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イスラエルの戦闘機1機とミサイル4機をダマスカスの近くでシリア軍の防空システムが撃墜したと伝えられている。イスラエル軍はその報道を否定した。 今年(2018年)9月17日にシリアでロシア軍の電子情報支援機IL20が撃墜されたが、その責任はイスラエル軍にあるとしてロシア政府はS-300をシリア政府軍へ引き渡している。今回の報道が事実なら、この防空システムが使われた可能性があるだろう。 S-300が配備されてからイスラエルはシリアへの攻撃を止めていたが、その一方でイスラエルとアメリカは軍事使節団をウクライナに派遣、S-300への対抗策を訓練しているとも推測されていた。 ギリシャへ供給されたS-300をアメリカ軍は入手、その弱点を研究したと言われているが、このシステムとシリアへ提供されたものとバージョンが違う。 アメリカやイスラエルはどこかの時点でシリアの防空システムをテストするために攻撃すると見られていたので、今回の撃墜が事実だとしても不思議ではないのだが、F-35は使っていないだろう。 F-35は欠陥戦闘機と言われているが、それが実践で確認されたとなると販売上、大きな問題が生じる。カネを支払うことが目的のような日本は別として、実際の戦闘を考えている国は買いたがらなくなるだろうからだ。
2018.11.30
2009年1月に大統領はバラク・オバマへ交代になるが、そのオバマは10年8月にPSD-11を出し、ムスリム同胞団を主力とする体制転覆プロジェクトを始める。それが2011年春に顕在化したわけだ。リビアのムアンマル・アル・カダフィ体制が2011年10月に倒れると傭兵や武器/兵器はシリアへ運ばれた。翌年に入ってシリアでの戦闘が激化したのはそのためだが、デイエムの嘘はばれてしまった。 そこで現れてきたのがSCD(シリア市民防衛)、いわゆる「白いヘルメット」だ。この団体は2014年10月に創設されたことになっているが、前年のはじめにはジャームズ・ル・メシュリエが訓練を始めている。この人物はイギリス軍の元将校で、傭兵会社のブラックウォーター(後にXe、さらにアカデミへ名称変更)で働いた経験がある。 西側では「善玉」として描かれるSCDだが、その実態はアル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)の医療部隊。SCDとジハード傭兵のメンバーは重なっている。 こうした個人や団体だけでなく、イギリスのトニー・ブレア政権もアメリカ支配層の侵略戦争を実現するため、偽情報を発信してきた。その一例が2002年9月にイギリス政府から発表された「イラク大量破壊兵器、イギリス政府の評価」、いわゆる「9月文書」だ。作成された文書はすぐにリークされ、イギリスのサン紙は「破滅から45分のイギリス人」という扇情的タイトルの記事を掲載した。 アメリカのコリン・パウエル国務長官も絶賛していたが、これはある大学院生の論文を無断引用したもの。内容もイラクの脅威を正当化するために改竄されていたことが後にわかる。 この文書が作成される半年前にパウエルが書いたメモの存在が判明している。その中で、ブレア首相がパウエルに対してイギリスはアメリカの軍事行動に加わると書かれている。つまり開戦の1年前にでブレアは開戦に同意していた。ブッシュ政権は当初、2002年春に攻撃を始める予定で、その攻撃にイギリス軍も参加すると言うことだ。 しかし、アメリカの統合参謀本部の内部では反対が強く、開戦は延期された。当初からイラクは2001年9月11日の攻撃に無関係で、大量破壊兵器を保有していないことをアメリカ軍はCIAと同様、熟知していたはず。イラクに対する戦争攻撃には「大義」がないということだ。しかもネオコンの立てた計画は無謀で、戦争の泥沼化は不可避だと判断されていた。 そうした反対の結果、半年から1年ほど開戦が遅れた可能性が高い。そしてブレア政権の報告書は発表された。開戦を正当化するために作成されたと考えるべきだろう。 そして2003年3月にアメリカやイギリスはイラクを先制攻撃するが、BBCのアンドリュー・ギリガンは5月にラジオ番組に登場、「9月文書」は粉飾されていると語る。サンデー・オン・メール紙では、アラステアー・キャンベル首席補佐官が情報機関の反対を押し切って「45分話」を挿入したと主張した。 ギリガンがこの話を語って間もなく、彼の情報源が国防省で生物兵器を担当しているデイビッド・ケリーだということがリークされる。実際、2003年5月にギリガンとケリーはロンドンのホテルで会っていた。 そのためケリーは7月15日に外務特別委員会へ呼び出されるのだが、その2日後に死亡する。公式発表では「自殺」ということになっているが、疑問は多く、今でも他殺説は消えていない。 その後、「9月文書」が正しくないことはイギリスの外務大臣だったジャック・ストローが認めているが、その嘘を伝えたBBCでは粛清があり、執行役員会会長とBBC会長が辞任、ギリガンもBBCを離れた。政府に屈服したBBCはそれ以降、単なるプロパガンダ機関になる。 アメリカの有力メディアは外部の個人や組織が流した情報を伝える傾向が強まっているように感じられる。支配層の好戦派にとって都合の良い話、つまり嘘を伝える役割を負っている彼らだが、その責任を回避するため、こうした手法を採用しているのかもしれない。(了)
2018.11.30
イギリスのガーディアン紙が伝えたポール・マクフォートとジュリアン・アッサンジが何度か会ったとする記事は信憑性が薄く、同紙の信頼度をさらに低めることになっているが、アメリカの有力メディアはその報道を伝えるという形で宣伝を展開している。 そうした報道/プロパガンダで作り上げたイメージを使い、アメリカ支配層はアッサンジを逮捕させ、アメリカで刑務所へ入れてしまおうと考えているのかもしれない。 西側の有力メディアは偽情報を伝える際、一種の濾過システムを利用してきた。例えばシリアでの戦争では当初、シリア系イギリス人のダニー・デイエムやSOHR(シリア人権監視所)を情報源として使った。間違っていても責任はデイエムやSOHRという構図だ。 実際、デイエムの発信する情報が信頼できないことが2012年3月に発覚する。この人物を中心とするグループが「シリア政府軍の攻撃」を演出する様子が流出してしまったのだ。つまり「ヤラセ」が発覚した。 アメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、トルコ、カタールといった国々がシリアやリビアに対する侵略戦争を始めたのは2011年春だが、その何年も前から順部は始まっていた。 中東で侵略戦争を本格化させたのはジョージ・W・ブッシュ政権。2003年3月のイラクに対する先制攻撃が始まりだ。そのときに倒されたサダム・フセイン体制はスンニ派。戦争を主導したネオコンは親イスラエル体制を築く予定だったのだろうが、実際はイラクの多数派であるシーア派が実権を握り、イランと結びつく。 そこで、2007年初めにブッシュ政権は中東政策の方針を大きく変更しているという。調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、シリア、イラン、そしてレバノンのヒズボラを最大の敵だと定め、スンニ派の過激派と手を組むことにしたのだ。 スンニ派の過激派とはサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とするジハード傭兵で、その中にはフセイン体制の将兵も含まれていると言われている。(つづく)
2018.11.29

イギリスのガーディアン紙はドナルド・トランプ陣営の選対本部長だったポール・マクフォートと内部告発支援グループであるウィキリークスのジュリアン・アッサンジがロンドンのエクアドル大使館で3回会ったとする記事を11月27日に掲載したが、その直後に主張をトーンダウンさせた。匿名の情報源はそう言っているが、編集部は確認していないという曖昧な表現に変更したのだ。最初の記事が出たすぐ後、マクフォートもウィキリークスも報道を全面否定していた。 記事が出た日、マクフォートがFBIに嘘を話したとする話がFBIから出た。今年(2018年)9月にマクフォートは特別検察官のロバート・マラーと司法取引したが、マラーが期待した話を得られなかったようだ。 司法取引が冤罪を生み出す仕組みだということは公然の秘密。支配層が何らかの事情でターゲットを収監したいと考えた場合に使われる。 本ブログでも繰り返し書いてきたように、「ロシアゲート」はヒラリー・クリントンを担いでいたアメリカの支配層やイギリスの情報機関によるでっち上げ。2016年のアメリカ大統領選挙にロシア政府が介入したという主張だが、そうした疑惑の存在を裏付ける事実は示されてこなかった。 アメリカの電子情報機関NSAで最高の分析官のひとりと言われ、同機関の不正を内部告発したことでも知られているウィリアム・ビニーによると、この疑惑が事実ならNSAから通信の傍受記録を取り寄せるだけで決着が付く。NSAは全ての通信を傍受、記録しているからだ。 ビニーを含む専門家が指摘しているように、技術的な分析からクリントンの電子メールはハッキングではなく内部からのリークだった可能性が高いことがわかっている。 調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュによると、電子メールをウィキリークスへ渡したのはDNC(民主党全国委員会)のスタッフだったセス・リッチであり、その漏洩した電子メールをロシア政府がハッキングしたとする偽情報を流たのは2013年3月から17年1月までCIA長官を務めたジョン・ブレナンだという。 ブレナンが長官に就任した2013年の夏、NSAの監視システムに関する内部告発を行ったエドワード・スノーデンから受け取ったデータの入ったパソコンをガーディアン紙の編集部は当局の命令に応じて破壊している。 勿論、ガーディアン紙は反体制でも左翼でもなかったが、この一件を境にして単なるプロパガンダ機関になったと見る人は少なくない。実際、中東情勢に関しても偽情報を流し続けてきた。 そうしたガーディアン紙の編集部もすぐ軌道修正しなければならないようないい加減な話に基づく記事を載せる新聞もあるようだが。
2018.11.29
台湾の統一地方選挙の投票が11月24日にあり、蔡英文総統率いる与党の民主進歩党(民進党)は首長ポストを選挙前の13から6へ減らして大敗、蔡英文は敗北の責任をとって党主席を辞任した。野党の国民党は6から15へ増やしている。 民進党は中国からの台湾独立を志向している。そのひとつの結果としてアメリカとの関係を強めた。中国とのビジネスで経済を発展させていた台湾だが、民進党の政策はそうした関係を崩した。アメリカとのビジネスが盛んになれば良かったのだろうが、それができなかった。同じような問題を日本も抱えている。 アメリカ支配層は台湾独立を公然とは支持していないが、ジョージ・W・ブッシュ大統領は中国が台湾を武力攻撃したならアメリカが軍事介入すると発言、バラク・オバマ大統領は台湾のICAO(国際民間航空機関)加盟を支持、兵器を供給を宣言、ドナルド・トランプ政権は台湾との政治的なつながりを強めている。 アメリカの支配層から見ると、自分たちに接近する民進党は中国に揺さぶりをかける便利な道具。現在、アメリカは中国の一帯一路を破壊するため、「陸のシルクロード」はジハード傭兵などを投入して戦乱を拡大させ、「海のシルクロード」ではその出発点になる東シナ海や南シナ海で軍事的な緊張を高めている。安倍晋三政権の沖縄政策もそうした観点から見る必要がある。アングロ・サクソンにとって、台湾は日本に並ぶ大陸支配の拠点だ。 台湾で独立運動を行っているひとりに吾爾開希と名乗る人物がいる。1980年代に中国で学生運動を指導していたが、抗議活動が沈静化した後にイエローバード作戦(黄雀行動)と呼ばれる逃走ルートを使い、香港とフランスを経由してアメリカへ逃れた。このルートを運営していたのはアメリカのCIAとイギリスのSIS(通称MI6)だ。吾爾開希はハーバード大学で学び、それから台湾へ渡った。アメリカやイギリスの支配層は水面下で台湾独立を煽っているということだ。 第2次世界大戦後、中国に国民党体制を築くというアメリカのビジョンは実現できず、両国の関係は冷却する。その関係を改善させたのがリチャード・ニクソン大統領だった。 ニクソンが中国を訪問してから両国の関係は友好的になりのだが、その一方で中国に「劇薬」をもたらした。中国は新自由主義を導入したのだ。 当然のことながら富が一部の特権グループに集中、貧富の差が拡大して社会は不安定化、そこで中国政府はそうした政策を軌道修正しようとする。それに対抗する形で始まったのが「民主化」運動。 学生が支持、鄧小平を後ろ盾とする趙紫陽は1984年にホワイトハウスでロナルド・レーガン大統領と会談、88年には「経済改革」を実施するのだが、その政策でインフレが深刻化する。 趙紫陽とつながっていた胡耀邦は1987年1月に失脚、2年後に死亡する。その死を切っ掛けにして天安門広場で大規模な抗議活動が始まり、5月に戒厳令が敷かれ、「天安門事件」につながる。 西側では軍隊が天安門前の広場で学生らに発砲して数百名が殺されたとされたと宣伝されているが、広場での虐殺を否定する証言がある。 例えば、当日に天安門広場での抗議活動を取材していたワシントン・ポスト紙のジェイ・マシューズは問題になった日に広場で誰も死んでいないとしている。広場に派遣された治安部隊は学生が平和的に引き上げることを許していたというのだ。(Jay Mathews, “The Myth of Tiananmen And the Price of a Passive Press,” Columbia Journalism Reviews, June 4, 2010) 北京のアメリカ大使館が出した1989年7月12日付けの通信文によると、チリの2等書記官カルロス・ギャロとその妻は広場へ入った兵士が手にしていたのは棍棒だけで、群集への一斉射撃はなかったと話している。(WikiLeaks, “LATIN AMERICAN DIPLOMAT EYEWITNESS ACCOUNT O JUNE 3-4 EVENTS ON TIANANMEN SQUARE”) イギリスのデイリー・テレグラム紙によると、BBCの北京特派員だったジェームズ・マイルズは2009年に天安門広場で虐殺はなかったと認めている。軍隊が広場へ入ったときに抗議活動の参加者はまだいたが、治安部隊と学生側が話し合った後、広場から立ち去ることが許されたという。(The Daily Telegraph, 4 June 2011) 北京ホテルから広場の真ん中で兵士が学生を撃つのを見たと主張するBBCの記者もいたが、記者がいた場所から広場の中心部は見えないことも判明している。(Jay Mathews, “The Myth of Tiananmen And the Price of a Passive Press,” Columbia Journalism Reviews, June 4, 2010) 天安門広場で装甲兵員輸送車の銃撃によって1万人以上の市民が殺されたとするアラン・ドナルド中国駐在イギリス大使の話も伝えられているが、その話は「信頼できる情報源」から得た情報であり、目撃したわけではない。 虐殺情報の発信源は学生の指導者だが、そのひとりが吾爾開希。虐殺があったとされる時刻に彼らは広場にいなかった。ドナルドたちも学生指導者と緊密な関係にあり、そうした学生が彼らの情報源だった可能性が高い。つまり、信頼度は低いということだ。 1989年4月に中国駐在アメリカ大使はウィンストン・ロードからジェームズ・リリーに交代したが、このリリーは1946年にエール大学へ入学、51年にCIA入りしたと言われている。同じ頃にエール大学で学び、そこでCIAにリクルートされたひとりがジョージ・H・W・ブッシュ。このブッシュとリリーは親しい関係にあり、両者とも中国との関係が深い。 ブッシュは中国駐在特命全権公使(連絡事務所長)を務めた後、1976年から77年にかけてCIA長官を務め、81年1月から89年1月まで副大統領、そして89年1月にはアメリカ大統領に就任した。 ちなみに、リリーの前任大使であるロードは大使を辞めた数カ月後、CIAの資金を流す役割を負っているNEDの会長に就任した。ロードはブッシュやリリーと同じようにエール大学を卒業している。 この3人はエール大学に秘密結社スカル・アンド・ボーンズのメンバーだったと言われているが、この結社を創設したウィリアム・ラッセルは中国でアヘンを売って儲けた人物だ。
2018.11.28
イギリスのテレグラフ紙によると、今年(2018年)6月からイギリス陸軍の参謀総長を務めているマーク・カールトン-スミスはロシアについて、アル・カイダやISISよりイギリスにとってはるかに脅威だと発言したという。実際のターゲットは何かということは別にして、アメリカやイギリスは「アル・カイダ」や「ISIS」が危険だとして戦争を始めている。イギリス軍はロシアと戦争をするという意味だと理解されてもしかたがない。実際、イギリス軍はウクライナ軍を訓練している。 アル・カイダはCIAの訓練を受けたムジャヒディンの登録リストだと指摘したのは、1997年から2001年にかけてイギリスの外務大臣を務めたロビン・クック。その歴史は1970年代終盤にズビグネフ・ブレジンスキーがアフガニスタンで始めた秘密工作から始まる。アフガニスタンへソ連軍を誘い込み、そこで「ベトナム戦争」を味わわせるという作戦だった。 CIAはムジャヒディンを軍事訓練し、TOW対戦車ミサイルや携帯型のスティンガー対空ミサイルを含む兵器を供給した。戦費を稼ぐ手段として麻薬取引もさせている。この秘密工作にはパキスタン、サウジアラビア、王政時代のイランが協力、イスラエルも関係していた。そうした仕組みの中からISIS(ダーイッシュ、イスラム国、IS、ISILとも表記)は生まれる。 アフガニスタンからソ連軍が撤退した後、1994年にCIAはパキスタンの情報機関ISIの協力を得て「タリバーン」を組織した。この組織がアメリカ支配層の傀儡になるはずだったのだが、まもなく自立してしまう。パイプラインの敷設をアメリカでなくアルゼンチンの会社に認めたのだ。ちなみに、ダーイッシュの早い段階やパキスタンの情報機関はISIだが、イギリスの対外情報機関はSIS。イスラエルの情報機関はSISにイスラエルのイニシャル「I」を付け、ダーイッシュと同じようにISISと表記できる。 そのタリバーン政権を攻撃する口実にされる事件が引き起こされたのは1998年8月のこと。ケニアとタンザニアのアメリカ大使館が爆破されたのだ。アメリカ政府はオサマ・ビン・ラディンの命令で実行されたと断定、アメリカ軍はアフガニスタンとスーダンを巡航ミサイルで攻撃している。 ジョージ・W・ブッシュ政権は2003年3月にイラクを先制攻撃しているが、そうした侵略戦争の切っ掛けを作ったのは2001年9月11日の世界貿易センターと国防総省本部庁舎への攻撃。アメリカ政府は詳しい調査をしないまま「アル・カイダ」が実行したと断定、アル・カイダ系武装集団と対立関係にあったイラクを攻撃したのだ。この攻撃にイギリスは協力している。 2011年春にアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、トルコ、カタールといった国々はリビアとシリアに対する軍事攻撃をはじめるが、そのときに地上軍として使われたのがアル・カイダ系武装集団だ。 イギリス支配層にとってアル・カイダ系武装集団やダーイッシュは手先。それに対し、ロシアは昔から侵略の対象だ。徳川時代の末期から日本はそうしたイギリスの戦略に巻き込まれている。 カールトン-スミスと同じように、駐米イスラエル大使だったマイケル・オーレンは2013年9月、シリアのアサド体制よりアル・カイダの方がましだと語っている。またイスラエル国防相だったモシェ・ヤーロン国防相は2016年1月19日、INSS(国家安全保障研究所)で開かれた会議でイランとISIS(ダーイッシュ、IS、ISILとも表記)ならばISISを私は選ぶと発言した。実際、イスラエルとダーイッシュが連携している。 2001年9月11日から17年、中東から北アフリカにかけての地域は戦争で破壊され、イラクだけでも100万人程度の市民が殺されている。そうした戦乱を引き起こす引き金として使われたニューヨークの世界貿易センターやバージニア州アーリントンのペンタゴンに対する攻撃。その実行者だとされているのが「アル・カイダ」である。 その事実を踏まえ、マイケル・オーレン、モシェ・ヤーロン、そしてマーク・カールトン-スミスたちの発言を考えるべきだ。こうした発言が問題にならない事実が恐ろしい。
2018.11.27
ウクライナ軍のガンボート(砲艦)2隻とタグボート1隻が11月25日にロシアが領海と定めているケルチ海峡へ無断で侵入、ロシアの警備艇に拿捕されたという。その際、銃撃もあったようだ。その前日にウクライナ軍はウクライナ東部、ドネツクにある中立地帯の一部を占領しているので、3隻の行動はロシアに対する挑発だと見て良いだろう。 ウクライナでは来年3月に大統領選挙が予定されているが、現職は厳しい戦いになると見られている。ロシアはウクライナを迂回して天然ガスを輸送するパイプラインの建設を進め、アメリカ支配層にとって戦略的な価値が低下、エネルギー価格の暴騰で抗議行動も活発化している。今回の一件で戒厳令を敷くつもりだとも言われているが、追い詰められていることに変わりはない。選挙後、ナチズムがさらに強くなる可能性もある。 軍事的な挑発をしているキエフ政権は2014年2月22日、ネオ・ナチを主力とするクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ大統領を排除して成立した。その黒幕はアメリカのバラク・オバマ政権にいたネオコンだ。 ネオ・ナチは2月18日頃からチェーン、ナイフ、棍棒を片手に石や火炎瓶を投げ、ブルドーザーを持ち出し、ピストルやライフルも撃ち始める。広場では無差別の狙撃もあり、多くの死者が出た。 本ブログでも繰り返し書いてきたように、西側の支援を受けたクーデター側が狙撃した可能性が高いことは2月25日にキエフ入りしたエストニアのウルマス・パエト外相もその翌日、キャサリン・アシュトンEU外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)へ電話で報告している。 イタリアではこの報告を裏付けるドキュメントが放送されている。(その1、その2)その中で自分たちが狙撃したする3人のジョージア人が登場、警官隊と抗議活動参加者、双方を手当たり次第に撃つよう命じられたとしている。 この3人を含め、広場の狙撃はアンドレイ・パルビーなる人物が指揮したと語る人が少なくない。この人物はウクライナ社会ナショナル党(後のスボボダ)とウクライナ愛国者党、ふたつのネオ・ナチ系政党を創設、クーデター後には国家安全保障国防会議(国防省や軍を統括する)の議長に就任、2014年8月までその職にあった。2016年4月からは国会の議長を務め、今年(2018年)6月にはフランスとアメリカを訪問、親イスラエルで有名なアメリカ議会から歓待されている。 ここにきてウクライナの軍事力増強に力を入れているのはイギリス。2015年には軍事訓練のプログラムをスタートさせた。イギリス軍から派遣された教官は9500名のウクライナ軍兵士を訓練している。 現在、アメリカの民主党、CIA、司法省/FBIはロシアとの関係を悪化させる口実として「ロシアゲート」を使っているが、これがでっち上げであることは本ブログでも繰り返し書いてきた。 そのでっち上げの始まりはクリストファー・スティールなるSIS(通称MI6)の元オフィサーが作成した報告。その情報に基づいて下院情報委員会でアダム・シッフ議員は大統領選挙にロシアが介入したとする声明を2017年3月に出している。 スティールに調査を依頼したのはフュージョンなる会社で、そのフュージョンを雇ったマーク・エリアス弁護士はヒラリー・クリントン陣営や民主党全国委員会の法律顧問を務めていた。 フュージョンを創設したひとりであるグレン・シンプソンによると、同社は2016年秋にネリー・オーなる人物にドナルド・トランプの調査と分析を依頼しているが、その夫であるブルース・オーは司法省の幹部。このオーとシンプソンは2016年11月に会っている。その直後にブルースは司法省のポストを失い、フュージョンはスティールに調査を依頼することになった。 ロシアゲートはドナルド・トランプを攻撃するためにも使われている。イギリスのテレグラフ紙によると、トランプを失脚させる目的でSISが本来なら出さない「機密情報」を流したというが、その情報の信頼度が低いことは本ブログでも指摘してきた。SISはトランプを引きずり下ろすため、偽情報を流したと言うべきだ。 イギリスは中東でも暗躍しているが、ウクライナでも活発に動いている。遅くとも20世紀の初頭にイギリスはロシア制圧を戦略の中心に位置づけているが、それが続いているのかもしれない。
2018.11.27
シリアのバシャール・アル・アサド政権の打倒を目指して戦闘を続けてきたサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とするジハード傭兵は壊滅寸前の状態で、内部抗争も伝えられている。 イラクの政府系武装集団のハシュド・アル・シャービによると、アメリカ軍はダーイッシュを率いてきたと言われているアブ・バクル・アル・バグダディを助けるため、ライバルの武装集団のリーダーをドローンで殺害しているという。 それだけでなく、シリアから流れてくる情報によると、アル・カイダ系武装集団やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)の幹部をアメリカ軍はヘリコプターで救出しているようだ。 そのハシュド・アル・シャービはシリアに残っているダーイッシュを攻撃する準備を進めているようだが、アメリカの情報機関はイラクにあるハシュド・アル・シャービの基地に関する情報を収集中で、ダーイッシュを支援するために攻撃を準備しているのではないかとも言われている。 アル・バグダディはムスリム同胞団の出身だと言われ、アメリカの軍や情報機関と連携している可能性は高い。バラク・オバマ大統領が2010年8月に出したPSD-11はイスラム世界で政権転覆工作を実行するためにムスリム同胞団を使うとしている。 アル・バグダディはイスラエルのスパイだという噂もあるが真偽は不明。ただ、シリアで戦うジハード傭兵がゴラン高原でイスラエルと連携していることは本ブログでも何度か書いた通りだ。 エルサレム・ポスト紙によると、2013年3月から16年5月までイスラエルの国防大臣を務めたモシェ・ヤーロンは在任期間中、シリアの反政府軍と会っている。アル・カイダ系武装集団にしろ、ダーイッシュにしろ、イスラエルを攻撃することはない。 ジハード傭兵を使った侵略を行ってきたのはアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの3国同盟、イギリスとフランスのサイクス・ピコ協定コンビ。当初はトルコやカタールもシリア侵略に加担していた。 しかし、2015年9月末、アメリカのバラク・オバマ政権が閣僚を好戦的な布陣に変更した直後、シリア政府の要請でロシア軍が介入したことで戦況は一変、アメリカなどが送り込んだジハード傭兵の支配地域は急速に縮小、今ではアサド政権の打倒は無理だという認識が広がっている。そうした状況を受け、シリア政府との関係を修復する動きが現れてきた。 こうした動きはアメリカの支配層にとって好ましくない。アメリカ軍はシリア領内でジハード傭兵に対する訓練を続けているようで、再び戦火を広げようとしているのかもしれない。そうした中、反政府軍はアレッポで塩素を使用、ロシア軍はその部隊を空爆したと伝えられている。
2018.11.26
このブログは皆様のカンパ/寄付に支えられています。年の瀬が近づく中、こうしたお願いをするのは心苦しいのですが、よろしくお願い申し上げます。 このブログを始めた最大の理由は、有力メディアが事実を伝えなくなっていることにあります。そうしたメディアはフェイクニュースの発信源、プロパガンダのための機関になってしまったのです。 アメリカの支配層は第2次世界大戦が終わって間もない頃、モッキンバードと呼ばれる情報操作プロジェクトをスタートさせました。そのプロジェクトを動かしていたのはアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズというCIAの幹部、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムです。 ダレスとウィズナーはウォール街の弁護士、ヘルムズの母方の祖父は国際決済銀行の初代頭取、グラハムの義理の父は世界銀行の初代総裁。CIAはウォール街の機関だとも言えるでしょう。軍需産業、軍隊、情報機関の上には巨大金融機関が存在しているのです。 情報操作は事実の隠蔽と偽情報の流布、つまり秘密保護と宣伝がセットになっています。支配層が知られたくない情報を明らかにする内部告発を支配層が厳しく取り締まるのはそのためです。 内部告発を支援するために作られたウィキリークスが激しく攻撃され、その創設者であるジュリアン・アッサンジをアメリカの司法当局が起訴した理由も支配層の秘密を守ることが目的です。 ウィキリークスが行ってきたことは支配層が隠していた情報を外部に伝えることであり、報道以外の何ものでもありません。その報道をアメリカ支配層は犯罪だとみなしているわけです。 2016年のアメリカ大統領選挙でヒラリー・クリントンを担いでいた勢力の不正行為をウィキリークスは暴露しましたが、この件に絡み、支配勢力の一部は司法当局や有力メディアを使ってロシアゲートなる話をでっち上げました。アメリカをはじめとする西側の有力メディアは言論弾圧に加担しています。 有力メディアはジャマル・カショーギの事件を大きく取り上げていますが、この人物をサウジアラビアの反体制的なジャーナリストだと説明することは正しくないでしょう。 ジャマルはロッキード事件やイラン・コントラ事件でも登場したアドナン・カショーギの甥に当たり、ウェールズ公妃ダイアナの恋人だったドディ・ファイードは従兄弟だという事実は良いとして、問題は情報機関との関係。20代から情報活動の世界へ入っているのです。 その当時からジャマルを使っていたタルキ・ファイサル・アル・サウドは2001年9月1日、つまり9/11の10日前までGIP(サウジアラビアの情報機関)の長官を務めていました。GIPはCIAと緊密な関係にあり、ジャマルもアドナンもCIAにつながります。 1970年代の終盤にズビグネフ・ブレジンスキーがアフガニスタンで始めた秘密工作にタルキも協力していました。アフガニスタンへソ連軍を誘い込み、そこでジハード傭兵と戦わせるという工作でした。 そうした傭兵を集める仕事をしていたひとりがオサマ・ビン・ラディンにほかなりません。ジャマルがビン・ラディンと親しいのはそのためです。ジャマル・カショーギの肩書きはジャーナリストかもしれませんが、その実態は情報機関のエージェントであり、テロリストと深く結びついているのです。そのジャマル・カショーギの話を言論弾圧であるとして有力メディアは取り上げますが、ジュリアン・アッサンジに対する弾圧を彼らはほとんど問題にしていません。 ジャーナリストのむのたけじは1991年に開かれた「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」が主催する講演会の冒頭、「ジャーナリズムはとうにくたばった」と発言したそうです。(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年) そうした状況ですが、死に物狂いで事実を伝えたいと考えています。「櫻井ジャーナル」に存在価値があるとお考えでしたら、調査を続け、ブログを維持するために支援をお願い申し上げます。櫻井 春彦振込先巣鴨信用金庫店番号:002(大塚支店)預金種目:普通口座番号:0002105口座名:櫻井春彦
2018.11.25
ロシアからトルコへ天然ガスを輸送するタークストリームが今年(2018年)11月に完成、同月19日にトルコのイスタンブールでセレモニーが行われた。アゾフ海の入り口に近くから黒海を横断、トラキアのトルコ領へつながっている。 輸送開始は来年12月からで、天然ガスはトルコで消費されるほか、ヨーロッパの南部や東南部の国々が市場として想定されている。 前に計画されていたサウス・ストリームはアメリカ政府の圧力でブルガリア政府が建設許可を出さずに挫折しているので、ブルガリアを回避してヨーロッパへ運ぼうとするなら、ギリシャを通り、マケドニア、セルビア、ハンガリー、オーストリアを結ぶルートが考えられる。ただ、ブルガリアはサウス・ストリームを拒否した後、翻意している。 ウクライナを経由せずにロシアからEUへエネルギー資源を運ぶルートには、ロシアのビボルグからバルト海を南下してドイツのグライフスバルトへつながっているノード・ストリームがある。このパイプラインの成功を受けて計画されたのがノード・ストリーム2。 ドイツは新パイプラインの建設に積極的だが、EUに対する支配力の低下を恐れるアメリカ支配層は必死に妨害している。そうした圧力を受けてデンマークはサウス・ストリーム2の建設に反対、ロシア、ドイツ、フィンランド、スウェーデンはデンマークを迂回するルートを検討しているという。 かつて、ロシアからEUへエネルギー資源を運ぶ主要ルートはウクライナを経由していた。アメリカのバラク・オバマ政権は2014年2月、ウクライナのビクトル・ヤヌコビッチ政権をクーデターで倒すことに成功した。そのクーデターを実行するために使われたのがステファン・バンデラを信奉するネオ・ナチだ。 ヤヌコビッチの地盤だったウクライナの東部や南部では住民がクーデターに反発、ロシアへ助けを求めた。素早く動いたクリミアはロシアと一体化、東部のドンバス(ドネツクやルガンスク)はキエフのクーデター政権が送り込んだ部隊との戦闘が続いている。 アメリカ支配層は天然ガスがロシアからEUへ運ばれないようにウクライナでクーデターを実行、ノード・ストリームの建設を妨害しているのだが、アメリカの手先になったウクライナではロシアから供給された天然ガスや石油に対する代金を支払わず、その一方でアメリカから高額の天然ガスや石炭を購入している。その結果として代金は庶民の支払い能力を超えてしまい、国内は混乱しはじめた。 そうした混乱の中、アメリカをはじめとする西側の支援を受けたナチズムの信奉者が勢力を伸ばしつつあるのがウクライナ。アメリカを中心とするファシズム体制とロシアや中国を中心とする多極的な体制の対立は今後、激しくなりそうだ。
2018.11.24
サハリン沖で油田が発見されたという。ロシアは中国との貿易を拡大、すでにヨーロッパを上回るビジネス相手になり、シベリアでもロシアは天然ガスや石油を輸送するパイプラインを建設している。新たな油田が開発された場合、その販売相手としても中国のほか韓国が想定されているだろう。 言うまでもなく、エネルギー資源の輸入先としてロシアは中東より優位にある。輸送コストや戦乱のリスクが低いからだ。アメリカ支配層の命令に従ってロシアとの関係を拡大しない場合、日本は経済的に置いてきぼりを食うことになる。20世紀の前半とは違い、侵略戦争で利権や資産を奪うことは容易でない。 日本の大企業はロシアや中国との関係修復を望んでいるだろうが、アメリカ支配層の手先になることで自分の地位と収入を保証されている官僚や政治家、その周辺の学者やマスコミ関係者は違うだろう。日本の支配システムが抱える矛盾は大きくなりつつある。 そうした中、安倍晋三首相がロシアや中国を訪れているが、これは経済界に対するポーズだろう。安倍首相によると、「1956年(日ソ)共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させることでプーチン大統領と合意した」のだというが、安倍本人はアメリカ支配層に逆らってまで締結する気はないだろう。 平和条約を締結する上で最大の問題は日本側が主張する「北方領土」。歯舞群島、色丹島、国後島、択捉島は日本領だと主張、「返還」を要求している。この要求をソ連/ロシアは拒否してきた。 第2次世界大戦後、日本が一貫して「返還」を要求してきたわけではない。鳩山一郎政権は1956年10月に日ソ共同宣言に署名しているが、その際、歯舞島と色丹島を日本領にするというソ連案を受け入れている。 そもそも、日本が受け入れたポツダム宣言はカイロ宣言の履行を求め、日本の主権は本州、北海道、九州、四国、そして連合国側が定める小さな島々に限られるとしている。 その小島は1946年1月に出された「連合軍最高司令部訓令」で示されているが、竹島、千島列島、歯舞群島、色丹島は日本の領土から除かれている。 また、カイロ宣言には、日本が清国(中国)人から奪った全ての地域を中華民国(中国)へ返還すると明記されている。18世紀に作られた中国や日本の地図では尖閣諸島を中国の支配下にあるとしていることなどを根拠に、この宣言でこの島々は中国領だというのが中国の主張だ。 歯舞島と色丹島を日本へ渡すというソ連側の案は決して悪くなかったのだが、アメリカのドワイト・アイゼンハワー政権は日本とソ連の接近を許さない。国務長官だったジョン・フォスター・ダレスは重光外相に対し、2島返還でソ連と合意したらアメリカは沖縄を自国領にすると恫喝したという。日本が「4島返還」を主張するようになるのは、それ以降である。 日本がアメリカの属国である以上、ロシアが引き渡した島にアメリカ軍の基地が作られる可能性は高い。日本政府に最終的な決定権がない以上、アメリカ支配層の意向が重要になるが、そのアメリカ支配層は約束を守らない。ドナルド・トランプ云々の話ではないのだ。 例えば、1990年に実現した東西ドイツの統一のケース。ソ連のミハイル・ゴルバチョフは側近だったKGB幹部のアドバイスに従って東西ドイツの統一を認めたのだが、その際にアメリカのジェームズ・ベイカー国務長官はソ連のエドゥアルド・シェワルナゼ外務大臣に対し、統一後もドイツはNATOにとどまるものの、東へNATOを拡大することはないと約束したとされている。 ベイカー自身はこの約束を否定していたが、ドイツのシュピーゲル誌によると、アメリカはロシアに約束したとロシア駐在アメリカ大使だったジャック・マトロックが語っている。(“NATO’s Eastward Expansion,” Spiegel, November 26, 2009) また、ドイツの外務大臣だったハンス-ディートリヒ・ゲンシャーは1990年2月にシェワルナゼと会った際、「NATOは東へ拡大しない」と確約し、シェワルナゼはゲンシャーの話を全て信じると応じたという。(“NATO’s Eastward Expansion,” Spiegel, November 26, 2009) 言うまでもなく、この約束は守られなかった。1999年3月にユーゴスラビアを先制攻撃してからNATOは東へ拡大、ロシアとの国境へ迫っていく。2014年2月にはウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを成功させ、NATO軍はロシアとの国境近くにいミサイルを配備して先制核攻撃の準備を整えつつある。 ウラジミル・プーチン大統領を始め、現在のロシア政府がアメリカによる保証を信じるとは思えない。まして日本政府の約束など何の意味もない。
2018.11.23
日産自動車の会長だったカルロス・ゴーンと代表取締役のグレッグ・ケリーが東京地検特捜部に逮捕されたのは11月19日のことだった。実際の報酬額よりも減額した金額を有価証券報告書に記載したことが理由だという。 この人物が強欲であることを否定しないが、程度の差こそあれ、新自由主義が蔓延した世界では珍しくない。かつて、日本企業の経営者は会社を公然と私物化していた。そうした行為は会社全体に広がり、「社用族」という用語も生み出された。会社のカネで高級住宅地に自宅を建てた経営者もいた。今の経営者が清廉潔白ということはないだろう。オフショア市場が地球上に張り巡らされている現在、カネを隠す手段は格段に整備されている。 伝えられるところによると、今回の逮捕には会社の日本人重役とゴーンやケリーとの対立があり、「司法取引」で日本人重役から検察へ情報が提供されたようだ。情報を提供した側は自分たちの違法行為は許される。 ルノー側は日産との経営統合、あるいは合併を目論み、それに対して日本人重役が反発していると今年(2018年)の春先には報道されていた。ゴーンは今年1月、フランスの下院における公聴会で日産の統合強化に前向きととれるような発言もしていたようだ。 また、ゴーンにはアメリカから睨まえる要素もあった。彼は2014年4月、ロシアでの自動車販売を推進する姿勢を見せていたのだ。その2カ月前、ロシアの隣国であるウクライナでネオ・ナチによるクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ大統領が排除されていたが、ロシアへの関心は失っていない。ネオ・ナチを動かしていたのはバラク・オバマ政権だ。 ゴーンだけでなく、EUの自動車会社はロシアとの関係を強めようとしていた。2015年9月4日からフォルクスワーゲンはアメリカからの圧力をはねのけ、ロシアでエンジンの生産を始めている。 アメリカのEPA(環境保護局)がフォルクスワーゲンが販売している自動車の一部が排ガス規制を不正に回避するためのソフトウエアを搭載していたと発表したのは、その2週間後のことだ。 ルノーと日産の経営一体化を進めるようにゴーンへ求めていたのはルノーの筆頭株主であるフランス政府だという。政府を率いているエマニュエル・マクロン大統領は今年に入り、EU独自の軍事組織を創設するべきだと発言、ドイツのアンゲラ・メルケル首相はその案を支持している。 1991年にもフランスのフランソワ・ミッテラン大統領とドイツのヘルムート・コール首相は米英からの自立を目指して「ユーロ軍」の実現を訴えたが、この時はアメリカ政府に潰されている。 本ブログでも何度か説明したと思うが、NATOはアメリカとイギリスの支配層がヨーロッパを支配するために創設した組織であり、その内部にはテロ活動を行う秘密部隊も設置されている。EU独自の軍隊を持つと言うことはアメリカ離れを意味するわけで、アメリカやイギリスの支配層は潰しにかかるはずだ。 アメリカのジョージ・W・ブッシュ政権が2003年にイラクを先制攻撃した際、フランスやドイツはアメリカ政府の命令に従わず、戦争に反対した。そのときにフランス大統領だったジャック・シラクはド・ゴール派。 シャルル・ド・ゴールは大統領だった1962年に殺されかかる。その4年後にフランスはNATOの軍事機構から離脱、その翌年にはSHAPE(欧州連合軍最高司令部)をパリを追い出してしまった。 ド・ゴール暗殺未遂にはNATOの秘密部隊が関与しているが、その背後にはアメリカやイギリスの情報機関(破壊工作部門)が存在している。ド・ゴール時代、フランスの情報機関は自立していた。そこで自国の大統領を守ったのだが、その後はCIAの影響下に入った。その状態は現在まで続いている。 この当時、フランス軍の内部にはクーデターを目論む勢力がいた。その勢力はCIAとつながっていたと言われているが、その作戦はCIAと対立していたジョン・F・ケネディ米大統領によって阻止されている。そのケネディ大統領はド・ゴール暗殺未遂の翌年に暗殺された。 ニコラ・サルコジが大統領だった2009年にフランスはNATOへ完全復帰するが、ここにきてフランス人やドイツ人はNATOの危険性を再び感じているのかもしれない。 ゴーン逮捕の背後には世界で展開されている権力抗争が見える。
2018.11.22
日本政府の発表する公式情報が信頼できないことは明確になった。財務省や法務省だけの話ではない。そうした信頼できない情報に基づいて作成される政策も信頼に値しない。増税にしろ軍事力増強にしろ、議論は全ての情報を出させ、精査してからのことだ。 第2次世界大戦での敗北が明確になった後、軍隊だけでなく、内務省、外務省、大蔵省などが重要文書を焼却したというが、同じことは裁判所も行っていた。 敗戦前、特高や思想検察が行った言論弾圧の一例がでっち上げの横浜事件。言論関係者を中心に60名以上が逮捕され、30名以上が有罪判決を受けている。冤罪だと言うことは被告、警察、検察だけでなく、裁判所も知っているだろう。何しろ裁判所の職員も裁判記録を焼却しているのだ。この冤罪事件を裁判所は免訴という形で有耶無耶にしようとしている。 前回も書いたが、民主主義は主権者である一般国民が公的な情報を知ることができるという前提で成り立っている。そうでなければ主権を行使できない。民主主義国を名乗りたいなら、情報公開を徹底する必要がある。 しかし、官僚は情報の公開を嫌う。資金と情報の流れる先に権力は生まれるわけで、権力を握りたい官僚は情報を独占してきた。情報公開の必要性が叫ばれたとき、霞ヶ関からは文書を作成しないという声も聞こえてきた。存在する文書、あるいは作成しなければならない文書は廃棄する。廃棄しきれない文書を隠すために特定秘密保護法も制定された。 日本の政治家や官僚の中には、文書を廃棄すればなかったことにできると考えている人もいるようだが、国外では通用しない。日本の公文書だけが証拠ではないのだ。
2018.11.21
外国人労働者の受け入れを拡大するため、安倍晋三政権は入管法を改定しようと目論んでいるが、その過程で発表された労働状況の実態を調べた聴取票の集計結果に誤りがあった。意図的だったかミスだったかは心の問題で不明だが、項目も数字も違っていることは確かである。 日本の官僚システムの中で公文書の改竄が横行している疑いは濃厚だ。その一例が財務省による森友学園への国有地売却に関する決済文書の改竄。これを「書き換え」と言い換えても実態に変化はない。改竄は改竄である。 森友学園の問題では、国税庁長官だった佐川宣寿や財務省の職員、つまり改竄の責任者と考えられた人びとの立件を大阪地検特捜部は見送った。 この大阪地検特捜部では、障害者郵便制度の悪用問題で部長だった大坪弘道と副部長だった佐賀元明が部下の主任検事、前田恒彦に証拠を改竄させるということがあった。この事件ではいずれもが逮捕されている。 鳩山由紀夫と小沢一郎を排斥する際にも虚偽情報の問題があった。 本ブログでは繰り返し書いてきたように、ネオコンが1992年2月にウォルフォウィッツ・ドクトリンを作成したことを受けて95年2月に「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」が公表され、日本はアメリカの戦争マシーンに組み込まれていく。 そのために障害だったのが鳩山由紀夫と小沢一郎。2006年には週刊現代の6月3日号に「小沢一郎の“隠し資産6億円超”を暴く」という記事が掲載されて小沢攻撃が始まり、09年11月には「市民団体」が陸山会の04年における土地購入で政治収支報告書に虚偽記載しているとして小沢の秘書3名が告発され、翌年の1月に秘書は逮捕されている。 この件を担当したのは東京地検特捜部。取り調べ内容に関して検事が作成した捜査報告書が検察審査会へ提出されているが、そこには事実に反することが書かれていた。この件で最高検察庁は2012年6月、特捜部長だった佐久間達哉など全員を不起訴にしている。担当検事は懲戒処分を受けて辞職したが、佐久間は、その後も検察の要職を務めている。 民主主義は庶民が公的な情報を知ることができるという前提で成り立っている。そうでなければ主権を行使できない。そうした権利を封印するため、支配層が使う口実が「安全保障」。その口実を正当化するため、アメリカやイギリスの支配層はイタリアで極左を装った爆弾テロを繰り返していたことが判明している。そのテロを実行していたのがNATOの秘密部隊、グラディオだ。この組織の存在はイタリア政府が1990年に認めている。その後、NATO各国でも存在が明らかになった。 ところで、入管法の問題は劣悪な労働条件で働く労働者を国外から連れてこようというプランが背景にある。「3K」、つまり、きつく、汚く、危険な仕事を低賃金で働く人の確保が目的だ。かつて、日本では地方の農村がそうした労働者の供給源だった。徴用工の問題も根は同じ。今は入管法の改定による外国人労働者の受け入れだ。 こうした労働者の増加は賃金を押し下げる力になる。欧米で不法移民や難民が問題になっている理由と同じだ。アメリカは中東や北アフリカを先制攻撃、多くの人が難民化してヨーロッパへ押し寄せた。アメリカの場合、自国の巨大資本が経済侵略してラテン・アメリカの経済を破壊、その結果として不法移民が増えている。 軍事力や経済力を使った侵略を止めないまま不法移民や難民を「人道」の名の下に受け入れるという議論は偽善だ。入管法の問題では別の偽善が語られている。 日本の支配層は賃金を抑えるため、労働者を過飽和の状態にしておきたがっている。そのために外国から人を入れたがっているのだが、外国人であろうと日本人であろうと、仕事が減れば失業者が増えることになる。失業者を支える十分な仕組みがあるとは言えない日本では治安が悪化するだろう。生きるためには犯罪に手を染めざるをえなくなるからだ。「外国人が増えると治安が悪化する」のではない。失業者が増えると治安が悪化する。外国人労働者の受け入れは失業問題を伴っていることも忘れてはならない。
2018.11.20
パプアニューギニアで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)の首脳会議でアメリカのマイク・ペンス副大統領と中国の習近平国家主席が激しく衝突、会議の共同宣言は採択されなかったようだ。ペンスはドナルド・トランプ政権の中でキリスト教系カルトにつながっている人物。宗教的にはマイク・ポンペオ国務長官も近い。 トランプ政権がスタートして間もない2017年3月14日、ウィキリークスのジュリアン・アッサンジは、ペンスの周辺が政権乗っ取りを目論んでいるという情報が存在することをツイッターで明らかにしている。トランプとペンスの関係は決して良くない。 その1カ月前、トランプ大統領はマイケル・フリン国家安全保障補佐官を解任している。ヒラリー・クリントン陣営や有力メディアはフリンを嫌い、激しく攻撃していた。 フリンは2012年7月から14年8月までアメリカ軍の情報機関DIAのトップを務めている。2011年春にシリアやリビアの体制転覆を目指す工作をバラク・オバマ政権は開始、その年の10月にリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制は倒され、カダフィ本人は惨殺された。 その際、NATO軍がアル・カイダ系武装勢力LIFGと連携していることが判明、そうした勢力に参加していた戦闘員をアメリカ/NATOがシリアへ運んだことも明らかにされた。そこでオバマ大統領は「穏健派」を支援していると弁明したのだが、そうした穏健派は存在しないことをフリン局長時代のDIAは2012年8月にアメリカ政府へ報告している。 その報告はシリア政府軍と戦っているグループの主力をサラフィ主義者やムスリム同胞団だとし、AQI(イラクのアル・カイダ)の存在も指摘、AQIとアル・ヌスラの実態は同じだとも指摘していた。穏健派などはいないということだ。 つまり、オバマ政権による「穏健派」の支援は「過激派」を助けることにほかならず、その政策を変更しなければ、シリアの東部(ハサカやデリゾール)にはサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があるとも警告している。 その警告は2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)という形で現実になり、オバマ政権の内部で対立が生じる。フリンが2014年8月にDIA局長を解任されたのは、そうした事情があったからだ。その後、ダーイッシュは残虐さをアピール、軍事介入を肯定する雰囲気が作られていく。 トランプ大統領はCIAやFBIと対立関係にあり、情報活動をブラックウォーター(2009年にXE、11年にアカデミへ名称変更)の創設者、エリック・プリンスに任せようとしているとする情報が流れたこともある。 プリンスは海軍の特殊部隊SEALS出身で、熱心なキリスト教原理主義者として知られている。その関係でプリンスとペンスは親しい。 ダーイッシュが売り出された2014年にはウクライナでクーデターがあった。オバマ政権のネオコンがネオ・ナチを使って実行したものだ。 ネオコンはユダヤ人哲学者レオ・ストラウスを思想的な支柱にしていると言われているが、元トロツキストが多いことでも知られている。 2016年の大統領選挙でトランプのライバルだったヒラリー・クリントンも親イスラエルで、ジョージ・ソロスを始めユダヤ系の富豪がついている。トランプの後ろ盾は別のユダヤ系富豪だ。 勿論、アメリカの支配システムを考える場合、カルバン派に属すピューリタンを忘れてはならない。1620年にメイフラワーでヨーロッパからアメリカへ渡り、後にピルグリム・ファザーズと呼ばれるようになる人びともピューリタンだ。アメリカでエスタブリッシュメントと呼ばれている集団はピルグリム・ファザーズの子孫/後継者で構成されていると言われている。 アメリカは庶民だけでなく、支配層もプロテスタント色が濃い。プロテスタントを含むキリスト教徒の信仰の中心には新約聖書が存在、そこには「金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」という記述があり、また神に仕えて、かつマモン(富)に仕えることはできないとも書かれているのだが、そのアメリカは富の追求を目的とする資本主義の国であり、マモンに仕えているのが実態。 彼らは聖書のそうした部分には目もくれない。彼らが最も強い影響を受けているのはヨハネの黙示録だ。それがどのような代物か知りたいなら、田川建三訳著『新約聖書 訳と註 7 ヨハネの黙示録』を読むように勧めたい。 メイフラワーが大西洋へ乗り出して20年後、イギリスでは国王派と議会派が対立、1642年に武力衝突に発展した。この戦いで議会派が勝利、国王チャールズ1世は処刑される。その一方で議会派の内部で対立が激しくなり、地主や富裕な商工業者に支持されていた独立派が小農民や職人層が支持していた水平派を弾圧した。 独立派を率いていたピューリタンのオリバー・クロムウェルは独裁体制へ移行、アイルランドやスコットランドを侵略、住民を虐殺している。そうした過去の清算はまだできていない。 ところで、2014年に中国のアメリカへの姿勢は劇的に変化した。それまでアメリカをカネ儲けの相手だと考えていたらしい中国はそうした姿勢を変え、自主的な政策を打ち出すと同時にロシアへ接近し始めたのだ。そして中国とロシアは戦略的な同盟関係に入った。この両国を破壊しない限り、アメリカの支配システムは遅かれ早かれ潰れる。欧米、特にアメリカの支配層の必死さを理解する必要がある。
2018.11.20
ワシントン・ポスト紙によると、ジャマル・カショーギ殺害を命令したのはビン・サルマンだとCIAは結論したという。ワシントン・ポスト紙もCIAも情報源として信頼できないが、CIAがそういう情報を流す理由はわかる。 ビン・ナイェフと結びついていたヒラリー・クリントンは上院議員時代から巨大兵器企業のロッキード・マーチンを後ろ盾にし、巨大金融機関とも深く結びついていた。漏洩した彼女の電子メールによって、投機家のジョージ・ソロスが政策的な指示を彼女に出していることが明らかになっている。ソロスがビジネス上、ロスチャイルド金融帝国と結びついていることもわかっている。 勿論、ネタニヤフにも後ろ盾はいる。中でもカジノ経営者のシェルドン・アデルソンは有名だ。このアデルソンはトランプのスポンサーとしても知られている。 またネタニヤフ首相の父親、ベンシオン・ネタニヤフはニューヨークでウラジミール・ジャボチンスキーの秘書として働いた人物。ジャボチンスキーは1925年に戦闘的シオニスト団体の「修正主義シオニスト世界連合」を結成、1931年にはテロ組織と言われているイルグンを組織した。そこから飛び出したアブラハム・スターンが1940年に創設した新たなテロ組織がレヒ、いわゆるスターン・ギャングだ。この人脈もまだ生きているだろう。 イギリスやアメリカでは遅くとも1904年、世界制覇のためにロシアを制圧するという戦略が作られている。この年、ハルフォード・マッキンダーという学者が発表した「ハートランド理論」に書かれている。ジョージ・ケナンの封じ込めもズビグネフ・ブレジンスキーのグランド・チェスボードもマッキンダーの戦略がベースだ。(理論の内容は割愛する) ヒラリー・クリントンを担いでいたネオコンなどの勢力はこのマッキンダー理論に基づいて動き、ロシア制圧を目指した。ウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを実行した目的もそこにあるのだが、その結果、ロシアと中国を連携させることになってしまった。 2016年2月10日にヘンリー・キッシンジャーがロシアを訪問してウラジミル・プーチン大統領と会談、22日にシリアで停戦の合意が成立する。バラク・オバマ政権が進め、ヒラリー・クリントンが継承しようとしていた戦略にブレーキをかけたのだ。その後、民主党の内部ではバーニー・サンダースの人気が高まり、共和党のトランプも支持される。 2016年7月にウィキリークスは民主党全国委員会がやりとりした電子メールを公表する。その中には、民主党の幹部へサンダースが同党の大統領候補になることを妨害するよう求めるものも含まれていた。当然、サンダース支持者は怒り、ヒラリー・クリントン落選の一因になった。 クリントンの宣伝を展開していた有力メディアは電子メールの内容を無視、ロシア政府がハッキングしてウィキリークスへ渡したと宣伝し始める。残された記録から、電子メールは外部からハッキングされたのではなく、内部でダビングされた可能性が高いと専門家は指摘しているのだが、そのキャンペーンは司法省/FBIと連携、ロシアゲート事件と呼ばれるようになる。 2016年の選挙でヒラリー・クリントンを担いでいた勢力とドナルド・トランプを担いだ勢力の戦いは現在も続いている。そうした対立の中、ネタニヤフ政権の迷走は生じた。
2018.11.19
ロシア軍の電子情報支援機IL20を9月17日に撃墜してロシア政府との関係が悪化した。11月11日からガザへの空爆を始めるが成功せず、その空爆を中止する。その結果、アビグドル・リーベルマンが辞任するなどイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ政権は不安定化している。 この政権には別の大きな懸念材料がある。同盟相手であるサウジアラビアのモハメド・ビン・サルマン皇太子がジャマル・カショーギ殺害事件で苦境に陥っているのだ。 本ブログでも繰り返し書いてきたが、ワシントン・ポスト紙のコラムニストという肩書きを持つカショーギはロッキード事件やイラン・コントラ事件でも登場したアドナン・カショーギの甥に当たる。ウェールズ公妃ダイアナの恋人だったドディ・ファイードは従兄弟だ。 20代から情報活動の世界へ入り、2001年9月1日、つまり9/11の10日前までGIP(サウジアラビアの情報機関)の長官だったタルキ・ファイサル・アル・サウドはカショーギのボス。GIPはCIAと緊密な関係にあり、ジャマルもアドナンもCIAにつながる。 タルキの下で働いていたひとりにオサマ・ビン・ラディンなる人物がいる。ジョージ・W・ブッシュ政権によると、この人物は9/11を引き起こした「アル・カイダ」のリーダーだが、このビン・ラディンとジャマル・カショーギは親しい。 ジャマル・カショーギの肩書きはジャーナリストかもしれないが、その実態は情報機関のエージェントであり、テロリストと深く結びついている。 ジャマル・カショーギがイスタンブールにあるサウジアラビア領事館で10月2日に殺されたという話はトルコの当局から発表された。カショーギ本人が領事館へ持ち込んだアップル・ウォッチで録音され、外にいた婚約者へiPhoneで送信されたというが、トルコの情報機関は各国の大使館や領事館を監視するシステムを築いているはずだ。 トルコ政府が事件を明らかにした直後、アメリカを含め、世界規模でサウジアラビアの現体制に対する批判が高まったのだが、ほどなくして沈静化した。 例えば、フランスのジャン-イヴ・ル・ドリアン外相は音声テープを受け取っていないと反論、エルドアン大統領は嘘をついていると発言し、トルコ側の怒りを買った。音声を含む資料は10月24日にフランス政府へ渡したとトルコは主張している。 そうしたやりとりと並行し、フランスのサイクス・ピコ協定コンビのイギリスはジェレミー・ハント外相をサウジアラビアへ派遣、外相は国王と会談している。 サウジアラビアは西側世界にとって重要な石油の供給国であり、石油取引をドル決済に限定することでドルを回収してアメリカへ還流させるペトロダラーの仕組みで中心的な役割を演じてきた。つまりドル体制を支える重要な柱であり、ドル体制を前提に成り立っているアメリカの支配システムにとっても重要な国だということになる。そのサウジアラビアを不安定化させたくないと考える人は少なくない。 そうした中、トルコ政府は録音された音声をフランス、ドイツ、サウジアラビア、イギリス、アメリカへ渡した。レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は、殺害命令がサウジアラビア政府の最高位に就いている人物から出ていると主張、新たな音声記録も示したようだ。 モハメド・ビン・サルマンが皇太子になったのは2017年6月。その前はヒラリー・クリントンと近いホマメド・ビン・ナイェフだった。2016年のアメリカ大統領選挙でドナルド・トランプが勝利したことからサウジアラビアの皇太子も交代になったと言われている。アメリカの権力抗争がサウジアラビアへ波及した形だ。 ビン・ナイェフは今でも軟禁状態だとされているが、アメリカの支配層と深く結びつき、CIAから支援されていた。つまりビン・サルマンはCIAから睨まれている。 ジャマル・カショーギは2017年9月にサウジアラビアを出国、ワシントン・ポスト紙のコラムニストになった。その2カ月後にサウジアラビアでは大規模な粛清が実行されるが、その中には王族、閣僚や元閣僚、軍人などサルマン皇太子のライバルやその支持者と目される人々が含まれている。ビン・サルマンの支配体制を強化することが目的だったのだろうが、CIAは激怒したはず。ビン・サルマン体制の打倒を計画しても不思議ではない。
2018.11.18
イスラエルの国防相だったアビグドル・リーベルマンが11月14日に辞任した。ガザへの攻撃をベンヤミン・ネタニヤフ首相が中止したことに反発したようだ。 今年(2018年)11月11日からイスラエルはガザへの空爆を開始、ハマスは400発ほどのロケット弾や迫撃弾をイスラエル側へ撃ち込んだと言われている。この戦闘を終わらせるために国連、エジプト、ノルウェー、スイスが仲裁に入り、ハマスは13日に停戦の受け入れを発表、イスラエルのネタニヤフ政権も合意した。リーベルマンが率いる「イスラエル我が家」も政権から離脱するようだ。 11月11日にネタニヤフはパリでロシアのウラジミル・プーチン大統領と会談している。100年前の1918年11月11、第1次世界大戦の休戦協定がパリ北部のコンピエーニュの森で結ばれたことを記念した式典が開かれ、ネタニヤフもプーチンも参加していた。ネタニヤフはプーチンとの会談を望んでいたが、モスクワを訪問できないでいた。 ネタニヤフがプーチンと会いたがっていた理由は両国の関係を修復することが目的。シリア沖で9月17日にロシア軍の電子情報支援機IL20が撃墜されたのだが、その責任はイスラエル軍にあるとしてロシア政府はイスラエル政府を非難、S-300PMU-2をシリア軍へ引き渡していた。 この防空システムはイランや中国へ提供されたタイプで、イスラエル空軍にとっては脅威だ。アメリカ政府は対抗してイスラエル軍へF-35戦闘機を追加供給する意向を示したが、この戦闘機がS-300PMU-2に対抗できるかどうかは不明である。 ロシア国防省は当初、IL20が撃ち落とされる直前にフランス軍のフリゲート艦オーベルニュからミサイルが発射されたと発表していた。そうした状況から、フランス艦船のミサイルでロシア軍機は撃ち落とされたとも疑われたが、その後、ロシア政府はフランス艦船の話に触れなくなった。結局、この撃墜を利用してロシア政府はシリアの防空能力を向上させたことになる。
2018.11.18
内部告発を支援してきたウィキリークスの創設者、ジュリアン・アッサンジはアメリカで秘密裏に起訴されていたことが公的に確認された。この事実はケレン・ドワイアー検事補が裁判官へ書いた文書の中に記載されている。 ウィキリークスは2012年2月に民間情報会社ストラトフォー内でやりとりされた電子メールを公表したが、その中にはフレッド・バートンが2011年初めにアッサンジが秘密裏に起訴されたという情報を含むメールがあった。その情報を検察が認めた形だ。 アッサンジが秘密裏に起訴されたという話が書かれた2011年初めは、アメリカのバラク・オバマ政権がムスリム同胞団やサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)を中心とするアル・カイダ系武装集団、つまりジハード傭兵がリビアやシリアの体制転覆を目指して侵略戦争を始めた頃である。 その1年前、2010年4月にウィキリークスはブラドレー・マニング(現在はチェルシー・マニングと名乗っている)特技兵から提供された映像を公開している。2007年7月にバグダッドでロイターの特派員2名を含む非武装の十数名が殺された状況をアメリカ軍のヘリコプターから撮影したものも含まれていた。 アメリカ兵の交信内容は戦闘員だと思っているかのようだが、映像を見れば非武装の人間だと認識して銃撃していることがわかる。なお、マニングは2010年5月、アメリカ陸軍のCID(犯罪捜査部)に逮捕され、17年5月まで収監された。 2007年の事件はアメリカによるイラク侵略のひとコマ。この侵略はジョージ・W・ブッシュ政権が「大量破壊兵器」を口実にして2003年3月に始めた。その口実は真っ赤な嘘だったのだが、その嘘を広めて中東から北アフリカにかけての地域に破壊と殺戮をもたらしたのがニューヨーク・タイムズ紙など西側の有力メディアだ。その後、西側、特にアメリカの有力メディアは矛先をロシアや中国へ向けて人類を地獄へと誘っている。 マニングのほかにも政府機関による不正行為を告発した人たちはいる。例えば、電磁情報機関NSAの不正を明らかにしたウィリアム・ビーニーやエドワード・スノーデン、イランに対するCIAの危険な作戦を組織の内部で警告したジェフリー・スターリング、そしてCIAなどによる拷問を告発したジャニス・カルピンスキーやジョン・キリアクだ。 カルピンスキーは第800憲兵旅団の司令官としてイラクのアブ・グレイブ刑務所を管理していた。刑務所の拷問が明らかになった後、2004年1月に停職となったがこれは蜥蜴の尻尾切りだった。その年の6月、カルピンスキーはBBCに対し、刑務所内で拷問が行われていたセクションを管理していたのは軍の情報部であり、彼女は実態を把握していなかったと主張している。 刑務所内で撮影された写真について、兵士が独断で撮影することはありえないとも指摘した。カルピンスキー本人も命令していない。彼女によると、グアンタナモから来ていたジェオフリー・ミラー少将は拘束されている人々を犬のようなものだとミラーは表現、そうした人々が自分を犬以下の存在だと信じさせることでコントロールが容易になると主張していたという。2004年7月には、刑務所にイスラエル人の尋問官がいたとも話している。 キリアクはCIAの元分析官。2007年12月にABCニュースのインタビューで、CIAの同僚から聞いた話として、ウォーターボーディングと呼ばれる拷問が行われていると語っている。それが問題になり、結局、2013年1月に懲役30カ月の判決を受けている。 CIAは世界各地に秘密刑務所を設置、そこで拷問を繰り返してきた。タイでも2002年の終わりからそうした施設が設置されているが、そこで所長を務め、拷問を指揮していたのが「血まみれのジーナ」ことジーナ・ハスペル。この女性は2018年5月、CIA長官に就任した。 アメリカの支配層が問題にするのは、自分たちの暗部を明らかにする人びと。アッサンジもそうしたひとりだ。「秘密保護」、つまり言論弾圧を支配層は強化している。自分たちの手先として暗部で働く人びとは厚遇されるのだが、その中には有力メディアの関係者も含まれている。
2018.11.17
アメリカのバラク・オバマ政権が仕掛けたウクライナのクーデターは中国とロシアを戦略的な同盟国にした。この関係は崩れそうもない。アメリカの影響下にあるものの、韓国はロシアや中国に接近、ビジネス上の関係は深まっている。日本の大企業もロシアや中国との取り引きなしに生き残ることは困難で、中ロとの接触は強まっていた。 しかし、ロシアと中国が主導する形で和平が進み、経済が発展することをアメリカ支配層は認められない。ドルを使った金融マジックで世界を支配しているアメリカに生産能力はなく、ドルが基軸通貨の地位から陥落すればアメリカの支配システムは崩壊する。各国がドル決済をやめたなら、アメリカの金融マジックは破綻する。そうした流れを止めるため、アメリカはロシアと中国を軍事的に脅しているが、効果はない。 朝鮮半島の問題でアメリカが受け入れそうな条件は、核兵器開発を放棄させた上で軍事侵略するリビア・モデル、体制の違う国を統一させて全体をアメリカが制圧して支配地域を拡大させるドイツ・モデル、疲弊した状況を利用して庶民を低賃金労働者として西側巨大資本のカネ儲けに奉仕させるというベトナム・モデル。アメリカの支配地域を拡大させるものでなければ、アメリカは受け入れない。 日本とロシアとの関係でも同じことが言える。日本がロシアや中国と友好的な関係を結ぶことをアメリカ支配層は望まない。アメリカ支配層に従属することで自分の地位と収入を約束されている政治家や官僚、その周辺の学者やマスコミ関係者なども同じだ。 日本の検察やマスコミは東シナ海を「友愛の海」にしようと提案していた鳩山由紀夫を2010年に首相の座から引きずり下ろした。次に菅直人が首相に就任するが、この内閣ができて間もなく、石垣海上保安部は「日中漁業協定」を無視して中国の漁船を尖閣諸島の付近で取り締まり、日本と中国との関係を壊しにかかる。当時の国土交通大臣は前原誠司だ。2011年9月に首相は菅直人から野田佳彦へ交代、野田は「自爆解散」して2012年12月からは安倍晋三が首相に就任した。 経済的にはロシアや中国との関係を強める方が日本にとって有利。業種にもよるが、日本の大企業が中国との取り引きなしに維持できなくなって久しい。前にも本ブログで書いたように、日本の大企業もアメリカ支配層の戦略に耐えられなくなり、日本の経済界は水面下でアメリカ離れを画策している。政治家や官僚のようなアメリカ支配層の代理人と違い、大企業の忍耐が限界に達することも否定できない。そうした中、日本では大企業のスキャンダルが相次いで発覚したのは興味深い「偶然」だ。 日本で推進されてきたTPP(環太平洋連携協定)は巨大資本のような私的権力が国を支配する体制を築くことが目的で、トランプのFTAはアメリカがターゲット国を支配する仕組みだ。こうした仕組みができてしまえば、日本は主権を完全になくし、ロシアや中国とまともな取り引きができなくなる。別個の戦略が交錯しているが、日本を支配し、食い物にしようとしている点で大差はない。 アメリカの支配層は単にカネ儲けしよとしているだけでなく、世界制覇を目指している。これは1992年2月に国防総省のDPG草案という形で作成された。草案作成の最高責任者は国防長官だったリチャード・チェイニーで、作業の中心はポール・ウォルフォウィッツ国防次官だった。そこで、ウォルフォウィッツ・ドクトリンとも呼ばれている。 その前年の12月にソ連が消滅したことでアメリカは唯一の超大国になったと彼らは認識、他国に配慮することなく、つまり国連を無視して単独で世界制覇に乗り出すという宣言だ。そのドクトリンに日本を組み込むという宣言が1995年2月に発表された「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」だ。そのレポートに基づいて安倍首相も日本をアメリカの戦争マシーンに組み込みつつある。 ちなみにその前年、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月20日には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布され(地下鉄サリン事件)、同じく3月30日に警察庁長官だった國松孝次が狙撃されて重傷を負う。そして8月27日付けのスターズ・アンド・ストライプ紙は日本航空123便に関する記事を掲載した。(了)
2018.11.16
現在、東アジアではロシアと中国を中心に状況が大きく変化しつつある。その中心にはロシアの鉄道とパイプラインの建設、中国の一帯一路プロジェクトがある。そうした状況の変化を象徴する出来事が朝鮮半島で展開されている。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、イギリスやアメリカはユーラシア大陸の沿岸部を支配し、海運を押さえて内陸の中国やロシア/ソ連を締め上げようとしてきた。それに対抗してロシアは鉄道を建設したのである。 帝政時代、ロシアはモスクワとウラジオストクを結ぶシベリア横断鉄道の建設を計画、1891年に着工して1916年に完成させた。その鉄道を朝鮮半島へ延ばそうという計画もある。それと並行して天然ガスや石油のパイプライも建設、東アジアをビジネスで結びつけ、経済的な発展を目指そうというわけだ。 その計画のネックになっていたのが朝鮮。1991年12月にソ連が消滅、後ろ盾を失った朝鮮はイスラルや統一教会との関係を強めたとも言われている。その朝鮮に対し、ロシアのドミトリ・メドベージェフ首相は2011年夏、110億ドル近くあったソ連時代の負債の90%を棒引きにし、鉱物資源の開発などに10億ドルを投資すると金正日に提案している。2011年12月に金正日が急死するが、翌年の4月にはロシア議会がこれを承認している。(金正日の急死に暗殺説があることは本ブログでも紹介したが、今回はこの話を割愛する。) 今年のEEFで朝鮮は自国の鉄道と韓国に鉄道を結びつけることに前向きな姿勢を見せた。こうしたプロジェクトの実現はアメリカの世界制覇プロジェクトを揺るがす。そこで使われているのが「制裁」。この「制裁」はロシア、中国、韓国で進めているプロジェクトの阻止が目的だろう。 韓国の動きを牽制するため、バラク・オバマ大統領は自分たちの忠実な下僕である日本を使おうとした。韓国を自分の支配下から離れないように日本との関係を強化させようとしたのだ。 日本と韓国が対立している原因のひとつが慰安婦の問題。オバマ大統領は日韓両国の首脳との会う際、数年にわたり、毎回のように慰安婦の問題を採りあげて両国の対立を解消させようとしていたという。これは同政権でNSC(国家安全保障会議)の安保副補佐官だったベン・ローズの話だ。 朴槿恵が韓国の大統領だった2015年12月に日本と韓国の外務大臣は「日韓間の慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」と発表したが、文在寅政権になって状況が変わる。外務大臣直属の検証チームは2017年12月、その合意は朴槿恵と安倍晋三の側近ふたりによる秘密交渉で進められた結果であり、慰安婦だった女性の意見が十分反映されなかったと指摘したのだ。 そして今年、つまり2018年の3月26日に金正恩朝鮮労働党委員長は特別列車で北京へ入って釣魚台国賓館で中国の習近平国家主席と会談、4月27日に朝鮮の金正恩労働党委員長と文在寅大統領が板門店で会談、緊張緩和の方向へ動き始める。 文大統領と金委員長が会談する前日、アメリカ政府はCIA長官だったマイク・ポンペオが朝鮮で金委員長と握手する様子を撮影した写真を公表した。4月1日頃、つまり中朝首脳会談の直後に撮影されたようだ。アメリカの存在をアピールしたかったのだろう。 紆余曲折はあったが、今年6月12日のシンガポールでドナルド・トランプ大統領は朝鮮の金委員長と会談、朝鮮半島の完全な非核化が確認された。その日、トランプは2017年4月6日のシリアに対するミサイル攻撃は中国への威嚇だったと語っている。 おそらくトランプの発言は事実だが、この攻撃によって判明したのはロシアの防空システムが優秀だということ。この出来事に限らないが、2015年9月30日に始まったシリア政府の要請に基づくロシア軍の軍事介入はロシア軍の強さを証明することになった。アメリカ軍を恐れる必要はないと朝鮮も判断しただろう。 2017年4月6日の攻撃では59機のトマホーク(巡航ミサイル)が発射され、そのうち目標へ到達したんは23発。6割強が撃墜されたことになる。アメリカにとっては嫌な結果。その1年後にもアメリカ軍はシリアをミサイルで攻撃するが、ロシア側は前年の反省から短距離用の防空システム、パーンツィリ-S1を配備していた。それが友好で、約7割のミサイルが撃墜されたと言われている。アメリカ軍の攻撃は威嚇になっていないだろう。 シンガポールでの米朝会談から間もない6月22日、トランプ大統領は朝鮮を「尋常でない脅威」だとし、制裁を続ける方針を示した。その日、韓国の文大統領はロシアでウラジミル・プーチン大統領と会談、平和的な朝鮮半島の非核化を目指すことで一致、国境を越えたエネルギー・プロジェクトを推進し、FTA(自由貿易協定)に関する話し合いを始めることで合意したという。ロシア、中国、韓国、そして朝鮮は手を組み、アメリカは孤立した形だ。(つづく)
2018.11.16
1951年1月にジョン・フォスター・ダレスが率いる講和使節団が来日、占領後の日本をめぐる交渉が始まる。ダレスは日本に対し、自分たちが「望むだけの軍隊を望む場所に望む期間だけ駐留させる権利」を求めようとしていた。(豊下楢彦著『安保条約の成立』岩波新書、1996年) 少なくともウォール街にとって朝鮮戦争が対中国戦争の一環だと言うことを示唆する出来事が1951年4月に引き起こされている。ウォール街が作り出したCIAの軍事顧問団が約2000名の国民党軍を率いて中国領内に侵入、一時は片馬を占領したのだ。翌年の8月にも国民党軍は中国侵攻を試みたが、この時も人民解放軍の反撃で失敗に終わる。 この当時、CIAやアメリカ軍の好戦派はソ連に対する先制核攻撃を計画していた。例えば、1949年に出されたJCS(統合参謀本部)の研究報告では、ソ連の70都市へ133発の原爆を落とすという内容が盛り込まれ、この戦争を戦うために特殊部隊のグリーン・ベレーが創設されている。(クリストファー・シンプソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年) 好戦派の中心メンバーのひとり、カーティス・ルメイは日本や朝鮮半島で非武装の住民を大量虐殺した作戦の責任者で、1948年から57年にかけてSAC(戦略空軍総司令部)、空軍副参謀長を経て61年から65年にかけて空軍参謀総長を務めている。 SACは1954年、ソ連に600から750発の核爆弾を投下し、118都市に住む約6000万人を殺すという計画を作成した。この年の終わりにはヨーロッパへ核兵器を配備している。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)SACが1956年に作成した核攻撃計画に関する報告書によると、ソ連、中国、そして東ヨーロッパの最重要目標に対しては水爆が使われ、ソ連圏の大都市、つまり人口密集地帯に原爆を投下することになっていた。 攻撃目標とされた大都市にはソ連の都市だけでなく、中国の北京も含まれている。沖縄では1950年代に「銃剣とブルドーザー」で土地が強制接収され、軍事基地化が推し進められ、55年の段階で沖縄本島の面積の約13%が軍用地になっている。1955年から57年にかけて琉球民政長官を務めたライマン・レムニッツァーはルメイと同じ好戦派で、1960年から62年にかけてのJCS議長。キューバへアメリカ軍を侵攻させる口実として偽旗作戦が計画されたが、その中心メンバーでもあった。レムニッツァーの議長再任はジョン・F・ケネディ大統領が拒否した。 ルメイやレムニッツァーを含む好戦派は1957年初頭、ソ連への核攻撃を想定したドロップショット作戦を作成した。それによると300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊する予定になっていたという。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) 鳩山政権はこうした中、ソ連との友好関係樹立を目指していた。重光外相は1956年8月上旬の頃に歯舞島と色丹島の返還というソ連案を受け入れ、平和条約を締結しようと言い始めたが、同月下旬に態度を一変させ、国後と択捉も要求するようにという訓令を出す。2島返還でソ連と合意したらアメリカは沖縄を自国領にすると恫喝されたとアメリカの国務長官だったジョン・フォスター・ダレスからその間に言われたのだという。そうした脅しにもかかわらず、鳩山首相は共同宣言に署名したわけだ。 共同声明が発効した1956年12月に鳩山は辞任、CIAとの関係が指摘されている岸信介、つまり安倍晋三の祖父が後継総理になると見られていたが、鳩山と政策が近かった石橋湛山が勝ってしまう。 ところが、アメリカにとって好都合なことに石橋が自宅の風呂場で倒れた。軽い脳梗塞だったと言われているが、石橋は退陣せざるをえなくなり、岸が総理臨時代理として政府を動かすことになる。正式に岸が首相となるのは1957年2月のことだ。 アメリカの支配層は日本が中国やソ連/ロシアに接近することを嫌ってきた。彼らの長期目標は中国やソ連/ロシアの制圧であり、日本は侵略の拠点だからだ。日本のそうした立場は明治維新の当時から変化していない。安倍は岸と同じように、アメリカ支配層の手先だ。 その安倍は今年(2018)年9月、ウラジオストックで開催されたEEF(東方経済フォーラム)でロシアに対して平和条約の締結を呼びかけたのだが、プーチンから「いま思いついた。平和条約を前提条件なしで結ぼう。今ここでとはいわない。今年末までに結ぼうではないか」と逆に提案され、安倍は返答できなかったという。安倍の発言はアメリカ支配層が書いたシナリオに沿うものだったはずだが、プーチンの逆提案はそこに書かれていなかったのだろう。(つづく)
2018.11.15
シンガポールで11月14日から15日にかけてロシア-ASEAN首脳会議が開かれ、ASEAN各国の首脳はウラジミル・プーチン露大統領と相次いで会談している。そのひとりが日本の安倍晋三首相だ。その際、安倍は「1956年(日ソ)共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させることでプーチン大統領と合意した」のだという。 安倍政権は今後、ロシアと平和条約の交渉をするだろうが、条約の調印に到達する可能性は小さい。日本とロシアが真の意味で友好的な関係築くことをアメリカ支配層は許さないだろう。そうしたことを安倍自身だけでなく、アメリカもロシアもわかっているはず。この交渉自体、アメリカの命令かもしれない。ロシアや中国と日本が真に友好的な関係を築けるのはアメリカを支えるドル体制が崩れてからだろう。 この共同宣言は1956年10月、内閣総理大臣だった鳩山一郎がソ連を訪れ、ソ連閣僚会議議長のニコライ・ブルガーニン首相と日ソ共同宣言に署名したもので、同年12月に発効している。この宣言は当時のアメリカ支配層を激怒させたが、発効した事実は消せない。プーチン大統領もこの宣言からスタートせざるをえない。 鳩山一郎を首班とする内閣がスタートしたのは1954年12月。鳩山首相だけでなく、重光葵外務大臣、河野一郎農林大臣、石橋湛山通産大臣たちもソ連や中国と友好関係を結ぼうと考えていた。1955年6月にはロンドンのソ連大使館で米ソ両国は国交正常化の交渉を始めている。 重光は8月末にアメリカのジョン・フォスター・ダレス国務長官と会談、その際に重要な提案をしている。「相互防衛条約」の試案を提示、その第5条で「日本国内に配備されたアメリカ合衆国の軍隊は、この条約の効力発生とともに、撤退を開始」、「アメリカ合衆国の陸軍及び海軍の一切の地上部隊は、日本国の防衛六箇年計画の完遂年度の終了後おそくとも九十日以内に、日本国よりの撤退を完了するものとする」としている。 1945年4月にフランクリン・ルーズベルト大統領が急死した後、ホワイトハウスではニューディール派の影響力が急速に低下、ウォール街が実権を握る。新しく大統領になったハリー・トルーマンのスポンサーだった富豪のアブラハム・フェインバーグは裏でシオニスト団体へ法律に違反して武器を提供、イスラエルの核兵器開発を資金面から支えた人物だ。 トルーマン政権は国民党に中国を支配させようとしたが、1948年の後半になると人民解放軍が国民党軍を圧倒、49年1月に解放軍は北京に無血入城した。5月にはアメリカの破壊工作組織OPCが拠点にしていた上海がコミュニストに制圧される。中華人民共和国が成立するのはその年の10月のことだ。そうした流れの中、OPCは拠点を日本へ移動させている。(Stephen Endicott & Edward Hagerman, “The United States and Biological Warfare”, Indiana University Press, 1998) 1949年には国鉄を舞台とした「怪事件」が相次ぎ、それを口実として労働組合など左翼と見なされる人びとが弾圧された。その事件とは7月5日から6日にかけての下山事件、7月15日の三鷹事件、そして8月17日の松川事件だ。 1950年10月にOPCはCIAに吸収されたが、その4カ月前、6月25日に朝鮮半島で戦争が勃発している。その直前にジョン・フォスター・ダレスは東アジアを歴訪、日本では6月22日にニューズウィーク誌の東京支局長だったコンプトン・パケナムの自宅で開かれた夕食会に参加した。日本側からは大蔵省の渡辺武、宮内省の松平康正、国家地方警察企画課長の海原治、外務省の沢田廉三が出席している。そのダレスに対し、天皇から軍国主義的な経歴を持つ「多くの見識ある日本人」に会い、「そのような日本人による何らかの形態の諮問会議が設置されるべき」だとする口頭のメッセージが伝えられたという。メッセンジャーはパケナムだ。(豊下楢彦著『安保条約の成立』岩波新書、1996年)(つづく)
2018.11.15
ウクライナのナチズム化を推進する動きがある。ネオ・ナチ政党のスボボダ(自由)が8歳から10代の男女を集めて軍事訓練、突撃銃(全自動射撃能力を持つ自動小銃)の扱い方も教えているのだ。近い将来、その若者たちはウクライナ東部、ドンバス(ドネツクやルガンスク)の反クーデター派と戦わされることになるのだろう。 スボボダは1991年にウクライナ社会ナショナル党として創設されたが、2004年に党名が変更された。旧党名はナショナル社会主義ドイツ労働者党、つまりナチスを連想させるということで、タグによる心理操作の術に長けている西側支配層が替えさせたようだ。 本ブログでも紹介したように、カリフォルニア州ロサンゼルスで逮捕された白人至上主義者のひとり、ロバート・ルンドは数名の仲間と2018年春にドイツ、ウクライナ、イタリアを訪問、その際にウクライナでナショナル兵団の幹部オレナ・セメニャカと会い、そのメンバーは訓練を受けたと言われている。この兵団はネオ・ナチ系武装組織アゾフ大隊から分離して作られたという。 アゾフを2014年5月に組織したネオ・ナチは同年2月に合法政権を倒したクーデターの実行者。創設資金を出したイゴール・コロモイスキーはウクライナ、キプロス、イスラエルの三重国籍を持つシオニストだ。その後、アメリカからもアゾフは資金を受け取っている。 そして昨年(2017年)11月、アメリカの視察団がアゾフの元を訪れて兵站や関係強化について話し合われという。イスラエルからは武器を供給されているとも言われているが、クーデターの最中からイスラエルの影は指摘されていたので、驚きではない。 ウクライナで抗議活動が暴力行為にエスカレート、棍棒、ナイフ、チェーンなどを手に、石や火炎瓶を警官隊に投げつけ、ピストルやライフルを持ち出して街を火と血の海にしたのは2014年2月に入ってから。この年の2月7日から23日にかけてロシアのソチでは冬期オリンピックが開催されていたことからロシア政府は対応しにくい状況だった。 抗議活動の中心だったユーロマイダン(ユーロ広場、元の独立広場)では2月中旬から狙撃がはじまる。抗議活動の参加者も警官隊も狙われたのだが、ヤヌコビッチ政権でSBU(ウクライナ治安局)の長官を務めていたアレクサンドル・ヤキメンコはアンドリー・パルビーが狙撃の責任者だと言っていた。 パルビーはスボボダとウクライナ愛国者党を作り上げた人物で、2016年から国会の議長を務めている。今年(2018年)6月にはフランスとアメリカを訪問したが、親イスラエルで有名なアメリカ議会はパルビーを歓待、下院議長のポール・ライアンなどと私的に会談している。 ネオ・ナチがでビクトル・ヤヌコビッチ大統領の排除に成功したのは2014年2月22日。その3日後にキエフ入りして事態を調べたエストニアのウルマス・パエト外相はその翌日、EUの外務安全保障政策上級代表(外交部門の責任者)だったイギリス人のキャサリン・アシュトンへ電話で次のように報告している: 「全ての証拠が示していることは、スナイパーに殺された人びと、つまり警官や街に出ていた人たち双方、そうした人びとを同じスナイパーが殺している。同じ筆跡、同じ銃弾。実際に何が起こったかを新しい連合体(クーデター派)が調査したがらないほど本当に当惑させるものだ。スナイパーの背後にいるのはヤヌコビッチでなく、新連合体の誰かだというきわめて強い理解がある。」 2017年11月にはパエトの報告を裏付けるドキュメントがイタリアで放送された。番組の中に自分たちが狙撃したする3人のジョージア人が登場、警官隊と抗議活動参加者、双方を手当たり次第に撃つよう命じられたとしている。この3人は狙撃者グループの一部で、治安部隊のメンバーとしてジョージアから送り込まれたいう。(その1やその2)この3人も狙撃の指揮者はアンドレイ・パルビーだと語っている。 アメリカやイスラエルと関係があるウクライナのネオ・ナチはNATOやCIAから軍事訓練を受けていたとも言われている。ポーランド外務省は2013年9月にウクライナのクーデター派86人を大学の交換留学生として招待、ワルシャワ郊外にある警察の訓練センターで4週間にわたって暴動の訓練をしたと伝えられている。 ウクライナのネオ・ナチが信奉するステファン・バンデラは1930年代後半から活動していた反ロシア派の組織OUNの幹部で、バンデラの一派はイギリスの対外情報機関MI6のフィンランド支局長だったハリー・カーに雇われていた。 1943年になるとバンデラ派はUPA(ウクライナ反乱軍)を編成、反ボルシェビキ戦線を設立。この組織は1946年にABN(反ボルシェビキ国家連合)となり、APACL(アジア人民反共連盟、後にアジア太平洋反共連盟に改名)と合体してWACL(世界反共連盟)の母体になった。WACLは1991年にWLFD(世界自由民主主義連盟)へ名称が変更変更になる。ソ連消滅後、こうした組織のメンバーは旧ソ連圏へ戻り、西側指導層の手先として活動を始めた。 そして現在、そうしたネオ・ナチはアメリカの白人至上主義者を訓練、次世代の戦闘員を育成している。若い頃、特に子どもの頃にすり込まれた思想、信仰は生涯ついて回る。旧日本軍の風習が「民主化」後も運動部などを中心に継承されてきたことでもわかるだろう。さらに、そうした風習は再生産され、世代を超えて続く。アメリカの支配層はEUとロシアの間に巨大なナチズム体制を築こうとしているのだろう。
2018.11.14
ワシントン・ポスト紙のコラムニストだったジャマル・カショーギは10月2日にトルコのイスタンブールにあるサウジアラビア領事館へ入り、そのまま行方不明になった。その5日後にトルコの警察当局はカショーギが領事館で殺され、細かく解体されて運び出された発表、サウジアラビア政府もカショーギが殺害されたことを認めている。殺害の様子はカショーギ本人が領事館へ持ち込んだアップル・ウォッチで録音され、外にいた婚約者へiPhoneで送信されたという。 アメリカとイギリスの電子情報機関、つまりNSAとGCHQは全世界の通信を傍受、記録していると言われている。そこで事前にカショーギの命が危ないことを察知していたはずだが、警告はなかった。またカショーギの言動はイスラエルの会社NSOグループが開発したスパイウェアー、ペガサスによって監視されていたとエドワード・スノーデンは11月6日に語っている。 NSOの創設者はイスラエルの電子情報機関8200部隊(ISNU)の出身。私企業を起こす「元隊員」が少ないないのだが、それらの実態は8200部隊と関係の深いフロント企業だと見られている。アメリカでも1970年代後半からCIAは議会の監視の目を避けるために「民営化」を推進してきた。 トルコ政府が事件を明らかにした直後、アメリカを含め、世界規模でサウジアラビアの現体制に対する批判が高まったのだが、ほどなくして沈静化した。そうした中、トルコ政府は録音された音声をフランス、ドイツ、サウジアラビア、イギリス、そしてアメリカへ渡した。レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は、殺害命令がサウジアラビア政府の最高位に就いている人物から出ていると主張している。 これに対してフランスのジャン-イヴ・ル・ドリアン外相は音声テープを受け取っていないと反論、エルドアン大統領は嘘をついていると発言し、トルコ側の怒りを買った。音声を含む資料は10月24日にフランス政府へ渡したという。そうしたやりとりと並行し、フランスのサイクス・ピコ協定コンビのイギリスはジェレミー・ハント外相をサウジアラビアへ派遣、外相は国王と会談している。 この問題にはサウジアラビアやシオニストの内部での対立が関係しているが、それだけでなくアメリカの支配システムが関わっている。 カショーギ殺害の黒幕と言われているモハマド・ビン・サルマン皇太子はドナルド・トランプやイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と近く、カショーギは20歳代の頃、サウジアラビアやアメリカの情報機関、つまりGIP(総合情報庁)やCIA(中央情報局)のエージェントとして活動、ムスリム同胞団のメンバーでもあった。1979年から2001年9月1日、つまり9/11の10日前までGIPの長官だったタルキ・ファイサル・アル・サウドはカショーギのボスだ。タルキの下で働いていたひとりがオサマ・ビン・ラディン。 このふたりはブレジンスキーがアフガニスタンで実行した秘密工作に参加していたのである。その関係からカショーギとビン・ラディンは親しかった。カショーギがサウジアラビアの奴隷制を支持、ダーイッシュ(イスラム国、IS、ISIS、ISILとも表記)による斬首を賞賛していたことは不思議でない。 ところで、ジャマル・カショーギはロッキード事件でも登場したサウジアラビアの富豪、アドナン・カショーギの甥に当たる。ウェールズ公妃ダイアナの恋人だったドディ・ファイードは従兄弟だ。ダイアナとファイードは1997年8月31日に自動車事故で死亡している。 2016年のアメリカ大統領選挙でヒラリー・クリントンが敗北、ドナルド・トランプが勝利するとサウジアラビアの権力バランスも変化、そのひとつの結果として皇太子が交代した。2017年6月、ヒラリー・クリントンと近いホマメド・ビン・ナイェフからモハメド・ビン・サルマンに替わったのだ。 皇太子の交代から3カ月後にカショーギはサウジアラビアを出国してワシントン・ポスト紙のコラムニストになり、その2カ月後にサウジアラビアでは大規模な粛清が実行された。王族、閣僚や元閣僚、軍人などサルマン皇太子のライバルやその支持者と目される人々が拘束されている。 粛清された人びとはCIAとの結びつきが強く、ブッシュ一族、ヒラリー・クリントン、そしてネオコンのメンバーを含むアメリカ支配層に支援されていた。アメリカの内部抗争がサウジアラビアでも反映された形だ。 そこでジャマル・カショーギの事件はアメリカやヨーロッパの一部支配層を激怒させたが、サウジアラビアはドルを支える重要な柱の1本。アメリカはOPEC加盟国に石油取引の決済をドルに限定し、産油国へ集ったドルをアメリカへ還流させる仕組みを1970年代に作った。いわゆるペトロダラーだ。その中心がサウジアラビア。この国の崩壊はドル体制を大きく揺るがすことになり、それはアメリカの支配システムを壊すことになりかねない。そうした展開になることを防ぐため、アメリカ、イギリス、フランスといった国はカショーギの事件を有耶無耶にし、沈静化させようとしている。
2018.11.13
1918年、つまり今から100年前の11月11日に第1次世界大戦は休戦になった。その2日前にドイツ皇帝ウィルヘルム2世は退位している。この戦争ではドイツを中心とする同盟国とフランス、イギリス、ロシアを中心とする連合国が戦った。日本は連合国側についている。 途中、1917年11月にロシアではボルシェビキが資本家主導で戦争を継続する方針だった臨時革命政府を倒し(十月革命)、ボルシェビキを率いていたウラジミル・I・レーニンは即時停戦を指示している。臨時革命政府にはメンシェビキや社会革命党(エス・エル)が参加していた。ロマノフ朝を支えていたのは地主貴族と産業資本家で、そのうち戦争をカネ儲けのチャンスと考える資本家がロシアを乗っ取ったようにも見える。 臨時革命政府で法務大臣に就任したのはエス・エルのアレクサンドル・ケレンスキーだが、この人物を通じてイギリス政府やシオニストは新政府に影響を及ぼしていたと見られている。ケレンスキーは後に首相となる。(Alan Hart, “Zionism Volume One”, World Focus Publishing, 2005) この大戦でドイツは東のロシア、西のフランス、ふたつの戦線を抱えていた。そこで目をつけたのが即時停戦を主張していたボルシェビキ。この党の幹部は1917年3月にロマノフ朝が倒された際(二月革命)、国外に亡命しているか、刑務所に入れられていた。そこでドイツ政府はボルシェビキの幹部を「封印列車」でロシアへ運ぶ。レーニンは1917年4月にスイスから帰国した。 十月革命で軍事的に重要な役割を演じるレフ・トロツキーが二月革命当時にいたのはニューヨーク。そのころはメンシェビキのメンバーだった。トロツキーは1917年3月にニューヨークを離れ、途中で彼の乗った船がイギリス海軍に拿捕されてしまうが、4月には釈放された。ロシアへ着いたのは5月に入ってからだ。その後、トロツキーはボルシェビキに加わる。 ロシアで実権を握ったボルシェビキはドイツと1918年3月に講和条約(ブレスト・リトフスク条約)を結ぶ。交渉の過程でドイツは領土などで過大な要求をしてくるが、レーニンは党内の反対派を抑えて講和を成立させた。 これに対し、イギリス、フランス、アメリカ、日本などは1918年8月にロシアへ軍隊を派遣し、ボルシェビキ政権を潰す目的で干渉戦争を開始する。日本は1万2000名をウラジオストックへ駐留させるだけだとして軍隊を派遣した。干渉戦争に参加した国々にとって十月革命は想定外の出来事だったのだろう。 この年の11月に事実上、大戦は終了するが、日本は増派で7万人を上回る兵員を送り込み、1922年までシベリアにとどまった。この際、日本軍は金塊を持ち帰っている。この問題は憲政会の中野正剛による質問で表面化した。 持ち帰られた金塊は1万2000キログラムに達すると現在では考えられているが、そのうち8割ほどは朝鮮銀行の下関支店へ運ばれ、そこから大阪造幣局へ移されたと信じられている。またルーブル金貨は朝鮮銀行か横浜正金銀行で日本の通貨に換金されたと推測されている。(金原左門著『昭和の歴史 1 昭和への胎動』小学館、1988年)
2018.11.12
イギリスやアメリカ、つまりアングロ・サクソン系国の基本戦略は遅くとも20世紀の初頭から変化していない。1904年にイギリスの地理学者で地政学の父とも呼ばれているハルフォード・マッキンダーが発表した戦略で、ユーラシア大陸の周辺を支配し、内陸部を締め上げていくというもの。最終的にはロシア/ソ連を制圧することが目標だった。 マッキンダーは内陸部を締め上げるために「三日月地帯」を想定する。西ヨーロッパ、パレスチナ、サウジアラビア、インド、東南アジア諸国、朝鮮半島をつなぐ「内部三日月帯」とその外側の「外部三日月地帯」だ。内部三日月帯の上にイギリスはサウジアラビアとイスラエルを作り上げた。この内部三日月帯の西端にイギリスがあり、東端には日本。イギリスが長州と薩摩を支援して徳川体制を倒し、中国(清)やロシアへの軍事侵攻を支援したのは、それが自分たちの戦略だからだ。勿論、日本が好きだったわけではない。 ジョージ・ケナンの封じ込めもズビグネフ・ブレジンスキーのグランド・チェスボードもマッキンダーの戦略がベースになっている。現在、その戦略に基づいて動いているのはネオコンをはじめとするアメリカの好戦派だが、そのネオコンを育て、送り出したのはヘンリー・ジャクソン上院議員(1953年~83年)の事務所。 ヘンリー・ジャクソンの師と言われているバーナード・ルイスはイギリスの生まれで、第2次世界大戦ではイギリス軍の情報機関で活動していた。戦後、ロンドン大学とプリンストン大学で教えている。サミュエル・ハンチントンと同じようにルイスは「文明の衝突」を主張、シオニストを支持し、反イスラムということでも有名だ。(Robert Dreyfuss, “Devil’s Game”, Henry Holt, 2005)ブレジンスキーは「危機の弧」という概念を使い、ソ連の脅威を煽っていたが、この概念を考え出したのはルイスである。 冷戦時代にはソ連脅威論、ソ連消滅後は中国脅威論を宣伝していたのはアンドリュー・マーシャルONA(国防総省内部のシンクタンク)室長だが、この人物もルイスから世界観を学んでいた。ドナルド・ラムズフェルドはこのマーシャルを信奉している。 アメリカ支配層はバーナード・ルイスから大きな影響を受けているのだが、この人物には大きな問題があったと言われている。軍事力を重視、経済を軽視していたのだ。ネオコンは暴力的な手段を前面に出し、ターゲットを脅して屈服させようとしている。 圧倒的な力の差があれば機能するやり方だが、相手がロシアや中国では無理。そこで脅しはエスカレートし、全面核戦争の段階まで来てしまった。ヒラリー・クリントンはその戦術を実行するために選ばれた人物だ。 しかし、経済を軽視したネオコンの戦術はアメリカ支配層に従うメリットと経済破綻のデメリットの矛盾を拡大、支配システムを揺るがしている。日本も数年前からその矛盾に耐えられなくなりつつある。 アメリカとの取り引きで儲けてもドルをアメリカへ還流させなけらばならず、手元には高額兵器と財務省証券がたまるばかり。高額兵器を使う事態になれば日本は破滅であり、財務省証券は単なる紙切れだ。日本の大企業がロシアや中国との取り引きをしたがるのは当然である。そうした流れの中、日本で大企業のスキャンダルが頻発している事実は興味深い。 軍事面や情報面でアメリカに支配されている韓国だが、ロシアや中国との関係を着実に強化している。そうした器用な外交を安倍晋三政権ができるとは考えにくいが、状況がそうした行動を強いている。アメリカ支配層に従属することを優先すればロシアや中国を侵略し、略奪する道を進むしかない。当然、両国からは反撃があり、日本は滅びる。ロシアや中国とのビジネスを優先したなら、アメリカ支配層は日本をイラク、シリア、リビア、あるいはインドネシアのように破壊しようとするだろう。 日本では政治家や官僚だけでなく、自衛隊、警察、検察もアメリカのコントロール下にある。そうした人びとの周辺にいる学者やマスコミ関係者も似たようなもの。目先の利益を考えれば、こうした集団の「お告げ」を信じる、あるいは信じた振りをするべきなのだろうが、その先に未来はない。 近い将来、アメリカ本体がドル体制の崩壊で潰れる可能性がある。そうした展開になれば日本が独立する展開もありえるが、その準備をする動きは一部を除いて見られない。その一部とは沖縄だ。(了)
2018.11.12
1972年9月に内閣総理大臣だった田中角栄が中国を訪問して日中共同声明に調印、78年8月に日中平和友好条約が結ばれてから日本と中国との関係は基本的に悪くなかった。この関係が日本企業を支えてきたのだが、これは日本経済を完全に乗っ取ろうと考えていたアメリカの支配層にとって腹立たしいことだったはずだ。 その関係を崩す突破口に使われたのが尖閣諸島の領土問題。田中首相はこの問題を「棚上げ」にしていたのだが、2010年9月に海上保安庁が壊しにかかる。尖閣諸島付近で操業していた中国の漁船を日中漁業協定無視で取り締まり、漁船の船長を逮捕したのだ。 しかし、2011年3月11日に東北の太平洋側で巨大地震が起こってから雰囲気が変わる。東京電力の福島第1原子力発電所が破壊され、炉心が溶融して環境は広範囲にわたって放射性物質で汚染されたのだが、この大事故は逆に日本と中国との対立を緩和しそうになる。 そうした雰囲気を消し去り、関係悪化の方向へ戻したのが石原親子だ。まず、石原伸晃が2011年12月にハドソン研究所で講演、尖閣諸島を公的な管理下に置いて自衛隊を常駐させ、軍事予算を大きく増やすと発言する。この背後にはネオコンの大物でポール・ウォルフォウィッツの弟子にあたるI・ルイス・リビーがいたと言われている。当時、リビーはハドソン研究所の上級副所長だった。 2012年4月には石原伸晃の父親、石原慎太郎知事(当時)がヘリテージ財団主催のシンポジウムで尖閣諸島の魚釣島、北小島、南児島を東京都が買い取る意向を示し、中国との関係は決定的に悪くする。安倍晋三もハドソン研究所と関係が深いが、そのつながりを築いたのもリビーだ。 この間、2011年9月に総理大臣は菅直人から野田佳彦へ交代、「自爆解散」で2012年12月に政権の座を安倍晋三に譲る。中国との関係を悪化させるという点で3首相に大差はない。(つづく)
2018.11.11
安倍晋三首相は11月中旬、シンガポールで開催される東アジアサミットに合わせてロシアのウラジミル・プーチン大統領と会談すると伝えられている。 今年(2018年)10月26日に安倍は中国で李克強首相や習近平主席と会談したが、その際に約1000人の財界代表団が帯同、180億ドルの商談がまとまり、通貨交換(スワップ)協定の再開でも合意したという。その直後に安倍首相は東京でインドのナレンドラ・モディ首相と会い、今年9月にはプーチン大統領と会っている。 プーチン政権は2015年からウラジオストックで毎年9月、EEF(東方経済フォーラム)を開催している。今年は9月11日から13日にかけて開かれた。韓国の文在寅政権はロシアとの連携を強めてきたが、このフォーラムでも実績を残している。韓国が自分たちの承認なしに何かすることはないとドナルド・トランプ米大統領は議会で語ったようだが、そうした状況にはない。 しかし、日本はそうした状況にある。EEFで安倍首相(日本の官僚)が示したのはほかの参加国と違い、陳腐で安上がりな代物。経済力や技術力が低下している現実を理解できていないようだ。しかも安倍首相はロシアとの平和条約を締結しようというプーチン大統領の提案に対応できなかった。この問題に回答するためにはアメリカの支配層に「お伺い」を立てる必要があるからだ。 アメリカの支配層に従属、その手先になることで地位と収入を約束されている政治家や官僚、その周辺にいる学者やマスコミ関係者はアメリカ信仰という妄想の中で生きているようだが、大企業の経営者たちは違うのだろう。現実を見ている。(つづく)
2018.11.11

アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスで4名の白人至上主義者、つまりロバート・ルンド、ロバート・ボマン、タイラー・ローブ、アーロン・イーソンが起訴された。容疑は暴動の謀議と暴動。いずれもRAMという団体のメンバーだ。有力メディアなら、この起訴をドナルド・トランプ大統領に結びつけるかもしれないが、その背景を調べるとバラク・オバマ政権との関係が浮かび上がってくるのだ。RAMは2016年から17年にかけての冬、ルンドとベン・デイリーによって創設された。 FBI特別捜査官の宣誓供述書を読むと、ルンド、デイリー、マイケル・マイセリスを含む数人のメンバーは2018年春にドイツ、ウクライナ、イタリアを訪問、その際にウクライナでナショナル兵団の幹部オレナ・セメニャカと会っている。この団体は2016年にウクライナの武装組織アゾフ大隊から分離して作られた。こうしたウクライナのネオ・ナチからRAMのメンバーは訓練を受けたと言われている。 アゾフは2014年5月に創設されたとされているが、メンバーはネオ・ナチ、つまり同年2月に合法政権を倒したクーデターの実行者だ。創設資金を出したイゴール・コロモイスキーはウクライナ、キプロス、イスラエルの三重国籍を持つシオニストである。アゾフのメンバーのうち約半数には犯罪歴があると言われ、東部ドンバス(ドネツクやルガンスク)での民族浄化作戦にも参加している。 キエフのクーデター体制だけでなくアメリカからアゾフは資金を提供されていると言われ、昨年(2017年)11月にはアメリカの視察団がアゾフの元を訪れた。兵站や関係強化について話し合ったと伝えられている。イスラエルからは武器を供給されているとも言われている。 ウクライナのクーデターにポーランが果たした役割は小さくない。ポーランド大統領の治安担当顧問だったイエルジ・ドボルスキがネオ・ナチによるウクライナ制圧作戦に参加しているほか、2013年9月にウクライナのクーデター派86人を大学の交換留学生としてポーランド外務省が招待、ワルシャワ郊外にある警察の訓練センターで4週間にわたって暴動の訓練をしたと伝えられている。さらに、ポーランドの軍事会社ASBSオタゴの戦闘員も東部の制圧作戦に参加しているという。 アゾフが創設される前の月にはアメリカの副大統領だったはジョー・バイデンとCIA長官だったジョン・ブレナンがキエフを相次いで訪れ、それから間もない5月2日にオデッサでネオ・ナチのグループは反クーデター派の住民を惨殺している。ネオ・ナチは労働組合会館へ逃げ込んだ人びとを虐殺、建物に火を放ち、一部の人びとは焼き殺されている。この事件を西側の有力メディアは反クーデター派を悪玉にして描いていた。 2014年6月2日にはアメリカのデレク・チョレット国防次官補がキエフ入りしたが、そのタイミングでルガンスクへの空爆が始まる。キエフ政権へ送り込まれた部隊は住宅地を攻撃、住居を破壊して住民を死傷させた。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると、100万人を超す住民が避難、そのうち81万人がロシアへ入国したとしている。つまり、ルガンスクは反ロシア勢力に攻撃されたのだ。住む人のいなくなった住宅へ西部から人が移り住んだとも報告されている。イスラエル建国のときと似た情景だ。 ウクライナのネオ・ナチはステファン・バンデラの信奉者でもある。このバンデラは1930年代後半から活動していた反ロシア派の組織OUNの幹部。バンデラの一派はイギリスの対外情報機関MI6のフィンランド支局長だったハリー・カーに雇われていた。 ウクライナがドイツに占領されていた時代、彼らは「汚い仕事」を引き受け、ユダヤ人90万名が行方不明になった出来事に関与していると言われている。1941年以降、バンデラ派はドイツから資金を受け取り、その幹部だったミコラ・レベジはクラクフにあったゲシュタポ(国家秘密警察)の訓練学校へ入った。 その後、ウクライナの民族主義者が独立を宣言するとナチスの親衛隊は弾圧に乗り出し、バンデラたちも逮捕されるが、ザクセンハウゼンの強制収容所では特別待遇を受けている。その間、レベジは拘束されていない。 1943年になるとバンデラ派はUPA(ウクライナ反乱軍)を編成、反ボルシェビキ戦線を設立した。この組織は大戦後の1946年にABN(反ボルシェビキ国家連合)となり、APACL(アジア人民反共連盟、後にアジア太平洋反共連盟に改名)と合体してWACL(世界反共連盟)の母体になった。WACLは1991年にWLFD(世界自由民主主義連盟)へ名称が変更変更になるが、この年の12月にはソ連が消滅している。ソ連消滅後、こうした組織のメンバーは旧ソ連圏へ戻って活動を始めた。 そして現在、東ヨーロッパへ戻ったネオ・ナチがアメリカの白人至上主義者を訓練している。今後、暴力的な事件を起こす可能性があるが、それを利用してアメリカ支配層はファシズム化を進めるかもしれない。1960年代から80年代にかけてアメリカやイギリスの情報機関はイタリアで「極左」を装って破壊活動を繰り返し、コミュニストに打撃を与えて治安体制を強化した。事実上、コミュニストの存在しないアメリカでは「極右」が口実として使われる可能性がある。
2018.11.11
支配層のうち反トランプ派は有力メディアを支配しているが、そのひとつがCNN。このテレビ局のジム・アコスタは11月8日開かれた記者会見でトランプ大統領と言い合いになった。その際、記者からスタッフの女性がマイクを取ろうとしたのだが、記者はその手を払いのけようとした。映像を見る限り反射的だが、それを巡って新たな対立が始まったようだ。 世界貿易センターとペンタゴンが攻撃される直前、CNNの支配層への従属度は格段に高まる。1999年にアメリカ陸軍の第4心理作戦群の隊員が2週間ほどCNNの本部で活動していているのだ。アメリカ軍の広報官トーマス・コリンズ少佐によると、派遣された軍人はCNNの社員と同じように働き、ニュースにも携わったという。(Trouw, 21 February 2000) その前年、1998年にも重要な出来事があった。アメリカ軍のMACV・SOG(ベトナム軍事援助司令部・調査偵察グループ)が1970年にインドシナで逃亡兵をサリンで殺害したとCNNは報じたのだ。その作戦名はテイルウィンド(追い風)。 ベトナム戦争では指揮系統が違うふたつの戦闘集団が存在していた。正規軍とCIA/特殊部隊だ。後者はアメリカの侵略に抵抗する動きを潰すため、住民皆殺し作戦のフェニックス・プログラムを実行している。共同体を破壊しようとしたとも考えられている。 この作戦を指揮したひとり、ウィリアム・コルビーはCIA長官時代にフランク・チャーチ上院議員が委員長を務める「情報活動に関する政府による作戦を調査する特別委員会」の公聴会で「1968年8月から1971年5月までの間にフェニックス・プログラムで2万0587名のベトナム人が殺され、そのほかに2万8978名が投獄された」と証言した。ウィリアム・カリー中尉に率いられた部隊が1968年3月にソンミ村(ミ・ライ)の住民を虐殺した事件もその作戦の一環だったとみられている。 この虐殺が広く知られるようになったのは1969年11月になってから。事件に関するシーモア・ハーシュの記事が報道されたのだが、アメリカ軍に従軍していた記者やカメラマンは虐殺の直後からその事実を知っていたにもかかわらず報道されていない。「正規のルート」では情報が流れなかった。 1970年7月から74年7月まで統合参謀本部の議長を務めたトーマス・ムーラー提督もこうした秘密工作を知りうる立場にあったひとり。CNNのサリン報道で最も重要な証人はこのムーラー提督だ。同提督の部下がサリンが使用される事実を確認したという。 この報道をしたCNNは軍人組織だけでなくライバルの有力メディアからも激しく攻撃された。CNNの経営陣は、報道内容のチェックを弁護士のフロイド・エイブラムズに依頼し、1カ月にも満たない短期間で報告書を作成させている。報告書の結論は報道内容を否定するものだったのだが、引用に不正確な部分があり、慎重に調べたとは到底言えない代物だ。 例えば、エイブラムズは報告書の中でムーラー提督を認知症の老人であるかのように表現しているのだが、報告書が作成された当時でもゴルフ場で普通にブレーし、別の事件で記者会見に登場するほどの健康体だった。番組を担当したプロデューサーのエイプリル・オリバーによると、放送では示されなかった重要な情報をCNNは隠しているという。(筆者に対するApril Oliverの回答)。 結局、番組を担当したふたりのプロデューサー、ジャック・スミスとエイプリル・オリバーは報道を事実だ主張し続けたため、解雇されてしまう。担当プロデューサーが事実だと強い姿勢で臨んでいた以上、徹底した調査をするべきだったのだが、CNNは不自然な形で幕引きを図った。 ジョージ・W・ブッシュ政権は2003年3月、統合参謀本部内の反対意見を押し切るかたちでイラクを先制攻撃したが、その際に使われた口実が大量破壊兵器。この話は嘘だったのだが、その嘘の中でイギリスのトニー・ブレア政権はイラクが45分で大量破壊兵器を使用できると主張している。 開戦の2カ月後、BBCのアンドリュー・ギリガンはラジオ番組で「45分話」を主張する「9月文書」は粉飾されていると語り、さらにサンデー・オン・メール紙でアラステアー・キャンベル首席補佐官が情報機関の反対を押し切ってこの話を挿入したとも主張している。ギリガンの情報源だったイギリス国防省の生物兵器担当者、デイビッド・ケリーは7月15日に外務特別委員会へ呼び出されたが、その2日後に変死する。ケリーは政府の嘘に憤っていた。その後、2004年10月に「45分話」が嘘だということを外務大臣のジャック・ストローは認めた。 ギリガンの報道にブレア政権は怒り、BBCの執行役員会会長と会長が辞任に追い込まれた。ギリガンもBBCを追い出される。この後、この放送局はプロパガンダ色が強まり、リビアやシリアへの軍事侵略を始めてからは偽情報を流し続けている。 第2次世界大戦の直後に始まったモッキンバードは報道を統制することが目的だったが、それでも間隙を縫って事実を報道することは可能だった。1970年代の後半から報道統制は強化され、巨大資本によるメディア支配も進んだ。そして9/11の前後から米英の報道統制は質的に変化、今では有力メディアの伝える話から事実を見つけ出すことが難しいほどだ。その有力メディアを無批判に信じることも犯罪的だと言えるだろう。(了)
2018.11.10
本ブログでは繰り返し説明してきたように、「ロシアゲート」に根拠はない。アメリカの電子情報機関NSAで最高の分析官のひとりと言われ、NSAの不正を内部告発したことでも知られているウィリアム・ビニーも指摘しているが、「ロシアゲート」が事実ならNSAから通信の傍受記録を取り寄せるだけで決着が付く。特別検察官を任命する必要はないということだ。特別検察官を任命したということはロシアゲートがインチキであることを示しているとも言える。この作り話はトランプを攻撃するだけでなく、2016年に発覚したヒラリー・クリントン陣営のスキャンダルを隠蔽するためにも使われている。 バラク・オバマ政権はジハード傭兵を使ってシリアやリビアを侵略、政権を転覆させて傀儡体制を築こうとした。リビアの政権転覆は成功したが、シリアはロシア政府が阻止する。アメリカ支配層はロシアの再属国化を目論んでいることもあり、ロシアとの関係を悪化させていった。 ネオコンをはじめとするアメリカ支配層の基本戦術は「脅して屈服させる」だが、ロシアも中国も屈しない。そこで脅しをエスカレートさせるのだが、その先には全面核戦争が待ち受けている。そうした道をヒラリー・クリントンも歩もうとしていた。それに反対、ロシアとの関係修復を訴えたのがトランプだ。 現在、アメリカでロバート・マラー特別検察官がロシアゲート疑惑を調べている。このマラーは2001年9月4日から13年9月4日かけてFBI長官を務めた。ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンにある国防総省の本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたのはFBI長官就任の1週間後。この攻撃では詳しい調査が行われていないが、この事件の真相を隠蔽したとマラーは批判されている。 特別検察官の任命への道を切り開く動きは2017年3月から始まる。アメリカ下院情報委員会でアダム・シッフ議員がロシア政府による選挙介入を主張する声明を出したのが始まりだ。その根拠になったのは「元MI6」のクリストファー・スティールが作成した報告書なのだが、根拠薄弱だということはスティール自身も認めている。 スティールに調査を依頼したのはフュージョンなる会社で、そのフュージョンを雇ったマーク・エリアス弁護士はヒラリー・クリントン陣営や民主党全国委員会の法律顧問を務めていた。 フュージョンを創設したひとりであるグレン・シンプソンによると、同社は2016年秋にネリー・オーなる人物にドナルド・トランプの調査と分析を依頼している。その夫であるブルース・オーは司法省の幹部で、このオーとシンプソンは2016年11月に会っている。その直後にブルースは司法省のポストを失い、フュージョンはスティールに調査を依頼することになる。 こうした根拠のない話でターゲットを有罪にする手段がアメリカでは整備されている。司法取引だ。誰かを無関係の事件、場合によってはでっち上げで逮捕し、目的を達成するために偽証を強いるのだ。つまり、無実でも有罪にすることは難しくない。それがアメリカにおける「法の支配」だ。(つづく)
2018.11.09
アメリカでは民主党や有力メディアがドナルド・トランプを失脚させようと必死で、今回の中間選挙でも争点はトランプだった。反トランプ勢力が目的達成のために叫び続けているのは「ロシアゲート」。2016年のアメリカ大統領選挙にロシア政府が介入したという主張だが、そうした疑惑の存在を裏付ける事実は示されてこなかった。「我々を信じろ」というばかりだ。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、2016年2月まで、この大統領選挙でヒラリー・クリントンが当選することは確実視されていた。2015年6月にオーストリアで開かれたビルダーバーグ・グループの会合にジム・メッシナというヒラリー・クリントンの旧友が出席していたからだ。 欧米エリート層の利害調整機関と見られているビルダーバーグ・グループの生みの親と言われているユセフ・レッティンゲルはヨーロッパをイエズス会の指導の下で統一しようと考え、第2次世界大戦の前から活動していた人物。イギリスの対外情報機関MI6のエージェントでもあり、大戦中はロンドンへ亡命していたポーランドのブワディスラフ・シコルスキー将軍の側近を務めた。 シコルスキーはコミュニストを敵視、イギリス政府の支援を受けて亡命政府を名乗っていた。レッティンゲルは1952年、オランダ王室のベルンハルトへ接近する。このベルンハルトが所有、オランダのアルンヘム近くにあるビルダーバーグ・ホテルで、ある集団が1954年5月に第1回目の会議を開き、コミュニズムやソ連に関する問題などを討議した。その開催場所の名称からこの集まりはビルダーバーグ・グループと呼ばれるようになる。グループの初代会長はこのホテルのオーナーであるベルンハルト王子で、1976年にロッキード事件で辞任するまでその座にあった。 レッティンゲルはヨーロッパ統一運動を指導していたひとり。その運動へはACUE(ヨーロッパ連合に関するアメリカ委員会)から資金が流れていた。ACUEはアレン・ダレスをはじめとするアメリカのエリートがイギリスのウィンストン・チャーチルからの協力を受け、1948年に設立された組織。ウォール街の弁護士でOSSの長官を務めたウィリアム・ドノバンが会長に就任している。副委員長は戦中から戦後にかけて、OSSとCIAで破壊工作を指揮したアレン・ダレスだ。このACUEへはアメリカの富豪たちから資金が提供されていた。 ビルダーバーグ・グループ、あるいはその背後に存在する富豪層は現在でも支配的な立場にあり、そのグループに親友が招かれたヒラリー・クリントンは次期アメリカ大統領に内定したと考えられたのだ。しかも、彼女はズビグネフ・ブレジンスキーの教え子であるマデリーン・オルブライトやネオコンのビクトリア・ヌランドと親しいと言われている。ヒラリーとビルの政治的な立場を同じだと考えるべきではないだろう。 ところが、2016年2月10日にヘンリー・キッシンジャーがロシアを訪問してウラジミル・プーチン大統領と会談、22日にシリアで停戦の合意が成立する。キッシンジャーはアメリカの破壊工作機関OPC(後にCIAの秘密工作部門の中枢になる)に所属したことがあり、ビルダーバーグ・グループで中心的な役割をはたしてきたひとり。ネルソン・ロックフェラーと親しかったことでも知られている。ビルダーバーグ・グループのアメリカ側の中心メンバーはロックフェラー色の濃いCFR(外交問題評議会)と結びついている。 支配層の内部でヒラリー・クリントン離れが起こった一因は、おそらく、2014年のウクライナにおけるクーデターだろう。ネオコン人脈がネオ・ナチを使い、合法政権を倒したのだが、戦略的に重要なクリミアの制圧に失敗してロシアへ追いやることになり、ウクライナ東部のドンバスでは戦闘が続いている。それ以上に大きかったのは、こうしたアメリカ側の手口を見たことで中国がロシアへ急接近、この2カ国が戦略的な同盟関係に入ってしまったことだ。キッシンジャーは米中の関係回復を演出した当時も中国とソ連/ロシアを対立させようとしてきた。 ウクライナのクーデターはロスチャイルド資本の存在を浮かび上がらせることになった。イスラエルの介入も指摘されている。この勢力とキッシンジャーの後ろ盾と対立が始まった可能性もある。そうした利害の衝突を調整する役割を担ってきたのがビルダーバーグ・グループだとも言われているが、その調整はまだうまくいっていないようだ。(つづく)
2018.11.09
イスタンブールのサウジアラビア領事館で殺されたと見られているジャマル・カショーギの言動はイスラエルの会社NSOグループが開発したスパイウェアー、ペガサスによって監視されていたとエドワード・スノーデンは11月6日に語った。ペガサスが組み込まれていたと見られているのは、カナダに住むカショーギの友人が使っているスマートフォン。その携帯電話でサウジアラビアの政治や彼らのプロジェクトについて話し合っていたという。 NSOの創設者はイスラエルの電子情報機関8200部隊(ISNU)の出身。私企業を起こす「元隊員」が少ないないのだが、それらの実態は8200部隊と関係の深いフロント企業だと見られている。アメリカでも1970年代後半からCIAは議会の監視の目を避けるために「民営化」を推進してきた。 8200部隊と緊密な関係にあるアメリカのNSAやイギリスのGCHQ、つまりUKUSAは全ての通話を傍受、記録していると言われているので、カショーギや彼の友人たちの通話だけでなく、サウジアラビア政府側の通話も傍受していたはず。つまり、UKUSAはカショーギ殺害を予測できたはずだということだ。 1970年代のアメリカ議会では、上院のチャーチ委員会や下院のパイク委員会が情報機関の秘密工作を追及していた。現在の議会は当時と違って支配層の完全なコントロール下にあるが、それでも民営化の流れは止まっていない。それだけメリットが大きいということだろう。 1976年にはフランス、サウジアラビア、エジプト、モロッコ、そして王政時代のイランの情報機関がサファリ・クラブなる集合体を形成している。これもアメリカ議会による調査に対抗することが目的で、実際に主導権を握っていたのはCIA。そこで第2のCIAとも呼ばれた。CIAとサファリ・クラブとの連絡係を務めていたシオドア・シャックレーは後のアメリカ大統領、ジョージ・H・W・ブッシュと親しく、1980年代に発覚したイラン・コントラ事件でも名前が浮上する。なお、このクラブにはジャマル・カダフィの伯父、アドナン・カショギも参加していた。 アメリカはでは1974年にリチャード・ニクソンが大統領を辞任、副大統領だったジェラルド・フォードが昇格、デタント派が粛清され、ネオコンが台頭している。そうした中、CIAの秘密工作の一端を議会で明らかにしたウィリアム・コルビーCIA長官は解任され、引き継いだのはジョージ・H・W・ブッシュ。この人物はエール大学でCIAにリクルートされ、秘密工作で指導的な立場にいた可能性が高い。 1991年までのどこかの時点でブッシュやシャックレーを含むCIA人脈はソ連の情報機関だったKGBの中枢と結びついたと見られている。両機関を結びつけたのはイスラエルのモサドで、実際に動いていたのはイギリスのミラー・グループを率いていたロバート・マクスウェルと1985年までアメリカの上院議員だったジョン・タワー。 1989年にタワーは国防長官に指名されるが、スキャンダルで実現しなかった。手続きの途中でイスラエルのスリーパーだということが発覚したことが原因だと言われている。このタワーは1991年4月に飛行機事故で死亡した。その7カ月後にはマクスウェルの死体がカナリア諸島沖で発見された。この年の12月にソ連が消滅している。 アメリカの情報機関はグーグルやフェイスブックといったインターネット関連の巨大企業やコンピュータ関連の会社と緊密な関係にあり、情報の収集や分析に協力している。その情報機関は私企業化が進んでいるわけで、強大な私的権力が形成されつつあるとも言えるだろう。 その私的権力に含まれるフェイスブックはアメリカの中間選挙を前に、ページとアカウントの大規模な削除を実施した。ターゲットの中には有力メディアのフェイク・ニュースを明らかにしていた人びとも含まれている。この私的権力による検閲にはNSC(国家安全保障会議)でサイバー問題の責任者を務めた経験があるナサニエル・グレイチャーが加わっている。 強大な私的権力が国をも支配するシステム、それはファシズムにほかならない。
2018.11.08
COGプロジェクトと並行して思想戦が始められている。「民主主義」といった標語、タグを使い、人びとの心理を操ろうということ。国内向けは「プロジェクト・トゥルース」、国外向けは「プロジェクト・デモクラシー」と名付けられた。 このプロジェクトで中心的な役割を果たしていたウォルター・レイモンドはCIAのプロパガンダ担当オフィサーで、1982年からNSC(国家安全保障会議)のスタッフになっている。(Robert Parry, “Secrecy & Privilege”, The Media Consortium, 2004) COGの源流は1958年にドワイト・アイゼンハワー政権が設置した地下政府。本ブログでも繰り返し書いてきたが、当時、アメリカでは軍や情報機関の好戦派がソ連に対する先制核攻撃を計画、その準備を始めていた。沖縄の軍事基地化が強引に進められた理由もここにある。その当時、琉球民政長官だったのが好戦派のひとりでアレン・ダレスと親しく、後に統合参謀本部議長になるライマン・レムニッツァーだ。 こうした好戦派はドイツとの戦争で疲弊したソ連の状況を熟知、核兵器やその運搬手段の開発状況からアメリカは核戦争で圧勝できると信じていた。その実行期日として設定されたのが1963年。この計画の前に立ちはだかったジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺された。 このときに設置された地下政府は9つの局で構成され、それぞれの長も決められた。その後、ひとりが交代になったことから、この局長候補たちは「アイゼンハワー・テン」と呼ばれている。この計画はFEMA、そしてCOGにつながった。 世界制覇が計画され、国外での侵略の準備が始まるのはソ連が消滅した直後の1992年2月。国防総省では次官だったポール・ウォルフォウィッツを中心にDPG草案が作成されたのだが、これは世界制覇を目的としていた。いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリン。ウォルフォウィッツを含むネオコンは、ソ連の消滅によってアメリカが唯一の超大国になり、国連を無視して単独で行動できるようになったと考えたのだ。 ウェズリー・クラーク元欧州連合軍(現在のNATO作戦連合軍)最高司令官によると、ウォルフォウィッツは1991年の段階でイラク、シリア、イランを殲滅すると口にし、9/11の10ほど後にはドナルド・ラムズフェルド国防長官たちは侵略予定国のリストを作成していた。イラクからはじまり、シリア、レバノン、リビア、ソマリア、スーダン、そして最後にイランだ。ジョージ・W・ブッシュ政権がイラクを先制攻撃したのは2003年3月、11年にはバラク・オバマ政権がシリアやリビアをジハード傭兵で侵略しはじめる。 ブッシュ政権はアメリカ軍を主力とする正規軍で攻め込んだが、当初の予定とは違って親イスラエル政権を樹立することに失敗、イランに近い体制になった。そこでアメリカのネオコンはイスラエルやサウジアラビアと手を組み、アル・カイダ系のジハード傭兵を使うことになる。その方針に基づき、オバマ大統領は2010年8月にPSD-11を出し、ムスリム同胞団を主力とする傭兵で体制転覆を目論んだのである。 ところで、国内のファシズム化や国外での侵略で中心的な役割を果たしてきたのはネオコン。基本的にはシオニストで、元トロツキストが多いと言われている。この勢力が台頭してくるのは1972年の大統領選挙だった。 当時のアメリカはベトナム戦争で疲弊、反戦的な機運が高まっていた。そこで支配層を動揺させる事態が生じる。戦争に反対していたジョージ・マクガバン上院議員が民主党の大統領候補に選ばれてしまったのである。 民主党の幹部は慌てる。そこでヘンリー・ジャクソン上院議員を中心に反マクガバン派が形成され、マクガバンを落選させるための工作が始まった。マクガバンの周辺にいたのはポール・ウォルフォウィッツ、リチャード・パール、ダグラス・フェイス、エイブラム・シュルスキー、エリオット・エイブラムスなど、後にネオコンの中枢になる若者たちだ。 反マクガバンのキャンペーンではジョージア州知事だったジミー・カーターも率先して参加、そのカーターに目をつけたのがデイビッド・ロックフェラーとズビグネフ・ブレジンスキーだ。カーターは1976年の大統領選挙で勝利するが、イスラエルへの忠誠度が足りなかったこともあり、再選されなかった。 選挙では共和党のリチャード・ニクソンが勝利するが、デタントへ舵を切ったことから好戦派は反発する。そうした中、ウォーターゲート事件が起こり、1974年8月に辞任し、副大統領だったジェラルド・フォードが昇格した。フォードはJ・エドガー・フーバーFBI長官と親しく、ジョン・F・ケネディ大統領暗殺に関する委員会で委員を務めている。 このフォード政権でデタント派は粛清される。特に重要だとされているのは、CIA長官と国防長官の交代。CIA長官は議会でCIAの秘密工作の一端を明らかにしたウィリアム・コルビーからジョージ・H・W・ブッシュへ、また国防長官はジェームズ・シュレシンジャーからドナルド・ラムズフェルドへ替わっている。 1970年代の半ばから巨大資本によるメディア支配が強化され、気骨あるジャーナリストは排除される。その一方で情報機関では内部告発が難しくなるようにシステムを変更、議会の監視から逃れるために「民営化」を進めた。この民営化は他国の情報機関とのネットワーク化を推進、各国政府の情報機関コントロールは難しくなっていく。そしてCOGがはじまり、ソ連消滅をはさんでウォルフォウィッツ・ドクトリンへとつながるわけだ。(了)
2018.11.07
アメリカの中間選挙でもドナルド・トランプを悪役として描く人が少なくない。これまでニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポストアメリカ紙といった有力メディアは国外での侵略を正当化し、国内ではファシズム化を推進するために嘘をつき続けてきた。その有力メディアが必死に攻撃しているということは、トランプにはまだ希望があるということを意味しているのだろう。 トランプを排除すればアメリカは民主的な国になるかのような主張もある。「左」とか「リベラル」と見なされている有名人の中にもこうした妄想を口にする人がいる。これは非常に危険なことだ。国外での侵略と国内でのファシズム化は少なくとも1970年代以降、政権に関係なく続いてきたアメリカ支配層の基本戦略なのである。 言うまでもなく、アメリカはヨーロッパからの移民が「異教徒」、つまりインディアンと呼ばれる先住民を虐殺、土地を占領して生まれた国だ。ヨーロッパのキリスト教徒はこうした殺戮をしてもかわないと考えていたのだろうが、こうした考えを持っていたヨーロッパ人はメイフラワーでアメリカへ渡ったピルグリム・ファーザーズやその後継者たちに限らない。11世紀終盤から13世紀にかけて中東を侵略した十字軍も同じ思想に基づいている。この時点で一部のキリスト教徒はカルト化している。 しかし、侵略とファシズム化がシステム化されるのは比較的最近。アメリカの憲法を麻痺させる上で重要な役割を果たしたのは2001年10月25日に成立した「愛国者法(USA PATRIOT Act / Uniting and Strengthening America by Providing Appropriate Tools Required to Intercept and Obstruct Terrorism Act / テロリズムの阻止と回避のために必要で適切な手段を提供することによりアメリカを統合し強化するための法律)」である。 ニューヨークの世界貿易センターとバージニア州アーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃されたことを受け、1カ月あまりで書き上げられた340ページを超す法律で、議会はこれを1週間で承認している。これだけの分量の法律をこの程度の期間で書きたことには驚く。承認前にこの法律を呼んだ上が議員が多いとも思えない。 憲法の機能を停止させるこの法律がこれほど短期間に書き上げられた理由は、すでに準備が整っていたからにほかならない。1982年にロナルド・レーガン大統領が承認したCOG(政府の継続)プロジェクトによって地下政府を構築する作業が始まったのだ。 伝えられているところによると、ジョージ・H・W・ブッシュ、ドナルド・ラムズフェルド、リチャード・チェイニー、ジェームズ・ウールジーたちで構成される上部組織と、官僚、将軍、CIAの幹部、「引退」した軍人や情報機関員など数百人で編成される下部組織に分けられていた。この計画では、仕組みを作るだけでなく演習も実施している。この地下政府を始動させる当初の条件は核戦争の勃発だったのだが、1988年に出された大統領令12656によって国家安全保障上の緊急事態に変更された。そして2001年9月11日に国家安全保障上の緊急事態が発生したとされたわけだ。(つづく)
2018.11.07
アメリカの支配層はフェイク・ニュースで人心を操作している。その重要な道具が有力メディアだということは言うまでもない。日本にはアメリカの有力メディアを「言論の自由」の象徴だと錯覚、崇拝している人もいるようだが、実態はプロパガンダ機関、つまりフェイク・ニュースの発信源だ。 第2次世界大戦が終わった直後に情報をコントロールする目的でモッキンバードというプロジェクトが始められたことは本ブログでも繰り返し書いてきたが、1991年12月にソ連が消滅した後、西側ではあからさまな偽情報が伝えられるようになった。これはウォルフォウィッツ・ドクトリンに基づくネオコンの世界制覇計画と連動している。 有力メディアが戦争熱を煽るが、1993年にアメリカ大統領となったビル・クリントンは戦争に消極的。そうしたこともあり、この年の9月2日には有力者の公開書簡がウォール・ストリート・ジャーナル紙に掲載された。署名した有力者にはイギリスのマーガレット・サッチャー元首相、アメリカのジョージ・シュルツ元国務長官、フランク・カールッチ元国防長官、ズビグネフ・ブレジンスキー元国家安全保障問題担当大統領補佐官、ポール・ニッツェ、ジョージ・ソロス、あるいはネオコンとして知られているジーン・カークパトリック、アルバート・ウールステッター、ポール・ウォルフォウィッツ、リチャード・パールが含まれていた。その後、クリントン大統領はスキャンダルで苦境に陥る。 クリントン政権が好戦的な方向へ開示を切ったのは、ヒラリー・クリントンの友人でブレジンスキーの教え子でもあったマデリーン・オルブライトが国務長官へ就任した1997年1月以降。オルブライトは1998年秋にユーゴスラビアへの先制攻撃を支持すると表明した。 1998年10月にクリントン大統領はリチャード・ホルブルックをユーゴスラビアへ派遣、コソボから軍隊を引き揚げなければ空爆するとスロボダン・ミロシェビッチ大統領を脅し挙げた。ミロシェビッチは10月の終わりに撤退計画を発表しているが、アメリカ支配層は空爆へ突き進む。 コソボにあるユーゴスラビアの警察署で45名が虐殺されたという話が1999年1月に流されるが、これは嘘だった。死者が出たのは警察側とKLA(コソボ解放軍、UCKとも表記)との戦闘の結果で、その様子はAPのテレビ・クルーが撮影していた。 偽情報の発信源であるウィリアム・ウォーカーはアメリカの元エル・サルバドル駐在大使。大使時代の1989年にエル・サルバドルではカトリックの指導的立場にあった司祭6名とハウスキーパーやその娘がエルサルバドル軍によって殺害されたが、この事件に関する調査をウォーカーは妨害している。教会が脱出させようとした目撃者にウォーカーたちは接触し、証言内容を変えなければエルサルバドルに送り返すと脅したのだ。そして1999年3月、NATO軍はユーゴスラビアに対して全面攻撃を加えた。 なお、1999年3月にクリントン大統領を追及していた検察側の中心的な証人が反クリントン・キャンペーンを展開しているグループからカネを受け取っていることが判明、検察側が偽証工作を行った疑惑も出て来た。(Murray Waas, 'Behind the Clinton cocaine smear,' SALON, March 26, 1998) 2003年3月にジョージ・W・ブッシュ政権はイラクを先制攻撃するが、その口実にされた「大量破壊兵器」の話が嘘だということはブッシュ政権の閣僚たちも認めている。その嘘でイラクは破壊され、100万人程度の市民が殺されたと推測されている。 バラク・オバマ大統領が2011年にアル・カイダ系武装勢力(サラフィ主義者やムスリム同胞団が中心)を使ってリビアやシリアへの侵略戦争を開始、リビアではNATO軍がその武装勢力を空爆で支援した。この辺の事情は本ブログで繰り返し書いてきたので、今回は割愛する。この侵略戦争では人権や民主といったタグが使われたが、いずれも嘘だった。 オバマ政権は2013年から14年にかけてウクライナでクーデターを実行している。その手先になったのはネオ・ナチ。民主的に選ばれた政権を暴力的に排除、今でも破壊と殺戮を続けている。このクーデターをロシアからの侵略だと宣伝してきたのも西側の有力メディアだ。 リビアのムアンマル・アル・カダフィは8カ月ほどで倒されたが、シリアのバシャール・アル・アサド政権は倒れない。オバマ政権が直接的な軍事介入の準備を整えた2015年にロシア軍がシリア政府の要請で介入、アメリカなど侵略勢力の手先になっていたアル・カイダ系武装勢力やそこから派生したダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)の支配地域は急速に縮小、アサド政権の打倒は無理な状況になっている。 アメリカ支配層は富を独占するために破壊と殺戮を繰り返し、その実態を隠すためにフェイク・ニュースを流し、その嘘を暴く情報を「フェイク・ニュース」だと攻撃してきた。事実をチェックすれば有力メディアの嘘はすぐわかるのだが、権威好きの人びとには有力メディアのフェイク・ニュースは効果的なようだ。 アメリカの支配層にはビル・クリントン、ジョージ・W・ブッシュ、バラク・オバマ、ドナルド・トランプといった歴代大統領も含まれている。支配層には一種の派閥があり、今は対立が激しくなっている。オバマやヒラリー・クリントンを担いだ勢力はトランプやウラジミル・プーチンを悪役に仕立て上げ、自分たちは善人づらしているが、フェイク・ニュースという点ではこの反トランプ派の方があくどい。 こうした反トランプ派の有力メディアが展開してきたロシアゲートは証拠が示されていない。単なる言いがかり。いや、証拠はそれがフェイク・ニュースだということを示しているのだが、アメリカの有力メディアを崇拝している人にはその実態が見えていない。 第2次世界大戦後、そうしたフェイク・ニュースをつかった人物がアメリカで猛威を振るった。その人物とは上院議員だったジョセフ・マッカーシー。その背後にはFBI長官だったJ・エドガー・フーバーがいた。「マッカーシー旋風」はマッカーシー上院議員だけで行ったわけではない。 フーバー長官は映画の影響力を認識、ハリウッドの情報収集と弾圧を展開する。そのときに手先になったひとりがロナルド・レーガン。後のアメリカ大統領だ。ハリウッドはカリフォルニア州にあるが、1943年から53年にかけてカリフォルニア州知事を務めたのが後にジョン・F・ケネディ大統領暗殺に関する委員会の委員長に就任するアール・ウォーレン。その関係でフーバーとウォーレンは関係が深かった。言うまでもなく、現在のハリウッドは支配層の宣伝機関、偽情報の発信源にすぎない。
2018.11.07
イランに対するアメリカ政府の「再制裁」は機能していない。アメリカ支配層による一極支配と戦っているロシアや中国は勿論、トルコやインドもイランと石油取引を継続する意思を示していたが、イラクや韓国、そしてアメリカの属国である日本もイランから石油を輸入し続けているようだ。ドナルド・トランプ米大統領は今年(2018年)8月、イランに対する「再制裁」を11月5日から実施するように命令していた。 こうした状況を受け、ドナルド・トランプ政権は中国、インド、トルコ、韓国、日本のほか、ギリシャ、イタリア、台湾の8カ国が「一時的に」イランから石油を買うことを認めたという。「6カ月の猶予期間」を設けたというのだが、そうしなければアメリカの命令を支配下の国も無視したことになってしまい、自分たちの支配力が低下していることを宣伝することになるからだろう。いわばダメージコントロール。 この8カ国がアメリカの命令に従ってイランからの石油輸入を止めたなら、1バーレルあたり100ドルは突破すると見る人が少なくなかった。サウジアラビアなどが増産に応じたとしてもカバーしきれず、相場は100ドルを遙かに上回るとみる人もいた。 そのサウジアラビアに対し、トランプ政権は今年(2018年)9月末までにロッキード・マーチン製のTHAAD(終末高高度地域防衛)ミサイル・システムの購入を決めるように求めていたが、確約は得られなかった。それどころか、昨年10月にロシアを訪問したサウジアラビアのサルマン国王はロシア製の防空システムS-400を購入することで合意したと伝えられている。性能面でTHAADより優れているS-400を選ぶことは当然だが、そうしたことをされるとドルを回収できず、ドルを発行する特権で世界を支配するという仕組みが揺らぐ。 トランプ大統領は10月2日、ミシシッピー州で開かれた集会で、サウジアラビアの現体制はアメリカの保護がなければ2週間で潰れると同国のサルマン国王に対して警告したと語っている。サウジアラビアに自立の動きがあったのかもしれない。 その10月2日、サウジアラビアの支配体制を揺るがす事件が引き起こされた。トルコのイスタンブールにあるサウジアラビア領事館へ入ったジャマル・カショーギが行方不明になったのだ。領事館で殺されたとトルコ政府は明らかにして事件が表面化、後にそれをサウジアラビア側も認めた。 カショーギはワシントン・ポスト紙のコラムニストだが、若い頃からサウジアラビアやアメリカの情報機関と結びついていた。この人物を動かしていたタルキ・ファイサル・アル・サウド(タルキ・アル・ファイサル)は1979年からGIP(総合情報庁)の長官を務めていた。そのポストを離れたのは2001年9月1日、つまり9/11の10日前だ。 ジョージ・W・ブッシュ政権は9/11の実行者をオサマ・ビン・ラディンが率いるアル・カイダ(そうした武装集団は存在しない)だと詳しい調査をせずに断定たが、タルキ・アル・ファイサルが使っていた若者のひとりがオサマ・ビン・ラディン。この関係からジャマル・カショーギはオサマ・ビン・ラディンと親しい。 カショーギはアブドラ・ビン・アブドラジズ・アル・サウド(アブドラ)国王(2005年8月~15年1月)に批判的だったが、その理由はタルキ・アル・ファイサルがアブドラ国王と仲が悪かったことにある。 国王交代後、2015年4月に皇太子となったのがヒラリー・クリントンと結びついていたホマメド・ビン・ナイェフ。クリントンは軍需産業や巨大金融資本を後ろ盾にし、漏洩した電子メールによってジョージ・ソロスから政策面で指示を受けていたことが判明している。ソロスはロスチャイルド金融資本と関係している。 2015年の段階でクリントンが次期大統領に就任することは内定されていたが、その前年にクリントンの親友であるネオコンのビクトリア・ヌランド国務次官補(当時)がウクライナでネオ・ナチを使って実行したクーデターがロシアと中国との接近を招いてしまう。アメリカ支配層にとって戦略上、大きな失態だ。そして2016年2月、ヘンリー・キッシンジャーがロシアを訪問。これを見て大統領選の風向きが変わったと考える人が出てきた。 それに対し、ヒラリー・クリントンの周辺からロシアに対する攻撃的な言動が出てくる。例えば、クリントンを支援していたマイク・モレル元CIA副長官は2016年8月、ロシア人はイラン人に代償を払わせるべきだと語っている。司会者のチャーリー・ローズからロシア人とイラン人を殺すという意味かと問われ、その通りだと答えた。実際、そのころから少なからぬロシアの幹部外交官が死亡、ウラジミル・プーチン露大統領のドライバーも「交通事故死」している。 結局、2016年に行われたアメリカの大統領選挙でヒラリー・クリントンが敗北、ナイェフは皇太子の地位を失い、カショーギはアメリカへ逃れてワシントン・ポスト紙のコラムニストになった。新たな皇太子に選ばれたのがサルマン国王の息子、モハメド・ビン・サルマンだ。この人物はドナルド・トランプやイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と親しい。 カショーギ殺害の黒幕はビン・サルマン皇太子だと言われ、皇太子を替える動きもあったのだが、ネタニヤフらは擁護している。ビン・サルマン批判は沈静化しつつある。 アメリカの支配システムを支えている柱のひとつは基軸通貨としてのドル。そのドルを支える仕組みのひとつがペトロダラー(石油取引を利用したドルの還流システム)で、その中心にサウジアラビアが存在している。サウジアラビアが自立することをアメリカ支配層は許さないが、世界規模で見るとアメリカ離れは確実に進んでいる。
2018.11.06
元徴用工が新日鉄住金に損害賠償を求めた訴訟で、韓国の大法院は10月30日に同社への支払を命じた。大法院は日本の最高裁に相当、これで合計4億ウォンの支払いを命じたソウル高裁の判決が確定した。日本政府は徴用工の問題は1965年の日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決している」という立場だが、個人の請求権は消滅していないと大法院は判断したのだ。かつて、日本政府もこの事実を認めていた。1965年当時の韓国大統領は1961年5月の軍事クーデターを指揮した朴正熙である。 第2次世界大戦後、韓国も日本と同じようにアメリカ支配層の影響下にあったが、イギリスの戦略を引き継いだアメリカの目は中国、そしてソ連/ロシアに向けられている。イギリスの基本戦略とも言うべきハルフォード・マッキンダーの論文が発表されたのは1904年だが、侵略して略奪するという基本方針はその遙か前から行われてきた。 イギリスが侵略の手を東アジアまで伸ばしてきたのは19世紀。1840年から42年にかけてのアヘン戦争、56年から60年にかけてのアロー戦争(第2次アヘン戦争)は象徴的な出来事だった。 こうした戦争でイギリスは中国(清)に勝利したが、内陸部を制圧する力はなかった。当時の主な輸送集団は船であり、主要な港を押さえられたことは清にとって大きな痛手だったが、占領されたわけではない。 占領のための地上軍として機能したのは日本軍だ。現在の中東でアル・カイダ系武装集団、ダーイッシュ(イスラム国、IS、ISIS、ISILとも表記)が果たしている役割と似ている。だからこそ、米英の支配層は戦費を融資、技術的な支援をした。外交的にも助けている。あの強欲な米英支配層がこうしたことを行ったのは、その先に自分たちの利権があったからにほかならない。 日本は東アジアを侵略した際、組織的に財宝を略奪している。その財宝の多くはフィリピンに集められ、そこから日本へ運ばれるが、戦況が悪化してフィリピンから日本へ運べなくなると、フィリピンに隠す工作を始めた。その隠された財宝は後に山下兵団の財宝と呼ばれるようになる。 もっとも、山下奉文が日本軍第14方面軍の司令官に就任したのは1944年9月のことで、財宝の集積作業は終盤にさしかかっていた。作業を指揮していたのは本間雅晴、田中静壱、黒田重徳のころだ。ちなみに、田中静壱は関東軍憲兵隊の司令官だったことがあるが、そのときに細菌戦用兵器を開発するための生体実験にかかわっている。 1945年8月当時、田中の副官だった塚本清(素山)は略奪したダイヤモンドを日本へ運んだひとりと言われ、敗戦後はアメリカ軍と緊密な関係を持っていた。1961年には創価学会の顧問に就任している。 日本が降伏した後、その隠された財宝のありかを調べる責任者がエドワード・ランズデール。表面的には軍人だが、実際はOSS、戦後はCIAの幹部だ。朝鮮戦争が休戦になった直後にジョン・フォスター・ダレス(アレン・ダレスCIA長官の兄)国務長官はNSC(国家安全保障会議)でベトナムにおけるゲリラ戦の準備を提案、それを受けてCIAはSMM(サイゴン軍事派遣団)を編成、その団長をランズデールが務めている。その後、キューバに対する破壊活動などを指揮した。 ランズデールの下で日本人に対する取り調べを行っていたのが情報将校だったサンタ・ロマーナ。このロマーナが親しくしていた女性がイメルダ。ロマーナはイメルダをフェルディナンド・マルコスに紹介、ふたりは結婚する。マルコスは財宝の一部を掘り出して大金持ちになり、大統領になったといわれている。 そのマルコスのライバルだったベニグノ・アキノ元上院議員が1983年8月にマニラ国際空港で射殺され、社会が不安定化する。アキノへはNEDを通じてCIAのカネが流れ込んでいた。 アメリカ軍は1986年2月にマルコスを拉致して国外へ連れ出した。その背後ではCIAが蠢いていたのだが、その工作で中心的な役割を果たしたと言われているのがアドナン・カショーギ、リチャード・アーミテージ、ポール・ウォルフォウィッツなど。アドナン・カショーギはジャマル・カショーギの伯父にあたる。 フィリピン国外へマルコスが連れ出されると、財宝の分け前をよこせという裁判が起こされる。弁護士がでっち上げ事件で攻撃されたりしたが、それでも裁判の過程で財宝に関する情報が明るみに出てきた。 日本軍が盗んだ財宝は金の百合と呼ばれているが、これとドイツがヨーロッパで盗んだ金塊、いわゆるナチ・ゴールドをアメリカ支配層は一体化させた。いわゆるブラック・イーグルだ。その一部は1960年頃から日本の支配層が運用しているとも言われている。 この秘密資金は日本やドイツが盗み、アメリカが横取りしたものである。個人の請求権は存在するということになると、この秘密資金を返せという個人の要求が出てきても不思議ではない。
2018.11.05
シリアの東部、ユーフラテス側沿いにある油田地帯のデリゾールでアメリカ主導軍が11月3日に住居用ビルを空爆、女性や子どもなど15名以上の市民が死亡、多くの負傷者が出たと伝えられている。10月29日にアメリカ主導軍が白リン爆弾で攻撃したのはこの地域だ。9月8日の攻撃でも白リン爆弾が使われた。ちなみに、白リン爆弾は化学兵器に分類されている。 こうした攻撃を正当化する理由として使われているのはダーイッシュ(IS、ISIS、ISIL、イスラム国とも表記)だが、実態は違うようだ。クルドによると、アメリカ軍はダーイッシュを攻撃していない。 2011年春にシリアへの侵略戦争が始まった当時と違い、侵略勢力はばらばらになってきている。当時はアメリカ、イスラエル、サウジアラビアの「ジハード3国同盟」、イギリスとフランスのサイクス・ピコ協定コンビ、パイプライン建設を目指していたカタール、オスマン帝国の復活を夢想するトルコが手を組み、サラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を中心とする「ムジャヒディン」、いわばジハード傭兵を使ってバシャール・アル・アサド政権を倒そうとしていた。 リビアの場合と同じように、侵略勢力はシリアでも地上軍のジハード傭兵をNATO軍が空爆で支援しようとしたが、ロシアの抵抗で実現しない。そこで2014年に売り出されたのがダーイッシュ。残虐性を演出、アメリカ主導軍が空爆を始めるが、その主なターゲットはシリアのインフラやシリア政府軍だった。 バラク・オバマ政権は2015年に閣僚を好戦的な人間に変える。つまり、2月に国務長官をチャック・ヘイゲルからアシュトン・カーターへ、9月に統合参謀本部議長をマーティン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代させたのだ。ロシア軍がシリア政府の要請に基づいて軍事介入したのは統合参謀本部議長交代の5日後、9月30日だ。 シリア政府の承認を受けずに空爆を始めたアメリカ軍はジハード傭兵を攻撃せず、アル・カイダ系武装勢力やダーイッシュの支配地域は拡大していた。それに対してロシア軍は本当にジハード傭兵を攻撃、その支配地域は急速に縮小していく。 侵略勢力のうちトルコとカタールはすでに離脱、フランスもアメリカ主導軍との距離が広がりつつある。支配勢力の結束力が弱まった結果、武装勢力の対立が生じている。そうした中、アメリカ軍はジハード傭兵の幹部を救い出す一方、新たな手先としてクルドを使い始めた。 ところが、ここにきてアメリカ軍とクルドとの関係が微妙になっている。クルドとアメリカが手を組んだ当初はクルドとジハード傭兵は連携していたのだが、最近は対立関係にある。デリゾール周辺でクルド勢力はダーイッシュと戦っていたのだが、アメリカ軍はダーイッシュ攻撃に協力しない。そこでクルドの武装勢力はデリゾールから撤退し、トルコ軍との戦闘が続くシリア北部へ移動しているようだ。その北部地域でアメリカ軍はNATOの一員であるトルコとの戦闘を避けるため、クルドに協力していない。 アメリカ軍はデリゾールの油田地帯支配を優先しているのかもしれないが、クルドとの関係悪化はアメリカによるユーフラテス側北部の占領を困難にするだろう。「満州国」の建国がこれまで以上に難しくなるということだ。
2018.11.04
サウジアラビアが揺れている。ドナルド・トランプ米大統領がサウジアラビア王制の脆弱さを口にしたのは今年(2018年)10月2日。アメリカ軍の支えがなければ2週間しか体制は維持できないと指摘したのだ。この段階でアメリカとサウジアラビアとの間に隙間風が吹きはじめている。 その10月2日、サルマン皇太子の人脈と対立関係にあるジャマル・カショーギがトルコのイスタンブールにあるサウジアラビア領事館へ入ったまま行方不明になった。その日に殺された可能性が高いと見られている。この事件を明らかにしたのはトルコ政府だ。 モハマド・ビン・サルマン皇太子はトランプやイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と近いのだが、アメリカとの関係がギクシャクし始めていたことも確か。2017年10月にサウジアラビアのサルマン国王がロシアを訪問、防空システムのS-400購入で合意するなど関係を強めようとしている。その一方でアメリカの防空システムTHAAD(終末高高度地域防衛)システムの導入に関しては動きが鈍かった。 サウジアラビアはアメリカの支配システムを支える重要な柱のひとつである。リチャード・ニクソン大統領は1971年8月にドルと金との交換停止を発表、ブレトン・ウッズ体制は崩壊し、世界の主要国は1973年から変動相場制へ移行していく。この新しいシステムの中でドルを支える仕組みのひとつがペトロダラー。石油取引の決済をドルに限定し、産油国へ集ったドルをアメリカへ還流させるという仕組みだ。その中心にはサウジアラビアが存在している。 集まったドルを産油国は財務省証券や高額兵器の購入といった形でアメリカへ還流させる。日本の場合はドルと工業製品を交換、ドルは同じようにアメリカへ還流させている。日本の巨大企業は受け取ったドルを資産として手元に置き、政府は還流させるドルを集めるために庶民の富を使う。つまり、アメリカとの貿易で日本の大企業が儲かるほど日本の庶民は貧困化していく。その一方、アメリカ支配層を助ける仕組みを維持する代償として、産油国や日本のエリートたちは地位と収入を保証される。 権力基盤の弱い独裁者をアメリカ支配層は望んでいる。サウジアラビアも日本も支配層の権力基盤は弱く、アメリカ支配層なしに地位を維持できない。「2週間しか体制は維持できない」というトランプの発言はこうした状況を指摘している。日本でもアメリカ支配層の権益、戦略に逆らった「実力者」は排除されてきた。 21世紀にはいってウラジミル・プーチンはロシアを再独立させたが、当初は容易に再属国化できるとアメリカ支配層は考えていた。例えば、アメリカ支配層の機関誌的な存在であるフォーリン・アフェアーズ誌の2006年3/4月号に掲載されたキール・リーバーとダリル・プレスの論文では、アメリカ軍の先制第1撃でロシアと中国の長距離核兵器を破壊できるようになる日は近いと主張されている。つまり、アメリカはロシアと中国との核戦争で一方的に勝てると見通している。ボリス・エリツィン時代に破壊されたロシアの経済や軍事力はプーチン政権になっても回復していないと見ていたのだ。 そして2008年8月7日、ジョージアのミヘイル・サーカシビリ大統領は分離独立派に対して対話を訴えてから8時間後に南オセチアを奇襲攻撃した。ジョージアは2001年以降、イスラエルの軍事会社(つまりイスラエル政府)から無人飛行機、暗視装置、対航空機装置、砲弾、ロケット、電子システムなどを含む武器/兵器を提供され、将兵は軍事訓練を受けていた。 このサーカシビリ政権の閣僚には流暢なヘブライ語を話せるふたりの人物が含まれている。ひとりは国防大臣のダビト・ケゼラシビリであり、もうひとりは南オセチア問題で交渉を担当しているテムル・ヤコバシビリだ。ケゼラシビリはイスラエルの市民権を持っていたことがあるという。それだけでなく、2008年1月から4月にかけて、アメリカの傭兵会社MPRIとアメリカン・システムズが元特殊部隊員を派遣、同年7月10日にはコンドリーサ・ライス国務長官がジョージアを訪問している。 つまり、2008年の奇襲攻撃はイスラエルとアメリカの支配層が準備万端整えて実行されたのだ。この奇襲攻撃はロシア軍の反撃でジョージア軍が惨敗しているが、イスラエル軍とアメリカ軍がロシア軍て通常兵器で衝突した場合の結果を暗示している。 その奇襲攻撃の翌月、アメリカの大手投資会社リーマン・ブラザーズ・ホールディングズが連邦倒産法の適用を申請した。当時、アメリカの金融システムは破綻状態だったが、この投資会社の倒産を利用して超法規的な救済を実行した。その尻拭いを強いられたのは西側の庶民だ。大きすぎて潰せない、大きすぎて罪に問えないということで、資本主義国は無法時代に入った。 おそらく、こうした危機を軍事侵略で切り抜けようとしたのだろうが、その目論見はロシアによって潰される。そのロシアに対する攻撃の一環としてバラク・オバマ政権はウクライナのネオ・ナチを利用して2014年2月にキエフでクーデターを成功させるが、クリミアやドンバスの制圧には失敗する。こうした様子を見ていた中国はこの年からアメリカから離反、ロシアと戦略的な同盟関係に入る。 アメリカ支配層が中東でダーイッシュ(イスラム国、IS、ISIS、ISILとも表記)を売り出したのは2014年の前半。この年の夏から石油相場が暴落しているが、これはアメリカ政府がサウジアラビアの協力を受けて実行したと言われている。WTIの場合、2014年6月には1バーレルあたり100ドルを超していたが、2009年1月には30ドル台まで下がっている。 この相場下落でロシア経済を揺さぶろうとしたのだろうが、ロシアよりもサウジアラビア、アメリカ、イギリスの方が大きなダメージを受けた。2014年に390億ドルの財政赤字が生じ、15年には980億ドルへ膨らんだと言われている。伝えられるところによると、サウジアラビア政府から巨大建設企業へ支払われるべきものが支払われず、兵士や労働者の中には賃金を受け取れない人も出たという。兵士はインド、パキスタン、スリランカの出身者が多く、労働者の大半も出稼ぎだ。サウジアラビアはイエメンに対する直接的な軍事介入を始めたのは2015年3月のことだった。イエメンへの軍事侵略はイエメンに破壊と殺戮をもたらしたが、戦争の泥沼化でサウジアラビアも苦しむことになる。 アメリカ支配層に従属することでサウジアラビアの支配層は地位と富を保証されてきたのだが、アメリカの戦略によって、サウジアラビアの支配システムを揺るがす事態になっている。しかもアメリカ支配層の内部で対立が激化、それはサウジアラビアやイスラエルにおける権力抗争とも連動している。アメリカを中心とする支配システムが不安定化、通常では外に漏れてこない支配システムの暗部の一端が明るみに出始めた。 おそらく、韓国はアメリカを中心とする支配システムに見切りをつけたが、日本はあくまでもアメリカに従うつもりのようだ。
2018.11.03
ジャマル・カショーギがトルコのイスタンブールにあるサウジアラビア領事館で殺害されたことを受け、サウジアラビアのモハンマド・ビン・サルマン皇太子を排除するべきだとする声が上がっているのだが、その一方で皇太子を擁護する動きもある。 そうした皇太子擁護者のひとりがイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相。ドナルド・トランプ政権の高官に対し、ネタニヤフ首相はビン・サルマン皇太子を支援し続けるように訴えたと報道されている。皇太子は中東における戦略的な同盟者だということが理由だった。エジプトのアブデル・ファター・アル・シシ大統領もビン・サルマンを重要な戦略的パートナーだとしている。 ビン・サルマンがホマメド・ビン・ナイェフに替わって皇太子へ就任したのは2017年6月のこと。2015年の時点で次期アメリカ大統領はヒラリー・クリントンが内定、それを前提としてビン・ナイェフは皇太子になったのだが、16年の選挙で勝ったのはトランプ。そこでトランプに近いビン・サルマンへ交代になったと言われている。 トランプの最大のスポンサーはカジノ経営者のシェルドン・アデルソンだが、このアデルソンはイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と緊密な関係にある。トランプ、アデルソン、ネタニヤフのグループにビン・サルマンも含まれているのだ。 それに対し、ビン・ナイェフとつながっていたヒラリーはロッキード・マーティンのような軍需産業だけでなく巨大金融資本も後ろ盾で、CIAとの結びつきも強かった。この人脈にはブッシュ家と緊密な関係にあり、アル・カイダ系武装勢力を動かしていたバンダル・ビン・スルタンも含まれている。 この人脈をビン・サルマンは昨年11月に粛清した。拘束の上で拷問、資産を剥奪したと言われている。その2カ月前にジャマル・カショーギはアメリカへ逃れ、ネオコンが拠点にしているワシントン・ポスト紙のコラムニストになった。 カショーギ殺害の背後ではアメリカ支配層の内部抗争がある。その対立がビン・サルマンを排除しようとする動きと擁護する動きという形で現れている。
2018.11.02
サウジアラビア国王の弟、アーマド・ビン・アブドルアジズがイギリスから帰国した。モハンマド・ビン・サルマン皇太子を公然と批判している人物で、帰国前に他の王族と会談し、アメリカやイギリスの情報機関から安全を保証されたと伝えられている。 昨年(2017年)6月から皇太子を務めているビン・サルマンはドナルド・トランプ米大統領やイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相と近い人物。前皇太子のムハンマド・ビン・ナーイフはヒラリー・クリントンと近かった。この皇太子交代はアメリカの政治状況が反映されていると言える。 ヒラリーは上院議員時代からロッキード・マーティンなど軍需産業、あるいは巨大金融資本を後ろだとし、投機家のジョージ・ソロスから政策面で指示を受けていたことが漏洩した電子メールで判明している。このソロスはロスチャイルド金融資本と結びついている人物で、ロシア/ソ連制圧の切り込み隊長的な存在だ。ビン・ナーイフの後ろ盾もヒラリーと基本的に同じで、CIAとも関係が深いと言われている。 そのビン・ナーイフをビン・サルマンは軟禁していたと言われているが、その後、昨年11月にビン・サルマン皇太子は大規模な粛清を実施、王族、閣僚や元閣僚、軍人などサルマン皇太子のライバルやその支持者と目される人々が拘束された。その前、サウジアラビア国内で戦闘があったと言われ、クーデターが噂されていた。ビン・ナーイフの拘束はCIAを怒らせたとも言われている。 そうした中、昨年10月に皇太子の父親でもあるサルマン国王はロシアを訪問、防空システムS-400の購入で合意したという。これはアメリカ支配層を怒らせることになった。アメリカの軍需産業がTHAADを買わせようとしていたということだけでなく、サルマン国王/ビン・サルマン皇太子がアメリカ離れしようとしているように見えることも原因だろう。 バラク・オバマ政権が仕掛けたシリアのバシャール・アル・アサド政権を倒す工作が失敗、すでにトルコやカタールは侵略グループから離脱していたが、サウジアラビアがアメリカ離れを始めるとドルを基軸とするアメリカの支配システムが大きく揺らぐ。トランプ政権は中国に経済戦争を仕掛けているが、カタールは天然ガスを中国へ人民元で売る動きを見せ、その中国はアメリカがやはり経済戦争を仕掛けているイランからエネルギー資源を輸入し続けようとしている。アメリカ支配層は攻撃しているつもりで自分の足下を崩し始めたと言えるだろう。 第2次世界大戦後、アメリカはヨーロッパを支配する仕組みとしてNATOを作り上げた。それを理解していたフランスのシャルル・ド・ゴールは1966年にフランス軍はNATOの軍事機構から離脱、翌年にはSHAPE(欧州連合軍最高司令部)をパリから追い出した。NATO加盟国には「テロ」を目的とする秘密部隊が存在することは本ブログでも繰り返し書いてきた。そのネットワークを背後から操っているのがアメリカとイギリスの情報機関。このネットワークはジョン・F・ケネディ大統領暗殺やド・ゴール暗殺未遂に関係したと疑われている。 昨年5月にトランプ大統領はサウジアラビアやイスラエルを訪れたが、その目的のひとつはNATOをモデルにした組織を中東で作る準備をすることにあったとも言われている。中東を支配する新たな仕組みの構築だ。 ジョージ・W・ブッシュ政権によるイラクへの先制攻撃、バラク・オバマ政権によるジハード傭兵を使ったリビアやシリアの体制転覆工作、そしてトランプ政権による中東版NATO案。中東のエネルギー資源を支配することが大きな目的なのだろうが、その結果、中東の権力バランスは崩れ、アメリカの支配システムが揺らいでいる。ビン・サルマンを排除してもこの状況は基本的に変化しないだろう。
2018.11.01
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