2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全9件 (9件中 1-9件目)
1
![]()
モラル・ハラスメントという大人のいじめセクハラ、パワハラの次は、このモラル・ハラスメントの登場ということですが、何ともハラスメントの多い時代となりました。この本は、精神科医の香山リカさんの最新作ということで、早速読んでみました。セクハラやパワハラのように、ある、権力を持った立場を利用して起こっていたハラスメントと違って、同じ立場でも逆の立場でもおこるというのがこのモラル・ハラスメントの特徴です。権力がベースとならないこのハラスメントは、『ゆがんだ自己愛』が元になっているのだそうです。『ゆがんだ自己愛』をもつ人とかかわる人が言われなく陰湿にいじめられてしまうというモラル・ハラスメント、職場でも家庭でも大変多くなっているようです。『ゆがんだ自己愛』を持つ人にはもちろんまったく自覚がないので、いじめられている人は自分が悪いのではないかと思い込まされてしまい、マインドコントロールともいえるような罠にはまっていくようなのです。香山先生は、まずはそのモラル・ハラスメントの最新動向を解説してくれます。読み進めるとなるほどとうなずけます。モラル・ハラスメントは、家庭、そして職場、どこにでも起こっていきます。その解決法として、丁寧なコミュニケーションを測るということなのですが、コミュニケーションとは、まずは相手のことを理解することから始めなければなりません。相手の話を7聞いて、自分の話しは3というバランスです。やはりまずはこれが基本です。職場や家庭で、自分自身が知らぬ間に、モラル・ハラスメントをしないように、また、いつのまに、モラル・ハラスメントの犠牲者にならないために、丁寧なコミュニケーションを心得ていきたいですね。さっと読める本ですので、職場の人間関係に悩んでいる人は、読んでみると目からうろこかもしれません。
2007.03.30
コメント(2)
![]()
3月20日から、レオナルド・ダ・ヴィンチ先生の「受胎告知」が日本初公開されると知り、早々にチケットを購入し、楽しみにしておりました。混雑が予想されましたので、今日は、開場10分前には東京国立博物館に到着しました。しかし、既に長蛇の列です。「モナ・リザの時はこんなもんじゃなかったわよ。もう、門のところまでズラーッとだもの」と後ろの方が、話されているのを聞きながら、モナ・リザが展示されたのと同じ展示室本館特別5室へゆっくりゆっくりと入っていきました。暗闇のなかに浮かび上がる「受胎告知」が目の前にあります。そこに言葉は必要ありません。マリアにひざまずく大天使ガブリエル。その二人を通しての静謐な空間が広がります。舘内は狭く、誘導の声ががなり響いているのですが、絵を前にするとありがたさに胸が震えます。少し並んで待って、最前列の近距離から真正面で見ました。後ろの方が控えているので、わずか5秒位しかその場にはいられません。細緻にわたる繊細で緻密な筆跡を見ることができたときは、その迫力に思わず、「すごい」と歓声をあげてしまいました。印刷物で見ていたものとは、全く違うものでした。日本で見ることができて、こんな幸運はありませんさて、お次は特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の実像」を観覧するために平成館特別展示室に行きました。視聴覚ルームで「受胎告知」のガイダンスをビデオで放映しておりました。その内容を見て愕然としてしまいました。なんと「受胎告知」は、綿密な計算の上構成されていて、ビデオの説明するポジションに立てば、絵画に奥行きとが出て、全てが自然に見えるように描かれているというのです。この作品は20代初めのダ・ヴィンチが描いた実質的なデビュー作だそうで、それが故に、背景やマリアや大天使ガブリエルの描き方に様々な未熟さを指摘する関係者も多いということです。しかし、そのポジションに立って見れば、全てが、計算されたもので、未熟というより早熟な天才の妙技だということが分かるということなのです。「そんなことなら、床に目印でもしてくれればいいのに~!!」恥ずかしながら、「天才の妙技」に全然気づかないで感動していた遊女asomeは、その真意を確かめるために、再び本館特別5室へ舞い戻って行きました。おどろきました。まるで3Dのような不思議な空間が広がり、ガブリエルとマリアがくっきり浮き出て見えるではありませんか。ガブリエルの翼の奥行きと建物の重層感のコントラストで自分がその空間の中にいる錯覚さえ覚えます。引き返して再入場して本当によかったです。お陰で二度楽しめました。そのポジションは何処かですって?それは、行ってからのお楽しみですよ。
2007.03.26
コメント(6)
![]()
~19世紀 芸術家たちの楽園~久しぶりに上野の東京都美術館にいってきました。日曜日とあって、非常に多くの人たちが見に来ていました。何故、こんなに美術館て混むんでしょうね。でも最近思うのですが、美術館や映画館にミドルの方たちが多くなったと思います。やはり団塊の世代の方たちなんでしょうか。六本木の新国立美術館は、さすがに若い人たちも多くいましたが、今日は圧倒的に年配のかたが多かったように思います。パリのオルセー美術館には、19世紀からの印象派の絵画が多く集まっています。ルノアール、マネ、モネ、セザンヌ、ゴーギャン、ドガ、ゴッホなど、ピカソの少し前の印象派といわれる世代の画家たちですね。いつも、美術館の絵画の前に立つと、その画家のエネルギーを浴びるような気持ちになり、元気になります。今回は、マネの優しさ、ゴッホ、ゴーギャンの力強さが非常に印象的でした。また、セザンヌの場合は、どちらかというと、自分の余分なエネルギーを吸い取ってくれるような、絵の前に立つと、何も無くなってすがすがしくなっていくような、そんな体感に驚きました。数多く絵をみてきましたが、こういった感覚は始めてです。セザンヌの作品はもっともっと見たいと感じました。映画でも文学でもそうなのですが、絵画も、表現しているその人と語り合う、その人の魂に触れる、そんな瞬間に感動があふれてくるんですね。もちろん視覚的に美しい線や色ということがあるのですが、目に見えないエネルギーのような何かを感じる瞬間があるから、美術展に行きたくなるのです。表現する魂に会いに行く、これは究極の出会いの一つですね。こうして過去に生きた沢山の人たちと瞬間でも触れ合う機会があることが、この人生の幸せだと思います。仕事をリタイアされた方々が、美術館や旅に出かけるというのも、きっとそういった出会いを求めているのでしょうね。そんなことを感じた上野の森への旅。まだ寒さが身にしみるような風の吹く一日でしたが、桜ももうすぐ咲く準備をしているのでしょう。印象派の絵のように優しく、花咲く春の訪れはすぐそこまできていますね。
2007.03.23
コメント(4)
![]()
~「脱雇用」時代の若者たち~ 「ぼく、路上系社長」を読み、世の中の移り変わりを実感して、次にこの本を読み、かなり衝撃的でした。今時の若い人たちに多く取材し、彼らを良く理解している今一生さんのレポートなので期待していましたが、非常に面白かったです。今の時代、若い人たちは経済的には恵まれ、学生時代から趣味に生きることが可能だったわけです。しかし、いざ社会に出るときに、好きな趣味の延長線上の仕事などはかんたんに見つかるはずもなく、また、そのような価値観を社会が受け入れるはずはなかったのです。彼らはニートとして親の資産を食い潰して生きていかざるをえなかったのですね。彼らにとってみれば、親の姿からは労働を苦役としか考えられません。会社に雇われてただ仕事をしていれば安心という親たちは、そんな彼らを理解ができずにただただ、不安がつのるばかりだったわけです。しかし家に閉じこもる彼らはここ数年間、ただじっとしているだけではなかったのです。少しづつ変化の兆しが現れてきたのですね。いまや何十万といるニートといわれる若者たちの中から、親よりも稼いでしまうというネオニートが現れたのです。会社に雇われる生き方をすて、(出来なかったというほうが正しいかもしれません)生きていくには、親の資産を運用して増やしていくか、あるいは個人事業主として起業するかしかありません。彼らには幸い時間が豊富にあります。また、今の時代、ネット利用という手段があったのは幸いです。ネットを使って様々な不労所得を得る方法が世界的に確立しはじめてきたのです。これは本当になるほどとうなってしまいました。実際、彼らの稼ぐ金額は、月額100万以上、300万を達成するケースも生まれているのです。一つはネット株で資産運用をするケースと、もう一方はアフェリエイトなどの不労所得を得る方法、「せどり」といわれている一種の目利きで利益を得るという方法です。これを極めると、かるく月収100万を超えるようになるというのですね。この仕事はただやればみんな稼げるというものでは決してありません。日々の工夫と努力が必要なのですが、ニートの人たちが自分で考え、工夫して、仕事の面白さを実体験し始めたということなのです。これは非常に喜ばしいことでしょうね。大人たちは、飼いならされた良質の家畜のように、会社に雇われて生きているので、自分で考えて自分で工夫しながら自営で稼ぐというような思考回路がなくなってしまっている場合が多いと思いますが、彼らは一から工夫をし、仕事を覚えていきながら、こつをつかんでいるのです。その他にもたとえば、今ケータイインターネットの世界ではケータイ小説というものがはやっていますが、こちらも、社会からみると、いわゆる下流の世界の若者たちが、自らの言葉で自らを表し、多くの若者たちの共感をよび、その小説が出版され大ヒットしてベストセラーとなっているのです。これもパソコンではなく、手軽で値段も安いケータイインターネットをメディアとして利用して、親よりも格段に稼いだといういい例でしょう。今やこの流れは、大人たちの世代はまったく、気もつかず、考えもつかず、理解もできないまま、実は大きな潮流となるのではないかと思います。非常に面白くなってきなと心からわくわくする気持ちです。がんばれネオニートたち!そしていまやネオニートたちが社会の問題を自ら解決して行きつつあると思わせるようなこの『ぼく、路上系社長』と『親より稼ぐネオニート』、次の時代を読むためにも必読の本だと思います。ぜひぜひ読んでみてください。
2007.03.19
コメント(0)
![]()
非常に引き込まれ、面白い小説でした。この、女だったら誰しも心の奥でずきんと共感してしまう、怖ろしい恋愛小説は、別れた彼女のストーカー的な行為に苦しむ若い男性の語りから始まります。この若い男は、恋人の執拗な行為から逃れるように、以前の職場を去り、新しい職場を見つけたのですが、やっと平穏な生活が戻ってきたと安堵していたのもつかの間、執拗な元恋人は、新しい会社にまでも押しかけてきたのです。会社の中にいる冴えない事務員の中年女性が機転を利かせて助けたことがきっかけで、男は、今度はその中年女性、水無月桂子の話を聞くことになっていくのです。そして読者は、ぼそぼそと無愛想に語り始める彼女の独白に、あっという間に引き込まれていきます。ストーリーは、平凡などこにでもあるような、ありふれた日常から、非日常的な平安時代さながらの、ある種自由で奔放な男と女たちの関係と展開しています。好きな男と離婚して、そのショックから何とか立ち直るために、淡々と地味なお弁当屋でバイト生活をしている水無月は、時々買い物にくる、かなり俗物でわがままな芸能人的小説家、創路に引かれていきます。二度と恋などごめんだと思っていた彼女の心の中に踏み込むように、強引に入り込んだ創路。創路は水無月を運転手兼秘書として自分の事務所に雇ったのです。水無月の他にも何人も愛人がいるにもかかわらず、秘書として自分の身の回りの世話をさせながら都合よく連れ回す創路。その彼をめぐるかたぎではない非日常的な日常に、戸惑いながらもどっぷりはまり込んでいく水無月。そして物語が進むにつれて、私たち読者は徐々に水無月の病的なまでの恋愛依存に気がついていきます。そのストーリー展開が非常に良く出来ていて、ある種推理小説のような面白さがあります。最後はかなり怖い展開になるのですが、結末は読んでのお楽しみです。よく軽く口にする「恋の病」は、実はこれほど恐ろしいものであると実感するとともに自分の中にもある女性としての深く恐ろしい世界を具間見るようで、非常に読むのに覚悟のいる小説です。でも、全女性はこの小説を読んで、わが身を省みるといいのかもしれませんね。ある意味で、究極の恋愛小説といえるでしょう。
2007.03.17
コメント(0)
![]()
この本も究極の恋愛小説のリストからピックアップしてみました。2003年に川端康成文学賞を受賞した作品です。アルツハイマー型認知症の妻を介護する杉圭介は、記憶を失いつつある妻との非日常的な日々に困惑しながらも、二人の若き日の鮮烈な愛の日々に思いをはせています。そんな杉圭介の淡々とした語りを読んでいくうちにどんどんと物語に引き込まれていきます。実話を基にしているところもまた説得力があり、またたくまに読みあげてしまいました。文庫本のタイトル『吾妹子哀し』は、中に入っている『無限回廊』と連作をなしています。愛し続けていた妻に対して、この愛の責任をいかにはたしていくのかと常に問いながら、妻の失われた記憶を、自分自身の存在で立証しようとするかのように、杉圭介は過去の二人の記憶を思い浮かべていくのです。宇野千代さんの『色ざんげ』でも感じたことなのですが、昔のほうが、非常に奔放で激しい女性がいたのだなと驚きます。そしてこの時代の男性たちは、女性に翻弄されながらも、すーっと受け入れていってしまう、とても優しい男たちなんですね。今時の若いカップルではきっと考えられないような男と女の物語があるんですね。今は逆になんでもありなので、制約がないかわりに、劇的な物語も起きないのかもしれません。恋のエネルギーがなくなってしまったのかもしれません。この時代の男性たちは、主人公の男性もそうなのですが、性の対象である女性と恋をする女性とはぜんぜん存在自体が違うんですね。肉体的な性のエネルギーと精神的な恋はまったく違うものであり、その二つが結びついたものが夫婦であるというようなそんな印象なんです。これは文学界という、ある特殊な傾向の人たちの間の文化だったのか、その辺りはわかりませんが。今もやはり職業で性を売るということはあるのだけれど、普通の女性たちが、この時代のように男性にとって神聖な存在ではなくなっているのかもしれません。そういった、この時代の男性たちの女性への引き受け方というのがなんだかとても新鮮にうつります。若い時代の恋、そしてその後夫婦として過ごし、重ねてきた年月、今、現実としてアルツハイマー型認知症をかかえる妻にたいしての想いは、愛そのものなんですね。惚れて惚れて手に入れた妻と、長い夫婦生活を送った後、このような気持ちを持ち続けていることに感動します。長く人生を共にしてはじめて到達する境地なんでしょうね。また90歳に近い年齢で書かれているということも素晴らしいです。ぜひお読みになってみてください。
2007.03.13
コメント(0)
![]()
大作を読んだ後だったので、あっという間に読んでしまった感じがします。究極の恋愛小説を読んでみたくて、まずはアンナ・カレーニナから読み始めましたが、次はネットで好い恋愛小説と紹介されているものを読んでみようと考え、ピックアップして何冊か買ったうちの第一冊目です。読んでいくうちに、この恋愛小説のテーマも、人はいかに後悔せずに愛に生きるかという問いかけだと感じました。その答えとして、作者は、人生の中で分岐点となるとき、自分の内側の本当の気持ちに沿って生きなさいというメッセージを送っています。待つ人生ではなく、自分から飛び込んでいきなさいと聞こえます。前作のアンナ・カレーニナが生きた時代は、女性が自由に生きることが非常に難しかったわけですが、この物語の背景は、日本であり、昭和40年代の大阪万博の時代です。時ははるかに進んでは来ているのですが、日本のその時代もまだ、別の意味で女性たちは自由に生きることが難しかったのですね。この物語の主人公、直美のように自分の心に忠実に生きようとする女性たちは、非常に魅力的で美しいのに、現実の社会では、その美しさの背景にある真実のその人の魂のまま、自由には生きられないのです。女性たちの苦悩がそこに生まれるのです。多くのおすすめ恋愛小説を読んできましたが、何故人はこのように恋するのでしょう。何故人は人を愛して止まないのでしょう。人は人と愛し合うことによって、初めて自分の気持ちに気づき、真の自分の気持ちを生かして生きることができるからではないでしょうか。今までの歴史の中では、誰かを愛し、本当の自分で生き始めたとしても、社会や時代がそのようには生かしてはくれなかったのでしょう。でも、だからこそ、人は出会いを求め、恋をし、愛に生きようとするのです。真の自分で生きることを知るために。沢山のミュージシャンや音楽が物語の中に出てきて、視覚的というよりは音楽的というような文章です。この作者の蓮見さんは、村上春樹さんや村上龍さんたちよりは下の世代ですが、彼らの年代に大きな影響を受けている世代といえます。でももしかしたらもう少し人生や社会に希望をもっているのかもしれません。このちょっと大人の恋愛小説を読みながら、そんなことを感じました。
2007.03.10
コメント(0)
![]()
ホームレスからでも立ち直れるから大丈夫!非常に参考になる内容です。ソーシャル・ベンチャーといわれる、社会の問題を解決しながら、利益を上げる会社となることを目指している株式会社 エム・クルー の創業社長、前橋 靖さんの初めての本です。ニートやフリーター、果てはホームレスになってしまった人たちへ、住まいや仕事を提供し、立ち直れるための準備ができる場所を提供しつつ、支援するというホームレスの為の簡易寮『レスト・ボックス』の仕事内容は、実は前橋さんのこれまでの経験が生きているのです。まったく新しい仕事の作り方、ソーシャル・ベンチャーという分野で注目をされている前橋さんのお話は、非常に参考となり、とっても面白いです。こういった社会の問題をソリューションしていくノウハウは、ご自身がフリーター、路上生活から仕事を見つけていき、生活を立て直していったというプロセスから生まれてきます。そうでなかったら、まず問題も読めてこないし、その解決法も見つからないでしょう。前橋さんは、小学校のときから、成績はいつもびりかびりから二番目、だけど体育は得意な元気な子供だったようです。唯一、人にほめられたサーフィンの道を進もうと、高校時代はプロのサーファーを目指したものの、プロサーファーで食べていくことは非常にむずかしかったのです。プロの道を諦めたころから、車に住んだりテントをはったりという路上生活、その日暮らしが始まったのです。話を読み進めていくうちに、どうやってこの状態を解決していくんだろうと、わくわくします。勉強は出来ないけど、状況は非常に救いようがないような状況でも、一つでも集中してできる好きなことがあったり、なにか出来ることがあれば、人は必ず道を見出していくのですね。ソフトバンクの孫社長にあって質問をしたときにも、まったく無視されたというエピソードもなかなか面白いです。IT技術こそ、貧困層の問題解決の重要な鍵なのだと思いますが、今後は前橋さんのような若い人たちがどんどん現れ、社会や世界の山積する問題解決を身近なところから解決していく、そういった生き方が社会の未来をひらくのでしょう。IT業界の人たちも、このことを充分理解しなければ、ますます日本のIT業界は世界に遅れをとることでしょう。二、三時間で読める本ですから、ぜひお読みください。また、C・K・プラハラード著 「ネクスト・マーケット」英治出版 も非常に面白い内容です。いつかご紹介しようと思いますが、社会の問題、貧困の問題の解決作こそ次の大きなマーケットとなるという内容です。ぜひ皆様お読みになってくださいね!
2007.03.05
コメント(0)
![]()
この対談が行われた当時、梅田さんのブログにこの対談が刺激的であったという記事があって、それはぜひ読んでみたいなと思ったのですが、調べるのが億劫で、そのままやり過ごしていました。この間どうやら本が出たらしいと、アマゾンのおすすめ商品を見てわかり、早速注文しました。ネット関連の本を読むときは、大体まとめて何冊か買います。ついでに佐々木俊尚さんの新刊などを購入し、その包みが先週の日曜日に届きました。非常に読みやすく、またお二人の話が面白くて、あっという間に読んでしまいました。梅田さんの考え方や個性は、前作でおおよそ捉えていたのですが、平野さんについてはまだ作品を読んだことがなかったので、興味深かったです。たまたま六本木の国立新美術館に行ったときに講堂で、平野さんのトークライブをやっていました。私が美術館に入ったときにはもう、トークライブは終わっていましたが、「あなたが、いなかった、あなた」という新しい本が受付においてあり、その本のカバー写真が印象的でした。インターネットの匿名性の象徴のようなタイトルです。(笑)若手の文学者である平野さんは、かなり社会学、哲学を勉強されている方なんですね。今起こっていることをビジネス的な見地から捉える梅田さんと、社会学、哲学的、文学的な見地から捉える平野さんのお話は、ある意味では、私自身の仕事上でも時代の未来ということでも、共通に関心のあるところなので、なんだか自分の頭や心の中の問の答えを読んでいるような面白さを感じました。梅田さんの周りに多くいらっしゃる、限りなくグーグルな世代の申し子たちの特徴もなるほどと心から納得、一方で平野さんがおっしゃるように、どうでもいい独白を書いてしまうような自己実現出来ていない大多数の人たちの行く末も同じように大きな関心事です。今後の世界は、能力ある人とない人は加速されつつ限りなく、差が開いていくということですが、特にインターネットをメディアとして、道具として利用できる人と、そうではない人と、どんどんと格差が広がっていくでしょう。技術やビジネスに信頼と希望をもって行く末をみつめている梅田さんと、人間という存在にどのような未来が訪れるのかを問うている平野さんの対談、ぜひ読んでみてください。非常に面白かったです。
2007.03.02
コメント(0)
全9件 (9件中 1-9件目)
1

