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ボルゴグラードでの自爆攻撃とダゲスタンとの関係が指摘されている。ダゲスタンはカスピ海に面した北コーカサスにあり、アゼルバイジャン、グルジア、チェチェンなどに囲まれた共和国だ。カスピ海の周辺は昔から有名な油田地帯で、アゼルバイジャンの首都、バクーはその中心的な存在として知られている。 ノーベル賞で有名なアルフレッド・ノーベルが兄のルートビッヒとバクーで製油所を建設したのは1875年のこと。ルートビッヒはロシア政府へのライフルの販売で既に財をなしていた。1879年にノーベル兄弟産油会社を設立、石油を輸送するためにカフカース山脈を越える鉄道をノーベル兄弟は計画した。その資金を提供したのがパリのロスチャイルド家だ。 1883年にカスピアン・アンド・ブラックシー石油(BNITO)が創設され、同社の石油を販売することになったのがユダヤ系イギリス人のマーカス・サミュエル。スエズ運河を使い、石油をバンコックやシンガポールへ運んでいる。 マーカス・サミュエルの父親(息子と同じマーカス)は1833年にロンドンで店舗を開き、貿易を始めた人物。息子のマーカスは弟のサミュエルと横浜にサミュエル・サミュエル商会という会社を1876年に創設、ロンドンと横浜の会社を兄弟は取り引きの拠点にした。 バクー油田の石油を扱い始めていた兄弟が石油や天然ガスの取り引きを目的としてロンドンでシェル輸送貿易を設立したのは1897年。サミュエル・サミュエル商会は1900年に石油部門を独立させてライジングサン石油を作っている。 ロックフェラーのスタンダード石油に対抗するため、1903年にサミュエル兄弟はロスチャイルド家やヘンリー・デターディングと手を組んでアジアチック石油を設立。1907年にはシェルとデターディングのロイヤル・ダッチが合併してロイヤル・ダッチ・シェルが誕生、ライジングサン石油は日本における拠点になった。 1917年3月にロシアでは「二月革命(ロシア暦では2月にあたる)」によってロマノフ朝が崩壊してイギリスと結びついた資本家の「臨時革命政府」が樹立される。これを嫌ったのがドイツで、亡命中のウラジミール・レーニンなどボルシェビキ幹部の帰国を助け、11月の「十月革命」につながる。二月革命と十月革命は本質的に違うということだ。 十月革命で成立したボルシェビキ政権はバクー油田の制圧に乗り出す。イギリス軍やトルコ軍が革命軍を一旦は押し返したが、1920年には制圧され、ロスチャイルドは利権を失った。 それから70年余り後にソ連が消滅するとカフカース地方で「独立」の動きが強まり、バクーを含むカスピ海周辺の油田に欧米の巨大石油会社が群がる。チェチェンやダゲスタンでの戦闘もそうした流れの中で起こったわけだ。ボリス・エリツィン時代に巨万の富を手にしたイスラエル系のボリス・ベレゾフスキーはチェチェンのマフィアや反ロシア勢力と結びついていた。 当初、チェチェンの武装勢力を率いていたのはシャミーリ・バサーエフ。エリツィンのクーデターに参加していたと言われている人物で、ソ連が消滅してからアフガニスタンやパキスタンを訪れ、1994年にエリート戦闘集団を編成して武装闘争は始めたという。 そのバサーエフに率いられた部隊が1999年に攻め込んだ都市がダゲスタン。同じ時期にモスクワ、ブイナクスク、そしてボルゴドンスクで爆弾攻撃が続いた。その翌年、オサマ・ビン・ラディンの側近と言われるアブ・ダウドはチェチェンの反ロシア勢力に対するアル・カイダからの支援を公言している。彼によると、アル・カイダが戦闘員、武器、資金を提供し、チェチェン人がアフガニスタンでアル・カイダから訓練を受けているのだという。 アル・カイダを動かしている黒幕はサウジアラビア。ウラジミル・プーチンがサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン総合情報庁長官に対し、「ここ10年の間、チェチェンのテロリスト・グループをあなたたちが支援していることを知っている」と口にしたというが、既に明らかにされた情報から見ても事実である可能性が高い。 今年4月、アメリカのマサチューセッツ州ボストンで開催されたマラソン大会で爆弾が仕掛けられ、3名が死亡、百数十名が負傷するという事件があった。その容疑者としてタメルラン・ツァルナエフとジョハル・ツァルナエフの兄弟が浮上、兄のタメルツランは射殺され、弟のジョハルは拘束された。 それに対し、ふたりの母親は冤罪を訴え、FBIは3年から5年の間、息子たちを監視下におき、彼女にもしばしば接触、「過激派のウェブサイト」を息子が利用していると警告していたと主張している。 兄弟のおじ、ルスラン・ツァルナエフは1992年から2年間、CIAとの関係が指摘されているUSAIDの「顧問」としてカザフスタンで働いているのだが、この当時、彼はダゲスタンで生活していた。兄弟の父親はアメリカへ渡らず、ダゲスタンに残っていた。 また、ルスランが結婚したサマンサ・フラーの父親はグラハム・フラーというCIAの幹部だった人物。CIA時代にトルコ、レバノン、サウジアラビア、イエメン、アフガニスタン、香港を担当、1982年に近東・南アジア担当の国家情報オフィサーとなり、86年には国家情報会議の副議長に就任、88年には国防総省系のRANDコーポレーションへ移っている。 兄のタメルランは2012年の1月から7月にかけてロシアに滞在、ワークショップ/セミナーに参加しているのだが、主催したコーカサス基金はジェームズタウン基金というワシントンDCを拠点とする団体と協力関係にある。ジェームズタウン基金は1984年に創設された際にウィリアム・ケーシーCIA長官が支援、2010年からズビグネフ・ブレジンスキーも理事として名を連ねている。 USAIDは昨年、ロシアから追い出されているのだが、その理由は言うまでもないだろう。
2013.12.31
オリンピックの開催が迫っているソチ。そこから遠くないボルゴグラードで自爆攻撃が2日続けてあった。12月29日の昼に南ロシアのボルゴグラード-1駅で自爆攻撃があったのに続き、翌日の朝には駅から近いボルゴグラードの中心部を走っていたトロリーバスが攻撃され、それぞれ十数名が死亡、数十名が負傷したようだ。ソチのオリンピックではチェチェンの反ロシア勢力が破壊活動を予告している。 今回の自爆攻撃で注目されている人物がいる。サウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン総合情報庁長官だ。イスラム武装勢力の黒幕といわれ、最近は頻繁にイスラエルと接触していると伝えられている。 まだ「西側」がシリアへの直接的な軍事介入を目指していた今年7月、バンダルは欧米の仲間と協議した上で、アブドラ・ビン・アブドル・アジズ国王にモスクワ訪問を求め、国王は7月30日にウラジミル・プーチン大統領とモスクワで会っている。 その際に両者はバンダル長官のロシア訪問で合意、長官は秘密裏にモスクワへ入り、ロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)のイゴール・セルグン長官と会談した。次いでプーチン大統領とも話し合っているのだが、そこでバンダル長官は次のようなことを言ったという。 来年、黒海のソチで開かれる冬季オリンピックを守ると保証できる。オリンピックの破壊活動をすると脅しているチェチェンのグループは自分たちのコントロール下にあり、自分たちとの調整なしにシリア領へは向かわない。 自分たちに協力しないと、サウジアラビアの指揮下にあるチェチェンのグループがソチ・オリンピックを攻撃すると脅しているように聞こえる。プーチンもそのように聞いたらしく、「ここ10年間、チェチェンのテロリスト・グループをあなたたちが支援していることを知っている」とプーチンは口にしたという。 このプーチンに対する脅しが逆効果になったようで、ロシアはシリアで強い姿勢に出る。その結果、イギリスやアメリカは直接的な軍事介入を止めてしまい、バンダル長官はイスラエルと頻繁に接触するようになった。 バンダル長官とプーチン大統領との話し合いが決裂したということは、チェチェンの勢力がソチ・オリンピックを攻撃するという脅しが生きているということに外ならない。シリアでの敗北をサウジアラビアやイスラエル/ネオコンはロシアへの直接的な攻撃で挽回しようとしているように見える。ということで、ボルゴグラードでの自爆攻撃とバンダル長官を結びつけて考える人が少なくないのだ。 反ロシアの動きにウクライナもリンクしている可能性は高い。最近、話題になっているのは9月からヨーロッパ・ユーラシア担当の国務次官補になったビクトリア・ヌランド。抗議活動の参加者にスナック菓子を配り、反政府行動を叱咤激励したのだ。このヌランドの夫はネオコン(親イスラエル派)の大物のひとり、ロバート・ケーガン。ウクライナで反政府活動を激励したジョン・マケイン上院議員もイスラエルの代弁者として有名な人物だ。
2013.12.31
防衛という立場から考えると、限られた場所に部隊が集中していることは不利である。先制攻撃を想定しているなら別だが。 日本に駐留しているアメリカ軍は約4万5000人、その半数以上は沖縄にいる。基地の面積で比較すると7割が集中している沖縄県だが、県の面積は全国の0.6%にすぎない。その沖縄に新しい軍事基地を建設するということを日米政府は決め、仲井真弘多知事は認めたわけだ。その沖縄へ今年1月に9機のF22-ステルス戦闘機が飛来、無人機も配備するようだ。 そうした動きに日本側も呼応、装備を強化しようとしている。例えば、28機のF-35ステルス戦闘機、17機のオスプレイ、52台の水陸両用強襲車両、99台の軽量戦闘車両、3隻のイージス艦、5隻の潜水艦、さらに偵察用無人機グローバルホークの導入も検討しているという。 オスプレイは海兵隊と深い関係がある。日本では水陸機動団を創設するというが、要するに日本版の海兵隊。陸上自衛隊西部方面普通科連隊が中核になるようで、2005年から毎年、カリフォルニア州でアメリカの海兵隊と共同訓練してきたと伝えられている。そのほかの自衛隊の動きで注目されたのは、今年1月13日に陸上自衛隊の第1空挺団が「離島防衛」のシナリオで実施した訓練。 東アジアで軍事的な圧力を強めるという主張をネオコン(親イスラエル派)のシンクタンクPNACがしたのは2000年に公表された報告書『アメリカ国防の再構築』。その中でオスプレイの重要性を強調していた。行動範囲が広がるというのだ。つまり、自衛隊も行動範囲を広げようとしている。 振り返ってみると、1996年12月にSACO(沖縄に関する特別行動委員会)の合意があり、98年12月に知事となった稲嶺恵一は99年11月に普天間基地の移設先を辺野古沿岸に決定、2006年4月には、滑走路2本をV字型に配置する案(現行案)で額賀福志郎防衛庁長官と島袋吉和名護市長が合意、同年5月には「再編実施のための日米のロードマップ」が日米両国政府間で合意され、09年5月に国会で承認された。この「ロードマップ」で沖縄の負担が軽減されることがないことは明白だ。 移設問題は沖縄人を無視して進められたわけだが、そのとき、日米の支配層は軍事的な結びつきを強めようとしていた。すでに1980年代からアメリカは軍事負担に耐えられなくなっていて、その負担を日本へも押しつけている。「思いやり予算」のような資金面だけでなく、「血を流せ」ということだ。 思いやり予算が天井に達した1995年、ジョセフ・ナイ国防次官補が「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を公表、97年の「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」、そして99年の「周辺事態法」につながる。 朝鮮半島での戦争計画も1998年にアメリカは作成している。OPLAN 5027-98だ。この計画は、金正日体制を倒し、国家として朝鮮を消滅させて韓国が主導する新たな国、つまりアメリカにとって都合の良い国を建設することを目的としていた。そうした中、8月に朝鮮は太平洋に向かって「ロケット」を発射している。海上自衛隊が能登半島の沖で「不審船」に対し、規定に違反して「海上警備行動」を実行したのは翌年の3月だ。 1999年になると、朝鮮の金体制が崩壊した場合に備えるとして「CONPLAN 5029」が検討され始め、05年にこの計画はOPLANへ格上げになったという。その2005年に発表されたのが「日米同盟:未来のための変革と再編」だ。 その間、2001年9月11日のニューヨークにおける超高層ビルへの航空機突入とペンタゴンへの攻撃を利用してジョージ・W・ブッシュ政権は1982年から練られていた戒厳令プロジェクトを始動させ、03年3月にはネオコンが1991年から描いていた計画通りにイラクのサダム・フセイン体制を崩壊させている。 攻撃の4日前にアメリカ軍は空母カール・ビンソンをを朝鮮半島に派遣、6機のF-117を韓国に移動させ、グアムには約10機のB-1爆撃機と約10機のB-52爆撃機を配備した。この時に韓国の大統領だった盧武鉉は戦争に反対したようだが、その後、スキャンダル攻撃にあい、2009年に変死している。 日本政府は好戦的なネオコンや戦争ビジネスと近い関係にあると見られている。その勢力は東アジアでの軍事的な緊張を高めるだけでなく、戦争も想定してきた。日本は多くの原発、要するに「核地雷」を抱えていることも忘れ、安倍晋三首相はその好戦的な雰囲気に酔っている。
2013.12.30
沖縄県の仲井真弘多知事は12月27日、名護市辺野古沿岸の埋め立て申請を承認した。知事は公約の「県外移設」の主張は堅持しているというが、官僚風の見苦しい言い訳。どのような理由があろうとも、沖縄人の気持ちを踏みにじったことに変わりはない。 ただ、この問題でマスコミに知事を糾弾する資格がないことも確かだ。首相だった鳩山由紀夫が「最低でも県外」と口にしたとき、各社横並びで鳩山を攻撃、つまり、普天間基地を辺野古へ移転させろと主張していたのである。 内部告発の支援をしているWikiLeaksが公表した2009年10月15日作成のアメリカ外交文書によると、12日にカート・キャンベル国務次官補らは長島昭久防衛政務官らと普天間問題で会談した後、長島らが去ってから日本の官僚と昼食をとっている。 その席で防衛政策局の高見沢将林局長はアメリカ側に対し、普天間代替施設計画について長島の評価を額面通りに受け取るなと強調、民主党政府が受け入れるように再編パッケージを調整する過程で、あまり早期に柔軟さを見せるべきでないと忠告したという。 さらに外務省の梅本和義北米局長は、移設問題のプロセスをどうするか民主党政権はまだ決めていないと伝え、その理由として岡田克也外相、前原誠司国交相(沖縄及び北方担当大臣などを兼務)、平野弘文官房長官の取り組み方がバラバラであるうえ、小沢一郎幹事長が介入してくる可能性があると報告している。ちなみに、この後、小沢は検察とマスコミによって排除された。 また、同年12月16日に作成された文書では、12月10日にアメリカ側と接触した3人の外務官僚、有馬裕、有吉孝史、深堀亮の話が出てくる。この3人も密約問題などで鳩山政権に不快感を示し、アメリカ政府は普天間移設問題で民主党政権に対して過度に妥協的であるべきではなく、合意済みのロードマップについて譲歩する意思があると誤解される危険を冒すべきでもないと主張している。こうした鳩山政権に対する不快感や批判を伝えるため、3人の方からアメリカ側に会談を求めたのだという。 この外務官僚たちは主権者である国民も愚弄している。大衆は安全保障問題や普天間移設を進めることが日本の安全にとって重要だということを理解していないとも語っているのだが、彼らの理解は自分たちがどこかで吹き込まれた話にすぎないことを彼らは理解できていない。 高見沢防衛政策局長にしろ、梅本北米局長にしろ、あるいは有馬、有吉、深堀の3外務官僚にしろ、スパイ行為と言われても仕方がない。有馬などは、アメリカ大使館にとって重要な情報源だとまで書かれている。日本を支配しているアメリカに媚びを売ることで私的な利益を得ようとしているとしか見えない。 本来なら、WikiLeaksがこの文書を公表した段階で国会は彼らを証人喚問して当然だったのだが、知らない振りをして何もしていない。マスコミもこの問題に本腰を入れて調査、報道すべきだったのだが、そんなことはしていない。 辺野古埋め立てで仲井真知事は公約を破ったことは間違いないが、マスコミは「最低でも県外」と語った鳩山を攻撃する一方、官僚たちの背信行為を黙認、辺野古埋め立てへの道を整備してきたことも事実。この問題で真に批判されなければならないのは官僚とマスコミである。
2013.12.28
安倍晋三首相がひとりで暴走しているわけではない。日本を支配する勢力の意に反する政策を打ち出すと見なされれば、あらゆる手段を使って排除される。マスコミを使って攻撃するだけでなく、捜査機関、例えば東京地検特捜部に強制捜査、逮捕、起訴させ、場合によっては「急病」、あるいは「急死」で退場することもありえるだろう。安倍首相が安泰ということは、そうした勢力も安倍首相の言動を許しているということであり、つまり、その勢力が暴走しているということだ。 アメリカ大使館は安倍首相の靖国神社参拝について、「日本の隣国との緊張を悪化させる行動を日本の指導者がとったことにアメリカは失望している」という声明を出した。日本の支配層が従属している相手とバラク・オバマ政権は違うということになる。 その相手を推測するヒントを安倍首相は今年9月、アメリカのハドソン研究所で行った演説の冒頭で口にしている。ロナルド・レーガン、リチャード・チェイニー、ヘンリー・キッシンジャー、ジョージ・シュルツだ。 いずれも戦争ビジネスやネオコン(親イスラエル派)と深い関係にあるが、世間では、意外とレーガンに関する情報は語られない。レッド・パージに協力していたハリウッドの売れない俳優だったということは知られているが、その人物がなぜ大統領になれたのだろうか? レーガンを語る場合、FBI捜査官、H・アレン・スミスとの関係を忘れてはならない。同じイリノイ州の出身だということもあり、ふたりは若い頃から親しかったのだが、そのスミスは後にJ・エドガー・フーバーFBI長官に目をかけられ、彼の推薦でHUAC(下院非米活動委員会)のスタッフになる。その縁でレーガンもHUACに協力したのだ。 この時期、ジョセフ・マッカーシー上院議員による反コミュニスト・キャンペーン、いわゆる「マッカーシー旋風」も吹き荒れていた。マッカーシー上院議員を背後で操っていたのもフーバー長官だった。 そのマッカーシーが失脚した1954年、レーガンはGEの仕事を始め、経済的にも豊かになる。そうした時期に彼は別のFBI捜査官と知り合い、定期的に接触するようになったともいう。ちなみに、1956年にFBIはコミュニスト、後に反戦/平和運動を監視するためにCOINTELPROというプロジェクトを開始している。 1966年にレーガンはカリフォルニア州知事選に出馬するが、その選挙戦にフーバー長官が協力したと噂されている。結局、レーガンは知事に就任、1975年まで務めたが、その間、1972年にフーバー長官は死亡した。 1973年にスピロ・アグニュー副大統領がスキャンダルで止め、後釜に座ったのがジェラルド・フォード。翌年にはリチャード・ニクソン大統領がウォーターゲート事件で辞職、フォードは選挙の洗礼を受けないまま大統領に就任、77年までその座にあった。 ニクソン政権はデタント(緊張緩和)へ舵を切ったのだが、フォード政権ではデタント派がパージされ、戦争ビジネスにつながる人物やシオニスト(親イスラエル派、後にネオコンと呼ばれる)が台頭する。例えば、ドナルド・ラムズフェルド、チェイニー、ポール・ウォルフォウィッツらだ。CIAの秘密工作や監視プロジェクトを明らかにしたウィリアム・コルビーCIA長官などが追い出される一方、キッシンジャーは残っている。 1980年の大統領選挙ではネオコンの総攻撃を受けた現職のジミー・カーターが落選、ロナルド・レーガンが次期大統領に選ばれた。このとき、CIAの破壊工作人脈が支援していた候補者はジョージ・H・W・ブッシュ。共和党の候補者選びの段階でブッシュはレーガンに敗れるが、副大統領に収まる。そのレーガン政権でジョージ・シュルツは国務長官を務めた。 新自由主義の教祖的な存在、ミルトン・フリードマンに近いことでもシュルツは知られている。このふたりがいたシカゴ大学のセミナーにラムズフェルドは参加、フリードマン教の信者になっている。 既に本ブログで何度も書いたことだが、レーガン政権は「緊急事態」を口実にして憲法の機能を停止させる仕組みをつくるため、COGプロジェクトをスタートさせた。このプロジェクトが「愛国者法」を生み出し、ファシズム化を急速に進めることになったわけだ。 また、レーガン政権は核政策にも熱心で、ジミー・カーター政権が1977年に中止させたクリンチ・リバー増殖炉計画を復活させている。ただ、この計画は思惑通りに進まず、1987年に議会は予算を打ち切ってしまう。この計画を推進したいグループは日本を引き込むことを考え、日本の電力会社が増殖炉の計画を支えることになった。 その代償として、レーガン政権、そしてジョージ・H・W・ブッシュ政権は日本がアメリカの核兵器製造施設へ入ることを許し、核兵器の開発につながる「機微な技術」を日本に移転させている。 レーガン政権の前から日本が核兵器の開発を目論んでいることをCIAはつかんでいた。佐藤栄作内閣の核兵器開発計画はテレビでも放映され、広く知られているが、その後も諦めたわけではなく、CIAやNSAは監視を続けている。こうした機関で内部告発があると、日本の核兵器開発に関する情報も発覚する可能性があるだろう。 そのCIA上層部に情報のパイプを持つジャーナリストのジョセフ・トレントによると、2011年の段階で、日本は約70トンの核兵器級プルトニウムを蓄積しているのだという。日本の技術力を考えれば、核弾頭を作る準備はできたということ。 それだけでなく、核弾頭の運搬手段の開発も進んでいる。ロケット/ミサイルだが、ソ連が消滅した1991年、その混乱に乗じて日本はSS-20ロケットの設計図を手に入れたというのだ。 この年に開発を始めたのが月探査機の「ルナーA」。2本のペネトレータ(槍状の観測装置)を別々に投下し、地中約2メートルの深さまで潜り込ませることになっていて、複数弾頭の技術だと疑惑の目で見られていた。結局、この計画は中止になり、代わって打ち上げられたのが「かぐや」。円軌道を周回する主衛星と楕円軌道を周回する2機の子衛星で構成されていた。 ところで、2011年3月8日付けのインディペンデント紙に石原慎太郎都知事のインタビュー記事が載った。日本は1年以内に核兵器を作り、世界へ強いメッセージを送ることができるというのだ。石原は核兵器こそが外交力だと思っているらしい。自分に思考力がないことを自覚しているのだろうが、だからといって核兵器と外交力を結びつけるのはあまりにも愚かだ。ただ、似た発想をする「エリート」が日本にはいるらしい。外からインプットされた知識はあるが、思考力のない連中である。 おそらく、日本の支配層が従っているのはネオコンと戦争ビジネス。その勢力はイスラエルの好戦派と一心同体。そのイスラエルはアメリカやフランスの大富豪たちをスポンサーにして、フランス政府の支援を受け、核兵器を開発した。アメリカからはウラニウムを盗んでいる。 「建国」の時点でイスラエルはアラブ諸国を圧倒する軍事力を持っていたわけで、核兵器を保有する目的は中東の外にあった。つまり、ソ連。「西側」はカネの力で押さえ込めても、ソ連は無理だった。ソ連を核攻撃できる能力を手にすれば、ソ連と核戦争をしたくないアメリカにも影響を及ぼせるという発想だったのだろう。日本はミサイルをどこに向けるか・・・すでに安倍や石原は言っているに等しい。
2013.12.27
辺野古埋め立ての問題で沖縄県の仲井真弘多知事を屈服させた翌日、安倍晋三首相は靖国神社に参拝した。発表された談話の中で「今日この日に参拝したのは、御英霊に、政権一年の歩みと、二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことの無い時代を創るとの決意を、お伝えするためです」と主張している。これはIOC(国際オリンピック委員会)の総会における発言並みの大嘘だ。 IOC総会で安倍首相は「汚染水による影響が福島第1原発の港湾内0.3平方キロメートルの範囲内で完全にブロックされている」としたうえ、「健康問題については、今までも現在も将来も全く問題ないということをお約束いたします」と言い切っている。全く事実に反していることは世界的に知られている話だが、そんなことを気にしないところが彼の恐ろしさ。 安倍首相は国内でファシズム化を推進、国外では軍事行動を積極的に展開しようとしている。今年9月にアメリカのハドソン研究所で行った演説の中で、右翼の軍国主義者と呼びたいなら呼べと発言したことにも、彼の心情が表れている。後日、安倍首相は「皮肉」だったと弁明したらしいが、「開き直り」と言うべきだ。「中国、韓国の人々の気持ちを傷つける」ことを意図していると言われても仕方がない。 このハドソン研究所は1961年にハーマン・カーンが創設したネオコン(親イスラエル派)のシンクタンク。カーンは1970年代に日本をおだてる発言をする一方、日本の中にネットワークを築き始めている。 ここでは2011年12月に石原伸晃が講演、その際に尖閣諸島を公的な管理下に置いた上で自衛隊を常駐させ、軍事予算を大きく増やすべきだと発言している。また、TPPにも好意的な姿勢を見せていた。 安倍首相の演説はハーマン・カーン賞を受賞したことを記念してのもので、その冒頭、その受賞者を列挙している。つまり、ロナルド・レーガン、リチャード・チェイニー、ヘンリー・キッシンジャー、ジョージ・シュルツ。 憲法の機能を停止させる目的でCOGプロジェクトを始め、核戦争も辞さない姿勢を見せていたレーガン、軍事侵略を指揮したチェイニー、チリの軍事クーデター、カンボジアへの「秘密爆撃」を実施、イスラエルを擁護してきたキッシンジャー、新自由主義の教祖的な存在になっているミルトン・フリードマンと親しく、ベクテルの副社長にも就任しているシュルツ。戦争ビジネスとシオニストが浮かび上がってくる。 中東/北アフリカ情勢を見ても、ホワイトハウスの内部で権力抗争が起こっていることが推測できる。リビアに続き、シリアやイランを攻撃すべきだと戦争ビジネスやシオニストの代理人が叫ぶ中、バラク・オバマ政権は話し合い路線に舵を切った。 そのオバマ政権は安倍首相が靖国神社を参拝したことについて、日本の指導者が近隣諸国との関係を悪化させるような行動を取ったことに失望しているとするという声明を出している。かつて日本に侵略された中国や韓国が反発しているだけではない。 菅義偉官房長官はアメリカ政府の反応について「首相の参拝の趣旨がわからないなかでのもの」だと語ったらしいが、10月3日にジョン・ケリー国務長官とチャック・ヘイゲル国防長官が「千鳥ヶ淵戦没者墓苑」を訪れて献花しているわけで、安倍首相はオバマ政権の意向を十分に理解した上で靖国神社を参拝したのだ。つまりオバマ政権に対する挑戦。 現在、オバマ政権で主導権を握っている勢力は東アジアで軍事的な緊張が高まることを望んでいないが、戦争ビジネス/ネオコンは戦乱の拡大を目指している。アメリカ軍の東アジアシフトを2000年の段階で主張していたのもネオコン系のシンクタンク、PNACだった。 アメリカ国務省は特定秘密保護法について、情報の保全は同盟関係において重要だとする一方、表現の自由、報道の自由を大切にしなければならないとしているようだ。アメリカではジョージ・W・ブッシュ政権から憲法の機能停止、監視システムの強化、侵略戦争という流れになっているが、その国から見ても日本は異常に見えるに違いない。 一時期、オバマ政権は東アジアの軍事的な動きを軽視していた。中国が防空識別圏を設定した理由のひとつはオバマ政権へのメッセージ、つまり戦争ビジネス/ネオコンを放置しておくなという意思表示だったのだろう。その懸念が現実のものになっている。 安倍政権は中国や韓国だけでなく、アメリカの反発を予想した上でファシズム化を促進し、周辺国を挑発している。その背後にアメリカの戦争ビジネスやネオコンがいることも確か。日本の支配層は「アメリカ」と同盟しようとしているのではなく、好戦派に従属している。かつて、日本がナチスと手を組んだことを思い起こさせる展開だ。
2013.12.26
東京地検特捜部が公職選挙法違反の容疑で「徳洲会」グループを強制捜査、徳田毅衆院議員の母の徳田秀子、姉のスターン美千代と越沢徳美、さらにグループ病院幹部が起訴された。12月25日に東京地裁はスターン美千代の保釈を認め、その日の午後に東京拘置所を出たという。 その25日に沖縄県の仲井真弘多知事は首相官邸に出向いて安倍晋三首相と会い、「驚くべき立派な内容を提示してもらった」という驚くべき発言をした。27日頃に名護市にある辺野古沿岸の埋め立てを承認する段取りになっていると見られている。 徳洲会が強制捜査された段階で、経済学者の植草一秀は2006年11月に行われた沖縄県知事選との関連を指摘している。その年の9月には安倍が首相に就任、この政権が支援していたのが仲井真。その結果は仲井真が34万7303票、対立候補の糸数慶子は30万9985票で、その差は3万7000票。マスコミの出口調査では糸数がリードしていたという。そしてチェックの目が行き届かない期日前投票が11万0633票。この期日前投票に創価学会や徳洲会が関係していると推測する人がいる。 仲井真知事だけでなく、多くの議員、特に与党の議員が徳洲会マネーを受け取っていると言われている。徳洲会から5000万円を受け取った猪瀬直樹都知事は辞任したが、特捜を動かしている勢力に逆らったなら刑務所行きになる、少なくとも議員はそう考えているのだろう。沖縄問題にしろ、特定秘密保護法案にしろ、徳洲会スキャンダルは脅しの材料であり、猪瀬知事の辞任は警告ということだ。 かつて、沖縄はアメリカ軍にとって戦略の上で重要な位置にあった、つまり東アジアを攻撃するために最適の場所だったことは確かだが、だからといってアメリカが沖縄を占領することは許されない。連合国軍の占領が終わった段階でアメリカ軍も撤収し、沖縄人も主権を回復して当然だった。 ところが、日本政府とアメリカ政府は「北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におく」と勝手に決め、アメリカ軍は「沖縄占領と同時に、住民を収容所に入れている段階で、白地図に線を引くようにして広大な軍用地を接収し、これを無償で使用し」たのである。 また、1953年4月に公布/施行された布令109号「土地収用令」に基づき、真和志村案謝、銘刈、小禄村具志、伊江村真謝、宜野湾伊佐浜などで武装米兵を動員した暴力的な土地接収も行われている。(中野好夫、新崎盛暉著『沖縄戦後史』岩波書店、1976年) それだけでなく、アメリカ軍の基地建設を促進するために沖縄からボリビアへの移民が計画され(国本伊代著『ボリビアの「日本人村」』中央大学出版、1989年)、「トラブルメーカー」と見なされた人びともアマゾン川の源流に近いジャングル地帯へ追放されたという。(Edited by Chalmers Johnson, “Okinawa”, JPRI, 1999) 移民させられた場所は約束と違い、鉄道までの道もないジャングルの中で、橋も架かっていない大きな川が近くに流れ、氾濫原だった。しかも水を得ることは困難で、原因不明の病気もあった。正に棄民。 実は、沖縄をアメリカへ差し出し、沖縄人を人身御供にしたのは昭和天皇にほかならない。豊下楢彦教授によると、1949年9月、アメリカによる沖縄の軍事占領が「25年から50年、あるいはそれ以上にわたる長期の貸与(リース)というフィクション」のもとでおこなわれることを求めるという内容のメッセージを天皇は出したというのだ。(豊下楢彦『安保条約の成立』岩波新書、1996年) どうして敗戦後にも天皇にそうした力があったのかは、本ブログで何度か書いたことのなので、ここでは割愛する。ただ、沖縄問題を昭和天皇抜きに語ることはできないということだけは強調しておきたい。 1950年から53年にかけて朝鮮戦争が戦われているが、この戦争をアメリカが仕掛けた可能性が高いことは本ブログで何度か指摘した通り。その間、OPC/CIAに率いら得た国民党軍が中国への軍事侵攻を試みて失敗している。1954年にはジョン・フォスター・ダレス国務長官がベトナムでのゲリラ戦を準備するように提案、CIAはSMM(サイゴン軍事派遣団)を編成、破壊活動を開始する。 1957年にアメリカ軍はソ連に対する先制核攻撃を準備しているが、その直前、55から57年にかけて琉球民政長官を務めたライマン・レムニッツァーは後に統合参謀本部議長となり、そのときにキューバへの軍事侵攻を正当化する偽旗作戦、「ノースウッズ」を計画している。この作戦はキューバ軍を装ってアメリカ諸都市で破壊活動を展開、最終的には無人の旅客機をキューバの近くで自爆させ、あたかもキューバ軍が撃墜したように演出するというものだった。 アメリカの好戦派がキューバを占領したかった理由は、ソ連を戦略爆撃機や大陸間弾道ミサイルで圧倒しても、キューバにソ連の中距離ミサイルがあれば、反撃されてしまうということにあったのだろう。実際、そのソ連はキューバへミサイルを運び込み、ミサイル危機になった。アメリカの好戦派は1963年の後半にソ連を先制核攻撃する予定だったともいう。そうした計画に反対していたジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月に暗殺された。 そもそも、沖縄を日本の「固有の領土」と言うことはできない。元々は琉球国。1609年に薩摩藩の侵略を受けて支配されるが、独立した王国としての側面も維持した。そうした関係を壊したのが明治政府。1871年8月に廃藩置県を実施したにもかかわらず、翌年の9月に琉球藩を設置、79年4月に沖縄県にしているのだ。 こうした不自然なことをする切っ掛けは、1871年10月に宮古島漁民が台湾へ漂着し、一部が殺害された事件。当時の日本政府はこの事件を利用して台湾へ軍隊を出そうと計画し、そのために宮古島(琉球)を日本領だと主張できる形にしようとしたわけだ。 台湾の後、朝鮮半島から中国へと侵略していくが、その始まりは琉球/沖縄の乗っ取りだったということ。沖縄は明治政府に植民地化され、昭和天皇によってアメリカへ売り飛ばされたということになる。その沖縄では今、日米両政府が辺野古沿岸を埋め立てようとしている。
2013.12.25
南スーダンへ派遣されている自衛隊の部隊が韓国軍に銃弾1万発を提供したという。それだけの銃弾を持ち込んでいたということ。 かつて南スーダンはスーダンの一部だったが、1983年から2005年まで続いた内戦で自治権を獲得、2011年に独立している。この内戦のキーワードは石油。1974年にアメリカの巨大石油会社シェブロンが油田を発見したのだが、その場所が現在のスーダンと南スーダンの国境周辺。スーダン西部のダルフールにおける戦闘も資源争いが原因である。 1980年代に入ると反政府軍が活動を開始するのだが、その集団、SPLM(スーダン人民解放軍)を率いていたジョン・ガラングはアメリカのジョージア州にあるフォート・ベニングで訓練を受けた人物。この基地は特殊部隊の本拠地でもあり、ガラングは2005年に死亡するまでアメリカ政府の影響下にあったと考えるべき存在だ。 なお、フォート・ベニングには現在、ラテン・アメリカの軍人に暗殺や破壊工作のテクニックなどを教えるWHISCもある。この施設はかつてSOAと呼ばれ、パナマにあったのだが、1984年に現在の場所へ移動、2001年に名称も変更された。 スーダンでは1990年代の終盤になると自国の石油企業が成長し、アメリカの石油会社は利権を失っていき、中国やインドなど新たな国々が影響力を拡大し始めた。そうした最中、2001年9月11日にアメリカではニューヨークの世界貿易センターにあった超高層ビルへ航空機が突入、アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃される。 それから間もなくしてジョージ・W・ブッシュ政権は先制攻撃計画を作成しているが、そのリストに載っていたのはイラク、イラン、シリア、リビア、レバノン、ソマリア、そしてスーダン。これはウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官が統合参謀本部で聞いた話だ。 ブッシュ・ジュニア政権はイギリスやノルウェーと手を組み、スーダンの南部を拠点にしていたSPLMとスーダン政府を「飴と鞭」で停戦させ、油田地帯が両者で分け合う形になった。そして南部は南スーダンと呼ばれるようになるわけだが、その歴史を考えるとアメリカの傀儡国家としての色彩が濃いと言わざるをえない。 一方、ダルフールでの戦闘は2003年から激しくなったと言われている。当初、欧米諸国がダルフールの殺戮を無視していた一因は、南スーダンの石油利権に関する話し合いに影響することを恐れたからのようだ。 それに対し、アメリカのネオコン(親イスラエル派)やキリスト教原理主義(聖書根本主義派)はダルフールへの介入に積極的。この2勢力は「ユダヤ系シオニスト」と「キリスト教系シオニスト」で、1970年代から同盟関係にある。 そのダルフールの地下にも膨大な石油が眠っていると見られている。隣国チャドの政府が反スーダン政府軍へ武器を供給しているのも、石油利権が絡んでのことだ。チャドの支援を受けていると言われているのはJEM(正義と平等運動)。チャドの背後にはイスラエルがいるともスーダンでは報道されている。生前、リビアのムアンマル・アル・カダフィもダルフールにおける戦闘の背後にはイスラエルがいると主張していた。 イスラエルがガザやシリアへ強硬な姿勢を示している一因は、地中海の東側で天然ガスが発見されたことにあると言われている。サウジアラビアやカタールも資源の存在、そして石油パイプラインの建設などが軍事侵略の動機になっている可能性が高い。 スーダンにおける資源争いの背後では中国も重要な登場人物。アフリカを植民地にして収奪を続けてきた欧米に対する反発もあり、中国の影響力が拡大していることへ欧米諸国の支配層は危機感を抱いてきた。カダフィ体制を倒してアフリカ自立の道を絶ってから、欧米諸国は中国の影響力も弱めようと反撃中だ。 2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に掲載されたシーモア・ハーシュの記事によると、アメリカ、サウジアラビア、イスラエルの3国がシリアやイランをターゲットにした秘密工作を始めたというが、その年にブッシュ・ジュニア政権はAFRICOM(アフリカ統合軍)の創設を発表している。言うまでもなく、アフリカの資源支配が目的。 しかし、当時のアフリカはリビアのカダフィを中心にして、欧米からの自立を目指していた。そこで、AFRICOMは司令部をアフリカ大陸でなく、ドイツの置かざるをえなかったのである。 そのカダフィは2011年にNATOとペルシャ湾岸産油国がイスラム武装勢力を使い、排除している。地上部隊の主力だったLIFGはアル・カイダ系。カダフィ体制が崩壊してからベンガジでアル・カイダの旗が掲げられたのは、そうした背景があった。その様子を撮影した映像がすぐにYouTubeにアップロードされ、デイリー・メイル紙もその事実を伝えている。 そのリビアではカダフィ体制が倒された後、カタール系(ムスリム同胞団)とサウジアラビア系(サラフ主義者/アル・カイダ)が対立、サウジアラビア系が勝利し、戦闘員の供給拠点になっている。 ブッシュ・ジュニア政権が2001年の終わりに作成した攻撃予定国リストは、戦争ビジネスやネオコンの意向が反映され、エネルギーの影も見える。スーダンも例外ではない。日本政府が自衛隊を派遣した下心も見える。押し込み強盗の仲間になりたいのだ。
2013.12.24
アメリカのDARPA(国防高等研究計画局)が主催する「災害対応ロボット競技会」で日本から参加したSCHAFTが優勝、200万ドルを獲得したのだという。自然災害や事故などの現場で活動するロボットの技術開発が目的だというが、勿論、「爆撃で破壊された地域」、あるいは戦場で活動すると言い換えることもできる。原発事故の際に使えるということは、核戦争の際に使えるということでもある。 アメリカ国防総省の最新技術を研究開発する機関がDARPA(国防高等研究計画局)。言うまでもなく、研究開発の目的は軍事であり、この機関からカネを受け取って「平和利用」は通用しない。技術力の進歩は監視システムの強化、新しい兵器の開発に直結している。 エドワード・スノーデンの内部告発で注目されている世界規模の監視システムも守備範囲。電気、ガス、水道などの使用状況は昔から治安機関が監視に利用していることだが、例えば、DARPAが行っていたTIAプロジェクトでは、学歴、銀行口座、ATMの利用記録、投薬記録、運転免許証のデータ、航空券の購入記録、住宅ローンの支払い内容、電子メールに関する記録、インターネットでアクセスしたサイトに関する記録、クレジット・カードのデータなど、あらゆる個人情報を集め、分析しようとしていた。最近ではGPSが組み込まれたスマートホン、あるいはIC乗車券(PASMOやSUICAなど)によって個人の移動を追跡し、交友関係を調べることも可能だ。 交友関係はファイスブックでも調べているようだが、それだけでなく、どのような傾向の本を買い、借りるのか、どのようなタイプの音楽を聞くのか、どのような絵画を好むのか、どのようなドラマを見るのかといった情報から、その人物の思想、性格、趣味などを推測し、従順な人間か、反抗的な人間かを調べ、分析する研究も進められている。危険だと判断されれば「予防拘束」されることにもなりかねない。 最近では無人機が偵察や攻撃に利用されているが、虫のように小さな飛行機械で人びとを監視したり、暗殺したりすること、あるいは小さなチップを体に埋め込んで管理に使ったり、頭に埋め込んで指令を送るということも考えられている。技術が進歩すれば、本人が気づかないうちに、そうした機械を体内に入れられてしまうかもしれない。 DARPAが主催する競技会へ参加する研究者や技術者に恐怖を覚える。
2013.12.23
和平交渉の動きはあるものの、シリアのバシャール・アル・アサド体制を転覆させるプロジェクトは続いている。そのプロジェクトに参加してきたのは、ネオコン(親イスラエル派)を中心とするアメリカのほか、イギリス、フランス、トルコのNATO諸国、サウジアラビアやカタールといったペルシャ湾岸の産油国、そしてイスラエル。その手先としてスンニ派の武装集団が前線で戦ってきた。 スンニ派の武装集団は大まかに言って、サウジアラビア系(サラフ主義者/アル・カイダ)とカタール系(ムスリム同胞団)に分かれていたが、リビアの体制転覆に成功してから両集団の間で対立が生じた。資金力の差もあり、サウジアラビア系が優勢のようで、アル・カイダ系のジャバト・アル・ヌスラを中心とする「イスラム主義者同盟」が反政府軍の75%を占めるようになったとする報道もある。FSAのサリム・イドリス司令官がシリアからトルコへ、さらにカタールのドーハへ逃れた理由もその辺にあるのだろう。 反シリア政府軍の大半は国外で雇われた傭兵だとされているが、その中でもサラフ主義者は凶暴で、捕虜や住民の処刑や残虐行為を繰り返している。特にクルド系の人びと、キリスト教徒、アラウィー派などが犠牲になってきたが、スンニ派の住民からもサラフ主義者は敵視されている。 例えば、ゴータで化学兵器が使われた10日ほど前、アラウィー派が多く住むラタキアも襲撃され、200名とも500名とも言われる住人が殺され、150名以上が拉致された。ゴータでの犠牲者を撮影したとされる映像の中に、ラタキアで拉致された住民が含まれていたとする証言もある。最近では、アレッポで120名以上のクルド系住民が拉致され、ダマスカスの北20キロメートルの場所にあるアドラでも、サラフ主義者/アル・カイダによって住民が虐殺されている。 アル・カイダ系武装勢力のひとつ、ISIS(イラクとシャームのイスラーム国)は秘密の収容所を設置、そこで拉致した人びとを拷問し、鞭で打ち、殺害しているとアムネスティ・インターナショナルでさえ、報告している。拘束されている人の中には、ISISが信じる教義に反する考え方の持ち主やジャーナリストのほか、子どもも含まれているようだ。 こうした発表と同じタイミングで国連の調査委員会は反アサド政権側の情報に基づき、シリア政府が秘密の刑務所で「活動家」らを拘束しているとする話を明らかにした。ただ、現在、いや最初からシリア情勢は活動家云々ではない。当初はカタールとサウジアラビア、現在はサウジアラビアに雇われ、国外から入ってくる傭兵たちが問題。国連はこの期に及んでも「政府軍による民主化運動弾圧」というフィクションから抜け出せていないように見える。その象徴的な人間がナビ・ピレイ国連人権高等弁務官。 かつて、ホウラで住民が虐殺された際、「西側」の政府やメディアはシリア政府軍の仕業と宣伝していたが、後にサラフ主義者や外国人傭兵が実行したことが明らかになっている。現地を調査した東方カトリックの修道院長やドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙などが明らかにしたのだ。後に、ビルト紙やディ・ベルト紙もホウラでの虐殺が反政府軍によるものだと報道した。 その修道院長は「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は、地上の真実と全く違っている。」と主張、キリスト教の聖職者でサラフ主義者など反政府軍の残虐行為を批判し続けているマザー・アグネス・マリアムは、外国からの干渉が事態を悪化させていると批判する。 シリアの体制を転覆させるために「西側」や湾岸産油国がスンニ派武装勢力を使い、軍事侵攻しているのが実態であり、イランと関係の深いヒズボラがシリア政府軍側について戦い始めたのは、その結果。これをサウジアラビアとイランの代理戦争と呼ぶのは正しくない。 そうしたサラフ主義者のスポンサーであるサウジアラビアが手を組んでいる相手がイスラエル。サウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン総合情報庁長官は10月2日にイスラエルを訪問、先月はスイスのジュネーブでイスラエル側の人間と何度か会ったと伝えられている。中旬にはイスラエルを訪問、フランス大統領を交えてイランとアメリカとの関係改善について話し合ったともいう。 今年9月まで駐米イスラエル大使を務めたマイケル・オーレンもアル・カイダとの関係を隠していない。エルサレム・ポスト紙のインタビューで、イスラエルは最初からシリアの体制転覆を望み、アル・カイダを支援してシリアのバシャール・アル・アサド体制を倒そうとしてきたと言明している。 結局、2007年に調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュがニューヨーカー誌で発表したように、イランやシリアの体制転覆を目指す同盟国として、アメリカ(ネオコン)、サウジアラビア、イスラエルが残ったわけだ。
2013.12.22
東電福島第一原発が「過酷事故」を起こした翌日、2011年3月12日に発電所の北東の海上にアメリカの空母ロナルド・レーガンは派遣されていた。放出された大量の放射性物質は風に乗って北東方向へ流れ、乗組員は汚染されてしまう。しかも、彼らは塩分を除去した海水を飲料水に使っていたため、深刻な体内被曝もあったようだ。 その乗組員51名がカリフォルニア州サンディエゴで東京電力を訴えた。東電が正しい情報を明らかにしなかったために不必要な被爆をした結果、甲状腺癌、睾丸癌、白血病、脳腫瘍などになったという主張だが、裁判権を理由にしてジャニス・サマーティノ連邦判事は訴えを棄却したという。乗組員たちは年明け後、新たな訴えを起こす予定のようだが、その際、原告は20名以上増える見通しだという。 福島第一原発で作業している相当数の作業員が死んでいるという噂はともかく、事故が起こった際に18歳以下だった人の甲状腺を検査したところ、約22万6000名のうち59名が甲状腺癌、あるいはその疑いがあると診断されている。「複数の専門医」は「被曝から3年以内に発生する可能性は低い」としているらしいが、根拠は薄弱。 カナダではニシンのひれ、腹部、あご、眼球などから出血が報告され、こうした現象と福島第一原発事故との関係を疑う声も出ている。ヤマトシジミに遺伝的な異常が出たとする調査結果もある。 また、ニューヨークを拠点とする「放射線と公衆衛生プロジェクト」のジョー・マンガーノとジャネット・シャーマンに加え、ヤコブス大学ブレーメンのクリストファー・バスビーは、カリフォルニアで先天性甲状腺機能低下症の子どもが増えているとしている。 「特定秘密保護法」が成立する遙か前から核関連の情報は隠されてきた。広島や長崎で落とされた原発の影響やビキニ環礁でアメリカが実施した水爆実験の被害と同じように、原発事故の影響は秘密のベールに覆われている。少なくとも庶民は、放射性物質が生態系へどのような影響を及ぼすかを予測できない。つまり、放射性物質の影響かもしれない現象が現れたなら、先入観を廃して事実と向き合わなければならないということだ。 事故を簡単に振り返ってみると、事故当日、午後2時46分に地震があり、続いて3時27分から津波に襲われている。その間、どこかの時点で原子炉は全ての電源を失っている。地震で施設が致命的な損傷を受けた可能性が高いのだが、そうした原因はともかく、全電源喪失というコントロール不能の緊急事態になり、そうした事態を東電が認識していたことは間違いない。 事故前に原子力安全基盤機構が作成していた炉心溶融のシミュレーション映像では、全電源喪失事故から30分ほど後にメルトダウンが始まり、約1時間後に圧力容器の下に溶融物は溜まり、約3時間後に貫通して格納容器の床に落下、コンクリートを溶かし、さらに下のコンクリート床面へ落ち、格納容器の圧力が上昇、外部へガスが漏洩し始める。そこで格納容器の爆発を防ぐために放射性物質を含むガスを環境中へ放出(ベント)するというシナリオ。 勿論、格納容器が健全であり、溶融物が格納容器の内部に止まると考えるのは楽観的すぎだ。さらに落下して鋼鉄製の容器を溶かして地下へ、いわゆる「チャイナ・シンドローム」になる可能性を考えなければならない。どこまで沈んでいくかは予測できない。 つまり、日本の原発関係者は4時頃にメルトダウンが始まり、放射性物質が放出されると推測していたはずなのだが、枝野幸男官房長官(当時)は11日夜の段階で、放射能漏れはなく、外部への影響は確認されず、被害が出る状況にもないと説明、近くにいる人びとに対し、「直ちに特別な行動を起こす必要はない」という楽観的な見通しを語っていた。「直ちに」という言葉を頭へつけているところに確信犯的な嫌らしさがある。 翌日、NHKはニュースの中で、冷却水の水位が下がって11時20分現在、燃料集合体が90センチほど露出していると伝えている。その日の午後3時36分には1号機で大きな爆発があり、「御用学者」の集まりだと言われている某有名大学の研究者グループもデータや写真を分析した結果、メルトダウンは決定的だと判断していた。箝口令が出され、その結果を公表しなかったようだ。その辺が御用学者の御用学者たるゆえん。 2011年3月15日付けエルサレム・ポスト紙や3月18日付けハーレツ紙によると、福島第一原発にはイスラエルのマグナBSPがセキュリティ・システムを設置、原子炉のひとつには熱や放射性物質も感知できる立体映像カメラが設置されていたという。それらが地震の後、どうなっているのか、東電や政府は説明する責任がある。 13日になると、在日フランス大使館は首都圏にいるフランス人に対して滞在すべき特段の理由がない場合は関東を離れるように勧告、14日には3号機で1号機とは異質の大きな爆発があり、その2日後にはドイツ外務省が東京や横浜に住むドイツ国民に対し、大阪や海外などへ避難するよう勧告、東京の在日ドイツ大使館の機能の一部も大阪に移した。 原発の安全神話や核兵器開発の疑惑もあるが、福島第一原発の事故に限っても、日本政府(閣僚や官僚)や東電が嘘を流して被爆による被害を拡大させ、今でも正確な情報を隠し続けている責任は重い。アメリカ海軍の軍人たちによる訴訟は、そうした日本の核利権にメスを入れることになりかねず、特定秘密保護法で自分たちの責任を回避しようと官僚は考えているかもしれない。
2013.12.22
釈放されたミハイル・ホドルコフスキーはドイツへ移動、歓待されたようだ。ボリス・ベレゾフスキー(後にプラトン・エレーニンへ改名)と同じで、彼もボリス・エリツィン時代のロシアで巨万の富を築いた、つまり「私有化」や「規制緩和」を口実にして国の資産を格安の条件で手に入れた「オリガルヒ」だ。ホドルコフスキーとベレゾフスキーがイギリスのロスチャイルド家と親しいことは既に本ブログでも指摘した通り。 言うまでもなく、エリツィンは「西側」から支援されていた人物。1993年9月には憲法を無視する形で議会を強制的に解散すると発表、議員がクーデターだと非難して議会ビルに立てこもると、戦車に議会ビルを砲撃させて独裁的な権力を握っている。そして新自由主義に基づく国家運営を始めた。 ビルを砲撃したとなれば、相当数の犠牲者が出るのは当然。警察発表でも187名、議員側は2000名近くが殺されたとしている。「西側」と対立している人物がこうしたことを行えば間違いなく批判の嵐、相手が弱いとなれば軍事介入もありえる事態だが、「西側」の覚えがめでたいエリツィンに対しては寛容な姿勢を見せた。 エリツィン政権と手を組んだ一部の勢力は国の資産を奪い、大多数の国民は塗炭の苦しみをなめさせられた。オリガルヒは犯罪組織を背景に持っていたが、ベレゾフスキーの場合はチェチェン・マフィア。そうした実態を暴いたジャーナリストがフォーブス誌の編集者だったポール・クレイブニコフで、『クレムリンのゴッドファーザー』という著作も出している。 このアメリカ人ジャーナリストは2004年7月、モスクワで射殺されてしまう。すでにプーチンの時代になっていたが、勿論、クレイブニコフを恨んでいたのはベレゾフスキーなどオリガルヒだ。 エリツィン時代に多くのジャーナリストが不可解な状況下で殺され、そのときに情報機関を統轄していたのがプーチンだということも事実であり、プーチンを「民主主義の旗手」だとは言えない。エリツィン時代、エリツィンとプーチンのコンビを支えていたのがベレゾフスキーなどのオルガルヒであり、当初、プーチン体制をオルガルヒは歓迎していたことも知られている。 しかし、プーチンは実権を握るとオリガルヒによる支配体制を壊し始め、対立が生じて「西側」やオリガルヒからプーチン批判が始まる。「西側」を背景とするオリガルヒの反プーチン宣伝を垂れ流し、彼らを「民主化」の象徴であるかのように持ち上げるのは滑稽、いや確信犯なのだろうから軽蔑すべき行為だと言うべきだろう。 ベレゾフスキーが使っていたチェチェン・マフィアはチェチェンの反ロシア勢力と重なり、その戦闘員を雇っているのがサウジアラビアだということも最近では知られるようになってきた。1970年代の終わりにアフガニスタンでアメリカやパキスタンはスンニ派武装勢力を編成したが、そのときに資金を提供していたのもサウジアラビア。「イラン・コントラ事件」ではサウジアラビアとイスラエルが登場してくる。その当時からサウジアラビアの役割は基本的に変化していない。変化していないがために、変化したアメリカとの間で対立が生じている。 チェチェンなどコーカサスのスンニ派武装グループはサウジアラビアをスポンサーにしているわけだが、最近はシリアで政府軍と戦い、ソチで開催が予定されているオリンピックを襲撃するともしている。 サウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン総合情報庁長官は7月末のロシア訪問時、そうした襲撃を抑えることができるとプーチンに語ったという。条件はシリアからロシアが手を引くことだったという。この提案をプーチンは脅しと理解、姿勢を以前より強硬にしてしまう。 ホドルコフスキーもベレゾフスキーも不正な手段で蓄財したとされている。これは間違いないようだが、「西側」にも不正な手段で稼いでいる人は少なくない。例えば、巨大銀行やヘッジ・ファンドの幹部、そうした人びとと結びついている政治家や官僚、あるいはマスコミの人間などだ。 エドワード・スノーデンが電子情報機関の実態を内部告発、最近の状況の一端が明るみに出た。地球規模で個人や組織の情報を集め、分析、監視していることは1970年代から知られていた(拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』でも説明)が、最新の情報が出てきた。そうした中、情報機関が金融取引も監視、相場も操作していたとする情報が出ている。「1%」の支配層はイカサマ博打でも稼いでいるということだ。 そうしたことも含め、巨大や金融機関やヘッジ・ファンドは不正行為で儲け、損害を出したら「大きすぎて潰せない」ということで安泰。そうした銀行で巨万と富を手にした経営者たちの不正が発覚しても処罰されていない。つけは全て庶民に回され、「1%」は今も優雅な生活を続けている。そうした連中にしてみると、ベレゾフスキーが「お尋ね者」になり、ホドルコフスキーが収監されたことは許せないのだろう。 ユーゴスラビアへの先制攻撃以来、アフガニスタンにしろ、イラクにしろ、リビアにしろ、シリアにしろ、「人権」や「人道」は「大量殺戮」と同義語であり、そうした意味でホドルコフスキーが「人権」の象徴になるのは理解できなくもない。
2013.12.21
12月20日にロシアのウラジミル・プーチン大統領はミハイル・ホドルコフスキーに特赦を与える大統領令に署名したという。ホドルコフスキーはボリス・エリツィン時代に巨万の富を築いた「オリガルヒ」のひとり。脱税などで実刑判決を受けて収監されていた。 エリツィン時代とは言うものの、当のエリツィンは心臓に持病を抱え、クレムリンの黒幕集団と結びついた犯罪集団が「規制緩和」や「私有化」を口実に公的な資産を略奪していた。ホドルコフスキーは西側の銀行や投資ファンドのカーライル・グループから巨額の資金を調達していた石油会社ユーコスの社長としても知られている。 ところが、プーチンの登場で状況は一変する。ベレゾフスキーはイギリスへ亡命、イスラエルへ逃げた富豪も多かったようだが、ホドルコフスキーは自身の力を過信、逮捕されてしまったわけだ。プーチンを甘く見すぎた。 石油会社を経営していたとはいうものの、ホドルコフスキーを石油業界でのし上がった人物だと考えてはならない。思想信条で動く人物でもなく、権力欲や金銭欲を行動の原動力にしている。ソ連時代にも権力に食い込み、コムソモール(全ソ連邦レーニン共産主義青年同盟)の指導者を務めていたことでもそれはわかる。 しかもそのとき、ロシアの若い女性を西側の金持ちに売り飛ばしていた疑いをもたれている。ロシアの「モデル」をニューヨークへ送り出すというビジネスを展開していたのだが、「モデル」としての仕事に疑惑の目が向けられている。その際、彼はKGB人脈を利用して出国ビザを取得していたともいう。 そうして稼いだカネを元手にメナテプ銀行の経営を始めるが、ソ連消滅後の1990年代半ばにはその銀行の腐敗ぶりが有名になり、CIAから「世界で最も腐敗した銀行のひとつ」と表現されるに至る。ホドルコフスキーがユーコスを買収したのもその頃だ。モスクワ・タイムズやサンクトペテルブルグ・タイムズを出している会社の大株主にもなり、「言論」対策も抜かりはない。 2002年には「オープン・ロシア基金」をアメリカで創設、ヘンリー・キッシンジャーやジェイコブ・ロスチャイルド卿を雇っている。ベレゾフスキーもロスチャイルドとは親しかった。 今回、プーチンがホドルコフスキーに特赦を与えたということは、何らかの取り引きが成立したということだろう。「人権」とか「人道」などが関係しているとは思えない。そもそも、「西側」のメディアやNGOなどが言う「人権」や「人道」が「大量殺戮」と同義語だということは、中東/北アフリカの状況で明らかになっている。プーチンはそんなことを気にしないだろう。
2013.12.20
猪瀬直樹都知事が都議会の吉野利明議長に辞職願を提出、来年2月上旬に次の知事を選出することになるようだ。オリンピックの開催準備を滞らせるわけにいかないと知事は記者会見で述べたというが、このオリンピックは安倍晋三政権が進めるファシズム化の重要な手順に含まれている可能性が高く、まず頭に浮かんだのかもしれない。 しかし、次の知事が最優先で取り組むべきことは、臨海副都心開発の破綻など鈴木俊一時代から続く「負の遺産」の処理。巨大企業や富裕層を優遇し、庶民を疲弊させる政策と続けてきたことから社会は崩壊状態なわけで、これを立ち直らせるという困難な仕事を任せられる人を選ばなければならない。 勿論、東京の未来より自分の懐が大事な人びとも黙ってはいないだろう。これまでの政策で潤った人びと、利権まみれの政策を応援してきたマスコミの反発を跳ね返すことは至難の業だが、成し遂げなければ東京に未来はない。 もし、社会的な強者が相手でも不正を追及するような気骨のある人物が知事に選ばれたなら、安倍晋三政権を支えている勢力にとっても憂慮すべき事態。「戦前レジーム」、つまり「天皇制官僚国家」への回帰という彼らの夢を実現する上で大きな障害になる可能性がある。 こうした夢を持つ人びとは日本国憲法に基づく「戦後レジーム」に対する嫌悪感を隠そうとしないが、その一方で「日米同盟」、つまりアメリカ支配層への従属を至上の目標にしている。国の仕組みも強者総取りに作り替え、アメリカの要求に基づいて創設した自衛隊をアメリカ軍の下請け部隊にしようと必死だ。 アメリカからの「押しつけ憲法」に嫌悪感を示しながら、その一方でアメリカに従属する矛盾。彼らの頭の中には2種類のアメリカ、いわばアメリカAとアメリカBが存在し、それを人びとが混同するように使っていることにその原因はある。ふたつのアメリカとは、強者総取りを実現しようとしている強欲なウォール街と強者総取りは貧富の格差を拡大して社会を不安定化させると考えるニュー・ディーラーと言えるだろう。 ニュー・ディーラーとはフランクリン・ルーズベルトを中心とする人びとで、1933年3月から45年4月まで、ルーズベルトが大統領だった時代にホワイトハウスで主導権を握っていた。その前と後は、ニュー・ディーラーと対立関係にあったウォール街がアメリカ政府を支配している。 ニュー・ディール政策を掲げるルーズベルトが当選した背景には経済の破綻がある。第1次世界大戦で戦場にならなかったアメリカでは大企業が大儲けしていたが、その儲けは一部の富裕層に滞留、戦争が終わって兵士が帰国すると失業問題が深刻化して貧富の格差が拡大していたのだ。 政府は滞留した資金を社会に還流させるような政策は採らず、富裕層は手元の資金を投機市場へ投入して相場は高騰する。その相場が天井を打って暴落したのが1929年。誰かが仕掛けたかどうかは不明だが、すでに上昇相場が限界に達していたことは確かだ。 この年に大統領となったハーバート・フーバーは大企業や富裕層の利益を第一に考える政策を打ち出し、国民の怒りを買うことになる。そして、アメリカの庶民はルーズベルトを選んだわけである。 アメリカで株式相場が高騰する前、1923年に日本は関東大震災に襲われた。この震災で神奈川や東京など関東地方で大きな被害がでたわけだが、その復興資金を調達するために日本政府が頼った相手がJPモルガン。それ以降、日本政府はJPモルガンの影響下に入ることになった。(NHK取材班『日本の選択〈6〉金融小国ニッポンの悲劇』角川文庫、1995年) このJPモルガンと対立していたのがフランクリン・ルーズベルトを中心とするニュー・ディーラーで、ルーズベルトが大統領に就任した1933年にはファシズム体制の樹立を目指すクーデターを計画している。これは本ブログで何度か指摘した話だ。 この計画への参加を打診されたスメドリー・バトラー少将は申し出を拒否、クーデター派にカウンター・クーデターの意思を伝える一方、議会で計画を明らかにする証言をしている。 大統領選でルーズベルトが勝利した1932年に駐日大使となったジョセフ・グルーは日米を結ぶキー・パーソン。彼の親戚にあたるジェーン・ノートン・グルーはジョン・ピアポント・モルガン・ジュニアの妻であり、グルーと結婚したアリス・ペリーは日本で過ごした少女時代に大正(嘉仁)天皇の妻、つまり貞明皇后と親しくなっているのだ。 当時、日本で最もJPモルガンと近い関係にあったとされているのは、浜口雄幸内閣で大蔵大臣を務めた井上準之助。彼は緊縮財政(小さい政府)、産業合理化(労働者解雇)、そして金解禁(金本位制)などのウォール街好みの政策を打ち出している。 浜口は1930年に、井上は32年に暗殺されているが、グルーが駐日大使に就任したことを考えると、その後も真珠湾攻撃まで日本とアメリカとの間にはパイプがあったということだろう。その間、特に1932年までの日本はウォール街の意向を無視して動くことは難しかったはずだ。
2013.12.19
民主主義国家の最低条件は、主権が全ての人びとに属することにある。国のあり方を最終的に決定するのは一般の人びとであり、一部の「エリート」であってはならないということだ。 国のあり方を決めるには国の状態を知る必要があり、公的な情報を基本的に全て公開するのも当然のことである。その公的な情報を官僚が独占し、人びとが知ろうとすることを犯罪だとしているのが「特定秘密保護法」に外ならない。つまり、この法律は民主主義を破壊することを目的としている。 そうした流れの中、12月17日に安倍晋三政権が策定した「国家安全保障戦略」(PDF)では、「国際協調主義に基づく積極的平和主義」を強調している。日本の政府やマスコミは「国際世論」という言い方をしばしばするが、これはアメリカ支配層、それも自分たちが従属している好戦的な集団の意向を意味しているにすぎない。こうした「国際」の使い方を考えると、「国際協調」とはアメリカ好戦派に対する従属を意味するのだろう。 実際、安倍首相は「集団的自衛権」、つまり自衛隊をアメリカ軍の下請け部隊にしたいという希望を隠そうとせず、しかも中国を露骨に敵視、脅威と位置づけている。その脅威に対抗するというところから議論を展開、中国と協調しようとする意思は見せていない。ジョージ・W・ブッシュ政権がイラクに軍事侵攻する前に展開していた理屈と似ている。 安倍首相が言う「国際協調主義」とはそういった代物。そうした代物に基づく「積極的平和主義」とは、外交的に平和の可能性を探ったり、中国に対する自分たちの態度を検討するような「消極的」な手順は踏まず、「積極的」に軍事力で相手を屈服させて「平和」な状態を作りだそうとしている・・・そうとしか理解できない。(日本の場合、外務省も好戦的、つまり外交能力がないのだが。) こうした政策を推進するため、安倍政権はプロパガンダを重視する。「国家安全保障戦略」では、「内外に積極的かつ効果的に発信し、その透明性を高めることにより、国民の理解を深める」としているのだが、「特定秘密保護法」は情報の透明度を限りなくゼロに近づけることが目的。明らかな嘘を平然と主張できるところが安倍政権の恐ろしさだ。 また「諸外国やその国民に対する敬意を表し、我が国と郷土を愛する心を養うとともに、領土・主権に関する問題等の安全保障分野に関する啓発や自衛隊、在日米軍等の活動の現状への理解を広げる」ともしているが、東アジア諸国に対する日本政府の態度を見れば、彼らが「諸外国やその国民に対する敬意を表し」ていないことは明らか。 1872年の「琉球処分」から始まる日本のアジア侵略を直視、反省することから始めなければ、東アジアどころか「沖縄問題」も解決できない。「我が国と郷土を愛する心を養う」などと言う前に、人びとから愛される国を築くことが先決。自分たちが私腹を肥やしやすい仕組みを作ることを優先、人びとから愛されない国にしてしまったので、「愛国」を強制することになるのだ。 安倍政権を支えている勢力はアメリカの好戦派と手を組んでいるようだが、アメリカの支配層には違う考え方の人たちもいる。16日付けのニューヨーク・タイムズ紙にもそうした人びとの意見が出た。「日本の危険な時代錯誤」(原文/日本語訳)を問題にしたのである。 その中では法案の中身だけが批判されているわけではない。安倍首相が人びとの法案に対する不安を無視、自民党の石破茂幹事長が特定秘密保護法案に反対して合法的デモを行っている人たちをテロリスト扱いし、同党の中谷元議員が「民主主義についての驚くべき無知を露呈した」と指摘している。 現在、安倍政権が推進している政策は、昨年4月に自民党が発表した憲法草案と合致している。その第98条は次のように書かれている。「内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。」 また、同条第3項には、「百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。」とあるのだが、与党は基本的に多数派であり、衆議院は解散されないとされているので、何度でも承認されると考えなければならないだろう。 本ブログでは何度か書いたことだが、アメリカでは1982年にロナルド・レーガン大統領がNSDD 55を出してCOGプロジェクト、つまり戒厳令の準備が始まる。1988年に出された大統領令12656によってCOGの対象は核戦争から「国家安全保障上の緊急事態」に変化、2001年9月11日にその「国家安全保障上の緊急事態」が発生したとされ、憲法の機能が「愛国者法」によって麻痺させられてしまった。日本はこの後を追っている。「緊急事態」を宣言するため、何かショッキングな出来事を起こすということもありえるだろう。戒厳令は国を一気にファシズム化する。 フランクリン・ルーズベルトによると、ファシズムとは何らかの私的な権力が政府を支配する体制。資本主義社会においては、巨大資本がその私的な権力だろう。庶民の意思が反映される余地があればまだしも、庶民が政策決定に全く関与できなくなれば、それは間違いなくファシズム。 第2次世界大戦で肥大化した戦争ビジネスは今でもアメリカで大きな影響力を維持している。彼らは戦争なしに存続できない。ネオコン(親イスラエル派)も好戦的だ。 2001年9月11日当時のアメリカ大統領、ジョージ・W・ブッシュはアルゼンチンの大統領だったネストル・キルシュネルに対し、「経済を復活させる最善の方法は戦争」だと語ったという。オリバー・ストーンが制作したドキュメンタリー、「国境の南」の中でキルシュネルが証言している。好戦派はファシズム化によって「永久戦争」を実現しようとしている。
2013.12.18
東京都の猪瀬直樹知事が窮地に追い込まれている。徳洲会グループから無利子/無担保で受け取った5000万円をめぐる問題で説明不能になっているのだが、このグループから多くの政治家に資金が流れていることは以前から知られていた話。「国家安全保障基本法案」、「特定秘密保護法案」、TPPといった国のあり方を根本的に変える法案や政策が出てくるのと同じタイミングで問題化したことに胡散臭さを感じる人は少なくないだろう。 猪瀬は石原慎太郎知事の時代に副知事を務めていた。1999年から始まり、2012年に知事としての職責を放棄するまで続く石原時代には良くない噂が絶えなかったが、マスコミは見て見ぬ振り。新銀行東京の杜撰な融資による破綻、オリンピック誘致を名目とした放蕩三昧も大きな問題だが、それ以上に深刻なのは臨海副都心の開発だ。 この開発で巨大企業や天下り先を確保した役人たちは潤ったかもしれないが、プロジェクト自体はとうの昔に破綻している。この実態を大きく取り上げようとしないマスコミも巨大企業や歴代都幹部の「共謀犯」だ。 臨海副都心開発は鈴木俊一知事の置き土産。1979年に初当選した鈴木は巨大企業が求める政策を打ち出し、新宿に巨大庁舎を建設して都庁を移転させたほか、江戸東京博物館や東京芸術劇場も作り、臨海副都心開発の検討を開始する。臨海副都心で建設を始めたのは1989年のことだった。 1980年代の日本は株式相場に続いて不動産価格も投機資金で暴騰していた。いわゆる「バブル」。そうした中で臨海副都心開発の計画も策定されたのだが、勿論、バブルが膨らみ続けることはない。1989年に株式相場は天井を打っているが、これは何ヶ月も前からチャート分析で予測されていたことだ。 1990年に入ると、大蔵省(現在の財務省)は資金力のある個人投機家を邪魔な存在として潰しにかかるのだが、そうした投機家は不動産ともつながっていて、なかなか潰れない。結局、投機家を破綻に追い込んだときには株式だけでなく、不動産の相場も壊してしまう。その間、大儲けしたのは大蔵省の仕掛けた「仕手戦」で提灯をつけた外国のファンドだ。 1980年代といえば、大蔵省を黒幕として大手証券が株価操縦を繰り返していた時期。株価を引き上げてファイナンス(時価発行増資や転換社債などの発行)で資金を調達させるという仕組みだが、外国で発行された無担保債はマネーロンダリングに利用されていた疑いがある。後に証券会社は不正行為があったと攻撃されたが、主犯は顧客の大企業や大蔵省だった。 その一方、この時代にはアメリカが日本支配を目論んでいる。日本産業の強さを技術力の高い中小企業群と見たアメリカ資本は「ケイレツ」を問題にしてくる。当時、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と信じていた日本の支配層はアメリカ支配層との話し合いを拒否、アメリカ側は腕力で支配に乗り出す。 アメリカ側の攻撃は1985年のプラザ合意で始まったと言えるかもしれない。その直前は1ドル240円程度だったドル・レートが1年後には1ドル150円台へ急降下した。1988年になると、BIS(国際決済銀行)が自己資本比率を引き上げることを決め、日本の銀行に圧力をかけてくる。 新規定は1992年から本格適用されたが、その前に株価が大幅に下落したことで「含み益」が大きく減少、銀行は資金の回収に走るのだが、その際、回収しやすい企業から手をつけた。つまり、優良な中小企業を「貸しはがし」で倒産させていったのである。アメリカの思惑通りだ。1990年代の前半には証券会社の不正行為や銀行の不正融資(おそらくマネーロンダリング)が発覚、支配システムは大きく揺らいだ。 1990年代の半ばになると、アメリカ支配層は日本の「レジーム・チェンジ」を本格化させ、強者総取りのシステムを強化していく。そうした作業の一例は、CIAとの関係が深いことで有名なシンクタンク、CSISが設置した「日米21世紀委員会」。1996年にメリーランド州で最初の会議を開き、98年に報告書を出した。その後、日本が進めている政策はこの報告書(PDF)に示されている。 こうした中、進められた臨海副都心開発は破綻、2001年には「臨海副都心事業会計」を、黒字の「埋立事業会計」「羽田沖埋立事業会計」と統合して帳簿上、赤字と借金の一部を帳消しにするという詐欺的な行為に出る。が、地方債と金利負担がなくなったわけではなく、2013年から20年度までに約2465億円を返済しなければならないという。この破綻プロジェクトを誤魔化そうとすればするほど事態は悪化、このまま進めば東京はデトロイト化しかねない。 鈴木から猪瀬まで東京都は大変な無駄遣いを続けてきたわけだが、その一方で福祉政策を切り捨て、学校や図書館などの予算は削り、職員の給与を引き下げてきた。庶民が恩恵を受ける政策を「バラマキ」と批判してきたマスコミは、巨大資本や富裕層を儲けさせる政策には寛容な姿勢を示している。 臨海副都心の破綻を語る場合、「バブル崩壊」という枕詞をつける人も多いが、これは予想されていたことで、理由にはならない。それに対し、保育、介護、医療など福祉に予算を割いた美濃部亮吉に対しては「財政を破綻させた」など否定的に説明されることが少なくない。 では、美濃部時代の経済状況はどうだったかというと、アメリカを中心とする国々では経済が行き詰まり、1971年にはリチャード・ニクソン米大統領は金とドルの交換停止を発表している。いわゆる「ドル・ショック」。1973年には石油価格が大幅に上昇する。これは「オイル・ショック」とか「エネルギー危機」と呼ばれている。こうした「ショック」で日本経済も打撃を受けた。 つまり、美濃部時代の世界的な経済状況はきわめて深刻だったのだが、そうした点を指摘しないのは理由があるからだ。鈴木や石原の「バラマキ」を容認し、美濃部の「政策」を罵倒する大きな理由は、少数の支配層のみが潤う社会を望んでいるということ。マスコミもそうした立場を維持、その延長線上に安倍晋三政権はある。 その安倍政権は現在、国内で批判が高まり、「ファシスト内閣」としてのイメージが世界的に広がっている。安倍政権やその支持勢力が予想外の逆風だと感じているのならば、それは判断能力が欠如していることを示している。そうした逆風を猪瀬スキャンダルで回避することは難しいだろう。特に外国では。
2013.12.17
アメリカ政府がシリアへ直接的な軍事侵攻を中止、イラン政府と話し合いを始める中、6年前にイランで消息を絶った元FBI捜査官に関する情報ををAPとニューヨーク・タイムズ紙が相次いで伝えた。当時、この元捜査官、ロバート・レビンソンはCIAの分析官に依頼されてイランへ潜入していたようで、その目的は何だったのかが話題になっている。 行方不明になったのは2007年3月。APもニューヨーク・タイムズ紙もその数カ月後にはレビンソンとCIAとの結びつきをつかんでいたが、これまで伏せてきたという。 彼を雇っていたのはCIAの分析官だったアン・ジャブロンスキーたちで、組織としてのCIAではなかった。ジャブロンスキーはロシアの組織犯罪の専門家で、その当時はマネー・ロンダリングを調査していたようだ。彼女はCIAの内部でも有能な人物だと見なされ、9/11の後、司法長官やFBI長官に毎朝、ブリーフィングしていたほどだという。 レビンソンが行方不明になった翌年の5月、ジャブロンスキーは辞職か解雇かを選択するように言われ、解雇を選らんでCIAを去る。今はヨガのインストラクターをしているという。 レビンソンと彼女が1990年代に知り合ったのも、その専門領域が重なったことが理由のようだ。ソ連が消滅し、ボリス・エリツィン体制になってから急成長したロシアの犯罪組織がアメリカへも進出、南フロリダへ入って来た組織メンバーをFBI捜査官としてレビンソンは捜査していた。 ジャブロンスキーたちが調べていたのはアクバル・ハシェミ・ラフサンジャニ元大統領やその側近たちの「腐敗」だという。この問題はイランでも知られているようで、2009年の大統領選でマフムード・アフマディネジャド候補から指摘されている。この選挙でラフサンジャニはミール・ホセイン・ムサビ候補を支援していたようだが、討論会でアフマディネジャドから、ラフサンジャニやその取り巻きの不正が批判されているのだ。 ラフサンジャニやムサビを「西側」は「改革派」と呼んで持ち上げていたが、要するに「西側」の巨大資本にとって都合の良い人たち。そうした外国勢力と結びつくことで利益を図ろうとする人びとには支持されているのだろうが、多くの庶民からは拒否されていることを選挙結果が示した。ムサビ陣営や「西側」は選挙の不正を訴えたが、根拠がないことは本ブログでも指摘したとおり。 レビンソンが行方不明になった2007年当時、アメリカ、サウジアラビア、イスラエルの3カ国はシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を始めていたという。この話は調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュが2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に書いている。レビンソンは何らかの形で、こうした秘密工作と接点があるのかもしれない。 ジャブロンスキーたちが調査を上司に隠していたということは、彼女たちが違法なことを行っていたのか、あるは上司が違法なことを行っていたと考えることもできる。CIAの秘密工作がラフサンジャニと関係、レビンソンはCIAの秘密工作チームや下請け集団に拉致された可能性も否定できない。実際、そうしたことが敗戦直後の日本であったと元CIAエージェントから聞いたことがある。 勿論、現段階ではレビンソンが失踪した理由は不明だが、CIAの分析官と仕事をしていたことは確かなようで、「特定秘密」があるのだろう。もし、この行方不明事件が「改革派」とアメリカ政府との結びつきを浮かび上がらせることになればイランとアメリカとの話し合いは壊れ、中東の軍事的な緊張が高まるかもしれない。
2013.12.16
ウクライナで反政府の抗議行動が続いている。アメリカなど「西側」では不公正な政治経済システムに抗議する平和的な「占拠運動」が暴力的に排除されるのを傍観していたメディアだが、ブルドーザーを持ち出し、火炎瓶を投げるウクライナの反政府派が強制排除されると大きく取り上げている。 抗議活動が始まった切っ掛けはEUとの「連合協定」をめぐる対立。ウクライナ政府は先月21日、この協定を締結するための準備を停止、ロシアとの協議を再開すると発表したのだが、この発表に反発する勢力が街頭に出てきたわけだ。 ロシアとの経済的な結びつきを犠牲にしてEUへ鞍替えしてもメリットは少なく、富を奪われるだけだと見られているが、ナショナリズム的な熱狂、あるいは一種の「西側信仰」もあるようだ。 そうした信仰は旧ソ連圏に広がっていたが、その背景にはロナルド・レーガン政権が始めた「プロジェクト・デモクラシー」がある。「民主主義」の看板を掲げながら国家、体制を崩壊さようというわけだ。「連帯」を生み出したポーランドは最初のターゲット国と言えるだろう。 そのポーランドだけでなく、ハンガリー、チェコ、エストニア、ラトビア、リトアニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリアといった旧ソ連圏の国がEUに加盟しているが、結局、「西側」を拠点とする巨大資本の食い物になり、自国の産業は大きな打撃を受けているのが実態のようだ。 そうした国々には西側へ働きに出ることを期待する向きもいるらしいが、すでに低賃金で働く東側の人びとに対する反発が強まっていて、排斥の動きもある。西側の国々を不安定化させる要因になるだろう。 ところで、ウクライナをEUと連合させようとしているナショナリストは第2次世界大戦の頃、OUNという団体を組織していた。そうした中でポーランドやロシアを最も敵視していたステファン・バンデラのグループが勢力を伸ばしたのだが、このグループはイギリスの対外情報機関MI6と結びつく。イギリス側の目的はソ連の情報を入手することにあった。 ところがバンデラのグループはナチスと結びつき、1941年にドイツ軍がウクライナを占領すると「新秩序」の障害になると考えられていた人々、つまりユダヤ人、ロシア人、知識人、コミュニストなどの虐殺を始める。このときにOUNは勝手に独立を宣言、これを理由にしてドイツ軍は1941年にバンデラ派の幹部を逮捕するが、44年に釈放され、ソ連軍と戦うためにドイツ軍へ合流した。 なお、バンデラ派のナンバー2だったヤロスラフ・ステツコは大戦後、1946年にMI6のエージェントになってABN(反ボルシェビキ国家連合)の議長に就任、この団体は1966年にAPACL(アジア人民反共連盟/後のアジア太平洋反共連盟)と合体し、WACL(世界反共連盟)になる。 WACL創設にはレイ・クラインCIA副長官が関与したと言われている。APACLに関係していた人物としては、台湾の蒋介石、韓国の朴正煕、統一教会の文鮮明、日本からは児玉誉士夫、笹川良一、岸信介の名前が挙がっている。 こうした歴史を背負うナショナリストはEUとの連合に積極的だが、それを「大多数の国民の悲願」だと言うことはできない。歴史的にヨーロッパと近い西部や中部では反政府行動に肯定的だが、ロシアと近い東部や南部では否定的。ただ、旗印が鮮明な人は多くないようで、激しい抗議活動を繰り広げている人びとは限られている。しかも、最近では、富裕層の内部でもEUの実態を見て「EU熱」は以前より冷めている。 そうした中、アメリカ議会でネオコン(親イスラエル派)の代表的な人物、ジョン・マケインがウクライナを訪れ、反政府派を支援する意思を示した。マケインは中東/北アフリカでの軍事侵略でも旗振り役を演じ、シリアを攻撃するべきだと主張するだけでなく、今年5月にはシリアへ不法入国して反政府軍の幹部と会っている人物。しかも、そのメンバーの中にはシーア派の巡礼者11名を2012年5月に誘拐した人物も含まれていた。 マケインの言動はランドール・シューネマンなる人物を抜きに語ることはできない。この人物はネオコン系のロビイストで、マケインと深いつながりがある。2008年にはマケインの選挙戦に参加、上級顧問(外交政策、国家安全保障担当)になっている。 この人物はマケインを外国政府の要人に紹介してるのだが、その中にはアルバニア、クロアチア、マケドニアが含まれ、台湾、ラトビア、グルジアとも仕事をしている。また、カスピ海周辺の石油開発を目的とするカスピアン同盟、軍需産業のロッキード・マーチンなど多くの会社のロビイストだ。 また、ネオコン系シンクタンクのPNACやイラクへの軍事侵攻を主張していた「イラク解放委員会」の中心メンバーであり、NATOを東へ拡大するためにネオコン系のブルース・ジャクソンと協力関係にあった。ジャクソンは1996年には「NATOに関する米国委員会」を創設して委員長に就任したほか、PNACの創設にも参加している。 ウクライナの背後には、エネルギー産業、戦争ビジネス、イスラエル、そしてファシズムが見える。
2013.12.15
朝鮮の最高権力者は金正恩第1書記。その義理の叔父にあたり、国防委員会副委員長を務めていた張成沢が処刑されたという。名目は反逆罪。張は「犬以下の卑しむべき人間のくず」だと表現されている。具体的な処刑の理由は「特定秘密」になっているため、さまざまな憶測が飛び交っている。 張の失脚は単なる権力抗争ではなく、深刻なスキャンダルを抱えていたとする噂も流れている。そのスキャンダルとは、金正恩の妻、李雪主を巻き込む事件ではないかというのだ。 亡命した朝鮮高官の話として朝日新聞が9月に報道したところによると、銀河水管弦楽団と旺載山芸術団の団員9人がポルノを制作、9人は8月17日に逮捕され、20日に銃殺、両楽団は解散させられたという。捜査の過程で当局は「李雪主も昔は、自分たちと同じように遊んでいた」という会話を傍受したとする話が事実なら大事件。その事件に張成沢が関係していたとするならば、朝鮮の支配システムを揺るがしかねない。 この情報がどの程度信頼できるのかは不明だが、李雪主が50日にわたって公開の場に姿を現していないことから噂は広がっている。最高権力者の義理の叔父を処刑するのが異例だということは、異例の自体が発生した可能性が高く、李雪主と張成沢がスキャンダルに関係していたとしても不思議ではない。 朝鮮の国内が揺らぐ事態を想定、アメリカの好戦派は21世紀を間近に控えた頃から軍事侵攻を計画している。1998年に改訂されたOPLAN(作戦計画) 5027-98がその始まり。 それまでは北からの攻撃に備えるという計画だったのだが、この時の改訂で攻撃的なものに変更されている。つまり、当時の金正日体制を倒し、国家として朝鮮を消滅させて韓国が主導した(つまりアメリカ支配層の意に沿う)新たな国を建設することが目的になったのだ。 この改訂が行われる前年、日本では「日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)」がまとめられ、1999年には「周辺事態法」が成立している。ここでいう「周辺」とは地理的なものでなく、アメリカの判断次第。野呂田芳成防衛庁長官(当時)によると、アメリカの判断を日本政府がノーと言うことは「実態上はないと思います」。 その1999年にアメリカでは朝鮮の金体制が崩壊した場合に備えるとして新たな構想が検討されはじめた。CONPLAN(概念計画) 5029だ。 この計画は2005年にOPLANへ格上げされたが、この年、「日米同盟:未来のための変革と再編」が発表されている。活動の対象は極東から世界へ拡大され、安保条約で言及されていた「国際連合憲章の目的及び原則に対する信念」を放棄、「日米共通の戦略」、つまりアメリカの戦略に基づいて行動するとされたのである。 その間、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターにあった超高層ビル2棟に航空機が突入、アーリントンにある国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された。このショックを利用し、ジョージ・W・ブッシュ政権はイラク、イラン、シリア、リビア、レバノン、ソマリア、スーダンを先制攻撃することを決めている。 2003年に作成されたCONPLAN 8022-02(PDF)は空爆を電子戦やサイバー攻撃と並行して行うという内容。先制核攻撃も含まれているようで、ターゲットとして朝鮮やイランなどが想定されている。その年の3月にアメリカはイラクを攻撃するのだが、これは通常の戦法が採用された。 イラク攻撃とほぼ同じ時期にアメリカは空母カール・ビンソンを含む艦隊を朝鮮半島の近くに派遣している。6機のステルス攻撃機F117が韓国に移動、グアムには24機のB1爆撃機とB52爆撃機が待機していたという。この年、B-2 ステルス爆撃機とF-117ステルス戦闘機を使って朝鮮の軍事施設700カ所を「ピンポイント」で攻撃するというOPLAN 5026も作成されたようだ。 アメリカの好戦派は朝鮮の国内が混乱する事態を待っている。歴史や利益を考えると、朝鮮を軍事侵攻する最終的な目的は中国。当然、中国もそうした動きを警戒しているはずで、アメリカ軍を牽制し、バラク・オバマ政権へ警告するのは必然だろう。 ちなみに、12月5日、南シナ海の公海上で中国の航空母艦を偵察していたアメリカ海軍のミサイル巡洋艦カウペンスの航行を中国の艦船が妨害するという出来事があり、アメリカ政府は中国側に抗議したという。【追加】 張成沢が処刑される直前に妻、つまり金正恩の叔母にあたる金敬姫と離婚したと報道されている。
2013.12.14
派遣労働の問題は多くの人に指摘されてきた。庶民は劣悪な労働環境を押しつけられ、貧富の格差が拡大し、社会は崩壊へ向かっている。その一方、社会の崩壊で支配体制が揺らぐことを恐れてファシズム化を推進しているわけだ。 厚生労働省は12月12日、すべての職種で企業が派遣労働者を使い続けることができるようにする骨子案を労働政策審議会部会に対して示したという。労働環境の劣悪化、貧富の格差拡大、社会の崩壊を推進するという姿勢を同省は明確にしたということだ。 低賃金で不安定な雇用を広めるメリットが支配層には少なくともふたつある。 ひとつは庶民から富を吸い上げ、自分たちがより豊かになり、支配階級としての地位を確かなものにできるということ。もうひとつは、支配層に反抗的、例えば労働環境の改善を求めるような人びとを容易に排除できるようになるということ。 日々の生活に追われる庶民は社会について考える余裕をなくし、経済的な理由から教育を受けることも難しくなって被支配階級として固定化される。生きる糧を奪われる恐怖を常に意識させることで保身に走るように仕向け、反抗心をなくそうというわけだ。 似た仕組みは1960年代に学校へ導入されている。こうした制度変更の背後には60年安保闘争、そして来るべき70年安保闘争があった。 1966年に東京都では高校入試に学校群制度の構想を発表、学力試験の科目数を9から3へ減らし、9科目の内申と学力試験を同じように評価することにした。制度を変えた名目はともかく、内申とは教師による生徒の監視にほかならず、学校の管理強化につながる。内申書によって子どもに監視を常に意識させ、権力に服従する人間を作り出すことが支配層の思惑だったのだろう。 それ以前、日比谷高校をはじめとする進学校も存在したが、都立高校は数の多さもあり、社会のさまざまな階層の子どもが集まる学校でもあった。その都立高校では管理が強化されるのと並行して進学校としての地位を失い、国立や一部の私立がエリート輩出のルートになる。受験産業の資料によると、こうした進学校は「自由な校風」という特徴があるらしい。 国立や私立は中高一貫、または小中高一貫の学校が多く、東京都の制度変更は「勝負の年齢」を下げることになった。受験の低年齢化は早い段階から受験準備でき、長期にわたって教育費を負担できる富裕層が有利だ。 社会で「エリート」と評価される地位を固定化するためには、「エリート輩出大学」へ特定の階級の子どもが進学する必要がある。どれだけ学習環境が恵まれていても、試験が客観的であれば、こぼれ落ちる支配階級の子どもが出てくる。「教育再生実行会議」が10月31日に提言した「高等学校教育と大学教育との接続・大学入学者選抜の在り方について」(PDF)は、そうした問題へのひとつの回答。情実入学を公然と認め、恣意的に合格者を選べるようにすべきだという内容だ。 派遣労働の常態化や情実入学の容認は支配体制を固定化する。つまり、官僚の情報独占を実現するために成立させた「特定秘密保護法」と目的は同じだ。
2013.12.13
リビアで始まったサウジアラビア系の武装集団(サラフ主義者/アル・カイダ)とカタール系武装集団(ムスリム同胞団)の対立はエジプトの政変につながり、シリアへも波及して反シリア政府軍の内部での戦闘が激化している。FSAのサリム・イドリス司令官はシリアからトルコへ逃亡、さらにドーハに移動したという。こうした状況を受け、ムスリム同胞団と近いトルコ政府はシリアとの国境を封鎖したようだ。 反シリア政府軍の主力だったFSA(自由シリア軍)は当初からトルコにある米空軍インシルリク基地を拠点として活動、そこでアメリカのCIAや特殊部隊のメンバー、あるいはイギリスやフランスの特殊部隊員がFSAの戦闘員を訓練してきた。当初、サウジアラビアとカタールは協力関係にあったのでトルコ政府としても問題はなかったのだろうが、反シリア政府軍の内部で対立が激しくなると立場は難しくなった。 エジプトの情勢を見てもわかるように、このところ優勢なのはサラフ主義者/アル・カイダ、つまりサウジアラビア。シリアの状況も似ている。供給されている資金の差が出ているようだ。 そのサウジアラビアはこのところ、イスラエルと頻繁に接触している。その中心人物は本ブログでもしばしば登場するバンダル・ビン・スルタン総合情報庁長官。中東/北アフリカの体制転覆プロジェクトでは最初からロシアと対立していたが、ここにきてアメリカがイランとの対話を開始、イスラエルとサウジアラビアは巻き返そうと必死だ。 シリアの体制を転覆させるため、イスラエルもアル・カイダを支援している。このことは、今年9月末までイスラエルの駐米大使を務めていたマイケル・オーレンが退任前にエルサレム・ポスト紙のインタビューで語っている。イスラエルは最初からシリアの体制転覆を望んでいたと明言、アル・カイダを支援してシリアのバシャール・アル・アサド体制を倒そうとしてきたと発言しているのだ。オーレンはベンヤミン・ネタニヤフ首相に近いと言われ、発言には重みがある。 これまでもシリアで化学兵器を使ってるのはサウジアラビアを後ろ盾とする武装集団だとする情報も伝えられていたが、ここに来てアメリカの調査ジャーナリスト、シーモア・ハーシュも反シリア政府軍がサリンの製造能力を持っていると指摘、実際に使った可能性があることをアメリカ政府は知っていたとする記事を書いている。 サウジアラビアとイスラエルが巻き返そうとして一線を越えたなら、大きなスキャンダルが浮上する可能性もある。
2013.12.12
情報の隠蔽は大勢の人を殺すことになる。 例えば、東電福島第一原発の事故でも政府や東電は重要な情報を隠し、住民に大量被爆を強いることになった。被爆させた責任者たちは「安全宣伝」を今でも続けているが、チェルノブイリ原発やスリーマイル島原発の事故による被害調査から見ても、これから福島を中心として、日本で被害が出てくることは間違いない。カナダやアメリカのカリフォルニアでは、影響の疑いが指摘される現象も出ている。 戦争を始める時にも情報は隠される。その結果、多くの人が殺し合いに参加させられることは言うまでもない。情報を隠して始める戦争は侵略。本来なら平和に暮らしているであろう人びとも、略奪、破壊、虐殺の片棒を担がされるわけだ。 2003年にアメリカ政府が始めたイラクへの先制攻撃は多くのイラク人を殺してきた。アメリカ兵も犠牲になっている。ジョンズ・ホプキンズ大学とアル・ムスタンシリヤ大学の共同研究チームは医学雑誌「ランセット」に2003年3月から2006年7月までの間に65万4965名以上のイラク人が死亡、そのうち60万1027名は暴力行為(要するに戦闘)が原因だとする推計を発表、イギリスのORB(オピニオン・リサーチ・ビジネス)が行った調査では、2007年夏までに94万6000名から112万人が戦争で殺されたしている。 「イラク・ボディ・カウント」のような団体が出している数字をメディアは使うことが多いが、この数字は安全な場所から眺めてカウントした結果にすぎない。正しい情報を隠して始めた戦争で、約100万人のイラク人が殺されたとする推測に信憑性はあり、戦争が終わっていない以上、この数は増え続けることになる。これは情報を秘密にした結果だ。 イラクを先制攻撃する際、アメリカ政府は「大量破壊兵器」を持ち出し、人びとの恐怖を煽った。いわば「恐怖政治」であり、「テロ行為」。そうした恐怖の中、アメリカ政府の宣伝を少なからぬ人が信じた振りをした。当時、世界中でアメリカやイギリスの政府が宣伝していた話に信憑性がないことが指摘されていたが、それを無視したということ。日本でも政府やマスコミ、そして多くの日本人は「信じた振り」をしていたが、それだけでなく、事実を口にする人物を攻撃したことも忘れてはならない。 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官によると、イラクをシリアやイランと一緒に殲滅するとネオコン(親イスラエル派)のポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)が口にしたのは1991年のこと。2001年9月11日の出来事、つまりニューヨークの世界貿易センターにあった超高層ビル2棟に航空機が突入、アーリントンにある国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されなければ、この計画を実現できなかっただろう。 攻撃の直後、ジョージ・W・ブッシュ政権は調査もろくにせず、アル・カイダが実行したと発表するのだが、アル・カイダとイラクのサダム・フセイン政権は激しく対立していた。フセインと9/11を結びつけることは無理なのだが、メディアなどは人びとが結びつけて考える雰囲気を作り出していた。が、攻撃を実行するためには別の理由が必要。そこで宣伝されたのが「大量破壊兵器」だった。 クラーク元最高司令官によると、2001年9月11日から10日後にブッシュ政権はイラク攻撃を決定しているのだが、その理由を統合参謀本部のスタッフに聞いたところ、「わからない」という返事が返ってきたという。フセインとアル・カイダを結びつける情報もないことをそのスタッフは明言、国防総省の幹部は「イラクと戦争をしたいだけ」だと話したという。 リビアを偽情報に基づいて攻撃、ムアンマル・アル・カダフィ体制を破壊、国を分裂させ、暴力が支配する無政府状態にしてしまったが、バラク・オバマ政権は偽情報でシリアを同じ状態にしようとした。攻撃の口実に使おうとしたのは「サリン」だ。 この問題は本ブログで何度も書いてきたことで詳細は割愛するが、最近では調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュも反シリア政府軍がサリンの製造能力があり、実際に使った可能性があるとロンドン・レビュー・オブ・ブックスに書いている。 ハーシュによると、アメリカはシリアの化学兵器関連施設の近くにセンサーを設置して常時モニター、サリンが弾頭に装填されたならアメリカやイスラエルに警告する仕組みになっていた。当初、この報道を無視していた「西側」のメディアは「反論」しはじめたようだが、反シリア政府軍が化学兵器の扱い方に関する訓練を「西側」から受けていることは「西側」の有力メディアも知っていることだ。 法律の締め付けがなくても巨大資本と深く結びついた「有力メディア」は自己検閲をしている。「特定秘密保護法」にしろ、「共謀罪」にしろ、ターゲットは自立した個人。マスコミや官僚ではなく、権力の脅しに屈しない人びとだ。
2013.12.12
自らの政治生命が残り短いことを悟ったのか、安倍晋三首相は世界的な非難の声を無視、日本のファシズム化を急ピッチで進めている。官僚の情報独裁を確立し、その支配システムに邪魔な存在を排除することを目的とした「特定秘密保護法案」を成立させたのに続き、「重大な犯罪の謀議」に加わった人間を処罰する「共謀罪」を導入するのだという。 2020年に予定されている「東京オリンピック」に向けた「テロ対策」だというが、それは因果関係が逆。ファシズム体制を強化するためにオリンピックを招致したと考えるべきだ。東電福島第一原発の危機的な状況が続き、そうした事実を政府や東電が隠蔽、危険な作業に従事させられる作業員の募集や管理などに広域暴力団が使われていることが世界的に知られる中、不自然な選出だった。 1936年のベルリン・オリンピックはプロパガンダに利用されたことで有名だが、2012年のロンドン・オリンピックは治安/監視強化の大会だった。街中のCCTVネットワークは強化され、無人機も監視に使われ、治安部隊の配備も徹底、ロンドンは刑務所になったとも言われた。 日本は設備面の強化だけでなく、法律を変え、社会システムを根本的にファシズム化しようとしている可能性が高い。アメリカの支配層なら武装集団を雇い、「テロ」を演出するところだ。 日本の歴史を振り返っても、支配層は人びとにショックを与えて社会を作り替えたり、軍事侵略の口実を作ったりしてきた。そのショックは思想弾圧と結びついている。 例えば、日本が韓国を併合した1910年には「天皇暗殺」を計画したという作り話で幸徳秋水など数百名の社会主義者や無政府主義者を拘束、そのうち24名に死刑が言い渡されている。いわゆる「大逆事件」だ。 中国に対する本格的な侵略の幕開けになった山東出兵は1927年から28年にかけて実行され、28年には張作霖を関東軍参謀の河本大作たちが爆殺している。その1928年には日本共産党と関係が深い諸団体の事務所や幹部宅などが家宅捜査され、約1600名が検挙されたという。大半の人は勾引状など正式手続きを経ずに逮捕され、捜索令状が出されていたのは一部にすぎない。 1931年には関東軍参謀の板垣征四郎らが柳条湖の近くで満鉄の線路を爆破、張学良(張作霖の息子)軍が行ったとして満州事変を引き起こし、32年に傀儡国家の満州国を成立させ、37年には盧溝橋での兵士行方不明事件を利用して中国軍を攻撃、本格的な戦争を始めた。 ミッドウェー海戦で日本艦隊が大敗した後、1942年9月に世界経済調査会で働いていた川田寿と妻の定子が、また雑誌「改造」に掲載された論文「世界史の動向と日本」を書いた細川嘉六が検挙された。これを幕開けに、満鉄や出版関係の仕事をしていた人びとが次々と逮捕される。「横浜事件」だ。 細川の著作『植民史』の刊行記念で催された会食の際に撮影された写真が捜査の過程で見つかり、特高警察はこの会食を「共産党再建準備の謀議」だとしたのである。つまり「共謀罪」。言論関係者を中心に60名以上が逮捕され、30名以上が有罪判決を受けたという。そのうち4名が獄死、釈放直後に獄中の心神衰弱が原因で死亡した人もいる。 このでっち上げ事件の絵図を書いた人物だと疑われているのは、思想検察出身の平沼騏一郎、あるいは東条英機の懐刀と言われた唐沢俊樹。騏一郎の兄、叔郎のひ孫が平沼赳夫だ。唐沢は1932年から36年にかけて内務省の警保局長を務め、摘発時は内務次官。そのときの警保局長が町村金五、つまり町村信孝の父親だ。 戦後、唐沢は衆議院議員になり、岸信介内閣では法務大臣を務めている。町村金五も衆議院議員、北海道知事、参議院議員を務め、田中角栄内閣で自治大臣になった。戦前から戦中にかけて思想弾圧を指揮した勢力は戦後も要職に就き、その人脈は今も生きている。
2013.12.11
反シリア政府軍がサリンの製造能力を持ち、実際に使った可能性があることをアメリカ政府は知っていたとするシーモア・ハーシュの記事を「西側」の有力メディアは黙殺している。権力を監視する気概などは持っていないようだ。最近、権力の暗部に光を当てているのは内部告発サイトのWikiLeaksやNSAの活動を内部告発したエドワード・スノーデンのような人びとである。 安倍晋三政権が強引に成立させた特定秘密保護法案は、そうした内部告発を封印することも大きな目的。そのほか、官僚システムにとって邪魔な存在を排除する道具として使えるようになっている。つまり弾圧法。 この法律に反対する声がマスコミの中からも出ているが、支配層にとって都合の悪い情報を実際に報道しない限り、説得力はなく、「アリバイ工作」と見られる。原子力の安全神話を広め、東電福島第一原発の事故でも政府や東電の「流したい話」を垂れ流すだけで事実を伝えなかったことを多くの人は忘れていない。 リビアではムアンマル・アル・カダフィ体制を倒すため、「西側」や湾岸産油国がアル・カイダと手を組んでいたのだが、このことを日本のマスコミがきちんと報道したという話は寡聞にして聞かない。 シリアでアル・カイダなどの反政府軍が残虐な行為を繰り返していることは隠しきれなくなっているが、これは戦闘が長引いたため。リビアでも同じことが行われていた。それでも日本のマスコミは腰が引けている。これも自己検閲。 今年9月末までイスラエルの駐米大使を務めていたマイケル・オーレンは退任前にエルサレム・ポスト紙のインタビューを受け、イスラエルは最初からシリアの体制転覆を望んでいたと明言、アル・カイダを支援してシリアのバシャール・アル・アサド体制を倒そうとしてきたと発言している。イスラエルもアル・カイダを敵視していない。 イスラエルとサウジアラビアが手を組んだのは遅くとも1980年代。アフガニスタンへソ連軍を誘い込むことに成功したアメリカはスンニ派の武装勢力を編成、武器を提供、戦闘員を軍事訓練しているのだが、その際にイスラエルやサウジアラビアはパキスタンと同様、協力している。 今回、サリンの話を書いたハーシュは2007年にニューヨーカー誌で、アメリカ、サウジアラビア、イスラエルの3国がシリアやイランをターゲットにした秘密工作を始めたと書いている。その後、シリアでの戦闘でイスラエルとサウジアラビアの同盟関係は明確になった。 サウジアラビア側でイスラエルと接触しているのはバンダル・ビン・スルタン総合情報庁長官。10月2日にバンダル長官はイスラエルを訪問したと見られているが、先月はスイスのジュネーブでイスラエル側の人間と何度か会ったと伝えられている。中旬にはイスラエルを訪問、フランス大統領を交えてイランとアメリカとの関係改善について話し合ったともいう。 アル・カイダを雇っているのがサウジアラビアだということも広く知られるようになってきた。そもそもオサマ・ビン・ラディンにアル・カイダを組織するような資金はなく、最初からサウジアラビアの支配層が関係していたようだ。 そこで問題になるのが2001年9月11日の出来事。ニューヨークの世界貿易センターに立っていた超高層ビル2棟に航空機が突入、アーリントンの国防総省本部庁舎が攻撃されたわけだが、当時のジョージ・W・ブッシュ政権はすぐにアル・カイダの犯行だと断定していた。 この公式発表には疑問点も多く、少なくともアメリカ政府は事前に航空機を使った「テロ」が計画されていることを知っていた可能性が高いのだが、アル・カイダが実行したとするならば、サウジアラビアが当然、問題になる。しかも、サウジアラビアはイスラエルとつながっている。 9/11の直前、アメリカの支配層は追い詰められ、クーデターを起こしても不思議ではない状況になっていた。強欲な巨大資本に対する批判が高まり、2001年7月には、G8サミットが開かれたイタリアのジェノバへ抗議のために約20万人が集結、取り締まり側は暴力行為をでっち上げ、後に問題化している。投機も行き詰まり、エンロンの破綻も間近に迫っていた。 こうした問題を吹き飛ばし、1980年代から練られていたCOGプロジェクト、有り体に言えばクーデター計画が9/11で起動した。愛国者法が成立し、ファシズム化が急速に進むことになる。国際的には、中東/北アフリカへの軍事侵略が始まった。9/11がなければ、国内ではファシズム化、国外では軍事侵略、支配層が1980年代から練り上げていた計画を実行に移すことは難しかった。 その9/11の後ろにサウジアラビアが浮かび上がり、その背後にはイスラエル、そしてアメリカの親イスラエル派、戦争ビジネスが存在する。石油産業も利益を得た。こうした関係を裏付けるような情報が少しでも漏洩したなら、現在の支配システムは崩壊する可能性がある。情報は絶対に守ると支配層は必死なのかもしれない。
2013.12.10
8月21日にダマスカスの郊外にあるゴータで化学兵器が使われた際、アメリカ政府はシリア政府軍に責任があると言い張っていた。国連大使のサマンサ・パワーは記者会見で、バシャール・アル・アサド政権だけがサリンを持っていると語っているが、これはバラク・オバマ政権の公式見解だ。 しかし、実際は反シリア政府軍がサリンの製造能力を持っていて、実際に使った可能性があることをアメリカ政府は知っていたと調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュは、ロンドン・レビュー・オブ・ブックスに書いている。その事実を隠していたわけだ。 ハーシュによると、アメリカはシリアの化学兵器関連施設の近くにセンサーを設置して常時モニター、サリンが弾頭に装填されたならアメリカやイスラエルに警告する仕組みになっていた。装填されたサリンは数日で使えなくなるので、警報から3日以内に攻撃がある可能性が高い。オバマ政権が主張していたように、シリア政府軍がサリンを使用したとするならば、事前にアメリカやイスラエルは知っていたにもかかわらず、黙っていたことになる。事前に化学兵器仕様の警報が出なかったとするならば、シリア軍以外が使った可能性が高いということ。 アルカイダ系の反政府勢力、アル・ヌスラがサリンの製造能力を持っていることを5月後半にCIAはオバマ大統領など閣僚に説明、そのほかのスンニ派武装勢力やイラクで活動しているアル・カイダ系の武装集団も化学兵器を製造する能力があると警告していたという。ジョージ・W・ブッシュ政権と同じように、オバマ政権は嘘で戦争を始めようとしていた。 こうした流れを大きく変えたのは、ロシアのビタリー・チュルキン国連大使。反シリア政府軍が支配しているドーマから8月21日午前1時半頃、2発のミサイルが発射され、毒ガス攻撃を受けたとされるゴータで着弾していることを示す文書や衛星写真を国連で示し、その後に国連内の雰囲気が大きく変化したようなのだ。 こうした証拠が示された後に開かれた国連の緊急会合にアメリカのサマンサ・パワー大使は欠席していたという。コメディ映画祭でゲスト・スピーカーを務める夫と一緒にアイルランドで休暇を過ごしていたようだ。「逃げた」と推測する人もいる。 さらに、8月29日付けのミントプレスにデイル・ガブラクとヤフヤ・アバブネの署名入りで掲載された記事には、21日に使われた化学兵器はサウジアラビアと関係しているとされていた。 後にガブラクが自分と記事は無関係だと言い出すが、編集長のムナル・ムハウェシュはガブラク自身が記事を編集部へ持ち込んだと反論している。彼女は同僚のヤフヤ・アバブネがシリアへ入っていると説明、取材でサウジアラビアが反政府軍に化学兵器を提供したと話したという。しかも、ガブラク自身もサウジアラビアが化学兵器を反政府軍へ渡しているとする証言を得たと編集長に語っていたとしている。 また、インターファックスは、ゴータで化学兵器を使ったのはサウジアラビアがヨルダン経由で送り込んだ秘密工作チームだとする話を伝えている。この作戦はサウジアラビア系のイスラム武装勢力、リワ・アル・イスラムが支援したという。 リビアやシリアでの戦闘でサウジアラビアがアル・カイダの戦闘員を雇っていることが知られるようになった。アル・カイダとはデータ・ベースを意味し、いわば非正規戦闘員の登録機関だとする人もいる。 そうした仕組みはともかく、アル・カイダはテロリストの象徴として扱われてきたわけで、その黒幕がサウジアラビアだということになるが、そうしたことを「西側」の政府やメディアは口にできない。イスラエルと同様、触れてはならない国なのだ。 安倍晋三流の表現を使うならば、シリアの反政府軍が化学兵器を持っているとか、サウジアラビアがアル・カイダの雇い主で、シリアでの化学兵器使用の黒幕だというような話は「特定秘密」だ。 勿論、「特定秘密保護法」がなくても支配層は情報を隠し、場合によっては廃棄する。が、それは法律やルールに違反する行為。明らかにされた情報が内部告発に値するなら、政府は批判され、弁明に追われることになる。NSAの内部情報を明らかにしたエドワード・スノーデンやWikiLeaksのジュリアン・アッサンジをアメリカ政府は追いかけているが、「内部告発者」としてではない。内部告発は認められている。 しかし、安倍晋三政権が強引に可決した特定秘密保護法は官僚が独占している公的な情報を明らかにすること、いや明らかにしようとしていると疑われること自体が犯罪になってしまう。事実上、内部告発は認めていない。証拠隠滅は合法。形ばかりの情報公開制度も機能しなくなるだろう。官僚の独裁システムにとって都合の悪い人びとの弾圧にも使える。「丁寧に説明」などされても関係ない。法律自体が問題なのだ。 今回、ハーシュが明らかにしたような情報が漏れては困ると日本の官僚は考えているかもしれないが、この記事は日本で話題になっていないようだ。アメリカ政府にとって不都合な情報には興味を持たないという習性をマスコミは身につけているのかもしれない。 悪党は自分たちの悪事について熟知、漏れることを恐れている。敗戦前の文書はすでに大量廃棄されているが、今後、被害国から新たな賠償請求で出てくることも予想され、残された文書も「特定秘密」になるのだろう。【追加】 アメリカ政府はハーシュの記事を間違いだとしているが、過去を振り返ると、例えば2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に掲載されたアメリカ、イスラエル、サウジアラビアのシリアやイランに対する秘密工作に関する彼のレポートは正しかった。それに対し、アメリカ政府は嘘をつき続けているわけで、アメリカ政府の弁明は信頼度が欠ける。ハーシュに反論したいなら、シリア政府軍がサリンを使ったという決定的な証拠を提示するのが最低限の義務だ。 オバマ政権の弁明は「嘘の上塗り」の可能性が高い。特定秘密法が成立すると、アメリカ政府は日本に「嘘を発表している」と正直に伝えると安倍首相らは信じているのだろうか? ハーシュはニューヨーカー誌を執筆の拠点にしているのだが、今回の記事に同誌は興味を示さず、ワシントン・ポスト紙も掲載を断ったという。日本のマスコミのように「萎縮」し、自己検閲を続けてきた集団に報道を期待するのは無理なのだろう。特定秘密保護法案についても直前まで無視、決定的な局面になって「アリバイ工作」的に騒いでいた人たちだけのことはある。もっとも、そうした「アリバイ工作」すらしなかったマスコミもあったが。
2013.12.09
トッド・ラングレンのファンだったというマーク・チャップマンにジョン・レノンが射殺されたのは今から33年前、1980年12月8日のことだ。その年の10月には5年ぶりのシングル「スターティング・オーバー」を、また11月にはアルバム「ダブル・ファンタジー」をリリース、政治問題、社会問題に対しても行動を起こそうとしていた。 レノンが殺される前の月にはアメリカ大統領選があり、共和党のロナルド・レーガンが勝利している。デイビッド・ロックフェラーとズビグネフ・ブレジンスキーを後ろ盾にしていた現職のジミー・カーターはイスラエル/シオニスト・ロビーに激しく攻撃されただけでなく、1979年にイランのイスラム革命で厳しい状況に陥ったロックフェラーの怒りを買い、再選はならなかった。 1979年には中米のニカラグアでも革命が成功、サンディニスタ政権が誕生する。1981年1月にレーガンは大統領に就任、その数カ月後には反革命グループとして「9月15日軍団」を編成、アルゼンチンでの訓練が始まる。 この軍団は1980に創設されたADRENの軍事部門で、前体制で国家警備隊の大佐だったリカルド・ラウという人物も含まれていた。1980年にエル・サルバドルでカトリックのオスカル・ロメロ大司教が暗殺されたが、この暗殺にラウも協力していたことが知られている。その当時、エル・サルバドルもアメリカを後ろ盾とする独裁体制の国で、反対勢力と見なされた人が虐殺されていた。こうした弾圧を大司教は批判していたのである。 1981年8月にADRENを中心とするFDNが創設され、ホンジュラスを拠点としてゲリラ活動を始める。これがコントラの北部戦線。1981年から85年にかけてホンジュラス駐在のアメリカ大使を務めたのがジョン・ネグロポンテだ。ホンジュラスでも反体制派が虐殺されている。 ニカラグアをはさむ形でコスタリカにも「コントラ」ができる。コマンダンテ・ソロことエデン・パストーラが率いていたFRS(1982年に別のグループと合体してARDEになる)だ。これがコントラの南部戦線。 一方、ヨーロッパでは1979年12月にNATO理事会で、アメリカのパーシングIIと巡航ミサイルをNATO5カ国に1983年から順次配備すると決めている。この決定を切っ掛けにして西ヨーロッパでは反核運動が盛り上がり、1981年10月に西ドイツのボンで開かれた反核集会には約30万人が集まったという。ジョン・レノンも生きていれば反核運動に参加した可能性が高く、さらに盛り上がっていただろう。 この当時、経済ではチリに続いてイギリスでも新自由主義が導入される。北海油田が利益を生むようになって見えにくくなったものの、強者総取りのシステムは貧富の格差を広げ、社会を破壊していく。当然、こうした問題についてもレノンは発言したはず。ユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク、リビア、シリアなどに対する先制攻撃も遣りにくくなっていたことだろう。
2013.12.09
インドネシアのバリ島で開かれていたWTO(世界貿易機関)の公式閣僚会議が12月7日に閉幕した。WTOは1995年にGATT(関税貿易に関する一般協定)を引き継ぐ形で創設された組織で、経済や金融で圧倒的な力を持つ巨大企業に対する規制を緩和、あるいは消滅させる方向へ世界を導こうとしている。 有り体に言うならば、私企業が国を支配する体制を世界の支配層は築こうとしている。WTOを主導している人びとが言うところの「自由」は巨大資本に与えられるもので、個人は自由を奪われ、主権者としての地位から引きずり下ろされることになる。 WTOが創設された年にOECD(経済協力開発機構)の閣僚理事会はMAI(多数国間投資協定)の交渉を始めることに決めている。投資の自由化を進め、投資保護の義務や紛争解決の手続きを規定、労働や環境基準についても定めることになっていた。 巨大資本が自由に投資、問題が生じても投資は保護され、巨大資本に有利な形で紛争を処理、労働条件の悪化や環境の破壊を招くことが予想されたために批判を浴び、交渉は失敗したが、そのMAIを強化した形で復活させたのが現在進行中のTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)。TPPの交渉が秘密裏に進められているのもMAIの失敗から学んでのことなのだろう。当然、TPPもMAIと同じ問題をはらんでいる。 1938年にフランクリン・ルーズベルト大統領は次のように言っている。「民主主義国家そのものより、私的な力が強くなることを人びとが許すなら、民主主義の自由は危うくなる。それは本質においてファシズム、つまり個人、グループ、あるいは何らかの私的な権力による政府の所有だ。」 国より私企業が力を持ち、政府を支配するような体制、つまり新自由主義が目指している目標はファシズムだということ。2001年以降、アメリカではファシズム化が急速に進み、日本がその後を必死に追いかけているのは必然だということ。そうした流れを「西側」、特に日本のマスコミは後押ししてきた。 そうした動きを批判する勢力も弱くはなく、ローマ教皇庁もそうした批判勢力に加わっている。使徒的勧告「福音の喜び」でローマ教皇フランシスコは新自由主義を厳しく批判したのに続き、バチカンはWTOの交渉やTPPについても警鐘を鳴らしている。「秘密のうちに、しばしば事実上という形で新しい専制支配は生まれ、それは一方的に、容赦なく法律や規則を押しつけてくる。さらに悪いことに、そうした政策はWTOやFTAでの交渉に基づく通商ルールを通じ、固定化されてしまう。」 強者総取りの強欲な政治経済システムを放置しておくと、カトリックの存在意義がなくなるという危機感があるのかもしれない。そうした段階まで新自由主義は到達、この体制を維持するためには監視を強化し、情報を統制し、暴力で押さえ込むしかないということだ。言い換えると、民主主義的な仕組みを破壊するということ。日本もそうした方向へ突き進んでいる。 しかし、進めば進むほど抵抗は強くなる。アメリカの議会やメディアにはウォール街の代弁者も多いが、そうした勢力を議論で粉砕している人物がいる。ハーバード大学の教授だったエリザベス・ウォーレン上院議員だ。アメリカの場合、議論の封印は日本ほど容易ではない。
2013.12.08
南アフリカで人種隔離政策と戦い、1994年から99年まで大統領を務めたネルソン・マンデラが12月5日に死亡した。1952年から弁護士として活動する一方、「ANC(アフリカ民族会議)」の副議長に就任していたが、行き詰まりを感じて1961年には「民族の槍」という軍事組織を作っている。1962年に逮捕、64年に終身刑を言い渡され、釈放されたのは1990年のことだ。 1962年の逮捕ではアメリカの2情報機関、CIAとNSAが協力している。NSAが通信を傍受するほか、ANCの内部に潜り込んでいたCIAの工作員から南アフリカの治安当局に対して服装や居場所を含むマンデラの行動に関する詳しい情報が提供されていた。 人種隔離政策と戦うANCをテロリストのリストに載せたのは1981年からアメリカ大統領を務めたロナルド・レーガン。その認定が取り消されたのは2008年のことである。その間、1993年にマンデラはノーベル平和賞を授与されている。 大統領に就任したマンデラは政治的な平等を実現するために努力したが、経済の仕組みが温存されたため、貧富の格差は解消されず、そうした格差に基づく社会不安は解決されていない。こうした批判はあるものの、権力に執着せず、アメリカやイスラエルも堂々と批判したマンデラは、歴史上、最も尊敬されている人物のひとりであることは間違いない。 ジョージ・W・ブッシュ政権がイラクを先制攻撃する前、マンデラはアメリカの正体を素直に語っている。「アメリカの態度は世界平和への脅威」であり、「言語に絶する残虐なことをしている国があるとするならば、それはアメリカだ」と言った具合だ。私利私欲のため、強そうな勢力、つまりアメリカの好戦派に媚びへつらう日本の「エリート」とマンデラは正反対の生き方をしてきた。 アメリカに追随し、「特定秘密保護法案」を強引に成立させた日本の官僚。秘密をペラペラしゃべっているのは、この法案を作った「エリート」たちに外ならない。彼らは仲間内や外国人に対して口が軽い。庶民は関係のない話だ。その庶民を縛る「特定秘密保護法案」は秘密の漏洩とは無関係な法律だと言える。庶民を縛ることで日本を「世界平和の脅威」に作り替え、「言語に絶する残虐なこと」をする存在にしようとしている・・・と見られても仕方がない。
2013.12.07
強者総取りの新自由主義経済に日本の支配層は執着している。自分たちの私腹を肥やすために最適の仕組みだからだ。同じ考え方の人たちがアメリカにもいて、来年は庶民から公的な権利やサービスを奪うために大攻勢を仕掛けるという。主要なターゲットは教育、医療、所得税、賃金、環境になるようだ。日本も同じ流れ。 新自由主義では「自由市場」が絶対視されるのだが、そんなものは存在しない。同じ資金力や情報力を持つ無数の参加者で構成される公正な市場など夢物語。実際は莫大な資金力と強力な情報力を持つ人物なり集団が取り引きをコントロールしている。最近では電子技術を使って情報を不正に入手、相場を動かしているとも疑われている。例えば、内部告発者のエドワード・スノーデンが働いていたブーズ・アレン・ハミルトンは、LIBOR(ロンドン銀行間取引金利)の不正に関わっているという噂がある。 11月26日にローマ教皇フランシスコの使徒的勧告「福音の喜び」が出されたのだが、その中で新自由主義を厳しく批判している。アメリカの動きと対照的だ。「年老いたホームレスの人が風雨に曝されながら死ぬことがニュースにならず、株式相場が2ポイント下がったことがニュースになるということがどうして起こりえるのか?」「世界規模の金融や経済に影響する危機は、その不均衡、そして特に人間に対する真の関心の欠如を明らかにしている。」「社会、そして人びとの間における排除や不平等が一変されない限り、暴力をなくすことは不可能である。」 また、大企業に資金を供給すれば中小企業や労働者へ流れるというトリクル・ダウン理論は事実によって確認されていないと一刀両断。全くその通りなのだが、ローマ教皇が発言した意味は大きいだろう。 問題の根源には不均衡があり、その不均衡を生み出しているのは、市場や投機の絶対的な自治、つまり聖域化を擁護するイデオロギーだとしている。つまり、新自由主義こそが最大の問題だということだ。
2013.12.06
安倍晋三政権は日本を「戦争ができる国」にしたいのだと言われる。昔、戦争を「政治の継続」だと主張した人もいるようだが、では「政治」とは何かということになる。しばしば「政治経済」と表現されるように、政治はカネ儲けと深く結びついているわけで、戦争もカネ儲けと切り離して考えることはできない。かつて、アメリカ海兵隊のスメドリー・バトラー少将が言ったように、戦争は犯罪行為、つまり押し込み強盗だ。 明治維新後、日本が東アジアを侵略した目的もカネ儲けにあった。そうしたことを国民も十分に理解していたことは、日露戦争の後、取り分が少ないとして不満を爆発させ、内相官邸、警察署、交番などを人びとが焼き討ちし、戒厳令が敷かれるという事態に発展したことからもわかる。戦争は略奪だということを国民はよく理解していたのだ。 それまでの流れを振り返ると、1871年8月に廃藩置県、同年10月に難破して台湾に漂着した宮古島の漁民が殺されると、宮古島を日本領と主張する目的で72年9月に琉球藩を設置、74年に台湾へ軍隊を送り込んでいる。 1875年になると日本政府は軍艦を李氏朝鮮の首都に通じる交通上の要衝だった江華島へ派遣して挑発、「日朝修好条規」を結ばせることに成功し、1894年に甲午農民戦争が起こると「邦人保護」を名目にして軍を派遣、日清戦争につながる。 この戦争で勝利した日本は1895年4月に講和条約を結び、清の影響力を排除させ、遼東半島、台湾、澎湖諸島の割譲、さらに賠償金の支払いを認めさせ、威海衛の一時占領等々も決められた。遼東半島はロシア、ドイツ、フランスの干渉で賠償金と引き替えに返還しているが、戦争で儲かったことに違いはない。 これに対し、高宗皇帝の妃だった閔妃は帝政ロシアに接近する。そこで1895年10月に日本の官憲と「大陸浪人」が朝鮮の宮廷に突入、閔妃を含む女性3名を殺害、その際に性的な陵辱を加えたとされている。暗殺に加わった三浦梧楼公使たちは罪に問われず、後に三浦は枢密院顧問や宮中顧問官という要職についた。 1899年になると清で義和団を中心とする反帝国主義運動が広がり、ロシアが中国東北部へ約15万名の兵を派遣してきた。ロシアの動きを警戒するイギリスは1902年に日本と同盟を結び、04年に日本は仁川沖と旅順港を奇襲攻撃して日露戦争が始まる。 この当時、ロシアは国内も混乱、1905年には当時の首都、ペテルブルグで約14万人がデモ行進、軍隊の一斉射撃で1000名以上が殺されたと言われている。いわゆる「血の日曜日事件」だ。 そうした状況だったこともあり、ロシアはセオドア・ルーズベルト米大統領の講和勧告を受け入れた。このとき、桂太郎首相はアメリカでエドワード・ハリマンと満鉄の共同経営に合意している。この合意は小村寿太郎の反対で破棄されたが、アメリカが何を考えていたかがよくわかるエピソードだ。日本を侵略の手先に使おうとしている。 アメリカの仲介で何とか勝利した日本だが、すでに戦争を継続する余力はない。ところが新聞に煽られていた国民は講和条件に満足できず、日比谷公園の事件につながった。 第2次世界大戦で日本は敗北したが、略奪財宝はアメリカの一部支配層と共同管理するようになったと言われている。つまり、負けたが儲かった。朝鮮戦争では「戦争特需」ということが言われ、戦争をカネ儲けの打ち出の小槌と考える日本人は少なくなかった。そうした人びとにとって「平和憲法」は邪魔な存在であるに違いない。そうした感覚は今の日本にも残っている。
2013.12.06
安倍晋三が独裁体制を目指していることは明らかだった。そうした安倍を中心とする内閣を成立させるために検察やマスコミが大車輪で活動していたことを忘れてはならない。「特定秘密保護法案」の問題にしても、決定的な段階になるまでマスコミは沈黙を守っていた。 この「特定秘密保護法案」、あるいは「国家安全保障基本法案」によって、官僚は自分たちが絶対的な権力を握り、国の富を私物化しようとしている。そうした支配システムを確かなものにするためにもアメリカの支配層を懐柔する必要があり、TPPで日本をウォール街へ叩き売ろうとしている。庶民の若者を戦場へ送り出し、殺し合いさせることも決定済みのようだ。 TPPとは巨大企業のカネ儲けに庶民が口を挟めないようにする取り決め。巨大企業が送り込んだ約600名のアドバイサーの意見に基づき、中身を作成中だ。その中にはISDS条項が含まれ、企業活動や金融システムに対する規制、食糧の安全、環境汚染の防止、労働者の権利保護などを各国の政府や議会で決定することが不可能になり、庶民は巨大企業に生殺与奪の権を握られる。 1933年から45年までアメリカ大統領を務めたフランクリン・ルーズベルトは1938年に次のようなことを言っている。「民主主義国家そのものより私的な力が強くなることを人びとが許すなら、民主主義の自由は危うくなる。それは本質においてファシズム、つまり個人、グループ、あるいは何らかの私的な権力による政府の所有だ。」 ルーズベルトは支配階級の出身だが、JPモルガンをはじめとするウォール街とは対立していた。そのルーズベルトは1932年11月8日の大統領選挙でウォール街の代弁者だったハーバート・フーバーを破ってしまう。 当時、大統領の就任式は3月4日。その直前、2月15日にフロリダ州マイアミで開かれた集会でルーズベルトは銃撃されている。誰が狙われたのかは不明だが、足下が不安定な場所から撃たれているので、次期大統領を狙ったが外れたと見ても不自然ではない。銃撃したのはジュゼッペ・ザンガラ。本来ならじっくり取り調べ、動機や背後関係を聞く必要があったのだが、そうしたことはされず、3月20日に処刑されてしまった。 1933年から34年にかけて反ルーズベルト大統領のクーデターが計画されている。名誉勲章を2度授与された伝説的な軍人で、軍の内部に大きなえ協力を持っていた海兵隊のスメドリー・バトラー少将が議会でクーデター計画を明らかにしたのだが、クーデター派の中心はJPモルガンだったという。関東大震災以降、日本に大きな影響力を持っていた巨大金融機関だ。バトラーの話を聞いてクーデター派を取材したポール・フレンチも議会で証言し、「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」と言われたとしている。 当然、こうした証言をルーズベルト大統領も知っていたはず。JPモルガンがクーデターを計画、しかもファシズム体制を樹立しようとしていたとなると、不況の中、金融界は大混乱になる。議会で語られなかった情報もあっただろうが、大統領なら聞いていた可能性が高い。そして1938年の発言だ。 第2次世界大戦の終盤、1945年4月にルーズベルトは急死、ホワイトハウスはウォール街に奪還された。その後、ルーズベルトの遺産は潰されていき、1970年代の後半になると「私有化」と「規制緩和」を叫びながら支配層は巨大資本に対する国の縛りを解きはじめる。これが新自由主義。 ヘンリー・キッシンジャーを黒幕とする軍事クーデターが実行されたチリに導入されたのが最初で、マーガレット・サッチャー英首相、ロナルド・レーガン米大統領、中曽根康弘首相らが続き、中国やボリス・エリツィン時代のロシアへも新自由主義は広がった。 この中曽根は国鉄の「分割民営化」を実現する。これによって国鉄が保有する土地のうち魅力のある物件は格安の値段で巨大企業へ売り飛ばされ、売れ残ったものは自治体の特殊法人などに押しつけられた。それでも長期債務は増え続け、最終的には一般会計に移されて国民が負担することになる。こんなことなら私有化する意味はなかった。 私有化への過程で実行されたのが労働組合の破壊。勢力として巨大資本に立ち向かう能力があったのは国鉄の労働組合ぐらいだった。組合内部にも工作員が送り込まれていただろうが、外部からもマスコミが激しく攻撃している。こうしたマスコミの役割は現在まで続く。 日本の場合、組合は企業単位で、社会全体への働きかけが弱い。非正規雇用の問題にしても動きは鈍かった。労働者の権利ではなく、自分たちの利益を確保しようとしているだけだと外部から見られても仕方がないだろう。 しかも「活動家」の中には独善的で、妄想を好む傾向のある人が少なくない。組合に入り込んでいた「新左翼」のセクトにしても、1970年代にはいると内輪の勢力争いに明け暮れていた。 1970年の万博に社会が浮かれる中、大学闘争に参加していた「活動家」は見事に集団転向、セクトは弱体化していた。そのあげくの内輪喧嘩。そして、さらに衰退していく。つまり、組合は隙だらけであり、支配層の攻撃に組合は脆くも崩壊していった。 この間、日本では官僚と企業との癒着が一線を越し、1980年代には支配層の腐敗が急速に進んだ。その延長線上に現在はある。日本のファシズム化は1980年代から着々と進められたということだ。
2013.12.06
参議院の安全保障特別委員会で「特定秘密保護法案」が可決され、本会議に緊急上程されたという。質疑の途中で自民党の石井浩郎議員が採決を求める動議を提出、中川雅治委員長が採決を強行し、自民党と公明党が賛成してのことだった。 国会の会期末である6日までに参議院本会議で可決しようと必死らしい。国外からの批判もあり、先に伸びれば伸びるほど可決が難しくなると踏んでいるのかもしれない。大きな選挙は2015年春の統一地方選までないため、ここで強引なことをしても有権者は忘れるに違いないと高をくくっている可能性もある。 言うまでもなく、この空白期間ができたのは民主党の野田佳彦が「自爆解散」を強行したおかげ。いわば、安倍晋三と野田は共犯関係。菅義偉官房長官は1999年の「通信傍受法案(盗聴法案)」を引き合いに出し、「成立から1〜2週間で国民にも分かっていただき始めた」と国民をなめきった発言をしている。 法案が成立した後、しばらくの間は静かにしているかもしれないが、法案が成立するということは首にロープを巻き付けられるに等しい。いつ人びとの首を絞めるかは、支配グループ、つまり官僚の胸三寸。「絞首」の準備ができるということであり、いつ吊されるかわからない。盗聴法は何が行われているかがわからないので皆、静かなだけだ。 安倍晋三政権は「特定秘密保護法案」だけでなく「国家安全保障基本法案」を成立させて官僚独裁を確立、TPPでアメリカの巨大資本に日本を売り飛ばそうとしている。関東大震災からの復興資金を調達するために日本はJPモルガンに頼るが、それを切っ掛けにしてこの巨大金融機関の影響下へ日本は入る。その時からフランクリン・ルーズベルトがアメリカ大統領に就任するまでの期間と同じ構図になるということだ。 1932年1月にはドイツでアドルフ・ヒトラーが首相に選ばれ、2月には国会議事堂の放火事件を口実にしてコミュニストを非合法化、ナチスの独裁体制が築かれていく。ナチスの母体になったのはトゥーレ協会という秘密結社で、メンバーの大半は貴族。資金面を支えていたのはドイツの産業資本やアメリカの金融資本だった。 JPモルガンを中心とするウォール街の勢力は1933年から34年にかけて反ルーズベルトのクーデターを計画するが、当時、軍の内部に大きな影響力を持っていた伝説的な軍人、スメドリー・バトラー少将に阻止されている。クーデター派はファシズム体制の樹立を目指していた。これは本ブログで何度か触れた事実。 当時、日本は中国を侵略しはじめていた。その侵略戦争が行き詰まり、アメリカとの戦争に突入するわけだ。ところが、マスコミや学者の多くはアメリカと戦争したことを無謀だったと言うものの、東アジア侵略に関してはあまり語らない。 その一方、日米開戦の責任はルーズベルトにあると主張する人も少なくない。ハワイの真珠湾を日本軍が実際に攻撃したことを棚に上げ、事前にアメリカ政府は攻撃を知っていたはずだから日本は悪くないという人までいる。ルーズベルトではなく、JPモルガンの操り人形が大統領になっていれば日本は中国で心置きなく略奪することができ、戦争責任を問われることもなかったと思っている人もいるに違いない。 C・アンソニー・ケイブ・ブラウンの『スチュワート・メンジス卿の秘密の生活』によると、ソ連と戦うために「日本・アングロ(米英)・ファシスト同盟」を結成するという案が1939年頃にあったという。この年、ドイツは行き詰まった領土交渉を打開するためにポーランドへ9月に軍事侵攻するが、その前月にソ連と不可侵条約を結んでいた。このポーランド侵攻を切っ掛けにして第2次世界大戦が勃発するが、米英の内部にはドイツと手を組んでソ連を攻撃しようと考える勢力も存在していたのかもしれない。 開戦から2年間はアメリカが参戦せず、ヨーロッパ戦線ではドイツ軍が優勢。そうした状況を変化させる一因になったのが1941年12月の日本軍による真珠湾攻撃だった。これでアメリカが参戦し、流れが変わる。しかも、1942年から43年の初めまで続いたスターリングラードの攻防戦でドイツが敗北、ソ連が反撃を開始した。この段階から「西側」はソ連の西への勢力拡大を止めるために動き始める。 1945年4月にルーズベルトが執務中に急死、5月にドイツが降伏するのだが、その頃、イギリスのウィンストン・チャーチル首相はソ連へ軍事侵攻するための作戦を立案するように合同作戦本部へ命令した。そこで考え出されたのが「アンシンカブル作戦」。 5月22日に首相へ提出されたこの作戦では、7月に数十師団の米英軍とドイツの10師団がソ連を奇襲攻撃することになっていた。この計画を参謀本部は拒否して実行されなかったが、チャーチルもファシストと手を組もうとしていたことを示している。 1941年、真珠湾攻撃の直前に制定されたのが「国防保安法」。この法律は外交、財政、経済その他に関する重要な国務に関係する事項が対象で、秘密を指定するのは「主務大臣又は会議の長」。その内容を一般国民は知らされず、何が秘密かも秘密だった。 内容を検討した人は異口同音に「特定秘密保護法案」と「国防保安法」との類似性を指摘する。思想弾圧に使われた「治安維持法」は悪名高いが、この「国防保安法」も1937年に改訂された「軍機保護法」と同様、弾圧の道具として猛威をふるうことになった。「特定秘密保護法案」には、そうした危険性があるということだ。 アメリカで憲法の機能を停止させた「愛国者法」は1982年から始まったCOGプロジェクトで基盤は作られていた。20年近い熟成期間があったということだ。日本の場合は、「国防保安法」や「軍機保護法」をベースにして「特定秘密保護法案」を作った可能性がある。
2013.12.05
今月3日にサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン総合情報庁長官がロシアを訪れてウラジミル・プーチン大統領と会談したという。イランとシリアに関する問題が話し合われたようだ。 バンダル長官は今年7月31日にもロシアを訪問している。その際、シリアからロシアが手を引けば、OPECはロシアと協力して石油市場をコントロールする用意があり、武器の購入というビジネスの話もしたようだ。つまり利益をちらつかせての懐柔。その一方、ソチで開催が予定されている冬期オリンピックをチェチェンの武装グループに襲わせる可能性があることを示唆して脅したため、両者の関係は険悪になったと言われている。 サウジアラビアがシリアやイランの体制転覆を目指して動き始めたのは2007年より前のこと。調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュがニューヨーカー誌に発表した記事によると、サウジアラビアはアメリカやイスラエルと手を組み、シリアやイランをターゲットにした秘密工作を開始していた。その手先になるのがイスラム教スンニ派の武装グループ。 1970年代の終盤からアメリカがアフガニスタンで始めた秘密工作にはサウジアラビアとイスラエルも協力、両国の同盟は遅くともその時点では始まっている。そのアフガニスタンでアメリカの情報機関や軍がパキスタンの情報機関と一緒に編成したのがスンニ派の武装勢力で、そこからアル・カイダも生まれた。こうした武装勢力のスポンサーがサウジアラビアであり、そうした関係をバンダル長官はモスクワで口にしてしまったわけだ。 アル・カイダは「基地」や「基金」といった意味がある。単なる「データ・ベース」にすぎず、いわばサウジアラビア系列の「派遣戦闘員」のリストだともいう。戦乱で経済活動が衰退している中東/北アフリカにおいて、傭兵は庶民が稼げる数少ない職業だと言う人もいる。 イラン政府とバラク・オバマ政権との話し合いを懸念する声はアメリカの親イスラエル派、イスラエル、サウジアラビアなどから出ている。サウジアラビア初代国王を祖父に持つ富豪、アルワリード・ビン・タラールもサウジアラビアとイスラエルが同じ側に立っていることを認めている。 2009年7月から今年9月まで駐米イスラエル大使を務め、ベンヤミン・ネタニヤフ首相に近いと言われるマイケル・オーレンはエルサレム・ポスト紙のインタビューで、イスラエルは最初からシリアの体制転覆を望み、アル・カイダを支援してシリアのバシャール・アル・アサド体制を倒そうとしてきたと言明したという。「西側」のメディアは「萎縮」して語らない事実、つまりイスラエルがシリアの体制転覆を最初から望み、アル・カイダと同じ側に立っているということを認めたのである。 シリアのバシャール・アル・アサド体制を転覆させるため、外部勢力は自国の特殊部隊を潜入させるだけでなく、イスラム武装勢力を使ってきた。当初、トルコにあるアメリカ空軍のインシルリク基地で戦闘員を訓練、トルコ側に拠点を築いて反シリア政府軍は戦ってきた。 今年5月には、そのトルコで2キログラムのサリンを持ったアル・カイダの戦闘員が拘束されたという報道があった。トルコ、あるいはヨルダンでアメリカや一部のヨーロッパ諸国は軍事会社を使い、反シリア政府軍に対して化学兵器の扱い方を訓練していたとも伝えられている。 そのヨルダンではCIA工作員、あるいはヨルダンやイスラエルの特殊部隊員が反シリア政府軍の戦闘員を数カ月にわたって訓練、8月17日には250ないし300名、19日には300名をゴータからダマスカスへ向かわせたとする情報がある。そのゴータで8月21日未明、化学兵器が使われたとされている。現在、ヨルダンにはイスラエルとサウジアラビアの将校が動かしている軍事作戦センターがあるとシリア政府側は主張している。 シリア政府軍が化学兵器を使ったとする「西側」の公式見解は疑問点だらけで説得力がなく、サウジアラビアが送り込んだ戦闘員が使ったとする証言や報告があることは本ブログで何度も書いてきたことなので、今回は割愛する。
2013.12.05
アメリカと中国との関係が緊張してきた。中国が東シナ海に設定した防空識別圏の話をしているわけではない。防空識別圏を設定する3日前、先月20日に人民銀行の易綱副総裁が外貨準備高を増やさないと表明、つまり中国はドルを買い増さないと語ったことが切っ掛けだという。 資金が流れる先を読み合うのが投資であり、手の内を事前に外部に知らせることは基本的にないわけだが、財務省証券の格付けが下げられて話題になった2年前、すでに中国はアメリカの債務問題に懸念を表明し、軍事費や社会保障費の削減するように求め、「新たな安定した国際的な準備通貨という選択肢」にも言及している。「社会保障費の削減」を求めるとは、さすが「資本主義国家」だ。 この時点でドル離れを進める可能性を中国は示していたわけだが、中国に限らず、世界的にドル離れが起こっていることは事実。カネ貸したちに生産システムを破壊され、借金で生活するしかないアメリカとしては悪い情報だ。何十年か前なら日本に中国を侵略させ、富を奪うという手もあったが、今は無理だろう。あとは朝鮮を使うか・・・ アメリカの財務内容を健全化する最善の方法は連邦準備制度を止め、別の仕組みにすることだと言う人もいるが、この制度にメスを入れれば現在の支配システムが崩壊する。つまり、今の支配層は没落するわけで、現在の支配層がそうしたことをする可能性はないに等しい。 連邦制度をこのままにするなら、中国に対してあらゆる手段を使ってカネを出すように圧力を加え、日本へもドル買い、つまり財務省証券を買い増すように求めるのだろう。日銀が行っている「異次元の金融緩和」も長引く、いや抜け出せなくなるかもしれない。自分たちの個人的な財産を膨らませ、権力欲を満足させるために日本の「エリート」はアメリカの好戦派へ日本を差し出しているが、そのアメリカは沈み始めている。日本沈没。 アメリカと中国との対立は金融だけでなく、経済の世界でも展開されている。例えば、リビアのムアンマル・アル・カダフィ体制を「西側」が潰したのは、カダフィが進めていたアフリカをひとつの共同体にする計画を潰すことにあったと言われている。そのアフリカは旧宗主国と縁を切り、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)などの国々、中でも中国に接近していた。欧米の支配層はアフリカに持つ利権を拡大するどころか失う瀬戸際だった。 中国、ロシア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、ウズベキスタンで構成され、インド、モンゴル、パキスタン、イランがオブザーバー国になっているSCOでも中国とロシアは中心的な存在。そのロシアもドル離れの動きを見せている。 アメリカへの信頼が低下していることもあるのだろうが、最近、アメリカから自国へ金を引き揚げる国も相次ぐ。イラン、リビア、ベネズエラだけでなく、ドイツも同じ動きを見せている。ドイツに対し、アメリカの連邦準備銀行は2020年まで待てと拒否したというのだが、この反応がさらに不振を高めることになった。
2013.12.04
安倍晋三政権が成立を目指している「特定秘密保護法案」には、人びとを「萎縮」させる効果があるとする指摘を見聞きする。強そうな相手が出てくると萎縮するということかもしれないが、それは自然現象でなく、意思の問題。 これまでも日本に住む多くの人びとは支配層の進める政策を見て見ぬ振りをし、妄想の世界に入り込んで支配層に立ち向かわない自分を正当化し、社会的に弱い立場の人間や、かつて侵略した国々を攻撃してきた。強い者に逆らうのは損だという一種の処世術。 支配層の政策を批判し、立ち向かうような人が出てくると、権力者に成り代わって制裁してきた歴史もある。マスコミも例外ではない。支配層の怒りに触れないように「自己検閲」しているのが実態だ。「特定秘密保護法案」で萎縮するのではなく、萎縮しているから「特定秘密保護法案」のような碌でもない代物が出てくるのだ。それをまず自覚しなければならない。 支配システムを比較すると、アメリカは日本よりファシズム化が進んでいるのだが、社会状況は日本が遙かにひどい。その理由は民主主義を実現しようとする人が勢力として存在しているかどうかという点にある。日本の場合は個人で立ち向かうことになり、社会全体から袋叩きにあってしまう。 そうした状況の日本なら「特定秘密保護法案」など必要なさそうだが、マスコミ以外から官僚の責任問題に発展しかねない情報が漏れ始めている現実もある。何人かの官僚OBが霞ヶ関の嘘を明らかにしているほか、インターネットを使って庶民も情報をえることができるようになった。インターネット上には語学に堪能な人も多く、そうした人びとの翻訳などによって、外国の情報を入手することも以前とは比較にならないほど容易だ。大本のところで情報を抑える必要があると感じている官僚も多いのだろう。 日本に比べれば、アメリカのメディアはマシだが、権力者が手を拱いていたわけではない。戦後、情報機関をコントロールする目的で極秘プロジェクトがスタートしている。「モッキンバード」と一般に呼ばれているが、正式名称なのかどうかは不明。 このプロジェクトの中心になっていたのは、アレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、そしてフィリップ・グラハムの4人。ダレスはウォール街の大物弁護士で、大戦中から破壊活動を指揮していた。ウィズナーもウォール街の弁護士でダレスの側近。戦後は破壊工作部隊のOPCを率いている。ヘルムズもダレスの部下だった人物で、後にCIA長官へ就任する。祖父は国際的な投資家として有名。当時、グラハムはワシントン・ポスト紙のオーナーだった。 グラハムは戦争中、陸軍の情報部門に所属し、そこでOSSの幹部だったダレス、ウィズナー、ヘルムズと知り合ったという。この人脈のおかげでワシントン・ポスト紙は急成長し、有力紙と呼ばれるようになる。ウォーターゲート事件で有名になったキャサリン・グラハムはフィリップの妻であり、キャサリンの父であるユージン・メーヤーは世界銀行の初代総裁だ。背後に金融界が存在していると言うことである。 ウォーターゲート事件を記事にしたひとりで後にワシントン・ポスト紙から離れるカール・バーンスタインは1977年10月20日付けのローリング・ストーン誌でメディアに対するCIAの工作を暴露、CIAに雇われたジャーナリストは400名以上だとしていた。 この記事が出る数年前からアメリカの議会ではフランク・チャーチ上院議員らが政府の破壊活動を調査、NSAの存在が知られるのもこの時期であり、要人暗殺、クーデターなどについてもメスが入り、洗脳、心理、思想の操作などを研究していたことも発覚する。 こうした支配システムの暗部を浮かび上がらせるうえでCIAの内部告発は重要な意味を持っていた。そこで内部告発を困難にする仕組みが導入され、メディアでは気骨ある記者の排除が始まり、1980年代のCOGプロジェクトにも続く。なお、チャーチは1984年に59歳で死亡している。
2013.12.03
EUと政治経済の分野で関係を強化するため、ウクライナは「連合協定」を締結する方向で動いていた。ところが署名を8日後に控えた11月21日、ウクライナ政府は締結に向けての準備を停止、ロシアとの協議を再開すると発表する。怒った「締結派」は火炎瓶が投げ、ブルドーザーを持ち出して抗議を始めた。そのデモ隊が掲げている旗を見ると、EUやウクライナだけでなく、ネオナチの旗(三本指)も含まれている。 最近ではギリシャやスペインのように巨大資本のカモになり、「緊縮財政」を押しつけられて悲惨な状態になっているEU加盟国も少なくない。庶民は身を削って富裕層に貢ぐという点ではTPPと共通するところがある。そのため、EUから離脱すべきだという声が出てくるのも不思議ではない。 旧ソ連圏から既にポーランド、ハンガリー、チェコ、エストニア、ラトビア、リトアニア、スロバキア、スロベニア、ブルガリアが加盟しているが、結局のところ、「西側」を拠点とする巨大資本の食い物になっているだけ。そうした状況であるにもかかわらず、ウクライナではEUに憧れる人がいるようだ。 ウクライナを「西側」へ接近させる切っ掛けになったのが2004年から05年にかけての「オレンジ革命」だ。この政変で権力の座についた人物がビクトル・ユシチェンコであり、スポンサーはボリス・ベレゾフスキーだった。ユシチェンコは2005年から10年まで大統領を務めている。 ベレゾフスキーはボリス・エリツィン時代のロシアで巨万の富を築いた富豪で、少なくとも一時期はイスラエルの市民権を持っていた人物。チェチェンの犯罪組織を背後に持ち、エリツィンの娘を含むクレムリンの黒幕集団と結びついていたようだ。エリツィンが退場してウラジミル・プーチンが実権を握ると、ベレゾフスキーはロンドンへ亡命、今年3月に死亡している。 亡命先でベレゾフスキーは「西側」の有力者と親しくしていた。例えば、ジョージ・W・ブッシュの弟でS&Lの金融スキャンダルで名前が出てきたニール・ブッシュ、1980年代に「ジャンク債」で有名になったマイケル・ミルケン、「メディア王」のルパート・マードック、そしてジェイコブ・ロスチャイルド卿と息子のナサニエル・ロスチャイルド。ユシチェンコの背後にはこうした人脈があったということだ。 ベレゾフスキーが一時期、共同でビジネスを展開していたジョージ・ソロスは1979年にニューヨークで「オープン・ソサエティ基金」を設立、ソ連圏を揺さぶる活動をしていた。 1981年にアメリカの大統領となったロナルド・レーガンもソ連圏を揺さぶるプロジェクトを実行している。「プロジェクト・デモクラシー」だ。1983年、大統領はNSDD 77に署名、NSC(国家安全保障会議)の内部にSPGを設置して心理戦を始めている。「デモクラシー(民主主義)」という看板を掲げてターゲット国の体制を転覆させるというプロジェクトだ。最近は「人道」とか「人権」を使っている。
2013.12.02
安倍晋三首相は「外国との情報共有は情報保全を前提に行われており、秘密保全の法整備は喫緊の課題」だと主張、「特定秘密保護法案」を正当化している。 この法案と深く結びついているとされている「GSOMIA(軍事情報包括保護協定)」がアメリカと結ばれたのが2007年8月、第1次安倍内閣で安倍が総理大臣という職を放棄する1カ月前のこと。この協定を利用して日本の官僚は情報の独占体制を強化し、「支配者」としての地位を絶対的なものにしようとしている可能性が高い。 安倍首相に限らず、アメリカに従属し、その力を笠に着て威張ろうとするタイプの人間が日本の支配層には少なくない。「特定秘密保護法案」も「GSOMIA」を利用して自分たちの「夢」を実現するために作り上げたのであり、この法案が成立したら本当にアメリカが重要な情報を提供してくれると思っているわけではないだろう。 見返り、あるいは何らかの思惑なしに他国へ重要な情報を提供することは基本的にない。実は、このことを理解していなかったアメリカは過去に大きな失敗をしている。第2次世界大戦の後にアメリカはソ連に関する情報をドイツ陸軍参謀本部第12課の課長だったラインハルト・ゲーレン准将に頼り、中東や北アフリカの情報をサウジアラビアやイスラエルに頼るのだが、これは大きな間違い。 中東や北アフリカの場合、コーカソイド系、アフリカ系、アジア系の人間が潜入することは不可能に近く、そこで、中東や北アフリカからの移民を抱えるイスラエルは特に重要視されていたようだ。CIAは「イスラエル支局長」を置かないほどだった。 ところが、相手はアメリカを利用しようと考えていた。ゲーレンはソ連とアメリカとを戦わせて共倒れさせようという考えがあったようで、両国が衝突する方向へ向かうような情報を提供、イスラエルもアメリカを操るために情報を加工していた。2003年にアメリカはイギリスなどを引き連れてイラクを先制攻撃するが、その際にもイスラエルは偽情報をアメリカへ流して開戦へ導こうとしている。 外国から情報を入手する場合、そうしたリスクを伴う。アメリカが日本へ提供する情報も、自分たち(アメリカ全体というわけではない)の利益のために日本を操り、利用することが目的。どのような法律を作ったところでアメリカが無条件に情報を提供するはずはない。そんなことをする国があるとすれば、日本くらい。 そんなことは日本の「エリート」も承知しているだろう。アメリカに騙された振りをして日本の憲法を仮死状態にして機能を停止させ、日本の庶民を支配して富を搾り取る仕組みを作ろうとしているだけだ。 改憲ではなく、憲法の機能を停止させてファシズム化を進めようというプロジェクトは1980年代の初頭からアメリカで始まっている。本ブログでは何度か取り上げたCOGプロジェクトがそれで、ロナルド・レーガンが大統領に就任した翌年、1982年に出されたNSDD 55が始まり。そのときにNPO(国家計画局)が創設されている。 このプロジェクトの基盤になる仕組みが作られたのは1950年代。当時、アメリカの軍や情報機関にはソ連への先制核攻撃を計画しているグループが存在し、開戦後に国を動かす「秘密政府」も考えられていた。ジョン・F・ケネディ政権になるとこの計画は水面下に沈むが、ジミー・カーター政権にFEMA(連邦緊急管理庁)として再浮上する。 その延長線上にあるのがCOGなのだが、このプロジェクトはそれまでのものと根本的な違いがある。それまでは「核戦争」が想定されていたのだが、COGでは「緊急事態」に対象が拡大されたのだ。政府が「緊急事態」だと判断すれば憲法の機能を停止できるということだ。その「緊急事態」が2001年9月11日に起こり、愛国者法という形でCOGは起動、ファシズム化が急速に進む。
2013.12.02
民主主義は異なる意見の人びとが議論を戦わせることから始まる。「己の主張」を表明しなければ議論は成立せず、考えることなしに主張は生まれない。「理解者」を増やすためにも議論は必要。議論するためには公的な情報が必要であり、民主主義は公的な情報の全面的な開示なしには成り立たないということでもある。 しかし、今、与党が成立させようとしている「特定秘密保護法案」は情報の全面的な「不開示」を目指すもの。民主主義とは逆の方向へ日本を導く手段になる。 自民党にしろ、官僚にしろ、これまでも議論を抜きに「理解者」を増やすため、「飴」と「鞭」、つまり利益誘導と制裁を使ってきたが、「特定秘密保護法案」の場合は「理解者」を増やそうともしていない。検察やマスコミを使って議会を制圧した勢力は議席数の力で法案を通そうとしている。反対意見を聞く意思はない。 石破茂に言わせると、「己の主張を絶叫」する「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらない」のだというが、「絶叫」とは「テロ」と同じように主観的な表現であり、「気に入らない発言」と言っているにすぎない。 かつて、この人物と同じような発言をしていた政治家がいる。昨年6月29日、関西電力大飯原発3号機の再稼働に反対する抗議行動が首相官邸周辺で繰り広げられたのだが、その際、官邸から引き揚げる野田佳彦首相は警護官に「大きな音だね」と話し掛けたと伝えられている。抗議の声を「音」と表現したということは、人びとの主張を理解する能力がなかったのだろう。 富裕層や巨大企業の社会に対する負担を軽減し、その穴埋めを消費税率の大幅な引き上げで庶民に押しつける道を切り開いた菅直人に続いて野田は首相に就任、アメリカの巨大資本に日本の主権を譲り渡すTPPを強引に推進し、1年前に「自爆解散」して安倍晋三を中心とするファシズム化促進内閣を誕生させている。その安倍を支えている石破と野田の発想が似ているのは必然なのかもしれない。 ところで、日本やアメリカで憲法を破壊する仕組みを作り始めたのは1980年代初めのこと。1980年代の後半になると世界的にアメリカの情報支配は批判され、COGプロジェクトも世界的に知られるようになる。1987年7月には「イラン・コントラ事件」の公聴会でも取り上げられ、ダニエル・イノウエ議員から「秘密情報だから」という理由で質問が打ち切られている。それだけでも尋常でないことが進められていると気づいて当然だろう。1991年になると、CNNもこの秘密プロジェクトについて報道している。 こうしたファシズム化の流れに抵抗する動きも世界的にはあったのだが、そうした抵抗を粉砕する出来事が2001年9月11日に引き起こされる。航空機がニューヨークの超高層ビルに突入し、国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたのだ。 この衝撃的な出来事を利用しジョージ・W・ブッシュ政権は1991年からネオコンが望んでいたイラクへの軍事侵攻とサダム・フセインの排除に成功、国内ではCOGプロジェクトが愛国者法という形で起動してファシズム化が急速に進む。 日米関係を考えれば、日本も連動していると推測できるわけで、ファシズム化の動きを伝えようとする人びとは1980年代からいた。そうした人びとを日本のマスコミは無視、あるいは敵視してきたのが実態であり、「特定秘密保護法案」に慌てて「反対声明」を出すのは滑稽なのだ。 とはいうものの、この法案がとんでもない代物だということは事実であり、反対しなければならないのだが、ここまできてしまった以上、法案を潰せる可能性は大きくない。こうした法律を作らなければ維持できない体制は早晩潰れるということを見越し、今度こそは「エリート」たちに責任をしっかり取らせる準備を始めることも必要だ。
2013.12.01
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