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『KBSの韓国語標準発音と朗読』著者: 韓国放送公社 /Hana 出版社: HANA /アルク【内容情報】(「BOOK」データベースより)13人のアナウンサーの朗読で標準的な発音の韓国語を学ぶ!教科書文章、名作文学、ニュース、講演文などを韓日対訳で掲載し、発音変化の注意点も併記。 【目次】(「BOOK」データベースより)第1章 教科書の文章(小学校国語/中学校国語/高校国語)/第2章 文学作品(エッセー/小説/詩/講演文/書簡)/第3章 放送原稿1(論説文/ドキュメンタリー/番組進行)/第4章 放送原稿2(ニュース/案内/正しい言葉、きれいな言葉1「チャンイとチェンイ」/正しい言葉、きれいな言葉2「セギルム」と「ソギルム」) 韓国語にはイントネーションがないという人が多いけれど、イントネーションによる意味の弁別がないというだけで、やはりネイティブの話す韓国語とノンネイティブによるそれとはおおかたそこで区別できる。もちろん他にも、発音の面で越えがたい「壁」というのはいくつも存在する。最近はネイティブスピーカーの吹き込みによる教材も手軽に買えるようになったし、「韓流」さわぎで映画やドラマに触れる機会も多くなったので、その気になればそういったことも過不足なく学ぶことができるけれども、発音そのものにテーマを限定したのは画期的だと思う。もちろん「標準的」な音が絶対的にいい、とは限らないし、「標準語」絶対主義はキライなのだけれども、後に崩してゆくにしてもやはりノンネイティブ学習者としては基礎的な部分はきちんとおさえておきたい。今週は韓国語の業務通訳が数件で疲れ気味。仕事帰りに新大久保に立ち寄って『Cine21』を買う。
2007年07月28日
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『青山二郎全文集(上・下)』今日は寝る前にジローさんを読もう。
2007年07月22日
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『ときめきの上海』急に読み返したくなったので、付属CDを聞きながらひととおり目を通す。揺るがない理念があって、しかも「遊び」のある良質な教材に出会うのはなかなか難しいけれど、相原先生のモノは安心して楽しめる。中学生の頃に聴いていたラジオ講座の内容を一冊にした『ニーハオ明明』は、Y下氏の『中国語の入門』と並んで僕の中国語の原点である。どちらも十代の頃に一言一句もらさずに暗誦できるほどやりこんだ。自分の中国語をよく見ると、ここで覚えた文型の応用に過ぎないことがわかる。入門、初級の段階でどのテキストに出会うか、ということはかなり大事なことかもしれない。
2007年07月21日
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『大拙禅を語る:世界を感動させた三つの英語講演』商品基本情報発売日: 2006年09月著者/編集: 鈴木大拙, 重松宗育出版社: アートデイズサイズ: 単行本ページ数: 115,ISBNコード: 9784861190667注記: 付属資料:CD1/文本:日英両文商品説明【内容情報】(「BOOK」データベースより)欧米知識人やビート世代にも影響を与えてきた大拙禅。1950年代に米国で行った三つの講演を英文と和訳で初めて紹介。CDには大拙の貴重な英語講演を収録。【目次】(「BOOK」データベースより)禅の哲学についてーウェルズリー大学講演 一九五八年三月十日/キリスト教と仏教ーアメリカン・ブディスト・アカデミー講演 一九五七年三月九日/浄土真宗と禅宗ーアメリカン・ブディスト・アカデミー講演 一九五七年三月十六日/D・T・スズキの英語講演ー一九五〇年代、ビート世代との関わり(重松宗育)【著者情報】(「BOOK」データベースより)鈴木大拙(スズキダイセツ)明治3年金沢に生れる。同24年上京後、円覚寺の今北洪川、釈宗演について参禅。翌年東大選科に入る。27歳でアメリカに渡る。この頃より仏教関係の著作を英訳刊行。大正10年、「終生無二の友」西田幾多郎の勧めで大谷大学教授となる。昭和11年ロンドンでの世界信仰会議に日本代表として出席。この時以来欧米諸国で講演。戦後はオックスフォード、コロムビア、ハーバード大学等で仏教哲学を講じた。24年文化勲章。41年没す重松宗育(シゲマツソウイク)1943年、静岡市(旧清水市)に生まれる。英米文学を学び、長く静岡大学教授としてアメリカ文学を担当した。現在、承元寺住職(臨済宗妙心寺派)を務めるとともに、関西医科大学教授として、医学生のために、英語のほか、こころセミナー、全人医療学(心療内科)などを担当。アメリカで、1987年度のアメリカン・ポエトリー・リビュー賞を受賞(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)を、今さらながら手に入れて堪能。この本に収録されているのは、「禅の哲学について」―ウェルズリー大学講演 一九五八年三月十日「キリスト教と仏教」―アメリカン・ブディスト・アカデミー講演 一九五七年三月九日「浄土真宗と禅宗」―アメリカン・ブディスト・アカデミー講演 一九五七年三月十六日うち「禅の哲学について」は、88歳の大拙自身の講演の音声が附録CDで聴ける。日本語の講演は市販されているテープで聞いたことはあるけれど大拙の英語を聴くのは初めて。鈴木大拙については説明するまでもないけれど、彼がどのようにして英語を身につけたのかについては彼自身の文章や伝記からうかがい知ることができる。自分のしてきた努力など努力のうちに入らないことをいつも痛感する。彼の「発信できる英語」は、自分には到底手の届かないものだとしても、遠くに目標として眺めながら進むことは許されるだろう。僕が鈴木大拙の出会ったのは16歳の夏、カリフォルニアの片田舎の図書館だった。世話になっていた家族の通っていた地元の教会から日本の宗教についてなにか語ってくれないかと頼まれて、ワラをもつかむ思いで東洋思想のコーナーを漁っていたら、見つけたのが『An Introduction to Zen Buddhism 』『Zen and Japanese Culture』の二冊。夢中でつかんだのはワラではなかった。本来なら真言密教について語りたかったし、そうするべきだったのだけれど、当時の僕の英語力では限界があったし、密教と言えばかなりかたよったイメージが欧米には一般にあるので、それを覆すような説明ができる自信もなかった。でも、よりアメリカ人にとって親しみやすいであろう「禅」に関しては不勉強だったので、自分もきちんと勉強する必要があった。当時の僕の英語力(今でもたいして進歩はないが)では読みこなすのにかなり骨が折れたけど、読後の充実感はとても表現できない。「Zen」関係の英書もやたらあるけれど、インチキなのに引っかからず、まっすぐ鈴木大拙の著書にめぐり合えたのは幸運だった。帰国後、『Zen and Japanese Culture』の日本語訳があることを知り、急いで買って夢中で読み直した。『禅と日本文化 改版』商品基本情報発売日: 1992年10月著者/編集: 鈴木大拙, 北川桃雄出版社: 岩波書店サイズ: 新書ページ数: 196pISBNコード: 9784004000204注記: 第69刷商品説明【内容情報】(「BOOK」データベースより)禅は日本人の性格と文化にどのような影響をおよぼしているか。そもそも禅とは何か。本書は、著者が欧米人のためにおこなった講演をもとにして英文で著わされたものである。一九四〇年翻訳刊行いらい今日まで、禅そのものへの比類なき入門書として、また日本の伝統文化理解への絶好の案内書として読みつがれている古典的名著。【目次】(「BOOK」データベースより)第1章 禅の予備知識/第2章 禅と美術/第3章 禅と武士/第4章 禅と剣道/第5章 禅と儒教/第6章 禅と茶道/第7章 禅と俳句【著者情報】(「BOOK」データベースより)北川桃雄(キタガワモモオ)1899年ー1969年。1924年京都帝国大学経済学部卒業。1941年東京帝国大学文学部美術史科卒業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)それから鈴木大拙関連の本が出ると必ずカバーするようになった。『全集』にはさすがに手は出なかったけど、『選集』はなんとか全巻そろえることができた。英語による著書もなるべく買い揃えて、おりに触れて読み返している。『鈴木大拙全集(第1巻)増補新版』『鈴木大拙禅選集(第1巻)新装版』繰り返し読んでいるのは、次の岩波文庫の二冊。自身の理解度の乏しさも手伝って読むたびに新たな発見がある。『日本的霊性』(岩波文庫) 商品基本情報発売日: 1993年02月著者/編集: 鈴木大拙出版社: 岩波書店サイズ: 文庫ページ数: 276,ISBNコード: 9784003332313注記: 第36刷商品説明【内容情報】(「BOOK」データベースより)現代仏教学の頂点をなす著作であり、著者が到達した境地が遺憾なく示される。日本人の真の宗教意識、日本的霊性は、鎌倉時代に禅と浄土系思想によって初めて明白に顕現し、その霊性的自覚が現在に及ぶと述べる。大拙(1870-1966)は、日本の仏教徒には仏教という文化財を世界に伝える使命があると考え、本書もその一環として書かれた。【目次】(「BOOK」データベースより)日本的霊性につきて/第1篇 鎌倉時代と日本的霊性(情性的生活/日本的霊性の自覚―鎌倉時代)/第2篇 日本的霊性の顕現(日本的霊性の胎動と仏教/霊性/日本的霊性の主体性)/第3篇 法然上人と念仏称名(平家の没落/浄土系思想の様相/念仏と「文盲」/念仏称名)/第4篇 妙好人(赤尾の道宗/浅原才市)『新編 東洋的な見方』(岩波文庫) 商品基本情報発売日: 1997年04月著者/編集: 鈴木大拙, 上田閑照出版社: 岩波書店サイズ: 文庫ページ数: 350pISBNコード: 9784003332320注記: 第11刷商品説明【内容情報】(「BOOK」データベースより)鈴木大拙(1870-1966)の最晩年―驚くべし、90歳前後―に書かれた思想的エッセイを収録した『東洋的な見方』を中心に、同時期の好文章を加えて再編成。世界にとって失われてはならない東洋の「よきもの」とは何か―文字通り世界に出て西洋を自らの生活世界とした著者が、身をもって探求しつつ生きたそのドキュメント。【目次】(「BOOK」データベースより)東洋文化の根柢にあるもの/東洋的見方/東洋「哲学」について/禅と漢文学/東西雑感/自由・空・只今/このままということ/妙/現代世界と禅の精神/創造の自由―『荘子』の一節〔ほか〕
2007年07月19日
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レクチャーの準備で必要があって、ふた晩ほとんど寝ずに再読、と言っても目を通して内容を思い出すだけで精一杯だったけど、したもの。『Chomsky on Anarchism』『Passionate Declarations: Essays on War and Justice』『Peace Signs: The Anti-War Movement Illustrated The Anti-war Movement』 『Peace and Its Discontents: Essays on Palestine in the Middle East Peace Process』『From Oslo to Iraq and the Road Map: Essays』『Culture and Resistance: Conversations with Edward W. Said』『Fateful Triangle: The United States, Israel, and the Palestinians』かつてサイードさんから受けた大きな恩は、少しずつ、自分のできるかたちで返してゆきたい。
2007年07月18日
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「ジャッキー・チェンの『酔拳』、石丸博也による“日本語吹替収録版”DVDが登場!」 …ってコレでしょ。 『酔拳 日本語吹替収録版』たしかに小さい頃、ほとんどの香港映画を日本語吹き替えで見てきた者にとっては、吹き替え版音声収録のDVD化というのは実にうれしい。でも、これってこの前TVでやってた新しい吹き替えのやつでしょ、たぶん。 例えば先日紹介した『三十六房』のTV公開時の吹き替え、『少林寺2』のカブキの主題歌入りラストバトル、あるいは許冠文の『Mr.Boo!』シリーズの、もはや別の作品をつくり上げてしまったといってもいい、伝説の広川太一郎吹き替え版。これらはソフト化の意味が大いにあるし、待ち焦がれていたファンも多いはず。僕も迷わず即、予約購入した。新しい吹き替えの『酔拳』は、成龍は確かに石丸なんだけど、調子に乗ってふざけたような吹き替え(少なくとも僕はそう感じた)だったので気分が悪かった。それにいちばんは蘇化子役の袁小田の青野武。青野サンも好きな声優ではあるんだけど、やはり三十六房のタンサンヨーとか、『彊屍先生(霊幻道士)』での林正英とかでイメージが固まってしまっているので、故・小松方正の声で蘇化子や白長天(『蛇拳』)のイメージを作ってきた世代にはやはりちょっと受け入れがたいものがある。 それに青野サンと言えばやはり「ドク」とかピッコロ大魔王(≒神様)。 あと石天(ディーン・セキ)にも違和感。 (石天や麥嘉たち新城の『悪漢探偵』シリーズもリリースされたけど、これも吹き替えがないと価値が半減だなぁ。許冠傑も定番だった富山敬が亡くなってから難しいってのもあるんだろうけど…。)ついでながら、亡くなった初代友蔵だった富山サンのあとをうけて二代目友蔵を襲名したのが青野サンだったりする。 そして吹き替え版ならOPがコレでないと意味がない。オリジナル版では袁順義が閻鉄心(黄正利)にやられるシーンで始まる。旧吹き替え版をリリースすれば、たぶん新版吹き替えより数倍の売り上げが見込めると思う。現に僕はそれだったら迷わずに買うけれども、今回のは買うつもりがない。(「音声解説」ってのがちょっと気になるけど)新しいバージョンの吹き替えを肯定的にとらえてる人もたくさんいるし、最初に見たのがこれだとしたらそれも決して悪くはないんだろうけれど、やはり前の版に強烈な思い入れを持っている者としては抵抗があるのでスルーせざるを得ない。 あと、90年代に入ってからの成龍映画はほとんど吹き替えで見なくなったので、石丸の悪ふざけのような吹き替えがかえって邪魔になる。明らかな不快を感じたのは『五福星』の時だったけど、それがどんどん顕著になってしまった。 あと、洪金寶はやっぱり水島裕なんだけど、『SPL』とか最近の映画で水島デブゴンはやっぱりきついだろうな…。今日はほんとは『ファースト・ミッション』ネタで書こうとしたんだけど、これがニュースに出てたんで先にコメント。
2007年07月18日
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スペシャルコレクターズエディションをフラゲ。『少林寺三十六房 スペシャル・コレクターズ・エディション』香港版と日本版をすでに持っているので3つめ。でも、それぞれ仕様が違うから買わざるを得ない。 特に前の日本版は「ゴールデン洋画劇場」で一回しか放映されなかった幻のテレビ放映時の吹き替え音声を収録しているので貴重。「タンサンヨー」(唐三要 Tang Sanyao)は青野さんのあの声でなくてはダメ。(もちろん当時ビデオで録画したのも大事に持ってるけど。) そして今回は届くまで知らなかったのだけど、なんとデジタルリマスタリングされた日本版サントラCDがついてた!当時『蛇鶴八拳』のサントラを親に買ってもらったばっかりだったので、これは買ってもらえなかった。ショーブラザースのタイトルクレジットも音声収録されていたことに驚いた。多感なバカ小学生たちは、例によってTV放映の翌週に掃除の時間に水の入ったバケツを両腕を水平に伸ばして持って駆け回る。高跳びの竹竿の端を持ってゴーン、ゴーン(説明しにくいので映画見てください)。 ちなみに厨房での、水に浮かべた木の枝を束に縛ったものの上を飛んで行く訓練。チャーフィーは、(修行の成果を兄弟子たちに見せびらかすために)左足のつま先を右手で持って、跳躍して右足をその間に通しながら軽々と飛んでいくのだけれど、それをマスターしようと練習して見事に足をくじいたけど、意地で練習してできるようになった。 他の映画ではどこかマヌケなやられ役が多い李海生もこの映画ではやたらカッコいい。総長、強い!てか、こんな総長いたら誰も下山できない。 そして(尺の都合で)各房を超人的な猛スピードでクリアしてゆくわれらがチャーフィーもカッコいい。 香港映画史においても、ショブラの武打片のひとつの頂点を示すこの映画。劉家班も絶好調。この映画を小さい頃に日本で何度も見て血肉化しているのは、ある意味すごく幸運なことかもしれない。 特典映像の劉家良と劉家輝のロングインタビューも、ファンとしても、研究家としてもとても貴重だ。チャーフィー、相変わらずよくしゃべる。劉家良監督にも実は小6の頃に香川の多度津でいちどお会いしてたりする。 ここ数年でショーブラザース作品がまとめてDVD化されたので、劉氏兄弟(劉家良、家榮、家輝)の出てるのはなんとか全部買って観ることができた。いい時代になったものだ。 (無敵の総長↓)
2007年07月18日
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『エレクション~黒社会~』ジョニー・トー監督『黒社会』の日本版DVDが届いた。香港版『黒社会/黒社会以和為貴(特別版)』全体的なコンテンツとしては香港版DVDのほうがいいんだけど、日本版にはジョニー・トー監督と、梁家輝の来日時のインタビューが収録されているので迷わず予約購入。届いてすぐに特典映像を鑑賞。これだけでわざわざ日本版を買った価値はじゅうぶん。梁家輝がお茶目なのがいい。この映画を観る上で大切なのは、監督の意図した「香港の歴史」を「黒社会」を通じて描く、ということをきちんと理解することで、その濃厚なローカリズムに基づいた監督の「歴史意識」を無視すると、淡々としたストーリー展開はただの退屈になり、リアルな暴力シーンばかりが目立ってしまう。梁家輝や古天楽、任達華といった名俳優を揃えながらも、日本での興行が芳しくなかったのはそのせいだろう。新作のこの映画も好きなのでいつか日本でも上映してもらいたいものだけど。『放・逐』以下、去年の秋に某処でしゃべったことの抜粋を引用して紹介に代えます。(略) 香港のマフィアグループのボスを決めるために2年に一度行われる会長選挙で、梁家輝(レオン・カーファイ)と任達華(サイモン・ヤム)演じる二人の中堅ヤクザが、互いに争い合う、といったことが物語の筋ですが、そこに娯楽性というものはほぼ完全にといっていいほど払拭されており、ただ淡々とヤクザ同士の権力争いが描かれています。アクションシーンも、見た目の華やかさよりも、ただ血なまぐさい殴り合いや殺し合いをリアルに描いているだけ、ということで、娯楽的なものを期待して観に行った香港の観客の多くには不評だったようです。 この映画は昨年5月に第58回カンヌ国際映画祭のコンペ部門出品作として出品されたのですが、その際に物議をかもしました。出品の際に、「内地(中国大陸のこと)の状況とそぐわない」ということで中国当局より、修正を受け、題名が『黒社會』から『龍城歳月』と変えられ、100分あった上映時間も85分前後にカットされ、ようやく電影局より許可が下りたのです。同じ年の10月に香港と大陸で同時に公開され、香港ではオリジナル版が公開されましたが、大陸公開版はやはりラストのバイオレンスシーンのカットなどの修正が加えられたあとのものでした。 修正が加えられた具体的な内容としては「内地の状況にそぐわない」ということしか明らかにされていませんが、これはこの映画そのものを貫いているテーマに、中国側が不快感を示したことに原因があると思われます。中国の映画配給機関である中影公司の幹部が記者に答えて「過剰な暴力シーンやマフィアを賛美するようなシーンは見あたらない。敏感な題材に触れてしまったからではないか。」(上海青年報2005.10.10)と言っていることからも、中国側の姿勢がうかがえます。 この映画のテーマは英語の題名である『エレクション』からもわかるとおり、香港の政治制度へのメタファーだと考えることができます。800人のグループの中でしか行われない選挙を風刺して、映画の中で刑事が「おまえらヤクザの選挙は、香港の選挙よりも百年進んでいるな」と言うのですが、このようなセリフからも監督の意図は読み取ることができます。(略)ジョニー・トー監督は、この修正について、多少の不服は見せつつも妥協していますが、続編のパンフレットに次のようなことを書いています。「香港は百年のイギリスによる植民地支配の後に、1997年に中国へ戻った。香港人、あるいは身を香港の外に置く人々は、みな心中複雑であり、焦りと期待、そして態度の保留もある。香港の現地の人にとっては、香港人は中国人であったことはなく、過去一世紀の政治的な動乱によって、さらに両者の観念的なギャップは深まった。過去の九年間の情勢の変化と進展で、両者の溝は次第に狭まっている。中国にはすでに共産政権から、一躍世界的な経済大国になり、香港で「一国両制」を実施し、香港人による自治を認めた。しかし、全ての変化は、香港人にとって、感心すべきものなのか、恐れるべきものなのかわからず、先行きを見通すことができずに途方にくれてしまう。そしてその経済の安定の背後で、“港人港治”の問題はいまだ解決していない。中国のこのような捉えがたい巨大な影の下で、“香港人”であることの意味とはいったい何なのだろうか?そして“香港人”であることに意義があるのだろうか?」 この映画におけるマフィア組織も、このようなどちらに身をおいたらいいのかという状況で苦悶している。主役のジミーもまた、われわれ香港人と変わることなく、香港の不透明な前途にたいして、どこに行けばいいか迷い続けているのである。」 この映画の続編は、先に挙げた監督の言葉からも分かるとおり、さらにメッセージ性を強めた内容になっています。選挙制度への風刺のみならず、中国統治下での香港人のあり方というものにも鋭い疑問をなげかけています。 続編では、古天楽演じるジミーが主人公になりますが、彼は中国と積極的にビジネスを繰り広げる有能な人物として描かれています。しかし、彼のしゃべる北京語は、いわゆる典型的な支離滅裂な香港風北京語で、大陸の中国人に対する態度も慇懃無礼なものです。こういうことから彼が大陸中国に自分を同化していない、そしてしようともしていないことがわかります。しかし、こうした中国との関わりの中で、香港人が大陸中国にアイデンティファイするしないにかかわらず、事業のためには中国人と密接な関係を持たざるを得ないという、香港の原状を浮き彫りにしています。そして、そのことに明らかに冷ややかな目を向けているのがジョニー・トー監督のスタンスだと言えます。 続編の方は、中国では「内容が暴力的過ぎる」との理由でいまだに劇場公開はされていません(DVD、VCDなどのソフトは正規版、海賊版あわせて多く出回っているようですが)。それは、やはり監督のこうしたスタンスが一因になっているのではないかと、考えることができると思います。 次の項目に挙げました『臥虎』という映画は、先月中国で公開されたばかりの黒社會映画ですが、やはり十分間のシーンカットを要求され、制作サイドが抵抗した結果、2分間のカットに短縮されて、ようやく電影局の審査に通ったということで話題になりました。『臥虎』 ストーリーは中国に返還されたばかりの香港が舞台で、抗争を繰り返すマフィア社会を取り締まって、社会秩序を守るために、警察側は、大勢の警官をスパイとして組織に潜入させる、というもので、そのモチーフは『インファナル・アフェア』と似ているものです。この映画はまだ未見で、ニュースとしても新しいものですから、いくつかの新聞の記事だけで確認しただけで、具体的なご報告はここではできませんが、多くの人がこの『黒社會』の修正事件と重ねて見ている、ということだけは指摘しておきたいと思います。 香港の「黒社会映画」というジャンルを大きな流れで見ると、97年を境に、ヒロイズム、英雄主義やロマン主義が消失し、現実社会への風刺や暗喩、といった面が強くなってきているのがわかります。 しかし、97年以前は明確な形で英国政府が映画制作に介入してくることはほとんどありませんでしたし、返還されて以後も、中国政府がこういう映画を撮れとか、こういう映画を撮るなという指示を出したという記録もありません。そういう意味で、香港映画と政治とを結びつけて語ることはなかなか困難であるのですが、はり香港の置かれた、微妙で複雑な立場を背景として、香港映画にもそうした香港人の微妙な思いが反映しており、そうしたものを丹念に読み取っていく、という作業は、重要なことであると思います。 もちろん映画は、創作作品ですから、現実そのままの香港を描写しているわけではありませんので、そういう注意は必要なのですが、だからこそ寓意的に、社会なり、政治なりへのメッセージをこめることができる、ということでもあります。 香港は返還後「50年はそのまま変えることなく統治」されると約束されましたが、映画界も最初のうちは、返還後もほとんどそれまで変わりなく映画が撮れていると安心していました。しかし、『黒社會』や『臥虎』の、ある種「見せしめ」的とも思える検閲事件により、不安がすこしずつ広がりかけているのも事実です。これは、北京政府の近年の言論の引き締め政策と関わりを持っているとも考えられますが、それはまだ具体的に検証できておりませんので、そういうことも視野に入れつつ、これからの香港映画の展開を見守ってゆきたいと考えております。
2007年07月18日
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『シューベルト: 歌曲集 / エリー・アーメリング』この盤に収録の「水の上で歌う D774(作品72)」は、映画『華の乱』で効果的に使われていたのが印象深い。『華の乱』シューベルトをBGMに『秋山清著作集』をひもとく夏の夜。そのうち全巻そろえたいな。
2007年07月17日
来週の某国際会議での韓国語の同時通訳を依頼された。韓国語は逐次通訳は何度か経験があるものの同通は実質初めて。中国語通訳で培った経験がどこまで活かせるかは全くの未知数。さぁ、何を準備しようかと思っても何をやってもいまさら「臨陣磨槍」、とりあえずテーマの関連書籍を可能な限り読み込んで、後は地道にナチュラルスピードの音声資料のシャドーイングでもして備えよう。
2007年07月17日
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別処の日記で紹介した映画のDVD。原則的に登場順です。直撃地獄拳 大逆転少林寺拳法『伊賀忍法帖』『里見八犬伝』『服部半蔵 影の軍団 BOX』『仁義なき戦い 広島死闘篇』『激突 将軍家光の乱心』あと、ついでに『風雲~ストームライダーズ』『戦国自衛隊』『魔界転生』千葉ちゃんとは関係ありませんが、あちらの日記の表題の出典がわからない方は『ウルトラセブン <デジタルウルトラシリーズ> VOL.7』所収の第26話「超兵器R1号」をご覧ください。
2007年07月17日
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先週末に読んだり買ったりしたもの。『アジア遊学(98) 特集:フランスにおける日本学の現在』『無根のナショナリズムを超えて 竹内好を再考する』『ビジュアル漢詩心の旅(3)大黄河の旅』『表象 (01)』『村上春樹のなかの中国』『図説 忍者と忍術 忍器・奥義・秘集伝』『日本の百年(2) わき立つ民論』『日本語の歴史(5) 近代語の流れ』『「香港情報」の研究 中国改革開放を促す〈同胞メディア〉の分析』『フィルムスタディーズ入門 映画を学ぶ楽しみ』『レッドパージ・ハリウッド 赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝』あと、アマゾンで頼んでいた研究書の山が先週またひと箱届いたので、それを片付けるまでは味の読書はおあずけ。
2007年07月16日
7月21日(土)から新宿のK’s cinemaで「中国映画の全貌 2007」が開催される。新旧さまざまだけど、古い作品をスクリーンで観られるのはうれしい。とりあえず一度はなんらかの形で観たことのある作品ばかりだけれど、『青島アパートの夏』、『青い凧』、『子供たちの王様』、『孔家の人々』、『阿Q正伝』、『駱駝の祥子』、『胡同模様』、『再見のあとで』は、スクリーンで観なおしたい。
2007年07月14日
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『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)そのうち場所を借りて小規模な追悼上映会をする予定だけど、ようやく時間が取れたので、とりあえずこの映画を見直す。今、普通に日本で普通に入手できる楊徳昌監督作品のDVDソフトはこれ一本のみ。『恋愛時代』(1994)や『カップルズ』(1996)も店頭で見なくなって久しい。蔡明亮や侯孝賢のBOXが出てるんだから、この際、名作『クーリンチェ』(1991)や『恐怖分子』(1986)もソフト化してBOXで出してほしいところ。
2007年07月10日
別に新刊ばかりというわけではないのだけれど、とりあえず今までの訪港で買い損ねたものも含めて、今回はかなりの収穫。 主だったものを挙げると、映画関係だと 洛楓『盛世邉縁 香港電影的性別、特技與九七政治』(OXFORD、2002) とか、 許敦樂『墾光拓影 南方影業半世紀的道路』(簡亦樂出版、2005) とか、いろいろ。でも、今の僕にとってのいちばんの収穫は、 潘國靈主編『銀河映像、難以想像―韋家輝+杜[王其]峰+創作兵團(1996-2005)』(三聯書店) かな。でも、装丁が前衛的すぎて読みにくいことこの上ない。 あと、絶版の兆しが見えてる石[王其]さんの『石[王其]影語集(全8巻)』(次文化堂)も思い切って全巻購入。複数の書店を駆け回ってなんとかコンプリート。専門とかそんなの抜きにして、休日にじっくり読みたい本でもある。 あと、深[王川]では現代文学研究の近刊などを購入。 中国語書籍は、香港に戻ってから旺角で大量購入。今回は言語関係の収穫が大。 李小凡・王理嘉主編『港澳地區中小學普通話水平考試綱要與普通話學習指要』(GAPSK考試委員會出版) 「GAPSK」とは「港澳地區中小學普通話水平考試」のピンイン表記の頭文字を並べたもの。ようは香港人の普通話テストである。人民共和国に回収された今、香港人のビジネスチャンスは普通話の能力何如にかかっているんだけど、その実情はかなり厳しい。 この本は粤語(広東語)を母語とする学習者がどんな点に注意して学んでゆけばよいかの指導要領が、言語学的見地から体系的、かつ詳細に述べられている。似たような本はいっぱいあるんだけど、これがいちばんよさそうだったので購入。 しかし、普通話と広東語がまったくの「別言語」だということに無頓着な人が(外国人はもとより中国人の中にも)多すぎる気がする。「単一言語幻想」による勝手な思い込みで、ワクに当てはめて見るのはよろしくない。権力より与えられた「規範」に擦り寄って、それから逸脱するものを排撃するのはさらによろしくない。 香港大の書店や尖沙咀の商務印では洋書も買い出し。 過去の訪港で映画関係の目ぼしいのはほとんど買ってるんだけど、 “Masculinities and Hong Kong Cinema”(HKU Press) http://www.amazon.com/Masculinities-Hong-Kong-Cinema-Laikwan/dp/9622097375/ref=sr_1_1/103-9036289-5872644?ie=UTF8&s=books&qid=1173716600&sr=1-1 が、なかなかおもしろい。 “The Cinema of Lee Sun-fung” http://www.lcsd.gov.hk/CE/CulturalService/HKFA/english/publication/pub26_index.html も中文版を持ってるんだけど、勉強のために買う。 言語関係では、香港の社会言語学関係の研究会でいつもお世話になっているKingsley Bolton先生の、 “Hong Kong English: Autonomy and Creativity (Asian Englishes Today)” http://www.amazon.co.jp/Hong-Kong-English-Creativity-Englishes/dp/9622095534/ref=sr_1_2/249-9535240-9742753?ie=UTF8&s=english-books&qid=1173719609&sr=1-2 とか “Chinese Englishes: A Sociolinguistic History (Studies in English Language)” http://www.amazon.co.jp/Chinese-Englishes-Sociolinguistic-History-Language/dp/0521030013/ref=sr_1_1/249-9535240-9742753?ie=UTF8&s=english-books&qid=1173719697&sr=1-1 “A Dictionary Of Cantonese Slang: The Language Of Hong Kong Movies, Street Gangs And City Life ” http://www.amazon.co.jp/Dictionary-Cantonese-Slang-Language-Movies/dp/0824815955/ref=sr_1_3/249-9535240-9742753?ie=UTF8&s=english-books&qid=1173719788&sr=1-3 も、運よく順調にゲット。 他にも、前から欲しかった “Cantonese Culture: Aspects of Life in Modern Hong Kong and Southeast Asia (Travel/Hong Kong/Se Asia)” http://www.amazon.co.jp/Cantonese-Culture-Aspects-Modern-Southeast/dp/9627160377/ref=sr_1_39/249-9535240-9742753?ie=UTF8&s=english-books&qid=1173720010&sr=8-39 “Three Generations, Two Languages, One Family: Language Choice and Language Shift in a Chinese Community in Britain (Multilingual Matters)” http://www.amazon.co.jp/Three-Generations-Two-Languages-Family/dp/1853592412/ref=sr_1_40/249-9535240-9742753?ie=UTF8&s=english-books&qid=1173720059&sr=8-40 とか。 あと、いままでさんざ探し回った挙句、実は香港大の書店に平積みしてあったという、 “Cantonese As Written Language: The Growth of a Written Chinese Vernacular ” http://www.amazon.co.jp/Cantonese-As-Written-Language-Vernacular/dp/962209709X/ref=sr_1_46/249-9535240-9742753?ie=UTF8&s=english-books&qid=1173720095&sr=8-46 これ、もうちょっと早めに手に入れておきたかった。 これだけ挙げてみても、香港研究をまともにやろうと思ったら、マンダリンと広東語は言うまでも泣く、英語もできなきゃお話にならないことがわかる。かなりセツジツ。 そんな帰りの空港の本屋で見つけて即買いしたのがこの本。 “Keeping My Mandarin Alive: Lee Kuan Yew's Language Learning Experience ” http://www.amazon.co.jp/Keeping-My-Mandarin-Alive-Experience/dp/9812564020/ref=sr_1_2/249-9535240-9742753?ie=UTF8&s=english-books&qid=1173720353&sr=1-2 これは面白くてあっという間に読めた。李光耀、決して好きではないんだけど、やっぱりすごいと思うな。 「普通話」と「英語」が激しく脳内でせめぎ合っていた高校時代とおんなじ状況が、香港をフィールドにした時点で完全によみがえった。と、言うより、この状況を遠く前方に見定めて、高校時代を送っていたのだから、当たり前と言えば当たり前なんだけど。 そんな当時の僕に、英語と中国語の融合という、新しいスタイルを鮮烈に提示してくれたのが、誰あろうディック・リーこと李迪文。トラムの2階で揺られながらウォークマンで『Say Lah!』を聴いていた僕の次の目指すところはもちろんマレー半島。
2007年07月03日
80年代導演楊徳昌辭世 瞿友寧對他又愛又恨(新浪新聞中心)台灣首位坎城大導走了 楊徳昌結腸癌病逝美國(自由電子報) 動転して、なにを書いたらいいのかわかりません。とりあえず心からご冥福をお祈りします。
2007年07月02日
「知之者不如好之者、好之者不如樂之者」(Zhi zhi zhe bu ru hao zhi zhe, hao zhizhe bu ru le zhi zhe)之を知る者は、之を好む者に如かず、之を好む者は、之を楽しむ者に如かずとは『論語』の雍也第六に見える有名な一節。思うところあって、今日はこの文句をアタマの中で何度も反芻したので書き留めておく。数年前、病気を患ってレントゲンを撮るために造影剤を射たれて横になっている時に、担当のお医者も僕もヒマだったので、乞われるままに論語の講義をしてやけに喜ばれたことがある。勉強したことはどこで役に立つかわからない。
2007年07月01日
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昨日は小規模な某シンポジウムで中国語通訳。報告や質疑応答の時なら逐次通訳(逐句翻譯)でいいのだけれど、パネルディスカッションとなると、他のパネリストの発言も伝えないとならない。国際シンポジウムだと、下準備のない段階で他言語話者のパネリストの発言も同時に通訳してゆかなければならないので(同聲傳譯)、プレッシャーも倍加する。さいわい昨日は韓国のパネリストだったので、その通訳を聞く前に韓国語から中国語に直して伝えることができた。難解な内容なので日本語への通訳を待って訳していたらとても間に合わないところだった。やはり綿密な下準備と日頃の精進が大切。表面上は無事に終えられたけど、いつになくキレが悪かったので反省点も多く残った一日。会議後のレセプションではかつてこの本で勉強したことがとても役立った。『中国語通訳への道』
2007年07月01日
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