどの悲しみを、彼は全て乗り越えてきているのだ。何だか急に目頭が熱くなって、彼女は歩みを止めた。「貴子…?」 突然立ち止まった彼女を心配して、純も足を止める。そして、黙ったまま身動き一つしない彼女の瞳を静かに窺う。 貴子は自分の心の小ささ、弱さを改めて知った気がした。誰もが皆、何かしら抱えて生きているのだ。それを思うと、これまでの自分の悩みなど、尚吾の乗り越えてきた苦しみや悲しみに比べれば大したことはない。「貴子?」 純の優しい声。彼のその瞳が心配そうに貴子を見つめる。彼女は数回ゆっくりと瞬きを繰り返した後「ごめんね。何でもないの。ただ…私も頑張らないとなって思って…」と静かに答えた。それから再び歩き出す。前方からは相変わらず楽しげな尚吾と亜紀の笑い声が聞こえていた。「そうだな。俺も…頑張らないと」 純も歩き出し、彼女の隣につく。街灯の下を通り過ぎる際、彼の繊細な横顔が夜にくっきりと映えた。とても綺麗だけれど、どこか寂しげな彼の横顔。少しだけ胸が、痛くなった。~To be continued~ 面白かったら、ポチっと押してやってください。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/12
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「どう? 相田さん、俺の眼鏡、似合うかしら?」 わざとおねえ言葉で言って、尚吾はふふーんと笑って見せた。「え、はぁ…何とも…古風なお眼鏡で」 少し困ったような顔をしながらも、貴子もいつものお笑い口調で言葉を返す。すると得意げに「でしょ? このレトロな感じが素敵なのよ」と尚吾が続けた。「だから何でさっきっから、おねえ言葉なんだよ!」けれど、すかさず純から突っ込まれ、「あら、細かいこと気にする人ねぇ」と何故か相変わらずのおねえ言葉で返す尚吾なのだった。 そこへ「まぁ、とにかくアイスティーでも飲んで」と、由里が五人分のアイスティーを運んできて、ストローの刺さったグラスを皆の前に置いた。それから「後はもう私がやるから、お父さんは上で休んでてくれていいよ」と父へと言う。「あぁ、後は頼んだよ」彼女の父親は穏やかに笑ってそう言うと、店の奥へと入って行った。「でもさ三坂君、その眼鏡かけるとなんかすごくおもしろ顔に見える」 そう言ってクスクス笑いながら、由里も貴子の隣に腰を下ろした。「ところでさぁ、なんで今日は眼鏡な訳?」「よくぞ聞いてくれました、早川君! 聞くも涙、語るも涙の理由(わけ)があるのですよ!」 いかにも聞いてちょうだい! と言わんばかりの尚吾の口調に、他の四人が一気に苦々しい笑みを浮かべる。「実はね」皆の苦笑など余所に、尚吾がおもむろに語り始める。「今朝、朝飯を食いに出かけたんだけど、横断歩道渡ってる最中に強い風が吹いてきて、目にゴミが入った訳よ。ハードコンタクトって目にゴミ入ると、めちゃくちゃ痛いんだよ。もう歩道の真ん中で大の男がボロボロ涙零しながら歩いてんのってどうよ!?」「いや、どうよ? って問われても…」 声を揃えて言う四人。そのこめかみからは明らかに汗が伝っている。「でさ、一生懸命ゴミ取ってたら…!」ズルリ、と何故かストローは使わずにアイスティーをすする。「なんでストロー使わないんだよ!!」との亜紀からの鋭い突っ込みが。「やぁねぇ、早川君も細かいんだからぁ」「だから、なんでおねえなんだよ!!」最後には四人全員から突っ込みを入れられる始末。「で? ゴミ取ってて結局どうなった訳?」 由里が促すと、再び尚吾が話し出した。「ゴミは取れたんだけど、それと一緒にコンタクトまで外れて、その上風に飛ばされて落ちたところをおばはんに踏んずけられた」 哀れだ! なんて哀れな男、三坂尚吾。。あまりにも気の毒すぎて、返す言葉さえ見つからない。「で、でも…さ。片方だけで…良かった…よ、ね?」何とか秋がフォローしたけれど、そのぎこちない途切れ途切れの言葉が、余計に尚吾の哀愁を濃くしたことなど当の彼自身は全く気づく由もない。「で? わざわざ俺らを呼び出した理由って何?」 相変わらずクールな純が、あっさりと話題を変えるべく尚吾に尋ねると「えぇ? ひどいよ、桜井君ったらぁ! 少しくらい慰めてくれたっていいのにぃ!」と尚吾が甘えたように言った。「いや、だからもういいですから、おねえは。。早く本題いってくんないかな?」思いっきり苦笑しながら純が言うと、「はう、桜井って冷たい。きっと血液が氷水でできてるんだ」とだだっ子よろしく顔をしかめて見せる尚吾。「あはは…」 他の皆一同に薄ら笑いを浮かべる。「病院の飯ってすんげぇ不味いらしいんだよ。そこで今宮さんに、俺らみんなで美味いもんでも食わせてやれないもんかと思ってね」--いきなり真面目モードかよ!! そんな風に、他の四人が心で突っ込みを入れていることなど全く気づく由もなく。尚吾の表情は真剣そのものだった。「確かに、病院のご飯は美味しくないよね。私もお父さんが入院してる時、一度一口だけ食べさせてもらったことあるんだけど、すんごい味薄かった!」 話している途中でその時の味を思い出したのか、由里は苦虫を噛み潰したような顔をした。「そうよねぇ。どこの病院も似たような味だって聞いたことあるし」貴子も由里の話にうなづきながら言う。「そこで、俺に良い考えがあるんだが」 真剣な顔で言うと、尚吾は声を潜めて皆に耳打ちするかのように話し出す。既に閉店していることさえ忘れて、小さな喫茶店の片隅、頭を寄せ合いひそひそと作戦会議さながら話し合う五人は、端から見れば明らかに怪しい。そして何やら話が纏まったらしく、五人一斉に椅子から立ち上がる。けれど勢い余って、尚吾の椅子だけがガタンッ!! と派手な音を立てて倒れた。「では君達、明日は作戦通りに頼んだよ!」「イエス! ボス!!」 びし!! と尚吾に向かって敬礼する四人。全く乗りやすい学生達である。 その後、由里以外の四人は彼女に「また明日」と手を振ってから店を後にした。~To be continued~ 面白かったら、ポチっと押してやってください。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/11
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ひどく蒸し暑い真夏の明け方、きなこは不思議な夢を見た。こんなにも暑い時に見ている夢にも関わらず、夢の中の季節は正反対の真冬で、その上しかも雪まで舞っていた。「おぉ・・さむ~!!」 きなこが震える腕を自分でさすりながら窓辺へ歩み寄ると、庭の木々は薄っすらと白く色づきつつあるのだった。こんな雪の降る仲、これから祖母は親戚の家まで出かけると言う。きなこは窓から離れ、今まさに玄関を出ようとしている祖母の元へと走った。玄関には祖母を見送るべく、家族全員が既に集合していた。「おばあちゃん、雪がひどいから滑らないように気をつけてね。ほんとは行くのやめた方がいいと思うんだけど…」心配でたまらないきなこは、玄関のドアを出ようとしている祖母へと声を掛ける。けれど彼女の祖母は、これくらいの雪なら大丈夫だと言葉を返して、淡い紫色の傘を差すと歩き出した。他の家族が皆「行ってらっしゃい」と笑顔で見送る中、きなこだけは祖母のことが心配でならなかった。 いまいちすっきりしない心のまま私室に戻ったきなこは、突然例えようのない睡魔に襲われ畳の上に横になった。当然季節は真冬のため、何もかぶらずに横になれば寒いに決まっている。けれど押し寄せる睡魔には勝てない。そうして寒さに震えながら畳みに横たわっていると、何者かがそっと毛布を掛けてくれたのだった。きなこは睡魔を追い払うかのように必死で重い瞼を開くと、ゆっくりと身を起こした。するとそこには、彼女を心配そうに見つめる見知らぬ美しい青年の姿があった。彼は穏やかな笑顔で彼女の片手を取ると「手がとても冷たいですが、大丈夫ですか?」と問うてきた。イケメンからいきなり手を握られると言う普段絶対にありえない状況に直面したきなこは、あまりの動揺に言葉さえ失い呆然と彼の顔を見つめていた。「あの、大丈夫ですか?」再び青年が声を掛けてきた。そこできなこは、ある重要なことに気が付いた。それは、先ほどから自分に問いかけてくるこの青年の声が、まさしく『ちび○る子ちゃん』の登場人物の一人である丸尾君のものであると言う事実だった。だとすれば、この青年が丸尾君の声優さんなのだろうか…?丸尾君の声をされている方は、確かZガンダムの主人公 カミーユの声もされていたはず…!などと色んな想像がきなこの脳裏を駆け巡った。 けれどそうやってきなこが無言なことを心配したのか、青年は更に「どうされました? 大丈夫ですか?」と優しい言葉を掛けてくる。イケメン男性と密室に二人っきりと言う息の詰まりそうな状況に耐えられなくなった彼女は、「すっ、すみませんっ!」とだけ言い残して猛ダッシュで部屋から逃げ出した。そして二階の別室に駆け込むと、ほっと一つ大きな溜息を逃がした。いまだ、初めて恋をした少女さながら胸は激しく高鳴り、心はときめき フワフワと弾んでいた。と、そこで夢から覚めた--。 朝にも関わらず、まとわり付く湿気が非常にうっとうしく、きなこは汗びっしょりの状態で布団から身を起こした。「あぁ…変な夢だったぁ…;;まさか丸尾 末男にときめきを覚えてしまうだなんて…終わってるわ私」流れる滝汗を拭いながら、きなこは苦笑した。それに、丸尾君の声をされている声優さんはそれほど若い人ではない。そこからも分かるように、彼女の見る夢には何の根拠もないのである。けれどその日見た夢がきっかけで、きなこはZガンダムの劇場版を観たいと言う激しい欲求に駆られることとなる。「おぉ、カミーユ!」~おしまい~ 面白かったら、ポチっと押してやってください。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/11
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夜、十時過ぎ。本日のバイトも無事に終了し、貴子が仕事仲間に挨拶を済ませてから店を出た瞬間、バッグから携帯の振動が伝わってきた。普段からバイト中は、形態の電源を切るか、マナーモードに設定しているのだ。急いでバッグから携帯電話を取り出す。発信者は亜紀だった。「はい、貴子です」 言いながらゆっくりと歩き出す。アーケード内の店のほとんどは既にシャッターが降ろされ、天井のライトも薄暗く落とされていた。「もうバイト終わった?」 いつもの亜紀の穏やかな声が、受話孔から耳に伝わってくる。彼の声の背後から聞こえてくる車の騒音で、彼が今バイト帰りであることが分かった。「うん、さっき終わったとこ。あっちゃんも今帰り?」「うん。でさ、さっき三坂から電話があって、ホワイトリリーに居るから来てほしいって言われたんだ。たかちゃん、これから平気?」「え? あっちゃんだけじゃなくて私もなの?」「うん。何か話があるとかで。桜井も呼んであるんだって」--桜井君…。 思わず瞬きさえ忘れた。何かしら話している亜紀の声も、どこか遠く、意識の表面を掠めるだけで少しも耳に届かない。薄暗いアーケードの真ん中をただ歩く。靴底に響くコンクリートの感触が、やけに固く感じられた。「--たかちゃん?」 いぶかしむ亜紀の声。向こうから腕を組んで歩いてきたカップルとすれ違う。甘いバニラの香りが鼻を掠める。「--たかちゃん!? どうかしたの? 大丈夫!?」「う…うん。平気」「そう、良かった」 心底安堵した様子の亜紀の声。ふと昼間、梓と話したことが脳裏によみがえる。--梓は全てを乗り越え、前に向かって歩き出そうとしている。そうだ。自分も歩き出さなければ。このままではいけない…!「それじゃぁ、ホワイトリリーへ行けばいいのね?」「うん。俺今、山田薬局の蛙の前に居るんだ」「そうなんだ。私ももうすぐアーケード出るから、一緒に行こっか?」「うん。じゃぁ、待ってる」「じゃぁ、また」 そう最後に言ってから貴子は電話を切った。 横断歩道の向こう側、亜紀が手を振っている。水銀灯のほのかな光を受けて微笑む彼は、無邪気だが、それと同時にどこか儚げな甘美さすら持ち合わせているように見える。 貴子も手を振りかえして微笑む。 信号が青へと変わると、早足で向こう側の歩道を目指した。彼女以外には渡る人の居ない横断歩道を挟んで車が何台も停車しているのを目にすると、何となく気が引けてしまい、貴子は更に足を速めた。「バイト、長かったんだね?」 歩道に辿りつくと、亜紀が開口一番そう声を掛けてきた。貴子は「うん」とうなづいてから「今日は一人休みの子が居て、その子の分の時間も働いたから」と言葉を継ぐ。「そうだったんだ」でも。そう言い掛けて亜紀は彼女の瞳を静かに伺う。すると彼女はきょとんと首を傾げて、彼の顔を黙って見上げた。「でも、バイト仲間のシフトまでこなすのはいいけど、あんまり無理しないようにね」 彼はすっと瞳を細めると、優しい笑みを浮かべた。「ありがとう。でも、平気。私、意外と夏には強いから。夏バテとかもほとんどしないし」にこっと微笑み返して、「じゃ、行こうか?」と貴子は歩き出す。彼女の言葉にうなづき返してから、亜紀も彼女の隣に付いて歩き出す。 コンビニの前を通り過ぎ、美容院の角を左に折れたすぐの小さな喫茶店。それが小嶋由里の父が経営する喫茶ホワイトリリーだった。 店のドアには既に『本日閉店しました』のプレートが掛けられていたが、窓からは未だ煌々と灯りが漏れている。貴子はゆっくりとドアを押して店内を伺うと、レジカウンターに立つ由里と彼女の父親であるマスターに「こんばんは。夜遅くにすみません」と頭を下げる。「こんばんは」彼女に続き、亜紀も挨拶する。「狭い所ですが、まぁごゆっくりくつろいで行ってください」 由里の父がその痩せた頬に笑みを刻む。彼女の父親は元々身体がそれほど丈夫ではない人で、普段からいつも貧血気味のような青白い肌をしている。彼は三年前に大病を患い、命さえ落としかけたことがあるのだと、確か以前に由里が話していた。「ささ、二人とも早くここに座って!」 窓際の六人掛けテーブルの端っこに座っていた尚吾が、明るい声で二人を手招きする。いつもはコンタクト装用のはずの彼の顔に、珍しく眼鏡が装着されている。いわゆる美形の部類に入るであろう尚吾の外見に、その古くさい黒縁眼鏡だけが妙に浮いた存在として視界に映った。「三坂、今日眼鏡なんだ」 笑顔で言いながら亜紀は尚吾の隣の関に腰を下ろす。尚吾の向い側の席には純が居て、そのため貴子を彼の隣に座らせてあげようとの亜紀の気配りなのだろうが、純と別れて数週間しか経っていない彼女にとって、それはかなり酷なことだった。けれど亜紀に、まだ純と別れたことを伝えていない以上、どうにかして自然に振舞わなくてはならない。貴子は動揺する心に、気にしない気にしない…と何度も言い聞かせながら彼の隣に腰を下ろした。~To be continued~ 面白かったら、下のウサちゃんをポチっと押したってください。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/09
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「この間は、ごめんね。…私ったら大人気なくて、あんな風に冷たく当たるようなことして…。何も、貴子が悪い訳じゃないのにね。本当にごめんなさい」 どうして? どうして彼女が謝るのだろう?悪いのは全て自分の方なのに。「桜井君から聞いたの。貴子と別れたこと…」 電話越しにも分かる彼女の声は僅かに震えていて。今電話の向こう側で彼女がどのような顔をしているかが、目に浮かぶように思えた。「人には色々な理由があるのに、あの時の私はそこまで考えられなくて…その結果、貴子に当たるような態度とっちゃって…」 梓の方が余程精神的に大人で、強い。それに引き換え、この自分の情けなさと言ったらどうだろう。勝手にうじうじと悩んで、その結果下した決断は二人もの大切な人を傷つけて。あげくの果てには、彼女に会うのが怖くて逃げ出そうとしていたなんて。 恥ずかしかった。彼女はこんなにも真直ぐなのに、自分はなんていやな女なのだろう…と。「貴子? やっぱり…怒ってる?」 遠慮がちに発せられた梓の細い声。貴子はすぐさま「やだ、ぜんぜん怒ってなんてないよぉ」と勤めて明るく答える。「そう。良かったぁ。安心した」 電話の向こう側で、梓が微笑んでいるのが分かる。--言わなくちゃ。だって本当は私の方こそ謝らないといけないのだから。 深く息を吸い込む。携帯を持つ手に力がこもる。「…梓?」「ん?」「私の方こそ、ごめんね。桜井君と別れたこと、本当は梓にもちゃんと話さなきゃいけなかったのに…。私…自分勝手で弱虫だから…怖くて、なかなか言い出せなかった」 目を閉じる。溢れそうになる涙を必死に耐えた。「…本当に、ごめんね」鼻の奥がつんと痛くなって、喉が締め付けられるようだった。「いいのよ。気にしないで」 優しい声。それから僅かな沈黙の後「付き合って行くうちに、それが恋じゃなかったってことに気が付くことだってあるよね。恋って…難しいね」そう寂しげに言った。「ほんと、恋って難しい…」 答えながら向かいの由里と目を合わせる。彼女は少し悲しげな表情を浮かべて、貴子のことを見つめていた。「そろそろ」 再び話し出した梓の声が僅かに明るさをおびた気がした。「そろそろ私も前向きにならないとね。桜井君にも、ちゃんと告白したのよ。結果は…駄目だったけど。だけど思う存分頑張ったから、もう心残りもないって感じ。やっと、吹っ切れそうよ。桜井君のお陰でダイエットにも成功したし、得るものは大きかったかも」最後に冗談っぽくそう付け加えて、梓はクスっと笑った。それからは普通に他愛もない話をして、また見舞いに行くことを彼女に伝えてから電話を切った。--もっと前向きにならないと。そして精神的にももっと強く。 携帯電話をバッグに仕舞う。顔を上げた時、窓の向こうに広がる夏空がとても眩しく目に映った。~To be continued~ 面白かったら、下のウサちゃんをポチっと押したってください。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/08
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駅ビルの五階にある喫茶店。その窓際のテーブルに貴子と由里は向かい合って座っていた。「はぁ…毎日いい天気だねぇ…」 テーブルに片手で頬杖をついて由里は窓の方を見やる。ショートボブの彼女の髪がサラリと揺れた。「ほんと。梅雨明けしてからと言うもの、ずっと晴天続き」 向かいの貴子も窓の外に広がる夏空を見上げて、その澄み切った青さに目を細める。氷の入ったお冷のグラスに触れている右手の指先が、ついさっきまで猛暑の中を汗水たらしながら歩いてきたことさえ忘れさせるほどに冷たくて心地いい。「お待たせしました。プリンアラモードと抹茶パフェになります」 言ってウェイトレスが貴子達のテーブルに注文の品を並べる。それから「では、ごゆっくりどうぞ」と会釈して店の奥へと戻って行った。「うわぁ、美味しそう! いただきます」 そう言うと、由里は早速スプーンを手に黄色いカスタードプリンを掬った。「いただきます」幸せそうに食べる由里を前に貴子はにこっと微笑むと、小さく切られたパイナップルを抹茶アイスに絡めてスプーンで掬う。パイナップルの黄色が抹茶アイスの黄緑と交じり合い、見た目にもとても涼しげだった。口に入れると頬までもひんやりと冷たくなって、外の暑さがまるで嘘のように思えた。エアコンとアイスで汗はすっかり引いてしまい、パフェを半分ほど食べ終えた頃には僅かな寒ささえ感じていた。「梓…そろそろ退院かな?」 プリンアラモードの最後のメロンを飲み込んでから由里が静かに言った。スプーンを動かしていた貴子の手がピタリと止まり、一瞬由里と視線を合わせたかと思うと、またすぐにそれはグラスの中の黄緑へと注がれる。「そうね…もうそろそろ退院かな」静かに目を伏せる。少し溶けかけた黄緑に、一つだけ残されたさくらんぼが埋もれていた。「一昨日、お見舞いに行ったんだ。そしたら梓、大分顔色よくなってた」「そう…」 意味もなくグラスの中の黄緑をスプーンでかき回す。さくらんぼの赤が沈んだり浮かんだりを繰り返しながら静かに回る。 あの日。梓に冷たい態度をとられて以来、彼女に会うのが怖くて、それ以後まだ一度も見舞いに行っていない。今では純と別れたことは自分自身で決めたことなので後悔はしていないが、そのことが原因で梓をひどく傷つけてしまったのだとしたら…そう考えるだけで、貴子の胸は自分への嫌悪感でいっぱいになるのだった。「ねぇ貴子、明日バイトお休みなんでしょ?」「う、うん」「だったらさぁ、一緒に梓のお見舞い行こうよ」 言葉が出なかった。ただ戸惑いがちに目を伏せて唇を引き結ぶ。向かいの由里が「どうしたの? ね? 行くでしょう?」と、黙り込んでしまった彼女の顔をいぶかしむような表情で覗き込んでくる。それでも貴子は何も答えられなかった。ただじっと瞳を伏せて、スプーンを握る手に力を込める。由里は苦い表情を浮かべて一つ溜息を逃がすと「梓と何かあったの?」と静かに問う。その問いかけに、貴子の肩がぴくりと跳ねた。「まったく…分かりやすいんだから、貴子は」言いながら彼女が苦笑する。そして、貴子の前の溶けかけの黄緑の中からさくらんぼのヘタを指でつまんでヒョイと持ち上げると「これ、もらうね」と瞳を細める。「う、うん」貴子が頷くのを確認してから、由里はさくらんぼを口の中に放り込んだ。「ま、だいたい想像はつくけどねぇ…。桜井君のことでしょ?」「えぇ、まぁ…」一瞬ぎこちなく視線を泳がせた後、貴子は答えた。「でもさぁ、貴子はもう桜井君と付き合ってる訳だし、堂々としてていいんじゃない? でないと、梓だってなかなか諦めつかないと思うし」真摯な態度で話す由里を前に、貴子は真剣な瞳で彼女を見つめる。そして僅かな沈黙の後「別れたの、私達」と静かに告げた。まるで時が止まったかのように、由里の動きが止まる。その瞳は驚きで見開かれ、唇は薄っすらと開いていた。「…嘘!?」 やっと彼女の唇からその一言が零れ、動きを取り戻す。由里は激しく目をしばたかせながら「ね、嘘…だよね!?」とテーブルに身を乗り出して尋ねてきた。貴子はもうほとんどシェイク状態にまで溶けてしまった抹茶アイスの残りを一気に飲み干すと「それが残念だけど本当なのよ」と自嘲気味な笑みを浮かべる。「なっ、なんで!? 一体何があったって言うの?」 更に身を乗り出して問うてくる由里へと「まぁ…色々と…ね」とだけ答えて瞳を伏せる。「そう…」 それだけ言って由里は身を引くと、椅子に深く腰掛け直した。そしてもうそれ以上、無理に理由を聞き出そうとはしなかったけれど、まだ釈然としていないことが、彼女の何とも形容しがたい表情から見て取れた。そうしてしばらくの間、二人とも無言のまま向かい合う。すっかりテンションの低くなってしまった二人とは対照的に、周囲の雰囲気はざわざわと賑わいを見せていた。カチャカチャと食器のぶつかる高い音や、夏休みなことも手伝って学生達の談笑する明るい声が店内に響く。貴子と由里の居るこの一角だけが、まるで透明な壁で囲まれた異空間のように静かな沈黙を保っていた。 その沈黙と言う名の透明な壁を打ち砕いたのは、携帯電話の着信メロディーだった。こもったメロディーは、貴子の傍らに置いていたバッグの中から聞こえてくる。バッグに急いで手を伸ばすと、貴子はファスナーを開いて携帯電話を手にする。瞬間、貴子の目が大きく見開かれる。発信者--梓。 急激に速まる鼓動。通話ボタンを押す指が震えた。「…はい」 声までもが微かに震えていた。「貴子?…私、梓」 細くて滑らかな声。それは、そよ風に揺られて静かに鳴る鈴みたいに耳に心地良く響いた。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/07
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尚吾の帰った後の病室は、元の冷たい空間へと逆戻りし、一人の寂しさを容赦なく梓へと突きつける。孤独を紛らわすために、先ほど尚吾が見舞いにと持って来てくれた小説へとテーブルに手を伸ばしかけた時、ノックの音が聞こえた。「はい」 伸ばした手はそのままに、ドアの方へと顔を向けて返事する。「失礼します」その声と共にドアが開かれ、若い看護士が部屋に入ってくる。彼女が押してきたワゴンの上にある点滴セットで、これから点滴なのだと悟った梓は、内心で あぁ、またかと苦笑する。看護士はベッドサイドまで歩み寄ると「それじゃ、点滴しますね」と明るい笑顔で言って準備を始めた。まだ二十代前半だろうか。肩ほどまである黒髪を二つに束ねた溌剌とした可愛い女性だ。おそらく自分よりは年上なのだろうが、その愛らしい笑顔や髪型、そして仕草などを見ていると、何だか年下のように思えてしまう。 点滴の針を刺す時、梓の腕を見て「白くて細いですね。羨ましい」と言って彼女は微笑んだ。 左手の甲にちくっと言う痛みが走り、静脈に針が入れられる。看護士は針が動かないようバンソウコウで固定し終えると、「いつもとおんなじで一時間ほどで終わりますから」と言いながら、梓と目を合わせた。「はい、ありがとうございました」 そう笑顔で言う梓の顔を看護士はまるで眩しいものでも見るかのように目を細めて見つめると「今宮さん、本当に綺麗ですよねぇ。若い先生方の間でも大人気なんですよ」と無邪気な笑顔を浮かべた。いきなりそんなことを言われ、照れくさいような気恥ずかしいような気持ちになり「そんな綺麗だなんて…こんな骸骨みたいに痩せちゃってるのに」と返して梓ははにかんで笑った。「明日、診察の時に退院のお話が出るんじゃないかと思います。良かったですね。大分元気になられて」「はい。本当に…。やっと、それなりに食べられるようになりました」「退院したら、もっとたくさん美味しい物食べてくださいね。いかんせん、ここの料理はあんまし…」語尾を少し小さめの声で言って看護士がクスクスと笑う。彼女に釣られて梓も瞳を細めて笑った。 看護士が出て行ってしまうと、室内に再びの静寂が訪れる。何気なく、点滴の針の刺さった左手に目を落とした。針の固定のために貼られた何枚もの白いバンソウコウが痛々しい。けれど点滴の針の痛みより、心の方がもっとずっと痛かった。 何故、人は恋をするとこんなにも心が苦しくなるのだろう。何本もの注射針を打たれるよりも、届かぬ想いを抱え続けることの方が余程…痛い。一人になるとそれは余計に鋭さを増し、想いを押し留めようとする心を何度も、何度も傷つける。--痛い…! ぽつり、ぽつりと梓のパジャマの膝を濃くする水滴。あぁ、私ったらまた泣いてる。 切なさで歪んだ顔に自嘲の笑みを浮かべると、彼女は顔を上げて右手で目元を拭った。そして想いを断ち切るようにベッドから立ち上がると、点滴スタンドを押して病室を後にした。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/06
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あの夜以来、尚吾は一日も欠かさず梓の見舞いに訪れている。毎日、彼女の好みそうな本や音楽CDを見舞いにと持参しては、その日大学であったことやバイトでやらかしてしまったドジ話などを話した。梓も彼が居てくれる数時間の間だけは、純のことを忘れることができたし、少しずつではあるものの確実に元気を取り戻しつつあった。「美味しい!」 その日も、尚吾が持って来てくれた水羊羹を向かい合って食べながら談笑していた。「あのさぁ、病院の飯ってあんまし美味くないってよく聞くけど、ここのはどう?」 廊下を行き来する看護士に聞こえないよう気を配りながら、尚吾が少し声を低くして尋ねる。梓の笑みが途端に苦笑へと変わった。「ここだけの話、あんまり…ね」そして「あんまり、って言うよりも寧ろ…ぜんぜん、かな」と、更に苦々しく顔をしかめる。「へぇ…そんなにも不味いんだぁ…」彼女の言葉と表情に釣られるようにして、彼も眉根を寄せて苦笑した。「もうほんっと、ひどいんだからぁ。調味料ぜーんぶ切らしてるんじゃないかって思えるくらい味薄いのよ」 梓の一風変わった表現の仕方に、尚吾は思わず噴き出してしまった。「何それ? そんなに味薄い訳?」ケラケラと笑いながら更に問いかける。「そうよ。それはもう薄いの! 煮魚なんて、ただお湯で煮ただけでしょうって言うくらいに…!」言って口元ににっこりと笑みを刻む彼女だったが、その瞳は笑っていなかった。「ふーん…なるほどねぇ…。せっかく元気になってきたってのに、そんなんじゃ食欲も失せるよなぁ…」そう返しながら腕組みをすると、尚吾は何事か考えを巡らせているようだった。「三坂君?」「うーむ…」彼女の呼びかけにもうなるだけで、何やら一生懸命思案している。「三坂君!?」今度は少し大きめの声で呼んでみた。けれど彼の反応は先ほどと同じ。ただ「うーん」と低くうなるだけ。全くどうしてしまったと言うのだろうか。梓が頬に片手を当てて困り果てていると、「よっしゃ! 決めたっ!!」と、突如として静寂を破る尚吾の声。その見開かれた瞳には、何やら決意に満ちた光さえ宿っている。「な、何を決めたの?」尚吾の謎の決意表明に、ただただ苦い笑みを浮かべながら梓が尋ねると「そ・れ・は」と彼は焦らすようにわざと大げさに返す。「それは、何なの?」好奇心から彼女が自然と身を乗り出して問い返すと、眼前十センチほどに迫った彼女の美しい顔を尚吾は驚きながらも夢のような現実に呆け顔で凝視する。「ね、何を決めたの?」「そ、それはっ!!」ほんの僅かな間の後「秘密だ!!」ときっぱりと宣言する。「なぁんだぁ…秘密なのね。ここまで焦らしておいて意地悪だなぁ…」 すっと梓が身を引く。それと同時に緊張の糸が切れたかのように尚吾は息を逃がした。--はぁ…綺麗な顔だった…! もう少し近くで眺めてたかったかも…。でも、これ以上長いこと接近してたら、理性保つために過呼吸起こしそうだしな俺。。 額に浮かんだ汗を手で拭う。そんな彼の様子をベッドに腰掛けたまま梓が首を傾げて窺っている。「暑い? エアコンの温度、もう少し下げようか?」言って枕元のリモコンに手を伸ばし掛ける彼女に「あぁ、平気平気。別に暑い訳じゃないから」と尚吾が慌ててかぶりを振る。「え? そうなの?」リモコンに伸ばし掛けた手を引きながら、梓が不思議そうに彼の顔を見る。すると目が思い切り合ってしまったことで更に動揺した彼は、咄嗟に視線をぎこちなく泳がせた。「もしかして、具合悪いの? なんかすごい汗!」「えっ? いや、あのその…」 梓の問いに尚吾がしどろもどろになっていると、彼女はベッドからすっと立ち上がり彼のすぐ前まで歩み寄った。しなやかな彼女の手が彼の前に差し出される。「えっ? えっ!?」そんな風に、この先の彼女の行動が読めない尚吾が驚きに目を見開いていると、額にそっと彼女の掌が触れた。夏なのにひんやりとした柔らかな掌の感触が心地良い。「…熱はないみたいね」彼女の手が遠ざかる。それがとても寂しく思えて、尚吾は静かに瞳を伏せた。「夏バテ…かな? こんな暑い中、毎日私のお見舞いに来てくれてるから…。三坂君、あんまり無理しないでね」 心から心配するように、梓の優しげな眼差しが彼へと注がれる。「大丈夫だって。俺、めちゃくちゃ元気だし。夏バテなんかしないよ」 まさか、君の綺麗な顔を度アップで見てたら緊張して汗が噴き出した。などとは言えず。とりあえず普通に返して彼はにっこりと微笑んだ。「それじゃぁ俺バイトあるし、そろそろ行くわ」 そして「また明日も来るから」と言葉を継いだ。 ドアの方へと歩んで行く彼の背に「あの…」と咄嗟に声を掛ける。彼の足が止まり、肩越しに振り向いて梓を見やる。彼女はベッドから立ち上がり、彼と目を合わせると「三坂君、本当にありがとうね」と穏やかな笑みを浮かべた。そして瞳を細めて頷く彼に、ゆっくりと息を吸い込み「明日は久しぶりにみんなにも会いたいの。だから…明日はみんなで来てくれないかな?」と静かな声で続ける。みんなでと言うことは、もちろん純や貴子も含まれているのだ。この言葉を口にするのに、今の彼女にどれだけの決意と勇気を必要とさせたのだろう。その穏やかな笑顔からは彼女の心の内を窺い知ることはできないけれど、一つだけ彼にも分かることがあった。それは、たとえ彼女が届かぬ想いを抱えていたとしても、いつかは前に向かって歩き出さなくてはならないのだ。みんなと会いたいと言った彼女の言葉から、彼女が前に向かって歩き出そうとしていることが、尚吾にも強く伝わってきた。 彼はうなづいて、静かに瞳を細めると「うん。分かった。みんなに伝えとくから」と言って穏やかに微笑んだ。そして温かな優しさを残して、彼は病室を出て行った。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/05
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そう。由里が言ったように、自分の想いなど届かないのかもしれない。梓の行き先が友達のところでないことくらい、尚吾にだって分かっている。「なんか…元気ないね」 尚吾の発した言葉に、梓が目を上げた。すっ、と視線が交わる。「そ、そんなことないよ。ちょっと疲れたのかな…。久しぶりに外を歩いたから」言って見せた彼女の笑顔はどこか悲しげで。尚吾の胸をきしませた。再び訪れた沈黙に、彼の胸底から言いようのない焦燥が湧き上がる。 きっと、純と何かがあったのだ。彼女が彼と会っていた数時間の間に、彼女を悲しませる何かが。そう、自分の知らない数時間の間に--。 ばさ、と膝に乗せていた紙袋を開き手を突っ込んで、白い箱を取り出す。「これ、うちの近所のケーキ屋で買ったプリン。結構美味いんだ! 良かったら食べて」 突然の彼の行動に梓はきょとんとした表情で、しきりに瞬きを繰り返しながら「あ、ありがとう」と礼を言ってから箱を受け取る。「えぇっと…まだあるんだ」 尚吾が再び紙袋に手を入れる。得体の知れない焦燥感を追い払うかのように、彼は袋の中をあさった。しばし、がさごそと中を探った後「はい。CDと、漫画と、お休みのお供に狸の縫いぐるみ☆」そう言って、次々とサイドテーブルの上に並べて行く。一気に賑やかになったテーブルを見て、梓の瞳が笑みの形を成した。「こんなにいっぱい、どうもありがとう。狸さん、可愛い」三十センチほどの縫いぐるみを胸に抱いて、ふんわりと花のような笑みを浮かべる。そして、縫いぐるみの柔らかな毛並みを楽しむかのように、狸の頭や背をそっと撫でた。「あぁ、フワフワ~☆ 可愛い」 目を閉じて微笑む彼女の方が、そんな狸なんかよりずっと可愛い。無邪気に笑う梓を前に、尚吾は素直にそう思った。「実は、あと一つだけあるんだ」「え?」と言うように、彼女の視線が尚吾へと向かう。彼は袋に手を入れると、さっと小さな紙袋を取り出して「これなんだけど」とかのじょへと差し出した。「何?」受け取った梓が、その白くて小さな紙袋をまじまじと眺める。感触からして、中身は小さくて平たい長方形の物らしかった。「これももらっちゃっていいの?」「うん。開けて見て」「ありがとう。それじゃ遠慮なく」言って梓が袋を開くと、中にはオレンジ色の布でできたお守りが入っている。取り出して眺める。お守りの表には『安産』と金の糸で刺繍されていた。それを目にした途端、急に笑いが込み上げてきて、梓はクスクスと笑い出した。「三坂君、これ、安産のお守りよ」楽しげに笑う彼女に、「だってぇ、無病息災のお守り、売り切れてたんだもん」と尚吾が爽やかな笑顔で答える。すると梓の笑いが更に増した。「やだ、安産だなんて、私妊婦さんみたい」お守りと縫いぐるみを抱きしめて笑う彼女に釣られるようにして、尚吾も笑い出した。「安産もご利益あるって。ほら、案ずるより産むが易しとも言うし」「何それ? 訳わかんないし。ねぇ三坂君、これ絶対にウケ狙ったでしょ?」「いやぁ、少しはウケ狙いもあるけど、無病息災のお守りが売り切れてたってのはほんとだよ」そうしてしばらく二人で笑い合った。彼女を包む暗くて重い沈黙なんて、どこかへ消えてしまえばいい。そして僅か。そう、ほんの僅かでも構わない。彼女の心の片隅でもいい。自分と言う存在の一欠けらでも入り込むことができたなら--。 何としてもこの笑顔を守りたい。自分が彼女の笑顔を守り抜こう。たとえこの胸の想いが届かなくとも--。 楽しそうに鈴の転がるような声で笑う梓を前に、尚吾は自分の心にそう固く誓った。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/04
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梓がタクシーから降り立つと、病院の正面玄関の前で壁にもたれて立つ尚吾の姿が目に入った。 彼はタクシーから降りて来た梓の姿を見とめると、すぐに片手を肩の高さまで上げて「やぁ」と言うように会釈して来た。 先ほどの純とのこともあって今はまだとても笑顔など作れそうもなかったが、出来る限り自然に見える笑顔を作って尚吾へと会釈した。「もしかして…待っててくれたの?」言いながらゆっくりと彼の元まで歩んで行く。「うん。でも、そんな長く待ってた訳じゃないんだ。さっき来たばかりだし」 そう明るく話す彼の額には汗が浮かんでいる。おそらく梓が自分に対して気の毒に思わないよう、優しい嘘をついてくれたのだろう。それはとても彼らしい、繊細な心配りだった。「私がここに入院してるって、よく知ってたね?」「あぁ、小嶋さんに訊いたんだ」 なるほどと納得して自動ドアをくぐる。尚吾も彼女の隣に並んで院内へと入った。 先ほどから尚吾の手にしていたペーパーバッグの中身が、彼の歩みに合わせてカチャカチャと音を立てている。夜の静まり返った病院の廊下に、それは意外と賑やかに響いた。ペーパーバッグのカチャカチャと言う音と二人の靴音がコンクリートの廊下や壁に不揃いに反響し、本当は悲しいはずなのにそれが何だか滑稽だった。 梓は自分の病室に彼を通すと、ベッドサイドのスツールを勧めた。「ありがとう」 言って腰掛ける彼と向かい合う形で、彼女もベッドに腰を下ろした。「友達のとこ行ってたんだって? 看護士さんから訊いた」「えぇ、ちょっと…」 そう答えて、梓は再び押し寄せる悲しみにそれまでの穏やかな笑みを消して瞳を伏せた。 突然の彼女の変化は、尚吾の脳裏に昼間由里から聞いた話を鮮明にフラッシュバックさせた。「三坂君、もしかして梓のことが好きなの?」 学食でたまたま一緒になった由里から唐突にそんなことを尋ねられ、飲んでいたジンジャーエルを思わず気管に詰まらせ尚吾は激しくむせた。「図星…か」 小さく言って顔を曇らせた由里だったが、それはほんの一瞬のことだったので、彼女の秘めた想いを彼に悟られることはなかった。「べっ、別にそんなんじゃないよ」 激しくむせたために涙目になりながらも笑顔だけは崩さずに、尚吾が慌てて言葉を返す。けれど由里は僅かに悲しげな表情を見せると、「もしも三坂君が梓のことを好きだったとしても、残念だけどその想いが届くことはないと思う」と続けた。 尚吾の顔から一瞬にして笑みが消え、真剣な表情へと変わる。「知ってるよ。今宮さんが、桜井のこと好きなことくらい」「そう…だったの」 寂しげな表情のままの由里を前に、尚吾はゆっくりと言葉を続けた。「彼女の態度見てたら、いくら鈍感な奴でもすぐに気づくさ。一途みたいだもんな…今宮さん。でも、桜井には相田さんが居るだろ? だからいつかはきっと…」 元来ポジティブな彼らしいその言葉が、由里にとって哀愁とも切なさとも取れる感情を更に増長させた。「想い…届くといいね」 目を細めて微笑むと、由里は残り僅かになったアイスティーを一口飲んだ。由里の言葉に尚吾が「ありがとう」と少し照れたように笑って言うと、彼女は静かに瞳を伏せて、そのまま窓の方へと顔を向けた。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/03
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彼のその言葉に驚愕を露わにした梓は、大きな瞳を更に大きく見開いて彼のことを凝視する。「厳密に言うと、俺が振られたんだけどね」「振られた…ってどうして!? お互いに好きだったんでしょ!? だったらどうして!?」「好きだったのは…」そこまで言って純は一度目を伏せた。冷蔵庫の音以外に何の音もない静かな室内で、身動き一つせず向かい合う二人を重い沈黙が包み込む。 すっと視線を上げて純は言った。「俺…だけだったんだ。好きだったのは俺だけで…貴子はそんな風には思ってなかったんだ…。言われたんだ、貴子に。桜井君への想いは恋じゃなかったって…ただの憧れだったんだって…」言い終わると彼はふっと寂しげに笑った。「そんな…そんなのひどい…」 梓の瞳がみるみるうちに涙で一杯になり、やがて涙は白い頬を伝い始める。「私なら…桜井君を悲しませたりなんて絶対にしない…!好きだから…大好きだから…!」梓の頬をいく筋もの涙が伝い落ちて行く。そんな彼女のことを純はそっと両腕で包み込んだ。「ごめん…」 悲哀に満ちた彼の声が、耳元に切なく響いた。「好きなの…どうしようもなく好きなの…!」 胸にすがりつき号泣する梓を抱きしめたまま、純は何度も何度も「ごめん…」を繰り返した。そして、いまだ涙を流しながら顔を上げた彼女と瞳を静かに合わせると「それでも俺は、貴子のことが好きだから」と真剣な口調で告げた。 梓は再び純の胸に顔を埋めると、細い声ですすり泣いた。「好き…大好き…!」「ありがとう…。ごめんね…」 泣き続ける彼女を優しく包み込む。その彼の閉じられた瞳から一筋の涙が静かに頬を伝った。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/02
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わしは、今回も22世紀の夢を見た。そしてまたしても彼はそこにいたのである。わしの六畳一間のボロアパートに。「おはぎくん、これ美味しいねぇ」などと言いつつほほ笑みながら、わしの親友ドラえもんは美味そうに特大ドラ焼きをほおばっていた。わしは急いで彼にお茶を入れてさしあげた。「ありがとう、おはぎくん。君も半分どうだい?」と言って、彼はその特大ドラ焼き(直径1メートルはあろうかと推測される)をパカリと割って、笑顔でわしに手渡してくれた。わしは「こんなに食えねぇよ」と密かに思いながらも、彼の優しさについ笑みがこぼれてしまうのであった。それからは2人でそのドラ焼きをひたすらにむさぼり食った。食って食って食いまくった!!甘かった。でかかった。吐きそうだった。。。 ドラえもんは、あっという間に特大ドラ焼き半分を食べ終えたのだが、わしは結構な時間を要した。だが、わしもなんとか完食。 その後わしらは、その狭い和室でポルカを華麗に踊った。今回も実に充実した夢であった。~おしまい~「明け方の夢」 第一弾へはこちらをクリックしてください☆ 【注】 このお話はフィクションです。。(^^;; お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/01
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真新しい白い壁の6階建てのアパート。そこの二階の角部屋が純の部屋だった。 純はドアの鍵を開けて梓を招き入れると、彼女を私室へと通した。そして蛍光灯のスイッチを入れる。チカチカと三度ほど明滅を繰り返した後、天井の丸い蛍光灯が室内を白く照らし出した。 初めて尾とづれる純の部屋は、男性の1人住まいの割りに綺麗に整頓されており、そこから彼の几帳面さを窺い知ることができた。八畳ほどの洋室には、窓際にベッドと本棚が並び、ドアから入って右手の壁の前にテレビとそれに立てかけられた小さな折り畳みテーブルがある。 純はそのテーブルを出してきて部屋の真ん中に広げると、「今、お茶入れるから。麦茶でいい?」と言って、部屋を出てすぐの三畳ほどのキッチンに立った。「ありがとう。あまり気を遣わなくていいから」梓がドアの方へと早足で歩み、純へと返すと「あ、そうだ。うどんなら食べられる?」と問われた。梓は「うん、あっさりしてる物だったら」と答えて彼の様子を見守る。すると純は後ろの戸棚から紙に包まれた何かを取り出して、調理台へと乗せた。「これ、讃岐うどん。香川に嫁いでる姉から大量に送られてきたんだ」と笑いながら話す純。彼は大きな両手鍋に水を張るとコンロに掛けた。「そっか…お姉様、香川だったわね」 大学に入ってまだ間もない頃、確かそのようなことを純からちらっと聞いたことを梓はふと思い出した。「何か手伝おうか?」黙って見ているだけと言う状態に申し訳なさを募らせた梓が、それとなく純へと言葉を掛けると「いいって。今宮は一応病人なんだから、ゆっくりしてないとな」と言う彼の思いやりの含まれた言葉と優しい笑顔が帰って来る。「ありがとう」言ってふんわりと笑みを浮かべる梓に彼ももう一度笑みを返してコンロへと向き直る。そして梓は彼の言葉に甘えて小さな茶色のテーブルの前に腰を下ろした。 しばらくして純が、茹で上がったうどんの入った鍋とガラス製の器を持って戻って来た。「釜上げうどん。これが結構いけるんだよなぁ」 うどんの入った鍋をテーブルの真ん中に置いて、梓の前にガラスの器と割り箸を置く。直径10センチほどの器の中には濃い飴色の出汁が、深みのある醤油の香りを立ち上らせていた。「じゃ、遠慮なく食べて」「ありがとう、桜井君。頂きます」手を合わせて言ってから梓は箸を手に取った。 随分と久しぶりに食べるうどんの味は、何だかほっとする美味しさで、それまで何を口にしても美味しいとも思えなかった梓だったが、久しぶりに普通の人と同じくらいの量を食べることができた。美味しそうに食べる彼女を前に、純も動かしていた手を休めて安堵の笑みを浮かべた。「ところで話って何?」 食後しばらくの後、それとなく尋ねて来た純に、梓は静かにうなづいてから話し始めた。「桜井君…貴子のことなんだけど…やっぱり、あの子は止めた方がいいと思う。昼間、貴子私のお見舞いに来てくれたの。早川君と一緒だったわ…。私ね…桜井君が傷つくところなんて見たくない…。だから…だから貴子のことは…」「知ってる」 まだ彼女が最後まで言い終わらないうちに、純が冷静に返す。「えっ?」驚きを隠しきれず梓の唇から声が漏れた。すると純は、冷静な表情のまま静かにこう続けた。「今日、今宮の見舞いに行った帰り道で、自転車に二人乗りしてる貴子と早川の姿を見かけたんだ。貴子、楽しそうに笑ってた…。俺と一緒に居る時よりもずっと楽しそうに…。その時やっと分かったんだ。この前、貴子の言ってたことはやっぱり彼女の本心だったんだって…」「それ…どう言う…?」戸惑いがちに問う梓に、純はしばしの逡巡の後「俺達、別れたんだ」と淡々と答えた。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/09/01
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肩を抱く優しい腕にその人物の顔を見上げれば、それは紛れもなく純で…梓は安堵の思いから大きな瞳に涙を浮かべて彼を見つめた。「なんだ、連れがいんのかよ」サングラスの男はそう言い棄てると、忌々しげに一つ舌打ちをした。「今宮、ちょっと」小声でそう言うと、純は梓の肩を抱いた状態でバスの前方へと移動する。そして先ほどのサングラスの男から見られていないことを確認すると、静かに問いかけた。「まさか今宮、病院抜け出してきたのか?」純からの問いに僅かな逡巡の後、梓が小さくうなづく。「また何でそんなこと!?」いぶかるような表情で問うてくる彼に「それは…」と梓が言いよどむ。そうこうしている間にも、バスは目的地へと近づいていた。「で? どこで降りるつもりなんだ?」「…次のバス停」「次って…俺も次で降りるんだけど…。今宮、病院まで抜け出して一体どこ行くつもり?」「それはその…さく」梓が答えようとした時、バスが停留所へと到着した。とにかく、二人はバスから降りて歩道へと立つ。排気ガスの不快臭を残してバスが走り去ると、梓は小さな嘆息を漏らした。空はすっかり濃い藍色に覆われ、西の空には太陽と入れ違いに下限の月が蒼白な光を投げかけていた。「実はね、私…」 ようやく、梓が意を決したように話し始めた。「私…どうしても桜井君に話たいことがあってここまで来たの」そして「あ、さっきは助けてくれて本当にありがとう」と急いで付け加える。「いや、そんなお礼言われるほどのこともしてないし…。それにしても、やばそうな男だったよな?」「うん。もうすっごく怖くて、腰抜けちゃいそうだった」言って梓はその美しい顔に花の綻ぶような笑みを浮かべた。「でもま良かったよ。今宮が腰抜かす前に助けられて」純も彼女に釣られて微笑した。それから「何か大事な話みたいだから居えで聞くよ。病院の方には家に着いたら、俺の方から連絡しとくし」と言葉を継ぐ。「ありがとう…でも、いいの? 何か悪いみたい…」申し訳なさそうに言ってくる梓に「いいって。別に迷惑じゃないし。それに、もう来ちゃったもんは仕方ないしな」と再び笑いながら返す。「ありがとう」礼を言う梓にうなづいて、純はゆっくりと歩き出した。続いて梓も歩き出す。そして二人肩を並べて純の住むアパートを目指す。空に浮かぶ月を連れて、それほど広くはない歩道を肩を寄せ歩く二人の姿は、周囲から見れば仲睦まじい恋人同士に映ったに違いない。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/08/30
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わしは明け方、奇妙な夢を見た。どうやら夢の中では22世紀を迎えているらしく、わしは相も変わらずボロアパートに住んでいたのであるが、何故かわしは新発売の猫型ロボットのドラえもん(728万6023円)を購入していた。 彼はその莫大な金額にも関わらず、まだまだ機能は未発達で、よくわしと間違えては「あぁ、おはぎくん、こんなところにいたんだね」と、素でテレビや冷蔵庫に話し掛けていた。それに彼は、一応四次元ポケットも持ち合わせていたのだが、出す道具と言えば至って普通の物ばかりであった。例えば、洗濯バサミやハンガー、荷造り紐に鍋つかみなどである。まぁ、それはそれで生活に密着しているので良しとしたが、やはりわしとしては、どこでもドアやビッグライトなどを期待していただけに多少残念に思った。 その上 彼は、「それじゃ出かけて来るね」と言ったものの、ベランダから飛び降りようとするし、「おはぎくん、何か道具を出してあげるよ」と言っては、下らない時代遅れのファミコンやディスクシステムなどを出してくれた。しかし わしは、そんな役立たずの彼が愛しくてたまらなかった。いつまでも、いつまでも二人で生きて行こうと決意を固めた瞬間--無情にも夢は覚めたのであった。~おしまい~ 【注】 このお話はフィクションです。。(^^;; お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/08/29
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昨夜私は久しぶりに香水を付けてみた。バーバリーのブリットである。それはブログでお友達になった方からの頂き物で、自他ともに認める妖怪けちん坊の私は、ミニボトルにも関わらずアトマイザーに移し替えるでもなく、非常~にちびちびと使っていた。それだけ大好きな香りなのである。 昨夜はその香りを久々にまとったと言うこともあり、私は実に御機嫌さんであった。「あぁ、なんて素敵なかほり~☆ この香りをまとうと、まるでセクシーな大人の女性になれた気分」 そんな風に心の中でしばし香りに酔いしれているところへ「あぁ、何やら優しげなおばあさんの側にいるみたいや~☆」と言う彼からのとんでもない台詞が私の耳に飛び込んできた。彼の台詞のお陰で、程よく上昇していたボルテージが急激にダウン!! はて? 今何とおっしゃいました?おばあさん? 確かに、優しげなおばあさんって!?「おばあさん? おばあさんなのか、私は!?」「だって、お香の匂いするやん。いい香りのおばあさんって感じやで」「いい香りのおばあさん? って、私は大人の女性を演出したくてこれを付けとるんよ」 私がそう高らかに宣言すると、彼は「七十代 八十代でも大人の女性には変わりないで」とあっけらかんと言い放った。それから更に。「その匂い、きなこの年寄りくさい性格には似おうとるけど、外見とのギャップが激しすぎるな」と付け加えて笑った。 確かに私は童顔だし、セクシーさの欠片も持ち合わせていない。それは認めよう(←認めるのか?)だからこそ香りくらいは大人っぽくと思い、時々ブリットを付けては酔いしれていたと言うのに、ここまではっきりと断言されては、何とも言えぬ苦々しさと虚しさ、その上切なさまでもが俄かに込み上げてきた。 試しに私は手持ちのお気に入り香水から数本ピックアップし、どれが私のイメージかと彼に問うてみた。彼が選んだのは下記の通りである。↓エルメス ナイルの庭同じくエルメス イリスマサキマツシマ マット・オランジェ星の王子様 ↑とまぁ、ほとんど柑橘系ばかりであった。しかし彼曰く、私の外見にはそれらの香りが似合うそうなのだが、性格にぴったりくるのはお香のような香りの いわゆるおばあさんを思いおこさせるような香りとのこと。やはり彼の中での私のイメージは、おばあさんなのか。。(^^;セクシーな大人の女性をすっ飛ばして、二十代にして既にご老人認定を受けてしまった私ではあるが、それでもまだ大人の女性を演出したいと言う思いは消えていない。たとえ彼から優しげなおばあさんと言われようが、お彼岸やお盆時期の墓地を思い出すと言われようが、これから先も私はお気に入りのブリットを使い続けることであろう。もしも彼から「まるで、仏壇の側にいるようだ」と言われたら、「では、お経をあげてください」とでも返すことにしよう。~おしまい~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/08/28
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その夜。梓は病院のパジャマから、私服の白いワンピースに着替えると、いまだテーブルの上に置きっぱなしにしていた貴子からの花束を手に病室を出た。ナースステーションの窓口の前に立ち「このお花、よかったら詰め所に飾って頂けませんか?」と花束を差し出す。すると、髪を一つに束ねた中年の看護士が「でも今宮さんこれ、お見舞いに頂いたものなんでしょう?」と当惑気味に尋ねてくる。梓は無理やり笑顔を作って「いいんです。どうせ花瓶もないし。もらってください」と半ば押し付けるようにして看護士へと手渡すと「それじゃ私、ちょっと一階までジュース買いに行ってきますので」と告げて足早にその場を後にした。残された看護士は花束を抱えたまま、いぶかしげに梓の後姿を見送っていた。 エレベーターで一階まで降りると、梓は自動販売機のある方角とは全く逆の方向へと向かって歩き出した。広い待合室に並ぶたくさんの長椅子を横目に、正面玄関を目指す。受付時間の終了した人気のない暗い待合室を抜けて、玄関の自動ドアをくぐった。真夏の7時半はまだ薄明るく、西の空には濃い紫色を残している。 梓は最寄のバス停でやってきたバスに乗り込むと、人の多い車内でつり革に掴まり立っていた。あまり食事を摂っていないせいか、軽く人に押されるだけでフラフラとよろめいてしまう。するといきなり、腰に腕を回されてそのまま何者かに引き寄せられた。「えっ!?」突然のことに梓が驚愕して目をしばたかせていると、「あんた可愛いな」と言う男の低い声が頭上から降ってきた。はっとして声のした頭上を見やると、二十代半ばほどだろうか。黒いサングラスをかけた茶髪の男が怪しげな笑みを浮かべて彼女のことを見下ろしている。「あの…離して頂けませんか?」恐る恐る細い声で梓は訴えたが、男はそんなこと聞く耳持たないと言う様子で更に彼女のことを引き寄せると「ねぇ、これからどこか行くの?」としつこく声をかけてくる。恐怖のために言葉を失った彼女のこめかみからは冷や汗が静かに流れ、その細い指と踵は小刻みに震えていた。「せっかくだからさぁ、俺とどこか行かない?」震える梓の肩を抱きながら男が言う。その時--。「すみませんが、俺の彼女に妙なことしないでくれます?」聞き慣れた声と共に次の瞬間、梓は誰かの手によってヤクザ風の怪しい男の腕から救出された。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/08/26
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帰宅途中、自転車で亜紀を前に貴子は無言で考え込んでいた。やはり自分は見舞いに行くべきではなかったのではないか…?先ほどの彼女の冷淡な態度と口調がその全てを物語っているようで、貴子の心は暗く沈んでいた。 純と別れることで梓との友情を守れた、そう自分だけ勝手に解決したつもりでいたけれど、そんなの当の梓にしてみれば単なるありがた迷惑にすぎないのだ。自分だけが幸せになる訳にはいかないとか、その上 頼まれてもいないくせに恋人と別れてみたり。--私…桜井君のこと、梓に譲ったつもりでいたの…?最低な女。そんなのただの偽善者だ。 おそらく梓だって、そんな いかにも私はあなたの友人です、と言うような顔した偽善者に、わざわざ見舞いになど来てもらいたくはないだろう。今更、自分の犯した間違いを悔やんでみてもどうにもならないことは分かっていたけれど、どうしても悔やまずには居られなかった。自分の身勝手で結果的に、二人もの大切な人を傷つけてしまったのだから--。 はらりと涙が零れて、それを夏風がさらう。泣いてはいけない。咄嗟に瞳をきつく閉じ、それ以上涙が零れないように勤める。「なんか…静かだね、たかちゃん」 運転中なので振り返ることはしなかったけれど、亜紀のその声は明らかに彼女を心配している時のものだった。「うん…ちょっと眠い…かな?」慌てて返した言葉は微かに震えていて。涙を悟られなかったかどうか気にかかる。「そっか。じゃ、寝てていいよ。ただ、落ちないようにしっかり掴まっててね」亜紀の笑顔を思わせる弾んだ口調からは、先ほどの貴子の声音から涙を悟ったと言うことはなさそうで彼女はほっと溜息を一つ逃がした。 傾きかけた太陽が、彼女の背中を暑くした。空の青さが潤んだ視界の中揺らいで、まるで水面のようだった。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/08/25
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何か明るい話題はないものかと必死に貴子が考えを巡らせている所へ、ノックの音と共に「今宮さん、点滴の時間ですよぉ」と若い看護士が病室へと入ってきた。貴子と亜紀が看護士に会釈すると、彼女も笑顔で「こんにちは」と会釈を返して点滴の準備を始める。「お友達ですか?」準備の傍ら看護士が梓へと気さくに話しかけるも梓は「えぇ、まぁ」とだけ答えただけで、少しも笑顔を見せようとはしなかった。--やっぱり梓、気づいてるの…? 確か梓は、中学 高校と純と同じ学校だったと話していたはずだ。 中学からの付き合いだとしたら、幼馴染とは行かないまでも、それなりに親しい関係に違いないだろう。ならば少しくらい重い話でも、彼は彼女に貴子とのことを打ち明けてしまったのかもしれない。梓に同情して貴子が純と別れたことを彼女が悟ってしまったら…確実に軽蔑される。それは自業自得なのだから仕方がない。分かっている、分かっているはずなのに、心がどうしようもなく痛んだ。「あまり長居しても梓の身体に障るといけないから、私達そろそろ帰るね」貴子自身、もう少し梓と話をしたかったと言うのが本音だったのだけれど、どうも梓はそうではないと言うことを先ほどからの彼女の冷たい態度や口調から悟った貴子は帰ることを告げて看護士へも「失礼しました」と一礼した。看護士は「じゃぁ、お気をつけて」と会釈してくれたが、梓は相変わらず黙ったままだった。「それじゃぁ今宮さん、お大事に」「また来るね」亜紀と貴子はそう言って軽く手を振ってから病室を後にした。結局最後まで梓が以前のように微笑んでくれることはなかった。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/08/24
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いつも私のような者が書く小説に拍手をくださる方々、本当にありがとうございます! 最初、拍手ボタンを設置した時、誰からも押してもらえなかったらかなり悲しいものがあるかも! と思っていたのですが、こうしてポツリ ポツリと押して頂けて心から嬉しく思っています。お読み頂いているだけでも感謝感激 雨あられなのに、本当にありがたいです!(*^_^*)皆様から書き続ける力を頂いております。やっぱりブログに掲載してよかった☆掲載していなかったら、「きっと、二人なら…」も、おそらくこんなに長いこと続けられなかったのではないかと思います。 「きっと、二人なら…」 第5章に突入致しましたが、これから更に登場人物達の想いが交錯して行きます。切なさ全開! そして時にはホノボノと、できるだけ現実世界に近い雰囲気を心がけながら書き進めて行きたいと思います。これからも文章の向上に努めてまいりますので、今後とも夢色ノートをどうぞ宜しくお願い致します。
2006/08/23
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エレベーターが降りてきてドアが開く。エレベーター内から出てきた数人の人達と入れ替わりに貴子と亜紀は中に入った。ドアが閉まり、フワっとした感覚と共にエレベーターが上昇し始める。途中誰も乗る人が居なかったため、3階へはすぐに到着した。2人はエレベーターを降りると、ナースステーションを通り過ぎる際看護士達に軽く会釈してから、梓の居る302号室を目指した。302と書かれたドアの前まで来ると、貴子は一度深く息を吸い込み気持ちを落ち着けてからノックした。ドアの向こうから「はい、どうぞ」と梓からの返答を聞いた後、ゆっくりとドアを開く。「こんにちは」普段彼女と話す時に見せていた笑みを浮かべて貴子が挨拶する。けれど梓は、貴子の斜め後ろに立っていた亜紀に気づくなり、露骨に表情を険しくさせた。「こんにちは。桜井と同じ学部の」 亜紀の言葉は「早川君でしょ? 知ってます」との梓からの冷淡な言葉によって遮られた。冷たい沈黙。二人に笑みすら見せることなく、梓は目を逸らした。 貴子の胸がツキリと痛んだ。隣に立つ亜紀を窺うと、彼は梓の冷たい態度にも動じることなく柔和な笑みを湛え続けている。貴子もなんとかして笑顔を絶やすまいと一生懸命に勤める。けれどやはり彼のようには行かず、どうしてもぎこちない笑顔になってしまう。「お邪魔しまーす」 できるかぎり明るい声で言って室内へと入る。けれどそんな彼女の声にも、梓は目を向けようとはしなかった。 ベッドに座る彼女の肌は、カーテン越しと言っても真夏の強い日差しを受けて透けるように白く貴子の目に映った。ベッド際のサイドテーブルの上には、ガラス製の花瓶に生けられた赤いカーネーションが同じく強い日差しを浴びて原色の赤を更に鮮やかに見せている。貴子は自分の抱えていた花束に一瞬だけ視線を落とすと、前に来た見舞い客と同じような花を買ってきてしまったことに対して僅かながら後悔を覚えた。けれど買ってきてしまった物は仕方ない。貴子は亜紀に支えられながら梓の居るベッドの方まで歩んで行った。 梓がこちらへと顔を向ける。冷ややかな眼差し。その顔には笑み一つ刻まれていない。「足…怪我したの?」先ほど亜紀に対して言った時と同じく冷淡な口調で梓が問うてくる。貴子は即座に「うん、ちょっと捻挫しちゃって…」と笑顔を崩さぬよう返した。それから「これ、お見舞いに」と抱えていた赤とピンクのカーネーションの花束を梓へと差し出す。すると彼女は小さく「ありがとう」と言って受け取り、花束をテーブルの花瓶の横に置いた。「具合はどう?」「平気。体力と貧血が回復したら、すぐに退院できるだろうってお医者様からも言われてるから」「そう。なら安心した」ほっとして貴子は安堵の笑みを浮かべたけれど、梓がそれに微笑み返してくれることはなかった。 ツキリ。再び痛む胸。もしかしたら自分が純と別れたことを、梓は既に気づいているのではないか…。そんな思いが貴子の脳裏を掠める。--もしも、もしそうだとしたら…自分はどうすれば良いのだろう…。自分勝手なエゴで大切な友人を傷つけて、病気にまでさせてしまったのだ。 再び足元が崩れ去るような不安感に襲われ、貴子は目を閉じる。けれど梓と亜紀に動揺を悟られぬよう、すぐさま元の笑顔を取り戻した。そしてしばらくの間、耐え難い重い沈黙は続いた。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/08/22
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病院に到着した二人は、まず自転車を駐輪場に止めてから院内へと入った。院内は程よくエアコンがきいており、汗ばんだ2人の身体をひんやりと包み込んだ。「ごめんね…あっちゃんまで付き合わせちゃって…」歩き辛い貴子のことを脇から支えて、彼女の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる亜紀へと申し訳なさそうに彼女は言った。「いいんだって、気にしなくても。どうせバイトまでまだ時間あるし」相変わらず温和な笑顔で返してくる亜紀に「ありがとう。あっちゃんのお陰ですごく助かる」と貴子も笑顔で礼を述べる。それから、梓へのお見舞いの品を買うために、2人は売店の隣に併設されていた花屋へと足を運んだ。 店内には色んな花々が並んでいて、華やかな百合の香りがフロア一杯に満ちていた。色とりどりの花達をしばらくの間どれにしようかと眺めていた貴子だったが、中でも一番目を引いたピンクと赤のカーネーションに決め、それにカスミソウを添えて店員さんに花束を作ってもらった。 花屋を後にエレベーターホールへと向かう途中、 「綺麗だね、カーネーション。今宮さん、喜んでくれるといいね」と亜紀が穏やかに言う。けれど貴子の表情は先ほどよりも明らかに暗く、無理に作った笑顔がとても痛々しく亜紀の目に映った。「そっか…まだ気にしてるんだね」僅かに溜息交じりの亜紀の声に、はっとして貴子が彼へと視線を向ける。亜紀は遠くを見つめるような瞳で、静かにそして穏やかに言葉を紡ぎ始めた。「昨日も話したよね? 誰を好きになるかは、その人の自由なんだから、決して誰が悪いなんてこともない。たかちゃんが好きになったのが桜井で、そして桜井が好きになったのは今宮さんでなく たかちゃんだった。ただそれだけのこと…。今宮さんがどんなに逃避したって、その現実だけは変わらない。最終的には彼女自身が乗り越えなければならないんだ」いつも柔和な亜紀の物とは思えぬほどのシビアな発言に、貴子は胸中での驚きを悟られぬよう、黙って真剣な彼の横顔を見つめていた。確かに昨夜話したときも、亜紀は貴子に自分を責めるのは止めた方がいいと諭してくれたけれど、これほどまでに厳格な口調ではなかった。けれど、今の亜紀の言葉を聞くことにより、貴子は自分が重大な間違いを犯してしまっていたことに気づかされたのだった。 純と別れることで、彼女は梓との友情を守ろうとした。けれどそれが単なるエゴであることに今更ながら彼女は気づいたのである。そんなことをしたところで梓の悲しみは癒されない。それどころか、貴子が梓に同情して純との別れを決断したことを彼女が知ったら一体どんな思いをするだろうか…。きっと彼女が今よりも更に心に深い傷を負うであろうことは明白だ。自分は何ておこがましいことをしてしまったのだろう…。あの日 梓の部屋で見たアルバム--そこに映し出された彼女の過去の姿を目にし、そして彼女がどのような思いで必死にダイエットをしたのか全てを梓自身から聞いた瞬間--自分だけが幸せになんてなってはいけない--そんな思いに駆られ、一方的に純へと別れ話を切り出した。それはおそらく、梓の希望を奪ってしまったことへの罪悪感から逃れたいと言うただそれだけだったのかもしれない。自分が身を引くことにより、何もかもが丸く収まるはず。その時の貴子にはそんな風にしか考えられなかったのである。--なんてことをしてしまったのだろう…。 込み上げる後悔の念。大切な人達を傷つけてしまったことへの罪悪感と、今自分が一番何をすべきなのか、そのことを考えると足元の地面が脆く崩れ去ってしまうような、例えようのない不安を感じた。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/08/21
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「さ、後ろに乗って?」「う、うん」貴子の足を気がけて差し伸べてくれる彼の手を取って、ゆっくりと自転車にまたがる。「それじゃ掴まっててね」肩越しに貴子へと笑顔で言うと、亜紀はペダルを踏み込んだ。走り出す自転車。照りつける陽光は焼けるように厳しかったけれど、髪をなびかせる風は温い割りに心地良く過ぎて行く。亜紀の白いTシャツの背が真夏の日差しを受けてまぶしく視界に映る。「どこの病院?」「高崎総合病院」「そっか。ここからだと結構近いね」 こうやって亜紀と一緒に自転車に乗っていると、自然と中学・高校時代を思い出させた。 あの頃、貴子が部活で帰りが遅くなったときなどは、必ずと行って良いくらい亜紀が自転車で家まで送ってくれた。もちろん家が隣同士だから、単についでと言うだけだったのかもしれないけれど、そんな時 部活で同じ学年の友人達からは「いいよねぇ、貴子には可愛い彼氏が居て」とよくからかわれたものだった。そして大学生になった今、またあの頃と同じように亜紀の背を前にして自転車に乗っている。周りの風景こそ違えど、今のこの状況があの頃と重なり合い、貴子を懐かしいような…切ないような…何とも不思議な気持ちにさせた。 生温い風を切って交差点を右へと折れた時、横断歩道の向こう側から自転車で行き過ぎる彼等を見ていた者が居た。それは梓の見舞い帰りの純だった。純はその自転車に乗っていた男女が貴子と亜紀であることにすぐさま気づいたようだったが、まるでそれを自分の中で否定するかのようにさっと目を逸らした。表情一つ変えない彼の上に、午後の陽光がじりじりと照りつける。車道を行きかう車の熱気と排気ガスが、周囲の気温を一層上昇させた。信号が青へと変わり、周りに居た数人の人達と同じように彼も横断歩道のストライプへと足を踏み出す。熱を含んだ風が吹いて、彼の茶色の髪をさらりと揺らした。ただ前を向いたまま、周囲の景色など目もくれずに歩む。瞬間、フラッシュバックする記憶。--自転車に二人乗りする男女の姿。なびく長い髪。そう。あれは確かに貴子だった。そして運転していたのは亜紀。--何故…?--「桜井君、どうして あんな子のことなんかが好きなのよ!?あんな…あんな…平気で二股掛けるような子なんかのこと…!」 先ほどの梓の台詞が、純の頭の中で大きく反響した。--違う! 貴子はそんなことできる子じゃない!!--自転車に二人乗りする男女の姿。風になびく長い髪。脳裏に焼きついた残像は消えることなく、彼の心を強く揺さぶる。あの時、確かに彼女は笑っていた。そう。心を許した本当の笑顔で--。彼もまだ目にしたことのない、穏やかで無邪気な微笑み。 瞳を見開く。歩道の灰色と深い緑の植え込み、道路沿いの建物とその上に広がる青空が視界一杯に映る。背中から追い越した生温い風を追うように、彼は歩む速度を上げた。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/08/20
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昼過ぎ。貴子はどうしても梓のことが心配で、まだ自由にならない右足を引きずりながらアパートの自分の部屋を出た。今日はもうエレベーターの修理も終わっているらしく、故障中の黄色い張り紙も取り外されている。エレベーターで1階まで下り歩道へと出ると、真夏の白い陽光が一気に降り注ぐ。照り返しの熱気が、体中にまとわりつくような猛暑の中、貴子はゆっくりと歩き出した。すると何やら自分を呼ぶ声が聞こえるのに気が付き、彼女は声のする方へと視線を向けた。横断歩道を挟んだ向こう側の歩道に、大学帰りの亜紀が黒のナップサックを肩から掛けて こちらへと微笑み掛けてくる。「今そっち行くから、そこ動かないで!」車の通行の激しい道路なので、その声は騒音でかき消されかけていたが、亜紀の唇は確かにそう動いた。間もなく信号は青へと変わり、亜紀が走ってこちらへと向かってくる。貴子は静かに信号機を支えに立っていた。「お帰り、あっちゃん」「ただいま。ところで、どこ行くの? まだ足治ってないのに…」「うん。ちょっと梓のお見舞いに…」貴子の笑顔が曇る。そんな彼女を亜紀は心配せずにはいられなかった。「いくら近くの病院だからって、まだその足じゃ歩いて行くのは無理だよ。ほんの少しだけ待ってて」そう言うと亜紀はアパートの方へと駆けて行った。きょとんと首を傾げたまま、亜紀の行ってしまった方向を黙って見つめる貴子。そうしてぼんやりと そちらを眺めていると、程なくして亜紀が自転車に乗って戻ってくるのが目に入った。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/08/18
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梓が倒れた--それも拒食症で…。その晩、貴子は結局一睡もできないまま翌朝を迎えた。昨夜9時頃、夕食の後片付けを終えて亜紀が帰ってからと言うもの、ひたすら悶々した想いの中1人過ごした。「最近、家でもほとんど食べてなかったみたいで…。お医者様の話だと、しばらく入院が必要でしょうって…。精神的にもかなり疲れてるみたいだからって…」--携帯越しの由里の声がずっと耳から離れることはなく、貴子の胸を痛めつけ続けた。--私のせいだ…私がもっと早くに梓の想いに気づくことができていたなら…きっと、こんなことにはならなかったはずなのに…。 灯りの消えた部屋の片隅で、ただただ自分を責めながら朝を待つことしかできない自分に、腹立たしさと情けなさが込み上げてきて、貴子は震える唇をきつく噛み締めた。大粒の涙が彼女の膝の上に一滴零れ落ちた。 白い12階建ての真新しいビルの前には、大きな文字で高崎総合病院とある。広い正面玄関のガラス製の自動ドアをくぐると、院内は高級ホテルさながらのしゃれた作りとなっており、フロア一面に落ち着いたベージュのカーペットが敷き詰められていた。待合室には座り心地のよさそうなソファが規則正しくいくつも並び、白い壁には心和む風景画が掛けられている。既に正午に近い時間帯だったが、年配の患者が多く見受けられた。 この高崎総合病院が旧施設から新しく建て直されて、まだ1年と建っていなかった。以前より心療内科が有名で、結構名の知れた病院だった。そんな病院の3階に今宮梓は入院していた。3階の心療内科病棟は、東病棟と西病棟に分かれており、ホテルを思わせるゆったりとした廊下には、常にヒーリングミュージックが天井に設置されたスピーカーから低く柔らかく流れていた。 梓の居る病室は東病棟の302号室で個室だった。病室は全室冷暖房完備なので、梓の部屋も例外ではなかった。エアコンで適温に調節された快適な室内で、梓はベッドに腰掛けレースのカーテン越しに外の風景を静かに眺める。今日も外は良い天気で、カーテン越しにも降り注ぐ陽射しに目を細めなくてはならないほどだった。 そこへノックの音が聞こえる。さっとドアの方に視線を向けて「はい、どうぞ」と梓がそれに答えると、ドアがゆっくりと開かれ純が顔を覗かせた。「よっ。だいじょぶ?」片手を上げて爽やかに会釈してくる純に「桜井君、どうして…!?」と驚いたように目をしばたかせる。ドアを閉めて、ベッドサイドまで歩み寄ると「三坂から聞いたんだ。あいつ、梓の友達の何て言ったっけ…? えぇっと、確か小嶋さん。その子と最近仲いいみたいでさ」と言いながら、純が手にしていた赤いカーネーションの花束をサイドテーブルに乗せた。「あ、これお見舞い」「ありがとう。でも、赤いカーネーションって…なんだか母の日みたい」サイドテーブルから花束を手に取って、梓がクスリと笑う。そんな彼女を見て「いやぁ…俺、花なんて買ったことないもんだから、何を買ったらいいのかわかんなくてさ」と頭を掻きながら彼は照れ笑いを浮かべた。「ありがとう…嬉しい」梓が幸せそうに微笑む。「よかった、気に入ってもらえて」言いながら純はベッドサイドにあったスツールに腰を下ろした。僅かな沈黙。花を大事そうに抱える梓の姿はとても儚げで美しいが、拒食症のためにこけてしまった頬と色素の薄い肌が余計に彼女を病人らしく見せていた。「拒食症…だって?」「…うん」「ダイエットのしすぎには気をつけないと」「そ、そうだね…」「なんでそう痩せようとするんだ?」純の問いかけに、梓は信じられないとでも言いたげな視線を投げつける。「俺、中学の頃からお前のこと見てるけど、あの頃のお前の方が健康的でよかったと俺は思うんだけど…」「なんで…なんでそんなこと言うの!?だったらどうして貴子なんかと付き合ったりするのよ!結局、私みたいなデブなんかより、貴子みたいな子の方がよかったってことでしょう!?」「どうして、そう言う話になるんだよ? 俺はただ、昔の今宮の方が健康的でよかったって、ただそれだけ言っただけなのに…」重い沈黙。梓の大きな瞳に涙が揺れる。「桜井君、どうして あんな子のことなんかが好きなのよ!?あんな…あんな…平気で二股掛けるような子なんかのこと…!」はらりと梓の頬を涙が伝う。今の彼女の言葉で、純の顔つきが一気に険しいものへと変わる。「なんだよ、それ? 二股ってどう言うことだよ!?」「貴子よ! あの子は二股掛けてるの!」「嘘だ! そんな話は信じない! だいたい、何の根拠もないじゃないか!」険悪な空気が2人を包む。断固として梓の話を信じようとしない純に、彼女が決定的な一言を投げつける。「桜井君が信じたくないって言うなら、それは別に構わない。ただ私、見ちゃったの…。昨日の朝、貴子のアパートから早川君が出てくるところ…」「そんなの、貴子の部屋から出てきたって決まった訳じゃないだろ?」そうだ。まだ何も、貴子が二股を掛けていると決まった訳ではないのだ。たまたま貴子と同じアパートに、亜紀の友人が住んでいただけかもしれないし、それに例え貴子の部屋から出てきたのだとしても、朝少し用があって立ち寄っただけかもしれない。そうやって必死に自分の中で、あらゆる理由を考えては梓の言ったことを否定しようと勤める。 梓は溢れた涙を手で拭って「信じてるのね…貴子のこと…」と寂しげに呟いた。純は、ざわめく心を抑えつつ静かにうなづいた。「今日は来てくれて…ありがとう…。でももう…ここへは来ないで…。桜井君の顔見ると私…辛くなるから…」涙声でそれだけ伝えると、梓は純から目を逸らしうつむいた。それからはもう彼と視線を合わせることはなかった。「…ごめん」うつむいている梓の横顔にそれだけ告げて、純は病室を後にした。--「桜井君が信じたくないって言うなら、それは別に構わない。ただ私、見ちゃったの…。昨日の朝、貴子のアパートから早川君が出てくるところ…」--きっと友達のところへでも行っていたのだ。貴子のところへではない。自分と貴子が付き合っていたことは、亜紀だってちゃんと知っていたのだから絶対にそんなはずはない。1階へと下るエレベーターの中で、純はひたすら考えた。考えて…考えて…先ほどの梓の言葉をなんとかして否定しようと必死になる。けれど否定しようとすればするだけ、それを立証するような出来事が彼の脳裏にフラッシュバックし、心に重い暗雲を広げて行った。もしかしたら貴子の気持ちは…既に亜紀へと移ってしまっていたのではないか…。だからこそ、一昨日の夜 彼女は突然別れ話を切り出してきたのではないか…。そう考えればつじつまは合った。あの夜、貴子は別れ際こう言っていた。「恋だと勘違いしてたの。私って恋愛経験乏しいから…。桜井君に対する想いって、そう…単なる憧れ…」 カタン。軽い金属音と共にエレベーターのドアが開き、1階エレベーターホールで待っていた人々がどっとエレベーター内へと流れ込んでくる。その波に飲まれぬよう、純は急いでエレベーターから降りて玄関の自動ドアを目指した。~To be continued~ お気に召して頂けたなら、下の拍手ボタンをぽちっと押して頂けますと管理人がめちゃくちゃ喜びます☆その上ご感想など頂けますと、管理人の明日への活力へと繋がります(*^^*)拍手コメントへのお返事は、日記にてさせて頂きます。ついでに下のもポチっとして頂けますと更に大喜びしちゃいます(^O^)
2006/08/17
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