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かつては『かかりつけの医者』がいて、信用した。間違いなら間違いで仕方ないよということだった。今はセカンドオピニオンを求めたら、サードオピニオンが欲しくなる。無限連鎖の不信感となり、訴訟への道を歩むわけです。日常的には必要ない九割九分の医者がこういうというケースではいらない。九割九分の医者が間違っていることもあるけれど、それが間違いということで一番ありえるのは、本当は治療がいらない場合、つまり1、どうしょうもない2、何もしなくても治る場合です。それを次々と医者を変えみてもらうだけでも解決にはならず、安心は得られないわけです。医者に関わらず、信頼はそれだけ得にくい時代なのかもしれません、だからこそ、もしそんな相手が一人でも見つかったらずっと信用し続けることも必要かもしれません。なににも代え難いもの~安心を得られるからです。
2007.11.29
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知らない事は恥ではない不自由である人には、して良い事 悪い事がある言うて良い事 悪い事がある悪い事をしていながら居直る人もいる幼児の段階から善悪が身につくと言う
2007.11.29
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積み重ねていくことで成し遂げられていくものは、真似できない。地道な道は基礎体力の形成につながる。その上に築き上げたものは結果なのである。みな結果ばかり真似しても基礎がないと張り子の虎である。似て非なるものである。中身のないものはすぐ飽きられるからである。
2007.11.28
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人は苦労にきたえられて深み出る人と苦労にねじふせられて曲がってしまう人がある物が豊かになる程ものを粗末にする人が多い
2007.11.28
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相手のことを『なぜこんなに怒っているのか』『なぜこんなに不機嫌なのか』…『なぜこんなことしているんだろう』『なぜこんなこと考えるのだろう』とか考えながら接していくと好きも嫌いもあまりなくなるものです。腹が立つ人、不快な人に対して許容範囲が広くなる。そして程度の関係で済むなら済ましておけばよいのです。親身になって考える相手だと思っていても、相手はそうは思ってはいません。そんなことは重荷なわけです。ただ相手のために、こうしたらいいと、口をつくことは止められません。すぐに吐き出してしまうべきです。互いにこうしたいとなんでも言い放てる関係は何をおいても大事にしたいものです。これが言えないなら互いの関係はつまらないものになり、他の利害でつながらない限り継続できなくなる。
2007.11.27
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世の中自分の意のままになる、生き死にも人がなんとかできると勘違いしている。人間は永遠に生き続けると思っている。しかしそんなことはないのである。死すべきもの、それが人間である。金さえあればなんでも出来るかのように思い込んでいるのが現代人かもしれない。実際世の中は、思い通りにはなるわけがない。仕方ないことなはずなんです。それを勘違いして、生きてフラストレーションを溜めているのが現代人なのかもしれません。思い通りになるアニメやマンガのせかいも流行るわけです。
2007.11.27
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仕事をして生きているからには、自分らしいなんてことはない。仕事は自分のためにあるわけではない。その仕事の有様を要求されるので、自分を曲げざるをえないのです。仕事は無理を要求するものです。世の中の要求に会社は合わせていかないと会社は成り立ちません。どのように取り組んでも要求されても仕事をやるときは、まずは善悪、そして損得で勘定していかなければならない。
2007.11.27
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内に改まり 正しければ外に現われる事正しい自分の徳が神と同根なり人の上に立つ人は絶えざる批判に晒されそこからよくなる
2007.11.27
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幸せそうな人でも本人は不幸だと嘆いている。反対に不幸そうでも、幸せを感じて生きている人もいる。幸せとは、決まった形があるのではない。幸せに感じる心があるかである。幸せは千差万別、人それぞれで、他人との比較で幸せがあるわけではない。
2007.11.26
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堅い絆と想わせることは実はあなたの特技かもしれない。良い言葉を並べ、都合よくしていても、本心は別にあることが過去だった。今だけの本当の気持なのであって継続する保証もなにもない。明日には180度かわることを何度も体験した。無理をした態度や行動や言動は必ず守られないものであり、そこをゼロポイントとしている。だから今は明日どうなろうと、今言うべきことは必ずいうことにしているのである。今やらなければならないことは必ず実行するのである。(しかしやらなくてもよいことは絶対しない)自分の約束は必ず守るが、相手の約束はドタキャンされようと、遅れようと、約束した私の責任なんだから私が出来ることだけ待つし、気にもしない。約束させられた私が悪いと言い放った。…今までは。 これからは…即断即決でいくことにする。自分が楽に生きていくためには、とらわれないことにした。
2007.11.26
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お道の御用に大・小 重い・軽いの区別はありませんいずれも大切な御用ですお役に立つとか立たぬとか向うにばかり 目をやらず御用を通して自分がどうして助からして頂くか 手元を見て行くことが大切である
2007.11.26
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平成19年11月24日(土)07055 1、人生とか仕事の結果は… (能力)×(熱意)×(ものの考え方) 特に『ものの考え方(教え)』は人生を歩んでいく方向~(幸せと思うか不幸せと思うか、感謝か不足に思うか)2、不平不足 不幸を嘆いても、『あれが足りない、これが足りない』と不足ばかりでは、いつまでたっても幸せをつかめない 足るを知る。 満足する。感謝の気持ちそれは成長や欲望を諦めることではない。 むしろその逆で、今の自分が現状の中で恵まれていることをしることで今の『当たり前』が輝いてくる。 そこから『小さな?幸せ』を見つけることができ、喜びや感謝の心が生まれ、その積み重ねによって少しずつ幸せになっていく~身の丈に合った欲望を叶える 足を知ることによって、いまを満足することによって欲望をコントロールすることができる。3、幸せにかたちはない 世の中、幸せそうな人でも本人は不幸だと嘆いている。反対に不幸そうでも、幸せを感じて生きている人もいる。 幸せとは、決まった形があるのではない。幸せに感じる心があるかである。 幸せは千差万別、人それぞれで、他人との比較で幸せがあるわけではない。4、幸せの材料は自分の内にある 幸せとは、料理を作ろうとしているときの冷蔵庫の中身(材料)みたいなもの。 一人ひとりに与えられた冷蔵庫の中身は千差万別。 あれが足りないこれが足りないと不足を言わず、与えられた中身にによって美味しい料理(幸せ)を作る工夫と努力をすることである。 料理は愛情と工夫と真心だ。5、『家の中で問題が起きたら信心するものから先に改まれ』 普通は、あなたが信心していないから問題が起こったと叱咤する。しかしそうではなく、意に反したものをなじるのではなく、自ら改めていくことが大切でなじることではないし、強制することでもない。 本当の幸せはともに助かっていく、共に幸せになる生き方である。 和賀心とは和らぎよろこぶ、人間らしい心であり、詫びる、辛抱する、祈る、親切な、改まる心を実践していくことである。6、時節を待て 道を急ぎ過ぎてはならない。時節を待たなければならない。 世の中を憂い、周囲の人を強いてはならない。 人は何かを言われて出来たとしても、ほんものではない。 自分からすすんで行動して、人から干渉されないようになるまで強いてはいけない。自分の姿、振る舞いを見せておくだくでよいのである。
2007.11.24
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『家の中で問題が起きたら信心するものから先に改まれ』 普通は、あなたが信心していないから問題が起こったと叱咤する。しかしそうではなく、意に反したものをなじるのではなく、自ら改めていくことが大切でなじることではないし、強制することでもない。 本当の幸せはともに助かっていく、共に幸せになる生き方である。 和賀心とは和らぎよろこぶ、人間らしい心であり、詫びる、辛抱する、祈る、親切な、改まる心を実践していくことである。
2007.11.24
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無理はしないことである人間無理しても続かない。その場しのぎにしかならない。忙しくて自分の心の余裕がもてないときに自分のことも人のこともみきれないのである。しかし余裕は自分の心の持ちようでどうにでもなる主観的なことだから、他者から忙しそうに言われてもそんなの関係ないのである。
2007.11.23
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道を急ぎ過ぎてはならない。時節を待たなければならない。世の中を憂い、周囲の人を強いてはならない。人は何かを言われて出来たとしても、ほんものではない。自分からすすんで行動して、人から干渉されないようになるまで強いてはいけない。自分の姿、振る舞いを見せておくだくでよいのである。
2007.11.23
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迷いは欲からおこる欲をはなすと決断がつく役に立つ時は人が大切にする役に立たなくなると人が相手にしなくなる
2007.11.23
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プロは責任を感じ、まっとうする人間である。受けた仕事を必ずやり遂げ、最高の実力を発揮することである。そんな自覚のある人をプロという。最近はなんでも安くやろうと、アマチュアを即戦力として使うようにマニュアル化して、習熟しなくてもできるようにしようとしているが、現実は、やりきる人間には責任を感じない人間は勝てないのである。
2007.11.22
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心心配つくるもわが心
2007.11.22
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体だけ休めても心が安らかでないと安静とは言えない安心もわが心心配つくるもわが心
2007.11.21
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吉本前老翁霊神五十日祭教話 平成19年11月18日(日)07054 金光教荻窪教会 教会長1、先代教会長実兄五十日祭 実兄である吉本前(すすむ)氏が、去る9月28日23時20分、かねてから肺気腫にて患っていましたが、四国八幡浜にて急逝いたしました。81歳11ヶ月でした。墓前祭並びに五十日祭を執行致しました。霊神の立ち行きを今後とも祈り、生き通しのおかげを願いましょう。2、霊神様(みたまさま) 人の生き死にはさまざまです。その生き方や、生きた時間の長短には違いがあっても、その間、神におかげを受け続けてきたという事実とさらに霊神となった後も、天地のなかで、神様のおかげを受け続けるということに違いはありません。神様から頂いた命は、先祖から自分に、そして子孫にと受け継がれていきます。ですから、先祖をまつると言うことは、自分を大切にすると言うことであり、子孫を大切にすることでもあります。 霊神は、いつも神様とともに私達を見守り、私達を導いてくださっています。私達が霊神の立ち行きを神様に願う事によって、霊神も私達を守り導く働きを増します。 霊神をまつるということは、霊神と共に歩みたいと願う表明であり、霊神との交流の場を設けることを意味しています。霊神の働きは、その働きを受けたいという子孫や縁者に現れ、子孫や縁者が助かることによって、霊神も助かりを得るのです。3、自分を否定する生き方は生きずらい、願って考え続ける 自分にとってのおかげとは?神が願っていく心とは、**初代~おばあさんが、『神様は私の方には向いていない』、初代は『あんたはたいしたもんだな、私は神がどっちむいてるかわからん』・・・否定しないのが、取次である。 願いを掛けて生まれた。身に受けたことを願い、おかげにする氏子かわいい。我を忘れて可愛いと思う。損得ではない神様の心を認識することが大事 病気になる~祈れ薬れ~願い『健康になる』~病気は人生の事柄である~都合悪いことは切っていくのが合理主義だが、切れないことが信心~右手を折って、嫁も手伝ってくれない、心の掃除をしなさい~毎日ふき掃除をして半年で全快。しかし心の掃除はしなかった。矢張信心は事柄のおかげをいただいても、心のおかげをいただけないと~徳ギレする神の生き方に添った生き方にしなさい。 自分の生き方をもう一度あらためなさい。自分の思う通りを生きるのが、よい生き方ではない。いろいろなことがあるだろうが、問題に取り組む思いを持ち続けることである 一番『辛抱する気持ち』を持つことが大事である~辛抱する心からおかげがある。 神のおぼしめし。常に考えていく。 息子娘にきちっとしなさいとしつけた~親はとやかく言わずに見守って行くことである。 神は無駄事はしない。結果を重要視するあまり、目に見えないもの程を大事にするべきである。自分を客観的にみる事も大事である。4、助かっていく 本教の良さの一つは、個々の難儀(問題や課題等)を神様と信奉者間を教師があいよかけよで取り次ぎ取り次がれる関係にある点である。 教祖様の神様を敬い敬愛していく中で、神様との生き方を実践され、それを生活の中で習うことが信心である。 勢をそろえた信心も大事ではあるが、一人信心、自立した信心が大切である。なにが起こっても人間の心がわからなくなっている世の中、幸い信心生活を営んでいる自分の言葉で自分の信心を芯となる「信心の自立」をキーワードに、人に伝えるお役に立たせていただきたい。5、金光教とは 金光教とは、神と人、人と人、人と社会が、共に助かり、立ち行く世界の実現をめざしています。 1859年教祖金光大神(こんこうだいじん)様は、天地金乃神(てんちかねのかみ)様からのお頼みのまま、人の願いを神様に、神様の願いをひとびとに取り次ぐようになりました。教祖様は、一人ひとりの苦悩や願いを神様に祈り、人その人の実情に合わせて助かりの道を示しながら、世界の助かりを祈り続けました。 金光教は、神様の大いなるみ恵みの中で、つながり合う私たち一人ひとりが、幸せで実りある人生を築いていくことを願っています。
2007.11.20
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若者には学力も大切だが明朗性 責任感 仕事には情熱を傾けてちょっとやそっとではへこたれない自信を持つ人になること
2007.11.20
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生命は天地の神の造り下されたものである天地の心を心として御神意の侭(まま)に事実をあるが侭に見て何事も大切にすること
2007.11.19
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巷では今日から仏国の葡萄新酒を高く売ろうと必死な業者、しかし盛り上がらない消費者をなんとか宣伝力で勝負してブームを盛り上げようとしている~去年の大敗を忘れて。喧騒の街並みから安閑とした町へ眠らない街並みから地方都市の静寂なにを求めてこの町に来たのだろうか、人が息づいた思いの痕跡をみて、郷愁に浸りにきたわけではない。過去の歴史をみて、未来への一歩とするためかもしれない。どれだけの使命感があるわけではないかもしれないが、義務でやるわけではない楽しい思いを醸成していこう。なにかを選るために。行き方かもしれない。
2007.11.17
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他人にわずらわしいこと 気に入らぬことを辛抱させるような 不徳なことでは人徳はいただけぬぞ
2007.11.17
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何か絶対的なもの、永遠にかわらないにほんとうの価値があるのか。変わらないもの、変わらない価値観はないかもしれない。色即是空、空即是色~なんていうことは、何もないという0の概念みたいなものであるらしい。現代は新しい価値をどんどん作り出してどんどん古い価値を棄てていく時代。そんな時代に流されず、本来のあるべき価値を大事にしていくことが大切なんではないか。ブームにのり、ブランドに溺れた生活のあなたは、単に商売人に騙されているだけかもしれません。
2007.11.16
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人為的ミスは必ずおこるものですが、最小限に留めることは知り実行すべきである。1、やめる、なくす2、できないようにする3、わかりやすくする4、やりやすくする5、知覚させる6、認知・予測させる7、安全を優先させる8、能力をもたせる9、自分できづかせる10、検出する11、備える低賃金、臨時で素人がパート・バイトとしてプロの職場に入りだしてから、ますます必要なことである。
2007.11.16
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愚痴不足 勝手考え 取り越し苦労どれを一つ持っていてもおかげの断りになります
2007.11.16
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平成19年11月14日(水)07053 金光教荻窪教会 教会長1、先代教会長実兄四十日祭 実兄である吉本前(すすむ)氏が、去る9月28日23時20分、かねてから肺気腫にて患っていましたが、四国八幡浜にて急逝いたしました。81歳11ヶ月でした。今月18日には墓前祭並びに五十日祭を執行します。霊神の立ち行きを今後とも祈り、生き通しのおかげを願いましょう。2、見えないものをみようとする 例えば何のために墓参りをするのか。 お墓の中の人が生きていると思っている人はいないでしょう。実際墓の中に納まっているのは少しのカルシウムとリンの残りかすだと感じていたら、食べ物を供えたり話したり、そもそも詣ったりも、拝んだりもしないわけです。 ところが、お盆の季節には、墓地に向かう道路がラッシュになるわけです。これは、ほとんどの日本人は、人が亡くなっても、亡くなった人々の魂はお墓の中や空の上にいると思うからにほかなりません。 死者も生者と同じように敬う日本人。 そこには、眼に見えないものを大切にしようとする姿があります。 魂は生き続け、体は死ぬ。体は地から生じて、もとの地に帰るが、魂は天から授けられて、天へ帰るのである。 亡くなっても、人が拝んでくれる人になるように生きていきたいものである。永世生き通しというのは亡くなった後も、遺族親族知人の心の中で生き続けることである。3、理屈と実践 例えば大人と子供が初めてスポーツをしようとしたときに、大人は、そのスポーツを頭で理解してから始める。 なぜこういうルールなの?道具はなんでするときのファッションは?仕組みは? しかし、納得しないとなかなかやらないし、勿論理解しただけで上手くなるわけではない 子供はがむしゃらに行動する、はじめてみることで体得していくのである。ルールも何も二の次である。 スポーツとは元々遊びの中から楽しくてだんだん皆がやるようになり、ルールや道具が出来ていったのである。 とかく大人は、何かを始めるときに、頭から入り理屈をこねていくが、理屈抜きで体験してみて、楽しみを体感していくことも必要なことかもしれない。4、家族 家族は、限りなく一人になって来ている。 少子高齢化、パラサイトシングル(親に寄生する成人した子供)、晩婚化、単身赴任、離婚増加、共稼ぎ、格差社会を目指す日本では経済格差でますます拍車がかかる。 人口は減り、ますます高額な養育費なんかだせないのが現実となっている。見た目の豊かさのために、住宅ローンを始めとした借金にまみれ、こころの豊かさを捨て去るのである。自分に何もないため家庭では、ブランドものに走るのである。 しかし高級ブランドが家族の幸せを埋められるものではない。ブランドとは、もともと家畜の仕分けなどのために押す烙印である。 今は中流意識に踏みとどまっていたい下流の人が、自分へのプレゼントとして、中流意識の再認識のために買うものらしい。 解決策はない。 一度楽な道を選ぶとどんどんと転落していき、シングルな老婦人家庭がドンドン増えていくのである。孤独だけど他者に干渉されない自由なひとときを過ごすのである。 まだ健康ならば問題ないが、単身介護家庭に突入すると、容赦なく他者との接触、交流も始まるのである。 人間何が大事なのかというと、人と人とのかかわりを大事にすることであり、関わる人達を思いやることが大事である。 天が上にも下にも区別はなく、関わり合う全ての人達を大事にしていくことが、肝要である。家族はその始まりであり終わりでもある。おかげの受け始めは自分であり、家族であり、親族であり、信者であり、日本人であり、世界中の方々でもある。5、19世紀末の幽霊熱と今のスピリチュアルブーム 19世紀末、米国では、スピリチュアルが大流行、金儲け商売になっていた。当時、幽霊を出現させる亡霊会に集まる参加者から、カモを探し、その『カモ』から巻き上げる金でした。 カモの条件は、1、裕福で金に余裕があること。2、社会的な地位がそれなりにあり、名声を重んじる人 では現代ではどうでしょうか。 スピリチュアルなもののスポンサーはマスコミで、踊らされるカモは視聴者という構造だから、直接的な被害はでないが、うつろぎな視聴者をつなぎとめていく算段は既に確立されていて、主役の霊能者を替えながら、何年かに一度ブームを作り出しているようである。 ブームに火をつけ、燃やしている間中大儲けして、人気なくなると、勘違いしたおごり高ぶる方々の恥態をスキャンダルとしてダメだしを自らして最後に儲けて捨てていくのである。
2007.11.14
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例えば何のために墓参りをするのか。お墓の中の人が生きていると思っている人はいないでしょう。実際墓の中に納まっているのは少しのカルシウムとリンの残りかすだと感じていたら、食べ物を供えたり話したり、そもそも詣ったりも、拝んだりもしないわけです。ところが、お盆の季節には、墓地に向かう道路がラッシュになるわけです。これは、ほとんどの日本人は、人が亡くなっても、亡くなった人々の魂はお墓の中や空の上にいると思うからにほかなりません。死者も生者と同じように敬う日本人。そこには、眼に見えないものを大切にしようとする姿があります。魂は生き続け、体は死ぬ。体は地から生じて、もとの地に帰るが、魂は天から授けられて、天へ帰るのである。亡くなっても、人が拝んでくれる人になるように生きていきたいものである。伯父さん帰幽に際して思うこと。
2007.11.14
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不平不満 怠け心 身勝手な事が身につくと不幸になる悲しい事苦しい事に出会った時に避けて通る心では不幸になる人間の価値は物により裏付けされがちであるが自ら切磋琢磨することにより培われる豊かな心に価値がある
2007.11.14
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新たな思いにかられるとき改めて思いを新たにするとき…人はときめく。自分が思い、自分が新たに感じられたらどんな思いも新鮮に感じられるのであるどう使うかで天と地ほどの差がでる。チャンスの使い方次第である。これまで、つれない態度の知り合いが、何かをきっかけに急接近して緊密度を増すことがある…それは1、打算的な行動~差し迫って自己の問題を解消しなければならない、渡りに船。2、秘めた思いを表面に現したくなった~チャンス、衝動、気まぐれ。世の中最後は、二者択一なのである。 しかし、両者が立ち行く道をどこまでも求めていくことも必要かもしれない。
2007.11.13
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求めても得られない。与えても見返りはない。しかし、世の中はTakerとGiverで出来ている。与えるだけ与えていると、見る人は見ていて、欲しがるだけじゃなく見返りも来ることもあるかもしれない。とは思ってはいない。与えるだけの人にもかかわらず実はいろいろなことを得ているのである。奪った当人は気がつかないが人間的な成長は略奪しても身に付かないが、与えるものだけの特権かもしれない。奪うだけのものの形相と与えるものの顔相の違いからみても歴然としているのである
2007.11.13
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辛抱は徳を積むもとである 苦難に負けてはならんどんな難儀にも根気と元気と活気とで耐えて行くこと人は試練に耐えた強さだけ成長する
2007.11.13
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例えば大人と子供が初めてスポーツをしようとしたときに、大人は、そのスポーツを頭で理解してから始める。なぜこういうルールなの?道具はなんでするときのファッションは?仕組みは?しかし、納得しないとなかなかやらないし、勿論理解しただけで上手くなるわけではない子供はがむしゃらに行動する、はじめてみることで体得していくのである。ルールも何も二の次である。スポーツとは元々遊びの中から楽しくてだんだん皆がやるようになり、ルールや道具が出来ていったのである。とかく大人は、何かを始めるときに、頭から入り理屈をこねていくが、理屈抜きで体験してみて、楽しみを体感していくことも必要なことかもしれない。
2007.11.12
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真で成就せぬことはなし 成就せぬ時は真が欠けたと悟れ
2007.11.12
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くだらない時間を費やしてはいけない。相手のためになんでもしてあげることが大事です。待ち続けることが、大事で役に立つんです。アポイントは入らないんですよ、でもその時々に会えないともういけません。困ったときになんでもどこでも対応できることこそが最大の良さですからね。願うことが実現できたら最高ですからね、出来なくても折り合いを付けることが大事だと思います。
2007.11.09
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動物は自然に自利利他の心がバランスをえているんですが、人間は他の動物より欲望がはなはだ強く、しかも複雑です。しかも霊長類の一員として、同類を殺すという、他の動物にない悪い遺伝子を受けている。そういう欲望を抑えて社会の混乱を防ぐために、どうしても道徳が必要なんです。道徳の根源は親心にある
2007.11.09
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全部ホントのことを言って、肝心な情報を隠す。相手を意図的に軽くみている訳である。ウソは言うとバレてしまうので、言うことは正しく、肝心の大事なことは言わないで錯誤を誘導するのである。 何をしゃべって何を隠すかは、その伝える側の価値観が関係する。自分が不利になることは、相手に言いたくないし、伝えないのである。その事によって、逆に相手の真意が顕在化してくるのである。価値観がなんであれ、1、権威にひれ伏して自己主体性を放棄する生き方は危険である。2、好き嫌いで判断するのではなく、合理的思考で貫く努力が大切。3、健全な懐疑論者であることが重要である。~金持ち、権威や肩書に騙されずに生きる事である、独善的な思い込みに陥らないことが肝要である。そうならないためには、何が大事かと言うことと、外見や貧富の差で人を見たりしないことである
2007.11.09
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ここへ参るのに手間が欠ける日間がかかると思うてはならぬぞ神様がそれだけの手間日間はじきに取り返してくださる
2007.11.09
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なんでもやってみないとわからないかもしれない。でも、やるからには最悪の場合を考えて、後先を考えてから、覚悟は決めて、成功したつもりで行動すべきである。失敗はあり得るけど、どこまでも我慢はしない方がいい。するなら我慢は期限付きでしたがいい。頑張ることも期限付きでしたほうが賢明である。
2007.11.08
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好きな事ばかりやっていると段々後に嫌な事ばかりが残る不自由をお蔭と喜んで不自由させて頂いているといつの間にか不自由がなくなる
2007.11.08
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其の位に素して行なう~自分の立場から遊離しないで行なうものである。現実から遊離するのが一番いけない。ところが人間はとかく自分というものを忘れて人を羨んでみたり、足下を見失って、ほかに心を奪われる。自分の職業に徹するということは、案外すくないものである。たいていは自分の職業に不満や不安をもって他がよく見える。本来は、人のなりふりを見て、自分自身の手本にしなければならない。
2007.11.07
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なんぼう学問がある理屈がよいというても御信心のことは解っただけでは役に立たぬ事に当たって実際に出てこねば神様のお徳はこうむれぬ
2007.11.07
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真心になる真心は顔にも現れ、歩くにも、話すにも、笑うにも現れる。うわべや形だけつくろっても、真がなければ人には受けられない。本当の気持ちを出さないと、相手の不誠意が現れる。それを自ら恥じて真心の道に進むならば、人はついていくのである。しかしそうでないなら誰もついていくことはない。人は無理をすれば道理が引っ込み、幻想の世界に生きるしかなくなるのである。しかし幻想ではくえないので現実とのギャップで苦しむのである。
2007.11.06
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人に不足を思わず物事に不自由を行とし家業を働き身分相応をすごさぬように倹約し誰にも言わずに行えばこれ心行なり
2007.11.06
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光よ!!射して下さい。。皆は何も思わないところで、法律は変わり、思想は変わっていき、気がついたら戦争していた時代、『お国のために死んでいく』という信仰があった。聖戦の名のもとに。今はテロ国家、主体思想(チェチェ思想)や『ジハード』聖戦から国を守る為に。60年経ち『神の国』から『大いなる商人国家』となって平和を手にした『エコノミックアニマル』は、軍備を正当化して行くのか?既に自衛隊という名の軍隊が毎年5兆円を消費しているのである。正義の元に、国防衛のために、戦争を始めることを正当化しようとしている。絶望の淵が大口を開けて待っているようである。何をすべきか、何に希望を持つのか、何ができるのか
2007.11.05
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家族はいいものですけれども、反面、まずいところもあります。お母さんが自分の子を可愛がるあまり、よその子に嫉妬をもって殺してしまうという事件がありました。そのお母さんは、自分の家族のことしか頭にないのです。それは個人のエゴイズムではなく、家族のエゴイズムです。家族のエゴイズムによって人をあやめたり、傷つけたりすることは、個人のエゴイズムのためにそういうことをすることと同じく、よくないことです。お釈迦さんは、人は結婚してはいけないと考えた。それは、結婚すると、いろいろな欲望にとらわれる。家族をもち、子供をもち、愛にとらわれます。釈迦は愛にとらわれる事をもっとも嫌います。しかし、すべての人がお釈迦さんの生き方をしたら、人類滅亡です。だから我々は家族をもちながらも、いつも他の人に対する思いやりを持ちながら、家族のなかの愛の関係を保っていかなくてはなりません。
2007.11.05
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氏子忙しければ信心せよ壮健(まめ)なれば信心せよ兎角 氏子は反対をするから真のみかげが受けられぬ
2007.11.05
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悪い会社は、社長が自分の利益のために従業員をこきつかって搾取する会社です。よい会社は、社長が頑張って儲けて、利益を上げたらその利益を従業員に配分する、従業員も一生懸命働いて、会社がよくなったらその恩恵にあずかり、それでまたがんばるという会社です。そういう会社が栄えるんです。真の和がある会社が栄える。下の意見をくみあげて、いろいろ議論して、理想的なプランを採用して、そのプランに向かって社員は一致団結してやっていく。反対した人もいったん方針が決まったら一丸となる。それで生き詰まったら、また意見を吸収して議論し、新しい方向でやる。よい社長、経営者は、下の意見もくみあげて、その上ではっきり方向を決めて、責任もって運営していく。自分の意思と責任を持ったリーダーにならないといけません。
2007.11.04
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日々が新(さら) 昨日を忘れ今日を喜び明日を楽しめ歳月を超えてゆく時 いろいろなことにならされて円熟して行く
2007.11.04
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