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ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相はロシアの外交官を追放した国々に対して報復することを宣言した。イギリスが23名を追放したのに続き、カナダ、ウクライナ、ドイツ、フランス、ポーランド、リトアニア、チェコ、オランダ、デンマーク、イタリア、ラトビア、エストニア、クロアチア、ルーマニア、フィンランドもロシア人外交官を追い出し、アメリカは外交官60人を追い出すだけでなくシアトルのロシア領事館閉鎖を決定している。こうした国々に対し、ロシアは同じことを行うわけだ。 イギリスで生活している元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐のセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアをロシア政府が有害物質で攻撃したという口実でイギリスはロシアの外交官を追放した。その有害物質をイギリス政府はノビチョク(初心者)としているのだが、元ウズベキスタン駐在イギリス大使のクレイグ・マリーによると、イギリス軍の化学兵器研究機関であるポート・ダウンの科学者は使われた神経ガスがロシアで製造されたものだと特定できなかったと語っている。ところが、政府からの圧力もあってポート・ダウンの科学者は「ロシアで開発されたタイプの」化学式を持つ物質だと表現したという。証拠は示されていない。 イラクをアメリカ主導軍が先制攻撃する前、イギリス政府は報告書を改竄してイラクからの核攻撃が差し迫っているかのように宣伝していた。今回もイギリス政府は同じようなことを行い、同じようにその嘘を事実だと「信じている」人がいるらしい。 アメリカの支配下に入った国々はロシアとの関係を悪化させているが、これはアメリカへの従属度を高める行為にほかならない。アメリカはロシアからEUへ天然ガスや石油といったエネルギー源が供給されることを嫌っているが、それも従属度を高めるための方策だ。今後、ロシアからEUへ天然ガスや石油が送られてこなくなる可能性があるが、アメリカが同じ量のエネルギー源を同じ価格で補うことは困難であり、EU内で反発が強まることも予想できる。 その一方、そうした「自虐的政策」を拒否するNATO加盟国も存在する。トルコだ。すでにトルコはアメリカから離れてロシアへ接近しているが、これもその一例だと言えるだろう。 アメリカはイスラエルやサウジアラビアといった同盟国、あるいはイギリスとフランスというサイクス-ピコ協定コンビはシリアのバシャール・アル・アサド政権を倒して西側支配層の傀儡国家にしようと目論んだが、失敗した。侵略軍として送り込んだアル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)はロシア軍に敗北、次の手先にしようとしたクルドとの関係もアメリカは悪化させている。新たな武装集団を編成、ヨルダンから攻め込もうとしているようだが、成功する可能性は大きくない。 イスラエルと同じようにイランの現体制を破壊したいサウジアラビアのモハメド・ビン・サルマン皇太子はエジプトでイスラエルの高官と会談、その後にイスラエルを訪問、そしてアメリカを訪れてイスラエル・ロビーとも会っているようだ。イスラエルとサウジアラビアはアメリカに対してシリアやイランを攻撃するように求めているので、イスラエル・ロビーともその辺の打ち合わせをしているのかもしれない。
2018.03.31
イスラエルのF-35戦闘機2機がシリアとイラクの領空を侵犯した後、イランの領空へ入ったとクウェートのアル・ジャリダ紙は伝えている。高空からの偵察飛行で、シリアに配備されているロシアの防空レーダーは探知できなかったともいう。 しかし、この報道をロシア国防省は全面的に否定した。ロシア側によると、どのような航空機でも高空を飛行すれば容易に探知され、ミサイルで撃墜することも難しくないとしている。シリア領空へ侵入したイスラエルのF-35がシリアの防空ミサイルでダメージを受けた疑いがあることは本ブログでも伝えたことだ。 3月に入り、アメリカとイスラエルは合同軍事演習を始めた。イランからのミサイル攻撃を想定しての演習だとされているが、イラン攻撃の準備だと考えるべきだろう。ネオコンのポール・ウォルフォウィッツは国防次官だった1991年にイラク、シリア、イランを殲滅すると口にしていた。この話は2007年にウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官が語っている。(3月、10月) ネオコンは1980年代からイラク、シリア、イランを殲滅するべきだと主張、まずイラクのサダム・フセイン体制を倒すべきだとしていたが、この当時はイラクをペルシャ湾岸の産油国を守る防波堤と位置づけていたジョージ・H・W・ブッシュ副大統領(当時)らと対立、スキャンダルが発覚する一因になった。 2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されてからホワイトハウスの主導権をネオコンが握り、統合参謀本部内の反対を押し切って2003年3月にイラクを先制攻撃した。 9月11日の攻撃から10日ほど後、クラークはペンタゴンで統合参謀本部の知り合いからイラクを攻撃すると聞かされる。その数週間後、クラークが国防長官のオフィスで見せられた攻撃予定国のリストにはイラク、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そしてイランが載っていたという。 2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に掲載されたシーモア・ハーシュの記事によると、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアがシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を始めている。 この工作を作成するにあたって中心的な役割を果たしたのはリチャード・チェイニー副大統領(当時。以下同じ)、ネオコンのエリオット・エイブラムズ国家安全保障問題担当次席補佐官、ザルメイ・ハリルザド、そしてサウジアラビアのバンダル・ビン・スルタン国家安全保障問題担当顧問(元アメリカ駐在大使、後に総合情報庁長官)だという。 そして2011年2月にリビアで、3月にはシリアでアル・カイダ系武装集団による侵略戦争が始まる。その武装集団を雇い、武器/兵器を提供、軍事訓練を行ったのがアメリカ、イスラエル、サウジラビアの三国同盟を中心とする勢力。その勢力にはサイクス-ピコ協定コンビのフランスとイギリス、オスマン帝国の復活を夢見るトルコ、天然ガスのパイプライン建設を拒否されたカタールも含まれた。 現在、この構図は崩れ、アル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)は事実上、壊滅している。それに変わる手先としてアメリカはクルドを使おうとしたが、思惑通りには進んでいない。 そこでイスラエルやサウジアラビアはアメリカを使ってシリアやイランを破壊しようとしているが、3月1日にロシアのウラジミル・プーチン大統領は自国やロシアの友好国が国の存続を揺るがすような攻撃を受けたならロシア軍は反撃すると宣言、シリアやイランへアメリカ軍が直接軍事侵攻することは難しい情勢だ。 アル・ジャリダ紙の話は、シリアやイランを攻めても簡単に片がつくというという宣伝にも思える。アメリカ軍の上層部にもイスラエルのためにアメリカの将兵は命をかけるべきだと考えている人もいるらしいが、実行することは難しいだろう。
2018.03.30
1977年1月から81年1月までアメリカ大統領だったジミー・カーターは核兵器の拡散を危険視する立場で、日本の核兵器開発にも神経を尖らせていた。ところが次にロナルド・レーガン政権で状況は一変する。 レーガン政権は新型核弾頭の設計や、増殖炉の推進に力を入れ、テネシー州のクリンチ・リバー渓谷にあるエネルギー省のオークリッジ国立研究所の実験施設では増殖炉を組み立てていたのだが、1980年代の半ばになると議会は増殖炉計画の予算を打ち切ってしまった。そこで登場してくるのが日本の電力業界。 資金を経たれたエネルギー省では、増殖炉を推進していた一派が計画に必要な資金を日本の電力会社に出させようとする。クリンチ・リバーで開発された技術を格安の値段で売ろうということだ。日本側は核兵器開発に必要な技術を求めるようになり、そのリストのトップにはプルトニウム分離装置があった。 その装置が送られた先は、東海再処理工場のRETF(リサイクル機器試験施設)。プルトニウムを分離/抽出する目的で建設されたこの施設は日本における増殖炉計画の中心的存在だ。 日本の施設でも核兵器クラスのプルトニウムを製造できるが、イギリスやフランスで処理され、日本へ引き渡されるプルトニウムも核兵器クラスだとする情報もある。ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、1980年から2011年3月にかけて日本で蓄積された核兵器クラスのプルトニウムは70トンに達するという。 ロシアや中国との連携を強め、東アジアの軍事的な緊張を緩和させようとしている韓国政府はアメリカや日本の好戦派に抵抗している。バラク・オバマ政権は軍事的な緊張を高めるために日本と韓国を連携させる必要があり、慰安婦問題の解決を求めていた。 同政権でNSC(国家安全保障会議)の安保副補佐官だったベン・ローズによると、オバマ大統領は日韓両国の首脳との会う際、数年にわたり、毎回のように慰安婦の問題を採りあげ、両国の対立を解消させようとしていたという。合意の翌年に朴槿恵大統領のスキャンダルが発覚、2017年に失脚している。それに対し、文在寅大統領は慰安婦問題を再燃させた。日本との軍事的な協調関係を揺さぶったと見ることもできる。 本ブログでは繰り返し書いてきた、アメリカの支配層にとって朝鮮半島の問題は中国問題にほかならない。第2次世界大戦の終盤、1945年4月にフランクリン・ルーズベルトが急死して副大統領のハリー・トルーマンが昇格、蒋介石が率いる国民党を支援するようになる。 しかし、当初は圧倒的に優勢だった国民党軍を解放軍が追い詰めていき、1949年1月には解放軍が北京に無血入城、5月には上海を支配下においた。中華人民共和国が成立したのはその年の10月だ。 アメリカの秘密工作OPCも中国で活動、上海に拠点をおいていたのだが、こうした情勢のために日本へ移動する。その中心が厚木基地だった。OPCが日本を本拠地した直後の1949年7月から8月にかけて日本では国鉄を舞台とする「怪事件」が引き起こされている。7月の下山事件と三鷹事件、8月の松川事件だ。 この事件を利用して日本政府は左翼陣営や労働運動を弾圧、そして1950年6月に朝鮮戦争が勃発する。北からの攻撃で始まったと日本ではされているが、アメリカ側が始めたとする主張もある。戦争中は日本の特務機関員として、戦後はアメリカの情報機関でエージェントとして活動していた人物によると、戦争勃発前から小競り合いがあり、OPCの北に対する挑発工作は始まっていたという。 1950年6月、朝鮮戦争が勃発する直前に国務省の政策顧問だったジョン・フォスター・ダレスは来日して吉田茂首相と会談、さらにニューズウィーク誌の東京支局長を務めていたコンプトン・パケナムの自宅で開かれた「夕食会」に出席している。 その夕食会には日本側から大蔵省の渡辺武、宮内省の松平康昌、国家地方警察企画課長の海原治、外務省の沢田廉三が参加していたが、その席でダレスは「仮に日本の工業を全部破壊して撤退して了ってもよい」と脅した上で、日本がアメリカにつくのかソ連につくのか明確にするべきだと話している。(豊下楢彦著『安保条約の成立』岩波新書、1996年) ジョン・フォスター・ダレスは1953年1月、ドワイト・アイゼンハワーが大統領に就任すると国務長官に就任、その年の7月には朝鮮戦争が休戦になった。朝鮮戦争の最中にOPCはCIAへ吸収され、そのCIAは国民党軍を率いて中国侵略を2度、試みて失敗している。 休戦後の1954年1月、ダレス国務長官はNSC(国家安全保障会議)でベトナムにおけるゲリラ戦の準備を提案、それを受けて弟のアレン・ダレスが長官を務めるCIAはSMM(サイゴン軍事派遣団)を編成した。戦場を朝鮮半島からインドシナへ移動させたということだ。 朝鮮半島の火種としての役割を朝鮮は果たしてきたが、その火種が小さくなった場合、ドナルド・トランプ政権は戦場を別の場所へ移動させる可能性もある。例えば台湾海峡。(了)
2018.03.29
朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が3月26日に特別列車で北京へ入り、釣魚台国賓館で中国の習近平国家主席と会談、27日に帰国したようだ。金正恩は4月下旬に韓国の文在寅大統領と、また5月下旬にはアメリカのドナルド・トランプ大統領と会談する予定で、その準備という見方もある。 北京では朝鮮半島の非核化がテーマになったというが、これは朝鮮が核兵器を手放すというだけでなく、韓国からもなくすことを意味するはず。つまり、アメリカ軍も核兵器を朝鮮半島に配備しないということ。核兵器の多くは潜水艦に搭載されているので、そうした潜水艦を東アジア周辺に配置しておけば良いという見方もあるが、半島から核兵器をなくすことにアメリカが同意するかどうかは不明だ。 勿論、日本という問題もある。日本の外務省はアメリカ軍による核兵器の持ち込みを歓迎しているようだが、それだけでなく、日本が核兵器の開発を進めてきた可能性は高い。これは本ブログでは繰り返し書いてきた。少なくともCIAなどアメリカの情報機関内では常識化している。東京電力の福島第一原発で炉心溶融という大事故が発生した後、日本政府が外国の専門家を事故現場へ近づけさせなかったことも疑惑を膨らませる一因になった。 第2次世界大戦の頃、日本でも核兵器の開発が進められていた。理化学研究所の仁科芳雄を中心とした陸軍の二号研究、そして海軍が京都帝大と検討していたF研究だが、大戦後の1957年5月に岸信介は参議院で「たとえ核兵器と名がつくものであっても持ち得るということを憲法解釈」として持っていると答弁している。また1959年3月に岸は参議院予算委員会で「防衛用小型核兵器」は合憲だとも主張している。 NHKが2010年10月に放送した「“核”を求めた日本」によると、1965年に訪米した佐藤栄作首相はリンドン・ジョンソン米大統領に対して「個人的には中国が核兵器を持つならば、日本も核兵器を持つべきだと考える」と伝えている。実際、核兵器の開発は始まり、1967年には「動力炉・核燃料開発事業団(動燃)」が設立され、69年に日本政府は西ドイツ政府に対して核武装を持ちかけ、拒否されたという。 しかし、西ドイツが核兵器の開発に否定的だったとは言えない。1949年9月から63年10月まで同国の首相を務めたコンラッド・アデナウアーは60年3月、ニューヨークでイスラエルのダビッド・ベングリオン首相と会い、核兵器を開発するために61年から10年間に合計5億マルク(後に20億マルク以上)を融資することを決めたとされている。東西統一後のドイツは核ミサイルを搭載できるドルフィン型潜水艦をイスラエルへ提供してきた。 1961年1月からアメリカ大統領になったジョン・F・ケネディはイスラエルのレビ・エシュコル首相に対し、半年ごとの査察を要求する手紙を送りつけ、核兵器開発疑惑が解消されない場合、アメリカ政府のイスラエル支援は危機的な状況になると警告している(John J. Mearsheimer & Stephen M. Walt, “The Israel Lobby”, Farrar, Straus And Giroux, 2007)のだが、そのケネディ大統領は1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺されてしまった。 副大統領から昇格したリンドン・ジョンソンは議員時代から親イスラエル派の中心的な存在で、富豪のエイブ・フェインバーグを後ろ盾にしていた。この人物はベングリオンから信頼され、ハリー・トルーマン大統領のスポンサーとして知られているが、フランスのエドムンド・ド・ロスチャイルドと同じようにイスラエルの核兵器開発を資金面から支えていたという側面もある。 1969年からアメリカ大統領を務めたのはリチャード・ニクソン。その補佐官だったヘンリー・キッシンジャーは彼のスタッフに対し、日本もイスラエルと同じように核武装をすべきだと語ったという。(Seymour M. Hersh, “The Samson Option,” Random House, 1991)(つづく)
2018.03.28
上海国際エネルギー取引センターで3月26日から中東産原油の人民元建て先物取引が始まった。言うまでもなく、欧米市場主導で原油の国際価格が決まる現状に対抗する取引所がオープンしたというだけの話ではない。アメリカの支配システムを支えている柱のひとつ、ペトロダラーの仕組みに少なからぬ影響を及ぼす可能性があることから注目されてきたのである。 すでに中国とロシアは石油や天然ガスの取り引きを推進しているが、ドルで決済はしていない。ベースは金。人民元も金で価値を担保している。世界的にドル離れが始まる中、今回の原油先物取引がそうした流れを加速させることをアメリカの支配層は警戒しているはずだ。ドナルド・トランプ米大統領が3月8日に鉄鋼とアルミニウムへ輸入関税を課すことを命じる文書に、また22日に中国からの輸入に関税を課す大統領令に署名しているが、これらが原油の人民元建て先物取引の開始と無縁だとは言えない。
2018.03.27
アメリカ政府は3月26日、ロシアの外交官60名(大使館のスタッフ48名と国連に派遣されているメンバー12名)を国外へ追放すると同時にシアトルのロシア領事館を閉鎖すると発表した。 すでにイギリスがロシア人外交官23名を追い出しているが、カナダやヨーロッパの14カ国も追随する。カナダは4名、ヨーロッパの国はウクライナが13名、ドイツ、フランス、ポーランドがそれぞれ4名、リトアニアとチェコがそれぞれ3名、オランダ、デンマーク、イタリアがそれぞれ2名、ラトビア、エストニア、クロアチア、ルーマニア、フィンランドがそれぞれ1名だ。ロシアはいずれの国に対しても報復追放を実施するだろう。 西側がロシアの外交官を追放する口実に使っているのは、元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐のセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアがイギリスのソールズベリーで倒れているところを発見されたという出来事。イギリス政府はノビチョク(初心者)という有毒物質が倒れた原因だと断定した。 しかし、元ウズベキスタン駐在イギリス大使のクレイグ・マリーによると、イギリス軍の化学兵器研究機関であるポート・ダウンの科学者は使われた神経ガスがロシアで製造されたものだと特定できなかったと語っている。政府からの圧力もあり、ポート・ダウンの科学者は「ロシアで開発されたタイプの」化学式を持つ物質だと表現したという。ちなみに、ポート・ダウンは事件現場の近くにある。 ノビチョクとは1971年から93年にかけてソ連/ロシアで開発されていた神経物質の総称で、ロシアでこの名称が使われることはないと指摘する人もいる。イギリス政府がこの名称を使った理由はロシアとの関係を強調したいからだった可能性が高い。使われた化学物質はA-234という神経物質だとも言われているが、旧ソ連では2017年までにこうした物質や製造設備は処分された。 セルゲイ・スクリパリとユリアが倒れる3日前の3月1日、ロシアのウラジミル・プーチン大統領は自国やロシアの友好国が国の存続を揺るがすような攻撃を受けた場合、ロシア軍は反撃すると宣言している。ミサイルを発射したり砲撃した地点を攻撃するとしているので、例えば、地中海に配備されたアメリカの艦船からミサイルが発射されたなら、その艦船を撃沈するということだろう。 アメリカではバラク・オバマ政権の時代から化学兵器を使えばアメリカ軍が直接シリア政府軍を攻撃すると語られ、政府軍を装って侵略軍が化学兵器を使ったと見られている。その侵略軍の黒幕とはアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟、イギリスとフランスのサイクス-ピコ協定コンビ、オスマン帝国の復活を夢見るトルコ、天然ガスのパイプライン建設を拒否されたカタールなど。基本的には三国同盟が雇った傭兵、つまりダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)やアル・カイダ系武装勢力が侵略軍の主体だ。 バラク・オバマ大統領は「穏健派」を支援していると主張していたが、これが嘘だということはアメリカ軍の情報機関DIA(国防情報局)もホワイトハウスへ報告している。シリアで政府軍と戦っているのはサラフィ主義者(タクフィール主義者、ワッハーブ派)やムスリム同胞団、アル・カイダ系のアル・ヌスラ(AQI)であり、そうした政策を続けると東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があると2012年8月に警告しているのだ。この報告が提出された当時のDIA局長がマイケル・フリン中将だ。 ロシア国防省はアメリカがシリアで大規模な戦争を始める引き金として化学兵器を使った偽旗作戦を目論んでいる非難、そうした中でプーチンの演説はあった。ロシア参謀本部は3月17日、アメリカ海軍が艦隊を紅海、地中海、そしてペルシャ湾に配置、シリアを攻撃する準備が整えられたと警告、同じ日にセルゲイ・ラブロフ露外相はアメリカ、イギリス、フランスを含む国々の特殊部隊がシリア国内へ侵入、すでに「代理戦争」の段階ではなくなっていると語っている。 すでにアメリカはダーイッシュやアル・カイダ系武装勢力を使ったシリア侵略に失敗、手先をクルドへ切り替えたが、それも計画通りに進んでいない。そこでアメリカ自らが攻撃の最前線に立たなければならない状況になり、地中海、紅海、ペルシャ湾岸に艦船を配置、ディエゴ・ガルシア島も攻撃の拠点として使われると見られているが、それもプーチンの警告でブレーキがかかったようだ。ロシア、シリア、イランを軍事力で制圧しようとすれば、反撃され、状況によってはアメリカ本土が破壊される。冷戦を復活させる方向へ動いたとしても不思議ではない。
2018.03.27
廃棄されたプラスチックや紙の受け入れ拒否を実行しないよう、アメリカ政府は中国政府に求めたという。ドナルド・トランプ米大統領が3月8日に鉄鋼とアルミニウムへ輸入関税を課すことを命じる文書に署名、22日に中国からの輸入に関税を課す大統領令に署名したことに対する報復を懸念しているとみられている。 貿易戦争の勃発を懸念する人もいるが、すでに経済戦争は始まっている。その核心は基軸通貨の問題。中国やロシアを中心に世界ではドル離れが進んでいるのだ。 現在の通貨システムは1971年8月に始まっている。ドルと金の交換を停止するとリチャード・ニクソン米大統領は発表、ブレトン・ウッズ体制は崩壊したのである。金という裏付けをなくしたドルの価値を維持するため、発行したドルを実社会から吸い上げる仕組みが考えられ、その中心的なったのが投機市場とペトロダラー。金融規制の規制を大幅に緩和してカジノ化を進め、石油取引をドル決済に限定したのだ。 1962年から86年までサウジアラビアの石油鉱物資源大臣を務めていたシェイク・アーメド・ザキ・ヤマニはイギリスのオブザーバー紙の2001年1月14日付け紙面に掲載された記事の中で、1973年5月にスウェーデンで開かれた「ある秘密会議」でアメリカとイギリスの代表は400%の原油値上げを要求、認められたと語っている。その秘密会議とはビルダーバーグ・グループが開催したもので、この仕組みはペトロダラーと呼ばれるようになった。この値上げを実現させたのは1973年10月に勃発した第4次中東戦争。その直後にOPECは価格を4倍に引き上げている。 その後、アメリカは自らが発行したドルで外国から商品を購入、支払ったドルでアメリカの財務省証券や高額兵器を買わせたり、投機市場やオフショア市場へ資金を誘導したりする。実際に人々が生活している社会からドルを吸い上げ、新たなドル発行を可能にするわけだ。経済活動ではなく、コロガシだと言えるだろう。 勿論、日本もこの仕組みに組み込まれた。巨大企業がアメリカへの輸出で儲け、庶民の資金を利用してドルをアメリカへ循環させている。必然的に巨大企業は大儲け、日本国内は不景気になり、庶民は貧困化。巨大企業や富裕層は課税を逃れるため、儲けをオフショア市場へ隠している。 安倍晋三首相は黒田東彦日銀総裁と組んで「量的・質的金融緩和」を実施してきたが、それによって流れ出た資金も投機市場へ向かう。投機市場が収縮し始めると資金を吸い上げないだけでなく、放出しはじめるため、どうしても投機市場は拡大させなければならないことから、そうした政策を強引に進めたと言えるだろう。そのため、ETF(上場投資信託)やGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も利用されている。こうした政策で日本の景気が回復しないことは安倍首相も黒田総裁も認識しているだろう。 しかし、ドルの循環システムは機能しなくなってきた。アメリカの支配層が夢見てきたパックス・アメリカーナは実現が難しくなっている。そうした状況を作り上げた大きな原因である中国やロシアを屈服させるか破壊して当初の日程に合わせようともがき、全面核戦争の可能性を高めているのがアメリカの支配層だ。
2018.03.26
アメリカをはじめとする西側支配層にとって都合の悪い事実を伝えているサイトの一部がサイバー攻撃を仕掛けられ、アクセスが困難になっているところもある。(例えばココやココが攻撃された)最近2カ月ほど断続的に攻撃が続けられていたが、その攻撃が成功したということのようだ。 有力メディアが流す支配層に「オーソライズ」された情報だけを流したい人々が仕掛けているのだろうが、今回のサイバー攻撃は予行演習の可能性もある。実際の戦争を始める際、情報を完全に統制するため、そうしたサイトを全てダウンさせようとしている可能性があるということだ。 現在、アメリカはウクライナ、シリア、イラン、東アジアで軍事的な緊張を高め、どこで戦争が始まっても不思議ではない。ドナルド・トランプ政権の閣僚人事を見ていると、親イスラエル派(シオニスト)の中でもネオコンからウラジミール・ジャボチンスキー色の濃い人脈へシフトしているようで、シリアやイランがターゲットになっている可能性がある。 ジャボチンスキーが1880年に生まれた場所はオデッサ(当時は帝政ロシア、現在のウクライナ)。第1次世界大戦で彼はイギリス軍に参加、パレスチナがイギリスの委任統治領になると、そこでユダヤ人の秘密部隊としてハガナを組織している。後にハガナが中核となり、イスラエル軍が編成された。 1925年に戦闘的シオニスト団体の「修正主義シオニスト世界連合」を結成したジャボチンスキーは1931年、テロ組織と言われているイルグンを組織している。そこから飛び出したアブラハム・スターンは1940年にレヒ、いわゆるスターン・ギャングを創設した。スターンはイタリアのベニト・ムッソリーニやドイツのアドルフ・ヒトラーに接近しているが、この関係を明らかにしようとするユダヤ人は「自虐」だと激しく批判される。 レヒの創設とほぼ同時にジャボチンスキーはニューヨークで心臓発作のために死亡、その後継者に選ばれたのがメナヘム・ベギン。後の首相だ。ベンヤミン・ネタニヤフ首相の父、ベンシオン・ネタニヤフは1940年、ジャボチンスキーの秘書になるためにニューヨークへ渡っている。 第2次世界大戦後もイルグンやスターン・ギャングの姿勢に変化はなく、1946年7月にイルグンはエルサレムのダビデ王ホテルを爆破、91名を殺害している。この工作について、デイビッド・ベングリオンはハガナとは無関係だとしていたが、実際はハガナがイルグンに実行を指示していたという。(Alan Hart, “Zionism Volume One”, World Focus Publishing, 2005) ネオコンの定義は難しいのだが、組織化のきっかけは1972年の大統領選挙。このときに民主党の候補者になったジョージ・マクガバンは戦争反対の立場を鮮明にしていた人物で、民主党内に反マクガバン派CDMが結成されている。その中心になったのがヘンリー・ジャクソン上院議員だ。 ジャクソン議員のオフィスには若手が訓練のために送り込まれていたが、その中にはあリチャード・バール、ポール・ウォルフォウィッツ、ダグラス・フェイス、エイブラム・シュルスキー、エリオット・エイブラムズなど後にネオコンの中核グループを形成する人々が含まれている。 ネオコンの思想的な支柱と言われているのがシカゴ大学の教授だったレオ・ストラウスで、ウォルフォウィッツとシュルスキーは同教授の下で博士号を取得している。戦略面はやはりシカゴ大学の教授だったアルバート・ウールステッターが大きな影響を及ぼした。 ネオコンの世界戦略を描いていた国防総省内部のシンクタンクONA(ネット評価室)で室長を務めていたアンドリュー・マーシャルはシカゴ大学で学んだことがあり、冷戦時代にはソ連脅威論を発信していた。1992年2月に作成された世界制覇プラン、いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンはマーシャルの考え方が反省されている。ソ連消滅後は中国脅威論を広めていた。 このマーシャルの師と言われているのがバーナード・ルイス。イギリス軍の情報機関に所属したことがあり、イスラエルの強硬派を支持していた。(Robert Dreyfuss, “Devil’s Game”, Henry Holt, 2005)ヘンリー・ジャクソン議員もルイスの影響を受けている。 ジャクソンはフリッツ・クレーマーの影響も受けているのだが、この人物はヘンリー・キッシンジャーを見いだしたことでも有名。ただ、キッシンジャーはその後、クレーマーから離れていく。そのクレーマーの息子、スベン・クレーマーはウォルフォウィッツやフェイスなどネオコンに影響を及ぼしている。 ネオコンと呼ばれる集団の中には「元トロツキスト」が多いとも指摘されている。レオン・トロツキーの信奉者だったということだが、このトロツキーは謎の多い人物である。 1917年3月にロマノフ朝が倒されているが、その「二月革命」(帝政ロシアで使われていたユリウス暦では2月)に参加した政党は立憲民主党(通称カデット)、社会革命党(エス・エル)、メンシェビキ(ロシア社会民主労働党の一分派)だが、主導したのは資本家。革命の目的は資本主義体制の確立にあった。一気に社会主義を目指そうとしたボルシェビキ(ロシア社会民主労働党の一分派)は幹部が亡命していたり、刑務所に入っていたことから事実上、参加していない。ウラジミール・レーニンはスイス、二月革命当時はまだメンシェビキのメンバーだったトロツキーはニューヨークにいた。 この臨時革命政府は第1次世界大戦に賛成で、ドイツとの戦争を継続する意思を示していたのだが、ボルシェビキは即時停戦を訴えていた。そこで西と東、ふたつの方向から攻められていたドイツはレーニンたちボルシェビキの幹部をモスクワへ運んでいる。紆余曲折を経てボルシェビキは11月に実権を握った。これが「十月革命」だ。臨時革命政府の首相だったアレクサンドル・ケレンスキーは1918年にフランスへ亡命、40年にはアメリカへ渡っている。 革命の象徴的な存在であるレーニンを1918年、エス・エルの活動家だったファニー・カプランが狙撃、重傷を負わせている。この暗殺未遂事件の真相は明らかにされていない。レーニンは1921年頃から健康が悪化して24年に死亡しているが、その死にも謎がある。 トロツキーはヨシフ・スターリンとの抗争に敗れて1929年にソ連を離れ、40年にメキシコで暗殺された。
2018.03.25
アメリカの国家安全保障補佐官が報道されていたどおり、H・R・マクマスター中将からジョン・ボルトンへ交代になるのだという。このふたりはいずれも親イスラエル派だが、色合いは違う。 マクマスターはデビッド・ペトレイアス大将の子分として有名だが、そのペトレイアスは中央軍司令官、ISAF司令官兼アフガニスタン駐留アメリカ軍司令官、CIA長官を歴任、リチャード・チェイニー元副大統領やヒラリー・クリントン元国務長官に近い。この人脈には世界的な投機家として知られているジョージ・ソロスも含まれ、議会はその影響下にある。 それに対し、ボルトンは2005年8月から06年12月まで国連大使を務めているが、議会の承認をえず「休会任命」で就任した。部下に対する威圧、国連否定、NSAによる市民の通信傍受は珍しい話でなく、議会から拒否される理由にはならない。1991年12月にソ連が消滅して以降、アメリカ支配層は唯一の超大国として単独行動を志向して国連を否定する方向へ動いた。そのひとつの象徴が1992年2月に国防総省のDPG草案という形で作成された世界制覇プラン。いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンだ。 その直後、アメリカから戦争へのさらなる加担を要求された細川護煕政権は「防衛問題懇談会」という諮問機関に戦略の作成を指示、細川首相が辞任した4カ月後に「日本の安全保障と防衛力のあり方(樋口レポート)」が発表される。これは国連中心主義の立場から作成されていたためにネオコンは怒り、ジョセイフ・ナイ国防次官補が1995年2月に発表した「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」につながる。この時のアメリカ大統領は民主党のビル・クリントンだ。 国家安全保障補佐官の交代が公表されたアメリカをサウジアラビアのモハメド・ビン・サルマン皇太子が訪問、トランプは高額兵器の取り引きを宣伝している。ビン・サルマンはイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と親しく、ネタニヤフやトランプのスポンサーである富豪のシェルドン・アデルソンにつながる。現在、イスラエルではネタニヤフ首相とジョージ・ソロスがバトルを展開していると言われている。 その一方、トランプ大統領は3月8日、鉄鋼とアルミニウムに輸入関税を課すことを命じる文書に署名、22日には中国からの輸入に関税を課す大統領令に署名した。実社会に流れているドルを吸い上げようとしているように見える。つまり、ドルを回収する仕組みが思い通りに機能しなくなっている可能性がある。
2018.03.24
今から73年前の3月9日から10日にかけて東京の下町、深川、城東、浅草などがアメリカ軍の投下した焼夷弾で火の海になり、7万5000人から20万人の非戦闘員が殺された。焼夷弾とは一種のクラスター爆弾で、中には38個の小爆弾が収納されていた。上空約610メートルで子爆弾はバラバラに飛び散り、建造物や地面に到達すると数秒後、焼夷剤のゲル化ガソリンが燃え上がる仕組み。 日本の軍や警察による政策が被害を拡大させた要因のひとつではあるだろうが、アメリカ側の作戦や戦略を徹底的に検証することも重要だ。たとえ、それが不都合な真実であったとしても。 この時の爆撃は典型的だが、ターゲットは軍事工場でなく一般市民。先住民を殲滅したように、日本の市民を皆殺しにしようとした作戦であり、都市部の爆撃は「無差別」でなく「計画的」だったとする人もいる。 この作戦を指揮したアメリカ空軍のカーチス・ルメイは広島と長崎に対する原爆投下、あるいは朝鮮戦争における空爆の責任者でもある。1950年6月に勃発した朝鮮戦争でルメイは朝鮮半島北部の78都市と数千の村を破壊、多くの市民を殺している。ルメイ自身の話では、3年間に人口の20%にあたる人を殺したという。勿論、カーチス・ルメイが独断で行った大量殺戮ではないだろう。彼の周辺には仲間がいる。 ルメイは1948年からSAC(戦略空軍総司令部)の司令官に就任、朝鮮戦争が休戦になった翌年の54年にはソ連を核攻撃する作戦を立てている。それによると、600から750発の核爆弾をソ連へ投下、118都市に住む住民の80%、つまり約6000万人を殺すことになっていた。 SACが1956年に作成した核攻撃計画に関する報告書によると、ソ連、中国、東ヨーロッパの最重要目標には水爆が使われ、ソ連圏の大都市、つまり人口密集地帯に原爆を投下するとされている。軍事目標を核兵器で攻撃しても周辺に住む多くの人びとが犠牲になるわけだが、市民の大量虐殺自体も目的だ。この当時もSAC官はルメイ。 この計画で攻撃目標とされた都市はモスクワ、レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)、タリン(現在はエストニア)、キエフ(現在のウクライナ)といったソ連の都市だけでなく、ポーランドのワルシャワ、東ドイツの東ベルリン、チェコスロバキアのプラハ、ルーマニアのブカレスト、ブルガリアのソフィア、中国の北京が含まれていた。 日本列島が中国に対する攻撃の拠点として想定されていたことは確かだろう。1953年4月に沖縄では布令109号「土地収用令」が公布/施行され、基地化が強引に進められた。土地の強制接収は暴力的なもので、「銃剣とブルドーザー」で行われたと表現されている。 沖縄の基地化が進められていた1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めたライマン・レムニッツァーは後に統合参謀本部議長に就任、ルメイを同じようにキューバへの軍事侵攻、ソ連への核攻撃を目論んでいる。つまりルメイとレムニッツァーは仲間。第2次世界大戦の終盤、アレン・ダレスはフランクリン・ルーズベルト大統領の意向を無視してナチスの高官を保護する「サンライズ作戦」を実行したが、レムニッツァーもその作戦に参加していた。 レムニッツァーとダレスを引き合わせたのはイギリスの軍人。連合軍大本営最高司令官だったイギリス人のハロルド・アレグザンダー伯爵だ。レムニッツァーはイギリスの貴族に憧れを持っていた人物で、シチリア島上陸作戦の際に知り合い、アレグザンダーから目をかけられることになった。 この人脈が影響したのか、1960年10月にレムニッツァーは統合参謀本部議長へ就任、CIA長官になっていたアレン・ダレスとキューバへの軍事侵攻を目論む。その背後にはソ連や中国に対する先制核攻撃計画があった。この攻撃計画にはダレス、レムニッツァー、ルメイも参加している。 レムニッツァーとルメイはジョン・F・ケネディ大統領と激しく対立した。ケネディ大統領がソ連に対する先制核攻撃に反対、戦争の準備だったキューバ侵攻作戦ではアメリカ軍の直接的な介入を阻止する。 キューバ軍を装って「テロ」を繰り返し、キューバに軍事侵攻するという「ノースウッズ作戦」をレムニッツァーは1962年3月に国防長官のオフィスで説明するが、ロバート・マクナマラ長官は拒否する。(Thierry Meyssan, “9/11 The big lie”, Carnot Publishing, 2002)ケネディ大統領はその年の10月、レムニッツァー議長の再任を拒否した。そのレムニッツァーへ欧州連合軍最高司令官にならないかと声をかけてきたのがハロルド・アレグザンダーだ。 再任拒否の直前、1962年8月にアメリカの偵察機U2がキューバで対空ミサイルの発射施設を発見、10月にはアメリカ軍がキューバを海上封鎖する自体になっていた。いわゆるキューバ危機だが、これを外交的に解決したケネディ大統領に好戦派は反発、ダニエル・エルズバーグによると、その後、国防総省の内部ではクーデター的な雰囲気が広がっていたという。(Peter Dale Scott, “The American Deep State,” Rowman & Littlefield, 2015) 本ブログでは何度も書いてきたが、レムニッツァーやルメイのような好戦派は1963年の後半がソ連を核攻撃するチャンスだと考えていた。先制攻撃に必要なICBMが準備できる見通しで、ソ連が追いつく前に戦争を始められると考えていたのだ。 ところが、1963年6月にケネディ大統領はアメリカン大学の学位授与式(卒業式)でソ連との平和共存を訴える。ケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺されたのはその年の11月のことだ。その翌年、日本政府はルメイに対し、「勲一等旭日大綬章」を授与した。
2018.03.23
シリアの首都ダマスカスの郊外に位置する東グータを政府軍が制圧しつつある。その東ゴータで「穏健派」の、つまりアメリカが手先として使っている武装勢力が3月21日に買い物客で賑わうマーケットをミサイルで攻撃、20名以上とも35名以上とも言われる人々が死亡したと伝えられている。 制圧作戦の過程で政府軍は武装勢力が化学兵器を製造していた作業場を発見、内部の映像が公表された。シリア側の説明によると、装置はサウジアラビアから持ち込まれ、薬品や防護服は西側から持ち込まれたという。武装勢力が逃げる際に放置していった有害物質は40トン以上になるとロシア国防省は語っている。 バラク・オバマが大統領だった当時からアメリカは化学兵器の使用を口実としてアメリカ/NATO軍が直接軍事介入してバシャール・アル・アサド政権を倒そうとしてきた。今年2月上旬にアメリカ国務省のヘザー・ナウアート報道官はシリア政府軍が化学兵器を使用したと根拠を示さず一方的に主張している。 それに対し、アメリカ国防省のダナ・ホワイト報道官はそうしたことを示す証拠を見たことがないと発言、ジェームズ・マティス国防長官は化学兵器を政府軍が使ったとするNGOや武装勢力の主張を裏付ける証拠は確認していないとしていた。化学兵器の使用を口実にした直接的な軍事介入の目論みを主導しているのはCIA/国務省だと言えるだろう。 ロシア参謀本部は3月17日、アメリカ海軍が艦隊を紅海、地中海、そしてペルシャ湾に配置、シリア攻撃の準備を整えたと警告している。実際に攻撃が実行されればインド洋中部にあるディエゴ・ガルシア島の基地も使われる可能性が高い。また同じ3月17日にセルゲイ・ラブロフ露外相は、アメリカ、イギリス、フランスを含む国々の特殊部隊がシリア国内へ侵入、すでに「代理戦争」の段階ではなくなっていると語った。アメリカなどはこうした主張を否定したようだが、2011年3月にシリアへの侵略が始まった直後から西側諸国は特殊部隊を潜入させていると言われている。 言うまでもなく、こうした動きをロシア側は前から察知していたはずで、だからこそウラジミル・プーチン露大統領は今年3月1日、アメリカとその同盟国がロシアやその友好国に対して存亡の機を招くような攻撃を受けたなら反撃するとロシア連邦議会で演説したのだ。ウクライナの東部やクリミア、シリア、イランなど攻撃すればロシア軍との戦争になるという警告だ。 その演説でプーチンは反撃用の兵器をいくつか紹介している。原子力推進の低空で飛行するステルス・ミサイル、海底1万メートルを時速185キロメートルで航行して射程距離は1万キロに達する遠隔操作が可能な水中ドローン、2000キロメートルの距離をマッハ10で飛行して正確に目標を捉えられるミサイルのキンザル、マッハ20で飛行する大陸間ミサイルRS-26ルビエシュだ。レーザー兵器の存在も明らかにした。ロシアの反撃をアメリカの防空システムは阻止できず、アメリカ本土も安全ではないことを示したのである。 マティス国防長官は3月10日、プーチン大統領が語った兵器の実戦配備は何年も先だと主張したが、その日にロシアはミグ31がキンザルを発射する映像を公表している。このミサイルは昨年12月に発射実験を成功させていると言われ、これが事実ならアメリカを含む西側の軍や情報機関はその時点である程度の性能を把握していただろう。ロシアの警告で西側が攻撃を思いとどまれば冷戦へ向かうのだろうが、攻撃を強行すれば核戦争に発展する可能性がある。
2018.03.22
生物化学兵器の使用がアメリカ軍の直接的な軍事介入のレッドラインだとバラク・オバマが大統領として発言したのは2012年8月のことだった。シリア政府軍と戦っている戦闘集団の中心はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラ)だとDIAがホワイトハウスへ報告したのと同じ月だ。 2001年9月11日以来、アメリカ政府は「アル・カイダ」をテロリストの象徴として描き、そのテロリストを殲滅するという口実で他国を侵略している。ところがシリアでは、そのテロリストを守るためにアメリカはシリアへ軍事介入するというわけだ。 シリアより1カ月早い2011年2月に侵略戦争が始まったリビアでは、その年の10月にNATOとアル・カイダ系武装集団のLIFGの連合軍がムアンマル・アル・カダフィの体制を破壊、カダフィ自身を惨殺している。その直後から戦闘員と武器/兵器を侵略勢力はシリアへ集中させ、リビアと同じようにバシャール・アル・アサド政権をオバマ政権は倒そうとしたわけだ。その口実が生物化学兵器。 2012年5月にホムスで住民が虐殺されると西側はシリア政府に責任があると宣伝するが、すぐに嘘だと発覚する。例えば、現地を調査した東方カトリックの修道院長は反政府軍のサラフ主義者や外国人傭兵が実行したと報告、「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。」と語っている。 政府軍による住民虐殺という筋書きで軍事介入を正当化しようとしてアメリカは失敗、化学兵器の話に切り替えたわけだ。イラクを先制攻撃する前の大量破壊兵器話と同じだ。 2012年12月になるとヒラリー・クリントン国務長官はアサド大統領が化学兵器を使う可能性があると発言、13年1月29日付けのデイリー・メール紙は、シリアで化学兵器を使ってアサド政権に責任をなすりつけて軍事行動へ向かうという作戦をオバマ大統領は許可したと伝えている。(すぐに記事はサイトから削除された。) 実際、2013年3月19日にアレッポの近くで化学兵器が使われるが、その5日後にイスラエルのハーレツ紙は化学兵器を使ったのは政府軍ではなく反政府軍だった可能性が高いと報道、5月になると攻撃を調べていた国連の独立調査委員会のメンバー、カーラ・デル・ポンテも政府軍でなく反政府軍が使用した可能性が高いと発言する。 8月21日にはダマスカスに近いグータで再び化学兵器が使用され、アメリカをはじめとする西側の政府や有力メディアはシリア政府に責任をなすりつける宣伝を展開、23日にアメリカのネットワーク局CBSのチャーリー・ケイは、アメリカ海軍の司令官はシリアを巡航ミサイルで攻撃するため、艦船に対してシリアへ近づくように命じたとツイッターに書き込んだ。 8月29日にはサウジアラビアが化学兵器を反政府軍に提供したと報道されているのだが、9月3日に地中海からシリアへ向かって2発のミサイルが発射されるが、途中、海中へ墜落してしまった。その直後にイスラエル国防省はアメリカと合同でミサイル発射実験を実施したと発表したが、事前に周辺国(少なくともロシア)へ通告はなく、シリアに向かって発射された可能性が高い。何らかの電子戦用兵器が使われたと推測する人もいる。 早い段階からロシアは侵略軍が化学兵器を使ったと主張していたが、調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュの記事、あるいは国連の元兵器査察官のリチャード・ロイドとマサチューセッツ工科大学のセオドール・ポストル教授の分析でもシリア政府軍が化学兵器を使ったという主張は否定されている。そのほかにも同じ趣旨の報告が相次いだ。こうした展開をアメリカ側は予想、そうした反論が出てくる前に攻撃したのだろうが、失敗したということだろう。 アメリカは別のストーリーを考える余裕がないのか、その後も同じシナリオで直接的な軍事介入を目論んできた。そして今年3月1日、ウラジミル・プーチン大統領はロシアやロシアの友好国が国の存続を揺るがすような攻撃を受けた場合、ロシア軍は攻撃してきた拠点を含めて反撃すると宣言する。地中海に配備されたアメリカの艦船からミサイルが発射されたなら、その艦船を撃沈するということだと理解されている。 イスラエルやサウジアラビアとの関係もあり、アメリカが侵略を中止する可能性は小さい。ロシアとの直接的な軍事衝突を覚悟の上でシリアやイランを攻撃するのか、冷戦の再現を目指すのだろう。ウクライナでドンバスに対する本格的な軍事攻撃を開始する可能性もあるが、そのケースでもロシアとの直接的な軍事衝突だ。 かつての冷戦はソ連に対する先制核攻撃が困難になったことから生じた現象だった。今回もロシアに圧勝できないことを理解すれば、冷戦に持ち込もうとする勢力が出てくるかもしれない。 プーチン演説の3日後、イギリスで神経薬物の騒動が引き起こされた。元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐のセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアがイギリスのソールズベリーで倒れているところを発見され、神経薬物(サリン、またはVXだとされている)が原因だとされている。テレサ・メイ英首相はロシア政府が実行したかのように発言しているが、証拠は示されていない。 イギリス政府がロシアとの関係を悪化させようとしていることは明白であり、EUを巻き込もうともしている。イギリスの化学戦部隊はロシアがそうした薬物を使った証拠を見つけていない。イギリス政府は担当者に圧力をかけて証拠を捏造させるか、何も示さずに「我々を信じろ」と言い続けるしかない。ロシア側は証拠を示すか、謝罪しろと要求している。
2018.03.21
言うまでもなく、ロシア政府は自国を破壊しようとしている敵が存在していることを認識している。ウラジミル・プーチン露大統領の側近として知られるセルゲイ・グラジエフはそうした状況を繰り返し語ってきた。それでもプーチン政権はアメリカをはじめとする西側の挑発に乗らず、ルールに従って行動してきたのである。 それに対し、アメリカは何をしでかすかわからない国だと思わせれば自分たちが望む方向へ世界を導けるとリチャード・ニクソンは考え、イスラエルは狂犬のようにならなければならないと同国のモシェ・ダヤン将軍は語ったという。脅せば屈すると信じているのだろう。 1991年1月にアメリカ主導軍がイラクを攻撃しているが、ジョージ・H・W・ブッシュ米大統領はイラクのサダム・フセイン大統領を排除しないまま2月に停戦してしまった。1980年代からフセインを排除してイラクに親イスラエル体制を築こうとしていたネオコンは怒る。 そうしたネオコンのひとり、ポール・ウォルフォウィッツ国防次官(当時)も怒り、イラク、シリア、イランを殲滅すると口にするわけだが、そのときにソ連軍が出てこなかったことから、アメリカはソ連(後にロシア)を気にすることなく軍事侵略できると確信したと言われている。 1991年12月にはアメリカの傀儡だったロシアのボリス・エリツィン大統領が独断でソ連を消滅させ、その直言にネオコンは国防総省のDPG草案という形で世界制圧プランを作成した。これがウォルフォウィッツ・ドクトリン。これが作成された当時、アメリカ支配層はライバルが消滅、唯一の超大国になったアメリカに手向かう国は存在しないという認識から単独行動を打ち出している。 エリツィンが大統領だった1990年代にロシアでは軍事力も低下、そうした状態は21世紀なっても続いていると西側では考えられていた。例えばフォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載されたキール・リーバーとダリル・プレスの論文では、アメリカ軍の先制第1撃でロシアと中国の長距離核兵器を破壊できるようになる日は近いと主張している。 この推測をロシア軍は行動で否定する。2008年、北京オリンピックに合わせてアメリカとイスラエルの支援を受けたジョージア軍が南オセチアを奇襲攻撃したのだが、その侵攻軍をロシア軍が粉砕してしまったのだ。 シリア政府の要請を受けてロシア軍は2015年9月30日から軍事介入、アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟を中心とする侵略勢力の傭兵、つまりアル・カイダ系武装勢力やダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)というタグをつけた武装勢力を本当に攻撃、その支配地を急速に縮小させた。その際、ロシアが保有する兵器の性能がアメリカを上回ることを示している。軍事介入の直前、アメリカでは国防長官と統合参謀本部議長を好戦派に交代、戦争の準備を整えていた。 そして今年3月1日、プーチン大統領はロシアやロシアの友好国が国の存続を揺るがすような攻撃を受けた場合、ロシア軍は攻撃してきた拠点を含めて反撃すると宣言した。地中海に配備されたアメリカの艦船からミサイルが発射されたなら、その艦船を撃沈するということだと理解されている。ロシアにはそうした攻撃を可能にする高性能ミサイルが存在している。 そうしたプーチンの演説をはったりだとアメリカのジェームズ・マティス国防長官は3月10日に語ったが、同じ日にロシアはミグ31が2000キロメートルの距離をマッハ10で飛行するキンザルと名づけられたミサイルを発射する映像を公表した。 こうした高性能兵器の発射実験をロシアは昨年の終盤に実施、成功させている。兵器の完成をロシア政府は待っていた可能性もあるだろう。それらの実戦配備が進む前に攻撃しようというグループもアメリカには存在するだろうが、すでに配備が進んでいる兵器もある。 アメリカでは1950年代からソ連に対する先制核攻撃の準備を進めていた。1954年にSAC(戦略空軍総司令部)は600発から700発の核爆弾をソ連に投下、118都市に住む住民の80%、つまり約6000万人を殺すという作戦を作成、さらに300発の核爆弾をソ連の100都市で使うというドロップショット作戦も計画している。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) また、テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、統合参謀本部のライマン・レムニッツァー議長やSACの司令官だったカーティス・ルメイなど好戦派は1963年の後半にソ連を奇襲攻撃る予定だったという。その頃になればアメリカはICBMを配備でき、しかもソ連は配備が間に合わないと見ていた。この攻撃を成功させるためにもアメリカ軍はキューバを制圧する必要があった。ソ連の反撃を封じるため、キューバから中距離ミサイルを排除する必要があったのである。 こうした計画を阻止したジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺され、その責任をキューバやソ連になすりつけて戦争を始めようとする動きもCIA内にあったが、これはFBIからリンドン・ジョンソン新大統領へ伝えられた情報で実行されなかった。 アメリカの好戦派は圧勝できると考えたとき、核戦争を始めようとする。彼らにとって核兵器は「槍」であり、「傘」ではない。エリツィンがロシア大統領だった時期にアメリカの好戦派はそうした心理になった。ユーゴスラビアを手始めに、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア、ウクライナなどを侵略、ロシアを核戦争で脅しはじめたわけだ。 すでに西側でもアメリカの軍事力がロシアや中国を圧倒しているわけでないことは認識されているが、核戦争でロシアや中国を脅すという行為は続いている。ここで立ち止まると自分たちの支配システムが崩壊すると考えているのだろう。米英の支配層はブラフで勝負に出ている。
2018.03.20
ベトナム戦争の最中、1968年3月16日に南ベトナムのカンガイ省ソンミ村のミライ集落とミケ集落において住民がアメリカ軍の部隊によって虐殺されるという出来事があった。アメリカ軍によると、犠牲になった村民の数はミライだけで347人、ベトナム側の主張ではミライとミケを合わせて504人だされている。それから50年が経つが、同じことをアメリカは今でも繰り返している。 ソンミ村での虐殺を実行したのは、アメリカ陸軍第23歩兵師団の第11軽歩兵旅団バーカー機動部隊第20歩兵連隊第1大隊チャーリー中隊の第1小隊。その小隊を率いていた人物がウィリアム・カリー中尉だ。 このケースが発覚した一因は、作戦に無関係なアメリカ兵に目撃されたことにある。虐殺の最中、現場近くを通りかかった偵察ヘリコプターのパイロット、ヒュー・トンプソン准尉が村民の殺害を止めたのである。トンプソンは同僚に対し、カリーの部隊が住民を傷つけるようなことがあったら、銃撃するように命令していたと言われている。第11軽歩兵旅団のロナルド・ライデンアワーのように告発した兵士もいたが、議員の反応は鈍い。虐殺を目にしたはずの従軍記者、従軍カメラマンは報道していない。 しかし、兵士による告発もあって虐殺の話はアメリカ本国で流れ、1969年3月には記事になるが、これは話題にならなかった。人々が注目したのはその年の11月にシーモア・ハーシュの記事をAPが配信してからだ。 ソンミ村での虐殺はCIAが特殊部隊と組んで展開していた秘密作戦、フェニックス・プログラムの一環だった。このプログラムはリンドン・ジョンソン大統領の特別補佐官だったロバート・コマーが1967年に発案したCIAとMACV(ベトナム軍事支援司令部)の統合プログラムICEXとして始まる。すぐ名称はフェニックスへ変更された。 この作戦を現場で指揮した経験のあるウィリアム・コルビーはCIA長官時代に議会でこれについて証言、自身が指揮していた「1968年8月から1971年5月までの間にフェニックス・プログラムで2万0587名のベトナム人が殺され、そのほかに2万8978名が投獄された」と明らかにしている。それに対し、解放戦線の支持者と見なされて殺された住民は約6万人だとする推測もある。 ソンミ村での虐殺から10日後、ウィリアム・ウエストモーランド陸軍参謀総長は事件の調査をウィリアム・ピアーズ将軍に命令した。ピアーズに白羽の矢が立ったのは彼が陸軍士官学校出身ではなかったからだとする話が流されているが、真の理由は彼がCIAと緊密な関係にあったからだと推測する人も少なくない。 ピアーズは第2次世界大戦中、CIAの前身であるOSSに所属、1950年代の初頭にはCIAの台湾支局長を務めていた。要するにピアーズは軍事というよりCIAの人間。彼の調査で事件とCIAとの関係が浮上するはずはなかった。それでも報告書には事件の容疑者として30人の名前があがっていたのだが、告発されたのは16人、裁判を受けたのは4人、そして有罪判決を受けたのはカリー大尉だけだった。そのカリーもすぐに減刑されている。 ジョージ・W・ブッシュ政権の国務大臣、コリン・パウエルは1968年に第23歩兵師団の将校として南ベトナムへ入っている。2004年5月4日にCNNのラリー・キング・ライブに出演した際、自分が所属した第23歩兵師団がソンミ村での虐殺、その後で現場へ自分も入ったことを明らかにし、戦争でそうしたことは珍しくないと弁明している。確かに、フェニックス・プログラムでは珍しくないだろうが、虐殺を止めたり告発した兵士はそう考えなかった。ジャーナリストのロバート・パリーらによると、パウエルはこうした兵士の告発を握りつぶし、上官が聞きくない話は削除する仕事をしていたという。その仕事ぶりが評価され、「異例の出世」をしたのだろう。 フェニックス・プログラムに参加していた人々は1980年代にイラン・コントラ事件で名前が浮上する。そのひとりがリチャード・アーミテージ。パウエルの友人だという。 ところで、第2次世界大戦中、アメリカ政府はホー・チミンが率いるベトミン(ベトナム独立同盟会)と手を組んでいた。当時のアメリカ大統領、フランクリン・ルーズベルトが植民地に反対するという政策を抱えていたからだ。 アメリカから支援を受けていたベトミンは日本降伏後に独立を宣言するが、イギリス軍は日本軍を再編成してサイゴン(現在のホー・チミン市)を制圧する。ルーズベルトは1945年4月に急死していた。 その後、インドシナを再植民地化する目的でフランスは戦争をはじめるものの、1954年5月にフランス軍はディエンビエンフーの戦いで敗北、7月に休戦が成立してフランスは撤退する。 フランス軍がディエンビエンフーで包囲されて2カ月後の1954年1月にアメリカのジョン・フォスター・ダレス国務長官はNSC(国家安全保障会議)でベトナムにおけるゲリラ戦の準備を提案、それを受けてCIAはSMM(サイゴン軍事派遣団)を編成した。 1950年6月から朝鮮半島でアメリカは戦争していたが、半島全域を制圧できないまま53年7月に休戦している。その間、1951年4月にCIAは約2000名の国民党軍を率いて中国領内に侵入、一時は片馬を占領したが、人民解放軍に追い出された。翌年の8月にもCIAと国民党軍は中国へ軍事侵攻したが、この時も失敗に終わる。アメリカにとっても中国にとっても朝鮮戦争は自分たちの戦い。朝鮮半島を舞台にした米中戦争にほかならない。朝鮮半島の後、アメリカ支配層の選んだ戦場はベトナムだった。1953年2月からCIA長官はジョン・フォスターの弟、アレン・ダレスが務めている。
2018.03.19
ロシア外務省は3月17日にイギリス大使を呼び出し、同国の外交官23名を国外へ追放すると伝えた。該当者は1週間以内に出国するように求められている。また英国文化振興会の閉鎖、サンクト-ペテルブルグのイギリス領事館を再開させる合意を取り消すとも通告されたようだ。 勿論、これはイギリス政府が行ったロシア外交官23名の国外追放とロシア人の資産凍結に対する報復。ボリス・ジョンソン英外相は、ロシアのエージェントが神経ガスで元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐のセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアを3月4日に攻撃したと主張しているが、その証拠、根拠は示されていない。自分たちを神だとでも思っているのか、例によって「我々を信じろ」という態度だ。 スクリパリ親子の事件が起こる3日前、ロシアのウラジミル・プーチン大統領はロシアやその友好国が存亡の機を招くような攻撃を受けた場合、ロシア軍は反撃するとロシア連邦議会で演説している。中国、シリア、イランなどが攻撃されたならロシアが報復するということだ。 その報復手段として、原子力推進の低空で飛行するステルス・ミサイル、海底1万メートルを時速185キロメートルで航行して射程距離は1万キロに達する遠隔操作が可能な水中ドローン、2000キロメートルの距離をマッハ10で飛行、軌道を操作できて正確に目標を捉えられるミサイルであるキンザル、マッハ20で飛行する大陸間ミサイルRS-26ルビエシュを含む兵器を示した。レーザー兵器の存在も明らかにしている。 アメリカ軍の先制第1撃でロシアと中国の長距離核兵器を破壊できるようになる日は近いとするキール・リーバーとダリル・プレスの論文が掲載されたのはフォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号。アメリカはロシアと中国との核戦争で一方的に勝てると見通しているのだが、これが間違いだというはアメリカとイスラエルの支援を受けたジョージア軍が2008年、北京オリンピックに合わせて行った南オセチアへの奇襲攻撃で明確になっている。 ロシア軍は2015年にシリア政府の以来で軍事介入、そこでも戦闘能力の高さを示した。アメリカの高額兵器はロシアの高性能兵器に太刀打ちできない。ロシアやその友好国がアメリカやその同盟国に攻撃された場合、その高性能兵器を報復のために使うとプーチンは宣言したのだ。 その直前、アメリカ政府内でシリア攻撃について話し合われたと伝えられている。アメリカをはじめとする侵略勢力の傭兵がダマスカスを攻撃する拠点にしてきた東グータに対する政府軍の制圧作戦が進む中、それを止めようとする動きがあり、その話し合いはその延長線上にあると言えるだろう。 攻撃の口実は例によって化学兵器の使用。何度も同じようなストーリーが語られ、その後の調査で否定されてきたが、アメリカはそれを繰り返す。すでに庶民を騙そうという熱意を失い、意味を失った呪文として口にしている。 アメリカ国務省のヘザー・ナウアート報道官は2月上旬にシリア政府軍が化学兵器を使用したと主張、それを口実にしてアメリカ、イギリス、フランスはダマスカスを空爆する姿勢を見せていたが、アメリカ国防省のダナ・ホワイト報道官はそうしたことを示す証拠を見たことがないと発言、ジェームズ・マティス国防長官は化学兵器を政府軍が使ったとするNGOや武装勢力の主張を裏付ける証拠は確認していないとしている。ドナルド・トランプ政権内で戦争を望んでいるのは国務省とCIAだ。国防長官も納得していないような「おとぎ話」で世界を核戦争で破壊しようとしている。 マティス国防長官は3月10日、プーチン大統領が3月1日の演説で示した兵器の実戦配備は何年も先だと語った。ショックを和らげようとしたのかもしれないが、その日にロシアはミグ31がキンザルを発射する映像を公表した。このミサイルは昨年12月に発射実験を成功させていると言われ、これが事実ならアメリカを含む西側の軍や情報機関はその時点である程度の性能を把握していただろう。3月10日のテストは無視しようとする西側支配層への警告だとも理解できる。 ロシア外務省がイギリス大使に外交官追放などを伝えた3月17日、ロシア国防省はアメリカ人教官がタクフィール主義者に化学兵器の使い方を教え、偽旗作戦を実行しようとしていると主張している。シリア政府軍が化学兵器を使ったとしてアメリカ主導軍が直接、シリアを攻撃しようと目論んでいるという警告だ。現代のタクフィール主義者はサラフィー主義から派生、サウジアラビアの支配体制と深く結びついている。 また、セルゲイ・ラブロフ露外相はシリア国内へアメリカ、イギリス、フランスを含む国々の特殊部隊が侵入、すでに「代理戦争」ではなくなっていると3月17日に語った。こうした国々は2011年3月にシリアへの侵略戦争を始めた当時から特殊部隊を入れているのだが、ロシアはそうした事実を口にしなかった。ロシア政府は西側との話し合いは無駄だと悟った可能性がある。 特殊部隊をシリアへ侵入させ、空爆を勝手に始めたバラク・オバマ大統領は地上部隊を派遣しないとしていた。が、これが嘘だったことは本ブログでも指摘してきた。手先のダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)やアル・カイダ系武装集団の敗北が見通されるとアメリカ軍は自らがシリアへ侵入、基地を建設してきた。トルコ政府によると、アメリカ軍が建設した基地の数は13だが、その後、ロシアの安全保障会議はアメリカ軍は20カ所に基地を作ったとしている。 こうした基地をアメリカ軍、イギリス軍、フランス軍だけでなく手先の武装勢力の拠点として利用、周辺のクルド勢力とも連携する計画だったのだが、トルコ軍がシリア北西部のアフリンを攻撃、その計画が揺らいでいる。NATOの一員であり、戦略的に重要な位置にあるトルコとアメリカは戦争するわけにいかず、アフリンのクルドは見捨てられた状況。助けに入ったのはシリア政府側だ。イラクのクルドは指導者たちが1960年代からイスラエルの影響下にあり、イスラエルがイラクを揺さぶる道具として機能していた。シリアのクルドはシリア政府と友好的な関係にあったが、ロシア軍が介入した後、その指導層がアメリカ側の影響下に入ったことで厳しい状況に陥った。 そうした状況をクルドが理解したなら、アメリカは扱いにくくなる。自分たちが出て行くしかないということだ。イラクに続いてシリアとイランを潰すというプランは1991年にポール・ウォルフォウィッツが口にしていたことを本ブログでもしつこく書いてきた。それがウォルフォウィッツ・ドクトリンにつながり、ジョージ・W・ブッシュ政権の政策になり、9/11によって軍事侵略が始まった。このドクトリンを実現しようとすれば、全面核戦争の可能性は高まる。 1950年代に具体化したソ連に対する先制核攻撃の計画はジョン・F・ケネディ大統領が反対したこともあって実行されず、「冷戦」という形になった。今回も冷戦に持って行こうとする動きもあるようだが、当時と違ったアメリカに生産能力はない。
2018.03.18
ドナルド・トランプはロシアとの関係修復を訴えて大統領に選ばれた。そして誕生したトランプ政権を象徴していたのが元DIA(国防情報局)局長のマイケル・フリン国家安全保障補佐官とエクソン・モービルのCEOだったレックス・ティラーソン国務長官。このふたりが解任され、トランプ政権はロシアとの軍事的な緊張を高め、シリアやイランを攻撃しようと目論む勢力によって制圧されたようだ。ティラーソンを引き継ぐマイク・ポンピオCIA長官はキリスト教原理主義者(カルト)。新しいCIA長官には破壊工作(テロ)部門の所属し、タイに建設したCIAの秘密収容所で拷問を指揮していたジーナ・ハスペルが予定されている。本来なら犯罪者として裁かれていなければならない人物だが、罪に問われていない。マイク・ペンス副大統領もキリスト教原理主義者として知られ、その関係で傭兵会社のブラックウォーター(2009年にXE、11年にアカデミへ名称変更)を創設したエリック・プリンスと親しい。なお、プリンスの姉にあたるベッツィ・デボスはトランプ政権の教育長官。夫のディック・デボスは「アムウェイ」の創設者だ。それに対し、拷問が行われていると内部告発したCIAオフィサーのジョン・キリアクは懲役30カ月を言い渡されている。アブ・グレイブ刑務所の所長だった第800憲兵旅団のジャニス・カルピンスキー准将は刑務所内で外部の人間が収容されている人々を拷問、尋問官の中にはイスラエル人も含まれていたと明らかにしているが、その発言が原因で准将から大佐へ降格になっている。フリンが局長を務めていた2012年にDIAはバラク・オバマ政権が支援している相手はサラフィ主義者やムスリム同胞団、アル・カイダ系のアル・ヌスラ(AQI)であり、そうした政策を続けると東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があると2012年8月に警告していた。ネオコンやCIAなど戦争を推進してきた勢力にとってフリンは目障りな存在だ。フリンが解任された後、国家安全保障補佐官に就任したのがH・R・マクマスター中将。デビッド・ペトレイアス大将の子分として有名である。ペトレイアスは中央軍司令官、ISAF司令官兼アフガニスタン駐留アメリカ軍司令官、CIA長官を歴任した軍人で、リチャード・チェイニー元副大統領やヒラリー・クリントン元国務長官に近いネオコン。この人脈には世界的な投機家として知られているジョージ・ソロスも含まれ、その背後にはロスチャイルドが存在する。ここにきてマクマスターを解任するという噂が流れていることは本ブログでも紹介した。そうした動きの中心にはカジノ経営者でイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と親しいシェルドン・アデルソンがいると言われている。アデルソン/ネタニヤフはソロスと対立関係にある。マクマスターはネオコンだが、その後任候補のひとりであるジョン・ボルトンもネオコン。マイケル・リディーンが創設したJINSA(国家安全保障問題ユダヤ研究所)の顧問を務めていたが、同じようにこの研究所の顧問だった人物にはジェームズ・ウールジー元CIA長官、リチャード・チェイニー元副大統領、ダグラス・フェイス、ジーン・カークパトリック元国連大使などが含まれている。ロナルド・レーガン時代の始まったCOGプロジェクトによると、国家安全保障上の緊急事態が生じた場合に地下政府が作られることになっていた。カリフォルニア大学バークレー校のピーター・デール・スコット教授によると、このプログラムは二重構造になっていて、ジョージ・H・W・ブッシュ副大統領(当時)、ドナルド・ラムズフェルド、リチャード・チェイニー、ジェームズ・ウールジーたちの上部組織と、ホワイトハウスの役人、将軍たち、CIAの幹部、「引退」した軍人や情報機関員など数百人で編成される下部組織に分けられていた。ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンにある国防総省の本部庁舎に対する2001年9月11日の攻撃は国家安全保障上の緊急事態と判断され、愛国者法が顕在化したと言われているが、このときに地下政府が動き始めた可能性もある。2001年1月にスタートした政権の大統領はジョージ・H・W・ブッシュの息子であるジョージ・W・ブッシュ、副大統領はチェイニー、国防長官はラムズフェルド、CIA長官は2004年からハスペルと同じようにCIAで破壊工作畑を歩いていたポーター・ゴス、そして国連大使は議会の承認を受けずに就任したボルトンだ。
2018.03.17
セルゲイ・スクリパリとその娘のユリアをロシア政府が神経ガスで攻撃したとイギリスのテレサ・メイ首相は主張し続けている。それに対してフランスのエマニュエル・マクロン大統領は攻撃とロシアを結びつける証拠が欲しいと発言、同大統領のスポークスパーソンは「おとぎ話的な政治」は行わないとメイ首相の言動を批判していたが、そうしたフランスの姿勢は米仏両国が電話で話し合った後に変化、アメリカやドイツと同じように攻撃の責任はロシアにあると言うように変化している。イギリス議会では労働党のジェレミー・コービン党首もメイ首相の主張を裏付ける証拠を示すように求めたが、保守党だけでなく労働党の議員から罵倒される事態になった。マクロン仏大統領やコービン労働党党首が言うように、メイ首相の主張には証拠がなく、おとぎ話にすぎない。ロシアの政府機関が何かイギリスに害を及ぼしたので批判しているのではなく、ロシアとの関係を悪化させるためにおとぎ話を作りだしたと考える方が自然だ。そのおとぎ話を真実だと信じることを要求している。その姿勢はアメリカのジョージ・W・ブッシュやバラク・オバマといった大統領、あるいは大統領になろうとしてヒラリー・クリントンと同じである。ビル・クリントン政権の後半にアメリカは露骨な軍事侵略を始めたが、その頃のロシア大統領は西側の傀儡だったボリス・エリツィンで、反撃らしい反撃はなかった。アメリカではジョージ・W・ブッシュが大統領に就任した2001年の9月11日にニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンにある国防総省の本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されてから好戦派のネオコンがホワイトハウスで主導権を握り、03年にはイラクを先制攻撃してサダム・フセイン体制を倒し、フセインを処刑した。ブッシュが大統領に就任した前年、ロシアの大統領選挙で圧勝したのがウラジミル・プーチン。このプーチンはエリツィン時代にクレムリンの腐敗勢力と手を組んで私腹を肥やしていた勢力、いわゆるオリガルヒの掃除を始めた。そこで相当数のオリガルヒは国外へ逃亡、多くはイギリスやイスラエルへ逃げ込んだ。その後、ロシアは急速に国力を回復させ、再独立に成功している。しかし、エリツィン時代に作られた腐敗勢力のネットワークは経済界から根絶されていない。エリツィン時代の政策は新自由主義に基づくもので、経済顧問団はシカゴ派。ネットワークの中心にはエリツィンの娘であるタチアナ・ドゥヤチェンコ、エリツィン大統領の経済政策を作成していたアナトリー・チュバイスが含まれている。アメリカが行ってきたロシアに対する「経済制裁」はこうした勢力に対する圧力だろう。こうした勢力は資産を西側のオフショア市場へ沈めているはずで、「経済制裁」の影響を受けやすい。西側支配層はこうした勢力に反乱を促している。それに対し、ロシア経済全体にとっては悪くない影響を及ぼしている。エリツィン時代の問題は国内の産業を破壊して外国資本に依存する方向へ動いていたこと。「経済制裁」はそうした動きにブレーキをかけ、ロシア再建を助けることになった。ところで、セルゲイ・スクリパリはGRU時代にスペインで活動しているが、そのスペインで1995年にイギリスの情報機関MI6のエージェント、パブロ・ミラーにリクルートされ、99年に退役するまでイギリスのスパイとして活動していた。このミラーはロシアの治安機関FSBに所属していたアレキサンダー・リトビネンコともコンタクトをとっていたと言われている。リトビネンコはMI6の仕事をしていたことになるが、ロンドンへ逃げたオリガルヒのひとり、ボリス・ベレゾフスキーの下で働いていたと言われている。アメリカのフォーブス誌で編集者を務めていたポール・クレブニコフによると、ロシアの富豪たちは犯罪組織と結びついていた。その組織には情報機関や特殊部隊の隊員や元隊員が雇われていて、抗争はすさまじいものがあったようだ。ベレゾフスキーはチェチェン・マフィアと結びついていた。(Paul Klebnikov, "Godfather of the Kremlin", Harcourt, 2000)クレイブニコフは2004年7月にモスクワで射殺されている。この事件に関し、11月にベラルーシのミンスクでふたりのチェチェン系ロシア人が逮捕され、このふたりを含む3名の裁判が2006年1月に始まるのだが、その直後に裁判官のマリヤ・コマロワが「病気」になり、ウラヂミール・ウソフに替わって5月には無罪評決が出た。この評決はクレブニコフの遺族を含め、少なからぬ人々が批判している。クレイブニコフが殺される前の月にチェチェンのヤン・セルグーニン副首相(親ロシア派)がモスクワで殺害され、チェチェンが何らかの形で絡んでいると推測されていた。クレイブニコフの裁判で無罪評決を出した8名の陪審員はこの事件の被告にも無罪評決を出している。2000年10月にリトビネンコはイギリスへ渡るが、FSB時代のリトビネンコは犯罪の取り締まりが担当で、イギリス側が望む情報を持っていなかった。それでも2001年5月には政治亡命が認められたが、06年11月に放射性物質のポロニウム210で毒殺されたとされている。言うまでもなく、放射性物質は明白な痕跡を残す。何十年も前から痕跡を残さないで人を殺せる薬物は開発されていると言われているので、ポロニウム210を使ったというのは不自然だ。リトビネンコの死について弟のマキシム・リトビネンコはアメリカ、イスラエル、イギリスの情報機関に殺された可能性があると主張しているのだが、2016年3月に同じ主張をする人物が現れた。リトビネンコはアメリカとイギリスの支援を受けたイタリア人に殺されたことを示す証拠を持っているとフランスの対テロ部隊創設に関わり、GIGN(国家憲兵隊の特殊部隊)を率いたひとりであるポール・バリルが語ったのだ。バルーガという暗号名がつけられたこの作戦はプーチンの評判を落とし、ロシアを不安定化させることが目的だったという。スクリパリのケースはこの作戦をまた使ったと推測している人もいる。なお、リトビネンコを雇っていたベレゾフスキーは2013年3月、バークシャーの自宅で死亡した。自殺とされているが、ベレゾフスキーと愛人関係にあったカテリーナ・サビロワによると、死んだ日に彼は娘と会う予定で、サビロワとはテル・アビブへ2週間の予定で旅行することになっていた。つまり、自殺する様子はなかった。ベレゾフスキーが死亡した後、ロシア政府は彼がプーチン大統領へ謝罪の手紙を書き、ロシアへの帰国を申し出ていたと発表した。ベレゾフスキーとビジネス上の関係があった人々はこの話を否定しているが、サビロワはロシアへの帰国をベレゾフスキーが強く望んでいたとしている。経済的に破綻していたことから帰国の望んだようで、手紙はかつてバートナーだったエレナ・ゴルブノワが11月、プーチンへ渡したという。手ぶらでロシアへ戻れば刑事事件の被告になる可能性があったので、交渉に使う何らかの情報を提供する用意があったという推測もある。当然、西側にとって都合の悪い情報だろう。
2018.03.16

「9月文書」をアメリカのコリン・パウエル国務長官も絶賛していたが、ある大学院生の論文を無断引用したもの。内容もイラクの脅威を正当化するために改竄されていたことが後にわかる。それに対し、2003年5月29日にBBCのアンドリュー・ギリガンはラジオ番組で「9月文書」は粉飾されていると語り、サンデー・オン・メール紙でアラステアー・キャンベル首席補佐官が情報機関の反対を押し切って「45分話」を挿入したと主張した。ギリガンが「45分話」の疑惑を語って間もなく、彼の情報源が国防省で生物兵器を担当しているデイビッド・ケリーだということがリークされる。実際、2003年5月22日にギリガンとロンドンのホテルで会っていた。そのためケリーは7月15日に外務特別委員会へ呼び出され、17日に死亡する。公式発表では「自殺」ということになっているが、疑問は多く、今でも他殺説は消えていない。その後、BBCで粛清があった。執行役員会会長とBBC会長が辞任、ギリガンもBBCを離れたのだ。この後、BBCはプロパガンダ色が強まる。なお、2004年10月に「45分話」が嘘だということを外務大臣のジャック・ストローが認めている。後にコリン・パウエルの書いたメモの存在が判明、その中で2002年3月28日にブレア首相がパウエルに対してイギリスはアメリカの軍事行動に加わると書いている。つまり開戦の1年前にでブレアは開戦に同意していた、あるいはそのときに侵略を始める予定だったことになる。実は、統合参謀本部内にイラク侵略に反対する意見があり、半年から1年ほど開戦が遅れた可能性が高い。そうした対立があった頃、ブレア政権は「9月文書」を作成、リークしたのだ。アメリカでこの偽情報を国連で宣伝したのがパウエル。この人物に好意的な印象を持ち、大量破壊兵器の話はパウエルも騙されたのだと信じている人もいるようだ。アメリカ政府には「良い閣僚」と「悪い閣僚」がいて、システム自体は民主的だと思いたいのだろうが、実態は違う。パウエルは1962年から63年にかけて軍事顧問団のひとりとして南ベトナムに派遣されていた。1968年にも南ベトナムへ入っているが、このときは第23歩兵師団の将校としてだ。その年の3月に南ベトナムのソンミ村のミライ集落とミケ集落で非武装で無抵抗の村民が第23歩兵師団の第11軽歩兵旅団バーカー機動部隊第20歩兵連隊第1大隊チャーリー中隊の第1小隊に虐殺されている。犠牲者数はアメリカ軍によるとミライだけで347人、ベトナム側の主張ではミライとミケを合わせて504人。これはソンミ事件ともミライ事件とも呼ばれている。この虐殺はCIAが特殊部隊と手を組んで展開していたフェニックス・プログラムの一環として行われたもので、従軍していた記者やカメラマンもその事実を知りながら沈黙していた。この住民虐殺プログラムが公の席で明らかにされたのは1970年代に入ってから。この作戦を指揮した経験のあるウィリアム・コルビーCIA長官(当時)は議会でこの件について証言、「1968年8月から1971年5月までの間にフェニックス・プログラムで2万0587名のベトナム人が殺され、そのほかに2万8978名が投獄された」と明らかにしているが、プログラムが実行されたのはこの期間だけでなく、解放戦線の支持者と見なされて殺された住民は約6万人だとする推測もある。フェニックス・プログラムも含め、CIAの秘密工作について話しすぎたと判断されたようで、ジェラルド・フォード大統領は1976年1月にコルビーを解任、ジョージ・H・W・ブッシュを後任に据えた。ブッシュはエール大学の学生だった時にCIAからリクルートされたと信じられている。ソンム村の虐殺だけでなく、ほかのケースでも内部告発はあったのだが、そうした告発をもみ消す仕事をパウエルはしていたとも言われている。上官が聞きたい内容の報告書を作り上げていたということだ。パウエルが異例の出世をした理由はそこにあるだろう。(了)
2018.03.15
アメリカとイギリスの支配層は2003年3月にイラクを先制攻撃する前と似たようなことをしている。有力メディアは配下のNGOを利用してイラクが大量破壊兵器を保有、それを使うつもりだと宣伝、侵略を正当化しようとしたのだが、この話は当初から疑問視されていた。そうした見方をする人物や組織の中にはUNSCOM(国連特別委員会)の主任査察官だったスコット・リッターやIAEA(国際原子力機関)も含まれていた。しかし、そうした情報を西側の有力メディアは否定、あるいは無視、戦争を煽っていた。扇動者だったということだが、そうした記者のひとりがニューヨーク・タイムズ紙のジュディス・ミラー。2003年12月にサダム・フセインが拘束されるが、ジョージ・W・ブッシュ政権が宣伝していた大量破壊兵器は見つからず、戦争前のプロパガンダに厳しい目が向けられる。そこでミラーは2005年にニューヨーク・タイムズ紙を離れるのだが、ロナルド・レーガン政権でCIA長官を務めたウィリアム・ケーシーの政策研究マンハッタン研究所、FOXニューズ、ニューズ・マックスなどに雇われている。それ以上に興味深いのは、CFR(外交評議会)のメンバーになったという事実。アメリカ支配層がイラクを侵略する上でミラーの果たした役割がそれだけ大きいということだろう。アメリカ政府はイラクの脅威を強調するため、アフリカのニジェールからイエローケーキ(ウラン精鉱)をイラクは購入するという話も流された。この話の出所はイタリアのパノラマ誌。同誌の記者だったエリザベッタ・ブルバに電話が掛かり、サダム・フセインとアフリカでのウラン購入を結びつける情報が存在すると告げられ、書類が渡されたのだ。編集長カルロ・ロッセラはアメリカ大使館へ持ち込むようブルバに指示、そこからCIAローマ支局長を経由してアメリカ政府へ渡され、イラクを批判する材料として使われることになった。しかし、この文書が偽物だということをCIAはすぐに見抜く。それに飛びついたのがネオコンで、リチャード・チェイニー副大統領を経由してジョセフ・ウィルソン元駐ガボン大使へ調査が依頼された。ウィルソンは2002年2月に現地へ飛んで調査、その情報が正しくないことを確認してCIAに報告している。この情報はIAEAも調べ、同じ結論に達していた。このときのIAEA事務局長はエジプト人のモハメド・エルバラダイ。2009年に日本人の天野之弥へ交代している。ネオコンが広めようとした文書は基礎的な事実関係を間違えている稚拙な代物だったが、事実に興味がなく、戦争を始めたくてうずうずしていた好戦派、つまりチェイニー副大統領、ドナルド・ラムズフェルド国防長官、ポール・ウォルフォウィッツ国防副長官たちは無視、ジョージ・W・ブッシュ大統領は2003年の一般教書演説の中で事実として宣伝した。アメリカ主導軍がイラク侵攻を始めた4カ月後、ウィルソンはニューヨーク・タイムズ紙で事実を公表するのだが、それに対し、同紙のコラムニストであるロバート・ノバクがコラムでウィルソンの妻であるバレリー・ウィルソン(通称、バベリー・プレイム)がCIAのオフィサーだということを8日後に明らかにした。イラク侵略ではイギリスのトニー・ブレア政権も重要な役割を果たしている。本ブログでは繰り返し指摘してきたが、ブレアのスポンサーはイスラエルだ。ブレア政権は2002年9月にトニー・ブレア政権が「イラク大量破壊兵器、イギリス政府の評価」というタイトルの報告書、いわゆる「9月文書」を作成した。その中でイラクは45分でそうした兵器を使用できると主張している。作成された直後に文書はリークされ、イギリスのサン紙は「破滅から45分のイギリス人」という扇情的タイトルの記事を掲載した。(つづく)
2018.03.15
ソ連消滅後、アメリカ/NATOはソ連の大統領だったミハイル・ゴルバチョフが外務大臣だったエドアルド・シェワルナゼとの約束破って東へ勢力を拡大、2014年にはウクライナでクーデターを実行した。そのときの手先がネオ・ナチ。このクーデターでキエフを押さえることには成功したが、ロシア海軍の重要な基地があるクリミアを制圧できなかった。しかもクーデター体制のウクライナは経済が破綻している。しかも、ウクライナのクーデターが原因でロシアと中国は連略的パートナーとして結びつき、東アジアで中国に対する軍事的な圧力を高める戦略もアメリカの思惑通りに進んでいるとは思えない。日本は1995年以降、ウォルフォウィッツ・ドクトリンに従う形でアメリカの戦争マシーンに組み込まれてきたが、そのドクトリンが破綻している。それを強引に復活させようとネオコンは軍事的な恫喝を使っている。が、ロシアや中国はその手の脅しに屈しない。アメリカ支配層は追い詰められている。そこで今年の大きなイベントを利用してアメリカは軍事的なギャンブルに出るのではないかと懸念する人がいる。昨年から言われていたのは2月9日から25日にかけての平昌オリンピック、3月18日のロシア大統領選挙、6月14日から7月15日にかけてのモスクワにおけるFIFAのワールド・カップを利用して何らかの行動に出るのではないかということだ。平昌オリンピックは韓国政府が朝鮮半島の軍事的な緊張を緩和するために使い、とりあえず成功したが、ロシアの大統領選挙にタイミングを合わせるかのようにしてイギリスでスクリパリの事件が引き起こされた。ワールド・カップを利用して中東、例えばシリアやイランに対する戦争をアメリカが始めるのではないかと懸念する声はある。それに対し、今年3月1日、ウラジミル・プーチン露大統領はロシア連邦議会でアメリカに先制核攻撃を諦めるように警告した。アメリカとその同盟国がロシアやその友好国に対して存亡の機を招くような攻撃を受けた場合、反撃するということだ。反撃はないと主張してきたネオコンへの警告とも言える。プーチンが示した反撃用の兵器には、原子力推進の低空で飛行するステルス・ミサイル、海底1万メートルを時速185キロメートルで航行、射程距離は1万キロに達する遠隔操作が可能な魚雷、マッハ20で飛行する大陸間ミサイルRS-26ルビエシュを含む兵器などが含まれている。レーザー兵器の存在も明らかにした。ロシアの反撃をアメリカの防空システムは阻止できず、アメリカ本土も安全ではないことを示したのである。プーチンの演説から3日後にスクリパリ父娘の事件が起こり、レックス・ティラーソン国務長官に解任が伝えられた翌日の3月10日、ジェームズ・マティス国防長官はプーチンの演説を選挙対策の誇張された話だと主張している。実戦配備は先だとも長官は記者団に語った。ロシアがマッハ10のスピードで約2000メートルを飛行できるミサイルの試射を行ったと映像付きで発表したのはその翌日だ。(つづく)
2018.03.15
イギリスのテレサ・メイ首相はロシアの外交官23名を国外へ追放、モスクワとの外交的な接触を中断し、ロシア人の資産を凍結すると発表した。ボリス・ジョンソン外相が根拠を示すことなく、ロシアのエージェントが神経ガスで元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐のセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアが攻撃したと主張した段階でクレムリンは「最後通牒」だと表現しているので、こうしたイギリス側の行動は織り込み済みなのだろう。アメリカのバラク・オバマ大統領もロシアとの関係を悪化させたがっていた。大統領の座から降りる1カ月ほど前、ロシアとの関係改善を訴えていたドナルド・トランプ次期大統領への置き土産として外交官35名を含むロシア人96名をアメリカから追放している。その当時と決定的に違う点は、ロシア政府がアメリカへの信頼を完全になくしていること。ロシア側の反応も違ってくるだろう。イギリスが自分たちの主張を裏付ける証拠を提示できないのは、勿論、証拠がないからだ。ロシアが仕掛けたとイギリスの政府や有力メディアは必死に宣伝しているが、ロシアとの軍事的な緊張を高めたがっているだけ。アメリカは何をしでかすかわからない国だと思わせれば自分たちが望む方向へ世界を導けるとリチャード・ニクソンは考え、イスラエルは狂犬のようにならなければならないと同国のモシェ・ダヤン将軍は語ったそうだが、現在のアメリカ、イギリス、イスラエルは演技しているのではないように見える。自分たちが勝ち残るため、相手を恐怖させようと必死になっているうちに状況が見えなくなっている。
2018.03.15
イギリスのボリス・ジョンソン外相は3月12日にイギリス駐在ロシア大使を呼び出した。ロシアが持ち込んだ神経ガスで元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐のセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアが攻撃されたという前提で、外相はその件に関する報告書を13日までに提出するよう要求、イギリス側が満足する報告がなければロシアによるイギリスに対する不法行為だと結論するとテレサ・メイ英首相は主張している。こうしたイギリス政府の言動を「最後通牒」だとロシア政府は表現、そうした要求をする前に根拠、証拠を明らかにするべきだと反論している。本ブログでも指摘済みだが、イギリス側の主張に説得力はない。アメリカが2003年3月にイラクを先制攻撃する前、イギリスは大量破壊兵器という嘘を広める手助けをした。それは広く知られている事実。それを知った上でアメリカ政府やイギリス政府の新たな嘘を信じる、あるいは信じる振りをする人がいるとするなら、その責任は重い。それは「騙された」ということではなく、共犯だ。1991年12月にソ連が消滅して以来、アメリカやイギリスをはじめとする西側諸国の好戦派は世界制覇の野望を達成するまであとわずかだと考え、露骨な侵略をはじめたが、その直前、国防次官だったネオコンのポール・ウォルフォウィッツはイラク、シリア、イランを殲滅すると発言している。この話は2007年にウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官が語っている。(3月、10月)1992年2月にはリチャード・チェイニー国防長官の下、ウォルフォウィッツ次官を中心にして世界制覇プランを国防総省のDPG草案として作成した。いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンだ。アメリカが経済的に成長著しい中国を次のターゲットに定め、東アジア重視を打ち出したが、それと同時に、ヨーロッパ、東アジア、中東、南西アジア、旧ソ連圏が潜在的ライバルとして挙げられている。また、ラテン・アメリカ、オセアニア、サハラ以南のアフリカもアメリカの利権があるとしていた。クラークによると、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されてから10日ほどのち、ドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺では攻撃予定国リストが作成されていた。まずイラク、ついでシリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランだ。つまり、1991年にウォルフォウィッツが口にした3カ国のほか、天然ガス開発とパレスチナ問題が絡むイスラエルの隣国であるレバノン、ドル体制から離脱してアフリカを自立させようとしていたリビア、インド洋と地中海をつなぐ紅海の出入り口にあるソマリア、資源の宝庫スーダンがターゲットになっている。リビアはNATOとアル・カイダ系武装集団が連携してムアンマル・アル・カダフィ体制を倒し、今は無法地帯。それでもアフリカを自立させる動きは止め、資源や資産もリビア国民から奪うことに成功した。アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟、イギリスとフランスのサイクス-ピコ協定コンビ、あるいはカタールといった侵略同盟国は最低限の目的を達成したと言えるだろう。ところが、リビアより1カ月遅れで始めたシリア侵略は途中、ロシアが登場して計画通りに進んでいない。送り込んだ傭兵(アル・カイダ系武装集団やダーイッシュ)はシリア政府の要請で介入してきたロシア軍に攻撃されて支配地域を大幅に縮小、アメリカが新たな手先として使い始めたクルドはトルコの反発を招く原因になり、アメリカの思惑通りには進んでいないようだ。(つづく)
2018.03.15

国務長官をレックス・ティラーソンからマイク・ポンピオCIA長官へ交代、新しいCIA長官にはCIAで非公然活動を行い、拷問にも関与してきたジーナ・ハスペルをドナルド・トランプ大統領はあてる意向のようだ。ティラーソンを外してポンピオに替えるという話は昨年(2017年)11月に伝えられていた。これはジョン・ケリー大統領首席補佐官(ジョン・ケリー元国務長官とは別人)のプランだと言われている。バニティ・フェア誌はH・R・マクマスターとケリーがまず解任されると推測していたが、そのケリーの意向が通ったとなると、トランプ大統領の力はされに低下する可能性がある。ダナ・ローラバッカー下院議員によると、昨年8月に同議員がロンドンのエクアドル大使館でWikiLeaksのジュリアン・アッサンジから聞いた電子メールに関する情報をケリーは大統領へ伝えていない。大統領へ伝えられるべき情報をケリーはブロックしてしまったのだ。このケリーはマクマスターと同じネオコン、つまりヒラリー・クリントンを担いでいた勢力に含まれているが、新国務長官のポンピオもネオコンだ。もしジャレド・クシュナーやイワンカ・トランプがホワイトハウスを離れることになると、トランプに対するベンヤミン・ネタニヤフ首相の影響力も低下、逆にジョージ・ソロスやその背後にいる巨大金融資本の存在感が強まる。ネオコンは一貫してロシアとの軍事的な緊張を高めようとしてきた。ボリス・エリツィン時代のようにロシアを自分たちの属国にするため、恫喝して屈服させようとしているのだが、今のロシアがそうした脅しに屈するとは思えない。かつてはアメリカや西ヨーロッパに対する憧れを持つロシア人が少なくなかったが、エリツィン時代に西側に対する幻想は消えた。現在、アメリカやEUの手先として動いているのは、ロシアをアメリカの属国にした方が自分たちの個人的な利益になることを理解している人びとだろう。ネオコンはロシアを敵視、庶民に反ロシア感情を植え付けるために有力メディアを使って偽情報を流し続けてきた。そのプロパガンダの柱がロシア政府による2016年の大統領選挙への介入、いわゆるロシアゲートだが、本ブログでも繰り返し書いてきたように、その嘘は明らか。すでに司法省/FBIゲートになっている。そうした中、ネオコンにとって都合が良いことに、イギリスで毒物騒動が引き起こされた。3月4日に元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐のセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアがイギリスのソールズベリーで倒れているところを発見され、神経ガス(サリン、またはVXだとされている)が原因だとされ、テレサ・メイ英首相はロシア政府が実行したかのように発言している。勿論、いつものように証拠は示していない。セルゲイはGRU時代にスペインで活動しているが、そのスペインで1995年にイギリスの情報機関MI6のエージェント、パブロ・ミラーにリクルートされ、99年に退役するまでイギリスのスパイとして活動していた。このミラーはロシアの治安機関FSBに所属していたアレキサンダー・リトビネンコともコンタクトをとっていたと言われている。イギリス政府の主張が正しく、ノビチョクという神経ガスが使われたとしても、これはソ連時代の開発されたもので、1992年の段階で存在が明らかにされた。この化学兵器を生産していた主要施設はウズベキスタンにあるのだが、1991年にウズベキスタンは独立、アメリカと結びついている。このノビチョクの毒性はVXガスの10倍だと言われているが、VXガスは1滴で人を殺すことができる。そのノビチョクが使われてスクリパリ父娘が死ななかったのは不可解だと指摘されている。リトビネンコのケースと同じように、ロシア政府が実行したというイギリスの主張は怪しい。
2018.03.14
3月4日にセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアがイギリスのソールズベリーで倒れているところを発見された。神経ガス(サリン、またはVXだとされている)が原因で、重体だと伝えられている。セルゲイはロシア軍の情報機関GRUの元大佐。スペインに赴任中の1995年にイギリスの情報機関MI6のエージェント、パブロ・ミラーにリクルートされ、99年に退役するまでイギリスのスパイとして活動した。MI6が支払った額は10万ドルだという。このミラーはロシアの治安機関FSBに所属していたアレキサンダー・リトビネンコともコンタクトをとっていたと言われている。セルゲイ・スクリパリがイギリスのスパイだと発覚、逮捕されたのは2004年12月のこと。2006年に懲役13年が言い渡されたが、2010年7月にスパイ交換で釈放され、ソールズベリーで本名を使って生活を始める。身の危険を感じていなかったということだ。妻は2012年に死亡、娘のユリアは14年にロシアへ戻っている。イギリスの政府はセルゲイがロシアで釈放されてから8年後、ロシア当局によって殺されたと示唆、有力メディアはロシアを犯人視する宣伝を始めた。ソールズベリーから13キロメートルほどの場所にあるポートン・ダウンにはイギリス政府の化学兵器テスト場があり、今でも化学兵器が製造されているという。そのソールズベリーへ移住した後、元MI6オフィサーのクリストファー・スティールに雇われたとも報道された。セルゲイがMI6にリクルートされた頃、スティールは身分を隠してロシアで活動していたとい言われ、両者はその頃から知り合いだった可能性が指摘されている。スクリパリと同様、MI6の仕事をしていたリトビネンコをMI6時代にスティールは動かしていたとも言われている。スティールはFBIの協力者でもあり、アメリカ下院の情報委員会でアダム・シッフ議員が2016年の大統領選挙にロシアが介入したとする声明を17年3月に出した際、その根拠とされた報告書を作成したことでも知られている。その報告書はフュージョンGPSという会社の依頼で作成されたもので、そのフュージョンの雇い主は事実上、DNC(民主党全国委員会)とヒラリー・クリントンだ。その声明が出される前からスティールはFBIの幹部だったブルース・オーと接触、フュージョンは同じ件でブルース・オーの妻、ネリー・オーも雇っている。ネリーはCIAの仕事をしていた人物だ。この報告書の作成にセルゲイ・スクリパリが関与していた可能性がある。アメリカやイギリスをはじめとする西側諸国はロシアを悪魔化して描くプロパガンダを展開してきたが、アメリカではロシアゲート事件が司法省/FBIゲートへ変化しつつあり、中東ではアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟を中心とする侵略計画がロシアに妨害されている。アメリカのネオコンはウクライナのクーデターでEUとロシアとの関係を断ち切ろうとしたが、思惑通りには進んでいない。ロシアからドイツへ天然ガスを運ぶためのパイプラインがバルト海に敷設され、ノード・ストリームと呼ばれているが、これと並行してノード・ストリーム2が建設されようとしている。現在、アメリカはポーランドを使い、この計画を妨害している。スクリパリ父娘の事件もこの計画を壊すために使われ始めた。セルゲイ・スクリパリだけでなく、娘のユリアが一緒に倒れていたことに注目する人もいる。セルゲイが「手土産」の情報を持ってロシアへ戻ろうとしていたのではないかと推測する人もいる。アレキサンダー・リトビネンコの場合、ロシアに住む彼の家族によると、アレキサンダーはロシアへ帰ろうとしていた。ちなみに、リトビネンコを雇っていた富豪のボリス・ベレゾフスキーもイギリスで経済的に苦しくなった後、ロシアへの帰国を目論んでいたと言われている。ベレゾフスキーは2013年3月、バークシャーの自宅で死亡した。
2018.03.13

7年間の3月11日に東京電力の福島第一原発で炉心が溶融するという大事故が引き起こされた。原子力発電所の廃炉が簡単でないことは言うまでもないが、まして壊滅的な事故を引き起こした東電の福島第一原発の処分は困難だ。1号機から3号機までの炉心が溶融したことは確定的で、溶けた燃料棒を含むデブリがどうなっているかは不明。事故当時、稼働していなかったという4号機の場合、使用済み核燃料プールに保管されていた1533本(使用済み1331本と未使用202本)の燃料棒に含まれる放射性物質は広島に落とされた原爆の約1万4000発分に相当、プールが倒壊したり水が抜けたなら現場へ近づけなくなり、福島第一原発の敷地内にある1万1000本以上の燃料棒から放射性物質が放出される事態もありえた。その場合、セシウム137放出量で比較するとアメリカの放射線防護審議会が見積もったチェルノブイリ事故の85倍以上になり、その影響は地球規模に及ぶ。福島第一原発から環境中へ放出された放射性物質の総量はチェルノブイリ原発事故の1割程度、あるいは約17%だとする話が流されたが、原発の元技術者であるアーニー・ガンダーセンによると、福島のケースでは圧力容器が破損、燃料棒を溶かすほどの高温になっていたわけで、99%の放射性物質を除去するという計算の前提は成り立たない。圧力抑制室(トーラス)の水は沸騰状態で、ほとんどの放射性物質が外へ放出されたはずだと指摘、少なくともチェルノブイリ原発事故で漏洩した量の2~5倍の放射性物質を福島第一原発は放出したと推測している。(アーニー・ガンダーセン著『福島第一原発』集英社新書)別の元エンジニアは圧力容器内の温度が急上昇しているので爆発的な勢いで溶けた固形物が気体と一緒にトーラスへ噴出したはずだと指摘、そうなると水が放射性物質を吸収するという前提は崩れる。そもそも格納容器も損傷しているので放射性物質は外へそのまま出ていっただろうとも考えられる。この事故では炉心が溶融しただけでなく、爆発があった。3月12日には1号機で爆発があり、14日には3号機も爆発している。15日には2号機で「異音」、また4号機の建屋で大きな爆発音があったとされている。12日は水素爆発だと見られているが、3号機のそれは1号機とは異質の強烈なもので、核反応(核暴走)が起こったという見方もある。こうした爆発が原因で建屋の外で燃料棒の破片が見つかったと報道されているのだが、2011年7月28日に開かれたNRCの会合で、新炉局のゲイリー・ホラハン副局長は、発見された破片が炉心にあった燃料棒のものだと推測している。さらに最近、福島第一原発の原子炉内から放出された粒子の中からウラニウムや他の放射性物質をマンチェスター大学や九州大学の科学者を含むチームが発見、燃料棒の破片が周辺に撒き散らされている可能性は高まった。要するに、福島第一原発の事故はチェルノブイリ原発の事故より遥かに深刻だった。イギリスのタイムズ紙は福島第一原発を廃炉するまでに必要な時間を200年だと推定していたが、これは楽観的な見方。数百年はかかるだろうと推測する人は少なくない。日本政府は2051年までに廃炉させるとしているが、これは非常識なおとぎ話、あるいは妄想。その間に新たな大地震、台風、あるいは戦争などによって原発が破壊されてより深刻な事態になることも考えられる。本ブログでは何度も紹介しているが、衆議院議員だった徳田毅は事故の翌月、2011年4月17日に自身の「オフィシャルブログ」(現在は削除されている)で次のように書いている:「3月12日の1度目の水素爆発の際、2km離れた双葉町まで破片や小石が飛んできたという。そしてその爆発直後、原発の周辺から病院へ逃れてきた人々の放射線量を調べたところ、十数人の人が10万cpmを超えガイガーカウンターが振り切れていたという。それは衣服や乗用車に付着した放射性物質により二次被曝するほどの高い数値だ。」言うまでもなく、徳田毅は医療法人の徳洲会を創設した徳田虎雄の息子で、医療関係者には人脈があり、これは内部情報。その徳田毅は2013年2月に国土交通大臣政務官を辞任、11月には姉など徳洲会グループ幹部6人を東京地検特捜部が公職選挙法違反事件で逮捕、徳洲会東京本部や親族のマンションなどを家宅捜索した。徳田は自民党へ離党届を提出、14年2月に議員を辞職している。また、事故当時に双葉町の町長だった井戸川克隆によると、心臓発作で死んだ多くの人を彼は知っているという。セシウムは筋肉に集まるようだが、心臓は筋肉の塊。福島には急死する人が沢山いて、その中には若い人も含まれているとも主張、東電の従業員も死んでいるとしている。ロシア科学アカデミー評議員のアレクセイ・V・ヤブロコフたちのグループがまとめた報告書『チェルノブイリ:大災害の人や環境に対する重大な影響』(日本語版)によると、1986年から2004年の期間に、事故が原因で死亡、あるいは生まれられなかった胎児は98万5000人に達する。癌や先天異常だけでなく、心臓病の急増や免疫力の低下が報告されている。このチェルノブイリ原発事故より福島第一原発の事故は深刻だという事実から目を背けてはならない。福島第一原発の事故で少なからぬ死者が出ていることは確実だが、政府や電力会社はその事実を認めていない。マスコミの社員はせいぜい裏でこそこそ話すだけ。事故直後、最も逃げ足が速かったのは電力会社をはじめとする原発で仕事をしていた人びと、そして記者たちだと言われている。政府発表やマスコミの報道は信用できないということでもある。もうひとつ原発事故で明確になったことは、政治家も官僚も企業も責任をとらない仕組みになっていること。それどころか焼け太り。そうした状況を作り出した司法の責任も重い。
2018.03.12
ドナルド・トランプ米大統領がホワイトハウスのメンバーを大幅に入れ替えると伝えられている。H・R・マクマスターを国家安全保障補佐官から外そうとする動きがあることは本ブログでも紹介済みだが、ジョン・ケリー大統領首席補佐官(ジョン・ケリー元国務長官とは別人)、ジャレド・クシュナー、イワンカ・トランプの名前も挙がっている。マクマスターはデビッド・ペトレイアス大将の子分で、ネオコン。その人脈はリチャード・チェイニー元副大統領やヒラリー・クリントン元国務長官につながる。ケリー首席補佐官もマクマスターに近い立場。ダナ・ローラバッカー下院議員によると、昨年8月に同議員がロンドンのエクアドル大使館でWikiLeaksのジュリアン・アッサンジから聞いた電子メールに関する情報をケリーは大統領へ伝えなかったという。その情報とはリークされた電子メールのソースがロシアでないことを示す決定的な情報を提供する用意があるというものだった。ジャレドの父親であるチャールズ・クシュナーの名前は今のところ出ていないようだ。実際にホワイトハウスの陣容が一新された場合、誰が引き継いで政策がどのように変化するのかは不明。大統領選挙でトランプの最大のスポンサーだったシェルドン・アデルソンの影響力に変化がなければ、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相との関係は強化される可能性が高い。この人脈と近いサウジアラビアのモハメド・ビン・サルマン皇太子の動きも気になるところ。3月4日から6日にかけてビン・サルマンはエジプトのカイロを訪問しているのだが、そこでイスラエル政府の要人と会談したと伝えられているのだ。さらに皇太子は7日から3日間イギリスを訪問、さらに19日からアメリカを訪れる予定。トランプ大統領が中東の政策を変更する動きがあるのかもしれない。
2018.03.11
DIAが穏健派の存在を否定する報告をホワイトハウスに出した2012年8月、バラク・オバマ大統領はNATO軍/アメリカ軍による直接的な軍事介入の「レッド・ライン」は生物化学兵器の使用だと宣言している。2012年12月になると国務長官だったヒラリー・クリントンがこの宣伝に加わり、自暴自棄になったシリアのバシャール・アル・アサド大統領が化学兵器を使う可能性があると主張する。翌年の1月になると、アメリカ政府はシリアでの化学兵器の使用を許可、その責任をシリア政府へ押しつけてアサド体制を転覆させるというプランが存在するとイギリスのデイリー・メール紙が報道した。そして2013年3月、ダーイッシュがラッカを制圧した頃にアレッポで化学兵器が使われ、西側はシリア政府を非難したが、この化学兵器話に対する疑問はすぐに噴出、5月には国連の調査官だったカーラ・デル・ポンテが化学兵器を使用したのは反政府軍だと語っている。この年には8月にも化学兵器が使用され、アメリカは9月上旬に攻撃すると見られていたが、地中海から発射されたミサイルが海中に墜落、軍事侵攻はなかった。その件も、シリア政府が化学兵器を使用したことを否定する報道、分析が相次いだ。コントラの麻薬取引を明るみに出したことで有名なジャーナリスト、ロバート・パリーによると、4月6日にポンペオCIA長官は分析部門の評価に基づき、致死性の毒ガスが環境中に放出された事件にバシャール・アル・アサド大統領は責任がなさそうだとトランプ大統領に説明していたと彼の情報源は語り、その情報を知った上でトランプ大統領はロシアとの核戦争を招きかねない攻撃を命令したという。6月25日には調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュもパリーと同じ話を記事にしている。化学兵器の使用にアサド政権は無関係だとするCIAの報告は無視されたということだ。アメリカが化学兵器の話を持ち出すたびに嘘だということが指摘されてきたが、それでも繰り返すのがアメリカの支配層。それを信じる人がいるとするならば、思考力がないのか信じたいという欲求がよほど強いのだろう。ところで、グータにいる戦闘集団はいくつかのグループに分かれているようだ。これは侵略の黒幕になっていた国が2015年9月30日にロシア軍がシリア政府の要請で軍事介入してからバラバラになってきた影響である。主なものはトルコやサウジアラビアを後ろ盾とするアーラー・アル-シャム、アル・カイダ系のアル・ヌスラ、カタール、サウジアラビア、トルコ、アメリカを後ろ盾にしていたFSA(自由シリア軍)。本ブログでは何度も書いてきたが、アル・カイダとは、ロビン・クック元英外相が指摘したように、CIAから軍事訓練を受けたムジャヒディンのコンピュータ・ファイルだ。これまでアメリカ軍はシリア政府軍が要衝を攻略しそうになると攻撃、2月前半にはロシア人傭兵を空爆で殺している。ロシアの正規軍を攻撃すると反撃が予想されるため、傭兵に的を絞ったようだが、その月の下旬にはロシア軍の地上部隊がシリアへ入り、グータ攻略戦に加わっているとする情報もある。グータでアメリカ軍の動きが見られないのはそうした影響かもしれない。今年3月1日、ウラジミル・プーチン露大統領がロシア連邦議会で行った演説もアメリカに対するプレッシャーになっている可能性もある。その演説でプーチン大統領は、ロシアやその友好国が存亡の機を招くような攻撃を受けた場合、ロシア軍は反撃すると宣言したのだ。原子力推進の低空で飛行するステルス・ミサイル、海底1万メートルを時速185キロメートルで航行、射程距離は1万キロに達する遠隔操作が可能な魚雷、マッハ20で飛行する大陸間ミサイルRS-26ルビエシュを含む兵器で反撃すると宣言、レーザー兵器の存在も明らかにした。ロシアの反撃をアメリカの防空システムは阻止できず、アメリカ本土も安全ではないことを示したのである。アメリカには自分たちが攻撃されることはないと思い込んでいる人がいるようで、そうした人々に目を覚まさせることもプーチンは狙ったと見られている。イラクを破壊するために大量破壊兵器という作り話を利用したように、化学兵器を利用してアメリカ、イギリス、フランス、サウジアラビア、イスラエルなどがシリアに対する本格的な軍事侵略を始めた場合、ロシア軍は地球規模の反撃に出る可能性がある。勿論、イランが攻撃された場合も同じだ。(了)
2018.03.11
イラクを先制攻撃したときは大量破壊兵器という作り話を口実にし、シリアやリビアを侵略したときはカダフィやバシャール・アル・アサドという独裁者が民主化運動を暴力的に弾圧、内戦が始まったと説明していた。そうしたストーリーを最もらしくする話を流していたのがシリア系イギリス人のダニー・デイエムやSOHR(シリア人権監視所)の情報だが、デイエムの発信する情報のいかがわしさは2012年3月1日に発覚している。この日、ダニーや彼の仲間が「シリア軍の攻撃」を演出する様子が流出したのだ。つまり彼の「現地報告」はヤラセだった。2011年3月にそうした市民の蜂起があり、多くの人々が殺されたという西側の政府や有力メディアの宣伝を否定する人もいた。例えば、2010年からシリアで活動を続けているベルギーの修道院のダニエル・マエ神父もそうした蜂起はなかったと語っている。2012年5月にホムスで住民が虐殺されるると、反政府勢力や西側の政府やメディアはシリア政府軍が実行したと宣伝、これを口実にしてNATOは軍事侵攻を企んだが、宣伝内容は事実と符合せず、すぐに嘘だとばれてしまう。その嘘を明らかにしたひとりが現地を調査した東方カトリックの修道院長だった。その修道院長の報告をローマ教皇庁の通信社が掲載したが、その中で反政府軍のサラフィ主義者や外国人傭兵が住民を殺したとしている。その修道院長は「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。」と語っている。また、現地で宗教活動を続けてきたキリスト教の聖職者、マザー・アグネス・マリアムも外国からの干渉が事態を悪化させていると批判していた。シリアにおける住民殺戮の責任を西側の有力メディアも免れないと言っているのだ。アル・カイダ系武装勢力の存在を否定できなくなると、バラク・オバマ政権は「穏健派」を支援していると主張するのだが、アメリカ軍の情報機関DIAもこれを否定する報告を2012年8月にホワイトハウスへ提出している。反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIであり、オバマ政権が主張するところの「穏健派」は事実上、存在しないというわけだ。また、オバマ政権が政策を変更しなかったならば、シリアの東部(ハサカやデリゾール)にはサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があるとも警告、それは2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)という形で現実のものになった。この報告書が書かれた当時のDIA局長がマイケル・フリン中将だ。(つづく)
2018.03.10
ダマスカスを砲撃する拠点になってきた東グータで政府軍の制圧作戦が進んでいる。アメリカ国務省のヘザー・ナウアート報道官は2月上旬にシリア政府軍が化学兵器を使用したと主張、それを口実にしてアメリカ、イギリス、フランスはダマスカスを空爆する姿勢を見せていたが、アメリカ国防省のダナ・ホワイト報道官はそうしたことを示す証拠を見たことがないと発言、ジェームズ・マティス国防長官は化学兵器を政府軍が使ったとするNGOや武装勢力の主張を裏付ける証拠は確認していないとしている。シリアの戦闘に関して西側メディアがしばしば情報源として利用するNGOはSOHR(シリア人権監視所)やシリア市民防衛(白ヘル)。SOHRはラミ・アブドゥラーマン(本名オッサマ・スレイマン)なる人物がイギリスで個人的に設置した団体で、スタッフはひとりだと見られている。その情報源は不明だが、シリアで戦争が始まった2011年にスレイマンはシリア反体制派の代表としてウィリアム・ヘイグ元英外相と会っていると報道されている。米英の情報機関と連携しているとする人もいる。白ヘルは元イギリス軍将校のジャームズ・ル・メシュリエによってイギリスで創設された団体。この人物は傭兵会社のブラックウォーター(後にXe、さらにアカデミへ名称変更)で働いた経験がある。白ヘルのメンバーを2013年から訓練しているのはイギリスの安全保障コンサルタントだというジェームズ・ル・メスリエだが、白ヘルなる団体を立案し、動かしているのはシリア・キャンペーンなる団体。この団体を立案したのは広告会社のパーパス。この会社はアバーズというキャンペーン会社からスピンオフしたのだという。そのアバーズはリビアに飛行禁止空域を設定するように主張、その主張が実現してアメリカ、イギリス、フランス、サウジアラビア、カタールなど侵略国連合は制空権を握り、NATOの航空兵力とアル・カイダ系武装集団の地上軍による連携でムアンマル・アル・カダフィ体制を倒し、事実上、国を消滅させてしまった。西側の有力メディアが伝える白ヘルの姿は演技にすぎず、現地の住民は白ヘルが彼らを助けているという話を否定、赤新月社(西側の赤十字に相当)のメンバーは白ヘルが東アレッポにいなかったと語っている。白ヘルがアル・カイダ系武装集団と一心同体の関係にあることも報告されている。2011年3月にシリアで戦争が始まった当時から政府軍と戦っているのは外国から侵入した傭兵。雇い主はアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟にイギリスとフランスのサイクス-ピコ協定コンビ、パイプラインの建設をシリアに拒否されたカタール、そしてトルコだ。シリアより1カ月早く戦争が始まっていたリビアも構図は基本的に同じで、その年の10月にムアンマル・アル・カダフィ体制が倒されると、リビアからシリアへアル・カイダ系の戦闘員が武器/兵器と一緒にシリアへ運ばれている。そうした工作の拠点になっていたのがベンガジにあったCIAの施設で、アメリカ領事館も拠点のひとつだった。工作の黒幕はCIAと国務省ということだが、当時のCIA長官はデイビッド・ペトレイアスであり、国務長官はヒラリー・クリントンだ。ネオコンは遅くとも1991年にイラク、シリア、イランを殲滅すると口にし、2001年9月11日の攻撃から10日ほど後にはリビアも攻撃予定国リストに載っていた。これはウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官が2007年に語っている。(3月、10月)(つづく)
2018.03.10
ドナルド・トランプ米大統領が5月までに朝鮮の最高指導者である金正恩と会談するという話が韓国から伝えられている。朝鮮の安全が保証されるという条件で核兵器を放棄するという意向を金正恩が示したことを受けてのことだという。勿論、これまでの出来事を振り返ると、これで朝鮮半島、そして東アジアに平和が訪れるとは言えない。アメリカやその属国である日本がそれを望んでいないからだ。例えば、金正恩の父と祖父、つまり金正日と金日成は死の直前、ウラニウム濃縮プログラムを中止することに同意していたと言われているのだが、実現していない。朝鮮内部にもそうした動きを止める要素が存在しているようにも思える。金正日が死亡した当時、韓国で暗殺説が流れていたことも気になる。その発信元は韓国の情報機関であるNIS(国家情報院)の元世勲院長。2011年12月19日に朝鮮の国営メディアが19日に伝えたところによると、金総書記は17日午前8時半、列車で移動中に車内で急性心筋梗塞を起こして死亡したというが、元院長によると、総書記が利用している列車はそのとき、平壌の竜城駅に停車中だった。金総書記の動向をNISは15日まで確認しているが、その後は行方をつかめなくなったとも元院長は発言している。22日に総書記は何らかの予定が入っていて、韓国側もそのために追跡していたという。その7年前、2004年4月に金総書記は危うく龍川(リョンチョン)の大爆発に巻き込まれるところだったと噂されている。爆発の2週間前にインターネットのイスラエル系サイトで北京訪問の際の金正日暗殺が話題になり、総書記を乗せた列車が龍川を通過した数時間後に爆発が起こったと言われている。そのタイミングから暗殺未遂の疑いがあるとされたのである。一応、貨車から漏れた硝酸アンモニウムに引火したことが原因で、事故だとされているようだが。東アジアの軍事的な緊張をアメリカと日本が望んでいるのに対し、朝鮮半島での戦争が自国へ直接影響する中国や東アジアでのビジネス展開を望んでいるロシアは緊張を緩和させようとしている。ロシアは天然ガスや石油のパイプラインを中国や朝鮮半島へ延ばし、そのまま半島を南下させようとしている。シベリア鉄道も同じように延長したいようだが、最大のネックが朝鮮。その朝鮮を説得するため、ロシア政府は2012年、朝鮮がロシアに負っている債務の90%(約100億ドル)を帳消しにし、10億ドルの投資をすると提案している。2014年にアメリカはウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを成功させた。主な目的は軍事的な圧力強化、そしてEUとロシアの分断だろう。EUとロシアを結びつけている天然ガスのパイプラインをアメリカは断ち切りたがっている。そのクーデター以降、ロシアにとって東アジアの平和は一層、重要なテーマになった。このロシアの戦略はアメリカの戦略と真っ向からぶつかる。1991年12月にソ連が消滅したことを受け、ネオコンはアメリカが唯一の超大国になったと認識、単独行動を前面に打ち出してくる。そして国防総省のDPG草案として1992年2月に世界制覇プランが作成された。当時の国防長官はリチャード・チェイニー。その下で国防次官としてDPG作成の中心にいた人物がポール・ウォルフォウィッツだ。そこでこのプランはウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。ナイ・レポート以降、日本もこのドクトリンに従ってアメリカの戦争マシーンに組み込まれてきたことを本ブログでは再三再四、指摘している。その流れの中、アメリカは1998年に金正日体制を倒し、韓国が主導する形で新しい国を作るというOPLAN 5027-98を作成した。日本はそうした事態が生じた際、アメリカ軍が日本に駐留することを認めると約束してあるという。この合意は沖縄問題にも深く関係しているはずだ。1999年になると朝鮮の国内が混乱して金体制が崩壊した場合を想定した「概念計画」のCONPLAN 5029も作成、さらに2003年には核攻撃も含むCONPLAN 8022も仕上げられている。1990年代にロシアは西側の傀儡だったボリス・エリツィン大統領とその取り巻きに支配されていた。このグループは西側支配層の手先としてによってロシアの略奪に手を貸し、その結果としてロシアの国力は弱体化、軍事力も惨憺たる状況になった。つまり、アメリカの攻撃に反撃する能力がなくなったのである。中国の軍事力もアメリカに対抗できるほどではなく、朝鮮侵略から中国制圧も不可能ではないとアメリカの好戦派は考えていただろう。2010年3月には、韓国と朝鮮で境界線の確定していない海域で韓国の哨戒艦「天安」が爆発して沈没する。米韓が合同軍事演習「フォール・イーグル」を実施している最中の出来事だった。この沈没に関して5月頃から韓国政府は朝鮮軍の攻撃で沈没したと主張し始めるのだが、CIAの元高官でジョージ・H・W・ブッシュと親しく、駐韓大使も務めたドナルド・グレッグはこの朝鮮犯行説に疑問を投げかけている。そして11月には問題の海域で軍事演習「ホグク(護国)」が実施され、アメリカの第31MEU(海兵隊遠征隊)や第7空軍が参加したと言われている。そして朝鮮軍の大延坪島砲撃につながる。その年の6月、東アジアの平和を訴えていた鳩山由紀夫が首相の座から引きずり下ろされ、替わって菅直人が首相になり、尖閣諸島(釣魚台群島)の付近で操業していた中国の漁船を海上保安庁が「日中漁業協定」を無視する形で取り締まった。それまで「棚上げ」になっていた尖閣列島の領有権問題を引っ張り出して日中関係を悪化させ、東アジアの軍事的な緊張を高めたのである。ソ連が消滅する前からネオコンはアメリカが軍事力を行使してもソ連/ロシアは出てこないという前提で物事を進めてきた。それが間違いだということは2008年のジョージア軍による南オセチア奇襲攻撃、シリアでの戦闘で明らかにされている。そして今年3月1日、ウラジミル・プーチン露大統領はロシア連邦議会でアメリカに先制核攻撃を諦めるように警告。アメリカとその同盟国がロシアやその友好国に対して存亡の機を招くような攻撃を受けた場合、原子力推進の低空で飛行するステルス・ミサイル、海底1万メートルを時速185キロメートルで航行、射程距離は1万キロに達する遠隔操作が可能な魚雷、マッハ20で飛行する大陸間ミサイルRS-26ルビエシュを含む兵器で反撃すると宣言、レーザー兵器の存在も明らかにした。ロシアの反撃をアメリカの防空システムは阻止できず、アメリカ本土も安全ではないことを示したのである。それでもロシアや中国を脅して屈服させるか、それがだめなら破壊するという戦略を放棄しない好戦派がアメリカにはいるだろうが、そのグループから離れる人も出てくるだろう。そうした中での朝鮮半島の動きだ。
2018.03.09
アメリカでH・R・マクマスターを国家安全保障補佐官から外そうとする動きがあると伝えられている。そうした動きの中心にはカジノ経営者でイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と親しいシェルドン・アデルソンがいるのだという。アデルソンは2016年の大統領選でドナルド・トランプ陣営へ多額の寄付をしていたことで知られ、チャールズ・クシュナーとジャレド・クシュナーの親子ともつながる。チャールズはかつてトランプ大統領の開発業者仲間で、ジャレドはトランプの娘が結婚した相手だ。マクマスターの前任者であるマイケル・フリン中将は元DIA局長。フリンが局長を務めていた2012年にDIAはバラク・オバマ政権のサラフィ主義者やムルリム同胞団を支援する政策を危険だと警告、そうした情報はドナルド・トランプに知らされていただろう。そのトランプは大統領選でロシアとの関係修復を訴え、アメリカの有力メディアから激しく批判されている。フリンがホワイトハウスから追われた後、トランプ大統領は好戦的な政策を打ち出すが、その背後にはマクマスターがいる。マクマスターはデビッド・ペトレイアス大将の子分として有名。ペトレイアスは中央軍司令官、ISAF司令官兼アフガニスタン駐留アメリカ軍司令官、CIA長官を歴任した軍人で、リチャード・チェイニー元副大統領やヒラリー・クリントン元国務長官に近いネオコン。この人脈には世界的な投機家として知られているジョージ・ソロスも含まれ、その背後にはロスチャイルドが存在する。(この辺の事情は以前に書いたことがあるので、今回は割愛する。)現在、ソロスはイスラエルでネタニヤフを攻撃しているとも伝えられている。ペトレイアスは1985年から87年にかけてウエスト・ポイント(陸軍士官学校)の教官を務めているが、その際にエル・サルバドルを訪問、同国で展開された「汚い戦争」に感銘を受けたようで、のちにその手法をイラクでの戦争に持ち込んでいる。イラクの特殊警察コマンドを訓練していたジェームズ・スティール退役大佐は1984年から86年にかけて軍事顧問団の一員としてエル・サルバドルで活動、アメリカ支配層にとって好ましくないと思われる人々を殺害していた「死の部隊」の黒幕グループの一員ということになる。そのエル・サルバドルでペトレイアスはスティールと出会った。スティールはポール・ウォルフォウィッツともつながり、国防長官だったドナルド・ラムズフェルドによってイラクへ送り込まれた。ラテン・アメリカで猛威を振るった死の部隊の主要メンバーはSOA(南北アメリカ訓練所)で訓練を受けている。この施設は1946年にパナマで創設され、中南米の軍人に対反乱技術、狙撃訓練、ゲリラ戦、心理戦、軍事情報活動、尋問手法などを訓練していた。そうした軍人は帰国後、軍事クーデターの中心人物になったり死の部隊を編成したりしている。しかし、1984年にSOAはパナマを追い出され、アメリカのジョージア州にあるフォート・ベニングに移動、2001年には西半球治安協力研究所(略称はWHISCまたはWHINSEC)へ名称を変更した。勿論、その体質に変化はない。
2018.03.08
ロビン・クック元英外相も指摘しているように、アル・カイダとはCIAが訓練した「ムジャヒディン」の登録リスト。その中からピックアップされた戦闘員を中心として編成されたのがアル・カイダ系武装勢力。武装勢力の実態は傭兵であり、その主力はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団が主力だ。 これは1970年代終盤、ジミー・カーター政権の国家安全保障補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキーがスンニ派系武装集団の仕組みをアフガニスタンで作り上げて以来、変化はない。ただ、シリアでの侵略戦争ではサウジアラビア/アメリカだけでなく、カタール、トルコなどいくつかの系統ができている。この仕組みがシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラに対して動き始めるとする記事が2007年3月5日付けのニューヨーカー誌に掲載された。書いたのはハーシュ。アメリカ、イスラエル、サウジアラビアがシリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラをターゲットにした秘密工作を始めたとしている。その記事の中で、ジョンズホプキンス大学高等国際関係大学院のディーンで外交問題評議会の終身メンバーでもあるバリ・ナスルの発言が引用されている。サウジアラビアは「ムスリム同胞団やサラフィ主義者と深い関係がある」としたうえで、「サウジは最悪のイスラム過激派を動員することができるだろう。一旦、その箱を開けて彼らを外へ出したなら、2度と戻すことはできない。」と警鐘を鳴らしている。2007年当時のアメリカ大統領はジョージ・W・ブッシュであり、2011年はバラク・オバマ。アメリカの戦略に変化はないということ。少なくともこの件で「チェンジ」はなかった。これも繰り返しなるが、2003年にアメリカ主導軍が侵略したイラク、そしてシリアとイランを殲滅するとネオコンのポール・ウォルフォウィッツが口にしたのは1991年、彼が国防次官のときだった。これはウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官が2007年に語っている。(3月、10月)2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されてから10日ほどのち、統合参謀本部で攻撃予定国のリストが存在することを知らされたともクラークは語っている。まずイラク、ついでシリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイラン。これはドナルド・ラムズフェルド国防長官の周辺で決められたようだ。2003年3月にイラクを侵略する前、アメリカやイギリスをはじめとする西側の政府や有力メディアは先制攻撃を正当化するために「大量破壊兵器」を宣伝していた。これが嘘だったことはアメリカやイギリスでも認められているが、同じことを政府とメディアはリビアでもシリアでもウクライナでも繰り返している。昔からメディアにはプロパガンダ機関としての側面がある。支配層にとって都合の良い話を庶民に信じさせ、操ろうということだ。支配層には優秀なストーリーテラーがいるようで、その話は庶民にとっても心地良い。「真実そのものと人が真実と思うものは違う」とトルーマン・カポーティの『叶えられた祈り』(川本三郎訳、新潮文庫、2006年)に登場する人物は語っているが、これは真実だ。ネオコンは信じたいことを信じ、事実を自分たちの妄想に合わせようとする傾向が強いが、勿論、ネオコン以外でもそうした方向へ流されがちにはなる。そこで根拠や証拠、他の出来事との整合性などが重要になってくるわけだが、そうしたことを無視する人が増えているようだ。日本が降服して間もなく、映画監督の伊丹万作はこんなことを書いている:戦争が本格化すると「日本人全体が夢中になって互に騙したり騙されたりしていた」。「このことは、戦争中の末端行政の現れ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオの馬鹿々々しさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といったような民間の組織がいかに熱心に且つ自発的に騙す側に協力していたかを思い出してみれば直ぐに判ることである。」(伊丹万作『戦争責任者の問題』映画春秋、1946年8月)本当は騙されていないという気もする。騙された振りをしているということだ。言動の基本は「長い物には巻かれよ」、「勝てば官軍、負ければ賊軍」。少なくとも短期的にはそれが個人的な利益につながる。それは間違いない。日本のマスコミで働く人々は「オーソライズ」という言葉をよく口にしていた(そうした類いの人々との接触が少なくなったので今は不明)。権力システムに認められた「権威」を絡めることで支配層に恭順の意を表するのだと理解している。日本の支配層はアメリカ支配層の傀儡にすぎないわけで、アメリカ支配層にとって都合の悪い情報はマスコミからも拒否される。その拒否を正当化するためにアメリカ支配層が用意した呪文が「謀略論」。支配層が明らかにされることを嫌う戦略や戦術に触れるとその呪文が唱えられるのだ。シリアでの侵略戦争でも西側の政府や有力メディアはそうした類いの呪文を必死に唱えている。(了)
2018.03.07
本ブログでは繰り返し書いてきたが、「アル・カイダ」は戦闘集団でなくデータベース。1997年5月から2001年6月までイギリスの外務大臣を務めた故ロビン・クックが2005年7月に指摘したように、アル・カイダはCIAが訓練した「ムジャヒディン」のコンピュータ・ファイルにすぎない。アル・カイダはアラビア語でベースを意味するが、「データベース」の訳語としても使われる。ちなみに、この指摘をした翌月、クックは保養先のスコットランドで心臓発作に襲われ、59歳で死亡した。リビアでカダフィが惨殺された後、戦闘員が武器/兵器と一緒にシリアへ運ばれたことは西側のメディアも報道していた。2012年からシリアの戦闘が激しくなると見通していた人は少なくない。そうした輸送作戦の拠点はベンガジにあるCIAの施設で、アメリカ領事館も重要な役割を果たしていた。その領事館が2012年9月11日に襲撃され、その際にクリストファー・スティーブンス大使も殺されている。領事館が襲撃される前日、大使は武器輸送の責任者だったCIAの人間と会談、襲撃の当日には武器を輸送する海運会社の人間と会っていたとジャーナリストのシーモア・ハーシュは書いている。シリアで政府軍と戦う武装集団にアル・カイダ系武装集団の含まれていることが否定できなくなると、バラク・オバマ政権は「穏健派」を支援している言い始めるが、アメリカ軍の情報機関DIAはこの主張を否定していた。DIAが2012年8月にホワイトハウスへ提出した報告には、反シリア政府軍の主力をサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQIだとしている。オバマ政権が主張するところの「穏健派」は事実上、存在しないというわけだ。オバマ政権が方針を変更しないと東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があるとも警告されている。これは2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)という形で現実になった。ダーイッシュのような武装集団が勢力を拡大することをDIAは予測、オバマ大統領に警告している。その警告を知った上でオバマ政権は「穏健派」の支援を続けたのだ。そして2014年1月にダーイッシュはファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にモスルを制圧している。その際にトヨタ製の真新しい小型トラックのハイラックスを連ねた「パレード」を行い、その様子を撮影した写真が配信されたことも有名になった。パレードを含め、ダーイッシュの行動をアメリカの軍や情報機関はスパイ衛星、偵察機、通信傍受、人から情報を把握していたはずだが、静観していた。2012年の報告が出された当時のDIA局長はマイケル・フリン中将。こうした展開を受け、オバマ政権の中でフリンDIA局長はダーイッシュ派のグループと対立する。そして2014年8月に局長を辞めさせられた。退役後、この問題をアル・ジャジーラの番組で問われたフリン中将は、ダーイッシュの勢力が拡大したのはオバマ政権が決めた政策によると語っている。(つづく)
2018.03.06
シリア政府軍は2月25日から東ゴータの武装集団に対する攻撃を開始している。東ゴータから武装集団はダマスカスを砲撃、そのターゲットにはロシア大使館も含まれていた。そうした行為をいつまでも放置することはないとウラジミル・プーチン露大統領は警告していたが、東ゴータ攻撃でシリア政府軍にロシア軍が同行しているという情報もある。それが事実なら、アメリカ軍も手を出しにくい。アメリカの支援を受けて東ゴータを制圧していた武装集団の大半はサラフィ主義者で、住民を人質にする形で抵抗を続けていた。その過程で脱出を試みる住民を攻撃するということもあったと伝えられている。相変わらずアメリカをはじめとする西側の政府や有力メディアはシリアの戦闘を「内戦」であるかのように表現しているが、これは2011年3月に戦闘が始まってから間もない段階から嘘だと指摘されてきた。そうした指摘の中にはローマ教皇庁の司祭やアメリカのDIA(国防情報局)も含まれている。例えば、2012年5月にシリア北部ホムスで住民が虐殺された際、西側の政府やメディアは政府軍が実行したと宣伝していたが、現地を調査した東方カトリックのフランス人司教はその話を否定する。虐殺を実行したのは政府軍と戦っているサラフィ主義者や外国人傭兵だと報告しているのだ。その内容はローマ教皇庁の通信社で伝えられている。その中で司教は「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。」とも書いている。西側の有力メディアにも住民虐殺の責任があるということだ。また、2010年からシリアで活動を続けているベルギーの修道院のダニエル・マエ神父も住民による反政府の蜂起はなかったと語っている。西側の政府や有力メディアの宣伝とは違って市民の蜂起などはなく、したがって政府による弾圧もなかったということだ。現地で宗教活動を続けてきたキリスト教の聖職者、マザー・アグネス・マリアムも外国からの干渉が事態を悪化させていると批判していた。リビアのムアンマル・アル・カダフィ体制が2011年10月に倒された直後、反カダフィ勢力の拠点だったベンガジでは裁判所の建物にアル・カイダの旗が掲げられていた。その様子はYouTubeにアップロードされ、その事実をデイリー・メイル紙も伝えている。リビアはNATO軍とアル・カイダ系武装集団の共同作戦によって倒されたのだ。(つづく)
2018.03.06
ウクライナはネオ・ナチの影響下にあるクーデター政権と東部ドンバス(ドネツク、ルガンスク、ドネプロペトロフスク)の反クーデター勢力の対立が続く中、ソ連時代の射撃場でアメリカやカナダの教官がウクライナの兵士を訓練しているとスイスのル・トン紙が伝えている。とりあえず休戦状態だが、イスラエルやアメリカを後ろ盾とするミハイル・サーカシビリ元ジョージア大統領が暗躍するなど不穏な空気は漂い、NATOは相変わらずロシアに対する軍事的な挑発を継続中だ。1990年に東西ドイツが統一される際、アメリカのジェームズ・ベイカー国務長官はソ連のエドゥアルド・シュワルナゼ外務大臣に対し、統一後もドイツはNATOにとどまるが、東へNATOを拡大することはないと約束したことが記録に残っている。この約束を信じたミハイル・ゴルバチョフ大統領はドイツ統一で譲歩したのだが、約束は守られなかった。アメリカ政府の約束を本能にゴルバチョフとシェワルナゼが信じたとするならば、救いがたい愚か者だ。NATOは1949年4月に創設された軍事同盟で、最初の加盟国はアメリカとカナダの北米2カ国に加え、イギリス、フランス、イタリア、ポルトガル、デンマーク、ノルウェー、アイスランド、ベルギー、オランダ、そしてルクセンブルクの欧州10カ国である。ソ連に対抗することが目的だとされたが、その当時のソ連には西ヨーロッパに攻め込む余裕があったとは思えない。何しろ、ドイツ軍との死闘でソ連の国民は2000万人以上が殺され、工業地帯の3分の2を含む全国土の3分の1が破壊され、惨憺たる状態だったのである。軍にも西ヨーロッパへ侵攻する余力は残されていなかった。それに対し、アメリカやイギリスはドイツが降伏する前からソ連との戦争を始めている。いや、ドイツ軍が1941年6月に東へ向かった進撃を始めた際にアドルフ・ヒトラーはドイツ軍首脳の意見を無視して310万人を投入、西部戦線に残ったドイツ軍は90万人にすぎなかったことから、ヒトラーはイギリス軍が攻めてこないことを知っていたのではないかと推測する人もいる。アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領が急死した翌月、ドイツが降伏した直後にイギリスのウィンストン・チャーチル首相はJPS(合同作戦本部)に対してソ連へ軍事侵攻するための作戦を立案するように命令、「アンシンカブル作戦」が作成された。7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団がソ連を奇襲攻撃、「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。この作戦が実行されなかったのは、参謀本部が5月31日拒否したからである。イギリスがソ連を攻撃しようとした理由をイデオロギーに求めることはできない。遅くとも1904年の段階でロシアを制圧しようという戦略があったのだ。その年、地政学の父と呼ばれているハルフォード・マッキンダーが発表した戦略は、ロシア(ハートランド)を制圧すればイギリスが世界の覇者になるというもの。イギリスがなぜ長州と薩摩のクーデターを支援し、日本の軍事力強化に協力したかを理解するためにはイギリスの戦略を知る必要がある。アメリカ人、例えばズビグネフ・ブレジンスキーもこの戦略に基づき、自身の戦略を作り上げている。ネオコンも同じだ。ロシアを再独立させたウラジミル・プーチンはアメリカとの核戦争を避けるために外交や経済政策を駆使してきたが、アメリカ支配層の実態を知る人々は危ないと警告していた。ロシアが優位になったところで話し合いを始めても、アメリカ支配層は時間稼ぎに使うだけだとも指摘されていた。実際、その通りになっている。フォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載された論文の中でキール・リーバーとダリル・プレスはロシアと中国の長距離核兵器をアメリカの先制第1撃で破壊できると主張している。核戦争になってもアメリカは生き残れると考えているわけだが、これはアメリカ支配層の基本的な考え方だろう。日本の「リベラル派」にも似たことを言う人がいる。ポール・ウォルフォウィッツは湾岸戦争の後、1991年にアメリカが軍事力を行使してもソ連は出てこないと口にしていた。ソ連消滅後に残ったロシアも同じだと考えただろう。その判断は2008年にジョージア軍が南オセチアを奇襲攻撃した際に間違いだということが判明、シリアでもロシア軍は軍事介入し、その戦闘能力の高さを見せている。プーチン政権はアメリカをはじめとする西側に警告してきたのだが、アメリカの好戦派は軍事的な圧力を高めるという反応を示した。核戦争で脅せばロシアは屈服するだろうということだが、それに対する回答を3月1日にロシア連邦議会でプーチン大統領は示した。アメリカとその同盟国がロシアやその友好国に対して存亡の機を招くような攻撃を受けた場合、原子力推進の低空で飛行するステルス・ミサイル、海底1万メートルを時速185キロメートルで航行、射程距離は1万キロに達する遠隔操作が可能な魚雷、マッハ20で飛行する大陸間ミサイルRS-26ルビエシュを含む兵器で反撃すると宣言したのだ。アメリカ本土も安全ではないことを示した。しかし、アメリカやイギリスの好戦派は戦略を変更する意思を見せていない。ル・トン紙の報道が事実で、それがドンバスへの攻撃準備だとするならば、ロシア軍から反撃があると考えなければならない。
2018.03.05
東京電力の福島第一原発で炉心が溶融するという大事故が発生したのは2011年3月11日のことだった。それから7年が経過しようとしている。1号機から3号機までは炉心が溶融し、12日には1号機で爆発があり、14日には3号機も爆発している。前者は水素爆発だと見られているが、3号機のそれは1号機とは異質の強烈なもので、核反応(核暴走)が起こったという見方もある。15日には2号機で「異音」、また4号機の建屋で大きな爆発音があったとされ、4号機は稼働していなかったことになっているものの、使用済み核燃料プールの中には1500本を超す燃料棒が入っていて、この原発全体では1万本を超していたとされている。このプールが倒壊した場合、放出される放射性物質で近くの福島第2原発や女川原発へも影響が及ぶ可能性があった。東電は2号機の下に少なくとも1平方メートルの穴があり、そこで毎時530シーベルト(53万ミリシーベルト)を記録したと発表している。チェルノブイリ原発で記録された最大の数値は300シーベルトだと言われ、それを大きく上回るわけだ。ちなみに、7~8シーベルトで大半の人が死亡すると言われ、勿論、人間が近づける状況ではない。1号機と3号機の状態は2号機より悪いはずで、溶融した燃料棒を含むデブリが地中へ潜り込み、それを地下水が冷却、高濃度汚染水が太平洋へ流れ出ていると考えるべきだろう。こうした爆発が原因で建屋の外で燃料棒の破片が見つかったと報道されているが、2011年7月28日に開かれたNRCの会合で、新炉局のゲイリー・ホラハン副局長は、発見された破片が炉心にあった燃料棒のものだと推測している。NRCが会議を行った直後、8月1日に東京電力は1、2号機建屋西側の排気筒下部にある配管の付近で1万ミリシーベルト以上(つまり実際の数値は不明)の放射線量を計測したと発表、2日には1号機建屋2階の空調機室で5000ミリシーベル以上を計測したことを明らかにしている。この排気筒を通って燃料棒の破片が飛び散ったという日本側のメッセージだったのかもしれない。衆議院議員だった徳田毅は事故の翌月、4月17日付けの「オフィシャルブログ」(現在は削除されている)で次のように書いている:「3月12日の1度目の水素爆発の際、2km離れた双葉町まで破片や小石が飛んできたという。そしてその爆発直後、原発の周辺から病院へ逃れてきた人々の放射線量を調べたところ、十数人の人が10万cpmを超えガイガーカウンターが振り切れていたという。それは衣服や乗用車に付着した放射性物質により二次被曝するほどの高い数値だ。」言うまでもなく、徳田毅は医療法人の徳洲会を創設した徳田虎雄の息子で、医療関係差には人脈があり、これは内部情報。これだけ被曝して人体に影響がないはずはない。政府も東電、おそらくマスコミもこうした情報を持っていたはず。その徳田毅は2013年2月に国土交通大臣政務官を辞任、11月には姉など徳洲会グループ幹部6人を東京地検特捜部が公職選挙法違反事件で逮捕、徳洲会東京本部や親族のマンションなどを家宅捜索した。徳田は自民党へ離党届を提出、14年2月に議員を辞職している。この出来事と福島第一原発の被害状況に触れたブログとの間に関係があるかどうかは不明だ。また、事故当時に双葉町の町長だった井戸川克隆によると、心臓発作で死んだ多くの人を彼は知っているという。セシウムは筋肉に集まるようだが、心臓は筋肉の塊。福島には急死する人が沢山いて、その中には若い人も含まれているとも主張、東電の従業員も死んでいるとしている。ロシア科学アカデミー評議員のアレクセイ・V・ヤブロコフたちのグループがまとめた報告書『チェルノブイリ:大災害の人や環境に対する重大な影響』(日本語版)によると、1986年から2004年の期間に、事故が原因で死亡、あるいは生まれられなかった胎児は98万5000人に達する。癌や先天異常だけでなく、心臓病の急増や免疫力の低下が報告されている。このチェルノブイリ原発事故より福島第一原発の事故は深刻だという事実から目を背けてはならない。2011年の事故は奇跡的な幸運が重なっている。事故直後の風が太平洋に向かっていたこと、定期点検中の4号機で炉内の大型構造物の取り替え工事でミスがあって使用済み核燃料プールの水がなくならなずにすんだこと、福島第二、女川、東海第二は紙一重のところで冷却不能、メルトダウンを何とか避けることができたことなどだ。
2018.03.04
ロシアの連邦議会でウラジミル・プーチン大統領が行った演説が話題になっている。後半部分でアメリカとその同盟国による攻撃的な姿勢を指摘、それに反撃する態勢ができていることを説明しているのだ。以前からロシア政府はアメリカが配備しているミサイル防衛の攻撃的な性格を強調していたが、その新たな発射場としてルーマニア、ポーランド、韓国とともに日本を挙げている。反撃用の兵器として原子力推進の低空で飛行するステルス・ミサイル、海底1万メートルを時速185キロメートルで航行、射程距離は1万キロに達する遠隔操作が可能な魚雷、マッハ20で飛行する大陸間ミサイルRS-26ルビエシュなどを示している。開発途中のステルス戦闘機Su-57を見せたのもアメリカの好戦派に対する警告の意味があるかもしれない。アメリカは戦争を政治の延長とは考えていない。敵を殲滅するだけだ。先住民を虐殺し、そこに居着いたヨーロッパ人が作った国がアメリカだということを思い起こせば、そういう発想をすることが理解できるだろう。1957年の初頭、アメリカ軍はソ連への核攻撃を想定したドロップショット作戦を作成していた。300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊する予定になっていたという。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授(経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイスの息子)によると、1961年7月、大統領に就任して半年のケネディ大統領に対して軍や情報機関の幹部は先制核攻撃計画について説明し、63年の後半にはソ連を核攻撃するというスケジュールになっていたという。その頃になれば、先制攻撃に必要なICBMを準備でき、ソ連は間に合わないと信じていたからである。ソ連が1991年12月に消滅すると、アメリカの好戦派は自分たちが唯一の超大国、つまり世界の覇者になったと考えた。ライバルなき世界で心ゆくまで侵略しようと考える。そして作成されたのがウォルフォウィッツ・ドクトリンだった。21世紀になるとウラジミル・プーチンがロシアを再独立させるが、それでも国力は回復していないと考えていたようで、例えば、CFR/外交問題評議会が発行しているフォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載されたキール・リーバーとダリル・プレスの論文はアメリカ軍の先制第1撃でロシアと中国の長距離核兵器を破壊できるようになる日は近いと主張している。アメリカはロシアと中国との核戦争で一方的に勝てると見通しているのだ。自分たちが相手を軍事的に圧倒していると信じるアメリカの支配層は核戦争を仕掛けようとする。地上から生物を消滅させることになりかねないような戦争を回避しようと思えば、反撃能力を示しておく必要があるわけだ。ただ、アメリカ中央軍やNATOは関東軍化しているようで、どこまで警告が通用するかはわからない。
2018.03.03
ロシア国防省は3月1日、ステルス戦闘機のSu-57をレーダー・システムと電子戦に関するテストをするためにシリアへ持ち込んだことを認めたが、2日間でロシアへ引き揚げたとしている。まだシリア領内にあるとする主張もあるが、すでにシリアから姿を消した可能性が高いようだ。
2018.03.03
ロシアの安全保障会議によると、シリアの北部にアメリカ軍は20カ所に軍事基地を建設したという。これまで14カ所、そのうち12カ所は北部、2カ所は南部だとされていた。新たに基地を建設したのか、前からあったのかは不明だが、いずれにしろシリア政府が承認したわけでない。シリアを含め、中東でアメリカは侵略、破壊、殺戮、略奪。ヨーロッパでロシアとの国境沿いにミサイルを配備、日本や韓国でも同じことをしている。本ブログでは何度も書いているように、アメリカの好戦派に属すネオコンは1991年の段階でイラク、シリア、イランを殲滅するつもりだった。2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されてから10日ほどのち、ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官はペンタゴンで攻撃予定を知らされたという。まずイラク、ついでシリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランだ。(3月、10月)アメリカ軍はすでにシリア政府軍だけでなくロシア軍も攻撃している。例えば昨年(2017年)9月17日にデリゾールでアメリカ主導の連合軍がF-16戦闘機2機とA-10対地攻撃機2機でシリア政府軍を攻撃、80名以上の政府軍兵士を殺した。9月20日にはイドリブの州都に入ってパトロールしていたロシア軍憲兵29名の部隊をアル・カイダ系のアル・ヌスラが戦車なども使って攻撃、包囲するという出来事があった。その作戦はアメリカの情報機関/特殊部隊が指揮していたと言われている。戦闘は数時間続き、その間にロシア軍の特殊部隊スペツナズが救援に駆けつけ、Su-25も空爆、反政府軍の部隊は全滅、その戦闘員約850名が死亡したと伝えられている。9月24日にはロシア軍事顧問団を率いるバレリー・アサポフ中将とふたりの大佐がダーイッシュの砲撃で死亡しているが、中将らがいる正確な場所がアメリカ側から伝えられていた可能性が高い。それに対し、10月31日には地中海にいるロシア軍の潜水艦から発射されたミサイルがデリゾールにあったダーイッシュの拠点を攻撃、破壊したという。今年1月6日には地中海に面した場所にあるロシア軍のフメイミム空軍基地とタルトゥースにある海軍施設へ13機の無人機(ドローン)が攻撃のために接近、そのうち7機はロシア軍の短距離防空システムのパーンツィリ-S1で撃墜され、残りの6機は電子戦兵器で無力化されている。13機のドローンは100キロメートルほど離れた場所から飛び立ち、GPSと気圧計を利用して事前にプログラムされた攻撃目標までのコースを自力で飛行、しかもジャミングされないような仕組みになっていた。背後に高度の技術を持つ国が存在していることを強く示唆している。攻撃の際、目標になったフメイミム空軍基地とタルトゥースの海軍施設の中間地点をアメリカの哨戒機P-8A ポセイドンが飛行していたこともあり、この攻撃はアメリカ軍、あるいはCIAによるものだと見られている。そして2月3日にロシア軍機Su-25が撃墜された。2月7日にはアメリカ中央軍が主導する部隊がデリゾール近くの油田地帯でシリア政府側の戦闘集団を空爆して死者数十名、そのうちロシア国籍の傭兵が5名程度だと見られている。アメリが側は「反撃」だとしているが、状況から見て親シリア政府勢力からの攻撃はなかったようだ。アメリカ側はロシア軍に属さないロシア人傭兵を、おそらく意図的に殺した。そうした中、2月25日にロシア軍の地上部隊が東ゴータへシリア政府軍と一緒に入ったとも伝えられている。東ゴータからダマスカスのロシア大使館へ向かって砲撃が毎日ある。攻撃しているのはアメリカを後ろ盾とする武装勢力のようだ。ロシアのウラジミル・プーチン大統領はその攻撃について、いつまでも許すことはないと語っている。東ゴータへ入ったロシア軍が何らかの軍事作戦を展開するかもしれない。ロシアの正規軍が入ったとなると、アメリカ軍は手を出しにくい。もし攻撃すれば米露の軍事衝突に発展する可能性があるからだ。軍事衝突した場合、アメリカは勝てそうもない。シリアに建設されたアメリカ軍の基地はロシアのミサイルにとって格好のターゲットだろう。すでにシリアでは少なくとも4機のステルス戦闘機Su-57が目撃されている。アメリカ側が実戦配備はまだ先だと考えていた戦闘機だ。また防空システムの強化が進み、中長距離用のS-300やS-400だけでなく、短距離用のパーンツィリ-S1を配備している。それ以外にも相当量の武器/兵器をロシアはシリアへ運んでいるようだ。プーチン大統領はロシアやその友好国が存亡の機を招くような攻撃を受けた場合、マッハ20で飛行する大陸間ミサイルRS-26ルビエシュ等で反撃すると警告している。このミサイルもアメリカは実戦配備をかなり先だと推測していた。理由はわからないが、プーチン大統領はかなり怒っている。以前にもロシアは海底1万メートルを時速185キロメートルで航行、射程距離は1万キロに達する遠隔操作が可能な魚雷の存在をリークして警告したことがある。2015年10月5日にはカスピ海の艦船から26基のカリブル巡航ミサイルを発射、全てのミサイルを約1500キロメートル離れた場所にあるターゲットに2.5メートル以内の誤差で命中させ、アメリカを驚かせたりもした。ロシアでは今年3月18日に大統領選挙があり、6月14日から7月15日にかけてはサッカーのワールドカップが開催される。追い詰められているアメリカはこのタイミングで何かを仕掛けてくる可能性があると懸念されている。中東は風雲急を告げる動きがある。そうした中、サウジアラビアのモハメド・ビン・サルマン皇太子が3月19日から22日までアメリカを訪問する。予想外の展開があり、それについて協議するつもりなのかもしれない。サウジアラビアがイランを攻撃した場合、ロシアはサウジアラビアを壊滅させる可能性がある。シリアやイランに対する攻撃はロシア侵略の一環だとみているのだろう。本ブログもそう考えている。
2018.03.02
フロリダ州のマジョリティー・ストーンマン・ダグラス高校の銃撃事件の公式発表に疑問点があることを指摘する人が少なくない。そのひとりがInfowarsというサイトを主宰しているアレックス・ジョーンズ。そのInfowarsがYouTubeに持っている「アレックス・ジョーンズ・チャンネル」には220万人の会員がいるのだが、そこにアップロードされたある映像をYoutubeは削除、アカウントを終了させる可能性があると脅している。Infowarsの天敵のようになっているCNNはアレックス・ジョーンズに「陰謀論者」というタグをつけているが、この表現はジョン・F・ケネディ大統領が暗殺された後、ウォーレン委員会の結論、つまりリー・ハーベイ・オズワルドの個人的な犯行だという主張に事実を持って反論した人々に対して使われたのが最初だと言われている。委員会の結論を支持する人々は事実で勝負せず、タグで異論を抹殺しようとしたのだ。委員会のメンバーのうち委員長のアール・ウォーレン判事とジェラルド・フォード下院議員(後の大統領)はFBIのJ・エドガー・フーバー長官に近く、アレン・ダレス元CIA長官はケネディ大統領からCIA長官の職を解かれた人物。ジョン・マックロイ元世界銀行総裁はダレスと同じウォール街の弁護士としての顔を持ち、第2次世界大戦後には高等弁務官としてナチスの幹部を保護していた。ヘイル・ボッグス下院議員はCIAと関係の深い人物だった。そのほかジョン・クーバー上院議員が含まれている。このうちマックロイ、ダレス、フォードはオズワルドの単独犯行説を最後まで支持していた。当初は単独犯行説だったボッグス議員は途中で見方を変えたのだが、その後アラスカで飛行中に行方不明だ。以前なら有力メディアを支配することで情報の大半をコントロールできたが、インターネットの時代になって難しくなった。勿論、支配層は圧倒的な資金力があるので発信力も圧倒的に大きいが、個人や少人数のグループでも発信することは可能だ。そこから情報の支配システムが崩れ始めていた。ここにきてインターネット上の情報を統制する仕組みを強化しつつある。アメリカの支配層はすでにロシア系のメディアへの圧力を強めている。例えばRTアメリカは「外国のエージェント」として登録、同社の金融に関する情報を開示するように求められている。1938年に成立した外国エージェント登録法に基づくのだが、似た状況下にあるカタールのアル・ジャジーラ、フランスのフランス24、イギリスのBBC、ドイツのドイチェ・ベレ、あるいは日本のNHKに対してはそうしたことが要求されていない。RTやスプートニクといったロシアのメディアがターゲットになった理由はアメリカ人に信頼されてきたことにあるだろう。アメリカでは1970年代から言論統制が強化された。議会で支配層の暴力装置である情報機関の秘密工作の一端が明らかにされ、ダメージを受けたことが大きいだろう。ウォーターゲート事件を調査してリチャード・ニクソン大統領の犯罪を明るみに出したのはワシントン・ポスト紙のカール・バーンスタインとボブ・ウッドワード。このうちウッドワードは直前まで海軍の情報将校だった人物で、行ったことは情報源の「ディープスロート」を連れてきたくらい。実際の取材はバーンスタインが行ったと言われている。そのバーンスタインはリチャード・ニクソン大統領が辞任した3年後の1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、その直後に「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書き、CIAがいかにメディアを支配、コントロールしているかを詳しく書いている。勿論、そうした記事をワシントン・ポスト紙で書くことは不可能だった。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977)
2018.03.01
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