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今日、小さな大冒険を成し遂げましたっ!!!去年から思っていたことで、「自転車で横浜まで行く」というものです。「大冒険だなんて、大げさな!」と思ったアナタ!!だから“小さな”ってついてるでしょーっ。わたしは本当に怖がりで、道が分からなくなるのがむかしから怖くて仕方ありません。小さい頃、いとこなどが祖母のマンションのエレベータで遊んでいても、わたしは帰って来れなくなりそうで、どうしてもひとりでは乗れなかったほど☆いつも同じ道を通るし、人の何倍も時間をかけて地図を読んだあげく、間違える。そんなわたしが、地図を片手に自転車で遠出をするなんて小さいけど大冒険なんです!どれくらい時間がかかるかもわからず、暗くなったらぜったいイヤだし、と、12時ごろ出発!なぜか「チョコレート持たなきゃ!」と思ったりして。雪山遭難じゃないってのに。途中、少し悩みましたが、無事1時間くらいで到着!感動しましたよ~~。いつも電車で行って、歩いたことしかない街並み。そこに、自宅周辺でしか乗ったことのない自転車と共にいる自分が不思議~♪コンビニでホットカルピスとパンを買って、自転車の脇でエネルギー補給をする自分に、これまた酔っちゃったりしてねー☆行ったからには帰らなくちゃいけなくてドキドキしましたが、同じく1時間くらいで向かい風のなか帰ってきました。見慣れた街並みに戻ってきたときの気分といったら!成田空港についたときみたいよ♪…は、大げさか☆さっき地図を測ったら、たぶん片道12キロくらい??(行く前に距離を測ってないところがわたしらしい。)地図を読むのが大の苦手なわたしにとって、初めての道を移動して、目的地にたどり着いたことがものすごく達成感。そして、やってみたら「できるもんだ」とも思います。やってみたらできたもんだから、俄然こんどはあちこち行ってみたくなってきました!うふふ~、今度はどこへ行ってみようかなー♪「やってみたいけど、できるかなー」と思っていることを実現すると、本当に気持ちいいですね!そして、やってみる前に想像している不安は、やってみてぶつかる困難の何十倍もありそうです。「やってみたいんだけど…」と思っていることがあったら、それはチャーンス!やりとげたときの達成感は、「やってみたいんだけど」がないと、感じられないからね♪そうよ!二の足を踏むタイプの人こそ、達成感を感じられるってことなのかもよー!…やれば、だけど。ところで、現在のMy自転車は、9800円で10年以上前に購入したママチャリです☆それでガタゴトと遠路はるばる行ったんだから、ママチャリくんにとっても、大きな冒険だったと思うわ~。ってなわけで、自転車が欲しくなってしまい帰宅と同時に、自転車に詳しいKさんに即TEL!こういう行動は、ほんっと、我ながら早いわ~~☆
2008.01.31
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「やればできるじゃないのぉ~~♪ エミちゃんたら!」と、自分で自分に賛辞の言葉を投げてしまいました!^^だってー、昨日の日記で「予定が立て込んで、行きたいところに行けないよー!」と書いたら、行けない自分がすんごく悔しくなっちゃってさっ☆昨日の夜も珍しくがんばって、今朝も早めに起きて「映画!映画!」と、唱えながらはりきったら、お昼過ぎにはメドがたったのよ~~♪ま、その程度でできちゃったんだから、元々おっくうだっただけで、取り掛かればそんなにオオゴトじゃなかったということでもあります☆ははは!それにしても「ゼッタイに仕上げる!」という気合は、集中力があがりますね。四六時中、この集中力はわたしにはとても保てませんが、こんなわたしでも、回転数はあがるもんだ!と感心感心。目の前にニンジンさえあれば、ですけど♪でもそのニンジン、最初は“映画”だったんですが、途中から“やりきった達成感”が欲しくなっているのを感じていました。自分の仕事を自分で仕上げたところで、別にだれに褒められることでもありません。とくに、今日やっていたのは、事務関係の作業ですから。でも、誰に褒められなくても、自分の中の満足感ってやっぱり大きいですよね♪逆に誰かに褒められても、もし手を抜いていたら、それって自分では分かっていますから。自分を相手にするって、腹が立たないし、一番分かりやすい気がします♪ということで、ちょっぴりですがジムも行って、映画も観てきました! (^0^)/観たのは『アース』。自然モノ好きな方には、たまりませんよ~♪それにしても、どーやって撮ってるんだろーっ!!<本日のご紹介>・映画『earth・アース』
2008.01.30
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なんだか急に予定が混んできました。って、売れっ子アイドルじゃあるまいし、予定は全部自分で入れているのですが。国立劇場の1月新春歌舞伎も行きたいし、水曜日のレディースデイ映画も行きたいし、週1のジムも行きたいし、………。他にもあれやこれやとあるのですが、どうも1月中(というか、今週中)にこなすのはむずかしそうな気配ばかり。敗因のひとつは、風邪を引いたこと☆突然調子が悪くなり、こなそうと思っていたことが進まなくなりました。風邪じゃなくても、突然ケガをしてパソコンが打てなくなるなんてこと、いつでも起こりうることですもんね☆だからこそ、なんでも早めにこなしていくことが大切なんでしょうかね~。早めにやっとけば、もっと遊びに行けたのにぃ。2月は確定申告もあるし、1月は正念場よね。うぅぅ、やっぱり明日は、映画に行ってるばやいじゃないかぁ~~。グスン☆…ということは、いまがんばったら遊べるってこと?!♪明日の映画や新春歌舞伎はムズカシイかもしれないけど、その次の楽しみにむけて、ガンバロー♪ (^0^)/
2008.01.29
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この間、社会人アイスホッケー(アジアリーグ)の試合を見てきました!スポーツ観戦って、久しぶりかもー♪アイスホッケーに興味を持ったのは、少年アイスホッケーが題材になっていた『スマイル』という、陣内孝則さん原作・監督、森山未来くん主演の映画を見たのがきっかけです。映画のアイスホッケーがびっくりするほどの迫力で、感動していたら、一緒に映画を見た人が「高校生、大学生、社会人と大きくなるにつれ、スピードや迫力はさらにスゴイよ~!」と社会人の試合に誘ってくださったのでした。たしかに、迫力ありました!!昔、テレビでみた外国のアイスホッケーほど、「常に乱闘!」ということはありませんが、スピードはやっぱりすごくて、「本当に氷の上なのかしら??」と、前にすべることすら覚束ないわたしは、感心することしかり!そして、アイスホッケーの知識が全くなく、生で見るのが初めて!なわたしでも、試合から出てくる空気感というのは何となく感じられることが、面白かったです。。アイスホッケーは、20分の試合(ピリオド)を3回行います。わたしたちが応援していたチームは、すぐにファウルを取られてしまい、そのたびに人数が減り、相手に点数を取られていきます。そうすると、第3ピリオドの半ばにもなると、「こんちくしょーーっ!」という声が聞こえてきそうなくらいの気迫と、絶対パック(←ボールみたいなもの)を取ってやる!という集中力が感じられます。ファウルの判断は、わたしにはよくわかりませんが、結果的に選手の気持ちに火がついているのは、すごく感じました。それは選手の言動じゃなくて、彼らからみなぎる何かから感じるんですよね~。試合の気迫と普段の生活を一緒にするのもなんですが、人が放つ雰囲気って、やっぱりある程度その人を表しているように思います。「そんなつもりはない」と本人が思っても、相手が受け止める漠然とした印象って、やっぱりその人から出ているものなんでしょうね。すごーく忙しいとき、「話しかけないでオーラ」を自分から出したりしませんか?コレ、むかーし(のつもり!)よくやってました、わたし☆そして、そのオーラを出すと、やっぱり話しかけられないんですよね~。それとおんなじで、相手に与えてしまう印象は、自分にとって嬉しいモノも、えーっ!と思うモノも、やっぱり自分の責任が大きいんだろうと、反省も込めて思います☆そして、隠してるつもりでも、出ちゃうんですよね~☆☆不思議と出ちゃうし、不思議と感じてしまう。やっぱり人間も動物なのね!…なーんて、感心してるばやいじゃない?!◆◇お仕事サイトの写真日記を更新しました♪ ◇◆・TOPページ下段の、メニューバー右端にある「▼」をクリックすると 次のメニューがでてきます。・TOPページは音が出ますので、ご注意ください。
2008.01.28
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薬膳ママ&漢方コンシェルジュとして大活躍中のミユポンさんのメルマガの冒頭で、「粉モノをよく重なって買ってしまう」というコバナシ(?)がありました。全然、メルマガの本題じゃないんだけど☆わたしもよく、粉モノ重なります。さとうや塩もよくやりますが、片栗粉も一時期家に3本くらいあったりしました。粉モノのほかにわたしがよくやってしまうのが、缶詰!!トマト缶にコーンにマッシュルーム、なぜか大昔からあるパイン缶とかね~。「今日はアレ作ろう!」と思ったときに、その缶詰がないと作れないと思うと、不安だから買っちゃって、どんどんたまっちゃうのよー。先日、学習能力のないわたしは、またしても缶詰を買っちゃって、とうとう「しまえないじゃん!」となり、しばらく缶詰を使った調理をすることにしました。そうすると、普段食べない味のものを作ったり、案外新鮮なんですよね。缶詰がひとつずつ減っていくのもキモチイイし♪食べたいものを考えて、材料を買ってきて作るのも楽しいけれど、「これで何か作る!」というのもアタマを使って工夫して、できたものが思いのほか美味しかったりすると、ひときわ嬉しい♪あるもので工夫する、というのは、ないものを買ってきて作るのとは、また一味違った喜びを感じられます。そして、それをしていると「ないものは買えばいい」という状態のありがたさ(大げさですけど)がよく分かる気がします♪って、要は在庫が一目で分かるようになってないのが一番の原因???<本日のご紹介>・薬膳ママ&漢方コンシェルジュのミユポンさんのブログ↑現在発売中の月間「パンプキン」に漢方と薬膳の内容で 特集されてますよーん♪
2008.01.27
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しんしんと冷えますなぁ~☆って、東北の方には「あまいっ!!」といわれそうですが。今日、貸家の一軒家に数人で集まっていたのですが、ちっとも暖房がきかず、部屋の中でみんなコートを着こんでいたほどの寒さでした。そしたら、隣にいた友人が急に、ホカロンを握ってじっと考え込みだしたので「どうしたの?」と聞くと、「どこが寒いか、感じてるの」といいます。その学問(?)の名前などは忘れてしまったのですが、友人は感覚を研ぎ澄ます訓練(学問)をずっとしているのだそうです。例えば机に手をあてます。そこで手のひらに意識を集中して、机が触れている感触を感じ取る、そういう体感覚を自覚する訓練をしていくのだそうです。その延長で、ホカロンをあてるにも、寒いと一番感じているのは体の中のどこか、をじっくり感じ取っていたのだそうです。(ちなみに、背中のあたりにあててました♪)なかなか興味深い行動です☆2年ほど前、わたしは「自分の髪すら、自分の意識で動かせるくらい自分をコントロールしてみたい」と思っていました。髪を動かす前に、まずは神経の通っているところを意識できるようにならなくては、ですねぇ。まだまだツボすら、押してみて初めて「あ゛ーっ、ここいたーーい☆」と分かるくらいですから、そんな域にはとうてい届きません。でも、まずは感じることからだと思います。ツボの場所なんてわからなくても、身体のいろんなところを押してると、ビックリするようなところが痛かったりします。「ここは押すと痛い」とか、朝起きた瞬間にベッドの中で「今日の体調は?」と感じてみるとか、体前屈はどれくらい曲がるのか、とかね。友人がやっている学問とは、ちょっと違うのかもしれませんが、自分の身体に興味を持つことは、すごく大事なことだと思います♪あなたは自分の身体で起こっていることが、どれくらい分かっているでしょう??「おっ、血小板が集まってきたよー」とか分かったらスゴイですね☆
2008.01.26
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わたしはよく人に「いろんなことやってるね、あっちこっち行ってるね」と言われます。自分では、「出不精」だと思っているくらいですから「そーぉぉ?そーかなぁ~。」と首をかしげてましたが、最近ちょっぴり「そぉかも☆」と思うようになりました。というのも、週5日フルタイムで働いてたりしたら、たしかにこんなに動き回ることは、物理的にムリだもんね、と思い当たったからです。なんだか、言い訳のような前置きが長くなりましたが、実は今日、ボイストレーニングなんてものに参加してきました…☆知人が「僕の通ってるボイストレーニングは、すーんごく楽しくってさー」と話しているのを聞いて、俄然行きたくなってしまい、紹介してもらいました。1回通ったくらいで、驚くほど伸びやかな声が出せるようになるわけではありません。でも、伸びやかな声が出せてない理由は分かったんですよ。それって、スゴイでしょーっ!人は普通に話しているときから、いろいろなクセを持ってのどを使っているんですねぇ。グループレッスンだったのですが、本当に人それぞれで、感心してしまいました!先生曰く、4歳くらいからさまざまなクセが、しっかりつきだすそうです。おもしろいのは、そのクセは、その人の性格にもたぶん無縁ではなさそうだということです。芸術も深いですが、音楽も深いですね~~!!!(あぁ?音楽も芸術か☆)ところで、みなさんに質問です。イスに座ってみてください。さて、『お尻』は背中の続きだと感じますか、それとも足の続きだと感じますか??どちらが正解ということはないのですが、背中の続きだと思うと、背骨がスッと伸びて、坐骨がイスにまっすぐ立つような感じがしませんか?足の続きとなると、だらんと背骨はまがって坐骨の存在はあまり意識できません。ボイストレーニングをするときは、お尻は背骨の続きと思うと、すっと伸びるのだそうです。こういうイメージって、なんでもとっても大切ですよね。以前ラジオで聞いたのですが、ある人が、筋肉ムキムキのインドの僧侶の方に、お寺には器具は何もないのに、どうやってトレーニングをしているのかを聞いたら、重いバーベルを持っていると想像してやるんだよ、といわれたそうです。(←実話のようです。)これは究極のイメージトレーニングかもしれませんが、でも、声を出すって、身体の中はいっさい見えないのですから想像するしかないですもんね~。良いイメージを持つためにも、自分の状態を客観的に知ることは本当に大切ですね。鏡やビデオというのも、客観視できるいい道具だと思います。客観視していただいた結果、わたしはどうやら、普段からのどを閉じ気味で声を出すクセがあるようなのです。もっともっと開放して、ぽかんと空洞を作り、筋肉を楽に(←すべてイメージ!)声を出すよう練習してみようと思います。それができたら、わたし自身の行動も、もっともっと開放されて、楽になるのかもしれまっせん♪え?それ以上開放するのかって??そぉねえ、でもきっと、されるといいのよぉー♪ (^0^)/
2008.01.25
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「子どもは、モノを透視できているみたい」なんだそうですよ☆今日は、たっのしい♪お絵かき教室の日だったのですが、そこでYさん(←先生)に聞いた話です。今日も楽しく、紙に線を引き色を塗っていくと、どこかの画伯の絵かと思うような(??)作品ができあがり、感動でした!!前回も紙に線を引き、色を塗っていったのですが、今回はちゃーんと、前回を踏まえた発展があるのですっ!無理なくそういうことが学べるあたり、さすがYさん♪いやぁ~~、ほんっとに楽しいですよ☆ (^0^)/いつの間にか自分の中にできてしまった“上手い下手”を感じないで描けるこーゆー絵は、本当に楽しい!!「もちろんこれもいいんだけれど、デッサンもちょっとは やってみると、また違うものが見えてきますから。」ということで、次回はデッサンをするそうです。バリエーション豊か!!きっとYさんのことですから、楽しく描いているうちに「へぇ~!」と学べてしまうんでしょう♪デッサンそのものは、量をこなさないと上手くはならないでしょうけれど☆そのデッサンの話になったとき、冒頭の子どもの話がでてきました。たとえば、目の前にあるティーカップの絵を描きます。そのカップを下からみたら、どんな絵になる?と聞くと、大人のわたしたちは、「え~っと!」と考え込む方がほとんどだと思います。ところが子どもって、スラスラと描けるんですって!これは、子どもならほぼ誰でもできるそうです。きっとわたしも子どものころはわかったんでしょうねぇ…☆技術の問題があるので、描いた絵が上手かどうかは別の問題だそうですが、下から見たカップの絵を頭で想像するのは簡単なようです☆Yさんの話によるとこれは、大人になるにつれ頭が固くなり、固定概念ができてしまうために、素直に図を思い浮かべられなくなるそうです。たとえば、斜め上から見た紙コップを描こうとすると、一番下の線は、かなり円を意識して描いてしまいがちですが、よーく見ると、どちらかというと直線に近いくらいの線です。そういう固定概念が邪魔をして、大人は本当の線や陰が見えていないことが、たくさんあるのだそうです。おどろきますね~~☆『見えているのに、見えていない。』ドキドキしませんか?このフレーズ☆頭で見えているのか、本当に見えているのか。大事なことを教えていただいたように思います。芸術は、奥が深いですぅ~♪<本日の作品♪>この絵をじーっと見てると、いろいろな立体が見えてきませんか?今回は陰と立体がテーマでした♪
2008.01.24
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「ア・リ・ガ・ト」テレビで外人さんが言っていました。唯一覚えた日本語のようです。よくある光景ですが、それを見ていて、ふと、「“ありがとう”にピタッと相当する言葉って、殆どの 言語でありそうだな~」と思いました。よく「この日本語って、英語の単語にはないの~?」なんて言葉、ありますよね。そんなに難しくなくても、たとえば「ただいま、おかえり、いただきます」なんて、確かピタリとくる英語はなかったような気がします。「ぬるい、ふくよか、のびやか」なんて微妙な単語も他の言語ではむずかしそうだし、エスキモー語では雪を表す単語がすごくたくさんあると聞いたことがありますが、こういうのも、ピタリとくる単語は他の言語にはあまりないでしょう。でも「ありがとう」って、ありますよねぇ。しかも迷うことなく、ピッタリ一致した単語が。エスキモーの“雪”みたいに、“ありがとう”を表す単語がすごくたくさんある!なんて言語も、あまり聞きません。これって、案外すごいことなのかも!と思います。「バベル」という旧約聖書の話がありますね。天まで届くバベルの塔を建てようとした人間を快く思わなかった神が、人間の言語をバラバラにします。統制の取れなくなった人間は世界中に散らばっていった、という話のようです。散らばって、生活様式も文化も全く違うのに、ちゃーんとどの言語にも「ありがとう」がある。誰か(←最初は“神”だったのかもしれませんが)に何かをしてもらったら「感謝する」という気持ちは、「お腹が空いたら食べる」のと同じくらい、人間に沸き起こってくる当たり前の感情なのかも~♪ねぇ!これって、すごくないですか?? (^0^)/「おはよう」のような基本的な挨拶も、いい線いきそうです!「ごめんなさい」は、あるけど、日本語でもいろいろな言い方がでてきちゃうしな~。人間と動物との大きな違いは、「言葉」のように思います。その「言葉」の基本って、もしかして「ありがとう」と「おはよう」だったりしてー☆ハダシで暮らす人たちも、コンクリートジャングルに住む人たちも、肌の色にも関係なく、誰もが理解する『ありがとう』と『おはよう』。言えなかったら、恥ずかしいね☆おぉぉ、実はコレ↑、すごい発見だったりして~♪「ニュートン」とかに載っちゃったりして~~♪♪(^0^)/(…分野、違いますからっ☆)◆◇お仕事サイトの写真日記を更新しました♪ ◇◆・TOPページ下段の、メニューバー右端にある「▼」をクリックすると 次のメニューがでてきます。・TOPページは音が出ますので、ご注意ください。
2008.01.23
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『機会には責任が伴う』先日雑誌で目にしたこの言葉が、物覚えの悪いわたしには珍しく、頭のスミッコにずっと残っています。これは日経ビジネスという雑誌でデイヴィッド・ロックフェラー氏が話されていた言葉です。具体的には、ロックフェラー氏の祖父にあたるジョン・D・ロックフェラー氏のお蔭で莫大な富と機会に恵まれた彼ら一族。「そうした富を他の人たちのために使い、社会に報いる ことが我々一族の責任だと教えられて育った」のだそうです。ロックフェラー氏がおっしゃる意味は分かりますが、具体的には“機会”が大きすぎて「特別な人たちの話」という気がするのに、なーんか、頭に残っているんですよね~。もしかしたら、ジャニーズのコンサートに行ったときの衝撃的な気持ちと重なっているのかもしれません。「嵐」のコンサートの連れて行ってもらったとき、始まる瞬間が一番印象的でした。ザワザワした会場の照明が落ち、パッとスポットライトが当たったのは、舞台のはるか上の階段(?)の上。そこに見えるのは、小指の先くらいのちっちゃい人影で、全く別人が5人立ってても、ぜったいわっかんない。でもそこにパッとスポットライトが当たった瞬間の会場中から沸き起こる「キャーーーッ!!!」という声を聞いて、「すごぉぉぉぉい」と思いました。「一生のうちで、自分たちだけに向けられたこんな歓声を 聞ける人って、ほんっの一握りだろうなーっ!」と思うと同時に、ちょびっとだけ、「わたしも味わってみたーい♪」と思ったんです。だって、ぜったい人生観変わりそうだもの!どう変わるのか、分からないけど☆でも、この歓声に答えるために、あるいは、この歓声を受けることを決めたからには、彼らは“職業:アイドル”のすさまじい毎日を送り続けるんですよね~。その時点で、わたしは「パスッ×」です。(そ、そりゃ、そもそもアイドルになれませんけどーーーっ!わかっとるわーぃ☆)これはやっぱり、「機会の責任」に近い気がするんです。“責任”という単語があっているかどうかはよく分かりませんが。他にも例えば、社長を目指す人はたくさんいますが、本当になれる人は、運という実力も必要で、ほんの一部の人。「就任、おめでとう!」だけれど、その瞬間から生まれる責任は大きいですよね。子どもができて、親になるときもそうかもしれない。後輩ができてもそうかもしれない。仕事を始めて、最初のお客さんがきてくれた瞬間から、そうなのかもしれない。そう思うと、「いまの自分の境遇」はどんなことだって「機会に恵まれた」と言えるのかもしれません。その機会を与えてくれた周囲に対して、責任を果たしていくことが、恩返しであり、任務なのかも。巨万の富を得ることや、高い地位を手にすることだけが「機会」ではない、ということかもしれません☆さてさて、あなたは今の恵まれた機会に対し、どんな責任を果たせそうですか?わたしは……引き続き、真摯に仕事に戻りま~すっ☆↓↓タグに「ロックフェラー氏」と「嵐」が並んでるって、すごくない??↓↓
2008.01.22
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久しぶりに“血統正しい”というか“正真正銘”というか『これぞ風邪!』という風邪を引きました☆いまはもう完全復活いたしましたので、ご心配には及びませんが(あ、でもお見舞いならいつでもお送りください♪)、ブログをお休みした日もありました。(風邪以外でもお休みしてますけどー。)中医学を習い始めて、「風邪はすぐ対処すれば、悪化させません!」と叩き込まれているのに、寝ている間にのどをやられ、起きたときには“時既に遅し!”。うぇーん、不覚じゃ~~!!!ところで中医学では、外からの攻撃で病気になる場合、原因は6つあると言っています。『風・寒・暑・湿・燥・火』、自然界の気象状態です。これらが病気の原因となると、それぞれに“邪(じゃ)”をつけて「寒邪(かんじゃ)にやられた」「湿邪(しつじゃ)にやられた」というような言い方をします。おっ、勘の良い方は気付かれたでしょうか~。^0^)そーなんです、風邪はまさに“風邪(ふうじゃ)”にやられた状態なんですよ~。面白くないですか??もっと詳しく言うと(あまり言えないんですが…)、風邪(ふうじゃ)は、ほかの邪と混合することがほとんどで、風(ふう)単独ということはあまりないようです。それだけ風邪(かぜ)って複雑なんですよ。あなどるなかれ、です。←反省☆その風邪(ふうじゃ)の性質には、遊走性というのがあって、発病の場所が固定せず、どんどん動いていく、というのがあります。実際、ゾクゾクから、発熱したり、鼻が出たり、咳になったり、どんどん変わりますよね。今回ひさーーしぶりに正統な風邪を引いてみて、面白いくらいそれを感じました。半日おきくらいに症状が移動していって、さらにこじらせた状態になっていくのも、よっくわかりました☆風邪を引いたことは情けなかったし、ちょっぴりしんどかったですが、自分の身体を使って「万病の元」である風邪のことがかなり実感できた気がします♪そして、健康のありがたみも!!健康のありがたみって、すーぐ忘れちゃいますからね☆ときどきはいいのかもしれません。気持ちが悪いと、大好きな“寝ること”が楽しくないんですものーっ!それに、美味しくないし。でも、寝床でぼんやり天井を見ていると、小さい頃の風邪引きのときを思い出したりして、それはそれでちょっと楽しかったです☆母が「じゃぁ、マンガを買ってきてあげる」と言って買ってきてくれた“羅生門”(もちろん文庫本)の表紙の感触を思い出したり。まーね、元気になったから、風邪の間のことも楽しく思い出せるのかもしれません。健康のありがたみと、風邪の威力を改めて実感して、今日も早めに床に着きます☆みなさまも、お気をつけあそばせ~。乾燥は大敵ですぞ。
2008.01.21
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昨日、たまたま両親の元に姉妹3人が集まってしまいました。どこでも女性というのはおしゃべりなようですが(あ、違う女性の方々、失礼!)、わたしたちも例に漏れず大騒ぎ☆他愛ない話に花が咲き、えんえん咲き続けたかと思うとそこから全く違う花がつぎつぎと咲き乱れていきます♪展開、早いですよーっ!!人の話の中の単語を取って、「そうそう!◎◎といえば」とどんどん話が変わっていきますから、気をしっかり持っていないと、自分は話したいことを話したのか、すら、分からなくなってきます。最初はニコニコと聞いていた父も、だんだんうるさくて眉間にシワが寄り始めます。そういう場の変化も女性は敏感に感じて、急に声をひそめてみたりしてー。(すぐまた大きくなるんだけど☆)1日経って、昨日のことを思い出すと、ひとりで「ぐふふ」と笑いがこみ上げてきたりします♪こういうのって、家族じゃなくても、気が置けない友だちと集まった後なんかでも、よくあります。「笑い」が起こる場面って、わたしにとって大事にしたい場面なんですが、思い出しても笑えるってすごいな~と思ってしまいます。牛の反芻みたいで、1回で何回もおいしいみたいじゃない??思い出しても笑みがこぼれるような、そんな体験を提供してくれている周りの環境に、「うれしいっ!」と、今日ひとり思ってしまいました☆え?ちょっと、暗い??
2008.01.20
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「理想的なフォームは、理想的な体型や体力があってこそ 活きるもの」こんなお話を、今日ある方に伺いました。基本の大切さは、その方からもよく伺うので、基本をないがしろにする、ということではありません。それよりも、自分の特質をよく知る、ということなんだと思います。手が長い短い、背が高い低い、身体が硬い柔らかい…。力ひとつでも、肩の力、腕の力、足の力などいろいろあるし、視力も人によって違うし、メンタルな部分もあるでしょう。良い悪いではなく、「自分とはどういうモノか?」ということがより分かっている人ほど、自分をうまく使えるのだろうとお話を伺っていて思いました。そして、「自分を知る」ためには、いろいろなことに対して「量をこなすこと」が、遠回りなようで近道のようです。その方は、「なんでも1000回やってみるんです」とおっしゃっていました。あまり深く考えず、とにかく1000回やってみる。そうすると、自然と起こっていることが見えてくるようです。1000回は1日1回なら3年弱。1日2回やれば約1年半。1日5回なら半年ちょっと!(その先は計算してください☆)1日1回でも3年ちょっとですからね~。今年だってもう1月は終わりますよ。3年なんてあっという間!(そういう問題だろうか??)今まで生きてきて、1000回以上繰り返していることっていろいろあると思いますが、数えてみたものってありますか??0回のときと、1000回目を迎えたときって、どんな差があるんだろう!?と思うと、なーんかワクワクします♪語学のヒアリングでも、毎朝走るでも、玄米を食べ続けるでも、顔のマッサージでも、息を止めるでも、なんでもいいですよね!ちょっとやってみたくなりました。「量は質に転化する」と言いますが、一体どんな変化をみせてくれるのでしょうか~~っ☆ ^0^)/そしてその方曰く、コツは「期待しすぎないこと」ですって。変化なんて感じられないかもしれないけど、昨日より今日の方がきっと何か違ってるんだろうな☆、くらいがいいようです。もし変わらなくても、「変わらないけどやり続けた」ということが大きな何かになるはずだし、って♪これって、“ハズレなしのくじびき”みたいじゃない?(え?ちょっと違う??)それと、「ちょっとくらい休んじゃってもオッケー」だそうです。ま、オッケーもなにも、自分でやるんだから、自分で好きにルールを決めればいいんですよね♪カレンダーに回数を書いていくと、数字が積みあがっていって楽しそうです!なにかやってみたいこと、ありますか??因みに今日のお話をしてくださったかたは、なんでも「まず1000回」となさる方なんですが、今日の1000回は水泳のクイックターンのお話でした。全くできなかったクイックターンを1日20回以上なさって練習されたそうで、1000回は1ヶ月ちょっとだったそうです☆しかも、1000回やってもまだ納得いく状態ではなかったので、「もう1000回やってみよう」となさったそうですから、スゴイですよね~。そして2000回のころには、ターンのときの身体の状態がご自分で分かるようになったそうです。今ではスイミングクラブの誰よりもお上手なんだそうですよ~。ほんっとうに「継続できる」って、能力ですね☆
2008.01.19
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今日は阪神淡路大震災が起きた日ということで今朝のラジオで「防災」の話をしていました。その中でリスナーから“私は子どものヘルメットを用意しています。驚かれるけれど、これからも子どもを守るための事をしていきたいと思います。”というようなハガキが読まれました。それを聞いた防災システム研究所の所長でいらっしゃる山村武彦さんは「お母さんのヘルメットも忘れないでください。」と即答されました。山村さんのお話だと、飛行機に親子で乗っていて、もし酸素マスクが下りてきたら、まず大人がつけてから子どもにつけてあげるのだそうです。なるほどね~!と思います。子どもがいくらヘルメットで守られても、お母さんが守られていなければ、結局子どもは大変な目に遭う、ということなんでしょうね。また、防災に関する心構えとして、お話の中で印象的だったのが、「被害者にならず、加害者にならず、傍観者にならない」でした。マスクの話と、何となく通じる感じがします。被害者にも加害者にもならない、というのは、自分の面倒は自分で見る、ということだとわたしは思います。「自分の面倒を自分で見る」ことができて初めて、今度は他の人のことを考えることができる、ということかな、と。これは災害のときだけでなく、いつだってそうなんだろうと改めて思います。自分が楽しくなければ、周りを楽しくすることはできません。自分が幸せであるからこそ、周りを幸せにできるのだろうと思います。「幸せ」は、自分の基準ですよ☆「自分の面倒をみる」とは言っても、人は関わりあって生きていくものですから、いろんな付き合いや関係ができてくるのは当然。それがまた幸せにつながったりするのでしょうし♪そうやって人と関わりあいながらも、自分は自分の足で立ち、自分のことを大事にして、自然と笑顔がこぼれる状態であることが、全ての始まりなのかな~と思います。わたしはこの年になって、「自分で自分の面倒をみる」ことの大切さが、分かってきたところです☆でも、分からないよりいいよね! (^^;そうそう、本題の防災においての、“被害者にならず、加害者にならず、傍観者にならない”ために、ちゃんとできてるかな~☆お水でしょ、小銭でしょ、手回しラジオや懐中電灯に防寒シート……。『安全は与えられるものではなく、自ら努力して 勝ち取るもの』なんだそうです。<本日のご紹介>・防災システム研究所のサイト・防災グッズ・防災の達人のサイト
2008.01.17
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「アートは日常のどこにでもありますよね~。 人生だってアートだと言えるでしょう?!」こんな話から、今日の“お絵かき教室”は始まりました♪そうなんです、ひょんなことから“お絵かき教室”に参加させてもらうことになりました。“お絵かき教室”と言っても、絵の描き方を学ぶクラスではなく、「表現する喜びを知りましょう」というもの。いいでしょう~~♪その教室で、最初に「アートってどんなイメージ?」という質問から、冒頭の話がでてきました。わたしが理解したところでは、イマジネーションを常に持ち、感受性豊かに生きることが『アーティスティックな人生』ということのようでした。たしかに、ただ作業の繰り返しのような毎日より、炊きたてご飯の輝きに驚いたり、季節の匂いを感じたりする生活の方が、アーティスティックな感じがします。そもそも楽しそうですよね!!あっ!そうかも~~!!『楽しそう♪』というのが案外キーワードなのかもしれません。アーティスティックに生きるというのは、楽しそうに生きるということのように思えてきました。だって“楽しいと感情が反応する”ってことは、いろんなことをちゃんととらえて感じてるってことでしょう!洋服を選んだり、メイクをするのだって楽しくやればまさにアート!男性のネクタイだってそうですよね~♪でも、「なんでもいいや」じゃ、やっぱりアーティスティックな感じはしませーん☆とまー、そういうコンセプトの教室ですから、今日のクラスもとーっても楽しく過ごせました。「絵さえ上手く描けたらなーっ!」とことあるごとに思うわたしですから、絵は苦手ですよ☆でも、そんなのちっとも気にならなかった♪「ではこのブドウを描きましょう」というクラスだったら、隣の人との差は歴然です☆でもわたしたちがやったのは、まず画用紙に鉛筆で好きなように線を描く。次に線と線でできたマスに好きに色を塗ってみる。これなら、誰の作品を見ても「上手い下手」はなく、しかもどの作品にも面白いほど個性があります。指示されたことは同じなのに、これほど違うものができるのか~っ!と、びっくりするほど違って楽しい♪そして、描く作業をしながら、「曲線が好きだな~」とか「この色が好き」「こういう塗り方好き」など自分の今まで知らなかった新しい“好き”にも出会えたりするのです。いままで「思ったように描けない」と思っていたわたしのアート感覚は、違う表現方法があることを知ったような気がします♪頼まれて描くわけじゃなし、どんな風に何を表現しても、だれも困ることはありません。これはもしかしたら、クセになりそうです!あなたもなにか、誰に気兼ねすることなく、好きに表現する方法を知っていますか?ぷぷぷ、本日の雰囲気をチラリ♪
2008.01.16
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おぉぉ、着実に脂肪が増えている☆去年の10月、通っているジムで、ハダシで乗っかっているだけで身体中のいろーんな数値をはじき出す一見体重計みたいなオソロシイ機械に乗ってみました。そのころ、自分なりに真面目に通ってると思っていたのに、通いだした頃より数値は悪く、かなりショックを受けました。「来てる意味ないやーん!ヨヨヨ」と泣き崩れたら、トレーナーさんに「やり方も通い方もダメです!そのままにしておくと、年齢的にあっという間に洋ナシ型に太りだし、元に戻せなくなりますよ~!!」と脅されました。ううっ、痛いトコをグッサリよー。でもま、トレーナーさんは親身になって(と、信じてるっ)脅しではなく、激励してくれたと理解し、自分でももうちょい脂肪さんにはご退出いただき、筋肉さんを迎え入れたい思ったので、それからは何があっても週1で通いとおしましたーっ!ピカーン☆パチパチパチ!!って、一般的にはハードル低いですけどね、なかなか大変なんスよ、やっぱり。ガクちゃんみたいに自宅にジムがあればね~。で、久しぶりに今日、また測ってみたんです♪そうしたら!!……そうそう、冒頭の一言ですよ、脂肪が増えとるぅ~~。まーね、そんな高級な測定器でなくとも、家の体重計の針だって、最近傾きが変わってきてたんだから、分かりそうなものなんですけどー。でもねでもね、足なんかはちょっと筋力が増えてたし、「冬&お正月という、このサイアクの時期をこの程度の 数値の変化で過ごせたのは、がんばって通っていたから ですよ、きっと!」という、トレーナーさんの温かい励ましを鵜呑みにし、涙を拭きました☆そして、そうやって測ってみると、「こうしなきゃ」ではなく自分から「こうしよう!」という気分になってくるんですよね、不思議なことに。基礎代謝(何もせずじっとしているだけで消費するカロリー)がもっとあがれば、食べたものもどんどん消費してくれるわけですよ。そのためには脂肪を減らし、その分筋肉を増やして、今より少しでも代謝のいい身体を手に入れたい♪「この基礎代謝(←これも測るたびに、出てくるの!)の数字を もっとあげるわよーーっ♪」とやる気になります。そうやって、がんばろう!とやる気になっている人を見ると、トレーナーさんも「これ以上通うのが難しいなら、家でできそうなことを考えて見ましょう!」と、一緒にがんばってくれます。なんかね、コーチングと同じだな~と思うのです。「やらなきゃ」とか「人から言われた」では、頭では納得していても、行動はなかなか前のめりにはなりません。でも、自分の現状を数値ではっきり見ると「ここをこうしよう!」と自らやる気になります。「やれ!」といわれたのではなく、自ら「やろう!」と思う。でも人間だから、自分ひとりではすぐに萎えてしまう。そこでコーチの代わりにトレーナーさんと約束をし、励ましてもらい、変化を伝えてもらう。そして、しばらくしたら数値化して現状をチェックして、またモチベーションを上げていく。現状を数値で見る分かりやすさも、刺激になっていいのでしょうね☆だから「テスト」というものがあるのでしょうし、テストで測れないものは、客観的に伝えてくれる友人やコーチの存在が、重要なのかもしれません。さてさて、計測は3ヶ月おきくらいがいいそうです。あら、コーチングの1クールと同じだわ!次の計測は春♪前のめりにがんばって、春にはもうちょっと脂肪が減り、基礎代謝の数値のあがったキュッとした身体になってる、はず~~☆それにしても身体中、筋肉の量は多くないのに、右腕だけいつも「アスリート並み」というのは、なぜ??
2008.01.15
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すでに古い話題になってしまいましたが、今年の箱根駅伝、見ました?(やっぱり古い??)マラソンって、ずーっと走ってるだけなのについつい2時間以上も見続けてしまうから不思議☆駅伝はまたさらにドラマがありますよねぇ!年末に、小栗旬クンと福山雅治さん主演の箱根駅伝がらみのノンフィクションドラマを再演していて、つい見てしまったものだから、さらに今年の駅伝は見入ってしまいました。(ものすごーく作戦にはまっている☆)そのドラマを見ていたせいもあるのですが、箱根駅伝って、陸上をやっている人にとって夢の舞台でまず出られたら本当にスゴイコト!でしょ?しかもそのチャンスは大学4年間で1回あるかどうかだったりもするわけです。言わなくても、駅伝はチーム競技。タスキを繋ぐ(“託す”とドラマでは言ってました)競技です。だからこそ毎年、さまざまなドラマが起きるわけです。箱根に出たことは、その人にとって大きな思い出として一生残ると思いますが、ごぼう抜きをしてゴールテープを切るような思い出を残せる人は、ほんの一握り。途中リタイアをしてしまったような人は、もしそれが最終学年だったりすると、一生苦い思い出を背負っていくのかな~と「なんて過酷な競技なんだろう…」と思ってました。だってどんなに「お前のせいじゃない」なんてなぐさめられても、自分では許せないだろうな、と思いますから。そうしたら、途中リタイアをだしたある大学の反省会で、去年卒業した先輩がかけた一言に感動しました。「悔しいだろうけど、これがいまの実力だから」とみんなに言った後、リタイアをした選手にそっと近づいた先輩は、“いまは辛いだろうけど、いい経験をしたんだから。これは神さまが お前が強くなるために与えたことだから。いい経験だぞ。”というようなことを、何度も言っていました。箱根駅伝をリタイアするというのは、本当に辛い体験だろうと想像します。リベンジするチャンスのない人もいます。それを“経験”として前に進むのは、「ポジティブに!」なんて言っても、そう簡単にはいかないでしょう☆そういうとき、こんな先輩の一言があってこそ、本当の力になるんだろうなーっ!と強く感じました。これほど辛い、人にも迷惑をかけたという思いは、どんなに自分で前抜きに考えても、なかなかプラスには転じられないように思います。こういうときは、やっぱり周りにいる人の力って大きいですねぇ。さらに、“立場”というのもあるように感じます。だれが言ってくれたのか、も大きいですよね~。監督さんなんかも、こういうことも役目のひとつとして担っていらっしゃるんでしょうね。わたしも、誰かの一言でそれまであった重い黒いものが、ふわーっと軽くなる経験をしたことは、何度もあります。人はやっぱり、人がいるからがんばれるし、人によって助けられることがあるんだと思います。人を大事にしようと改めて思います。そしてまずは自分の周りの人。いつもいっぱいエールをもらってるもんな、わたし。自分も、ちゃんとエールを送れる人になろう♪ (^0^)/
2008.01.13
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今日は“歴史の会”の日でした。この会は、歴史だーい好きなある女性が、みんなに頼まれて、歴史の話をしてくれるというもの。わたしは途中から知り合いに紹介してもらって行きだしたのですが、実に楽しい!学校の歴史の授業とやってることは同じですが、授業では割愛されていた人のつながりや、行動の裏にある思いなどを事細かに教えてもらうと、「歴史ってオモシローーイ!!」と誰もが最後は興奮してしまいます。ほんとの話!ちなみに殆どの参加者は「歴史ダイキライだった」という人ばかし。(含む、わたし☆)先生となる女性は、もちろんもともと詳しい方ですが、「人に教えるからには」と、会の前には改めて最新の文献情報を調べたりされるそうです。頭が下がりますぅ。そうやって、基本的にはいろいろな資料を調べてそこで分かったことを教えてくださっているのですが、いつも感心するのは、そこに彼女なりの解釈がかならずあるということです。たとえば、ある歌をとりあげて「女性のことを馬に例えるような、こんな無粋な歌を書いているようじゃ、あまりモテル男性だったとは思えないですね~」とか。わたしだったら、文献に歌が載っていて、それの訳文を読んだら「ふーん」で終わってしまいます。それ以上のことなんて考えないと思うのよね。でも彼女は常に情報を集めて、そこからどういうことが見えるのか、という一歩先を考えてるんですよ。“感じてる”というほうが、合ってるかもしれないけど。彼女自身が言うように、真実はわかりませんよ。なんせ、本人はもういないのですから。そこで「どうせわかんないし」と書いてあることをそのまま丸覚えして、数字や人の名前をただ追っていたわたしとは全く違う!と、驚くのです。「自分の頭で考える」って、本当に大事なことですが、これがね~、なかなかできないんですよ、わたし☆自分の頭で考えるって、めんどくさいですもんね~。でも、こういう歴史のお話を聞いている中でも、「そっかー、なるほどね~」と感じて、自分でも少し先を想像したり、気持ちの動きを考えたりするとまず面白いし、考える練習になるかーもしれません。ま、考える練習になるかどうかは、かなり疑問ですが、考えている人を間近に見る機会が常にあるのは、刺激になります♪やっぱり、いろんな友達がいる、…というか、いろんな人を紹介してもらえることは、自分の財産だな~と改めて思います。そーだなぁ、自分もだれかの刺激になっていると、いいな☆
2008.01.12
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ウチの近くにある公民館のような会場で、クラシックの催しをやってました。場所柄お安かったし、当日券もあるようだったのでふらりと出かけてみたら、これが良かった!!「クラシックを身近に」というコンセプトで、定期的に誰かをゲストに呼んで行っているようで、今回のゲストはソプラノ歌手の腰越満美さんというかたでした。オペラなどは詳しくないし、「寝ちゃうかも」と思いましたが、なんのなんの!、実家の母も誘えばよかったと後悔したほど。腰越さんの丁寧に歌う歌声も、とても魅力的で良かったし、さらに、腰越さんという方になんだか惹かれました♪話としては、司会の方とのトークが少しあっただけですが、具体的に何かを話していた、というより、かもし出す空気が魅力的。なんと言えばいいか……、幸せそうなんです☆まーね、プロの方が人前で歌うときは、大抵幸せそうな顔をしていそうですよね。でも、なーんかそういうことじゃなくて、わたしが勝手に感じただけですけど、現実を楽しめる方のように思ったんです。芯がしっかりしていて、大抵のことは「いいじゃない♪」と受け取れる人。自分の価値基準がしっかりあって、「私はこうです」とニッコリ笑っていられるような、そんな人。だから彼女から、当たり前のような幸せ感を感じたんです。本当にそういう方なのかどうかはわかりませんが、彼女が立って歌い、少しのトークをしただけで、少なくともわたしひとりはそんな風に感じる。それってやっぱり、すごいな~!と思います。それってやっぱり取り繕うことはできなくて、普段のその人がでるような気がします。そういえばある方から、「神さま(守護霊さま)は、基本的には人間が“嬉しい!楽しい!面白い!”と喜んでいる姿をご覧になるのが一番嬉しくお思いのようです…」と聞きました。わたしが“嬉しい!楽しい!面白い!”と感じていれば神さまは喜んでくださるなんて、なんだか嬉しくなってきませんか??“嬉しい!楽しい!面白い!”を一日の中でどんどん増やしていきたい♪“嬉しい!楽しい!面白い!”をどれだけ感じられるかは、その人次第、その人のとらえ方次第ですもんね。“嬉しい!楽しい!面白い!”がいつもたくさんあって傍目からでも幸せ感の溢れている人でありたいです♪と、オペラなどの歌声を満喫した後、わたしは嵐のニューシングルの予約に走ったのでした♪ (^0^)/Lちゃん、情報いつもありがと~!<本日のご紹介>・腰越満美さんが出演されるオペラ「黒船」・嵐のニューシングル「Step and Go」↓↓↓↓ ← よろぴく~♪
2008.01.11
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“上手”というのは、見惚れる動作につながるとわたしは思っています。建築家が図面を引くのも、慣れた人のハンドル操作も、エステティシャンの指使いも、農家の農耕作業も、ゲームマニアの機械操作も、ベテラン左官職人のコテさばきも、ギタリストの指使いも、ほかにもいっぱい。どれもこれも、上手な人の動作は見ていて美しい。コーチングに手足の動作はありませんが、上手なコーチはセッションの流れが美しいです。どれも、見惚れる美しさの中には、リズムがあるように思います。以前、料理上手な友人が、おにぎりとおみそ汁と玉子焼きのお昼を、おしゃべりしながら目の前で作ってくれたことがありました。彼女には、いつもの当たり前の作業だったと思いますが、あまりの動作の美しさに見惚れて、わたしはその日の夜と翌朝にも同じメニューを作ったのでした☆そのメニューを食べたかったからじゃなくて、彼女の動作を真似してみたかったから!それほど、上手な人の動作はきれいだと思います。世界一といわれるプロフェッショナルでなくても。そんなことを思っていたら、亀梨和也さんがプロボクサーの長谷川さんの練習を見て、やはり「芸術のようで見惚れる」と言ってました。やっぱりそうなんですね~。(そういうコメントをした亀梨クンにも、ちょっと感動♪)ひるがえって、わたしはどうだろう?と思うとツールを作る作業に没頭しているときは、ときどきリズムを刻んでいると感じることがあるので、そういうときはちょっとキレイに見えるかも~、と思います☆そしてこの先、鍼灸の勉強を始めたら、ぜひとも見惚れるような美しい手さばきでできるようになりたいと思っています♪あなたがいま上手になりたいことの動作は、美しいでしょうか?また、美しい動作をしていることはありますか?それはきっと“上手”ということですよ♪
2008.01.10
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去年の12月に会った友人が「はい、プレゼント」とくれたのは一枚のCD。毎年数人でクリスマスの頃に会い、彼はいつも何かプレゼントを用意してくれる粋な友人です。でも、渡されたCDのタイトルは、『自律神経にやさしい音楽』。…正直、一瞬「えっ☆」と思いました。「わたしって、自律神経が疲れてるように見えるの?? そ、そんなことないもん!!」と思い、ありがとうと言いながら、ちょっと顔が引きつる☆すーぐ動揺すんのよねぇ、わたし。彼は「来る途中にあったアロマ屋さんで見つけたんだ。時間なかったし、ラッピングされてたから、パッと手に取っただけだから」と笑っていますが、実はその彼、かなりの直感の持ち主なんです。「彼の直感でわたしに選んでくれたCDだから、いいのかも。」と、今度はちょっと楽しみに。帰宅後すぐに聞いてみたらこれがねぇ、いいの!♪音楽が鳴り出すと、いつも使ってなさそうな脳のあちこちが、モゾモゾする感じなのーっ☆ (^0^)/それがなんとも気持ちがいい♪そーねー、ストレッチを教えてもらうと、伸ばしたことのない筋肉が伸びて、気持ちよかったりするでしょ?そーゆー感じ!そして、それを聞いてから寝ると、翌朝の目覚めがいいような気がするのよーっ♪…もちろん分かってます。完全なる思い込みなのかもしれません。その音楽に、学術的にはそういう効果は認められないかもしれません。医者が砂糖水を風邪薬と言って渡したら、治った!みたいな話かもね。でもさ、自分がよければいいのよね~♪最初「わたし、自律神経なんか弱ってないもん!」と身構えたのは、日本人が精神科を訪れるのを嫌がるのと、同じことかもしれません。お蔭で、嫌がる人の気持ちがちょっと分かった気がします☆わたしも自分ではこういうCDは買わなかったでしょうねぇ。「自律神経のためのCDは、心が疲れてる人のためのもの。 わたしには必要ない。」という思い込み。またひとつ、自分で作ってしまっていた「思い込み」に気付くことができました。自律神経が疲れているかどうかは分かりませんが、思い込みに気付いたお蔭で、自分に合ったCDが手に入り、いい気分になれたんだから、得しちゃいましたよ~!いろんな友だちが周りにいてくれることは、本当にありがたいことです♪同じような思い込みを持っている人ばかりだと、気付けないことですもんね。自分と違う考え方の人って、最初はやっぱり違和感を感じますよね~。でも、「自分」がしっかりしていればいるほど、そんなの平気になるような気がします。「自分」が見えていて、それを肯定していればいろいろな柔軟性が生まれてくるような気がします。それがむずしいんですけどネ☆ (^0^)/<本日のご紹介>・自律神経にやさしい音楽 ◆◇お仕事サイトの写真日記を更新しました♪ ◇◆・TOPページ下段の、メニューバー右端にある「▼」をクリックすると 次のメニューがでてきます。・TOPページは音が出ますので、ご注意ください。
2008.01.09
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日曜日に「仕事初めです!」と言った早々なんですが、昨日は新春歌舞伎を観てきました♪去年のお正月に、国立劇場で新春歌舞伎を観たらその場の華やかさにはまり、「お正月は歌舞伎!」と勝手に決めました。で、年末に調べていたら、歌舞伎座・国立劇場・浅草公会堂など数箇所でやってるんですよね。迷った末、今年は浅草歌舞伎に行ってみました♪“会場の華やかさ”という面で言うと、浅草歌舞伎は浅草公会堂ですから、やっぱり国立劇場のような広さや見晴らしは望めません。でも、なんせ浅草寺のすぐそばですから、雷門をくぐり仲見世を通り、お参りをしておみくじを引いて、と、お正月気分を楽しめました♪演目も、新春浅草歌舞伎は若手が出ることになっているようで、若い勢いや清清しさが伝わり、新春の空気にあっていました♪ ふふふ、若いエネルギーをもらってきましたよ~☆歌舞伎はいつもやっていますが、何となくウキウキとしたこの空気感は、新春歌舞伎ならではなのよね~、と出かけて良かったと思いました。お正月はどの国にもあるでしょうが、四季のある国は本当に限られているんですよね。日本にいると、「一年中同じ気候」なんて想像しにくいですが、あるんですよねぇ、普通に。温暖化の影響なのか、四季が乱れてきている気はするもののピリッと空気が張り詰め、吐く息の白いお正月に始まって、季節が巡りながら一年が回っていくなんて、やっぱり「なーんてぜいたく!」とわたしは思います。好きな季節、苦手な季節があっても。だから、その季節をもっと感じて楽しんで一年を過ごそ~、と昨日思いました♪二月は節分がありますね。一番寒い時期だし、雪だらけの中で転がって遊んでみたいなぁ。雪見酒なんてのも、いいですね♪(^0^*)さてさて、一月気分はもう堪能されましたか?華やかなお正月気分を味わいたいなら、新春歌舞伎はいいですよ~♪わたしはそろそろ、始動の一月気分にならなくては☆
2008.01.08
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ものすごく楽しそうなセミナー風景を発見しました!発見したのは鮫島宗哉さんのブログです。鮫島さんが運営委員をしていらっしゃる日本ファシリテーション協会九州支部の定例会を先日されたそうなのですが、グループディスカッションを「コタツ形式」で行ったというのです!コタツですよ、コタツ!普通の真面目な大人の集まりで。たぶん、よくあるどこかの会議室で行ったのでしょうが、ダンボール・机になるベニヤ板・布という小道具を用意し、5,6人ずつのグループ別に即席コタツを作って話し合いををしたというのです♪しかも!ここが粋なんですが、スナック菓子にみかんまで用意されていたらしい!!すばらすぃーっ♪ダンボールやベニヤなど、アイデアはよくてもこの小道具(大道具かも?)を用意するのはかなり大変なことだったと思います。でも、やるからには、こういう道具に凝っちゃうところがステキ♪しかも、みかんまで!ですよ。 (^0^*)野島クリスマスキャンプに行ったときも、子ども達のために作るしかけなどが、ほんっとに時間をかけて作られているんです。みんなボランティアですから、空いた時間(というより、時間を空けて)作業をするんですよね。もっと適当にすることも、いくらでもできると思いますが、そういう小さい細かいところを作りこむと、ダンゼン盛り上がり度が違います。月1で参加している「歴史の会」というのも、先生となってお話をしてくださる女性は、雨だろうと夏だろうと、必ずお着物を召していらっしゃいます。その女性が純粋に「着物が好き」なんでしょうが、やっぱり雰囲気でますよね~~♪小道具って、なければないで済ませちゃえるものだけど、あると気持ちが俄然ちがってきます!!小道具に力を入れるって、主催者のその催しへの愛情度も大きいように感じます。そうやって我振り返ってみると、お正月の松飾りなんか嬉々として用意しますが、クリスマスツリーを出すのは気持ちの上で一苦労☆自分の好きなことには、小道具まで喜んで気を配ろうとするのかもしれません。基本的には、超めんどくさがり屋のワタシなので小道具に自分の本当の心意気が見えそうだし、また、大事にしたいことは、小道具にまで気を配ることで、盛り上がりそうです♪たかが小道具、されど小道具!気持ちが見えたり、変化したりできそうです♪<本日のご紹介>・鮫島宗哉さんのブログ
2008.01.07
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今日が仕事初めとなりました♪12月25日ころから昨日まで、家の事情で仕事をほとんどせずに過ごしておりましたので、かーなーり久しぶりのお仕事モード!「戻れるかしら…」などという不安は大げさなことで、通勤電車でもみくちゃにされるわけでもないし、何てことなくいつもの時間が戻ってきました♪またこうやって、あっというまに1年が過ぎていってしまうのでしょうねぇ……☆ところで去年の暮れの頃、おみくじを引くとなぜか大吉続きで、慎重派なわたしとしては逆にドキドキとしてしまいました。それが年が明けて引くおみくじに大吉は見当たらず、どれも「じっくり腰をすえて1年を過ごしなさい」というような内容ばかり。わたしの鎮守神社でいただいた『神社宝運歴』という冊子のなかでも、わたしの生まれ年の人は、“今年は慎しんで精進せよ”というような内容が書いてありました。どこを見ても、そういうメッセージが目に入るというのは、なんとも不思議な感じがします☆おみくじなんて、自分で選ぶんですからね~。ということで、今年は地味にやるべきことに専念したいと思います♪とは言うものの、今年からわたしは新しい勉強を始めます。すでに学費も払い始めているし、いまさらやめるつもりはありませんが、新しいことを始めるのは「諸事控え目にしてこれまでの職業を守り 身を慎しみなさい」とは、かなり違うような気もします。でもわたしの感じでは、「地道に勉強=諸事控えめ、であってるあってる♪」なんですよ。占いでもコーチングでも、相手の言葉をどんな風に自分の後押しに使うかは、けっきょく自分次第。さらに、どんな風な後押しにするかで、自分の気持ちも見えてくるように思います。おみくじを引いたりすることで、今年自分が進みたいと心の底で願う方向が見えてきました。わたしは今年、『据』(すえる)を掲げていこうと思います♪ちょっと恥ずかしいけど、スケジュール帳にでも書いておこうかな~☆さて、みなさんの今年の標語は何になりそうですか?
2008.01.06
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年賀状の一言メッセージって、結構いろんなオドロキがあって楽しいです♪特に、去年11月の写真展でお会いした方々で、「あのとき話してたことが、叶ったよ~!」と嬉しいお知らせをくださった方が数人いらっしゃいます。もーーのすごく勝手に「キャッ♪ わたしってそういう力があったりして~☆」と超自意識過剰となってウキウキしています。ははは、幸せな人間ですよねぇ。でもそういう経験、結構あるんですよー、本当にっ♪去年、わたしを担当してくれた売り子(←死語?)さん3人ほど店長や副店長になったしね~。自分自身の望みが叶ったわけじゃありませんが自分がものすっごーーーくくすぶっていたんじゃこういうことはあまり起こらないんじゃない?、と勝手に「いい感じ♪」と、うれしくニソニソしてしまいます☆それに、自分の周りの人が喜んでいるのはなんてったってうれしいものですしねーっ♪ということで、わたしは何も努力していないことですけど、今年も自分の周りでうれしいことがたくさん起こることを願っています!もちろん!わたし自身もうれしいことをたくさん起こしたいと思ってますよん♪さあ、元気で大笑いの健康的な一年を一緒に過ごしましょうね~♪『笑う門には福来る』ですもんね! (^0^)/……冷静に分析すると、人の願いが叶って自分の運気も上がってると感じるなんて、棚ボタの王道って感じよね~。でもいいの!棚ボタ、大いに結構じゃーん♪
2008.01.05
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今年もたくさんの年賀状をいただきました。本当にありがとうございます。そのたくさんの年賀状の中でピカイチに、もしかしたら今まで受け取ってきたメッセージの中でピカイチにうれしいメッセージをみつけました♪『なんて美しい人でしょう。』…ウソウソ☆仕切りなおして、『コウダさんといると 笑顔になってしまいます。』“笑顔になってしまう”なんて、ステキでしょ~?!!! (^0^*)“笑う”というのは人間にとってこれ以上大切なものはないと、わたしは思っています。だから、たくさんの人を“笑わせる”芸人さんや映画監督という方々は、わたしにとって憧れであり羨望を覚える人たちです。でも、芸人さんになれなくても、“笑顔になってしまう”なんて言ってもらえることがあるんだ~!と、本当にうれしかった♪(^0^)/わたしは芸で笑わせることはできません。(できないつもり☆)だから相手が笑顔になるためには、まず自分が笑っていることが基本ですよね。自分が自然と笑っていられるためには、自分自身に余裕がないとそんな気持ちにはなれません。だから、どんなことでも「わたしやっぱ持ってる!」と自分自身を信じ、ひとつずつ“こうでなくちゃ菌”を退治して軽やかになり、タフで大きな受け皿をいつも広げていられるようでありたいですねぇ。そうそう、タフであることって、笑顔に必要な気がします♪そしてもしかしたら、自分の周りを、自分が笑顔でいられる居心地のいい環境に整えていくことも、わたしくらいの年齢になれば大切なことなのかもしれません。そのためには、自分のブレない芯が必要になってきますからね。自分を知らないとできません。さてさてこれからは、「あなたといると笑いすぎてシワが増える」と言われることを目指していこうかな♪…って、みんなから避けられるようになったりして☆<本日のご紹介>・「持ってる!」の日記・「こうでなくちゃ菌」の日記・「大きな受け皿」の日記↑やっぱり、なんか繋がってるんだな~と 改めて思います☆
2008.01.03
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昨日はパソコンの電源を入れず、夜は目覚まし時計をかけずに眠りにつきました♪あ~、お正月って感じ☆以前、誰だか忘れましたが「いちばん嬉しい瞬間はいつですか?」という問いに「目覚ましをかけずに布団に入るとき」という答えを見たことがあります。そのとき、時計をかけずに寝た日を思い出せないくらいいつも目覚ましをかけている自分に気づきました。なーんかねぇ、かけずにはいられないんですよ。用事がなくても、温泉旅行中ですら!!だからその答えに、とろけるような魅力を感じ「いつかやろう!」と胸に刻みつつ、機会なく年が暮れたのに、今年さっそくに実現ですっ♪いや~、幸先イイゼ!(“小さい!”などと言わないように☆)用事がなくても目覚ましをかけずにはいられないワタシ。これって自分で「世の中“こうでなくちゃ”なんてことは、ありませんよ~」などと言いつつ、「こうでなくちゃ菌」にかなり感染されている証拠です☆ うぅぅ。♪わかっちゃいるけど……、なかなかねぇ。“こうでなくちゃ菌”は、感染している事実に気付きにくいという特徴もありますから~。そして昨日、目覚ましをかけずに目を閉じる瞬間、うれしくて忍び笑いがこぼれるほどウキウキでした。「何時に起きてもいい」という事実もさることながら、なんだかイタズラをするような気分♪(大げさ??)たぶん、「こうでなくちゃ」に反する行動をするのがイタズラ感覚であり、笑いがこぼれるほどウキウキしたのだと思います。(うーむ、かなり重症よねぇ☆)“こうでなくちゃ菌”をひとつ見つけて、ひとつ滅菌すると、ひとつ自由に軽くなるようです♪今年は、自分の中の“こうでなくちゃ菌”をたくさん発見して、ひとつずつ滅菌していきたいですね~。今年の年末、どんどん身軽になって「あ~~、今年も楽しかったなぁーっ♪ 来年もたのしみーっ!!」とウキウキ飛び跳ねている自分を想像し、いまから楽しみです♪♪* 新年 あけまして おめでとうございます * 今年の年末、みんなで「楽しかったね~!」と 笑い合える一年にしたいです♪ (^0^)/ 本年もよろしくお願いいたします。 2008年 コウダエミ
2008.01.02
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