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ジョン・フランケンハイマーの監督した映画「5月の7日間」が9月26日に東京琉球館で上映されます。私も簡単に関連した話をする予定です。予約制とのことですので、興味のある方はあらかじめ下記まで連絡してください。詳細は沖縄ブログに掲載されています。東京琉球館住所:東京都豊島区駒込2-17-8電話:03-5974-1333 この映画の原作はジャーナリストのフレッチャー・ネベルとチャールズ・ベイリーが1962年に書いた小説。1961年7月にアメリカ空軍の参謀総長に就任したカーティス・ルメイをインタビュー、それが小説を書くひとつの切っ掛けになったようです。 ルメイは第2次世界大戦の終盤、東京を含む日本の都市を焼夷弾で焼き尽くして多くの非戦闘員を殺した作戦の責任者で、1948年にはSAC(戦略空軍総司令部)の司令官に就任します。 1950年6月に勃発した朝鮮戦争では日本以上の空爆を実施、朝鮮の人口の20%を殺したと本人も認めているほどです。大戦中、アメリカ軍が日本へ投下したのは約16万トンですが、朝鮮戦争で投下された爆弾は約63万5000トンに達しました。 1960年10月から統合参謀本部議長を務めたライマン・レムニッツァーもルメイと同じように好戦的な人物で、1961年1月に大統領となったジョン・F・ケネディは1962年9月、レムニッツァーの再任を拒否しています。 レムニッツァーが出世できた理由はイギリスの軍人、ハロルド・アレグザンダーに気に入られたからだと言われています。アレグザンダーは1943年7月にシチリア島の上陸作戦を指揮、その下にジョージ・パットン司令官の第7軍(アメリカ軍)とバーナード・モントゴメリー司令官の第8軍(イギリス軍)がいました。 アレグザンダーの紹介でレムニッツァーはアレン・ダレスと親しくなり、大戦の終盤にダレスたちが行ったナチ高官を救出するサンライズ作戦にも参加しました。大戦後、1955年から57年にかけてレムニッツァーは琉球民政長官を務めています。 1957年の初頭にアメリカ軍はソ連に対する先制核攻撃を想定したドロップショット作戦を作成、その内容は300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊するというものでした。1950年代に沖縄では「銃剣とブルドーザー」で土地が強制接収され、軍事基地化が推し進められましたが、これはアメリカの戦争計画と関係しているはずです。 テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によりますと、1961年7月、軍や情報機関の幹部は大統領に就任して半年のケネディ大統領に対して先制核攻撃計画について説明し、63年の後半にはソ連を核攻撃するというスケジュールになっていたそうです。この計画を阻止したケネディ大統領は1963年11月に暗殺されました。 そのケネディ大統領は1962年、ホワイトハウス報道官だったピエール・サリンジャーを介してフランケンハイマーにネベルとベイリーの小説を映画化するように頼みました。アメリカの民主主義が危機に瀕していることをアメリカ国民に知らせたかったと言われています。 言うまでもなく、ケネディ大統領はこの映画を見ることはできませんでした。1964年2月に公開されたのですが、その3カ月前に暗殺されていたからです。その年の12月、カーティス・ルメイは日本政府から「勲一等旭日大綬章」を授与されました。
2018.08.31
ドナルド・トランプ米大統領は6月に安倍晋三首相とホワイトハウスで会った際、「私は真珠湾を覚えている」と口にし、日本の経済政策を厳しく批判したとワシントン・ポスト紙が伝えている。日米間の貿易、特に牛肉や自動車の取り引きがアメリカ側に有利な物になるように求めたという。この報道を日本政府は否定しているようだ。嘘つきと嘘つきの言い争いで、どちらが本当かはわからないが、日本とアメリカとの間に亀裂は入ったのかもしれない。 日本に限らず、アメリカ政府は貿易赤字の責任を他国に押しつけている。日本は1980年代にもアメリカから激しくバッシングされ、「ケイレツ」が問題にされていた。日本経済の強さは官僚主導の経済計画と中小企業で働く有能な職人たちの力で支えられていた。この構造をアメリカの支配層は第2次世界大戦の際の分析で把握していたという人もいる。無能な上層部の尻拭いを有能な下層部が行うのは日本の伝統と言えるかもしれない。 1980年当時も指摘されていたが、アメリカの貿易赤字は自らの経済政策に起因している。第2次世界大戦でドイツがヨーロッパで略奪した「ナチ・ゴールド」、日本が東アジアで略奪した財宝をアメリカは大戦後に押さえる。 こうしたこともあり、大戦直後のアメリカは世界の金の過半数を握ったようだ。それを世界戦略に使うのだが、1971年8月にリチャード・ニクソン大統領はドルと金との交換停止を発表する。いわゆるニクソン・ショックだ。そして1973年から変動相場制へ移行する。 ニクソン・ショックの前年から金の産出状況が大きく変化している。それまで圧倒的な比率を占めていた南アフリカの産出量が急速に減少しはじめたのだ。2007年には中国がトップに躍り出る。 南アフリカの金は米英金融資本にとって重要な利権。1899年から1902年にかけての南アフリカ戦争でイギリスはトランスバールとオレンジを併合、これにケープ植民地とナタールを加えて南アフリカは作り出された。その後、オランダ系のボーア人とイギリス系の白人は手を組んでアパルトヘイト(人種隔離政策)を推進、有色人種を支配するシステムを作り上げていくのである。金を支配することになった米英の支配層が金本位制を世界に押しつけたのは必然だった。 ところが、その構図が1970年から崩れ始める。このシステム変更により、アメリカはドルを金に束縛されることなく発行できるようになるが、金という裏付けをなくしたことから何も対策を講じずに発行を続ければ、ドルは基軸通貨としての地位から陥落してしまう。そこで、アメリカの支配層は流通するドルを吸い上げる仕組みを作った。 その仕組みのひとつとして、アメリカはサウジアラビアを始め主要産油国に対し、石油取引の決済をドルに限定させた。どの国もエネルギー資源は必要であり、その需要が膨らんでいくことは明白で、各国は石油を買うためにドルを買い集めた。 そうしたドルは産油国に集まり、産油国はアメリカの財務省証券や高額兵器を買うという形でドルをアメリカへ還流された。還流したドルをアメリカ支配層は地下へ沈め、固定化させる。いわゆるペトロダラーだ。 投機の規制緩和も通貨を実社会から吸い上げるために機能している。つまり、安倍晋三政権の「量的・質的金融緩和」、いわゆる「異次元金融緩和」は相場を引き上げたり下支えすることが目的。 1970年代からアメリカは製造業を放棄し、金融マジックを導入した。そのマニュアルが新自由主義だ。アメリカへ還流してきた資金が実社会へ流れ出ては意味がない。金融マジックを機能させるためには賃金の引き上げや社会福祉の充実を避ける必要がある。 1991年にソ連が消滅するとアメリカの支配層は自国が唯一の超大国になったと認識、自分たちは何をしても許されると考えるようになり、国連を無視して単独行動を始める。世界を手中に収めたと考えたのか、アメリカ支配層は自国の製造業を中国などへ移転させていき、貿易赤字が膨らむことになるのだが、それは国を想定しての話。資本の移動を自由化、関税をゼロへ近づけることに成功した彼らにとって国境は消えている。 ところが、21世紀に入ってロシアが再独立に成功すると、アメリカ支配層は自分たちがまずい状況に陥っていることに気づいただろう。そこでバラク・オバマ政権はムスリム同胞団やサラフィ主義者などを使ってシリアやリビアを侵略、ネオ・ナチを使ってウクライナでクーデターを実施した。 支配の基盤を強化し、ロシアを潰そうとしたのだろうが、裏目に出る。ロシアと中国を接近させることになり、両国は現在、戦略的な同盟関係にある。強力な軍事力を持ち、エネルギー資源を持つロシアと金融と製造の分野で急成長している中国が手を組んだ意味は大きい。今の中国は日米欧の企業が生産する場所だが、自国企業の育成を進めている。 アメリカはこうした窮地から脱出するために世界を恫喝しているが、ジョージ・W・ブッシュ政権、オバマ政権、そしてトランプ政権が行った政策は全て裏目に出ている。こうした恫喝は配下のEUや日本をもアメリカから離反させかねない。
2018.08.30
アメリカのジョン・マケイン上院議員が8月25日に脳腫瘍で死亡した。1967年10月、北ベトナムを空爆中に撃墜されて捕虜となり、73年3月まで拘束されていた。この経験を利用してマケインは英雄に祭り上げられたのだが、ほかのアメリカ人捕虜は彼が北ベトナムに協力していたと主張している。 こうした主張が事実だとしても、ベトナム戦争は侵略以外の何物でもなく、破壊と殺戮の過程でアメリカ軍はオレンジ剤(枯れ葉剤)という化学兵器を使用、その影響は今も残っている。その侵略軍に立ち向かう決心をしたとしても非難することはできない。が、その後のマケインを見る限り、そうしたことで北ベトナムに協力したわけではないようだ。 その後、マケインはCIAがヨーロッパのネオ・ナチやアジアの反コミュニストをCIAが集めて組織したWACLのアメリカにおける支部、USCWFの顧問に就任する一方、親イスラエル派のネオコンと行動を共にしてきた。 バラク・オバマ大統領は2010年8月にPSD-11を出してムスリム同胞団を使った侵略計画を承認、11年2月4日にNATOはカイロでリビアとシリアの体制転覆に関する会議を開いたが、マケインはその議長を務めたと言われている。2月15日にはリビアで侵略戦争が始まった。戦乱が拡大する中、マケインはリビアへ入り、アル・カイダ系武装集団LIFGのリーダーと会っている。 マケインは2011年2月22日にレバノンで「未来運動」のメンバーと会う。サード・ハリリを中心にしてこの運動が始まる直前、2006年8月にイスラエルはレハノンへ軍事侵攻して失敗している。運動の黒幕はアメリカの国務次官補だったデイビッド・ウェルチを中心とするウェルチ・クラブだ。 サード・ハリリの父、ラフィク・ハリリは2005年2月に暗殺されたが、その直後に西側の有力メディアはシリア政府が実行したと宣伝、その年の10月に国連国際独立委員会のデトレフ・メーリス調査官は「ラフィク・ハリリ元首相の殺害がシリアの治安機関幹部の許可なく、またレバノンの治安機関内部の共謀なしに実行されることはありえないと信じる有望な根拠がある」としていたが、具体的な証拠はなかった。2005年の段階でアメリカの対シリア戦争は始まっているとも言える。 この事件は三菱ふそう製の白い「キャンター」(バン)を使った「自爆テロ」だった可能性がきわめて高い。このバンは2004年10月に日本の相模原で盗まれ、アラブ首長国連邦のドバイへ船で、そこからベイルートに運ばれていた。 しかし、その経路は明らかでなく、盗難に関する日本側の情報も不明のままだ。どのような経路で誰の手に渡ったかが明確になれば、真犯人に近づくことができるのだが、真剣に調査したようには思えない。この事件に関し、アーマド・アブアダスなる人物が「自爆攻撃を実行する」と宣言する様子を撮影したビデオをアル・ジャジーラは放送したが、このビデオをメーリスは無視している。 メーリスが信頼する重要証人のひとりは、アブアダスは事件と関係がなく、シリアの情報機関に脅されて犯行を宣言したのだと主張、またズヒル・イブン・モハメド・サイド・サディクによると、アブアダスが途中で自爆攻撃を拒否したため、シリア当局に殺されたという。 しかし、ドイツの『シュピーゲル』誌は、サイド・サディクが有罪判決を受けた詐欺師だと指摘、しかもサディクを連れてきたのがシリアの現政権に反対しているリファート・アル・アサドだとしている。サディクの兄弟によると、メーリスの報告書が出る前年の夏、サイドは電話で自分が「大金持ちになる」と話していたという。 もうひとりの重要証人、フッサム・タヘル・フッサムはシリア関与に関する証言を取り消している。レバノン当局の人間に誘拐され、拷問(ごうもん)を受けたというのだ。その上で、シリア関与の証言をすれば130万ドルを提供すると持ちかけられたと語っている。 事件の担当者がメーリスからベルマールにへと交代になった後、ベルマールは2006年5月の爆発が地下に掘られたトンネルの中から遠隔操作で引き起こされたという説を語るのだが、大きな問題があった。そんなトンネルが存在しないのだ。 ハリリ一族はサウジアラビアと緊密な関係にあるのだが、そのサウジアラビアのサウド・アリ・ファイサル王子は2008年5月にアメリカ大使のデイビッド・サッターフィールドらと会い、ヒズボラが勝利するとイランがレバノンを乗っ取ると主張している。 2013年5月にマケインがトルコからシリアへ密入国、ダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)のリーダー、アブ・バクル・アル-バグダディやアル・ヌスラの広報担当を含む反シリア政府軍の幹部たちと会談している。この年の12月にはウクライナへ入って体制転覆を扇動、翌年2月のクーデターへつながる。 マケイン上院議員には死の影がつきまとっていた。
2018.08.29
アメリカをはじめとする侵略勢力は2013年8月にも化学兵器を使った偽旗作戦を実行した。ダマスカスの近く、ゴータで実際に使われたのだが、攻撃の直後にロシアのビタリー・チュルキン国連大使は反シリア政府軍が支配しているドーマから2発のミサイルが発射され、ゴータに着弾したと国連で説明、その際に関連する文書や衛星写真が示されたとジャーナリストがフェースブックに書き込んでいる。 それだけでなく、メディアも化学兵器とサウジアラビアを結びつける記事を掲載、すぐに現地を調査したキリスト教の聖職者マザー・アグネス・マリアムはいくつかの疑問を明らかにしている。 例えば、攻撃のあった午前1時15分から3時頃(現地時間)には寝ている人が多かったはずだが、犠牲者がパジャマを着ていないのはなぜか、家で寝ていたなら誰かを特定することは容易なはずであるにもかかわらず明確になっていないのはなぜか、家族で寝ていたなら子どもだけが並べられているのは不自然ではないのか、親、特に母親はどこにいるのか、子どもたちの並べ方が不自然ではないか、同じ「遺体」が使い回されているのはなぜか、遺体をどこに埋葬したのかといった疑問を発している。 この犠牲者たちは直前に誘拐された子どもではないかとも言われている。ゴータへの攻撃が行われる10日ほど前、反政府軍がラタキアを襲撃し、200名とも500名とも言われる住人が殺され、150名以上が拉致されたと言われているのだ。最近、シリアの北西地域で40名以上の子どもが拉致されたと言われている。2013年の時と同じことが行われるのではないかと懸念されている。 2013年12月には調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュも8月の攻撃に関する記事を発表、反政府軍はサリンの製造能力を持ち、実際に使った可能性があるとしている。また、国連の元兵器査察官のリチャード・ロイドとマサチューセッツ工科大学のセオドール・ポストル教授も化学兵器をシリア政府軍が発射したとするアメリカ政府の主張を否定する報告書を公表している。ミサイルの性能を考えると、科学的に成り立たないという。 また、トルコの国会議員エレン・エルデムらは捜査記録などに基づき、トルコ政府の責任を追及している。化学兵器の材料になる物質はトルコからシリアへ運び込まれ、そこでダーイッシュが調合して使ったというのだ。この事実を公表した後、エルデム議員らは起訴の脅しをかけられている。 これも繰り返し書いてきたが、2012年5月にシリア北部のホムスで住民が虐殺された際、現地を調査したローマ教皇庁のフランス人司教は反政府軍のサラフィ主義者や外国人傭兵が住民を虐殺したと報告、それは教皇庁の通信社がその報告を伝えた。その司教は「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。」と書いている。 中東における破壊と殺戮を引き起こしたのはアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、トルコ、カタールといった国々の政府だが、真実を語ってこなかった西側有力メディアの責任は重い。その見え見えの嘘に騙されてきた、あるいは騙されたふりをしてきた人びとも同罪だ。(了)
2018.08.28
本ブログでは繰り返し書いてきたが、アメリカ政府が軍事侵攻を正当化する口実として化学兵器を言い始めたのは2012年8月。シリアに対する直接的な直接的な軍事介入のレッド・ラインは生物化学兵器の使用だと宣言したのだ。 その月にはアメリカ軍の情報機関DIAが反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだと指摘されていた)であり、バラク・オバマ大統領が主張する穏健派は存在しないとホワイトハウスへ報告している。 2012年12月になると、ヒラリー・クリントン国務長官がシリアのバシャール・アル・アサド大統領は化学兵器を使う可能性があると語る。そして2013年1月29日付けのデイリー・メール紙には、イギリスの軍事関連企業ブリタム防衛の社内電子メールに、オバマ政権がシリアで化学兵器を使ってその責任をアサド政権に押しつける作戦をオバマ大統領が許可したという記述があるとする記事が載った。(同紙のサイトからこの記事はすぐに削除された) そして2013年3月にアレッポで爆発があり、26名が死亡したのだが、そのときに化学兵器が使われたという話が流れる。シリア政府は侵略軍であるジハード傭兵が使用したとして国際的な調査を要請するが、イギリス、フランス、イスラエル、そしてアメリカは政府軍が使ったという宣伝を展開する。 しかし、攻撃されたのがシリア政府軍の検問所であり、死亡したのはシリア軍の兵士だということをイスラエルのハーレツ紙が指摘、国連独立調査委員会メンバーのカーラ・デル・ポンテも反政府軍が化学兵器を使用した疑いは濃厚だと発言している。 その間、アメリカのチャック・ヘーゲル国防長官やマーチン・デンプシー統合参謀本部議長は上院軍事委員会で直接的な軍事介入に慎重な姿勢を示した。議会の好戦的な要求をこのふたりが抑えていたのだが、ヘーゲルは2015年2月に解任、デンプシーは同年9月に再任拒否されている。オバマ大統領が主張する穏健派は存在しないとする報告を2012年8月に出したDIAの局長、マイケル・フリンは2014年8月に退役を強いられていた。 2015年9月にオバマ政権はシリアに対する本格的な軍事侵攻の態勢を整えたわけだが、その直後にロシア軍がシリア政府の要請で介入、ジハード傭兵の支配地域は急速に縮小していった。そして今、シリア政府軍とロシア軍はイドリブを奪還しようとしている。ここが終わればユーフラテス川の北側。ロシアとの軍事衝突を避けたいならアメリカは占領部隊を引き揚げるべきなのだが、イスラエルやサウジアラビアはそうしたことを望んでいない。(続く)
2018.08.28
アメリカはアル・カイダ系ジハード傭兵のタハリール・アル・シャーム(アル・ヌスラ)を使ってシリア西部のイドリブを占領してきた。そのイドリブをシリア政府軍とロシア軍が奪還しようとしている。現在の状況で戦闘が始まれば、短時間でジハード傭兵が敗北することは明白。それを阻止するため、アメリカ、イギリス、フランスは直接的な軍事介入を行うと恫喝、その軍事介入を正当化するために化学兵器の使用を口実にすると、事実上、宣言している。 この地域にはトルコ系の武装集団も存在しているのだが、トルコ政府はアメリカ政府との対立が激化、ロシア側へ軸を移動させている。それでもアメリカとの関係を断絶したわけではなく、NATOからも離脱していない。イドリブで戦闘が始まると、トルコはアメリカとの関係を完全に断ち切るのか、ロシア側へ着くのか、決断を迫られる。 本ブログでは繰り返し書いてきたが、シリア政府軍が化学兵器を使ったとする話はいずれも嘘だと言うことが明らかにされている。そもそも、政府軍が化学兵器を使う状況にはない。 嘘であるために証拠を提示することができず、ただ西側の有力メディアを使って宣伝するだけである。化学兵器にかぎらず、ユーゴスラビア、アフガニスタン、イラク、リビア、シリアへの軍事侵攻、ウクライナでのクーデター、いずれも偽情報がそうした有力メディアによって流されていた。イラクの大量破壊兵器話はアメリカ政府やイギリス政府の責任者たちも嘘を認めている。これだけ嘘をつき続けている勢力の宣伝を信じるということ自体、犯罪的だ。 第2次世界大戦で日本が降伏してから1年近くを経た1946年8月、映画監督の伊丹万作は映画春秋でこんなことを書いている。 戦争が本格化すると「日本人全体が夢中になって互に騙したり騙されたりしていた」。 「『騙されていた』と言う一語の持つ便利な効果に搦れて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見る時、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。」 「『騙されていた』と言って平気でいられる国民なら、恐らく今後も何度でも騙されるだろう。いや、現在でも既に別の嘘によって騙され始めているに違いないのである。」(伊丹万作『戦争責任者の問題』映画春秋、1946年8月) 日本を含む西側の有力メディアの愚劣さは大戦中の新聞と大差はなく、今も「騙されていた」と言って平気でいられる人が少なくない。(続く)
2018.08.28
イスラエルを訪問していたアメリカのジョン・ボルトン国家安全保障補佐官は8月22日にシリア情勢についてコメントした。もしシリアのバシャール・アル・アサド大統領がイドリブ奪還作戦で化学兵器を使用した場合、ワシントンは極めて強く対応すると語ったのだ。イスラエルとサウジアラビアの意向が反映されているのだろう。 この発言は現地のアル・カイダ系武装集団やSCD(シリア市民防衛)、別名「白いヘルメット」に対し、化学兵器を使った偽旗作戦を実行するように促したのだと受け取られている。イドリブにはアメリカ系とトルコ系の武装グループがいるが、問題はアメリカが支援するアル・カイダ系のタハリール・アル・シャーム(アル・ヌスラ)。 アメリカ軍はシリア北東部にある基地へ約800台のトラックで兵器を含む軍事物資を運び込む一方、イドリブでは数千名の武装集団がハマやアレッポを攻撃するために集結中だと伝えられている。この武装集団とアメリカ、イギリス、フランスの軍隊が連携した攻撃が実行される可能性があり、ロシア側は複数の艦船をシリア沖へ向かわせている。 ボスポラス海峡を通過して地中海へ入ったことが報じられているのはフリゲート艦のピトリビー、グリゴロヴィチ提督、エッセン提督、戦車揚陸艦のオルスクとニコライ。グリゴロヴィチ提督とエッセン提督には巡航ミサイルのカリブルが搭載されていると見られるが、このミサイルの威力はすでに証明されている。 ボルトンたちは米英仏が攻撃する姿勢を見せることでロシア軍は動けなくなると期待しているのかもしれないが、もし、ここでボルトンが期待するようにロシアが自重したなら、米英仏は増長して事態が悪化する可能性が高い。
2018.08.27
アメリカのマイク・ポンペオ国務長官は8月25日の週に朝鮮を訪問する意向を示していたが、ドナルド・トランプ大統領は訪問するなと指示したという。朝鮮半島の問題と米中関係を一緒にしていると指摘する人がいるのだが、本ブログでは何度も書いてきたように、朝鮮半島の問題の本質はアメリカの対中国戦略にあるわけで、当然のことだ。同じことが沖縄の問題でも言える。 アメリカの対中国戦略とは、中国の属国化にほかならない。1991年にソ連を消滅させることに成功したアメリカ支配層の好戦派、ネオコンは翌年の2月に世界制覇のビジョン、ウォルフォウィッツ・ドクトリンを作成した。アメリカが唯一の超大国になったことを前提にして単独行動主義を打ち出し、残された国の中で最も警戒すべき国として中国を考えてアジア重視を決めた。単独行動主義を決めた直後、日本では国連中心主義に基づく樋口レポートが作成され、ネオコンは激怒してナイ・レポートにつながったわけだ。 そのドクロリン作成の中心になったポール・ウォルフォウィツ国防次官(当時)はその前年、イラク、シリア、イランを殲滅すると語り、アフガニスタン、イラク、シリアへの軍事侵略、イランへの経済戦争へつながる。 しかし、21世紀に入ってロシアが再独立したことでネオコンの戦略は破綻したのだが、ネオコンは「予定」を力尽くで実現しようとする。2014年2月のウクライナにおけるネオ・ナチを使ったクーデターもそうした試みだが、その結果、ロシアと中国を戦略的同盟国にしてしまった。 アメリカ支配層はロシアを脅す目的でミサイルをロシアとの国境周辺に配備しているが、同じように東アジアでは韓国や日本にミサイルを配備しつつある。アメリカは真の意味で朝鮮半島、そして東アジアに平和をもたらそうとは考えていない。 つまり、アメリカ支配層にとって朝鮮半島の「平和」とは、リビアのように軍事侵略で破壊して金正恩を殺すか、ドイツのように朝鮮半島全域を制圧して中国やロシアとの国境地帯にミサイルを配備、軍隊も入れるということだ。勿論、それを中国やロシアは認めない。逆に、それが実現しないならアメリカは平和に反対する。今回のトランプ大統領の発言はこうしたアメリカ支配層の意向を受けてのものだろう。 こうしたアメリカの戦略は、当然、日本にも影響する。中国とロシアが戦略的な同盟関係に入った以上、中国との戦争はロシアとの戦争につながる可能性が高い。自衛隊とアメリカ軍が北海道で軍事演習を行うのは必然だ。
2018.08.26
フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ政権はアメリカの圧力に屈したという見方もあったが、ドゥテルテ大統領は8月17日、CIAが自身のスマートフォンを盗聴、自分を暗殺しようと目論んでいるかもしれないと語った。 ドゥテルテ大統領は大統領に就任した2016年6月からアメリカの属国から脱する意思を見せ、中国と友好的な関係を結ぼうと積極的に動いていたが、16年9月の段階でフィリピンの情報機関からアメリカが彼を殺したがっているという報告を受けたという。 そして2017年5月、フィリピン南部にあるミンダナオ島のマラウィ市をマウテ・グループやアブ・サヤフ、つまりダーイッシュ(IS、ISIS、ISILなどとも表記)系の武装集団が制圧した。ここは以前からダーイッシュが活動している地域で、市内には500名程度の戦闘員がいると推測されていたが、アメリカ軍は活動を容認してきた。 本ブログでは何度も指摘してきたように、ダーイッシュはアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランスなどが手先として使っているジハード傭兵で、アメリカが活動を黙認していたのは当然のこと。そのジハード傭兵を制圧するため、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領はミンダナオ島に戒厳令を敷いた。 それに対してアメリカ政府は武装集団のマラウィ市制圧を口実にして特殊部隊を派遣。アメリカ大使館はフィリピン政府から要請に基づき、アドバイするんだと説明しているのだが、ドゥテルテ大統領はアメリカ側に支援を頼んでいないとしている。 現在もドゥテルテはダーイッシュや麻薬組織の壊滅を目指し、そのために必要なライフルやヘリコプターなどを求めているのだが、アメリカ側はF16戦闘機を買うように求めている。ドゥテルテはこの要求を拒否した。 アジア大陸の東岸ではアメリカ離れが進み、日本が孤立している状態だ。そうした中、インドネシア、マレーシア、タイなどでもサラフィ主義者が活発に動き始め、ミャンマーではロヒンギャと呼ばれるイスラム教徒の居住地へ潜り込み始めているという。リビアやシリアで行ったようなことをアメリカはここでも目論んでいる。この地域を制圧し、中国やロシアを締め上げようとしているのだ。これは20世紀の初頭、イギリスで発表された戦略と酷似している。
2018.08.25
アメリカ軍はシリア北東部にある基地へ約800台のトラックで兵器を含む軍事物資を運び込む一方、イスラエルを訪問したジョン・ボルトン国家安全保障補佐官はロシアはシリアで行き詰まり、復興の責任を放棄したがっていると主張したという。アメリカ政府はシリアの現体制を武力で倒す意思を示している。ロシア政府は腹をくくる必要があるだろう。その覚悟がない限り、アメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランスなどの侵略戦争を止めることはできない。 イスラエルやサウジアラビアはイランの現体制を転覆させ、ロシアを追い出したがっているが、自分たちだけでは不可能。アメリカを利用する必要があり、サウジアラビアは数十億ドルをアメリカへ提供したと伝えられている。ボルトンの発言はイスラエルやサウジアラビアを意識してのものだろう。 シリア政府軍とロシア軍が次に制圧しようとしている場所はイドリブだが、ジハード傭兵は南部からの戦闘員を受け入れるなどして兵力を増強中。それでも太刀打ちできそうにないため、また化学兵器話を始めた。また「シリア市民防衛(SCD)」、別名「白いヘルメット」を偽情報の発信源として使うと見る人は少なくない。 何度も指摘してきたが、このSCDはアル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)の医療部隊として機能してきた。シリアの南部地域で活動してきたグループはイスラエルなどによって救出され、イドリブのほかイギリス、ドイツ、カナダなどへ運ばれた。 今年4月14日にアメリカ、イギリス、フランスの3カ国がシリアのドゥーマを攻撃した際、SCDとジャイシュ・アル・イスラムというサラフィ主義者の武装勢力、つまりジハード傭兵はドゥーマで政府軍が化学兵器を使ったと宣伝していた。それをアメリカなどは攻撃の口実にしていたが、シリア政府やロシア政府は化学兵器が使われた痕跡はないと主張、OPCW(化学兵器禁止機関)に調査を要請していた。その調査チームが現地へ入る直前に攻撃は実行されたのだ。 このケースでは一部の西側のメディアもドゥーマで化学兵器は使われていないと伝えている。例えば、イギリスのインディペンデント紙が派遣したロバート・フィスク特派員は攻撃があったとされる地域へ入って治療に当たった医師らに取材、そこで患者は毒ガスではなく粉塵による呼吸困難が原因で担ぎ込まれたという説明を受けている。毒ガス攻撃があったことを示す痕跡はないという。アメリカのケーブル・テレビ局、OANの記者も同じ内容の報告をしている。そしてOPCW(化学兵器禁止機関)も7月6日に発表された中間報告で、神経物質や化学兵器の分解物質は発見されなかったとしている。シリア政府軍の進撃が速く、ジハード傭兵側が化学兵器を巻く余裕がなかった可能性がある。 アメリカ政府が軍事侵攻を正当化する口実として化学兵器を言い始めたのは2012年8月。シリアに対する直接的な直接的な軍事介入のレッド・ラインは生物化学兵器の使用だとバラク・オバマ大統領が発言したのだ。 しかし、同じ8月にアメリカ軍の情報機関DIAは反シリア政府軍の主力はサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてアル・カイダ系武装集団のAQI(アル・ヌスラと実態は同じだと指摘されていた)だとホワイトハウスに報告した頃のことだ。当時、バラク・オバマ大統領は「穏健派」を支援しているとしていたが、そうしたグループは存在しないことをDIAの報告は示している。 2012年12月にヒラリー・クリントン国務長官は、シリアのバシャール・アル・アサド大統領が化学兵器を使う可能性があると語り、13年1月29日付けのデイリー・メール紙にはイギリスの軍事関連企業ブリタム防衛の社内電子メールに、オバマ政権がシリアで化学兵器を使ってその責任をアサド政権に押しつける作戦をオバマ大統領が許可したという記述があるとする記事が載った。(同紙のサイトからこの記事はすぐに削除された) そして2013年春から繰り返しシリア政府が化学兵器を使ったという話が流れ始めるのだが、いずれも嘘だったことが判明している。ドナルド・トランプ政権もオバマ政権の手口を引き継ぎ、今年4月7日にSCDとジャイシュ・アル・イスラムが政府軍による化学兵器の使用が宣伝された。この話が嘘だということはOPCWや西側の一部メディアも認めているが、それでも西側の有力メディアや政府は嘘を繰り返し、少なからぬ人がそれを信じている、または信じているふりをしている。 本ブログでは何度も書いてきたが、2012年5月にシリア北部のホムスで住民が虐殺された際、現地を調査したローマ教皇庁のフランス人司教は反政府軍のサラフィ主義者や外国人傭兵が住民を虐殺したと報告、それは教皇庁の通信社がその報告を伝えた。ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙も、キリスト教徒やスンニ派の国会議員の家族が犠牲になっていると伝えている。 その司教は「もし、全ての人が真実を語るならば、シリアに平和をもたらすことができる。1年にわたる戦闘の後、西側メディアの押しつける偽情報が描く情景は地上の真実と全く違っている。」と書いているが、その通りだ。西側の有力メディアはその後も嘘をつき、6年にわたって殺戮と破壊が続いている。
2018.08.24
ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相によると、シリアの復興に協力することを国連の全機関が禁止されているという。そうした命令を昨年(2017年)10月、秘密裏に出したのは国連事務次長だったジェフリー・フェルトマン。潘基文国連事務総長が2012年6月にB・リン・パスコーと入れ替え、今年3月までその職に就いていた。 フェルトマンはアメリカの外交官で、1991年から93年にかけてローレンス・イーグルバーガー国務副長官の下で東/中央ヨーロッパを担当してユーゴスラビア解体に関与、04年から08年にかけてはレバノン駐在大使、09年からアメリカ国務省で近東担当次官補を務めた。レバノン駐在の大使だった当時、イラン、シリア、ヒズボラを露骨に敵視していたことでも知られている。 2014年2月にアメリカのバラク・オバマ政権はウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターでビクトル・ヤヌコビッチ大統領を排除したが、その直前、ネオ・ナチが棍棒、ナイフ、チェーンなどを手に、石や火炎瓶を警官隊に投げつけ、警官と市民を狙撃する中、ビクトリア・ヌランド国務次官補とジェオフリー・パイアット駐ウクライナ大使との電話での会話がインターネット上にアップロードされた。 何者かが電話を盗聴、録音したのだが、その中でヌランドは次のようなことを言っている:「あなたにも話したか、ワシントンに話しただけなのか覚えていないんだけれど、今朝、ジェフ・フェルトマンと話した際、新しい国連のヤツの名前を聞いたわ。ロバート・セリーよ。この話、今朝、あなたに書いたかしら?」 ウクライナのクーデターでフェルトマンはネオコンのヌランドと連絡を取り合っていたことがうかがえる。 2012年7月の段階でフェルトマンはシリアが無条件降伏するシナリオを書いていたのだが、シリア軍はそれほど柔ではなかった。オバマ大統領は2015年2月に国防長官を戦争に消極的だったチャック・ヘーゲルから朝鮮空爆を主張していたアシュトン・カーターへ、また同年9月には統合参謀本部議長をマーチン・デンプシーからジョセフ・ダンフォードへ交代する。ダンフォードはロシアをアメリカにとって最大の脅威だと口にしていた人物。つまり、2015年9月の段階でオバマ政権は戦争体制を整えたのだが、その直後、9月30日ににロシア軍はシリア政府の要請で介入する。 ロシア軍はアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランスなどが送り込んだジハード傭兵を本当に攻撃、その占領地は急速に縮小する。ユーフラテス川の北側はクルド勢力と手を組んだアメリカ軍、イギリス軍、フランス軍が基地を建設して居座っているが、南側は政府軍が奪還しつつある。残されたイドリブも政府軍による制圧は時間の問題だと見られている。そこで国外へ脱出していたシリア国民が帰国し始めた。フェルトマン、そして背後のアメリカ支配層はそうした流れにブレーキをかけようとしている。
2018.08.23
ブログ支援のお願いです。「櫻井ジャーナル」は読者の皆様の力のみで支えられています。このブログを存続させるため、カンパ/寄付をお願い申し上げます。 ジャーナリストのむのたけじが「新聞・放送・出版・写真・広告の分野で働く800人の団体」が主催する講演会で「ジャーナリズムはとうにくたばった」と語ったのは1991年のことです。(むのたけじ著『希望は絶望のど真ん中に』岩波新書、2011年) 1970年代の後半から日本やアメリカで言論の自由は急速に失われ、1990年代に入る頃は確かにそうした状況でした。第2次世界大戦後、アメリカの情報機関は報道を統制するためにモッキンバードと呼ばれるプロジェクトを開始、経営者や編集幹部だけでなく、記者も取り込んでいきます。 リチャード・ニクソン大統領をウォーターゲート事件で辞任に追い込んだワシントン・ポスト紙を言論の自由の象徴として崇めている人もいるようですが、モッキンバードの中核メンバー4名のひとりは同紙の社主だったフィリップ・グラハム。ウォーターゲート事件当時の社主はフィリップの妻、キャサリンでした。 この事件に関する取材はふたりの若手記者が行いましたが、ひとりは直前まで情報将校だった人物で、事実上、カール・バーンスタインがひとりで取材したといわれています。そのバーンスタインは1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、それから間もなくして「CIAとメディア」というタイトルの記事をローリング・ストーン誌に書きます。CIAがメディアを支配している実態が詳しく書かれていました。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977) その後、規制緩和の推進によって巨大資本によるメディア支配が進み、アメリカの場合、1983年には50社が90%を所有していたのに対し、2011年には90%を支配しているのは6社にすぎません。日本のマスコミはそのアメリカのメディアに大きな影響を受けています。 新聞、雑誌、放送など既存のメディアは支配層の意向に反する報道はしなくなりました。ジャーナリズムはくたばったのです。今のところインターネットでは細々とですが、まだ事実が伝えられています。 しかし、そのインターネットもアメリカを拠点とする巨大企業に支配されています。バラク・オバマ政権は内部告発者を厳しく罰し、その協力者に対する攻撃を強めました。そうした協力者のひとり、WikiLeaksのジュリアン・アッサンジを拘束するためにドナルド・トランプ政権はエクアドル政府に圧力を加えています。 また、2016年のアメリカ大統領選挙でヒラリー・クリントンを支援していた勢力を批判、親トランプ派と見られているアレックス・ジョーンズや彼が発信しているInfoWarsの映像が削除され、ラテン・アメリカのメディアteleSURのフェイスブックのページが削除されるということも引き起こされています。 インターネット上での言論封殺に協力している企業として、アップル、フェイスブック、グーグル、スポティファイ(スウェーデンの企業が運営する音楽配信サービス)、ユーチューブの名前が挙がっていますが、今後、増えていく可能性があります。 ネオコンをはじめとするアメリカの好戦派が世界制覇戦争を始めた1992年以降、メディアは広告会社と連携、偽情報の発信比率を高めてきました。彼らがキーワードとして使うのは「人権」、「民主」、「自由」、「テロ」、「大量破壊兵器」などですが、これらは人びとを操るためのタグにすぎません。タグを追いかけるのではなく、事実を知る必要があるのです。 イラクを先制攻撃した際、アメリカやイギリスは「大量破壊兵器」を口実に使いましたが、それが嘘だったことは本人たちも認めています。その嘘を嘘と知りつつ流していたのが西側の有力メディアであり、そのメディアはその後も人びとを騙すため、嘘をつき続けています。 映画監督の伊丹万作はこんなことを書いています。 戦争が本格化すると「日本人全体が夢中になって互に騙したり騙されたりしていた」。 「『騙されていた』と言う一語の持つ便利な効果に搦れて、一切の責任から解放された気でいる多くの人々の安易きわまる態度を見る時、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。」 「『騙されていた』と言って平気でいられる国民なら、恐らく今後も何度でも騙されるだろう。いや、現在でも既に別の嘘によって騙され始めているに違いないのである。」(伊丹万作『戦争責任者の問題』映画春秋、1946年8月) 本ブログでは事実を追求し続けます。櫻井 春彦振込先巣鴨信用金庫店番号:002(大塚支店)預金種目:普通口座番号:0002105口座名:櫻井春彦
2018.08.22
DIAからシリアに穏健派の反政府軍は存在しないという報告を受けていた2012年8月、オバマはNATO軍/アメリカ軍による直接的な軍事介入の「レッド・ライン」は生物化学兵器の使用だと宣言した。2012年12月になると、ヒラリー・クリントン国務長官は、自暴自棄になったシリアのバシャール・アル・アサド大統領が化学兵器を使う可能性があると主張する。翌年の1月になると、アメリカ政府はシリアでの化学兵器の使用を許可、その責任をシリア政府へ押しつけてアサド体制を転覆させるというプランが存在するとイギリスのデイリー・メール紙が報道した。 2013年3月、シリアのアレッポで化学兵器が使われ、西側はシリア政府を非難する。ところがこの化学兵器話に対する疑問はすぐに噴出し、5月には国連の調査官だったカーラ・デル・ポンテが化学兵器を使用したのは反政府軍だと語っている。 この年には8月にも化学兵器が使用され、これを口実にしてアメリカ/NATO軍は9月上旬にシリアを攻撃すると見られていた。シリア沖にはアメリカ軍の艦隊が集結、それに対してロシア軍も艦船を配置、実際に地中海からミサイルが発射される。 ところが、そのミサイルは海中に墜落してしまった。イスラエルはミサイルの発射実験だと後で主張するが、事前の警告はない。攻撃を始めたものの、何らかの手段、例えばECM(電子対抗手段)で落とされたとされたと見られている。 8月のケースではロシア政府が国連で証拠を示しながらアメリカ側の主張が正しくないことを説明、8月29日にミントプレスはサウジアラビアが化学兵器使用の黒幕だとする記事を掲載した。10月に入ると「ロシア外交筋」からの情報として、ゴータで化学兵器を使ったのはサウジアラビアがヨルダン経由で送り込んだ秘密工作チームだという話が流れた。 12月には調査ジャーナリストのシーモア・ハーシュもこの問題に関する記事を発表、反政府軍はサリンの製造能力を持ち、実際に使った可能性があるとしている。国連の元兵器査察官のリチャード・ロイドとマサチューセッツ工科大学のセオドール・ポストル教授も化学兵器をシリア政府軍が発射したとするアメリカ政府の主張を否定する報告書を公表している。ミサイルの性能を考えると、科学的に成り立たないという。 後にシリア政府が化学兵器を使ったとする話を発信することになるSCD(シリア市民防衛)、通称「白いヘルメット」をジェームズ・ル・ムズリエが編成、訓練を開始したのは2013年3月のこと。ル・ムズリエはイギリスの元軍人で、コソボでは情報活動に従事していたと言われている。 SCDの設立資金30万ドルはイギリス、アメリカ、そして日本から得ているが、その後、アメリカ政府とイギリス政府から西側のNGOやカタールを経由して1億2300万ドルが渡った。またアメリカ国務省の副スポークスパーソンのマーク・トナーは2016年4月27日、SCDがUSAIDから2300万ドル受け取っていることを認めている。言うまでもなく、USAIDはCIAの資金を流すパイプ役。そのほか投機家で旧ソ連圏の制圧を目指しているジョージ・ソロス、さらにオランダやイギリスの外務省も資金を提供している。シリアでアル・カイダ系武装集団やダーイッシュといったタグをつけた武装集団が敗走する過程でSCDとそうしたジハード傭兵が一心同体の関係にあることが明確になった。 イランとP5+1(国連安保理常任理事国5カ国とドイツ)がジュネーブ暫定合意に達したのは、地中海から発射されたミサイルが海中へ落下した2カ月後の2013年11月。その年の6月にイランで行われた大統領選挙で勝ったロウハーニはハシェミ・ラフサンジャニの側近だった人物で、西側の巨大資本にとって都合の良い人物だと見られていた。こうした状況もオバマ政権が話し合いに切り替えた一因だろう。2015年7月にはJCPOA(包括的共同作業計画)が発表された。 それから3年を経た現在、最高実力者のアリー・ハーメネイーはアメリカ政府と交渉しないと宣言している。ハーメネイーによると、アメリカの交渉とはカネと力(飴と鞭)で行うもので、最初に決めた目的を追求し続ける。アメリカは相手からすぐに利益を引きだそうとし、それを拒否されると騒ぎ立て、屈服させる。それに対してアメリカは約束するだけで、実際には何も相手へ利益を渡さない。目的を達成すると、アメリカは自分の約束を破棄してしまう。JCPOAもそうだとしている。この分析は正しい。 また、イラン経済の悪化については国内の要因によるものだとしているが、これも正しい。ハーメネイーはロウハーニ大統領の政策を修正しようとしている。今後、イランはアメリカとの交渉を止め、ロシアや中国との連携を強めていくことになるだろう。 イギリスとアメリカは1953年にイランでクーデターを成功させ、ムハマド・モサデク政権を倒している。この再現を狙っているようだが、1953年のクーデターが成功したのは偶然だった。モサデク側の詰めが甘かったとも言える。今回はしかもロシアと中国という後ろ盾が存在する。(了)
2018.08.21
アクバル・ハシェミ・ラフサンジャニ元イラン大統領の弟、モハマド・ラフサンジャニは今年(2018年)8月8日にドナルド・トランプ米大統領との交渉は間違いだと発言、ジャバド・ザリフ外相はトランプ大統領は信頼できないとしたうえで、交渉再開の可能性を否定した。ハサン・ロウハーニ大統領はトランプ大統領の「制裁」について、「心理戦だ」としている。 ラフサンジャニはイラン・イラク戦争後の1989年から97年まで大統領を務めたが、その間に新自由主義的な「経済改革」を実施、新たな経済エリートを生み出す一方、庶民を貧困化させた。1979年のイスラム革命後、イランはアメリカやイスラエルから武器を秘密裏に購入、これはイラン・コントラ事件として発覚した。 ザリフはロウハーニ政権の閣僚であり、そのロウハーニはハシェミ・ラフサンジャニの側近だった人物。このハシェミは1989年8月から97年8月までイランの大統領を務めたが、その間に西側巨大資本の意向に沿う政策を推進、欧米では「改革派」、あるいは「穏健派」とされている。 ロウハーニは2013年6月の大統領選挙で勝利したのだが、その当時、バラク・オバマ米大統領はシリアへ軍事侵攻する準備を進めていた。 アメリカ、イスラエル、サウジアラビアの三国同盟に加え、イギリス、フランス、トルコ、カタールといった国々が2010年の終わりから体制転覆工作を始めている。その作戦は2010年8月にオバマ大統領が出したPSD(大統領研究指示)11に基づいていると言われている。この指示はムスリム同胞団を使い、ターゲット国の体制を転覆させるというものだった。この工作は一般に「アラブの春」と呼ばれている。 2011年2月にはアフリカの自立を目論んでいたリビアのムアンマル・アル・カダフィ体制、翌3月にはイランと緊密な関係にあるシリアのバシャール・アル・アサド体制を倒すために侵略戦争を始めた。送り込まれた傭兵の中心はムスリム同胞団とサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)。つまりアル・カイダ系武装集団だ。 国内に反体制勢力を抱えるリビアのカダフィ体制は2011年10月に崩壊、カダフィ自身は惨殺された。この戦争では地上軍のアル・カイダ系武装集団と空軍のNATO軍が連携、体制崩壊後に戦闘員と武器/兵器はシリアへ運ばれた。シリアへ集められた侵略軍は2012年から攻撃を激化させる。 その攻撃を正当化するため、「独裁体制に立ち向かう民主勢力」という宣伝が大々的に繰り広げられたが、その「情報源」としての役割を果たしていたのシリア系イギリス人のダニー・デイエムなる人物。 ところが、2012年3月にデイエムが撮影スタッフと演出の打ち合わせをしている場面がインターネット上へ流出、中継はフィクションだということが明らかになり、この仕組みが揺らぎだす。 こうした実態が知られるようになたこともあり、オバマ政権は「穏健派」なるタグを使い始めた。「良いアル・カイダ」と「悪いアル・カイダ」がいて、オバマ政権は「良いアル・カイダ」を支援しているという主張だ。 それに対し、アメリカ軍の情報機関DIAは2012年8月、シリアで政府軍と戦っているのはサラフィ主義者、ムスリム同胞団、アル・カイダ系のアル・ヌスラであり、そうした政策を続けると東部シリア(ハサカやデリゾール)にサラフィ主義者の支配国が作られる可能性があると警告していた。オバマ政権が言う「穏健派」は存在しないとホワイトハウスへ報告していたのだ。この時のDIA局長がマイケル・フリン中将。 東部シリアにサラフィ主義者の支配国が出現する可能性があるという警告は2014年にダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)という形で現実になる。そこでホワイトハウス内で衝突が起こり、フリンはこの年の8月に退役を強いられる。 その後、2015年8月にフリン元DIA局長はアル・ジャジーラの番組へ出演、その際に自分たちの任務は提出される情報の正確さをできるだけ高めることにあり、その情報に基づいて政策を決定するのはバラク・オバマ大統領の役目だと指摘している。つまり、オバマ政権の「穏健派支援」がダーイッシュの勢力を拡大させたというわけだ。(つづく)
2018.08.20
アンゲラ・メルケル独首相とウラジミル・プーチン露大統領が8月18日、ドイツで会談した。シリア、ウクライナ、イラン、アメリカの関税などの問題を討議、天然ガスのパイプライン、ノード・ストリーム2プロジェクトの推進で合意したという。 ロシアのビボルグからドイツのグライフスバルトを繋ぐノード・ストリームというパイプラインが存在するが、ノード・ストリーム2はそれに並行する形で建設中。この新パイプライン建設を止めようとアメリカの支配層は必死。現在、デンマークが建設の障害になっている。そこで、他の関係国、つまりロシア、ドイツ、フィンランド、スウェーデンはデンマークを迂回するルートを検討していると伝えられている。 バラク・オバマ政権は2014年2月22日、ウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを成功させてビクトル・ヤヌコビッチ大統領を排除したが、その目的のひとつはロシアからEUへ天然ガスを運んでいるパイプラインをコントロールすることにあったと言われている。 クーデターの直後、クーデター体制とロシア側との間で天然ガス取引の支払いを巡ってトラブルが発生しているが、EUへの供給を維持する必要からロシアはウクライナ経由のルートを使い続けている。昨年(2017年)、ロシアから西側へ1930億立方メートルの天然ガスが供給されているが、そのうち930億立方メートルはウクライナ経由だった。 ウクライナはポーランドやバルト3国と同じようにアメリカの重要なロシアに対する軍事的圧力の拠点。合法政権との契約を非合法政権に適用する必要はないとする意見もあるが、その契約も2020年まで。ノード・ストリーム2は年間550億立方メートル、建設中のトルコ・ストリームは315億立方メートルを輸送できるとされている。 西側ではロシアがウクライナ経由の輸送を続けていることに疑問を抱いている人がいる。ノード・ストリーム2やトルコ・ストリームに関係なく、ウクライナ経由の輸送をロシアが2020年に止める可能性も否定できない。 オバマ政権が実行したウクライナでのクーデターはアメリカ側が想定していなかった事態を招いた。ロシアと中国の接近だ。現在、両国は戦略的同盟国になっている。この両国はBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)やSCO(中国、ロシア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、インド、パキスタン)の中核。SCOにはアフガニスタン、ベラルーシ、モンゴル、そしてイランがオブサーバーとして参加、正式メンバーへの昇格を望んでいる。そのほかアルメニア、アゼルバイジャン、カンボジア、ネパール、スリランカ、トルコも参加へ前向きの姿勢を見せている。 トルコはシリア侵略でアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランスなどと手を組んだが、当初の目論見と違ってバシャール・アル・アサド政権を倒せない。2015年9月30日にロシア軍がシリア政府の要請で介入すると戦況は一変、11月24日にトルコ軍のF16がロシア軍のSu24を待ち伏せ攻撃で撃墜するとロシア側は怖じ気づかず、防空システムを強化、シリア領内へ侵入した航空機を撃墜する姿勢を示した。この撃墜があった日にポール・セルバ米統合参謀本部副議長がトルコのアンカラを訪問していたこともあり、この攻撃はアメリカ側の命令だったと見られている。 戦争が長引いたことでトルコ経済は破綻状態になり、2016年6月下旬、ロシアに撃墜を謝罪して関係修復を図る。7月13日にはトルコの首相がシリアとの関係正常化を望んでいることを示唆した。当然、アメリカは怒る。 そして7月15日にトルコでは武装蜂起があった。この軍事行動は短時間で鎮圧されたが、事前にロシアからレジェップ・タイイップ・エルドアン政権へクーデターに関する情報が伝えられていたとも言われている。 このクーデター未遂に関し、エルドアン政権はその首謀者をアメリカへ亡命中でCIAの保護下にあるとも言われているフェトフッラー・ギュレンだとしている。さらに、蜂起の背後にはアメリカ中央軍のジョセフ・ボーテル司令官やジョン・キャンベルISAF司令官がいたとも主張、これ以降、トルコとアメリカとの関係は悪化する。 ジョージ・W・ブッシュ政権もそうだったが、オバマ政権も暴力に頼る政策を推進、裏目に出ている。そうした力尽くのやり方を改め、ロシアとの関係改善を図るべきだとして登場したのがドナルド・トランプだが、大統領に州にして間もない段階で国家安全保障補佐官に就任したマイエル・フリン元DIA局長を解任するなどヒラリー・クリントンを担いでいた勢力に押されている。 トランプ政権も力尽くの政策を採用することになり、前の政権と同じで、裏目に出ている。この点だけを取り上げ、トランプが強硬策でアメリカの置かれた状況を悪くしているのは彼がロシアのスパイだからだと主張する人がいる。1992年2月、アメリカが唯一の超大国になったと考えたネオコンが国防総省のDPG草案という形で世界制覇プランを作成して以来、単独で力尽くの政策を推進、裏目に出ているのだ。 アメリカの支配層は状況判断を誤り、間違った政策を推進してきた。その苦境から暴力によって脱出しようとして泥沼の中でもがいている。アメリカが負けるはずがないと信じている人びとは、わざと負けているのだということにしたいのだろう。アメリカ信仰は捨てなければならない。アメリカ支配層は自分たちの敗北が避けられず、地獄へ落ちると確信したとき、人類を道連れにしようとする可能性がある。それが最大の懸念材料だ。
2018.08.19
シリアとロシアの連合軍はジハード傭兵がまだ支配しているシリア北西部にあるイドリブに対する攻撃の準備を進めている。 この地域では今年(2018年)2月3日にロシア軍のSu25がMANPADS(携帯型防空システム)で撃墜され、脱出したパイロットは地上での戦闘を経て死亡している。攻撃に関わったのはアル・カイダ系のジャブハト・アル・シャム(ジャブハト・アル・ヌスラ)で、攻撃に参加したと見られる約30名の戦闘員はロシア軍が巡航ミサイルで殲滅している。 イドリブでは2017年9月20日、パトロール中だったロシア軍憲兵隊29名が武装集団に襲撃されている。この集団を率いていたのはアメリカ軍の特殊部隊だと言われ、戦車も投入されていた。作戦の目的はロシア兵の拘束だったと見られている。 戦闘は数時間にわたって続いたが、その間にロシア軍の特殊部隊スペツナズの部隊が救援に駆けつけて空爆も開始、襲撃した戦闘員のうち少なくとも850名が死亡、襲撃を指揮していた米特殊部隊も全滅したと言われている。 こうした事態を受け、21日にはロシア軍とアメリカ軍の軍人が直接会い、シリア情勢について話し合ったと伝えられているが、その直後、9月24日にはロシア軍事顧問団を率いるバレリー・アサポフ中将とふたりの大佐がダーイッシュの砲撃で死亡した。この攻撃もアメリカ側から正確な情報が戦闘集団側へ流れていたと見られている。22日にはイスラエル軍機がダマスカス近郊を空爆した。 イドリブにいる武装勢力はアメリカ系とトルコ系だと言われているが、ウイグル系の戦闘員がいる可能性もある。シリアの戦争は新疆ウイグル自治区の問題を抱えている中国にとっても人ごとではなく、中国軍が戦闘に参加しても驚きではない。 シリアの南部地域はシリア政府軍がほぼ制圧、その過程でアメリカやイスラエルをはじめとする侵略勢力の支援を受けたジハード傭兵は武装解除された上、家族とともにバスでイドリブへ移動、戦闘に備えている。ジハード傭兵の医療部隊的な存在であるシリア市民防衛(白いヘルメット)のメンバー800名はイスラエルによってヨルダンへ運ばれ、アメリカのネットワーク局CBSによると、カナダへの移住が考えられている。白ヘルのメンバーが生きたまま拘束され、情報が漏れることをアメリカなどは恐れているのだろう。 ジハード傭兵はアメリカ、イギリス、フランス、イスラエル、サウジアラビアが送り込んでいる。当初はトルコやカタールも仲間だった。そのうちダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)というタグのつけられた集団は2014年1月にイラクのファルージャで「イスラム首長国」の建国を宣言、6月にモスルを制圧、その際にトヨタ製小型トラック「ハイラックス」の新車を連ねた「パレード」を行ってその様子が世界に伝えられ、売り出された。当然、アメリカの軍や情報機関は偵察衛星、無人機、通信傍受、人間による情報活動などで武装集団の動きを知っていたはずだが、何もしていない。 本ブログでは何度も書いてきたが、2012年8月の段階でアメリカ軍の情報機関DIAはシリアにおける反乱の主力がサラフィ主義者、ムスリム同胞団、そしてAQIだと指摘していた。その中でAQIとアル・ヌスラは同じ集団で、つけられたタグが違うだけだともしている。 リビアを破壊する過程でNATOとアル・カイダ系武装集団の連携が発覚したこともあり、バラク・オバマ政権は武装集団の中の穏健派と過激派がいて、アメリカは穏健派を支援していると主張するようになっていた。「良いアル・カイダ」と「悪いアル・カイダ」がいるというわけだが、DIAは穏健派など存在しないことをホワイトハウスへ報告していた。 その後、ウェズリー・クラーク元欧州連合軍最高司令官はダーイッシュを作り上げたのはアメリカの友好国と同盟国だとCNNの番組で語り、2012年から14年までDIA局長を務めたマイケル・フリン中将はアル・ジャジーラに対し、ダーイッシュはバラク・オバマ政権が決めた政策によって勢力を拡大したと語っている。 イラクやシリアで活動するダーイッシュの戦闘員は2014年9月頃、3万1000人だとCIAは推計していた。その1年後にロシア軍がシリア政府の要請で介入、傭兵の支配地は急速に縮小、戦闘員の数も減ったはず。アル・カイダ系武装集団であろうとダーイッシュであろうと、本体はアメリカをはじめとする侵略国であり、補充されているとはいうものの、2014年からロシア軍の介入することまでがピークだったはず。 ところが、国連によると、ダーイッシュが敗北したことをみとめつつ、いくつかの加盟国(おそらくアメリカなど)は今でもシリアとイラクに2万人から3万人の戦闘員がいると推定しているとしている。シリアの東部地域にいるというのだが、そこはアメリカ軍が支配している地域。 ユーフラテス川の北にはアメリカ軍、イギリス軍、フランス軍が基地を20カ所以上に建設、居座る口実としてダーイッシュの存在を強調したがっている。ドナルド・トランプ政権がどう考えているか不明だが、アメリカの支配層はシリア、そしてイランの体制転覆を諦めていないのだろう。
2018.08.17
リヤドの北西にあるアル・ブカイリャで銃撃戦があり、爆弾を仕込んだと思われるベストを着た人物を「無力化」、病院へ運んだとサウジアラビア内務省は8月15日に発表した。その襲撃者は「イスラム国(ダーイッシュ、IS、ISIS、ISILとも表記)」の考え方を信じているという。 ダーイッシュはサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団を主力とするジハード傭兵で、アル・カイダ系武装集団と本質的な違いはなく、その歴史は1970年代終盤、ジミー・カーター政権の国家安全保障補佐官だったズビグネフ・ブレジンスキーが始めたアフガニスタンでの秘密工作から始まる。その工作をカーター大統領は1979年7月に追認している。 この秘密工作で使われた戦闘員の主な供給源がサウジアラビア。この国で国教とされているのがイスラム系カルトのワッハーフ派だ。このカルトを権力基盤に据えた体制を作り上げたのはイギリスにほかならない。ムスリム同胞団には様々な考え方の人が参加しているようだが、少なくとも一部はイギリスの手先として活動してきた。 ムスリム同胞団は1954年10月にガマール・アブデル・ナセルの暗殺を試みて失敗し、エジプトでは非合法化される。この暗殺未遂事件にからんで約4000名のメンバーが逮捕され、6名に死刑の判決が言い渡されている。また数千名がシリア、サウジアラビア、ヨルダン、レバノンなどへ逃げたという。サウジアラビアへ逃れたメンバーはワッハーブ派の影響を強く受けることになった。 1979年にイランでイスラム教シーア派が革命を成功させると、サウジアラビアでもシーア派の蜂起があったが、それ以上に衝撃を与えたのがサラフィ主義者を中心とするグループのアル・ハラム・モスクの占拠。アフガニスタンにおけるアメリカの秘密工作はこうした狂信的グループを国外へ追い出すためにも利用された。 サウジアラビアなどからアフガニスタンへ戦闘員を送り込む仕事をしていたひとりがサウジアラビアの富豪の息子、オサマ・ビン・ラディン。このビン・ラディンをジハード(聖戦)の世界へ引き込んだのはムスリム同胞団のアブドゥラ・アッザムだと言われている。 ビン・ラディンは1984年にアッザムと一緒にMAK(マクタブ・アル・ヒダマト/礼拝事務局)のオフィスをパキスタンのペシャワルで開設、このMAKがアル・カイダの源流だと言われている。 このアル・カイダは武装集団でなく、ロビン・クック元英外相も指摘しているように、CIAの訓練を受けたムジャヒディンの登録リストである。アラビア語でアル・カイダは「ベース」を意味するが、「データベース」の訳語としても使われる。ちなみにこの指摘をした翌月、クックは保養先のスコットランドで心臓発作に襲われ、59歳で死亡した。 ブレジンスキーの教え子と言われるバラク・オバマは大統領時代、このアル・カイダの仕組みをシリアやリビアへの侵略に使った。2010年8月にオバマはPSD11という指令を出し、ムスリム同胞団を傭兵とする侵略を始めている。そこにサラフィ主義者が合流したわけだ。 2011年10月にリビアの破壊を終えたアメリカなど侵略勢力はアル・カイダ系武装グループのメンバーと武器/兵器をシリアへ輸送してバシャール・アル・アサド体制の打倒を目指すが、2015年9月30日にシリア政府の要請でロシア軍が介入すると戦況は一変、サラフィ主義者やムスリム同胞団を中心とするジハード傭兵は敗北してしまう。 こうした戦闘員はアフガニスタンを中心に、イエメンやリビアなどへ移動している。アメリカ軍はその幹部(相当数はアメリカ、イスラエル、イギリス、フランスが送り込んだ軍人や情報機関員だと見られている)を救出、内情を詳しく知っているSCD(シリア市民防衛)、通称「白いヘルメット」のメンバーも素早く逃がしている。SCDはアル・カイダ系武装勢力やダーイッシュに所属しているので、SCDのメンバーを受け入れた国はそうしたジハード傭兵を抱え込むことになる。サウジアラビアへ戻った戦闘員もいるはずだ。 今年4月21日、サウジアラビアのリヤドにある王宮周辺で激しい銃声が聞こえたとする情報が流れた。おもちゃのUAV(無人機)を警備兵が銃撃したとされているが、銃撃戦の可能性も否定できない。 この銃声の真相は不明だが、昨年(2017年)10月7日にも似た出来事があった。ジッダにある宮殿近くで宮殿への侵入を図った人物と治安部隊との間で銃撃戦があったという未確認情報が流れたのだ。その前、6月に皇太子が国王の甥にあたるムハンマド・ビン・ナーイフから息子のビン・サルマンへ交代、ナーイフは自宅軟禁になったと言われている。8月にはビン・スルタン皇太子の暗殺未遂が伝えられた。 オバマ政権が仕掛けた侵略戦争が失敗、ジハード傭兵の一部はアメリカなどのコントロール外へ出ている可能性がある。その矛先が欧米やサウジアラビアへ向けられても不思議ではない。
2018.08.16
第2次世界大戦で日本が降伏したのは1945年9月2日のことだった。その日、東京湾内に停泊していたアメリカの戦艦ミズーリで政府全権の重光葵と大本営(日本軍)全権の梅津美治郎が降伏文書に調印したのである。8月15日には天皇の声明が日本人に対して発表された。玉音放送、あるいは終戦勅語と呼ばれているものだ。 その詔勅には「朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ、非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ、茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク。朕ハ帝國政府ヲシテ、米英支蘇四國ニ對シ、其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨、通告セシメタリ。」(句読点は引用者)とある。 ポツダム宣言の受諾をアメリカ、イギリス、中国、ソ連の4カ国に伝えたと「臣民」に発表したのである。宣言の受諾は8月9日の「御前会議」で決まり、翌日には連合国側へ打電している。 アメリカ、イギリス、中国、ソ連は連合国を構成しているメンバーだが、連携していたとは言いがたい。アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領はソ連と手を組んでいるつもりだったかもしれないが、アメリカを支配する巨大資本はファシストと近かった。 本ブログでは繰り返し書いているが、1932年の大統領選挙でニューディール派のフランクリン・ルーズベルトが当選すると、ウォール街の巨大金融機関はクーデターを企てている。在郷軍人会を動員し、フランスの「クロワ・ド・フ(火の十字軍)」の戦術を参考にして政権を乗っ取ろうとしたのだ。こうした動きを知ったジャーナリストのポール・フレンチはクーデター派を取材、「コミュニズムから国家を守るため、ファシスト政府が必要だ」という証言を得ている。 ウォール街の手下は議会にも存在、民主党の内部にもルーズベルト大統領のニューディール政策に反対する議員は少なくなかった。そうした議員たちは「アメリカ自由連盟」なる組織を設立している。活動資金の出所は巨大企業や富豪だったという。 このクーデター計画を成功させるため、アメリカ軍の内部に大きな影響力を持っていた海兵隊のスメドリー・バトラー退役少将に接近する。計画の内容を聞き出した上でバトラーはカウンター・クーデターを宣言する。50万人規模の兵士を利用してファシズム体制の樹立を目指すつもりなら、自分はそれ以上を動員して対抗すると少将は告げたという。 この計画をバトラーは1934年に議会で明らかにし、ウォール街はクーデターを断念するが、その翌年、ひとりの上院議員が暗殺されている。富裕なエリートや銀行を批判、ニューディール政策は貧困対策として不十分だと考え、純資産税を主張していたヒューイ・ロングだ。 1941年6月にドイツ軍は主力310万人をソ連に向かって進軍させる。バルバロッサ作戦だ。この時、西部戦線に残ったドイツ軍は90万人にすぎない。ドイツ軍の首脳は西部防衛のために東へ向かう部隊に匹敵する数の将兵を配備するべきだと主張したが、アドルフ・ヒトラーがそれを退けたとされている。(David M. Glantz, The Soviet-German War 1941-1945,” Strom Thurmond Institute of Government and Public Affairs, Clemson University, October 11, 2001) 西側から攻められたなら、ドイツはひとたまりもない。が、攻撃されなかった。当時、ルーズベルト大統領はソ連の支援に前向きだったが、反対は強かった。ミズーリ州選出の上院議員だったハリー・トルーマンは、「ドイツが勝ちそうに見えたならロシアを助け、ロシアが勝ちそうならドイツを助け、そうやって可能な限り彼らに殺させよう」と主張していた。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) ソ連へ攻め込んだドイツ軍はスターリングラードでの戦いに敗れて1943年1月に降伏、ドイツの敗北は決定的になる。それを見て慌てた米英両国は1943年5月にワシントンDCで会談、7月にアメリカ軍とイギリス軍はシチリア島に上陸した。ハスキー計画だ。9月にはイタリア本土を占領、イタリアは無条件降伏する。ハリウッド映画で有名になったノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)は1944年6月のことだ。 1945年4月にルーズベルトは急死、5月に入るとドイツが降伏する。ウィンストン・チャーチル首相の命令でJPS(合同作戦本部)がソ連に対する奇襲攻撃計画を作成したのは5月22日。アンシンカブル作戦だ。7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第三次世界大戦」を始める想定になっていた。 ドイツの敗北が決定的になったころ、ウォール街の代理人でOSS(アメリカの戦時情報機関)の幹部だったアレン・ダレスたちはルーズベルト大統領に無断でナチスの幹部と新たな同盟についての話し合いを始めていた。 降伏後の日本でも、源田実など無謀な戦いを推進した軍の幹部、戦前から戦中にかけて思想弾圧を行った検察や特高警察の幹部、裁判官たち、そしてプロパガンダで国民を操ったマスコミの人間は責任を問われないまま要職についている。日本国憲法は「象徴」という形で天皇制を維持した。国体は護持されたのである。
2018.08.15
ロシア政府のドル離れ政策が進んでいる。同国の金融大臣はドルを貿易の決済に使うことは危険だとし、石油の取引にドルは使わないと発言したのもその一例。ロシアとトルコの関係は緊密になってきたが、両国の貿易も決済にドルを使わないとしている。トルコはロシアだけでなく、中国、イラン、ウクライナなどともドル以外の通貨で決済する準備をしているとレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は発言した。こうしたドル離れはすでにロシアや中国を中心に始まっていたが、それが加速する可能性がある。 ロシア政府はアメリカの財務省証券を処分している。今年(2018年)3月にロシアが保有していた総額は961億ドルだったが、4月には487億ドル、5月には149億ドルへ減少、上位保有国のリストから消えた。ロシア政府が買い戻す可能性は小さいと見られている。 ドル決済を受け入れている国がアメリカからの経済攻撃に脆弱であることは言うまでもなく、ドル離れは合理的な判断。そういう流れになるとアメリカは厳しい状況に陥る。現在のドルを中心とする通貨システムが崩れるとドルを発行して物を買うという錬金術が機能しなくなり、アメリカは財政赤字に押しつぶされてしまうだろう。生活に必要な物を買うことができなくなり、現在のような侵略戦争を続けることも不可能になる。 こうした展開になることを避けるため、つまりドル体制を維持するため、アメリカ支配層にはふたつの戦略を同時並行的に進めている。世界有数のエネルギー資源国であり、アメリカに対抗できる軍事力を持つロシアを再属国化するか、ドル体制を維持する中心的な仕組みであるペトロダラーを守る(サウジアラビアを守る)ということである。 2014年にネオコンはロシアを弱体化するため、ウクライナでネオ・ナチを使ったクーデターを実行したが、これはロシアを中国へ接近させることになり、現在、ロシアと中国は戦略的な同盟国だ。ネオコンが行った力尽くの政策が裏目に出たわけである。 ロシア政府はアメリカの財務省証券を売り始める前の月、3月からアメリカに対して厳しい姿勢を見せている。例えば、ロシア参謀本部は3月17日、アメリカ海軍が艦隊を紅海、地中海、そしてペルシャ湾に配置、シリアを攻撃する準備が整えられたと警告、同じ日にセルゲイ・ラブロフ露外相はアメリカ、イギリス、フランスを含む国々の特殊部隊がシリア国内へ侵入、すでに「代理戦争」の段階ではなくなっていると語った。アメリカなどはこうした主張を否定したようだが、2011年3月にシリアへの侵略が始まった直後から西側諸国は特殊部隊を潜入させていると言われている。 その直前、3月1日にウラジミル・プーチン露大統領はアメリカとその同盟国がロシアやその友好国に対して存亡の機を招くような攻撃を受けたなら反撃するとロシア連邦議会で演説している。ウクライナの東部やクリミア、シリア、イランなど攻撃すればロシア軍との戦争になるという警告だ。 その演説でプーチンは反撃用の兵器をいくつか紹介した。原子力推進の低空で飛行するステルス・ミサイル、海底1万メートルを時速185キロメートルで航行して射程距離は1万キロに達する遠隔操作が可能な水中ドローン、2000キロメートルの距離をマッハ10で飛行して正確に目標を捉えられるミサイルのキンザル、マッハ20で飛行する大陸間ミサイルRS-26ルビエシュだ。レーザー兵器の存在も明らかにした。ロシアの反撃をアメリカの防空システムは阻止できず、アメリカ本土も安全ではないことを示したのである。 マティス国防長官は3月10日、プーチン大統領が語った兵器の実戦配備は何年も先だと主張したが、その日にロシアはミグ31がキンザルを発射する映像を公表している。このミサイルは昨年12月に発射実験を成功させていると言われ、これが事実ならアメリカを含む西側の軍や情報機関はその時点である程度の性能を把握していただろう。そしてアメリカの財務省証券を売り始めた。 今後、アメリカの置かれた状況はさらに悪化する可能性が高く、アメリカ支配層に従属することで自分の地位と収入を維持している日本の「パワー・エリート」たちは危機感を持っているだろう。弱体化した権力者は統制を強め、暴力的に被支配者を弾圧する。自分たちに刃向かう者には容赦しないだろう。安倍晋三政権は焦っているはずだ。
2018.08.14
イランのマフモウド・アフマディネジャド前大統領はハッサン・ロウハニ大統領に対して辞任を呼びかけたという。ロウハニはハシェミ・ラフサンジャニ元大統領の側近と言われ、2013年の大統領選挙で当選、17年に再選された人物。 ラフサンジャニ政権は「経済改革」、つまり新自由主義に基づき、日米欧の巨大資本がカネ儲けしやすく国のシステムを作り替え、新たな経済エリート、いわばオリガルヒを生み出して庶民を貧困化させた。1990年代の初め、在外イラン人事業家へ「帰国」を呼び掛けとこともそうした流れを促進した。 その時代にできあがった利権集団は欧米の巨大資本と結びつき、現在に至るまで大きな力を持ち続けている。新自由主義を導入した国で共通してみられる現象だ。 そうした政策を実行すると期待されたロウハニは2013年の選挙前、欧米で「改革派」、あるいは「穏健派」と呼ばれ、好ましい人物だと呼ばれていた。バラク・オバマ政権がイランと話し合いをするポーズを見せたのは、自分たちでコントロールできると考えたからだろう。 そうした中、中東最大規模の自動車会社、イラン・ホドロウ社が登場、パールシヤーンという自前の金融機関を設立した。不正な手段で富を手に入れたグループが自分たちがコントロールできる金融機関やメディアを持とうとするのは各国共通。 その利権集団と戦ったのが2005年から13年にかけて大統領を務めたマフムード・アフマディネジャド。まず欧米の金融資本と結びついたパールシヤーン銀行にメスを入れようとしたのだが、成功しなかった。つまり、イランの経済部門は欧米の巨大資本と手を組んだ「第5列」に支配されている。こうした勢力は投機を始め傾向があり、イランでは不動産投機が始まる。そして発生したバブルは2008年に破裂した。 国民はこうした利権集団に反発している。ラフサンジャニの側近だったロウハニもラフサンジャニのような政策を実行することはできなかった。アメリカ政府は経済戦争でイランを不安定化させ、欧米資本と結びついた利権集団にクーデターを実行させようとしているのかもしれないが、今は中国やロシアが背後についている。ロウハニ政権が弱体化してアメリカやイスラエルの側へ近づく可能性は小さい。
2018.08.13
アメリカ政府はロシアに対する「経済制裁」を宣言、これに対してロシア政府は「経済戦争の布告」だと批判、報復する意思を示した。今年(2018年)3月4日に元GRU(ロシア軍の情報機関)大佐のセルゲイ・スクリパリとその娘のユリアがロシアの政府機関にノビチョク(初心者)という化学兵器で攻撃された報復だとしている。 この話を最初に主張したのはイギリスのテレサ・メイ政権だが、主張を裏付ける証拠は示されていない。つまり説得力がない。日本にはアメリカ支配層の流す情報を全て「事実」だとして垂れ流す人もいるが、フランスのエマニュエル・マクロン大統領でさえ、当初は攻撃とロシアを結びつける証拠が欲しいと発言、同大統領のスポークスパーソンは「おとぎ話的な政治」は行わないとメイ首相の言動を批判していた。 イギリス議会では労働党のジェレミー・コービン党首がメイ首相に対し、主張を裏付ける証拠を示すように求めたが、保守党だけでなく労働党の議員から罵倒されていた。それがイギリスの現状だ。 化学兵器について研究しているイギリスの機関、DSTL(国防科学技術研究所)のチーフ・イグゼクティブであるゲイリー・エイケンヘッドは、スクリパリ親子のケースで使われた神経ガスがロシアで製造されたものだとは特定できなかったと語っている。元ウズベキスタン駐在イギリス大使のクレイグ・マリーも同じ話をDSTLの情報源から聞いたと早い段階から語っていた。 ノビチョクは1971年から93年にかけてソ連/ロシアで開発されていた神経物質の総称で、ロシアで使われることはなかったと言われている。それをメイ政権が口にしたのは「ロシア」を強調したかったからだと見られている。 この化学兵器の毒性はVXガスの10倍だと言われている。VXガスの致死量は体重70キログラムの男性で10ミリグラムだとさているので、単純に考えるとノビチョクは1ミリグラム。ユリアの場合、さらに少ない量ということになるが、4月9日に退院、彼女の映像をロイターが配信した。(記事、映像) その後、父親も退院したとされているが、状況は不明。ユリアへの取材も厳しく制限されている。この親子は保護されているのではなく、拉致され、軟禁状態にあるのではないかと推測する人もいるほどだ。 スクリパリの話が荒唐無稽であることは、当然、アメリカ政府も知っている。嘘がばれていることも認識しているはずだ。が、そうしたことはドナルド・トランプ政権にとってはどうでもいいこと。ロシアに経済戦争を仕掛けることが重要なのである。 すでにアメリカは中国に対する経済戦争を開始、イランやトルコも経済的に攻撃されている。アメリカの権力層が世界を支配するシステムに楯突く国々との戦争を始めているとも言える。 すでにアメリカはジョージアを使った南オセチアへの奇襲攻撃でロシア軍に惨敗、シリアではバシャール・アル・アサド体制を倒すために送り込んだジハード傭兵がロシア軍によって駆逐されてしまった。その間、ロシア軍が保有する兵器がアメリカの兵器を上回る性能を持っていることが判明している。そして始まったのが経済戦争。 アメリカはこれまで軍事力とドル体制で世界に君臨してきたが、軍事力の優位は揺らいでいる。基軸通貨として認められているドルを発行する特権が残された支配の仕組み。ドル体制を受け入れている国なら通貨戦争を仕掛けて潰すことは難しくないのだが、すでにドル離れは始まっている。アメリカの破壊されたイラクやリビアはそうした国だった。 このドル体制を守る重要な仕組みのひとつがペトロダラー。サウジアラビアをはじめとする産油国に石油取引の決済をドルに限定させ、そうした国々に集まったドルをアメリカへ財務省証券や高額兵器の購入といった形で還流させるというもの。トランプ政権がサウジアラビアを重視する理由はそこにあり、イランを敵視する政策につながる。 また、現在、ドル離れの震源地は中国とロシアである。ロシアは世界有数の産油国であり、この国を完全に制圧してエネルギー資源を支配できれば、中東をさほど気にする必要がなくなる。歴史的にロシアを支配できれば世界を支配できるという考え方がアングロ・サクソンにはあり、そうしたこともロシア攻撃に影響しているだろう。 イラン、中国、ロシア、そしてこの3カ国に近づいたトルコにアメリカ政府が経済戦争を仕掛けたのは必然なのだが、中国の対米輸出の相当部分はアメリカ系企業によるもの。創始が企業にアメリカへ戻れと言っているのかもしれないが、ネオコンによって社会基盤を破壊されたアメリカへ企業が戻っても機能しそうにない。
2018.08.12
トルコでは、レジェップ・タイイップ・エルドアン大統領に近い弁護士がアメリカ空軍のインシルリク基地にいる同空軍の将校何人かを起訴する準備を進めていると伝えられている。2016年7月15日にトルコでは武装蜂起があったのだが、エルドアン政権はその黒幕をフェトフッラー・ギュレンの一派だとしている。 それだけでなく、その背後にはアメリカ中央軍のジョセフ・ボーテル司令官やジョン・キャンベルISAF司令官がいたとトルコ政府は主張している。ボーテルは特殊部隊の出身で、大統領選で勝利したドナルド・トランプに対し、2016年12月にアル・カイダ系武装集団やダーイッシュ(IS、ISIS、ISILとも表記)を支援し続けるように求めていた。 言うまでもなく、この武装蜂起はエルドアン政権の打倒を目指していた。2011年3月にシリアへの侵略戦争が始まったときからトルコは侵略勢力、つまりアメリカ、イスラエル、サウジアラビア、イギリス、フランス、カタールなどと手を組んでロシア軍機を撃墜したりしていたが、戦争が当初の見込みと違って長引き、16年6月下旬にロシアのウラジミル・プーチン大統領に対してロシア軍機の撃墜を謝罪し、7月13日にはトルコの首相がシリアとの関係正常化を望んでいることを示唆している。武装蜂起はその2日後だった。 クーデターの動きを最初につかんだのはシリアの北部に駐留しているロシア軍の通信傍受部隊。武装蜂起した部隊はエルドアン大統領が滞在しているホテルへ数機のヘリコプターを派遣、大統領を拉致、あるいは殺害しようとしていると、ロシア側はトルコ側へ伝えたとされている。 サウジアラビアから流れてきた情報によると、同国の副皇太子で国防相でもあったモハンマド・ビン・サルマンもクーデターに関与していた。この副皇太子は2017年六月に皇太子となる。この人物と連携しているひとりがアラブ首長国連邦のモハンマド・アル-ナヒャン皇太子。この人物はアメリカへ亡命しているフェトフッラー・ギュレンと関係があり、クーデターを始めるために2億ドルを提供したと主張する人がいる。 かつてギュレンとエルドアンは手を組んでいたが、1999年、ビル・クリントン政権の時にアメリカへ渡り、CIAの保護下に入った。その後、トルコとアメリカとの関係は悪化、西側有力メディアのエルドアン批判も激しくなる。ギュレンはCIAが操る傀儡のひとりということだ。 その一方、エルドアン政権はロシアのウラジミル・プーチン政権とエネルギー・プロジェクトに関する交渉を再開しようとしている。天然ガスを運ぶパイプライン、トルコ・ストリームの建設も昨年(2017年)5月に再開された。 バラク・オバマ政権はロシアへの軍事的な圧力を強め、ロシアとEUとの関係を断つため、ネオナチを使ってウクライナでクーデターを実行したが、その結果、ロシアと中国を接近させることになった。今、両国は戦略的な同盟関係を結んでいる。オバマ政権はリビアやシリアでアル・カイダ系武装集団やムスリム同胞団を使って侵略戦争を始めたが、その過程でトルコとアメリカとの関係は破綻寸前。 ドナルド・トランプ政権はイスラエルやサウジアラビアの圧力でイランを潰そうと計画、ロシア、中国、イランと関係を壊すためにロシアへ接近しようと試みたが、これはオバマ政権やヒラリー・クリントンの背後にいたネオコンに潰された。 支配システムの根幹であるドル体制が崩れ始めていることを認識しているアメリカの支配層は焦っているはず。そうした中、支配層の内紛で状況が悪化するスピードは加速しているようだ。
2018.08.11
イスラエル軍がガザを百数十機のミサイルで攻撃した。ガザ側から同程度のロケット弾が撃ち込まれたことに対する砲撃だとされているが、パレスチナ側によると、戦闘態勢になかった戦闘員がイスラエル軍に殺害されたことに対する報復だという。 勿論、今回のミサイルの撃ち合いはイスラエルによるパレスチナ人を対象にした民族浄化の一場面にすぎない。シオニストはパレスチナを乗っ取るため、1948年4月4日に「ダーレット作戦」を開始、5月14日に「イスラエル建国」を宣言したが、それは前から住んでいたアラブ系住民を殺害し、追放する「ディアスポラ」にほかならなかった。 この「建国」でシオニストは予定した領土を確保できず、1967年の第3次中東戦争で支配地を拡大するが、それでも予定した地域を支配できていない。少なくとも、南はナイル川から北はユーフラテス川までをイスラエルの領土にしようとしていると考えられている。「大イスラエル」の構想だ。当然、イスラエルはガザやヨルダン川西岸にパレスチナ人の国を作らせるつもりはない。シリア領のゴラン高原も自分たちのものだと思っている。 こうした戦略に基づき、イスラエルはガザを海上封鎖してきた。数ある戦術の中で最も残虐だとも言われる兵糧攻めだ。イスラエルはパレスチナ人に対して戦争を続けてきたのである。 そうしたパレスチナ人弾圧に抗議、医療物資を運んでガザへ向かっている「自由船団」のアル・アウダ(帰還)とフリーダムをイスラエル軍は拿捕、乗っていた人びとを拘束した。その際、イスラエル兵はテーザー銃(ワイヤー付きの電気銃)で乗組員の身体を麻痺させ、棍棒で殴打したとされている。 そのイスラエルはシリアのバシャール・アル・アサド政権を倒し、傀儡体制を樹立させようとしてきた。そのため、アメリカ、サウジアラビア、イギリス、フランスなどと手を組み、サラフィ主義者(タクフィール主義者、ワッハーブ派)やムスリム同胞団を中心とするジハード傭兵を地上軍として送り込んだ。リビアと同じように、地上軍はジハード傭兵、空軍はNATO。 ところが、シリア政府軍、イラン軍、ロシア軍はこの連合軍を粉砕してしまった。中国もシリア政府側について戦うとも言われている。しかも、ジハード傭兵に替わる手先と考えていたクルド勢力もアメリカから離れているとする情報がある。戦闘がアメリカ側のシナリオ通りに進んでいないことが影響している可能性がある。トルコはそうだった。 アメリカやイスラエルにとって平和な状態は好ましくない。中東の支配構造をイスラエル中心に作り替えるためには戦乱が必要だ。イスラエルはガザを戦争の火種と考えているようにも見える。
2018.08.10
アメリカの支配層は言論操作から言論封殺へ切り替えつつある。WikiLeaksのジュリアン・アッサンジをロンドンの大使館に匿ってきたエクアドル政府に圧力を加え、同政府はアッサンジを数週間以内にイギリス当局へ引き渡すと言われている。それに加え、2016年のアメリカ大統領選挙でヒラリー・クリントンを支援していた勢力を批判していたアレックス・ジョーンズや彼が発信しているInfoWarsのアップロードしていた映像が削除された。インターネット上での言論封殺に協力している企業として、アップル、フェイスブック、グーグル、スポティファイ(スウェーデンの企業が運営する音楽配信サービス)、ユーチューブの名前が挙がっている。 ジョーンズはイスラエルに関する情報を避けているといった批判もあるが、ビルダーバーグ・グループの動きを取り上げるなど欧米支配層の感情を逆なでするような情報を発信してきたことも事実。映像が削除される直前、NSAの不正を内部告発したウィリアム・ビニーの話を取り上げていた。 ビニーは1970年から2001年にかけてNSAに所属、技術部門の幹部として通信傍受システムの開発を主導、NSA史上最高の数学者にひとりと言われている人物。退職後、NSAが使っている憲法に違反した監視プログラムを告発、2007年にはFBIから家宅捜索を受けている。 アメリカの民主党、司法省、FBIは2016年の大統領選挙でロシアがハッキングしてWikiLeaksへ情報を流したと主張しているが、それを嘘だとビリーは断言してきた。明らかになっているデータからでも情報は民主党のサーバーから直接、メモリーにダウンロードされていると指摘しているのだ。同じ意見を表明している専門家は少なくない。つまり、ロシアゲートは砂上の楼閣にすぎないのだ。 アメリカの支配層が情報操作を目的としたプロジェクトを始めたのは第2次世界大戦が終わって間もない1948年頃。そのプロジェクトの中心にはアレン・ダレス、フランク・ウィズナー、リチャード・ヘルムズ、そしてフィリップ・グラハムがいた。ダレスとウィズナーはウォール街の弁護士。このふたりとヘルムズはOSSやCIAで破壊工作を指揮していた。グラハムはワシントン・ポスト紙の社主で、キャサリン・グラハムの夫だ。(Deborah Davis, “Katharine The Great”, Sheridan Square Press, 1979) フィリップは1963年8月、ジョン・F・ケネディ大統領が暗殺される3カ月前に自殺、新聞社は妻のキャサリン・グラハムが引き継いだ。キャサリンと親しかったポリーという女性はフランク・ウィズナーの妻であり、キャサリンから目をかけられたワシントン・ポスト紙の記者がベンジャミン・ブラッドリー。後にニューズウィークの編集幹部に昇格する。 ブラッドリーと結婚したアントワネット(通称トニー)・ピンチョットの姉、マリー・ピンチョット・メイヤーはケネディ大統領の愛人だったと言われているが、そのマリーは1964年10月、ケネディ大統領が暗殺された11カ月後、ウォーレン委員会の報告書が公表された直後、散歩中に射殺された。 キャサリンが社主だった時、ワシントン・ポスト紙はリチャード・ニクソン大統領のスキャンダルを暴き、辞任に追い込んでいる。ウォーターゲート事件だ。その事件の取材を担当したのはボブ・ウッドワードとカール・バーンスタイン。このうちウッドワードは直前まで海軍の情報将校で、取材能力はない。情報源の「ディープ・スロート」を連れてきただけだった。 つまり、ウォーターゲート事件の取材は事実上、バーンスタインが行ったのだが、このバーンスタインはニクソン大統領が辞任した3年後の1977年にワシントン・ポスト紙を辞め、その直後に「CIAとメディア」という記事をローリング・ストーン誌に書いている。有力メディアがCIAの影響下にある実態を明らかにしたのだ。(Carl Bernstein, “CIA and the Media”, Rolling Stone, October 20, 1977) 1970年の後半からアメリカではメディアへの締め付けが厳しくなり、気骨ある記者や編集者は排除されていった。日本でも同じことが行われている。1987年5月に朝日新聞の阪神支局が襲撃された後、日本のマスコミは権力の不正について、それまで以上に語らなくなった。 日米を含む西側の支配層は有力メディアを完全に制圧し、プロパガンダ機関化を進めたのだ。2011年9月11日からそうした傾向は強まり、バラク・オバマ政権はさらに加速させた。そして今、アメリカの支配層はインターネット上での情報統制を強化している。
2018.08.09
ロシアが東アジア諸国との友好関係樹立に力を入れ始めている。すでに戦略的な同盟関係に入っている中国だけでなく、ASEAN(東南アジア諸国連合)に加盟しているインドネシア、シンガポール、タイ、フィリピン、マレーシア、ブルネイ、ベトナム、ラオス、ミャンマー、カンボジアとの連携も推進しようとしている。 今年(2018年)8月の終わりにロシアとASEANの経済関係の大臣がシンガポールで会議を開くほか、9月11日から12日にかけてロシアのウラジオストックで開催されるEEF(東方経済フォーラム)にASEAN加盟国も参加するよう、ロシア政府は働きかけているようだ。さらに、今年11月にシンガポールで開催が予定されているEAS(東アジア・サミット)にはウラジミル・プーチン露大統領が出席すると言われている。 東アジア諸国に対してロシアが示しているのは、技術、対テロリズム、武器、エネルギーでの協力。ロシアがエネルギー資源の宝庫であることは知られているが、それだけでなくアメリカをはじめとする勢力がシリアへ送り込んだジハード傭兵を殲滅する過程でロシアは技術力の高さやテロリスト対策の優秀さを示し、各国は興味を持ち始めている。 ロシアには以前からシベリア横断鉄道を建設、それを延長して朝鮮半島を南下させようという計画がある。これは天然ガスや石油を輸送するパイプラインの建設と結びついている。この計画と中国の一帯一路が結びつくとアメリカの海上封鎖戦略の影響力は大きく低下してしまう。 東南アジアの雰囲気を感じさせる出来事が今年5月にあった。マハティール・ビン・モハマドが首相に返り咲いたのだ。1981年から2003年まで22年にわたって首相を務めていた人物で、今年7月で93歳になる。 2009年から18年まで首相を務めたナジブ・ラザクはアメリカの強い影響下にあった。2013年に再選される直前、ラザクはタックスヘイブンの英領バージン諸島からスイスの銀行のシンガポール支店へというルートでサウジアラビア王室から6億8100万ドルの受け取っていた。サウジアラビアがアメリカやイスラエルと同盟関係にあることは本ブログでも繰り返し書いてきた。ちなみに、マレーシアの旅客機MH370が行方不明になったのはラザク首相が再選された直後だ。 マハティールが首相を務めていた1997年に東南アジアは金融危機に見舞われた。投機家のジョージ・ソロスなど欧米のヘッジファンドが仕掛けた為替相場操作が引き金。日本もその影響を受けている。 ソロスたちの金融攻撃を反省したマハティールは2002年3月に「金貨ディナール」を提唱、ドル体制から離脱する意思を示した。リビアのムアンマル・アル・カダフィはこのアイデアを実際に導入しようと試み、欧米からの侵略を受けて国は廃墟と化した。 アメリカの支配層は1991年2月、国防総省のDPG草案という形で世界制覇プランを作成した。1991年12月にライバルだったソ連を消滅させることに成功、アメリカが唯一の超大国になったと認識、旧ソ連圏、西ヨーロッパ、東アジアなど潜在的なライバルを押さえ込むと同時にエネルギー資源を支配しようと考えた。 中でも中国を中心とする東/東南アジアは警戒され、東アジア重視が掲げられる。こうした流れの中で金融危機は仕掛けられたのである。2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとアーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)に対する攻撃を口実にし、この攻撃と無関係なアフガニスタンやイラクを先制攻撃、中東から北アフリカにかけての地域で侵略戦争を始めた。ジョージ・W・ブッシュ政権は正規軍を投入、それがうまく機能しないことを受けてバラク・オバマ政権はジハード傭兵やネオ・ナチを使った侵略に切り替えた。 こうした侵略の前に立ちはだかったのがロシア。21世紀に入り、ウラジミル・プーチンを中心とするグループがロシアを再独立させ、アメリカの思惑通りに動かすことができなくなったのだ。 ロシア政府は2011年夏、朝鮮の金正日に対し、110億ドル近くあったソ連時代の負債の90%を棒引きにし、鉱物資源の開発などに10億ドルを投資すると提案した。その代わりに鉄道とパイプラインを建設させてほしいということだ。金正日は受け入れた。が、その年の12月に急死してしまう。 その頃から朝鮮はミサイル発射や核兵器の爆破実験を盛んに行うようになり、アメリカは制裁を科すことに成功。朝鮮の行動はアメリカの支配層にとって願ってもないことだったが、こうしたアメリカと朝鮮との関係が変化している。朝鮮が韓国、ロシア、中国と連携するようになったのだ。 そうした中、インドネシアやフィリピンではダーイッシュ(IS、ISIS、ISILなどとも表記)などジハード傭兵が破壊活動を始めている。タイではアメリカの支配層、特にブッシュ一族と深く結びつき、巨大ファンドのカーライル・グループとも関係が深いチナワット家が国の支配を目論んできた。今後も「カラー革命」というクーデターやジハード傭兵を使った破壊活動で東/東南アジアの不安定化をアメリカは目論むだろう。
2018.08.08
シリア政府軍はロシア軍の支援を受けながら南部、イスラエルやヨルダンとの国境近くを占領していたジハード傭兵を一掃、近いうちに北西部にあるイドリブの攻略に取りかかると見られている。そのイドリブの攻略戦に中国軍が何らかの形で参加する可能性があることを齋前進シリア駐在大使がシリアのアル・ワタン紙に語った。 アメリカ、サウジアラビア、イスラエル、イギリス、フランス、トルコ、カタールなどがシリアへ送り込んだ傭兵の主力はサラフィ主義者(ワッハーブ派、タクフィール主義者)やムスリム同胞団で、イドリブの主要勢力はトルコ系とアメリカ系だと言われているが、ウイグル系の戦闘員がいることも事実。シリアの戦争は新疆ウイグル自治区の問題を抱えている中国にとっても人ごとではない。 中国軍が実際に戦闘へ加わった場合、ロシアとの軍事的なつながりはこれまでより強固になる。現在、アメリカやイスラエルはイランの現体制を潰し、傀儡政権を樹立しようと目論んでいるが、この問題でも中国はロシアと同様、イランを支援している。アメリカの中国に対する経済戦争はイランをロシアは中国へ追いやるだけのことだ。 経済的な攻撃でイラン国内を不安定化させ、抗議活動が始まったところでエージェントに銃撃させるというワンパターンを繰り返そうとしている。実際、6月末にそうしたことがあったが、アメリカの思惑通りには進まなかった。そこで、経済的な攻撃をアメリカは強めようとしている。 ジョン・ボルトンは昨年(2017年)、MEK(ムジャヒディン・ハルク)が2019年にイランを支配するようになると語っているが、現在、アメリカやイスラエルがイランで手先に使っているのはこのMEK。 この組織はかつてマルクス主義に影響を受けたイスラム勢力だったが、1979年にイランでイスラム革命が成功するとイラクへ逃れ、それまでのイデオロギーを放棄、カルト化した。その結果、禁欲や睡眠制限などが強制され、既婚者は離婚させられたという。 ネオコンはロシアとEUとの関係を断ち、ロシア経済を揺さぶり、軍事的な圧力を強めるためにウクライナでネオナチを使ったクーデターを実行したが、この強硬策はロシアと中国との関係を強めてしまい、アメリカの立場を弱くしてしまった。現在、ロシアと中国は戦略的な同盟国だ。韓国はこの2カ国と経済的なつながりを強めてきたが、ここに来て朝鮮も加わっている。 イランと同じように、朝鮮に対してもアメリカは恫喝の姿勢を見せているが、虚勢を張っているようにしか見えない。
2018.08.07
ベネズエラの首都カラカスで国家警備隊の創設81周年記念軍事パレードの最中、暗殺未遂事件が引き起こされた。爆弾を搭載した数機のUAV(無人機)による攻撃で、いずれも撃墜されたようだ。ニコラス・マドゥロ大統領が狙われたと見られている。 アメリカの支配層が自分たちの「裏庭」だと規定するラテン・アメリカのひとつだというだけでなく、世界有数の石油産出国だということからアメリカは自立したベネズエラの政権を倒そうとしてきた。そうした流れの中での暗殺未遂だ。 ベネズエラを自立させたのは1999年に大統領となったウーゴ・チャベス。2002年にジョージ・W・ブッシュ政権はクーデター計画を始動させるが、その中心人物はイラン・コントラ事件に登場するエリオット・エイブラムズ、キューバ系アメリカ人で1986年から89年にかけてベネズエラ駐在大使を務めたオットー・ライヒ、そしてジョン・ネグロポンテ国連大使だ。 ネグロポンテは1981年から85年にかけてホンジュラス駐在大使を務めていたが、そのときにニカラグアの革命政権に対するCIAの秘密工作に協力、死の部隊にも関係している。2001年から04年までは国連大使、そして04年から05年にかけてはイラク大使を務めた。 イラクではネグロポンテの元で特殊警察コマンドの訓練が実施され、アメリカ軍は秘密の拘束/拷問施設を設けている。その施設にドナルド・ラムズフェルド国防長官が責任者として送り込んできた人物がジェームズ・スティール大佐。2003年から05年にかけて活動していた。この軍人は中米のエル・サルバドルへ特殊軍事顧問として派遣されていたことがある。つまり死の部隊を操り、汚い戦争を繰り広げていた。 スティールをイラクへ連れてきたのはデイビッド・ペトレイアスだと言われている。ペトレイアスは1985年から87年にかけてウエスト・ポイント(陸軍士官学校)の教官を務めているが、その際にエル・サルバドルでスティールと知り合い、そこで展開されていた汚い戦争に感銘を受けたという。 ペトレイアスは2002年から04年にかけて第101空挺師団の司令官としてイラクで戦闘に参加、08年から10年までは中央軍司令官、11年から12年までの間はCIA長官を務める。ペトレイアスはリチャード・チェイニー副大統領(ブッシュ・ジュニア政権)やドナルド・ラムズフェルド国防長官(同)に近い。つまりネオコンで、ヒラリー・クリントンとも近かった。 ところで、ベネズエラで2002年に試みられたクーデター計画は、事前にOPECの事務局長を務めていたベネズエラ人のアリ・ロドリゲスからウーゴ・チャベス大統領へ知らされたため、失敗するのだが、それで終わらなかった。例えば、WikiLeaksが公表したアメリカの外交文書によると、2006年にもクーデターが計画されている。「民主的機関」、つまりアメリカの支配システムに操られている機関を強化し、チャベスの政治的な拠点に潜入、チャベス派を分裂させ、それによってアメリカの重要なビジネスを保護し、チャベスを国際的に孤立させるとしている。チャベスは2013年3月、癌のため、58歳の若さで死亡した。 チャベスの後継者として大統領になったのがマドゥロ。アメリカの経済攻撃に対抗するため、ドル離れを決断、石油取引の決済に人民元を主とする通貨バスケット制を採用する方向へ動き出した。アメリカへ預けていた金塊も引き揚げている。
2018.08.06
イスラエルが海上封鎖しているガザへ医療物資を運んでいた「フリーダム」をイスラエル軍に制圧されたようだ。乗っていたのは12名で、アル・アウダ(帰還)に続く拘束。「自由船団」側は船と交信できなくなっていると発表している。 言うまでもなく、パレスチナ問題を生み出した原因は1948年5月14日の「イスラエル建国」。シオニストがアラブ系住民(パレスチナ人)を虐殺、追放したところから始まっている。いわば「ディアスポラ」状態。 パレスチナに残ったアラブ系住民をイスラエルは軍隊を投入して殺戮、建造物を破壊、巨大な分離壁(堀、有刺鉄線、電気フェンス、幅60~100メートルの警備道路、コンクリート壁で構成)を建設してその内部にパレスチナ人を押し込めている。巨大な強制収容所を作り上げ、海上封鎖して兵糧攻めを続けている。 こうしたイスラエルによるジェノサイドを止めさせるため、民間レベルではイスラエルに対するBDS(ボイコット、資本の引き揚げ、制裁)運動がヨーロッパを中心に展開されている。アイルランドの上院がイスラエルに不法占領されている地域からの輸入を禁止する法案を通過させたが、これは例外的な反応で、国レベルではせいぜい口先で批判するだけ。サウジアラビアなどはイスラエルにべったりだ。 イスラエルがガザやヨルダン川西岸を制圧しようとするのは、その戦略に基づいている。「建国」時代に実現できず、1967年の第3次中東戦争でも失敗した「大イスラエル」の実現がその長期戦略。南はナイル川から北はユーフラテス川まで、西は地中海から東はヨルダン川までをイスラエルの領土にしようとしてきた。表面的には否定されているが、この戦略を放棄したとは到底思えない。 もうひとつイスラエルが侵略に熱心な理由がエネルギー資源。これは大イスラエル構想ともリンクするのだが、中東全域を親イスラエル体制にしようとしている。これは中東の石油利権と密接に関係しているはずだ。地中海の東側、エジプトからギリシャにかけての海域には9兆8000億立方メートルの天然ガスと34億バーレルの原油が眠っているとUSGS(アメリカ地質調査所)は推定している。勿論、ガザ沖も含まれ、ゴラン高原にもエネルギー資源が眠っている。 この天然ガス田に深く関わっているノーブル・エナジーのロビイストのひとりがビル・クリントン元大統領。2016年の大統領選挙で同社はヒラリー・クリントンに多額の寄付をしていたという。ヒラリー・クリントンが大統領になっていたなら、イスラエルの原燃ガス開発は加速した可能性がある。この開発でもガザに住むアラブ系住民はイスラエルにとって邪魔な存在だ。
2018.08.05
1963年11月22日、戦争を回避し、ソ連との平和共存の道を模索していたジョン・F・ケネディ大統領は暗殺され、CIAは暗殺の黒幕はキューバやソ連だと宣伝していたが、この話は嘘だということをFBIがリンドン・ジョンソン大統領へ伝え、開戦には至らなかった。そこで、ケネディ大統領暗殺には偽旗作戦の要素があったと主張する人もいる。 その後、歴代アメリカ政府は核攻撃を諦めていない。バラク・オバマも大統領時代に核兵器の開発に積極的で、より多くの核弾頭、より多くの核運搬システムを製造しようとしているだけでなく、小型核兵器にも興味を持っていた。オバマ政権下の2014年の推計では核兵器関連でアメリカは30年間に1兆1000億ドルを投入するとされている。 言うまでもなく、日本の核政策はアメリカの事情で進められてきた。1954年3月に2億3500億円(235)という原子力予算案を中曽根康弘が国会へ提出して始まり、65年に訪米した佐藤栄作首相はジョンソン大統領に対し、日本も核兵器を持ちたいと伝えたと伝えられている。そして1967年10月に動力炉・核燃料開発事業団(核燃料サイクル開発機構を経て日本原子力研究開発機構)が設立された。この当時から日本が核兵器の研究開発を本格化させたと各国の情報機関は信じ、動燃のシステムにはCIAがトラップドアを仕込んで監視していたと言われている。 原爆の原料として考えられていたプルトニウムは日本原子力発電所の東海発電所で生産することになっていた。この発電所で高純度のプルトニウムを年間100キログラム余り作れると見積もっていた。つまり、長崎に落とされた原爆を10個は作れるということになる。(NHK「“核”を求めた日本」2010年10月3日) ジミー・カーター政権は日本の核兵器開発を懸念していたが、アメリカの一部支配層は逆に支援している。アメリカでは1972年からCRBR(クリンチ・リバー増殖炉)計画がスタートするが、カーター政権は基礎的な研究計画を除いて中止させる。 ロナルド・レーガン政権が始まった1981年に計画は復活するが、87年に議会はクリンチ・リバーへの予算を打ち切る。その間に160億ドルが投入されたという。 そこで高速増殖炉を推進していた勢力は日本に目をつける。ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、推進派のリチャード・T・ケネディー陸軍大佐はクリンチ・リバー計画の技術を格安の値段で日本の電力会社へ売ることにする。こうした動きをCIAは懸念するが、国務省やエネルギー省は賛成していた。核武装した日本はアジアにおけるアメリカの軍事負担は軽減されると考えた国防総省もプルトニウムや核に関する技術の日本への移転に国防総省も強くは反対しなかった。(Joseph Trento, “United States Circumvented Laws To Help Japan Accumulate Tons of Plutonium”) そして日本の科学者がクリンチ・リバー計画の関連施設を訪れるようになり、日本側は最も欲しがったサバンナ・リバーにある高性能プルトニウム分離装置の技術を手に入れることに成功する。RETF(リサイクル機器試験施設)だ。RETFは使用済み燃料から核兵器級プルトニウムを分離する施設であり、核兵器級のプルトニウムを製造する中心的な存在である。 トレントによると、2011年3月11日に東電福島第1原発が過酷事故を起こした当時、日本には約70トンの兵器級プルトニウムがあったという。自らが生産した可能性もあるが、外国から持ち込まれた可能性もある。 事故の3日前、2011年3月8日付けのインディペンデント紙は東京都知事だった石原慎太郎のインタビュー記事を載せている。それによると、外交力とは核兵器であり、核兵器を日本が持っていれば中国は尖閣諸島に手を出さないだろうと石原は発言したというのだ。「脅せば屈する」というネオコン流の思考が埋め込まれている。 核兵器は弾頭だけでは役に立たない。運搬手段が必要だ。日本が開発していた「月探査機」のLUNAR-Aと探査機打ち上げに使われる予定だったのがM-Vがそれだと考える人もいた。月を周回する軌道に入った段階で母船から観測器を搭載した2機のペネトレーターを発射、地中約2メートルの深さまで潜り込ませることになっていた。技術そのものは弾道ミサイルへ直接応用できる。こうした懸念が高まる中、2007年1月にLUNAR-Aの計画は中止になった。 福島第1原発が事故を起こした直後、日本側は外部の専門家が発電所へ近づくことをかたくなに拒否した。そこで、日本政府は核兵器に関する何らかの作業をしていたのではないかと疑う声が国外であがる。 東電福島第1原発の警備を担当していたのはイスラエルのマグナBSP。セキュリティ・システムや原子炉を監視する立体映像カメラが原発内に設置されていたとエルサレム・ポスト紙やハーレツ紙が伝えている。 言うまでもなく、イスラエルは世界有数の核兵器保有国である。1986年10月にサンデー・タイムズ紙が掲載したモルデカイ・バヌヌの内部告発によると、イスラエルが保有している核弾頭の数は150から200発。水素爆弾をすでに保有、中性子爆弾の製造も始めていたという。中性子爆弾は実戦で使う準備ができていたとしている。その後、実際に使った可能性がある。 また、イスラエルの軍情報機関ERD(対外関係局)に勤務、イツァク・シャミール首相の特別情報顧問を務めた経歴を持つアリ・ベンメナシェによると、1981年に時点でイスラエルがサイロの中に保有していた原爆の数は300発以上で、水爆の実験にも成功していたという。(Seymour M. Hersh, "The Samson Option", Faber and Faber, 1991)カーター元米大統領はイスラエルが保有する核兵器の数を150発だとしている。(BBC, May 26, 2008) こうした核兵器の開発や製造はネゲブ砂漠にある原子力研究センターで行われている。1990年代の初めにこの施設で大規模な事故があったと噂されている。内部の様子は不明だが、外部からは炎が見えたという。 この施設は1990年から94年頃まで閉鎖されたのだが、公的な説明はアメリカ政府からの圧力だったとされている。バヌヌの内部告発が影響したとも考えられるが、事故の影響だったという推測も成り立つ。 もし深刻な事故が起こったという推測が正しいなら、核兵器の生産が困難になっている可能性がある。そうなると、どこかで核弾頭に使うプルトニウムやウラニウムを製造しなけらばならない。イギリスかフランスで作ることも考えられるが、日本ということもありえる。勿論、証拠があるわけではない。単なる想像だ。
2018.08.04
アメリカは1945年8月、2発の原子爆弾を日本へ投下した。8月6日にウラニウム235を使ったリトルボーイを広島市へ、またプルトニウム239を使ったファット・マンを長崎市へ落とし、その年の末までに広島では約14万人、長崎では7万4000人程度が死亡したと言われている。晩発性の放射線障害による犠牲者を含めれば、数字はさらに膨らむ。 少なからぬ人が指摘しているように、アメリカは原爆を投下する必要はなかった。ソ連制圧を目指していたドイツ軍の主力はスターリングラードの戦いに敗れて1943年1月に降伏、ドイツなしに連合軍と戦う力のなかった日本の敗北も時間の問題だったからである。第2次世界大戦の勝敗は1943年の初頭に決していた。これを受け、アメリカやイギリスは慌てて上陸作戦を始めたのである。 実際にドイツが連合軍に降伏したのはフランクリン・ルーズベルト米大統領が急死した翌月の1945年5月だが、その間、ウォール街の代理人でOSS(アメリカの戦時情報機関)の幹部だったアレン・ダレスたちが大統領に無断でナチスの幹部と新たな同盟について話し合っていた。この話し合いを経てアメリカはドイツの科学者やナチス幹部たちを救出、保護、ほとぼりが冷めてから雇用している。 ドイツが降伏して間もない5月22日にウィンストン・チャーチル首相の命令でJPS(合同作戦本部)はソ連に対する奇襲攻撃計画を作成している。アンシンカブル作戦だ。7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第三次世界大戦」を始める想定になっていた。 この作戦が実行されなかったのはイギリスの参謀本部が反対したからだが、理由のひとつは防衛を重視すべきだという判断、もうひとつは米英独がソ連と戦争を始めた場合、まだ降伏していない日本がソ連と軍事同盟を結ぶ可能性があると懸念したからだとも言われている。 7月16日にアメリカがニューメキシコ州でプルトニウム原爆の爆発実験(トリニティ実験)を成功させたことも展開に影響しただろう。通常兵器による奇襲攻撃から核攻撃へ切り替えられた可能性がある。そして広島と長崎へ原爆が投下された。ソ連を意識して原爆を投下したことは間違いないだろう。 実際、チャーチルは大戦後、ハリー・トルーマン大統領に対してソ連を核攻撃するように働きかけ、アメリカでは1948年後半までに特殊部隊の産みの親とも言われている「ロバート・マックルア将軍は、統合参謀本部に働きかけ、ソ連への核攻撃に続く全面的なゲリラ戦計画を承認させ」(クリストファー・シンプソン著、松尾弌訳『冷戦に憑かれた亡者たち』時事通信社、1994年)、1954年になると、SAC(戦略空軍総司令部)は600から750機の核爆弾をソ連に投下、2時間で破壊して118都市に住む住民の80%、つまり約6000万人を殺すという計画を作成した。この年の終わりにはヨーロッパへ核兵器を配備している。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) その後も作戦は修正され、1957年になると軍の内部でソ連に対する先制核攻撃を準備しはじめている。(James K. Galbraith, “Did the U.S. Military Plan a Nuclear First Strike for 1963?”, The American Prospect, September 21, 1994)この年の初頭、アメリカ軍はソ連への核攻撃を想定したドロップショット作戦を作成、300発の核爆弾をソ連の100都市で使い、工業生産能力の85%を破壊する予定になっていたという。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012) テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、ライマン・レムニッツァーJCS議長やSAC司令官だったカーティス・ルメイを含む好戦派は1963年の終わりに奇襲攻撃を実行する予定だったという。
2018.08.04
東京琉球館で8月18日18時(午後6時)から「米露首脳会談の意味」について話します。予約制とのことですので、興味のある方はあらかじめ下記まで連絡してください。東京琉球館住所:東京都豊島区駒込2-17-8電話:03-5974-1333http://dotouch.cocolog-nifty.com/ この会談に何らかの成果を期待することはできないと開催前に言われていました。実際、何らかの重要な合意に達することはなかったのですが、プーチン露大統領はショッキングなことを口にしました。2016年のアメリカ大統領選挙で、ロシアで指名手配になっている人物から4億ドルの献金がヒラリー・クリントン陣営へあったと明言したのです。 その直後、タス通信は4億ドルでなく40万ドルだったと「訂正」しました。勿論、プーチンが言い間違えた可能性はありますが、百戦錬磨の政治家がこれほど重要な数字を間違える確率は小さいのではないでしょうか? その献金を出した人物としてウィリアム・ブラウダーという人物の名前が挙がっています。シカゴでアメリカ人として生まれ、ボリス・エリツィン時代にロシアで巨万の富を築いた人物で、一種のオリガルヒです。 エリツィン時代のロシアでは腐敗したクレムリンの住人と組んだ一部の人々が国民の資産を略奪して巨万の富を築いています。勿論、その背後にいた西側の富豪たちも大儲けしました。ソ連消滅からエリツィン時代まで腐敗の中心にいたのがCIAとKGBの大物たちだったとも言われています。 ソ連が消滅する直前、ゴスバンク(旧ソ連の国立中央銀行)に保管されている金塊2000トンから3000トンが400トンに減っていると発表されましたが、これはそうした米露の腐敗勢力が盗んだ可能性が高く、その勢力の中にブラウダーも含まれていたと考えられています。 ブラウダーも金塊の処分に加担しただけでなく、個人的に脱税していたと見られています。そのブラウダーの会計責任者でマネーロンダリングを行っていた疑いが濃厚な人物がセルゲイ・マグニツキー。心臓が悪く、ロシア当局の取調を受けている最中に死亡しました。それを根拠にアメリカでは反ロシア法(マグニツキー法)を成立させたのですが、もしマグニツキーがマネーロンダリングの実態を証言したなら、アメリカだけでなくロシアも大騒動になり、ロシアの「第五列」が壊滅する可能性もあったでしょう。 こうしたことを話す予定です。
2018.08.03
アメリカの民主党や有力メディアが叫び続けてきたロシアゲート、つまりロシアが2016年のアメリカ大統領選挙に介入したという話が幻影だったことは明確になり、今ではFBIゲート化している。 2016年当時、選挙結果の操作が問題になっていたことは事実だが、アメリカの権力グループが投票の電子化を利用して行うという疑惑だ。実際に使われているシステムが正常に作動しないことが具体的に指摘され、2016年の選挙ではヒラリー・クリントン陣営が操作するのではないかと言われていた。この選挙ではエスタブリッシュメントが選んだ候補がクリントンだと言われていたからだ。 CIAをはじめ、アメリカの支配階級が世界規模で選挙に介入してきたことは公然の秘密。第2次世界大戦が終わって間もない1948年のイタリア総選挙では人気のあったコミュニストにダメージを与えるために秘密工作を実施、工作資金はアメリカが押収していたナチ・ゴールドの一部が使われ、マネーロンダリングはローマ教皇庁が使わていた。 ラテン・アメリカでは合法的に選ばれた政権がCIAを後ろ盾とする軍事クーデターで倒され、最近では2014年にウクライナでネオナチを利用して合法政権を倒した。2012年にロシアで行われた大統領選挙にも介入しようとした。その指揮官が同年1月にアメリカ大使としてモスクワへ赴任したマイケル・マクフォール。離任したのはウクライナでクーデターが成功した2014年2月だ。 ロシアゲートに限らないが、アメリカの有力メディアは証拠を示すことなく政治的なキャンペーンを展開してきた。イラク侵略では破壊と殺戮が一段落した後、大量破壊兵器の話が嘘だったことを政府も有力メディアも認めたが、侵略作戦が継続中のシリアやイランなどではイラクのケースと同じことを繰り返している。 現在、ロシアゲートは特別検察官のロバート・マラーが捜査しているのだが、この人物の胡散臭さを指摘する人は少なくない。CIAが実行した疑いが濃厚のロッカビーで1988年に引き起こされたパンナム103便の爆破事件では主席捜査官を務め、リビア制裁の口実を作り、CIAの秘密工作資金をロンダリングしていたBCCIのスキャンダルの捜査を司法省で指揮、真相を隠蔽、2001年9月11日にニューヨークの世界貿易センターとアーリントンの国防総省本部庁舎(ペンタゴン)が攻撃された際にはFBI長官として証拠を隠蔽している。 もうひとつ注目されているのが結婚相手。1966年にアン・キャベル・スタンディッシュと一緒になったのだが、この女性は1953年4月から62年1月までCIA副長官を務めたチャールズ・キャベルの一族。このときのCIA長官はアレン・ダレスであり、チャールズの弟であるアール・キャベルは1961年から64年までダラス市長を務めていた。 チャールズはダレスとキューバ侵攻作戦を目論み、ジョン・F・ケネディ大統領にダレスと同様、解任された。そのケネディがダラスで暗殺されたとき、アールはダラスの市長だったわけだ。またダレスの側近のひとりで、1959年1月から62年2月にかけてCIAの破壊工作部門を統括していたリチャード・ビッセルはマラーの親戚。マラーはCIAの秘密工作人脈で取り囲まれている。
2018.08.02
イスラエルはパレスチナ人が住むガザを海上封鎖している。そうしたパレスチナ人弾圧に抗議する目的で「自由船団」がガザへ向かっているが、その中の1隻、アル・アウダ(帰還)がイスラエル海軍に襲われ、乗船していた22名の人々は拘束された。イスラエル側は平和的に拘束したとしているが、解放された2名によると、兵士はテーザー銃(ワイヤー付きの電気銃)で乗組員の身体を麻痺させ、棍棒で殴打したとしている。 言うまでもなく、イスラエルの海上封鎖に正当性はない。先住のアラブ系住民(パレスチナ人)を虐殺し、追い出してイスラエルは作られたが、ガザやヨルダン川西岸にはパレスチナ人が残っている。そこをイスラエル領にしようとしているのだが、それだけではないと見られている。南はナイル川から北はユーフラテス川まで、西は地中海から東はヨルダン川までがイスラエルだと考えている可能性がある。イランやシリアを制圧し、中東から北アフリカにかけての地域をイスラエル領、あるいはイスラエルの支配地にしようと目論んでいると推測する人もいる。 先住のアラブ系住民(パレスチナ人)を虐殺し、追い出して作り上げられたイスラエルのクネセト(イスラエルの国会)は7月19日、イスラエルを「ユダヤ人の国」だと定める法律を成立させた。主権者はユダヤ人だけだというわけであり、人種差別、人種隔離を制度化する内容だ。つまり、イスラエルはアパルトヘイトを公然と掲げたのである。人権を本当に大切なものだと本当に考えているなら、イスラエルに抗議するべきであり、そうしたことをしないのなら、そうした人々の掲げる「人権」は紛い物だということだ。 今回の「自由船団」にはアメリカの情報収集船リバティの生き残り、通信兵だったジョー・ミードーズが乗船していた。リバティは1967年6月の第3次中東戦争でイスラエル軍の攻撃を受けて沈没寸前になり、乗船していた34名が死亡、174名が負傷している。 その攻撃は3機のミラージュ戦闘機によるロケット弾やナパーム弾の攻撃で始まる。この時点で皆殺しを意図していたことは明白で、船の通信設備は最初に破壊された。 破壊された機器を使って寄せ集めの装置を通信兵は作り、第6艦隊に遭難信号を発信、空母サラトガの艦長はすぐ救援のためにA1スカイホークを発信させるが、艦隊の司令官とリンドン・ジョンソン政権は引き換えさせるように命じた。 この間にイスラエルが行った交信をアメリカ側は全て傍受、記録していたのだが、電子情報機関のNSAがそうしたテープを大量に廃棄したという。複数の大統領へのブリーフィングを担当した経験を持つCIAの元分析官、レイ・マクガバンもこうした隠蔽工作があったと確認している。その後、アメリカ政府は隠蔽工作を始めるが、その責任者に選ばれたのがアメリカ海軍太平洋艦隊の司令官だったジョン・マケイン・ジュニア、つまりジョン・マケイン3世上院議員の父親だ。 戦争が勃発する2カ月前、アメリカ政府はリバティを潜水艦と一緒にイスラエル沖へ派遣するという計画「フロントレット615」を立てていた。第3次中東戦争はアメリカの軍や情報機関がイスラエル軍を支援していたとも言われ、リバティを撃沈する作戦にはアメリカ政府が関与していた可能性がある。撃沈の責任をエジプトかソ連になすりつけて大規模な戦争を引き起こそうとしていたかもしれない。
2018.08.01
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