2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全11件 (11件中 1-11件目)
1
今年も残すところあと1時間。思い返せば一年前の元旦に、いつものように「さぁ、1年の計を立てよう」と宙を見つめた瞬間に、ふと「起業」という単語がよぎって、何気なく買った雑誌Hanakoを捨てる前にビリッとちぎって取ってあった3センチ角の女性起業塾の簡単な紹介とURL。それを辿って行動を起こし始めてから今までになく沢山の偶然の一致が起こり始めて・・・たくさんの新しい友人や先人に出会って、その新しい出会いから得たもの、感じたものそして家族や、旧友や、会社の同僚との交流から学んだこと、気づいたこと、それらが全て合わさって、ここまでの道が形作られていたのだと改めて振り返ってみると、とても感慨深く「偶然の一致! 偶然の一致!」 と、はしゃぎながら来てしまいましたがそこから学び取ったことは 「全ては必然」 ということ。 偶然の一致が起こるたびに、あとは特に思うように行かないことやアンラッキーな出来事があると、その後の展開から「起こるべくして起こっているんだ・・」 と思わざるを得ませんでした。出会う人々、起こる出来事、全て絶妙なタイミングで現れる、、なんて有り難いことなんでしょう。。交流のあった全ての人々に心から感謝しています。その感謝の気持ちをこめて、2006年は皆さんに幸運と幸福がたくさんやって来ますようお祈りしています。私も、来年からはこのブログを自分の記録を綴るだけでは無くて読んでくれる方の役に立つものに変化させようと思います。Wish you all a Happy New Year !
2005.12.31
コメント(10)
まめに報告しないものだから、もう半月前のことになってしまいましたが12/13(火)のこと。 デンバー発9:30amの便でロサンゼルスに行きそこで乗り継いでサンディエゴ空港に着くともう午後の1時。荷物受け取りのところで出迎えてくれたのは、プエルトリコのフォーラムで突然投資家候補として名乗りをあげた、サンディエゴ在住のビルさんで奥様がサンディエゴ空港勤務なので、近くのレストランで落ち合って一緒にランチを食べることになっていました。 スーツケースを引いて車に向かうとちょっと派手めな感じがしたので、乗り込んでから「この車はどこのメーカーですか?」と聞くと、「キャデラックだよ」 と言われて、なんだか昔のアメリカ映画みたい~とショートドライブを楽しみました。 奥様は黒人女性で、聡明で美しい方。サンディエゴ空港ではリスクマネジメントを担当しているとのことでとても責任の重い仕事を担当しながら、とても明るくて気さくな人でした。「午後はビルと一緒に同行できないんだけど、これからも連絡とり続けましょうね!」ということでレストランでお別れし、その後、ビルさんのキャデラックでサンディエゴ郊外にある建設中の施設「チョプラ・センターfor Living」に向かいました。車で45分位のところだったので、道中に 「なぜ唐突に、私の日本でのビジネスを支援したいと名乗り出たんですか?」と聞くと 「何故なら、君がやろうとしていることは、僕が信じていたことだったから。僕は、チョプラ氏の本はほとんど読んでいて、実際に生で見たのは今回のプエルトリコのフォーラムが初めてだったのだけれど、彼の大ファンなんだ。それに、プエルトリコの会場で君がいろいろな人とどんどんコミュニケーションをとっている様子を垣間見て、大きな可能性を感じたんだ。 だからだよ。 今後、ビジネスプランを作って必要なものがハッキリしたら、遠慮せずに言ってきてほしいんだ。 いいかい?」そんな話しをしながら建設現場に到着するとCEOのスージーさんが出迎えてくれて「前回とダブってしまうけれどいいかしら?」と言って、ビルさんにその施設のコンセプトと建物の造りを紹介して廻ってくれました。 11月末に投資家となった私には前回から進展があった箇所を嬉しそうに見せてくれて。 また、この投資物件としては信じられないほど良い条件のものだったのですが、次回以降の投資家募集時には、現在の投資家を通してのみ受け付けることを考えている、ということもシェアしてくれました。なんと・・・! ちょっとワクワクしました。建築現場のメイン扉の前で、ビルさん、スージーさんと写真を撮った後ビルさんがサンディエゴに住んでいながら一度も訪れたことが無かったチョプラ・センターに案内することにしました。 車で5分程度とのこと。ラ・コスタというリゾート内にあるアーユルヴェーダの施設、チョプラ・センターに案内すると、顔見知りの人たちが「わぁ!サンディエゴに来てたの?!」とそれぞれビッグ・ハグで出迎えてくれてまた「家に帰ってきた」みたいな心地よさを実感しました。あちらこちらで知り合いと再会しながらビルさんに館内を一通り紹介して受付に戻ってくるとセミナー担当のマネージャーから 「今さっき、チョプラ氏がセミナーを終えて、その足ですぐにここを出なければならなかったんだけれど、君にメッセージを伝えてほしいと頼まれたんだ」ということで、そのメッセージは 「プエルトリコに来てくれてありがとう。それだけでも感謝すべきなのにサンディエゴにまで寄ってくれて本当にありがとう。今後の日本への展開を楽しみにしている。一緒にやっていきましょう」 とのこと。なんだか、そんな伝言をしてくれたなんて・・・と、とても幸せな気持ちになりました。ビルさんもひとしきり一緒に喜んでくれた後、「じゃあ・・もう夕方だし、そのレネーという人の家まで送ろうかな?」とうことでレネーさんに電話すると、「その場で待ってて。今、ルイーザが迎えに行っているから」と、10分もしないうちに、ロスから車で向かっていたルイーザが受付に現れました。ルイーザさんとビルさんの間で簡単な自己紹介と世間話が交わされた後、私はまるで子供のように送り迎えの大人たちの間で受け渡しが行われスーツケースをビルさんのキャデラックからルイーザさんのレンタカーに移してサンディエゴの空港から15分くらいのラ・ホヤというところに住むレネーさんの家に向かいました。夕食は、前回と同じお寿司屋さんにルイーザを連れて行くことにしハンター君と一緒にお寿司をたらふく食べた後、レネーさんのお家の庭にあるゲストハウスにルイーザさんと一緒に泊まらせてもらうことになり、ハンター君と一緒に徒歩3分のところにある夜のビーチでお散歩をしたり、ハンター君を寝かしつけた後は暖炉の前で女3人で語り合い、最後はルイーザさんと修学旅行の夜のように電気を消した後もおしゃべりを続け、翌日別の場所で用事があったルイーザさんは朝の5時半に起きて一人で出て行きました。私は朝7時半に起きると、早朝のビーチが見たくなったので、既に起きていたハンター君と連れ立ってお散歩に出かけ、8時半にはレネーさんと一緒にハンター君を学校に送って行った後、朝食を作ってもらって一緒に食べながらダイニングに置いてある家族写真を見て、説明してもらいながらレネーさんのほうは今後の私の起業についていろいろ質問してきたのでお話しをしているうちに、もう支度して出かける時間となりました。サンディエゴ空港まで送ってくれる車の中で、「ねぇ、レネーさん、レネーさんのラストネームの<デュポン>って、デュポン社と何か関係があるの?日本の友達にレネーさんのことを話したら、そう質問されたので・・・。」と、ふと聞いてみたところ、「そうよ。うちはあのデュポン社のファミリーなの。でも私は映画の仕事で、ちゃんと自分で稼いだのよ。」 と言うので、さっき家族写真を説明してもらっているときにお父さんがフランス人だということを思い出し、「デュポンファミリーはいつアメリカに来たの?」と聞くと、「うーん、アメリカの2代目大統領に招聘されて来てからだからもう200年以上前になるわねー」 と言われて 「ひゃっ、、それはすごい歴史だ~」と、驚いている間に空港に到着し、「またスリランカでね~!」 と爽やかにお別れしました。そんなデュポンファミリーだなんて、最初に気がついてなくて却って良かった~ ??
2005.12.30
コメント(0)
今年の7月にサンフランシスコの近くのバークレーで出会ったルイーザさん。それ以来、私がチョプラ・センターのプログラムに参加する際には一緒に参加するか、会いに来てくれるようになりました。そのルイーザさんは、チョプラ・センターのプログラムの他に、「トニーのセミナーに行かなくちゃ」とよく言っていたので聞くと、「私はトニーのプラチナムメンバーだから、年に4回のトニーとの少人数のツアーがあるのよ。チョプラ氏とも友達同士らしいわよ。」 ということでした。「ふぅーん、トニーさんって言うんだ・・・」 とあまり興味を示さない私に「たくさんの人の望みを叶えるのが夢だったら、トニーの手法を知るべきよ!」と9月頃から言われていたのに、やっぱりあまり調べようともしませんでした。12月になって、ルイーザさんとメールの交換をしている時に、「トニーさんがどういう人か知らないけれど、彼みたいなコーチになりたいな~」と書いて送った後、「あれ?どういう人なんだっけ?」 とWebで検索をして調べ始めると、フルネームはアンソニー・ロビンズで、世界No.1コーチとか書いてあってひゃぁ、不用意なこと言っちゃったなー・・ と思いつつ、日本語で本は出てるかしら?とアマゾンで調べて、発注しました。先日、クリスマスイブの日に昼間外出する用事があったので、バッグに「人生を変えた贈り物」(あなたを「決断の人」にする11のレッスン)という本を入れて出かけ、電車の中で座ることが出来たので読み始めました。すると、最初のイントロダクションを読んだだけで、涙が出てきてしまったのです。あまり泣いたりしないのに、しかも電車の中なのに、顔が上げられない。。。しかもそのイントロは、彼が何故、このような活動を始めたのかその原動力となった、少年の頃の感謝祭の出来事。心の深いところにズシーンと響き、なんだか自分の中の扉のひとつの鍵が開けられたような気持ちでした。その後、とてもシンプルな11のレッスンを読み進め、読み終わった時には、「確かに人生変わっちゃったかも・・・」と思うぐらいのインパクトでした。 本当にとてもシンプルな内容なのに。。かなりおススメです~♪
2005.12.29
コメント(2)
11月に一回電話で話しをした後は、メールだけでのやりとりだったVice President of Sales の女性が、午後1時にホテルに迎えに来てくれるということだったので、「営業統括の女性って一体どういう人なんだろう・・・」と思いながらロビーで待っていました。10分経っても来ないな・・と思って携帯電話を見ると着信履歴があったのでもしかして、と彼女の携帯に電話をしてみると、違うホテルのほうに行ってしまったのであともう10分位で到着する、とのことでした。 ちなみに着信履歴は違う人だったよう。そろそろかな、と思った頃にホテルのエントランスから入ってきた女性は30代前半のイメージ。 一応フレンドリーだけれど、笑顔の時間がちょっと短くてレストランはどこにしようかしら、午後のスケジュールはどうしようかしら、と先のことをどんどん考えている忙しそうな感じの人でした。ただ話しを聞くと、12月はクリスマス休暇で通常の3分の1しか勤務日が無いのに通常の月の3倍の販売数があるとのことで、非常に忙しいとのこと。「さぁ、あなたの話しを聞かせて。」 と言われ駆け足で今までの経緯や思いを語りながらこんな時に訪問してしまって悪かったな~ と思いつつもランチミーティングという形で時間をとってもらって良かった。。と、ビジネス面以外で話しておいたほうが良いことは全てシェアすることが出来ました。「さて、午後はどうしようかしら、VP of Marketingの女性にも会ってほしいと思っているのだけど私はまだ何本か処理しなくちゃならない電話が残っていて・・・。」 と言っているので「だったら♪」 と思い、前の月に購入して自分のパソコンにインストールしたソフトウェア製品に、エラーメッセージが出てしまって先に進めなかったので「テクニカルサポートのチームは同じオフィスにいますか?もし忙しいのであればサポートチームを先に訪問させてもらってついでに私のパソコンを見てもらいたいと思っているのだけど・・・」 と言ってみるとほっとした表情で、ちょうど良かったと言いながら、テクニカルサポートのマネージャーに電話を入れて手配をしてくれました。オフィスは、ボルダーのダウンタウンから車で10分くらいのところ、と言われていたのですが5分も乗っているともう山道になって、雪が残った大きな山の間を走り抜けて行きました。夏にもう一度来たいな~ と思って景色を見ていると、「ここがサポート部のオフィスよ」と言われて、山道の途中にある建物で降ろされました。そこは平屋で、中に入ると広々としたスペースの中で5名の人がそれぞれヘッドセットを付けて製品サポートを行っていました。「問題が解決して製品が使えるようになったら、営業マーケティングオフィスまでサポートマネージャーに車で送ってもらうようにお願いしたから」ということで 私は技術スタッフだけのオフィスに残り、数年前にプロダクトマーケティングの仕事をしていた頃の環境を思い出しながら製品のトラブルシューティング作業を横で見ていました。しばらくすると、サポート部では問題の原因がわからないので開発部に聞きに行くということだったので、隣の建物まで一緒に着いていきました。部屋に入ると、大きな賢そうな犬がお出迎え。 オフィスには美しいデザイン画やスケッチが飾られていて、そこはクリエーション部だとのことでした。賢そうな犬は、プエルトリコで会ったコーウィンさんの愛犬で、ご主人様がカリブ海でセーリング中なのでお留守番中。彼の元で一緒に製作しているというクリエーターの人といろいろ話し込んでしまった後開発部のお部屋に行ってみると、私のパソコンを見てくれていた人は開発ディレクターの方でした。 昔、合気道と空手をたしなんでいたということで日本への造詣が深く、自分の開発した製品を日本に持って行けるなんてワクワクする!と、とても協力的で、どうやって日本語化するかについてもコーウィンさんと話した内容よりもう一歩踏み込んだ話しが出来ました。かなり長居をしてしまったので、営業マーケティングのオフィスに連れて行ってもらった時にはもう夕方の5時。 それでも「あと15分待ってくれる?」ということだったので、オフィスにいた女性達と仲良くなりワイワイ話しながら待っていると、会議室に通されてさきほどランチミーティングをしたVP of Salesの彼女と、もう一人の女性こちらは40代くらいの VP of Marketingの方が座っていました。「開発ディレクターにも会ったんですってね、それでは話しが早いわ。」と、二人とも要点をついた、手短に濃い話しをする女性達でした。話しが結構込み入ってきたので 「秘密保持契約にサインしましょうか?」 と言うと「あ、そうね。それがいいわ」 と、秘密保持契約の雛形を印刷してきて私は自分の名前と、日付と、いつもの漢字のサインをして秘密保持契約が締結されました。日本に帰ってからだと、郵送で時間がかかったり面倒だったはずなので手間が省けました♪ミーティングはほんの30分くらいで終わり、「じゃあホテルまで送るわ」 とまた車で送ってくれて、「またね~!」 と別れましたが感想としては、「今日のミーティングは、良かったのかどうかわからない」 でした。二人の女性は、一貫してクールな感じで 「一緒にやって行きましょう!」というエキサイティングな感じは全く無かったので、「うーん??」 とは思いましたが今日はCEOもいなかったし、約束じみたことは何も言えないだろうなぁと察しつつでも、開発ディレクターに思いがけず会えて熱く語れたので、いい感じもしてとりあえず、今回の訪問で出来ることはしたから後はまた自然に任せてみよう~そして「さて、明日はサンディエゴに移動だ」 と気持ちを切り替えました。
2005.12.26
コメント(0)
今までアメリカ西海岸にしか縁が無かった私にはコロラド州は初めてでオフィスがどこにあるかも見当がつかず、デンバー空港の近くのホテルを予約していたのですがプエルトリコで会ったコーウィンさんと、女性のクリエーターの方が二人して「ホテルは絶対ボウルダー(Boulder)にしたほうがいい!」と言って急遽手配をしてくれたのでした。それでも、そのボウルダーが空港からどれぐらいのところにあるかも分からないまま空港からはボウルダー行きのスーパーシャトルに乗るように、とだけ言われていたので日曜日の夜22時頃に空港に到着後、空港の外をぐるぐる探し回り、車が出発したのは23時近く。 ホテルに着いたら深夜をまわっていました。デンバーでの予定は2泊のみで、月曜日のオフィスを訪問したら翌朝、火曜日の便でロサンゼルスに向かって、そこからサンディエゴに移動する、というショートステイでした。デンバーの会社とのアポ、と言っても、実は時間が決まっていなくて「月曜日の朝に電話を下さい、それから、時間を決めて会いましょう」ということだったので、ちょっと不確実~ と思いながらも月曜日の朝9時になったら電話を入れよう、と準備していました。朝8時台にメールのチェックをすると、サンディエゴ訪問関連の人たちから複数メールが入っていたので 「おやおや?」 と思って読んでいるうちに9時になり、デンバーの会社のVP of Salesの女性に電話を入れると「午前中は仕事の処理でとっても忙しいので、午後から会えるかしら?」ということだったので、「ではランチミーティングはどう?」 と提案すると「それはいいわね、では午後1時にホテルに迎えに行くわ」 とオフィスはホテルから車で15分位のところにあるということでした。ランチミーティングのアポが12時ではなくて13時、だったのでかなり忙しそうだな・・と察しつつも、「午前中、時間ができた!」 と翌日のサンディエゴ訪問関連の調整を本格的にし始めました。サンディエゴでは、ただ単に、前回の訪問でお友達になったレネーさんから、「アメリカに来るときはサンディエゴに寄って、家に泊まりに来て!」と言われていたので、今回その通りに泊まりに行って、8歳の息子、ハンター君と遊ぼうと思っていただけでした。 それが、月曜日の朝にレネーさん以外の3人の女性からメールが入っていて、一人はロスに住んでいるルイーザさんがちょうど火曜日の午後から夜にかけてだけ空いているので、サンディエゴに会いに来てレネーさんとの夕食に参加&一緒に泊めてもらおうと思っている、ということでした。もう一人は、サンディエゴで私が投資を決めた(もう投資してしまいましたが)将来の私の夢だった施設を実際に建設中のスージーさんが「サンディエゴに来ると聞いたけれど、前回見てもらった時より進んでいるので是非もう一度来て、進捗状況を見て欲しい」 ということでした。3人目の女性は、プエルトリコで唐突に「支援したい」と言ってきて投資家候補?になったビルさんの奥さんから、サンディエゴに来るなら一緒に食事をしましょう♪というお誘いでした。なんとなく、全てが同時に動いた感じがしたので、「何かのシンクロ?」と思い、ふと:「そうだ。謎の投資家候補、ビルさんに、将来の夢の施設を見てもらって、 できればそこから車で10分のところにあるアーユルヴェーダの施設も見学してもらって 私がやりたいと思っていることをちゃんと知ってもらおう」 と思いつきました。それぞれ、ビルさんの奥さん、スージーさん、ルイーザさん、レネーさんにそういうことになったらいいな、と希望を伝えるメールを別々に発信すると奥さんから連絡をもらったビルさんから5分もしないうちに電話が入り火曜日の午後は空いているので是非見学に行きたい、ということになりビルさんの奥さんは、サンディエゴ空港で勤務しているのでそこで到着した私と、ビルさんとおちあって一緒にランチを食べましょう、となってスージーさんは火曜日の15時頃であれば、施設の見学ツアーを実施できる、となりレネーさんは、夕方にアーユルヴェーダの施設に迎えに行くわ、そうしたらルイーザが到着した頃に一緒にディナーに行けるわね、 ということで、サンディエゴ空港への到着が正午の予定だったのですがその火曜日の午後のスケジュールがびっちり且つピッタリ、出来上がってしまいました。なんの時間指定もしてなかったのに・・・と不思議な気持ちに包まれながら、気がつくともう正午近く。まだパジャマだった自分にも気がついて、ごそごそと身支度を始めたのでした。どっちみち午前中は会社訪問できなかったのかも。。
2005.12.25
コメント(4)
アメリカから帰ってきて、毎日がんばってブログで報告しよう~と思っていたのになかなか書けませんでした。夜はすぐ眠くなってしまうし、ちょっと時差ボケだったのかな、、報告が追いつかなくなってしまうのでまた今日からがんばります!今回、アメリカ行きの航空券発券後(というか出発当日の朝)にアポが確定したデンバーにあるメーカー訪問。それは今年の8月に「この製品を日本語化したい」 と思いついてからずっと心の中で温めていて、11月になってから行動に移した件だったのです。アポの確定メールを送ってくれたVP of Salesの女性から「プエルトリコのイベントに急遽出展することになったので、この製品のクリエーターのコーウィンという人が週末だけ会場でデモをしているわ。声をかけてみて」と一言あったので、「お?それは思いがけないグッドニュース♪」 と少しワクワクしていました。イベント二日目の午後に、製品のデモをしている人が二人いたのであの人たちのうちの一人だな。。 と思いつついつ通ってもデモを見ている人たちに囲まれていたのでうーん、今じゃないな~ と毎回通り過ぎるだけでした。イベント三日目、実質の最終日。午前中はパネルディスカッションと、証券エリートから歌手に転身したアメリカ人男性パーカーさん自身のストーリーと歌の披露に、会場全体が感動した雰囲気に包まれランチの時間になりました。ランチバフェにお皿を持って並ぶと、私の次に並んだ女性がパッと明るい雰囲気の人だったので咄嗟に「あなたはハッピーパーソンね?」 と話しかけてしまいました。すると、「そうよ!あなたもそうでしょう♪」と会話が始まりました。「このイベントが終わったらすぐ日本に帰るの?」と聞かれたので「ううん、この後はデンバーに行くの。」 と言うと「私、デンバーから来たのよ! デンバーには何しに行くの?!」 と聞かれ「○○××という会社を訪問するの」 と言うと、「ちょっと!私の夫はパーカーで、さっきステージで歌を披露した人なんだけどパーカーは、その会社の投資家でもあって、クリエーターのコーウィンとは私も含めて仲のいい友達同士なのよ!このイベントの後もセーリングに行くんだけどクリエーターもこの会場に来てるから、後で紹介してあげるわ!!」ということになり、ランチトレーを持って一緒に円卓に座るとさっきステージで見たパーカーさんが隣に座ってきて奥さんが興奮して説明すると 「お!僕は前に日本に行ったことがあるんだよ。あの製品を日本に持っていくのか! いいかい、たっくさん売るんだぞ!!」とバンバン背中を叩かれました。ランチを食べ終わると、「じゃぁ今からコーウィンに紹介するから」 と連れて行かれちょうど見物客が誰もいない状態でプラプラしていたコーウィンさんを捕まえて「おい、日本から来た○○○を紹介するよ。この製品を日本に展開してくれるそうだぞ。宜しく頼むな!」 という感じで引き合わせてくれ、リラックスした雰囲気で話しを始めることができました。製品は、パソコンにインストールして使う、ソフトウェアとハードウェアで構成された健康を促進するものなのですが、ビジュアルとサウンドもとても美しく早速、コーウィンさんが、「まずは体験してほしい。ここに座って!」とデモを始めてくれました。 「どうだ?どうだ?」 と聞くので「すごく綺麗~~~ 本当に美しいです。。。」 と場面ごとにうっとりして工程を楽しんでいると、「デモをする時にはこうやって、こういうふうに・・・」と、何と気が早い、日本でのデモの仕方もトレーニングしてくれました。「VP of Salesの女性には、この製品は日本語化をするのがとても難しいと言われたのだけれど・・・?」 と質問するとどういったリソースが必要で、どんな工程になって、どれぐらい時間がかかるかなど、具体的なことを教えてくれました。「日本語化のリソースを見つけるのがとても難しいんだ」 と言うので「え? 今聞いたリソースだったら、私にとっては見つけるのがわりと簡単かも♪今までの仕事で手がけていたことに近いので。。」 といろいろ具体的なことを話し合いました。「僕は来週セーリングに出てしまうので、君が訪問する月曜日にはデンバーのオフィスにはいないんだけれど、今後連絡を取り合おう!」と連絡先を交換すると、ランチの後、紹介されてから1時間半も経っていたことに気がつき慌ててパネルディスカッションが行われている会場に戻っていきました。30分もするとすぐ休憩時間になり、タミーちゃんは「私はトイレに行ってくるね」ということだったので会場の外でボーっとしていると昨日のディナーテーブルで、タミーちゃんの隣に座っていた50代後半くらいのサンディエゴ在住のアメリカ人紳士が話しかけてきて(私はどちらかと言うと彼の奥さんと気が合っていろいろおしゃべりしていたのですが)「君がこれからやろうとしていることに、とても賛同しているんだ。 僕に何か出来ることがあったら手伝わせてほしい。何でもいい、必要なことがあったら言ってくれないか?」と言うので、何か必要なこと??? とちょっと上をみあげて考えてみたあと「あ・・・。 この製品を日本に展開しようとしているのだけれど、投資家が必要かも。」と答えると、 「ん?どの製品のことだ? わかった。あれだね、見てみよう」と、さきほどのコーウィンさんのところに行って、話しを聞いているようでした。私のほうは、なんだ突然・・・昨日はそんなに話した訳じゃ無いのに変なの。。 と思いながらブラブラしていると、遠くから、さっきの紳士(ビルさん)が製品の箱を二つ抱えて「早速買ったよ!家に帰ったら試してみるからね!」 と叫んでいました。日本語化に必要なことがわかった途端に、投資家候補が現れるなんて?!と狐につままれたような感じでいると、コーウィンさんが走ってきて「さっき、ビルという人が、君のことを支援したいと言っていろいろ話しを聞いてきたんだけど、話して大丈夫だったのかな?」と確認しにきてくれました。「うん・・私も唐突なので戸惑っているんだけど、うん。話しはしてくれても大丈夫だったと思う。」と答えながら、確認してくれたコーウィンさんに好感が持てました。トイレからタミーちゃんが戻ってきたので、会場に戻る途中で 「ランチの後ね・・・」 と一部始終を報告すると「あの製品のクリエーターに会ったの?!私、雑誌で読んだことがある!大自然の中で生活して、メディテーターでもあってとにかくカッコいいと思ったんだ。 私も会いたかったなぁ!!」と言うので、「もう友達になったから、次に会う機会があったら絶対紹介するね♪」 と約束しました。その日のディナーは、最終日ということで熱帯雨林の中にあるレストランにバス数台で全員が移動して行きました。とても楽しいディナーの後、そろそろ帰ろうかとしている時に、コーウィンさんがもう一人のクリエーターの女性と一緒に挨拶をしに来たので早速タミーちゃんを紹介し、一緒にいろいろおしゃべりしました。4人で写真を撮ったりして、タミーちゃんも私も大満足した後、帰りのバスに乗り込むと何故か20人乗りのバスに、私とタミーちゃんの二人しかいなくてタミーちゃんが、「ひとつだけやり残したことがあるんだけど・・・」 と言いかけると何か機材をたくさんもったクルー達が3人バスに乗り込んできて、バスが発車しました。タミーちゃんが目をクルクルさせてビックリしています。(あわわ、あわわ、という感じで)後で聞くと、そのクルーの中の1人の男の子をディナーの時に見かけて話さなくちゃいけないような気がしていたのだけれど、私に「遣り残したことがある」 と言いかけたそばからバスに乗り込んできてしかも真後ろに座ったので驚いてしまったそうです。その3人は、ディーパック・チョプラ氏関係のイベントを全て撮影していたロサンゼルスのプロダクション会社の人たちでした。私のほうは、将来、簡単なビデオ製作のニーズがあるような気がしていたのでそう話すと、その中の女性が名刺を渡して来て「いつでもコンタクトして下さい」ということで、その人はエグゼクティブプロデューサーでした。タミーちゃんが あわわ、あわわ、していた男の子とは私は気がつかないで会話をしていたのだけれど奥さんが日本人とメキシコ人のハーフでWeb製作の会社を運営しているのだけれど日本と関連のある仕事がしたいと常に言っていた、というので午後にコーウィンさんから聞いたばかりの、必要なリソースの条件を話すとそういうエンジニアのネットワークを持っているので、たぶん問題ないということでした。 ・・・一日のうちに、投資家候補だけでなくて、リソース候補までが現れるなんて・・・この日はシンクロが多すぎて、不思議な一日となりました。
2005.12.23
コメント(6)
プエルトリコでは平和に関するフォーラムに参加しただけだったのに私にとっては近い将来の起業に向けての出会いやシンクロがたくさん起こって行きました。最初のエピソードからいくと、初日のディナーパーティの後。タミーちゃんと二人で、フォーラム会場の外に40メートルくらい並んでいる書籍コーナーで36人のパネリスト達が執筆した本などを見ていたとき読書家で情報通のタミーちゃんが 「私がいい本を推薦してあげる!」 と言って一緒に書籍コーナーを一往復した後で、「この人と・・・、この人。」と二人の女性作家の本を手に取り、「このマリアンって人はとてもアメリカで有名な人で女性だったら誰でも知ってるのよ。 今回、フォーラムで生で彼女の話が聞けるなんてラッキー♪あと、こちらのバーバラって人の本もとってもいいから是非読んでみて!」と熱心に勧めるので、「じゃあ・・・」 と手帳に名前と本の名前を書き込んで本の背表紙の顔写真を見ながら 「日本語に翻訳されているのかしら・・・?」と思いもうレジがしまっちゃっているから明日購入しよう、と書籍コーナーを後にしたその瞬間。外のテラスから入ってきた女性と鉢合わせになって、お互い「Excuse me…」と言いつつあれ?今見た本の背表紙の人だ・・・と思い、「マリアンさんですか?」と聞くと「そうよ。こんにちは。」 というので、咄嗟に「ひとつ質問があります。あなたの本は日本でも出版されているんですか?」 と聞いてみると「うーん、どうだったかしら・・・出版社に聞いてみないとわからないわ。調べて連絡しましょうか?」と言うので、「じゃあメールで?」 と聞くと、「これが私のメールアドレスよ」 と“@aol.com”の個人メールアドレスを書いてくれました。横で一部始終を見ていたタミーちゃんが、「今、話していたばかりなのに!それに彼女の個人メールアドレスをもらうなんてスゴイ!!」 と興奮して私はその人がどれだけ有名なのか実感が湧かないので「うーん、でも偶然の一致だったねぇ」 と、そのシンクロにワクワクしていました。翌日のランチの時間に、テラスの丸テーブルでランチを食べ終わった頃に隣に 「ここに座ってもいいかしら」 と、言ってきた女性にも顔に見覚えがあり、 あ・・・昨日メモした女性作家のもう一人だ、と思い出したので「バーバラさんですか?」 と聞きつつなんだか昨日のマリアンさんのパターンになりつつあるような・・・と思いながらも、「あなたの本は日本でも出版されているんですか?」 と聞くと「いいえ、日本にはまだ出していないのよ。あなたはどこの出身?」と会話が始まり、バーバラさんとは意気投合していろんな話題に発展し写真まで一緒に撮って、すっかり仲良しさんになり「今後、連絡取り続けましょうね!日本に持っていくことには非常に興味があるわ」 ということで、なんだか将来の関わりまで出来てきそうな感じでバイバイしました。タミーちゃんは、ランチのテーブルにバーバラさんが座ってきた瞬間に何かピンと来たらしく、「Have a wonderful time ~」 と言って席を外して行ったのですが戻ってきたので、「ねえ!昨日の夜、あんなにたくさんある本の中で、タミーが推薦した2人の作家の名前だけ手帳にメモしたのに、その二人に偶然会うってどういうこと?!」と興奮して言うと、 「わかってる、わかってる。いつもどり不思議ね~!」とキャッキャ と二人ではしゃぎあいました。確かに、今月ちょうど、自分の中でテーマだったのが「ディーパック・チョプラ氏を日本に紹介していく時に、他にも同様なことを言っている別の作家達も一緒に紹介したいな・・・」 と思っていたので「その答え??」 とも感じつつ、そのまま流れに任せてみることにしました。バーバラさんとはかなりたくさんお話しをしたのですが、マリアンさんとは鉢合わせした時に短く言葉を交わしただけであまり意気投合というわけでは無かったからとても有名そうだし、あまり縁が無かったかな~? となんとなく思っていたのですが帰りの飛行機に乗るためにプエルトリコの空港、アメリカン航空のカウンターで荷物のチェックインをしようとすると、前からマリアンさんが歩いてきて!「ハーイ、また会ったわね!」 と言われたので、「日本でもあなたを紹介したいと思ったのだけれど。セミナーとかもするんですか?」と聞くと、「セミナーもやっているわよ。いつでも呼んでくれれば行くわ。そうそう、娘を日本に連れて行きたいかも・・・。 次は日本で会いましょう!」 ということでお別れし、むーん、またシンクロ~??と不思議な顔をしていると、横にいたタミーちゃんが、「いつもどおり、いつもどおり!」というので、「・・・Crazy as usual !」 と言いながらも、二人の女性作家との縁を感じてこのつながりを大事にしようと、と心したのでした。まずは私自身、彼女達の本を読まなくては、です。年末に向けて読み物がたくさん~
2005.12.17
コメント(2)
NYを発った後なかなかインターネット接続ができなかったり毎日次々にいろいろなことが起こって忙しくなってしまったりでリアルタイムで報告できなかったのですが昨晩日本に帰ってきて、これからしばらく家にいられるのでプエルトリコ、デンバー、サンディエゴ、ロサンゼルスでの出来事を(それぞれ盛りだくさんだったので!!)毎日がんばってブログに書いていこうと思います。プエルトリコのイベントには前知識がほとんど無い状態で参加したので全て終了したあとの帰りの飛行機の中でパンフレットを見直した時に初めてそこに集まっていたパネリスト達のラインアップのすごさを認識したのでした。出席者は400人位と、36人のパネリストが世界中から集まってきていてノーベル平和賞受賞者やノミネートされたばかりの人、国連のディレクター兼書記長の特別アドバイザーや、WWFの役員、著名な作家の方々、その他環境問題、人権問題、貧困問題、社会問題、平和活動に取り組んでいる組織の代表者たちでした。 今回のフォーラムは4年目で、ニューヨークテロ事件(2001/9/11)の年の12月にプエルトリコで開催されてから毎年同じ場所で行われているとのことでした。終わらない戦争、増える一方の飢餓と貧困、拡大する一方の環境破壊それらの諸問題について活動している人々、組織が手を組んで一緒にアライアンスを組もうというディーパック・チョプラ氏の提唱のもと賛同する組織が増えてきて、2003年6月にNPOとして設立したそうです。このアライアンスは、今まで受け身の姿勢で何かが変わることを待つことに疲れた人々全てが対象で、時代が変わるときにはいつも或る「気づき」を持った人々が一定の多数(クリティカルマス)に達した時に世界規模で変化が起こるという考えのもと同様の「思い」を持つ人々を「同士」としてグローバル規模でつなげていこうというものでした。 私がプエルトリコのイベントに参加する前に知っていたのは「平和や環境に関すること」ということと、「クリティカルマスに達するために一人ひとりがPeace Cell (平和の細胞?) になろう」 ということで今まで平和や環境に関することは、問題が大きすぎて自分の力が及ばないという何ともいえない無力感を持っていたところに、一筋の希望を感じたのでした。「Peace Cell」という表現は、蝶がイモムシから転生していく時に、最初は芋虫の中にいくつかの「Imaginal Cell」というものが少しずつ出現し、少しずつ繋がっていき、一定多数に達した時に全体的な変化が起こるそのしくみから名づけられたものでした。パンフレットの中にあった「Crossroads(岐路)」という記述の中で「物質主義の加速が社会と精神的な威厳の基盤をむしばみ、急速に不安感、恐れ、他人の痛みへの鈍感さ、命を粗末にする現象が広がり、急激に戦争、テロ、社会の不安定化、孤立化、世界の不運な地域の窮状への無関心を増加させている」という部分が特に心に響きました。参加する前は、これから自分が始めようとしているビジネス「ボディ・マインド・スピリットの面からウェルビーイングを目指していく」仕事とは関係が薄いのではないかと思っていたのだけれど、36人のパネリストの半数以上が諸問題に関わっていく上で一番大切なのは、一人ひとりが「真の自分を知ること」そして「自分が本当にやりたいことは何なのかを知ること」だと口々に言っていてそれはまさに私が今後取り組んでいくことと一致したのでこのプエルトリコのフォーラムに参加する意味があったんだ、と実感しました。そんな4日間のイベントの中で、前知識の無い私は無邪気に?出くわす人々と普通におしゃべりをしていったのですが、次から次へとシンクロ(偶然の一致)が起こり、後半になるにつれて加速して行き信じられないくらい全てがつながっていって、NYにいるときに「折角実費で行くのだからもとを取ってこよう」 と思っていたのがそれ以上の大きな収穫になってしまいました。なんなんだ~!明日またそのエピソードを紹介しますー・・
2005.12.16
コメント(2)
デンバーも航空券を発券してからアポが取れたりでギリギリだったのですがNYのアーユルヴェーダ施設フランチャイズ1号店でスパの予約をするのも出発前にメールの返信をもらえなかったので到着後、19時過ぎにも関わらず「明日トリートメントを受けたいのですが・・・」電話をかけて翌日の13時から全身オイルマッサージ(アビヤンガ)と、シーローダーラ(人肌のオイルを眉間に垂らすトリートメント)の予約がとれたのでワールドトレーニングセンター跡のグランドゼロには午前中に行く予定にしました。グラウンドゼロは本当に広い敷地にポッカリと穴が空いてしまっていてその時ビルから逃げられなかった人々、救助にあたっていた人々が命をなくしてしまったそのむごさ、争いが絶えない哀しさを深く感じ思わずバッグに入れていた大きなローズクォーツを取り出して素手でにぎりしめたまま立ち尽くしてしまいました。しばらくの間、祈っているとあるクリアなメッセージが湧いてきたので大事に胸にしまい、グラウンドゼロの周りを歩き始めました。囲っているフェンスに当事の写真や、起こった出来事を時系列で説明するパネルがたくさん掲示されていて、亡くなった方々のお名前が「911事件のヒーロー」としてリストアップされていたのには、アメリカらしい表現なのか、、と思いつつ少し複雑な気持ちになりました。お昼近くになってから、ブロードウェイ通り沿いにあるアーユルヴェーダのスパに向かったのですがその途中で、夜のミュージカルの切符が買えれば、行きたいなでもどれを観よう・・・(大好きな「オペラ座の怪人」か、楽しそうな「Mamma-Mia!」か、映画で観た「シカゴ」か、「美女と野獣」あるいはまだ観たことが無い「ライオンキング」か) と迷っていたのですが42丁目のタイムズスクエアで地下鉄を降りて外に出ると目の前にジャジャーンと「ライオンキング」の劇場の看板が現れたのでじゃあこれを観ろってことかな・・・? と当日のチケットを買ってアリーナでも110ドルだったので、日本で観るより安いかも♪と夜の予定も決まったので、まっすぐスパに向かいました。ブロードウェイ通りからドリームホテルは見つからなかったのですがスパの入り口そのものを見つけたので入ると大きなブッダらしき、立体的な(彫像までいかない)デコレーションが正面にあって、10月にパリで「一番ファッショナブルなクラブ」として現地の人に連れて行ってもらった「ブッダ・バー」を思い出しました。ニューヨークでも「ブッダ」がファッショナブルに捉えられつつあるのかな?と思いつつ、受付を済ませました。トリートメントは地下で、ということで降りていくと、もう1つ受付カウンターがあってアーユルヴェーダグッズの置いてあるショップエリアが広くとられていて、待合室に進むと、ワインレッドのベルベッド地のソファーがちょっとした個室チックに並んでいて、クッションがたくさん置いてあってお茶が自由に飲めるようになっていました。地下は随分広いみたい・・・と思ったので聞いてみるとトリートメントルームは6室、シャワールーム・パウダールームとは別にスチームルームが設置されていて、広いヨーガ教室のお部屋、ヨーガ用の脱衣所、そして居心地の良さそうなメディテーションルームを案内してもらいました。 ホテル直通の廊下も長くてニューヨークなのにふんだんにスペースを使っているといった感じ。ジャグジーとかお風呂系のものは無かったのですがスチームルームで十分な気もしました。アーユルヴェーダの体質チェック(3種類のドーシャチェック)表を改めて記入後トリートメントルームに案内されると、私の体質に合った音楽が流れていました。もちろん、利用するオイルも私の体質に合ったもので♪オイルトリートメントはもう最高でした!温かいオイルを全身に刷り込んでもらうのは気持ちが良く、それだけでデトックス(毒素排出)の効果があるそうです。あと、セラピストの方が必ず1分くらいメディテーションを行ってからマッサージに入るので、気の流れも良い(同調している)感じがしました。最後は30分間のシーローダーラでフィニッシュ。これは本当にリラックス効果抜群です! 以前は綺麗な色が見えたのですが今回は色は見えませんでした。トリートメントを終えて、スチームルームでゆっくりして、シャワー、髪を乾かして、待合室でもうちょっとゆっくりすると、もう4時間も経っていました。。18時から30分間のメディテーションコースがあるというのでドリームホテルのニューヨークグリルで野菜をいっぱい使ったお料理をランチとディナーを兼ねて味わい、お腹一杯食べてしまったのと時差ボケのせいでメディテーションはかなり眠く、その後にその後にヨーガのクラスも続いていたので、それにも参加。本当はそのサンディエゴのアーユルヴェーダ施設のヨーガプログラムやインストラクター認定コースの大元のティーチャーがNY在住の人なので彼女に会いたかったのですが、「プエルトリコに参加するために今日はお休み」 とのこと。じゃあ明日会える♪ とさらに楽しみになりました。彼女と日本に関して進めたいことがあるので実現できるといいな♪と思っています。ヨーガクラス終了後、早足でタイムズスクエアに戻り「ライオンキング」の劇場へ!ライオンに始まり動物の仮面や人形の使い方、舞台装置に圧巻されながらも心に響く歌声でジーンとする場面も多く、駆け足でしたがニューヨーク満喫~♪ という感じでした。でも寒かった!! 東京の2月頃、もしかしたらもっと寒かったかも知れません。何度道端で売っている毛糸の帽子を買おうと思ったか・・。明日の便でプエルトリコに向かいます。今度は28度位らしいので、気温の変化で風邪をひかないよう気をつけないと、、です~
2005.12.08
コメント(6)
退職後の休暇をゆっくり楽しむ間もなく・・・今日からアメリカに出張?です。今後の起業準備の目的、ではありますが 完全に自分のペースなので少し遊び気分を出してもいいのかな・・・。これからニューヨークに行って2泊、その後プエルトリコで3泊、デンバーで2泊、ロサンゼルスあるいはサンディエゴで2泊して、戻って来ます。今回、シンプルな旅程にすればプエルトリコに行って帰ってくるのでも良かったのですが航空券の手配をしたらNY経由だったのと折角実費で行くので出来るだけのことをしてこよう(「もと取ろう」精神?)と、こんなハードめのスケジュールになりました。ニューヨークに立ち寄る理由は、先月、サンディエゴにある大好きなアーユルヴェーダの施設のフランチャイズ1号店がNYのドリームホテルというところにオープンしたそうなのでそれを直接見て、肌で感じて来たい、というもの。サンディエゴでは自然に囲まれて気持ちがいいリゾートの中にある雰囲気を、どうやってマンハッタンの真ん中に再現したんだろう果たしてリラックスできる空間なのかしら??その疑問を晴らして?来ようと思います。最初はドリームホテルに宿泊しようとしたのですが、残っていたお部屋は一泊なんと850ドル!ひゃぁ無理無理~ とJFK空港の近くに泊まることにしました。プエルトリコは4日間のイベントがあるのですがそれについては実際にこの目で見てから報告することにして・・・デンバーに行く理由は、或る日本語化したい製品があるのですがそのメーカーを訪問するためです。 実は、ミーティングのアポが取れたのが、ほんの今朝方・・・。以前にその会社の営業統括の方と電話でお話して(女性でした)12月に訪問という話しはしていたのですがその後、2回ほどメールで確認しても、3日前になっても返信が無かったので「気が変わってしまったかしら・・・何か計画の変更でもあったかな?」という思いがちょっとだけ過ぎったものの、再度リマインドするのもちょっとうるさい感じになってしまうので、アポが取れなくても構わず航空券はデンバーに2泊する旅程でとってしまおう! と昨日、発券手続きを済ませていたのでした。今朝、パソコンをしまう前にインターネットに接続したら来週の月曜日に会うことでOK、という返事が来ていたのでお、また法則が作用したかも。 (スッパリあきらめてみると事態が好転する)と思いつつ、さらにその日本語化したい製品の作者(クリエーター)がプエルトリコのイベントに二日間だけ来ているので声をかけてみて、というメッセージにちょっとワクワクが追加されました♪
2005.12.06
コメント(4)
先週は引越しの直後に会社の最終出社日だったのと送別会とかが続いていたのもあって随分バタバタしていました。7年間勤めた会社でも、一番楽しかったことは仕事とは全く関係無いイベントやパーティのプロデュースだったりしたので最後に1つ企画していきたいな・・・と思ったのと「フツウ自分の送別会をプロデュースしたりしないよね」 とあきられたい(?)なぁというイタズラ心で、(そういえばこの楽天日記を始めた頃に「未来年表」として冗談で書いていたのでした)本当に自己プロデュースすることにしちゃいました!送別会らしくないのがいい(お別れという感じにしたくない)なぁ、というのとみんなが主役で全員が一体になって楽しめるもの、というコンセプトでわいわい楽しめるタイプのゲームをふたつ用意して、ゲームの賞品も「送られるはず」の人から贈ってしまおう、と自分で最後の海外出張先だったアイルランドとイギリスからお土産を12点用意。イギリスはハロッズのお店でいろいろ選び・・・(楽しかった♪)企画メンバーということで女性の同僚3人に手伝ってもらったのですが打ち合わせ毎に「送別会だってこと忘れないで~!」と指摘され少しは送別会らしい要素も織り交ぜながらパーティ企画が出来上がりました。当日は65人くらいの方が集まって下さって・・・感謝!着席式だったのですが、テーブル間の行き来も多くわいわいガヤガヤとした感じになって、願ったとおり♪1つめのゲームと、イベント、2つめのゲームまでは企画どおりだったのですが終盤は私の知らないサプライズ企画が披露されたり社内結婚だったので、パーティに参加していた旦那さまがステージに呼ばれて一緒に前に立たされ、冷やかされてしまったりして最後はなんだか結婚式2次会みたいになってしまいました・・・!笑いの中で、みんなの温かさを全身で感じて、幸せな気持ちでいっぱいでした。お互いに、たまたま、その会社に勤めることになって知り合った人たち。でもそれだけでない強い縁があるのだな・・・とあらためて実感。ほとんどの人と連絡先の交換もできたので、お別れというよりこれからの新しいおつき合いの始まりにワクワクしながらこの関係を大事にして行こう、固く心に思ったのでした。
2005.12.01
コメント(10)
全11件 (11件中 1-11件目)
1
![]()
![]()
