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~誰がウェブ2.0を制するか~佐々木さんの本が最近二冊出版されました。一つは『次世代ウェブグーグルの次のモデル』光文社新書 そして、もう一つがこの『ネットVS.リアルの衝突』です。Winnyの問題から始まり、インターネットとはどのような理想の元開発されてきたものなのかということを深く検証しています。インターネットは、もともと反体制のムーブメントの中で生まれてきたものなのですね。その正当な継承者として、今のweb2.0があるということなのです。その生まれてきた宿命どおり、インターネットは国家権力と衝突せざるをえないということなのでしょう。2002年『リナックス革命』という本を読んだときに、オープンソースという概念が新しく生まれ、そのことの重大さ、インターネットの本質的な性質というものが反体制なのであるということが理解できましたが、その後、めまぐるしくインターネットは進化しました。その影響力、その本質への国家の理解が追いつき、このパワーのあるインターネットおよびコンピューター文化を権力側に取り囲む、あるいは規制することで飲み込んでいくという状況にきていると佐々木さんは伝えてくれています。読み進めていくと、Winnyの問題を中核に、内容は非常に多方面にわたりますが全体の流れがよくわかります。最後には「インターネットは麻薬や覚醒剤のようなものなのだから」という非常に印象的なコメントがあるのですが、深く考えさせられました。さすがにジャーナリストである佐々木さん、コンピューター文化の理想と情熱は、『国家戦略と企業活動の中に巻き込まれて消滅していくのか、あるいは世界を変革させるパワーとなるのか』を探る為にこの本の執筆をされたそうです。この先の時代をどう作るのか、何を考え、どのような未来を作っていくのか、猛スピードで進むこの時代、佐々木さんの投げかけられた問いの意味を深く考えて行きたいし、ITやインターネットを仕事としている多くの方々にぜひとも考えてもらいたいと思います。今の時期、絶対お勧めの一冊です。
2007.02.26
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トルストイの代表作ともいえるアンナ・カレーニナを、数ヶ月かかってやっと読破しました。途中、読まなければならない仕事の本、興味を惹かれる趣味の本などを同時に読み、ずいぶんと寄り道していたのですが、後半は集中して一挙に読みました。感動よりもまずは達成感でいっぱいです。今回手にしたのは数年前に買っていた文庫本ですが、約1500ページ、上、中、下巻の三冊は、やはりなかなかのボリュームでした。構想3年、執筆年数5年、書き出しだけでも17回も書き直したそうです。この作品はトルストイが全精力を傾けた作品といわれています。数あるロシア文学の名作の中でも、計算しつくされた最高峰の作品と絶賛される完成度、そしてなんと150人にも及ぶ個性的な登場人物などなど、これらのことが書いてある後書きの解説を読みながら、やっと読み終えたこの壮大な物語を振り返ると、様々な印象が去来します。美しく、これぞ、まさに女性の中の女性と表現される主人公アンナ・カレーニナ。誰もがアンナにその精神の美しさを感じ、誰もが独特の美さに圧倒されるのです。しかし、女性がまだ自由に生きられなかった時代、彼女の精神は孤独であり、愛にすべてをかけたにもかかわらず、生きる道をみいだせなかったのです。女性として最大限、魅力的でありながら、孤独に死を選ぶしかなかったアンナとその恋人のヴロンスキー、アンナの兄オブロンスキーとその妻ドリィ、ドリィの妹キティを恋するオブロンスキーの友人リョービン、この3組のカップルそれぞれの関係、男と女の心模様が物語を綾なすように展開していきます。そして、この三組の男女の背景には男と女という、内的な問題だけではなく、ロシアの歴史や政治、そして宗教や思想の移り変わりがそれぞれの生き方にいやおうなく現れ、人は何故、何のために生きているのかという哲学的な命題が語られていきます。特にもう一人の主人公とも言えるリョービンは、トルストイの分身でもあり、彼の内面の苦悩や喜び、様々な哲学的問いかけは私の胸にも響いてきました。物語の最後にリョービンが得た啓示、「人は魂のために生きなければならない」という言葉に思わず胸がときめきました。頭だけの思想や学問ではなく、綿々と続いてきた自然とその中で営む日々の暮らしの中から、愛する人とのかかわりの中から、おのずと現れる喜びこそ、人々が求めてやまないことなのです。そういったことを理解していくリョービンにとても共感を覚えます。アンナの生き方とは対照的なこのリョービンですが、二人は共に、真理をもとめて止まなかった魂の持ち主なのだと感じました。仕事に忙殺される毎日ですが、時には壮大な物語を読むと、小説の面白さを心から堪能できます。こういった文学作品は読んでいて決して飽きることがありません。生と死、愛とはなにか、女性とは、そして人間は何故、何の為に生きるのか、という根源的問題を真摯に考えられる、神秘的で美しい時間を過ごすことができるのです!
2007.02.24
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太田記念美術館でフランス ギメ東洋美術館の北斎肉筆の「龍図」が日本初公開されていると知り、やっと、足を運んでまいりました。太田記念美術館というのは、原宿にあるこじんまりした美術館で、いつもは玄関でスリッパに履き替えるのですが、「北斎」展示とあって、特別に土足での拝観という盛況ぶりでした。 さて、お目当ての「龍図」「雨中(うちゅう)の虎」です。2005年に太田記念美術館所蔵の北斎肉筆の「雨中(うちゅう)の虎」が、ギメ東洋美術館の「龍図」と双幅、つまりペアということが解明されました。もともと、北斎は、竜虎を対として作品としていたのです。その作品が本展覧会にて世界で初めて双幅で展示されたということです。なんと、100年ぶりに虎と龍が再会したのです。雨中で咆哮する虎の視線は、暗雲の龍の視線と一致します。彩色豊かな虎の図に比較し、「龍図」は黒白と群青という抑えた色合いで描かれています。天の雲間の深みと奥行きは筆舌しがたく、浮びあがる龍に更に勢いをつけます。その龍のなぜか哀しげな眼がとても印象的です。一方、激しい雨に打たれながら、龍を睨みあげる虎。2つ並ぶと更に、虎と龍の各々が更に迫力を増し、今にも、動きださんばかりです。存在感のある絵は中央の階段から見ると一層迫力を増します。距離をおくことによって、その存在が浮びあがるようになってくるのです。対峙した龍と虎が、互の存在から発するエネルギーを空間に広げています。落款に「九十老人」と筆が入っています。90歳、まさに北斎の最晩年、己を究めた作品とも言えるのではないのでしょうか。「龍」という天の化身と地の強者「虎」の対峙。絵を通して、北斎の宇宙観を感じることができます。本当に北斎は、日本の誇りですね。今週いっぱい展示されていますので、ぜひ、足をお運びくださいませ。
2007.02.19
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さて、この国立新美術館は、若いときに通ったポンピドーセンターを髣髴させる雰囲気で、とても懐かしい感じがしたのですが、あのポンピドーセンターのエネルギーが日本の六本木にも生まれるといいなと思います。パリから比べるとちょっと上品かなーという感じですね。ポンピドー・センターでは、よく日本の映画なども特集していて、黒沢映画などはみんなパリで見たんです。良くも悪くも雑多な、エトランジェたちを決して否定しない、パリという街の混沌とした創造のエネルギーがとても強力でした。国立新美術館のもう一つの目玉は、ポール・ポギューズのレストランでしょうか。今日はランチはもう品切れ。しかもそれでも人が沢山並んでいて、入れませんでした。平日のランチをねらうといいのかもしれません。そして、地下がミュージアムショップとなっています。東京のお土産も扱っていて、楽しいです。ほうじ茶とか、お茶のセットとか、アートな日本を見直せるようなものが売っています。カフェ・レストラン・展覧会、トークライブなど、様々な文化の交流点となるように作られている美術館です。ぜひみなさんも行ってみてください。4月にはモネ展が開催されます。異邦人のパリは5月までです。また、建築家の黒川紀章展が無料で開催されています。世界的に有名な黒川さんは、共生をテーマにしてきた建築家です。機械の時代よりも生命の時代として、一貫して表現、創造してきた方です。今回も非常にやわらかい曲線がその思想を髣髴させますね。東京計画のDNAをイメージした集合住宅の模型はとっても印象的でした。生命の働き、共に生きる命、自然は、美しく優しく柔らかく温かいのです。これから、東京の新名所として、六本木ヒルズの森美術館、ミッドタウンのサントリー美術館、そして国立新美術館というアートの黄金の三角地帯となるようです。アートの激戦区ですね!今後が楽しみです。
2007.02.16
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一月にオープンした新国立美術館に行ってきました。地下鉄六本木で降りて、乃木坂方面へ歩いていくと、すぐにTOKYO ミッドタウンがドンと見えます。3月のオープンに向けて、着々と準備している様子。旧防衛庁跡はすっかり高層ビルに生まれ変わりましたね。ここにはサントリー美術館が入る予定だそうです。高層ビルの風とも思える強い風が吹く中、ミッドタウンの角を左に曲がっていくと坂を下ったあたりに、忽然と見えてきました!国立新美術館です。黒川紀章さんの建築で、ガラスばりのファサードが、まるでカーテンのように波打ち、その曲線がとても美しい建物です。この美術館は、企画展や公募展のための開かれた国立美術館としてオープンしました。美術館の絵画を見なくても、入場は無料です。カフェでお茶を飲むこともできますし、ショッピングもできます。とっても大きくて広いので、沢山の人があふれていてもそれほど気にならない感じです。曲線の建築物ってとってもいいですね。いかめしい感じがしない優しい雰囲気が嬉しいです。中に入るとアトリウムは一面ガラスで吹き抜け。未来都市のような、不思議なアートな空間です。レストランやカフェは空に浮かんでいるように見えます。まずは絵よりも、この美術館のデザインに圧倒されてしまいます。同時に10の展覧会が見られるという広さも素晴らしいですね。今日のお目当てはパリの現代美術館として有名なポンピドーセンターの蔵書作品展、異邦人たちのパリです。パリのポンピドーセンターは、大きな市場跡に作られたものですが、国立新美術館は陸軍の跡地です。いかめしい陸軍(2.26事件があったのもここだそうです)の建物の一部をファサードに残している作りになっていますが、ポンピドーセンターと美術館の前の広場が大きいところが、よく似ています。展示室に入ってみましたが、パリで見ているはずなのに、もう、すっかり忘れてしまって、どの作品もとっても新鮮でした。今回の私のヒットは、藤田嗣二の「カフェ」とモジリアニ、「デディーの肖像」。その他カンデンスキーもピカソもよかったです。ミロ、マティス、ソニア・ドローネもやはり素敵です。しかし、この人たちは、みんなパリととっても親密なのに、みんな異邦人たちなんですね。多くの人たちがパリの街に惹かれて滞在し、生み出していった作品なのです。
2007.02.13
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先日、岡本太郎記念館に行ってきました。南青山の骨董通りの高樹町交差点に近い、通りからほんの一歩入った小さな路地に、岡本太郎記念館はあります。岡本太郎さんと敏子さんのアトリエ。二人が暮らしたその優しく創造的な場所。沢山の人たちが出入りしたであろうアトリエですが、今や、その二人は別の世界に行ってしまいました。しかし、二人の息吹がそのまま残っている優しい空間です。丁度行く道で、中国人のカップルに道を尋ねられ、私も記念館に行くところだからと、案内役となり一緒に向かいました。日曜日の午後、若いカップルが沢山いました。なんだかとってもうきうきします。小さなカフェがあり、お庭が見えます。中に入っていくと、二人の本や写真が沢山置いてある売店で入場券を買うようになっています。そこで館内はすべて写真を自由にとっていいというアナウンス。ちょっと感動しました。まずは、エントランスには二人の大きな写真が並び、迎えてくれます。一階は応接室とアトリエと書斎。アトリエにはピアノが置いてあります。太郎さんはきちっとピアノを弾きこなしていらっしゃったそうです。粋ですね。アトリエに入った途端、懐かしいような悲しいような、泣けてきそうな気分になってくる独特の雰囲気。沢山のキャンバスが棚に整理され、書きかけの絵などが掛けてあります。アトリエの二階は書斎となっています。天井からは太郎さん作の大きな顔のモニュメントがつられていました。「明日の神話」の前に立ったときのように、岡本太郎さんそのものを感じ、いつまでそこにたたずんでいたいという気持ちになりました。また、アトリエの手前の応接間には、太郎さん作の椅子が置いてあり、アートな空間です。そこからは、南国のジャングルのような庭が見えます。庭木の間にモニュメントや作品が見え隠れし、モダンアート的な斬新な応接間は、さぞかし創造的な空間だったのでしょうね。そして玄関にもどり階段を上っていくとそこには作品が展示してあります。建築もとってもシンプルで創造的。二人が暮らし、生きた空間は、ダイレクトに私の心に迫っていて凄く気持ちが動きました。何度も尋ねていきたい愛の創造の空間です。二人の著作がほとんど網羅されているのも嬉しい限りです。南青山におでかけの際にはぜひ立ち寄ってみてくださいね!
2007.02.09
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「謡曲を読む愉しみ」というサブタイトルのこの本、やはり能に興味を持つ方以外はなかなか、手に取らない本かもしれませんね。渋谷にある、観世能楽堂に能楽を観にいったときに日本画の表紙にこのタイトルがなんとも興味を引き、いつかこの本を見つけたら買おうと思っていましたがなかなか見つからず、何ヶ月かして、あるときふとタイトルを思い出してアマゾンで注文していました。この本は、白洲さんの「能の物語」のように、物語自体を語っているというスタイルではなく、あくまでも謡曲の言葉の美しさを味わうことが目的となっています。『謡曲を読む愉しみ』ということなんです。選び抜かれた言葉の美しい曲が選ばれていますので、どのストーリーもドラマティック。能の物語と重なるお話もありますが、初めて読む物語も多く、印象に残る名作です。いかにもこの能の舞台背景を観ているかのようなこの「花のほかには松ばかり」というフレーズは、道成寺に出てくるフレーズだったのです。異界のものが登場するその境界の時空間の緊張した静けさ、それが『花の外には松ばかり』に言い表されているのです。毎日一曲ずつでも謡曲を読むことを進めている山村さんですが、この本のはじめにある『謡曲を読むということ』に、とっても面白いことが沢山書いてあります。夢野久作が、実は能楽師であったこと、本来は謡いであるものをどのように読むのかなど、ぜひじっくり読んでみてください。ますます、能の世界が楽しいものになりますよ。
2007.02.05
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