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夢をみながら起きてしまった。犬の髪に付けていたアクセサリーのリボン2本が緑色だった。 研修旅行中犬を二匹連れて散歩していた。室内研修を終えて街中を散歩していたら犬に曳かれて車道に出てしまった。カーブしてきた車に あれよあれよと衝突してしまった。那覇の国際通りと夢の事件場所を思い出す。こぼれだした原住民にお詫びをもうしあげると、いいです、いいです・・・、私もぼんやりしていましたと・・・。家族で犬を連れていた。 交差点のむこうで、一緒に研修に来ていたKさんに見られていたが、揉め事も無くおわったのにはホットした。 近くのお店のおばさんが、怪我無くて良かったね と声をかけてくれた。その親切な心と 犬のグリーンの色が印象に残った。 僕の夢には色がある。総天然色でもモノクロでもない・・、かねては意識しないが、特に印象に残る色や香りや痛みなど・・、夢は実体験とほぼ同じである。 おっさんだいばーさんの親切心と、チレットが綺麗になったね と言ってくれたのが夢になって現れた。 昨日 写真の取り込みの仕方を教えてもらった。マイピクチャーに保存されているオーストラリア研修の写真をアップしてみよう。できると 嬉しい。 これは 楽天フォトアルバムからアップ。 コピー 貼り付けでは だめなのかなー・・・?
2011.10.31
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子曰く。故きを温ねて、而して新しきを知る。以って師と為るべしか。 「古きよきもの」と「新しいもののよさ」をうまく「交通整理」せよ! 渋沢栄一 「孔子 人間はどこまでおおきくなれるか」心に 北極星 を抱く人々の生き方 「器の大きさの見えない人」ほど恐ろしいものはない。行動力が伴ってこそ「沈黙は金」なる! 頭と体が平等に汗をかいてるか子曰く、由、汝にこれを知るを訓えんか。これを知るを知るとなし、知らずを知らざるとなす。これ知るなり。 物事の「先を読む」は必ず過去を省みよ! 我は我なる 親をみよ 我なる使命が見えてくる 盛窪
2011.10.30
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今朝、久しぶりに空を飛ぶ夢をみた。孫を右脇に抱えて ある人のお宅から道路に出て帰宅時、まだ歩けない女の子を抱えてたってたら急に体が宙に浮いた。左脇には風船を抱えて、横泳ぎの形で飛んでいる。那間の分遣所から県道の上空5メートルぐらいの高さを飛んで自宅前の三叉路で着地した。気持ちの良い夢で目覚めた。 気になっていた 田舎で働き隊の目途がついた心理のあらわれだろう。夕べも何度か起きてトイレに行った。たいてい夢をみているようだが、思い出したい夢を覚えるようにしている。朝方の夢のほうが印象として強く残っているが、数回夢をみたときには、怖い夢を覚えていることが多い気がする。 飛ぶ夢でいやなのは獣に追いかけられて飛んで逃げる夢、がけっぷちから落ちて飛んで助かる夢飛んでいたのに失速して急降下で覚める夢等々。 断酒してから次第に身も心も健康を取り戻してきた。計画している仕事も順調に進んできている状況が県道の道のりで飛べることで現れている。もう少し高いところを飛ぶことが出来たら、屋敷の上空を鳥瞰的に眺めてみたいものだ。こまごまとした課題を残している。 今日も元気だすこしづつ すこしづつ・・・、と 言い聞かせる。 クズレ護岸工事
2011.10.29
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奄美信用金庫・商工会の事務所を経て 取り壊された建物 役場前道路が拡張され 時代が変わる 象徴 与論郷土研究会の一員として参加した。講師は鹿児島県のグリーンツーリズムを推進する協議会の東川先生。観光関係の方々も加わって、かつてない人数、50名ほどが城跡に集合した。そのうち郷土研究会が9名。案内の NPO文化探訪プロジェクトチームは初めて聞く団体名だ。郷土研究会の麓幹事長と土持副会長にはさまれて大集団は城跡の石垣を見てまわった。上り下りが結構きつくて、途中下車する者もあって、最後に講習会に残ったのは25名ほどだった。 集落内の説明にはいる頃は私の周りにも小グループができてしまいついつい私見をいれて講釈をたれてしまった。いけないこととは・・・、知りつつも・・・、他にも雑談の塊が出来てきた。 時間が長すぎて 疲れが出てきた証拠である。休みなしの2時間は いくら興味があったにしろ集中力を失う。他人の振り見て 吾が振りが良くわかった。 講演は事例紹介などを交えてのガイドの心得をパワーポイントでよくしゃべる口で説明、なるほどと納得、大変勉強になった。 今日は私の出番もあるようなので、講師の先生をケムにまくとしよう。観光協会とガイドとの連携をどう仕立てていくかを教えてもらいたいと思った。 何を写したのか思い出せない写真 シゴーの海岸 歴史の説明で 自説をこぎつけるため当て字を使う ガイドで笑いを誘うのはいいけれど 郷土研究者としては」 失格だと思う 案内する相手を考えて 説明をしなければと思う
2011.10.29
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向かい風に乗れたかも知れない。「奄美の風だより」奄美野生生物保護センターの原稿の下書きを終えた。写真を5枚用意しなければいけないのだが、パソコンが壊れて修理にだしている。ディスプレイを交換すればいいとのことで、中古で間に合わせることで頼んだ。やれやれ、出費をすこしでも抑えることができた。 共済年金は60歳から受給できることを確認したので、後半年したら小遣いにか困らないだろうから何とか女房に顔向けが出来る。ほっとした。 「田舎で働かせたい」を募集してたが応募がなくて、最後の手段で、全国与論人会で募集用のチラシを頼んできたが昨日連絡があり、25歳の女性を受け入れることが決定。今日から工事が始まるシャワー室が生かされる器具の用意にかかることができる。 平成23年度共生協働地域活性化プロジェクト事業補助金交付申請書の様式が手元にある。今日中に申請書を届けよう。 農業委員の農地あっせん事業も何とかまとまりそうだ。地域美化・環境保全活動支援の現物支給(5万円相当)はあまみ農協からの物品引取り通知を待つだけだ。 今日の午後と明日の午前中は与論郷土研究会の現地研修。夕方は講師の先生を交えて懇親会、それを終えたら還暦祝いの準備委員会。飲まないを続けてやっと 15日が過ぎた。今日飲まないで 30日まで我慢する を順次続けていく。健康でいられる喜びに 感謝。 赤佐公園へ 犬と散歩に出かけよう。 修学旅行生 小野高等学校 希望は叶う
2011.10.28
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私は農業所得が無いので、妻の扶養家族になっている。妻は国民年金と健康保険税が払えないと言ってアルバイトを探していた様だ。いいところが見つかった喜んでいた。給食センターに月と金曜日に出勤するようになり、フル勤務が来年3月までつづく。土日と国民休日の日は高校での日直代行。火・水・木は2時間の家庭科代用教員を勤めている。代用教員の更新手続きをしなかったので来年度から仕事が無いので、少しでも生活の足しにしようとのことで、教育委員会で給食センターの職を見つけたようだ。夏のマンゴーの出荷時期は給食センターが休めるのでいい条件だと得意げに話す。 もう 畑の草引きは手伝わないからね・・・、といっても 唐辛子の収穫はどうするのだろう。それも頑張るという。 扶養されているのに文句ばかり言っている・・・、多少は気がひけているので逃げ道を探して飲んでいたのだろう。 9月から農業委員の小遣い程度の収入が得られるので気分が楽になった。扶養される身から自立の道が開け、心機一転 やる事は多くなったが働くのが楽しい。 年金をもらえるのは65歳だと聞かされていた。年金受給年齢引き下げの話題が流れるとほんとに私の老後は大丈夫なのかと思ってしまう。パソコンが壊れるしシャワー室を作らないといけないし、古家を壊して片付けないとならない。妻は金をくれないから自分で稼ぐしかない。 昨夜たまたま、年金の繰上げ受給を検索してみた。昭和28年4月2日以降に適用とある。ま、ま、ま・・、まてよ・・・。役場で30年勤務しているから、60歳から貰っていいんだ。65歳からは基礎年金分も満額でもらえるということか・・・?妻を呼んで説明したが妻は目減りするから65歳から貰うつもりでいる。出来るだけ多く貰う腹積もりのようだ。役場で」確かめることにしよう。 昨夜は環境課に依頼されてた「奄美の風だより」の原稿を書き出した。今月末まで仕上げよう。市町村持ち回りの二番バッターなので、少しはましな文面にしたい。発行元は奄美野生生物保護センターになっている。 今朝も星空が冴えている。縁側に立つと大犬座のシリウスが目に飛び込んでくる。オリオンは木々に隠れてみることが出来ない。大犬と子犬座が並んで入るぐらいの視界が開けるように偶然に植栽されている。東窓の視界はふたご座のカストルとポリックス。私の誕生星座、二重人格は星のせいにしよう。今朝も健康で元気、断酒は続いている。 これから赤佐公園で雑草と戯れてこよう。犬も待ち焦がれている朝散歩。 渋沢流「天命」の受け止め方・・・、五十にして 天命を知る。僕は 十年遅く 六十を目標にしている。 犀の川原みたいに思える ハキビナ西海岸
2011.10.27
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平穏無事な日々をすごしているが昨日は雑多な用事が起こった。 朝は2時半に目が覚めてしまい、時間つぶしに長文のブログを書いてしまった。思い出をつづっていると時間の経つのを忘れてしまう。 夜明けが待てず、犬を車に乗せてコースタルリゾートまで出かけることにした。マラソンのスタート地点で街灯に照らされて散歩に向かっていた長崎さんを追い抜いて、ヨロンマラソン20回大会記念植栽をした海岸端に降りた。夏の旱魃と台風に耐え生き残ったキミガヨラン、アロエベラ等の生長を確認していると、映画めがねに出演したケンの孫、ヴェラが尻尾を振って突進してきた。じゃれあう犬を引き離ししばらく植栽の木々の様子を観察したあと赤佐公園に移動。 通わなかった分だけの雑草が生い茂って、プランターのトレニアが隠れて見えない。まずはベンチ前の芝生の余分な草を抜き取った。 切がないので、仕事が目立つようにと思い、プランターのトレニアの顔を出すための作業をしていたら朝の定時放送が流れてきた。おはようと 顔見知りに声を掛けられて見られていたのだなー・・・、心がちょっと痛み、出口の雑草の除去を先にすることにした。 定時放送からしばらくしたら生徒たちの通学がはじまる。帰り道は高校のある中央の横断を使った。通勤の人々の様子を覗うことが出来る。 金魚の餌をやって食卓について食べ終わったら楽しみにしているNHKの朝のドラマの時間。火曜日は燃えるゴミの日、ゴミだしと残飯処理は私が担当を課っている。 相談を受けている農地斡旋事業の仕事のため農業委員会で手続きの指導を受けた後、総務企画に寄って「地域活性化推進プロジェクト事業」着手を来月早々にしたい旨担当に告げると、「病気してるのかと心配していた・・」と笑顔で迎えてくれた。元気にさせる接遇だ。町の補正予算はどうかと尋ねると、補助金申請をして下さいという。申請書の様式は・・?メールで送るからとの返事に、実はパソコンが壊れて・・・云々。 赤佐公園で今朝の続きの雑草と格闘していると、クラクションが鳴った。娘の父だった。第三回十九の春世界大会の会場であった時シャワー室の大工を頼んでいたことを思い出した。そこそこに、雑草を残して事務所に向かったら、夫婦してショウウインドーの花嫁マネキンのお色直しをしていた。打ち合わせの時間を決めた。ゆっくり昼ねが出来ない。 正午前に独りでの食事をとり、睡眠時間の補充を済ませて、庭弄りをして待っていたら親子でやって来てくれた。考え抜いていた、シャワー室とトイレの間取りの打ち合わせ。浄化槽の設置には資金不足なので取り合えずはシャワー室と洗濯機を置く場所を決める。張り出しをせずに、倉庫の一部を炊事場と連動して入り口を決めた。着工は縁起をかついで大安の28日と決めた。 女房が帰ってきて、お金はどうするの、パソコンも買い換えなければ・・・?なんとかなるよと・・・、険悪な雰囲気。 携帯が鳴った。おきのえらぶ島から介護老人の研修に来ているという知人から紹介のあった生活改善グループの女性の方からだった。与論島在来種のダイコンの種を探しているとのこと。昨日、宿泊所に迎えに行く約束をしていたが早めに終わったので家まで来てくれるというので待っていた。なかなかやってこないので気になりながら、培養度のふるいをしていたらいつの間にか来ていた様子。 畑で島カボチャの抜き取り作業をしている妻に紹介したあと頼んであった農家のお宅訪問。幸いに貴重な種子(選抜)を残してくれている主人に門口で出あった。彼女二人を車に残し(犬が吠えるので)栽培の方法や採取の仕方の聞き取りをした。 かねてから色々と昔の農法について教えてもらっている方だ。おいとまして車にもどると、あまみ農協与論事業所長に出くわした。「何してるんだこんなところで・・・?」若い自分に 随分お世話になった先輩だ。兄弟島への恩返しのほんのちょっとです・・・。 おきのえらぶ島の導きのお蔭様で与論の農業も何とか生き残っています。 宿泊所に着いて 貰った手土産は手づくりのお菓子と商品が5種類入っていた。開けてびっくりしたのが 桑の葉っぱのお茶。「島桑茶」粉末 太陽・赤土・海水ミネラルの恵み沖永良部健康食品開発研究会 代表 脇田清一郎元副町長の商品だとのこと。菊農家から副町長に抜擢、スムーズな政権交代のあと 桑の木に大変身である。 夕食前に妻が先に手作りの ぽーぽー・・・?美味しい。食べすぎちゃうといいながら。 僕も いやー ほんとに美味しかった。おやつに 毎日でも食べたい。僕のコーヒーと相性がいい。 兄弟島 ほんとに本当にありがとう さまりょした。 頭上神(ふがてぃはみゃーびらん) トートゥがなし。
2011.10.25
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昨日は近所のKさんに農地を斡旋するために相談に行った。農業委員の初めての大仕事なので手順をふまえ慎重に事に当たっている。農政に一言物申したい との勇み足を抑えるかのように農業振興地域に関する諸々の雑多な仕事が待っていた。仕事は上手くいきそうなので安心して、Kさんの日常の生活談話(半自給自足)になった。 Kさんは4人兄弟の長男、大正生まれ。今でも現役、ナガウイという3メートルぐらいの銛を使いリ-フの外海で素潜りの漁をする。若い時はピレーカー(ニザダイの仲間)を30匹突き刺したこともあるとのこと。獲物を仕留めるコツは深く潜って 魚の目線で銛を構えることだと。銛の先を群れに向かって見せると いぶかしげに近づいてくるところを射るのだという。 蛸とりの名人と言われる方は内海に散在する岩礁を自分の庭のごとく覚えていることだ。 与論では、蛸壺のかわりになる岩礁に自然の穴がありそこが蛸の棲家なのだ。潮時になると、長い竿をかついで家の前を通る隣のMおじいさんをみかけると、「かりゆし」と声をかける祖母の声を思い出す。航海安全と大漁を願う祈りの言葉と受け取っている。 蛸の漁は エンジンの無い小舟(サバニ)を竿で操って30個ぐらいあるという蛸の棲家(アディク)を巡回して船上から箱めがねで覗きながらガーギ(ひっかけ)と銛を操っておちょくり、くすぐりだすという。棲家を壊すことをしてはいけないのだと。たいてい、3~5匹は採れていた様子だった。シ-ノーと呼ばれる、魚を紐で抜く道具を竿担いで家路につくのでその日の獲物の大きさがわかる。1升ダコがぶら下がっていた時などは決まって、大好物の蛸が食べられた。 学生時代のこと、蛸の燻製の味噌漬けが送られてきたら、Mおじいさんの姿を思い出した。戦争で右足に負傷していたのでビッコをひいていた。蛸が捕れない日もあって、その時は肥料袋に浜砂をかついで帰って行った。「なーただでは帰れない」と蛸の代わりが砂だったのだろう。 小学生の低学年の頃の遊び場は砂と土で綺麗に均されたMおじいさんの庭に子供達が集まった。ビーダマ、こま回し、はなまる、馬のぶとぅ、うち札等・・・。騒いでも怒られなかった。自分の家にも呼びたかったかったのだが、サンゴ石がむき出しになっていたので遊び場には適してなかった。隣は屋敷内の畑一部だったようだ。 祖父の妹カナはMおじいさんに嫁がされたと聞いている。働き者であることと気質を見込まれたと祖父がいっていた。男兄弟が多かったので財産の分け前がすくなかったようで、曽祖父が隣にバシャタイを分けてあげたらしい。現在、子孫繁栄していて天の曽祖父も喜んでいることだろう。 曽祖父盛窪も蛸とり名人だと伝わっている。そして酒豪だったとも・・・。私は蛸とり名人には成れなかったが酒の遺伝子は隔世の感がする。 Mおじいさんの真似をして浜砂をせっせと運んできて庭に撒いているのは、いつか孫たちが友達を連れてきて自分の家で賑やかな声を聞かせてくれとの願いを込めてKさんの蛸とりの話に聞き入っていた。仕事の話が終わった後、Kさんに庭と畑を見てもらえたのは嬉しかった。いい仕事をしたい。
2011.10.24
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朝方は冷えるので上着を羽織っている。暑くも無く寒くも無い 最も過ごし易い季節だ。 マンゴーの枝整理を済ませたので、遅れていた農作業が片付いて一段落している。 昨日は椰子の苗の鉢上げを楽しんだ。発砲スチロールのりんご箱等に苗を育てていたが、底にあけた穴から根っこが地面にもぐりこんでいた。種を蒔いて育ててから2年ぐらい経っているだろうか・・・?育ちが悪いのにはやきもきしていたが何とか鉢あげできるようにまで育ってくれた。立地条件によって違いがでてきた。育苗床でそのまま育てたものは、70センチぐらいに育っているがりんご箱に移植したのは、30~50センチほどである。これからの育苗の参考になった。間引きした苗を地植えにもどすことにした。 クロトンは200本ほど挿し木で増殖したが、鉢に植え替えると水遣りが大変なので、畑の防風垣と園路に使った。クロトンは別名変容木と呼ばれる。季節で葉っぱの色が変わる。与論では紅葉がほとんど見られないので、もみじの代わりを楽しんでいる。 鉢の植え替えや水遣りをしている時間が一番に心休まる。好きな時間にお茶を飲んで季節の移り変わりを感じる渡り鳥を待っている。喋が今年は多いが オオゴマダラが1頭しかやってこない。産卵の時期なのだが またもや絶滅の危機か・・。台風だけが原因ではなさそうだ・・・、天敵が進入してきているかもしれない。 断酒して12日を迎える。日々是好日。健全なる肉体に健全なる精神。 「反文明の島」 辰濃和男著作 岡山えいちゃんさんから送ってもらった。これからも昼寝時に拾い読みしたい。やまとんちゅと しまんちゅのどちらにも族しそうな自分がいて 歯がゆい。 「孔子・人間、どこまで大きくなれるか」渋沢栄一・竹内均解説 を熟読。 もうすぐ還暦 大人になろう。
2011.10.23
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今日、23日は祖母の命日に当たる。月々の水の初とは違って、サングンを作ってお供えする。サングンとはお膳料理のことを総称する。与論の儀式のお膳の組み方には家風があったようであるが、受け継がれて残っているところは少ないようだ。昔風の仕来りをきちんとできる人、教えてくれる人が欲しいものだ。 公民館教室でもっと呼びかけて、記録として残しておくべきだと思う。「食の歳時記」かえりみよう ゆんぬの食文化 平成10年3月沖永良部農業改良普及所長 牧 廣毅 発刊に寄せてを開いている。役に立つ冊子だ。行事のたびに参考にしている。 熱帯果実のグァバのことを方言で ばんしるい と呼ぶ。子供の頃はお菓子がわりに野生の果実を食べるしかなかった。夏休みの頃は ばんしるい 冬休みは 九年母(くにぶ)を探し回った。 お菓子代わりに食べる目的のほかに、狩をする楽しみもあった。秘密の場所、『実のなる木』を探しておくのである。奥野にたわわに実っている木を探し当てたあのわくわく感・・・、庭先にある 見つかり しかられるかもの ドキドキとしたスリル・・・。今も忘れることの出来ない幾つかのシーンが蘇る。 ラクターに乗ったあの方に こっぴどくしかられたとか・・・、話しかけてみたい衝動を憶えることがある。 畑に出来ない荒れ野が自分地にはあって、腐るほどに実のなるのばんじろーの木はあったが、友達と競争するのが楽しかったので、わざわざ盗みにいくのである。 煩いKさんの野原でたわわに実ったバンジロウを見つけて突進した。袋いっぱい採って、もうひとつ一番大きいのに手を掛けたとき蜂の大群に襲われてしまった。眉の上を射されたので、夕方には目が腫れてきた。家族に理由を聞かれるのがいやだったのでおしいれに隠れていたら寝入ってしまった。夕食時に目が覚めたら、家族で帰りが遅い僕の心配をしていて、余計に押し入れからでにくくなってしまった。 明日の朝は 顔が醜くはれ上がり目を開けるのもやっとのぐらいだった。恥ずかしいから学校を休むと言ったら、校門まで連れて行くから、皆勤賞をとらんといかん、 祖母になだめすかされて登校した。 男子生徒はそれとなく・・・、女性のM代にからかわれてしまった仕返しに、彼女の家まで追いかけっこした思い出がある。 硬いバンジローを食べ過ぎて 糞がつまってウンコが出来なくて祖母にほじくりだしてもらったことも・・・、今日は祖母の命日。25年目になった、お供えをして感謝の念を示したい。とーとぅがなし。 うわーぬまき(豚小屋)海岸
2011.10.23
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シゴーの中棚が見つかる以前の写真 コマーシャルで健康酢がよく放映される。自分も飲んでみようと思い数日前に妻に言ってみたら、それはいいと勧めてくれた。 与論の郷土料理にピャースーというのがある。容器に入れた刺身に酢と醤油をぶっ掛けたあと、手の平でもんで混ぜあわせて切り身に味をしみ込ませてぐちゃぐちゃにした(チャンプルー)田舎の食材である。漁師の生活の知恵の産物だ。 昔の漁師、といってもサバニの時代しか知らないが、漁に出る時はサツマイモを持っていったらしい。おかずは獲物である。酢と醤油と唐辛子は調味料として舟に常備している。釣れる時は味付けする暇も惜しんで潮水だけで食することもあったようだが食いつきが悪い時は、座っている板(方言名を思い出せない、ヤーフイ?)をはずしてまな板代わりに使って ピャースーを作った。容器は浸水した水を汲み出す ユートゥイだった。サバニに使われた道具や造作はものすごく機能的にできている。釘が使われてなかったり、座る(漕ぐ)場所の配置も工夫に工夫を重ねてきただろう。 ところで、私の健康酢のことになるが妻が買ってきてくれたのは、ジュースの酢だった。飲みやすいのでこれから始めたらというつもりらしい。馬鹿いうなと言って、食酢をコップで飲んで見せた。本格的に始めるから「蒼いさんご礁」関口さんの黄金酢にしよう。 唐辛子の種を貰いに行くついでに買ってくると出かけていったら、一升瓶を下さった、といって帰ってきた。原液は流石にきつい。10倍~20倍に薄めて飲むのだそうだ。早速試してみた。市販の化学合成した酢とは食味がぜんぜん違う。 昨日農業委員の仕事に呼ばれてSさん宅を覗った。並んだ甕が気になったので聞いてみた。案の定、自製の酢だとのこと。砂糖キビの苗を準備する時、多量の端切れがでるのでそれを利用したとのことである。ちょっと飲んでみないかとお土産にペットボトルでもらった。家に帰って早速原液で飲んでみた。二年寝かせ、昔の製造方法そのものだとの事。これはいける・・・・。一番糖度の高いキビで出来てるとの事だった。 健康一番 夢二番 アイデア三番 後は実行あるのみ。
2011.10.21
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昨日20日、アサギマダラの初見日を記録する。アカハラダカが渡って、サシバの鳴き声がどこそこから聞こえてくる。例年、体育の日あたりがアサギマダラが渡ってくる季節だ。日々の生活に追われて近年は、アサギマダラの観察に行っていない。捕獲網も壊れたり 網が破けたりしてしまった。鹿児島昆虫同好会とも連絡を取っていない。心のやましさをかんじていたこのごろだった。今年はいつもの飛来地に確認しにいこうと思ってたところ自宅に一匹が紛れ込んだ。きれいなアサギ色の羽だった。数日前に北風が吹いたから今日明日あたりは集団で確認できるかもしれない。農作業の息抜きに出かけてみよう。 あんなに頑張って再生したつもりのオオゴマダラを見かけない。季節外れの台風のせいだろうか・・・?数日前から一頭を見かけているが産卵する様子がないので相棒が来て欲しい。季節は確かに動いている。役場の環境課から自然保護団体の原稿の依頼を受けた。活動が認められたのだろう。嬉しい 本音。 文と写真は関係ありません。 ナータイジレーの遺跡
2011.10.21
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唐辛子のことを与論方言で アーグシュ と呼ぶ。アー は赤色のことだろうが グシュは何の意味だろう?イカの塩辛のことを イチャガラシュと呼ぶ。何かヒントになりそうな気がする。 今年は台風に見舞われて農作物が不作の年だ。台風のあとは大干ばつ、それにバッタ(タイワンツチイナゴバッタ)が大発生した。砂糖キビの葉っぱはもちろんのこと、イネ科の植物に群がった。私の家屋敷ではゲットウ、ヤシ、ミカンの葉っぱが食害にあった。一番困ったのは、マンゴーの葉っぱが食い尽くされてしまったことだ。収穫が迫った、完熟を目指していたマンゴーの葉っぱに群棲するバッタ様、もう許してくれと願ったが自然は恐ろしい。3本は枯死寸前である。実話、バッタのせいだけではない、実をつけすぎたのも原因である。 バッタの食害に遭わなかったのが幸いしたのが唐辛子だった。旱魃と台風に持ちこたえてやっと収穫ができるようになった。数日前の慈雨で急に実が大きくなったような気がする。今年の冬野菜は畑の準備が出来てないのであきらめて、来春むけの唐辛子の作付けを考えよう。唐辛子が換金作物になるとは夢にも思っていなかった。5年前までは ただの雑草だった。雑草のごとき生えているから敵地だといえる。農業の基本は適地適作だ。あとは いくらの収入を得られるかが経営者の知恵と工夫。 母の母、すなわち祖母は アーグシュぱーぱーと呼ばれていた。辛口の祖母だった。
2011.10.19
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季節を告げる渡り鳥のサシバが通過してから何日か過ぎた。初見日を記録するのを忘れてしまった。アカハラダカの渡りは記録してあるが、それから10日ぐらいは経っていただろう。アサギマダラも来ていると思うが、いつもの飛来地に確認に行っていない。ここ一週間は真面目に農作業に勤しんでいる。マンゴーの手入れが一ヶ月遅れてしまった。今週中には何とか枝の剪定を終えることができるだろう。今年は二度の台風でビニールを剥ぎ取られてしまった。おまけにバッタの食害をうけて、3本は枯死寸前である。これを生き返らせる技術を身につけよう。接木と言う方法で別の品種に切り替える手もある。 今朝は長ズボンで座っている。季節が確実に変わってきた。日中の農作業が過ごしやすく 楽しい時間だ。季節や天気に合わせた作業を組み立てる。やることが多いが あせらずに行こう。断酒8日目。やっと体からアルコールが抜けた。失敗のくりかえしでも・・・、健康が一番だ。
2011.10.19
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昨日は 葬式が2件あって午前と午後に分かれた。火葬場の都合による。午前の部は10時出棺、午後の部は2時出棺と決められている。焼きあがるまで90分ぐらい要する。平成15年10月に陳情から20年経過して火葬場ができた。これまでの埋葬の慣習がすっかり変わった。正確な数字は手元に無いが埋葬は一割みたないのではあるまいか・・・・?大切な文化を残そうと言ってみても便利さや社会の変化にはついていかざるを得ない。私も父を火葬にした。神道を拝んでいるのに神官が頼めなくてお経をあげて弔った。 昨日は 午前の部はお経、午後の部は祝詞だったが弔う人々には何の違和感も無かった。素直にうけいれることに慣れる島民性である。自分が死ぬときどっちがいいかときかれてもお前たちのすきにしろとの思いがする。 先祖の神様の下にいけるなら 上等だ。
2011.10.18
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おはようございます。三日前からいつもの使用しているパソコンが使えなくなった。買い換えるしかないと思っているが買うにはお金がいる。これまで相談していたうえよさんがJターンしてしまって困っている。どうしようかと迷っていたら女房が使っているノートパソコンに気がついて接続してみた。以前は僕が使っていたものだった。 今朝、昔のブログに行き着いて、忘れていたパスワードを何とか探し出して書いている。はたしてかきこめるだろうか・・・?復活してみるのもいいかもしれない。 泡 盛窪 何度目かの 断酒に入っています。
2011.10.17
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