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『中国語の文法基本例文暗唱ドリル:身に付けた文法知識を会話力に変える』本間史アルク(杉並区)商品情報・発行年月:2007年05月・サイズ:単行本・ページ数:189p・ISBNコード:9784757412088・注記:付属資料:CD2【内容情報】(「BOOK」データベースより)人気の「中国語の文法」シリーズから300例文を厳選。代表的な文法事項を含む例文をまるごと覚えることで、確かな「中国語の背骨」を作ります。暗唱力チェック用CD(日本語のみ収録)を使って、練習の成果を確認できます。【目次】(「BOOK」データベースより)存在を表す“有”“在”“是”/動作の近未来における発生/動作の進行/動作の持続/動作の完了およびことがらの変化/動作の経験/能願動詞/疑問文/程度補語/結果補語〔ほか〕【著者情報】(「BOOK」データベースより)本間史(ホンマフシト)1948年生まれ。横浜国立大学卒業。翻訳家。一橋大学、中央大学などで中国語の講師を兼任。月刊『中国語ジャーナル』(アルク)監修者(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)発音の徹底した訓練と、単語や表現を覚えることは言わば「基本功」。最も大切で不可欠な作業だがそれだけでは使えない。その次には「套路」(型)が必要になってくる。これもしっかりと身につくまで不平を言わずに何度も反復練習しなければならない。「会話」という「技」は、あくまでその向こうにある。基本功や套路の練習を素っ飛ばして「技」だけ求める人がたくさんいるけれど、威力のない(全くcommunicateしない)技をいくら繰り出しても意味がない。発音の次に積まなければならない套路の功夫だけど、これにはやはり信頼できる例文を選び、一定量きちんと頭に叩き込まなければならない。僕は高校時代に当時、中国語を教わっていた中国人留学生に発音の徹底的な矯正を半年間やらされた後、新中国語(1)新中国語(2)新中国語(3)新中国語(4)新中国語(5)のシリーズ5冊の課文と替換練習の文をすべて覚える、という苦行を課された。でも、僕は中国語の師匠としてその人に全幅の信頼を置いていたので、ひたすらその苦行に耐えて、丸2年間かけてなんとか頭に叩き込んだ。その間、実際に先生がブレスのおき方(停頓)を指導してくれるので、「チャンク」の感覚も身についたし、同時に簡単な応用形の実践もしてくれたので「死記硬背」(丸暗記)になることもなかったのはありがたい環境だった。今はある程度、話せるようになってはいるけれど、やはり使っている表現がすべてその時に覚えた文章の応用であることに最近よく思い至る。「暗唱」という地道な作業を嫌う人はたくさんいるけれど、それに完全に代わることのできる画期的な方法が提示されるまでは、その方法を推したい。やはり非ネイティブである以上、一定量の型を覚えておくことは不可欠だ。その次についた中国人の先生に課されたのはやはり『実用漢語課本』(北京語言学院編、商務印書館、1981初版)シリーズを覚えることだった。でも、以前の「功夫」があり、要領もわかってきていたので、比較的楽しくこなすことができた。やはりここで覚えた「型」もいまだに活きている。大学に入ってからは『実用漢語会話』(上海外語教育出版社、1985初版)4冊に取り組んだ。この3つのシリーズが僕の中国語のすべての基礎になっている。中国語をなにがなんでも身につけてやる、と覚悟を決めている人には上掲の『新中国語』のシリーズに取り組むように勧めている。後のふたつも勧めたいのだが、残念ながらいずれも絶版で現在は入手困難である。内容も当然古めなので、それに馴染めない人も多いかもしれない。(中国語そのものは飾り気を排した上質なのものなだけれど)でも、すべての人にそんな「苦行」を要求するわけにはいかない。様子見的に中国語をやり始めた人にそんなことを要求すればすぐに逃げ出してしまう。「さまよえる中級者」というのは相原茂先生のコトバだが、今は入門者や初級者でさまよっている人がやたらと多い。中国語学習者が増えたこと自体は慶賀の至りだが、それによってそんな人も比例して増えてしまった。これはやはり、きちんとこなさなければならないはずのことを逃げているからではないだろうか?発音が大事なことについては以前書いたとおりだけど、その次の段階でなかなか人に提示できる適当な教材がなくて弱っていたのだけれど、上掲の新刊は初学者にも安心して勧められる良書。CDもついている。著者の本間氏にはすでに、アルクからシリーズ的に『中国語の文法ポイント整理:1日約30分・28日間でマスター』『中国語の文法弱点克服問題集:日本人の苦手な4大文法事項を攻略!』の2冊があるが、学びやすくよくまとまっているので、短期で中国語の研修をする時などに僕もいつも利用させてもらっている。内容情報に「代表的な文法事項を含む例文をまるごと覚えることで、確かな『中国語の背骨』を作ります。」とあるが、まさに入門者、初級者に必要なのはこの「背骨」だ。
2007年05月31日
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『イラストで学ぶ中国語量詞ハンドブック』量詞のイメージをきちんとつかむことは入門、初級の段階の難関のひとつだけれど、実は中級以降も難関であり続ける。日本語の助数詞に相当する役割をもつが、英語の冠詞のような働きもする。英語の「a」「the」が「ひとつの」「その」という理解だけではすまないのと同じように、量詞も中国語そのもののニュアンスにも関わってくるからおろそかにできない。いままでは日本にまとまったよいものがなかったので、とりあえず手軽なものとして「実用漢語学習叢書」の『量詞一点通』(何杰編著、北京語言大学、2003)をひとに勧めてきたものの中国の出版物だし、説明も中国語なので入門者には少し敷居が高い。上掲の新刊は、もちろん説明は日本語だし、わかりやすくイラストもついているので、イメージもわきやすい。とりあえずこの本で紹介されている内容をきちんとクリアすることが量詞理解の「第一歩」だろう。そのあとは、ひたすらあらゆる種類の中国語を読む、聴く、に尽きる。中国で出ているものでかまわなければ、子供向けのものがわかりやすくてよい。いろいろあるけれど、「小学語文常備工具書系列」の『小学生量詞用法詞典』(開群、開明出版社、2005)などがうまくまとまっている。量詞に限らず「用例辞典」、「用法辞典」とあるものは例文が必ずあるので重宝する。他に工具書と手元に置いておきたいものとしては下記のものがある。『現代漢語量詞用法詞典』(郭先珍、語文出版社、2002)『現代漢語名詞量詞搭配詞典』(劉学敏、浙江教育出版社、1089)『漢語量詞詞典』(劉子平、内蒙古教育、2002)
2007年05月31日
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『ディパーテッド 特別版』を注文したついでに、一緒に購入した『ギャング・オブ・ニューヨーク コレクターズ・エディション』『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』『アビエイター プレミアムエディション』の3つが先に届いたので週末から少しずつ観賞。いずれも映画本編は劇場で観ているけれど、特典ディスクの内容がやはりよい。キャストやスタッフのインタビューとかは英語の勉強にも役に立つ。『ディパーテッド』と言えば、言わずと知れた劉偉強『無間道』(2002)のハリウッド版リメイクだけど、とてもよくできていると思う。なぜか香港の劇場で観た。『インファナル・アフェア 3部作スペシャルパック』ドサクサに紛れてこんなのも日本でリリースされてる。『インファナル・デイズ~逆転人生~』原題は『中環英雄』(1991)。適度に力が抜けていて楽しい。無間道シリーズに全く関係ないのに、ムリヤリこんな邦題をつけてしまうところに、『男たちのバッカ野郎』と同じたくましさを見た。王晶(バリー・ウォン)監督のこの映画の原題は『精装追女仔』(1987)。VHS時代のパッケージのほうがいかにも「バッカ野郎」ぽくてよかったのだけど…。『インファナル・アンフェア 無間笑』こんなのも見逃せない。原題『精装追女仔2004』から見てわかるとおり『バッカ野郎』の続編(?)。こちらはちゃんとした本家のパロディ。曾志偉や余文楽本人が出ているところに香港俳優の心意気を感じる。林子聰もいい感じ。王晶、絶好調。
2007年05月30日
Robert M. Farnsworth『 From Vagabond to Journalist : Edgar Snow in Asia,1928-1941』(Univ of Missouri Pr、1996)を読む。タイトルの通り、アメリカのジャーナリストエドガー・スノー(1905-1972)の伝記。十年ほど前、年配の先生に、中国をやろうと思ってスノーを読むのは君ぐらいが最後の世代だろうな、と言われたことがあるが、いや、僕らの世代でも、大学で中国政治を専攻して授業で指定でもされない限り自発的にスノーを読んでいる人なんて限りなく少ないに違いない。僕は10代の半ばに中国現代史と対決しなければならない状況に追い込まれて、そこでスノーに出会った。もちろん冷戦末期に物心ついた世代なので、共産中国に思い入れはないし、すでに毛沢東も文革もある程度(あくまで当時の段階で)評価が定まっていたので、上の世代の人たちとは必然的に読み方が異なっているはずだ。だから、スノーの共産党のプロパガンダ的な部分は除外して、中国にかけるパッションだけに感化される、という器用なマネができた。むしろ影響を強く受けたのは、スノーを読む直接のきっかけとなったHarrison E. Salisbury氏の著作かもしれない。彼の代表作のひとつである『The Long March』(Harpercollins、1985)を初めて訪れたアメリカで、あちこちの本屋を探し回ってようやく見つけた時のことがなつかしい。彼の半生記『A Time of Change : A Reporter's Tale of Our Time』(Harpercollins、1988)もがんばって読んだ。(いずれも邦訳があるが、今はともに絶版)スノーと言えば、やはり『Red Star over China』(1937初版)だろう。各自の評価はどうあれ、古典には違いないので、現代中国の来し方を考えるためには、やはり読んでおきたい。邦訳は現在、筑摩叢書で出ていたものが中国の赤い星(上)中国の赤い星(下)の2文冊で文庫化されている。当時の状況、および、この書物がその後のアメリカの対中、および対日政策にどういう影響を与えたかを知るためにもやはり重要な資料である。スノーの一生は、中国を相手に生きてゆく人間にとって大きな示唆を含んでいる。現在的な視点からスノーを批判することは容易だが、批判してそれで溜飲を下げるだけですむ問題でもない。「中国」に向かい合うスタンスというのは難しい。最近、やたら出回っている安易な反中本を何冊も読むより、スノーなりスメドレーなりを一冊読んで、自分の頭で批判的にじっくり考えるほうがよほど得られるものが多いだろうと思う。そうは言っても、最近どんどん明るみになっている現代中国の「恥部」が矢継ぎ早に報道されるのには正直うんざりしてしまうが…。
2007年05月28日
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『上海クライシス』春江一也氏の新作を発売当日に買ったものの、ずっと読めずにいて、今日ようやく読了。今作は中国が舞台ということもあって特に興味深く読めた。ただ、中国プロパーの立場で読むと、ご自身のおられた東欧を題材にしたものに比べて、ちょっとリアリティにかける気がするのは望みすぎか。でも、読後にはかなりの満足感が得られた。春江氏の作品はどれも一気に読めてしまう面白さを持っている。『プラハの春(上・下)』『ベルリンの秋(上・下)』『カリナン』『ウィーンの冬』
2007年05月27日
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『関口存男著作集(ドイツ語学篇 10)POD版』大学一年生の夏、大学の図書館で関口存男の著作集にめぐり合った時のインパクトはいまだに忘れることができない。特にこの10巻所収の「わたしはどういう風にして独逸語をやってきたか」は、自分の中国語の学習方法や考え方と同質のものを感じ、ここまで徹底して、高度に高めた人がいたのか、と深い感動を覚えて、以来、発奮したい時には折に触れてこの文章を読み返すことにしている。せめて心意気だけは中国語でゾンダン先生を目指そうとその時に決意して、その夏に一気に著作集を読破した。(肝心なドイツ語部分はほとんどアタマに残ってない…)当時はとても全巻買い揃えるような経済力はなかったので図書館で我慢したけれど、後に上掲の廉価版(と、言っても決して安くはない)が出たので迷うことなく大人買いしてしまった。その中の『関口・初等ドイツ語講座』は3分冊で何回かにわたって三修社から出版されている。とりあえず読み通すだけで楽しい。「バカが大勢寄って来る」「百貨店」よりも「主人が少し封建的で気がむつかしい」「横丁のひっそりした老舗」を謳うこの講座は著者の面目躍如たるところだ。その「主人」に言われるまま、まる一年かけてコツコツとこの講座をこなしたおかげで、今もある程度のドイツ語が読めて話せる。僕が持っているのは94年の版だけで、今のとは全く装丁が違ってCDもついてないけれど、思い出深いテキストである。この講座の改訂者であり、存男先生のご実孫で、藤沢におられた関口一郎先生の、マイスタードイツ語コース(1)マイスタードイツ語コース(2)マイスタードイツ語コース(3)にも学生時代にずいぶんとお世話になった。ひとにドイツ語の教材を勧めるときにはこれをいつも真っ先に挙げることにしている。(関口一郎先生は残念ながら2001年に若くして他界されてしまった。)職場でドイツ人の同僚とドイツ語で話すたびにこのお二人のことにいつも思いを巡らせてしまう。そしてそのたびに本業の中国語にも新しい熱気が吹き込まれる気がする。Was mir an Geschicklichkeit fehlt, ersetze ich durch Fleiss.
2007年05月26日
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周瑜役を辞退して話題になった周潤發。監督・呉宇森との不仲説も流れたけど、やはり数々の映画を生み出して一時代を築いたコンビ、呉宇森の畢生の大作に周潤發が出ないというのはありえない、と思っていたけれど案の定。呉の黄蓋。赤壁では大事な役柄だし、今の發哥の貫禄の着き具合からすると、かえってこっちのほうがよかったのかもしれない。周潤發重返《赤壁》 飾“黄盖”与偉仔斗演技(簡体中文)ヤフー中国版『赤壁』特集「偉仔」(わいちゃい)とは周瑜を演じる梁朝偉のこと。一方で、新しいバージョンのTVドラマ版『三国演義』も注目を集めている。こちらもキャスティングで挙がっている名前は豪華。新版《三国》投資上億元 姜文演曹操像不像?(簡体中文)曹操は姜文、陳宝国が司馬懿、謝霆鋒が呂布で張柏芝が貂蝉、これはほぼ確定らしい。あと、成龍が孫堅、息子の房祖名が曹植をそれぞれ希望。金城武も出演が決まっているようだ。香港側は成龍の「英皇」が出資してるから、呉彦祖やTWINSの二人もたぶん出るかもしれない。安直に考えるとTWINSが出るとしたら大喬、小喬あたりか。呂布といえば『呂布与貂蝉』(陳凱歌監督)で演じた黄磊が印象深いけど、その線だと謝霆鋒も案外けっこういいかもしれない。劉備や諸葛亮など蜀の面々は未定。孔明と言えば前シリーズの唐国強だけど(僕は1985年に『諸葛亮』で演じた李法曾のイメージが強い)、それを覆すようなキャスティングが成るか見物。↑おなじみ唐国強版孔明↑湖北電視劇製作中心による李法曾版もダイジェストがDVD化された。中国では完全版VCD(全14回)が買える。日本でもニュースになってしまった劉徳華が趙雲の『三国志之見龍卸甲』(李仁港監督)をめぐる騒動はまたいずれ。洪金寶や呉建豪も出るらしい。これもいろいろキャスティングが決まるまでたいへんだったようだ。劉徳華給《三国》下最后通牒月底不開機就辞演(簡体中文)どの三国志でもいいから、誰か葛優を張松にして撮ってくれないかなー。
2007年05月26日
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『墨攻』今年、日本でも公開された『墨攻』の日本版DVDのリリース。さっそく予約。大陸版、香港版、韓国版となぜかすでに3種類持っているので日本版はスルーしようかとおもっていたのだけれど、[2]特典ディスク[1]予告編集/TVスポット/[2]メイキング/北京プレミア(記者会見,レッドカーペット)/来日プロモーション/来日オフィシャルインタビューなんてのをつけられると資料的価値が出てしまうので買わないわけにはゆかなくなる。『墨攻 香港版DVD(2枚組通常版)』『墨攻 韓国版DVD』現地版の特典映像とは違うもの、特に来日時の映像をつけられると買わなきゃいけなくなるので、結果的に同じ映画で複数枚持つことになる。まぁ、しょうがない。日本版がほしいもうひとつの理由は、趙の将軍・巷淹中を演じた韓国の大俳優・安聖基(アン・ソンギ)の中国語が、日本劇場版は彼の肉声だったのに、香港版は違う人の声に吹き替えられていたから。一部には不評だったけど(特に安聖基がどういう人かわからない人に)、でもやっぱり彼本人の声で聞きたい。同じく韓国から出演した、『春ワル』(って略さないんだろうか)で日本でも知られるようになった梁適役のチェ・シウォン(Super Junior)の中国語も、たぶん日本版では彼本人のものだったのだろうけれど、劇場で観た時には安聖基に気をとられていてあんまり気づかなかった…。韓国人俳優が中国や香港の映画に出演して、ネイティブ俳優に交じって中国語のセリフをしゃべるということ。最近では『無極』の張東健(チャン・ドンゴン)が記憶に新しいけれど、これにはいろんな意味があるらしい。このことについてはまたいずれ言及したい。『PROMISE<無極> 各国版』でも、革離役の劉徳華もカッコよかったけれど、『墨攻』でいちばんよかったのは、梁王役の王志文。大好きな俳優の一人。あの役は彼でなくてはできない。もうすぐ日本でも公開の『夜宴』で皇帝を演じた葛優も相変わらずいい味をだしていたけれど、もしこの二人が逆の役をやっていたらと考えると楽しい。出演作は日本では他には陳凱歌の『荊軻刺秦王(始皇帝暗殺)』や、同じく陳凱歌の映画版『北京ヴァイオリン』ぐらいしかないけれど、もっと彼の映画が観られるようになってほしい。ドラマもいいのがたくさんある。王志文動態追跡(中文)王志文最新新聞『始皇帝暗殺 DTS特別版(初回限定版)』『北京ヴァイオリン 特別プレミアム版』あまり知られてないけど、こんなのにも出てる。原題は『On the Other Side of the Bridge 』隠れた名作だ。『愛にかける橋』あと、彼のインタビューで中国語の勉強もできてしまう。『中国語ジャーナルインタビュー・セレクション(1)』
2007年05月25日
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ロシア語の独習にはなにがよいかと聞かれたのでこちらでお答え。他の語種と違って選択肢がやや少なめ、というのもあるけどいちおう僕なりのラインナップを。專門ではないので自分が持って、実際に使ったことのあるものだけ。まずは『ナターシァ先生と学ぶロシア語の基礎(改訂版)』でしっかりと。その後で、『現代ロシア語文法』『現代ロシア語文法(中・上級編)』表現集なら、徳永晴美先生も著者の一人の『ロシア語会話とっさのひとこと辞典』これは発売されてからかなりお世話になった。別売りCDもA・ラフーボさんの吹き込みなので即買い。辞書は『岩波ロシア語辞典』一冊あれば充分。『パスポート初級露和辞典』もいいけどこれは辞典というより単語帳としていつも携帯して利用したい。もちろん入門段階ではこれ一冊あればいい。『ロシア語慣用句辞典』も、ある程度レベルが進めば役に立つ。でも、とりあえずはNHKの講座を効果的に利用してみるのが賢明かもしれない。どの言語もそうだけど、とても片手間にはムリ。学生時代にいちおうは上級会話のクラスを終えているものの、今はたまに職場で会うロシア人とごく簡単な会話を交わすだけで精一杯。来世があるとしたら、今度はロシア語と一騎打ちしてみたい。
2007年05月25日
アジア版『TIME』のCOVER STORY。Singapore's New Look今の僕には実にタイムリーな記事。ウェブでこんなのが手軽に読めるようになったけど、緊張感を維持させるために紙媒体の購読もやっぱり続けてゆきたい。
2007年05月25日
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『知音夢裡尋』(2005/09/07)より。今朝も早起き。 昨日はけっこう消耗度が高かったので世間並みの退勤時間に仕事場を後にする。 そろそろ腎臓の下あたりに異変が起こりそうなので、仕事を続けてしまいたいところだけれどおとなしくする。けっこう気疲れすることも多いから、ちょっと休みたかったのもある。テレビが映らないから映画も見られないので読書にあてる。 『The Edward Said Reader』(Edited by Moustafa Bayoumi and Andrew Rubin) を読む。サイードの主要なエッセイを集めたもの。ちょっと気が萎えたときに頼るのはいつもサイード。日本でのサイードの受容のされ方にはずっと違和感を覚えているので、揃えてあるのは訳本ではなくて原書のほう。いくつかのエッセイを読み返す。 あと、 ジェームス・M・バーダマン『アメリカ南部-大国の内なる異郷』(講談社現代新書) ちょっと思うところあって最近読み返していたのだけれど、今回のカトリーナの件でタイムリーになってしまったので最後まで読みきる。同新書では野村達朗『「民族」で読むアメリカ』もよい。『新書アメリカ合衆国史』全三巻もある。井上一馬『ブラック・ムービー-アメリカ映画と黒人社会』も読んでおきたい。 留学中、同期だったPはブラック・カルチャーにやたら憧れていて、ライフスタイルからしてブラックだった。いわゆる「黒人になりたい症候群」なのだが、この手の人は実に気合が入っていて徹底している。ブラック・カルチャーにかける執念は凄まじい。 これは東洋系アメリカ人、もしくは、そう思われたくて「在美」や「AB(American born)」を偽称している東洋人(あえてどこの国かは指定しないが)が、バスケもできないのにタンクトップ着て、ラップもできないのにラッパーのかっこして「メーン」なんて抜かしてるのとは根本的に次元が違う。精神そのものから黒人に近付いていこうとする彼女らの気迫は鬼気迫るものがある。 かくいう僕も穏健派のブラック・カルチャーファンなので、Pと話してるうちにお互いローリン・ヒル(Lauryn Hill)の大ファンということが分かって、たちまち意気投合した。 やがて彼女にアフロ・アメリカンのDという恋人ができた。ようやくではあるけれど、黒人差別はいかんのじゃなかろうか、という意識がそれらしくできてきた日本とは違い、留学先の某国ではその状況はまだかなりきびしい。二人で歩いてると、指をさされて笑われたり、「ほんとに黒いや」などと聞こえよがしに言われたりと、Pが泣きたくなるようなことでいっぱいだったという。 僕もDと知り合ってからは、たまに食事に行ったりしていたけれど、やはりおんなじような場面にしょっちゅうめぐり合った。Dは来たばかりなので中国語は全く分からないのだけれど、周囲が何を言ってるかぐらいはすぐにわかる。僕が気まずそうな顔をしていると、「いいよ、慣れてるから」と逆に気を遣ってくれた。Pにもやはり同じ気遣いをしているらしかった。Dに「慣れてるから」と言わしめた状況を作ってるのが同じ有色人種たる我々ってのはどういうことなんだろう、と、暗然とした気持ちになった。 Dと付き合っていたPは当然のように家族から猛反対される。が、留学から帰ってしばらくして、勘当覚悟でDを追ってアメリカに行ってしまった。うまくいってるといいけど。 僕もDを揶揄した差別発現をした友人に根気強く理解を求める努力をしてみたが、結局同意に至らず絶交してしまった。(絶交のきっかけになったのは、別の民族に対する差別発言だったけれど) 自分の属性に対する差別的な言動には敏感なのに、他の属性に対しては驚くほど鈍感、かつ無神経な人がけっこういる。しかも権利擁護の運動家にそういうなのが多かったりするのは皮肉もいいとこなんだが、黒色人種や東南アジアの人々に対する蔑視というのは、僕にとっては耐え難いものがあるので、そのことでけっこう人間関係を不意にしてきた。たいていはこっちが責めると、開き直って自己正当化し始めるので議論にもならない。まぁ、そういう神経の人間との関係なんて維持していても無意味なものだから後悔することはないのだけれど、なんだこっちのわだかまりは解けないままである。 だから今でも、新しい人と知り合う時、相手がどこの国どこの人種の人間であろうと、そのへんの感覚がどうしても気になってしまうのだが、そこを基準にしてしまうと実はたいへんなことになってしまうので、実際のところはかなり妥協せざるを得ない。 闘争しかないんだろうな、結局は。
2007年05月25日
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『アメリカ口語教本(入門~上級用)最新改訂版』英語を本格的に“brush up”させる必要が出てきた。新しいものに取り組むよりも、自分の英語力の基礎になっているものを、確実に固めなおしてからのほうがいいと思って、高校時代に「貿易英語」という授業で会話力のスキルアップに用いていたテキストを準備。実は昨年もきちんと英語をやり直そうと思い立って同書のシリーズを買いなおして付属テープも「大人買い」しようかと思っていた矢先に、CDつきの最新改訂版が出た。すんでのところで万単位の出費をするところだった。このシリーズの「初級用」と「中級用」の2冊は授業中に問答無用で丸暗記させられた。高校を出てから「入門用」と「上級用」も自習していちおう終えた。文字通り、僕の英語の「土台」となっている、尋常ならざる思い出のある教材だ。これにアメリカにいた頃の感覚を取り戻して付け加えれば、とりあえずはもとのラインに戻ることができる。全てはそれからだ。同時に広東語の運用能力も高めなければならない。英語と広東語は僕にとっては唇歯の関係にある。12歳の頃にすでに予見していたように、やはりこの2つのコトバが僕の今後の人生のカギを握ることになった。われながら、その時にすでに今現在の自分の方向性を見定めていたことと、それをわかっていながら今の今まで後回しにしてきた自分に呆れてしまった。上前個個倶有賞、退後難免吃一刀。
2007年05月24日
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台湾でなんとなく観ていた布袋戲のドラマ。日本でも2002年にDVDがリリースされた。『聖石傳説 英雄伝(1)~(3)』『聖石傳説 英雄伝 DVD-BOX〈3枚組〉』いっそのこと霹靂シリーズ、全部出してしまえばいいのに。『聖石傳説』オフィシャルサイト民間戯曲史研究の一環で、彰化の片田舎を布袋戯のフィールド調査で走り回っていた頃が懐かしい。(2001.10.1、台湾彰化の某鎮にて写す↓)
2007年05月23日
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『エボニクスの英語』昨日からの流れで、続けてこんなのも取り寄せて読んでみた。自宅の本棚を探すとこんな本も持っていた。『泉山真奈美の訳詞講座』改めて読み返してみて、おもしろかった。翻訳業に携わる同業者の人の文章は、語種が違ってもとても参考になるし、刺激を受けることができる。
2007年05月23日
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『アフリカン・アメリカンスラング辞典 改訂版』スラング辞典の類というのは粗雑なつくりのものが多いけれども、これは通読しただけで、いわゆる「アメリカ黒人英語」と、その背景の文化にまで理解を深めることのできる良書。辞典でありながら一気に読める。初版も持っているけど、ヒップ・ホップファンの僕にとっては実にありがたい改訂版だ。つい最近、『黒人差別とアメリカ公民権運動』を興味深く読み終えたばかりだったのでタイムリー。ところで、スラングというのは見たり聞いたりして理解するのは重要だが、それを自分が実際に使うべきかどうかというのは、厳しく検証しなければいけない。いわゆる流行語の類もそうだ。中国語、普通話も広東語もスラングはとてつもなくたくさんあって、自分もプロパーである以上、少なからずのそういうコトバを知ってはいるが、どんなに親しい友人の間でも自分が使うことはまずない。それが非ネイティブとしてのマナーだと考えているからだ。自分が教えている人にもそのへんは厳しく戒めている。韓国語でも同様。ところが、逆にそんなコトバばかりを先に覚えようとする人がいる。そういったコトバから入ると上達がはやいという。でも、残念ながら、スラングマニアで「上達」した人に今までに一人もお目にかかったことがない。読み終えた後に、購入してからすでに十回以上は繰り返し観ている『ブロック・パーティー』を発作的にまた観る。あいかわらずローリンの「神」具合がすさまじい。
2007年05月22日
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先週末、『韓国語教育論講座(第1巻)』を購入。実は、中国語も韓国語もある程度まで統一された、きちんとした教育方法というのはまだ確立されていない。みんながめいめい勝手な方法で教えている、というのが実状である。それでも、今はなんとか機能していたとしても、やはりこのままではよろしくないわけで、専門家がきちんと方法論を確立して、それを示してゆかなければならない。この本は日本の韓国語教育の世界ではほとんど初めてと言っていい試みである。「教育論」というよりは収められた論文はそれぞれの分野で第一線の研究者の方々の手になるので、韓国語そのものの理解に大変役立つ。僕も日本での韓国語教育に携わる者のハシクレなので、とても勉強になった。続刊が待ち遠しい。中国語も「教育史」ではなくて、教育論そのものを扱ったものは少ない。比較的新しくて一般に手に入りやすいと言えば、輿水優先生の『中国語の教え方・学び方』ぐらいか。
2007年05月21日
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土曜日に参加したセミナーで運命的な原点回帰。とりあえず十代後半にたどりついていた所まできちんと立ちかえって、自分の目指すべき道をもう一度見定めてみよう。全てはそれから。『英語はアジアを結ぶ』『世界の英語を歩く』『異文化理解とコミュニケーション(1・2)第2版』『〈事典〉アジアの最新英語事情』本名先生、ありがとうございます。
2007年05月20日
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『アタマで知り、カラダで覚える中国語の発音』アルクの『中国語ジャーナル』に日下恒夫先生が連載されていたものをもとに一冊に編集したもの。これは全てのレベルの中国語学習者に勧めたい良書。連載中からコピーして補助教材として利用させてもらっていたけれど、一冊にまとまると参考書としてひとにも勧めやすくなった。今度、研修があったら、もう確実に必読書のひとつに指定したい。中国語をやるのであれば、ほんとうならピンインだけの訓練を短くとも半年から一年はかけたいところ。でも、みんななんとなくわかったつもりになって先に進んでしまうから、中途半端な発音のままで、やがて出会う「壁」の前に立ち往生することになる。これはやはり教えるほうも発音を「なんとなく」とらえているし、ネイティブ教師でもきちんとした訓練を受けて普通話の発音体系を客観視できていないと「だいたいでかまいません」なんてとんでもないことを言う人がいるので、どうしても教わるほうも「なんとなく」で「だいたい」ですましてしまうことになる。これでは使い物にならないし、使い物にならないのであれば、この先いくらやってもみなムダな努力ということになってしまう。中国語教室に何年通っても、中国の食堂での注文はおろか、自己紹介さえまともにできない人が大勢いる現実が、いかに発音が重要か、いかに発音教育が疎かになされているか、といことを如実に示している。この本の表紙にも書かれている「発音よければ全てよし」。「発音よければ半ばよし」は相原先生のコトバだったか、それをさらに越えている。とにかく至言である。発音だけよくてどうなるということでもないけれど、でも、よくなければお話にならない。「日本人式の発音でいいや」なんてコトバは、最大限の努力を尽くした人が最後に自嘲気味にため息とともに言うコトバであって、いい加減にすませてしまおうとする人の言い訳として使われては絶対にならない。「通じればいいんだ」と言って最初から逃げを打ってる人の発音が「通じている」のも見たことがない。そこを真剣にクリアする覚悟がないと、なんのために貴重な時間を割いて中国語をやっているのかわからなくなってしまう。そんなわけで、そういった意識を高めるためにも、こういう本にはどんどん普及していってほしい。類書でお勧めできるのは、『発音の基礎から学ぶ中国語』『日本人のための中国語発音の特訓 改訂版』『中国語でコミュニケーション発音・学習法編』など。
2007年05月19日
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『激辛書評で知る中国の政治・経済の虚実』現代中国研究の矢吹晋氏による新刊。タイトルどおり、歯に衣を着せぬ辛辣かつ爽快な書評集。僕の身近な人まで槍玉にあげられているので、読みながら冷や冷やもするけれど、でも、ここ最近、中国関係の新刊をめぐって自分にも鬱積していた不満を的確に指摘して、分析してくれるので、かなり気が晴れた。いちばんはやっぱりこの本。『マオ 誰も知らなかった毛沢東(上・下)』原書である『MAO:THE UNKNOWN STORY』と、この邦訳ともに読んだけれど、僕も正直、この本のどこが「衝撃的」で売れているのか、しかもなんで斯界の専門家の先生たちまで「衝撃」を受けているのかが、まったく理解できず、そのことが「衝撃的」でしかたがなかったのだけれど、僕だけが抱えていた不満ではないことを知って安心。でも、よく考えれば、やはりベストセラーになったの時から持っている、ユン・チャンこと張戎に対する不信感を確信させてくれたの矢吹氏だった気がする。それにしてもいまだに訳書に使われている「ユン・チャン」ってカタカナなんとかならないのかな、ほんとに。この他、日中国交正常化交渉の際の「迷惑」事件と、当時の田中首相の「漢詩」の話。僕もいつもネタに使わせてもらっているのだけれど、さらに深く掘り下げて事件の真相に迫っている。これもかなり勉強になっておもしろかった。とは言え、矢吹氏の著書のファンではあるけれども、全てのことに賛成しているわけではない。強い反感を覚えてしまうところもかなりある。でも、それだからがゆえに読まずにはいられない。自分自身でフィルタリングした、確固とした「中国観」を持つことは重要だ。でも、なんの反作用もアタマに起こさない情報ばかりではそれを鍛えることはできない。矢吹氏の著書は自分の「中国観」をさらして、それが批判に耐えうるかどうか、ということを真剣に考えさせてくれる。短絡的な「反中モノ」ばかりで(立場上、そのようなものにもいちおう全て眼を通さなければならない)食傷気味だったのだけれど、ひさびさにいい刺激を受けることができた。
2007年05月19日
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『ローマ帝国衰亡史(2)』http://item.rakuten.co.jp/book/2770027/なんだか急に読み返したくなったのでギボンの『衰亡史』を一昨晩よりひもといている。ちくまの学芸文庫で出た時に買い揃えていたけれど、その時はなかなか時間が取れなくてパラパラと目を通していただけだった。最初の四巻は中野好夫さんの訳なのでそれだけでもうれしい。ゆっくりでもいいのできちんと読破したい。あと、下の一冊があるとイメージもわきやすいし、事項の整理にも便利だ。『図説ローマ帝国衰亡史』ローマ史関係で、ここ最近で再読した新書3冊。『ローマ帝国の神々』『神聖ローマ帝国』『ローマ五賢帝』いつか一人でぶらっとローマを旅行してみたい。
2007年05月19日
土曜日だけれど朝から民間の講座で授業。 その後、某大に行ってビジネス英語のセミナー、と言っても、実際の英語がどうこう、というより「ビジネス英語」とは何ぞや?という話を延々。講師の先生、リピートが多いし、10分で言えるようなことをなんで2時間もかけて…、と思ったんだけど、それなりに得るものはあった。 僕も、「ビジネス中国語」ということで、企業で研修を依頼されたり、大学で講義をしてきたけれども、じゃあ、「ビジネス中国語」と「普通の中国語」はどこで線引きされるのかと言われると、実は一般の人が考えているような違いはございません、と答えるしかない。 なにか「ビジネス中国語」という、「普通の中国語」とは違う、特別なものがあって、それを勉強しなきゃいけないわけではない。あくまで、高等な中国語、というのは基礎をしっかりかためた初歩的な中国語の延長線上にあるものだ。 もちろん今日の話にも出てきた「jargon」を多用すれば「ビジネス中国語」にはなるけれど、それが「ビジネス中国語」たらしめている決定的な要因ではない。かと言って、教科書レベルの平易な表現のみであったり、「留学」や「駐在」で身につけたお手軽な「生活用語」だけではビジネスの場では通用しない。中途半端な中国語を使うぐらいなら英語とかの第三言語を使ったり、素直に通訳を雇うべきだ。ビジネスの場は初級会話の練習時間ではない。 そんなシビアな視点で去年、実験的に大学で「ビジネス中国語」の授業をしてみたのだけれど、中国語以前に、みな余りにも日本語ができないので、ストレスがたまりすぎて今年からやめてしまった。 日本語も満足に操れないのに外国語で商売なんかできるわけがない。しかも相手はあの中国なのに。実際、今の中国語の時間は、日本語講座になってしまっている場合がほとんど。日本語がロクに出来ない、なのにいくら、英語や中国語で上級を目指したところでいったいどんな意味があるのか、と思うんだけれど、みんなそこまで考えが及ばないらしい。日本人だから日本語はまったく問題ない、というファンタジーから抜け出すことがどうしてもできないようだ。 ネイティブだからカンペキ、という甘ったれた考えは捨ててもらわないと、他言語を学習する時にもそれが障壁となる。その意識がはっきりしてないと、外国語学習なんてなんの意味もないと思うんだけど。 実は最近のメリケン話は、あっちの大学とか企業でそういうビジネスの場で通用する実戦的な中国語を教えないか、というもの。そんなメリケンレベルになれば、僕なんかより英語に秀でた中国語ネイティブ、なおかつ現場の経験も豊富な連中がうなるほどいるだろう、と言っても、いや、お前が日本人で、アメリカと中国の間に立てる人間だからいいんだ、と。 まぁ、そういやそうなんだろうけれど…。でも、このへんの発想の柔軟さが、今世紀の中国が日本ではなくてアメリカをパートナーに選んだ一因だという気もする。自分が目指しているものに向かう一手段としての「研究」そのものの形態を継続することに僕は全く固執はない。「中国語」で、どうやって人生を切り拓いていくか、という原点につい最近立ち返ったばかり。そう考えると、けっこう魅力的な話ではあるんだが。 固定は死。 now or never。(2007年05月13日)
2007年05月16日
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英語の一線から退いても月に一冊はペーパーバックを読むということをずっと自分に課していたけれど、英語の前線復帰がいよいよ切実になった今月から1週間に1冊をノルマに。と、言っても、専門に関するもので読まなければならない洋書はたくさんあったので、英語の文章には絶えず触れてきた(触れざるを得なかった)わけだけれど、ノルマとしは、そこから外れるものを重点的に。今日読んだ本。たまにこんな本を読むのもおもしろい。『The Wisdom of Crowds』以下、横着をして Amazon.co.uk より引用。Smart people often believe that the opinion of the crowd is always inferior to the opinion of the individual specialist. Philosophical giants such as Nietzsche thought that "Madness is the exception in individuals but the rule in groups". Henry David Thoreau lamented: "The mass never comes up to the standard of its best member but on the contrary degrades itself to a level with the lowest member." The motto of the great and the ordinary seems to be: Bet on the expert because crowds are generally stupid and often dangerous. Business columnist James Surowiecki’s new book The Wisdom of Crowds explains exactly why the conventional wisdom is wrong. The fact is that, under the right circumstances, groups are remarkably intelligent, and are often smarter than the smartest people in them. Groups don’t even need to be dominated by exceptionally intelligent people in order to be smart. Even if most of the people within a group are not especially well-informed or rational, it can still reach a collectively wise decision. Why? Because, as it turns out, if you ask a large enough group of diverse, independent people to make a prediction or estimate a probability, and then average those estimates, the errors each of them makes in coming up with an answer will cancel themselves out. Not any old crowd will do of course. For the crowd to be wise it has to satisfy four specific conditions, but once those conditions are met, its judgment is likely to be accurate. Surowieki concentrates on three kinds of problems. The first are cognition problems (problems that are likely to have definitive answers, such as: "How many books will Amazon sell this month?"). The second are problems of coordination (problems requiring members of a group to figure out how to coordinate their behaviour with one another) and the third are problems of cooperation (getting self-interested, distrustful people to work together-- despite their selfishness). The brilliant first half of the book illustrates this theory with practical examples. The second half of the book essentially consists of case studies with each chapter talking about the way collective intelligence either flourishes or flounders. Much of this part deals with business topics such as corporations, markets and the dynamics of a stock-market bubble. Surowieki has an engaging, direct style defending his surprising central thesis in entertaining ways by, for example, talking about laying bets on football games and political elections; traffic jams; Google; the Challenger explosion and the search for a missing submarine. The Wisdom of Crowds is an entertaining book making a serious point and by the end of the superb first half the reader has been made to accept that, while with most things, the average is mediocrity, when it comes to decision-making the average results in excellence. --Larry Brown From Publishers WeeklyWhile our culture generally trusts experts and distrusts the wisdom of the masses, New Yorker business columnist Surowiecki argues that "under the right circumstances, groups are remarkably intelligent, and are often smarter than the smartest people in them." To support this almost counterintuitive proposition, Surowiecki explores problems involving cognition (we're all trying to identify a correct answer), coordination (we need to synchronize our individual activities with others) and cooperation (we have to act together despite our self-interest). His rubric, then, covers a range of problems, including driving in traffic, competing on TV game shows, maximizing stock market performance, voting for political candidates, navigating busy sidewalks, tracking SARS and designing Internet search engines like Google. If four basic conditions are met, a crowd's "collective intelligence" will produce better outcomes than a small group of experts, Surowiecki says, even if members of the crowd don't know all the facts or choose, individually, to act irrationally. "Wise crowds" need (1) diversity of opinion; (2) independence of members from one another; (3) decentralization; and (4) a good method for aggregating opinions. The diversity brings in different information; independence keeps people from being swayed by a single opinion leader; people's errors balance each other out; and including all opinions guarantees that the results are "smarter" than if a single expert had been in charge. Surowiecki's style is pleasantly informal, a tactical disguise for what might otherwise be rather dense material. He offers a great introduction to applied behavioral economics and game theory. Copyright © Reed Business Information, a division of Reed Elsevier Inc. All rights reserved. Book DescriptionIn this fascinating book, New Yorker business columnist James Surowiecki explores a deceptively simple idea: Large groups of people are smarter than an elite few, no matter how brilliant ;better at solving problems, fostering innovation, coming to wise decisions, even predicting the future. With boundless erudition and in delightfully clear prose, Surowiecki ranges across fields as diverse as popular culture, psychology, ant biology, behavioral economics, artificial intelligence, military history, and politics to show how this simple idea offers important lessons for how we live our lives, select our leaders, run our companies, and think about our world. About the AuthorJames Surowiecki is a staff writer at The New Yorker, where he writes the popular business column, “The Financial Page.” His work has appeared in a wide range of publications, including the New York Times, the Wall Street Journal, Artforum, Wired, and Slate. He lives in Brooklyn, New York.www.wisdomofcrowds.comこれもさっき調べてみたらすでに邦訳があったけど未見。『「みんなの意見」は案外正しい』
2007年05月15日
製作発表以来、キャスティングが一転二転している呉宇森(ジョン・ウー)渾身の大作『赤壁』(Chi-bi)。諸葛亮役の大御所・周潤發(チョウ・ユンファ)がいきなり降板。その「空席」をめぐって劉徳華(アンディー・ラウ)、梁朝偉(トニー・レオン)、呉彦祖(ダニエル・ウー)、張震(Zhang Zhen)、夏雨(Xia Yu)が候補にあがって紛糾、周杰倫(ジェイ・チョウ)までノミネートされたが、結局、諸葛亮を降板したはずの梁朝偉が周瑜役に。で、諸葛亮は金城。 梁朝偉は『超時空要愛』(1998)ですでに孔明を演じたことがあるけど、周瑜はちょっとイメージが違う気が(かと言って周潤發の周瑜もイメージ的にも年齢的にもちょっとって感じだが)。 やっぱりそのまま孔明をやってほしかった。(年齢的には確かに金城のほうが妥当なんだけど)その他、曹操が張豊毅(Zhang Feng-Yi)で、劉備が尤勇(You Yong)、孫権が張震。いい俳優ばっかりのはずなのに、なんだかなという感じ。 くだんの林志玲(Lin Zhi-Ling)は小喬。大喬って誰がやるんだろ。趙薇(ビッキー・チャオ)は孫権の妹の孫尚香。さすがにこのへんでキャストは確定のよう。魯粛も侯勇に落ち着いたみたいだし。日本の観客には馴染みの薄い俳優も多いけど、みな中国を代表する名優ばかり。これを機に日本でも知名度をあげてほしい。ここ数年、両岸三地で「普通話」による歴史大作が立て続けに撮られているけれど、この現象はその背景や脈絡をきちんと考察する必要がある。でも、その前にまず映画そのものを楽しみたいので、完成が待ち遠しい。『赤壁』をめぐるニュースはネット上に無数にある。これらをフォローしておくのも、映画を観る時に楽しさが増すかもしれない。『赤壁』に関するニュース集(中文)華語電影《赤壁》的BOLG(中文)
2007年05月13日
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『我らクレイジー・エンジニア主義』午後に入れていた用事が延期になったので、以前たまたま見たNHKの番組『プロフェッショナル・仕事の流儀』に出ていたMIT教授の石井裕氏が冒頭に取り上げられていたので買ったこの本を読む。フィールドは全く違うけれども石井氏の回には凄まじい感銘を受けて録画を何度も見返した。やはり僕は「プロ意識」や「プロ根性」をきちんと持っている人が好きならしい。以来、ここ数年、テレビ番組を観る機会がめっきり減っているのに、この番組は毎週観るようになった。そんな石井氏たちをはじめとする15人の「工程師」たちのものがたり。定期的に、意識的にこうした異分野の話に触れるの努力をするのも脳の壊死を防ぐのに大事だ。『フューチャリスト宣言』そういう流れで、昨日こんなのまで読んだ。本屋で大々的に並べられている新刊はいつも敬遠するんだけど、これはなぜか買ってしまい、そして昨日のうちに読んでしまった。
2007年05月13日
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『入門からのシャドウイング中国語短文会話360と基本文法』シャドウイング、という学習法がようやく最近になって中国語学習の世界でも注目されるようになった。ただ意識ある人は、このようなことは以前から自然に行っているはずなので、方法論自体は特に新しいというものではない。でも、きちんとそのメソッドを解説したような本は、初学者にはきわめて有用だ。同著者にはすでに次の三冊がある。いずれもきちんとこなせば確実にレベルアップを図ることが出来る好著。でも上級を目指す人にはみな勧めているのだけれど、取り組んで効果を挙げた人はほとんどいない。どうも取っ付きにくいようだ。でも、ここで挙げられているような文章、表現を、音のカタマリとして確実に聴き取れて、自分で発音できないようでは初・中級からの脱却はおぼつかない。ぜひともクリアしてほしい教材。そのままこの3冊に取り組める人はいいけど、ちょっと敷居が高い人は上掲書からチャレンジするのがお勧め。解説も懇切丁寧だ。この辺が終わったら、NHKの国際放送やCCTVのshadowing(影子練習)やdictation(聴写)、さらにはドラマや映画にも挑戦してゆく。ちなみに“shadowing”に相当する中国語訳は「跟読練習(訓練)」、「復述練習(訓練)」などがあるけれど、「影子練習(訓練)」という表現も多く見かけるようになった。特殊な学習法として意識する意味では「影子練習(ying zi lian xi)」という訳がいいかもしれない。その気になりさえすれば、日本にいながらできることは山ほどある。
2007年05月13日
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『How to Talk to Anyone, Anytime, Anywhere: The Secrets of Good Communication』昨日今日の仕事場への行き帰りで読んだ本。そう言えば、こんなので昔、英語を勉強したこともあった。『CNNトークショー・ベスト 激突!ラリー・キング対VIP 』英語の勉強になるのはもちろん、中国語の呼吸にもヒントが得られる。道が定まれば、どんなところからでも吸収は可能。でも、中国語もこうした名インタビュアーの録音を教材化すればどんなに役立つか知れないのに。
2007年05月11日
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『現代中国語新語辞典』待望の一冊。改革開放以来、特に21世紀に入ってからの中国語の新語の増え具合は凄まじい。中国語を生業としている者としては、出来る限りのフォローをして、自分の中国語の絶え間ないアップデートに励むのがプロとしての最低限の義務なのだけれど、やはりめまぐるしく変貌を遂げる中国で次々と生まれる新語を全部カバーするのは不可能。なので、こういう辞典はとても重宝する。最近は新語の辞典は他にもいいのがあるけれど、全部買ったところで出費はたかが知れているので、「工具書」として揃えておきたい。特にこの本は例文もあるのでありがたい。しかし、新語の類を見たり聞いたりして理解するのは重要だけど、それを非ネイティブである自分が使ってよいかどうかはまた別の慎重さを要する。例えばもうすっかり定着した感のある「打的」(da di)というコトバ。“taxi”ということばを広東語音で受け入れた「的士」(dik si)がそのまま北上して(di shi)として普通話に受容されたケース。普通話音の(di shi)になってしまうと“taxi”の音からはかけ離れてしまうけれど、みんなあんまりそこまで考えていない。ついでながら夏威夷(Xia wei yi)や、「瑞士」(Rui shi)、「瑞典」(Rui dian)も、普通話音で読むとモトの音が類推しにくくなってしまったコトバの代表格。その「的士」を「的」に省略し、つかまえて乗る、という行為を「打」(da)という動詞であらわしたのが「打的」。今では普通に教科書にも出てくる表現。でも、あまりに口語的な表現なので、中国語そのものがまだたどたどしい人がいきなり「打的」を使うと、違和感を覚える中国人が多いらしい。かと、思えば、そういう外国人が使っても問題ない、という中国人もいる。どっちが正しいとか、間違っているとかではなくて、そういうネイティブの意見をいかに処理するかという感覚が大事になってくる。新語がどのようなニュアンスで使われているかという、細かなニュアンスをとらえる努力をするのも、責任ある中国語を身につけるために必須の作業。
2007年05月11日
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なんだか日常に息切れがしてきたので、急に丸山が読みたくなって、しばらく仕事の手を止めて、手の届くところにあった次の二冊を読む。『言葉と無意識』『言葉・狂気・エロス』丸山圭三郎の言語哲学はなぜかむかしから僕に訴えるものがあった。ほんとに理解しているのかどうかは不安だけど、とりあえず僕なりに咀嚼しようと努力する、その過程に充実感を覚える。たぶん独善的なレベルに過ぎないんだろうけれど。丸山圭三郎は同時に日本におけるフランス語教育の功労者でもある。学生時代、絶版間際のものを急いで買い集めたけれど、まだ手をつけてないものが複数。フランス語もかなり切実なので、ちょっと昔につかった丸山テキストでおさらいしよう。僕のフランス語にとっての丸山は、ドイツ語にとっての関口存男みたいな存在だ。
2007年05月10日
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仕事帰りのタワレコで、リリースから気になってたカオリねえさんのこの2枚を購入。『DJ KAORI’S BLOCK PARTY-GOLD MIX & PLATINUM MIX-』内容的にも分量的にもかなり満足できる。一緒にコレも購入。『Beyonce“B’Day ~来日記念盤”』(1)ビューティフル・ライアー~華麗なる反撃(ビヨンセandシャキーラ)(2)イレプレイスブル(3)グリーン・ライト(4)キティ・キャット(5)ウェルカム・トゥ・ハリウッド(feat.JAY-Z)(6)アップグレイド・ユー(feat.JAY-Z)(7)フロウズ・アンド・オール(8)イフ(9)ゲット・ミー・バディード(Extended Mix)(10)フリーカム・ドレス(11)シュガ・ママ(12)デ・ジャ・ヴ(feat.JAY-Z)(13)リング・ジ・アラーム(14)リゼントメント(15)リッスン(16)チェック・オン・イット(feat.BUN B and SLIM THUG)(17)クレオール(18)ワールド・ワイド・ウーマン[2]DVD(1)ビューティフル・ライアー~華麗なる反撃(2)イレプレイスブル(3)キティ・キャット(4)グリーン・ライト(5)アップグレイド・ユー(feat.JAY-Z)(6)フロウズ・アンド・オール(7)ゲット・ミー・バディード(Extended Mix)(feat.ケリー,ミッシェル,ソランジュ)(8)フリーカム・ドレス(9)シュガ・ママ(10)デ・ジャヴ(feat.JAY-Z)(11)リング・ジ・アラーム(12)リッスンいつも洋楽は安い輸入版のほうで間に合わせるけど、これは日本版を買わざるを得ない。DVD収録のPVも充実しすぎてる。(しかし、いつもながらこういう曲名をカタカナで書かれたら分かりづらくてしょうがない)これでしばらくテンションが保てる。そのビヨンセをBGMに『The Chomsky - Foucault Debate: On Human Nature』を読む。チョムさんとフーコーのディベートを文字で読めるなんてゼイタクだ。
2007年05月09日
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仕事になんだか集中できないので、久しぶりに取り出して通読する。『Representations of the Intellectual』サイード氏には氏が来日された時に一度お会いしたことがある。親身に励ましの言葉をかけてくださったが、自分は白血病で長くないから、わたしの時間があるうちにそれまでにアメリカに来るならおいで、という言葉に、感激と同時に戦慄した。その後、やはり僕など及びもつかない次元で、絶え間ない闘いを繰り広げ、亡くなった。あの「911」で激化した闘いが氏の命を削ったのは明らかであろう。氏の著作はほとんど目を通しているが、1993年に行われたBBCでの講演を起こしたこの本は、分量的にも、メッセージ的にも「即効性」がある。サイードをとやかく語る人は増えたけれど、僕はまだ語れない。でも、語る必要もない。ただ、僕のとかく怠惰に流れがちな行状を厳しく「監視」していてくれさえすれば、僕にはそれで充分である。上記の本の邦訳は、サイード入門には、とりあえず邦訳でこれの2冊を。『権力、政治、文化(上・下)』
2007年05月08日
『知音夢裡尋』(05.07.23)より 映画『南北少林』(劉家良監督、1985。中国・香港合作。邦題『阿羅漢』1986年日本公開)で、李連杰(Li Lian-jie)の師匠を演じる于海(Yu Hai)が、病気を治そうと夜中に蟷螂拳の練習をする場面がある。その様子を覗き見していて、心配して駆けつけた李連杰たちに「我出来練套拳、把寒気逼出来。~(略)我們練武之人、一点小病就吃藥、那算什麼?」「武術を学ぶものにクスリなんかいらんのだよ」と言うのだが、劇場で観た時に子供心に「これはカッコよすぎる!」と激しく感動した。ちゃんとした武術の練功は体内の代謝をよくし、体調を整える効能があるのは確か。でも、もちろん戦闘技術としての武術には変わりないので健康増進はあくまでその側面にすぎない。そこが疎かになると現在の簡化された「太極拳」のようにただの健康体操になってしまう。 ちなみに、この映画『阿羅漢』が日本公開された時にキャンペーンで来日し、日本の少林寺拳法連盟の総本山がある香川の多度津にやって来た李連杰、于海、孫建魁(Sun Jian-Kui)、劉懐良(Liu Huai-liang)、それと香港映画史上偉大すぎる存在の劉家良(Lau Kar-leung)と会うことができた。僕が生まれて初めて中国語をしゃべった相手は李連杰。これは自分の中国語人生の中で最も忘れがたい出来事のひとつ。『阿羅漢 アルティメットエディション』ジェット・リー(Jet Li)/ホアン・チューイェン(Wong Chau-Yin)/ユエ・チェンウェイラウ・カーリョン[劉家良](Lau Kar-Leung)商品情報・発売日:2006年01月12日・発売元:キングレコード・販売元:キングレコード(株)・ディスク枚数:1枚(DVD1枚)・収録時間:188分・映像特典内容:【映像特典】オリジナル予告編/日本公開版予告編/フィルムギャラリー・メーカー品番:KIBF-2538・JANコード:4988003974442清王朝によって南北に分断された少林拳総本山。北と南それぞれから腕に自信のある者が名乗りを上げ、武道の結合と王朝の打倒のために立ち上がる。本格的な中国憲法が堪能できる痛快作品。【ストーリー】中国清朝のある時代。嵩山少林寺(北少林)で修行する智北(ジェット・リー)と南の地甫田(南少林)で修行に励む智南(フー・チエンチアン)は、ある日、都の総督である赫索を暗殺しようとしていた青燕(ホアン・チューイェン)を助けたことで出会う。二人は最初は敵対しあっていたが、追っ手から逃げているうちに、同じ少林寺の仲間であることがわかり、心を許し合う友となる。そして、青燕が赤索に捕えられたと知った時、二人は力をあわせて敵に戦いを挑んだ。【解説】ジェット・リー主演で一大ブームを巻き起こした『少林寺』。クンフーアクションスターとしてジャッキー・チェンと並び、世界的な人気を得た彼の、中国時代最後の出演作として日本でも大ヒットをとばした『阿羅漢』の登場である。監督は『少林寺三十六房』のラウ・カーリョン。自身も洪家拳の使い手であり、本物の中国武術かたちを集め、中国全土でロケーションを敢行して、リアル・クンフー映画を作り上げた。画面サイズ:シネスコサイズ=LB色彩:カラー言語: 北京語(オリジナル言語)/北京語(オリジナル言語)/日本語(吹替言語)音声方式: ドルビーデジタル5.1chサラウンド(オリジナル音声方式)/ドルビーデジタルモノラル(オリジナル音声方式)/ドルビーデジタルモノラル(吹替音声方式)字幕言語: 日本語字幕/吹替字幕制作国: 香港制作年:1986年タイトル:MARTIAL ARTS OF SHAOLIN当時、李連杰22歳。わたくし12歳。お互い年とりました。 さらにちなみに、今までも何回か日本でDVD化されているけれども、来月に稀代の名作『少林寺』と『少林小子』(邦題『少林寺2』)のアルティメイトがリリースされます。『南北少林』(『阿羅漢』)も来年に発売とのことなので、興味のある方は是非。『南北少林』でたった3人で赫索(于承惠)に挑む智明(李連杰)たちに助力するために南北両少林寺の門弟を率いて颯爽と登場する釈忍(于海)もカッコいいが、『少林小子』のラストで、計春華たちの盗賊団に襲撃されてピンチの于承惠一家を助けるべく急遽舞い戻った李連杰や胡堅強の登場シーンはいつ見ても鳥肌が立つ。ここのBGMは、オリジナル版ではなくて、やはり日本公開版のザ・グレート・カブキが歌う「ハート・オブ・ライオン」でないとカタルシスは得られない。『少林寺 アルティメット ツインパック』ジェット・リー(Jet Li)/ユエ・ハイ(Yu Hai)/フー・チェンチャン(Hu Jian-Qiang)チャン・シンイェン[張鑾炎](Zhang Xin-Yan)商品情報・発売日:2005年08月03日・発売元:キングレコード・販売元:キングレコード(株)・ディスク枚数:2枚(DVD2枚)・収録時間:100分/103分・映像特典内容:【映像特典】冒頭ドキュメンタリー付日本初公開版本編/オリジナル予告篇/日本公開予告篇/【静止画】スチールギャラリー/【音声特典】オリジナル、DTS5.1ch、日本初公開版、TV放映版、新録版日本語吹き替えの豪華5音声・メーカー品番:KIBF-90330/1・JANコード:4988003972684画面サイズ:16:9LB色彩:カラー言語: 北京語(オリジナル言語)/北京語(オリジナル言語)/北京語(オリジナル言語)/日本語(吹替言語)音声方式: ドルビーデジタルモノラル(オリジナル音声方式)/dts5.1chサラウンド(オリジナル音声方式)/ドルビーデジタルモノラル(オリジナル音声方式)/ドルビーデジタルモノラル(吹替音声方式)字幕言語: 日本語字幕/吹替字幕制作国: 中国・香港合作制作年:1982年収録タイトル:『少林寺 アルティメット エディション』/DVDアーティスト:ジェット・リー出演:ジェット・リー/ユエ・ハイ/フー・チェンチャンほか監督:チャン・シンイェン[張鑾炎]脚本:シー・ホウほか「少林寺」『少林寺2 アルティメット エディション』/DVDアーティスト:ジェット・リー曲目タイトル:1.ハート・オブ・ライオン (日本初公開版主題歌)出演:ジェット・リー/ユエ・ハイ/フー・チェンチャンほか監督:チャン・シンイェン[張鑾炎]脚本:ホー・シューホワほか「少林寺2【オリジナル版】」「少林寺2【公開版】」この3作は何十回、何百回見たか知れない。僕の中国語の原点。
2007年05月08日
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月曜は、職場がフランス語8割、英語が2割になる日。フランスの新大統領の話題で持ち切り。昨日はさいたまの昼夜の両公演に参戦していたので、ニュースをフォローする気力も体力もなく。朝に“Le Monde”のサイトの記事に簡単に目を通すことだけはしておいたので、それとなく話についてはいけたけれどかなり苦しかった。時事フランス語は実際に使うとなると、非専門の僕にはかなり骨が折れる。結局、英語に逃げる。でも、その英語にしたところで、たいしたことないわけで。そんな仕事の合間に読んだ本。『人間の絆(上・下)』先日、再刊されていたので衝動的に購入。モームが読みたかったというよりも、僕の好きな英文学者の中野好夫さんの訳だったので、というのが大きい。もちろんモーム自信も好きな作家の一人。特に僕と同じ吃音者であることが、なんらかのシンパシーを呼び覚ましているのかもしれない。この『人間の絆』はモームの自伝的な「教養小説」だけど、やはり「吃音」の隠喩としてのハンディキャップが出てくる。モームとは関係ないけど、帰りにこんなのも買った。『武将が信じた神々と仏』
2007年05月07日
中国語で生きてゆこうと子供の頃に決意してからはや四半世紀。まがりなりにも中国語で食べてゆけるようなところにまでは来たけれど、それだけでも周りが言うようにたいしたことなのかも知れないけれど、いつの間にかそこに安住しようとしている自分に気づいて、ここ最近ひそかに強烈な自己嫌悪に陥っていた。竹刀で素振りばかり教えているからなのか。たしかになまじの真剣でも竹刀ではたき落とせる腕は身につけたのかもしれないけれど、真剣同士の立会いの緊張感に出合うことがめっきりなくなった。でも、これはある意味し方がない。ある時から真剣を鞘におさめて、しまいこんだのは僕なのだから。このままもうひと頑張りすれば、竹刀をそれらしく振り回しているだけで、とりあえずの生活の安定と、ある程度の社会的地位が手に入る。だけど、それと同時に、それまで追い求めてきたものを見失ってしまうに違いないという確かな予感。それ以上に「固定」を激しく忌避する性格。自分がこれまで「まっとう」な職に就くのを避けてきた理由がなんであるのか、もう一度、確認する必要がある時に来ている。そんなことを浜松城天守のふもとから城下を眺めながら考えた。
2007年05月06日
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昨日は所用で名古屋、豊橋とめぐり、浜松で浜松まつりを眺めて一泊して今朝、始発のこだまで帰ってきた。大手企業の下請け工場が多い東海道の各駅には研修の指導とかでよく行くのだけれど、浜松駅で下車したのは今回が初めて。これだけ行き来しているのに不思議な気がした。初めての土地での楽しみは、その街を徹底的に歩き倒すことと、ご当地本を買い集めること。今回は手持ちが心もとなかったので、ほとんど買えなかったけど、今度来た時に買おうとチェックはきちんとしておいた。でも、自分の関心上、やっぱり方言関係の本が中心になる。『えーらしぞーか』『しずおか方言風土記』『まっとしゃべらず』『傑作しぞーか弁』とか。あとこんなのも。『静岡県 草と木の方言』これはすごい。方言学、民俗学にとどまらず博物学的に有用だ。「静岡方言」ということではけっこうあるのだけれど、肝心の遠州方言に関するピンポイントのものが見当たらなかったのが残念。今回の案内をしてくれた、今春から浜松で奉職している後輩R嬢が注目していたのは、『静岡県名字の由来』確かにその土地の姓氏の分布や由来はけっこう気になる。現地の人は目もくれないような本でも、人によっては面白くてしょうがないものがかなりある。そういう意味では、僕にとってはまだ東海道沿線はまだまだ未開拓なので、これからもそうした発見が楽しみ。今回、意外にヒットだったのが、『こんやもカレーだら』『だもんで静岡(しぞーか)おでん』の2冊。いいなぁ。
2007年05月06日
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『武田百合子 天衣無縫の文章家』京極サンの本を読むつもりが、明朝、急に富士山のふもとを通って旅行することになったので、思いつきで富士日記(上巻)改版富士日記(中巻)改版富士日記(下巻)改版の三冊を引っ張り出して読んでみる。武田泰淳の奥さんということで興味を持って読み始めたのだけれど、けっこう好きな作家の一人。泰淳や竹内好と旅したロシア紀行文の『犬が星見た-ロシア旅行』も秀逸。『ことばの食卓』や『遊覧日記』、亡くなる前年に出した、『マリ・クレール』に連載していた『日日雑記』も余韻が残る名作。
2007年05月04日
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昨日今日で、仕事の合間に読んだ本。桂米朝『一芸一談』(ちくま文庫)1989年4月から翌年10月にまで放送された朝日放送ラジオの対談番組『ここだけの話』から12人のセレクション。活字になっても声が聞こえてくる感じ。最近の江戸ブームにあやかって志ん生の落語をよく聞いてるけど、上方落語もけっこう好きだ。気がついたら同じちくま文庫の『桂米朝コレクション(全8巻)』も全部持ってる。あと、にわかなシラス夫妻人気の余波で見直され始めている二郎さんの全文集。『青山二郎文集(上・下)』ちくま学芸文庫必要があったので、こんなのも読み直してみる。網野善彦『里の国の中世』平凡社ライブラリー仕事がひと区切りついたら、今晩はこの前買ったこれを読もう。京極夏彦『後巷説百物語』角川文庫うっかりしてるとどんどんたまってゆく京極サンの文庫本…。
2007年05月04日
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『殺破狼(SPL/狼よ静かに死ね)』の葉偉信(ウィルソン・イップ)監督。上映には間に合わず、昨年末に香港で購入。本編は帰国後にすぐに観たけど、今日ようやく特典ディスク収録分を看完。再びと組んだ全編ドニーアクションで、それだけで満足できる。そして火雲邪神(ふぉーわんちぇーさん)が登場。火雲邪神といえば『功夫(カンフー・ハッスル)』で、すっかり変わり果てた姿の梁小龍(ブルース・リャン)がやっていたのが記憶に新しい。そして元華(ユン・ワー)も引き続いての対戦。『功夫』ではデフォルメしすぎた太極拳の使い手だったけど、今回は大刀を用いた正統派のアクションを見せてくれる。『功夫』はCGに頼りすぎたと言う批判もあったけど、それに比べて、『龍虎門』はもともと漫画なので、CGが多いのもまぁしゃあないか、と受け入れやすい。それよりもどこまでが実写でどこまでがCGかわからない、ドニーのオレ様アクションが相変わらず凄まじい。ドニー御大本人から特訓された謝霆鋒(ニコラス・ツェー)や余文楽(ショーン・ユー)も頑張ってる。それにしても最近めっきりいろんなところが四哥(せいこー)に似てきた謝霆鋒。血は争えない。しかし『カンフー・ハッスル』の時もそうだけど、日本でのこのプロデュースの仕方はやはりいかがなものかと思う。『かちこみ! ドラゴン・タイガー・ゲート』日本公式サイトhttp://kachikomi.gyao.jp/この、映画の本質をまったく無視した邦題には文句つける気にもならないけれど、われらが火雲邪神が「シブミ」とは、いったいどういうことだ!公開前に深夜に特番もやってたけど、フジのアナウンサーたちのカン違いぶり(って別に彼らが悪いわけじゃないんだが)に途中で録画をやめてしまった。『カンフー・ハッスル』の「ありえねー!」なみに「かちこみてぇー!」の叫び声は不快きわまりない。は、ともかく、なんだかいい役にあんまりめぐり合えないので日本での知名度はイマイチのままの董潔(Dong Jie)や、往年のショーブラの名優・陳観泰(Chen Guan-Tai)の姿も拝めるので、それだけでも満足できたりする。でも、董潔はすっかりお姉さんになったけど、章子怡みたいにならなくてもいいから着実に成長していってほしい。くれぐれも張藝謀には近づかないように。
2007年05月04日
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最近、呼吸が乱れがちなので、思うところあって、一気に観なおした。何回目だろうか。祖父は斯界の「吉岡」や「宝蔵院」を相手に一人で立ち回って負け知らずの人物だったけれど、吉川英治が雑誌かなにかのインタビューで「先生は武蔵ですか?」と聞かれて、いや自分は又八だ、と答えたエピソードが気に入っていて、自分はその境致にはまだとうていたどりつけそうにない、と米寿が近い齢になっても言い続けている。そんな祖父の薫陶を幼い頃から受け続けているので、祖父の「武蔵コレクション」の中の吉川版武蔵を初めて読んだのは小学校の高学年の時。ちょうどNHKで役所広司の武蔵をやっていたけれど、リアルタイムでは気がついたらもう巌流島の手前だったので、ちゃんと観たのは再放送だった。世代的には12時間ドラマの北大路武蔵のイメージが強い。おかげで清十郎は萩原流行。でも、そんな僕に母親が強烈に推した錦ちゃんの武蔵はやはり別格だった。時間があれば小説をじっくり読み返したいところだけれど、映画でもじゅうぶん。観ながら小説の文句も思い出せる。この頃の東映ってやっぱりすごい。初めて読んだのは十歳になるかならないかの頃だったけど、人生のそれぞれの場面でいろんな異なる光を放ってきた次の言葉を、また頭の中で幾度も反芻した数日間だった。波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は躍る。けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を。水のふかさを。
2007年05月02日
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今朝とどいた『TIME』(May.7.2007)最新号の書評で挙げられていた本2冊。英国人ジャーナリストのWill Hutton氏の『The Writing on the Wall : China and the West in the 21st Century』(そう言えばDestiny's Childにも同じ名前の曲が…)と、前『Los Angeles Times』北京支局長James Mann氏による『CHINA FANTASY』書評の見出しは「Chinese Puzzle.」で「Can the mainland continue to thrive without political reform? Two books offer opposing views」とある。本文にもあるとおり、この2冊は「Why We Must Embrace China As a Partner or Face It As an Enemy」「How Our Leaders Explain Away Chinese Repression」というそれぞれサブタイトルがその本質を端的に説明している。読んでいて異論も少なからずあるけれど、『CHINA FANTASY』などはかなり突っ込んだところでも議論を繰り広げていて、あっという間に読めた。ベストセラー作家だけあって読ませ方もうまい。こういったものを読むと欧米人たちが個人的、企業的、国家的にいかに戦略的に中国を攻略していこうとしているかがよくわかる。21世紀の中国は日本でなくアメリカをそのパートナーに選んだ。その意味を深く考えないと日中関係の将来はないことを切実に思い知らされる。もちろん日本と中国の間には独自の関係史があるが、旧態依然の「一衣帯水」の友好論や、右翼メディアのウケウリの反中論は捨てて、いかに「看准未来 kan zhun wei lai」な新しい関係を構築してゆけるかを議論するのが焦眉の急だろう。中国とアメリカに挟み撃ちにされて耐えていられる力が今の日本にあるとはとても思えない。去年読んだこんなの本もおもしろかった。『The Chinese negotiator』『Guanxi the Art of Relationships』「関係(guan1 xi)」という興味を引かれる題名の後者はマイクロソフトの中国進出戦略のドキュメンタリー。さまざまな障壁にぶつかり、それを克服していくビル・ゲイツ軍団の奮闘振りと、飛躍的な進歩を遂げる中国語IT業界の樣子がよくわかる。同時に欧米人から見た新しい中国文化論としても楽しめる。中国語の「guan-xi」は日本語の「かんけい」とはその意味をかなり異にする。漢字にとらわれない彼らだからこそ「Guan-Xi」のコアに斬り込んでいけたのだろう。こっちは最近、邦訳が出たようだ。原書で読むと早いし、英語の訓練にもなるけれど、邦訳のほうが日本人読者向けに情報量が多かったりするので、結局両方買ってしまうことになるパターンが多い。これも原書が面白かっただけに迷いどころ。『ビル・ゲイツ、北京に立つ 天才科学者たちの最先端テクノロジー競争』
2007年05月01日
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