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ニュースサイトから拾い読みしていたら、偶然、津波で亡くなった同級生夫婦の息子さんたちの記事がでてきました。読んで、また切なくなりました。-----テレビ番組の一言コーナーにも出た二人。検索を重ねて見ることができた画像。長男君は、あのころの○○君に瓜二つでした。まさに会ったころの○○君が、そこにいました。今は遠くに離れて暮らす兄弟。空気も食べ物も言葉も違う所で、かんばっているんだろうと思う。直接には知らない高校生兄弟。でも、こんなところからでも君たちを思ってるよ。これからも忘れないで、応援するよ。お父さんお母さんはね、学校でも評判のお似合いの二人だったんだよ。いつも一緒にいたんだよ。そんなことは、君たちのほうがよくわかってるよね。両親をなくした子供たちが百何十人もいるんですね。神さま!子供たちの進む道を、どうぞお守りください。-----震災から、久しぶりの友人と連絡を取り合いました。直接声を聞いた親しい人も数名。やっぱりこれくらいの年になると、いろいろあります。親のこと、子供のこと、仕事のこと・・・。メールでも伝えきれず、電話でもあせってしまって、言い足りないことばかり。あの時、本当はもっと何か言いたかったんじゃないかな、それとも、それどころじゃなかったのかな。こっちばかり、一方的に話していたかな、と思ったりしています。-----祈りがなんになる、思いがなんになる、と、思うこともしばしば。でも、最終的にはそれしかできないとも・・・。メールする友人、声を聞いた友人、今では連絡も取れなくなってしまった友人・・・。次々と顔が浮かんできます。-----今年のレントはつらかった。でも、今になって、この北の州ではまだ春は遠く感じられるけれど、祈りたいという気持ちにやっとなれたような気がしています。
2011年04月29日
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イースターですね!みなさん、ご復活おめでとうございます。今年は身辺がばたばたしていて、計画が錯綜。ミサにもいけないトホホなイースターに…。それでも、連翹が咲いたりチューリップのつぼみが見え始め、少々明るい気分に。やっぱりイースターは春の訪れだなあと実感です。復活節は7週間続きます!暗闇から光へ、死から生へ、というキリスト教一番のテーマ、価値の逆転をしっかり味わいたいなあと思っています。-----さてさて、さっきveronicaさんとこへ行って、つけてもらったレス見て思わず笑っちゃったので、そのことを書きます。-----ちょっと前置きが必要なんです。イースターのミサでの、ある儀式について、まず書きますね。-----イースターの時期は洗礼を受ける人が多いのですが、洗礼を受ける人だけじゃなくって、信者みんながその恵みを思い出しこれからも歩んでいけるように、洗礼更新の儀式があるんですよね。具体的にどんなことをするかというと、神父さんが大きな茶せん状の道具(あるいはプツプツ穴の開いたボールが先に付いた金属製の棒)を聖水に浸しては会衆に振りかけてまわるのです。で、水が降りかかると十字をきったりお辞儀をしたりする人もいます。水のかかってる辺りが頭をたれたりさわさわするので、ちょっとしたウェーブに見えておもしろいんです。-----で、何でこのことを長々書いてるかっていうと、「これをミスした」って、veronicaさんに伝えたかった。-----それで、上記の儀式をなんて言おうかなあと。こう書けばわかってくれるだろうと、「巨大茶せんで聖水ザッパーン」って書いて、「ミスしてしまいました」って。-----そんなコメント入れたことも忘れて,さっき、veronicaさんとこにうかがってレスを見たら、「潅水式」って書いてくれてて^^!!-----「巨大茶せんで聖水ザッパーン」 ↓ 「潅水式」キリッ!------それも、「水ね、(中略)。でも、復活祭の間は、潅水式繰り返すから…」って、さりげなく織り交ぜてくれるお心遣いでしたTvTううっ。これ、普通だったら「潅水式って言います」とか、「潅水式のことかな?」。意地悪な人だったら「(ハア?)よくわからないのですが、それは『潅水式』のことを言っておられるのですか?」とか返ってきてもいいところですTvT。めんどうくさくって「十字架のアドレーション」て書いたのも、「十字架崇敬」って織り交ぜてくれてた*^^*。(ありがとう!!)-----カト用語の日本語がわからんのです・・・。日本でのカト生活経験がほとんどないからなんですよね。(こっちに来てカトになる前は、日本でプロテスタントの教会に行っていました。)意識しないままに話したり書いたりしているとプロテスタント訳とかプロテスタント的表現で出てくる。例)プロ・聖餐式 カト・聖体拝領 プロ・証 カト・わかちあい etc...それで、日本でカトの人と話してて、「?」な反応が返ってきたことが何回かあります。「主の祈り」も日本語でしようとすると、やっぱり一番初めに覚えたプロ文語で出てきます。帰国のときのミサで、一応文語を口語的に直しながら唱えるんだけれども、周囲と重なっては微妙にずれ、また重なっては微妙にずれ、を繰り返します。(最後にカトには入ってない頌栄「国と力と栄とは…」言いかけてごまかしたことも数回^^;)-----まあ、それよりもなによりも、今回、「潅水式」というのを「巨大茶せんで聖水ザッパーン」で表してた自分にあきれて笑っちゃった^^;。そういうのたくさんあるんです。特にカト独特な(日本で知らなかった)事物。例を挙げれば、神父さんの祭服とか、特にかな。-----「首からずらっと下げる飾りだすき」「季節で色の違う光沢貫頭衣」「ウエスト縄マークのフード付きワンピース」…こういうのそれぞれに、本当はバシッと一言で決める言葉があるのである。「巨大茶せん」にも「ボール付き水撒き金属棒」にも!(←あたりまえ^^;)しかも、これらは、やはりveronicaさんのところで、だいぶ前に教えてもらっていたような気がするのが悲しい・・・TVT。忘れている・・・。これからは、「イウの見たまんま→英語訳→日本語訳」の表が必要だ。作っていかねば。ある程度まとまったら、フリーページにアップしよう。わたしのフリーページはどこもかしこもトホホな事柄を並べているだけの状態だけれども、少しは役立つ情報もアップすることが必要では?-----とまあ、今日もつらつら愚にも付かないことを思っているのでありますが、日本語に限らず、ちゃんと用語を知ってることって大事ですよね。よーく考えると、いろんなところで、これ、やっちゃってるみたい。たとえばダンスやバレエ。-----テレコができるまで、なにを思っていたのか踊りまくっていたのですが、こっち来て学校でバレエとったので、フランス語のバレエ語彙、きちんと覚えたんですよね。それまでは、「つま先立ってパチンパチン、グルッ!ガニ股で踏み込んで!」ドスンドスン!とかやってたのが、「ルルベ、バッチュ、アンデュオール!グラン・プリエ!」キリッパリッ!に浮上したんですよね/^^;。「ドスンドスン、グルッ!ガニ股踏み踏み!」だったら、割り箸二本、鼻の穴に差し込んで、手ぬぐいかぶりにザルもって踏み踏み・・・、安来節ですわ。
2011年04月26日
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「お母さん!ケーキの本だよ!これ借りて!」と、テレコにせがまれて、図書館からケーキの本を借りてきました。世界中のケーキが載っていて、結構面白かったのですが、ぱらぱらめくっていたら「あれ?」テレーズがいる!なんだろ、聖テレーズ関連のケーキなのかなあと、ケーキの名前を見てみたら、「Cassata Siciliana」っていうイタリアのケーキ。何でイタリアのケーキでテレーズかなあって、横の解説を読んでみたら、「…アラビアの影響のあるこれらの材料を、イタリアの修道女たちが美しいケーキに仕上げたのでした。実際、修道女たちはこのケーキの大ファンで、16世紀の教会の指導者たちはそれが行き過ぎとみなし、修道女たちのよい行いの妨げにならぬよう、聖週間の間禁止にしました。」だって^^;。聖テレーズは、19世紀のフランスだよ。この写真添えた人、カトリックじゃないな^^;。きっと「修道女の写真・・・。あ、これきれいでいいかも」って、テレーズのモザイク画使ったんだね。この絵のある教会がイタリアにあったのかもしれないな。でも、こんなところでテレーズに出会って、ちょっと*^^*なひとときでした。「よい行い」の妨げになるほどのケーキはどんな味なんでしょうね。スポンジをフルーツ・ジュースやリキュールで浸した後、緑や白のアイシングをして果物の砂糖漬けで飾る、とっても甘そうなケーキ。想像するだけでもレントや聖週間にはちょっとという感じ。イースターのお祝いにならよさそうだけど、作り方が大変そうで、自分では作れないなあ^^;!
2011年04月22日
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(下の記事の続きです^^)晴れ間も見えてきた土曜日の夕方、結婚式のある教会へ。「ねえ、いとこって母方の?父方の?」「うーん、両方かな」「?」とにかく、だんな君の両親のほかにもう一組、ふた系統にまたがった夫婦がいて、その娘なんだそうである(誰が誰かよくわからなくてうまく説明できない^^;)。「それじゃあ、兄弟みたいなもんだね」「まあ、ずっとあってないけど」と、あんまり親戚づきあいしないだんな君。遠いし^^;。てなわけで、新婦側の席はもう、親戚中知ったもん同士でものすごく盛り上がってた。握手にハグの嵐で、もう、何がなんだかわからん状態。テレコも引きつっちゃって大変だった^^;何しろ、初めて会う人も多い。あんまり付き合いがなかったから「JJ(だんな君のこと)はアメリカにいるのか」「本当に結婚してるのか。」「子供は誰の子供なのか」と聞かれることもたびたびだとグランマとグランパ。「ほら、新郎側の席見てごらんよ。さみしい^^;」と弟とふざけるだんな君。しかしまあ見渡せば、アジア人はわたし一人っきり。あといとこのホイットニーのお母さんが白人なだけ。思いっきりおしゃれで熱い会衆なのでありました。新郎新婦入場。誓いの言葉のほかに、数種類の食べ物を味わいながら、夫婦としての自覚を促すような儀式がありました。これも黒人独特の儀式だったのかな。ちゃんと聞いておけなくて残念。テレコがもぞもぞしちゃってて。(妹のターシャのときは、新郎新婦がほうきを飛び越える儀式がありました。昔は結婚式といっても何も特別なことはできなかったからそうやって印にしていた、とのことでした。他の友人からは古臭いと言われたそうですが、やりたかったんだそう。)パスターの一言一言に「Yeah!」「That's right!」と合いの手を入れるのは、映画で見るブラック・チャーチそのままで、さすが!と思いました。かっこいい。-----式の後は、また挨拶挨拶。テレコ大人気。ちやほやされるけど、緊張してて打ち解けないで困りました^^;。「じゃあ、ホテルに戻る」とだんな君。「え?レセプションの会場に行かないの?」「この状態見てよ。みんなすぐに集まらないよ。ホテルのドリンクチケット全然使ってないからもったいない」「はあ?遅れても知らないよ」と、20分かけてホテルに戻って、スナックと飲み物でひとやすみ。それから30分以上かけてレセプション会場へ。それが、遅れてると思ったけど、ちょうど始ったところだった!ううーん。日本ではこうはいかない。会場は公民館みたいなところ。日本みたいな結婚式場はないし、よっぽどじゃないと、こんな感じの会館か、ガーデンを借りてのパーティーです。食事の後、新郎新婦のダンス。それが終わるとアップテンポの曲がかかって、みんな踊りだします。老いも若きも入り混じって、楽しいダンスが続くのでした^^;。すごいな!テレコは間近までいってみていましたが、ついぞ踊りには加わりませんでした。ちぇ,テレコが踊ったらちゃんと踊ったのに。パーティーが終わっても、いつまでも親戚同士のおしゃべりは続くのでした。「こんどOHに越すから、もっとNCにこられると思う」とか、だんな君言ってた。わたしとテレコ連れてく気、すこしはあるんかいな。まあ、南部(といっても一番北で、ディープ・サウスじゃないけど)も面白そうだから、また来られるといいなあ。
2011年04月19日
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NCで大変な竜巻があったのですが、私たちのいたところは被害もなく、飛行機も飛んで無事に帰ってきました。-----おかげさまで友人にも会えました。だんなさんの仕事が変わったのを機会にミシガンの家を売ってジョージアに越し、家を買ったところでだんなさんの会社が移転。また家を売って、NCに移ってまた家を買った、という、ここ数年引越しばかりの彼女。「イウさん、移るならテレコちゃんが大きくなってからじゃないと大変ですよっ!」と、今まで散々言われていたのですが、結局、私たちも家を売らなきゃいけなくなりそうなので、いろいろ聞いてきました。私たちは見込みがあったのに何も動いていないし、だんな君が身を入れることができない状態で、私がやらなきゃいけなくなりそうだから苦労が目に見えてる!!!ぞお~っ@@;;!まあ、それはおいておいて、まるで夏のようなNCの明るい夕べにバーベキューをしてもらって楽しいひと時を過ごさせていただきました。-----一日あいていた金曜日は、サウス・カロライナ側の遊園地へ。テレコがまだ小さいので恐ろしげな乗り物は乗らず(^^:よかった)、小さい子用の乗り物ばかり。でも楽しかった。テレコは回転木馬がお気に入りだったようです。2回乗りました。夜は、グランマ、グランパと、弟のキャメロンと彼女と合流。スナックと飲み物を持ち込んで軽い夕食。外はものすごい風。(これが州の別のところでものすごい竜巻になってたんですよね。)-----土曜日、雨の午前中。ちかくの体験型ミュージアムへ。結婚式へ続く。
2011年04月19日
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木曜から4日間、ノース・カロライナに行ってきます。だんな君のいとこの結婚式が急に入ったのと、その近くに親しくしていた日本人の友人が引っ越しているので、結婚式を口実に会おうと^^;。NCはだんな君の生まれたところでもあるし、誰に聞いてもきれいなところという評判なので、ちょっと楽しみです。親戚中が住んでいるので、また取り囲まれてサザン・ブラック・イングリッシュに(((@@;)))となるのが怖いのですが、(ほんとーにわからんですよ。あとノリが違うのか、受け答えに困る)まあ、しばらくの時間耐えることにしよう。テレコもいることだし、大丈夫かも。何を着ていこうかと思案中。こちらまだ冬服なのに、NCはもう夏服らしい・・・^^;-----ブログもだいぶ放置してしまっています。-----10日ほど前、仙台の友人からメールが入りました。友人夫婦が亡くなったと。ラグビー部のナイスガイと目の大きい印象的な美人のカップルでした。彼のほうは有名人だったし、仙台の友人が親しかった関係で、学食でわいわいやってるところに居合わせることもありました。今思うと失礼なあだ名をつけて、いつも話題にしたりしてたんですよね。彼女のほうは、学部も違うし、何で世間話するような間柄だったのかかよく思い出せません。やっぱり、共通の友人を通してだったかな。一年生のときの役員の会議で知り合ったんだったかな。もちろん直接連絡を取り合うような友人ではなかったのですが、仙台の友人を通して消息は聞いていました。今回の震災で、東北の友人を次々に思い浮かべて大丈夫だろうかと心配していたのですが、仙台や石巻、宮古、いわきの人のことばかり考えていて、彼らのことは頭に上りませんでした。そんなところにメールをもらってショックでした。うそだとしか思えませんでした。不謹慎だけど、あの○○君だったら、波を押し分け、途中何人も拾い上げながら、泳ぎきって助かってるはずだ、と。今は避難所でリーダーとして無精ひげを生やしながらがんばっているはずだ。そのうちテレビの中継で映るはずなんだ、と思ってしまいました。「息子さん二人が残されて、新聞記事にもなった。新聞を読んで一日泣いていた」と友人のメール。新聞記事を探して検索をかけると、あの学部のあの人が、あのクラブのこの人が、二人の安否を尋ねまわっている記事が、いくつもいくつもあがってきました。安否確認のページでは、「○時には家に車があった」「○時には勤務先。自宅に戻った」と、どんどん状況がわかっていって・・・。それを気をもみながら追っていった同級生の気持ちを思ってまた苦しかった。-----息子さんたちはテレビの一言コーナーで取り上げられ、その画像を見ることもできました。長男は○○君にそっくりでした。-----彼女のほうは、壊れた家で見つかったとのこと。バイクで避難中だった息子さんの電話に着信を残したままだったそうです。彼は休みを取って別の町の病院に行っていました。行方不明です。息子さんたちは長男が関東へ、次男は山陰へ移るのだそうです。-----昔の知り合いが亡くなったと聞いて、遠くに住んでいて被災もしていないのに、かなりショックを受けてしまいました。気がつくと、仲のよかった二人の姿を思い浮かべています。同時に、いつもは忘れている学生時代のことなど、次々思い出してしまいます。悲しいニュースですが、伝えたほうがいいと思った友人二人に電話を入れました。-----日本では、もう復興を目指して動き始めているのに、こんな記事ですみません。仙台の友人は、「ガスもまだ通ってなくて、お風呂にも入れない日々ですが、丈夫な体があるから大丈夫」って。頭が下がります。わたしなんて、どうしようもなくて、「電池足りてるの?なかったら送るから」くらいしか、言えないんです。-----身の回りもばたばたしています。だんな君の新しい仕事が決まりました。それはよかったことなのですが、別居になりそうです。「残って娘と猫3匹抱えて家売らんば」という恐れていた事態に・・・。気が重いです。-----自分のこと、家族のこと、友達のこと。いろんなことが重なり、レントの勉強会も行くのをやめ、修道会も私が煮え切らないところ、何人もが上にあがるように働きかけてくれたのですが、断りました。思うところもあり・・・。-----かなーり、低調な今年のレントですが、それに真剣に向き合おうとすることもできません。「もういいや、しらん」という、投げやり状態です。今やってるのは、NHKの語学番組を聞くのと掃除くらい。-----明日からの旅行。しばらくここを離れられていいかもしれないなあと思っています。
2011年04月13日
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