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寒の内、今がその季節らしい。母はしばしば折に触れて24節季をボクたち子どもに対して会話の中で触れていた。ボクら戦後の「戦争を知らない子供たち」はそういう古来の表現について、聞き流していて、残念ながら今でもその由来も意味も知らないでいる。小寒が1月5日くらいから、1月19日くらいまで、大寒はそこから立春の前までだという。一年で一番寒い時期だという。だから、大きな寒さ。そんな時期に公園を歩いていると梅の花が咲いているのを見掛けた。そうか、梅は寒の内に花を開くのか、そんな気持ちで改めて花を観賞する。紅白の梅の花が並んで咲いている。梅の花の香りは周知のことらしいが、ボクの鈍い嗅覚はそれを嗅ぎ取ることが出ないでいる。白い花よりも、紅梅の方が花の時期が遅いと思っていたが、此処の花はそろって咲いていた。写真を撮るのに老眼鏡をかけずに撮るものだから、ピントが合っていない。いちいち眼鏡出すの面倒だから‥‥こうなる。少し離れた後ろの方の花にピントは合っている。なんでわざわざ寒に入ってから咲くのだろう?厳しい寒さが寒,梅の花は春の季語。この節季に春の声が込められる梅の花が咲く。なんだかズレているようなそんな気がしてしまうのは、門外漢だから?どちらにせよ、寒さに首をすくめながら目には春を告げるような梅の花が映っていることが、少しでも寒さを和らげてくれる効果があることを期待してしまう。ちなみに陽当たりが悪いボクの家の梅の花はマダマダ咲かない。眼を閉じてボクの低い団子鼻を梅の方に向かって突き出したら、花の香りを少しは捕まえられるだろうか?
2026/01/29
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プランターに水仙の芽を見つけた。福井の越前海岸に水仙の群落があって、今頃咲いているんじゃないかな、と思い出す。毎年、花が終わるとその存在を忘れてしまい、何の手入れもしていない。地植えならそれでもいいが、プランターはその存在を忘れているとそのまま捨ててしまいかねない。多分、いくつかは花を見せてくれると思うのだが、今年はどうだろう?球根の花は春先になって芽を出して来て、やっとその存在を思い出すという繰り返しだ。チューリップやヒヤシンスは何時の間にか消えてしまった。段々と、ボクがそういうことに関心が薄らいでいっているせいなのだろう。アンチエイジング、関係ないよなあ。。。何事も面倒だというのは老化のシルシ。
2026/01/28
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昨年の初夏に剪定した枝を挿し木していた沈丁花が無事に根を生やして年を越えた。けれども、親になる木は夏にボクが北海道に一月出掛けた為に水やりが出来ずに枯死してしまった。手入れができないなら庭木や花や鉢植えなど育てるべきではない・・・・のだが・・・自動灌水器は在るが、ホースが外れてしまうアクシデントが発生するから信用できなかったりで、やはり留守の間のことがネックになることが解決できない。剪定した時に既に花芽が出来ているために、この時期、花が咲く寸前。幼い木の花を咲かせるのは樹勢に悪影響、養分を花に取られて成長に陰りが出る。でも、これを摘んでしまうのはいささか勿体ないとスケベ心がでてしまう。近所の家に一本づつ差し上げた。花が終われば、そこから3本の枝に分かれて成長する。3年くらいで、30~40センチくらいの樹高になるハズ。五本も育てる気が無いので他所にあげた。そこで咲いてくれたらそれが嬉しい。五本の挿し木の苗は3本が他家にもらわれて、2本だけが我が家の庭に残った。挿し木は、いわばクローンだからDNAは親木そのものにほかならない。受精してできた種から生えたものでは無いため、長生きできないような・・・ソメイヨシノと言う名のサクラは実生の苗は出来ないために、全て挿し木や採り木のクローンのために木の寿命が5~60年と短い。この木を大きくするために今年出掛ける時には車に積んで持ち歩こうかと思ったりしている。できるかどうかわからないが。。。
2026/01/26
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もうひとつ頂戴したプレゼントがあって、それがこれ。サーモスってこういう断熱というか、保温製品のトップメーカーらしくて、方々で見掛けるもの。使ったことが無い、という事は身の回りには無いもの。普通のカップでしか飲まないから。家の中であちこち持ち歩く?ん?そういえば、スターバックスとかに自分の器を持って行って入れてもらうとか聞いた記憶がある。テイクアウト(持ち帰りって言われた方が分かりやすいと思うがなあ・・・)用のカップ持って街中歩いている姿良く見掛けることが増えたような・・・これもSDGsの一環か・・・テイクアウトの器捨てなくなるなら、それはそうだ。飲み口の蓋が外れるらしい。こんな風に外れる。外して無くした場合は、部品として買えるように準備しているらしい。U~~~~nn,う~~~~~ん、しかし、リタイアして長い時間が経ち、もう出掛けてドトールもスターバックスも寄らなくなって久しい。コンビニの百円コーヒーで使えるかな????そこも寄らないか。これで行動のパターンを変えて、ジジイよ、書を捨てよ!街へ出よう!!って、なるかなあ。。。サーモス 真空断熱タンブラー(フタ付き) 300ml 400ml 500ml JDP-301 JDP-401 JDP-501 1個 2個セット 2点 選べるセット | THERMOS おしゃれ かわいい ふた付き 食洗機 OK 対応 カップ コップ ドリンク ホット コールド ペアセット ギフト プレゼント価格:2,728円~(税込、送料無料) (2026/1/21時点)楽天で購入
2026/01/21
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父の他界した年齢をひとつ越えてしまった。それ位の年齢になってしまったことが目出度いとは当人は全く思えないのだが、この娑婆では目出度い事らしい??で、子供達からプレゼントを頂戴した。これは有り難く頂戴する。あれこれ言うのは失礼以外の何物でもない・・・・・と言い聞かせる、無論自分に!SDGSという現在の社会のテーマに沿ったコーヒーフィルターだ。なるほどねえ・・・いつもは百均のペーパーフィルターを使っているのだが、使い捨てのフィルターを節約、ゴミを減らす・・か。いや、その発想はとても素晴らしい・・・・のだろう。早速使ってみた。お湯を注いで、ふんわりと盛りあがって膨らむような過程が無く、直ぐにカップに注いだお湯が落ちていく。注ぎ方が悪いのかなあ???その瞬間に香るその香りが好きなのだが、それがないような・・・チタン合金製。トラベルコーヒーフィルターとなっているから、旅行に使うことが目的なのか?ペーパーフィルターが要らないからその分嵩張らないことが合理的?味はどうなのかと言えば、ボクの味覚は鈍いから敢えて言うような評価は無いけれど。そんな凝った豆使ってないしね。一番安い豆だし。自分で焙煎してないし、コーヒーミルとか使わないし。で、飲んだ後にカップの底に澱のようなものが残った。紙を使わないから、コーヒーオイルをしっかり抽出するとの謳い文句、これはそのオイル?いや、ペーパーフィルターに濾される豆を挽いた時の微細な粉になったものがチタンのメッシュを潜り抜けてカップの中に入ったんじゃないかと思える。MADE in CAINA DESSIGNED in USA となっている。似たような商品があった。類似品は結構他にもあるらしい。売れてるのかな?余計なお世話だけれど・・・チタニウムトラベルコーヒーフィルター価格:8,310円(税込、送料別) (2026/1/19時点)楽天で購入
2026/01/19
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久米宏が亡くなったことを知った。随分前にラジオの番組を終えた時以来のマスコミ登場が訃報のように思えた。その番組はよく聴いていたから、終える時はとても残念だったが、放送の中で呂律が回らなくなることが度々聞かれるようになっていたから潮時なのかな、と思いながら、半ばは納得していた。あの久米宏の歯切れの良さが消えていくのは残念なことだが、自分が一番良く解っていただろうど思っていた。老いは誰にでも平等に訪れてくる。自分の中では外からのそういう情報で残された時間をついつい考えさせられる。歳が近いから尚の事。老いてから不治の病にかかるのは残酷だ。皆が老衰でこの世を去るわけではない。マスコミに登場する著名な医者が、高齢者は例えば癌なら、手術して辛い思いをして苦しむよりもそのまま余生を過ごす方がいいなどと言っている、治る見込みがないのに手術して死期を早めることは無いと、患者当人は一縷の望みを託すのだろうけれど。ところで老いると人の身体は長年の使い込みで経年変化で金属疲労を起こし、機能が衰えて故障が増えてくる。そんな中で出て来るのが生活習慣の改善と言う奴だ。塩分制限もその最たるもの。加工食品には成分表示が義務づけられていて、そこにある表示の大体最後に塩分が載っている。昔から、塩分過多が諸悪の根源と言われていた、血圧の上昇の原因であり、腎臓に過大な負担をかけると。老人はみな臓器の機能は日々衰えているから、負担軽減は当然なのだろう。痛み止めの薬などもロキソニンよりも、カコナールなどといわれるなど。塩分を控えた味噌汁、漬物、各種料理。一日六グラムが適用されると、一食当たり二グラムになる。ほぼ味がしない感覚に慣れないといけなくなる。実践している人の味噌汁を飲んだが、味噌の味など全くしなかった。あれは味噌汁ではない。当人の前では絶対に言わないか、、、、だから市販の弁当など食べられるはずもない。一食当たりの塩分表記は五、六グラムとなっているから、これはもう暴力的。小さな弁当屋さんのなど、表記が無い。これは怖くて食えない。旅立ちが近づいて来るとこう言う余計な手間がのしかかる。久米さんもそういう圧迫と闘っていたのだろうと勝手に想像している。人生楽には終わらせてもらえないのだろう。
2026/01/17
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四国最後の日、来た時の淡路島経由ではなく、瀬戸大橋経由で本州に渡ることを選んだ。徒歩だと無料で橋を渡れるようだが、車では無料で渡ることは出来ないことを改めて知る。途中、P・Aで休憩し、海を渡った倉敷で有料道路を降りた。宇野と言う港湾の名が目に留まり、宇高連絡船があったころの港だと、懐かしさをしみじみと思う。倉敷では、大原美術館へ寄ろうと決めていたからそこへ向かう。市立倉敷美術館の駐車場へ入場して、そのまま建物へ向かったが、何だかおかしい?そう、ボクが行きたいのは大原美術館!ここじゃあないよって、どうして気付かない??スマホのマップで見ると、そのまま車を置いて歩いて直ぐらしいから、そうすることにした。大原美術館の一部の脇を通り、入り口の方へ向かう。運河があるここは倉敷市の美観地区に指定されているらしい。運河を船で観光することが出来るようだ。入館が始まったばかりのようで行列が出来ていた。ボクのような芸術とは縁遠い者が来るくらいだから、人気があるのだろう。グレコの受胎告知が所蔵作品の中では最も有名らしい。鑑賞がてら、館員に尋ねると、以前は撮影を許可していたが、著名な作品の前で団体さんが記念撮影をして場所をとり他の入館者の鑑賞の妨げになることから、写真撮影を禁止したとか・・・なるほどねえ・・・ちなみにこの後に行った東京上野の西洋美術館は撮影がOKだった。入場券は2000円。(大原美術館)何故か美術と言うものは金持ちの道楽と見えて、(否、資本家がスポンサーになる?)大原美術館は倉敷紡績のオーナー大原家が造り、上野の西洋美術館は今の川崎重工のオーナーの松方家によるものだ。館内を一周して外へ出て、美観地区を歩いてみた。写真右側の瓦屋根の塀は有名な料亭らしい。美術館の切符売り場でその料亭の入場券?(食事券??)も売っていた。ボクは食事制限があるから入っても食えない。(ホントは、お金が無いから?)露出不足だよね・・・カメラの操作、間違えているよなあ・・・・ガス灯に、運河に浮かぶ川船。レトロですねえ。倉敷を後にすると、神戸の六甲に行った。六甲山を歩けばよかった、と帰宅してから後悔した。兵庫の三木市の隣、淡河町の道の駅で車中泊。その後、有馬温泉の方まで行って、有馬温泉には入らずに六甲山を越えて神戸に出て帰路に着いたのだった。
2026/01/15
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少しだけアップしなかった画像を・・・ベンチがあったけれど濡れているし、寒くて座る余裕は無かった。此処が山頂らしい表示。軽装の人もいたけれど、このような装備のハイカーもいたのだった。少し黄葉も残っていた下山時の遠景。風のせいで木々は斜めに傾いで、枝も一方に寄っている。下山して、途中の道の駅で入浴したのだったが、何処の道の駅だったのか思い出せない。認知症は自分では気づかないらしい?方々の道の駅に立ち寄っているから・・・・道の駅立ち寄りがボクの趣味かも知れない。それに加えて、立ち寄り入浴。最近は1000円位が当たり前になっているが、500円位が有難い。四国はそのくらい (500円)が多いから有難い、感謝。沸かし湯ではなく、温泉なのもいい。なんとなく、効能がありそうだ。この後、四国最後の道の駅、綾川道の駅で車中泊したのだが、そこでも饂飩を食べ損ねた。4時が終了だったのに、入場したのが4時半を回っていたから・・・・残念。縁が無かったと思うしかない。何といっても年金暮らしのこの身だから。
2026/01/12
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剣(つるぎ)と言う言葉から、鋭く尖った峰をイメージしていたが、なんと緩やかな尾根が続くだけではないか。登るのも極めてラクチンだ。北アの剣岳は峻険な岩峰で、一般登山道は鎖の連続で、鎖が無ければ多分登れないだろうと思う。だが、四国徳島の剣山は何と穏やかなことか。同じ剣と言う文字を使いながら、全く異なるものだと思いながら登っていた。道標の西島駅というのはリフトの終点のことらしい。花の季節であれば、キレンゲショウマが群生しているのだというが、残念なことだ。笹が一面を覆っている。大剣神社がある。ここから剣山御神水へ降りていくらしいが、ボクは行かなかった。次郎笈という隣の第二の標高の山へトラバースすることもできるらしい。こんなお天気では足を伸ばす気にはなれなかったが・・・・壊れた望遠鏡の台座が何だか物寂しい風景を作っている。頂上ヒュッテが見えて来た。大きな建物だ。空は暗くなって来ていた。山頂は木道で保護されている。いよいよ辺りはガスって来て景色は全く目に出来なくなっていた。ウッドデッキだ。ガスと吹き上げてくるガスとで、身体が冷えて来たのを感じていた。ウインドブレーカーのフードを被ったが、視界が狭くなる。山座同定をする方位盤もこれでは役に立たない。それにしてもこの緩やかな山頂の斜面は、何処が最高峰の山頂なのかわからなくなるような景色」だった。木道に沿って一周してから山頂を後にした。食事ができるような小屋もあったけれど、塩分摂取を控えているボクには無理なので寄らずに降りた。往復で三時間くらいの所要時間。これで四国の山は石鎚山と東赤石山と並んで、剣山も登ることが出来て何と幸せなことか。もう四国の山は登る機会が無いだろうと思っていただけに、来てよかかった。見ノ越からマイカーでの下山路は来た時とは反対側の方へ向かった。吉野川を越え、峠を越えて高松方面へ。四国最後の夜は坂出の道の駅。
2026/01/10
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まんのう池から塩入温泉に向かい、日帰り入浴。隣の売店が道の駅風。温泉上がりで気持ち良く運転して、一番近い道の駅「空の夢樅ノ木」に。そこで、空の夢、というネーミングが二宮忠八を記念したものと知り、ああ、この辺りの人だったのかと一人で頷いていた。多分、またしても生えるかな昔の幼い頃に読んだ本で、ライト兄弟よりも早く飛行機を発案した人だったとことを頭の片隅の記憶にあったからだが。翌日は雨、この日は体を休めようと考えて、地元の図書館を訪ねることにした。北海道でもそうしたように、此処四国でも同様に。当初の琴平図書館は探しあぐねて、まんのう町図書館へ切り替えて、無事入館。明日登ろうと考えている剣山のことなど調べ、後は好きな小説を読み過ごした。此処の図書館も明るく近代的なものだった。その後綾川道の駅に行き、そこで剣山の登山に備えた。剣山は四国第二の高峰。しかし、かなり上まで車で行けてリフトでも行けるから、それほど行く気になれなかったが、今回は多分最後のチャンスになると思い、計画した。剣岳は北アにある遭難者が多い難所と言われているが、剣山は?剣と言うところは同じ、後は、山と岳の違い?剣岳は十数年前にテント担いで番場島から登り、剣沢へ降りたが、剣山は初めての経験だ。十一月一日、未明のうちに道の駅を出て剣山の登山口「見ノ越」へ出発。例によってナビ頼みの道中、暗い中を走ると山中の風景は何もかもがオドロドロしく見えて、この世の果てへ向かっているような心細い気持に襲われる。けれども、どんな深い山の中へ向かって走る谷間でも、必ずと言っていいほど人家がわずか山の裾の平地に建っていて、ホッとしたりするのだった。ゆっくり安全運転のボクの後ろに二台の車がピッタリついてくる中、やっと登山口の駐車場に着いた。もう既に駐車している車が沢山いた。これみんなハイカー??靴を履き替え身支度整えて歩き出す。取り付きはどこだろう?と。リフトには乗らない、歩く方へ。神社の辺りから登るらしい。神社の境内に宿泊できる小屋があった。停まるのも悪くないなと、ふと思う。リフトの下に防護用のRの覆いがあってそこを潜って行くようだ。緩い登りの道が続く。笹原が出て来て樹木がまばらになってきた。山頂方向に建物が見えている。どうやらここはリフトの終点らしい。山頂はまだずっと上の筈。雨にはならないだろうが、曇天で見晴らしは良くない。紅葉もそれほどとは思えないが、もう終わったのか?此処は中腹くらいにあるのだろうか、神社がある。ここで少し休憩して軽く食べる。寒さは今のところ無いが、山頂はどうだろう?ハイカーは結構歩いているが、みんな珪藻だった。荷物を持たない手ぶらのスニーカー履きの姿さえある。そのくらい軽く歩けるという事なのだろう。
2026/01/09
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大窪寺から高松方向へ向かい山間の道をナビを頼りに走る。途中で道の駅、塩江に寄ってみた。何か買ったのだが、何を買ったか記憶にない・・・ウウ~~~~~ン、ニンチショー??そこを出てまんのう池へ進路をとった。中学校の社会科での授業で刷り込まれた記憶の実証として?六十数年ぶりの記憶の実証。冥途への土産。なるほど大きな溜池だった。一旦決壊して、数十年放置されて、その間に池跡に住み着いた住人がいたというからもう蘇らなと思ったのか、食うための後先考えないことだったのか、復旧する際の障害となっただろうと想像する。堤防の内側に樹木が茂っているが、おそらく植林したものでは無く、実生のものだろう。鳥の糞から発芽したか、風で飛ばされてきた種子の発芽か。除去しないのは堤防の補強と考えているからかなあ???白っぽい地面が見えるのは水面が下がっているから?渇水期なのか?湖面の直ぐ傍に食事のできる店があったが、もう営業時間を過ぎていた。また、饂飩を食べ損ねた。実証した感想はといえば、ボンヤリとしていた想像の溜池の姿が消えてしまって、現実の風景の前には、遠い記憶のイメージが最早何もなくなり、こんなものかということだけだ。何を期待していたのかも分からなくなってしまった。ーー百聞は一見にしかず・・・ただ、まんのう町という町名にはちょっと驚いた。池の名前からついた町名かな?平成の大合併でできたらしいが、漢字の満濃町は以前からあったらしい。溜池は町内に約900あるというからその数には驚くしかない。日本一の灌漑用溜池というから、そのネームバリューは大きいのだろう。
2026/01/08
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最後の札所に向かって車を走らせる。多分、歩き巡礼者はほぼ直線的に山に向かって歩き山を越えるのだろうが、マイカーで行くボクはぐるっと山の間を遠回りして行くのだ。何度か道は合流、分岐を繰り返して山中の大窪寺へ辿り着いた。札所の駐車場は寺院の手前にあり、そこへ止めて歩いて行く。2,3台の車が停まっていた。駐車場からは仁王門が最も近く、此処が入り口となる。大きな門だ。丸い柱がRCだという事を眼で分からせている。両側にガラス張りになった中に、阿像、吽像、の二体がにらみを利かせている。逆打ちだと、此処が出発点になる訳だ、などと思いながら歩く。大師堂が初めに視界に入ってきた。隣には結願した巡礼者の金剛杖を納める寶杖堂があるようだ。次には本堂が見えて来た。参拝を終えて、納経所に入ると、先着者が手続きをしていたため、後ろで待っていた。何やら大きめの賞状のようなものを受け取っている。「結願証明書」と書かれている。見本が置かれていて、どうやら数千円納めていただくようだ。なるほどねえ。。。。なんでも商売になるのだなあ!納経帖に札所のサインだけ頂いて納経所を後にした。証明書は必要が無い。僕にはそれを見せて自慢する相手がいない。結願したことは自身の中の事に過ぎないから、ボクが全部廻ったことを知っているのだからそれでいい。二天門が見えている。こっちが謂わば表玄関なんだよんな、って思う。二天門を出てから振り返った。門前には飲食店や土産物屋などがあって、ややにぎやかで、そこが他の札所とは異なっていた。その店の店員さんが降りて来た参拝者に声を掛けていた。「お帰りなさい」だっただろうか。話が飛んでしまうが、天理市では駅から歩いて教会に向かう人に「お帰りなさい」と声掛けをしていたのを思い出した。天理が信者の故郷なのだという事らしい。十月三十日、九日間にわたった札所徘徊は完了したが、それほどの達成感は無かった。マイカーで楽をしたからだろうとは思う。歩きだったらまた違ったことだろう。今のボクにはそれは望むべくも無いが・・・そのまま駐車場に戻り、高松市内へ戻る道を辿った。
2026/01/07
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志度寺を出て次の札所八十七番長尾寺に向かうと高徳線の踏切が降りていて、列車がやって来た。馴染みのない名前の線だが、高松ー徳島の略らしい。北海道もそうだったが、僅か一両か二両の列車が走って行く姿は何だか寂しい。ボクも電車を利用していないから偉そうなことは言えないが、経済的にも時間的にも利用は難しい。長尾寺の本堂と太子堂、護摩堂が並んでいる。仁王門の門前の左右に経幢がある。草鞋の前に吊ってある竹細工は何の意味があるのだろうか?この地は竹細工で有名なところらしいが・・・・楠の大木の下にベンチが置いてあった。夏は涼しい木陰になるだろう。琴平電鉄の長尾線というのがあって、どうやら長尾寺の参拝の為に出来たものらしく、長尾寺のそばが終点のようだ。滋賀の大津にも石山線というのがあって石山寺が終点になっている。大量輸送するくらいの参拝者が訪れたという事なのだろう。札所の至る所でインバウンドの巡礼者を見掛けたが、人が多く訪れることによって四国の地が元気になって人口も増えたらいいなあ・・・・などと勝手に思う。次はいよいよ札所の八十八番目、最後の札所になる。最後はやっぱり山の中のようだ。
2026/01/07
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山上の八栗寺から、八十六番志度寺は海の直ぐ傍にあった。駐車場の道路を挟んだ前はもう海だった。四国へ来る前に少しだけ覗いたネットの中に、札所の中で残念な霊場として挙がっていた寺がこの志度寺だったことから、よく覚えていた。駐車場から近いアプローチから境内へ入ると伸びて繁った草が参道の両側から通路を覆うようだ。造園業者が入って工事中のようだったが、もしかして、あのネットを見て工事に入った?なんてことはないか・・・山門か仁王門から境内の外へ出た。五重塔が山門越しに見える。山門前の右側の門前に、平賀源内の墓所があるとの表記。入らなかったが・・・源内はこの地の出身だったそうだ。そういえば、何処でだったか、歩いていた時に何気なく見た民家の表札が、平賀とあり、この辺りはこの苗字が多いんかな?と思ったことがあったっけ。此処までくれば残すのは後二寺の札所となった。多分、お昼くらいには完了することだろうと思われ、その後はまんのう池に行ってみようと考えていた。まだ、香川に来たのに饂飩は食べていない・・・・
2026/01/05
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八十五番札所八栗寺は屋島の隣り合った岬?半島?にあるが、寺院のそばまで車では行けないようだが、地図上では道路が付いている。駐車場に問題があるようだが、行けないことは無いらしい。その辺の事は良く知らずに、ケーブルカー用の駐車場に車を置いて、歩いて行った。この道は車止めは無く、上に駐車場があるかどうかも書かれたものは見当たらなかった。しかし、鳥居はなんで???道すがら、果たしてこの上に駐車場はあるのだろうか?などと、後ろから上がって来る車はないかと振り返りながら、トボトボと歩いた。途中で、「遍路道」と書かれた小さな白い札を見つけて、何のためらいも無くその道へ踏み込んだ。里山のハイキング路みたいなものだ。歩き遍路はハイキングの連続みたいなものだろうと想像しながら・・・草深い中からイノシシでも出て来るかと思ったがそんなことは無かった。やがて、一旦別れた道に出て来た。立派な石段があって、思わず溜息が・・・やはり鳥居があった。神仏習合かと。背後の岩山が目立つ。ボクはやっぱり山が好き!!五剣山と言う名が付いていると知る。修験場として栄えたようだ。左側には宿坊だろうか。鳥居の先には仁王門が見えている。本堂が正面に建つ。修験者の宿泊施設だった?大師堂があり、この先にケーブルカーの山上駅があるらしいが、そこまで行くつもりは無く、そこで引き返したために、ケーブルカーの姿は見逃すこととなった。下山路は車道を選んだ。地元の作業車の軽トラがこの参道を登って来ていたが、流石にマイカー巡礼者は見掛けなかった。ケーブルカーが走っていれば、車で行けないと思うのが当たり前なのかな??
2026/01/05
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いよいよこの日は八十八ヶ所の札所を巡る最終日となる。車の中でパンを焼いてジャムを塗り、お湯を沸かしステイックのインスタントカフェラテを入れ朝食。キャベツの葉っぱを齧ったり、レタスを齧るなど、食物繊維も補充する。道の駅を出て、車を走らせると屋島の独特の山容が見えて来る。文字通り、家の屋根のような形だ。福島と山形県境の吾妻連峰の家形山にも似た姿だと思う。これもまた60年近く振りの訪問になる。その時の記憶などあるハズも無いけれど。。。。屋島と言っても陸続き、半島と言うほどではなく、岬のようなものかな。やがて、山頂に着くと、広い駐車場になる。その一隅から境内に入って行く。朱塗りの山門が現れる。山上だから背後に聳える山は無く、開放感に満ちている。時刻は丁度午前八時くらい、朝日が本堂を照らしていた。何故か赤い鳥居、狐の狛犬、お稲荷さんがある。小振りの太子堂だ。直ぐ傍に水族館もあるようだった。多分、展望台などもあって、瀬戸内の海が眺望できるのだろうが、全くそんな好奇心がこの時のボクには無かった。だから当然そいういう機会をも逃していた。ゆっくりと観光しても、おそらく半日くらいで最後の札所を廻れるはずだったのだが。気持ちに遊びが無い面白みに全く欠けているボクというロージン。
2026/01/04
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八十三番札所 一宮寺は五色台山塊を離れて、高松市内の街外れに在った。街中と言えども、田圃が取り囲む中、少し離れた無料駐車場に車を置き、田圃の畦道を歩く。団体巡礼の白装束の群れがここでも先着。何処かの寺で見掛けると、順路が同じだから、その後に何度も見掛けることになるらしい。駐車場から行くと西門から境内に入ることになるらしい。薬師如来像と本堂。山門が見えて来た。イヤ、仁王門らしい。こじんまりとした境内だった。大師堂。10月29日の行程は此処までで、後は明日に5札所を残すのみとなった。ネットでググって道の駅を検索する。食料は例によってスーパーで購入。饂飩は中々店に入るタイミングを逃してまだ実現していない。屋島近くの道の駅むれに入ったが、ここにはゴミ箱は無く持ち帰りを標榜していた。
2026/01/03
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根香寺(ねごろじ)、と読むが、最初はそうは読めなかった。八十一番白峯寺と同じ五色台と呼ばれる山地の中、こちらは五色の中の青峰の中にあった。駐車場の地続きに仁王門があり、阿像、吽像の仁王と共に大きな草鞋が立ててあった。露出不足で残念だが、少し変わったアプローチだ。仁王門から直ぐに石段を下って、少し平面を歩いて、また再び石段を登り返す。擦り減った自然石の踏面の石段は味わいがあった。直ぐ上に、回廊塀中門という珍しい建物が見えていた。回廊塀中門。この塀の中に、本堂、大師堂、納経所があるが、ボクはこれだけしか画像を残していなかった。自分の記録として残しておこうというような気持ちはなかったのだろう。データを残しておいても見返すことは経験上、殆どない。このブログ用に、という気働きも無かった。高松には栗林公園があったことを思い出していた。高校の修学旅行で半世紀以上昔に来ていた。当時ボクが住んでいた県では初の四国に訪れるという事だった。未だ、宇高連絡船といった宇野から高松へ列車を積んでいた船舶が就航していたと記憶する。四国へ来たといっても、屋島と栗林公園を訪れたのみだった。18歳の高校生に栗林公園の味わいなど分かることは無かったと思う。ただ、来たことがあるというのみだ。今回は行っていないが…
2026/01/02
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八十一番白峯寺は八十番国分寺からは、歩き巡礼であれば国分寺の裏山を登り、「四国の道」という遊歩道を辿って行くことが地図から分る。車では山裾をグルっと廻って行くことになる。歩き巡礼に対しては、それがあるべき姿かなあ、と内心羨ましさを感じている。その昔、ボクが歩きでの巡行を考えた時には、野宿がその対象だったから、かなり元気じゃないと出来ないと思う。さて、白峯寺は五色台と言われる山峰に(青峰、紅嶺、黄峰、黒峰、白峯)のカラフルな名前が付いているのが、やはり地図から判る。ちなみにこの札所は入山料と言う名目の課金があるようだ。駐車場代とちがう??歩き巡礼者にもなのだろうか・・・・多分そうだろう。正面にあるのは護摩堂のようだ。石段に、石段の利用が無理な方は護摩堂にお参りください、と言う意味の啓示があった。納経所もそこに在るようだ。四国で唯一の天皇陵、頓証殿寺らしい。入らなかったけれど。石段を登り切った上に本堂も太子堂も鎮座している。石段にエスカレーターが付く、なんてことはないだろうなあ・・・・会津若松の白虎隊のお墓にはエスカレーターが付いているけれど・・・・宗教界は意外に保守的。奥駆道の結界もいまだに女人禁制を解いてはいない。
2026/01/02
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明けましておめでとうございます。札所廻りを記しているうちに年が明けてしまいました。「正月は 冥途の旅路の一里塚 目出度くもあり 目出度くも無し」年が明けるごとに思い出す狂歌。一休禅師の狂歌は、門松は・・・・で始まるらしいが。これが実感として己に迫るお年頃とはなったが。京都の淀競馬場の方角、田辺市に酬恩庵という一休禅師由来の寺を連想する。讃岐国分寺と読んで区別するらしい。国分寺だけだと各地に在るからだろう。やはり広く、たっぷりの敷地だ。銅板葺きの屋根だろうか、緑青の色。殆どの仁王門や山門は瓦葺が多いから珍しいかな?境内に入り、若木の松の植栽が枝を剪定せずに野木のようにした中の参道が本堂に続く。大師堂にも屋根付きの門があり、納経所もその中にあった。このお堂では仏像の特別拝観が行われていたが、入場することはしなかった。京都の本願寺などは年末に行くと、植木屋が入って松の剪定を行っているが、ここは松を選定して管理することはしていないようだった。在るがままの野木もいいなあと思う。駆け足のようなボクの拝観、納経だけが目的かといえば、それはそう。
2026/01/01
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