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セミナー終了直後にいろいろ起こったシンクロディスティニー受講でしたが翌日の早朝6:30amの便で、サンディエゴの郊外にある小さな空港からロサンゼルスを経由してサンフランシスコに行き、そこから日本行きの便に乗る予定でした。前の晩にレネーさんが持たせてくれたチラシ寿司弁当を手に「空港は小さいし、すぐ近くだから30分前にタクシーに乗れば余裕」というホテルのレセプションの人のアドバイスをそのまま聞き入れ、それでも荷造りに時間がかかって5分遅れてしまったのですが小さな空港に到着すると、乗客もスタッフも誰もいないガランとした様子。出てきた年配の女性に「もう搭乗は済んでしまったわ。あなたは遅すぎたわね」とアッサリ言われて、午前11時にはサンフランシスコに到着していなければならないところを、最初の便から乗り遅れてしまったのです。「ロサンゼルス経由だったのに...」とちょっと青くなりつつも何故か、なんとかなるような気もしていて忙しそうなその熟練の女性スタッフの手が空くのをじっと待っていたところ私の名前も聞かないままモニターをカチャカチャいじりながら、顔も上げずに「サンディエゴ10時発のサンフランシスコ直行便があったわ。もう少し待てばリムジンが来るので、それに乗ってサンディエゴ空港に向かってちょうだい。今6時半だから時間は充分あるわね。」と、元の旅程よりずっと短くて楽な便を手配してくれていました。そこからサンディエゴ空港までは、タクシーで1万円近くかかるのを知っていたので覚悟していると、もう一人サンディエゴ空港に向かう人がいて会話を聞いていると常連客らしく、リムジンもどうやら無料で良いようなのです。なんだかラッキーだ。。と思いながらサンディエゴ空港でチェックインを済ませチラシ寿司を開いてスターバックスで買ったTAZOの緑茶と一緒に幸せな気持ちで頂いていると「Ms.○○○、Ms.○○○、ユナイテッドのカウンターまで来て下さい」というアナウンスが流れ、悠長にも全部食べ終わってからカウンターに行ってみると、スタッフの人が焦った様子で「あなたの乗るはずだった10時の便が遅れることがわかったの。 これではサンフランシスコ発のJAL 001便に乗れないことが確定したので 私達のほうでロサンゼルス発ユナイテッド航空の日本行きを手配しました。 これから別の便でロサンゼルスに行ってもらえますか?」。。。 私は狐につままれたような気持ち、というか「最初の便に乗り遅れたのは私なのに こんなに親切にしてもらって...?」と不思議な気分で言われるままロサンゼルス行きの搭乗口に行きました。1時間以上時間が余っていたのでパソコンを開いて書き物をしているとまた「Ms.○○○、Ms.○○○、ユナイテッドのカウンターまで来て下さい」と。「ひぇ...今度はどんな変更があるんだろう?!?!」 とおっかなびっくりカウンターに行ってみると、「ひとつ早い便の席が空いたので、どうぞ。 ウェイティングリストに入っていましたから」と搭乗券を渡され流されるように飛行機に乗り込み、早々にロサンゼルスに着いてしまいました。私、ユナイテッドのVIPでも何でも無いのに・・・・???お世話してくれた人々に感謝しつつ、逆にここまでして乗らないことになったJAL 001便に何もありませんように、と祈りつつ、でも念のため旦那様に、新しい便名を伝えるために電話をして元々のサンフランシスコ発より20分早い便に乗り込みました。なんだろう....??? 何かに呼ばれていたのかな~それともユナイテッド航空の顧客サービス向上キャンペーン中とかだったかな???不思議~~~。
2005.10.31
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そこはサンディエゴのリゾートスパ施設から車で15分くらい離れたところでした。まだ内装も外装も着手していないので大まかな部屋の作りを見学してまわったのですがまず大きなリビングルームは、居住者が共同で使えるようとっても広く天井も二階まで吹き抜けで、暖炉を囲んで団欒できるようになっていてちょっと驚いたのは室内に滝と池を作っているところでした。水の癒しの効果が非常に高いことから、室内に持ってきたそう。各所各所で使う大きなドアは、ヨーロッパやエジプトで昔から使われていた中古品というかアンティークを利用。手を触れると、強い波動が伝わってきました。大きな台所は、調理に使用した熱を再利用できるように設計されていて大きな煙突から外に出さずに熱を転換し、建物全体で利用するお湯を作れるようになっていました。居住エリアは、各部屋に電気がついていると思ったらなんと自然光を特別なガラスを通して、まるで蛍光灯のような明るさにしていました。その日は曇っていたにも関わらず、です。屋根は全て瓦ぶきで、これも各地域からの中古品を寄せ集めて作っているのですがそれがわからないくらいにバランスが保たれていて。あと、その瓦の間には、鳥が巣を作れるような間隔を空けていて朝、鳥のさえずりで自然に目を覚ませるように、ということなんです。この夢の施設ですが、このサンディエゴのセンターでは「Addiction」がある人何かしらの中毒(アルコール中毒、ドラッグ、喫煙、ギャンブル、大食漢、他)を持った人たちを対象にオペレーションを始めるそうなんです。専属の医師が施設内に常時勤務する形で。・・・日本だとどうなのでしょう。 私は、思い描いていた夢の施設は、何かの患者さんというわけではなくて普通一般の人が、1週間でも2週間でも、1ヶ月でも、自然と一体になって生活してみて本来の自分を取り戻す、またはリフレッシュして都会に戻っていくそんな場所だったのですが。もちろん申し込んでくる方の中には何かしら悩みを持っていたり何かしらの症状を持っていたり、様々あるでしょうし・・・。ただ癒されたい、リラックスしたいという方でも利用できるような場所がいいな~ と。 どうでしょう・・・?私は、このサンディエゴの施設も 「滞在してみたいのに~!」 と思ってしまいました。
2005.10.30
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日本のリゾート&スパ敷地内に、サンディエゴにあるアーユルヴェーダの施設を建てたいという私の夢、というか今年の4月に降ってきたビジョン。実はその次の夢・ビジョンも8月にポンッと湧いてきて、それは、日本の温暖な気候の土地で、海と山と川から近すぎず遠すぎない高台に、電気が無くても生活ができて生活することそのものがリサイクルになるような建物でそこに寝泊りする人たちが共同で農業や漁業や加工や炊事、掃除、洗濯を分担できるオペレーションになっていて分担作業が無いときは自然の中でリラックスしたり音楽や文学や芸術を思い思いに楽しんだり、シェアしたりそんな場所を作りたい、ということでした。シンクロディスティニーセミナーの二日目あたりで、お昼休みに入るときに「希望者の方はこの場に残ってスージーさんの説明を聞いて下さい」というアナウンスがあって、タミーちゃんとルイーザさんが「スージーさんって誰? 残る?どうする?お昼行っちゃう?」と私に聞くので、私はなんとなくこの話を聞いたほうが良い気がしていて「残って聞いてみようよ。」 と3人で説明の場に残りました。すると、説明されたのは、まだ未発表で、来年の4月にオープン予定で、このサンディエゴのアーユルヴェーダ施設で教えていることをそのまま暮らしに反映させ、自然と一体の生活を送るというコンセプトの居住施設を2年がかりで作ってきたプロジェクトの道のりについてでした。タミーちゃんもルイーザさんも、私の顔をちらちらみながら、「これって・・・!」と。ビジョンが浮かんだ時から二人には時折話していたので・・・。見学ツアーを何回かアレンジするということだったので、早速三人で最終日の、セミナー終了後の見学ツアーにサインアップしました。「すごいすごーい、既に実現に向かって進んでいた人がいたんだねー!将来提携できるんじゃない?!」 と二人のほうが何故か興奮していました。もちろん私も少し♪ そしてワクワク。説明をしていたスージーさんはその施設のプロジェクトのエグゼクティブディレクターで2年前まではシリコンバレーのIT企業を渡り歩いた後、いくつかの会社を起業させていたとのこと。 ある日、チョプラ氏のシンクロディスティニーの本を友人からプレゼントされて、早速Webサイトを見てみると、その翌日からシンクロディスティニーのセミナーが開催されるのを知り「これこそ偶然の一致だから」 と無理に参加申し込みをし(もう締め切っていたのにも関わらず)そこで得た知識や考え方もろもろに感銘を受け、全てのキャリアを投げ打って今の施設のプロジェクトを、最初は自己資金から始め、その後たくさんの投資を募ってここまで来たそう。ちょっとなかなか日記が追いつかないのですが、セミナー最終日に見学に行った施設の話しは明日の日記にて!
2005.10.29
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今までの偶然の一致のストーリーを語りながらレネーさん行き着けのお寿司屋さんに到着。「それで?それで?」と彼女の興味は止まりません。私に食べられないものが無いか確認すると「いつものと、お刺身でおススメをお願い」と簡単にオーダーし、すぐに話しに戻りました。 食べ物が出てくると、ハンター君がいろいろ世話を焼いてくれるのでありがたく世話になりカリフォルニア風のお寿司を美味しく頂きつつ、今までのストーリーを語り終える頃にはお腹もいっぱいになっていました。レネーは、「ビューティフル!素晴らしいわ♪!」 と興奮気味に叫んだ?と思うと「ね、私、ハワイのマウイ島の出身なんだけれど、近所に日本人が多くてお隣りの家は「ワタナベさん」だったし、幼い頃は私、日本人に囲まれて育ったのよ。日本だーいすきだし、いつか住みたいと思っているくらい。私の前に現れてくれてありがとう! 素晴らしいわ!!!あとね、私もこのアーユルヴェーダの施設を、マウイ島に持っていきたいと思っていたのよ♪日本の施設オープンに向けても協力するわ!ディーパック(チョプラ氏)とも長年の友人だし、私に言ってほしいことがあったらいつでも何でも言って!」とすごい勢いで話しながら、「私、早口すぎるかしら?大丈夫?」と確認しつつ。「スリランカに行く前に、息子のハンターと一緒にアジアをまわる計画なんだけど、12月のクリスマス頃に、映画の撮影がらみで日本に行く予定なの。あなたクリスマスは予定ある?!」 と言われ「特に無いけれど・・・。その頃はもう仕事を辞めた後なので」 と答えると「ワンダフル! ね、私の知り合いで確か日本にリゾートスパを持っている人がいるわ。12月に日本に行った時に、そのリゾートに一緒に行って話しを始めてみない?」とその勢いは止まりません。「と、ところで、レネーさん、どうやら有名な方とか裕福な方に知人が多いみたいだけれど、どうして?」 と聞くと「そうねー、私の父とか祖父の関係で、子供時代から独身時代にかけてとても興味深くて良い生活をさせてもらったから・・」 と。その先、詳しくは聞きませんでしたけれどかなり裕福か、著名な方の娘さんかお孫さん?この先も特に野暮な?質問はせずに、普通におつき合いしてみようと思いますー。翌日の朝の便で日本に発つ予定だったので、とても美味しかったチラシ寿司を折り詰めにして持たせてくれて、夜10時過ぎていたのに「タクシーには乗らせないわ。ハンターには車の中で仮眠してもらってホテルまで送る!」 と片道30分の道のりを、親切にも送ってくれました。車の中では食事中に話したことを1つ1つ再確認してくれてどうやら「調子の良いアメリカ人(=話だけ)」というのでも無さそうな感じです・・・。
2005.10.27
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タミーちゃんとルイーザさんと3人で長期滞在型の建物の見学ツアーから施設に帰ってきて二人の買い物を終えるともう17時。 私は早速レネーさんに電話をかけ「お家に遊びに行くにはもう遅すぎますか?」と聞くと「お茶でもディナーでも何でもいいわよー!引越したばかりでダンボールだらけなんだけど」とやっぱりフレンドリー。 このオープンさはちょっとアメリカ人っぽく無いかも・・・と思いながら会話を続け、(アメリカ人は皆オープンなように見えてプライベートには大きな壁がある感じなので)タミーちゃんの帰りのフライトの時間と、ルイーザさんがお母さんの病院に戻る時間を考慮すると、ルイーザさんがタミーちゃんを空港まで送る途中で、レネーさんの家に寄り私を降ろしたら二人は挨拶程度で別れるようなスケジュールとなりました。Yahoo! Mapで調べた道案内情報を頼りに来るまでいくと、行き着いたのは海の音が聞こえる、ちょっとリゾート感覚な場所でした。玄関先で失礼すると言っていた二人も、レネーさんに「お茶だけでもどう?」と誘われ家に入っていくと、確かに中はダンボール箱だらけ。 レネーさんがお茶を用意する間ハンター君にお庭に案内されると、まずテラスから出たところがバラ園(秘密の花園チック?)になっていて、その奥に別棟のゲストハウスが。 そこから橋が架かっていて下を細い川が流れていて、橋を渡りきると高台にベンチがあって木の葉が風に揺れる音と海の音が聞こえてきていい感じ!タミーちゃんもルイーザさんもすっかり目がハートマークになってリビングルームに戻ってくると、レネーさんに質問の嵐。仕事は、映画のシナリオライターをやっていて、やはりハリウッド関係者だったこと。今度日本を題材にした映画の撮影に入るので近々日本に来る予定があること。なにやら有名人や裕福な方に知人が多い様子。 最後には、「ディーパック(チョプラ氏)とは長年の友人なの。家もすぐ近くなのよ。」ということで、どおりで友人だけで構成されているスリランカツアーに参加するはず。タミーちゃんとルイーザさんは時間になってしまったのでもっと話したそうな様子だったのですが会話を打ち切り、お別れの時間となりました。二人ともしばらくお別れなのでぎゅーっとハグをして、もう一回ずつハグをして車を見送りました。玄関口で、ハンター君と並んで手を振る私はなんだかホームステイをしている留学生みたいな感じ。タミーちゃんとルイーザさんが少ししか時間が無かったので自分の話は全くしていなかったのですが、レネーさんからは早速「この近くに美味しいお寿司屋さんがあるけれど、食べに行かない?魚は好き?生もの大丈夫?」とフレンドリー攻め。 「もちろんお寿司は大好き!」ということでレネーさんは外出する支度を始めました。と、途中でレネーさんがやってきて「私が支度をしている間に、ハンターの部屋の壁に何か日本語を書いてくれない?」と何本もペンを持ってきて、引っ越してきたばかりのおうちの壁に落書き?をすることになりました。 「ひぇ・・・いいんですか??」ハンター君に導かれて子供部屋に行くと、早速四角い額縁のような枠を書かれて「この中に書いて!」ということだったので、ハンターくんに書いて欲しい言葉をひとつひとつ言ってもらって、日本語をいっぱい書いてきました・・・。ハンター君が自分でも書きたさそうだったので、別の紙にひとおおり平仮名とカタカナを読み方(アルファベット)付きで書いてあげたらすぐに自分でいろいろ書き始めました。早い・・・。さて、レネーさんも支度が整い、チャイナ風のドレスにメイクもばっちりでお出かけです。 車に乗り込み、「さぁ、あなたの話をして。」と言われ今までの偶然の一致のストーリーを、今年の1月から遡って(このブログと同じですね)ポチポチと語り始めました。この後、意気投合してしまうのですが。。。 この日の出来事は次の日記で書き上げますー。
2005.10.27
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シンクロディスティニーセミナーの最終日は、午前中のチョプラ氏の講義の後、出席者80名でひとつの輪になってお別れの挨拶をするクロージングセレモニーで終了となりました。 終了後、セミナー開催中に言葉を交わした人達と個別にHugでお別れをしていったのですが、その中でも一番きちんとお別れの挨拶をしたかったのが、8歳の男の子でお母さんかおばあちゃんと一緒に付いてきていたらしい映画「シックスセンス」の子役を思わせるような 色白の賢い子だったのですがセミナー外の、任意参加のディスカッショングループに参加していて大人と一緒になって普通に質問したり、意見を言っていたりしていたのです。男の子の隣に座っていた白人のおばあちゃんらしき人が"「この子はいわゆる
2005.10.26
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シンクロディスティニーセミナーの初日、二日目、三日目とかけて会場やリゾート施設内あちこちでマネジメントチームの皆さんやヨガのインストラクター達、セラピスト達、ショップスタッフなど今年の4月から今まで(気がついたら5回も通っていました・・)仲良くなった方々と「久しぶり~♪」「元気だった~?」と毎日挨拶を交わしていて(ここの皆さんは毎回ハグで挨拶です) しまいにホテルのレストランでも「また来たね~」と歓迎されると、タミーちゃんとルイーザさんには“Everyone knows you !! Amazing…” と驚かれたくらいでした。最初に訪れた時から懐かしい、家族のような温かさを感じていたのですが回を重ねるうちに友好が深まってなんだかファミリーの一員のようになっていました。セミナーはいろいろな内容がぎゅっと凝縮されていてたくさんの情報に皆さん(私も)アップアップしていましたがシンクロディスティニー(ちなみにこれはチョプラ氏の造語で、辞書にもある言葉はシンクロニシティ)で身の回りに起こっている偶然の一致に如何に敏感に気がついて楽に望みを叶えていく、というコアな部分以外に「感情」についてのセッションや、「嫌いな人」「好きな人」ができる理由を深く掘り下げたり「自分で作ってしまう様々な制限」に気がついて取り除くようなセッションがあったりという感じでした。身の回りの偶然の一致に敏感に気がつくための心の状態を作る、準備のようなものですね、きっと。日記が全然追いつかなくて、今、日本の我が家に戻ってきたところなのですが!セミナー4日目の最終日(帰国の前日)に今後の展開に非常に大きな影響を与えそうな出会い(もちろん偶然で...汗)がありましたので、次回の日記で報告しますね。ここのところ、いつも最後に何か大事なことが起こるというパターンになってきました。なんでだろう・・・不思議~。
2005.10.25
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シンクロディスティニーセミナー初日。これで4回目の訪問となるサンディエゴ郊外のリゾート&スパ。 思わず深呼吸してしまう美しい場所で、タミーちゃん、ルイーザさんも昨晩暗くなってからのチェックインだったので、朝日に照らされた美しい自然と建物に感激しながら会場まで歩いていきました。受付を済ませて席に着くと80人位の参加者で8割方がアメリカ人という構成でした。午前中はディーパック・チョプラ氏自らの講義で、コンセプトと理論を一通り説明する時間だったので量子物理学とか宇宙の原理まで触れたレクチャーだったのですが現在常識だと思っていることを覆す、既存の枠が取り払われるような内容でした。無限の可能性が引き出されたような。。講義の後、受講者たちが口々に「わおー、すごかったね~」と感嘆したり、内容について受講者同士で議論したり、かなり触発された感じでした。ルイーザさんから、「チョプラ氏に今後のこととか話しに行かないの?」と聞かれて、「ううん、今回は別に話す必要が無いのでいいのー」なんていう会話ををしながら野菜をふんだんに使った料理のバフェスタイルのランチを済ませて満足しながらまた会場に向かって歩いていくと、三叉路のような小道で偶然、ディーパックチョプラ氏と鉢合わせ。「Hi !」 とお互い挨拶を交わすと、会場まで一緒に歩いていくことに。タミーちゃんとルイーザさんはちょっぴり堅くなっています。「プエルトリコには来ることになった?」「日本にはもう15年位行ってないなぁ。また訪問できるといいんだけれど」と言われて、プエルトリコには申し込みを済ませたことと、日本のプランについて少し意見交換することができました。「じゃあまた!」 と別れるとタミーちゃん、ルイーザさんが「すでにシンクロが始まっている!!」 と後ろでキャアキャアはしゃいでいて・・。確かに、アポも設定せずに自然に話すべきことは話せてしまいました。幸先いい感じ・・・・・・♪
2005.10.23
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ミュンヘンから12時間のフライトを終えてサンフランシスコに到着し、空港から1時間位のところに住んでいるタミーちゃんのお家に一泊お世話になり今さっき、目を覚ましたところです。 8時間ぐっすり眠れたので、時差ボケにあまりならないと良いのだけれど。以前も、メディテーションのクラスとかでうつらうつらと居眠りしてしまったので今度はボートを漕ぎませんように・・・。ミュンヘン出発前にメールをチェックすると、7月にバークレーでタミーちゃんと同時に出会った中国人のルイーザさんからシンクロディスティニーセミナーに参加できるようになったという連絡が入っていました。彼女は一ヶ月前から申し込んではいたのだけれど、今年の春からお母様が癌を患っていて、彼女も一緒に闘病生活を送っていたので直前にならないと行けるかどうかわからない、ということだったのです。私は何故か「ルイーザさんのお母様にお会いしなくては」と強く思ったのとサンフランシスコ空港から20分位のところに住んでいると言っていたので到着した晩にお母様にお会いできるか聞いたところ、ちょうど今、二人ともメキシコの病院に滞在しているので、サンフランシスコでは無理なのだけれどサンディエゴからであれば車で行ける距離なのでシンクロディスティニーセミナーの前夜に、会場に到着した後車でお母様に会いに行くことになりました。会場でのホテルの部屋もシェアすることに。バークレーで出会った3人娘の再会です。ルイーザさんは、数年前まで金融・証券系のバリッバリのキャリアウーマンで世界各地で勤務する際には豪華なマンションでの生活、食事も着るものも乗るもの(?)も超一流、というきらびやかな生活を送っていたらしいのですが、ある日、「それは自分の送りたい人生ではない」という答えに達し、すべてを捨てて、0から自分の本当の道を歩んでいこう、と試みている人でした。それ以降、彼女には偶然の一致や不思議な出来事がたくさん起こってニュージーランド原住民のスピリチュアルリーダーが訪米してスピーチを行った際にひょんなことからその後の彼の活動をアメリカ側で支援することになったり韓国ヨガの第一人者から目をかけられてその道のマスターになるよう示唆されたり本人は、自ら起業して事業内容の1つにセミナー事業を考えていて日本訪問でのセミナーの際には一緒に協業しよう、と言ってくれていたり。ここ1~2ヶ月の間に何かしら展開や変化があったと思うので最新のお話を聞くのが楽しみ。。。彼女ともかなりシンクロしているので、将来どういう関わりになるのかも結構楽しみなんです。
2005.10.19
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サンディエゴのアーユルヴェーダ施設の創始者とメールのやりとりをした際に「日本でシンクロディスティニーのセミナーを開催したいと思っている」というメッセージを受けて、「すごい偶然の一致!!」と感動した例の一件でしたが日本でのセミナー開催を実現していくためにはまずはどんな内容か知らなくちゃ・・だよね? と思って、「10月のセミナーを受講したほうがいいですか?」ともう一度メールしていたのですが返信が無かったので、うーんどうしようかなーと思いつつ「そんなの聞くまでも無いことだったわ(当たり前じゃないかー)」と早速申し込みを・・・・と事務局にメールをすると、なんと「Early Bird(早期申込み)割引」の前日でした。ぎりぎり。サンフランシスコ在住の新しい友達(同時に旧友にも感じる)タミーちゃんに「明日で早期申込み割引終了だって!」と連絡すると「私も受講する♪ でも申込みのお金が無い...けどいつものとおり何とかなるはず!」とカードを使わない主義のタミーちゃんは、お金が必要な時に不思議な力が働いていろいろな人が助けてくれて現金も調達できてしまうタイプでした。彼女もぎりぎりで申込み完了。それが8月のことだったのですが、心待ちにしていたそのセミナーがいよいよ今週の木曜日から始まります。4日間のプログラムで、本拠地、サンディエゴのあの緑に囲まれた美しいリゾート&スパで開催されるのです。 うっとり&わくわく♪♪♪♪♪♪♪どんな内容なのかは、当日の朝に詳細スケジュールが配られるのでそれまでは「どんななんだろ~?」 という感じです。おそらく、早朝ヨガとメディテーション、夕方のヨガなどもセットになっているだろうと想定しています。これが今考えるだけでもすがすがしーい&リラーックスした感じなんです。今日の夕方の便でミュンヘンからサンフランシスコに行って(戻って)一泊したら翌日の便でサンディエゴ。またもや(例のごとく??) 出張スケジュールともちょうどピッタリはまった感じでした。このセミナーで、偶然の一致で望みが叶う法則についての理解が深まり、わかりやすく人に伝えられるようになったらいいな~と願っています。。。
2005.10.17
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会う人々皆、陽気でおしゃべりだったアイルランド。アメリカ、ドイツ、台湾、フィリピンから12人が飛んできて、アイルランドのメンバーと4日間連続の会議をしたのですが最終日にコークの町に繰り出すと、居酒屋やビアホール的なクラブ、など飲み屋さんの数の多いこと!午前1時を過ぎて海外メンバーがみな疲れ果てているにも関わらずアイルランド人女性に「軽く夜食を食べに行きましょう」と引率されカフェを目指して歩くと、まるで昼間のような賑わい、若い人達があちらこちらで陽気におしゃべりをしていて、軽食の食べられるカフェに入るとまるでランチタイムのような混みよう!驚きました~。 イギリス風の町並みに六本木なみの人の多さで健全で朴訥な感じがするアイルランド、コークシティのナイトライフでございました。不思議でとてもクリアだったアイルランド南端の古い地図の夢(4月)や秋に行くことになりそうだなーという予感が現実になったり1週間の予定だったのが、直前に2週間に延びたりいろいろ縁がありそうな前ぶれがあったわりには特別なことは何も起こらず、明日の便でミュンヘンに移動することになりますー。今回のアイルランドで、今の仕事の「ひどい忙しさ」はピークを越えたのでまたこの日記も一日おきくらいのペースの戻れそうだなーと思っています♪
2005.10.15
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日曜日の午後、アイルランドの南端、コークに到着して空港からホテルまでの間の風景でさえ、なだらかな緑の丘が広がっていてやっぱりニュージーランドと似ているなぁ~と思いながらホテルに到着。翌日から始まる仕事の準備に充てなくちゃ・・と思っていた時間だったのですが部屋に着くなり、むしょうに13の月の暦が気になり今回、日本を発つ前日に立ち寄った銀座のイリスで話しの流れで自然に買うことになった13の月の暦のワークブック「銀河ノート」を持ってきていたので荷物からがさごそ取り出しました。13の月の暦は、使うようになってもう10年くらい経つのにただ ただ 暦を使っていただけで、詳しいことは知らないままだったのです。先日、ふと日記に書いたのがきっかけで、友人2人が本などを購入して逆にいろいろ教えてくれたので 私ももっと知ってみようかな、と思っていたということもあったのですがホテルのカフェのメニューに「アフタヌーンティー」があったので注文したらなんと4階建てのスコーン、フルーツケーキ、パイ、チョコレート、サンドウィッチのセットが運ばれてきて (びっくり) ミルクティーを飲みながらワークブックに記入をし始めました。内容は、「13の月の暦」の時間を通して「自分」、「自分と時間の関係」、「これまでとこれからの人生の時間」、「自分とまわりの関係」について再認識し、自分の「時間地図」をつくっていく、というもの。ふむふむ ふむふむ と どんどん入っていってしまって・・・気がついたら夜の22時近く。 部屋に戻ってもまた続けて夜中の1時くらいまで熱中してしまいました。自分の二十歳の頃からの1年1年の出来事と 13の月の暦での誕生日の持っているリズムを合わせこんで行った結果4年周期のパターンがあることに気付いたりうーん これだけ自分のリズムやパターンがあるということはこれから先の計画も、そのリズムとパターンを考慮に入れて組んでみると楽に、自然の流れに沿って行けそうな感じ。自然の流れに逆らわないように、ということも出来そうだし。今年(7月26日~)は、自分のパターンの中では4年に1回、母性が強くなって過去数年間を振り返ると、何かをじっくり育んでいる製品・サービスを育て上げたり、愛を育んだり :-) 人を育てたりする年。せっかくなので起業に向けては商品・サービスの企画と生産をじっくり行って来年末の出産(計画)に向けてもちょうど良い・・と考えておこうかしら。。。
2005.10.03
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旦那様とミラノで待ち合わせるという、(しかもその間に二箇所経由地あり)旅慣れない彼にまず会えるか心配だった旅も (どうやらスルスルっと来られたようで)ちゃんと予定通り会うことができ、一週間の旅程を終えてパリ空港で別れたあと、また経由地があったのですが無事日本にたどり着けたことを確認できて、やっと一安心でした。今回、訪問したミラノとヴェネツィアは二人ともピンと来なくてずっと行きたいなぁと思っていた憧れのヴェネツィアでは水上バスで移動しながら、地図を見ながら、地球の温暖化で水位が上がる問題はもちろんのことだけれども異常気象や天災で高波や津波でもあったら、一家に一台ボートでも持っていない限り短い時間では避難できない地形と状況だわ・・・ と住民でも無いのになんだかとても心配になってしまいました。危機管理対策とかあるといいのですけれど イタリア人気質では難しいかな・・とか。。ミラノからアテネに飛び、いよいよ自分の中では一番の目玉のサントリーニ島に向かいました。 去年、ギリシャ旅行を決めたときに「或る景色」を求めて、でもどこにあるのかわからなくてガイドブックの写真を頼りに「ミコノス島」を選んで訪問したのですが島中探し回っても、心の中にあるイメージと一致する景色は見つからず、ふと、あるお店を覗くと探していた景色の写真や絵がたくさんおいてあって「この景色はどこですか?!」 と尋ねたところ お店の人に「この島じゃないよ。ちょっと離れたところにあるサントリーニ島だよ」 と言われ、「あ゛~ 違う島に来ていたのか~・・・残念っ もう日も無いし。。。」と泣く泣く?ギリシャを後にしたのでした。またすぐ来られることになるとは思っていなかったので今回の旅程を決める時に もともと北欧で、と計画していたのを 旦那様が「あまり見るところ(興味のありそうなところ)無さそうだねぇ・・・他のところにする?」の一言に、「じゃあ・・・もういちどギリシャで、今度はサントリーニ島に行きたい!」ということでスルッと決まり、実現したのでした。小さめの飛行機で到着してから わくわくが始まり、タクシーで町の中に入っていくと わくわく感がもっと高まり、岸壁に段々になって構成されているホテルに到着し窓から海がいっぱいに広がる部屋に入るともう「わーい!!!」状態になり写真をたくさん撮ったり町に買い物に出かけたり、観光ポイントを訪れてみたりアクティブに動き回りました。 評判の夕陽もとっても綺麗でした♪滞在の最後に訪れたのが、「アクロティリ遺跡」というサントリーニ島 噴火前に存在していた文明、居住地の跡でまず町なかの博物館で 遺跡のミニチュアを見たときに、気になった部屋が1つあって(「Ladies Room」という名前だったのですが) そこに行ってみたいと強く思い町からバスに乗って45分位行ったところの、海岸から少し上ったところにあるはずの遺跡そのものは何故か閉まっていて(技術的な問題で急遽閉館・・・と。)中は見られなかったのですが、その場所が、海との位置、景色が夢で見た、真っ白い建物の、装飾品は何も無い部屋の、四角い窓から眺めた景色と一致したのです。。 かなり不思議な感覚それは去年捜し求めていた景色とは全然違うのですが今年の8月に見た夢で。 それから気がついたのですが、もうひとつ4月に見ていたはっきりとした地図の夢 ― 1つはアイルランドの南端、もう1つは北欧だと思っていたその場所が、北欧ではなくって「ギリシャの半島の南半分と、散らばっている島々」だということに気がついて、不思議度倍増~。。。なんとなく今回の旅はプライベートも出張も含めて縁のある地を訪ねているような気がしています。
2005.10.01
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